別れ

  太陽が顔を見せない、暗黒に支配された世界。風が吹かず、ただ無機質な冷たさが広がる空間を見渡した小さなの影、ヨマワルのフランツは微かに溜め息をこぼした。

  「...冷たい、な」

  惑星の自転の軸が狂い、時間の流れが崩壊した世界に生まれたヨマワルは、常に無機質な感覚に包まれていた。太陽が昇らず、ただ暗闇のみが広がる世界は、生きているポケモン達に絶望を与えた。夢も希望もない世界に生きるポケモン達は、自然と本能に駆られた行動を取るようになる。

  即ち、他者を襲い奪い殺すようになる。

  フランツの両親も見知らぬポケモン達の集団に襲われた。両親は全身を切り刻まれながらもフランツを逃がし、彼はがむしゃらに走りつづけた。フランツが暴徒達から逃れた後、両親の死体は残っておらず、僅かな肉片のみが散らばっていた。

  保護してくれる親を失い、頼れる者がいないフランツは、文字通り血反吐をはく思いをしながら生きてきた。時に強いポケモンに媚びを売り、弱いポケモンを襲う事で食料を手に入れてきた。

  時には、殺しも厭わない。

  そのような生き方をしてきたフランツにとって、この世界は掃き溜めのような物である。

  「なぜ私は掃き溜めの中でもがき続けるのか...」

  今日まで、ゴミのような世界で懸命に生きてきたフランツだが、それでも生きる意味を見つけられずにいた。両親を殺され、護るべき子供もいない。それなのに生き続ける理由を見つけられないフランツは、日々懸命に過ごしていた。

  ヨマワルからサマヨールに、そしてヨノワールに進化したフランツは、やがて『将校』と『ディアルガ』に出会った。闇のディアルガ、かつて存在したレシラム教ゼクロム教が排除された世界において、新たに台頭してきたディアルガ教、その象徴たるディアルガの親衛隊隊長である将校は、フランツに対して甘い言葉を囁いた。

  『今後、ディアルガ様がよりよい世界を作ります。そのためにも、あなたの力が必要です』

  生きる意味がわからず、ただ懸命にもがき続けていたフランツにとって、将校の言葉は麻薬のようであった。いつの間にか、フランツは将校に従うようになり、やがてディアルガの側近として重宝された。

  部下として与えられたらヤミラミ達と共に食料や宝石を集め、ディアルガに逆らう星の調査団のメンバーを駆逐していった。

  気がつけば、フランツはガルム鉱山を任せられるようになり、ディアルガに献上する宝石の収集も任せられるようになった。ディアルガ、そして将校に必要とされたフランツは懸命に働き、懸命に宝石を集め、そして懸命に反逆者を狩っていた。

  気がつくと、『ヨノワールのフランツ』という言葉を耳にしただけで、多くのポケモン達が震えるようになった。畏怖の眼差しでみられるようになったフランツは、空虚な日常が何故か満たされる感覚を抱いた。

  そんな折り、フランツはあるポケモンに出会った。星の調査団の一員ではないかという疑惑を向けられたポケモン達、一部は将校により処刑され、残りはガルム鉱山へと連行され、強制労働に使われた。

  鉱山に送られてきたポケモン達の一匹、キモリとフランツは出会った。薄汚れ、貧相な身体付きのキモリは、とてもじゃないが労働に向いているとは思えない。

  キモリを連行してきたのは、将校の傍に控える若いポケモンだった。

  全身を外套で多い、はっきりとした姿を見せない若いポケモンは、キモリを乱雑に突き飛ばすと、フランツの前から去った。

  キモリは小さく、痩せ細っている。

  加えて、彼の両親は将校により処刑された。

  フランツの予想通り、キモリは労働の役にも立たなかった。それでも、彼は懸命に仕事を覚え、日々懸命に生きていた。

  鉱山で役立たずとみなされたポケモンは、容赦なく殺される。それを知っているキモリは殺されまいと、ひたすら働き続け、その姿を見ていたヨノワールは不思議な感覚を覚えた。

  このキモリも自分も、生きる意味を見いだせないまま、がむしゃらに生きていることを感じ取った。

  絶望に満ちた世界において、似たような境遇や思考にある彼らは、やがて親交を深めた。看守と被収容者、決して歩み寄らず、一定の距離を置く彼らであったが、キモリとフランツは自然と距離を狭めた。

