AdAd
  
煩悶公爵の純潔花嫁

  [chapter:序章・出会い ①]

  音楽に満ちた国、ラヴィールーザ。

  1年の多くが雪に埋もれたラヴィールーザでは、その寒さを乗り越える為に、特殊な力も持つ者が多く生まれ、それらは『[[rb:巫 > かんなぎ]]』あるいは、『巫の力を持つ者』として崇められていた。

  ほとんどの者が音楽を嗜んでいたが、超能力を持つ者は極少数であり、中でも『巫』と呼ばれる者達は、楽器を演奏する事によって超能力を発揮する天才だった。

  特にその頂点に立つ『五神』と呼ばれる五大公爵ともなれば、『巫』としての力は天変地異をも起こす程の強大さを備えていた。

  その楽器の奏でる音によって、時には枯れた湖に水を溢れさせ、また荒れた大地に緑を蘇らせ、不治の病を患った獣人を完治させるという、超獣人的な力を有していた。

  そうして、そんなヴィオラの楽器の巫として、五大公爵の家系に生まれたマークもまた、ここ[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を卒業する事となった。

  卒業式の直後、同期である公爵の令息達と別れ、マークだけがヴァルハラの中央へと呼ばれた。

  ヴァルハラは、ラヴィールーザの要となる聖地であり、巫達の拠り所でもあった。

  雪にも耐性のある、鋭く尖った塔のような屋根は、古典的な紋様が描かれ、荘厳な佇まいであり。

  白を基調とした建物の扉だけが重々しい鉄扉で出来ており、それは限られた者にしか開かれない。

  唯一解放されるのは、新年の宴の時だけだ。

  その中は見上げるような高い天井には、細かな獣達の彫刻があちこちに刻まれていて、真っ白な壁と天井に対比するように真っ赤な絨毯が敷き詰められている。

  そしてその荘厳なるヴァルハラの奥の大広間で、マークはこの国の長である現公爵達の前で傅いていた。

  「マーク。無事に卒業出来たそうだな。それも、我らの息子達と揃って、優秀なる成績であったとか」

  「何とか卒業に到りました」

  マークは、次期公爵としての絶大なる巫の力を持ち、獣化した時の艶やかな黒い毛並みの肉体は、パンサーでありながら百獣の王であるライオンを凌ぐ体格だ。

  その鞭のようにしなやかなる様は、人型であっても麗しさ比類なく、他の羨望を浴びる強靭さであり。

  カラスの濡れ羽色の黒髪と青い瞳は、雪国であるラヴィールーザでは、あまりない獣人種だった。

  その特異なる美貌は獣人達を魅了して止まず、多くの者達を虜にし、心酔させた。

  [newpage]

  [chapter:出会い ②]

  「マーク。お前達の世代は、かつてない力を持つ後継者が集まった。今世代の皆が、一同に息子達へ『公爵』の地位を譲ろうという意見では一致している。……まぁ、父を亡くしたお前は、家に帰れば必然的に公爵の地位に就く訳だが」

  「長らく母に領地を任せておりましたので、早く帰り、楽をさせてやりたいと思っています」

  「その帰省に際して、初仕事を任せたい」

  「初仕事、ですか?」

  マークは、早くに公爵である父を病気で亡くしていた。

  この10年余りは、ヴィオラの家系の長が欠落したままだ。

  マーク以外の者は、父からの譲位の儀式が各々にあるだろうが、自分は帰るなりその責務に追われる事となる。

  「その初仕事を終えてから、帰宅して貰いたい」

  「承知しました」

  他の者ではなく、あえてマークに与えられた仕事ならば、『マークでなければならない』からなのだろうとは推測した。

  だが、その任務は想像を越えるものだった。

  「『野生』のブラック・パンサーを捕まえて貰いたい」

  野生の、と聞いて、マークは思わず息を飲んだ。

  「野生の、ですか?」

  「はっきりとした確認は取れてはいない。ただ、調査団の報告よると、人型では一度も現れた事がないらしい」

  「獣人達に危害を加えようとするんですか?」

  「それはないようだ。威嚇はして来るが襲われた者もいない。ただ、仔連れなので気が立っているのでは、と近隣の住民からこっちに嘆願書が届いたんだ。ヴァルハラの奥の院で預かってはくれまいかと」

  ヴァルハラの奥の院は、獣人々とは共に暮らせない獣人や、稀少種の者達が住んでいる。

  もしもまだ『野生』が生きているなら、まさに稀少種だ。

  特にブラック・パンサーは、このラヴィールーザではマークの治める土地にしか住んではいない。

  元より寒い地方でもあったので、この国は白い毛並みの獣人が多い。

  マークの祖先も過去を辿れば、南のヴァリューカか、東の黒曜辺りの血を引いているかも知れないが、過去の文献にも残っていないような昔の話だ。

  絶滅した筈の稀少種の『野生』。

  または人型に変化出来るならば『王族』となる。

  王族は、太古の獣の姿に戻れるという、神のような存在として敬われる。

  どちらにしても、森で野良のように暮らしているとなれば、保護すべき対象だった。

  同じブラック・パンサーならば、マークの奏でるヴィオラの音色も、その獣には耳通りが良いだろうという考えもあって、この緊急任務が与えられたのだった。

  「マーク。そなたの[[rb:巫 > かんなぎ]]の力で、荒ぶるブラック・パンサーの気を鎮め、保護して欲しい」

  「そのブラック・パンサーは、アルファですか?」

  「分からん。ただ、その仔連れ以外には姿を見せないという。春になって、食料を求めて麓にまで姿を現しているのだと思うが」

  獣人には、様々な能力に特化した支配者たる優良種のアルファ、凡庸なるベータ、仔を生むのに特化したオメガが存在する。

  王族ならばアルファの確率が高いが、そうなると保護に失敗した場合は、同じアルファではあるマークと闘いになる恐れもある。

  変化が難しいベータである可能性は低い。

  あるいは仔連れならば、オメガである事も考えられた。

  [newpage]

  [chapter:出会い③]

  「お前1獣人では手が及ばない場合もある。フォローに同期の巫であるラーズを同行させよう。あれは、獣化すれば役に立つし、演奏家としても優れている」

  「承知しました」

  マークがその場を去ろうとすると、入り口の扉の前でラーズが腕を組んで立っていた。

  フワフワとした明るい毛色の髪を肩にまで流し、嬉しそうにその穂先の付いた尻尾を揺らしている。

  ライオン特有の大柄な体躯で、アルファらしい美貌を兼ね備えていたが、ほんの少し上を向いた鼻が柔らかな印象を与えていた。

  ラーズは同じヴィオラの奏者であり、巫の相性としては抜群に良かった。

  「お疲れさん。卒業早々」

  「お前もだろ」

  「俺は自由に遠征する『流れの巫』になるつもりだったから全然。初仕事を貰っただけだし」

  「楽団にも入らなかったのか」

  「縛られるのが好きじゃないんだ。楽団に入ったって、どうせソロ奏者になるだろうし。[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]みたいにドロドロした獣人関係に巻き込まれるのもごめんだ」

  「まぁ、お前は集団の中にいるのは似合わないかもな」

  力を持つ獣人は、第二次成長を遂げる頃にもなれば、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]という国が運営する音楽学校へと入学する。

  そこで専科生として、音楽の技術を学ぶだけではなく、『巫』としての心得も学ぶのである。

  また、楽器を奏でる技術があっても『巫』としての力を持っていなかったり、楽器に関してのメンテナンスや製造に携わる者は、王立学校の分科生として入学し、専科生とは学舎も分けられる。

  特にこの地を治める五大公爵の血を引く『巫』の子達は、王立学校への入学は絶対だった。

  『巫』の力がどの獣人達よりも強く、王族としての尊い血脈を受け継ぎ、獣化する事が可能である王族の末裔達や貴族達。

  特にその頂点に立つ五大公爵ともなれば、『巫』としての力は天変地異をも起こす程の強大さを備え、ラヴィールーザの獣人々を導くのが必然であった。

  爵位を持つ強い巫の力を持つラーズは、自らの領地に止まる道を選ばなかった。

  兄弟の中でもずば抜けた力を持っていたが、家に縛られるのを拒んだ。

  「さてさて、捕獲にいきますか。麗しのブラック・パンサーちゃんを」

  「捕獲とか言うな。王族なら『お連れする』だ」

  「そうでした。そうでした」

  護衛に預けていたコートを受け取り、マークとラーズはヴァルハラの大玄関の扉を開いた。

  春を迎えたとはいえ、また身を切るような肌寒さが2獣人を取り巻いた。

  [newpage]

  [chapter:第一章・めぐりあい 1ー①]

  ラヴィールーザの春は、春とは思えないような寒さだ。

  雪の降る量と回数が少ないだけ、冬よりも地面が顔を出しているという程度だった。

  これが夏にでもなれば、完全に雪は姿を消すが、それもほんの2ヶ月程度で、また徐々に雪がその地を覆い尽くすようになっていく。

  マークとラーズは、軽く駆けるように馬を並走させた。

  野生かも知れないブラック・パンサーの住むヴェルデの森までは、休み休みの行脚となる。

  だが、マークはあまり休もうとはせずに、ひたすらに馬を走らせた。

  「あれあれ?あんまり帰るのが嫌そうじゃないな?マーク」

  「帰る前にブラック・パンサーを見つけなきゃだろうが。そうしたら、またヴァルハラにUターンだ」

  「え?帰らなくて良いから、喜んでるのか?もしかして、まだ悩んでるんだ?」

  「……ラーズ、それ、誰にも言うなよ」

  「言わないよ。暴君マークに、そんなしおらしい悩みがあるなんてさ」

  「……だから、お前には知られたくなかったんだよ」

  「何だよ。俺とお前の中だろ?いっぱい体でも確かめ合ったんだし、信用しろよ」

  ラーズは、マークと一番ソリの合う、体の関係がある『友人』だった。

  もちろん、同じ学年の次代の公爵達とは仲が良かったが、皆が最強を誇る猛獣ではあったので、それこそベッドへ誘おうものなら獣化しての闘いになる。

  その点、ラーズはアルファの割には温厚で、性には貪欲だった。

  友人ではありながら、性欲を晴らせるという関係は、マークにとって心地好かった。

  「マークは、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]に入学した時から、何かやさグレてたもんな」

  「あの頃はどうにか公爵にならない方法はないかとばかり考えていたな」

  「気持ちは分からなくはないけどな」

  ラヴィールーザの北東部に位置するマークの領地では、皆が若い領主の帰りを待っている。

  父が病で亡くなって以降、気丈な母が公爵家を盛り立ててくれてはいるが、後継ぎである息子が帰るのを今か今かと心待ちにしていた。

  父亡き後、母や地元の期待を一身に背負い、ヴィオラの巫として公爵となるという重責に耐えられず、学生時代は淫蕩の限りを尽くした。

  オスのアルファやベータの獣達と。

  マークはアルファでありながら、仔を産むオメガに[[rb:発情 > ヒート]]ヒートしない特殊体質のアルファだった。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 1ー②]

  公爵は、次代の巫を作る事を絶対的に要求される。

  それも優秀なるアルファの巫を。

  その為には、オメガの獣人を娶るのを望まれる。

  アルファやベータのメスでは、優良種であるアルファが生まれ難い。

  オメガが生むに特化しているのは、発情期にフェロモンを出してアルファを発情させ、強いアルファを産む確率が高い事にある。

  それは、たとえオスであっても出産は可能であった。

  他の地域では『産むだけの獣人』として軽んじられる事もあるが、このラヴィールーザでは優秀なる巫を産む為に、オメガは丁重に扱われていた。

  よしんばオメガに[[rb:発情 > ヒート]]しなくても、多くのメスに種付けすればアルファが生まれる事もあるだろう。

  だが、マークは先天的にメスを毛嫌いしてしまうので、オメガに発情しないとなると、仔作りは絶望的といえた。

  子孫を作れない公爵が許される筈もない。

  だが、後継ぎは自分しかいない。

  その責務から逃れたいばかりに、家から離れた学生時代は、とにかく淫蕩に耽っていた。

  「だけどアルファのくせに、どうしてオメガに反応しないんだろうなぁ。俺なんか、すぐにガン勃ちするけど」

  「お前はオメガだろうが、アルファだろうが、ベータだろうが、いつでもガン勃ちだろ」

  「まぁ、そうなんだけど。オメガはやっぱり俺達アルファを焚き付ける匂いがあるだろ」

  「それが俺には分からない」

  たまたま校内でオメガが発情し、騒然となった事があった。

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]にはアルファが多いので、オメガは抑制剤を義務付けられてはいたが、それはイレギュラーなものだった。

  その場にいた生徒達は緊急的な避難を命ぜられたが、1番近くにいたマークが無反応だったのをラーズに知られてしまったのだ。

  「あの時、隠してやった俺には感謝して欲しいなぁ」

  「だから、学生時代は率先して相手をしてやってただろう」

  「何そのやっつけ仕事みたいな言い方!俺は他の面倒な獣人よりは、すんごく話の分かる奴だったと思うけど」

  「確かにな」

  「だけどあんだけいたセフレの奴ら、どうすんの?それも金髪ばっかりだったな。あんたに物凄く執着してた奴、何獣人もいたと思うけど」

  「もう別れて来た」

  「マークはそう思ってても、多分、向こうはそう思ってないよ」

  「まぁ、オメガ対策に何獣人は連れて帰ろうかとも思ったが、そんなもの連れ込んだら母親が卒倒するだろうな」

  「数打ちゃそのうち当たる方式で、金髪のオスとオメガで乱行パーティーでもするつもりか?」

  「お前、うちの母親の狂信的な血統信仰と、クソの付く献身さを見たら卒倒するぞ。父親が亡くなってから、喪服を1度も脱いだ事がない獣人だぞ」

  「そんな真面目なお母さんから、何でこんな不道徳な息子が生まれたかな~」

  「うるさい。お前に言われたくはない」

  次代の公爵ともなると、マークに媚を売ろうとする輩は山のようにいた。

  それこそ、自分が恋人なのだと公言して、殺傷沙汰になった事も幾度となくあった。

  マークにしてみれば、愛だと恋だと騒ぐ獣人達の気がしれなかった。

  セックスは獣化しない為の発散と、快楽を得る程度のものでしかなかった。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 1ー③]

  「帰ったらどうすんの?絶対に結婚しろって言われるぞ?」

  「メスはダメだ。鳥肌が立つ」

  「オスのオメガなら、勃起位するんじゃないの?」

  「メスっぽいのもダメなんだよ。まるで勃たない。だから、オメガでも雄々しいのでなきゃダメなんだ。そもそもそんなオメガが自体が少ないだろ?」

  「そしたらさ~、オメガのお嫁さん貰って、3Pしたら?何なら、俺も入ってやろうか?上半身は俺と疑似セックスしながら、下半身は奥さんと交尾するってのはどう?」

  「それは成功率が高そうだが、そんなプレイを良しとしてくれるオスのオメガの妻を見付ける、というハードルが上がるな」

  「良い所のお坊ちゃんだと、プライドも高そうだし、難しいかなぁ」

  丸1日掛かるだろう行程だったが、途中馬を乗り換えて、夜通し走りづくめで予定より早くに辿り付いた。

  ヴェルデの森は、鬱蒼と木々が生い茂っていた。

  近隣の住民からも『魔の山』と言われ、立ち入る者もない。

  中央のヴァルハラがそこを『立ち入り禁止区域』に指定していたのもある。

  それには、ラーズもいぶかしんだ。

  「何で、この森が立ち入り禁止区域になってんの?地域としては、良い場所だよな。街にもそう遠くないし」

  「昔から言われいるところによると、マタタビが異常発生しているからだとか聞いたけどな」

  「異常発生ともなると、猫科としてはドキドキするなぁ。入った途端、マークと盛っちゃったらどうしよう」

  「俺にはマタタビは効かない」

  「何なんだよ!このやたらエロいくせに不感症獣人!」

  麓に馬を繋いで、マークとラーズは楽器や最低限の食料を持ち、森へと入って行く。

  鬱然たる森ではあったが、空気の澄んだ美しい場所だった。

  獣人の気配もないし、汚された形跡もないのは、やはり野生のパンサーだからか。

  舗装した道どころか獣道すらない。

  ただ針葉樹が生い茂っているだけの、自然の姿が残された森だった。

  「なぁ、マーク。マタタビなんて全然ないけど」

  「ないな」

  「じゃあ、なんで立ち入り禁止なんだよ」

  「知らん」

  「ここ、お宅の土地なんじゃないのか?」

  「うちの土地ではあるが、ヴァルハラに管理されてれば、うちの土地であっても、うちの土地ではない」

  「まぁ、そうだろうけどな」

  森の中腹あたりまで来て、ギャアギャアと鳥が騒がしく飛び立って行った方向を見ると、2獣人は体を硬直させた。

  視線の先に、野生のブラック・パンサーがいた。

  小ぶりなのは、まだ成獣ではないからなのか、元々がそういう種族なのか。

  パンサーというよりは、大柄のクロネコのようでもある。

  同じブラック・パンサーでも、ライオンやタイガーと変わらない大型獣のマークとは、まるで別獣人だ。

  そのブラック・パンサーは、口に子供のパンサーを咥えていた。

  仔連れは外敵から我が仔を守る為に、気が荒立っている。

  マークは、ゴクリと喉を鳴らした。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 2ー①]

