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一途な公爵の深愛花嫁

  [chapter:序章・初めての音 ①]

  中央のヴァルハラの西側にある公爵領に、その城はあった。

  華やかな西の国の様式を取り入れたその城は、雪国のラヴィールーザには珍しい、華美な装飾が施された城であった。

  初めての職場となる、豪奢な公爵家を前に、ユウトは意気込んだ。

  五大公爵の城で働ける事は、獣人として最大の誉れではある。

  ましてや仕えるに特化したベータではなく、仔供を産むに特化したオメガともなれば、更に稀。

  正式に雇って貰えるとなれば、料理が得意なユウトには厨房なら、その腕を生かせられる。

  「よっしゃ!頑張るぞ~!」

  ユウトは、先走る気持ちを抑えるのに必死だった。

  「公爵家に仕えられるのは、毎年数人なんだから。ラッキーの中のラッキーだもんな。ここはもう、洗濯係でも嬉しく思っておかないと!」

  大きな関扉に獣神が抱えるようにして下がる、ドアノッカーを叩く。

  待っていたかのように直ぐ様、開かれた扉のその先から現れたのは、見た事もないような、神の如く麗しい獣人であり。

  その黄金のような巻き髪は胸元にまで届き、白磁の肌はシミ1つない。

  芸術家によって作り上げられたようなシンメトリーの双眸は、ライオンの獣人にしては繊細であり、まるで神話の中の獣神が現れたのかと思った。

  そのあまりの麗しさに、呆気に取られてしまう。

  「ユウト?」

  「へ?あ、はぁ、そうですが」

  「待ってたよ~。ユウちゃ~ん。あぁ、真正面から見たら、本当に可愛いなぁ!」

  見た目の高貴さを裏切る、軽い口調に肩透かしを食らう。

  そのライオンの獣人は、飛び付くようにしてユウトに抱き付いて来た。

  

  こんな大きな獣人が、召使いの筈がない。

  間違いなく、公爵家の直系だ。

  ユウトは突然、猛獣に抱き着かれるというアクシデントに、全身を硬直させていた。

  [newpage]

  [chapter:初めての音  ②]

  この最北の地、ラヴィールーザには『[[rb:巫 > かんなぎ]]』という、特殊な超能力を持つ獣人達がいた。

  巫は、一般の獣人にはない超越した能力を持ち、それを遺憾なく発揮する媒体としての『楽器』を奏でる。

  ある者は、巫の力で獣人の傷を癒し。

  またある者は、枯れた木に命の息吹きを甦らせ。

  あまある者は、雪が積もる大地を溶かし、稲を生やした。

  その特殊能力を持つ巫達は、貴族である事が多く、獰猛な種類の大型獣人に多かった。

  その巫の頂点に立つ、この国を統率する五大公爵は、神の如く獣人々に崇められていた。

  そうした確立されたラヴィールーザの階層組織からかけ離れた場所に、オシキャットの村があった。

  この世界の北の外れにあり、誰もが近付く事のなく、全ての獣人の居住地から隔絶させられた村だった。

  そこに住むオシキャットは、獣人達の中でも力の弱いネコ族でありながら、見た目はパンサーのような毛並みをし、その顔はライオンを思わせる獰猛さだった。

  大きな瞳だけは愛嬌があったが、肉体としては小柄ながらに大型肉食獣のように発達した筋肉を備えていた。

  その獰猛なる資質は、古の頃、大型獣の血を引いていた名残なのかも知れない。

  貴族でも何でもない、辺境の地の一族でありながら、オシキャット達は巫の力を持つ者が多かった。

  だがその貧しさ故に、巫の力を持ちながら、それをコントロールする楽器を持つ事はなく、どの種族とも交わりを持たずに孤立化していた。

  そうしたオシキャットの特異性が、あらぬ噂を呼んだ。

  『オシキャットの尾は傷口に当てればどんな病も治し、その耳を食すれば若返る。またその瞳を手に入れれば無病息災となる』

  そんな噂がまことしやかに流れ、権力を持つ者達がそれを欲するようになり。

  金目当ての荒くれ者達が、オシキャットに似た獣人を襲うようになった。

  そしてある日、オシキャットの村は山賊達に襲われた。

  村民達は、いつものように穏やかな日常を送っていた。

  家族団欒の夕暮れ時に、あらゆる獣種の猛獣が襲った。

  ある者は耳や尾を切られ、またある者は目を抉られ。

  村民の全ての命を奪われた。

  ある一匹のオシキャットを除いて。

  [newpage]

  [chapter:初めての音  ③]

  ユウトはずっと深い眠りについていた。

  それはいつからなのか、記憶にはない。

  思えば、外の世界を見た記憶もないので、生まれてすらないのかも知れない。

  薄い膜の中にいる『自分』は、動く事も叶わず、ただ息をしているだけの存在だ。

  父や母は、成獣になっても目覚めないユウトの事を『目覚めない仔』と言って悲しみ、労った。

  外からのあらゆる情報は、耳からというよりは、自らの皮膚から感じ取り、その言語や、獣人々同士の繋がり、文化などの情報、それらを感覚的に受け取って知らぬ間に吸収していた。

  その外の世界の音が、ある時から一切、断たれてしまう。

  父や母の声すらも聞こえなくなった。

  そんな時に、初めてその『音』を聞いた。

  その『音』は、ユウトにとって未知のものだった。

  それが『音楽』であり、ヴァイオリンの音色だという事を知るのには、ほんの少し先の事になる。

  軽やかで、また楽しげでもあり、哀しげでもある不思議な音。

  1つ1つの音に羽根が生えているかのように、弾かれて、舞い踊る。

  ユウトは、生まれて初めて『目』を開ける。

  うっすらと膜の向こうに見えるのは、白っぽい獣人。

  金色の巻き髪に、白いフロックコートと長いマント。

  肩に乗せている木製の楽器は、艶やかな茶色だった。

  棒状の物を当てて、その楽器の音を出しているのが分かる。

  弦を弾く音は、不思議な音階が連なっていて、聞いた事のないものだ。

  この美しい音を奏でているのは、一体誰なのだろう。

  どんな顔をしているのか。

  どんな風に弾いているのか。

  ユウトの心の奥底にまで響く、この雅な音色を奏でる、その獣人と会いたい。

  そしてそれが後に、ヴァイオリンの巫である『公爵』という、この国の頂点に立つ獣人だと知る。

  いつか、目の前で彼のヴァイオリンを聴けたなら。

  自分は生まれてきて、本望だと思えるだろう。

  そしてそれは、ユウトの最も叶えたい願いとなった。

  [newpage]

  [chapter:第一章・美しい音 1ー①]

  獣人の世界である四大大国の1つ、ラヴィールーザは、最も北に位置する1年の多くが雪に埋もれた国であった。

  そんな極寒の地であっても、人々が逞しく生き抜いているのには、5獣人の絶大なる力を持った公爵達が統治しているのにもある。

  そして、その奏でる音は不思議な力を持ち、生命力に溢れていた。

  『五神』と呼ばれる公爵達は、各々が獰猛なる大型の獣人であり、国内でも随一の『[[rb:巫 > かんなぎ]]』という特殊能力を持っていた。

  エドワード公爵は、枯れた川に水を溢れさせ。

  レオンハート公爵は、不治の病を患った少女を完治させ。

  マーク公爵は、何日も吹雪く村に太陽の光を当て。

  キース公爵は、山からの雪崩を止め。

  ダグラス公爵は、荒れた大地に花を咲かせたという。

  公爵達は、神の力を宿らせる存在として獣人達に崇められていた。

  その力は代々受け継がれ、最も力を有する者が、次代の『公爵』として君臨する。

  それはまさにこの世界のヒエラルキーの頂点であり、獣人達はその能力によって分類されていた。

  最上級の地位に君臨する、美しく勇猛なる『アルファ』は、あらゆる才覚に優れ、特に王族や貴族に多く、古の姿である『獣』に変化する力があった。

  そして、獣人の中でも最も多くを占める種の『ベータ』は、アルファに仕える為に存在し、従順な性質を持っていた。

  またメスであってもオスであっても、子供を産むに特化した子宮を持つ獣人達を『オメガ』といい、オメガは優秀なるアルファを産む母体となる種であった。

  ラヴィールーザの貴族の中に多い『アルファ』は、『巫』の力を有する事が多い。

  この国では、『巫の力が強ければ強い程に、それを己が力でコントロールし、獣人達の為に尽くすべし』と、その教育が徹底されていた。

  その為に、巫の力や、演奏能力を鍛え上げる為の機関である[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]。

  様々な能力を育成し、その多くは卒業後、貴族に仕えたり、公共機関で従事する為の施設である[[rb:修学院 > アクワイア]]。

  平民達が通う[[rb:学校 > トレイン]]など、地位や能力に合わせて、全ての国民が何かしらの学舎に通う制度があり。

  ラヴィールーザは、他のどの大国よりも知的且つ独創的に、個々の能力の育成に力を注いでいた。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 1ー②]

  山賊に襲われた時のユウトは、己が巫の力の全てを防壁のようにして、卵のような球体の中にいた。

  それは、類い稀なる能力をコントロールする術を知らないが為に、殻に綴じ込もっていたのではないかと推察された。

  ユウトが公爵に拾われた時、そのヴァイオリンの音色で目を覚ました。

  目覚めた時は、既に成獣の大きさではあったが、まだあまり目が見えていなかったが為に萎縮し、怯えるばかりだった。

  そんな特殊な環境で、成長を止められていたユウトを学ばせるには、巫の力を思えば[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]が妥当ではあった。

  だが、そこでの熾烈なる貴族達の権力闘争に巻き込まれるのは忍びないと、公爵は敢えてユウトを[[rb:修学院 > アクワイア]]へ入学させた。

  そこは、修道院としての生活が基盤であり、あらゆる技能を習得させる為の学校ではあったので、ユウトの心身を育成させながら、ヴァイオリンの才能も開花させた。

  そんな特異なる存在のユウトが、こうやってまともな獣人として自立出来たのも、何もかもが救い出してくれたダグヴェルト公爵のお陰だった。

  1分でも1秒でも早く、命の恩人である公爵に恩返しをしたい、という強い思いがあったが、ユウトには様々な足枷とも言える責務が課せられていた。

  惨殺されたオシキャットの一族の、唯一の生き残り。

  爵位の持たない、異端の巫。

  獣人の国では、生きていくのには苦労の絶えない、オスでありながらメスのような発情期のあるオメガ。

  そんな特殊な種族であり天涯孤独なユウトを拾い、修学院にまで通わせてくれた、ヴァイオリンの巫であるダグヴェルト公爵。

  ただその獣人に恩返しがしたい。

  そしてユウトは、その感謝の気持ちを手紙に綴った。

  毎月のように、その時あった事や学んだ事を書いて、ダグヴェルト公爵へと送る。

  手紙は、いつも同じく『親愛なる公爵様』と書き出す。

  拾ってくれた感謝と、学費を出してくれた恩義と、そうしていつか公爵様の為に働きたいという想いを込めて。

  公爵からの返事は、3日と置かずに来る事もあれば、半月も届かない事もある。

  そうして返信が疎らなのは、その立場上、各地に遠征しているからなのだろう。

  公爵からは修学院に入学した直後、最初の手紙と共に『巫の力を有効に使うように』とヴァイオリンを贈られた。

  天性の才能があったユウトは、1年でほぼ王立学校の楽団のソリスト並みのテクニックを習得する。

  その為だけに、ユウトは普通では考えられない早さで、通常は短くても6年、長ければ12年かけて身に付けるべき内容を、ユウトはたった2年で習得した。

  ヴァイオリンの技術が伴って来るようになると、巫の力の暴走もなくなった。

  そうしてユウトは、記録的な最短期間での卒業後、公爵の城で務めたいという希望が通ったのだった。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 1ー③]

  公爵家の魁偉なる城を見上げ、ユウトは大きく息を吸って、自らを鼓舞した。

  「よっしゃ!頑張るぞ~!」

  艶やかな黒髪から生えた、オシキャット特有の尖ったネコ耳と長い尻尾、つり気味の大きな黒い瞳、小柄ではあったがパンサーの獣人のようにしなやかな体つき。

  その雄々しさは、メス寄りになりがちなオメガというよりは、一見、ベータのようにも見えた。

  だからこそ、オメガとして見られる事も少なく、抑制薬さえ欠かさなければ狙われる事も少なかった。

  五大公爵の城に仕えるのは、獣人として最大の誉れではある。

  ましてやベータではなく、オメガともなれば、更に稀。

  ユウトがいくらヴァイオリンの技術に優れていようとも、公爵が連れて演奏に回るのなら、貴族でなければならない。

  雇って貰えるとなれば、料理が得意なユウトには厨房ならば腕を生かせられるだろう。

  だがそれは、あくまでも雇い主が決める事だった。

  「公爵家に仕えられるのは、毎年数人なんだから。ラッキーの中のラッキーだもんな。ここはもう、洗濯係でも嬉しく思っておかないと!」

  だがせめて一目会って、礼だけは伝えたい。

  あれだけマメにユウトからの手紙にも返事をくれていた公爵であるから、お目文字は頂けるだろう。

  ユウトは、先走る気持ちを抑えるのに必死だった。

  辻馬車を乗り継いで丸1日。

  中央のヴァルハラの西側にある公爵領に、その城はあった。

  華やかな西の国であるデランダ王国の様式を取り入れたその城は、雪国のラヴィールーザには珍しい、華美な装飾を施された城であった。

  城の柱などの装飾には、メスの獣神が彫刻されていて、柔らかな印象がある。

  だが、その巨大で荘厳なる城は、まるで天空の神殿のようですらあった。

  玄関に辿り着くまでの階段の長さには、俊敏なオシキャットのユウトも目眩を覚えた。

  「こ、こんなに長い階段……雪かきだけでも、召し使いの人が大変なんじゃねーの?」

  散々文句を言いながら登り詰めた先に、大きな玄関扉があった。

  獣神が抱えるようにして下がる、ドアノッカーを叩く。

  そして、自らの身なりに乱れがないか襟元や袖を引っ張って、背筋を伸ばした。

  ガチャガチャと何重かにかけられた鍵が外される音がして、重厚なる扉が開かれた。

  その先から現れたのは、まさに金色の塊。

  世の中にこんなにも眩しい獣人がいるのかと、ユウトは目をパチパチと瞬かせた。

  その眩むような麗しい容姿に当てられて、咄嗟にあんぐりと口を開けて呆けてしまう。

  それには、出迎えた相手の方が先に口を開いた。

  「ユウト?」

  「へ?あ、はぁ、そうですが」

  「待ってたよ~。ユウちゃ~ん。あぁ、真正面から見たら、本当に可愛いなぁ!」

  その大きな獣人は、外に飛び出して来て、ユウトに抱き付いて来た。

  こんな大きな体格の、しかも華やかな金色の巻き髪を靡かせる白皙の美貌の獣人は、公爵家血統でしかあり得ない。

  ユウトは、その緊張で全身を氷のように硬直させていた。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 2ー①]

  ヴァイオリンの巫である公爵家は、現在、ユウトを拾ってくれたダグヴェルト公爵の息子である、ダグラスが継いでいた。

  ダグの容姿は、それはもうきらびやかで、眩しくて直視出来ない程だった。

  蜂蜜色の金髪は、ライオンの頂点に立つだけあって、獣化していなくても[[rb:鬣 > たてがみ]]の如く豪奢である。

  その青い瞳は、ラヴィールーザでは滅多と見れない、雲1つない快晴の空のように澄み。

  丸い耳と、尻尾の先端にあるフワリとした穂先のような毛は、ライオンにしては珍しく真っ白だ。

  肉厚な胸板や、その引き締まった獰猛なる筋肉は、いくらヒョウに近いオシキャットのユウトであっても、並んでしまえば補食される側にしか見えない。

  これ程までに艶めいた色気と、猛獣としての迫力あるアルファのオスに出会った事はかつてなかった。

  「初めまして。ダグラス様。この度、ここに仕える事となり……」

  「あ、俺の事はダグで良いよ~。召し使いのみんなもそう呼んでるから」

  「ダグ、様?」

  「様はなしで。敬語もなしね~。これからは一緒に暮らすんだから、気軽に行こう」

  軽い。

  見た目に反して、中身が軽い。

  ダグが口を開いた途端、その格調高いアルファとしての品格がダダ下がりになった。

  いくら本人からのお許しが出たとはいえ、この国の頂点に立つ公爵を、はぐれ獣人のユウトがそう簡単に呼び捨てには出来ない。

  「え~っと、そうは申されてもですね。貴方様は、俺……いや、私の雇い主であってですね~。え~っと」

  「ほら~。喋り難そうじゃない。普通にしててよ~。友達感覚からスタートしよう」

  「友達感覚なんかになれるか!馬鹿か、あんた!自分の立場を分かってんのか?!」

  「そうそう、そんな感じで良いよ。あぁ、ユウちゃんはそうやってフーフー言って怒るのも可愛いなぁ」

  「そのユウちゃんて、何なんだよ!」

  「ユウちゃんの名前付けたのは俺だよ?」

  「は?」

  「ユウちゃんが拾われた時、オシキャットっぽい名前を調べて付けたげたんだ。ネコの一族にはみんな名前に意味があるんでしょ?清らかで、壮大なイメージで考えたんだよね。漢字名もあるよ」

  「マジか!」

  「マジでーす」

  凄く大切な事で、感動的な話の筈なのに、ダグの口調の軽さから感謝の言葉が出にくい。

  それでも名付け親だと聞かされれば、謝辞を述べずにはいられなかった。

  「その節は、ありがとうございました」

  「敬語なーし」

  「ありがとな!」

  「いえいえ、どういたしまして~」

  「ホント、あんた軽いライオンだな!」

  「よく言われるよ。まぁ、とにかく中に入って暖まろ?ここまでは、馬車で来たんだよね?寒かったでしょ?」

  ユウトはまるで友人のように肩を抱かれて、リビングへと連れて行かれた。

  この馴れ馴れしいライオンと、これから健全なる主従関係をまともに保てるのだろうか。

  スタートからその不安がユウトを襲う。

  そして、まるで大広間かと思うようなリビングに入った途端、その懸念は的中した。

  ユウトは、それからまるで賓客ような歓待を受けたのだった。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 2ー②]

  青藍色の[[rb:天鵞絨 > ビロード]]張りのソファーに座らされ、絶句して固まるユウトをよそに、召し使い達が紅茶やお菓子を運んでくる。

  どういう訳かそれをダグがケーキプレートに乗せ、カップに紅茶を注いで差し出す。

  その一連の流れが終わった時点で、ユウトは素面に戻った。

  「ちょっと待て!俺は客じゃない!ここへは奉公しに来たんだぞ!」

  「知ってるよ」

  「しかも何で主のあんたが、紅茶いれてんだよ。てか、そんなの俺がやるよ!」

  「いやいや、この紅茶の出し具合は、俺が決めたいんだよね。ここ、俺の拘るとこなんだよ~」

  「そんなら、指示してくれよ。俺がやるから」

  「だって自分でしたいんだもん」

  したいんだもん、って何なんだ。

  この人、本当に現公爵なのか?

  こんなので公爵をやっていられるのか?

  他の公爵達は、これを許しているのか?

  ユウトは疑問だらけの混乱する脳内をひとまず落ち着かせ、とにかく真っ先に知りたい事を口にした。

  「えっと。ダグヴェルト様……父君は、今はどうされてるんだ?」

  「別宅で暮らしてるよ。気が向いたらヴァイオリンを弾いて廻る事もあるみたいだけど、基本的には優雅な余生を過ごしておられるかな」

  「余生?でも、余生っていう程のそんなお年じゃないよな?」

  「とにかく早く俺に公爵の地位を譲りたがってたから、俺が[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を卒業した途端に隠居生活に入ったよ」

  「何でそんな早くに……」

  「まぁ、色々と理由はあるけど、1番の理由は、メスに囲まれた暮らしをしたかったからかな」

  「は?」

  「父上は、物凄く性欲が強いんだよ。というか、ヴァイオリンの公爵家の者は、他の獣人よりも性欲が強いんだ。種族を残そうとする本能がそうさせるんだけどね」

  ヴァイオリンの巫である公爵家には、多くのホワイトライオンが生まれていた。

  神の使いと称される程の、巫の力が強い純白の獅子。

  それはまた、他の公爵達を率いるだけの統率力のある類い稀なる獣人だった。

  ダグの父であるダグヴェルトはホワイトライオンではなかったが、その性欲は凄まじく、獣化する率も高かったので、多くの側室や愛獣人を抱えていた。

  多くの仔の中で、たった一獣人だけ生まれたホワイトライオンで、アルファのダグは、生まれた瞬間から後継者として約束されていた。

  「ダグヴェルト様に、そんなご苦労があったんだ……」

  「そうなんだよね。うちの家系は大変なんだよ、ホント」

  「そういえば、次の公爵であるあんたの噂は、[[rb:修学院 > アクワイア]]にまで聞き及んでたよ。王立学校でもメスを侍らせてるとか、常に愛獣人を連れてるとか」

  「その噂に関しては全てを否定しないけど、それもこの血筋のせいなんだよね。俺にもどうしようもなくて」

  「何、被害者ヅラしてんの?やるだけやっといて!この破廉恥野郎」

  ユウトの口の悪さは、修学院でも何度となく教師達から説教されていたし、自覚もしていた。

  口にしてから、相手は公爵だったと反省したが、一度出てしまったものは、もう引っ込めようもない。

  だが、それにはダグも、咎めようという気はないようだった。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 2ー③]

  「あのさ、ユウちゃん。ちょっと質問なんだけど」

  「何だよ」

  「父上はメスを侍らせてるって聞いて『そんなご苦労が』って労わってるのに、どうして俺になると『破廉恥野郎』なの?随分と扱いが違わない?」

  「あんたとダグヴェルト様は雲泥の差だよ!月とすっぽん!太陽とありんこ!」

  「そこまで言う?ちょっと傷付いちゃった」

  「あんたは何かチャラいんだよ。その態度とか言い方が。公爵としての威厳ってもんがない」

  「でも父上の側室の人数は、ちょっと異常な人数だよ?避妊してなかったら、小さな町が出来ちゃう位だよ?」

  「それは、あんたも目くそ鼻くそだろ」

  「鼻くその方はやだな~」

  「気にするとこ、そこかよ」

  絶世の美貌と、巫の力で他の公爵達からも尊敬されていたダグヴェルトの噂は、このラヴィールーザでも伝説となっている。

  数々の天災を、そのヴァイオリン1本で未然に防いだ数々の功績は、巷でも有名だった。

  たった一獣人で、山賊に襲われた村からユウトを救い出し、その山賊達を全て捕らえた。

  そして、オシキャットは保護すべきであるとラヴィールーザの法律にも加え、狩ろうとする者達をことごとく罰した。

  ヴァルハラの中央に住む事を許された、全面的な稀少種族としての保護の対象にオシキャットも加えた。

  だが、普通に暮らしたいというユウトには[[rb:修学院 > アクワイア]]への入学も認め、今、こうして公爵家にも迎え入れてくれている。

  自らへの破格の扱いには、ダグヴェルトの温情を厚く感じていた。

  「ダグヴェルト様がどんだけ好色な獣人だったとしても、俺にとっては命の恩人だよ」

  「ユウちゃんにとってはそうかも知れないけど、俺にとっては『前の公爵』という存在でしかないし、少なくとも『父親』ではなかったよ。物事ついた時から、遠征に行ってるか、メスと籠ってばかりの獣人だったからね」

  それを聞いて、ユウトは無言になった。

  どれだけ外からみれば有能なオスでも、優れた父親であるかといえば、それはまた別の話だ。

  ユウトは、ひたすら恩返しをしたいが為に過ごして来たので、ダグヴェルトを神格化している部分もある。

  ダグにしてみれば、公爵の跡取りとしての辛さはあっただろうとは思う。

  この気さくさから、つい出過ぎた物言いをしてしまったし、身分をわきまえない態度だったと反省する。

  「えっと……あのな、俺は……」

  「それに、ユウちゃんの口から、他のオスの話は聞きたくないな」

  「何だと?」

  「ユウちゃんにとってのカッコいいオスは、俺だけでいーの!」

  「あんたのどこがカッコいいオスだよ!この色情狂が!」

  「色情狂じゃないよ。確かに気持ち悦い事は大好きだけど」

  「そんな事を胸張って言うな!」

  ダグを目の前にすると、暴言を止められない。

  ユウトはもう、ダグへの失言を気にするのをやめた。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 3ー①]

  「ダグラス様ーーーーー!!!!」

  突然、空気がビリビリと振動する程の大声で、ヤマネコが部屋へ飛び込んで来た。

  肩で息をしながら入って来た中肉中背のそのオスは、執事のグレイクだ。

  丸眼鏡を眉間で押し上げながら、怒りと焦りを露にピンと尻尾を逆立てている。

  そしてソファーに座るダグの隣に立ち、前のめりに捲し立てた。

  「また、貴方様は勝手な事を!あれ程に下々の事はお任せ下さいと申しておりますのに!」

  「いやだって、グレイク。ユウちゃんだよ?待望の卒業をして来たユウちゃんだよ?お出迎えするのは当たり前でしょ。その為に、仕事を切り上げてたってのに」

  「ユウトは、奉公しに来ているんですよ!ましてや、貴方はこの城の主であり、このラヴィールーザのトップでもある公爵でっ」

  「本当は、卒業したらお迎えに行きたかったのにな~」

  「どこに奉公人のお迎えに上がる主がいますか!」

  

  「ここにいるけど?」

  ユウトは、グレイクの逆毛立つ姿を見て、同情を禁じ得なかった。

  このお気楽なライオンは、日常的にこうやって周りの獣人達を振り回しているのだろう。

  グレイクは執事であるが故に、ダグの破天荒さに最も振り回されていると言えた。

  ユウトはソファーから立ち上がって、すぐ様、グレイクの傍に立った。

  「すみません。不躾にも公爵様の椅子に座ってしまいました。まだ、卒業したての若輩者ですが、どうぞご指導をよろしくお願い致します」

  「分かっておりますよ。どうせダグラス様に言いくるめられたんでしょう。主の言葉に逆らいようもないのは分かります。私は執事のグレイグです。これからは私が貴方の仕事を指導し……」

  「ダァメェーー!」

  ダグは2獣人の間を割くようにして割り込み、ユウトの体を抱き締めた。

  その瞬間、何とも言えない薫りがユウトを包む。

  ダグの体からフワリと漂う体臭に、ユウトは鼓動をドクンと大きく弾ませた。

  花の薫りのような芳しさに、オスの獣の体臭が混じる。

  ダグにメスが群がるのも分かると思ってしまうのは、ユウトがオメガだからだ。

  オメガはオスであっても、仔を成す事が出来る。

  だからこそ本能に忠実に、強い遺伝子を持つアルファに惹かれる。

  それは感情抜きの、細胞から湧き起こる感情であった。

  だが、それはアルファであるダグも同じだった。

  オメガは、より仔供を産むに特化していたし、何よりも強いアルファを産む確率も高かい。

  強い仔を産む母体を、アルファは求める。

  オメガが発情期を迎えれば、アルファは釣られるように[[rb:発情 > ヒート]]させられ、それに抗えない。

  だからこそ、オメガ自身が自己防衛の為に、発情期抑制剤や妊娠抑制剤を飲んで管理するのは常識だった。

  また、その薬の精製技術にも進んだラヴィールーザでは、それは獣人として当たり前の習慣だった。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 3ー②]

