「はぁ・・・」
オレは営業中の銀で皿を洗いながら、今日何度目かになるため息をついていた。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]たちと祭りに行ったあの日から、ずっと思考がぐるぐるしていた。
まだ銀はお客さんで賑わっているが、その賑わいも頭の中の静寂に溶けていた。
「どうした[[rb:玄來 > げんき]]」
一瞬、背中に軽い衝撃が走ったかと思って横を向くと、オレの後ろを通り過ぎる店長の背中があった。
「悩むくらいなら吐き出しちまえよ。客にしけたツラ見せんじゃねぇ」
店長はオレの方を向くことなく、焼き場で串を焼きながらそう言った。
向かいのカウンターでは船長が真鯛の兜焼きをつつきながら日本酒をあおっている。
「ため息が多いけど、もしかして恋煩い?」
「だといいんですがね。それか溜まってんなら俺が猫[[rb:Pub > パブ]]でも連れてってやろうか?」
オレは店長に続いて、船長の近からずも遠からずな言葉に苦笑いを返した。
船長の横に座っていたマダムのお客様にも声をかけられたが、幸い深く追及されることは無く“恋煩い”の単語だけが酒の肴になったようだった。
───あの日・・・。
ニャンジローさんとの勝負を終えて待ち合わせ場所に向かった時、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が[[rb:優 > ゆう]]さんと抱き合っているのを見てしまった。
理解したことと、理解できないことがぶつかって言葉にならない光景だった。全身に電流が走り、毛が逆立って動けなくなった。
動けなくなったのは、ほんの一瞬だったと思う。でも、その時感じた一瞬をオレはひどく長い時間に感じていたように思う。
オレはまるで目の前の光景を振り払うようにクロ[[rb:兄 > にぃ]]に声をかけた。
あの時は頭の中真っ白で、とにかく明るく振舞おうとしていた。クロ[[rb:兄 > にぃ]]が頭を撫でてくれなかったら、そのままずっと真っ白になっていたと思う。
────クロ[[rb:兄 > にぃ]]は[[rb:優 > ゆう]]さんと付き合ってるんだろうか。
初めて会った時から感じていた。クロ[[rb:兄 > にぃ]]と[[rb:優 > ゆう]]さんの距離が近いことを。身体も心も・・・。
海へ釣りに行った時、それまで表情が固かったクロ[[rb:兄 > にぃ]]が、[[rb:優 > ゆう]]さんが現れてから初めて笑った。
サマーライオンズに行った時も2人だけで話してることが多かったし、オレに話せないことも話せる仲なんだと思った。
学園祭でも、やっぱり[[rb:優 > ゆう]]さんのことをすごく信頼してるんだと思ったし、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が熱を出した時だって・・・。
思い返すとキリが無かった。夏祭りの時も、まるで恋人同士みたいな雰囲気だったような気がする。
それに、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はモテるのに、オレが知る限り彼女がいた事だってない。
オレはどうしても本人に確かめたくなった。
“だから・・・その・・・お・・・・・・つき・・・”
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は男が好きなの?
[[rb:優 > ゆう]]さんと付き合ってるの?
