LGBTs Explorations

  1

  君が好きだと云って付き合い始めたのは、俺の方からだ。けれども、今となっては内実は裏腹で、俺の方から別れるんではないのかと、己の我儘に辟易としつつある。

  何故だろう、浮気をしただのしていないだのと揉め始めて、事実浮気はしていて、それをしたのは俺の方だったのに、憤懣(ふんまん)やる方ない気持ちで一杯になってしまった。俺はスターでも何でもないが、こんな時だけはミュージシャンにでもなったかのようで、己の見苦しいことをせせら笑うばかりだ。

  俺はアジア系の移民の血を引く者で、名は嗣也(つぐや)と云う。見た目は根っからの日本人と大差なく、云わなければ移民がルーツだとは判らない。寧ろ顔立ちは和風であるとさえ云える。それはそうと、云っては何だが、俺はモテる。可愛いという分類のされ方を為される、所謂(いわゆる)雄の、最上級のグレードのやつだ。ちょうど見た目を牛肉に喩(たと)えるなら、三田牛のシャトーブリアンのような、そんな感じ。男を選ぶ上で最も重要なのが肌を合わせた時の相性で、次に顔と体型が来るという、根っからの組合員気質。俺は自分でも見た目は完璧だと思うのだが、馬鹿なのではないかと、心配することもままある程なのだ。

  綻(ほころ)びは、些末(さまつ)と云ってもよい、小さなできごとから生じた。同じ色のものが世界に一点しかないシリアルナンバー入りの縫いぐるみというやつが部屋に飾ってあったのだが、それがやつには気に入らないらしかった。浮気相手がくれたので、それなりに大事にしている、というわけだったのだが。それを昔俺の浮気相手にプレゼントしたのは、自分だと云うのだ。やつはのちに俺の浮気相手からは振られてしまい、俺との交際を始めるに至ったとか。ご愁傷さま。面倒ごとは嫌いだから、俺はこの時確かに、ぞんざいに扱った。それは事実だ。そうだとして、何が悪い?そもそも男同士が付き合うのに、一対一でなければならないと、誰が決めたのだろう?俺はありもしない頭を使って、懸命に考えるのだった。

  ひとつ思いついたことがある。やつの初恋の相手がちょうど俺のセックスフレンドだったから、四人でグループ交際をすればいいではないか。それから、ひとつ勘違いして欲しくないことがある。俺の浮気相手とは書いたが、俺にとってはそっちが本命だ。俺にしてみれば、やつが浮気相手で遊びなのだ。咎められるべきはやつの方ではないのか?なぁ陸奥(むつ)よ。悪いのはお前だ。俺が遊んでやっているのは、浮気だからなのだ。陸奥、浮気者はお前の方だ。判ったか!

  俺は渾々(こんこん)と陸奥に説教を垂れた。陸奥はパグにでもなったかのように見苦しく顔を歪めて、涙も鼻水も垂れ流すのだった。俺はパグは嫌いなのだ。だからそんな顔はやめて欲しい。

  さて、これだけでは些か可哀想ではあるので、俺の本命とセックスフレンドを同時に呼び寄せた。四人で乱交でもすれば、嫌でも元気になる筈だからだ。

  風のせいでサッシがガタつく。エアコンはついてはいるのだが、今日はよく蒸した。掃き出し窓を開けてみると、モワッとした熱風で汗が吹き出したので、堪らずに閉めたのだった。

  俺の住まいはURの団地だが、同好の男同士三人四人で住むということが、どう考えてもできない。一夫多夫制の方が現代的だと思うのだが、そうはならないのだろうか。もどかしい。要するに、世の中全体が旧態依然とし過ぎなのだ。ここは家賃20万円弱の2LDKだから、物理的には三人でも住めないことはないのだが。うーむ。

  先程から陸奥は、天井をぼんやりと眺めているばかりだ。焦点が定まっていないようで、些か不安ではある。この子もあまり賢くはないのが、残念なところ。ゲイ界は狭いのだ、少しは勉強して欲しい。インターホンが鳴る。良い男三人に取り囲まれれば、さしもの陸奥も納得するだろうて。それは至極当然の成り行き。さぁ、パーティーの始まりだ!……いけね、またやっちまった。我ながら御身(おんみ)可愛さが過ぎていて、苦笑するより他ない。

