「ゴロちゃーん、来たよー!」
「いらっしゃい、セイさん! わざわざありがとうございます」
[[rb:戸渡 > とど]] [[rb:晴一 > せいいち]]さん。小料理屋『銀』の暖簾をくぐり、いつものニコニコ顔でセイウチ船長が顔を出す。
今日は月曜日ということもあって、お客さんはまばらだ。つい先程まで居た常連さんも帰って、店内のお客は2組ほどだ。
店長も作業していた手を止めて、船長に挨拶した。
「[[rb:玄來 > げんき]]、そろそろいいぞ」
「うす」
閉店にはまだまだ早い時間。オレは店長の言葉で作業に区切りをつけ、店の奥へ着替えに戻った。
◆◆◇◇◆◆
「船長、わざわざありがとうございます」
オレは着替えを終えてテーブル席に座っている船長に挨拶した。
「いいのいいの。ボクが勝手に押しかけちゃったようなもんだから。ささ、主役の席はこっちだよ」
船長は両手を伸ばしてオレを上座へ誘導してくれた。
「はい、どうぞ」
席に着くと、すかさず[[rb:友紀 > ゆき]]さんがお茶とおしぼりを出してくれた。
「ドリンクは皆が揃ってからね」
「はい! でも、なんかちょっと変な感じっすね」
「[[rb:玄來 > げんき]]くん、ウチのお客さんになるの初めてだもんね。慣れた味のお料理になるかもしれないけど、今日はゴロちゃん張り切ってるみたいだから、肩の力抜いて楽しんでね」
それだけ言うと、[[rb:友紀 > ゆき]]さんはふふっと笑って下がっていった。
「ったくよぉ! せっかく良いダイニングバーに連れて行ってやろうと思ったのによぉ! 物好きなヤツだよなぁ!」
[[rb:友紀 > ゆき]]さんが下がると、店長がこちらに聞こえるような声で独り言を呟いた。
店長の提案を断って、銀がいいと頼んだのはオレだ。
断るのは心苦しかったが、オレはどうしても初めては銀がよかった。
「あんなこと言ってるけど、ゴロちゃん嬉しそうだよ」
向かいの席の船長が内緒話するみたいにこちらに頭を寄せて、店長をちょいちょいと指差す。
見ると店長はでっかいふさふさの狼尻尾をブンブン振っていた。
それを見たオレは船長と顔を見合わせて笑った。
「あ、そうそう。クロくんたちが来る前にね・・・はい、これ」
そう言うと、船長は持参していた小さな紙袋を手渡してくれた。
「今日から20歳だね。おめでとう、[[rb:玄來 > げんき]]くん」
「いいんすか! ありがとうございます!」
中を見ると、紙袋の幅と同じくらいの細長い小箱が入っていた。
「開けてもいいですか?」
「いやいや、大したものじゃないから。中身はただのペンだよ。せっかく20歳だから、ちょっと良いペンをね。これで大人の仲間入りってね」
船長は“全然仕事で使っちゃってね”と付け足して笑った。
今まで経験したことのない大人な感じのプレゼントに、オレは成長を実感したような高揚感を味わった。
「こんばんはー」
「おう来たかお前ら。お待ちかねだぞ。座れ座れ」
船長が“クロくーん”と手を振ると、気付いたクロ[[rb:兄 > にぃ]]がパッと顔を明るくしてパタパタとこちらに駆け寄った。
それに続くように、暖簾をくぐって[[rb:優 > ゆう]]さんがのっそりと入店した。
今日は4月24日。
──────────オレの誕生日だ。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「[[rb:玄來 > げんき]]、誕生日おめでとう」
「ありがとクロ[[rb:兄 > にぃ]]!」
ドリンクの注文を終えてすぐに、隣の席に座ったクロ[[rb:兄 > にぃ]]が誕生日プレゼントをくれた。
包装されているが、大きさと感触からして服だろうか。
あまりファッションに気を使ったことがないオレと違って、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はオシャレだと思う。クロ[[rb:兄 > にぃ]]のセンスで選んでくれた服なら素直に嬉しい。
