将校様

  トレジャータウンの近くにある海岸、そこに打ち上げられたら私、リオルのグレーゴルとキモリのカフカは、ラプラスのノアとセレビィのエミルにより手当てを受けていた。その際、私はカフカとエミル、ノアに対して私が人間であったことを、星の停止を止めるために転生したことを伝えた。私の言葉に対して、カフカ達は懐疑的であったが、すぐに私を信頼してくれた。

  短い間であるが、カフカの信頼を得ることができた私は、自然と表情を緩ませ、肩の力を抜いた。先の人生では親しい人に恵まれなかった私であったが、今度の人生では信頼できる仲間に恵まれた。

  その事を肌で感じた私は、彼らに見つからぬように込み上げる涙を拭うと、堅い表情のエミルを見た。

  過去を変えれば、今を生きる私達が消滅する可能性がある。

  重たげなエミルの言葉は、私やカフカ、ノアの心に突き刺さり、衝撃を与えた。彼女の表情には冗談や酔狂といった類のものはみられず、堅く噛み締めた唇が、彼女の放った言葉が真実であると暗に示していた。

  思い当たる節があるらしく、ノアは目を伏せたまま息を吐いた。その隣に立つカフカは、唖然とした表情で私とエミルを見比べると、震える唇を開いた。

  「...星の停止が阻止されれば、俺達は消えるのか? それは、間違いないのか?」

  間抜けな声で尋ねるカフカに対して、エミルとノアはゆっくりと頷いた。その姿を見た私の心の内に、あの白いポケモンに対する呪詛の言葉が込み上げた。

  (あの白いポケモンは知っていたのか...こうなることを!!)

  私は眉根を寄せると、脳裏を横切る白いポケモンの顔を思い出した。

  『そこは災厄が起きた世界、もはや救うことすら叶わない哀れで滅びゆく世界だね』

  私がこの世界に飛ばされた際、あの白いポケモンは私の脳内でそのような言葉を発した。救うことが叶わない、それは世界だけではなく、そこに生きるポケモン達すら救われない事を意味していた。

  死刑となった後も、このような世界に飛ばされるとは。あの白いポケモンは私の気持ちなどつゆ知らず、ただ自分の望む事を無理強いするクソッタレである。

  『それは心外だね』

  ふと、私の頭の中に声が響いた。

  聞き覚えのある声、その主を容易に想像できた私は、カフカたちに見られぬように歯軋りすると、手に力を込めた。

  『沈みゆく船に押し込むほど、僕は鬼じゃないよ。君達だけが乗る救命ボートは、キチンと用意してあげるよ』

  白いポケモンの言葉を聞いた私は、微かに苦い表情を浮かべた。私の表情の変化にカフカ達は気づかないが、それでも私の纏う雰囲気が変わった事を察し、口を閉ざした。

  『私達だけの救命ボート?』

  私は白いポケモンに心の内で尋ねた。その声に白いポケモンは愉快そうな笑い声を私の頭蓋内に響かせると、続いて話した。

  『他のポケモン達は船と運命を共にする...でも君達は脱出するためのボートに乗せてあげるよ』

  『カフカやエミル、ノアは?』

  白いポケモンの言葉に私は心の内で尋ねる。私の質問に白いポケモンは沈黙すると、やがて悲しそうな声をあげた。

  『...救命ボートに乗れる資格があるのは、この世界の住民でないポケモン...元人間のみ、残念だけどね』

  『...彼らが乗れないのなら、私も乗らない』

  私の頭蓋内に白いポケモンが驚愕する声が響く。これまで自身の思い通りに事を進めてきた白いポケモンにとって、私の返事は予想外の物であった。その声に私は満足感を得ると、嘲笑を零した。