  2

  「あらー、今日はパグちゃんも一緒なのね!お久し振りー!ちょっと可哀想なお顔じゃない?萎れちゃって。でもさ、今が駄目でも、先々きっといいことあるから、気落ちしちゃ駄目よ」

  「ごきげん麗(うるわ)しゅう。パグちゃんはどうかしらね?デリケートなお子じゃない?この世界には向かないわね。でも、せっかく来たんだし、お話くらいならさせてもらおうかしら」

  流石にこの段になって、呼ぶ相手を間違えた気はした。正直ここからSEXの話に持っていくのは、幾ら何でも無理が過ぎる。お茶会でもやるのがせいぜいだ。やれやれ、仕方ないなこれは。ふたり揃って見た目は一級品なだけに、つくづく惜しいことだ。これでは単なるお茶飲み友達ではないか。

  さて、HARBSのケーキがあるので、紅茶とともに味わう算段。夏いちごのケーキ、1ホール。陸奥にはこういうことはできない。だからモテない、というわけでもないのだが。陸奥には陸奥なりのいいところがある。ただ、この面子では埋もれてしまうのだ。

  「流石ね。ケーキは上等。些か面子が塩(しょ)っぱいけれども、ご馳走さま」

  「あらいやだ、わたしまで塩っぱいみたい。さっきから失礼なことね。何がごきげん麗しゅうよ!おととい来やがれ!」

  喧嘩が始まってしまった。足の踏んづけ合い。見ちゃあいられない。もう知らん。とここで。

  「皆さん、仲良くしましょーよ!」

  陸奥渾身のひと言。これは効いたか。

  「あら、そもそもこんな馬の骨みたいな面子と仲良くするだなんて、わたしはハナから真っ平御免被るわ」

  「同感だわ。パグちゃんが居なければまだ違ったのにねー」

  これが堪えたらしく、何と陸奥は帰ってしまった。そのタイミングを見計らって、あとから来たふたりも帰り支度を始める。

  「え、お前たちここへ何しに来たの?」

  俺としては怒り心頭だ。あのケーキだって、云いたくはないが11,500円もしたのだ。溝(どぶ)に捨てたようなもの、こんなことは認められない。

  「貴方は自惚れが過ぎます!暫く来ませんので、宜しくどうぞ」

  「右に同じく!ごきげんようー」

  連中はこうして、嵐のように我が家を去って行くのだった。

  それからひと月。誰からも何の音沙汰もなくなった。他の連中も、ひと通り当たってはみたのだ。だがこんな時に限って、断られすれ違う始末。気付けば俺は、独りぼっちになっていた。こんな結末、笑いようもない。

  「でも何で俺がこんな目に遭う!畜生め!」

  思わず手で握っていた携帯を放り投げる。毛足の長い絨毯の上に落下したので、辛うじて無傷で済んだのは、幸いだった。

  誰の目にも留まらない俺。この俺がだ。悔しいが、事実ではあった。どうしようかと、悶々と考えてはみたものの、答えなど浮かんで来る筈もなかった。

  「そうだ、旅に出よう」

  俺はフリーランスだったから、そういうことも可能ではあったのだ。心の垢を洗い落とす旅路、その果てに何があろうとも無かろうとも、後悔することはないだろう。

  行く当てなどなかった。ただ季節は夏であるし、海が見たかった。車なら持っていた。プジョーである。せっかくだし、ドライブというのも良いだろう。話は決まった。

  VUITTONのトランクに荷物を詰める。このトランクはもう、十年は使った。そろそろ買い替えかとも思うが、何せお高いだけに、踏ん切りが付かない。安い車の一台分はするのだ、覚悟せねば。実家が余裕のある暮らし向きなもので、お金に困ったことはないのだが、いい歳をして脛齧りというのも、考えものではある。

