柴後輩とクロ兄ちゃん【20歳】

  ━━━━━━2月22日。

  マダムやお年寄りが多い朝のカフェ。モーニングと言うには遅く、時間的にはブランチだろうか。

  俺は1人テーブル席に座って[[rb:優 > ゆう]]を待っていた。

  店の外装はガラス張りで、店内は『銀』よりも広く、カウンター席とテーブル席に分かれている。特にカウンター席は鉄板焼きの店みたいにキッチンを半分囲むように配置されており、キッチンの中央にはドデカい焙煎機が鎮座している。

  「スゥーー・・・はぁ〜」

  コーヒーの良い香りがする。

  このカフェは複数種類のコーヒー豆の販売もしており、焙煎も店で行っている。

  雪のちらつく外の景色を眺めながら、コーヒーの香り漂う暖かい店内で過ごす朝のひととき。

  平日の朝からこんな贅沢な気分に[[rb:浸 > ひた]]れるのって最高だ。春休みバンザイ。

  予約の時間より少し早く着いてしまったが、2人分の注文は通してあるし、[[rb:優 > ゆう]]もすぐ来るだろう。

  俺はスマホでキャインを開き、[[rb:玄來 > げんき]]からのメッセージを読み返した。

  “くろにー!20歳の誕生日おめでとう!!今晩は楽しみにしててね!!”

  日付変更と同時に送られてきたメッセージ。今日は俺の誕生日だ。今年は[[rb:玄來 > げんき]]が1番乗りで送ってくれた。でっかい誕生日ケーキを両手で持ち上げて走っるちっちゃな柴犬と、顔だけ1つ目と全く同じ画風の八頭身ムキムキ柴犬がボディビルのポーズをキメているスタンプも添えられている。2つ目のスタンプには“任せろ”という文字も入っている。

  このポーズってなんて言うんだっけ。サイドチェスト?

  平日なので[[rb:玄來 > げんき]]はいつも通り仕事だが、今晩は閉店後の銀で料理を振舞ってくれるらしい。最初は銀に申し訳ないと断ったのだが、店長は是非やってくれとノリ気らしいので承諾した。理由は聞いてない。

  好きな人にここまでしてもらえるのって幸せだよな。

  だが、[[rb:玄來 > げんき]]のことを考えると、あの日の言葉がよぎる。

  “え!? 本当にもらったの!? 誰! どこの変態だよ! オレがシバいてやる!”

  バレンタイン。男からチョコをもらった俺を心配して言ってくれた言葉。

  [[rb:玄來 > げんき]]にとってホモはそういう存在だ。

  俺にあんまり懐いてくれるものだから、[[rb:玄來 > げんき]]ももしかしてと思ったことは何度もあった。しかし、[[rb:玄來 > げんき]]はやっぱりノンケだった。

  別に今更ショックを受けた訳では無いし、[[rb:玄來 > げんき]]には良い兄ちゃんを貫くと決心しているが、イケナイ隠し事をしているような罪悪感までは拭えない。

  この罪悪感とも一生付き合っていくんだろう。だってきっと俺は[[rb:玄來 > げんき]]がずっと好きだから。

  [[rb:玄來 > げんき]]の邪魔にならない程度にコッソリ好きでいよう。

  俺はキャインを閉じて[[rb:玄來 > げんき]]が送ってくれた写真を表示した。

  「・・・へへへ」

  何度見返してもニマニマしてしまう。

  バレンタインに[[rb:玄來 > げんき]]が撮ってくれた、俺と[[rb:玄來 > げんき]]のツーショット。俺の肩を抱いて、ピッタリくっついて、俺があげたチョコを咥えて、キメ顔で写っている。

  「はぁ〜・・・」

  超カッコイイ。マジで超カッコイイ。間違いなく世界一カッコイイ。

  この写真1枚で何度ベッドの上で悶えただろう。見る度にキュンキュンして多幸感に包まれる。

  俺って単純で現金なやつだな。さっきまでの罪悪感なんてもう吹き飛んでいる。

  でもきっとこれからもこの繰り返しだ。

  勝手に罪悪感を抱いて、勝手に幸せになって。

  [[rb:玄來 > げんき]]が結婚したらお嫁さんに嫉妬したりするかな。いや、そんなにしないだろうな。[[rb:玄來 > げんき]]が幸せならそれが1番だと心から思う。

