泣きべそ日誌

  Introduction

  後悔なら、棄ててきた。諦めなら、歯を食い縛って堪(こら)えた。前しか向かないと、心奥に誓った。ならば何故今、ここに居る? 人は死ぬためにこそ生きているのだ。前を向くなら、死んでこそ、それでこそだ。それでも死ねなかった。自分は臆病者の弱虫だから、仕方なかった。……ほら、また諦めた。始めに云ったことさえ、守れていないではないか。もう一度チャンスがあるなら。ならばもう一度。死ね、自分。

  1

  南西向きの掃き出し窓から、容赦のない陽射しが差し込んでくる。カーテンが安物なのが、この過ちに与(くみ)していた。今度サンゲツで遮光のやつを見立ててこなければ。

  気付けば午前11:00。土曜日の昼前、鰻が食べたい気分。誰か誘おうか、そう思いメッセージを送る。どいつもこいつも、奢りなら、そんなノリで嬉しそうに云いやがる。纏めて奢ってやっても良かったが、それでは幾ら稼いでもキリがない。だからここは、一番のべっぴんさんにしておいた。悠真である。残りのトークは、冗談で躱(かわ)した。

  上野駅正面口で待ち合わせ。14:00ちょうどに挨拶をし合う。そのまま伊豆榮へと向かう算段。帰りは、みはしで餡蜜が良かろう、そんなことを思っていた。

  風が前髪を浚(さら)う。空気が湿り気を帯びていて、蜘蛛の糸のように纏わり付く。ふと悠真の顔を覗き込むと、目がちゃんと笑っていた。嬉しくなって、頭を撫ぜてやる。ぐぅっと、腹の虫が鳴き始めた。ふたり揃って、盛大にだ。ここで伊豆榮に到着。うな重とビールを注文。冷気に当たって、生き返る。

  「充さん、今日も可愛いですね!」

  そんなことを云われて、謙遜して見せつつ、実は満更でもないという。俺も馬鹿なんだなと、こんな時に実感するのだ。

  鰻を食べながら。旅に行かないかと、誘ってみた。一瞬の間を置いて、是非にとの返答が帰ってきた。嬉しかった、素直に。

  悠真は大学生だ。今年で二年になる。旅に行くなら、夏季休暇真っ只中、今がチャンスなのだった。海外は日程がタイトなので今回はパス。となると国内の近場が良いということになる。二泊三日くらいが妥当な線だろう。

  敢えて振ってみた。

  「二泊三日、旅費は心配しなくていい。何処へ行きたい?」

  これに悠真がまた嬉しそうに答えるのだ。

  「何処かの温泉の、露天風呂付きのお部屋が良いです」

  気軽に云ってくれる。だがこの話を持ち出したのは俺だ。心当たりならひとつあった。父が定宿(じょうやど)にしていた、箱根の旅館だ。値段を当たるのは初めてだが、なかなか迫力のあるプライスタグで、気が萎えそうになる。そんな俺の機微を察してか、悠真はヤケクソ気味にこう云った。

  「云ってみれば新婚旅行ですから! 二度とないと思ってください!」

  それで腹が決まった。強羅花壇、九月頭の平日に二泊、展望風呂付きの貴賓室、お値段四十万円也。クレジットカードで即時決済。直ちに胃が痛くなったのは、気の所為(せい)ではないだろう。空室がなくて九月の頭なのだが、大学はその頃であればまだ夏季休暇の筈なので、大丈夫だ。で、悠真の顔色を伺うと、歓びを爆発させているのが判って、内心ではホッとした。これ以上は無理なのだ。だからだ。久方振りの有給消化、たまには良い。

  その夜、家賃28万円の自宅ワンルームにて、悠真を抱いてやった。初めてだったらしく、泣きべそを掻きながら受け入れてくれた。痛かったろうに、そう思えた途端に涙が出てきた。12畳の部屋からは東京タワーが見える。この夜景で、幾人もの男を落としたのだ。伊達に高いわけではないということ。勿論のことである。そのために借りているのだ。

  2

  明くる日曜日、俺は旅行の足を見立てにヤナセへ出向いた。免許はあるが、自家用車を保有したことなど一切ない。一介のサラリーマンに過ぎない身、ここは新古のCクラスで我慢だ。支払いはローン。だがここで思わぬトラブルが発生。何と、与信が下りないのだ。このところ繰り返した浪費が原因か。一括でなら行けるとのこと。仕方ないので一先ず退散して、電話で実家に泣き付く。だがここではつれなくあしらわれてしまった。