  マークは、何て麗しい生き物なのだろうと思った。

  パンサーと言うには小柄だったが、しっかりとした筋肉がついていて、それも野生として生きてきたと分かる逞しさだ。

  艶やかな毛並みは、高貴さすら感じる程に光輝き、その双眼は黒曜石のように黒くありながらも、清らかに澄んでいた。

  一目見て、美獣だと直感する。

  だが、遠目にはオスなのかメスなのか、アルファなのか、まるで分からなかった。

  大きさからすれば、アルファではない。

  だが、ベータにしては美し過ぎる。

  オメガにしては逞しい。

  どれにも見えないし、どれにも見えるという不思議な生き物だった。

  この森へ足を踏み入れたという事が、彼を苛立たせたのか、マークとラーズが一歩足を進めると、途端に牙を剥いて唸り声を上げた。

  「おい、俺はお前の敵じゃない!話をしに来たんだ!」

  「マーク、野生なら言葉は通じないぞ」

  「巫の力を使うしかないか」

  「失神させるか?」

  「子供に影響を与えたくない。弛緩させて安心させてから、眠らせる」

  マークとラーズは、楽器ケースから各々の愛器を取り出し、簡単に調律する。

  そして、音を合わせて奏で始めた。

  ラーズはマークの奏でる主旋律に合わせ、あくまでもサポートに徹した。

  野生ならばより耳の感覚が鋭く、同じパンサーであるマークの方が同調しやすいからだ。

  初めての『音』との出会いにブラック・パンサーはビクリと体を震わせた後、やがてクタリと座り込んだ。

  口に咥えた仔供を離すと、その仔はもう既にフニャフニャになっていて、喉をゴロゴロと鳴らしていた。

  マークはヴィオラの演奏を止める事なく、ブラック・パンサーへと話しかけた。

  「俺達は敵じゃない。話を聞いて欲しい」

  『外の獣人は、敵や。オトンとオカンを、殺した』

  頭に響いて来た言葉は、物凄い訛りのある言葉だと思った。

  隔離された地域での生活がそうさせたのか、彼がとてつもない田舎の出なのかは分からない。

  だがマークが、特別に喋る巫の力を使ってもいないのに話せるというのは、彼自身が巫の力を持っているという事を意味した。

  「俺はマーク。この地帯を治める公爵だ。君の名前は?」

  『こうしゃく?こうしゃくって、何やねん』

  「この国を統治する5獣人の1人だ。悪いようにしないと約束する。……名前を教えてくれ」

  『……リョーマ……や』

  真名を得て、マークは更にヴィオラの弦を弾く。

  リョーマは、その音の粒に包まれるようにして、恍惚となり、そのまま意識を途切れさせた。

  「マークお得意の安眠の音色を使ったな」

  「初対面で、こんなに効くとは思えなかった。だが、ここまで通じ合えたなら、こちらに敵意がない事も分かってくれた筈だ」

  「この子、『野生』かな」

  「分からない。言葉が通じるなら、『王族』かも知れない。恐ろしく訛ってたけどな」

  脳からの直結した思念ではなく、言葉にしてマークへと伝えてきた。

  それはある程度、文化と密接した生活を送っていたという意味でもある。

  マークは、まるで姫君を抱えるようにしてリョーマを抱き抱えた。

  ラーズは、仔供のパンサーを抱っこする。

  そして、その森を後にした。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 2-②]

  リョーマを連れて帰るのには、苦労した。

  こんな事になるのなら、街に立ち寄ってから、馬車に乗り換えるべきだったと後悔した。

  マークは、荷物の中にあったマントを抱っこ紐のようにして、リョーマの体を自らへと巻き付け、騎乗する。

  リョーマの仔供の方は、ラーズが軽々と片手で抱えていた。

  「見てくれ!マーク!この仔、鼻をピクピクさせて、寝言言ってる!めちゃくちゃ可愛い!」

  「お前、イタズラするなよ!」

  「この仔が欲しい!なぁ、マーク、この仔を俺にくれ!」

  「誰がお前みたいな尻軽にくれてやるか!その話、リョーマに聞かれたら噛み殺されるぞ!」

  「それはやだなぁ。俺は獣化したら、絶対に半殺しにしちゃうからなぁ」

  「負けるとは思わないんだな」

  「流石に相手が公爵様方ともなれば、勝てるか分からないけどなぁ」

  ラーズが性に奔放であり、自由気儘なのに、どの獣人からも恨まれなかったのには理由がある。

  それは公爵を支えるだけの演奏力と、その獣化した時の強さにあった。

  獰猛であり、戦闘能力に長けたラーズへは、闘いを挑もうとする者は誰もなかった。

  「あれ?ちょっと、マーク。どこ行くんだよ。ヴァルハラはこっちだぞ?」

  「連れて帰る」

  「え?連れて帰るって!このブラック・パンサーちゃんを?」

  「ヴァルハラで匿うにしても、落ち着かせてから渡したい。本人の希望も聞いてやりたいし」

  「……ちょっと……あの、暴君のマークとは思えない発言なんだけど」

  「暴君って何なんだよ」

  「ヤッた後、面倒になったらすぐ捨てるとか、何獣人もの美獣人を集めて奉仕させるとか……」

  それに関しては、マークも無言だった。

  他から言われると、自分の行いの酷さに頭が痛くなる。

  だが、思春期に犯した過ちを、今更悔いても仕方がない。

  「……お前、それ、母上の前で言うなよ」

  「家では良い子ちゃんだったんだ」

  「そんなの聞かされたら、心臓発作でも起こされかねない」

  「へぇぇ。柄にもなく後悔してんの?今頃!」

  「うるさいな」

  懐を覗くと、丸まった体の下肢には、男性器が付いていた。

  オスだ、と思った瞬間にドクリと自らの股間が疼く。

  頭を振るって、その邪念を打ち払う。

  以前の自分なら、相手に恋人がいようが気にもした事がなかった。

  快楽に逃げるなどと、いかに自分が愚かで幼かったのか。

  そんな浅慮だった自分とは違い、この稀少種かも知れない獣は、たった1頭で我が仔を守っていたのだ。

  ましてやこんな美しい生き物に盛るなんて、どれだけ浅ましいのかと己に嫌気が差す。

  マークは、出来るだけ体に響かないように馬を走らせた。

  リョーマは父母を殺されたと言った。

  恐らくこの森で静かに暮らしていたのを、誰かにそれを害された。

  それは、マークが[chapter:ロイヤルスクール]にいる間の出来事だ。

  自らの領地に何が起こっていたのか。

  どんな生い立ちがあるのかは分からないが、この獣に安らぎを与えてやりたい。

  マークは、そう切に思った。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 2ー③]

  公爵となっての6年ぶりの帰宅は、夜半にも関わらず、城に住む皆が出迎えた。

  石畳で出来た重厚なるその佇まいは相変わらず鬱蒼としてはいたが、父が亡くなった時の重苦しさから思えば、皆が皆、明るい表情になっていた。

  長い間、空位だったヴィオラの公爵が、新たな当主となって復活する。

  特に母親のニコラは、涙を流して喜んでいた。

  「ご苦労様でした!マーク!」

  「ただいま帰りました、母上」

  「これで、我が家も安泰ですね」

  「長い間、家を守って下さいまして、ありがとうございました。母上には、感謝してもしきれません」

  「それは……」

  ニコラは、マークが抱き抱えるものへと視線を向け、息を飲んだ。

  「この子は、ネコにしては大きいわね。ヤマネコにしても、毛並みが真っ黒だわ」

  「ブラック・パンサーですよ」

  「まぁ!パンサーの仔なの?」

  「いえ、成獣です。仔供もいますので」

  ラーズが抱える仔猫のような仔供を見て、ニコラは眉を潜めた。

  「どこの王族の子かしら。この辺りでは聞いた事もない風貌だけど」

  「野生かも知れません」

  野生と聞いて、周りの者達は平伏した。

  古の血を引く変化出来る王族は、獣人達に崇められる存在だが、野生ものなれば神仏に価する。

  ニコラも一歩引いて、頭を下げた。

  「野生であれば、ヴァルハラへお連れしなければ」

  「もう少し獣人に慣れてからでなければ、渡せません。何せ、酷く獣人を怖がっているので」

  「獣人を?」

  「父母を殺されたようなのです」

  「……その子は、どこにいたのですか?」

  「ヴェルテの北の森です」

  マークがリョーマが住んでいた場所を告げると、皆が一斉に引いた。

  その顔には、あからさまな嫌悪の表情を浮かべていた。

  「その者をすぐに殺しなさい!マーク!」

  「聖なる野生のパンサーかも知れないんですよ?!」

  「悪魔の森にいた悪なる者です!その者がいたから、あの地帯の作物は全て枯れ、村人が疫病にかかって死に絶えたのですよ!」

  「自然の不運な巡り合わせと、野生のパンサーと何ら関係のないでしょう!」

  「その子は悪魔の子です!」

  「悪魔だろうが何だろうが、ヴァルハラから保護しろという命令を受けました。中央の命には背けません」

  「では、ヴァルハラには内密に……」

  「母上。公爵である俺が、他の公爵達に背くような事をして、許されると思っておいでか」

  マークの威圧するような物言いに、ニコラはぐうの音も出なかった。

  圧倒的なるアルファのオスに、いくら母親とはいえ、オメガの身で逆らえる筈もなかった。

  「このブラック・パンサーの親子は、俺の部屋で預ります。俺の部屋には誰も入る事は許さない。掃除にも来なくていい」

  そう言い放って、マークは踵を返した。

  隣にいたラーズは、儀礼的に頭を下げてから、マークの後を追った。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 3ー①]

  久しぶりの自室は、6年前、出た時のままに保たれていた。

  元より華美なものを好まないマークではあったので、その室内も質素なものだった。

  目を引くと言えばやたらと部屋を占領している本や楽譜位で、壁は石壁が剥き出しのまま、カーテンや絨毯などもまるで召し使いの部屋かと思わせる、地味な色合いの無地だ。

  その質素さにはラーズも唖然とした。

  「あんた本当に公爵?」

  「一応、史上最年少の公爵だが」

  「その公爵様も、この手荷物のお陰で、あんまり歓迎されなかったみたいだけど」

  「これからはもっと嫌われるだろうな」

  「オス好きの公爵だから?お母さんはあんたの性癖を知らないんだよな?」

  「だから、知ったら卒倒する程にクソ真面目な獣人だと言っただろう」

  「確かに喪服着てたな」

  「普通の服は父が亡くなった時に、全部処分してたんだぞ?信じられるか?」

  「しかし、あんた、見た目も素行もオスの趣味も派手なくせに、身の回りは地味過ぎだろ。何んなの、この部屋……倉庫か地下室かよ」

  「俺にも、どこか慎ましいところがあって、良かったな」

  「そういうもの?そういうものか?……あ!ちょっと、この仔、起きた!」

  マークがリョーマを自らのベッドに寝かせてやっている間に、ラーズの抱えるブラック・パンサーがモゾモゾとし始めた。

  まだ眠そうに、目を太短い手で擦る。

  「キュゥ……」

  「ちょっと!聞いた?!マーク!キュウ、だって!可愛~い!」

  「キャウ!」

  「うわ~!この仔、目を開いたら超別嬪さんだよ~!可愛くて胸が苦しくなる~!」

  「アン!」

  「おい、こら。お前の邪念だらけの目でこの仔を見るな。汚れるだろ」

  マークは、ラーズからパンサーの仔を取り上げた。

  ああ、と口惜しげに手を伸ばすラーズに、まるでその視界から遮るようにして背を向けた。

  「お前、名前は何と言う?」

  「キャン!」

  「巫の力は使えないか?」

  「キュン……」

  マークはパンサーの仔の額に自らの額を合わせた。

  それは、嘘偽りなく心を通わせる為でもある。

  額に触れたその仔の毛並みは、リョーマと同じく柔らかで、艶やかだった。

  マークを嫌がってはいないのか、黒く細い尻尾はプルプルと嬉しそうに揺れている。

  「まずはお前達に危害を加えるつもりもないし、助けるつもりだという事は分かって貰えるか?」

  『頭から聞こえとったら、嘘はつけんからな!』

  「お前の名前は?」

  『俺は、トーマって言うねん』

  「俺はマークだ。お前はリョーマの仔だな?」

  『親は……もうおらん。一緒におったんは年の離れた兄ちゃんや』

  「訛りがあるのは、地方から来たからか?」

  『俺らは、ずっとあの森に住んどった。これは、お母ちゃんの方の訛りやったって言うてた』

  「母親が地方の出だという事か。どこの出か分かるか?」

  『知らんねん。俺はもう、母ちゃんの事は覚えてへんし。生まれてすぐに、死に別れてしもうたから』

  「そうか」

  ベッドの方からゴソリと身動きする気配がする。

  マークがそれに気付いてそちらへと顔を向けると、リョーマが目を覚まして、顔を上げていた。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 3ー②]

  『えっと……、ここ、どこやろか?俺ら、もしかして誘拐された?』

  「リョーマ、だったな。警戒しないで欲しい。俺はお前を保護したんだ。ヴァルハラからの命令で」

  『ヴァルハラ?』

  そういえば、初対面の時もリョーマには『公爵』という認識がなかったのを思い出す。

  だとすれば、あの森で何の知識も得ずに生まれ育ったという事になる。

  俗世に触れる事なく育った、清らかな魂を持ったリョーマ。

  恐らく兄弟で健気に過ごして来ただろう、清廉なる存在。

  日々を取り巻く環境から逃れたいが為に、汚泥へと身を投じていた自らとはまるで違う、眩しい程の美しさだった。

  「キャン!」

  弟のトーマがマークの手から離れ、リョーマの元へと飛んで行く。

  その黒い尻尾をフリフリと揺らす姿に、ラーズからは「ああ~!悶絶~!」という妙な呻き声が洩れていた。

  そこでひとしきりじゃれ合い、額から直接に会話したトーマからも話を聞き、マークの言葉に嘘がない事を確認したようだった。

  『あんた、悪い獣人やないんやな?オトンとオカンを殺した奴らとは、ちゃうんやな?』

  「俺はこの領地の統治者ではあるが、学校を卒業したばかりだから、ここ6年の事はまるで知らない。お前の家族に害を為した者は、俺の地に住む住人である可能性は高い。詳細は調べてみないと分からないが……すまなかった」

  『あんたも知らんかった事やろ?それやったら、しゃあないやん』

  「キャン!」

  『トーマも言うてるし。俺らかてトーマと散歩してたから、村を全滅させられたとこ、見てないねん。せやから、誰から何でこんな事をされたんかも分からんし』

  「リョーマ……」

  『俺らを保護しに来てくれたんやんな?せやのに、メンチ切ってごめんな』

  リョーマは愛らしくも、ほんの少し顔を傾けた。

  リョーマの純真さが眩しい。

  マークは、胸苦しさに言葉を失っていた。

  コンコンと肘をつつかれて我に返ると、隣ではニヤニヤと底意地の悪い笑顔を向けるオスがいた。

  「百戦錬磨、オス殺しのマークが、何だかデレデレになってるんですが」

  「うるさい。このビッチが」

  「凶悪ヤリチンの金髪大好きハーレム王には言われたくないんですが」

  「おい!リョーマは無垢なんだ!余計な事を言うなよ!」

  「何、何?余計な事って何?マークが成績が良かったから卒業出来たけど、在学中はセックス三昧だったとかいう……フガッ、モガッ!」

  マークはラーズの背後へと回り、その口を塞ぎながら首を締め上げた。

  そのあまりの力強さは、ラーズも思わず牙が伸びて獣化しかける程だった。

  「ゲホッ、もう!これは貸しだからな!」

  「何の事か分からん」

  「とにかく親睦を深めといたら?俺がトーマちゃんを預かっててあげるし。……ほら~、トーマちゃ~ん♪このライオンのお兄さんと遊ぼう!」

  「フニャッ?」

  「お兄さんの尻尾は、よく動くよ~」

  「キャ~ン♪」

  ラーズが尻を振りながら尻尾を回す姿を見て、このオスは本当に爵位のあるアルファなのかと疑いたくなった。

  それでもトーマに対しては性的欲望が湧きようもないので、ひとまずは預ける事にする。

  マークは、ベッドから降りたリョーマをソファーへと誘い、自らもその向かい側に座った。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 3ー③]

  マークから、獣人にまつわる一般常識を簡単に伝えられても、異次元の事のように要領を得ないリョーマは、やはりそのほとんどを知らずに隔離された空間で育っていた。

  だが、自らが巫の力を使って話している事や、俗世とは離れた世界で育った事の全てを飲み込めないにしても理解はしていた。

  マークは、野生として育ったとはいえ、聡い子だなと思う。

  得体の知れない初対面の獣人の言葉に、耳を傾ける度量の大きさもある。

  ともすれば、両親や一族を皆殺しにした獣人達と、関わりがあるかも知れないのにも関わらずだ。

  それを『両親の死を目の当たりにしなかったから、実感がないのかも』と言うリョーマは、端から見ればまだ少年の域を越えてはいなかったが、妙に達観した獣だった。

  だが、それでも恐らくは一族を絶滅させられた時には、兄弟で泣き濡れて、途方に暮れた事だろう。

  それを言うと、リョーマはクシャリと顔を歪ませた。

  『ずっと、外の獣人は憎いて思うて過ごして来たよ。トーマはまだ仔供やから分かってへんやろうけど』

  「リョーマ……」

  『でもな、マークの演奏する音聴いて、何か気が抜けた、いうか、何か恨んで暮らし続けても、笑顔で暮らし続けても、同じ時間なんやったら、笑うてた方がエエやんて思うてん。……トーマの為にも』

  「お前は強いな」

  『もう大分経つし。トーマと2匹で生きていくんで精一杯やったしな』

  仔供を連れてこの北の地を生き抜くのは、さぞ過酷を極めた事だろう。

  一族単位でなら、この寒さにも食い凌げれるだろうが、幼児を抱えての暮らしは想像を絶する。

  『あの辺りに住んでる生き物は、みんな優しいねん。母乳もトーマに譲ってくれたし』

  「お前が巫の力を持っていたから、通じ合えたんだろう」

  『そうなんかな』

  「もう、気を張らなくても良い。リョーマもトーマも、もう食いっぱぐれる事はない。寒さに凍える事もない。ゆったりと過ごしたら良い」

  マークにしてみれば、何という事もない話をしたつもりだった。

  だが、長い間、孤独と恐怖に苛まれてきたリョーマの心に、その言葉は温かく染みていった。

  『何か、嬉し……』

  「リョーマ……」

  『マークは、優しいな。……ホンマありがとう』

  「……俺が、まだどんな奴か分からないのに」

  穢れないリョーマに、そこまでの感謝をされる程に自分は美しくはない。

  森に立ち寄ったのですら、自らの城へ帰るのが少しでも遅らせられるから、などという邪念がなかった訳でもない。

  『マークはエエ獣人やよ。頼まれたって、こんな孤児の俺らを引き取るん、嫌な筈やもん』

  「……リョーマ」

  『俺ら、ずっと森で静かに暮らしとっただけで……何も悪い事、してへんのに……』

  リョーマは黒い腕に顔を埋めて泣いた。

  マークは、傍に寄り添ってその背中を撫でてやった。

  こんな優しい獣が悪魔な筈がない。

  自分がいなかった間に何があったのか。

  マークは、それを見極めずに、リョーマ達をヴァルハラへ渡す訳にはいかないと思った。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 4ー①]