  「あれ?ユウちゃん、良い匂いがするね。もしかしたら発情期が近い?」

  「ごめん!臭うか?俺、発情期が自分でも分からないんだ」

  「どういう事?」

  「周期もバラバラだし、発情期が来ても体が熱くなったり、コントロール出来ないとかも分からなくて。ちょっと熱があるかな?って時はあるけど、基本、鈍いから、いつも抑制剤を常用してる」

  「そんなに飲み続けて大丈夫なの?」

  「体に負担のかからないタイプのを飲んでるから」

  「そうか。でも、ずっと良い薫りのする香水を付けてるみたいで良いね」

  そう言われたのは初めてだった。

  それが分かるのは、ダグが高い能力を有する、最高級のアルファだからだろう。

  鼻の良さは番犬並みであり、優れたオメガなのか、無能なオメガなのかも嗅ぎ分ける。

  そういう意味では、ユウトは無能な野良同然のオメガだ。

  上質なる貴族のオメガであれば、オスを最大限に興奮させ、誘い込むだけの能力にも長けている。

  ユウトはそんな魅力に欠けた、オメガとしては欠損品だった。

  自らも一生、誰かの仔を産む事はないだろうと思っていた。

  こんな得体の知れないオメガを貰ってくれるような、奇特なオスはそうそういない。

  ユウト自身の価値は、オメガであるという事よりも、その耳や尻尾、または心臓の方が売れば価値がある。

  それは学校生活の間に、まざまざと知らされた。

  『ダグヴェルト公爵に助けられたオシキャット』という触れ込みがなければ、とうに捕食の対象だっただろうと、重々理解していた。

  可能であれば、ダグヴェルトの別宅で働きたい。

  それをグレイクに申告しようとして、ユウトはダグに腕を引かれた。

  「あ、あの、ちょっと!」

  「ユウちゃん、ヴァイオリン、弾きたいでしょ?」

  「それは、弾きたいけど」

  「そしたら、音楽室に連れてってあげる」

  「えぇっ?!俺、ヴァイオリンを弾いてもいーのか?!」

  「もちろん」

  ここに来たら、弾けなくなるかも知れないと思っていた。

  貴族でもない自分の演奏など、求められているとは思えなかったからだ。

  だが、それにはグレイクが悲鳴のような声を上げた。

  「ダグラス様!ユウトの仕事に関しては、この城を取り仕切る私にご一任下さいませ!」

  「やだよ。グレイクにユウちゃんを渡したら、会わせてくれなくなりそうだもん」

  「ダグラス様~!」

  グレイクの嘆き悲しむ声を背に、ダグはユウトの手を掴んで足を早めた。

  階段をぐるぐると上り、連れて行かれたそこには、数えるのも苦労しそうな程の数のヴァイオリンが並んでいた。

  公爵家にあるヴァイオリンならば、どれも国宝級の名器だろう。

  ダグはその中から1本でのヴァイオリンを取り、ユウトへと渡す。

  「これ、あげるから弾いてみて」

  「こ、こんな高い物をそうそう貰えるか!俺、公爵様から貰ったヴァイオリンがあるから!」

  「あぁ、あれは俺が初めて弾いた時のやつを譲っただけだから。まぁ、物は悪くないけど、これの方が今のユウちゃんには良いんじゃないかなぁ」

  「ちなみに俺の貰ったヴァイオリンは、どれだけの価値があるんだ?」

  「小さな家が買える位?かな」

  それならば、今手にしているそれを上回るこのヴァイオリンは、いくらするのか。

  この部屋にある全てのヴァイオリンが、皆、どれを取っても値打ちのあるものばかりなのだろう。

  ユウトはその場で目眩を起こし、失神しそうになった。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 3ー③]

  ダグが『ヴァイオリンはタダで贈られて来る物だから、使ってあげないと可哀想』とかいう何だか怪しい理由を聞かされて、ユウトは自らを無理矢理納得させ、ヴァイオリンを手にした。

  巫としては、値打ちがあると言われれば、触らずにはいられない。

  良いヴァイオリンは、それだけ力を発揮するからだ。

  当然、渡された弓も、さぞや良い物なのだろうと想像して、もう諦めて手に取る。

  そうして、ユウトは奏で始めた。

  ヴァイオリンから放たれる音が、はっきりとした粒になって、辺りに散開する。

  ユウトの音を聞いて、ほんの少しうつむきかけていた花が、ピンと背を伸ばし、白く凍るように雲っていた窓ガラスが、澄み渡るようにして外の景色を写し出す。

  春が訪れたように室内の温度が暖かくなって、他のヴァイオリン達も喜んでいるようだった。

  何よりも、たった1人の聴衆であるダグが、満面の笑みを浮かべていた。

  現公爵を喜ばせる事が出来たと分かって、ユウトも心が弾む。

  そして、今年の新年の宴でも公爵達によって披露されたという、超絶技巧の曲を披露した。

  それは、恐らくは限られた貴族にしか弾けないだろう難曲だ。

  それにはダグも目を剥いて驚いていた。

  ユウトが弾き終えてヴァイオリンを下ろすと、ダグが覆い被さるようにして抱き付いて来た。

  「ユウちゃん!上手なんだろうなとは思っていたけど、こんなに凄いとは思ってもみなかったよ!」

  「あ、ありがとう」

  そこは素直に嬉しい。

  この獣人は、性格に難があろうとも、今のラヴィールーザでは頂点のソリストだ。

  ユウトは礼を言った後、抱き付いているダグの胸をグイグイと押し戻し、何とか体を離した。

  「ちょっと、もう!暑苦しいよ!」

  「ユウちゃんなら、公爵達のアンサンブルにも入れるよ。余裕で」

  「恐ろしい事を言うな!鳥肌が立った!嬉しいけど!」

  「これなら安心だよ。これからはよろしくね」

  「はぁ?ま、まぁよろしく。……て、何が?」

  「これからの俺の演奏会には、付いて来てね」

  「うん?」

  「一緒に演奏しようね」

  「な、な、な、何だとぅ?!」

  確かに、ヴァイオリンで何か手伝えないかとは思っていた。

  だが、それはあくまでも公爵を支える楽団の1人としてであったり、公爵の楽器の世話をしたり、という範囲までだ。

  まさか、遠征に連れ回されるとまでは思ってもみなかった。

  それもユウトが望んでいたダグヴェルトではなく。

  後継ぎである、その息子に。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 4ー①]

  いつまでも離してくれそうになかったダグを引き剥がすようにして、ユウトは執事のグレイクが用意していた自室へ飛び込んだ。

  前もって荷物は送っておいたので、今回の手持ちはヴァイオリンだけだ。

  そうして与えられた部屋は、雇用人にしてはやたらと大きな部屋だった。

  先に届いていた荷物を開き、服などをクローゼットにしまっていると、グレイクが顔を覗かせる。

  一見すると神経質そうな見た目だが、先程ののダグとのくだりで、かなりの苦労人なのだろうとユウトも察していた。

  「こんなに立派な部屋を用意して下さって、ありがとうございます」

  「これはダグラス様のご意向ですよ。貴方はオメガでしょう。召し使い達の部屋に寝るのは危険過ぎる。それにヴァイオリンを弾くのであれば、防音設備のある部屋の方が良いでしょうから」

  「そうだったんですか。何だか気を使わせちゃったな」

  「それは仕方ないですよ。召し使いは皆、ベータですが、多少なりとも発情期には反応しますからね」

  ユウトが修学院にいた頃は、オメガかベータのメスと行動を共にしていた。

  それで、問題が起きた事もなかったし、ユウト自身も発情期には無感覚だったので、それでムラムラと何かをもよおしたという記憶もない。

  だが、ダグの体臭を嗅いだ時にはクラリときて、自分がオメガだった事を自覚した。

  オメガとしての発情期の感覚はなくても、公爵程のアルファともなれば、否が応でも反応してしまうのだと覚る。

  「ご迷惑をかけないように、努めます」

  「まぁ、ダグラス様は格別なるアルファですからね」

  「公爵様方は、皆さんあんなに凄いんですか」

  「それはもう、普通の獣人達とはオーラがまるで違いますよ。中でもダグラス様は特別ですが」

  「そんなにですか」

  「オメガでもないのにフェロモンを撒き散らしてるのかと思う程に、メスやオメガが寄って来ますよ。砂糖に群がる蟻の如く」

  グレイグは、頭を振りながら溜め息をつく。

  これは日常的に、ダグ本人だけでなく、ダグを狙う獣人達にも相当手を焼いているのだろうと思われた。

  「貴方の荷物は、随分と少ないように思いましたが」

  「修学院で過ごせば、こんなものですよ。外で買い物なんて出来ないし」

  「これからは嫌でも物だらけになりますよ。……想像がつきますけど」

  「え?それ、どういう意味ですか?」

  「また、ダグラス様が暴走しそうな予感がするのです~!そして、私の勘は外れた事がないのです~!」

  グレイクは顔を手で覆いながら、天に赦しを乞うようにして体を捩らせ、悶えていた。

  これは想像以上に、ダグからの仕打ちを受けている。

  ユウトも、そのあまりの痛わしさに、思わず「御愁傷様です」と、とんちんかんな慰めの言葉をかけてしまった。

  「あの……明日から俺はどうしたら良いんですかね?」

  「ダグラス様には何と言われましたか?」

  「演奏会で連奏させると」

  「それは必ず実行されるでしょう。ダグラス様は、必ず有言実行されますから」

  「……グレイクさんの心労もお察ししますよ……」

  「いやもう本当に!私は恐らくは早死にすると思います!それもこれも、主人の

  せいで!」

  「え?そこまで?」

  「あの頭の中がお花畑の獣人は、見た目は大天使のように見えて悪魔なのですよ!」

  グレイクは丸眼鏡を外して、目頭を押さえる。

  今までどれ程に、ダグの傍若無人さを耐え続けていたのか。

  あの神の如く美しいオスの振る舞いに、グレイクは精神を疲弊させていた。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 4ー②]

  「あの……ダグ…ラス様は……」

  「良いですよ。呼び捨てを認められているんでしょう?無理はしなくても」

  「良いんですか?」

  「どれだけ無理難題を言われようとも、この城ではダグラス様には、誰も逆らえません。何せ、伝説のホワイトライオンですから」

  「ですよね~」

  という事は、ユウトの仕事は召し使いでも、料理人でも庭師でもない、ダグの付き人、という事になる。

  だが、公爵ともなれば王立の楽団や、名だたるソリストとの共演も当然だろうし、お抱えの奏者がいてもおかしくはない。

  それを聞くと、グレイクは首を横に振った。

  「基本的にダグラス様は公爵様方とばかり演奏したがりますね。あれだけ脳内が一年中春の方でも、そこだけは拘られるようで。それ以外は、リズ様という同級生の巫の方とは、よく回られるようですが」

  「その方は、貴族の方ですよね?」

  「タイガーのアルファで、家柄の良い、お嬢様ですよ。王立学校でも、ヴァイオリンの成績はダグラス様の次に良かったらしいです。向こうはダグラス様に御執心だとは思いますけど。何せ当のあれがあれですから……」

  1獣人のメスには縛られたくはない、というところか。

  この執事も、さぞや公爵家の好色な性癖には苦労させられているのだろう。

  先代のダグヴェルトは多くのメスを囲い、現当主のダグはあちこちのメスという花に蝶の如く飛び回る。

  グレイクは、肺から全ての空気を吐き出すような、大層な溜め息をついた。

  「とにかく基本的にはライオンとは思えない程に温厚な方なので、付き合い辛い事はないと思いますが」

  「はぁ」

  「ダグラス様には、意思表示は『これでもか!これでもか!これでもか!』という位にはっきりしませんと、押し切られますので。くどいですが三回言いました」

  「それはさっき、体験してきました」

  「一応は、この城のしきたりをご説明致します」

  グレイクから聞かされたそれは、ユウトが思っていたよりも遥かに浮世離れした、公爵家ならではのものだった。

  ヴァイオリンの公爵家は、特にその血統に拘る。

  巫の力の強い、ホワイトライオンを絶やさない為に。

  先代まで白くはないライオンが三代続けて公爵を継いでいたので、ダグが生まれるまでは、血族の間では後継ぎ問題で紛糾していた。

  直径の公爵は、その血を絶やさない為に、妻を義理の兄姉弟妹のオメガから選ぶ。

  そして、山のように囲った妾や愛獣人達にも子供を生ませる。

  その妻から生まれたアルファを次代の公爵とし、また妾や愛獣人から生まれたオメガやメスをあてがうのだ。

  先代のダグヴェルトは、まさにハーレムのようにメスを囲って、ダグの妻となる獣人を産ませる為に交尾に勤しんだ。

  そう聞かされて、ユウトはそこで思考停止する。

  尊敬するダグヴェルトの退廃し、性欲にまみれた姿を想像すると、眉間しシワが寄る。

  それをどうにかして、ここでは仕方のない事だったのだと、己の忌避感をねじ曲げる。

  世間的には特異な事ではあるが、今までの公爵達もそうやって近親婚により、ホワイトライオンの血を絶やさないようにし続けてきたのだ。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 4ー③]

  「現在、ダグラス様にも結婚の約束をされた、義理の妹君であるローズ様がおられます」

  ローズは兄弟姉妹の中でも、たった1獣人のオメガだった。

  「ダグは結婚してないんですか?」

  「本来なら、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を卒業と同時にご成婚され、他の義理姉妹も傍に置かれる予定ではあったのですが、ダグラスがそれを拒まれまして。それどころか、妾や愛獣人も持とうとはされなくて」

  「はぁ……」

  「今まで自由に生きて来られた方なので、縛られるのが嫌なのではないかと」

  「自由に恋愛したい、って事ですか?」

  「はっきりお聞きしてはいないのですが」

  「それって、あちこちつまみ食いしたい、って事ですよね?」

  「そう言われますと、本当に節操のない方のようなのですが。まぁ、そんなとこでしょうか」

  誰が特定のメスやオメガには、固執しないのか、されたくないのか。

  特殊な慣習ではあったが、城を任されている執事としては、そんなダグの奔放さは手に余るだろう。

  特定の妾や愛人を囲われている方が、世話もしやすい。

  あちこちに種をばら蒔かれて、どこの誰だか分からないような獣人が『公爵家の跡取りです』などと現れ、それが偽りだった場合には、ホワイトライオンの血統も危ぶまれる。

  「大変ですね……」

  「ダグラス様がもう少し自覚して下さいと助かるのですが。何せ私の小言など、右から左なので」

  「まぁ、俺如きがどうこう出来るものでもないかも知れませんが、俺からもちょっと言ってみときます。何か、気に入られてるみたいなんで」

  「お願い致します」

  グレイクからは、ユウトにこの城に仕える者が着用する制服を渡された。

  城内は、絨毯やカーテンなど青で統一されていたが、制服もそれに合わせた青地に金と白のラインが入った、高貴なデザインだった。

  ユウトからすれば、自分の普段着よりもよほど正装に近い。

  「すみません。グレイクさん。俺から、これ……公爵様に渡して貰えますか?」

  ユウトは、右ポケットから手紙を差し出す。

  この城に来れば、直接今までの礼を言えるかと思っていたが、当のダグヴェルトは別宅に住んでいるので、慌てて手紙を書いたのだった。

  「貴方から届いた手紙は、毎回私が渡していましたよ。いつも大変喜ばれていました」

  「本当ですか?!そしたら、これからもグレイグさんに手紙を頼んでも良いですか?」

  「もちろん、どうぞ」

  いつか会える時が来るだろうか。

  命の恩人であるダグヴェルトに。

  はぐれオシキャットの、そしてオメガなどというややこしい存在であった自分を、ここまで育ててくれた獣人に。

  ユウトはそれを心の糧に、この城で頑張っていこうと心に決めた。

  いつの日か、恩獣人に会える事を信じて。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 5ー①]

  これからどうしたものかと、ユウトは腕組みしながらウンウンと唸っていた。

  食事をとるのにすら、召し使い達と食べれば良いのか、1獣人で食べれば良いのか分からない。

  ダグからは、遠征に連れていくと言われた。

  だが、ダグにはリズという公式なパートナーが既に存在しているので、ユウトを実際に連れ添って演奏会に出るのかは分からない。

  雇われた名目としては、召使いなのか、演奏家なのか。

  

  ユウトの立場としては、微妙なものになった。

  本心としては、先代のダグヴェルトに仕えたい。

  だがそのダグヴェルトが引退している今、この城の今の主はダグだ。

  その命に背く訳にはいかない。

  さて、自分は今後どう過ごすべきなのかと、ユウトは2本のヴァイオリンを前に苦悩していた。

  「お前らもその価値を聞いたら、何だか『ヴァイオリン様』って呼びたくなって来たわ」

  名工が制作した、超の付く貴重なヴァイオリンだと聞いた途端、いきなり分不相応な気がして気後れする。

  それでも前向きなユウトは、奮い起たせるように両頬を叩き、自らを鼓舞した。

  「まぁ、このヴァイオリンの分は、遠征のお手伝いで返すしかないって事だ。ここで召使いをやってたら、ダダ働きしたって一生返せないもんな」

  そう割り切ってしまえば、やってやろうという気にもなる。

  意気込んだところで、扉がノックする音がした。

  ユウトが扉を開くと、そこには儚げな美少女が立っていた。

  その丸い耳や穂先のような尻尾を見ればライオンであるのは一目瞭然だ。

  だが、ライオンにしては小柄でたおやかな印象であるのには、オメガなのだろうと察せられた。

  ダグと同じ蜂蜜色の金色の巻き毛に、青い瞳。

  言わずもがな、ダグの義理の妹であるローズだろう。

  その面影は、どことなく似てはいたが、アルファの頂点であるダグと比べ、圧倒的に威圧感や尊大さがなかった。

  「貴方が、お兄様がお呼びになったオメガのユウト、ですね?」

  「あ、はい。……えっと、ダグが呼んだのかは分かりませんけど」

  「お兄様に何と言われたの?」

  「ダグの演奏のサポートをと言われましたけど」

  「そう。妾として呼ばれた訳ではないのね。貴方、貴族でもないですものね」

  ローズはほっとして、息を吐いた。

  妾にとはどういう意味なのか。

  いくらユウトがオメガであろうとも、まさか公爵の仔を産む筈がない。

  仔に恵まれない末端の貴族であれば、庶民であっても多産系の獣人が妾として迎え入れられるかも知れない。

  だが由緒正しい公爵家に、まさか異端のオシキャットであるユウトが、妾になんぞ望まれる筈がない。

  そう言えば、グレイクが『ダグが妾や愛獣人を囲いたがらない』と言っていたのを思い出す。

  ユウトには、ダグがどういうつもりで恋獣人を作ろうとしないのか分からなかった。

  [newpage]

  [chapter:美しい音 5ー②]

  「貴方、オメガなのに働くの?」

  「天涯孤独の身ですし、どこかに嫁ぐ予定もないので、自分の生計位は何とかしないとならないんです」

  「そう。偉いのね」

  公爵の娘にしては、それ程に高慢な印象はない。

  使用人の部屋に訪れる程には、貴族としてのプライドがさほど高くはないのか、とも思う。

  だが、ローズには公爵の妻という地位への執着があった。

  それは、多くの兄妹姉妹の中から生まれた唯一のオメガであり、ダグの妻となるべくして選ばれた地位への固執だった。

  「ユウト。オメガで公爵家に雇われるという事は、こちらがリスクを負いながら雇っているという事を忘れないで」

  「それはもう、感謝しかありません」

  「貴方にはいくらそのつもりなはなくても、発情期を迎えてしてしまえば、お兄様は無理矢理に[[rb:発情 > ヒート]]させられてしまう。だから、ちゃんと薬は飲んでいてちょうだいね」

  「分かってます」

  「他の貴族なら、主のお手付きなんてそう気にはしないものかも知れないけど、ヴァイオリンの巫だけは血統が何よりも大切なの」

  それは、神獣であるホワイトライオンの血筋を残す為、なのだ。

  全ては、最強の巫であるホワイトライオンの血統を絶やさない為に、近親婚によってアルファを生ませ。

  妾や愛獣人を多く囲い、その中から次代のアルファの妻にとオメガを生ませる。

  その母達は老いれば、余生を送れるだけの充分な財産を受け取り、公爵家を離れる。

  そうやって、この稀少なる血が守られてきたのである。

  「次の公爵を産むのは私なの。お兄様がどんな妾や愛獣人を連れて来ようとも、私だけがホワイトライオンを産む母になるの」

  ユウトは、ローズを哀しいメスだと思った。

  幼い頃から、そうやって刷り込まれたローズは、盲執に囚われていた。

  ダグの妻になるという執念は、ローズの中の自由な感情を全て奪ってしまっていたかのように思えた。

  ダグは温厚なオスだったし、博愛主義かも知れないが、情に薄いようには見えなかった。

  もしかしたらローズは、ダグに愛されているかも知れないのに。

  結婚すれば、これから愛されるかも知れないのに。

  ダグがメスを囲いたがらないのは、ローズを本当に愛しているからとは思わないのか。

  妻となる獣人に、心労を与えたくはないという配慮なのではないか。

  公爵家の呪いが、ローズを盲目にし、呪縛している。

  そうは思っても初対面のローズに、それを伝えてやるほどの親切心はなかった。

  ユウトには、何の関係もない。

  只でさえ、こうやって雇い人の部屋に訪れる程に心悩ませているのに、オメガだとという爆弾を抱えている自分が、口出ししてもロクなことはない。

  この家の跡目問題は、雇われ人のユウトにとって、預り知らぬ事だと貫き通した方がいいと納得する。

  「ローズ様ならお生まれになる御仔が、健やかなるホワイトライオンでありますように、お祈りしています」

  ユウトのその気持ちに偽りはない。

  そうユウトが言って頭を下げると、ローズは花が咲いたように微笑んだ。

  [newpage]

  [chapter:第二章・清らかな音 1ー①]

  ユウトは、使用獣人達と一緒に食事を取った。

  とはいっても、その仕事によって彼等の食事の時間は疎らだったし、最初、オメガであるユウトは遠巻きにされた。

  だが努めて自分から話し掛け、好意的に接すると、すぐ様、仲良くなった。

  最低限のヴァイオリンの練習時間は取って、頼まれた仕事は庭仕事だろうが、掃除だろうが率先して勤しむ。

  その甲斐あって、ユウトは自然と中に溶け込んでいった。

  だがそれには、ダグが快く思わず。

  洗濯場でユウトがシーツを洗っていると、そこへ息を切って飛び込んで来た。

  それには、同じように洗濯していた獣人達が悲鳴を上げ、一斉に平伏した。

  「あ~!いた~!ユウちゃん!」

  「ちょっ……、あんたはこんなとこに来たらダメだろ!」

  「だって、ユウちゃん、どこに行ってもいないから!」

  「俺の担当部署は決まってないから、あちこち足りないとこにフォローしてんだよ。てか、あんたがいたら仕事になんないから、出てってくれ」

  「ちょっと、そんな冷たい言い方、酷いよ~」

  「申し訳ございませんが、仕事になりませんので、ご退出願います」

  「丁寧に言っても同じだよ~」

  「出てけ!」

  「ユウちゃ~ん」

  ユウトの公爵へのあんまりな物言いに、召し使い達もオロオロとする。

  ユウトに注意しようにも、ダグがその背後に張り付いていて、口出し出来ない。

  「ユウちゃんが洗濯するなら、俺も一緒に洗濯するよ」

  「馬鹿っ!この国で1番偉い奴に、洗濯なんかさせられるか」

  「だって、ユウちゃんがしてるから」

  「俺のは仕事なの。あんたのお遊びとは違うの」

  「お遊びなんかじゃないよ!俺だって真剣に洗濯する!言っとくけど、俺が真剣になったら、洗濯だって掃除だって、何獣人分の働きをしちゃうから!」

  ダグのあまりの熱意に、最終的には召し使い達が半泣きになり、公爵様に雑用をさせるなんぞ恐れ多いと、ユウトもろとも追い出された。

  それにはユウトが、尻尾を逆立ててブリブリと怒った。

  「ホラ!もう!あんたが押し掛けて来るから、俺まで追い出されちまっただろーが!」

  「一緒にしようって言っただけなのに」

  「もう少し、自分の立場を知れ!」

  「知ってるよ。俺はどうせ、しがないヴァイオリン弾きだもん」

  「しがなくない!とっても偉い、この国1番のヴァイオリン弾き!」

  「この国で1番だと思ってくれてるんだ~。いやぁ、嬉しいなぁ」

  ダグは、さっきまで駄々を捏ねていたのから一変、急に浮かれ出し、ユウトの手を掴んで歩き始めた。

  その穂先のような尻尾が、左右に小気味良く揺れている。

  どうして天下の公爵様と、廊下を歩くのに手を繋ぐのか。

  振り払おうとしてもがっちりと掴まれていて、それには思わずユウトも眉間にシワを寄せた。

  「おい。手を離せ」

  「やだ。離したら、ユウちゃん、また仕事に戻っちゃうから」

  「どこへ連れて行くつもりだ」

  「音楽室。ヴァイオリン、一緒に弾こう」

  ヴァイオリンと言われると、嫌だとは言えない。

  ユウトは繋がれた手を叩くようにして払いはしたが、文句を言わずに後を付いて行った。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 1ー②]

  この音楽室にある楽器は、どれも世界に1つしかない名器ばかりだが、ダグが持つと更に輝きが増す。

  ダグの持つヴァイオリンは一際、艶やかに煌めいていたが、その音色もまた、至高のものだった。

  硬質でありながらまろやかで、超光速の速さで弾いても、音の粒が1つ1つ輝いていて、室内の明るさや温度が上がるような気がする。

  恐らくは今、ダグは気を抜いて弾いているから、この程度で収まっているが、これが全集中して巫の力を注ごうものなら、この辺りに根付いている草木が一気に芽吹いてしまうだろう。

  たとえ、積雪が覆う大地であろうとも、その雪を掻き分けて。

  この音には、聞き覚えがあった。

  細胞の1つ1つが記憶している音だ。

  ユウトを救った、先代の公爵ダグヴェルトも同じ音を奏でていた。

  ホワイトライオンの血統が受け継ぐ、神の音色。

  それはダグがこうして目の前で奏でている音からは、巫のパワーが放出されていた。

  ユウトも釣られるようにして、ヴァイオリンを持つ。

  そうして今、音を合わせるのは新年の宴でも定番の曲である『春の喜び』だ。

  雪国であるラヴィールーザにも、春や夏が短い期間ながらある。

  それはまさに獣人達が待ち望んだ、作物の季節だった。

  その嬉しさに、ユウトの胸も高鳴る。

  この国、最高の演奏家と音を合わせる高揚感。

  至上のハーモニー。

  それはユウトの中にある、眠っていた何かを呼び起こさせる。

  オシキャットとしての野生や、オメガとしての甘い衝動が体内を渦巻くようにして込み上げて来ようとする。

  そうして何曲かを弾き終えて、2獣人がヴァイオリンを下ろした時には、どちらの頬も紅潮していた。

  室内に甘やかな薫りが漂う。

  ユウトはウットリと、溜め息のような密なる息を吐いた。

  「ユウちゃん。薬、切れたんじゃない?興奮したからかな?」

  「まだ効いてる時間内だと思うんだけど」

  「ちょっと良い匂いがして、マズいかな?悪いけど、薬を飲んで貰っても良い?」

  ダグから控え目ながらにお願いされ、ユウトは慌ててポケットに入れてある非常用の抑制剤を飲んだ。

  そしてダグから3歩程、離れる。

  ローズに言われていた事を思い出したからだ。

  ユウトが自己管理を怠れば、ダグには直結して影響を及ぼす。

  アルファは野性的で獰猛である分、どの種よりも自らの種を残そうとする本能が強く作用する。

  優秀なる仔を産ませる為に。

  そしてオメガは、そのアルファを誘うフェロモンを出す。

  それには、アルファがいくら自我を保とうとしても抗えない。

  ダグを巻き添えにするなと、ローズに釘を刺されていた。

  ユウトは、今までよりも短い間隔で、抑制剤を飲もうと心に決める。

  アルファが主であり、オメガがそこで働くという事はそういう事なのだ。

  それを改めて、自戒した。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 1ー③]