  『例え救命ボートに乗れたとしても、貴方が用意したボートではカルパチア号にたどり着くとは思えない...何より、私を信じてくれる友人を見捨てたりはしない』

  『...氷山に衝突した後も、同じことを言えるかな』

  私の返事に白いポケモンが呟いた。その声に対して「ほざいていろ」と小声を漏らすと、私は視線を周囲に向けた。

  私の纏う雰囲気の変わりように、カフカやエミル、ノアは息を呑んでいた。その視線に気がついた私は、微かに笑みを浮かべるとカフカ達を見た。

  「...エミルの言うとおり、星の停止を防いだとしても...私達は消滅するかもしれない。だけど、こんなクソみたいな世界にしがみついたとして...価値がある生き方かい?」

  「それならば、星の停止を防ぐために尽力しろと? 俺には理解できないな...」

  カフカは私に向かって嘲笑を浮かべた。その表情は私が浮かべたそれと瓜二つであり、カフカの顔を見た私は思わず自嘲してしまった。

  多くの人々を死に追いやり、死刑となった私が世界を救うように説得する。その光景に私は自嘲し、その笑みを見たカフカ達は互いの顔を見た。

  「私は死刑になった人間だ。それも多くの命を奪った罪でね」

  私の言葉を聞いたカフカ達は、驚愕の表情を浮かべた。その顔を見渡した私は、ゆっくりと息を吐き出すと口を開いた。

  「かつての私は傲慢だった。その傲慢さが命を奪い、私自身を死刑に追い込んだ...」

  「...」

  「そんな私がようやく信頼できる仲間を見つけられた...せめて、今度は胸を張って生きたい...」

  私の言葉にカフカは閉口したまま耳を傾ける。

  「理解できなくてもいい、生き方も自由だ...ただ、私のわがままに付き合ってくれないか?」

  カフカは静かに傾聴すると、小さな溜め息を漏らした。そして首を左右に振ると、私の顔を見て口を開いた。

  「...他のポケモン達がどうなろうと関係ない...ただ、この世界に醜くしがみつくよりは、グレーゴルのわがままに付き合う方が...1mmほどマシかな」

  ノアとエミルはカフカの言葉に頷き、彼らを見た私は自然と笑みを浮かべた。確かに星の停止を防げば、彼らは消滅するだろう。それでもこの滅びゆく世界にしがみつくよりは、星の停止が起きる前の世界に住むポケモン達を救う方がマシであった。

  私達は認識を共通させると、小さく頷きあった。先ほど、ヘンデルのギルド跡にいたバクフーン、将校率いる時の守護者達は、逃走した私とカフカを捜索する筈である。敵に顔が知られた以上、私達も素早く行動する必要がある。

  (もっとも...『私』にとっては望ましい状況ではあるが)

  ある程度予想していた状況の展開に、私は微かに口角をあげた。それをカフカ達に見られぬように右手で隠すと、私はエミルを見た。

  「星の停止を防ぐには過去の世界にタイムスリップする必要がある...エミルなら何処に向かえばいいかわかるか?」

  私の質問にエミルは頷くと口を開いた。

  「確かにセレビィ族はタイムスリップする力がありますが、何時でもできるとは限りません。タイムスリップするには、力を蓄え行使できる場所でなければなりません...」

  「それは何処だ?」

  私の問いにエミルは答えた。

  「黒の森か、大氷山...いずれも闇のディアルガや時の守護者達が支配している地域だから、近づくのですら危険ですね」

  彼女の言葉を聞いたカフカやノア、私は表情を強ばらせた。エミルの言葉を借りれば、既に星の調査団は壊滅状態である。故に、星の停止を防ぐために闘ってくれる仲間は、エミルやノア、カフカだけである。一方、時の守護者達は無数の暴徒やディアルガの狂信者達から構成されている。

  明らかな戦力差がある以上、私達は頭を使い、うまく立ち回る必要がある。脳裏でそのような事を考えた私は、エミルの顔を見て口を開いた。

  「他には?」

  「...あとは、ガルム鉱山ですね」

  彼女の返事に私は眉根を寄せた。私は聞き覚えのない名前であるが、ガルム鉱山と言われた瞬間にカフカとノアの表情が凍りついた。その変化を見た私は、ガルム鉱山がどのようなものであるか何となく理解した。