  リョーマを預かると決めて、マークは全ての催しを取り止めた。

  マークの卒業祝いだの、公爵としての初御披露目だのという名目で宴を開いても、『あわよくば良縁を』と年頃の令嬢達と引き合わされるだろう予測もしていたからだ。

  それを、今はヴァルハラからの客獣人がいるから内々だけで済ませたいと言って、城の中の者だけで祝い、宴は先延ばしにさせた。

  城の者達の視線を気にもしない大雑把でおおらかなトーマは、ラーズを従えて頻繁に外へと散歩へ出ていたが、リョーマはマークの部屋から出ようとはしなかった。

  食事の時間も惜しむ程に、ひたすら教養を身に着けようとマークの所有する本を読み漁る。

  リョーマは、文字の読み方を教わるとすぐに本へと没頭した。

  その理解力は巫の力があるだけではなく、アルファの気質があるようにも見えた。

  そんな慎ましやかなリョーマは、毎晩のように、自分とトーマは床で寝ると言い張る。

  それを説き伏せて、マークは自分と同じベッドへ寝かしつけた。

  3日間、意地を張り続けていたリョーマも、揺るぎないマークの説得についには根負けした。

  『マーク、ごめんな。トーマ、寝相悪いし、狭いやろ』

  「フニャン……」

  「こんな小さな仔が暴れたって、どうという事があるもんか。お前と俺が端で押さえていられるから、落ちないで安心出来るだろ」

  「キャウ!」

  『何か……こうしてると家族みたいやな……』

  リョーマはピスピスと鼻を鳴らしながら、徐々にその瞼を閉じていく。

  まだ遊ぼうとちょっかいを掛けようとするトーマを引き寄せて、マークはその腹を撫でてやると、トーマもフニャフニャと寝言を言いながら寝入ってしまった。

  正直、トーマがいてくれて良かったと、マークはしみじみ思っていた。

  リョーマと2頭で寝ていたら、自分も同じように獣化してしまうような気がする。

  そして、欲望のままに暴走してしまうかも知れない。

  先程、リョーマに『家族みたいだ』と言われた時には、ドキリとした。

  マーク自身が妻との夜の睦み合いを、仔供に邪魔された夫になったような心理に陥ったからだ。

  リョーマの善良なる人柄は本人の性質でもあったが、穏やかなる環境で育ったのにもあるようだった。

  ヴェルデの北の森では、貧しいながらに平和な日常を過ごしていた。

  7割がパンサーのままの姿であり、残りが人型の獣人だったという。

  人型の獣人はどこからか移住してきた者達かも知れないが、ブラック・パンサーは獣のままだったというのは、変化出来ない真性の獣なのか、王族の血を汲む者なのか。

  文化からはかけ離れた原始的な生活ぶりから想像すると、村に残された遺跡からの文献は望めそうにない。

  母親は人型で、訛りが酷かったというのは、その言葉使いから地方を特定出来るかも知れないが、父親の先祖はマークの親族と繋がりがある確率が一番高い。

  ラヴィールーザには、ブラック・パンサーの一族はマークの血族しかおらず、他国からの移住ともなれば何らかの資料として残っていそうなものだからだ。

  それは、絶対的な総個体数をヴァルハラが管理しているのもある。

  特に国外からの移住に関しては、定住する意図があるのかを問われる。

  巫という特殊な力の恩恵を分け与え、またそれによる税を徴収するという制度がこの国には確立されている。

  それは他国よりも獣人達の保護や、特にオメガや稀少種への擁護にも繋がり、獣人のヒエラルキーはありながらも争いの少ない国を目指しているのにもある。

  ヴァルハラに行けば、リョーマは守られるだろうとは分かっている。

  だが、連れて行く気になれなかった。

  その感情が何なのか、マーク自身も図りかねていた。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 4ー②]

  トーマとラーズが外へ散歩に出るのに合わせて、マークもリョーマを連れて外に出た。

  リョーマは遠慮がちではあったが、マークがそれを抱えるようにして表へと連れ出す。

  廊下で擦れ違う召し使い達は怪訝そうな顔をしていたが、マークはリョーマの背中をポンポンとあやすようにして落ち着かせた。

  こうして他の獣人達を避けたがるのは、暖かく迎え入れられていないのにもあったが、やはり一族を殺されたトラウマもあるのかも知れない。

  だが庭に出ると、やはり野生の血が騒ぐのか、トーマと共に追っかけっこを始め、雪がまだ残る土の上を飛び回っていた。

  「いやいや、マークさん。可愛いと思いませんか?トーマちゃん。またフリフリと揺れてる、お尻と尻尾が可愛い」

  「いやらしい目でトーマを見るな。お前、さっさとヴァルハラに戻って、次の任務を受けて来いよ。ついでリョーマとトーマはしばらくこっちで預かるからって伝えて来てくれ」

  「何あんた、リョーマの前では物分かりの良い獣人みたいな顔して、俺への扱いは酷い訳?それって、俺の事を単なるセフレだって見下してるからか?」

  「しーっ!声が大きい!卑猥な事をこの城で口にしたら、噛み殺すぞ!」

  「卑猥の権化みたいな獣人が、何を言ってるかな?近頃は聖人君子みたく清らかにお過ごしのようですが、あんたの問題は解決した訳じゃないんだからな」

  ラーズの言うのは、尤もな事だった。

  やっとの思いで領地に帰って来た公爵としての息子が、連れ帰った獣に掛かりっきりなのを、母のニコラは快くは思っていなかった。

  自分の目の黒いうちに妻を娶り、孫の顔を見せてくれと。

  そして、次代の公爵になろうアルファを作れと躍起になって急かして来た。

  ニコラは、マークがメスを嫌悪している事と、オメガには[[rb:発情 > ヒート]]しない事を知らない。

  メスへの種付けの確率はほとんどないし、オメガへの種付けを出来たとしてもヒートをしない交尾ならば、アルファの生まれる確率はかなり低くなる。

  それだけ様々な奇跡が重なって、優良種であるアルファが生まれるのだ。

  それを思うと、考えるだけでも気が滅入る。

  ラーズとも話していた、オスのアルファやベータと戯れながら、挿入だけをオメガのオスにするという無茶な方法ですら、ヒートしない交尾ならば必ずしもアルファが生まれるとは限らない。

  アルファを産ませなければならないという重荷は、ニコラと会う度にマークへとのし掛かる。

  もしもリョーマと出会っていなかったとしたら。

  あの堅苦しい母を困らせようとも、自らの周りをハーレムのようにして、闇雲に孕ませ、何が何でもアルファを産ませようとしていただろう。

  だが、これだけ清らかな獣が傍にいて、そんな淫らな行いはする気にもならなかった。

  「もうトーマちゃん、可愛いから、ホント連れて帰ってお嫁さんにしたいよ」

  「許さん」

  「何だよ。お前の息子じゃないだろ」

  「トーマを連れて帰るなら、獣化してお前と決闘する」

  「やだよ。俺は気持ち悦くセックスした相手と闘いたくない」

  「……お前は本当に殺されたいらしいな。そのうるさい口を縫い付けてやろうか」

  「だから、お前が獣化しても決闘しないよ。獣化したら、リョーマにセックスして貰いなよ」

  ラーズの言葉に、マークの心臓は槍で抉られたような激痛が走った。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 4ー③]

  リョーマとセックスをする。

  という言葉を聞いただけで、全身が沸騰するように興奮した。

  あの美しい獣と、愛液にまみれ、互いの深い部分にまで絡み合い。

  孕ませる程にその欲望を注ぎ。

  リョーマを喘がせ、蕩けさせて、愛欲に溺れる。

  そんな夢のような事が、自分に許されるだろうか。

  いや、それは絶対に許されない。

  あの清らかなリョーマに邪な想いを向ける事こそが、邪悪だ。

  マークは、その想いを振り払うようにして首を振った。

  『マーク~!』

  リョーマが、その麗しい筋肉を躍動させ、マークへと飛びかかって来た。

  体格は大型獣ではないにしても、人型のマークにしてみればかなりの衝撃だったが、何とかそれを踏ん張って支えた。

  足元には、トーマがじゃれ付くようにして絡みついている。

  「楽しいか?」

  『うん!外に連れ出してくれてありがとうな』

  「キャン!キャン!」

  「お前達だけでは出にくいだろうから、出掛けるなら俺が付いていってやる。それなら良いだろう?」

  『ホンマ、ありがとう』

  「キャウ!」

  美しい漆黒の毛並みに、なめらかな手触り。

  リョーマの芳しい体臭は、嗅いだ事もない芳香だった。

  マークの魂の根幹を揺すぶる、甘い蜜のような。

  それは、どんなオメガが発したフェロモンよりも脳髄を痺れさせるような悩ましい薫りだった。

  「俺はこの国で最上級の権力を持つ公爵だ。お前達を必ず守ると約束する」

  『俺ら、得体の知れんパンサーやのに……』

  「もう得体の知れない訳がない。巫の力を持つお前なら、俺の真意が偽りじゃないのは、こうしていれば分かるだろう?」

  『マーク、大好きやで』

  リョーマは、マークの頬をペロリと舐めた。

  そのザラついた獣の舌触りに、マークの股間がドクンと脈打った。

  不味い、勃起する。

  そう感じて、自らに使う事は好ましくない『巫』としての力を総動員させて、己の欲望を抑え込んだ。

  こんな爆発するように欲望が滾るのは初めてだった。

  もしも[[rb:発情 > ヒート]]するという感覚があるとしたら、こうなるの知れないと初めて身を持って感じた。

  まるで、運命の[[rb:番 > つがい]]に煽られるような。

  誰にも渡したくないと、その後ろ首に自分だけのものだという『所有の証』を刻み付けたくなる欲求。

  どれだけの獣人と寝ても、そんな獰猛な欲望が湧いた事もない。

  惹かれている。

  この純潔なるパンサーに。

  だが、この一点の曇りもない宝珠を穢したくはない。

  自分のように、醜いオスが触れてはならない。

  マークの中で、欲望と忌避が混在して、己を鞭打つように苛んでいた。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 5ー①]

  夕食時は、いつもラーズも部屋に来て共に過ごす。

  ラーズは、1日のほとんどをトーマとの遊びに費やしてはいたが、流石にそう滞在してもいられなくなった。

  「かれこれ1週間は遊んじゃったから、そろそろヴァルハラに帰るわ。次の仕事もあるだろうし、リョーマ達の事も知らせなきゃだしな」

  「悪いが頼む」

  「へぇ~。こんな愁傷なマークは初めてだなぁ。ホント、ここに来てからは『初めてのマーク』を見せられっぱなしだよ。お気に入りになった子が、金色の毛並みじゃないし」

  「この、馬鹿!」

  「ここを発つ前に1発やっとこうかなぁ、と思ってたけど、無理か~」

  「殺すぞ!」

  「殺される、って位に悦くしてあげる自信あるけど」

  「誰がやるか!」

  マークとラーズの話を床で食事しながら聞いていたリョーマだったが、その内容はまるで理解不能だった。

  色恋の駆け引きどころか、恋愛の対象になる存在も、今まで現れたことがなかった。

  元よりの性欲の薄さもあったが、リョーマを取り巻く環境が、それを許さなかったのもある。

  『やる、って何をやるん?』

  「お!リョーマが反応した!」

  「リョーマ!こんな馬鹿の話は聞かなくていい!」

  「マークはなぁ。とにかく美獣人の金髪が好きでね~。あ、俺みたいなね。学生時代は、そんな金髪ばっかりと遊んでたんだよな」

  『遊んでた?』

  「セックスばっかりしてたって事。こいつ、成績が悪かったら素行不良で退学ものだったよ」

  『セックスって何?』

  「妊娠しない交尾の事」

  「お前っ!本当に殺されたいらしいな!ラーズっ!」

  マークがテーブルを離れ、ラーズへと飛びかかった。

  格闘慣れしているラーズは、それをガッチリと受け止め、膠着状態になる。

  公爵並みに戦闘能力のあるラーズとは、力が均衡していた。

  「王族はさ、性欲が強い訳。それを晴らさないと獣化しちゃうだろ?だから、マークも大変だったんだよ。……て、まぁ、それだけじゃないんだけど」

  『獣になるのは、いけない事なのか?』

  古の姿への変化は、獣人達の憧れでもある。

  その羨望すべき姿でありながら、許されないのかと、リョーマにはその矛盾が理解出来なかった。

  「それはねぇ、マークが巫でもあるし、公爵でもあるからなんだよ」

  『何で?』

  「公爵達は、常に獣人達の為にあれ。獣人達の為に、その力を尽くせ、って言われてるからね。大切な時に獣化しちゃったら、演奏出来ないだろ?それだけじゃなく、公爵はその偉大なる力を存続させる為に、多くの子孫を残す使命がある」

  『マークは、いっぱい奥さんを貰わんとアカンねんや……』

  「奥さんは1獣人でも良いけど、絶対に優秀な後継ぎを作る義務があるな」

  リョーマの顔色が曇る。

  マークは、その表情を見ただけで心臓を握り潰されたような気になった。

  汚れていると思われたかも知れない。

  醜いと嫌悪させたかも知れない。

  獣の姿では、その真の感情までは分からなかったが、好ましくないと思われているのは分かった。

  『マークは、マークで、公爵やから大変なんも分かる。この雪に覆われた国が、巫の力で救われてるのも分かる。……でも、俺には色んな獣人を愛せるっていう気持ちは分からへん。俺は好きな相手は、番だけでエエって思ってるから』

  リョーマの言葉が、マークの全身の細胞を内から粉砕する。

  心痛という言葉が、これ程に身に染みた事はない。

  愛する獣人なんて、今まで1獣人もいなかった。

  愛しいと想って、愛を交わした獣人なんていなかった。

  そう言い繕っても、逆に愛がなくてもセックスが出来るのだと肯定してしまうようで、何も口に出来なかった。

  ただその場には居辛くて、八つ当たりのようにラーズの脛を蹴り上げて、マークは部屋を出て行った。

  [newpage]

  [chapter:めぐりあい 5ー②]

  「あ~あ、居たたまれなくて、出ていっちゃったよ」

  ラーズは、食べ終わったトーマの口をナフキンで拭ってやり、抱っこしてやった。

  ポンポンと軽く背中を叩いてやると、『プフゥ~』と満腹感に満たされた息を吐いた。

  「リョーマ。マークを嫌いになった?」

  『嫌いになんか絶対にならへんよ。マークは俺ら兄弟の恩人やもん。あのまま森に住んでたら、いつまで生けておれたか分からんし』

  「マークはな。公爵になるっていう重責で、押し潰されそうになってたんだよ。それはもうグレちゃいたくなる位に、責任感を感じちゃって」

  『……そうなんか』

  「だからって誉められた事じゃないけど、多分、今、凄く後悔してるし、自分を許せないでいてると思う。だから、リョーマに全てを知って貰って、任せたい」

  『俺に?』

  「マークが、自分を許せなくて自分自身を傷付けるような事にならないように、リョーマがマークを許してやって欲しい」

  『許すて……』

  「リョーマだからこそ出来ると踏んで、お願いするよ」

  ラーズは、リョーマの近くへと屈み込んで、その獣の手を握った。

  だが、リョーマはその大役はラーズにこそ相応しいと思った。

  マークとの関係を良好に築き、恐らく最も愛された存在だっただろうラーズ。

  確かに、ラーズはアルファのオスなので、マークの仔を宿す事は出来ない。

  だがこれだけの器の大きさなら、彼こそがマークの心の拠り所にはなれるだろうとは思った。

  ラーズ以上に、マークを理解し、安らぎを与えられる存在になれるだろうかと思うと、リョーマにはその自信がなかった。

  翌日、ラーズはヴァルハラへと帰っていった。

  爵位はあっても家を継ぐつもりのない身軽なラーズは、流れの巫として獣人達の救いになる道を選んだ。

  時には1獣人で、時には今回のように公爵のフォローに付いたり、楽団のソロを任されたりする。

  その自由気ままな生活スタイルが、ラーズの気性に合っていた。

  別れ間際、リョーマとトーマの顔中にキスしまくるラーズにキレたマークは、半ば本気で殴りかかった。

  ヒラヒラとそれをかわしてから、舞い上がるようにして、馬へ飛び乗った。

  「それじゃあな、リョーマ!マークをよろしく!」

  リョーマは片手を上げるのが精一杯で、それには返事出来なかった。

  昨日のラーズの言葉が過る。

  この家の獣人達から疎まれ、人型にもなれない自分が、マークの何を支えてやれるのだろうと、自問自答しても答えは出せなかった。

  「マーク!時々、トーマちゃんに会いに来るから!あと15年後、お嫁さんにする件、考えといて~」

  「誰がお前みたいなクソビッチ野郎にやるか!トーマは、もっと堅実な奴でなきゃ嫁にやらん!」

  「トーマちゃんへの想いは堅実だぞ~。下半身は他に向いてても」

  「そこがダメなんだ!この尻軽ライオンが!」

  オスなのに婿にやるという考えはないのかと、リョーマは心の中で突っ込んだ。

  だが、小柄なリョーマよりも更に小ぶりだろうトーマは、確実にアルファではない。

  凡獣人であるベータか、もしかしたらオメガかも知れない。

  そう思うと、嫁にやるのもあながち外れてはいない。

  ラーズは、最後まで「トーマちゃ~ん!お嫁さんになってくれるのを待ってるから~!」とマークを挑発しながら、去って行った。

  『トーマは、お嫁に行く事になるんかなぁ?』

  「嫁にやるとしても、ラーズなんかじゃなく、ちゃんとしたオスにやるからな。俺の認めた奴にしか、トーマはやらん」

  『何を言うてんねん、マーク!お父さんか!』

  「キャウ?」

  リョーマから、すかさず突っ込みが入る。

  何を言われているのか分からないトーマは、マークの腕の中で嬉しそうに尻尾を振っていた。

  [newpage]

  [chapter:第二章・惹かれあい 1ー①]

  マークにも『巫』としての使命がある。

  そういつまでも、日々、リョーマやトーマに付いているのにも限界があった。

  公爵には、ラヴィールーザの各地へと赴き、その力で獣人々を救う義務があった。

  だが、この城にはリョーマ達の味方が1獣人もいないとあって、それにはどうしたものかと頭を痛める。

  何よりもリョーマ達を最も疎ましく思っているのが、実母のニコラであるのには困り果てていた。

  ニコラは、マークを難産で産んだ結果、不妊になった。

  たった1獣人、生まれた奇跡のアルファである息子へは、並々ならぬ期待を寄せるのは致し方ない。

  何としても、息子のマークには多くの優秀なる仔供を産んで貰いたい。

  もう2度とヴィオラの巫が欠損するような事態には、絶対に陥らせまいという意気込みも半端なかった。

  その日もマークは廊下で母に捕まってしまい、こんこんと説教を食らっていた。

  「マーク。公爵ともなれば、妻を娶るのは当たり前ですよ。貴方の父上も公爵となってすぐに母と結婚したんですから」

  「分かってます。そう焦らせないで下さい。とにかく、俺が公爵の地位に就いたんですから、母上は一旦、お休みになったらどうですか?」

  「この母に隠居しろと言うのですか?」

  「父上が亡くなられて、長らく頑張って来られたんですから、静養でもされたらどうですかと言ったんです」

  「私は貴方にアルファの子供が出来るのを確認しなければ、隠居しませんよ。ちゃんとこの目で、この家の行く末を見極めてからでなければ、おちおち休んでおられますか!」

  巫の才能こそなかった母ではあったが、公爵家と繋がりのある家の長の雌として生まれ、頑なな程の責任感に駆られていた。

  能力のない自らが嫁に来た事で、子宝には縁がない、自分がこの家の血を絶やしてしまったと言わせたくはないという焦りもあった。

  「貴方、あの獣に囚われ過ぎてるんじゃなくて?」

  「どういう意味ですか?」

  「ヴァルハラに連れて行くという任務だったんでしょう?ヴァルハラには、稀少種を匿う施設があります。そこで暮らす方が、あの子達も幸せなんじゃないかしら?」

  「ヴァルハラからは、先日、我が領地にて様子をみろという指示がありましたよ。中央からの指示を覆せと仰いますか」

  ヴァルハラは、リョーマの一族が狙われていたという事実を把握していなかった。

  国が把握する個体数にも入れられてはいなかった、忘れられた一族だ。

  聖地とも言える中央からの命では、流石のニコラもぐうの音も出なかった。

  リョーマには一族を根絶やしにされた過去がある。

  もしもマークが一時でもこの地を離れる事があるとすれば、その間にリョーマの一族を惨殺した者達の手に掛からないとも言い切れない。

  本来ならば、ヴァルハラに預けた方がリョーマ達の身柄は守られる。

  だが、『種の存続』という保護の元に、マーク自身が面会すらままなくなるのは耐えられなかった。

  そして、もしも現存する『野生』だったとしたら、リョーマとトーマはその血を絶やさない為にメスを用意されるだろう。

  ヴァルハラは、ヴァイオリンの巫である公爵が主だって率先し、歴代の公爵に仕えた長老達や爵位のある者達によって統制されている。

  公爵はこの国の最高権力者ではあるが、あらゆる決定権はあっても実質は遠征し、奉仕活動している割合の方が高い。

  中央は、無理な交尾を強いる事はないだろうが、その血を絶やす事もさせはしない。

  そうともなれば、益々をもってしてマークが会う機会はなくなってしまう。

  たとえこの地で一番の権力を持つ公爵であったとしても、リョーマへ懸想し、番との関係を害すると判れば面会は絶望的になる。

  この地でリョーマを匿うには、ブラック・パンサー以外の、公平なる目で物事を判別出来る味方が必要だ。

  マークは、すぐに任務に忠実なドーベルマンの軍人を呼び寄せる事にした。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 1ー②]