  まだ興奮冷めやらぬユウトは、薬の効き目が出る前に、ダグには礼を言って、そのまま部屋を去ろうとした。

  だがその帰り際には、召し使いとしての仕事は最小限に抑える事と、ヴァイオリンは自室ではなく、この音楽室を利用して、可能な限りダグと共に練習するのを約束させられた。

  確かに自室も防音されてはいたが、ここは演奏する為の部屋であり、また数々のヴァイオリンを触れられるという特別な部屋ではある。

  ユウトは、この城には3つしかない音楽室の鍵の1つを託された。

  それはここを自由に使える『権利』でもあった。

  ダグは優しい。

  こんな素性も知れぬ野良ネコに、破格の待遇をしてくれる。

  まるで古くからの友人のように。

  だが、親密にされればされる程、ダグとの距離の保ち方が分からなくなった。

  それに甘んじて良いのか、身分の差を弁えて距離を置いた方が良いのか。

  それを執事のグレッグに聞くと、ダグの命令は全て受け入れろと言われた。

  「ユウトは、公爵家が責任を持って保護し、育てた獣人です。貴方の才能は素晴らしいものですよ」

  「ありがとうございます」

  「恐らくはダグラス様も、貴方の才能を愛で、ちゃんとした成獣になったと確信された暁には、しかるべき家に嫁入りさせてやりたいと思っている筈です」

  「嫁入り、ですか」

  「オメガが自分だけで生きていくのには、この世界は厳し過ぎます。公爵家から出すに恥じない貴族の方へ、嫁がせるおつもりでしょう」

  「俺はそれまでに、ダグヴェルト様には会えませんか?」

  「ダグヴェルト様は、メスがお好きであられるので、貴方にはちょっと……」

  「いや!あの、そういう意味ではなくてですね」

  グレッグに、まるでダグヴェルトの愛人になりたいかのように伝わってしまった。

  ユウトは慌てて、自分の口で引き取ってくれた感謝がしたいからなのだと弁明した。

  「ダグヴェルト様は、ほとんど本宅には来られませんが、何かお伝えする事がありましたら、私の方からお伝えしますが」

  「もしも、あの……俺がこの城を出て行ったり、どこかへ嫁いだりしても、手紙を渡してくれますか?」

  「それはもう、ダグヴェルト様だろうが、ダグラス様だろうが、ちゃんと貴方のお渡ししたい方へ、確実に手渡しますよ」

  ダグはどうでも良いんですけどね、と言いかけて、ユウトは口をつぐんだ。

  まがりなりにも、ダグは現在の公爵ではある。

  ユウトはあの中身の軽さから、思わず軽んじてしまいそうになる己を叱咤する。

  現在、ラヴィールーザで最高の音を奏でる奏者だ。

  あの音を思い出すだけで、胸の奥が熱くなって、感じた事のない昂りを覚える。

  獣人が本能から欲する欲望。

  発情期に生殖本能が掻き立てられるように、自分も弾きたくて堪らなくなる魅惑の音だった。

  あの命の輝きに満ちた音を。

  たった1度で良い。

  あの才能を存分に発揮させ、自分が引き立ててやりたい。

  最高の音として、獣人達に届けたい。

  そうしてそれは、目下のユウトの目標となった。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 2ー①]

  『親愛なる公爵様』

  そう書きかけて、ユウトは筆を止める。

  手紙を書き始めた頃からこうして書き出してはいるが、よくよく考えてみれば現在の公爵はダグヴェルトではなく、息子のダグだ。

  だが、今になって『親愛なるダグヴェルト様』と書き変えては、息子へ譲位して随分と経つのに今更のような気がした。

  もう何度も返信を貰っているし、この敬称のままでも良いように思った。

  そうしていつものように、日常を書き連ねる。

  ここに来てからというもの、あっという間に3週間もの時間が過ぎた。

  グレイクを始めとする、ここの召し使い達は皆が優しくて、ユウトの事を気遣ってくれている。

  ダグは、過剰な程にユウトを大切にしてくれ、それは時に困る程でもある。

  今は長期休暇を取っているのか、春の豊穣祭まで仕事を入れていないという。

  ダグの妻となるローズを差し置いても、ユウトとの時間を取りたがるのには、どうしたものかと頭が痛い。

  ダグは、公爵としての仕事以外は必ず音楽室にいるので、ローズが毎日のようにその扉を叩く。

  散歩に付き合ってくれ、買い物に行きたい、ダンスの練習をする、などと、その理由も様々だ。

  ローズはオメガではあったので、外出に関しては付き合ってやっていた。

  すまなそうに去って行くダグに、「どうか気にせずに、楽しんで来て下さい」と言うと、ローズは殊更嬉しそうに笑顔を向けて来るが、ダグは哀れな程に耳を垂れ、尻尾もしゅんと萎れさせる。

  だが、それを繰り返すローズに、しまいにはあの温厚なるダグが考えられない厳しい言葉を口にした。

  「ローズ。毎日、毎日、いい加減にしろ。巫の練習を他の者が邪魔をするのは、いかなる理由であっても許されない」

  「でも、お兄様。私、どうしても今日は新しいローブデコルテが欲しいんです。豊穣祭には間に合わせたいの」

  「それなら、お針子を城に呼んだらいい。今から頼めば、まだ豊穣祭には間に合うよ」

  「アントンのドレスは、いつも予約で一杯なんです!今は彼のドレスでなきゃ、流行遅れになってしまうの。それは公爵夫人として恥ずかしい事でしょう?」

  「俺は、お前と結婚してはいない」

  あの朗らかなダグとは思えない、冷たい口調だった。

  百獣の王ライオンが、静かなる唸り声を地に響かせる。

  部屋の奥で聞いていたユウトですら、ゾッとした。

  「ユウトとの練習は遊びじゃないんだ。もうここを閉めるぞ」

  「お兄様!それならばせめて、練習するお姿を見させて下さい!大人しくしていますから!」

  「何度も言わせるな。遊びじゃないと言っているだろう。ユウトにとって初めての豊穣祭に合わせて練習をしているんだ。『余所者』がいたら気が散る」

  そのダグの怒りように、ローズも涙して謝罪した。

  扉の取っ手にしがみ付き、離そうとはしなかった。

  「私は貴方の妻になるメスなんです!私よりも大切にされるオメガを見ると、胸を引き裂かれるように辛いの!お願いですから、私を愛して!お兄様!」

  ローズの必死な姿にもダグはそれを一蹴し、それ以降、音楽室へは近寄らせなかった。

  この部屋は音を奏でる者以外、立ち入らせはしないと言って、それを貫いた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 2ー②]

  その時の光景を思い返して、ユウトも大きな溜め息をつく。

  「あれだけヘラヘラしたスケベライオンが、あそこまで厳しくするとは思わなかったなぁ。まぁ、初めて公爵らしい姿を見た気はするけど」

  ついうっかりと、ダグヴェルトへの手紙にそんないざこざまで書き連ねてしまい、ユウトは手紙を慌てて丸めてゴミ箱へ捨てた。

  だが、ローズへは申し訳なく思いつつも、そんなダグのヴァイオリンへの熱意は嬉しく思えた。

  獣人達へ尽くす巫としての心構えや、公爵としての威厳。

  そして、ユウトへの思いやりと。

  これだけの音を出すオスに、奏者として大切にされる優越感は、巫としては最高の喜びだった。

  だが、それはローズを愛するのとはまた別のものだ。

  この城で、特別なる存在と言えるダグとローズの部屋は、決められた者による清掃が入る以外は、出入りが禁じられている。

  それは、まだ式は挙げてはいなくても、定められた夫婦の営みを邪魔してはならない、という掟でもあった。

  『公爵の血を残す』という異常な程の血統への拘りは、血族のいないユウトにとってみれば、窮屈な程に痛わしく思えた。

  夜は発情期に関わらず、ダグとローズが交尾をする。

  ライオンのアルファであるダグが、性欲を溜め込み過ぎれば獣化してしまう。

  獣化は神聖なる姿ではあったが、演奏をする機会の多い巫としては、煩わしくもある。

  適度なる発散は、高位の獣人として常識的な事だった。

  だから妾も愛獣人もいないダグは、ローズとだけセックスをする。

  それを思うと、ユウトの胸が何故かチクリと痛んだ。

  その痛みはなんなのか、この時のユウトには、理由が分からなかった。

  「ユウちゃ~ん!今日は、お出かけしよう!服を買いに行こう~」

  あれだけ、ローズとの買い物を突っぱねたダグが、嬉しそうに穂先の尻尾をクルクルと回しながら寄って来た。

  あの時の態度とは、雲泥の差だった。

  「服なら、この間、あつらえただろ!あんな高そうな服を!特注とか!あんたのはまだしも、俺なんかどうでもいいのに!」

  「そういう訳にはいかないよ。ユウちゃんは豊穣祭で俺と一緒に弾くんでしょ?お揃いの服を作らないと」

  「そりゃそうだけど……。でも、もうこれでいいし」

  「行き帰りの服とか、パーティーの服とかもいるよ。豊穣祭の後は絶対に貴族や地元の地主達も集まるから」

  「俺も出なきゃなのか」

  「もちろん。あ、でも大丈夫だからね。俺がちゃんとエスコートするし」

  ダグの隣に立つのであれば、ユウトの着晒しのクタクタになった服で出る訳にはいかない。

  まさか卒業した身で[[rb:修学院 > アクワイア]]の制服を着る訳にもいかないしと、ついには諦めて、豪華な馬車へと連れ込まれた。

  「ちょっと……。どこの舞踏会に行くつもりだよ。何なのこの馬車!ギラギラのピカピカなんだけど!」

  「普通に俺の馬車だけど?」

  「もっと慎ましいのがあっただろ!普通のやつが!」

  「嫌なら馬でも良かったけど、ユウちゃんは馬に乗れないでしょう?」

  明日から乗馬の練習をしようと、ユウトは固く決意する。

  その馬車が通る度に、獣人達は腰を90度以上曲げてお辞儀をする。

  確かにダグの馬車なのは、周知の事実のようだったが、ユウト自身は居たたまれなかった。

  何なら走って追っかけるからと言って、今すぐに降りたい。

  そうして何だかんだと揉めながら着いたその店は、ローズの言っていた流行最先端の店だった。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 2ー③]

  中央のヴァルハラでも、最も人通りの多い本通りにあるその店は、どの店よりも多く幅を利かせた店だった。

  最新の服が展示されている店舗と、顧客用の採寸だけの店舗と、裏通りにはお針子達が仕上げる工場とに分かれている。

  ユウトは店の扉の前で、足を止めた。

  「このアントンの店、って、ローズ様が言ってらした、凄い流行ってる店だよな」

  「らしいね」

  「予約が一杯だって」

  「俺を差し置いて優先する予約なんてあるの?」

  その不遜さは、流石に傲慢なるライオンのものだった。

  ダグの言う通り、店内の客は全て引き下がり、そのまま最奥の特別室へと案内された。

  デザイナーのアントンは、ドレスだけではなく、フロックコートやテールコートもデザインする。

  それ以外の装飾品や小物にも、お抱えのデザイナーがいて、流行の最先端を着こなしたい貴族達の羨望の的だった。

  「これはこれはダグラス様。お久しぶりでございます」

  「お前の店は大層繁盛しているようだから、来て貰うのも申し訳ないと思って直接来たんだけどね」

  「ダグラス様のお呼びとあらば、即座に参上つか奉りましたものを」

  チーターの獣人だろうアントンは、ユウトと変わらない程の肉付きのオスだったが、チーターしては温厚そうな獣人だった。

  「で、今日はどのような服をお求めですか?」

  「彼の服をね。普段使いのスーツと、正装はフロックとテールで黒、白、青い[[rb:天鵞絨 > ビロード]]のも欲しいかな。それをデザイン違いで3着ずつ。あと乗馬服は、黒とグリーンとダークブラウンで。それから……」

  「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁーーーー!!!」

  「え?ドレスも欲しい?」

  「ドレスなんかいらねぇわ!じゃなくて、何着買うつもりだよ!」

  「えーっと俺とお揃いの服と……昼用と夜用も入れて、30着、位かな?」

  「何でそんなにいるんだ~?!」

  「だって、俺の隣にいてくれるんでしょう?」

  ダグが顔を傾けながら、乞うようにユウトを見つめて来た。

  まるで「キュウン」と仔犬が鳴いているような声が聞こえたような気がした。

  その尻尾は、愛らしくプルプルと振られている。

  何故か、ユウトの胸がキュンとなる。

  落ち着け。

  これは仔犬じゃない。

  獰猛な猛獣なんだ。

  ユウト、お前なんか一噛みでペロリだぞと、己を戒める。

  そういえば、執事のグレイグもこれからどんどん服が増えていくだろうと、予言めいた事を言っていた。

  グレイクの予想は、絶対に外さないらしい。

  そうして結局は、この懐っこいライオンの暴走を止められなかった。

  グレイグに言われた通りに、何度も何度もいらないと言ったが、ダグはどこ吹く風で、帽子や小物まで買ってしまった。

  そして気が付けば、山のような注文となり、ユウトの為にあつらえた服は、完成次第、城に送られる事となった。

  ユウトは、これでは予約もへったくれもないじゃないかとダグを咎めた後、他の客や店員達にダグからも詫びさせた。

  それを見た店主のアントンは、「天下の公爵様を顎で使うとは」と、羨望の眼差しをユウトへ向けていた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 3ー①]

  その獣人の訪れは、突然だった。

  公爵家を訪れた時は、まるで少年のような出で立ちだった。

  メスには珍しく、男物の軍服を模した正装をし、その白い装束にリズの長い黒髪は映えていて、美しかった。

  目尻のつり上がった大きな黒目がちな瞳は、勝ち気な性格を如実に表している。

  化粧をせずとも、そのはっきりした顔立ちは獣人目を引く。

  ともすれば、美しい少年にも見えるスレンダーな体型はコケティッシュで、個性的だった。

  タイガーのアルファであるリズは、伯爵令嬢であり、その気高さとヴァイオリンの腕前故に『至高の奏者』として名を馳せていた。

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を卒業した中でも、超絶なるテクニックを持ち、ヴァイオリンだけの演奏の際には、ダグのパートナーとして演奏会を回る。

  それは、ダグのテクニックに合わせられる程の弾き手が、そうそういなかったのにもあった。

  「久しぶりだな、ダグ」

  「いつもは来る前に、連絡をしてくれる筈だよね」

  「お前の家の方から、急に呼ばれたんだぞ。まぁ、どうせ豊穣祭の準備が必要だったから良かったが」

  「今年はリズと演らないって、エディに伝えてあるけど?」

  「僕と組むのは、例年通りだろう?」

  公爵とデュエットを組むのは、自分だけだという確固たる自信。

  リズが、ダグの言葉を聞き入れない程に強気なのには意味があった。

  「僕は、貴方の父君であるダグヴェルト様から、お声かけされたんだ」

  「どうして父上が、俺のパートナーに口出しするんだ。引退してまで」

  「パートナーもだが、貴方の妾になってくれとも言われた。家柄も年齢も素質も申し分ないと申されてな」

  一向に妾も愛獣人も持とうとしないダグにダグヴェルトが業を煮やし、無理矢理にあてがって来たのがリズだった。

  勝手知ったる相手だから良いだろうとでも思ったか、何の知らせもなく。

  「どういう事だ?本来なら父上には、もうそんな権限が……」

  ダグが言いかけると、グレイクがその袖を掴んだ。

  それを皆まで言わさないというように。

  「トーリー、リズ様を客間へお通しして。ルイーズはお荷物をお運びして」

  グレイクは、召し使い達に命じてリズを奥へと向かわせた。

  それにはダグが肩眉を上げた。

  「グレイク。何の茶番だ、これは」

  「リズ様のご実家とは、友好な関係を結んでおります。特に、抑制剤を製造する工場ではこのラヴィールーザの市場の9割を占めています」

  「それとこれと話は別だ。俺は公爵だよ。自分の相手は自分で決める」

  「ご寵愛を注ぐ方を咎めるつもりはございません。ですが、公爵家には公爵家のしきたりがございます。私は執事として、ホワイトライオンを血を絶やすような事は出来ません」

  「父上がどんなメスやオメガを連れてこようが、父上の言いなりになるつもりはないけど?」

  「ダグヴェルト様の連れて来られたご令嬢如きで揺らがれますか?貴方様の志は、その程度なのですか?真のホワイトライオンであられるなら、お父上を上回らなければ許されませんよ。そんなにすぐに、今までの慣例を変える事は出来ません。古いしきたりのある家というのは、そういうものです」

  ダグは、冷たい目でグレイクを見下ろしていた。

  それは、いつもの温厚なる穏やかなものではなく。

  氷ように冷めた、冷酷なる瞳であった。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 3ー②]

  リズに用意された部屋は、もう何度となく泊まった事のある、この城では一番の客間だった。

  この部屋を使うのは、リズだけなのだという特別なる扱いが、その自尊心を満たす。

  リズは、最高のヴァイオリン奏者の巫として、幼少の頃から周りに敬われて育った。

  幼い頃の自分は、公爵を越えるテクニックを持っていると自負していた。

  メスとして生まれながら、兄達に負けるものかと自らオスのように振る舞い、軽んじられまいようにと口調もオスのようになった。

  そうして[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]に入学してみると、常に自分より上を行くヴァイオリンの巫がいた。

  神の化身であるホワイトライオンの巫であり、次代の公爵であるダグ。

  それは、圧倒的なるカリスマ性を持ったオスだった。

  最初は腹立たしかった。

  何故、あんなにもヘラヘラとした奴が自分よりも上にいるのかと、腸が煮えくり返った。

  天分の才能の上に努力もしている自分が、いつも多くのメスを侍らせ、勉強もせずに放蕩三昧な方なオスなんぞに負ける筈はないと、ことあるごとに牙を剥いた。

  だが、結局は学生生活の間、勉強でもヴァイオリンでも1度も勝てなかった。

  それどころか、新年の宴での次代を担う公爵達の演奏に魅入ってしまう。

  最終学年になる頃には、もうダグの虜になっていた。

  あの巫と並びたい。

  自分が、公爵としてのダグとパートナーであり続けたい。

  常に周りにいる、遊び相手の派手なメス共とは違う。

  真にダグの伴侶でありたいと、思うようになった。

  ヴァイオリンのデュエットでは、率先してダグに付き、各地を回る。

  ダグが弾きやすいようにと、サポートに徹した。

  そんな時、先代の公爵であるダグヴェルトから、ダグの妾になって欲しいという打診があり、リズはその話に飛び付いた。

  外からのメスは、公爵家では妻になれないという。

  ならば、ダグを公私共に支え、その妻を越える妾になってみせる。

  リズが本妻を越えるのは、誰よりも先にホワイトライオンを産む必要がある。

  外雌からアルファのホワイトライオンが生まれた事例は少ないが、全くない訳ではない。

  何代か前には、本妻にアルファのライオンが生まれず、妾の生んだホワイトライオンが当主になった事もあった。

  この公爵家で、リズは頂点を獲ってやるのだと決意する。

  演奏のパートナーとしての地位。

  ダグにとっての一番のメス。

  公爵家のメスの中で、最も力を持つメス。

  その全て得る事が出来るのは、自分だけなのだと悦に入る。

  幸い、ダグと本妻になるだろうローズとの婚姻は、まだ結ばれてはいない。

  ダグヴェルトという強力な後ろ楯を得て、リズは舞い上がっていた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 3ー③]

  リズは、気弱そうな茶トラの侍女だけを残し、荷解きや、茶菓子を用意させたりと顎で使ってやった。

  そうしてあくせくと働かせながら、手を止めるなと命じつつ、召し使いに話しかけた。

  「ダグとローズ様の結婚式は決まったのか?」

  「いえ、まだ……。ダグラス様が、結婚式となると良いお顔をなさらないようで」

  「ダグは、ローズ様を気に入ってはいない訳だ。それは好都合だな」

  リズは寛ぐ為にロングブーツを脱いで、長椅子に足を投げ出した。

  そのままテーブルにあるケーキスタンドから、タルトを取って口に運ぶ。

  「やっと僕はここに辿り付いた。メスとしても、巫としても、ダグの妾……いや、妻になれば、それこそ僕は獣人の頂点だ」

  ひょっとしたら、新年の宴にはダグのパートナーとして、公爵達や、下々の者達にも紹介されるかも知れない。

  だとすれば、次の宴には最高の演奏をしなければならない。

  「最も華やかな曲で、難易度の高い、ダグと僕にしか弾けないような曲でなければ……。既存の曲も良いが、僕達の為だけに、新しく作るのも良いかも知れないな」

  「でも、ダグラス様のお相手は、もうお相手が決まっておられるかと……」

  侍女がポロリと洩らした言葉を、リズは聞き逃さなかった。

  裸足のまま侍女へと近付き、その髪の毛を引き千切るようにして持ち上げ、悲鳴を上げさせた。

  「今のはどういう事だ?ダグにヴァイオリンのパートナーがいるっていうの?この僕を差し置いて」

  「痛いっ、痛いです!ど、どうかお許しをっ……」

  「ちゃんと言わないと、この髪の毛をむしり取るよ!」

  侍女は、[[rb:修学院 > アクワイア]]を卒業したオシキャットが、ダグのパートナーに選ばれたと言う。

  何の爵位も持たないどころか、孤児でオメガのオシキャットが。

  「僕より先に迎えられた妾だっていうの?それも巫の力があって、ヴァイオリンも弾けるなんて、野良なのにあり得ない!」

  ダグ本人が、練習相手にもさせているらしいと聞いて、リズは侍女の頭を床に叩き付けた。

  手が離れたのを機に、侍女は恐怖に駆られ、額から血を流しながら部屋を飛び出して行った。

  リズはテーブルに乗っているティーセットを、払い除けるようにして床へと散乱させた。

  そしてローテーブルまでも蹴り上げ、ひっくり返す。

  それでもリズの怒りは収まらなかった。

  「僕を差し置いて選んだ相手が、野良ネコだなんて許さない。許さないよ!ダグ!」

  リズは憤怒のあまり、牙を剥き出し、獣化しかけている。

  その喉は、威嚇するようにグルグルと唸り声を上げていた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 4ー①]

  ユウトは、ネコの召し使い達8獣人で、長い外階段の雪かきをしていた。

  初めて来た時は、こんなに大きな階段をどう除雪するのかと思ったものだが、これがやりだすと案外楽しくて、止まらなくなった。

  上から、段の端から端までをT字形のレーキを押し当てながら走り、階段横に捨てる。

  上の段のネコが通り過ぎたら、下のネコが走る。

  それには爽快な程に雪が除けるので、毎日でもやっていたいと思う程だ。

  成る程、身軽なネコ達が任された仕事だけあって、皆が楽しげに働いていた。

  そこへ、同じネコ科でも異質な存在が現れた。

  細身だが、確実に猛獣だろう獣人のアルファの姿に、ネコ達は固まった。

  「この中にいる、ユウトって誰?」

  そう聞かれて、ユウトは名乗り出るかを悩んだ。

  明らかな敵意を感じたからだ。

  「この僕を差し置いて、ダグのパートナーなんかになろうっていう、おこがましい野良ネコはどこだよ!この中の誰かなのは分かってるんだからね!」

  その攻撃的な言い様に、ユウトはそれがリズだと察する。

  爵位があり、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を公爵と並ぶ成績だったのであれば高飛車にもなるか、と無視をした。

  だが、誰からの反応もないのに腹立てたリズは、近くにいたネコの肩を蹴り上げ、階段から突き落とした。

  「出て来ないなら、1獣人ずつ、ここから落として行くからね!いいんだね!」

  リズが2獣人目に手を掛けようとして、ユウトは手を上げた。

  「やめろよ。その獣人達は関係ないだろ」

  「お前が、ユウトか」

  「そうですけど?」

  「どうしてダグのパートナーに選ばれながら、こんな下男のような仕事をしている。馬鹿か、お前」

  「俺は何かしてないといられないタチなんです。あんたには関係ないし、暇な時間に、好きな事をしたって構わないでしょうが。てか、俺がダグのパートナーだって認めてくれたって事ですか。ありがとうございます」

  「違うし!誰がお前なんかっ!」

  「とにかく仕事の邪魔だから、やめてくれます?あんたも手伝うってんなら、いてもいーけど」

  「おのれ、オシキャット風情が、僕に偉そうな口を聞くな!ダグのパートナーは僕だ!お前のような野良などが……」

  拳を振り上げながら、リズはユウトへと近付こうとするが、不意に足を止める。

  背後に、大きな獣人が立っていた。

  ダグがリズの腕を掴み、引き留めていた。

  その表情は無表情ではあったが、尻尾が威嚇するようにして逆毛立っていた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 4ー②]

  「リズ。どうしてユウちゃんを苛めてるのかな」

  「い、苛めてなんかない!僕はこいつに現実を教えてやろうと……」

  「でも、この手はユウちゃんを殴ろうとしてただろ」

  「だって!だって、ダグのパートナーは僕だろう?!ダグヴェルト様からも、エディからも言われたんだ!公私共にダグを支えるのは僕なのに、こいつが……」

  「父上がどういうつもりだったかは分かったけど、ヴァルハラからの命令ではないだろう?エディがそんな事を言う筈がない」

  「本当だよ!ダグがフラフラして、誰も娶ろうとしないから、心配してるって」

  エディは、ダグと同じく王立学校を卒業した、打楽の巫であり、公爵でもあった。

  今は一番統率力のあるエディが、ラヴィールーザの中枢で、この国をまとめている。

  国の均衡を保つ為に、五大公爵の血統が絶えてはならないのは確かではあるし、ダグが身を固めて欲しいと言ったのは本当なのかも知れないが、それでもあり得ない。

  エディ自身が政略結婚や、愛情のない結婚を、誰よりも望まないオスだったからだ。

  「ちょっと話が食い違っているみたいだね、リズ。とにかく城の中に入って」

  「ダグのヴァイオリンと合わせられるのは、僕だけだった筈だよ?なのに、どうして急にこんな野良を付けようとするの?ねぇ、何でさ!」

  リズが追い立てるようにして、ダグへと食い下がる。

  その足元は、室内用のミュールだったので、雪に足を取られ、見事に足を滑らせた。

  ダグはその瞬間、リズの腰に手を回し、そのまま軽々と抱き上げた。

  まるで姫君を助けに来た騎士のようなダグの所作に、リズは顔を紅潮させる。

  リズの青いミュールだけが、宙を舞って階段を転がり落ちた。

  「そんな靴で外に出るなんて、馬鹿だな」

  「ダグ……」

  「ユウちゃんは、俺の生徒でもある。だから口出ししないでくれ」

  「まだヴァイオリンを教えてなきゃならない程に下手なのに、パートナーにするのか!そんな奴をどうして選ぶんだよ!」

  「リズには関係ない」

  「関係あるよ!これからも新年の宴でのデュエットも、アンサンブルも君の隣は僕なんだからな!」

  「ちょっと黙っててよ、リズ」

  「嫌だっ!ダグのパートナーは僕なんだからっ!」

  リズはダグの首に、その細い腕を回し。

  かぶり付くようにしてキスをした。

  「ダグ、君に相応しいのは僕だよ。分かってるだろ?」

  細身の少年のようなリズの体が、急に艶かしくダグを誘うメスに変化した。

  下から見上げるように、ユウトは呆然とそれを見ていた。

  ダグが城の中へ運ぶ間、何度となく交わされるキス。

  合間に甘い声でダグの名を呼び、オスの性を駆り立てようとするリズ。

  ダグの表情は見えなかったが、それを別段、咎めるでもないようだった。

  ユウトの胸が、チクリと針を刺したように痛む。

  それはやがて、キリキリと締め付けるように、強く痛みだした。

  だが、その痛みの理由をユウト自身、知る術もない。

  あらゆる知識を、驚異な程の短時間で吸収したユウトだったが、情操面ではまだ仔供だった。

  獣人として生活をするようになって3年しか経たなかったが為に、その感情がまだ理解出来ないでいた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 5ー①]