  だが、過去の世界にタイムスリップするには、鉱山に向かうほかあるまい。その事を理解している私やカフカ達は、固い表情のまま溜め息を零した。

  *

  朝日が広がるキザキの森には、血と死臭に混じり心地良い風が吹き込む。鼻腔を満たす生臭さと風の心地よさがルカリオのオズワルドに矛盾する感情を与える。

  既に、暴動の犠牲者の遺体は埋葬され、集落には血の染みが残されていた。

  その光景を見渡したオズワルドは、微かに溜め息をこぼすと疲労が滲み出るニコルを見た。ガブリアスのゼーンに変化しているニコルは、地面に埋められていく犠牲者を見て、目を微かに潤わせている。

  「...同じ住民同士が、隣人同士が疑心暗鬼に陥り殺し合う...地獄だな」

  ニコルの言葉にオズワルドは「えぇ...」と小さな声で応えた。彼らの近くには探検隊ギルドから派遣された鎌鼬やチャームズなどの凄腕のチームもいた。彼らの表情には疲れと悲しみの色が浮かんでおり、誰もが死者に対して黙祷を捧げていた。

  集落の近くには幾つもの墓石が並んでおり、日の光が照らしている。

  その光景を見たザングースのコールマンは腕に巻かれた純白の包帯を一瞥し、微かに歯軋りした。

  包帯の下には浅い傷がある。

  その傷は昨晩、逃走するジュプトルを追跡する際にできた物であり、疼くそれに手を当てると、脳裏にジュプトルの顔を過らせた。

  「キザキの森から逃げ出したジュプトル...ヤツが暴動に関係しているのは間違いないだろうな...」

  「それにジュプトルの持っていた鉄の筒...アレはいったい何だろうな...」

  コールマンの言葉にサンドパンのソルが応えた。彼らが目にした物、ジュプトルの持っていたマスケット銃を思い出し、コールマンとソルの顔が曇る。

  その姿とソルの言葉を聞いたオズワルドは、蒼い耳を揺らし、彼らを見た。2人の言葉に心当たりのあるオズワルドは、微かに口元を震わすと絞り出すような声で尋ねた。

  「ジュプトルが鉄の筒を持っていた...?」

  オズワルドの問いにコールマンは頷いた。

  「俺達も初めて見る道具だったな...凄い爆音と光、それと筒の先からコレが撃ち出されたんだ」

  コールマンの言葉に続き、ストライクのグリムがオズワルドに見えるように手を出した。グリムは鎌のような手で器用に摘まむと、昨晩ジュプトルが放った銃弾をみせた。

  丸い金属製の球、それは集落の中でオズワルドが見つけたそれと瓜二つであり、その用途を知っているオズワルドは自然と息を呑んだ。

  「マスケット銃...」

  ポツリと漏れたオズワルドの言葉に、鎌鼬やチャームズ、ニコルは首を傾げた。初めて耳にする言葉にコールマンやチャームズのサーナイト、ソフィは不思議そうな表情でオズワルドを見た。彼らの視線にオズワルドは「え、と...」と小さな声で呟くと、困り顔のまま口を開いた。

  「...そのジュプトルはどこに向かったのですか?」

  オズワルドの質問にグリムとソルは首を左右に振り、コールマンは静かに口を開いた。

  「ヤツが向かう先はわからないな...」

  「...そうですか」

  コールマンの返事にオズワルドは肩を落とした。記憶のない自身の過去を知るかもしれないジュプトル、その行く先が気になるオズワルドはコールマンの返事に顔を曇らせた。

  その姿を見たニコルは悲しそうな表情を浮かべると、落胆するオズワルドの肩を叩いた。肩に広がるニコルの手の感覚にオズワルドは僅かな笑みを浮かべると、コールマン達に向かった「ありがとうございます...」と呟いた。

  オズワルドが顔を上げた直後、集落の入り口から物音が聞こえた。

  それを耳にしたソフィは視線を入り口に向けると、白い装飾品を身につけた集団が見えた。それはレシラム教の一団であり、熱心な信者であるソフィ、ミミロップのミスト、チャーレムのエレナは深々とお辞儀した。