「開けてもいい?」
「うん・・・あ、いや! 帰ってからにしてくれ!」
「そう?」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は両手を膝で挟み、どこか落ち着かなそうな雰囲気で瞳を動かしている。たまにこっちを見るが、すぐに目を逸らしてしまう。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]からのプレゼントってだけで嬉しいから、不安になることなんか無いのに。
オレはいつもと違って自信なさげなクロ[[rb:兄 > にぃ]]が可笑しくて少し笑ってしまった。
「俺からも」
「マジすか! ありがとうございます!」
思いがけず[[rb:優 > ゆう]]さんからもプレゼントを頂いてしまった。
こちらもきちんと包装されており、タンブラーでも入ってそうなサイズの長四角の箱だ。
「開けてもいいっすか?」
「いいよ」
オレは箱を膝に置いて、なるべく破らないように包装紙を解いた。
「─────ッんな!?」
─────しかし、オレは中身をお披露目することなく、膝元のプレゼントを包装紙で乱雑に隠した。
[[rb:優 > ゆう]]さんに目をやると、表情を変えることなくサムズアップだけ返された。
「何入ってたんだよ?」
「え゙っ・・・」
隣のクロ[[rb:兄 > にぃ]]が覗き込むように頭をずいっとオレの膝元に寄せる。
オレは隠すように体を傾けて、手早く包装し直した。
「に・・・日用品・・・かな?」
「それじゃわかんねーよ」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は不満そうな顔でオレの袖をクイクイ引っ張ってくる。
テーブルには男しかいないし、別に恥ずかしいこともない・・・はずなのだが、なんかクロ[[rb:兄 > にぃ]]に見せるのは恥ずかしい・・・気がする。見せちゃいけないような気がするとも言い換えれるかもしれない。
とにかく見せられない・・・食事の席でもあるし・・・。
「なぁ[[rb:優 > ゆう]]、何プレゼントしたんだ?」
「ん? んー、柴くん的には日用品だったみたいだから日用品なんじゃない?」
「ちょ、ちょっと[[rb:優 > ゆう]]さん! 言い方!」
「違うの?」
「え゙っ・・・」
ダメだ。墓穴を掘りかねない。辞めよう。
あと、このやり取りを見つめる船長の穏やかな笑顔にも余計に羞恥心を煽られる。
早く話題を変えよう。
「はーい、お待たせしました〜!」
いいタイミングで[[rb:友紀 > ゆき]]さんがドリンクを持ってきてくれたので、オレはそちらに話題を移した。
まだクロ[[rb:兄 > にぃ]]は不満そうにオレの袖をクイクイ引っ張っていたが、拗ねて諦めるまで見て見ぬふりを貫いた。
◆◆◇◇◆◆
「ふんにゃ〜、天ぷらもウマすぎぃ〜。店長天才!」
「春の味覚のフルコース。身体の中から春がぽかぽか溢れてくるような心地だねぇ〜」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]と船長が内から溢れる春の心地良さに花を飛ばし、2人してとろけそうな顔で料理に舌鼓を打っている。
今日は店長のお任せフルコースだ。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]も船長も先付けとして出されたタケノコでいきなりとろけていた。
タケノコの姫皮だけを実山椒で和えた一品。絹糸のように繊細で柔らかな姫皮の優しい食感と実山椒の爽やかな香りが、コースの最初から口いっぱいに春を広げてくれた。
刺身はマコガレイのお造り。今は花見ガレイの時期だ。冬場と違って抱卵はしていないが、その代わりに身が肥えてプリプリになっている。脂が乗って格段にうまかった。
初めて食べたイノシシ肉のしゃぶしゃぶも絶品だった。牡丹鍋などが有名だからイノシシ肉は冬のイメージだが、この時期は木の実やタケノコなど、春の恵みのおかげでさっぱりとして脂に甘みが出るそうだ。