  ユウトは、音楽室でヴァイオリンを奏でていた。

  ここは唯一、安心出来る場所だった。

  この部屋の鍵は、ユウトとダグと恐らくはダグヴェルトしか持っていないだろうし、掃除ですら許可なくはされない部屋だ。

  価値のあるヴァイオリンが並べられているのもあるが、何よりも『巫の部屋』であるという神聖性が召し使い達にも浸透していた。

  いつもはヴァイオリンを持つと演奏に集中出来るユウトだったが、今は何故か気もそぞろだった。

  ほの暗い感情が、ユウトの中にある。

  リズに対するこの忌避感は何なのか。

  それがローズには感じないのは何故か。

  今まで、[[rb:修学院 > アクワイア]]の級友にも感じなかった言葉にし難い感情。

  率直に『嫌だ』と思った。

  それは、ダグのヴァイオリンのパートナーの座を奪われるのが嫌だったのか。

  リズの方がテクニックが勝るのかも知れないという焦りか。

  好きか嫌いか、という判断をすぐに下してしまう直情型のユウトは、すぐに嫌悪を感じた。

  リズは、召し使いを物のように見下す高慢さや、獣人とも思わない冷酷さは貴族特有の物ではあったが、巫としては下の下だ。

  獣人に力を尽くしてこその巫である。

  天から授かった才能の恩恵を、周りの者達へ返してこそ、力を与えられた意味がある。

  「何なんだよ、あのメス。マジでもムカつくんだけど。ダグもよくあんなのと組んでられんな」

  ユウトは一旦、ヴァイオリンを置いた。

  こんな感情のまま弾いても、練習にはならない。

  今日は弾くのを諦めて、ヴァイオリンをケースにしまっていると、派手なノック音が響いた。

  この防音の部屋で聞こえる位だから、何か物を叩き付けるようにしてノックしている恐れがある。

  このままでは扉に傷を付けてしまうと、慌てて開いた先には、さっきまでユウトを悩ませていたリズが立っていた。

  「ちょっと!何でお前がこの部屋にいるんだよ!ここは、公爵しか入れない部屋なんだぞ!」

  「みたいですね」

  「鍵を盗んだのか!この野良ネコが!やっぱり育ちが悪いと手癖も悪いんだな!」

  「ところで、どうして俺がここにいるのが分かったんですか?ヴァイオリンの音は、聞こえてなかった筈ですよね」

  あり得るならば、ユウトがこの部屋に入るのを見ていたからとしか考えられない。

  そう遠回しに指摘され、リズは羞恥で顔を真っ赤に染めた。

  「ど、どうだって良いだろう!お前こそ、部屋に入るのを見られたんだぞ!この部屋に入ったと分かれば、ダグからどれだけ怒られるか……」

  「そのダグに貰ったんですけど。ここの鍵」

  「な、何だと?!」

  「だから、ダグから貰ったんです。ここを自由に使って良いって」

  「でたらめを言うなっ!そんな筈があるかっ!僕ですら、ここの中には……」

  「そうですね。部外者は入れたらいけないんでした。すみません」

  ユウトは部屋から出て、ポケットから鍵を取り出し、音楽室の扉に鍵を掛けた。

  あからさまに『部外者』だと名指しされたリズは、激怒し、眼を剥いた。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 5ー②]

  「ぼ、僕はダグのパートナーで、この公爵家に嫁いで来た身だぞ!謂わば、この城では最も権力を持つ獣人なんだ!」

  「それなら堂々とダグから、ここの鍵を貰えば良いじゃないですか。それに公爵家に嫁いで来たっていっても、結婚式もしてないし、御披露目もされてないんですよね?それってまだ、認められてないって事ですよね。そもそも妾が結婚式って挙げて貰えるんですかね?」

  「こ、このっ、野良のくせにっ!」

  リズの鼻がフーッと威嚇するように鳴る。

  ユウトはつい、持ち前の気の強さで喧嘩腰に言ってしまったが、よくよく考えれば相手は貴族のアルファだった。

  しかも、タイガーの獣人だ。

  もしもこのまま興奮のあまりにリズが獣化してしまえば、獣化出来ないユウトは一噛みで喉笛を食い千切られるだろう。

  ユウトが逆毛を立てて身構えた時、その視界が遮られた。

  ユウトとリズの間に、跪き、頭を垂れていたのは、執事のグレイクだった。

  「リズ様。大変にご立腹なのは重々承知しております。ですが、ここは公爵家でございます」

  「だけど、僕はその公爵の……」

  「まだ、そうと決まった訳ではございません。ダグヴェルト様からのご連絡はございましたが、当のダグラス様がお認めにならないのであれば、それはまだ本決まりではございません」

  「ダグとは、僕が一番合ってるんだから!ダグのテクニックに追い付けるのは、僕しかいない!」

  「それならば何の問題もなく、ダグラス様に次回の遠征も呼ばれることでしょう。それに何のご心配がおありですか?」

  リズは、そう言われてグッと飲み込む。

  騒げば騒ぐ程、滑稽になるとやんわり言われた。

  巫の力を持つ伯爵令嬢としてのプライドが、これ以上の暴挙を押し留めさせる。

  リズは口惜しげに舌打ちしてから踵を返し、その場を去って行った。

  ユウトは、安堵の溜め息をついた。

  「グレイクさん。すみません。やらかしちゃうとこでした」

  「貴方はまだ、獣人というものを学んではおられません。この世界の事もね」

  「口が悪いとは、学校でもよく怒られてました。修学院にはほとんどアルファがいないので、甘くみてました」

  貴族やこの世界に貢献する技術を習得する為の修学院に在学するのは、そのほとんどがベータだ。

  教師には稀にアルファの獣人もいたが、ユウトがアルファに対して恐怖を覚えないのには、外の世界を知らない、井の中の蛙だったのにもある。

  「私から、ユウトをダグラス様付きの側近にするように申し入れましょうか?そうすれば、リズ様からは守られるでしょうが」

  「良いんですか?」

  「ですが、そうなるとローズ様との接触が増えますけど。それもどうですかねぇ。ダグラス様は、ユウトを出来るだけ自由にさせてやれと言っておられたので」

  「ダグが?」

  「オシキャットは獣人に懐っこく、自由な性質です。ましてや、まだ狭い世界しか知らないユウトを縛り付けてはならないと。本来なら貴族の所へ嫁入りさせる為に、それなりの作法も学んだ方が良いとは思うのですが。貴方が召し使いのような事をしたりするのも、怒られはしないでしょう?」

  「自分も一緒に洗濯するとか言いやがりました」

  「困った方ですよね、本当に」

  ダグの近くにいて、ローズからの監視の目を向けられるのも気疲れしそうだったし、このまま事あるごとに、リズからちょっかいをかけられるのも困りものだった。

  いっそダグが身を固めてくれさえすれば、ユウトも多少は気楽にはなるかも知れないが、オメガという性質上、煙たい立場であるのにはかわりない。

  [newpage]

  [chapter:清らかな音 5ー③]

  「俺、ここでは邪魔者ですよね」

  「そんな事はありませんよ」

  「何とかヴァイオリンの腕で、お返ししたいと思ってましたけど、俺がここにいない方がみんな平穏に暮らせるんじゃないかなぁ。たとえば、外から演奏の時だけ通うとかどうですか?」

  「それはダグラス様がお許しにならないと思いますよ」

  確かにダグはリズを退けてまで、ユウトの腕を買ってくれてはいる。

  それに応えたい気持ちはあるが、たかが野良ネコ如きがおこがましいのではないかと気後れもする。

  「せめて、音楽室の鍵をリズ様にお渡ししたら、向こうは気が済むんじゃないでしょうか?」

  「それは駄目ですよ。この城の全ての権限は、ダグラス様にあります。あれだけの名器を揃えた部屋に、たとえ貴族の巫であろうとも勝手に立ち入らせる訳にはいきません」

  「そうですか」

  「もう少し、待って差し上げて下さいませんか。ダグラス様は今、領地や生産地の権限の問題でお忙しくなさっておられます。それが片付けば、ユウトの心労も減りますよ」

  「心労って程でもないですけどね。俺って、わりと図太いんで」

  「だからこそ、ダグラス様は貴方を守りたくなるんですよ」

  貴族のアルファに楯突くなんて、何と命知らずな事か。

  世間知らずいう意味では、ユウトはまさに野良だった。

  ダグは、それを分かってユウトを引き取ったのか。

  父親のダグヴェルトから命ぜられて。

  当初はそうだったとしても、ダグはユウトに出会った時から優しかった。

  いつも見えないところに、ダグの心遣いを感じる。

  だが、せめて音楽室にはもう来ない方が良い。

  ここを使うという事は、リズの神経を逆撫でする。

  身分差を弁えろ、と自分を叱咤する。

  ユウトは、ダグの為にもこの城で揉めるような事はしたくはないと思っていた。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 1ー①]

  ダグは、公爵になって初めて長期休暇を取っていた。

  ダグはとにかく、今は地盤固めに奔走した。

  自らの『目的』を達成するには、確固たる『力』を誇示する必要があった。

  ユウトがオメガである、という心配はあったが、城の中で過ごしているのであれば安全だった。

  だが、リズが訪れるという予想外な事が起こり、これには頭を抱えた。

  リズは、タイガーのアルファなので、城の中でそれを抑えきれる者はいない。

  ましてや、ユウトが自分の地位を脅かす奏者だと知れば、あれだけプライドが高いメスなので、何をしでかすか分からない。

  ダグの留守中は、とにかくグレイクへ目を光らせるよう命じた。

  「グレイク。だからね。リズがユウちゃんに何かしようものなら、噛み殺しても良いから」

  「何を言ってるんですか!貴方!ヤマネコのベータが、タイガーのアルファに噛み付ける筈がないでしょうが!私がズタズタに噛み殺されますよ!」

  「何だよ、根性なし。グレイクが倒してくれたら、そこでリズを封印出来たのに」

  「今、何気に恐ろしい事を仰いましたね?くどいようですが、絶対にリズ様に乱暴しないで下さいね。何の策もなく、強引な方法だけは取らないで下さいよ」

  ダグは心外だとばかりに、書類から目を離し、ぷうっと頬を膨らませた。

  「分かってるよ。だから、こんなに合間を縫ってまで、お仕事してるんでしょうが。本当なら、ユウちゃんのお尻だけ追っかけ回してたいのに」

  「そういう情けないセリフを、皆々様の前で絶対に言わないで下さいね!絶対ですよ!あ~、胃が痛い!」

  「胃薬、飲んでおいたら?今ね、グレイクの為にも、頑張って製薬工場は増やしてるからね」

  「誰のせいだと思ってるんですか!私がストレスで禿げたら、絶対にダグラス様のせいですよ!」

  「それまでには、強力な育毛剤を開発しておいてあげるから」

  「そんな薬の開発に力を入れるなら、私を労ると思って公爵らしい行動をとって下さい~!」

  「友達の誰かを呼べば早いんだけど、こういう時に限って、みんな遠征に出ちゃってるんだよねぇ」

  「他力本願か!」

  鳩尾を押さえながら、グレイクは部屋を退室していった。

  胃痛に悩むグレイクにユウトを守れと言ったところで、無理な事は分かっていた。

  こうなったら、城の外へユウトを連れ出すしかない。

  ここでの暮らしに慣れるまでは、ゆっくりとさせてやりたかったし、もう少し巫としての修行もさせてやりたかったが、そうも言っていられなくなった。

  「遠征にも、連れて歩くかな」

  ダグは仕事を一段落させて、一旦、ペンを置いた。

  [newpage]

  [chapter:第三章・哀しい音 1ー②]

  ダグがユウトの部屋へ向かおうとすると、まるで待ち伏せしていたかのようにローズが立っていた。

  ユウトの部屋へ行くには、北階段を降りるしかない。

  ローズの部屋は正反対の南側の部屋だ。

  それはまるで、ダグの部屋からユウトの部屋への動線を遮る為に、待ち伏せていたかのように思えた。

  「お兄様、最近は夕食も一緒にとれないんですね」

  「書類のチェックも貯まってるからね」

  「お父様から、お兄様との結婚式はいつになるのかと、催促の手紙が来ました。私は出来るだけ早めにとお伝えしてあったのですが、お兄様は……」

  「ローズ。それは俺から父上に直接、話すから」

  「メスには、メスの準備というものがあるのです。ウエディングドレス1つにしても、早くから準備が必要なのですよ?!お兄様が日にちを決めて下さいましたら、それに合わせて……」

  「ローズ、俺は結婚式を挙げるつもりはない」

  澱みなく言い切るダグに、ローズは無表情で固まっていた。

  「俺はこの城で1番の権力を持つライオンだ。父上が俺を心配して手筈を整えているつもりなのかも知れないが、とにかく豊穣祭を終わらせたら、父上と話すから」

  ダグが自分を排除しようとする言葉を、ローズは無意識に削除する。

  ヴァイオリンの巫の妻となるべく、生まれた時から洗脳されるようにして育ったローズは、ダグが全ての獣人生だった。

  ダグの傍でしか、生きて行く術を知らない。

  ダグの仔を産み、ホワイトライオンの母になる事しか考えては来なかった。

  「結婚式は、私の唯一の夢なんです」

  ダグは首を振る。

  「私には、お兄様しかいないのです」

  「ローズ……」

  「お兄様の為だけに私は……」

  「お前は、もっと外の世界を見た方がいい。世の中には色んな世界がある。ラヴィールーザは、どの国よりも自由で、弱き者が守られる国だよ。オメガでも、他国のように自由がないわけじゃない」

  ダグの言葉は、ローズの心には響かない。

  受け入れようにも、兄からの拒絶の言葉は、ローズの中には存在しなかった。

  あり得ないものは、受け入れない。

  ローズがそうまでして囚われるのは、代々公爵家に伝わる狂信的なホワイトライオンへの悪しき信仰故だった。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 1ー③]

  ダグはローズを振り切り、ユウトの部屋へと訪れた。

  ユウトは早くに就寝するし、寝つきも良い。

  それは、オシキャットという小柄な体つきながら、猛獣並みの巫の力を使うからだろうと思われた。

  [[rb:修学院 > アクワイア]]在学中、天才的だったユウトは、たった2年の間に全ての学問を習得し、ヴァイオリンのテクニックまでも身に付けた。

  だが、巫としての心得や、それをコントロールするまでの指導はなかったので、そこは未成熟なままだ。

  それに関しては、巫の学校である[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]の方が専門ではある。

  だが、貴族ばかりの王立学校に入学させるには、ユウトの境遇があまりにも不遇ではあったので、あえて修学院に入学させた。

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]には分科生という、巫の力が弱い者や、楽器に関するあらゆるテクニックを磨くクラスもあったが、それでも貴族からの軋轢がある。

  生まれて間もないユウトには、いらぬ苦労をさせたくはなかった。

  「新年の宴までに学んでくれたらと思ってたんだけどね」

  ダグがそう声をかけても、ユウトは深い眠りから目覚めようとはしない。

  生まれた時も、己の力をコントロール出来ずに、自らの周りに膜を張って、力の放出を堪えていた。

  今も、演奏して気分が高揚すると、まるで発情期を迎えたように体が極度な興奮状態になる。

  元より豊穣祭には間に合わなくても構わないと思っていたが、リズのいる城に残す方がユウトにとって遥かに危険だった。

  ダグは、そっとユウトの額に触れた。

  そこは皮膚から伝わる体温しかない筈なのに、何故かその暖かさはほんのりと甘い。

  ユウトが奏でる音も、言葉も、その体温ですら甘いのは、ダグにとって特別な獣人だからだ。

  「ユウちゃん……俺の唯一無二の……」

  ダグはその甘やかな額にキスをした。

  すると、ユウトからフワリと花の蜜のような薫りが漂った。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 2ー①]

  それからダグは、事務的な仕事をユウトの部屋に持って来てするようになった。

  ユウトはその隣でヴァイオリンを弾き、それを聴きながら仕事をする。

  その合間には、巫としての心得、力の配分などを事細かに指導される。

  ユウトは、それによって緩急の使い分けや、また会場の大きさ、求められる癒しによって、力の使い方が違う事を教えられた。

  今までのユウトなら、いつも全力でヴァイオリンを奏で、テクニックと精神力の限りを尽くして弾く。

  それがその場に相応しいか、という事を考えた事もなかった。

  「ユウちゃんの巫の力は、包むみたいに優しいから、嫌な思いをした獣人はいなかったと思うけど。俺と連奏したら、パワー倍増しちゃうからね」

  「そうだな。傷や病気を癒すのと、草木を育てるのとは違うか」

  「ユウちゃんは、大きな会場で演奏した事がないから、それは豊穣祭より前に慣れておいた方が良いかなぁ。野外での練習もしとこうか」

  「スゲー嬉しいけど、俺で本当にいいのかよ」

  「どういう事?」

  「ダグには、ずっと一緒にやってた獣人がいるだろ?なのに……」

  「ユウちゃんがいいんだ。俺はユウちゃんじゃなきゃ駄目なんだよ」

  ほんの少し悲しげな表情で、小首を傾げるダグがあまりにも可愛くて、ユウトの胸がキュンと苦しくなる。

  確かに、ダグと演奏している時程に至福を感じる事はない。

  この音といつも寄り添えていられたらと思うし、この音を最高にまで高め、サポートしてやりたいとも思う。

  また、そうするつもりだった。

  リズが、あれ程にダグへの執着を見せていなければ。

  演奏家として組むだけではない。

  ダグの伴侶としても一生、添い遂げるつもりだろうリズの強い想いは、ユウトの気持ちを揺らがせていた。

  雇い主の連れに、使用人であるユウトがケチを付けるべきではない。

  ダグが心地よく演奏出来るのであればそれで良い。

  土台、オシキャットのオメガが、タイガーのアルファに勝る演奏を出来る筈もなかった。

  「なぁ、あのさ。お父上のダグヴェルト様も、演奏会はなさっておられるんだよな?」

  「今でも小規模なものを、気が向いたらしてるらしいよ。既知の獣人や場所にはね。いくら引退したとはいえ、そこは元公爵だから、昔とった杵柄で」

  「何なら、俺はそっちに行こうか?助けて貰った御礼もしたいし」

  それなら、公爵家に仕えている事にもなるし、ダグヴェルトに対しての恩返しになる。

  そう、善意で言ったつもりだった。

  だが、ダグはそれを善意には取らなかった。

  その時初めて、ユウトは本物のライオンのアルファが野生に帰るという姿を見た。

  ダグは人型にも関わらず、グルルと唸り声を上げていた。

  「ユウちゃんのパートナーは俺だよ」

  「そ、その気持ちは嬉しいけど!俺だってダグと弾きたいけど、タイガーのアルファを差し置いて、俺が弾くなんて……」

  「ユウちゃんじゃなきゃ駄目だって言ってるでしょ」

  「でも、俺は巫としては未熟だし、ダグヴェルト様には……」

  「他のオスの名前を口にするな。公爵は、俺だ。俺の言う事に逆らうな」

  ダグの中の、何か触れてはならない部分に、踏み込んでしまったと思った。

  まさに百獣の王たるその威圧感。

  尊大なる物言いは、このオスだからこそ許される特権。

  ユウトは、全身を硬直させていた。

  食われてしまう。

  そう本能が察してはいたが、逃げられなかった。

  ダグの大きな手が、ユウトに向かって伸びて来る。

  そのまま前襟首を掴んで、一気に下へと降ろす。

  ボタンもくそもない。

  ユウトのシャツは引き裂かれ、胸板を露にした。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 2ー②]

  ユウトの、象牙色の筋肉質な胸に咲いた乳首は淡い桃色をしていて、まだ誰も知らないだろう清らかさを如実に物語っている。

  それを見た途端にダグは興奮し、鼻の頭にシワを寄せた。

  食われてしまうという恐怖と共に、天下一の猛獣が食い入るように自分を見入る姿に恍惚となる。

  どうして自分はこんなにもダグに『感じて』しまうのか。

  それは、相手がライオンだからでも、アルファだからでもない。

  ダグだから、なのだ。

  そう気が付いた時には、ユウトは床に押し倒されていた。

  ダグを止めなければと、ユウトは必死になってダグの喉元辺りを押したり、叩いたりした。

  それはライオンのアルファにとって他愛もない悪あがきでしかなかったが、ユウトにしてみれば決死の抵抗だった。

  こんなにも胸が苦しくなるのは、ダグが好きだからだ。

  好きだから、発情期でもないのに甘く酔わされる。

  このまま溺れるように酔ってしまいたいたくても、決して酔ってはならない。

  このオスは、他獣人のものだから。

  その現実が、ユウトの心を引き裂く。

  ユウトの唇を、ダグがペロリと舐めた。

  何度も、何度も。

  まるで、その中に入る事を許して欲しいと乞われるように。

  ユウトは自らの意思に反して、うっすらとその唇を開いてしまう。

  その瞬間に、するりと長い舌が滑り込んで来た。

  ダグの舌は熱く、熟した果実のように甘く、芳醇だった。

  舌同士が触れると、全身に電気が走る。

  惚れたオスとのキスは、こんなにも脳髄を痺れさせるものなのだと驚愕する。

  その甘い誘惑に流され、ユウトもダグの舌に自らの舌を絡ませた。

  クチュリ、ピチャリと濡れた音を部屋中に響かせて、互いの唇を貪り合う。

  ユウトの舌先が触れた、ダグの前歯の犬歯が異様な程に尖っていた。

  獣化しかけている。

  ユウトを欲している。

  発情期でもないのに、獣化を促す程に。

  嬉しいと単純に思った。

  ユウトは、想うアルファに求められる喜びを初めて知る。

  そうしてキスを受けているうちに、ユウトの中の罪悪感は消え失せてしまった。

  ダグの舌がユウトの唇を離れ、首筋を這う。

  鎖骨を齧られると、尖った犬歯が皮膚に食い込んで血を流す。

  それを流れ出る蜜のように舐め、ダグは「ごめん」と何度も繰り返す。

  そのまま舌に降りて、ユウトの小さな乳首に到達すると、異常な程にそこへの執着を見せた。

  舐めて吸って、舐めて吸ってを繰り返し、まるでそこを育てるようにして舌で愛でる。

  乳頭がヒリヒリするまで両乳首を愛され。

  気が付けば、いつの間にかユウトのスラックスは下ろされていて、勢いよく勃ち上がったペニスがダグの眼前に晒されていた。

  羞恥に一瞬、絶叫しそうになるも、息を飲むようにしてその叫び声を飲み込む。

  前を寛げるようにして、ダグも己をさらけ出していたが、その勃ち上がったそれは、ユウトのモノとはまるで別次元のモノだった。

  重そうに垂れる陰嚢から突き出したペニスは巨きく、長かった。

  臍を越える程に勃起し、熱が伝わって来るかのような、熱さで息づいている。

  ドクドクと脈打つ血管がくっきりと浮き出ていて、張り出した亀頭はまるでユウトを食らおうとする蛇のように獰猛だった。

  ダグは回すように腰を揺らしながら、それをゆっくりとユウトのペニスへと擦り合わせる。

  火傷する、と思う程に、触れ合ったダグのそれは熱い。

  あぁ、とユウトが吐息を洩らすと、堪えるようなダグの唸り声を発した。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 2ー③]

  ダグの大きな手が、ユウトごと掴み、上下に動き始める。

  ニチャリ、クチュリといやらしい粘着質な音がするのは、どちらから吐き出されたものか。

  ユウトはもう我慢が出来なくなって、自らも腰を突き出すようにして回し始めていた。

  絶頂が近い。

  そのオスの部分だけではなく、ユウトの中の感じる事がなかった後孔がキュンと疼く。

  アルファに触れられると悦んでしまう。

  今、自分が初めて、オメガなのを思い知らされた。

  快感の極みに、ユウトは背を大きく反らし、尻孔からもトロリとした蜜を溢れさせ。

  下腹からこみ上げてくる絶頂に、甘い艶声を発した。

  それと同時に、ダグの大きく割れた鈴口から、白濁した愛液がビュウ、ビュウと放出し。

  それは、幾度となく吐き出され、ユウトの胸板へ大量に撒き散らした。

  快楽を出し尽くしたダグは、何故かその瞳を涙で濡らしていた。

  「ユウ、ちぁゃん……」

  「ダグ……」

  「ごめん、ねぇ」

  「何泣いてんだよ、あんた……」

  「ユウちゃんを、大切にしたいと思ってたのに、俺、ユウちゃんが他のオスの事を言い出したら、堪らなくなって……」

  「他のオスって、お父さんだろうが」

  「父親でもオスだよ!そ、そしたらカーッとなって、自分の中のアルファの性に勝てなかった。欲望には絶対に負けたくないって思ってたのに」

  「我慢してたのか。チャラ雄のくせに」

  「新年の宴までには、ユウちゃんを立派な巫として育ててやって、みんなに御披露目出来る位にしてあげたかったし、それまでこんな風になるつもりはなかったのに……」

  ユウトは、自分で発情期を感じた事がない鈍感なタイプだったので、常に抑制剤を飲み続けていた。

  それでも、アルファのダグからすれば、常にフェロモンを感じていたらしい。

  ダグが性欲の強いホワイトライオンであるのも災いした。

  メスに囲まれて過ごしていただろうダグが、ローズ以外のメスを絶ち。

  プンプンとオメガの匂いをさせるユウトを傍に置いていたのには、並々ならぬ禁欲を貫いていただろうと想像する。

  愛おしい。

  心の底からそう思えた。

  だが、自分がダグを満たすのはヴァイオリンの音だけだ。

  ユウトの奏でるヴァイオリンの音は、ダグを幸福感で満たすだろうが、肉体としてはどうかと言えば、満たされる筈もないだろう。

  猛獣には猛獣の方が、性的なセンシビリティが合う。

  このままダグの隣にいたいのなら、オメガとしてのフェロモンを感じさせてはならない。

  ユウトは、もっと強い薬を間隔を開けずに飲もうと決めた。

  新年の宴にはもっと成長して、ダグの願いを叶えてやりたい。

  その時には、ダグヴェルトにも会えるだろう。

  ユウトを拾い、育ててくれた御礼を言って、巫としての演奏を聞いて貰って、そうしたらこの城を出よう。

  自分は妻となるローズにとっても、妾として迎えられるリズにとっても、疎ましい存在でしかない。

  ユウトは、この国を牽引する立場にあるダグの負担にはなりたくなかった。

  目の前の、涙を流す美しいライオンを引き寄せる。

  自分よりも2回り以上、大きな体が頼りなげで、儚げに思えた。

  絹糸のように艶やかで柔らかな金髪を、ユウトは精一杯の親愛の情を込めて撫でてやった。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 3ー①]