  一方、対立するゼクロム教徒であるコールマン、ソル、グリムは取りあえず一礼するが、その眼には尊敬する色など微塵もみられない。訝しげな眼差しを向けるコールマン達、そして熱心な眼差しを向けるソフィ達を見比べたオズワルドは、堅い表情のまま一団に目を向けた。

  レシラム教徒の中には、白い礼服で身を包んだ牝のバシャーモがいた。異端審問官の紋章が記された礼服を着る牝のバシャーモは、集落を見渡すと微かな溜め息を零した。

  バシャーモの後方、ケンタロスが牽引する車に乗っているエンブオーは、白い装飾品を右手で弄りながら辺りを見た。

  「まったく...薄汚い村だな」

  傲慢な物言いのエンブオー、その姿を見た瞬間、オズワルドは全身の筋肉が堅くなる。見覚えのある白い装飾品、見覚えのある姿、聞き覚えのある声、それらを意識したオズワルドは、腹の底から込み上げる吐き気を覚えた。以前バンギラスの経営していた売春宿でオズワルドを抱いた牡、それが眼前に現れたことにより、オズワルドは無意識に後ずさりし、ニコルの背中に隠れた。

  ニコルはプクリンのヘンデルからバンギラスの処分を依頼された際、宿の客の情報も入手していた。それとオズワルドの反応から目の前のエンブオーの正体を理解し、ニコルはエンブオーからオズワルドを隠すように足を動かした。

  一方、敬虔な信者であるソフィ達はエンブオーと牝のバシャーモ、そして彼らの率いるレシラム教徒の一団に深々とお辞儀をしたまま、口を開いた。

  「ごきげんよう、大司祭様、司祭様...」

  美しいソフィの挨拶に大司祭と呼ばれたエンブオーは口元を歪め、司祭と呼ばれた牝のバシャーモは無表情のままソフィを見返した。ソフィは微笑むと彼らの顔を見つめ、道を譲った。

  大司祭は尊大な態度のまま車を進ませ、それに司祭が続く。

  そして、彼らの後方には白い装飾品を身にまとったポケモン達が数多く続いており、運んできた救援物資を集落にいる人々に分け与えている。

  人々の中には黒い装飾品を身にまとうゼクロム教徒もいた。

  だか、レシラム教徒の一団はゼクロム教徒に対しても物資を与えており、瞬く間に配給を待つ行列ができた。

  その光景を見たニコルは感心したように溜め息をこぼすと、口を開いた。

  「対立する異教徒も救う...あの大司祭が?」

  大司祭について知っていることがあるのか、ニコルは怪訝そうな表情を浮かべている。その背中に隠れるオズワルドは、怯えた眼差しで通り過ぎる大司祭を注視していた。

  彼らの傍にコールマンが歩み寄る。

  「...あの大司祭は傲慢なレシラム教徒だ。そんなヤツが積極的にオレ達を救うのか?」

  ゼクロム教徒であるコールマンの問いにニコルは頷くと、去りゆく大司祭を見つめていた。彼女の影からオズワルドも大司祭を見つめると、ふと自身に突き刺さる視線に気がついた。

  オズワルドの視界に、足を止めて彼を凝視する牝のバシャーモの司祭が映り込む。白い礼服を着た司祭はオズワルドを凝視すると、やがて踵を返して大司祭の後に続いた。

  その光景を見ていたオズワルドやコールマン、ニコルは怪訝そうな表情を浮かべた。

  「あの司祭...異端審問官の紋章をつけていたぞ」

  コールマンは微かに身を震わせた。まるで骨の髄から凍えるような感覚を抱いたコールマンは、嫌悪感を露わにするとソルとグリムの下に戻った。その白い背中を見届けたオズワルドは、僅かに小首を傾げるとニコルを見た。

