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ファッションショーin絞首台

  1 服

  

  「いかがですか? グレン様」

  更衣室での着替えを終え、地下都市市長である赤竜グレン様と共同の仕事場である市長室へ戻り、新しく授かった服をお披露目する。

  肌触りが良いシルクのサテン生地、豪勢な濃い青紫のメイド服だ。

  私こと緋鳥(ひちょう)騎士ヒエンが勤務中でも着用できるよう、鎖帷子の上から着ることを前提とした長袖でだぼっとした作り。

  しかし私にはやや丈が長く、袖口が少し余ってしまって親指の第一関節辺りまで覆ってしまっている。

  

  「よく似合ってるぞ。ヒエン」

  珍しく、ストレートな褒め言葉をいただいてしまった。

  ぱあっと笑顔を輝かせてしまったのが自分でも分かる。

  絵物語だったら、自分の頭に犬の耳でも付けられて表現されてしまいそうだ。

  恥ずかしさを隠すため、ヘッドドレスをいじって誤魔化す。

  

  「ありがとうございます。では仕事に戻ります」

  何事もなかったかのように事務机に戻る。 鎖帷子だけではなく、メイド服のスカートの上から、いつものベルトで片手剣を帯剣し、スカートの下にはいつものズボンを着用しているので、このまま戦闘になっても問題はないだろう。

  見た目と機能性を兼ね備えた服装。

  流石はグレン様である。

  ちらりと視線を向けてみると、若干ばつが悪そうに固まっていた。

  どうかされたのだろうか。

  私が心底不思議そうな顔をしていると、

  「……その、目のやり場に困る」

  分かりやすい回答をくれた。

  いつもは意地悪をして、仕事上の疑問点などを聞いてもただでは教えてくれないのに。 何かあったのだろうか?

  2 企画

  「そいつは傑作じゃな!」

  がはは、とアホみたいに大袈裟に口を開けて笑う火山のヌシ様。

  溶岩竜の大きな体躯だと、普通に面白くて笑っているだけでも、かなりの威圧感である。

  「冗談じゃない。心臓がいくつあっても足りねえよ」

  あいつはどこまで鈍感なんだ、と毒づくグレン。

  しかし、元はと言えばヒエンに着せ替えをさせて楽しもうとしたのは自分なのだった。

  「自分で仕掛けた罠に自分で嵌まっているだけじゃろ」

  ヌシ様はまだニヤニヤしている。

  しかし、誰であっても他ならぬヌシ様にだけは言われたくない言葉だろう。

  「だが気持ちは分かるぞ。我もカエデに色んな服を着せてみたい」

  溶岩竜のでかい図体ではファッションもろくに楽しめなくてな……と、わざとらしくしょげた態度を見せているヌシ様。

  自分が変身魔法を使えることを忘れているのだろうか。

  市長邸裏手の広場。

  少し前に主にヌシ様のせいで惨劇が起きた場所だというのに、何故か、すっかり和やかな雰囲気だ。

  相変わらず血のように紅の溶岩が照明のように岩山を色づけているが、赤竜グレンと溶岩竜リリーこと火山のヌシ様のギラギラとした鱗の色やオーラのせいで、背景の殺伐さも馴染んでしまっている。

  

  「今度の休日にヒエンとカエデを使ってファッションショーでもやるか?」

  ただの愚痴だったはずが、ヌシ様の態度がグレンの心に火を点けてしまったようだ。

  すっかりいつもの調子を取り戻し、ニヤリと口角を上げ獰猛な笑顔を浮かべている。

  こうしてふたりの悪ノリが始まるのであった。

  「最高じゃな! カメラマンには心当たりがある。声をかけておこう」

  あれよあれよという間に、主役ふたりが不在のまま、火山地下都市特別イベントの開催が決定してしまうのだった。

  3 邂逅

  イベント開催3日前。

  グレンはヒエンに、このことをちゃんと伝えただろうか。

  勿論、我は開催直前までカエデには伝えるつもりはない。

  何故か? その方が面白いからだ!