  その日の夕食には、ユウトもダイニングに呼ばれた。

  大きなテーブルの上座に座るダグの右隣にリズが座る。

  ユウトはその目の前に椅子を用意されていたが、少し離れた場所に移動してもらった。

  リズの鬼の形相を見ながら、食事なんぞはとてもではないが出来そうもないし、せっかくの料理を味気ないものにはしたくなかった。

  ローズの姿はなかった。

  立場としては、正妻となるローズの方が上ではあったが、獣人としてはオメガのローズよりも、アルファのリズの方が圧倒的に強い。

  それにはグレイクの計らいで、2獣人は極力、同じ席には座らないようにしているようだった。

  部屋の中は、ナイフとフォークの音だけが響いている。

  その張り詰めた静寂を、ダグの一声が破った。

  「豊穣祭には少し早いけど、練習も兼ねて、早めに出るから」

  「いつ出るんだ?僕もそれなりに準備する時間が欲しいんだけど。君との衣装の兼ね合いもあるし」

  「一緒に行くのはユウトだから」

  「は?」

  「リズは、もう実家に帰って。この事はエディにも伝えてある」

  「な、何を言う!お前のパートナーは、私だ!ダグヴェルト様からも……」

  「父上には、豊穣祭が終わったら話すから。明日には、もう出るよ。リズがここにいるのは勝手だけど、それより巫としての仕事をした方がいいんじゃない?」

  巫として仕事を怠っているだろうと、あからさまに馬鹿にされ、リズは椅子をなぎ倒して立ち上がった。

  だが、その怒りは言い出したダグへではなく、ユウトへ向けられる。

  その大きな眼を飛び出さんがばかりに剥いて、睨み付けた。

  「この野良ネコが、ダグへ入れ知恵をしたのかっ!」

  「俺が穏やかに話しているのを忘れるなよ、リズ」

  ダグは、リズへ視線を向けようともせずに、目の前の料理を食する。

  「これでも精一杯の、獣人としての配慮をしてるんだ。俺が獣化して、全てをぶち壊すような真似をさせるな」

  それは、獣化してお前を食い殺すのも厭わないと言っているのと同じだった。

  ダグからの威圧に、リズもそれ以上、口出しは出来ないと思ったのか、料理をほとんど残してリビングを出て行った。

  ユウトは、重い溜め息をついた。

  「いーのかよ。相当怒ってそうだけど」

  「怒ってたねぇ。まぁ、学生時代からプライドの高い子だったし。妾になろうってのも、単に公爵の立場に惹かれただけだからだと思うよ」

  「そうなのか」

  「そうだよ。昔っから、「メスを侍らせるクズライオン」だって、よく食ってかかって来られたし」

  それは、恐らく好意の裏返しだろうとユウトは思った。

  こんなにも気高いライオンに惹かれないメスはいない。

  ダグの周りにいた多くのどのメスよりも、リズは極上の獣人であると自負していたからこそ、そのプライドが邪魔をして本心を告げられないのだ。

  もしもダグが一言でも、リズへ愛の言葉を口にしたなら、あのプライド塊も簡単に崩れだろう。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 3ー②]

  今はまだ雪が降るこの時期ではあっても、豊穣祭の日を迎えた途端、ラヴィールーザの季節は一気に春へと向かう。

  今回、豊穣祭が行われる町へは、中央のヴァルハラよりも北へ向かうこと2日余り。

  その行き帰りも、農村で巫としての力が求められれば、演奏する。

  5獣人の公爵達は、ラヴィールーザ各地で行われるの豊穣祭で演奏するのを義務付けられていて、この度、ダグが向かうのはここ2年、不作に悩まさられている町だった。

  ユウトは、あれから馬の練習がろくに出来なかったので、馬車を出して貰う事にした。

  それも御者を連れては行かず、2獣人で行くというので、そうともなれば手綱を引くとは必然的にダグとなる。

  まるでユウトの為にダグに御者をさせてしまった気になり、それには居たたまれなくなった。

  豊穣祭の行われる町までの道中、宿泊しようとしていた伯爵領で呼び止められる。

  そこもまた、昨年から不作続きの土地だった。

  豊穣祭まで、まだ日にちもあるとあって、領主の屋敷で歓待される。

  その地の領主であるセレーナ伯爵夫人は、未亡人だった。

  セレーナは円熟期を迎えたアルファのチーターだったが、その尖った耳はチーターというよりはヤマネコのようだ。

  だが、そのオスに飢えた貪欲な瞳は、ヤマネコではなくハイエナのようだった。

  セレーナ自身が発情期を迎えていたのか、もしくは薬で発情期を無理矢理に迎えたのだろう。

  柔らかな薄茶の髪を後頭部だけ緩やかに結い上げ、[[rb:項 > うなじ]]を見せているのは、アルファであるダグを挑発したいが為だ。

  アルファは交尾となると、相手の首筋を噛んで、行為をする習性がある。

  セレーナはアルファなので問題はないが、もしも交尾をしながら噛まれたのがオメガであれば、それ以後、そのオス以外とは交尾出来なくなる。

  オメガは噛まれた相手を唯一の『[[rb:番 > つがい]]』と細胞が記憶し、噛んだ相手以外と性交渉すれば、気を狂わせてしまう。

  そうやってオメガのようにダグの雄心を誘い、セレーナは昼間でありながら、まるでナイトドレスのように胸が開いた、全身が透けてみえそうなシースルードレスを身に纏っていた。

  「お久しぶりね、ダグ」

  「そうだな」

  「貴方は在学中だったから、5年は経つかしら。あの頃は、今より少し幼い感じだったわ」

  セレーナは、ユウトには目もくれず、ダグに近付いた。

  シースルードレスは、その体のラインどころか乳首や下の叢までも透けていて、これが伯爵夫人としての服装なのかとユウトは疑問に思った。

  だが、傍に仕える召し使い達はそんな主にも慣れているのか、別段、動揺したようにも見えない。

  この伯爵夫人は、これが日常なのだ。

  それは恐らく、過去にダグと出会った頃から。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 3ー③]

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]は、基本的に在学中は郊外に出る事はない。

  だが、ダグは特例的に神獣ホワイトライオンとして、既に巫としての仕事を父と一緒に回っていた。

  その神聖なる姿に、獣人々が癒しを求め、その巫の音を請われるのだ。

  そうした遠征の合間に、この伯爵領へと訪れた。

  地盤の土が固いこの地域では、作物が育ち難い。

  だからこそ、田植えの直後には巫が呼ばれる事が多かった。

  遠征で若かりしダグがこの伯爵領へ訪れ、セレーナがどのように歓待したのかは、想像に容易い。

  性欲を滾らせたメスが、優れたオスを目の前にして放置しておく筈がない。

  「あたくしもあの頃は結婚生活に飽き飽きして、退屈だったわ。貴方が来てくれるまでは」

  セレーナの物言いは艶めかしく、何やら含んだような言い方だった。

  ダグの腕にそっと手を触れ、撫でるようにして這わせる。

  「ねぇ、貴方も覚えていてくれてるでしょ?」

  「さぁ?いつのことかな?」

  「相変わらず、素っ気ない人ね」

  セレーナが、その豊満な胸をダグの腕に擦り付ける。

  ユウトは、それだけで合点いった。

  セレーナは、かつてダグと恋のアバンチュールを忘れられないのだと。

  禁忌の蜜に酔い、夫の目を盗んで快楽を共にした、恋の相手。

  そのタブーとされる関係は、さぞや美味なる蜜の味だったのだろう。

  ハイエナのようにライオンへと集るセレーナは、凄まじい色気を放出させていた。

  何が何でも、このオスと交尾をしたい。

  その我欲を露にして、オメガのユウトですら鼻につく程の、恐らくは股を濡らしているだろうメスの愛液は、濃厚で完熟したものだった。

  「夫はつまらないオスだったし、種なしだった。あたくし、こんな枯れた場所で一生を終えると思って諦めていたけれど。貴方が夢を見せてくれたわ」

  「伯爵夫人。場所をわきまえられたらどうかな」

  「あの時も貴方を楽しませてあげたし、退屈はさせなかったつもりよ。今日は、あたくしが直々におもてなしするわ」

  「俺はそんな事の為にここへは……」

  ダグが言い終わる前に、ユウトは執事へ荷物を預け、ヴァイオリンと弓だけを持って屋敷から逃げ出した。

  何の茶番劇かと、呆れて物も言えない。

  背後から、ダグの呼ぶ声が聞こえたが、それに耳を貸すつもりもなかった。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 4ー①]

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]の、公の規律は厳しい。

  お国の為に、獣人の為に、演奏技術を高め、巫としての感性や思想を育てるのが目的の機関である。

  もちろん、不純交遊は禁じられていたし、恋愛もご法度だったが、公爵としての跡取り達はそれを除外されていた。

  有り余る猛獣としての性欲を晴らすのも、公爵の血を残す為にも、それは致し方ない。

  暗に彼らだけは、性欲を発散させるだけのセックスや、仔作りの為の交尾も認められていた。

  外への遠征が認められていたダグが、更に羽目を外すのは想像に容易い。

  王立学校の檻から放たれたライオンが、円熟した伯爵夫人の肉体を満喫し、あのハイエナのような伯爵夫人が若いライオンの精を吸い上げ、悦び、互いに肉欲にまみれたのだ。

  ユウトは、水を払うように顔をプルプルと振った。

  そうしたメスは、ダグの周りには山のようにいる。

  獣の頂点に立つオスとしては、それは当たり前の事なのだと自らに言い聞かせた。

  「俺はもしかしたら、獣人じゃないのかも知れないな。これだけ欲もなくて、生殖本能もなくて」

  本来は子孫を残そうとするオメガの本能があれば、ローズのように無意識にもダグを誘惑しようとする筈だ。

  現にユウトが現れた途端、ローズはダグを取られまいと必死だった。

  だが、ユウトにはそのオメガとしての執着がない。

  ダグに惹かれているという認識はあっても、オスとしての習性もあるからか、ダグがメスと戯れるのも仕方ないと諦めてしまう部分がある。

  それはオシキャットだからなのか、ユウトだけが異常なのか。

  「ダグのバーカ。エロ公爵!」

  そうしてダグへの毒を吐きつつ歩き始めて半時、畑で[[rb:鍬 > くわ]]を振るう犬の獣人がいた。

  土が固いのだろう。

  その鍬の刺さりも悪く、苛立っているように見えた。

  「おじさん、ここの畑って、みんな土が固いのか?」

  「ああ。本当はな。ここは作物を育てるのには向いてない。うちらもそろそろハウス栽培に変えねぇとな、とは思うんだが、昔っからの伝統みたいなもんが邪魔してなぁ」

  ハウス栽培や屋内栽培は、雪にも強く、あらゆる作物が年中、育てられる。

  それに切り替えるのには、中央からの支援もあったが、田舎の農民達はその新しい農法に眉を潜めるもの多い。

  古くからのしきたりがある村は、特にそれが顕著だった。

  ユウトは、ケースからヴァイオリンを取り出した。

  「おじさん、ちょっと手伝うよ」

  「兄ちゃん、巫か?えらく小柄な巫だなぁ」

  「ネコの巫なんて、そういねぇもんな」

  ユウトは、『春の目覚め』を奏で始めた。

  音が放出される野外は、より集中して魂の力を込める。

  すると、辺りの気温が暖かなものとなり、農夫の下の土からはボコボコと草の芽が突き上げるようにして顔を出した。

  土が、一気に命を持ったかのように柔らかく空気を含んだものとなる。

  「うぉ~!こんな固い土に草が生えたぁ!」

  「おじさん、それは雑草だと思うから、ちゃんと手入れしてくれよ。てか、種蒔きした後に、やってやれば良かったかな?」

  「そんな事はねぇよ!あんたは神様みたいなネコだな!おネコ様だわ!」

  「何だよ!おネコ様って!」

  こんなにも喜ばれるのなら、もっと演奏して回りたい。

  巫の力を欲していても、来ては貰えない田舎もあるだろう。

  もしも、そうした獣人達の役に立てたなら。

  ユウトは、自分が巫の力を授かって良かったと初めて思った。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 4ー②]

  そうして、ユウトは近場の農地をヴァイオリン片手に弾いて回った。

  だが、あまりにも耕すのに適さない農地や、老夫婦だけの農家などには、農業を続ける為に、ハウス栽培の必要性を説明した。

  ラヴィールーザの多くは肥沃な大地ではあったが、その寒さに耐えられる食物だけしか育たない。

  そうした作物を育てられない地は、ビニールハウス等で違う物を育てた方が良い。

  農家を1軒づつ周り、巫の恩恵を与えていった小さな巫のネコは、一般獣人の皆に感謝された。

  だが、これだけの力を1度に使った事がなかったユウトは、急激な疲労感を覚えた。

  とある農夫の家族から、夕食を食べていってくれと誘われるが、それに「うん」とすら頷けない自分がいる。

  帰る力もないかも知れない。

  視界が窄まるようにして狭くなった時、肩を掴まれる。

  ふわりと、あの芳しい薫りが鼻腔をくすぐった。

  「ユウちゃん、大丈夫?」

  「ダグ……」

  「巫の力を使い過ぎたでしょ?まだコントロール出来てないのに」

  「うん。ごめん」

  ふと、足元を見ると、さっきまで夕食をと誘ってくれていた家族が、額を地面に擦り付けるようにして土下座していた。

  神のように崇められる公爵であり、世界で唯一のホワイトライオン。

  それだけ平伏される存在なのだと目の当たりにしたユウトは、ダグが如何に稀少であり、高貴なる獣人なのかと思い知らされた。

  地面からフワッと足が浮いたと思った途端、ダグの顔が間近に来て、抱き上げられているのが分かった。

  まるであの時のリズのようだ。

  この腕の中は、本来はリズやローズの『場所』だ。

  孤児のオシキャットが収まるべき場所ではない。

  ユウトは、その腕から降りようと足掻いた。

  「降ろせよ」

  「でも、もう歩けないでしょう?このまま連れて帰ってあげるよ」

  「天下の公爵様が野良ネコを抱っこしてたなんて知れたら、何言われるか分からねぇぞ!俺なんかっ……」

  「動けない子は黙ってて。無理矢理に黙らすよ」

  「無理矢理にって何だよ!」

  「こうやって」

  ダグの金色の巻き毛がふわりと頬を掠め、被さって来ると思った途端。

  ユウトは口付けられていた。

  獣人達の前でキスをされた衝撃で、一瞬、頭が真っ白になったが、農夫達の「公爵様の愛妾様であられましたか!」という歓喜の声に全身が硬直した。

  ダグの言葉通りに無理矢理黙らされて、ユウトは伯爵夫人の屋敷にまで連れ帰られた。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 4ー③]

  少し休んで体調も何とか持ち直し、ユウトはダグと共に晩餐へと赴いた。

  厳密に言えば、ユウトは呼ばれた訳ではなかったが、挨拶もそこそこに出て行ってしまった負い目があって、仕方なしに出て来たようなものだった。

  そうまでして来たものの、ユウトはすぐに後悔する。

  案の定、セレーナはユウトの存在すらもないかのように無視し、部屋に入るなり、ダグの手を取って自らの隣へ座らせた。

  「この地はあまり良いものが採れなくて、他の地域から買い取っているの。今年は、何とか地産のもので賄えるようになりたいわ」

  「今日だけでもこの辺りの畑は、かなり巫の力で持ち直して来たよ。ここにいるユウトがね」

  「明日は貴方が、私と一緒に領地を回ってくれるでしょう?豊穣祭までには、まだ日にちがあるもの。何日かいてくれるのよね?」

  「農地によってはね」

  「今日は飲みましょう。久しぶりの再会を祝して」

  ダグがユウトの名前を出そうとも、セレーナの耳にはまるで入らないようだった。

  それどころか、自らの椅子をダグの傍へと引っ付けるようにして近付ける。

  そうしてダグの肩へとしなだれかかり、グラスにワインを注いだ。

  俺は手酌かよ、と心の中でぼやきながら、ユウトは自分のグラスへワインを注いだ。

  「夫がいなくなってから、あたくし、更に寂しくなってしまって」

  「そう」

  「夫は元から体が弱くてね。アルファなのに、惰弱なオスだった。結局は、伯爵の地位を継ぐ仔は出来なかったわ」

  セレーナの体から、来た時以上に発酵したようなメスの匂いが漂う。

  ユウトにとって、それはもう『匂い』というよりは『臭い』でしかなかった。

  「だからね、この伯爵領には優秀な跡継ぎが必要なのよ。貴方があたくしに子種をくだされば、この地も安泰だわ」

  「は?」

  「ねぇ。昔のように楽しみましょうよ。あの時は色んなしがらみがあったけど、今ならあたくし達には何の障害もないでしょう?」

  ガシャンとグラスが割れる音が響く。

  ユウトが、頭を抱えてテーブルに突っ伏している姿を見て、ダグは立ち上がった。

  自らの体にも、うっすらと高揚するような感覚を覚える。

  これをもし、ユウトも体感していたとしたら、ネコの体にはより負担が大きく掛かるだろう。

  「ワインに何を入れた」

  「この地方は、マタタビ入りのワインが特産物なのよ。マタタビは良質なものが採れてね。今日はあたくし達も楽しもうと思って」

  「ユウトのも、マタタビのワインかっ!」

  「その子が勝手に飲んだんじゃない。その子には、馬番か、門番にでも相手をさせるわ。2獣人1度に相手をさせてもいいわよ。だから、安心してちょうだい」

  「ふざけるなっ!」

  ダグの張り上げた声が、部屋に反響する。

  それには、セレーナも体を飛び上がらせるようにして驚き、一瞬で恐怖に顔を歪ませた。

  「この淫乱ズベタが」

  「わ、あたくしは貴方と楽しもうと……」

  「俺も、この年になれば分別もつく。もう2度と、お前のような腐ったメスとなんぞするか。とにかく、その臭い体をどうにかしろ。鼻が曲がる」

  「そ、そんなっ」

  「こんな屋敷に寝泊まりする位なら、安宿の方が遥かにマシだった」

  ダグはユウトを抱き抱えて、その場を後にした。

  荷物は開いてはいなかったので、召し使いに馬車へと載せさせる。

  そして、ユウトを毛布にくるんで、客車へと乗せた。

  「ユウちゃん、大丈夫?」

  「体が熱くて……ムズムズする……」

  「マズいな。スゴいフェロモンが出てる。薬、飲めそう?」

  「うん」

  「近くの宿、探すから。ちょっと我慢してて」

  ダグは、馬車を走らせた。

  伯爵領のすぐ隣は、町並みが広がっている。

  一晩泊まる分には、困らずに済みそうだった。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 5ー①]

  街中へと入ってすぐに大きな宿があり、ダグはその店先に馬車を停める。

  宿屋の主人は、突然、ネコを抱えた公爵が現れたので、腰を抜かしそうになっていた。

  その店で1番の部屋を取り、荷物を続きの部屋へ運ばせる。

  ユウトは、移動するだけでも辛いのか体を小さく丸め、ベッドに下ろされるなり掛け布団を被ってくるまっていた。

  ダグ自身は、マタタビに強い方だった。

  ほんの少し体温が上がるが、という程度だったので、こうしてメスが仕込んで来るのにも慣れていた。

  だが、隣にいるのがユウトではまた違う。

  ユウトの体から発せられる芳しい薫りは、他の獣人とは比べ物にならない程、甘露だ。

  マタタビや酒など、比にもならない。

  アルファ本能を焚き付けられるような、悩ましい体臭だった。

  「ユウちゃん、大丈夫?傍にいてあげたいんだけど、でも俺が傍にいたら怖いでしょ?」

  「苦しい……」

  「ユウちゃん?!もしかして、マタタビ、体に合わないタイプだった?」

  「マタタビなんて、知らない」

  その存在に出会った事すら知なかったユウトは、パニックを起こしていた。

  鈍感な自分は、本来の発情期にもこんなに感じた事がない。

  自らのペニスは、ダグに抱えられただけでも、もう何度か達していて、ズボンの中はドロドロだった。

  乳首はまるで摘ままれたようにキリキリと先端が痛み、下腹の奥が熱い。

  尻奥がキュンキュンと甘く疼いて、自分の体がオスを求めているのが解る。

  ダグから離れなければと思うのに、離れたくはないとも思ってしまう。

  アルファはオメガの発情期には抗えない。

  こんな形で、ダグとの友好な関係を壊したくはない。

  だが、自分の中のオメガが、目の前のオスを取り込もうとしている。

  初めて、オメガという性に生まれて来て、この身が呪わしいと思った。

  「ユウちゃん、もしも体質的に拒絶反応とかあったら困るから、医者を呼ぼう」

  「いら、ない」

  「でもね、ユウちゃん」

  「ダグに、迷惑、かけたくないから。……ホント、ごめん」

  「ユウちゃんは悪くないよ!」

  「やぁ、……ぁん!」

  ダグに肩を触れられただけで、ユウトは後ろで達してしまっていた。

  その瞬間、爆発するようなフェロモンを撒き散らす。

  発情期でもないのに、発情期並みのフェロモンが、濃い蜜の芳香を放ち。

  ダグの理性は、一瞬で限界を越えた。

  耐えに耐えた欲望を塞き止めていた枷が、一気に弾け飛ぶ。

  鼻の頭にシワが寄り、犬歯が異様な長さにまで伸びる。

  ヴァイオリン奏者として手入れされている爪も鋭角的に伸び、その手の甲には白い毛がみるみる生え。

  バリバリと布が割ける音に驚いて、ユウトが掛け布団から顔を出す。

  そうして、絶句する。

  ユウトの目の前には、見た事もないような巨大な猛獣が[[rb:発情 > ヒート]]を起こし、咆哮を上げていた。

  それは銀の光を纏い煌々と輝く、この国唯一の、偉大なるホワイトライオンだった。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 5ー②]

  「だ、ダグ?」

  「グルル……」

  「なぁ、意識、ある?獣になっちまったら、獣人の意識、なくなるのか?」

  「ガウッ!」

  「ひいっ!」

  ユウトは掛け布団を投げ飛ばされ、その巨体に押さえ付けられた。

  足掻こうにも、まるで標本のように縫い止められ、微動だにならない。

  ダグが大きな口を開けて、唸り声を上げた。

  食われてしまう。

  そう咄嗟に感じるのは、補食される弱者の本能だった。

  ライオンの口が器用にもユウトの服の襟元を噛み、一気に引き裂く。

  そして、下のズボンも前歯を差し込んで引き摺り下ろす。

  脱がされる瞬間、ヌルリと自らが吐した精液が糸を引いた。

  それを見たダグが、喉をグルッと鳴らしたかと思うと、ユウトの股間をペロリと舐めた。

  「あひゃぁ!」

  「グゥッ」

  「やっ、駄目!馬鹿っ!そんなとこ、なめんなぁ!あぁっ、また、出ちゃう~!」

  「グォォォォ!」

  ダグの大きくザラついた舌が、ユウトのぺニスや陰嚢や、その後ろの尻尾の付け根までもベロベロと舐め尽くした。

  それだけで、また前で達してしまい、後孔をビクビクと痙攣させた。

  舐められているだけで、気が狂いそうなまでに気持ちが悦い。

  その快楽に惚けていたからか、ダグが噛み付こうとはしないのが分かったからか、ユウトはいつの間にか不思議と恐怖を感じなくなっていた。

  こうしてダグを獣化させてしまったのは、自分がオメガだったからだ。

  望まぬ欲情をさせてしまった罪悪感が、ユウトを諦念させる。

  このままでは、ダグの獣化は解けない。

  その猛る情欲を落ち着かせなければと、ユウトはダグの[[rb:鬣 > たてがみ]]へ手を伸ばした。

  「落ち着け、ダグ」

  「グルル」

  「悪かった。俺のせいだな」

  「ガウッ!」

  違う、と言っているような気がした。

  よく見れば、ライオンの青い瞳から涙が流れていた。

  穂先の付いた尻尾も、くったりとうなだれていた。

  悔いている。

  ユウトとこうなる事を。

  この奇跡の存在たる、この世でたった1頭の神獣に涙を流させるなら。

  高貴なる公爵に、野良ネコ如きが情けをかけて貰えるのなら。

  もう許しても良い。

  ダグにこの身を捧げても良いと思える程に、この巫の音に魅せられていた。

  ダグにこの先、寄り添い続ける価値もない自分が、一時でも求められたのなら、それでも良い。

  それだけでも嬉しく思えるのは、恐らくはダグに今まで愛されて来たメスやオメガ達も、皆が思っていただろう。

  まさか、そんな恋する気持ちを理解出来る日が来ようとは思いもしなかった。

  「お前の好きにしていいぞ」

  「ガルル……」

  「来て、ダグ」

  ユウトがダグの口に、ペロリと舌を這わせた。

  その獣の口は毛深くてザラりとしていたが、敏感になったユウトの体は舌先からも感じてしまうのか、舐めながら甘い声を上げた。

  それには、ダグの背がググッと丸まった。

  ユウトの声だけで、射精しそうになった。

  ユウトは、ダグの顎髭に顔を埋め、その腹へと足を絡ませる。

  もしも、獣と交わるという本当の意味を知っいたら、こんな行動には出られなかっただろう。

  ユウトはその後、それを死ぬ程に後悔させられるのだった。

  [newpage]

  [chapter:哀しい音 5ー③]

  腹這いにさせられ、ユウトは長い時間、尻孔を舐められていた。

  もうぺニスからは出すものもなくなっているというのに、後ろを舐められるだけで立て続けに達し、腰をガクガクと痙攣させた。

  「あぁ、あぁっ!……もう、終わってぇ!ダグ、もう、そこ、舐めたらおかしくなるっ、からぁ!ひぃっ!」

  「グウッ!」

  ユウトの縞模様の尻尾も、ダグに舐められた唾液でぐっしょりと塗れ細り、快楽によって妖しく揺れている。

  ダグは、その尻尾の付け根から背筋へツーッと舌を這わせ、そのままユウトの[[rb:項 > うなじ]]をペロリと舐めた。

  途端に、ユウトの体へ電流のようなものが流れた。

  「あぁぁぁぁぁ!」

  首の後ろを舐められただけで、絶頂を感じ、前からも後ろからも、その証のように潮を吹く。

  それは目の前に星が散り、気を失うような快感の極みだった。

  そうして、その感じきって蕩けた蜜孔へと、ダグは己の砲身を突き刺した。

  ダグのぺニスは、獣人の時とは違い、細身で長い。

  幹にあるゴツゴツとした突起が、挿入を深める度にゴリッゴリッっと中を押し拡げる。

  その違和感も、散々、達かされた蜜孔には快感でしかない。

  いつまでも入り込んでくるその雄芯は、ユウトを更に狂わせた。

  「あぁっ!ま、まだ、あるのか、よっ!ぃやぁ!あぁっ!……な、長げぇよぉ!」

  「クゥン、クゥン」

  「もう、ダメぇ!」

  ユウトが再び極まってしまい、尻孔をキュンキュンと引き絞る。

  それに堪らなくなったのか、ダグはズルリとぺニスを引き抜いた。

  「ひぃぃぃ!……いってぇ!やっ、痛ぇよ!あぁっ!」

  ライオンの雄蕊の突起は、トゲのように尖っていて、グサグサと刺されたような激痛を覚える。

  ダグの性器のトゲは、引き抜く時に内壁を引っ掻くようにして突き刺さす。

  その痛みによる刺激を受け、メスは排卵を促されるのだ。

  肉を裂くかれるような激痛には、ユウトも快楽を感じられなかった。

  「痛いっ!ダグ、お願いだから、抜かない、でぇ!」

  「キャウン」

  言われてダグは抜き差しをやめて、奥を衝くようにして腰を回してやる。

  それだと痛みが軽減されるのか、ユウトの悲痛な声も少なくなった。

  「あぁっ!ダグっ、……スゴい、奥まで来てるっ!やっ、あぁ、……あ、こんな奥まで、…ダメぇ!」

  ユウトは尻尾を振り回して腰をガクガクと前後させ、尻孔を引き絞った。

  ダグも咆哮を上げながら、ユウトの中を突き上げまくり。

  そうして、股間にある熱を爆発させる。

  マグマの放出のように、獣の射精は長く長く続き。

  ユウトの肉環から、コポコポと溢れ返る程の愛蜜は、シーツをしとどに濡らした。

  まるで魔法が解けたようにして、獣人に戻ったダグは、そのままユウトの背に覆い被さった。

  [newpage]