  キモリはフランツにこれまで生きてきた境遇を話し、フランツはキモリに人知れず食糧や物質を渡していた。彼らは精神的に同調し、周囲に隠した関係となった。

  その頃を思い出したフランツは一つしかない目を細め、懐かしむような表情を浮かべた。

  『フランツ!!』

  キモリが自身の名前を呼ぶ声、それは親しみの色に染まっており、乾いたフランツの心に水のように染み込んでいった。

  その声にフランツは微笑むと、キモリの頭を撫でた。

  両親を失い、親しい存在を失ったフランツと、両親を失い孤独に苦しむキモリ。彼らは互いに相手を必要としており、互いに助け合っていた。

  だが、決定的な溝が彼らの間に潜んでいた。

  キモリの両親を処刑したのは将校であり、フランツにとって将校は同胞であった。その事実が仲のよい彼らを引き裂き、やがてキモリはフランツの傍から離れ、他の被収容者に混じり、ガルム鉱山から脱走した。

  脱走者の多くは時の守護者達か将校率いるディアルガ親衛隊に捕まり、強制労働を課せられるか処刑された。

  その中にキモリの姿はなかった。

  それから幾ばくかの時が流れ、フランツは被収容者達に鉱石を掘り続けさせ、ディアルガに献上し続けた。

  そんな折り、フランツは牝のグラエナが脱走を図り、処分されたという報告をヤミラミから受けた。奇しくも近場にいたフランツは脱走者グラエナの顔を確認すべく、坑道に繋がるトンネルに向かった。

  そこでフランツは、坑道の中に消える影を見た。

  見覚えのある影、それはフランツを見て口を開いた。

  「...フランツ」

  フランツはその声を知っている、声の主を知っている。故にフランツは思わず足を止めると、坑道の入り口から自身を見つめるキモリを見て、目を見開いた。

  「...」

  かつての友を、違えた友を目の当たりにしたフランツは無意識に身体を強ばらせた。そんなフランツの心境など知らないヤミラミは、彼の顔を見上げると口を開いた。

  「アイツは脱走したキモリ...」

  「一緒にいるのは星の調査団のセレビィと...将校様の話していたリオル...」

  ヤミラミ達は憎しみの籠もった声を漏らすと、フランツの顔を見た。その目には「捕まえますか?」と尋ねる意図が含まれていた。その視線にフランツは微かに頷くと、ヤミラミ達は即座に駆け出した。

  それに気がついた私は眼前を走るキモリ、カフカとセレビィ、エミルの背中を叩いた。彼らは私の合図に振り向き、駆けてくるヤミラミ達に気がつくと、無意識に足を速めた。

  「とにかく奥へ走って!!」

  エミルの言葉に私とカフカは頷き、口を開けた大蛇のような洞窟の中に飛び込んだ。冷たい空気が私達を包み、背筋を微かに震わせた。坑道内は暗闇に包まれており、頭上から釣られた光の玉やランプの灯りが僅かに照らしている。後方から届くヤミラミの気配に私は肝を冷やすが、足を止める訳にはいかない。

  剥き出しの岩盤の上を走り、自ずと私達の身体はふらつく。それはヤミラミ達も同様であり、後方の暗闇の中で輝くヤミラミ達の宝石の瞳が大きく揺らいでいた。

  途中、坑道の中で作業していたポケモン達や監視役の時の守護者達と擦れ違うが、誰もが暗闇の中を駆ける私達を止められなかった。

  ふと、先頭を走るエミルが何かに気がついた。

  薄暗い坑道を見渡したエミルは私とカフカの腕を掴むと、脇道へと引きずり込んだ。その先にある岩陰に私達は身を隠すと、坑道を見た。暗闇の中、ヤミラミ達の宝石の輝きが坑道を駆け抜け、その先へと消えていった。

  うまくヤミラミ達をまいた私達は、岩陰からゆっくりと姿を現した。

  「これで少しは時間が稼げたかな...」

  私の呟きにエミルとカフカは頷くと、再び歩き出した。私は足を動かすと、横目でカフカを見た。

  (坑道の入り口にいたヨノワール...カフカの知り合いか?)