  リョーマは、本当に賢い獣だった。

  その知識欲もだったが、記憶力もまるで砂漠の砂が水を吸うように吸収されていく。

  一般常識を大方、学んだ後は、歴史に興味を持った。

  ラヴィールーザは、巫という力を持つ獣人が多い上で、他の国とは異なる常識がある。

  西のデランダも、東の黒曜も、南のヴァリューカも、その国で1番強い獣人が王となる、まさに大国に相応しく獣らしい国々だった。

  だが、ラヴィールーザは『巫』という自然の摂理をも曲げてしまう強大なる力を持つが故に、その頂点に立つ者は、より道徳観も問われた。

  力を持つものは、暴利に走ってはならない。

  それをかつての傲慢王として汚名を残した、ローガン王は覆した。

  当時、五大公爵の1獣人であり、最も強い巫の力を有していたローガンは、ラヴィールーザの頂点にあった。

  そして自らの為に力を使い、また私利私欲の為に獣人を制圧し、奴隷制度までも成立させた。

  それには、リョーマも眉を潜めた。

  『奴隷制度って……』

  「巫の力を持たない者を『獣人以下である』といって家や土地を取り上げて、自らの為に働かせようとした」

  『そんな奴がいたんか』

  「キャン!」

  「もちろんそれは、他の公爵達が許さなかったし、ローガンが王になって1年ともたなかった。だが、それから俺達公爵は己の為に力を使わず、より獣人の為に存在すべきだと、祖先へ伝えるようになった」

  『でもまた、ローガンみたいな公爵が現れたら?』

  「そんな奴を公爵にはさせないし、もしなったとしても、他の公爵達がまた止めるだろう。俺達がみんなローガンのように暴走したら、この四大大国の均衡も崩れて、全ての国がラヴィールーザのものになってしまうからだ」

  『それだけ危険な力やって事やな』

  「それを侵さないと安心して貰う為にも、時々、国外へ遠征する事もある。作物が育たないと言われれば1番遠いヴァリューカの僻地にも行くし、そうやってこの力を暴利には行使しないと安心して貰っているんだ」

  『マーク、これから忙しくなるんやな』

  「そうだな」

  「キャウ!キャウ!」

  「だが、お前にはドーベルマンの警護を付けてある。扉と窓にもいるだろう?彼らは守る為に徹底して訓練された者達だ。たとえライオンだろうが不審な者が現れれば、命を懸けて来てお前を守る」

  『俺、一応、パンサーなんやけどな~』

  「お前は戦うよう訓練されてはいない」

  『護身術、勉強した方がエエかな』

  「ムニャ!」

  トーマが自分も勉強に混ぜろと、マークの膝の上に乗って来た。

  トーマの性質は、周りを明るくさせる天性のものがあったが、リョーマ程に勤勉ではないようだった。

  簡単な文字を教えても、すぐに飽きてしまい、マークの尻尾にじゃれついて遊んでしまう。

  マークは、この愛らしいリョーマやトーマか人型になれたとしたら、どんな姿だろうかと想像する。

  黒毛の毛並みから、恐らくは黒髪だろうとは思われる。

  瞳の色はどちらも黒い。

  マークよりは小柄だろうが、その筋肉はどの獣よりも美しく鍛え上げられている。

  それはまさに、野生としての暮らしが作り上げた芸術だった。

  「リョーマが人型になれば、皆が夢中になるだろうな」

  『どうかなぁ。この年まで、1度も人型になった事がないし、大人にもなれてないし』

  「大人に、なれてない?」

  『俺、もう17回も春を迎えてるんやけど、1度もムラムラっとした事ないねん』

  「……ちょっと待て。俺と1つしか年が変わらないのか?」

  『えっと……そうやな。そうなるかな?』

  「精通した事がないだとっ?!」

  マークが驚きのあまりに突然、大声を上げたので、ビックリしたトーマは「キャフン!」と悲鳴を上げて膝の上から落ちた。

  こんなにも精通が遅い獣は、聞いた事もなかった。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 1ー③]

  リョーマが精通しなかったのには、様々な要因が考えられた。

  元より不能であるか。

  または、発育が遅い方なのか。

  幼い弟を抱えての過酷な生活が、リョーマの成長に歯止めをかけたのか。

  近くに、心惹かれるような獣がいなかったというのもあるかも知れない。

  もしも、『野生』であったなら、精通していないとなるとヴァルハラが黙ってはいない。

  この種の存続に、最大限の力を注ぐに違いない。

  リョーマが発情したくなるようなメスをあてがう、という位の事はするだろう。

  そう思い至って、マークは苛立ちを覚えた。

  誰も触れた事のないまっさら獣を、ヴァルハラにはやりたくない。

  こんなにも美しいリョーマを、メスなんぞに穢されてたまるものか。

  そんな激情が込み上げて来て、思わず口を衝いて出た。

  「リョーマが、俺のものになれば良いのに」

  『な、何言うてるん!マーク!』

  「ウニャ?」

  「リョーマなら、一生獣の姿のままでも良い。誰よりも美しいのに」

  『そんな事は、奥さんになる人に言うたりーよ。俺なんかに言うてどないすんねん』

  「誰が奥さんなんか……」

  『てか、そんな事、あちこちで言うてたんか?!マーク!』

  「グルル?」

  「ばっ、馬鹿を言うな!誰があちこちでこんな事……」

  『それはちゃんと、恋人のラーズに言うたらんとアカンかったんとちゃうんか?』

  リョーマが愛らしく、首をほんの少し傾げる。

  その姿が、あまりにも可愛くてまた絶句しかけたが、何故ラーズの名前がここで出てくるのかと素面に戻る。

  「何でラーズだ!ラーズはそんなんじゃない!」

  『ラーズと交尾してたんやろ?』

  「交尾なんぞしてない!」

  『交尾みたいな事はしてたんやろ?』

  マークは、「あぁぁぁぁ!」と叫びながら頭を抱えて突っ伏した。

  今まで散々、友人達に己の素行を注意されても、罪悪感が湧いた事もなかった。

  ここにきて、まさか後ろめたさに死にたくなる程の後悔をするとは、思ってもみなかった。

  リョーマにこんな突っ込みをされるなら、聖獣人のように清らかに暮らしてくれば良かった。

  今から自らの生皮を剥いで、汚れを取り去ってしまいたい。

  マークは、その耳も尻尾もペタリと項垂れ、意気阻喪した。

  「俺は、なんて穢れてるんだろう」

  『マーク……』

  「お前に言われるまで、貞節がなんであるかなんて考えた事もなかった。想う相手に厭われるような事だなんて、考えもしなかった」

  『もう、せんかったらエエやん』

  リョーマは、じゃれるトーマを片手でコロコロと転がしてやりながら、視線はしっかりとマークへ向けていた。

  その澄んだ、澱みない瞳を。

  『マークを本当に愛してくれる人は、許してくれる。これからは、その人だけに尽くしたらエエねん。ラーズもマークを許してたし、俺かてマークを許すよ。マーク、大好きやもん』

  「リョーマっ……」

  『わわっ!……うわぁ!』

  「フヒャン!」

  「俺も……お前が好きだ……」

  マークはトーマごとリョーマの体を抱き上げ、膝の上に乗せた。

  この心優しい獣を手離したくはない。

  何があっても。

  いつの間にかマークの中で、リョーマへの愛が芽吹いていた。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい2ー①]

  それは突然の来訪だった。

  その大型のピューマは、堂々たる絹糸のような腰にまで届く金の直毛を、サラリと耳から掬うように撫で上げ、自らの美を誇示していた。

  男爵の令息でもあるアシェルは、マークと同じくして[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を卒業した美獣だった。

  友人として丁重に応接間に通されたが、マークは召し使い達が飲み物を出そうとするのにも断り、誰も部屋に入らぬよう指示をした。

  「お前、何でこんなとこに来た?」

  「マーク。どうしてラーズなんか連れて帰ったのさ」

  「アシェル……お前……」

  「僕の方が悦かっただろ?ラーズはアルファじゃない!なのに、どうしてラーズなのさ」

  「お前は、楽団に入った筈だろう」

  「やだよ、あんなみんなで大移動するの。全然、自由なんかないし」

  アシェルは在学中も、高慢なまでに獣人達を従えさせてはいたが、巫の力としては弱かった。

  ヴァイオリンのテクニックがあったのが逆に災いして、ソロ向きではあったが、巫の力はさほどに発揮出来なかった。

  故に、巫の力が強くともテクニックで劣る獣人を馬鹿にするので、合奏にも不向きであったのを、やむにやまれず学校側が国の運営する楽団へと、無理矢理に押し込んだようなものだった。

  「ラーズはソロで巡業するって言ってたのに、どうして選んだんだよ!」

  「ラーズだって誰かと組んだり、楽団で弾く事もある。あいつはそれだけの才能があるからだ」

  「ぼ、僕の才能がないって言うの?!」

  「お前にはテクニックがある。だから、他の巫を支えるのには向いている筈だ」

  「嫌だよ!僕が主役じゃないなんて!」

  「巫の力が強い方が、そりゃ主旋律を弾くもんだろ」

  「ぼ、僕よりもテクニックのない巫の下で弾けって言うの?!」

  これは押し付けられた楽団の方も困るだろうとは思った。

  アシェルは、マークがオメガで唯一体を合わせた獣人だ。

  見た目がほとんどアルファにしか見えないだけの屈強なオスではあったし[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]では常に抑制剤を飲んではいたので、アルファのオスだと思えば互いに楽しめる関係ではあった。

  アシェルは高慢な性格ではあったが、長く美しい金髪に潤んだ碧眼の見た目と、体の相性は良かったし、確かにマーク好みではある。

  だが、追いかけて来るまでに執着されているとは思ってもいなかった。

  「俺は、関係のあった全ての者達と別れて来たつもりだったんだがな」

  「それは公爵になるから、子供の産めないヤリ友の連中とは切って来たって事だろ?僕はそんな遊びの奴らとは違ったもんね。マークの子供を産んであげられるし、家柄としても釣り合うと思うけど?」

  「聞こえなかったか?俺は全ての者と切って来たんだと言ったんだ」

  「もう、照れなくても良いよ。仕方ないから、マークの側付きになってあげる。ヴァイオリンが1本あれば役に立つだろ?僕は公私共に君の為になる存在だよ」

  アシェルがマークへと手を伸ばす。

  そして、その頬を撫で、顔を近付けて来た。

  マークは、それを寸ででかわし、「俺のヴィオラに合わせる奏者は、俺が選ぶ」と言いかけた時。

  目の前の光景に絶句した。

  アシェルは、ガクンと首が折れるように背後へと仰け反り、大立ち回りするかのように大回転して、ひっくり返っていた。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 2ー②]

  アシェルをひっくり返した犯人はトーマだった。

  その金色の長い髪の毛に飛び付いて、爪を引っ掛けてぶら下がり、引き倒していた。

  「キャウ!」

  「いった~い!な、何なんだよ?!この仔!」

  「キャン!」

  「やだっ!痛い!痛いってば!引っ張らないで!ぼ、僕の美しい金髪がっ!」

  「トーマ?!」

  マークは、アシェルの長い金髪に絡まっていた仔パンサーを拾い上げ、乱雑に髪の毛をむしり取った。

  「痛い!痛いってば!マーク!」

  「動くな。絡まって取れない」

  「ちょっと!そんな仔より、僕の髪の毛のほうが大切でしょ!」

  「何を言ってる。それはトーマのほうが大事だろう」

  「はぁ?!ちょっと!まさか、その仔、マークの仔じゃ……」

  「俺の仔……だったら良かったのにな」

  そう口にして、マークはふんわりと笑みを浮かべた。

  アシェルは、マークの変わり様に顎が外れる程に口を開け、唖然となった。

  あれだけの美獣を千切っては投げ、千切っては投げしていた尊大なるマークが、小さな仔供のパンサーにメロメロになっている。

  それはもう、可愛さのあまりに、目に入れても痛くないとまでに夢中だった。

  「こら、トーマ。口にも毛が絡んでるぞ。腹に毛玉が溜まったらどうする」

  「フニャン……」

  「今日は散歩に出てなかったから、ムシャクシャしてたか」

  「キャン!」

  「後で、リョーマと一緒に丘まで行こう」

  「キャハ~ン!」

  「ちょっと!これ!どういう事だよ!」

  アシェルは、牙を剥き出しにして突っかかって行った。

  マークと並んでも遜色ない体格のアシェルは、オメガにしては雄々しいオスだった。

  マークも庇護するべきトーマを抱いていたので、闘気を向けて来る者へ威嚇した。

  「触るな」

  「何だって?!」

  「この仔に触るな」

  マークの喉が、グルルと獰猛なる唸り声を上げる。

  公爵である獣の怒りに、アシェルはたじろいだ。

  『待って!待って、待って!マーク!』

  マークの横腹に突っ込んで来たのは、リョーマだった。

  マークの腰骨辺りを、グイグイと鼻先で押してくる。

  『ごめんやで!お客さんが来てはったのに、トーマから目離してしもうて』

  「リョーマ、いや、それは良いんだが」

  『トーマ、俺の背中に乗して』

  「ヤンっ……」

  「トーマは、嫌がってるが」

  『良いから』

  「あ、ああ」

  リョーマは、アシェルに首を軽く下げた。

  『すんません。お邪魔してしもて』

  「何言ってるのか、分かんないし!ホントムカつく!僕の髪の毛も、めちゃくちゃだし!」

  巫の力の弱いアシェルは、リョーマの言葉を聞き取れなかった。

  『何てお詫びしたらエエやら……』

  「せっかくの恋人との再会も邪魔されるし」

  「おい!何が恋人だ!お前とはそんなんじゃなかっただろうが!」

  「発情期じゃなくても、発情期みたいに盛ってたもんね。マーク、僕に夢中だったじゃない」

  「誰がだ!」

  「会いたかったよ、マーク」

  マークがそのろくでもない口を塞ごうと腕を回すと、それをスルリと上手くかわして、アシェルはまるで抱き合っているように体の位置をずらした。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 2ー③]

  『マークの恋人、やったんですか……』

  「ギャン!」

  「マークと僕は番なんだ。邪魔しないでくれる?」

  「嘘をつくな!アシェル!」

  「在学中は黙ってなきゃだったけど、もう卒業したから解禁だよね」

  「このっ……くそっ……」

  マークの喉元まで、罵詈雑言が押し上げていた。

  だが、リョーマとトーマの視線が気になって、乱暴な物言いを躊躇したのはマークの失態だった。

  察しの良すぎるリョーマは、一歩引いて頭を下げた。

  『公爵様の奥様になられる御方でいらっしゃいましたか。それは、失礼しました。どうか仔供のした事ですので、お目こぼし下さい』

  「謝ってるつもり?なら、さっさと出て行って」

  『失礼します。申し訳ありませんでした』

  「リョーマっ!」

  マークが立ち去ろうとするリョーマを引き留めようと手を伸ばす。

  だがそれは、その入れ替わりに入って来たニコラによって遮られた。

  何故、こんなタイミングで現れるのかと疎ましく思ったマークは、思わず舌打ちをした。

  「マーク、ちょっとお話があります」

  「すみませんが後にして貰えませんか?今は困るんです」

  獣であるリョーマは、人型のマークよりも格段に足が速い。

  マークが廊下を覗いた時には、既に姿形もなかった。

  「お待ちなさい。貴方とお客様のお話を、廊下で聞かせて貰いました」

  「は?」

  どこから聞いたのかと、血の気が下がる。

  この堅気な母に、子供の産めないヤリ友の連中とは切って来ただの、遊びの奴らとどうのという辺りから聞かれていたとしたら、どう弁解しようにも後の祭りだ。

  「お客様を紹介しなさい」

  「すぐに帰ります。紹介の必要はありません」

  「貴方の番なのでしょう。公爵たる貴方の配偶者選びは、貴方だけの問題ではないのですよ」

  「母上!番なんかじゃ……」

  ニコラは、マークを押し退けるようにして部屋へと入って行った。

  アシェルにしても、母にしても、言葉が通じない。

  自分に都合良く話をねじ曲げて、それこそが真実だと言って疑わない。

  それは、どちらもがいわゆる良い家柄のお育ちであるが故の弊害だと思った。

  「爵位なんぞ、くそ食らえだ」

  そんな2獣人相手に話をしなければならないのかと思うと、マークはその忌避のあまりにゾッとした。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 3ー①]