  [chapter:第四章・恋しい音 1ー①]

  一晩経った宿屋では『天下の公爵様が愛妾を連れて交わられた』と主が騒いで、近所の獣人達が集まり、拝みにくる者までいて、まるで見せ物のようになっていた。

  仕方なしに、ダグは疲弊しきったユウトを連れて貴族達が隠れ家代わりに泊まる宿へ移動し、そこでユウトを休ませる事にした。

  ユウトがそこまで疲弊したのには、体格的に小柄な肉体であるにも関わらず、獣化したダグを受け入れた事、またそれまでに巫の力を使い切っていたのもある。

  更に、アルコールとマタタビが合わさったのが不味かったのか、または抑制剤を過剰に服薬していたか、飲み合わせが悪かったか、体質に合わなかったか。

  あらゆる不運が重なり、薬物の過剰摂取の状態となっていた。

  急激な速度で成体になったユウトは、抵抗力も低く、また自分の体質に関しても未知の部分が多い。

  ユウトにはこれ以降、抑制剤の服用に関して勝手な服用はせず、医者を付ける約束をした。

  未だにぐったりとして、ベッドから起き上がれないユウトから離れようとしないダグは、ひたすらにユウトへ謝り続けていた。

  「ユウちゃん、ごめんねぇ。ホント、抑えが利かなくてごめん」

  「ダグが悪いんじゃないだろ。あんなの、知らないで飲まされたんだし。俺も、やたらめたら薬を飲みまくってたのもマズかったんだ」

  「でも、また抑えられなかった。……俺はユウちゃんにこんな事をするつもりはなかったんだよ。大切に、大切にしたかったんだ……」

  「分かってるよ、ダグ。もう、泣くなよ」

  「傷や病気なら、俺の巫の力で治してあげれるんだけど、薬害はどうしようもなくて……」

  ダグは、可哀想な位に耳をペタンと伏せて、尻尾を項垂れさせていた。

  猛獣であるアルファは、獣化すれば狂暴性も増すし、その個体によっては記憶も薄らぐ程、野生に返ってしまう事もある。

  だがダグは、丁寧に愛そうとしてくれた。

  300キロを越える巨体に襲われているという感覚はまるでなかったし、確かにライオンの性器を人型の体で受け止めるのは無謀だったかも知れないが、ダグが本当に欲望のまま行為を強いていたら、命を落としていたかも知れない。

  ユウトは、ダグが獣化してもその優しさを失わずにいてくれたのを理解していた。

  結局、一向に離れようとしないダグは、駆け付けたグレイクに「ユウトを休ませてやって下さい」と促され、渋々、部屋を出て行った。

  扉を閉じる直前まで、何度も何度も足を止めては振り返って、ユウトを切なげな目で見る。

  肩を項垂れ、尻尾をしおらせる後ろ姿は、百獣の王らしからぬ姿だった。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 1ー②]

  「最初から、私も来ていればこんな事には……」

  机に突っ伏すダグの傍に立つグレイクは、その尻尾を濡れたようにしおらせ、意気消沈していた。

  城には、リズが訪れているのもあって、ローズとの部屋は本館と別館に分けてはいたが、鉢合わせさせる訳にもいかなかったので、常にグレイクが監視していた。

  何よりも城の全てを把握しているのはグレイクだけだったし、長期間、城を空けるわけにはいかず。

  ダグの理性は多少、アテにはならないと疑いつつも見送ったが、まさかのここまでの事態に陥るとは予想だにしなかった。

  「よくもまぁ、項に番の証を付けないでいられましたね」

  「そこは堪えた。必死に堪えた。それはもう、気が狂わんばかりに堪えたよ」

  オメガの項へ噛み付く事で、その愛の証とするアルファの誓い。

  それを獣化した状態で行えば、ユウトは出血多量で死に至る恐れもある。

  暴走したアルファが、オメガを食い殺してしまう案件も多くある。

  特にダグのように野生が強いアルファは、自我の抑制に苦労を強いられた。

  「でも、人型になってからの方が、ユウちゃんに噛みたくて、噛みたくて、たまらなかったよ~」

  「貴方ってオスは!本当に欲望に忠実ですね!」

  「そうでもないよ?今まで、すっごくグレイクの言う事を聞いて、頑張ってたと思うけど?全ての利権問題が片付くまで暴走しないって」

  「当たり前ですよ!私が止めてなきゃ、貴方はどうするつもりだったんですか?!」

  「あちこち文句言う奴は、片っ端から喉笛に噛み付いて、黙らせてたかなぁ。本当にもう、限界だったんだからね。まだ、巫の力を自由に使えないユウちゃんを連れ出す位には」

  ダグはもう限界だった。

  それでも、全てを片付けてからと何度も自分に言い聞かせながら、何とか踏み堪えた。

  この豊穣祭後には、父が残していったあらゆる負の遺産を精算するつもりだった。

  「で、そっちの手筈はどうなの?グレイク」

  「領地に関しても、1つを残して全て取り返しました。あと、製薬工場の権利も全て手に入れました」

  「そうか。そしたら、もう殆んど完了したよね。全く、本当に困った父親だよ」

  「くれぐれも、ダグヴェルト様の二の轍は踏まないで下さいよ」

  「こんなに苦労をしたってのに、するわけないだろ。何言ってんの?」

  ダグは憮然として、言い返した。

  「そもそも、今回はセレーナ伯爵夫人とのふしだらな関係から、端を発したんですよね?それは、ダグヴェルト様がされていたのと同じですよ?」

  「あのメスは、いつも[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]に寄付するだのなんだの言ってしつこく言い寄って来たんだ。別に俺から迫った訳じゃない」

  「そんな事を仰ってますけどね。あんなメスがどれだけおられるんですか?!」

  それにはダグも黙り込んだ。

  グレイクは「返事が出来ない位の数でいるんだな」と想像して、大きな溜め息をついた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 1ー③]

  「とにかく、豊穣祭はどうされますか」

  「地主には『豊穣祭で最高の演奏をする』って約束してるから。ユウちゃんには無理はさせるつもりないし、俺だけでも頑張るつもりだよ」

  「帰りは大回りして、演奏して各地を巡る予定でしたが」

  「それは無理かな。俺が行けない代わりに、他の公爵に廻って貰えないかなぁ。エディとキースは楽器の持ち運びが大変だろうけど、マークとレオンなら身軽に動けるでしょ?」

  「何かお詫びの品でも、お贈りしておきましょうか?」

  「それなら、次に会った時、俺からのキスとハグを贈っておくよ」

  「その軽さが、色々と問題なのでございますよ~」

  グレイクは、よよよと泣き崩れた。

  「貴方様は、ホワイトライオンだからというので、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]ではかなり大目に見て貰っていましたが、これが普通の生徒なら、一発で退学でしたよ!私が何度、学校に呼ばれたと思っておられるのですか!」

  「グレイクなんか呼んで注意したって、何の意味ないのにねぇ」

  「貴方様の代の公爵様方は、皆様が豪快でいらっしゃったので、理事長は髪の毛が禿げるわ、心労で倒れるわで可哀想なほどでしたよ。出来ましたら、レオンハート様や、エドワード様のように堅実に生きて欲しかった」

  「堅実だったつもりなんだけど。一途なんだよ、これでも」

  「どこがですか~。これからは、私が心労で禿げそうですよ~」

  「もう、お前にはそんな苦労はさせないよ」

  「怪しゅうございます……」

  「まぁ、まぁ、見てなさいよ。お前の頭は、絶対に死ぬまでフサフサだから。育毛剤も開発してやるし」

  ダグの尻尾が、自慢気にクルリも回ってフリフリとリズミカルに揺れる。

  その尻尾を、グレイクはうろんな目で見ていた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 2ー①]

  豊穣祭が始まった。

  約2週間をかけて、巫達がラヴィールーザの各地を演奏して廻る。

  豊かなる土壌へと向上させる為、昨年不作だった地帯を、特に優先して巡るこの遠征は、巫として最も重要な仕事の1つでもあった。

  この時期から、一気に春へと季節が移行し、草木が嬉々として芽吹き始める。

  ユウトは体調が優れないままだったが、豊穣祭へ出たいと言って譲らなかった。

  その断固たる決意にダグもついには折れ、準備は簡単な音合わせ程度にして、本番で力を集中させる事にした。

  町の高台に組まれた舞台は、そこから巫の音が末広がりに行き渡るようになっている。

  会場には町中の獣人が集まり、ユウトとダグの演奏に酔いしれていた。

  掛け合うようにしてメロディを奏で、超難易度のテクニックを駆使したその連奏に、辺りの木の芽が一気に目覚める。

  主旋律の8割はダグによるものだが、ユウトもその殆んどをハモるようにして演奏するので、同じだけのテクニックを必要とされた。

  ただ速く、激しく感情を込めて弾くのが全てではない。

  音楽には緩急が必要なのだと、巫の力もまた、抜くところは抜くという事も必要なのだと、ダグに教えられた。

  そうして、ダグの魂に寄り添い、弾ききった後、ユウトは舞台から降りた途端に倒れた。

  まだ本調子ではなかったのもあったが、初めての大舞台に緊張し、張り詰めた糸が切れたように崩れ落ちた。

  その後は、予定していた演奏を全て他の巫に託して、ユウトとダグはそのまま帰路に着いた。

  城に着いてからも、ユウトが自分の足で馬車を降りると言い張ったが耳を貸さず、ダグはユウトを横抱きにする。

  使用獣人総出での出迎えに、ユウトは恥ずかしくなって、包まれた毛布に顔を埋めていたので、外を見る事が出来なかった。

  故に、ローズが近付いて来たのも分からなかった。

  「お兄様!ユウトを運ぶなら、グレイクに任せて下さいませ!公爵であるお兄様が、使用獣人を抱えるなど……」

  「ユウちゃんは俺の大切な獣人だよ。この度の豊穣祭でも頑張ってくれたしね」

  「酷いです!お兄様!正妻となる私を差し置いて、皆々の前でこのような振る舞いを……」

  「どいてくれ、ローズ。ユウトが風邪を引く。話なら、中に入ってから聞くから」

  ダグは、ローズに目も向けずエントランスからの階段を登って行く。

  あまりにも冷徹なダグの言い様に、ユウトはその腕の中でハラハラした。

  心をざわつかせながら、毛布からチラリと顔を覗かせると、いつも外階段を掃除しているネコ達が手を振っていた。

  それにはユウトも毛布の中から少しだけ手を出して、小さく振り返した。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 2ー②]

  ダグは部屋までユウトを抱いて行き、そのままベッドへと寝かし付けた。

  しばらくは、先程までのダグの態度を心配そうにしていたユウトも、暖かな寝具に包まれると、睡魔に引き込まれるようにして眠りに落ちた。

  豊穣祭の演奏の後、すぐさま馬車に乗っての移動は、流石に休む事が出来なかったのか、今は安堵し、熟睡している。

  ダグは、静かな寝息を立て、安眠するユウトの額へそっとキスをした。

  その思いの丈を込めて。

  そうしてそっと部屋を出ると、待ち構えていたようにして、リズが廊下に立っていた。

  ダグから、実家に帰れと言われた言葉を聞かずに、巫として豊穣祭の遠征にも出ず、城に滞在し続けていた。

  「まだ帰ってなかったの?リズ」

  「貴方が何と言おうとも、貴方には僕が必要な筈だ。たった1回の演奏で倒れてしまうような軟弱なネコなんか、貴方のパートナーとして続く筈がない」

  「彼は力の配分が分からないだけだよ。むしろ、力が強すぎて制御しきれないんだ」

  「それだけじゃない!我が伯爵家が抱える製薬工場と、貴方が持つ研究所は切っても切れない関係なんだ。私達が結ばれる事で、どれだけこの国の、いや他国のオメガ達までもが救われる事か!」

  リズの実家である伯爵家は、ラヴィールーザの製薬市場の殆んどを握っていた。

  この国のオメガが飲む薬の8割以上が、リズの家が所有する工場で作られたものだ。

  ラヴィールーザの抑制剤は、5大大国の中でも最多の種類を誇っており、効能に優れ、輸出もされている。

  それには[[rb:修学院 > アクワイア]]で学んだ獣人達が研究に研究を重ね、その新薬開発や改良に勤しんだからでもある。

  またその研究所は、代々公爵家が取り仕切っていた。

  皮膚に直接刺して注入する緊急補助治療薬は、この国が発明した特効薬だ。

  故に、開発を担う公爵家と製薬工場を牛耳る伯爵家は、今は持ちつ持たれつの関係だった。

  「ダグと僕の結婚は、この国の為になる最も有益なる結婚だぞ」

  「そんな事もないんじゃない?ていうか、そもそもリズは妾になれって父上に言われて来たんでしょ?妾なら結婚はしないけどね、普通」

  「ど、どうして結婚する必要がないなんて言うんだ!僕達の結婚がどれだけ、この国の為になるか……」

  「だから、結婚は出来ないでしょ。正妻になる訳でもないのに」

  「そ、それは……」

  「それにリズとの関係も、もう必要じゃなくなったよ。この国の製薬工場、もう俺のものになったから」

  「は?」

  「だから、実家に帰ったら?って言ったのに」

  「な、何を言っているのか分からない!」

  「そもそも、巫のくせにこの時期、演奏もしないなんて、君は[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]ロイヤルスクールで何を学んで来たの?」

  ダグは、天使のような微笑みを浮かべ、悪魔のような毒を吐いていた。

  [newpage]

  恋しい音 2ー③

  リズは、狼狽していた。

  実家から使いの者が来ていたが、家に帰るつもりもなかったので、要件も聞かずに追い返したのを思い出す。

  今思えば、あれは伯爵家の危機を知らせるものだったのではと、血の気が下がった。

  「まぁ、元々は公爵家のものだったのを、返して貰っただけの事なんだけどね」

  「ど、どういう、意味だ?」

  ダグの父であるダグヴェルトは、巫としての力は偉大ではあったが、歴代のどの公爵よりも好色だった。

  子種が少なかったのもあって、とにかくメスをあてがわれ、若い頃から性行為に明け暮れる日々だった。

  そうした快楽の惰性から、欲しいと思ったメスは必ずに手に入れられると盲信するようになり。

  その強欲さが公爵家を傾かせる程に、衰退させる。

  美しいメスだと聞けば、たとえ獣人妻であろうと欲しがり、己がメスにするが為に持っている土地や権利を手離し。

  オスの妻を奪われ悔しがる顔、メスの夫から引き離される悲壮感を見る度に、その強奪する快感に酔いしれ、躍起になって美しいメスを手に入れようとした。

  ダグの母である、[[rb:正妻 > オメガ]]には見向きもせず。

  ダグヴェルトはオメガ嫌いではあり、ライオン以外の他種族のメスに異常なる興味を持っていた。

  妾や愛獣人との愛欲の日々を送りたいが為に、学校を卒業してすぐの息子に、衰退した公爵家を譲り渡したのだった。

  ダグヴェルトは力のある巫だったが、領地や財産を管理するだけの才覚がなかった。

  そうして公爵家を継いだ後のダグは、あちこちを奔走した。

  手離した殆どの利権は、口約束だったり不当な契約だったり穴だらけだったのが幸いして、取り返すのにはそう苦労はしなかったが、如何せん、その規模が大きかった。

  だがその努力の結果、今では以前の公爵家以上の資産となった。

  「ぼ、僕の家は……」

  「元々の土地はあるでしょ。リズの家は良い土地も持ってたし、ハウス栽培も盛んだから」

  「だ、ダグっ!僕は、僕は、王立学校にいた頃から、貴方の事が……」

  「実は俺、はっきり言って、昔から君の事は全然、ダメだったんだよね」

  「な、何でっ……」

  「何て言うか、生理的に受け付けないというか。強いて言えば、君が自分の事を『僕』っていう言うのが、もうダメかな」

  兄弟で1番、巫の力を持っていながらメスに生まれたばかりに、強くあらねばと思って、オスのように努力して来た。

  甘えを捨てて巫として邁進し、のし上がって来て、ようやく公爵の伴侶としての地位を手に入れた筈だった。

  だが今、その全てをダグに否定された。

  それも『生理的に受け付けない』と言う、何よりも激しい拒絶によって。

  「今、このラヴィールーザで最も土地や権利を有するのは俺だ。そして、公爵としての俺の言葉を聞こうとしないのなら、それなりに考えもあるよ。今あるものまで、失いたい?」

  一度噛み付いたら、最後まで食らい尽くす。

  まさにダグは、その獰猛なる野獣だった。

  リズはその直後から、城では見掛けなくなった。

  巫としての力も衰えたのか、演奏に回る姿すらも見なくなった。

  ただの地主となった伯爵家は、それからは慎ましい農地の領主としてあり続けたが、一人娘が嫁にも行かずに引き籠もっているらしいという噂だけが流れた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 3ー①]

  ベッドで寝たきりとなってしまったユウトは、抑制剤も服用は出来ない今の体調では負担の少ない、緩い効き目のものを定期的に常時服用する事となった。

  マタタビは当然ながら禁止され、アルコールも飲まないようにと、医師に言われてしまった。

  ユウトの見た目は成獣ではあったが、実質は生まれて数年しか経ってはいないので、あらゆる耐性がない。

  だが、本当にそれだけなのだろうかとユウト自身、不安に陥っていた。

  発情期ではなかったが、かつてない程に体かはフェロモンを出ていた時期に、獣化したダグと交尾した。

  獣化した状態での性行為は、妊娠の確率が高い。

  よもや、この体調の悪さは妊娠したのではないか、と懸念する。

  だとしたら、どうしたら良いのか。

  正妻との挙式の前に、野良との仔が出来て、それを認知して貰えるのか。

  体調の悪さも相まって、ユウトの思考は悪循環を繰り返していた。

  そんな時。

  カチャリ、と扉の開く小さな音が聞こえた。

  ユウトがそちらへ視線だけを向けると、そこには青白い顔をしたローズが立っていた。

  「ユウト。貴方、お兄様の仔が出来たの?」

  

  そう問うローズの目には、狂気が宿っていた。

  確実ではないにしても、知られてはならない。

  ローズは狂信的なまでに正妻になる事、そしてホワイトライオンを産むという事に囚われている。

  もしも、ユウトが仔を成したとなれば、噛み殺されてしまうかも知れない。

  ローズは、たとえオメガであってもライオンである。

  王者たるライオンが、ネコの仔を殺す事など造作もない。

  「違いますよ。抑制剤のオーバードースです」

  「そうなの。でも、貴方はお兄様のお気に入りよね。妾にするつもりはなくても、愛獣人にはしようとするかも知れないわ」

  「そんな……事は……」

  「お願いよ。私からお兄様を奪わないで。貴方はたとえオメガでも、ヴァイオリンがあるから生きていけるでしょう?私は、ここでしか生きてはいけないの」

  厳密にいえば、ユウトよりもローズの方が将来の心配はない。

  公爵の血筋ならば、どこの貴族にも嫁げるだろうし、国外の王族や有権者にも引く手あまたな筈だ。

  だが、ローズの中には『ホワイトライオンを産む母になる』という選択肢以外は存在しない。

  伝統ある公爵家には、ユウトの存在は邪魔でしかないのだ。

  ユウトは、ここでは生きていけないと思った。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 3ー②]

  「ローズ様。俺、ここを出て行きます」

  「本当に?」

  「今夜にでも、出て行きます」

  「お兄様には、私からお願いした事は……」

  「言いません。置き手紙をして、ここを去ります」

  途端に、ローズは青白かった顔を、朱が差したように紅潮させた。

  だがもし、自分の腹にダグの仔がいたとしたら。

  このまま誰に知られる事なくここから出られれば、ユウトだけの仔になる。

  愛したオスの落とし胤を、ユウトは育ててやりたいと思った。

  まだ、倦怠感の残る体を引き摺って、ユウトは机に座った。

  引き出しから、便箋と封筒を取り出す。

  正直いえば座っているのも辛かったが、ローズと約束した手前、動かない訳にはいかなかった。

  そして、いつものように手紙を書いた。

  『親愛なる公爵様。

  いえ、これが最後の手紙となるならば、ダグヴェルト様とお書きした方が良いのかも知れません。

  これまで、孤児であった私を拾ってくださり、ここまでの支援までして下さいまして、ありがとうございました。

  一度、お会いして直接御礼を申し上げたかったのですが、それが叶わず残念です。

  私は、貴方様の御子息を愛してしまいました。

  野良である私は、たとえ愛獣人であってもおこがましく、またオメガの私がここで働き続ける事は、ダグラス様の為にもなりません。

  恩を仇で返すようで申し訳ございませんが、やむなくここを立ち去るのを、どうかお許し下さい。

  最後にもう一度、今まで本当にありがとうございました。』

  ユウトは、ダグヴェルトへの手紙を封筒に入れた。

  そして、今度はダグへの手紙を書く為に筆を取った。

  そのペン先が紙に触れた途端、涙が溢れ返り、ポタポタと便箋へその滴が落ちていった。

  どんな詭弁を書いても嘘になるし、本当の事を書こうとしても、これだけの想いを書き連ねるのは無理だろう。

  だからこそ、本心だけを端的に書こうと思った。

  『ダグへ。

  素晴らしいヴァイオリンの音をありがとう。

  貴方以上の奏者には、これからも出会う事はないでしょう』

  類い稀なる天才だった、至高のヴァイオリニスト。

  ホワイトライオンの血統を極めた、唯一無二の神の音。

  これから先、自分がどれだけ老いても、あの音を忘れる事はないだろう。

  その音をなぞらえて、その音を想って、これからも弾き続ける。

  ユウトは、必要最小限の荷物だけに留め、1番小さなカバンに詰めた。

  ヴァイオリンは、ダグが子供の頃に使っていたという、ユウトの愛器だけを持って。

  可能な限り、遠くへ行こう。

  いっそ国外に出てしまった方が、ユウトの巫としての力も重宝されるかも知れない。

  そしてその夜、ユウトは公爵家を後にした。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 3ー③]

  ネコ科の獣人は夜目が利く。

  オシキャットのユウトもまた、夜であっても日中と変わらずに見渡せていた。

  体調が持ち直さないままではあったが、春の訪れで雪がなくなっているのには助かった。

  だが、こんな夜更けであれば辻馬車を拾おうにも、街に出なければならない。

  ダグの城からはユウトの足で1時間という距離は、この体調ではかなりの苦痛だった。

  休み休み歩きながら、何とか街に入る直前に乗り合い馬車を捕まえた。

  だが、その馬車の扉が開かれた途端、剣呑とした空気を感じた。

  イヌらしき獣人が3獣人。

  その者達は、片目がなかったり、眉間に傷があったり、着古した外套を着ていて、粗暴な風貌をしていた。

  「これはまた、ネコにしては品のある顔をしてるな」

  「身なりも良い。ラヴィールーザのお貴族様の物か?おまけにヴァイオリンを持ってるぞ。巫か?」

  「アルファにしちゃ小さい。ベータにしては綺麗なネコだ。オメガか?」

  ユウトの背に、ゾワリと悪寒が走った。

  この獣人達は、ラヴィールーザの獣人ではない。

  恐らくは、国外から密入国した荒くれ者だ。

  春になれば、そういった狼藉者がこの地を荒らしに入国して来るのも多かった。

  ユウトは、御者に「申し訳ありませんが、乗りません」と告げると、その御者自体も獣人達とグルだったのか「まあ、そう言わずに」と言って、下卑た笑みを浮かべた。

  ゾロゾロと馬車の中から、オス達が降りて来る。

  身の危険を感じたユウトは、ヴァイオリンだけを胸に抱え、踵を返して一目散に駆け出した。

  体調が悪くさえなければ、足の早いユウトなら逃げられた筈だった。

  だが、足元をもつらせながらの逃亡は、イヌ達にとって追い詰める喜びを感じさせるだけだった。

  「ネコにしては鈍くさい奴だぞ。とにかく身ぐるみ剥いでやれ!」

  「オメガなら、楽しませてくれるぜ」

  輪姦されてしまう。

  その恐怖は、ユウトを恐慌状態に陥らせた。

  暗闇で腕を掴まれる。

  他のオスが回り込んで、ユウトを抱き寄せる。

  すえたオスの体臭が、ユウトの鼻につく。

  それは、ダグの芳しい体臭とは違う、獣じみた異臭だった。

  「離せっ!……このっ」

  「おお、このネコちゃん、何か良い匂いがするな。発情期が来るのか、終わったとこか?」

  汗臭いオスの頭が、ユウトの胸元へ顔を突っ込んで来て、その頭皮の臭いがまともにユウトの鼻先へと近付く。

  吐きそうになって、顔を逸らそうとするも、襟首を掴まれてされて引き戻される。

  「楽しもうぜ、ネコちゃん」

  「そのネコから手を離して貰おうか」

  ユウトの襟首を掴んでいたオス以外の獣人達が、吹き飛ばされたかのように弾かれた。

  余程の力だったのか、飛ばされた先で動かなくなった。

  漆黒の闇の中に立つ、明らかなる大型の獣人存在に、残されたオスも恐怖により後退り、尻餅をつく。

  そこには、豪奢な金髪を靡かせる尊大なるライオンが立っていた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 4-①]

  そのオスは壮年ではあったが、神々しいまでの美貌の持ち主だった。

  荒削りな顔立ちは、瞼が深く窪んでいて、暗闇では何色の目をしているのか闇に沈んでいて見えない。

  その切り立ったような鷲鼻が、オスの気高さを表しているように見えた。

  マントに被る長い金髪が、ユラリと揺らめいて、ユウトの近くにいた獣人達は、木の葉のように吹っ飛んだ。

  改めて間近で見て、ユウトは察した。

  ダグには似ているが、繊細な麗しさのダグより雄々しさがある。

  この偉丈夫こそ、先代の公爵であるダグヴェルトだと。

  「お前の匂いには覚えがあるぞ。オシキャット」

  「覚えていて下さいましたか」

  「山賊に襲われたオシキャットの生き残り。そして仔猫でありながら、凄まじい巫の力で己の身を守っていたな」

  「ダグヴェルト様に助けられて、今の俺があります。あの時は、本当にありがとうございました」

  「そなたは、ダグラスの城にいると聞いていたが」

  今出てきたばかりだったので、ダグヴェルトはユウトの書いた手紙を読んではいない。

  恐らくは朝、起こしに来た召し使いによって、発見されるだろう。

  ユウトは手短に事のあらましを伝えた。

  オメガである自分は、ダグの城にいては、ローズやひいては妾にとって疎ましい存在でしかないと。

  居場所もなく、このまま国外にでも旅立つつもりなのだと告げると、ダグヴェルトは豪快に笑ってユウトを抱き上げた。

  「確かにこの体臭では、ローズも妬むだろうな」

  「だ、ダグヴェルト様?!」

  「芳しい薫りがするネコだ。そなたの1獣人旅は難しいぞ。この匂いは、アルファには溜まらん」

  「そうなんですか」

  「オスには興味のない私ですら、クラリとする」

  「ご冗談を」

  「冗談などであるものか。メスとの逢い引きの後だというのに、それでも引き寄せられるそなたの体臭は、ことのほか甘く、芳醇だ」

  ダグヴェルトは、多くのメスと住んでいた筈ではなかったのか。

  なのに、こんな夜更けに逢い引きしなければならないような、道ならぬ恋をしているとでもいうのか。

  ふと、ダグヴェルトが好色であったと聞き及んでいたのを思い出す。

  まだ公爵として衰えてはいなかったのにも関わらず、メスと過ごしたいからと言って、ダグに爵位を譲り渡したという事を。

  ダグヴェルトは、その尖った鼻先でユウトの項を掻き分け、匂いを嗅いだ。

  ユウトの体に、ゾクリとした悪寒が走る。

  「ダグラスの匂いがありながら、ダグラスには噛まれていないのか」

  「噛まれて?」

  「これは好都合」

  好都合とは、どういう意味なのか。

  そう疑問には思ったが、気が付けばユウトはダグヴェルトが手綱を引く馬に乗せられていた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 4ー②]