  先ほど目にしたヨノワールの姿を思い出した私は、カフカを見て目を細めた。私の視線に気がついたカフカは、顔を背けると戸惑うような口調で話し出した。

  「...わかった、詳しく話すよ」

  *

  キザキの森における暴動も治まり、生き残った住民達や奴隷商人に浚われたポケモンも救い出された頃、ルカリオのオズワルドとゾロアークのニコルはトレジャータウンの外れにある洋館へと戻っていた。レシラム教の救援部隊が到着した日、オズワルド達はギャロップの高速便でトレジャータウンへ移動した後、洋館の自室で横になっていた。

  目を覚まし、身体を起こしたオズワルドの表情には疲れの色が滲み出ており、彼は寝ぼけ眼のまま辺りを見渡した。彼の隣に寝ているニコルは寝息をたてており、時折身体を僅かに動かしていた。

  オズワルドの鼻がニコルの匂いを捉えた。

  ニコルの寝顔を見たオズワルドは優しげな表情のまま彼女の頭を撫でると、ゆっくりと寝台から降り、音をたてずに部屋を後にした。

  古びた床板が微かに軋み、ニコルは僅かに身体を動かした。それを横目で見たオズワルドは思わず足を止めたが、ニコルが目を覚まさないことに安堵し、廊下に出た。

  「...それじゃあ、この飲み薬を夕食の前に飲んでくださいね」

  階段の下から聞こえるマフォクシーのヘレンの声を耳にしたオズワルドは、そちらに向かって歩いた。階段を降りたオズワルドは玄関を覗き見ると、そこには回復したマリルに薬を手渡すヘレンの姿があった。彼女は笑みのままマリルに手を振り、マリルは「ありがとうございます」とお礼を口に出し、洋館を後にした。

  「お大事に」

  ヘレンの言葉にマリルはお辞儀をして応えると、そのまま踵を返して歩いていった。その小さな背中を見届けたヘレンは笑みのまま振り返ると、階段上から見下ろしてくるオズワルドに目を向けた。

  「お疲れさま、食堂にランチを用意してあるわ」

  オズワルドはヘレンの言葉に頷くと、廊下を歩き食堂へと移動した。食堂の中にはテーブルに向かうニコルと、彼女の正面に座るプクリンのヘンデルの姿があった。

  ヘンデルと同席するニコルはガフリアスのゼーンに変化しており、紅茶を飲みながら盗み見るようにヘンデルに目を向けている。ヘンデルはそのようなゼーンの視線に気がつく素振りを見せず、机上に置かれているセカイイチを贅沢に使ったアップルパイを頬張っている。

  「やっぱりゼーンの作るお菓子は最高だよ!! お菓子屋さんも開けるよ!!」

  子供のようにヘンデルは話すと、アップルパイの傍に置かれているアップルティーを口に含んだ。彼の言葉にゼーンは「ありがとうございます」と小声で応えると、食堂に入ってきたオズワルドに目を向け、空いている椅子に腰掛けるように促した。

  彼女の勧めにオズワルドは素直に応じると、ゼーンの隣に腰掛けた。満腹感に笑みを浮かべているヘンデルは「やぁ、トモダチ!!」と大きな声をあげると、オズワルドに向かって手を振った。

  オズワルドははにかみながらお辞儀すると、机上に置かれている袋と羊皮紙に目を向けた。重たそうな袋の中には大量の金貨が入っており、隣の羊皮紙は報酬の書類であった。

  ヘンデルは丸いお腹をポンポン叩くと、満足そうに頷いた。

  「それはキザキの森での救援活動に対する報酬と経費だよ。出所は探検隊ギルドだから、遠慮しないで受け取ってね」

  彼の言葉にゼーンは謝礼を述べると、金貨の袋と書類を受け取った。その重さを実感したゼーンは苦笑いを浮かべると、ヘンデルの顔を見て口を開いた。

  「流石は探検隊ギルドですね...豊富な資金力が羨ましいです」

  ゼーンは僅かに口角をあげ、小声で呟いた。彼女の言葉にヘンデルは「だよね~」と間延びした口調で応えると、オズワルドに目を向けた。まん丸としたヘンデルの目に、オズワルドは無意識に身体を硬直させると生唾を飲み込んだ。