でも、結局聞けなかった。
理由は分からない。オレの心が無言でそれを止めているような感じだった。
────もし、“どうしてそんなこと聞くんだ?”って聞かれたら、オレはなんて答えたんだろう。
─────“ブラコン”だからって答えたのかな・・・。
「えいっ」
「ふゃ!?」
突然両頬を掴まれた。
気付くと皿を洗っていたはずのオレの手は止まっており、[[rb:友紀 > ゆき]]さんの顔が横にあった。
「元気が無い時にモチモチするといいんだっけ?」
一体誰の入れ知恵なのか、[[rb:友紀 > ゆき]]さんはオレのほっぺを優しくモチモチし始めた。
最近クロ[[rb:兄 > にぃ]]もオレの顔色が優れない時によくモチモチしてくるようになったのだが、本音を言うと普通に頭を撫でてくれるほうが嬉しい。
モチ───モチ────
・・・あと、[[rb:友紀 > ゆき]]さんのモチモチはくすぐったい。[[rb:友紀 > ゆき]]さんみたいな小さくて柔らかい女性の手で優しくモチモチされると、やはり照れてしまう。
そして、あんまり気が緩んだ顔をしていると・・・。
「グルル・・・」
店長が不機嫌になる・・・。
「あの、ホントに大丈夫っすから」
「そう? いつでも相談してね。ゴロちゃんには内緒にするから」
[[rb:友紀 > ゆき]]さんは人差し指を立てて“内緒”のポーズをとると、すぐに仕事へ戻っていった。
オレは一旦考えるのを辞めて仕事に集中した。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
その日の仕事を終えて、オレはいつも通りクロ[[rb:兄 > にぃ]]の部屋で晩ご飯を作っていた。
今日のメニューは店でもらった真鯛のあら汁とズッキーニのはさみ焼き、それから玉子焼きだ。
料理をしている最中もやはり頭の中はクロ[[rb:兄 > にぃ]]のことを考えていた。
“それにしても、お前今日は随分ムキになってたよな。いろいろ”
それはそうだ。オレはあの夏祭りでクロ[[rb:兄 > にぃ]]の1番になりたかったんだ。カッコいいって言わせたかった。
それは、オレがブラコンだからで・・・。
そこまで考えて、また思考が止まった。
“オレ、どうしてもクロ[[rb:兄 > にぃ]]の前だと、カッコつけたいとか、頼られたいとか思って自然と張り切っちゃうんだよ”
“どうしてかな”
あの時、何か答えを掴んだような気持ちだったのに、今はモヤがかかっているような気分だった。
オレは視線を落として、フタをしたフライパンを見つめた。
「[[rb:玄來 > げんき]]?」
「っ!」
突然視界にひょこっと現れたクロ[[rb:兄 > にぃ]]に身体がピクリと反応した。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]はオレの顔を下から覗き込むようにして見つめている。
「反応が鈍いからどうしたのかと思ってさ。何か悩み事か? 聞くぞ?」
反応が鈍いってことは、その前も何度か声をかけてくれていたのかもしれない。オレは少し申し訳ない気持ちになった。
しかし、クロ[[rb:兄 > にぃ]]自身がその悩みの中心に居るなんて毛ほども思ってないだろう。オレはなんて返していいか分からず、言葉を濁した。
・・・ん? 反応が鈍い?
「ま、あんまり抱え込むなよ。俺にはいつだって甘えていいんだからな?」
「うん、ありが・・・ああ!!」
気付いた時には既に遅く、皿の上の玉子焼きは歯抜けになっていた。
「コラー!」
「フフンフフフーン!」
今日も狩りに成功した泥棒猫は獲物を咥え、何か言いながら隣の部屋へスタコラ逃げ去った。
◆◆◇◇◆◆
「合コン?」
「みたいなもんだ。とにかく大学内外問わず人集めて食事会するんだよ」
食後のお茶をすすりながら、オレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]の話しに耳を傾けていた。
「キッカケはとある男子学生に出会いの場を作ってやるっていうのが目的だったんだけど、ウチのサークルが絡むと一石何鳥も取りたがるから・・・」
規模を大きくしたら地域のお店に還元出来るとか、女性に恵まれない工大生を丸ごと巻き込んでやろうとか話が発展したらしい。
「お前もなかなか同年代と知り合う機会無かっただろ? だからどうかなと思って」
そう言って人差し指で自分の頬の毛を撫でるクロ[[rb:兄 > にぃ]]は少し緊張しているようにも見えた。
「うん、いいよ」
オレは二つ返事で承諾した。
確かに普段は職場と家の往復で同年代との出会いも無い。それに、そんな状態を続けていたら店長に猫Pubとか連れていかれる可能性もある。正直、そういうお店は抵抗があるから遠慮したい。・・・猫の女の子は好きだけど。
「そうか。分かった」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は笑って返事を返してくれたが、さっき感じた緊張は解けてないような気がした。