  それに、[[rb:玄來 > げんき]]と結婚したお嫁さんはきっと世界で1番━━━━━━━━━

  「幸せだろうなぁ・・・」

  俺は写真を見ながらぼんやりとそう呟いた。

  「誰が?」

  そして不意に肩口に現れた虎頭に、声も忘れて絶叫した。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  エッグベネディクトのプレートをちまちま食べる俺の目の前で、[[rb:優 > ゆう]]はBLETサンドを二口で平らげ、コーヒーをすすっている。

  本日のコーヒーはグァテマラ産の浅煎り。抽出方法も選べるようだったので、俺はフレンチプレスにした。フルーティーでしっかりとした豆の味を感じる。こういうのをフルボディって言うんだろうか。

  何にせよ、料理もコーヒーも最高に美味しい。Circleの活動やってなかったらこの店を知ることも無かったかもしれない。やってて良かったな。

  「で、誰が幸せなの?」

  「だからなんでもないんだってば!」

  あの瞬間、本気で心臓止まりかけた。完全に無防備だった。

  湯船に浸かってうっとりしてたら後ろに虎居ましたみたいな。

  写真も思いっきり見られてしまった。

  「やっぱり柴くんにもチョコあげてたんだね」

  「な、なんだよやっぱりって。別にただの友チョコだし。あげたのお前らだけだし」

  2人にはあくまでもサークル活動の一環みたいに思わせて、ユズのことは伏せている。

  ちなみに、ユズには[[rb:優 > ゆう]]との写真を送ってある。

  ユズからは“彼氏?”とふざけた返信があったので、猫が犬のみぞおちに膝蹴りを入れているスタンプを返した。何故かキャインに標準でついてるスタンプだ。犬じゃなくてユズと同じ猿なら良かったのに。まあ、たぶんキャインだから犬なんだろう。

  「あげてるだろうなと思っただけだよ」

  そう言って[[rb:優 > ゆう]]はコーヒーカップを置き、リュックの中から包みを1つ取り出した。

  「誕生日おめでとう。[[rb:琉貴 > るき]]」

  [[rb:優 > ゆう]]から渡されたプレゼントは紺色に魚柄の包装紙でキレイにラッピングされていた。

  「えへへ。ありがとな[[rb:優 > ゆう]]。あと名前コラ!」

  気恥ずかしさもあって、ついいつものツッコミを入れてしまった。

  [[rb:優 > ゆう]]は去年も誕生日プレゼントをくれたが、こんな風にラッピングしてあるのは初めてだ。

  「わざわざラッピングしてくれたんだな」

  「クロの真似しただけだよ。包装紙なんて初めて買った」

  どんな包装にしようか悩んだりしてくれたのだろうか。包装紙とにらめっこする[[rb:優 > ゆう]]を想像したら、嬉しいやら可笑しいやらで幸せな笑みがこぼれる。

  「そっかー。[[rb:優 > ゆう]]のハジメテは俺がもらっちゃったかー」

  「そうだね」

  ツッコめよ。

  「俺が猫だから魚柄にしたのか?」

  「クロが魚座だから魚柄にした。秒で決めたよ」

  悩めよ。いや、悩まんでいいけど。

  星座って確かに誕生日に因んでるな。

  あれ、[[rb:優 > ゆう]]に何座かなんて話したことあったっけ?

  あ、いや、誕生日で分かるのか。アホだな俺。

  「中見てもいいか?」

  「どうぞ」

  包装紙を破らないよう丁寧に開けると、中には大きめの青い手袋が入っていた。手袋は防寒用のものではなく、両面に突起がいくつもついている。

  「ゆ、[[rb:優 > ゆう]]様。これは・・・」

  「クロもそろそろ換毛期でしょ。使うかなと思って

  」

  「うおおおお!! マジかぁ!!」

  ぶっちゃけ今年は買おうと思っていた。毛皮がある人にとって、春と秋の換毛期にブラッシングは欠かせない。しかし、実家に居た時と違って1人で背中のブラッシングをするのは結構大変だった。