  ダグヴェルトの別宅は、公爵領の最も西に位置にあった。

  城に着いた頃には、空はもう白んでいて、辺りは霧が立ち込めていた。

  こじんまりとした、それでも贅を尽くしたであろう壁や柱は、やはりデランダ王国から持ち込んだものなのか、華やかな装飾が施されている。

  あちこちに獅子の石像をあしらったその城は、本宅よりも雄々しい佇まいの城だった。

  ユウトは、馬から降りてもダグヴェルトに抱かれたままであるのが恥ずかった。

  だが、いくらもがいてもその腕からは逃しては貰えず。

  そのまま城内に入ると、真夜中にも関わらず、20を越える多種多様なメス達が出迎えた。

  パンサーやピューマのような猛獣だけではなく、ウサギや山羊などもいて、どのメスも艶かしい色気のある者達ばかりだった。

  「ダグヴェルト様ぁ。お帰りなさいませ」

  「レンベルト子爵夫人のところにおいでになったのではないのですか?その腕に抱いておられるのは、オスですよね?!」

  「レンベルト子爵夫人も、ここへ迎えられるおつもりですか?もう、城には部屋がございませんよ」

  「あぁ、うるさいな。お前達には、明日から順繰りに回ってやるから、とにかく部屋に戻っていろ」

  腕に抱いているのがオスであるのが面白くなかったからか、メス達はダグヴェルトの後を付いて回り、口々に文句を言った。

  だが、部屋に入る直前に主から一声吠えられて、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

  ダグヴェルトは、ソファーへユウトを下ろし、抱えるヴァイオリンを取り上げてテーブルへと置いた。

  「うるさくて済まなかったな、ユウト」

  「あ、いえ……。でも良かったんですか?……あの方達は……」

  「私の愛獣人達だよ。だが、どれもこれも食指が動かなくなってしまったのだ。何ともつまらない、というか」

  「あれだけおられるのに……」

  「恋の駆け引きは、相手があってこそ燃えるものだ。あれらは私の勝ち取った後の戦利品だよ。私は、他獣人のメスを奪う事にこそ燃えるんだ」

  実際のダグヴェルトは、ユウトが想像していた獣人とは、かなり違っていた。

  恵まれないオシキャットにすら、情をかける慈愛に満ちた獣人。

  先代の公爵達の中では、最も多くの人々を救った巫。

  そういった情け深き獣人であると思い込んでいた。

  確かに、ダグからは父親が好色であるとは聞いていたが、よもやここまでとは思ってもみなかった。

  今から思えば、ダグも父親への尊敬するような口振りは全くといってなかったように思う。

  「ところでユウト。ダグから離れて、国外へ行こうと思っていたと言っていたが」

  「あ、はい」

  「それならば、私の愛妾人になったらどうかな」

  「は?」

  「さっきのでも分かっただろうが、オメガが生きていきやすいとされているラヴィールーザでもこれなんだ。他の国なら、すぐにでも飢えたオスに襲われるぞ」

  確かに、ラヴィールーザよりも王族と庶民との身分差が激しいデランダ王国や、絶対王者であるタイガーが権力を振るうヴァリューカ王国や、猛々しい狩猟民族である黒曜は、ユウトが住むには過酷であろうとは思われた。

  だが、その周りには力弱き者達の住む村々もある。

  あえて権力者が支配する大国には、端から行くつもりもなかった。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 4ー③]

  「過分なるお言葉をありがとうございます。でも、俺はオスですから、ここにいても、ダグヴェルト様の愛獣人の皆様に不快な思いをさせてしまいますよ」

  「ちょうど、見切りをつけようと思っていたところだ。そなたを厭う者をここから追い出してもいい」

  「そんな……」

  「そもそも、そなたを引き取る交換条件で、ローズを娶ると言っていたのに、あの馬鹿息子が約束を[[rb:違 > たが]]えるから」

  それは聞いた事もなかった。

  ダグは、自分を引き取る為にそんな約束をしたのか。

  ローズは、生まれた時から正妻になるべくして存在していたのではなかったのか。

  これから、多くの妾を囲うつもりだったのではなかったのか。

  「ダグラス様は、どなたか他に結婚したい方がおられたのですか」

  「その逆だよ。誰とも結婚したがらないから、困っていたのだ。私はもう引退したというのに、未だに息子の後継ぎの心配をせねばならんとは」

  誰とも結婚したがらない。

  あれだけ性欲が旺盛で、ホワイトライオンの血統を残すのに心血を注いでいる一族に生まれながら。

  もしや、そういったダグへの印象も、ダグヴェルトのようにユウトの思い違いだったのか。

  もしかしたら、慎ましい考えの持ち主だったのではないだろうか。

  ユウトに対しては、まるで慈しむように尽くしてくれていた。

  交尾を望まないユウトに触れてしまったと、涙を流して詫びていた。

  そうやってダグへ思いを馳せていると、ダグヴェルトは強引にユウトの顎を掴んで持ち上げた。

  目の前に垂れ下がる金髪は、ダグよりも長く、ウェーブも緩やかだ。

  瞳の色は同じだが、受ける印象は全く違っていた。

  高圧的なダグヴェルトは、ユウトを見下すようにして蔑みの眼を向けていた。

  「そなたがいるせいで、ダグラスが他のメスに目を向けないのか」

  「そう、かも知れません」

  「公爵家に拾われながら、恩を仇で返すか」

  「申し訳ありません」

  「申し訳ないと思うのなら、私のものになれ。ダグラスも、お前が他のオスのものになれば、諦めもつくだろう」

  「何を、仰るのですか?」

  「お前の項を噛んで、私の番にしてしまえば、ダグラスも流石にお前を手離すだろうしな。レンベルト子爵夫人よりは、楽しませてくれそうだ」

  ダグヴェルトの金髪が覆い被さって来る。

  ユウトは、野生の本能でそれを察知し、回避しようとしたが、顎を捉えられていて寸分も動けなかった。

  ダグではない唇が降りてくる。

  触れられたくない。

  奪われたくない。

  その一心で、ユウトは牙を剥いた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 5ー①]

  ガリッと、肉を断ち切るような音がして、ダグヴェルトは顔を離した。

  その美しく象った唇が裂け、真っ赤な鮮血が滴り落ちている。

  ユウトの牙が、ダグヴェルトの唇を噛み千切っていた。

  「野良ネコが!この私自ら、公爵の愛獣人にしてやろうと言うものを!」

  「あんたはもう、公爵じゃない!公爵はダグだ!」

  「お前をめちゃめちゃに犯して、ただの淫乱なメスに引き摺り下ろしてくれる!」

  マントとジャケットを脱ぎ捨て、ダグヴェルトが飛び掛かって来た。

  流石に大型の猛獣とでは、どれだけ抗おうが歯が立たない。

  それでもユウトは、諦めたくはなかった。

  精一杯の力を込めて、ダグヴェルトを押し退けようともがいたが、まるで紙が裂けるようにして、ユウトのジャケットもブラウスも引き裂かれる。

  そして、その鎖骨へとダグヴェルトの歯が食い込んだ。

  こんなにも簡単に噛み付かれてしまう。

  このままなら、項に噛み付かれるのも時間の問題だった。

  「やだっ!やだっ!嫌だっ!ダグ~!!!」

  その直後、爆発するような轟音が鳴り響いた。

  どうやって、ここを知り得たのか。

  どうやって、ここまで辿り着いたのか。

  どうして、そこまでユウトにしてくれるのか。

  どうして、そんなにもユウトを想ってくれるのか。

  声を聞いただけで、全ての疑問や不安が消し飛ぶ。

  それは、ユウトへの愛情の全てが、込められた声だった。

  「ユウトっ!」

  分厚い扉の蝶番や、シリンダー部分を破壊して、扉をぶち破って突入して来たのは、ダグだった。

  「ダグ!」

  ダグは、父の肩を掴んでユウトから引き離し、自らの拳を顔へとめり込ませた。

  ほとんど変わらないだろう体型である筈のダグヴェルトは、数メートル先にまで吹っ飛ばされる。

  ライオンのアルファの渾身の一撃は、爆発するような凄まじいパワーだった。

  「ユウトは、俺の番だ!俺のものに手を出すなら、たとえ父親だろうと許さない」

  「お前の番はローズだ!馬鹿め!約束を忘れたか!」

  「約束なんざ、その場で忘れたよ。本心を言えば」

  「何だと?!」

  「ただ、公爵になる為に、一旦は我慢しただけだ。貴方の尻拭いを終えたら、このしがらみを全て捨て去るつもりだった」

  「貴様っ!」

  「俺は貴方とは違う。俺は愛する者としか番わない。ずっと、ずっと、憎んでいた。自分の中にある禍々しい獣欲を」

  ヴァイオリンの巫の血統は、他の獣人よりも、血が濃く、野生に近いが為に、性欲も強かった。

  どんな獣人でも、自分を満たせない。

  ユウトだけが、ダグを満たす。

  ホワイトライオンの血統を絶やしてはならないという呪縛から、ユウトが救い出してくれた。

  ただ仔を成して、次代に繋ぐだけの虚しさに囚われていたダグへ、愛がなんたるか、感情がなんたるかを教えてくれた。

  [newpage]

  [chapter:恋しい音 5ー②]

  「ユウトだけが、俺をホワイトライオンという神獣ではなく、普通の獣人にしてくれるんだ」

  「愚かな!お前がそんな事では、ホワイトライオンの純血が絶えるぞ!」

  「この呪われた血の何が純血か!そうやって神格化すれば、する程に、子孫達が苦しむのが分からないか!実際に貴方も苦しめられただろう!」

  「多くのメスと交尾出来るこの待遇を、喜びと言わずして何と言うんだ?どんなメスも、ホワイトライオンの精子を貰えるとあっては、簡単に股を開く。どんなに許されない相手であっても、手に入らないメスはいないんだ」

  「貴方は病気だ。本当の意味で、もうライオンである事をやめた方がいい」

  そうして、親子は親子ではなくなり、ただの獣と獣になった。

  ダグとダグヴェルトから、炎のような熱気が立ち上る。

  牙や、爪が伸び、背筋が丸く曲がっていく。

  互いの体に、徐々に獣毛が生い茂っていった。

  その体格には、ほとんど差はなかった。

  ただ、ダグヴェルトの方が[[rb:鬣 > たてがみ]]は長かったが、手足の筋肉量はダグの方があった。

  ぶつかり合うような衝撃音が響き渡り、ユウトの体もその凄まじい風圧に後退る。

  獣同士の唸り声と、肉のぶつかり合う音が激しく響くが、その動きは目にも止まらぬ速さだった。

  だがほんの数十秒で、その闘いは終わりを告げる。

  断末魔の叫びを、黄金のライオンの方が上げ、ホワイトライオンは、その口を血で真っ赤に染めていた。

  ダグは、父の耳や尻尾を研ぎ澄ました牙で食い千切り、生殖器は鋭利な爪で抉り取り、父の淫蕩なるその性に終止符を打った。

  2獣人は、魔法が解けたようにして人型へと戻っていく。

  ダグは、口の中の血を吐き出し、近くにあった破かれた服でその血を拭った。

  ダグヴェルトは、叫び声を上げながら股間を押さえ、小さく縮こまっていた。

  「貴方とは闘いたくはなかった。まがりなりにも父親ではあったから」

  「ダグ…ラス…」

  「穏便に話し合いをするつもりだった。その為に、貴方が散財したものを全て回収した。その上で、ユウトを妻に迎えるのを認めて貰うつもりだったのに。貴方が、ユウトに手出ししようとさえしなければ」

  部屋の隅で、全てを見ていたユウトは、仔猫のように小さくなっていた。

  ダグは近寄ってそれを抱き上げ、見上げるまでに持ち上げた。

  「ユウちゃん。戻って来て欲しい。全て、君の為に終わらせたから」

  「うん」

  ユウトは、ダグの首へと腕を回し、柔らかな巻き髪へと顔を埋めた。

  ローズだけではない。

  ダグもまた、ヴァイオリンの血統に縛り付けられていた。

  そうしてやっと今、その呪縛から解放されたのだ。

  自らの手で、そのしがらみの鎖を断ち切る事によって。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 1ー①]

  あの時程、焦燥感に駆られた事はない。

  豊穣祭から、何とか体調の悪いユウトを連れ帰った後、そっとしておいてやれとグレイクに言われたが、それでもいてもたってもいられなくて、こっそりと夜更けに覗きに行った。

  ただ、安らかに眠っているのを見るだけで良かった。

  だが、部屋にはユウトの姿はなく、手紙だけが机の上に置かれていた。

  公爵様へと書かれた父宛の手紙と、ダグへの書き置きと。

  父への手紙は封をされ、丁寧に書かれたものだったが、ダグへは便箋にほんの数行、文字が連ねられただけのものだった。

  だが、それにはユウトの想いが込められていて、その紙は涙に濡れ、たわんでいた。

  そして、ダグは駆けた。

  巫の力を使い、ユウトの匂いを追うと、途中で何故かUターンするように公爵領へと引き返している事に気が付く。

  ユウトの匂いと合わせて、覚えのある噎せ返るようなオスの匂いが合わさっていた。

  それを辿ると、懸念していた通り、父の住む城へ向かっていて血の気が引いた。

  あの好色なる父親の手に、ユウトが堕ちてしまったら。

  いくらオメガが嫌いとはいえ、ユウトの芳しいフェロモンは、ベータのオスですら惑わすものだ。

  ダグヴェルトに、種付けされてしまう。

  獣化しそうになるのを必死に堪え、匂いを追って馬を走らせた。

  そうして着いた先の光景を見て、ダグは今まで自分が積み上げて来たものが、一瞬でどうでもよくなった。

  父の愚挙により失った公爵家の財産を取り返す事や、周りの全てのものに自分やユウトを認めさせる事。

  また、曲がりなりにも父親だったオスへの敬意。

  そんなものを全て捨てて、最初からユウトだけを奪えば良かったと。

  そうしてダグ自身も囚われていた、ホワイトライオンの呪縛から、解き放たれたのだった。

  無事にユウトを取り返し、帰り道、ダグの馬へと乗せられたユウトは、勝手に城を出てダグの手を煩わせてしまったのを反省し、項垂れていた。

  「あ、あのな。ダグ。えっと、ホントごめん。助けに来てくれて、ありがとうな」

  「体調が悪いのに、どうして出て行ったの?……って、問い詰めたいところだけど、全部、分かってるから」

  「え?全部?」

  「ローズに責められたでしょ。部屋にローズの匂いがプンプンしてたし」

  「そこまで分かるのか?!」

  「公爵たる者、その位、嗅ぎ分けられるよ。ユウちゃんの体調もね」

  「だ、だったら俺が妊娠してるのも……」

  「妊娠してないよ」

  「え?」

  「ユウちゃんから妊娠した匂いも、子供がお腹にいるのも感じられない」

  巫の力は、公爵によっても様々ではあったが、獣化した獣の声を聞けたり、透視出来たりと、尋常ならざる力を有している。

  その力は、他の巫達の力を凌駕するものだった。

  [newpage]

  [chapter:第五章・愛しい音 1ー②]

  「俺、妊娠してねぇの?」

  「赤ちゃん、欲しかった?」

  それにはユウトも答えなかったが、その真意はダグへと伝わっていた。

  もしも出来ていたら、自分だけで育てようと思っていた。

  ダグの仔を精一杯愛し、2獣人だけで生きていこうと。

  ダグには絶対に、迷惑をかけたくはなかった。

  「ユウちゃんと仔供は沢山作ろうと思ってたよ。でも、色んなものが片付いてからでないと、ユウちゃんは嫌がるかな~って思ってたから、色々と頑張ってたんだ。待たせちゃって、ごめんね?」

  「ダグ……」

  「俺のお嫁さんになってくれる?」

  ユウトは、嗚咽混じりに頷いた。

  信じて良かったのだ。

  最初から、ダグを想っていても許されていた。

  ユウトは、その心遣いが素直に嬉しかった。

  ダグがユウトを連れて帰ると、グレイクが慌てて飛び出して来て、出迎えた。

  2獣人の不在に直ぐに合点がいき、いてもたってもいられないものの、どうする事も出来ず、城の中をグルグルと歩き回ってやきもきとしていた。

  「ダグラス様!ユウト!ご無事でしたか」

  「グレイク、すぐに風呂を用意して」

  「はい!」

  「それとね、再度、確認しておくけど、もう何の障害もないよね?お前も納得したよね?」

  「まぁ、御家の事に関しましては」

  「何だよ。まだ何かあるの?お前専用の育毛剤は、早く開発しろって研究所に通達してあるよ」

  「育毛剤って!もうハゲてるみたいに言わないで下さい!まだしっかり自前毛はありますよ!」

  「そんなら、何の心配だよ」

  「お分かりになりませんか?!あ~、もう、胃が痛い!」

  「胃薬なら、最新の薬が近日中に届くようにしてあるよ。1年分相当の。良かったな」

  「1年分って!何かの景品みたいに言わないで下さい!そうじゃないです!ローズ様の事ですよ!」

  ダグに抱かれたままのユウトは、周りの空気がスウッと下がったのを察した。

  ユウトの中のダグは、メスに対してフェミニストであり、決して軽んじてはいない印象がある。

  そんなダグがよもや、メスに対して横暴な態度を取るとは思えない。

  だが、ダグの体からは殺気に近いような、刺々しいものを感じていた。

  「ダグ?」

  「ユウちゃん、ちょっと俺の部屋で待っててくれる?終わらせて来るから」

  「お、終わらせて?」

  「うん。もう、何の心配もいらないから」

  「あ、あのな。あんまり酷い事はすんなよ」

  ローズには罪はない。

  あるとするなら、公爵家の忌まわしい伝統にある。

  ローズは、その呪いに洗脳されているのも同じだった。

  「心配しなくても良いよ。ローズは妹だよ?噛み付いたりなんかしないからね」

  だが尊大なるライオンは、一般の獣人よりも獰猛である。

  そのダグの言い様に、ユウトは冷や汗を流した。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 1ー③]

  夜中にも関わらず、ローズは椅子に座って、宙を見ていた。

  その瞳には、何も映ってはいない。

  だが、ダグが訪れた途端に、瞳はダグだけを映す。

  そして、無表情から花が綻ぶような笑顔になった。

  ローズの呪縛は根深く、ここにいる限りそれは解けない。

  公爵家に生まれたオメガは、代々、己を守る為にそうしなければ生きては来られなかった。

  「お兄様!やっと私の部屋へ来て下さいましたのね!」

  「ローズ。お前は、静養所へ送るよ。そこで心身共に健康になって」

  「……どういう事ですか?」

  「心と体を療養しながら、学べる施設がある。お前はもっと外の世界を知るべきだよ。そこに行けば、お前もこの呪われた血の戒めから解放されるだろう」

  「私は、お兄様の妻という立場でしか、生きていたくはありません!お父様からもそう言われて……」

  「父上は、もうこの家には干渉しない。そんな力もなくなったよ。俺が黙らせたから」

  「黙らせたって……」

  「恐らくは愛獣人や妾達からも、もう見放されるだろう。これからは、大人しく隠居生活を送られるさ。何なら、父上の城に住むか?」

  ローズはそれには、大きく首を振った。

  ダグヴェルトには、幼い頃から『ホワイトライオンを産め』と、呪文のように言われ続け、またその言葉しか聞いた事がなかった。

  そのダグヴェルトに対して、父親としての愛情を感じた記憶もない。

  名実共に公爵家の頂点に立ったダグへ、ローズは跪いた。

  「私の全ては、お兄様のものでございます」

  「ならば、公爵として命ずる。ローズ、静養所へ行け」

  「健康になりましたら、お兄様の妻として迎えて下さいますね?」

  ダグは、それには答えず、笑顔だけを向けた。

  どれだけ真実を誠実に伝えようとも、ローズの心の闇には、何も響かない。

  もしも、ローズが心身共に健康になる日が来たとしたら、ローズ自身を大切にしてくれるだろう貴族の獣人の元へ嫁がせようと思った。

  ローズだけを愛するような、純朴なオスの元へ。

  真に愛し愛される時が来れば、その時こそローズは本当の幸せを知る事が出来る筈だ。

  ただ、この根深い呪縛から逃れられず、永遠に蝕まれるかも知れなかったが。

  そうなれば、ダグはもう2度とローズに会う事はないだろう。

  そうして、ローズはその翌々日には旅立った。

  ダグは、別れの言葉を告げなかった。

  会えば出発を渋るだろうとは分かっていたので、あえて見送らなかった。

  ローズもその意味を理解していたのか、

  馬車に乗り込む際も、ただ静かに大粒の涙を流し続けていたという。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 2ー①]

  ユウトは、初めてダグの部屋へ連れて来られ、グレイクに付き添われて風呂で体を流した。

  その部屋は、恐らくこの城で1番大きな部屋なのだろうが、妙に寒々としていた。

  華美な調度品などは1つもなく、沢山の本が詰まった本棚、そしてダグの愛器であろうヴァイオリンが執務の為の机上にポツンと乗っていた。

  部屋の奥にある天蓋付きのベッドだけが、妙に豪華だった。

  ここへはローズ以外に入ってはならないと思っていた。

  ローズとの愛を育む場所だから、自分などは入室を許されない空間なのだと、端から決め付けいた。

  「グレイク。……俺がここに入って良いのか?」

  「ダグラス様とユウト以外に、誰が入れますか。……あ、私と掃除担当のヘンリーとビリーは入りますけど」

  「それは、仕事でだろうが」

  「そうですよ。ですから、ユウトの言うような、メスやオメガがこの部屋に入った事はありませんよ」

  「そうなのか」

  「ダグラス様は、ここではほとんど寝るか執務をこなされるだけです。まぁ、それはご本人とよく話されますように」

  「えっとさ、あの~、グレイクはそれで良いのか?」

  公爵家に尽くす執事であるグレイクにしてみれば、自分はダグをたぶらかすオメガに思えるのではないか。

  ローズやリズ、また他の妾達を受け入れようとはしないダグに、危機感を持っていたのではないか。

  そう聞くと、グレイクは小さな溜め息をついた。

  「私は、ヴァイオリンの巫に使える執事ですよ、ユウト。確かに子孫を絶やす訳にはいかない。ですが、ホワイトライオンの言う言葉は、何よりも絶対なのです」

  「ダグ、他に妾を連れて来るつもりがないかもだぞ?」

  グレイクもダグが公爵になった当初は、ここまでやり遂げるとは思わなかった。

  先代が手離した公爵としての利権は、その8割を失っていたし、特に製薬工場に関しては全てを明け渡していた。

  その1つ1つを正当なる方法で取り戻していくのには、この獣人が真の後継者で良かったと何度も痛感した。

  やがて、それがたった1獣人のオシキャットの為だったと知り、主の一途さに涙した。

  「この血筋を絶やす訳にはいきません。ユウトには精々頑張って貰わなければ。公爵家のヴァイオリンは特別なのです。それは、ユウトが1番分かっているでしょう?」

  脈々と流れる、至高のヴァイオリンの音色。

  それは、どんな獣人が技術を駆使しても生み出せない、高貴な音色だった。

  この音を奏でる獣人を絶やしてはならないという、グレイクの思いは強い。

  それはひいてはこのラヴィールーザの未来にも関わるからだ。

  「俺もグレイクの胃に穴が開かないように、ダグの手伝いをするよ」

  「出来ましたら、ダグラス様の首に首輪を着けて、大人しくさせて欲しいのですが」

  「可能ならな」

  ユウトは、ダグのベッドへ横になるようにと言われ、素直に応じた。

  この部屋には、メスやオメガが入った事がない。

  それが何よりも嬉しいと感じる自分がいる。

  真実は常に見えるとは限らない。

  むしろ、見えていない事の方が多い。

  放蕩者だと思っていたダグは、あの美しいヴァイオリンの音のように、純粋だった。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 2ー②]

  ダグが部屋へと帰って来て、ユウトはベッドで横になりながら、ローズに対する『処分』を聞いた。

  まさに『処分』されると思っていた。

  今は絶対君主というべき存在であるダグが、そのライオンとしての厳格なる処罰をされると。

  だが、ローズの未来が閉ざされた訳ではないと知って、ユウトもほっとした。

  「それでもね、ローズが心の闇から抜け出せなければ、一生、静養所から出すつもりはないからね」

  「そこは俺がどうこう出来るとこじゃないし。陰ながら、幸せになってくれるのを願ってるよ」

  ダグは、まるで仔供のようにしてベッドへと潜り込み、ユウトの体へと抱き付いて来た。

  そうして安堵の息を吐く。

  「ユウちゃん。お風呂に入った?」

  「うん。体が本調子じゃないから、グレイクに流して貰った」

  「ちょっと待って。グレイクとお風呂に入ったの?」

  「変な言い方すんな。俺がフラフラしてるから、倒れないように手伝ってくれただけだろ」

  「でも、ユウちゃんの裸見たんだよね!」

  「そんな事言ってな!お前の裸なんか、何獣人のメスが見てんだろうが!」

  つい売り言葉に買い言葉で、暴言を吐いてしまう。

  それには、ダグは顔をくしゃりと歪ませ、涙目になった。

  「俺だって、ライオンなんかに生まれたくなかったよ」

  「何、泣いてんだよ、あんた」

  「ユウちゃんには分からないかも知れないけど、成獣になった猛獣は性欲が他の獣人より強いんだ。欲望が暴走するし、獣化する」

  「それは、分かってるよ」

  「母を置き去りにして、妾や愛獣人にうつつを抜かす父親を、いつも心のどこかで軽蔑していた。父のようにはなりたくなかった。ずっと、ずっと、苦しんで足掻いて。でも、どうしようもなくて。そんな自分を嫌悪したよ」

  父は、性欲が強いのと反比例して精子が少ない事による弊害が、多くのメスを囲わざるを得ない結果となり、快楽依存性へと拍車をかけた。

  血族同士の延々たる結び付きが、生命体としてあらゆる障害を生んでいた。

  父に捨てられた母は、公爵の妻という地位にも生き甲斐を見付けられなくなり、自害した。

  そんな母の最期の時にも、父は他のメスの元にいた。

  もうどうでもいいかと諦めた時もある。

  精通して間もない頃は、それをコントロール出来なくて、しょっちゅう獣化していた。

  父親からメスをあてがわれたり、自ら寄ってくるメスやオメガ達に、このまま流されてしまってもいいかと思った。

  「でも、あのオシキャットの村でユウちゃんに出会って、この子は『運命の番』だと瞬時に思った。絶対に守ってやるって決めたんだ」

  オシキャットの村には、ダグとダグヴェルトで訪れたが、その時にはもうユウト以外のオシキャット達は全て殺されていた。

  ダグヴェルトは、ユウトを中央都市ヴァルハラの保護区に入れる道を勧めたが、その保護区に入ってしまえば、2度外には出れないかも知れない。

  保護法の元には、同種族であり互いの同意もあって、子孫繁栄という大義名分でもなければ、圧倒的な優勢遺伝子を持つ自分の妻には出来ない。

  ダグは、ユウトの将来を自分に任せて欲しいと父に訴えた。

  初めて願望を露にしたダグへ、それを叶えてやる代わりにと、ダグヴェルトは約束させる。

  すぐにでも公爵の後を継ぐ事。

  ローズを妻に迎える事。

  ホワイトライオンを誕生させる為に、尽くす事。

  一旦はそれを受け入れたものの、ダグはそれを覆す為に奔走する。

  父親が欲望の為に手離した利権の全てを取り返し、このラヴィールーザで1番の資産家になる。

  名実共に、この国の頂点に立つ。

  ユウトを妻として迎えても、誰の文句も言わせない為に。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 2ー③]