  流石に公爵夫人ともなれば、アシェルも迂闊な事は言えなくなり、大人しくなった。

  マークの母親に反対されれば、元も子もなくなるとでも思ったか、それはもう貴族の紳士らしく、先程とは打って変わって上品な物言いに変わっていた。

  「まぁ!アシェルは[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]でマークの同級生だったのね」

  「その頃から、親しくさせて頂いておりました」

  「親しくなんかしてない」

  マークの拒絶は、この2獣人の耳には入らない。

  それがまた、マークの怒りを更に逆撫でする。

  いっそそれならば獣化して暴れてやろうか、という凶暴な気持ちにすらなった。

  「それで、マークを追って来られたの?」

  「はい。じきに実家からのご挨拶もあるでしょうが、僕は一刻も早くマークに会いたくて」

  「実家には黙って来てるだろうが!楽団も抜け出して来てるくせに、どうするつもりだ」

  「マーク、僕は君の妻になる為に、楽団をやむなく退団したんだよ。出産の度に休んではいられないだろう?」

  「まぁ、そこまで考えて下さってるなんて……でも、困ったわねぇ。どうしましょう?」

  マークは嫌な予感しかしなかった。

  ニコラの血統を重んじる病的なまでの固執は、あくまでも『公爵家の存続』だ。

  困ったと口では言いながら、その顔はうっすらと笑みを浮かべていた。

  「マーク。貴方があまりにも乗り気じゃないものだから、私の方でお相手を決めてしまったのよ」

  「何ですって?!」

  「お相手は、エリアと言ってオメガの男の子なんだけど。チーターの一族の末っ子でね。とっても可愛い子なのよ。そこは、チーターの一族を束ねるお家柄で、爵位や巫の力はないけど、ピアノはお上手だし、何よりも多産系の一族なの」

  「俺の妻を勝手に決めないで頂きたい!」

  「だって貴方、勝手にでも決めなかったら、いつまでも結婚するつもりはないでしょう?だから、せっかく来て頂いたんだけど、ちょうどタイミングも悪くて、アシェルには悪い事をしてしまって……」

  「僕は構いませんよ。公爵ともなれば何獣人を妻にしても構わないし、より多くのアルファの巫を生ませる責任がある。先により優秀なアルファを産んだ方が、最終的な正妻になれば良い。……もちろん、向こうの方の言い分もあるでしょうけど」

  「それは、向こうは断れないわ!この公爵家の親戚筋になれると喜んでいたもの。でもまあ、何てお話の分かる方なのかしら。ねぇ、マーク?」

  「ふざけるな」

  マークは、テーブルの端を掴んでひっくり返した。

  8人掛けの大型なテーブルは、爆発したような音を立てて床へと叩き付けられた。

  アルファの絶大なる力にアシェルもニコラも、やっとその暴走していた口を閉じた。

  「アシェルが押し掛けて来ようが、そのチーターのオメガが貢ぎ者のように連れて来られようが、俺はどちらとも結婚するつもりはない」

  「マーク!母は貴方の為を思って……」

  「母上は俺を思ってしてくれてる訳じゃない。この家の血筋を絶やさない為だろう」

  「もちろん、それもありますけど、私は貴方を……」

  「どんなオメガが来ようが、俺は絶対にヒートしない。あわよくば発情期に俺を誘惑してという魂胆が見え見えだが、俺は絶対にオメガのフェロモンには惑わされないからな」

  「マーク!」

  マークは、倒れたテーブルの脚を蹴って叩き折った。

  公爵になると決意して帰っては来たが、ここまでの介入には、あまりの煩わしさに頭が痛くなる。

  それよりも、リョーマの事が気掛かりだった。

  妙な勘違いをして去って行ったまま、自室にも帰ってはいなかった。

  マークも獣化すれば、匂いを追っていけなくもない。

  

  だが、一度獣化してしまえば、闘って闘気を発散するか、交尾をして性欲を晴らし、獣化を抑えなければ人型には戻れない。

  闘う相手もいなければ、交尾する相手もいない今、そう易々と獣化する訳にもいかなかった。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 3ー②]

  一方のリョーマは、一旦、トーマを床に下ろし、口に咥えて再び駆けた。

  マークには、公爵としての生活がある。

  これからあちこちに遠征して、演奏し、獣人々を救うという任務がある。

  そして、アシェルを妻に迎え、アルファの仔を成すという使命も。

  そのマークの将来のどこに、自分の居場所があるというのか。

  ただでさえ周りに疎まれて、蔑まれながら滞在させて貰っている状況で、マークの負担にこそなりはすれ、何の助けになるというのか。

  それこそ、ラーズの言う『マークを理解して受け止めてやる存在』は、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]時代から恋人としての付き合いがあった、アシェルにこそ相応しいのではないか。

  何よりもその見た目が、マークの好む金髪の美獣だった。

  自分のようなパンサー崩れの獣ではなく、堂々たる体躯のピューマだ。

  そうして夢中で走って、気が付けば、マークがいつも連れて来てくれる丘の上にまで来ていた。

  見下ろす風景の木々の合間にはなごり雪があり、民家があちこちに点在している。

  獣人達は、雪にも強い作物やハウス栽培で、この寒い土地でも力強く生きている。

  リョーマの一族も、かつてはそうやって生きて来た。

  細かい手作業は、母のような人型の獣人達がこなしていたが、村では仔供ですら農作業の手となって働いていた。

  だが、ここから見渡せるその田畑は、リョーマの村の何百倍もある。

  その全ては、マークの領地だ。

  どこの者とも分からない、得体の知れない自分が、そんな高貴な獣人の理解者になろうと思うのすら、おこがましかったのだ。

  『俺……ここにいたらアカンのんかなぁ』

  「フニャン……」

  『トーマ、俺ら、また2匹で暮らさんとアカンかもなぁ。どこか獣人がおらんような山奥で』

  「ヤン!」

  『嫌や、言うたかてしゃあないやん。それか、ヴァルハラの奥の院に行くか……』

  「ヤァァァン!」

  『せやから、嫌や~、言うてもな~』

  『野生』であれば、安心して生活を送れるヴァルハラに住めるかも知れない。

  だが、そこで生きていく事になれば、自らマークへ会いに行くという事は叶わなくなる。

  マークに会えない。

  そう思うだけで、胸の奥に焼石を抱え込んだような痛みを覚えた。

  『マークぅ~……』

  「フニャ~ン……」

  苦しい。

  [[rb:魂 > こころ]]が締め付けられ、ねじ切られるように。

  『苦しいよぉ、マークぅ……』

  その痛みは体の皮膚をも裂くようにして、リョーマを苛んだ。

  毛穴の1つ1つまでも、ジリジリと燃えるように痛い。

  しばらくは踞ってその痛みに耐えていたが、それが過ぎ去った後、今度は肌を刺すような寒さが全身の皮膚を取り巻いた。

  「うおぉぉ!寒っ!」

  「ヒャ、ヒャン!」

  「何やねん!トーマ!どないした?!」

  「フ、フヒャン!」

  「お前の声は、ホンマに相変わらずパンサーとは思えない、めちゃくちゃさやな。イヌなんかネコなんか分からん……て、あれ?」

  自らの体から、黒い体毛がなくなっている。

  撫でた太腿はツルリとした小麦色の肌は、人型のものだった。

  黒毛といえば、頭髪と股間部分にしか残ってはいなかった。

  「俺……変化してもた……みたい」

  「キャン!」

  「てか、寒っ!ぐわぁ~!マジで死ぬ!」

  リョーマが1つくしゃみをしたのを見て、トーマは意を決し、城に向かって駆け出した。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 4ー①]

  リョーマはマークの自室以外、ほとんど外には出ない。

  外へ出る時は、必ずマークが付いているし、城の中ですら出歩こうとはしなかった。

  「リョーマ……どこへ行ったんだ……」

  いっそ獣化してしまおうかと思った瞬間、扉を外からガリガリと引っ掻く音がした。

  「トーマ?!」

  「キャン!」

  慌てて開けて、普段はヴィオラ以外には使わない巫の力を、トーマへと向けた。

  「トーマ!リョーマは?!」

  『兄ちゃんな、人型になってしもうてん!丘の上で!せやから、めっちゃ寒そうやねん。裸やし』

  「何だと?!」

  マークはクローゼットに掛けてあったコートを引っ掴み、トーマを小脇に抱えて部屋を飛び出した。

  城の真後ろにある小高い丘は、まるで灯台のような目印になる大きなもみの木が立っている。

  そこから見渡せる景色は、リョーマとトーマのお気に入りの場所だった。

  がむしゃらに駆け上がった先には、筋肉質な裸の少年が立っていた。

  両手を抱えるようにして震えてはいるが、裸である事への羞恥心がなかった。

  「リョーマ!」

  「マーク!ご、ごめん!来て貰うて」

  「ヒャン!」

  「何も着ていないのでは、帰り難いだろう?」

  マークはトーマを下ろし、持って来たコートを掛けてやった。

  その瞬間に、リョーマの裸体を目に焼き付ける。

  小麦色の肌、野生のままの盛り上がった筋肉、割れた腹筋、濃い叢のわりには大人の形ではないペニス。

  鍛えられたオスの肉体でありながら、性器だけは初々しさのある様が慎ましかった。

  コートを掛けた時に、リョーマの体臭がフワリと薫る。

  清々しい新緑の薫りのような、清潔感のある芳しさだった。

  艶やかな黒毛はそのままに、ピョンピョンと跳ねた短い髪の毛は、頭頂部から生えた耳よりも短い。

  チラリと先程に見た尻尾は、体長から見てもほんの少し長めだった。

  何よりも印象的な黒い瞳は、人型になれば更に大きく輝き、高貴なる光を放っていた。

  「お前の仲間には野生もいたかも知れないが、リョーマは野生ではなかったな」

  「そうやなぁ。野生とかそんなん、考えた事なかったけどな。みんな穏やかに暮らしてたし」

  「王族の血は引いているようだが」

  「そんな話は誰もしてへんかったで?でも人型やった母さんが、父さんや俺らを見て羨ましいとは言うてたかな」

  「リョーマ……人型になっても美しいな」

  「う、美しい、て事はないんちゃうかな?美しい言うたら、ラーズとか、恋人のアシェルみたいなんを言うやろ?」

  「恋人じゃないっ!」

  「え?ちゃうの?」

  「誤解を解きたい。だが、それよりも先に風呂だ。体が冷えきっている」

  「うん……」

  体温の高いトーマをリョーマに抱かせ、マークはその肩を引き寄せた。

  自らよりも頭1つは小さなリョーマは、それでもオスらしい肉体をしていた。

  大型種のアルファではない。

  この筋肉質な体つきはオメガでもない。

  だが、ベータにしては麗しいと思った。

  もうリョーマであれば、種別がなんであっても構わない。

  マークは、真実の愛に巡り会えば、相手の何もかもが愛おしくなるという事を、初めて知ったのだった。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 4ー②]

  湯船に浸かりながら湯を注ぎ、それが満杯になる頃には、リョーマの体も温もりを取り戻していた。

  だが、風呂から上がったリョーマが、ブラウスだけを羽織って、下が生足の姿で現れたのにはマークも絶句した。

  「ごめんやで。ズボンはアカンわ~。ウエストがブカブカやねん。召し使い用の服でもエエから貸して貰えんかな?」

  「い、いや、それは駄目だ!お前にはお前に相応しい服を直ぐに用意させる!だが、ちょっとの間、我慢してくれ」

  マークは執事を呼んでリョーマの体のサイズを計り、速急に服を買いに行かせた。

  あつらえるのには、時間がかかり過ぎるからだ。

  早く合ったサイズの服を用意してやりたいと思う反面、自らのシャツを着て、下肢を露にするこの姿をずっと見ていたいという気持ちもある。

  マークは、軽く咳払いをしながら股間で力を持とうとする分身に、巫の力を向けた。

  ここまで自らの力を、自分の欲望を抑える為に使った事がない。

  この事実を他の公爵達に知られようものなら、何と言って馬鹿にされるか分からない。

  もう、遠征にも出ずに、いつまでもこうしてリョーマと語り合っていたい。

  そんな風に思ってしまう自分は、公爵の資質はないのかも知れない。

  だが、それだけ自分がリョーマに夢中だという事だ。

  ウットリとリョーマを見つめていると、足元をガリガリと噛るトーマに現実へと引き戻される。

  抱き上げてポンポンと投げてやると、キャッキャとはしゃいで喜ぶが、トーマと遊んでばかりはいられない。

  こんな時だけは、ラーズがいてくれたらトーマを預けられるのに、と都合良く友人を利用しようとする邪念が湧く。

  仕方なく必殺技を出す事にする。

  寝かし付けられないと諦めた時の黙らせる方法だったが、トーマは頭の上に乗せると途端に固まって大人しくなるのだ。

  マークの頭の匂いが好きらしく、そうしてやると鼻をピスピスと鳴らしながら恍惚となる。

  トーマを頭に乗せたまま、マークはリョーマの隣に腰掛けた。

  「ぷっ……ご、ごめんな、マーク。トーマがうるさくしてて」

  「問題ない。頭に乗せてさえいれば、大人しくなるし、そのうちに寝る。真面目な話はしにくいが」

  「なんでマークの頭に乗ると大人しなるんかな?ラーズやったら、髪の毛ぐしゃぐしゃにしよるくせに」

  「俺の頭皮の薫りは特別らしい」

  「もう少し大きくなったら、じゃれるのんもマシになるんやろうけどなぁ」

  頭に仔パンサーを乗せた姿では格好がつからないが、真剣な眼差しでリョーマを見つめて、その手を握る。

  自らの真意を伝える為に。

  だが、マークが真剣な顔をすればする程にリョーマの笑いのツボに入り、結局は笑いが止まらなくて話にはならなかった。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 4ー③]

  しばらくして、執事が肩で息をしながら帰って来た。

  リョーマの着られる服は買い占めろとでも命じたのか、すぐに帰って来いという無茶を言ったからか、次から次へと服が部屋に持ち込まれた。

  ブラウスや下履き、革靴からブーツや室内履き、フロックコートやテールコート、外用のコートも何十着もあって、これは一体何獣人分の衣装なのかと目を剥いた。

  「ちょお!マーク!これは買い過ぎやろ!」

  「足りないのは困る。多いのは良い」

  「それにしても多過ぎるわ!トーマにお下がりするにしても、何年後か分からんし。てか、トーマ、人型になれるか分からんけど」

  「お下がりなんぞさせるか!トーマには、トーマの服をあつらえる。リョーマも仕立て屋をこれから呼ぶからな」

  「もういら~ん!これ以上、服いら~ん!そんなにいるんやったら、ずっと獣のままでおるわ!」

  「やめてくれ!もちろんパンサーのリョーマも愛らしいが、せっかく人型になったのに!」

  トーマを頭に乗せたまま、マークはリョーマを抱き締めた。

  マークが真剣であればある程に、今の姿が傑作だった。

  「くくっ……。マーク、トーマ、やっと寝たみたいやで?」

  「そ、そうか」

  マークは頭からそっと下ろし、トーマをベッドへと寝かし付けた。

  ムニャンムニャンと寝言を言いながら、トーマは深い眠りに落ちていた。

  完全に寝付いたのを確認して、マークはリョーマにスラックスを与え、再びソファーへと座らせた。

  「リョーマ、俺はアシェルを妻にはしない」

  「え?何で?恋人やったんやろ?」

  「お前には軽蔑されるかも知れないが、ちゃんと話をしておきたい。お前には本当の事を知っておいて欲しいから」

  マークは、その嘘偽りのないのを信じて貰いたいが為に、額同士を合わせて心での会話をしたい程だと言った。

  だが、それを聞いたリョーマは、そんな事をしなくてもマークの言葉を信じると言って、首を横に振った。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 5ー①]

  「いつからだったかな。いや、もう小さい時からだった気がする。……俺は、メスが嫌いだった」

  「何で?」

  「俺が公爵になるのは絶対だったから、それはもう記憶のある頃からメスは媚びるものだったという記憶しかない。だから、メスの匂いも嫌いだった」

  まだ幼児の頃から、欲情したメスに乗っかられた。

  爵位のある令嬢だけではなく、召し使いまでもが、夜中に忍び込んで来てマークの寝間着を脱がそうとする。

  そんな浅ましいメス達によって、トラウマを植え付けられた。

  「それは……、た、大変やったな」

  「俺は精通を迎えた途端、とにかく性欲が凄くて、しょっちゅう獣化していた。他の公爵よりも、パンサーの獣人は獣化しやすいのかも知れない。巫の力を己に使うべからず、という教えを刷り込まれていたから、獣化するのを抑えるのが罪悪のような気がして」

  「その位、他に分からんねんから、ちょっと力使うてもエエやん」

  「今思えばな。だが、俺が放蕩三昧だったのには、他にも理由がある」

  メスには嫌悪する。

  メスとは結婚なんて考えられない。

  だが、オスでもオメガなら、結婚すれば仔供が出来る。

  それに、どの種よりもアルファを産む確率が高い。

  「だけど、オメガは駄目なんだ」

  「オスのオメガでも?」

  「オメガの発情期に発するフェロモンによって、俺たちアルファは[[rb:発情 > ヒート]]する。ヒートするから、強い精子によってアルファが生まれ易いんだ。だが、俺はオメガのフェロモンに反応しない」

  「それって、ヒートした事がないって事?」

  「そうだ。性欲が高まっての獣化をしても、ヒートはしない。そもそも、オメガのオスには女性的な者が多い。俺は少しでもメスっぽいと駄目なんだよ」

  「よっぽどやってんな。小さい頃……」

  「そんな自分に嫌気が差して自暴自棄になった。帰って公爵を継げば、アルファの仔供を待望される。それも、他の公爵よりも。オメガやメスを山盛り用意されてるだろうし、それに応えなければならないのかと思うと、逃げ出したくなった」

  「他にも兄弟がおったら良かったんやろけどな」

  「独りっ子だったから、余計にな」

  逃げたくて、逃げたくて、学校では遊びに明け暮れた。

  他の公爵達からも何度も叱咤され、それでも現実に卒業の時を迎えてしまった頃には、ある程度の諦めもついた。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 5ー②]

  「俺は自分を卑下するようになった。巫としてではなく、子種だけを望まれているモルモットのようだと」

  帰れば、義務的にオメガやメスへ交尾をして、孕ませられるかも知れない。

  何人もの獣人を用意され、列を為して自らの上に乗っていく。

  それはもう、獣人としての尊厳などない、娼婦のようだと思った。

  「と、お前に会うまでは思っていたよ」

  「俺と会うまで?」

  「生涯1獣人だけを愛し、それを貫く美しさに、俺は身震いする程、感動したんだ。リョーマのような崇高さがあれば、こんな学生時代を過ごす事もなかったのに、と後悔もした」