  「結婚して子どもでも作るというなら、考えないでもないけど。あなたは贅沢のし過ぎです」

  母の言。そう云われては身も蓋もないが、翌日になって口座にまとまった金額が送金されてきたので、俺は驚いた。まだ愛されていたらしい。それで、件(くだん)のヤナセでCクラスを買うという成り行きになった。

  「新車もいかがですか? よろしければご案内いたします。実はお勧めがございまして」

  そう訊かれたので、俺は手をひらひらとさせて断るのだった。冗談ではない、それこそ干上がってしまうではないか。

  その週の水曜の宵のことだ。渋谷の実家に久々に挨拶に上がった。門扉を潜(くぐ)り、引き戸を開けると、奥からパタパタと姪っ子が走ってきた。

  「父ちゃーん! とらやが来たー!」

  手に持っていた紙袋を奪い取られる。姪っ子は後ろからやって来た父にその袋を渡した。それが長兄である。

  「また母さんに迷惑を掛けて、仕方のない奴だな。まぁいい、飯でも食っていけ」

  お目通り願えるようで、本当に良かった。追い返されたらどうしようかと、そればかり考えて胃が痛かったのだ。

  続き間の奥の16畳の部屋で、母と長兄と、その妻に姪っ子甥っ子と、それに俺が、大きな座卓を囲む。父は出張で不在だった。床の間を背に母は云う。

  「別にあなたが子どもを作らなくとも、うちは困りません。ですが人はいつか必ず独りになります。私とて何時(いつ)どうなるか、知れたものではありません。もう少ししっかりなさい! 羊羹はあなたの気持ちとして、頂いておきます」

  そう云って絹の絽(ろ)の薄物の袂(たもと)から小切手を取り出した。俺はその金額に目を見張った。

  「これで少し辛抱なさい」

  俺は涙が止まらなかった。この歳で親に迷惑を掛けて、追い払われても良さそうなものを、ここまでしてもらえる、それはまさに感無量だった。

  帰り際、母が玄関先まで見送りをしてくれた。

  「見捨てたわけではないのよ。頑張りなさい」

  俺はそれに、深々と頭を下げるしかないのだった。

  呼んでおいたタクシーで、一路自宅マンションへと向かう。酒も入るかも知れないと思い、買ったばかりの車は出さなかったのだ。車内で、テールランプの群れを視界に入れつつ、振り出してもらった小切手を明日には換金しようだとか、家を買おうだとか、そういう浮ついたことを延々考えていた。

  携帯にメッセージが入った。悠真からだ。今度逢う際の予定を立てようというのだ。

  「何処に行きたい?」

  俺は訊いた。これにあの子は三連投で応えた。

  「ディズニー!」

  「ディズニー!」

  「ディズニー!」

  ゲンナリである。ただでさえ暑いのに、人混みに先(さき)んじて行こうだとか、馬鹿なのか、死にたいのか、そう思うばかりなのだった。

  「六本木で飯とか!」

  俺はそう返したのだが。

  「ディズニー!」

  またもそのように返ってきて、止むなくディズニーリゾート行きが決まった。平日なら空いているか。半ばヤケクソで、アンバサダーホテルの予約を入れた。これが、本当に取れたのである。誠に以て不愉快である。またもや有給消化決定である。どうしてくれようか、本当に。

  3

  三年前の夏、俺は或る恋を失っていた。一途な想いも仮初の幸せも何もかもが、指と指との隙間から零れ落ちるようにして、擦り抜けていった。

  相手は、幼馴染だった。名は佑也と云った。背が小さくて丸っこい、ふくふくとした感じの子だった。何時の頃からか何方(どちら)からともなく恋をしていた。どうしてか、逢う度に胸が切なくなった。

  当時はディズニーのパークには年間パスポートというものがあり、理論上は毎日だって、大した追加費用もなしに行けるのだった。あの頃俺と佑也は、ディズニーを公園代わりに使っていた。お金は遣ったが、所詮それは親からすればたかが知れている。俺の父も母もそう思っていたらしく、そのことは大目に見られた。