この他の焼き物や煮物、吸い物に至るまで、どれも最高だった。
そして、この山菜の天ぷら。わざと衣を薄くして、素材の味を楽しめるようにしてある。
タラの芽、コゴミ、コシアブラ、アスパラにサヨリ。特別な変わり種という訳ではないが、食通が喜びそうなポイントを押さえた春のラインナップだ。
[[rb:優 > ゆう]]さんは既に茶碗蒸しまで完食している。今日はお酒は飲まないようで、食べるスピードも絶好調。出てきた料理を秒で完食している。
オレはお酒がそこそこ飲めるようで、クロ[[rb:兄 > にぃ]]や船長と一緒にグイグイ日本酒を煽っている。
もう結構ふわふわしているが、意識はハッキリしているし大丈夫だろう。
「お待たせしました。ノビルのぬた です」
それを聞いて船長が目を輝かせた。
「おぉ〜!! ノビル!! 昔はよく食べたんだよぉ〜。田んぼのあぜ道なんかによく生えててね。美味いんだよこれが」
船長は徳利を傾けて、おちょこに残りの日本酒を注ぎ切ると追加でお酒を注文した。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]の徳利も空になっていたようだが、追加を注文することはなく、お酒と一緒に頼んだお冷を飲んでいた。
それを見たオレは酔ったせいか、ふと魔が差した。
また酔っ払ったクロ[[rb:兄 > にぃ]]が見たい。
以前みたいに潰れて欲しいわけじゃない。
でも、出来れば前みたいにスリスリゴロゴロ甘えてくるクロ[[rb:兄 > にぃ]]が見たい。
しかし、クロ[[rb:兄 > にぃ]]もバカじゃない。きっと今は前みたいに潰れないようにお酒をセーブしてるんだと思う。だから、飲んでもらうためにはクロ[[rb:兄 > にぃ]]が納得する理由が要る。
そこでオレは閃いた。
「ねぇクロ[[rb:兄 > にぃ]]」
「ん? どした[[rb:玄來 > げんき]]?」
まだまだいつもの調子でクロ[[rb:兄 > にぃ]]がオレに応える。
「オレ、この機会にもう少し店のお酒試しておきたいんだ」
「ん? うん」
「お、[[rb:玄來 > げんき]]くん偉いね! ボクもお酒のウンチクお手伝いしちゃうよ」
幸い気分良さげに船長も乗ってくれた。
「だからオレ、付き合って欲しいんだ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]」
ふわふわしているのが悟られないよう、オレは務めて落ち着いた調子で、真っ直ぐクロ[[rb:兄 > にぃ]]を見つめてそう言った。
「あ・・・あぁ! ・・・いいよ」
クロ[[rb:兄 > にぃ]]は一瞬驚いたようにピクッと耳立てたが、その後目を逸らしながらも了承してくれた。
最近、クロ[[rb:兄 > にぃ]]の部屋に行くたびに、あの猿の匂いが部屋に残ってて、正直イライラも溜まっていたし、今夜はガッツリ付き合ってもらおう。
◇◇◆◆◇◇
・・・・・・[[rb:玄來 > げんき]]がおかしい。
“面白い”じゃなくて“変”の方で。
銀でのお誕生日会終了後、それぞれの部屋に帰るはずだった。
しかし、何故か[[rb:玄來 > げんき]]は今、俺の部屋にいる。
飲みに付き合えと言われた時から薄々感じていたが、今なら断言できる。
[[rb:玄來 > げんき]]の様子がおかしい。
俺は完全に畏縮してしまい、2人してソファの上に座っているのに[[rb:玄來 > げんき]]の隣で何故か正座している。
「ねぇクロ[[rb:兄 > にぃ]]」
「お、おう。なんだ?」
「プレゼント、もう開けていい?」
「あ、あぁ。いいぞ」
別に言ってることは普通・・・だと思う。ただなんというか・・・その・・・エロいのだ。声のトーンとか、伏し目がちな様子で薄っすら微笑んでる感じとか、ゆったりとした仕草とか・・・・・・あとやっぱり言い回しとか!!