  ともあれ、支度はできた。寂れた宿だが、一週間分の予約も取れた。行くしかない。The time has comeなのだ。

  3

  幼い頃から、男の尻を追っ掛け回すようなところがあって、周りを困らせた。男ばかり三人兄弟の末っ子なので、期待はされていなかった。だがそこには自由があった。

  幼稚園の頃には、度々虫を探しに出掛けた。今では虫など見るのも嫌なのだが、何故だろう、子どもの時分には平気だったのだ。俺は硬派を気取っていたので、女の子たちのお飯事(ままごと)には混ざらなかった。文武両道を地で行くようなところがあり、稚(いとけな)い頃より、勉強やスポーツは得意だった。ただ昔から何かにつけて鼻に掛けるようなところがあり、同い歳の子からは煙たがられてもいた。もちろん、それは解っていたのだ。でも止められなかった。

  家が富裕で、小学校は幼稚舎という、絵に描いたようなぼんぼん育ちだった。幼稚舎では自分のような存在はごくありふれていたので、感覚が鈍麻したようなところはあったかも知れない。結局己の欠点はそのまま見過ごされることとなった。

  人生最初の挫折は、小学二年の頃に訪れた。同級の三木ちゃんについ余計なことを云ってしまったのだ。

  「三木ちゃん、どうしてそんなに顔が不自由なの?見て、僕可愛いでしょう!三木ちゃんも僕みたいになりなよ!三木ちゃんちはお金も少ないし、可哀想!」

  凄い目で睨まれたが、素通りしようとした。けれども、許されなかった。俺の人生に於いて最初の、そして恐らくは最後の、ビンタが飛んできたのだ。まだ拳でなかっただけ、よかったのかも知れない。

  三木ちゃんとは絶交となった。当然の成り行きではある。だが、この話はこれで終わらなかった。子ども時分の俺には知りようもなかったが、三木ちゃんの父が部長として勤めていた会社は、俺の実家の商店の上得意客だったのである。

  結果としてうちの実家は、それでお得意さんをひとつ失うこととなった。父は云った。

  「お前が何を云おうが、所詮は餓鬼の戯(ざ)れ言。気に留める由(よし)もない。だがな。口が過ぎるのは褒められたことではない。少し黙れ。次は無いから、そのつもりで居ろ」

  前段を聞き流しながら、大したことは云われていないと、高を括っていた。それだけに、子どもであっても、その後に出てくる“次は無いから”という言葉の重みは、耐えかねるものがあった。呆然としていると、母が更に釘を刺す。

  「知り合いの檀家さんに預かって貰おうかと思うの。貴方の好き放題にはさせない。子どもでも、それは理解しなさい」

  理不尽だと思った。何故ブスをブスと詰(なじ)ってはいけないのか?金が無いことも含めて、全て事実ではないのか?それでも俺は、その時は一先ず矛を収めた。振り返ってみると、それは己にしては珍しく、賢明な判断だった。

  それから二年経って、俺は初恋を経験する。相手はジュニアラグビーのクラブに通う、ひとつ上の先輩だった。俺はその顔を見て悶絶した。可愛い。たったそれだけの思いが、全身に電撃のように貫いた。

  俺は後先のことを考えずに告白をした。返事らしい返事はなかった、ただ嘲(あざけ)っていた。ブス、というひと言も聞こえた。この時に初めて、人の心の痛みというものを、身を以て感じさせられた。それから三日三晩泣き尽くした。もちろん、同情する者など居ない。頑張るしかないと、そう思えた時に、俺は己(おの)が身を助(たす)くヒーローは自分しか居ないということを、悟ったのだった。

  それ以来、俺は何があろうとも前向きに生きてゆこうと決めた。そうでないと、己が余りに可哀想で、自己憐憫の情に囚われてしまうからだ。この一件で俺は人生の勝者になった筈だった。それなのにーー。

  陸奥のフルネームは、三木陸奥彦だ。とんだ茶番である。俺はかつてブス呼ばわりをした相手に、自ら告白をしたのだった。それでも俺はめげなかった。ただ、陸奥が成人して最初にやったことが美容整形だと聞いて、流石に良心は痛んだ。美容整形は無から有を生み出すものではない、そう思っている。地の良さ悪さは出るのだ。陸奥はその点では、よく頑張ったのだと思う。