  彼の緊張とは裏腹に、ヘンデルは独特の雰囲気のまま笑みを浮かべ、ふくよかな身体を揺らした。

  「そういえば、キザキの森にレシラム教の救援隊が駆けつけたと聞いたけど、キミ達も見たかい?」

  不思議そうな口調で尋ねるヘンデルの言葉にオズワルドとゼーンは頷き返した。その反応を見たヘンデルは「うーん」と小声を漏らすと、オズワルドの顔をまじまじと見つめた。

  「僕の聞いた話だと、救援隊の中に大司祭のアイザックスがいたらしいけど、本当かい?」

  初めて耳にする名前にオズワルドは怪訝そうな表情を浮かべるが、聞き覚えのあるゼーンはヘンデルに向かって微かに首肯した。彼らの反応を見たヘンデルは笑みのままオズワルドを見つめると、ゆっくりと口を開いた。

  「エンブオーのアイザックスはレシラム教の大司祭...この草の大陸におけるレシラム教の幹部だよ。暴動後の救援活動とはいえ、幹部クラスの司祭がわざわざ出動するとは思えないよね」

  彼の言葉にゼーンは頷き、オズワルドは沈黙を貫いた。

  (あのエンブオーはレシラム教の大司祭...それなら、隣にいたバクフーンの将校は...)

  かつて己を抱いたエンブオーとディアルガ配下の親衛隊長であるバクフーンの将校、その存在を意識したオズワルドは、自然と腹の底が暑くなる感覚を覚えた。同時に、自身の排泄孔が僅かに締まり、以前に抱かれた記憶が脳裏を過る。

  動きを拘束され、背中を舐められ、排泄孔を犯され、体内に体液を吐き出される感覚と記憶。それを思い出したオズワルドは身体が火照っていることを自覚し、目を伏せた。

  アイザックス司祭と将校の顔を見て抱かれた光景を思い出した、つまりオズワルドは将校にも抱かれたことがあるかもしれないということだ。

  その事に気がついたオズワルドの瞼の裏に、映像が広がる。

  薄暗い室内、清潔な純白のシーツ。

  組み伏せられたオズワルドの腰を掴み、背後から排泄孔に性器を挿入する将校。

  衝撃と快楽に嬌声をあげるオズワルド。

  炎タイプの高熱が性器と粘膜越しに伝わり、オズワルドの身体を溶かしていく。

  やがて将校はオズワルドの体内で果て、彼の身体に痕跡を刻む。

  かつて体験した出来事を思い出したオズワルドは目を伏せたまま、身体を細かく震わせた。それを横目で見たゼーンは何も言わずにオズワルドの肩を撫でた。

  ゼーンの手の暖かさにオズワルドは微かに笑みを浮かべると、ゼーンを見た。ゼーンはオズワルドに微笑みかけると、安心させるように頷いた。

  オズワルドとゼーンを見たヘンデルは、再度口を開いた。

  「アイザックス大司祭はレシラム教の重鎮だけど、裏では人身売買にも関与しているとか...加えて今回のキザキの森における騒動でも多くの住民を異大陸に売り飛ばしたようだね」

  「...その調査の依頼、ですか?」

  オズワルドはヘンデルの意図を見抜き、それに彼は頷いた。

  「もしかすると、アイザックス大司祭と鎌鼬が目撃したジュプトルは裏で繋がっているかもしれない...ジュプトルが時の歯車を盗むことで暴動の種を蒔き、アイザックス大司祭が儲ける...」

  「かなりヤバそうな仕事ですね」

  ゼーンの言葉を聞き、ヘンデルは笑った。

  「実際、かなり危険な仕事だよ。本当なら僕のギルドメンバーが当たるべきだけど、探検隊ギルドとレシラム教は『一応』友好関係だからね。だからといって、人身売買を見過ごす事はできないよ。詰まるところ、僕個人の自己満足のための仕事だよ」

  ヘンデルの言葉、その裏にはレシラム教の権力の大きさが見え隠れしている。それを感じ取ったオズワルドは微かに身体を震わせ、ゼーンほ厳しい表情で彼を見返した。

  ゼーンの視線に対してヘンデルは再度微笑むと、「アイザックス大司祭と人身売買業者の繋がりを暴いてね」と呟いた。明らかに危険な仕事であるが、ゼーンは無言で頷き、口を開いた。

  「...それで、人身売買業者の所在地は?」

  「水の大陸、ワイワイタウンだよ」

  *

  キモリのカフカが話したヨノワールのフランツとの関係、それを知ったリオルの私、グレーゴルとセレビィのエミルは、ガルム鉱山の暗い坑道の中で言葉を失った。

  (カフカの両親が将校に処刑されたのは知っていたが、まさかあのヨノワールも関係していたのか...)