  「マーク……」

  「俺は穢れている、醜いと、居たたまれなくなった。過去に戻れるなら、もっと早くにリョーマと出会っていたら、と」

  「今から、そうしたらエエんやで?今からでも遅うないから」

  「お前がそう言ってくれるのには、本当に救われた。現実には逃れられないにしても、出来る限り誠実でありたいと思えるようになったよ」

  リョーマが愛しい。

  だが、たとえリョーマがオメガであってもヒートはしない。

  リョーマは、ベータである可能性が高い。

  自らが公爵としての役目を果たすのなら、リョーマを妻に迎えたとしても、他のオメガも妾にしなければならなくはなるだろう。

  リョーマを妻には迎えたいとは思ってはいても、1獣人しか番いたくはない、というリョーマを必然的に裏切る事にはなる。

  お前だけを愛していると、口では言えても、結局は他の獣人を抱く事には変わらない。

  そんな事を強いるのかと思えば、リョーマに愛を告げる事を躊躇われた。

  妾を持つ前提で愛を囁いたとして、リョーマに受け入れられるとも思えない。

  1獣人だけを愛するという事が現実には許されないこの状況がマークのせいではないにしても、そんな修羅の道をリョーマに歩ませたくはなかった。

  それでも、リョーマを手離せない。

  リョーマが、他の獣人のものになってしまうかもと思うだけで、怒りで獣化しそうになる。

  だが、それをリョーマに告げる事が出来なかった。

  「アシェルは、オメガにしてはオスらしいやん?せやから、大丈夫やったん?」

  「そうだな」

  アシェルから、アルファが産まれるかも知れない。

  だが、[[rb:発情 > ヒート]]もせず、愛してもいないオメガから、アルファが産まれる確率はどれ程に低い事だろう。

  10匹に1匹か、20匹に1匹か。

  そうマークが悩んだばかりに言い澱んだ事で、リョーマとの間にほんの少しの隙間が出来てしまった。

  リョーマからの理解は得られても、愛は得られなかった。

  マークの愛するのはアシェルなのだと、リョーマは受け取ってしまっていた。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 5ー③]

  「なぁマーク、俺、少しでも、何かでマークの為に役立てへんやろか」

  「そんな事は考えなくてもいい」

  「いや、田畑を耕す知識は村にいた頃からあったやけどな。それ以外でなんかないかぁ。俺も手に職、持ってたいねん」

  あとは、リョーマにも巫の力がある位だ。

  今から[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]に入るのは無理でも、獣人々の役にたったり、ラーズのようにマークを助ける事が出来ないかと思った。

  「マーク……俺、楽器、出来ひんかな?」

  「楽器をか?」

  「俺かて巫の力があるやん?もしも楽器を使えたら、獣人達を何か助けてあげられるんちゃうかな~と思うて」

  「それは出来るかも知れないな。やってみるか?ヴィオラを」

  「うん。やってみたい。もしも、弾けたら、マークに恩返しも出来るやろうし」

  「恩返しだなんて、お前は十分に俺を満たしてくれているよ」

  「えへへ。何もしてへんで?俺」

  リョーマがまた、愛らしく首をほんの少し傾げる。

  それを見る度に、マークの嗅覚はおかしくなるのだ。

  まるで、オメガのフェロモンを嗅いだかのような、オスの堪らない欲望に駆られそうになる。

  オメガのフェロモンなんぞに、感じた事もないのに。

  その都度、これが恋であり、愛なのだと思い知らされる。

  もしもリョーマがオメガなら、たとえアルファとして不能な自分であっても、フェロモンを感じられるような気がした。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 6ー①]

  思えば、こんな初心者にヴィオラを教えるのは初めてのような気がする。

  マークにとっての楽器は、常に自らを表現する媒体であり、体の一部だった。

  また、巫の力を増幅させ、獣人々の幸せの為に使うべきものだった。

  初めて触れた瞬間から、光の粒のような音が溢れ出した記憶がある。

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]での修練は、もちろん自らのテクニックをレベルアップさせたり、持ち曲を増やす為でもあったが、何よりも巫として、公爵としての考えを徹底的に叩き込まれる事にあった。

  多少は他から学んだ事もあったが、そのほとんどは自分の耳と感性によって自己流に積み上げられたものだ。

  ほとんどの公爵達は演奏に関して、他の奏者のような挫折や苦しみを味わわずに卒業するだろう、まさに音の申し子だった。

  「えっと……ここ、ここ、押さえんの?で、こう弾く?」

  「ああ、リョーマ。凄く良いよ」

  「う、嘘やなっ?!嘘やろ!……さっきからまともな音鳴っていやん!ギャイ~、ギャイ~ってしか言うてないやん!てか、何で押さえるだけでも大変やのに、弓で弾くねん!もっと簡単には出来んかったんか!」

  「指で弾いたりもするけどな」

  「全部、指で弾いたらアカンか」

  「指でもいいぞ」

  「ホンマやな?!」

  「リョーマなら、もう何でも良い」

  「ちょっと、マーク!全然、教える気ないやろ!」

  リョーマの四苦八苦する姿があまりにも可愛い過ぎて、散々たる音でも至上の名曲に聴こえるのだから、恋とは恐ろしい病だと思った。

  だが、確かにリョーマはこれから何年習おうとも、大した奏者になれるとは思えなかった。

  リョーマには音感がない。

  これでは、たとえ巫の力があったとしても、まるで意味がない。

  大してリズム感は悪くはなかったが、どちらにしても楽器のセンスがないのは、一目瞭然だった。

  「……はっきり言うてくれ、マーク。俺は才能がありそうか」

  「俺は一日中でも、リョーマの演奏を聴いていたいな」

  「アカン!公爵様の耳をブッ壊してしまう!俺は、今から巫の奏者にはなれんやろ?!はっきり言うてくれ!」

  「頑張ったらなれるかも知れないぞ」

  「……嘘やったら、口、もう利かんぞ」

  「すまん。はっきり言えば、全く才能がない」

  「やっぱり!」

  「だが、リズム感は悪くはない。野生での感性が長く培われていたからかな」

  「そう言えば、母さんが踊りが上手やってん。昔踊って、旅しとったって言うてたわ」

  「踊りか」

  「そう。こんな感じ」

  リョーマはマークへヴィオラを返して、母が踊っていたような踊りを舞い始めた。

  リョーマがクルクルと回り、飛んで、着地する。

  柔らかな肉体は、鞭のようにしなり、宙を舞った。

  そのあまりにも小気味良い足のリズムに、思わずマークも持っていたヴィオラで即興演奏をし始めた。

  リョーマの足音が、7色の粒となって空気中に舞う。

  それは明らかに、巫の力が成せる技だった。

  [newpage]

  [chapter:惹かれあい 6ー②]

  『踊りの巫』という存在は、ラヴィールーザにはいなかった。

  仔供に巫の力があれば、とにかく楽器を触らせる。

  音は広範囲に届くので、楽器での演奏は多くの獣人にその力を分け与えられるからだ。

  マークも巫の力を持つ踊り手と合わせるのは初めてだった。

  「リョーマ、母に習ったのか?……いや、獣の姿でそれはないか」

  「いつも踊ってはったから。昔は旅芸人やったらしいわ。父さんに会うてから、もう旅はすんのやめたんやけど」

  踊りの文化ならあちこちにあるが、リョーマの踊りなら、西のデランダ王国の舞踊で似たような踊りを見た。

  何年か前には、舞踊団が巫の楽団と合わせて踊る為に、ラヴィールーザへ訪れていた。

  デランダにも演奏家はいるが、ここラヴィールーザのような巫の演奏家はいないので、是非とも合わせてみたいと、遠路[[rb:遥々 > はるばる]]、遠征してきた。

  その時は、ヴァイオリンの公爵と、王立楽団が演奏した。

  「だとすれば、父が野生か王族か」

  「マーク?」

  「母はラヴィールーザの獣人ではないな?母以外に、その踊りを踊ったり、そんな訛りがある獣人はいたか?」

  「う~ん……。母さんと仲の良かったメリーおばさんは、踊れてたかな。幼なじみだったし。母さんが昔の話をすると、父さんが嫉妬するからって、あんまりしては貰えんかったけど」

  それは他の者達に、村の外に興味を持たせない為かとも思った。

  農業を中心として、穏やかに過ごしてた村のようだったが、そのあまりに孤立した暮らしぶりが気にかかった。

  王族であり、巫の力があり。

  それもブラック・パンサーであるならば、マークの家系である確率が高い。

  「リョーマ、あのな……」

  マークがそう言い募ろうとした時、扉の向こうからガリガリと戸を引っ掻く音がして、「フニャ~ン」という情けない声が聞こえた。

  「あ!トーマや!起きたんやわ!」

  慌ててリョーマが扉を開けに行ってやると、フニャフニャと寝惚け眼のトーマがリョーマに抱き付いていた。

  「フニャニャ~」

  「トーマ、1獣人にしてゴメンやで?」

  「フキャッ」

  「寝起きの甘えたモードやな」

  「キャウ~ン」

  文献にもないリョーマの一族の事を、どう調べれば良いのか。

  リョーマの人生に於いて、そのルーツを知らなければ、何故、一族が滅ぼされなければならなかったのか、納得も出来ないまま生きていく事になる。

  だが、マークがそれを調べようにも、周りがそれを許さなかった。

  母親のニコラが、マークの縁談を強引に押し進めようとしたからだった。

  [newpage]

  [chapter:第三章・すれ違い 1ー①]

  ニコラとアシェルが、どれだけ策略を張り巡らせようとも、当のマークが暖簾に腕押し状態だったので、最初のうちは事が進みようもなかった。

  マークもこんな状態のまま、リョーマとトーマを家に置いてはいけなかったので、遠征は近場に留めていた。

  リョーマ達にはマークのいない間は部屋から出ないようにする事と、また、マーク以外の者は絶対に中へ入れない事を約束させていた。

  そんないつまでも埒の明かない状態に業を煮やしたアシェルは、マークのいない隙を狙って、護衛を押し退けて強引に部屋へ入ろうした。

  「ちょっと!ブラック・パンサーのお前!僕をマークの番だって分かってたよね?奥方様だって言ってたよね?なのに、何でマークはお前の事ばっかりかまかけてる訳?」

  「あ、あの……。それは俺には分からへんのんやけど……」

  「キャウ!」

  「ちょっと!もう!離してよ!別にこの子に噛み付こうってんじゃないんだから、話す位、良いだろ!僕は、マークの妻になるんだぞ!」

  アシェルは護衛のドーベルマン達の手を振り払い、癇癪を起こした。

  仕方なく、護衛を挟んで、話す事を了承する。

  それにはアシェルも不服そうではあったが、それ以上を譲ろうとはしない護衛達には諦めるしかなかった。

  「どうして妻である僕じゃなくて、お前が守られてる訳?」

  「すみません」

  「ウ~」

  「もしかしたら、お前も正妻候補とかいうんじゃないよね?」

  「そ、それは絶対にないけど!」

  「ニャニャ?」

  「じゃあ、この待遇はなんなのさ!マークの部屋で過ごしてるとか!本来は、ここは僕の部屋の筈だろ?!」

  「それはマークに聞いて貰えると助かるんやけど」

  「キャン!」

  「だから、お前のせいで聞けないんだよ!」

  この押し問答は、アシェルが納得しなければ終わりそうになかった。

  確かに、妻になるだろうアシェルを差し置いて、客である自分がここに居座り続けるのは間違っている。

  だが、今、ここを放り出されたとしたら、また森で野生のようにして暮らすしか、リョーマは生きていく術を知らない。

  それでも、ひとまずはこの部屋を出るべきだとは思う。

  マークの好意に甘え過ぎていた自分を、今更ながらに悔いた。

  「す、すんません。今から、用意して部屋を出ますから」

  「出なくていい」

  アシェルの背後から、低い唸るような声がした。

  マークは遠征を早々に終えて、途中、休みも取らずに馬を走らせた。

  予定よりも1日早い帰宅に、アシェルはたじろいだ。

  「ちょっと!マーク!どうして僕じゃなくて、この子を部屋に入れてるのさ!僕は君の妻だろ?」

  「何回も言うがな。お前を妻になんぞしない。お前とは終わったと言っただろうが」

  「どうしてそう素直じゃないのさ。オメガは僕しか愛せなかっただろ?マークは、女の子っぽい獣人が嫌いだったもんね。付いて来てあげた僕には感謝してよ、もう」

  「出ていけ」

  「やだ、照れてるの?」

  「出ていけと言ってるのが聞こえないのか。このクソ低能ピューマが。耳が腐って、言葉が理解出来ないのか。それとも脳味噌自体が腐ってるのか。消え失せろ。淫乱ケツ孔野郎」

  もう、リョーマが何と思われようが構わなかった。

  マークは、アシェルの自分勝手な思考に憤りを爆発させた。

  そのあまりの暴言に、茫然自失したアシェルを押し退けて、マークは部屋の扉を閉じた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 1ー②]

  リョーマも、マークのあまりの言葉汚さに唖然とする。

  その半分も聞き取れないような、下卑た言葉をアシェルに吐き捨てていた。

  優しく温厚なイメージのあったマークが、こんなにも冷酷なまでに相手を突き放すとは思ってもみなかった。

  「えっと……マーク、やんな?」

  「ウニャン?」

  「ああ、もう!お前達には、そんな目で見られたくはなかったから、抑えてたのに!」

  「抑えてたんか……」

  「ウニャ……」

  「本来の俺は、とんでもなく傍若無人で、自分勝手な、自己中心的性格なんだ。……好きな者に対して以外は」

  「ウニュ?」

  マークは、リョーマの足元に引っ付いていたトーマを抱え上げて自らの頭に乗せる。

  すると、トーマの口はピタリと止まった。

  そのまましばらくすると、恍惚となって、トーマはそのまま眠りの世界に入ってしまった。

  「リョーマ。お前の為とはいえ、部屋に閉じ込めて悪かった」

  「せやけど、外出たら俺かて迷惑になるみたいやし」

  「お前が悪いんじゃない」

  マークは、この遠征に出ている間に、自分達の周りに取り巻くものを熟慮していた。

  リョーマの為に、リョーマを幸せにしたい。

  リョーマを手離したくはない。

  だが、その全てを叶えるのには、様々な壁がある。

  もしもその壁をリョーマが共に越えてくれるのなら、この苦境も乗り越えられると思った。

  「愛してるよ、リョーマ」

  「え?……えっと……そしたら、アシェルさんは……」

  「アシェルには、昔からそんな想いが湧いた事は一度もない」

  「でも、番やて……」

  「誓ってもいいが、あいつの後ろ首に噛み付いた事はないぞ。俺はオメガ・フェロモンが効かない体質だと言っただう?」

  「それは、聞いたけど……」

  「お前をどこにもやりたくない。お前の種族は何になるのかは分からないが、俺の妻になって欲しい」

  「……俺、野良やぞ?」

  「お前は王族の末裔だよ。ルーツを辿れば、もしかしたら俺と同じ血筋かも知れない。王族なら、どの獣人よりも歓迎される筈だ。それも、追々、どうにかして調べられないかとは思っているけどな」

  「お、俺は多分、ベータや。小柄やし、普通やし……」

  「その年齢で発情しないなら、性欲の強いアルファや、産むに特化したオメガの確率は低いかも知れないが」

  「メスならまだしも、オスのベータが公爵の奥さんになったかて、仔供は産んでやられへん……」

  「万が一にも出来ないな」

  マークがリョーマを抱き寄せる。

  頭上のトーマはもう、眠りの世界に入ってしまい、ピスピスと鼻を鳴らしていた。

  たとえベータだろうが、獣のままだろうが、そんな事はマークにとってどうでも良かった。

  ただ、リョーマはいてくれるだけで良い。

  リョーマである、というその事だけで、マークは愛しく思えた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 1ー③]

  「リョーマ。それでも俺の妻になって欲しい」

  「マーク……」

  「ただ、俺は公爵だから、絶対に後を継ぐアルファを作らなければならない。それは五大公爵の使命でもあるし、ラヴィールーザが均衡を保つ為にも必要な事なんだ」

  「うん」

  「仔供は、どこかのオメガに産ませる。それによって、お前に辛い思いもさせてしまうと思う」

  ヴィオラの巫を失う訳にはいかない。

  リョーマを妻に迎えても、アルファの誕生までは、他の獣人と交尾しなければならなくなる。

  マークが今の境地に至るまでには、様々な葛藤があった。

  愛のないセックスに逃げていた自分は、清らかなリョーマを愛する権利はないのではないか。

  リョーマには、もっと相応しい相手がいるのではないか。

  リョーマだけを愛すると誓ったところで、これからも愛のない交尾で、家の為に身を削る日々を送る事には変わらない。

  リョーマから離れなければ。

  だが、離れられない。

  離したくない。

  そうやって悩みに悩んで、それでもやっぱり自分にはリョーマしかいないと悟った。

  「お前が俺を伴侶として見れないとか、公爵の妻としての立場には耐えられないというなら、もう仕方ないと思った」

  「そしたら、どうするつもりやったん?」

  「家の為にはアルファの後継ぎは作る。だが、妻には誰も迎えない」

  「そんな……」

  「たとえ受け入れては貰えなくても、俺にとっての『妻』は、お前しかいない」

  マークの想いは、揺るぎなかった。

  その愛の深さと真剣さに、リョーマは目頭が熱くなる。

  マークは寝入ったトーマを、そっとソファーの上に置いてやり、タオルをその上に掛けてやった。

  ムニャンと一声上げたが、目覚める様子はなかった。

  「トーマ込みで、俺の元へ嫁いで来て欲しい。もちろん、それは母上にもちゃんと言う。こんなにもお前に居心地の悪い思いを、もうさせたくはないから」

  「マーク……」

  「返事を。リョーマ」

  マークの大きな手が、リョーマの背中に回り、フワリと柔らかく抱き寄せる。

  それにリョーマは抗わなかった。

  初めて体を通して、心も触れ合えたような気がした。

  「大好きやで。マーク」

  「ああ……リョーマ……」

  「でも、俺らなんかお荷物やのに……」

  「お荷物なのは俺の肩書きや使命だ。公爵という堅苦しいものを背負っているせいで、お前にも辛い想いをさせるし、あちこちへ遠征に行く事も多い。今回のように数日で帰って来れる事もあれば、国外に出向いて1ヶ月も帰らないなんて事もあるだろう」

  「みんなの為に尽くすお仕事やもんな」

  「それでも付いて来て欲しいと思うのは、俺の我が儘だ。だが、俺にはお前しかいないんだ」

  「マーク。……ありがと」

  「こんな俺でも許して、受け入れてくれるか」

  「前にも言うたやろ。本当に好きな人の事は、許してあげれるんやて。何があってもマークを許すから、あんまり自分を責めんといたって」

  「リョーマ……」

  「マークが自分を許せんでも、俺が許したるから」

  マークはリョーマの下顎をそっと摘まんだ。

  そして、顔を上向かせる。

  吸い込まれそうな、黒く澄んだ瞳はマークの顔を写していた。

  この瞳に、他の獣人を写したくはない。

  この瞳は、自分だけのものだ。

  この純粋なる魂に報いる為にも、マークは自分の全てを捧げると誓った。

  「愛してる……リョーマ……」

  ゆっくりと、ゆっくりと、互いを見つめながら、瞼を閉じる。

  その瞼が閉じた瞬間に、柔らかく暖かなリョーマの唇が触れた。

  マークの体を、雷のような電流が貫く。

  リョーマは、自分にとって運命の番だ。

  オメガではなくても、自らの番はリョーマ以外にはあり得ない。

  そうして唇を合わせたまま、マークは、その引き締まった体を強く抱き締めた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 2ー①]

