柴後輩とクロ兄ちゃん【風邪】

  ━━━━38.7度・・・。

  完全に風邪引いた。

  咳とかは無いが、体がとにかく辛い。

  痛いのかと言われたら違わないこともないのだが、ちょっと違う。細胞一個一個が全部ダメになって、何をするにも辛くて涙が出そうになる。そんな感じだ。

  今も寝ているのにずっと苦しい。寒気がするのは気温のせいだけでは無いだろう。

  「連絡しないと・・・」

  俺はベッドの中でスマホをいじり、[[rb:優 > ゆう]]と今日の講義の担当教授にメールを送った。

  [[rb:優 > ゆう]]からはすぐに返信があった。

  “何が要る?”

  俺の体調について触れることも無く、こんな返信をするところが[[rb:優 > ゆう]]っぽい。

  それでも俺のためにすぐ何かしてくれようとする[[rb:優 > ゆう]]の心遣いに胸が温かくなった。

  俺は[[rb:優 > ゆう]]に“大丈夫、ありがとう”とだけ返した。

  ━━━━それにしても、熱を出したなんていつ振りだろうか。正直かなり辛いが・・・。

  「病院は行くべきかな・・・」

  再びスマホをいじり、近くの病院を検索する。

  時期的にインフルエンザの可能性もある。サークル活動は多くの人と関わるし、[[rb:優 > ゆう]]にも、何より[[rb:玄來 > げんき]]にうつることがあってはならない。

  [[rb:玄來 > げんき]]には仕事がある。

  店長や[[rb:友紀 > ゆき]]さん、[[rb:誓優 > せいや]]くんにもそうだ。もし[[rb:玄來 > げんき]]を介してインフルエンザが伝染ったりしたら、俺は一生立ち直れない気がする。

  赤ちゃんの[[rb:誓優 > せいや]]くんにもしもの事があったら・・・。

  弱気になっているのか、悪い想像ばかりしてしまう。

  俺は病院とアクセス方法を調べた後、苦しさに唸る身体に鞭打って外に出た。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  ━━━━━━階段が辛い。

  やっと病院からアパートまで帰ってきたが、この階段が辛い。

  自分の部屋である2階の角部屋が地平線の彼方に感じる。

  アパートに着いた途端に身体の緊張が解けたのか疲労と倦怠感が一気に押し寄せ、俺の身体を蝕む。

  おしっこを我慢している時にトイレが近付くと一気に尿意が押し寄せるみたいな感じだ・・・ちょっと違うか?

  幸いインフルエンザではなかったが、身体の辛さは変わらない。

  階段の段数も変わらない。

  俺は普段使わない手すりを使いながら、ゆっくりと1段ずつ階段を登った。

  「あれ、クロ[[rb:兄 > にぃ]]」

  階段を登り切ったところで、今まさに外出すべくドアに鍵をかけている[[rb:玄來 > げんき]]と鉢合わせてしまった。

  「おはよう、クロ[[rb:兄 > にぃ]]。今日って1限からの日じゃなかったっけ」

  まずい・・・風邪だとバレたら確実に[[rb:玄來 > げんき]]は看病しに来る。[[rb:玄來 > げんき]]には絶対に風邪をうつしてはならない。なんとか隠さなければ。

  「おはよう。今日はあれだよ、学園祭の振替休日みたいなやつなんだ」

  「そっか。あ、今日お菓子作ってみようと思うんだけど、クロ[[rb:兄 > にぃ]]も晩飯と一緒にどう?」

  食べたい。食べたいけどダメだ。

  「今晩はちょっと・・・」

  「何か予定あった?」

  声張るの辛い・・・。でも[[rb:玄來 > げんき]]にバレないようにしないと。

  「[[rb:優 > ゆう]]と食べに行くことになってるから。ゴメンな」

  「分かった。じゃあ、お菓子だけ一緒に食べようよ。仕込みは終わってて、足りない材料買いに行くところだったんだ。完成させて冷やしとくから、オレが仕事から帰ったらすぐ食べれるよ」

  話すのが辛い・・・。

  「ああ、えっと、今日行く店が結構・・・量ある店で。美味しく食べたいから、明日とかじゃダメか?」

  「そうなんだ。分かった。じゃあ明日一緒に食べよ」

  キツい・・・。

  「おう、楽しみにしてるな」

  話しを終えて、やっと[[rb:玄來 > げんき]]は買い物に行った。

  ゴメンな、ウソついて。

  俺は[[rb:玄來 > げんき]]に隠し事やウソばっかりだ。

  せめてさっきの約束だけは守ろうと、俺は帰って早々にベッドに入り、傷む身体を押さえつけながら無理やり目を閉じた。

  ◆◆◇◇◆◆

  ━━━━━どれくらい寝ていただろうか。

  カーテンの向こうからはオレンジ色の光が差している。

  身体は全く楽になった気がしない。むしろ、頭痛が加わって朝より辛い。

  ご飯も食べていない。だから薬も飲んでいない。ベッドから動く気力が湧かない。

  ━━━━━寂しい・・・。

  こんなに辛いのに誰も頼れない。誰もそばに居てくれない。俺はひとりぼっちだ。

  [[rb:玄來 > げんき]]に本当のことを言えば、きっとずっとそばに付いていてくれただろう。

  [[rb:玄來 > げんき]]のご飯が食べたい。

  [[rb:玄來 > げんき]]の俺より少し大きくてあったかい手で手を握って、あの優しい声で“大丈夫だよ、クロ[[rb:兄 > にぃ]]”って言って欲しい。

  でも、それを求めてはいけない。

  [[rb:玄來 > げんき]]には仕事がある。

  仕事先にはまだ1歳にもなっていない赤ちゃんもいる。

  我慢しなければならない。

  俺はクロ[[rb:兄 > にぃ]]だから。

  [[rb:玄來 > げんき]]のために我慢するんだ。

  ━━━━━ 一人暮らしを始めてから熱を出したのは初めてだ。

  こんなに心細く、弱くなるものなのか?