  しかし、この手袋なら1人でも全身隈なく楽々ブラッシングできる。おひとり様御用達アイテムだ。

  「好みもあるけど楽だよ。俺はいつもこれで済ませてる」

  「ありがとう[[rb:優 > ゆう]]! マジでありがとう!」

  「どういたしまして」

  美味しいブランチに美味しいコーヒー。最高の友達に最高のプレゼント。

  俺は今年1番の上機嫌で店を後にした。

  [[rb:優 > ゆう]]も耳をパタパタさせていた。

  ◆◆◇◇◆◆

  ━━━━━時刻は21時過ぎ。

  [[rb:玄來 > げんき]]の職場、小料理屋『銀』の前。

  店に来るのは初めてではないが、やっぱり緊張する。特に今日は。

  灯りはついているが、閉店後のお店。店長も[[rb:友紀 > ゆき]]さんも疲れているだろうに、わざわざ店を貸してくれて。

  [[rb:玄來 > げんき]]の話しを聞く限りでは店長もウェルカムな雰囲気のようだが、まだ申し訳なさのほうが勝っている。

  どんな顔をして入ればいいのか少し悩んだが、答えが出るはずもないのは分かっている。

  俺は深呼吸をした後、意を決して店の戸を開けた。

  「こんばんはっ」

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]!」

  「来たかクロ坊! 待ってたぜ!」

  店に入ると、早速[[rb:玄來 > げんき]]と店長がカウンター越しに元気よく声を掛けてくれた。

  「いらっしゃいクロくん。お誕生日おめでとう」

  「ありがとうございます」

  すぐに[[rb:友紀 > ゆき]]さんも迎えてくれて、優しい笑顔で言ってくれた。

  [[rb:友紀 > ゆき]]さんの笑顔はホモの俺でも照れてしまうくらい可愛い。

  なんかもうTHE女の子って感じで、声も雰囲気も白兎のやわらかくてふわふわの毛並みそのままって感じだ。うちの家族の女性陣も見習って欲しい。

  「お仕事終わりにすみません。わざわざお店まで貸してもらって」

  「そこは本当に気にしなくて大丈夫よ。実はウチとしても願ったり叶ったりだったの。ね、ゴロちゃん」

  「おう! だから、細けぇこと気にせずに楽しんでけ! 酒も飲むだろ?」

  そう、スイカをもらったあの日から、お酒デビューは銀ですると決めていた。

  何が願ったり叶ったりなのかは分からないが、[[rb:玄來 > げんき]]も居るし、クロ[[rb:兄 > にぃ]]的にはお酒に飲まれずカッコよくデビュー戦を飾りたい。

  お酒の強さは遺伝するらしいし、母が強いので自信はある。姉の[[rb:琉愛 > るな]]も強いらしいし、俺もイケるはずだ。

  「さあ、まずは座って。外寒かったでしょ。温かいお茶淹れるからね」

  [[rb:友紀 > ゆき]]さんに促され、俺は1番奥のテーブル席に座った。

  そして、すぐに[[rb:友紀 > ゆき]]さんは温かいお茶とおしぼりを出してくれた。夏はきっとお茶もおしぼりも冷たいのを用意しているんだろう。

  これからは季節ごとに銀で食事とお酒を楽しむのもいいかもしれない。出来れば誰かと一緒に。[[rb:優 > ゆう]]か、Circleの仲間と・・・。

  そんなことを考えていると、不意に店の戸が開いた。

  「おう[[rb:優 > ゆう]]坊! クロ坊はもう来てるぜ」

  「え、[[rb:優 > ゆう]]?」

  [[rb:優 > ゆう]]は俺を見てヒョイっと右手を挙げると、後ろ手に戸を閉めて俺の隣に座った。

  [[rb:友紀 > ゆき]]さんも[[rb:優 > ゆう]]が座ると同時にお茶とおしぼりを出してくれている。相変わらず対応が素早い。

  「[[rb:優 > ゆう]]さん、遅い時間にわざわざありがとうございます」

  「全然。呼んでくれてありがと」

  厨房から出てきた[[rb:玄來 > げんき]]が、三角巾帽を取って[[rb:優 > ゆう]]に挨拶する。

  「ちょっとビックリした。[[rb:玄來 > げんき]]が[[rb:優 > ゆう]]を呼んでくれたのか」

  「うん。その方がクロ[[rb:兄 > にぃ]]は喜ぶと思って」

  さすが[[rb:玄來 > げんき]]だ。俺の事をよく分かっている。

  「それに、俺は今日ほとんど厨房だから」

  「で、俺らはコッチ側だ」

  いつの間にか着替えを済ませた店長と[[rb:友紀 > ゆき]]さんが、お茶とおしぼりを持って向かい側の席に座った。

  「今日は[[rb:玄來 > げんき]]先生の奢りだ! 飯でも酒でも好きなもんジャンジャン頼めよ!」

  「[[rb:玄來 > げんき]]の奢りって・・・え、ええ!」

  狼狽える俺をよそに、店長は嬉しそうに笑っており、[[rb:玄來 > げんき]]はやる気に満ちた顔で三角巾帽を被り直している。

  料理も全部やってもらって、しかも4人の食事代全部を[[rb:玄來 > げんき]]が持つってことか?