  「異端審問官、とは...」

  オズワルドの問いにニコルは司祭の背中を見ると、口を開いた。

  「一言でいえば...魔女狩りや異教徒狩りの裁判官だな」

  「裁判官...」

  「そう...もっとも、疑いをかけられたら時点で有罪判決を受けたも同然...ある種の断罪者ともいえるな」

  ニコルの言葉を聞いた瞬間、オズワルドの視界が揺らいだ。

  高台に並ぶ断罪のための無機質なベッド。

  機械仕掛けの馬鍬。

  拘束されたポケモン、彼らを裁く執行人。

  黒い帽子と外套で身を包むバクフーン。

  将校様。

  キモリのカフカ。

  次々と脳裏を横切る光景がオズワルドの感覚器官を犯し、彼の視界を揺らがせる。それを意識したオズワルドは無意識にニコルの身体にもたれかかり、彼を受け止めたニコルは安心させるように頭を撫でた。

  「安心しろ、連中も暴動の起きた地で異端審問を始めるとは思えない...取りあえず物資の配給や復興活動は彼らに任せていいと思うよ」

  ニコルの言葉にオズワルドは頷くと、怯えた眼差しのまま大司祭を見送った。既に大司祭と司祭は集落の中心に移動しており、辺りには暴動から生き延びた難民が物資を求めて集まっていた。その光景を見たオズワルドは難民に物資が行き渡る事に安堵すると共に、レシラム教の慈悲深い度量に脱帽していた。

  「...いくら相反するとはいえ、彼らも同じポケモンを見捨てられない、という事ですか」

  オズワルドは小声で呟くと、ニコルの横に立った。彼の言葉にニコルは頷くと、大司祭達を見ていた。

  「どの道、ラティアス達の高速便で運べる量では限界がある...ここの支援は彼らに任せよう」

  ニコルはそう呟くと、顔を伏せた。

  オズワルドの視界に黒い影が過る。

  大司祭の乗る車の上、彼の隣に座るバクフーンは微かな笑みを浮かべたまま辺りを見渡している。白い装飾品を身につけ、白い礼服を身にまとったバクフーンは微笑んだ。

  その姿を見たオズワルドの全身に力が入る。

  (知っている...彼を知っている)

  見覚えのあるバクフーン、将校を目の当たりにしたオズワルドは、腹の底から込み上げる吐き気を覚えた。バクフーンの目にオズワルドは映らなかったが、その姿を見たオズワルドは視界が揺らぐ感覚を抱いた。

  (ディアルガの配下...親衛隊隊長の将校...)

  初めて耳にする名前であるが、オズワルドは何故か知っていた。ディアルガというポケモン、その親衛隊隊長であるバクフーンの将校、オズワルドの記憶に深く刻み込まれているポケモン達の片割れを目の当たりにして、彼は心が激しく動揺していることを自覚した。

  その背中を見届けたオズワルドは、ニコルの傍で微かに身体を震わせていた。それを察したニコルは優しくオズワルドの身体を撫でた。

  その頃、大司祭と将校を乗せた車は集落の中心部にある家の前で停まった。車を引いていたケンタロス達の顔には疲労が滲み出ているが、偉大な大司祭の助けになれたことを誇る表情を浮かべている。

  「よくやった」

  大司祭は傲慢な口調で労いの言葉を発すると、車に乗っている将校と後から歩いてきた司祭と共に家の中に入った。

  家の中には初老のヨルノズクがおり、大司祭達に向かって深々とお辞儀した。

  「これは大司祭様、司祭様...このような辺境の地にお越し頂き、ありがとうございます」

  感謝の言葉を口に出したヨルノズクは、テーブルの上に置かれている高級なウイスキーとグラスを勧めた。それを見た大司祭は目を細め、椅子に腰掛け、ヨルノズクにより注がれたウイスキーを飲んだ。

  本来、レシラム教ゼクロム教の祭司は共通して飲酒や性交を禁じている。だが、エンブオーの大司祭は売春宿に出入りし、ウイスキーを口にする。禁じられる行為を平然と行う大司祭の姿を、司祭は目を細めて見つめ、将校は笑みのまま見ていた。