  親の敵、そしてかつての友と出会したカフカの表情は暗く、唇を強く噛みしめている。微かに震えるカフカの拳が彼の心情を如実に表しており、それを見たエミルは心配そうな声色で「カフカさん...」と呟いた。

  彼女に名前を呼ばれたカフカは弱々しい笑みをみせると、虚空を見つめながら口を開いた。

  「両親を殺された俺は、このクソみたいな世界に理由もなくしがみついていた...フランツはそんな俺に優しくしてくれた」

  そう呟いたカフカは悲しそうに目を伏せると、静かに口を動かした。

  「フランツは俺にとって...大事な友人だ。だけど、アイツは闇のディアルガと将校の狂信者...許せない」

  「...カフカにとって、フランツも敵か?」

  私の問いにエミルは目を大きく見開き、カフカは小さく息を吐き出した。

  今のカフカの心には、フランツに対する信頼と将校に対する憎しみが存在している。そのような状況で、仮にフランツとまた出会した場合、彼が私の味方となるのか。

  (確認する必要がある)

  無意識に私はカフカを凝視しており、私の視線にカフカはばつが悪そうに顔を背けると、小さな声で応えた。

  「...フランツは友達だ。だけど...時の守護者のフランツは敵だ」

  声量は小さいが、その声には強い意志を孕んでいる。その言葉を聞いた私は小さく息を吐き出し、目を伏せた。

  (迷っているな...)

  現状のカフカは迷っており、この状態では万が一の時に素早く対応できるとは思えない。しかし、今の私にとって頼れる仲間はカフカとエミル、ラプラスのノアだけである。まだ迷いがある状態ではあるが、私はカフカを信用するしかない。

  故に私は目を開けると、微笑みながらカフカの肩に手を置いた。

  「話してくれてありがとう...もしもの時はカフカが決めればいいと思うよ」

  私の言葉にカフカは弱々しい笑みを浮かべ、状況が落ち着いた事にエミルは安堵の溜め息をこぼした。その姿を横目で見た私は口を開いた。

  「目的地は近いのか?」

  私の質問にエミルは頷き、私とカフカを先導した。そのまま暗闇の坑道を進むこと数分、私達の足が止まった。エミルは呆然とした表情で目の前の光景を、私とカフカは戸惑いの表情でそれを見た。

  「...そんな」

  エミルの大きな瞳には絶望の色が浮かんでいる。その視線の先には落盤した坑道があり、目的地までの道が閉ざされている。それを見たエミルは泣き出しそうな顔で俯き、カフカは苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。

  (ここは坑道だ...ここまではエミルのセレビィとしての感覚を頼りに進んできたが、回り道するには地図がいる...)

  進むべき道を見失い、私達は落胆した。仮に別のルートを進むには坑道の詳細な地図がいる。地図を持たずに彷徨くなど、自殺行為に他ならない。

  (時の波紋でエネルギーを補充して、タイムスリップする予定だったのに...)

  運良くセレビィに出会い、運良く信頼を得た私だが、ここにきて運に見放されたようだ。都合良く進まない状況に私は舌打ちすると、目を細めた。

  『残念だけど、君の船は既に浸水しだしたようだね』

  (うるさい)

  頭蓋の中に響く白いポケモンの声、それに私は眉根を寄せると心の内で呟いた。

  私の反応に白いポケモンは高笑いすると、口を開いた。

  『いくらセレビィの信頼を得たとはいえ、君の運はここまでのようかな。氷山に衝突した以上、船が沈むのも時間の問題だよ』

  (お前は私に世界を救ってほしいのではないのか?)