  告白も、パークで行われた。ディズニーシーのマゼランズで、食事の際に耳元に囁いた。「好きだ、付き合おう」と、それだけをだ。二十歳のお祝いも、ふたり連れ立ってパークで行(おこな)った。

  別れは突如訪れた。流行り病に罹(かか)った所為で、呆気なく天に召されたのだ。佑也がである。葬礼で、棺に近付くことも叶わず、ただ無力感に苛まれるばかりだったのを憶えている。帰宅して、部屋に入ってドアを閉めて、それから狂ったように泣いた。一生分の涙をそこで流し切ったのだと、今でも思っている。

  それから、ただの一度も、ディズニーには行っていない。駄目だと思った。だから誰にも、自分から誘うことをしなかった。パークに行くことが、もう怖かったのだ。

  夜、部屋の片隅で蹲(うずくま)る。その日、カーテンは閉めてあった。タワーの上層階なのにだ。普段はその方が多かったのだ。壁に背を凭(もた)せて、膝を抱える。俺はメンタルが弱く、あれ以来処方薬に頼って生活をする有り様だった。薬は多量に服用していた。調子は良くない。こんな世迷言(よまいごと)、誰にも聞かせられない。思い立って薬を飲む。手が震える。すると、佑也との想い出のシーンがパノラミックに、さあっと視界を取り巻いた。走馬灯である。その日はそのまま、ぐずぐずと眠ってしまった。

  翌朝、起きると顔を洗う。敢えて冷水で、洗顔料を泡立てて丹念に垢を取り去る。シェーバーで髭を剃り、化粧水を擦り込む。乳液を塗り、髪にヘアワックスを揉み込んで、支度は完了だ。

  フォーマルに身を包んで、向かった先は佑也の墓だ。俺は墓前で問い掛ける。

  「なぁ佑也、今更他の奴とディズニーになんて行けやしない。こんな時に、お前ならどうする?」

  その時、空耳だったろうか。声が聴こえた。

  「行っておいで。幸せになってね」

  都合良く、確かにそう聴こえた。人は自分の聞きたいことしか聴こえないらしい。だとしたら、とんだ我儘だ。でもーー。

  俺が佑也の幻に縋ろうとすると、その幻は、確かに笑っているのだ。間違いなかった。

  それで俺は、己の中の佑也を生かし続けることに決めた。けれども、悠真ともちゃんと向き合うつもりだ。そうして俺は、この何年かのもやもやに漸く、けりを付けたのだった。思えばここ暫くの間、様々な男を取っ替え引っ替えしながら過ごしてきた。その際には佑也の幻など、一度として見えることはなかった。どんな時にでも、佑也だけが、ずっと好きだった。それがこの時を境に、気持ちが切り替わろうとしているのだった。

  帰り際、遠くに絵画さながらの夕映えを望んで、俺は強くなった気がした。

  青山という街は、お墓が多いという。個人的には、滅多に来ない街だ。鼻に付くので、好きではない。京都にも芦屋にでさえも見られない、この地域独特の選民意識。住民からしてみれば、ここが日本一お洒落なのだ、そういうことかも知れなかった。云ってみれば、パリのような街。今日は愛車で来た。銀のメルセデス、良く似合っている。辛うじて、この日は悪目立ちをせずに済んだのだった。

  裏路沿いのグリルで夕飯を食べてから、愛車で帰宅する。心做(な)しか、気分が晴れ渡っていた。

  誰の所為でもない。それをそのまま受け入れ、佑也を心の中で生かしておいてやること。それが、代わりになってあげられなかった俺にできる、唯一の罪滅ぼしだと思った。今の俺は、ひとりぼっちではない。だから、これで生きて行ける、そう信じることとした。佑也、ありがとうーー。

  4

  八月の終わりに、悠真とディズニーリゾートに出掛けた。一泊二日で、初日がランド、二日目がシーだ。よくもまぁ、と感心するくらいの相変わらずの人の多さ。それでも不思議と苛立たない。そこが、“夢がかなう場所”ならではのことだ。

  夜、ドリームライツをふたりして眺めながら、手を繋いで、ほこほことした面持ちで恋を温めていた。まだ早いか、そう思ってこの日のキスは取っておいた。

  そのままランドの閉園を見届けてから、歩いてホテルまで向かった。途中、強い風が吹いて、着ていたシャツがパタパタと煽られる。心做しか、胸に穴でも空いたようだった。ここで悠真が話し始める。