  マークは、かつてない緊張で心臓が張り裂けそうになっていた。

  この清らかな愛しい存在に、受け入れて貰えた。

  触れても良いと。

  自分のものにしても良いと。

  自らの愚かな過去までも赦され。

  マークは、その喜びに舞い上がった。

  だが、いざ触れてみると、あまりにも畏れ多くなり、『穢してはならない』という感情が先走ってしまい、固まってしまう。

  触れるだけのキスでも、脳が沸騰しそうな程に興奮する。

  尻尾に至っては、嬉しさのあまりに千切れんばかりに振りまくっている。

  チュッ、チュッ、と唇を啄むと、その度にリョーマの体がビクビクと震えた。

  「リョーマっ……」

  「マぁーク……」

  「うわぁ!」

  そのリョーマの甘えた声が下腹に響いて、思わず力一杯、抱き締めた。

  思わず獣化すると思った。

  名前を呼ばれただけでこれならば、リョーマのもっと淫らな声を聞いたら、どうなってしまうだろう。

  獣化するか、オメガ・フェロモンを嗅いだように[[rb:発情 > ヒート]]してしまうかも知れない。

  そこまでの欲情は未知の領域だったので、マークは己の欲望が暴走するのが怖くなった。

  抱き潰してしまう。

  思うがまま、その欲望を突き上げて、想いを爆発させてしまいたくなる。

  自分の中の『獣』を抑えられない。

  そんな激情に流されて、リョーマを壊してしまいたくはなかった。

  「ああ……リョーマ。俺は、お前をめちゃめちゃにしてしまうかも知れない」

  「めちゃめちゃに、て?」

  「……交尾したい」

  「俺でも、マークをその気にさせれたん?」

  「その気どころか!俺が交尾したいなんて思った獣人は、今までに1獣人もいない!」

  「ほんなら今までの恋人と、俺は違うんか?」

  「比べものにならない!こんなにも欲しいと思った事はない!」

  「ホンマに?」

  「ホンマに!」

  思わずリョーマの口調が移ってしまう程に、テンパってしまっていた。

  「俺が初めてなん?」

  「初めてだよ!」

  「マークの初めてやて。……嬉し」

  ああ、駄目だ。

  可愛い過ぎて、愛しさのあまりに手が出せない。

  マークは、暴走する体と怖じ気付く気持ちとの板挟みになり、極度の興奮によって失神しそうになった。

  空回りする欲望が溢れまくって、リョーマの頭や耳やその頬へとキスしまくる。

  だがその拙い触れ合いは、リョーマにかつてない多幸感を与えたのだった。

  いくつもの列を為した馬車が、マークの城へと到着した。

  その一番豪奢な客馬車から、麗しい獣人が降り立った。

  「父上。私、ついに公爵の妻になるのですね」

  「そうだぞ。エリア。その為に、あらゆる教養や社交術を学んだのを忘れるな。お前は、マーク様の一番の妻になるのだぞ」

  「はい。父上」

  優雅に歩くその姿は、上級階級の貴婦人のようだった。

  エリアは、そびえ建つ城を見上げ、公爵夫人となる未来を夢想して、頬を染めるのだった。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 2ー②]

  ニコラがマークの婚約者にと呼び寄せたエリア一行が訪れ、城中が沸き立った。

  フワリと柔らかなショートボブに切り揃えられた金の髪は、細く長い首を際立たせている。

  その華奢な体の、まるで少女のようで白い肌は中の骨までも透けるのではないだろうかと思わせる美肌だった。

  大きな緑色の瞳は誘うように潤んでいて、発情期が近いと思われた。

  エリアは、父親のグレイソンを連れて来ていたが、父親とはまるで似ても似つかなかった。

  顔もえらの張った、筋骨隆々としたグレイソンは、細身のチーター一族にしては大型獣のように厳つく見える。

  だが、その一族の長である見栄もあるのか、公爵家への貢ぎ物も馬車を何台も連ねる程の豪勢なものだった。

  「ニコラ様におかれましては、ご機嫌麗しく。この度は、遅ればせながらマーク様のご卒業と、公爵への着任をお慶び申し上げます」

  「まぁ、まぁ、グレイソン。堅苦しい挨拶はその位にして。ご子息を紹介してちょうだい」

  「ほら、エリア。マーク様の前へ」

  白いワンピースの下から、白のロングブーツを履いた細い足が覗いていた。

  マークは、眉間に深いシワを刻んだ。

  こんなにも細身の体が、本当に多産系の一族なのかと疑いたくなった。

  「初めまして。マーク様。エリアと申します。誠心誠意をもって、これから公爵家に尽くす所存でございます」

  「仔を産むだけの存在であったとしてもか?」

  「は?」

  「お前以外にも、俺の妻になろうという者がいてもか?」

  「公爵様という存在は、後世に優秀なる子孫を残していかなければならないものだと、理解しています。出来る限りマーク様に愛でて頂けますよう、努力致します」

  「一番に愛される、というつもりか」

  「そうありたいと願っています」

  「お前以外に、俺の婚約者になろうという奴がもう1獣人いる。その者は、自分こそ正妻になるんだと意気込んでたぞ」

  「……その方よりも、愛されるよう精進致します」

  「無理だな」

  「む、無理って……」

  「俺には、本妻にと決めた番がいる。お前はただアルファの仔を産むだけのオメガだ。お前もアシェルも、俺の本妻を差し置いて、この公爵家の嫁になるなどと野心をだかないようにと、最初に言っておくぞ」

  「ま、マークっ!」

  ニコラの悲鳴のような怒号が飛んだ。

  だが、マークはそれだけを冷酷に告げて、母の叱責に耳を貸そうともせずに部屋から出て行ってしまった。

  そのマークのあまりの素っ気なさには、父親のグレイソンが激昂した。

  末っ子にも関わらず、どの兄弟よりも貢ぎ物に力を入れ、嫁入り道具にも散財した。

  それだけ惜し気もなく、公爵の元へ嫁ぎ、あわよくば爵位も頂戴出来るものと踏んでいたからだ。

  「これはどういう事ですかな?!ニコラ様!それなりの妾がいるのは覚悟しておりましたが、まさかうちのエリアを愛獣人にさせるおつもりではないでしょうな?!」

  エリアは『お父様……』と洩らした後、父親の胸に顔を埋めて涙を流していた。

  「よもや来て早々、仔を産む道具のように扱われるとは!」

  「グレイソン、気を鎮めてちょうだい。マークは公爵になったばかりで、その心得がなっていないのです」

  「エリアは妻になると信じてこの日を待ち焦がれていたのですよ!公爵の妻となる為に、その教養も身に付けさせましたというのに!」

  「大丈夫ですよ。エリアが一番に発情期を迎えそうでしょう?そうなれば、マークもアルファですから抗えませんよ。精々、励んで、良い仔を産んでちょうだい」

  「お義母様……。私、マーク様の妻になりたいのです」

  「分かっていますよ。私も全面的に貴方をフォローしますからね」

  エリアは、ほっとしたのか肩の力を抜いて、溜め息をついた。

  ニコラは、マークがリョーマを妻にしようとしているのを察して、一刻も早く引き離したかった。

  エリアがせめて来るまでには、リョーマを追い出すつもりでいたが、まさか護衛まで付けられるとはと臍を噛む。

  公爵家の血筋を絶やす事は許されない。

  ニコラは、その呪いのような妄執に囚われていた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 2ー③]

  ニコラの計らいで、夕食はエリアの歓迎会として、皆で食べるようにと用意された。

  当初、エリアの父であるグレイソンは、すぐにでも帰宅する予定だったが、息子が正式に妻として迎え入れられるまで帰らないと言い張った。

  マークはリョーマが矢面に立たされないようにと、傍から離そうとしない。

  穏やかには済みそうにない夕食は、アシェルの怒号から始まった。

  アシェルは、マークからあれだけの拒絶をされていても意地を張り続け、城を立ち去ろうとはしなかった。

  「どういう事?!これ!どうして、リョーマがマークの隣に座ってるの?」

  「リョーマが本妻になるからだ。式の予定は、夏になってからだが」

  「違うだろ!僕か、その新しいオメガのどちらか、先にアルファを生んだ方がマークの妻の座につくって……」

  「それは、お前と母上の間で勝手に決めた事だろう。そんなになりたければ、お前と母上で結婚したら良い。……何なら、公爵の地位も譲ってやろうか?『巫としての仕事』も増えるがな」

  巫の力が弱いのを知っての嫌味と分かって、当のアシェルは怒りに目を剥いた。

  「そういえば、新しいこの子……エリアだっけ?ピアノが上手だって言ってたよね?何なら今、弾いてみてよ。ほら、ピアノもある事だし」

  「あ、あの……今は食事中ですから……」

  「素敵なピアノなら、食も進むよ。ぜひ、聴かせて欲しいなぁ」

  アシェルは立ち上がってグランドピアノの蓋を開き、椅子に座るよう促した。

  なかなか立ち上がろうとしないエリアを、抱え上げるようにして連れて行って、無理矢理に座らせる。

  それには、グレイソンが吠えた。

  「強引過ぎますぞ!アシェル殿!」

  「そしたら、男爵としてエリアにお願いするよ。貴族からの命には従わざるをえないよねぇ?」

  リョーマはハラハラとして、その行く末を見守るしかなかった。

  針のむしろになるのは自分だと覚悟して来たのだが、マークがガッチリとガードしてくれていたのもあって、その矛先は自分には向いて来なかった。

  アシェルは先のマークの罵倒もあって、リョーマと目を合わせようとはしない。

  音楽を生業としている家で生きてきたマークやニコラは、演奏するに関しては止めようともしなかった。

  ただ、父のグレイソンだけは横暴だと、まだ吠え続けていた。

  エリアは、可哀想な程に肩を震わせながら、ピアノを演奏し始めた。

  その音に、皆の食事の手が止まる。

  エリアのピアノは、まるで習いたての仔供のような、稚拙な、たどたどしい音だった。

  「ちょっと、ピアノが達者だって聞いてたけど、これ、何?何なの?」

  「む、息子は普通のピアニストなんです!王立学校を出られた巫である貴方と同じとは思わないで頂きたい!」

  「これは『ピアニスト』が弾いた音色じゃないでしょ?練習し始めた頃のピアノみたいだよ。ね?マーク」

  「そうだな。ズブの素人だ」

  「辛辣だなぁ。でもまぁ、マークはピアノもピアノ科並みに弾いてたもんねぇ。……でもこれで達者だとか、よく言えたもんだね」

  アシェルの皮肉に耐えきれず、エリアはピアノに突っ伏して大泣きした。

  「もう『ピアノが弾ける』なんて、恥ずかしいから言わない方が身の為だよ。……おっと、来たかな?」

  食卓に、食事の匂いではない、甘い薫りが漂う。

  それは、アシェルの方から薫ってくる芳香だった。

  「僕、発情期が来ちゃったみたい」

  グレイソンは鼻を抑えて壁際に退いた。

  アルファであるグレイソンは、アシェルの発情期に釣られてしまうからだ。

  「そ、 そんなっ……。発情期は、エリアの方が先に来るように、周期を合わせていたのにっ……」

  「残念だったね。発情期、僕の方が先に来ちゃって」

  アシェルは席から立ち上がって、マークを背後から抱き締めた。

  そして、慣れた仕草でその頭頂部の耳を甘噛みする。

  「ねぇ、マーク。僕の部屋に来て。……これは、公爵としての『仕事』だよ」

  マークは、無表情だった。

  だが、アシェルの導きに逆らおうとはせずに、そのまま食卓を後にした。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 3ー①]

  マークとアシェルが去った後の部屋には、エリアの悲痛な泣き声が響いていた。

  喜んで迎え入れて貰えると。

  五大公爵の妻として、前途洋々たる人生が待っているのだと。

  他のメスやオメガがいたとしても、自分が一番の妻となり、愛されるものだと思っていた。

  「お父様ぁ!私、私、マーク様とっ……」

  「くっ……、ニコラ様!マーク様と過ごすのは、エリアの方が先になると仰ったではないですかっ!」

  「確かにエリアの発情期が近そうだとは思ったからそう言いはしたけど、アシェルの方が先に来てしまったのでは仕方ないわね」

  「あれは、促進剤を飲んでおられますぞ!」

  「だとしても発情期が来たのだから、そこは優先だわ。1週間もすればマークも部屋から出て来るでしょう。その時に発情期を合わせたら良いわ」

  ニコラの『優秀な血族を産ませる為なら、そのやり方は問わない』という公爵家ならではの高慢さに、皆が絶句していた。

  リョーマに至っては、その存在すらも視界には入れられてはいなかった。

  仔供を産めない妻など、名前だけだと言われているようなものだった。

  リョーマは食事を半分以上残して、頭を下げてから立ち去る。

  マークは、アシェルと部屋を出て行く時、何の表情もなかった。

  リョーマの方も見ようとはしなかった。

  何も思わなかったのか。

  良心の呵責はなかったのか。

  リョーマの顔を見れなかったのか。

  見たくはなかったのか。

  それがどういうつもりだったのか、その真意を測る事は出来なかった。

  部屋に帰ると、トーマが床で大の字になって腹を見せ、大きないびきをかいていた。

  そっと抱き上げて、ベッドへ寝かし付ける。

  ピスピスと鼻を鳴らしながら、トーマはリョーマの胸元へと潜り込んで来た。

  いつもマークとトーマとで寝ている広いベッドが、妙にうすら寒い。

  リョーマはトーマを抱きながら、その頭の匂いを嗅いだ。

  マークは今日、ここに帰っては来ない。

  もしかしたら、明日も明後日も帰っては来ないかも知れない。

  アシェルに仔供が出来たら、この部屋を出て行けと言われるだろう。

  と、そこまで考えてリョーマは頭を振った。

  マークは、リョーマだけを愛してくれていると言った。

  どれだけの愛獣人を抱え、仔供が生まれても、リョーマだけだと。

  信じたい。

  信じている。

  だが、胸が裂かれるように痛い。

  これが恋なら、恋とは何と辛い感情なのか。

  辛くて、苦くて、苦しくて、でも甘い。

  「マークぅ……」

  リョーマは込み上げてくる嗚咽を、必死に堪えた。

  声を洩らすまいと、抑え込む。

  一度、悲哀を洩らしてしまったら、感情が爆発してしまうような気がしたからだ。

  それでも、涙腺を押し上げて来るものを堪える事は出来なかった。

  その瞳から溢れた止めどない涙は、真っ白なシーツを濡らし続けた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 3ー②]

  真夜中を過ぎて、深閑とした闇に包まれた頃。

  マークが扉を開けると、ギィと蝶番が軋む音を立てた。

  気を配りながら扉を閉めると、それに気が付いた愛しいパンサーが顔を上げていた。

  「リョーマ……起きていたのか」

  「マーク」

  マークはベッドに歩み寄り、恐らく寝ているだろうトーマを起こさないようにしてそっと腰掛けた。

  暗がりの中でも、マークの目はリョーマの顔をはっきりと確認出来る。

  そっと襟足に手を添えて、リョーマを引き寄せた。

  リョーマは痛々しい程に、その目を真っ赤に腫らしていた。

  「泣いていたのか」

  「マーク……ごめん」

  「何故、お前が謝る。謝らなければならないのは俺の方だ。俺は、お前に誠実でいるのと約束していながら、他の獣人の元へ行くのを許せなどと言う、非道な鬼畜だ」

  「そんな事ない。マークかて辛いんは分かってる。公爵やから、仕方ないのんも分かってる。……でも感情は、理性では抑えきられへんねん」

  「リョーマ……」

  「こんなに苦しいなら、マークと知り合わんかったら良かったて思うてもうたけど、それでも出会わんで、マークが他の誰かと結婚してまうんかもと思うたら、もっと苦しいねん……」

  「お前と出会わない生涯なんて、あり得ないよ。リョーマ」

  「マークっ……」

  フワフワとした短い黒髪が、マークの胸に飛び込んで来る。

  見た目は固そうなリョーマのあちこちに向いた髪の毛は、実際に触って見ると驚く程に柔らかい。

  この手触りを誰にも味わわせたくはない。

  そう思う気持ちは、リョーマにもあったのだ。

  想う相手に想われているというのに、その相手に何と酷な事を強いるのかと、マークも慚愧の念に堪えなかった。

  「リョーマ、俺はアシェルを抱かなかったよ」

  「え?」

  「言っただろう?俺はオメガのフェロモンを感じない。お前に出会う前なら、[[rb:発情 > ヒート]]しなくてもセックスは出来ただろう。だけど、今はもう、お前以外の相手に勃起もしなくなった」

  「マーク……」

  「その位、お前にメロメロなんだが」

  リョーマは、再び涙を溢れさせた。

  安心させたいが為に嘘をついているのだと、リョーマは思っているのだろう。

  マークはリョーマが納得して泣き止むまで、涙を唇で拭った。

  その愛しい獣人を膝に抱え直し、顔中にキスの雨を降らせた。

  リョーマの尻の下にある、熱い塊がググッと押し上げる。

  マークが勃起しているとだと覚って、リョーマはビクリと体を震わせた。

  「俺のが、勃ってるのが判るか?」

  「うん……」

  「お前にしか勃たないぞ」

  「うん」

  「トーマの隣で盛る訳には行かないから、部屋を移動出来るか?」

  「あ、あの……えっと、す、するんか?」

  「お前がしたくないなら我慢する。俺はリョーマの心積もりが出来るまで、待つつもりだから」

  リョーマが欲しい。

  自分のものだという事を知りたい。

  愛されているという事を、体感したい。

  それでも、心積もりも出来てはいないリョーマに無理強いはしたくない。

  そう思って、いくらでも耐えるつもりだった。

  だが、恥ずかしげに小さく頷いてくれたリョーマを見て、マークの心臓は破裂しそうな程に鼓動が跳ねた。

  その直後、リョーマの膝の裏を掬い、強引に抱え上げた時。

  「フニャ~ン」

  「むっ?!」

  「と、トーマ?!」

  「キュウ~ン」

  「起きてしもたんか」

  「フニャッ、フニャッ。ムニャ~ン」

  リョーマはマークの腕から下ろされて、トーマをあやしに戻った。

  滾る下半身を抑え込む虚しさを、まさか悪気のないトーマのせいには出来ず、マークは天を仰いでフゥと息を吐いた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 3ー③]