  しかも遠慮とか知らなそうな人が2人も居る。さすがにヤバいんじゃないだろうか。

  「[[rb:玄來 > げんき]]もそろそろ1人で客をさばけるようにならないといけねぇしな。味のチェックも兼ねて身内だけでテスト出来る良い機会ってわけだ」

  それで願ったり叶ったりってことだったのか。

  いやいや、問題はそこじゃない。

  「まだ1年も経ってないし気が早いと思ったんだけど、[[rb:玄來 > げんき]]くん頑張り屋さんでゴロちゃんも調子乗っちゃって。奢りって言っても材料費分だけだから、安心して注文してあげて」

  「おいおい[[rb:友紀 > ゆき]]ちゃん、そういうことは言わなくていいんだっての」

  「口が滑っちゃった。ごめんね」

  店長は不満そうだが、[[rb:友紀 > ゆき]]さんは笑っている。

  カッコつけるなら店長の言う通りだが、[[rb:友紀 > ゆき]]さんは俺の様子を見て教えてくれたんだろう。

  原価って3割くらいだろうか。それなら普通に食事しても大丈夫そうだ。

  「お飲み物はどういたしますか!」

  [[rb:玄來 > げんき]]が元気よく注文を取り始める。

  「じゃあ・・・ビ、ビールで!」

  「1杯目はビールからってか? よし、[[rb:生 > なま]]4つだ! [[rb:友紀 > ゆき]]ちゃんもいいだろ?」

  「うん。1杯目は主役にお付き合いしようかな」

  「[[rb:玄來 > げんき]]。お前も適当にドリンク持ってきて乾杯だけ付き合え」

  「うす!」

  本当はワインとか日本酒とか試してみたいけど、飲み会の1杯目はビールって決まってるみたいなことを聞いた気がする。

  早く乾杯するためか、お店側への配慮かは分からないけど。たぶん両方だろうな。

  「俺バイクなんだけど」

  「よし、うちに泊まれ」

  言うが早いか店長はスマホを取り出し電話をかける。

  [[rb:優 > ゆう]]の自宅に断りを入れるのだろう。銀のメンバーは対応が素早い。

  [[rb:友紀 > ゆき]]さんも店長を止めようとはせず、ニコニコ笑っている。

  気心知れた仲っていうのかな。ちょっと羨ましい。

  「[[rb:生 > なま]]4つとお通しの枝豆です!」

  店長の電話も終わらないうちに、[[rb:玄來 > げんき]]が秒でビールとお通しを持ってきた。

  1つだけウーロン茶みたいなのがあるのは[[rb:玄來 > げんき]]の分だろう。

  俺は目の前に置かれた中ジョッキを見つめる。

  今まで無関係だったはずの大人の世界だ。

  「ちゃんとお通しはドリンクに合わせたな。いいぞ[[rb:玄來 > げんき]]」

  そう言って店長はグラスを掲げ、続いて皆もグラスに手を伸ばす。

  「全員グラス持ったか?」

  [[rb:玄來 > げんき]]も立ったまま自分のグラスを持っている。

  「クロ坊の20歳の誕生日と、[[rb:玄來 > げんき]]先生に! 乾杯!」

  「『かんぱーい!!』」

  店長に続いて皆で乾杯した。

  既に俺以外はグラスに口を付けている。

  ついに手にした大人の世界。

  何かが変わりそうな予感に胸が高鳴る。

  全俺未踏の新世界へ・・・。

  ━━━━黒井[[rb:琉貴 > るき]]! 行っきマース!