「あ、エプロン」
そう。俺のプレゼントの1つ目はオレンジ色のエプロンだ。胸の辺りに茶色の糸で「[[rb:玄來 > げんき]]」と刺繍がしてある。
いつも料理してくれているが、エプロンをしていなかったため、油はねなどで服が汚れてしまうこともたまにあった。だから日常的に役立つエプロンにしてみたのだ・・・・・・というタテマエ半分で[[rb:玄來 > げんき]]のエプロン姿が見たかった。
[[rb:玄來 > げんき]]は少しの間、刺繍の部分を見つめて、隣に正座する俺の左手を取った。
「このケガ・・・」
「ふぇっ?」
[[rb:玄來 > げんき]]は絆創膏が貼ってある俺の左手をキスでもするんじゃないかと思う距離まで自分の顔に近付けた。
「オレのために頑張ってくれたの?」
“少女マンガの王子様キャラかお前は!!”とツッコミを入れたくなるような雰囲気で[[rb:玄來 > げんき]]が語りかけてくる。
その雰囲気で瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
左手は[[rb:玄來 > げんき]]の吐息が感じられるほどに近い。
俺はたまらず目を逸らした。
「そ、そうだよ。お店に頼んだ方が綺麗にできたと思うんだけど。何送るにしても、お前へのプレゼントは・・・少し・・・その・・・・・・特別な感じにしたかったから・・・ッ!!」
俺が言い終わるや否や、[[rb:玄來 > げんき]]は俺の左手の平に右手の平を合わせ、指を絡めて優しく握った。
「ありがとうクロ[[rb:兄 > にぃ]]。オレ、今スゲー幸せ」
いやいやいやいや! ヤメロ! ヤメテクレ!
この距離で、その顔で、その声で、その仕草で、女を落とすようなセリフを言うんじゃない!!
相手はホモだぞ!! 兄ちゃんだぞ!! ノンケがやるなよ!! ギルティーだ!!
──────俺、お前のこと好きなのにぃ・・・。
「あ、あ、あ、あと・・・も、もひとつ、つ・・・ある・・・」
「え?」
俺はショート寸前の頭で言葉を捻り出し、自由を奪われた左手に代わり、右手でエプロンを指差した。
[[rb:玄來 > げんき]]が俺の手を解放して、たたまれているエプロンを開くと名刺サイズのカードが出てきた。
「これは・・・」
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]チケット。それ使ったら1回だけお前の言うこと何でも聞いてやる。・・・[[rb:優 > ゆう]]とか店長に絶対言うなよ?」
手を解放されて、俺は少し落ち着きを取り戻した。
・・・我ながらガキっぽいことしたなという自覚はある。
でも深夜テンションでついやってしまったのだ。名刺印刷用の紙買って、Circleで培った編集スキル使って、学校で印刷して・・・。
思い付いてやっちゃったんだ。仕方ないのである。
「ぷっ、あははははは!!」
予想通り[[rb:玄來 > げんき]]が爆笑する。恥ずい。
でも、いつもの[[rb:玄來 > げんき]]っぽくて少し安心もする。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]」
「ん? ・・・へぁ!?」
ぎゅっ。
[[rb:玄來 > げんき]]は俺の頭を自分の首元に押し付けるようにして、ぎゅっと抱き締めた。
「ねぇクロ[[rb:兄 > にぃ]]」
俺は呼吸も止めて完全停止している。
俺だって一応酔っている。
今[[rb:玄來 > げんき]]を吸ったら200%堕ちる。
「オレ今日酔っ払っちゃったからさぁ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]にシて欲しいことがあるんだ」
俺は窒息しそうになりながら、首を一生懸命縦に振った。
「まだ誕生日だしさ、チケット無しでもいいかな?」
俺はそのまま狂ったように首を縦に振り続けた。
「じゃあ・・・」
やっと[[rb:玄來 > げんき]]が離れ、俺は水面から顔を出したばかりの人みたいに荒く呼吸した。
「オレ、もうこんなんなっちゃってるんだよ」
そう言いながら、[[rb:玄來 > げんき]]は俺の目の前で、上の服をまとめてクロス脱ぎし、流れでズボンもあっさり脱ぎ去った。
「気持ち良くしてね? クロ[[rb:兄 > にぃ]]」
[[rb:優 > ゆう]]のプレゼントが、俺の頭をよぎった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
この回は全年齢のつもりで執筆しております。
[[rb:玄來 > げんき]]が酔うとこうなります。
主要キャラで酔ったらどうなるか判明してないのはユズだけになりましたね。
【定期】
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割と頻繁に小ネタ投稿してるので、物語と合わせてお楽しみ頂ければ嬉しいです。
いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。
蒼空ゆうぎ