  『もちろん!ただ、普通に救うのでは面白くないよね』

  白いポケモンの言葉を聞いた瞬間、私は再度理解した。あの課金好きな白いポケモンにとって、この世界は『ゲーム』である。だからこそ白いポケモンは私の人生に『面白さ』を求めており、報酬としてカルパチア号に続くボートが用意されている。

  課金好きなポケモンが用意したゲームに私は虫酸が走ると、微かに舌打ちした。それを見抜いている白いポケモンは愉快そうな笑い声をあげると、私の頭の中に響かせた。

  『過去の世界を救うにはタイムスリップする必要がある...そのためには落盤した先にある時の波紋に向かう必要がある...周りには時の守護者達が迫っている...君はどうする?』

  (黙っていろ)

  白いポケモンの言葉に私は冷たく返すと、カフカとエミルを見た。私の言葉に対して白いポケモンは笑い声を響かせるが、私はそれを意図して無視すると、彼らに向かって口を開いた。

  「時の守護者達が迫ってきている以上、今の私達に遠回りをしている余裕はない...危険だけど進むしか道はないよ」

  「だが、落盤で道は塞がれているぞ...」

  カフカの返事に私は頷くと、エミルに目を向けた。私の視線にエミルは不思議そうに首を傾げた。

  「...エミルのサイコキネシスで頭上の岩盤を抑えている間に、カフカが落盤部分を破壊するのはどう?」

  私の言葉にカフカとエミルは目を丸くさせて驚くが、反論しなかった。他に名案がない以上、私の案が唯一の解決手段である。

  「他の連中が近づいていないか、私が見張るよ」

  エミルとカフカは私の提案に首肯すると、エミルは目を閉じて集中しだした。力を蓄える彼女を後目にカフカもエナジーボールのエネルギーを貯めると、エミルを一瞥した。

  カフカの合図にエミルは頷くと、蓄えたサイコキネシスの力を解放した。不可視の力が頭上の岩盤を覆い、その間にカフカは落盤部分に向けてエナジーボールを放った。

  坑道に激しい揺れが響き、砕けた岩の欠片が辺りに飛び散る。続けて新たな落盤も生じたが、エミルの生み出すサイコキネシスのシールドがそれを防いだ。

  「くっ...」

  想像以上に質量のある岩盤を支えるエミルの表情は微かに曇るが、何とか堪えると私とカフカを見た。その合図を理解したカフカが先に進み、続けてサイコキネシスを発動させているエミルが進んだ。

  後方を警戒している私はカフカとエミルが通過した事を確認すると、続けて進もうとした。

  風切り音が響いた。

  それと同時に急速接近してくる気配を感じ取り、私は足を止めると思わず振り向いた。暗い坑道内に僅かな音が木霊した瞬間、空を切り裂いて飛来してきた針がエミルの腕を掠め、彼女の集中力を乱した。

  「きゃ...」

  微かにエミルの悲鳴が木霊した直後、彼女の意志に反してサイコキネシスは阻まれ、不可視の力で支えられていた岩盤が次々と落下した。それを見たカフカは坑道の奥から声を張り上げるが、落盤の轟音に混じりかき消された。

  「グレ...ル!」

  私の名前を叫ぶカフカの声が聞こえるが、それは轟音の中に溶けていった。落盤に伴う大量の砂埃が私の視界を覆い、思わず私は身を屈めた。

  直後、後方から飛びかかってきた影が私の背中を押さえつけ、組み伏せた。その勢いと痛みに私の肺から空気の塊が飛び出し、呼吸が一瞬止まった。

  影、バクフーンの将校の傍にいた外套を纏う若いポケモンは、容赦なく私の身体を押さえつけると、そのまま動きを封じた。

  その痛みに私は微かに悲鳴をあげるが、若いポケモンは躊躇なく腕に力を込める。

  「お前は...!」

  見覚えのあるポケモンに私は憎々しそうな声をあげる。しかし、若いポケモンは何の感情も表さずに私を見下ろす。

  外套があるために顔が見えないが、若いポケモンはおそらく私を見ている筈だ。

  私の背筋に冷たい物が走る。

  その視線から逃れるように私は顔を背ける。その姿を背中越しに見つめると、若いポケモンは唐突に坑道の奥に目を向けた。

  若いポケモンが襲いかかってきた方向から複数の足音が木霊し、やがて私と若いポケモンの下に時の守護者達が集まってきた。

  守護者達を引き連れているヨノワールのフランツとバクフーンの将校、彼らの周囲には数多くの守護者達が控えており、その中にはミスをしたリングマを撃ち殺したゴウカザルの姿もある。