  「僕ね、知らないと思うけど、佑也の腹違いの弟なんだ。充さんのこと、たまたま見掛けて以来、ずうっと横恋慕でさ。あの子のお葬式には、具合が悪くなっちゃって、運悪く行けなかったんだよね。こんな奴で良ければ、これからもよろしくー!」

  その瞬間、それまで靄(もや)が掛かったようだった視界が急に晴れて、気持ちがスッと落ち着いた。手を握ると、互いの鼓動がリアルに感じられる。そこでまた都合の良い声が聴こえてきて、弟をよろしく、そう云っているのだ。何故だろう、それでも何も悪くはないと、その時は確かにそう思えた。今も多分、それは変わらないーー。

  その後、客室のベッドで、珍しく俺は甘えていた。頭を凭せて、寄り掛かる。ここで悠真は立ち上がると、鞄から小箱を取り出した。ラッピングで判った。ティファニーの指輪だ。高かったろうに、無理をして。でもそういうところも含めて、好きになろうとしていた。だからこれで、多分おあいこ。これはこれで良いのだ。

  それから俺等は、折を見ては度々旅に出掛けた。強羅花壇もそうだし、他にも温泉地はぐるぐると幾つも巡った。ディズニーへも何度も行った。その度毎に違う色が垣間見えて、悠真のことがどんどん好きになっていった。気付けば、全く異なる見た目だった筈の佑也と悠真が、瓜ふたつに見えていた。

  新浦安に家を買った。高かったが、あまり遠くても会社へ通えなくなるから、悪い買い物ではなかったと思いたい。件の臨時収入で買ったのだ。考えようによっては、家賃が毎月28万円まるまる浮くわけで、暮らし向きとしても悪くはない。俺は海が好きだから、どうしたって埼玉へは越せなかった。

  九月の終わりのこと。喧嘩をした。多分、俺が悪い。仕事が上手く行かなくて、苛立っていた。だからそのストレスをぶつけた。最初は怒鳴り合いだったが、堪らずに俺は、泣き出してしまった。それでハグをされた。悠真の柔い胸の中で泣きじゃくりながら、俺は愚痴を零すのだった。

  少しずつ少しずつ、投薬の量を減らしてもらっている。薬が減ると感覚が鋭敏になるが、些か不安定でもある。難しい。まだまだ全快とは行かないようだ。

  どうしたら良い? そんな風に時折、不安になる。俺は思いの丈を、携帯のメモに都度残すこととした。意外と奴は焼き餅焼きなので、メモを見せるという体(てい)で、携帯を好きなように弄らせる。これで奴も俺も、より健やかになれる。我ながら良いアイディアだと思った。

  冬の足音が聞こえ始めた或る日。家の近くの公園で、俺は奴を誘った。

  「良かったら、ともに暮らさないか?」

  途端に、奴は泣き出してしまった。そんな姿は初めて見るから、俺もおろおろしてしまって、情けなかった。

  俺等の左手薬指には、ティファニーの揃いの結婚指輪が光る。向かうところ敵なしとは行かないまでも、ともに暮らすカップルとして、一歩ずつは前進していた。

  佑也よ、君ならどんな言葉を俺等に掛けるのだろうか? そう思っていると、おめでとうではなく、ありがとうだったようで、俺は思わず天を仰いだ。俺はふたりの男から、心底より愛されている。そう知ってなお、俺は情けないままで、それはどうしたって憎たらしい。それでも、こんな蒲公英(たんぽぽ)の綿毛みたいな奴でも、誰かの片隅で役に立てることもあるのだと知ることができたから、俺もふたりに云いたい。ありがとう、それがちょうど良い按配だと、確かにそう思うからーー。

  Conclusion

  人は皆、弱いものだ。けれども支え合うことを知っているなら、存外しぶとい。「死ね、自分」と罵ったのは過去の弱い自分だ。今なら云えるだろうか、生きろと。まだ解らない。それでも悠真との出逢いを端緒にして、その辺りの命題とも向き合って行ければ。

  俺にできることなら、誰にだってできる、それは間違いのないこと。案外、出逢いの巡り合わせなんてものも、先着順だったりするのかも知れない。そんなことをつらつらと考えながら、その間にも冷徹に時は進んで行く。頑張らなくてもいい。やはりここは、生きろ、なのだ。多分。

  またいつか