  俺は20歳のパスポートを胸に握りしめ、グラスに口を付けた。

  「うわっ! にっが!!」

  大人の世界はビターだった。

  「ビールは舌で味わうもんじゃねぇ。喉で楽しむんだ。枝豆食った後にグイッと流し込んでみろ」

  なんかもうビール要らないぐらいのテンションになっているが、一応店長に言われた通りにやってみる。

  枝豆を皮ごと口に入れて、中の豆を押し出す。

  軽く塩が振ってある皮の塩味が豆の味を引き立てていい感じだ。旨い。

  ここでビールを・・・。

  俺は一思いにグイッと流し込んだ。

  ━━━━━━あ、なるほど。こういうことか。

  「な? イけるだろ?」

  「はい!」

  味は苦手だし、好き好んで頼まないとは思うが、楽しみ方は分かった。

  ビールは味わっちゃダメ。

  1口飲んだ時は不安だったが、これなら余裕で飲み切れそうだ。

  「ご注文をどうぞ!」

  メモを片手に[[rb:玄來 > げんき]]が再び店員モードになる。

  やはり最初はサラダとかだろうか。

  ポテトサラダに温玉シーザーサラダ、明太大根サラダも気になる。

  以前食べた季節メニューの餡掛け湯豆腐もまた食べたいが、揚げ出し豆腐も食べてみたい。

  だし巻き玉子もいいな。

  このとんぺい焼きってなんだろう。

  食べたいものばかりで目移りしてしまう。

  「とりあえずメニューのここからここまで」

  「はい!」

  「ちょっとまてーい!!」

  この虎マジで遠慮しないな。

  [[rb:玄來 > げんき]]も“はい!”じゃない。待て。

  「いいねぇ[[rb:優 > ゆう]]坊。ジャンジャン行こうぜ。追加でおばんざい全種と[[rb:越乃寒梅 > こしのかんばい]]の[[rb:金無垢 > きんむく]]をぬる燗で頼む」

  予想通りの2人が想像以上のムーブをかます。

  [[rb:玄來 > げんき]]は注文を承ると素早く厨房へ向かって調理を始めた。

  真剣な顔つきで、一生懸命やっている。

  ・・・カッコいいなぁ。

  仕事終わりなのに、俺のために頑張ってくれてるのかと思うと胸が熱くなる。

  こんな姿を見せられたら俺が楽しまないと逆に申し訳ない。

  俺はこれから何回[[rb:玄來 > げんき]]に惚れ直すんだろうな。

  そんな事を考えながら、俺は柴犬を肴にビールを煽った。

  ◇◇◆◆◇◇

  「店長、今日はありがとうございました」

  オレは潰れたクロ[[rb:兄 > にぃ]]に自分のオーバーをかけて背負ったまま店長に挨拶した。

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]は意外とお酒が飲める方だったみたいだが、店長が飲んでいた日本酒の吟醸香を気に入り、調子に乗って飲みすぎたようだ。

  「俺はお前の金で飯食ってただけだぜ? それより営業時間外にこんだけの注文をよく1人でさばいたな。残業代は色付けといてやる」

  「えっ! これはオレのお願いで・・・」

  「どう見ても残業だろ。タダ働きさせたら俺がしょっぴかれんだから素直に受け取れよ。あと今日の代金は給料から引いとくぞ」

  「・・・ありがとうございます!」

  「おう。気を付けて帰れよ」

  オレは店長にお礼を言って店を後にした。

  ◆◆◇◇◆◆

  2月の夜中は流石に冷える。

  でも、背中は暖かい。

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]が結構飲めるのは意外だったけど、それより驚いたのは[[rb:優 > ゆう]]さんだ。信じられないほど弱かった。

  ビール1杯でダウンして、食い手がいないから復活するまで調理を一旦ストップしていた。

  店長が“カゲトラさんもウソみてぇに弱かったからな・・・”って言ってたから、[[rb:優 > ゆう]]さんは親父さん似なんだろう。

  「んにゃ・・・」

  いつものクロ[[rb:兄 > にぃ]]が嘘みたいにオレの背中でゴロゴロ鳴いている。

  相当リラックスしている様子だ。

  「今日は楽しんでもらえたかな」

  オレは半分独り言のつもりでクロ[[rb:兄 > にぃ]]に語りかける。

  「クリスマスの時もだけど、クロ[[rb:兄 > にぃ]]へのプレゼントってなかなか思いつかなくて。クロ[[rb:兄 > にぃ]]は皆でわいわいするのが好きだからこういうプレゼントにしてみたんだ」