  黒い帽子と外套、その姿がディアルガ親衛隊隊長である将校と似ていることからも、ゴウカザルが親衛隊の一員であることは明白だ。マスケット銃を持つゴウカザルは周囲の一般守護者達を手で追い払うと、将校とフランツの道を作った。

  「...まさか星の調査団の生き残りがここまで来るとは...想像外だったな」

  フランツは私を睨みながら口を開き、その言葉に将校は「えぇ」と短く応えた。

  「加えてこのリオル君はマスケット銃を何故か知っている...我々とあの人しか知らない筈なのにね...」

  将校はそう呟くと薄笑いを浮かべ、若いポケモンとゴウカザルに向かって「連行しろ」と命じた。その言葉に若いポケモンは頷くと、握り拳を作り、遠慮なく私の横顔を殴りつけた。

  *

  カフカの目が見開かれた。

  キザキの森を離れたジュプトルのカフカは廃墟に身を隠すと、マスケット銃の手入れと身の回りの品を整理し、しばしの休憩を取っていた。

  落盤の向こうに消えたグレーゴルを夢で見たカフカは冷や汗を滲ませながら身体を起こすと、微かに舌打ちした。

  「くそっ...」

  どうやら寝ている間に相当量の冷や汗を掻いたらしく、彼の背中はぐっしょりと湿っている。その感覚にカフカは嫌悪の表情を浮かべ、近くに置いてある布で身体を拭いた。

  ふと、カフカの目に足に刻まれた傷が映る。

  それはキザキの森の付近で鎌鼬のメンバーであるサンドパンのソルから受けた傷であり、カフカはそれを見ると目を細めた。

  彼は近くに置いてある鞄から薬草を元に作った軟膏を取り出し、それを傷口に塗りつけた。刺激が傷口から広がり、カフカは顔を歪めた。

  治療を終えたカフカは軟膏を鞄に入れると、指先に当たる堅い物に意識を向けた。

  それはキザキの森に安置されていた時の歯車であった。

  星の停止を阻止するには時の歯車を集める必要がある。そのためにカフカはキザキの森の歯車を奪取したが、その影響により時間の停止が一時的に発生した。もっとも、それは一時的なものであり、時の歯車を安置する祭壇の周囲のみで発生していた。

  (それなのに、暴動が激化し虐殺が発生した...)

  いくら時間の停止による恐怖や噂、デマが流出したとは言え、住民同士が殺し合う状況まで発展するとは思えない。

  (誰かが扇動したのか...?)

  このような状況を望む者はカフカの知る限り、1人しかいない。彼の両親を殺した、ディアルガの狂信者しか。

  薄ら笑いを浮かべる将校の顔を思い出したカフカは顔を歪めると、薄暗い空を見上げた。キザキの森を離れたカフカは、遠く離れたリンゴの森へと移動した。リンゴの森は文字通り、リンゴを中心とした豊富な食料が手に入る一帯である。日中は探検隊や食料目当ての業者が訪れる土地だが、深夜の時間帯では動き回る影はほとんどない。

  カフカは時の歯車を鞄の奥深くに入れると、手に入れたリンゴを齧った。口内に甘い味が広がり、疲れたカフカの身体に染み渡る。

  その味にカフカは顔を緩めるが、先ほど見た夢を思い出し、苦い表情を浮かべた。

  (俺は...グレーゴルを見捨てた...)

  崩落した坑道に置いてきた友人を思い、カフカは顔を歪めた。ガルム鉱山は時の守護者が支配している。その坑道に置いていく意味、それを理解できないほどカフカは愚かではない。

  (だからこそ、アイツの意志を俺は引き継ぐ...)

  時の守護者に捕まった星の調査団がどのような末路を迎えるのか、カフカは嫌になるほど理解している。見捨てたグレーゴルの望みを叶えることにより、彼に報いる事をカフカは望んでいた。

  「そのためにも...時の歯車を集めなくては...」

  例え新たな暴動が起きようとも、グレーゴルの望む星の停止の阻止を目指し、カフカは足を動かし続ける。

  それが茨の道であったとしても。