  「それでは、行ってくる。留守番をよろしく頼むな」

  「お気を付けて。ヌシ様!」

  赤竜カエデは、すっかり我の虜のようだ。

  何も知らず、事情を聞こうともせず、火山山頂から雄大な翼を拡げ勇壮に羽ばたく我に健気に手など振っている。

  素直すぎて、面白いを通り越して怖いくらいだ。

  そんなことで、今まで、どうやって生き延びてきたというのか。

  しかし、決して油断してはならない。

  グレンが重傷を負う一番の原因になったのは、こやつなのだ。

  我を除けば、という前提条件に基づいた考察ではあるのだが。

  もしかして、同じ赤竜という種族であるからと言って、ライバル意識を……。

  ありえない妄想を巡らせることによって空の旅の退屈を紛らわせていると、

  「ヌシ様~!!」

  古びた要塞の見張り塔の上で、お目当ての羊竜ルベルがこちらに向かって手を振っているのが見えた。

  矮小なる存在らしく、精一杯身体全体を大きく使って小刻みに飛び跳ねながらジェスチャーしている。

  はて? こやつには確か我の可憐なる真名を教授していたはずだったのだが……。

  まあいい。手間が省けた。

  4 初戦

  イベント当日。

  「話が違いますっ!!」

  またしても市長邸裏手の広場。

  処刑用の絞首台を流用したお立ち台の上で、ヒエンとカエデのファッションショーは開催されていた。

  初戦は王道の水着である。

  赤竜カエデは、ドラゴンの体格に合うように特注されたワンショルダービキニを着用させられていた。

  スカートのようなショーツがすーすーするのか、恥じらいながら股の辺りを両手で押さえ、今更のような抗議の声をあげている。

  ビキニと言ってもひらひらの布で身体を隠されている面積は多い。

  それにドラゴンの鱗に覆われた身体の裸を見られたところで、何を恥じらうことがあるのだろう。

  緋鳥騎士ヒエンは、憮然とした様子だ。

  こちらも当然、水着を着させられている。

  しかし、普段のグレンとのやりとりで、上半身裸など慣れたものなのだった。

  片手剣とガントレットとグリーヴは着けたまま、というのは若干背徳感があるが、鎖帷子なしでは防御力に不安がある。

  メイド服の方が良かったな。やはり実用性がないと良くない。

  などという考えに支配されているので、色気も何もあったものではない。

  「初戦は我の圧勝じゃな!」

  扇を拡げ、王者のようにふんぞり返って勝ち誇るヌシ様。

  一体どういう基準で勝敗を判定しているのか不明だが、今回に限っては誰がどう見てもカエデの勝ちだろう。

  (ヒエンめ。俺に恥をかかせやがって……)

  腕組みをして遠くから絞首台を睨むグレン。

  足が苛立たしげにリズムを刻んでいる。

  

  役員のごく少数が集められたまばらな客席の最前列に、羊竜ルベルと闇竜イーヴと鳥族フィンクもいた。

  「ボクも色んな衣装を着てみたくなってきました!」

  ルベルは興味津々の様子で、ヒエンとカエデをシャッターに収めまくっている。

  しかし、あんな機種のカメラだっただろうか。

  今回のために新調したのかもしれない。

  イーヴは訳知り顔で脚を組んで座り、しきりに頷いている。

  フィンクは大して興味なさそうに、ポップコーンなど食べながら絞首台のふたりに冷ややかな視線を送っていた。

  5 戦いは続く

  第二回戦。

  「これが我のとっておきじゃっ!!」

  赤竜カエデは、またしてもお色気衣装を着させられていた。

  大袈裟なサイズのとんがり帽子。

  身長よりも長い木製で、尖端が魔術的な衣装で飾られた両手杖。

  所謂魔女の出で立ちであるが、いかんせん露出度が高すぎる。

  ゆったりとしたローブでも着ていればサマになるものを、黒革製のヘソ出しのビスチェにホットパンツ。

  ヌシ様のハイテンションとは裏腹に、また水着かよ、と観客のテンションはだだ下がりである。

  カエデの方も、若干羞恥心が薄まってきたようで、ただただ俯いている。

  そんな様子も同情を誘ってしまって、情熱的な赤い溶岩の光で照らされた会場の空気すらも冷えてしまってきている。

  「そんなもんか? うちのヒエンが分からせてやるぜ!」

  逆境に立たされて闘志が湧いてきた様子のグレンが、ヒエンの背中を突き飛ばしてステージに上がらせる。

  乱暴な扱いに満更でもない様子のヒエン。

  大きな両手鎌を右手に持ち、裾がボロボロの真っ黒な外套を身に纏い、左手にはカンテラを携えている。

  冷え切った会場には、その幽霊のような外見が逆に受け入れられたようだ。

  いざ独りで観客の前に立ってみると興が削がれ、こういうのはグレン様とふたりきりで楽しみたかった……と頑なな態度に戻ってしまっているヒエンの醒めた表情も、観客の共感を誘ったようだ。