  彼らの視線を尻目に大司祭はウイスキーを仰ぐと、その味ににんまりと笑みを浮かべた。

  「これは美味いな、こんな辺鄙な田舎だが酒『だけ』はまともだな」

  大司祭の言葉にヨルノズクは頬を僅かにひきつらせるが、すぐにそれを笑みで隠した。ヨルノズクは微笑んだままグラスに新たなウイスキーを注ぐと、大司祭に勧めた。

  大司祭はすぐにグラスを空にさせると、物足りないと言わんばかりに舌なめずりした。まるで察しろ、と言いたげな態度の大司祭、その姿を見たヨルノズクは片手を上げて隣室に合図を送った。

  ゆっくりと扉が開かれ、隣室の中が露わになった。室内では美しく着飾った若い牡や牝のポケモンがベッドに横になっており、その脇には屈強な牡ポケモン達がいる。屈強な牡ポケモン達は大司祭とヨルノズクに向かって一礼すると、部屋から出て行った。

  「私達からの贈り物です。もっと救援物資やお金を頂ければ...」

  その言葉に大司祭は「任せておけ」と言った。そして隣室に入ると、ヨルノズクや司祭、将校を見た。

  「せっかく上等な酒があるのだ、肴がなければ話にならない...」

  そのまま隣室の扉が閉められ、微かな物音が響いた。それを耳にしたヨルノズクは屈強な牡ポケモン達に「待っていろ」と命ずると、司祭と将校を見た。

  「これは私達からのほんのお礼です」

  ヨルノズクの差し出した袋、それを受け取った司祭は中身を一瞥した。そして「大司祭に渡しておきます...」と小声で言うと、それを懐にしまった。

  数々の宝石が入っている袋をしまうと、司祭は明らかに堅気に見えない屈強な牡ポケモン達、そしてヨルノズクを見た。

  「...あなたは村長でありながら、生き延びた住民を人買いに流していたのですね。そして、彼らは人買いの方々ですね」

  司祭の質問にヨルノズクは目を細めると、窓の外を見た。そこには暴動で荒れ果てた集落があり、地面には血の跡が染み着いている。それらを見たヨルノズクは溜め息をこぼすと、司祭と将校の顔を見た。

  「既にキザキの集落を再建するのは不可能です。金も物資もなく、人もいない...それならば稼げるだけ稼ぎ、新たな暮らしを手に入れたものですね」

  個より全体を優先するレシラム教、その祭司であり異端審問官である司祭は、自分勝手な言動のヨルノズクを睨むと、何か言おうと口を開きかけるが、口を閉ざした。

  自身の上役に当たる大司祭がヨルノズクから酒と金、性交という賄賂を受け取った以上、それを咎める事は大司祭の考えを咎める事になる。その事を理解している司祭はヨルノズクを睨みつけたまま家の外に出て行った。

  その様子を見ていたバクフーン、将校は薄ら笑いのままヨルノズクを見ると、口を開いた。

  「あなたはレシラム教徒でありながら、個人を優先する...素晴らしい行いですね」

  突然の言葉にヨルノズクは目を丸くさせる。将校はそんなヨルノズクを見て、微かに笑みを浮かべたまま口を動かした。

  「あなたは信じる神を自ら否定した...つまり、今の教えを否定しているという事ですね」

  「...」

  「それならば、信じる神を変えても問題が無いのでは?」

  皮肉ともとれる言葉を発する将校をヨルノズクは睨みつけた。しかし将校は笑みで応えると、続いて口を開いた。

  「新たな暮らしを容認する神を、あなたは信じますか?」

  *

  そこは荒れ果てた鉱山である。

  付近には幾つもの坑道が口を開いており、まるで大蛇のそれのようである。その付近には時の守護者達が辺りを監視しており、守護者達以外のポケモンを酷使していた。

  坑道の出入り口からコジョンドが出てきた。

  薄汚れたコジョンドは、疲れきった様子で鉱石を満載したトロッコを押すと、外にいる他のポケモンに届けた。トロッコを受け取ったポケモン達は、震える手足でそれを運ぶと、鉱石を研磨所へと足を進めた。