  4

  俺は旅先の宿で、一週間に亘って、ほぼ何もせずに窓の外の海を眺めるということだけを、実践していた。茫洋とした時が過ぎる。毎日忙(せわ)しくしていたからか、その反動で、たったそれだけの行いが、非日常となった。

  帰り際、最初にメッセージをくれたのは、陸奥だった。

  「嗣さん、もしよければ、また会いませんか?お返事、待ってまーす!」

  それだけ。何事もなかったかのようにだ。一瞬イラッと来たのに、指先の動きは何故だか裏腹な言葉を紡ぎ出す。俺はその翌日、陸奥と会うことになった。まぁいい。そろそろ独りも退屈していたから、別に構わないのだ。

  週末、東京に戻ると、これから仕事で忙殺されねばならないことを思い出し、鬱々とするばかりだった。ともあれ、久々の来客には違いない。翌土曜日になって俺はHARBSでミルクレープを1ホール買うと、冷蔵庫に仕込むのだった。そののち14:00ちょうど、インターホンが鳴る。出るとそこには、陸奥の他にふたり、丸い顔が揃っていた。

  「あら、ごきげんようー!わたしはあなたたちのことは応援させて頂くわ!だからSEXは無しで!」

  「グッドアフタヌーン!またケーキでも頂けるのかしら?嬉しいわ」

  「嗣さん、こんちゃです!」

  この三人、どうやらグルだったようだ。してやられた。

  それから二時間ほど歓談をした。

  「わたし、パグちゃんから死にそうな声で相談されちゃって。それでひと肌脱いだのよ」

  こいつも所詮俺の浮気相手風情かと思ったら、とんでもなかった。でも、もういいのだ。

  ミルクレープはあっという間に無くなった。食いしん坊が四人も集まれば、それはそうなる。陸奥が存外旨そうに食うので、その姿に、胸が少しばかりときめいた。俺はこれまで、そんなことにも気付かずにいたのだ。情けないではないか。

  「嗣さん、仲良くしましょー!」

  抱き付かれて、絆される。顔を少し覗き込んでやると、思いの外あどけなくて、あ、可愛かったんだコイツ、そう思わせられもした。指先で前髪を梳(す)いてやる。

  「頂いてばかりでも仕方ないので。来る途中で買ってきたの。メロンキットふたり分。後でゆっくり、お食べ遊ばせ」

  紙袋の中にはメロンの箱と、もうひとつ何かが入っていた。

  「生ハムもあるのよ。ちょうどこのところ頂いたケーキ代くらいのお会計。借りは返したわよ。恨みっこ無し。アディオース!」

  「あなたにはパグちゃんがちょうどお似合いよ!仲良くなさいな!またそのうちにー」

  ふたりはまたもや、嵐のように去って行った。他に誰も居なくなって、俺は陸奥に抱き付かれる。

  「俺だって、傷付いたんすよ?」

  耳元でそう囁かれて、カッとなったところで、口を塞がれた。押し倒されて、そのままベッドイン。

  ーー初めて陸奥に抱かれて、こんなのも悪くはないと、存外そう思えたのだった。たまにはウケもいいものだと、ひとりごちた。

  陸奥はすっきりとした面持ちで、寝そべったまま、斜め上を見ていた。

  「何見てるん?」

  「空だよ」

  そういえばカーテンが開けっ放しだった。ここは17階の部屋だしまぁいいかと思い直して、陸奥に添い寝をしてやった。

  起きると、誰も居なかった。狼狽える。堪らずに涙が込み上げる。額に何かが付いているようなのでそれを手に取って見てみると、付箋だった。

  「コンビニ行ってきます」

  それだけ。俺はまた眠くなって、ベッドに戻るのだった。ムクドリが宙を切る中、幸せな午睡に浸る、それは夏の午後のことだった。こんな日々が続くのもまたいい、そう思って意識が次第に朦朧としてゆくーー。

  了