  「魔法使い! 死神! ふたりともかっこいいですー!!」

  子どものように目を輝かせ無心でぱしゃぱしゃと写真を撮るルベル。

  相変わらずポーカーフェイスで顎に手を当て、無言のイーヴ。

  ヒエンよりも冷めた態度で、ジト目のフィンク。

  「ぬう。なかなかやるな……」

  相変わらず審判不在の不毛な戦いだが、素直に負けを認めるヌシ様。

  これで1-1。デュースはない。

  次が決勝戦である。

  6 決着

  嫌が応にも盛り上がる会場。

  異様な熱気に包まれる中──溶岩の海に接している市長邸裏は、物理的に常に異様な熱気ではあるのだが──満を持して選手が入場する。

  「やはり最終的には、素の自分で勝負なのじゃっ!」

  ヌシ様はわざわざ空中から現れ、優雅に着地すると、ヴィーナスの誕生のように両手を開く。

  その手の中からは、神々しい後光を纏って……ということもなく、カエデが現れる。

  大袈裟な演出とは裏腹に、見慣れたエプロン姿だ。

  ざわつく会場。

  野暮ったい服装ではあるのだが、確かに決勝戦で最高潮に達した会場の盛り上がりの中では、それが新鮮に見える。

  カエデは照れながらも、努めて「いつもどおり」であろうとしているように見える。

  ヌシ様の無茶すぎるオーダーに一所懸命に応えようとする健気な姿勢が、荒野に咲いた一輪の花のように、観客の心を打つのだった。

  

  「やるじゃねえか! だがっ!!」

  今度は背中を押されることもなく、普通に端から歩いてくるヒエン。

  そんな様子も精神的成長を表しているかのようで、掴みはばっちりだ。

  その出で立ちは、一言で言えば、ごく普通。

  しかし、カエデの方向性とはまた違う。

  柔らかそうなマフラーを巻き、優等生然としたコートを身に纏い、ゆったりとした真っ直ぐな長ズボンを履いている。

  いつも騎士の恰好で武装して、規律に雁字搦めにされた精神性を体現しているかのようなヒエンとは大違いだ。

  しかも、本人は不服そうである。

  帯剣してないし、籠手も具足もしてないし、今敵襲があったらどうするつもりなのか、とでも言いたげだ。

  戦ってもロクな戦力にならないくせに。

  

  ふたりの対決は、一見互角のように見えた。

  しかし、勝敗を決したのは、火山で生活していた時間の長さである。

  もし、カエデがずっと火山の地下都市で暮らしていて、観客の役員たちや他の住民たちと面識があったのなら、決着は着かなかったかもしれない。

  それほど拮抗した戦いだったのである。

  だが、軍配はヒエンに上がった。

  そもそも向いていないような騎士の試験に憧れだけで合格し、いつも空回りして失敗ばかり繰り返してきたヒエン。

  その本来あるべき姿を理解者である市長に叶えてもらったような形である。

  本人があまり納得していなさそうなのも、地下都市の住民たちにとっては共感性が高い。

  

  「天晴れ。完敗である……」

  ヌシ様は、燃え尽きた……とばかりにうつ伏せに倒れ込む。

  その瞬間、会場の皆の一際大きな歓声が轟き響き渡る。

  まるで、財宝を守っていた邪悪なるドラゴンが討ち倒された瞬間のようだった。

  それでもカエデは、倒れ伏したヌシ様の横に座り、甲斐甲斐しく介抱している。

  ヒエンは、ガッツポーズをしているグレンの横で、やっぱり騎士としての戦いで勝ちたかった……と相変わらず不満そうだ。

  

  「最高の試合でした~!!」

  ルベルは大興奮と言った面持ちでカメラを両手に抱えキラキラとしながら、若干見当違いの感想を述べる。

  

  満足そうに一度だけ大きく頷くと、席を立って背を向け去って行くイーヴ。

  フィンクも慌ててそれに付いていく。

  7 その後

  「腹一杯じゃ~。物理的に」

  大会、もとい絞首台でのファッションショーの後の食事会を終えると、ヌシ様は樽のようになった腹を見せつけるかのように、ごろりと無防備に仰向けになってしまった。

  大量に用意された豪勢な食事は、殆どヌシ様がペロリと平らげてしまった。

  もっとも、それを前提として用意された食事ではあるので、私たち、具体的に言えばグレン様とカエデさんと私もお腹いっぱいだ。

  