  疲労が貯まったリングマの足がもつれ、その場で躓いた。

  リングマの背負っていた袋は地面に落下し、中に入っていた鉱石が彼方此方に飛び散る。その多くは地面を転がったが、幾つかの鉱石は近くを流れる汚水の川に落下し、濁った水面に姿を消した。

  それを見たリングマの表情は真っ青になり、目を見開いた。

  「あ...」

  リングマは何とか鉱石を回収しようと、躊躇なく汚水の中に飛び込み、両腕を水中に入れた。だが、リングマの両手は鉱石を掴むことができず、ただ身体を汚すだけである。

  鉱石が見つからないリングマは青い顔に焦りの色を滲ませる。

  「おい」

  リングマの背中に時の守護者が声をかけた。守護者、黒い帽子と外套を身に纏うゴウカザルは、腐ったゴミを見るような眼差しでリングマを見下すと、彼の落とした袋に目を向けた。

  「...貴様、ディアルガ様に奉納する宝石をよくも...」

  ゴウカザルの言葉にリングマは震えたまま「す、すみません...」と呟いた。それを耳にしたゴウカザルは舌打ちすると、肩に担いだマスケット銃を構えて、銃口をリングマに向けた。

  リングマの表情が凍る。

  直後、マスケット銃が火を噴き、リングマの胸に赤い花を咲かせた。胸腔を撃ち抜かれたリングマの身体は汚水の中に倒れ、薄汚れた汚水に赤い筋を描く。腕に響く反動を殺したゴウカザルは、リングマを見下ろすと、口を開いた。

  「ディアルガ様を敬えないクズが...」

  薄汚い塵を見る目でゴウカザルは死体を見下ろすと、他のポケモン達に向かって「さっさと働け!」と声を張り上げた。

  その光景を岩陰から見ていた私、リオルのグレーゴルとキモリのカフカは、微かに身を震わせた。

  「...ここがガルム鉱山」

  「闇のディアルガに献上する宝石を採掘する鉱山...常日頃から奴隷が必要な場所だ」

  私の言葉にカフカは応えると、近くの川に目を向けた。汚水が流れるそこには、先ほどのリングマと同様にミスをしたポケモンや気にくわないという理由で殺されたポケモン達の死体が沈んでいる。

  「ここも地獄だな...」

  私は無意識に呟くと、カフカの後ろに隠れているセレビィのエミルを見た。

  星の調査団のポケモンと合流するラプラスのノアと別れた後、私達は鉱山に移動した。もともとは活気のある鉱山であったが、今ではトレジャータウンと同様に地獄と化し、生き残りのポケモン達を苦しめている。

  エミルは怯えた眼差しで彼方此方見渡すと、鉱山の一角を指差した。

  そこは、建物の脇に掘られた坑道である。

  「あの坑道の奥から微かな時空の力を感じます...おそらくはあの先に行けば、過去に飛べる筈です」

  エミルの言葉を聞いた私とカフカは頷くと、周囲を見張る守護者達に見つからぬよう、気配を殺して移動した。何せ星の調査団はエミルを除き、その多くが時の守護者達により狩られた。生き残りはエミルの他、各地に潜伏する僅かな数のポケモンしかいない。

  今、守護者達に見つかれば応援を呼ばれ、瞬く間に私達は捕らえられるか汚水の中に沈められるはめになる。

  私達はおっかなびっくり足を動かすと、坑道の近くまで移動した。そこには見張りのダーテングが立っており、マスケット銃を携帯した彼の近くにはレントラーもいる。もっとも、レントラーは虜囚である牝のグラエナを犯すことに夢中になっており、ダーテングの意識も、嬌声をあげ行為に浸るレントラーと悲鳴をあげるグラエナに向けられている。