  起きていても辛いばかりだ。早くまた眠ってしまいたい。でも、苦しくて眠れない。

  涙が出てくる・・・。

  助けて━━━━━━━━━━━━━━━。

  ━━━━━━━━━ピンポーン

  誰か来た・・・?

  玄関の扉の方に顔を向ける。

  [[rb:玄來 > げんき]]は仕事に行っているはずだ。来るはず無い。

  じゃあ誰が・・・?

  「[[rb:優 > ゆう]]・・・?」

  違うかもしれない。何かの勧誘かもしれない。でも希望を持たずに居られない。

  俺は動作一つ一つに気力を振り絞りながら、一歩、また一歩と玄関へ向かう。

  「“あ、[[rb:優 > ゆう]]さん! こんちわっす!”」

  ━━━━━━[[rb:玄來 > げんき]]の声?

  仕事に行っているはずなのに、[[rb:玄來 > げんき]]の声が聞こえる。

  それに[[rb:優 > ゆう]]も居るらしい。

  「“柴くん仕事は?”」

  「“仕込み終わったんで、忘れ物取りに。それ、晩飯か何かっすか? 一緒に食べに行くって聞いてましたけど”」

  まずい・・・。

  歩みを早めた頃には遅かった。

  「“お見舞い。晩飯のことは聞いてないけど、食べに行ける程度には元気な感じ?”」

  俺は力を振り絞り、サンダルを履いて急いでドアを開けた。

  「ゆ、[[rb:優 > ゆう]]」

  ドアを開けた途端、立ちくらみがしてクラッとふらつく。

  その体を[[rb:優 > ゆう]]がすぐに支えてくれた。

  「あんまり元気そうじゃないね」

  俺を支えたまま[[rb:優 > ゆう]]が口を開く。

  「お見舞いって・・・クロ[[rb:兄 > にぃ]]、どういうこと?」

  [[rb:玄來 > げんき]]が呆然としてこちらを見ている。

  まあ、そういう反応になるよな。

  俺は[[rb:優 > ゆう]]に支えてもらったまま、口を開く。

  「お前にうつしたく無かったんだよ」

  [[rb:玄來 > げんき]]にうつるのが1番まずい。事実だ。

  「そんな・・・もっとオレを頼ってよ! こんなに近くに居るのに!」

  予想通りに[[rb:玄來 > げんき]]が吠える。

  俺も頼りたかったよ。お前に1番そばにいて欲しかった。

  「[[rb:玄來 > げんき]]は仕事があるだろ」

  もちろん店長たちも、何より[[rb:誓優 > せいや]]くんもいる。

  「そんなの関係ないよ!」

  その言葉にカッとなった。

  「関係あるだろ!!」

  俺は声を振り絞る。

  考え無しにそんな事言うなよ。俺だって我慢してるのに。

  「無いよ・・・だって・・・じゃあオレは、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が病気してる時に、ご飯作ってあげることも出来ないの?」

  [[rb:玄來 > げんき]]の顔が歪む。

  作って欲しいよ。お前の料理食べたいよ。

  でも俺は兄ちゃんだから。

  「俺、店長に言って仕事休む。だからクロ[[rb:兄 > にぃ]]・・・」

  「頼むから、来ないでくれ」

  俺はなけなしの気力で最後の言葉を絞り出した。

  「・・・とりあえず部屋戻ろうか。[[rb:柴 > しば]]くんまたね」

  [[rb:玄來 > げんき]]を残して、俺は[[rb:優 > ゆう]]に支えられながら部屋へ戻った。

  [[rb:玄來 > げんき]]の顔は見れなかった。

  ◆◆◇◇◆◆

  「ゴメンな、[[rb:優 > ゆう]]」

  部屋に戻ってすぐ、[[rb:優 > ゆう]]は俺をベッドに運んでくれた。

  「なんのこと?」

  [[rb:優 > ゆう]]はテーブルに買ってきたものを並べた後、お茶とゼリー飲料だけ取って俺のそばにきた。

  「やっぱり[[rb:玄來 > げんき]]にうつすわけにはいかないから」

  「俺はいいの?」

  俺は少し考えた後、耳だけ出して頭から布団を被った。

  「いくない。やっぱ帰れ」

  本当はいて欲しいし甘えたいが、風邪はうつしたくない。

  「分かった。帰る」

  こういうあっさりしている所が[[rb:優 > ゆう]]っぽい。だが、これでいい。

  布団を被ったまま[[rb:優 > ゆう]]が出ていくのを待っていると、上からポンと大きな手が乗せられた。

  「もう少し後でね」

  そのままあやすようにトントンと叩かれた。

  「・・・ありがと」

  俺は顔を出して、[[rb:優 > ゆう]]にお礼を言った。

  [[rb:優 > ゆう]]は俺が眠くなるまでそばに居てくれた。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]