  絞首台に設置された鍋や食器類を片付ける気にもならず、座ったまま両手を突いてなんとなく空を見上げてみる。

  今夜は満月だろうか。

  月の光がやけに眩しい。

  「3日後には満月らしいですよ。楽しみです」

  カエデさんの言うことは普通すぎて、ちょっと安心する。

  その前に、調べもせずに今日は満月と思い込んでしまうような自分の無学を恥じるべきかもしれないが。

  「3日後まで生きていられればいいのですが」

  ポロッと本音を漏らしてしまう。

  しまった、と思ったが、カエデさんは意外にも無反応だった。

  「皆で満月を見ましょう」

  なんとなく、涙が出そうになってしまう。

  居たたまれなくなって、立ち上がる。

  「着替えてきます」

  これも失言だった。先に洗い物をしないと。

  「ずっとそのままでいればいいのに」

  グレン様がいつになく優しい。

  でも、折角グレン様にいただいた大事な服を汚すわけにはいかない。

  明日からは、また戦いの毎日なのだ。

  

  8 写真

  「で、写真はどうした?」

  3日後の朝。

  2週間ほど前のように、市長邸裏手の広場でグレンとヌシ様が密談している。

  情景はいつもと変わらず凶悪だが、イベントの際に使った絞首台は、すっかり撤去されている。

  ヌシ様はわざとらしいくらいに目を泳がせている。

  口笛が吹ける身体だったら口笛でも吹きながら「何のことかな~」とでも言い出しそうだ。

  「ルベルとは俺も話したことがある。信頼できる奴だと思っていたが」

  グレンも負けじとわざとらしく溜め息をついて、露骨にがっかりした様子を見せる。

  

  「ル、ルベルは悪くない。全て我の責任なのじゃ……」

  ヌシ様は平身低頭、命乞いでもするかのように事情の説明を始める。

  身体の大きさに反した実力差を理解しているかのようだ。

  9 かなしい聖王城

  風雨に晒され削り取られたかのように平らな斜面が段々と続く静かな白い霊峰。

  その周りから槍のようにリズミカルに生える黒い針葉樹林とのコントラストが美しい。

  聖王城は、そんな周囲の自然との調和を崩さぬよう、静と動の均衡を重視してデザインされている。

  「現像できました~!」

  「ご苦労。ナイア」

  聖王血鯱ニルグは、部下である白狐ナイアの手柄を讃えて直々に頭を撫でてやる。

  ナイアは、犬のように幸せそうな至福の顔を浮かべて「はにゃ~ん」などと蕩けた声を出す。

  その横で、黒犬アヌビスが信じがたいものを見たというような凄まじい表情を浮かべている。

  「火山の地下都市はあのままにしておいて宜しいのですか?」

  このままでは復興してしまいそうですが、とナイアに対抗してお伺いを立てるアヌビス。

  「問題ない。元から実験のようなものだ」

  たまには自分の心の中の世界ではなく、誰かの心をカタチにしてみたかった。

  火山のヌシを使ったのも火山の地下都市が標的になったのも全てはたまたまだ。

  滅ぼうが復興しようが別にどちらでも良い。

  今回、ナイアをルベルに化けさせ火山のヌシを籠絡し、私たちもナイアの力で魔王城の連中に化けて地下都市に潜入したのは、その後の経過観察に過ぎない。

  そう説明するニルグ。

  

  「流石は視野が広い。慧眼でございます」

  アヌビスは分かりやすくへりくだっている。

  ナイアのように褒められたいのだろうか。

  無視して、ナイアから受け取った封筒を開いて写真を確認することにする。

  パラパラと確認していると、お気に入りの一枚があった。

  見慣れたエプロン姿で、もじもじしている赤竜カエデが良い画角でひとりで映っている。

  後で私室に飾ることにしよう。

  年季の違いで敗北したようだが、聖王城で同じ対決をしたら勝っていただろうに。

  駒をひとつ犠牲にしたくらいで追放してしまった私に言えることではないのだが。

  

  ふと気づくとナイアとアヌビスがこちらを気まずい様子で見ていた。

  流石に今声をかけたら殺されると理解しているのだろう。

  有象無象は散れ散れ、とばかりに手でサインを送る。

  慌てて出て行く雑魚ふたりに背を向け、私室へ帰る。

  10 小さな約束

  「騙されたってことですか? ヌシ様だって変身魔法を使えるのに……」

  ちょっと不機嫌な様子のヒエン。

  ヌシ様に対しては強気に出られるようで、何だか腹立たしい。

  「まあ、写真なんてどうでもいいだろ」

  いま一緒に居られるんだから。

  またその服を着てくれてるんだから。

  約束を果たせるんだから。

  そういう言葉は飲み込まないと。

  宵の口。

  もうすぐ皆で満月を見に行く時間だ。

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