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]は基本的に1人より誰かと一緒に居るのが好きだ。

  オレもよく周りから明るくて社交的で友達も沢山居そうだと言われるが、中身は全然そんなことない。

  皆で居るより1人の方が好きだし、今連絡を取っている友達もほとんど居ない。明るいのも笑顔を作ってるだけで、はじめましての人は緊張するし、警戒する。

  昔からそうだったし、オレは周りが思ってるようなヤツじゃない。

  でも、だからクロ[[rb:兄 > にぃ]]に憧れたんだ。

  元気で、明るくて、興味が湧いたら何にでも臆せず突っ込んで。

  小さい時はそれでよく振り回されたけど、そんなクロ[[rb:兄 > にぃ]]をカッコいいと思ったし、本当の兄ちゃんみたいに思ってた。

  オレの外面は全部クロ[[rb:兄 > にぃ]]に近付こうとした結果みたいなもんだ。

  川で大怪我したあの日から、今の自分じゃダメだと思って変えてきた。

  おかげで人並みに人に恵まれたんだと思う。

  高校では彼女もできた。

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]様様だ。

  「んー・・・げんきぃ」

  「わっ」

  急にクロ[[rb:兄 > にぃ]]がオレの首筋に顔を埋めてスリスリし始める。

  くすぐったいからやめて欲しいが、それ以上に・・・

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]、オレ今日すごい汗かいてるから、あんまり毛皮の匂い嗅がないで欲しいんだけど・・・」

  こんなに近くで汗臭い自分の匂いを嗅がれるのは恥ずかしい。クロ[[rb:兄 > にぃ]]なら尚更だ。

  抵抗しようにも背負ったままではどうにも出来ない。

  「んーん・・・すきぃ」

  「わわわっ・・・」

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]はさっきよりもスリスリゴロゴロしてくる。お酒が入っているせいで呼吸も深くなっており、首筋の毛皮と地肌に空気の流れを感じてゾワッとする。匂いを思いっきり吸われてるのが見なくても分かる。

  「勘弁してよクロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・」

  オレはなるべく早足でアパートへ帰った。

  ◆◆◇◇◆◆

  「んなぅ・・・ゥルルル」

  「・・・」

  帰宅したはいいものの、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が離れてくれず、とりあえず自室のベッドに寝かせた。

  寝かせた後もオレの右腕に懐いて離してくれない。

  「弱ったなぁ」

  力ずくで引き剥がすことは簡単にできるけど、良心が傷んでできない。

  せめてシャワーと歯磨きはしたいんだけど。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]、離して」

  「ん・・・ゃぁー・・・ゥルルル」

  「はぁ〜」

  腕をクイクイ動かすと、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が弱い力で必死に抵抗してくる。

  どうにも引き剥がすことができず、オレは諦めて、そのまま一緒に寝ることにした。

  ◆◆◇◇◆◆

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]の寝顔・・・。

  クロ[[rb:兄 > にぃ]]は深く呼吸しながら、オレの腕にしがみついている。

  オレは何の気なしに掴まれている手でクロ[[rb:兄 > にぃ]]の頬を撫でた。

  猫の柔らかい毛。

  手触りが良くて、つい色んなところを撫でてしまう。

  「んー・・・なぁー・・・ルルル」

  「・・・」

  その度に猫は気持ち良さそうに鳴いて、手に懐いてくる。

  オレが手を止めると、今度は服の袖口をハミハミし始めた。

  「・・・かわいい」

  なんか変な気分になってくる。

  相手は歳上の雄猫で、オレの兄ちゃんでもあって、憧れの人で、尊敬しているのだが・・・。

  「ゥルルル・・・ゃぁー」

  そんな人が無防備にこんな姿を晒して、オレに懐いて来ている。

  なんかこう・・・グッときてしまっている。

  「えっ・・・!」

  気付けばオレが熱を持っている。

  これはさすがにブラコンの域に収まってない。完全に変態だ。

  「いや・・・疲れてると・・・疲れナントカっていうし、昨日もシてないし・・・」

  オレは大きくため息をついて、天井を見上げた。

  「明日出勤前に抜いとこ・・・」

  「んなぁー・・・」

  「・・・」

  オレの腕に懐きながら、気持ち良さそうに眠る猫を横目で見て、オレはまた大きなため息をついた。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  次回のスタートは[[rb:玄來 > げんき]]のベッドからだね!

  ワクワクするね!

  飲んでる最中の会話は端折りましたが、意味のある部分だけ抜き出すと[[rb:銀吾朗 > ぎんごろう]]が[[rb:琉貴 > るき]]をクロからクロ坊と呼び始めた経緯についてです。

  いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。

  蒼空ゆうぎ