  私は救うことのできないグラエナに対して、罪悪感を抱きつつも彼らの死角となる岩陰を歩き、坑道に近づく。

  グラエナの悲鳴が止み、レントラーの呻き声が微かに聞こえた。

  グラエナの胎内に欲望を注ぎ込んだレントラーは、汗を流しながらナニを抜き、舌なめずりした。その姿を見たダーテングはレントラーと交代すべく、グラエナの下に歩み寄る。

  ナニを引き抜き、恍惚とした表情のレントラーは、死んだ魚のようなグラエナの顔を舐めると、顔をあげてダーテングを見た。

  ダーテングの肩越しに、私とレントラーの視線が交差する。

  「なっ...!」

  私達の存在に気付いたレントラーは声をあげ、ダーテングに知らせようとした。だが、それより早くエミルはトリックルームを発動させると、ダーテング達に襲いかかった。

  空間の速度が歪み、レントラーが声を発する動作が著しく遅くなる。

  その間にエミルは接近すると、右手に燕返しの力を宿し、ダーテングの喉を動脈ごと切り裂いた。気管の軟骨と動脈を裂き、吸気と大量の血液が辺りに散らばる。

  ダーテングは後方から襲われたこともあり、エミルの存在に気がつく前に致命傷を負った。そのエミルを追うようにカフカは駆けると、手にした刃を構えた。

  それは鉱山に移動する道中、私が拾った鉄の針である。もっとも、針の先端は砥石で研がれており、おまけにアーボックの猛毒をコーティングした一品である。

  「あ」

  カフカの持つそれに気がついた私は、思わず呆けた声を漏らした。せっかく私が作った玩具を、カフカは躊躇なく投げ、レントラーの胸元に突き刺した。

  針を刺されたレントラーが地面に倒れた頃、ダーテングも地面に倒れた。両者ともに喉を潰され、応援の声をあげることもできない。

  痩せた大地に彼らの血が染み込み、ダーテングは呼吸困難で、レントラーはアーボックの猛毒に苦しんでいる。もっとも、彼らの苦しみはほんの僅かな間であり、やがて彼らの身体は動かなくなった。

  その光景を目の当たりにした私は微かに手を叩くと、無意識に呟いた。

  「ブラボー...」

  私の言葉にエミルは恥ずかしそうに俯き、カフカはグラエナの身体を起こすと、「早く逃げろ」と言った。彼の言葉にグラエナは頷くと、ふらつく足で駆けていく。

  それを見たカフカは目を細めると、僅かに嬉しそうな表情を浮かべる。その姿を見た私は顔を微かに歪めると、早く坑道に入るべく、彼らを促した。

  「...早く行こう」

  私の言葉にカフカは頷くと、グラエナの消えた岩場から目を逸らした。直後、岩場の向こうからマスケット銃の銃声が響く。

  それを耳にしたカフカとエミルの足が止まるが、私は歯牙にもかけずに彼らの背中を押した。

  (あのグラエナは弱っていた...守護者達から逃げ出せる筈もない)

  そうすると、グラエナを待ち受ける運命は決まっている。それを理解している私はグラエナを見捨て、あまつさえ注意を引くための囮に使った。その囮も瞬く間にマスケット銃のえじきとなり、他の守護者達が駆けつけるのは時間の問題だ。

  私の黒い考えなどつゆ知らず、カフカは悲しそうな表情をみせると口を開いた。

  「あのグラエナは...」

  彼の口を手で塞ぐと、私は首を左右に振った。私の反応にカフカは泣き出しそうな表情を浮かべるが、踵を返して坑道へと走り出した。その背中を私とエミルは追いかけ、私達は坑道へと入った。

  遠くから守護者達の怒鳴り声が聞こえる。

  ふと、私の視界の隅に人影が映る。

  鉱山の奥にある建物、そこのテラスから私達を見つめるヨノワールを見た私は、何故か恐怖心を覚えた。そんな私の心の内を見抜いたのか、カフカは私の視線を目で追うと、思わず足を止めた。

  そして、ヨノワールを見ながら呆然とした表情を浮かべた。

  「...フランツ」