断られるかと思って緊張していたのでは無いのだろうか。
「そういえば、お祭りでゲームソフト当ててたよな」
様子が気になって尋ねようとしたところで、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が話題を変えた。
まあ、聞いても大した成果は得られないだろうと思い直して、オレはそのまま付き合った。
「そうそう、オレはハード持ってないから、クロ[[rb:兄 > にぃ]]にあげようと思って忘れてたよ」
ついでに、あの時からずっとクロ[[rb:兄 > にぃ]]で頭がいっぱいだったし。
オレがそういう言うと、クロ[[rb:兄 > にぃ]]は充電していた携帯ゲーム機を掴み、充電ケーブルと共に専用の持ち歩きケースに入れてオレに寄越した。
「貸してやるよ。最近使ってなかったし」
そう言ってクロ[[rb:兄 > にぃ]]はニッと笑った。
「いいの?」
「おう、その代わりクリアしたら是非とも感想を聞かせてくれ」
オレが承諾してお礼を言うと、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はつまみ食いをしようとする時みたいなニマニマ顔をしていた。
◆◆◇◇◆◆
「ときどき・・・メモリアル・・・」
自分の部屋に戻ったオレはゲームソフトを手に取り、あぐらをかいていた。
取った時は勝利の高揚であまり確認していなかったのだが、どうやらこれは恋愛シミュレーションゲームというものらしい。
パッケージの表と裏をじっくり確認すると、“そういう人”たちがやるゲームだと察しがついた。
「・・・」
だからクロ[[rb:兄 > にぃ]]はニマニマしていたのか。
別に偏見があるわけではない・・・と思う。このゲームにもこれをプレイする人にも嫌悪感などは微塵もない。
しかし、自分がやるとなると微妙に抵抗があるのだ。雄としてのプライドというのか、羞恥心というのか、そういったものがあるのだ。
でもハードを借りてきてしまって今更というのもある。
オレは渋々パッケージを開けて、取り出したカートリッジをゲーム機に差し込んだ。
ソフトを起動して、とりあえずAボタンをポチポチ押して、“さいしょから”を選んでゲームをスタートした。
「“私たちが通う学校に伝わる伝説───”」
「わわわっ!」
突然予想外の音量で女の子のナレーションが始まり、オレは慌てて音量を下げた。どうやらBGMよりボイスの音量が比較的大きく設定されているようで不意打ちを食らってしまった。
つい、隣部屋まで聞こえてないかと恥ずかしくなり、オレはイヤホンをつけてプレイすることにした。
「“おーい、起きろよ。朝だぞー。・・・せいっ!”」
オープニングが終わって画面が暗転すると、少し高めの男性ボイスが入った後、再び明るくなり自室らしい背景と黒猫の男子高校生が現れた。
女の子との恋愛を楽しむゲームのはずなのだが、オレは男子の登場に少しほっとしてしまった。
「“お、起きたか。それともまだ寝ぼけてるか? 自分の名前言えるかー?”」
ここで種族や名前などのプロフィールを入力するらしい。オレはそのまま自分のプロフィールを入力した。
そして、この黒猫は同級生の幼馴染でこれから一緒に高校の入学式に行くようだ。
一緒に登校すると校舎の前の看板にクラス分けが張り出されており、その黒猫とは同じクラスのようだった。
式が終わって教室に入ると、オレは窓際の席になり、隣の席になった猫の女の子に声をかけられた。
「“私、[[rb:星菜 > せいな]] [[rb:葉澄 > はすみ]]”! ハミちゃんって呼んでくれていいからね!」
名前や見た目が微妙に元カノに近くて内心ドギマギしながらハミちゃんと自己紹介の下りを終えると、熱血系の男担任の自己紹介が入り、時間はそのまま放課後になった。
「“で、どうだ[[rb:玄來 > げんき]]。気になる女の子はいたか?”」
その日は黒猫の幼馴染と一緒に下校した。
「“あはは! お前は意外とシャイなところがあるからなー。よし、俺が女の子の情報をバッチリゲットしてお前に教えてやるよ!”」
どうやら、この幼馴染はお助けキャラのようなポジションで、女の子攻略のサポートをしてくれるらしい。
まだ女の子は1人しか登場していないが、なんだかんだ可愛かったし攻略キャラはハミちゃんでいいかと思いながら、オレはゲームを進めた。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
過去一お待たせしました。
兄ちゃん覚醒する前は[[rb:琉貴 > るき]]がぐるぐるしてましたが、今度は[[rb:玄來 > げんき]]のターンです。ぐるぐるしてもらいます。
万人が知ってそうな恋愛シミュレーションってマジで“ときメモ”しか分からなかったのでこうなってます。中身は勝手に作る予定です。
【定期】
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いつも柴クロをお読みいただき、ありがとうございます。
蒼空ゆうぎ