  だが、ユウトが想像以上に早く成長し、[[rb:修学院 > アクワイア]]を卒業して来た為に、まだ全てを取り返してはいなかったダグは、ユウトを待たせる羽目になった。

  「ユウちゃんも俺に恩返ししようと頑張ってくれちゃったから、バタバタしちゃったよねぇ」

  「俺、勘違いして、ダグヴェルト様に手紙書いてたよ……」

  「ユウちゃんの手紙は、ちゃんと俺に届いてたよ。ほら」

  ダグがベッド横のサイドボードの引き出しを開くと、そこにはユウトからの手紙が綺麗に整頓されて並べられていた。

  貴族の手紙は封蝋で閉じられている為に開けないが、一般の手紙は検閲される。

  だが、ユウトからの手紙に関しては、全て封を開く事なくダグへ回すようにとグレイクに指示していた。

  「ユウちゃんは『公爵様へ』って書いてたでしょ?だから間違いはないよ。1番最後に書いた『ダグヴェルト様へ』って手紙以外は」

  「読んでくれてたんだ」

  「うん。何回も、何回も読んだ。暗記してるよ。最初から全部」

  「うわ~!やめてくれ~!恥ずかしい!最初の頃の手紙って、字もろくに知らなかったから、誤字脱字だらけだったのに!」

  「仔供からの手紙みたいで可愛かったねぇ」

  「ぎゃぁぁぁ!今すぐ、燃やしたい!」

  「だーめ。この手紙は、俺の宝物なんだから。この手紙を貰う度に、綺麗なネコちゃんに育っているんだろうな、って想像してたよ」

  悶えるユウトを抱き締めて、ダグはその頬や額にキスしまくった。

  そうして何度もキスされ、ダグの匂いと暖かさに包まれて、ユウトはうっとりと悦に入る。

  こうしてダグの体臭に恍惚となってしまうのは、やはり運命の番だからなのだろうと実感する。

  「俺が初めて聞いたヴァイオリンの音は、ダグのものだった?」

  「もちろん。奥さんの朝の目覚めを、他のオスに譲る気はないね」

  「俺の名前も、ダグが決めてくれたんだよな」

  「うん。黒曜や東の方の地域の本からね。あの辺りにはネコ族が多いから、ユウちゃんの先祖もあの辺りに住んでたと思うんだよね」

  「ちなみに、ユウトってどういう字なんだ?」

  「ユウちゃんの『悠』は、すっごく大きくて果てしないって意味だよ。『斗』はね。計る器。大きな器の子になって欲しいな、って思ったんだ」

  ユウトの手を取って、その字をなぞらえる。

  すると、不思議とその手のひらのくすぐったい感触が、ぽっと暖かくなるような気がした。

  ダグの指先から、熱が伝わるように。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 3ー①]

  ダグは、ユウトの額にキスをしてから立ち上がった。

  ヴァイオリンを奏でる為に。

  奏でる音楽は、ユウトへの癒しの曲だ。

  緩やかな、そして淀みない美しいメロディは、決して沢山の音を詰め込んでいる訳ではなかったが、ユウトの心身の、その細胞の1つ1つにまで染み渡り、癒す。

  ダグヴェルトに噛まれた鎖骨の傷も埋まっていき、体に苦痛を与えるあらゆるものを取り除き、洗い流していく。

  癒す、という音はこういうものなのだと、ユウトは身を持って知った。

  この世界最高の巫が奏でる音によって。

  そうして深い眠りの世界へと誘われる。

  ユウトは、あの膜に包まれていた赤子の頃を思い出していた。

  体に染み込んで来るヴァイオリンの音色に、その時から恋していた。

  ぼんやりと見える、膜の外にいる麗しい獣人。

  その頃には分からなかった。

  これだけ心惹かれるという存在は、番以外にはなかったのだと。

  豊穣祭を終えて、五大公爵達が次々とダグの城へと訪れた。

  最北に住むライオンのキースは、それはもう偏屈で、挙げ足を取っては相手を地獄へと引き摺り落とすような、悪魔の舌を持ったオスだった。

  ユウトに対しても『野良ネコ』だの、『貧相』だの、『仔猫』だのと雑言ばかりを並べていたが、ユウトがヴァイオリンを弾き出した途端にその毒舌が止まった。

  それどころか、慌ててピアノを弾き始めて、散々、演奏した後に、『また、一緒に弾いてやっても良いぞ』と宣った。

  ヴィオラの巫であるブラックパンサーのマークは、同じく妻のブラックパンサーと、まだ変化していないその弟を連れて訪れた。

  マークは、それはもう見ていても呆れる程に妻を溺愛していた。

  猛獣とは思えないかしましい兄弟の、特に弟の方がダグの尻尾を噛り倒し、ダグはその後しばらくの間、穂先のような尻尾が枯れ木のようになっていた。

  ユウトもことのほか気に入られて、滞在中はほとんどユウトの膝の上に座っていたので、それにはダグがやきもきとしていた。

  打楽の巫であるエディは、公爵たる威厳の備わったオスだった。

  ブラックタイガーという、ラヴィールーザでは珍しい獣種だっただけではなく、その赤い瞳は全てのものを見透かすように達観していて、あの暴君なまでに自由主義のダグが『はい、はい』と腰を低くして言うことを聞いていた。

  その光景に、ユウトも尊敬の念に駆られ、エディへ「ずっといて欲しい」と願い出た程だ。

  それを見たダグは、拗ねてむくれた後、「ユウちゃんは、エディの方が良いの?」と半泣きになっていた。

  最後に訪れたダグと最も仲が良いという、声の巫であるライオンのレオンは、全てにおいて豪快なオスだった。

  見た目の腰にまで届く流れるような金髪も、その大胆な性格も、声の巫らしい大声も、何かもに圧倒される。

  そして何よりも、幼い頃から唯一無二の番であるハムスターを愛し続け、貫いているのには、ユウトも感銘を受けた。

  「レオンもダグと同じライオンだろう?……その、発情ヒートしたりして、他のメスやオメガに引き摺られたとかねーの?」

  「そんなの、ある訳ねーだろ!俺には一生、奥さんだけなんだから」

  「そんなライオンがいんのか!」

  「どうしても勃起しちまった時は、自分の巫の力で抑え込むんだよ」

  「そんな力の使い方していーのかよ!」

  「いーの、いーの!だって、ダグちゃんにも王立学校の在学中には、よく歌ったげたぞ?ラララ~♪獣化しちゃぁダ~メよぉ~ん♪獣化したら~チョメチョメよぉ~ん♪ラララ~♪治まれ~♪ダグちゃんのチンコ~♪って」

  「わっはっはっは!馬鹿だ!このライオン!」

  ユウトは、ダグの心友であろうレオンが、とても好きになった。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 3ー②]

  初夏の日差しが感じられるようになった頃。

  ユウトは改めて、ダグから『結婚して下さい』と申し込まれた。

  春から夏にかけて巫達は、ラヴィールーザ中の作物を育てる遠征に出る。

  ダグも、ユウトを連れて廻るつもりだった。

  これから共に暮らしていく伴侶として。

  「ユウちゃんは、初めて会った時から、俺の[[rb:番 > つがい]]だって分かってたよ。ユウちゃんも、目覚めの音で感じなかった?」

  「アルファのダグ程には分からなかったけど、でもこの音は世界で唯一無二だっていうのは感じてたよ」

  ユウトが目覚めの時に膜の外に見えていたあの姿は、ダグだった。

  真っ当な獣人として育つかも分からないような、異質な存在だった自分を愛してくれた、世界でたった1獣人の恋人。

  その想いを、ずっと一途に貫いてくれていた。

  「改めて、俺のお嫁さんになってくれる?」

  「うん。他に妾とか、愛獣人とか、いないなら」

  「いないよ。そんなの」

  「いや、あんたの気持ちは疑ってないんだけど、過去が過去だけに。いつぞやの伯爵夫人みたいなのがワラワラと出て来たら、俺も毎回キレてらんないし」

  「あれは図々しい特例だったんだよ。俺はユウちゃんが初めての獣人だったのに、そんなのいる訳ないでしょ」

  「何だと?!」

  「いや、だからユウちゃんが俺の童貞を奪ってくれたの」

  「いやいや、何を根拠にそんな嘘をつくかな。このエロモテライオンが。[[rb:王族学校 > ロイヤルスクール]]でもハーレムみたいだったんだろうが」

  「俺の周りにはメスが沢山いたけど、誰ともセックスも交尾もしてないし」

  「えぇ?!」

  「そりゃ、獣化しそうになったのを慰めて貰ったりはあったけど、誰にも種付けも挿入もしてないよ。みんな俺のメスだって自慢気に「昨日、ダグと寝ちゃった」とかホラ吹いて、お互いに牽制してたけど」

  誰もが自分が1番ダグに愛されていると公言したがり、虚言を吐いていた。

  自分が相手にもされないなどという、屈辱を知られまいとして。

  「こないだ来たレオちゃんも言ってたでしょ?途中からは、レオちゃんの「勃起を抑える歌」で賄えてたし、お陰様で学校で「レオちゃんとデキてる」なんて噂も流れたから、そこからは一気にメスが寄り付かなくなったし」

  「あの、アホライオンとデキてたのか!アホなのに!」

  「そう言わないであげて。随分と助けてくれたんだから」

  「わっはっはっは!思い出した!『勃起を抑える歌』!わっはっはっは!」

  「だからね。ユウちゃんに欲情して獣化して暴走した時が、俺の初体験だったんだよね。いや~、もう、獣化しての交尾ってスゴいんだね~。ライオンは40連発出来るっていうの、あながち嘘じゃないんだって実感したよ」

  ユウトの笑いがピタリと止まる。

  あの時は、ユウトの体調が悪すぎてあそこで止めてくれたようだったが、あの調子で40連発もされたら、それこそ死に至る。

  それを想像して、ユウトはみるみるその顔から血の気が引いた。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 3ー③]

  「ちょっと待て。40連発ってなんなんだ?40回も出るって事か?」

  「まぁ、ライオンが[[rb:発情 > ヒート]]したら、その位、出来ちゃう話を聞いたんだけどね。厳密には、最初の1回で獣化が解けるから、40回は無理だろうけど」

  「今、あんた、出来そうとか言っただろ!」

  「うん。ユウちゃんが発情期を迎えたら、出来る気がする」

  「やめろ!馬鹿っ!死ぬわ、俺が!」

  ダグは、激しく逆毛を立てるユウトをそっと抱き寄せるが、それでもユウトの尻尾は膨らんで立ったままだった。

  「何もしなかったら、獣化ってどの位で解けるんだ?」

  「20日位かな?何もない時なら良いんだけど、新年の宴とか、豊穣祭とか、行事がある時は困るんだよねぇ」

  「とにかく良いか!獣化する前に何とかしろよ!出来ればレオンみたいに『勃起を抑えるヴァイオリン』てのを発明しろ!」

  「う~ん。それはまぁ、出来そうかなぁ」

  「ダグが出来ないなら、俺が編み出してやる!俺の命にもかかってるんだから!」

  「それも良いんだけどね。獣化しないように前もって、日頃から発散しておくっていうのも手だと思うんだよね」

  ユウトが顔を上げると、にっこりと微笑むダグの顔があった。

  流石に鈍いユウトでも、今、自分が誘われているのが分かる。

  「け、結婚してからじゃねぇの?」

  「結婚式、秋にしようて言ってたよね?秋まで待てないんだけど。それまでに何回も獣化しちゃうよ」

  「そ、それはダメだ!」

  「そしたら今から、俺の愛の全てを受け止めてくれる?」

  まるで仔ネコのように、ダグは愛らしく小首を傾げ、ボンボンの付いた尻尾をユラユラと揺らした。

  この破壊力のある可憐さには、勝てない。

  ユウトの胸がキュンと疼き、メロメロになった。

  「もう、何なの。百獣の王のくせに。こんなにデカいのに可愛いなんて、俺、ダグが仔供の頃に出会ってたら、萌え死んでたと思う」

  「そしたら、俺の仔をいっぱい産んでほしい。毎日、萌え死ねちゃうよ」

  「馬鹿」

  ユウトは上から覆い被さって来る、金色の巻き髪をフワリと頬に感じた。

  そうして、暖かなものが唇へと触れる。

  そこから『愛情』という名の甘い熱が流れ込んで来た。

  その喜びに、ユウトは微笑みながら目を閉じた。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 4ー①]

  キスをされながら、ベッドへと運ばれ、ユウトは夢見心地だった。

  優しく降ろされて、覆い被さられても重さを少しも感じる事なく、キスを受けながら、その甘さにくったりとなってしまう。

  獣化した時も、ダグは決してユウトへ負担をかけなかった。

  そうした心遣いの1つも、ダグの優しさなのだと思う。

  シャツの中に手を差し込まれ、暖かな手が脇腹をくすぐる。

  その生々しい感触に、ぞわりとした快感がそこから広がる。

  獣の時には感じられなかった人肌の滑らかな愛撫に、ユウトはたじろぐが、ダグのキスに縫い止められたままだ。

  撫で回すようにしてその体を探り、胸へ辿り付いて、その尖りを見付ける。

  乳首の先端を摘ままれて、乳頭が押し出されるようにして飛び出す。

  その乳首への痺れは、何故か尻へと伝わりキュンと疼いた。

  ユウトの中の、メスの部分が乳首を弄られて悦んでいる。

  オメガである事に鈍感だった自分でも、そうやってアルファを求める感覚があるのを知らされた。

  それから暫く、ダグの豊かな髪が胸に覆い被さって離れなかった。

  乳輪ごと吸い上げたり、乳頭の先端だけを舌でチロチロと弄ばれたり、指先でこよりを作るように摘ままれたりと、胸ばかり責められた。

  「やっ、……やだっ、ダグっ!……何で、胸、ばっかりっ、あぁっ!」

  「胸への刺激は、子宮に伝わるんだって。そしたら、ユウちゃんも気持ち悦くなるでしょう?」

  「でも、そんなっ、……したら、乳首が痛いよっ!」

  「痛いの?」

  ダグがユウトの胸から離れると、途端に訳の分からない寂寥感が襲う。

  ジンジンと痺れる乳首に、冷たい風が当たるのですら、妙な刺激を生んで、ユウトの背筋に甘い快感を走らせた。

  「あ、……ぁん」

  「……ちょっと、ユウちゃん、そんな声出されたら、困る……」

  「だって、ダグが散々、舐める、からぁ」

  「あぁっ!くそっ!」

  ダグは堪らなくなって、ユウトのスラックスを引き摺り降ろした。

  突然に性器を空気に晒されて、ユウトは体をブルリと震わせる。

  その感じきったペニスからはトロリとした白い液体が流れ落ちていて、後ろにまで伝わっていて。

  ダグの大きな手によって太腿を押し上げられて、重心が肩や後ろ首に掛かる程に体を浮かせられると、その双丘の間からは別の蜜液が溢れ返っていた。

  「ユウちゃん。おっぱい舐めてただけで、気持ち悦くなっちゃった?」

  「お、おっぱい言うな!オスの胸は、おっぱいじゃない!」

  「おっぱいだよ。これから俺がいっぱい舐めたり、赤ちゃんが沢山お乳を貰うとこなんだから」

  「やっ、……あぁぁぁぁぁ!」

  腰を浮き上がらせたまま、ダグはユウトの尻の[[rb:間 > あわい]]をぺろりと舐めた。

  その熱が蜜口を通り過ぎるだけで、ユウトの全身に電気で痺れるような快感が走った。

  [newpage]

  愛しい音 4ー②

  ダグは殊更、ゆっくりとユウトを味わった。

  初めての時は、訳もわからずに暴走して、獣化してしまった。

  獣化しての快楽と、人型の快楽とはまるで違う。

  人型では、ユウトを慈しみ、より感じさせてやる事が出来る。

  ダグがうっとりと堪能するように尻の谷間や、会陰を舐めると、ユウトの中から溢れるようにして蜜が漏れ出す。

  またそれを舐めて、舐めて、ジュルリと吸い上げてやると、更に溢れてくる。

  その蜜は、格別なる甘さだった。

  番の愛液は、アルファにとって極上の酒のようでもあった。

  ユウトも気持ち悦さに、尻尾をクニャリ、クニャリと艶かしく揺らしていた。

  「酔っ払っちゃいそうだよ、ユウちゃん」

  「いやぁ!もう、そこばっかりっ!あぁっ!あぁっ!」

  「ここばっかり、嫌?」

  「いやぁ!」

  「そっか」

  ダグは体を乗り上げるようにして、ユウトの股間へと頭を捩じ込む。

  そうして、また違う蜜を洩らすユウトのオスの性器を、パクリと咥えそのまま一気に吸い上げた。

  「ひぃぃぃぁぁぁぁ!」

  ユウトは、腰を痙攣させるようにして前後させ、仰け反った。

  さっきまで、メスとして快感を感じていたのに、突然、全く別のオスの快感が襲う。

  精巣の底から吸い上げられるような吸引に爆発的な射精感を促され、ユウトの目の前には星が散った。

  「あ~!あ~!あぁっ!おかしく、なっちゃう~!」

  「ユウちゃんが出すものは、どっちも甘いんだね」

  「そんな、訳、あるかっ!……あぅっ」

  最後にペロッと先端の鈴口を舐められて、ユウトはガクガクと腰を揺らした。

  「ユウちゃんも、きっと俺のを美味しいと感じるよ。番って、そういうものだから」

  「俺も……飲むのか?」

  「それは、そのうちね。でも、今日はユウちゃんのここで、飲んで欲しいかな」

  「ひゃうっ!」

  思わず変な声が出てしまった。

  ユウトの尻孔へと、ダグの指先の第一間接が、クチュリと音を立てて埋め込まれる。

  その瞬間に、オメガの本能が欲しいと脳内で叫んだ。

  そこへ、愛するオスの精液が欲しいと。

  それを察知したのか、ダグは片手で自らのスラックスの前を開く。

  中から現れたのは、ダグの美しい相貌とは真逆の、凶悪なる雄根だった。

  よくこんなモノが収まっていたものだと感心してしまうその砲身は、根元の太さはまるで大木のようであり。

  その幹に絡む血管は、蔦のように絡まっていて、ドクドクと流れる血液の音が聞こえそうな程に生々しく。

  先端の傘は、威嚇するようにしてユウトを睨み付けていた。

  「スゴい……ダグの、おっきい……」

  「くっ、……もうユウちゃんの声だけで達っちゃいそうなんだけど」

  「やだ。駄目。ちゃんと、くれよ」

  「ユウちゃん……」

  「ダグが欲しい」

  ユウトは、己の本能に忠実になった。

  何も偽りたくはない。

  こんなにも尽くしてくれているダグを、ユウトも気持ち悦くしてやりたかった。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 4ー③]

  ダグは獣のような唸り声を上げて、ユウトの尻へと顔を突っ込んだ。

  グイッとその薄い尻肉を開き、自らの舌先を押し込む。

  中で舌をグリグリと踊らせると、ユウトの中の蜜膜がビクビクと痙攣するように悦んでいるのが分かった。

  「あっ、あはぁ!中、舐めるなんて!そんなっ……」

  「獣化した時だって、舐めたよ!」

  「だって、今、人型だからっ、ダグだからっ、……恥ずかしいっ!やぁん!」

  「もう、ユウちゃん!俺を殺すつもりなのっ?!この魔性のオシキャットめ!」

  「な、何を言って……、ひゃぁぁ!」

  ダグは左右の両方から、その長い指をグヌウッと挿入させ、蜜壺を開くようにして押し広げた。

  外気が体内へと流れ込んで来る感覚に、ユウトは体を震わせる。

  「あぁっ!やんぁぅ!」

  「スゴい……真っ赤だよ。ユウちゃんの中。まるで発情期みたい」

  「発情期って、こんななのか?」

  「いや、もっと凄いと思うよ。ユウちゃんも、俺も、こんな余裕ないと思う」

  「何か……怖いよ」

  「だから、今日はゆっくりしよう?そうやって、愛し合う事が気持ち悦くて、怖くないんだって分かったら、発情期が来ても大丈夫だと思うから」

  「うん」

  そうして。

  ユウトは、ダグのその巨根の切っ先が、自らの尻に宛がわれているのもしっかりと見ていた。

  あんなにも巨きなモノが、ヌルリと尻孔を拡げて挿って来る。

  ダグが小刻みに腰を前後させて、奥へ奥へと入り込んで来て、ユウトの粘膜もそれに悦んでいるのが分かった。

  「あぁぁぁぁ……ぁん」

  「ユウ、ちゃんっ!スゴいっ!……入った途端に、中が真空状態になったみたいになって、搾られ、るっ!」

  「おっきい、から、もう、お腹一杯、だよぉ」

  「動いても、大丈夫?」

  「……うん。多分」

  ダグは細心の注意を払って、腰を揺らし始めた。

  艶かしく回したり、ゆるゆると突き上げたり。

  ユウトの中のあちこちを突いて、その反応を見る。

  ユウトはオスだけあって、前でもオスとして快感を得られる。

  オメガのオスの快楽は底なしであると言われるのには、両方の性からの悦びを得られるからでもあった。

  ダグが前立腺のある部分を突いてやると、甘い声を上げる。

  だが、最奥を突いてやっても、違う甘い声を上げた。

  そうやって悦楽を素直に表してくれるのには、ダグへ全てを許してくれているのだと分かって、喜びもひとしおとなる。

  「まずは、ユウちゃんがオスとして気持ち悦いところで感じさせてあげるね」

  「オス、として?」

  先程までとは違い、ゴリッと抉るようにして、ダグの雄芯が突き上げられ、ユウトは悲鳴のような声を上げた。

  「ひぃぁ!」

  「ここ、達きっぱなしになるかも」

  「やぁ!あぁ!……やぅ!うぅっ!いやぁ!」

  「締め付けもスゴいっ!」

  「ダグっ!そこ、ダメぇ!ダメだっ!やぁ!また、出ちゃうっ!」

  「何度でもイッて?」

  「あぁぁぁぁ!」

  ダグは、リズム良く律動し始めた。

  トントンとそこを突いてやりながら、ユウトのペニスも手で扱いてやると、ユウトの腰も揺れ始めた。

  下から責められ、上からも苛まれて、陰嚢がキュッと悦楽の極みに縮こまり。

  ギシギシとベッドの軋む音が、どんどん早くなる。

  ユウトの切羽詰まった喘ぎ声も、間隔なく喉から洩れ出ていた。

  「あっ、あっ、あぁ!……はぁっ、あぅっ!んぅ!やん!」

  「ユウ、ちゃん!」

  「ダメっ!ダメぇ!来ちゃう、から!またっ!……あはぁ!」

  ユウトは前からも精を飛ばし、後ろでも達していた。

  ダグは、ユウトの腰を掴んでグルリと回すようにして、腰を抉り込んだ。

  その瞬間に、中の雄も爆発する。

  堪え続けたオスの欲望は、番の体内で長く長く射精し続けた。

  [newpage]

  [chapter:愛しい音 4ー④]

  ダグの命が、体内で爆発するようにして熱を放つ。

  自らの中へと蜜液が注がれる悦びに、ユウトは全身を震わせた。

  体内の奥の奥へ、叩き付けられるような奔流は、力強いアルファの精子を伴ってユウトを満たす。

  その快感に痺れるまま、背中を支えられながら、ユウトはダグの膝の上に乗せれた。

  ズンッと下から突き上げるその衝撃に、ユウトは発情したネコのような艶かしい声を上げる。

  グリッと抉るように角度を変えた体内の剛直は、全く衰えを見せてはいない。

  それでふと、さっきの40連発という恐ろしい回数が頭を過った。

  「え?……ちょっと、まさか、40連発に挑戦するんじゃ……」

  「いや、流石に今はしないよ」

  「だよな~」

  「少なく見積もって、4連発?多くても10連発位じゃないかな?」

  「少なく見積もってくれ!」

  「そうはいっても、ユウちゃんの中がキュンキュン締め付けて、離してくれないから」

  「俺のせいか?!俺のせいなのか?!」

  「大切にするからね」

  「大切にするなら、控え目にして……、あっ!あぁっ!んぅ~!」

  ダグが腰をズンッと下から突き上げて来た途端に、ユウトの声が甘えたものに変わる。

  中の粘膜と精液をかき混ぜる芯棒が、不規則な動きでユウトを悶えさせる。

  グチュン、グチュンと、体内から溢れ出した愛液にまみれ、ユウトとダグの下肢はドロドロになった。

  こんなにも濡れるものなのだと、戦く程に。

  だがこうして、百獣の王の精液を注がれるのは自分だけなのだという優越感と満足感が、ユウトを舞い上がらせる。

  このオスの為に生まれて来たのだと。

  このアルファと愛し合う為に生まれて来たのだと、実感する。

  腹の奥が不意に熱く発熱したような気がして、ユウトはダグ自身を締め付けた。

  その直後、ダグは呻き声を上げながらやみくもに腰を突き上げ、精をビュー、ビューと噴くようにして達し。

  ユウトも尻肉をブルブルと震わせながらそれを奥で受け止め、達していた。

  「あぁぁぁぁ……、ダグぅ……」

  「[[rb:発情 > ヒート]]してないけど、出来ちゃったかもね」

  「お腹、熱い……」

  「頑張って、ユウちゃんに似た、可愛い仔を産んでね」

  「普通は、ライオンになる、んじゃねぇの?遺伝子的に」

  「ライオンになると思うよ。でも、きっと1獣人目はユウちゃんに似たライオンだよ」

  「そんなのも分かるなんて、公爵ってやっぱりスゲーな」

  「ねぇ。ユウちゃんの項に、番の印、付けても良い?俺だけのユウちゃんになって欲しい」

  涙が出る程に、素直に嬉しかった。

  ユウトはダグの首に腕を回し、初めて自分からキスをした。

  番になるのを、了承するように。

  翌年の新年の宴には、皆に知らしめる為にユウトとダグで演奏する予定だったが、小柄なユウトがライオンの仔を妊娠したとあって、大事をとって休む事にした。

  独りで遠征に行きたがらないダグを、追い出すようにして仕事させた。

  黙っていたら、ダグはユウトが出産するまで引っ付いていそうだったし、出産しても育児でと、何だかんだと理由を付けて、巫の仕事を疎かにしそうだったからだ。

  春先に生まれたその仔は、黒いメッシュの入ったライオンの仔だった。

  人型になれば、恐らくはユウト似になるという、ダグの予想通りになるだろう。

  こうして日々の幸せを、ユウトは未だに書き連ね、ダグへと手紙をしたためている。

  運命の番に出会えた幸せを噛み締めながら。

  ただ、書き出しは以前のような『親愛なる公爵様へ』ではない。

  今は『愛する貴方へ』という言葉から、書き始める。

  それには毎回、ダグが封筒を開く度に満面の笑顔になるのだった。

  ーENDー

  2020.02.01

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