  一方のアシェルは、発情期を迎えていながら、目の前でオスに逃げられ、逆毛を立てて苛立っていた。

  この疼く体を抑えようにも、自慰では治まりようもない。

  マーク程の巫の力があれば、欲情をコントロールするのも可能だろうが、アシェルにはそんな力もなかった。

  とにかくオスが欲しい。

  この体を貫き、中を擦り上げる雄根が欲しい。

  もうこの際、誰でも良かった。

  緊急避妊薬を飲んでも、性欲の強いアルファでは、子種を植え付けられてしまう恐れがある。

  ベータなら、余程の事でなければ受精はしないだろうと踏んで、アシェルは廊下を歩いていた召し使いを部屋に連れ込んだ。

  マークのような猛々しいぺニスではなく、アシェルのモノよりも粗末な雄だったが、この際、選り好みはしてはいられない程に体が飢えていた。

  もう出ないと泣いて許しを乞うオスの上に乗って、尻を振りまくる。

  3回目には萎えてしまったものを、媚薬を飲ませて無理矢理に勃たせ、精巣の底から空っぽになるまで搾り尽くしてやった。

  王立学校にいた頃は、常に抑制剤で抑えていたので分からなかったが、誘発剤を飲んでの発情期は、我を忘れ、自我が暴走するまでの凄まじい欲情だった。

  結局、アシェルは発情期を終えるまでに、召し使いのオスを7獣人も部屋へと連れ込んだ。

  何度も黄体ホルモンを含んだの避妊薬を喉へ流し込んで、オス達との狂乱に耽った。

  素面に戻った時には、自らの両隣にオスが寝息を立てていた。

  腹の出たヤマネコと、年老いたイヌと。

  本来ならば自分とセックスなんぞ出来ようもない、見目麗しくもないベータのオスだった。

  「マーク……許さないんだから……」

  雄液にまみれ、アシェルは業を煮やし。

  噛んだその下唇からは、血を滲ませていた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 4ー①]

  アシェルが部屋に籠っているにも関わらず、マークは普通に姿を見せ、緊急の任務へと駆り出されていった。

  ちょうどその時、領地内で大量の雪解け水が川へと流れ込み、麓の村が水害にあったと連絡を受ける。

  水嵩は落ち着いたものの、出来るだけ早く整備に着工しなければ、また同じような被害が起こるとも限らない。

  更には、巻き込まれた村民達が何人も怪我を負ったとあって、巫のとしての力も必要とされた。

  別れ際、マークはリョーマと離れ難いとばかりに、皆が見送る前でも熱烈なるキスと抱擁を交わした。

  リョーマが恥ずかしがって逃れようとすればする程に、「愛らしい」と言ってキスが止まらなくなり。

  トーマがギャンギャンと吠え立て、マークの脛に齧りついて、やっとそれを引き離したのだった。

  マークが留守の間は、いつもよりも更に護衛が目を光らせる。

  近頃では、その護衛とも打ち解けて、リョーマも心許せる存在が増え、この城での居心地がほんの少し緩和されたような気がした。

  そうして、ほんの少しの心地好さとゆとりが出来て、改めて考えるようになる。

  公爵の妻とは、何をすれば良いのか。

  何をすべきなのか。

  アシェルのように、マークと合奏するような楽器の才能もないので、巫としての仕事は手伝えない。

  また、エリアが学んで来ただろう妻としての所作や、教養などの知識も何もない。

  こんな事では、当然、母のニコラも嫁とは認めないだろうと思った。

  ましてや、メスでもオメガでもないだろう自分は、仔供も産めないお荷物でしかない。

  せめて可能な限りの知識だけは、増やしておきたい。

  リョーマは、片手間にトーマの相手をしながら、本という本を読み漁った。

  ふと、扉の方から騒がしい獣人の声を耳にする。

  小さく扉を開いて覗こうとすると、エリアが愛くるしく護衛にねだっていた。

  「お願いです。リョーマ様に会わせて下さい。本当にお話をするだけなんです」

  「主からは、自室へは誰も入れるな、と命令されています」

  「何もご迷惑をかけたりしません!リョーマ様とお会いしたいんです」

  涙ながらに訴えるその姿は、少女のように可憐だった。

  愛される為に生まれて来た筈の儚げな美貌の少年は、愛する獣人に望まれず、愛に枯渇していた。

  そのあまりの痛ましさに、リョーマは思わず声をかけてしまった。

  「あの……」

  「リョーマ様!ああ、お願いです!お話をさせて下さい」

  「そんなに長い時間は無理やけど」

  「ありがとうございます!」

  リョーマは、トーマを護衛の1獣人に預けて、エリアを部屋へ迎え入れた。

  だが、完全に扉を閉めるのは許されず、気配が感じられる程度の隙間を開けるようにという条件を受け入れさせられた。

  「ニコラ様からお伺いしました。リョーマ様は山奥の村でお育ちになっておられたのを、マーク様がお見初められたと」

  「うん、まぁ、そんなようなもんかな」

  本当は、『野生』であるという可能性があっての保護だったのだが、エリアにとってそれはどうでも良い事だろうと、そこは話を濁らせた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 4ー②]

  エリアは、リョーマとそう身長は変わらなかったが、その透けるような肌の白さと、しなやかな体つきは、まるで別物の種族に思えた。

  出産に適したオメガではあったので腰骨は張ってはいたが、手足にしても、首にしても折れそうなまでに細い。

  対してガッチリとした筋肉質な体型のリョーマは、粗暴な見た目の自分の方が愛されているなどという現実に、おこがましさのあまり恥ずかしくなった。

  リョーマの方が本妻だと言われたら、それは磨き上げられて来たエリアからすれば、さぞ屈辱的な事だろう。

  「私は、オメガとして生まれ、どこかの名家に嫁ぐ為に躾られて参りました」

  「小さい頃から、ですか」

  「チーターの家系でも多産系だった我家は、子宝に恵まれない貴族様から、ぜひ妻にと多くお声をかけられていたのですが、まさか公爵家との繋がりを持てるとはと、父も舞い上がってしまって」

  「大変、ですね」

  リョーマもどう返答すれば良いのか分からなかった。

  一族の利権によって嫁ぎ先を定められるのは、辛くはなかったのだろうかと聞くと、そのように育てられたから悩む事はなかったとエリアは迷いもなく言った。

  「それでも、年の離れた父や祖父のような獣人の元に嫁がされたらとか、多くの愛獣人のいる方の元へ嫁がされたらとか、色々と思うところはありました。……でも、こんなにも若く、美しくて、誰よりも権力をお持ちであるマーク様の妻になれると知って、本当に嬉しかった……」

  エリアは、たとえ政略結婚のような結び付きでも、この国で最たる麗しいオスと番う事が出来ると舞い上がり。

  会う前から、マークに恋をするようになった。

  だが、いざ嫁いでみたら、自分が望まれているのは、仔供を産めるという能力だけだと言われ。

  「私には、貴族や王族の方々に仕える能力と、仔を産むという能力しかありません。オメガの身で働く術のない私は、外へ出されてもどこかのオスに囲われるしかないのです」

  「エリアさん……」

  「リョーマ様はベータであられるのですから、どこでなりとも働けますよね?襲われる事もないでしょう?」

  自分の種族ははっきりとはしていない。

  そして精通もしていないリョーマには、その体の苦しみは分からなかった。

  オメガは発情期になれば、体も思うようにならず、オスに狙われる。

  その発情期の周期は、各々ではあったが、周期が早ければ早い程に生きにくくなる。

  エリアのように麗しく淑やかなオメガは、外に放てば格好の餌食となるだろう。

  「私に、マーク様の本妻の座を譲って下さい。お願い致します」

  「そ、それは……」

  「出来うる限りのご支援をさせて頂きます。貴方様が近くにおられれば、マーク様は私の方を見てはくれません。ですから、ここから出て行って欲しいのです」

  リョーマは言葉を失っていた。

  尽くす為に育てられた受け身のエリアですら、自らが生き残る為に相手を蹴落とそうとする。

  それだけ、身につまされる危機感に追い込まれているという状態だった。

  ここでなければ生きていけない。

  どうしても恋しいマークの仔を産みたい。

  一番の愛される存在になりたい。

  その気迫に、リョーマは圧されていた。

  「お願いです。リョーマ様!引き取り先で、ご苦労はさせないと必ずお約束しますから」

  「そんなすぐには、答えを出せません」

  「それでは、ご考慮下さるのですね!」

  リョーマが「すぐ答えられない」と言った言葉は、エリアの中で「前向きに考える」とねじ曲げられていた。

  違うと言い募る前に、飛び上がるようにして喜ばれてしまい、言葉を失った。

  「父上にも相談して、すぐに引き取り先をお知らせします!そして、必ずリョーマ様を手厚く迎え入れて下さるようにと、お願いしておきますね!」

  より自分の方が上であろうと誇示をする。

  力を持つ獣人達の皆が、会話となると自分本位になるのだという事を、リョーマは知らなかった。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 4ー③]

  ずれた歯車は戻しようもなく、どんどんと[[rb:齟齬 > そご]]を来たしていく。

  マークが氾濫した河川の村の復旧に追われている間に、城内では新しい公爵とその妻の御披露目の宴が押し進められていた。

  アシェルが部屋から出て来ないのも良い事に、エリアの父のグレイソンがそれを強引に押し切ろうとしていたのである。

  「ニコラ様におかれましても、悪い話ではございませんぞ?我がチーターの一族は豊潤な土地を多く所有し、作物も資源も豊かだ。公爵家が更に潤うのは間違いない」

  「ですが、アシェルとエリアのどちらか、アルファの仔を先に産んだ方が妻に、という話だったのでは?」

  「アシェル様はマーク様に相手にもされず、召し使いを引き込んでの淫蕩三昧。もしかしたら、召し使いの仔が生まれるかも知れませんぞ?ましてや、リョーマ様にも子宝は望めないとあっては、もうエリアしかないではないですか!」

  「それはそうですけども」

  「私には私の付き合いというものがあるのですよ、ニコラ様。公爵の縁続きになると、周りにも知れ渡っているのです。それはもう、各地の名士や貴族の方々にも。よもやそれを、今から覆せとは仰いますまいな?」

  「仕方ございませんわね」

  「では、マーク様がお帰りになられたらすぐにでも」

  「まぁ、そこまで用意されれば、マークも諦めるでしょう」

  グレイソンは、ニヤリと口角を上げて、己の割れた顎を親指で撫でた。

  この為に、エリアを美しく育て上げた。

  金と力と持ち合わせていたグレイソンではあったが、生まれ持った爵位だけは持っていなかった。

  公爵の父ともなれば、ともすれば侯爵か。

  最低でも子爵の地位は授けられるだろう。

  思わず高笑いしてしまいそうになるのを、必死に堪える。

  大々的な、華やかな宴にしなければ。

  もっと多くの者に知らしめなければ。

  爵位を頂戴するには、エリアがマークの正式な妻となって、中央のヴァルハラに認められる必要がある。

  グレイソンは、この国で名実共に力ある存在となるという野望に駆られていた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 5ー①]

  城の中が一気に慌ただしくなってはいたが、マークの部屋にだけは常に護衛のドーベルマンが付いていたので、召し使い達も近寄ろうとはしなかった。

  この並々ならぬ慌ただしさは、マークの遠征の帰りを祝うというようなものではない。

  アシェルかエリアのいずれかの為に用意された、何らかのパーティーであるとは解っていた。

  だから、リョーマもあえて外へは出なかった。

  どうしても外で遊びたがるトーマだけは、護衛に預けて連れ出して貰っている。

  あの後、エリアの父のグレイソンから、いかほどの支援が必要かという打診があった。

  それに答えられないでいると、何やら大きな箱が送られて来て、中には金や宝石が詰め込まれていた。

  公爵家から去れとばかりの手切れ金のつもりだろう。

  エリアは爵位もないチーターの一族ではあったが、こんなにもすぐに大金が易々と用意が出来るだけの家柄なのだと知った。

  「なぁ、トーマ。俺ら、邪魔なんかなぁ」

  「フニャン……」

  「俺、そもそもベータなんかな?まぁ、アルファではないわな。そんな大型やないし、エリアさんとか見てたら、オメガでもないやろしな~」

  「キャウ」

  「いやいや、お前は俺よりも更にちっこいのに、アルファな訳がないやろ」

  「キャン!キャン!」

  「はいはい。分かった、分かった。アルファになるつもりなんやね。まぁ、目指してなれるもんでもないんやけどね」

  「ヤン!」

  トーマがクサクサして外に出たそうにし始めたので、リョーマはドアに立っている護衛へ連れ出して貰おうと、廊下に顔を覗かせた。

  すると、金の絹糸のような髪を振り乱して、廊下の向こうからアシェルが駆けて来た。

  「ちょっと!リョーマ!これ、どういう事?!」

  「ど、どういうて、何やねん」

  「僕の知らない間に、何で宴の準備なんか進んでるの?召し使いに聞いたら、マークとエリアと婚約の祝いだとか言うし!」

  「あ、そーなんや……」

  「そうなんや、じゃないよ!勝手な事してくれて!僕にだって、その権利がある筈なのに!」

  「そやったら、何で止めんかってん。俺は拾われっ子やから何も言えんけど、アシェルはマークの番やし、男爵やねんから文句言えるやんか」

  アシェルの後ろ首に、マークの番である証の噛み後はない。

  既に虚言である事はマークから聞き及んでいたが、それを言うつもりはなかった。

  リョーマの問いには、アシェルもグゥッと喉を鳴らした。

  発情期の興奮が治まらずに、召し使いを連れ込んでは享楽に耽っていた後ろめたさがある。

  だが、それもこれもマークが自分と交尾してくれなかったからだ。

  アシェルにマークに放置された怒りが、今更ながらに込み上げて来た。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 5ー②]

  「お前は何様だよ!素性も知れない野良のくせに!偉そうに僕に意見しないでくれる?!僕こそが、公爵の妻に相応しいんだから!美しさも、格も、演奏者としての腕も!」

  「そりゃ、そうなんやろけど」

  「なのに、何でエリアとの婚約式なんか!」

  「いや、だからそれを俺に言われても、しゃあないやん。それ、主張すんなら、マークか、マークのお母さんに言うてぇや」

  「いっ、言われなくてもっ!」

  「おやおや、何を揉めておられるのかな?」

  話の腰を折って来たのは、グレイソンだった。

  アルファのオスが現れたとあって、護衛達も気色ばんだ。

  即座にリョーマとの間を遮るようにして立ちはだかり、接触を拒む。

  オメガであるアシェルとは、その対応が格段に違っていた。

  まだ、発情期の余韻があるアシェルは、グレイソンが現れた途端、望まない強いアルファのオスに種付けされてしまうという恐怖に駆られ、尻尾を巻いて逃げていった。

  「リョーマ様。ちょっとこの護衛を下げては貰えませんか?先程の贈り物を、受け取ってくださったのか、確認したいだけですので」

  「は、はい……」

  それでも扉を閉めるのは認められず、護衛達は扉を開けたまま、外で待機する事になった。

  トーマがキャンキャンと吠えていたが、それも護衛に託す。

  仔供に聞かせられない話になるのではないかと思い、外へと連れ出して貰った。

  「どうでしたか?リョーマ様。あれで足りましたかな?」

  「いえ、あの……」

  「あれだけではございませんよ。まだはっきりとはしておりませんが、リョーマ様を引き取ってくださる方を何獣人か集うつもりです」

  「引き取るって……」

  「妾としてお迎えくださる、身分のしっかりした方に、ちゃんとお渡ししますから」

  「召し使い、とかじゃないんですか?」

  「何を仰いますか!天下の公爵様の愛獣人だった御方が、お下がりになられるのに召し使いなんぞなれる訳がないでしょう。幸いな事に、ベアーの一族を束ねておられるデズモンド様が、ネコ科の獣人好きであられましてね。ユキヒョウのグレイグ様は、後妻を探しておられますし」

  これだけの金銀財宝は、先物買いの投資だった。

  グレイソンは、リョーマを売り飛ばして、この元を取るつもりだったのだ。

  マークは、この事を知ったら許さないだろう。

  だが、マークが帰るまでに自分は売り飛ばされてしまうかも知れない。

  そうなれば、マーク以外のオスに飼われるのだ。

  リョーマの体から、体温が失われていく。

  まるで、血管に冷水を流されたように。

  だが、何故か下腹だけが熱い。

  身体中は凍えるように寒いのに、下肢はドクン、ドクンと、心臓が脈打つようにして疼き、燃えるように熱を持っていた。

  フラリと目眩がして、膝をついてしまう。

  その瞬間、トロリと内股に何かが伝うような錯覚を覚えた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 5ー③]

  部屋中に、甘い薫りが一気に充満した。

  それは間違いなく、濃度の濃いオメガフェロモンであり。

  グレイソンは咄嗟に手で口元を覆うが、そんなものでは済まされないような、爆発的な芳香だった。

  「リョーマ、様?!……まさか、貴方、オメガだったんですか?!」

  「し、知らん。こんなんは、俺かて、知らんかってんっ……」

  「何て密度のフェロモンだっ!今まで嗅いだ事もないっ……」

  そのフェロモンの濃密なる薫りに、護衛達も部屋に入るのを躊躇われていた。

  優秀なるドーベルマン達は、マークが猛獣とも闘えるようにと選んだ、アルファばかりだったのが災いした。

  このまま部屋に入れば、[[rb:発情 > ヒート]]し、主を襲ってしまうかも知れない。

  だが、室内にはチーターのアルファがいた。

  闘いになるか、皆がヒートして、リョーマを襲ってしまうのか。

  グレイソンは、最も間近でリョーマのフェロモンに当てられ、完全なるヒートを迎えていた。

  「……こんなにも甘い匂いのオメガを、他に渡すものか」

  「ひっ!」

  「私の精液を1滴残らず流し込んで、孕ませてやる」

  グレイソンは欲情のあまりに暴走し、理性を失っていた。

  その犬歯は、オメガの首筋に歯を立てようと、鋭角的に伸びる。

  リョーマは、グレイソンに前髪を痛い程に捕まれ。

  そのまま床に叩き付けられるようにして、押し倒された。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 6ー①]

  長い、長い間、抱え込んでいたリョーマの中の『メス』は、一気に爆発した。

  体内の奥に隠されていた『仔を産む器官』が熟し、発情期を迎えた。

  だが、その場にはリョーマの望むオスではなく、そのフェロモンに当てられたチーターのオスが鼻息も荒く、[[rb:発情 > ヒート]]していた。

  「こんなにも欲情させられたのは、初めてだ……。ブラック・パンサーのオメガがこんなに芳しいのなら、私の妾にしてやるのも良い」

  「やっ……嫌、やっ!」

  「わざわざ他の獣人なんぞにやらなくても、私専用のメスにしてやる。感謝するんだな」

  グレイソンは、リョーマのシャツをボタンを引き千切るようにして、左右へと裂いた。

  その下のスラックスも前を引き裂き、膝にまで下着ごと下ろしてしまう。

  リョーマは闇雲に暴れた。

  獣化すれば、グレイソンよりも俊敏なので逃げられるかも知れない。

  だが、まだ変化に不馴れなリョーマは、無理矢理に獣化するゆとりがない。

  「暴れても無駄だぞ」

  「やぁっ!嫌やぁ!」

  「こんなところまでも、甘いとは……」

  グレイソンの長い舌が、リョーマの臍から上をベロリと舐める。

  そのざらついた舌の感触に、全身に鳥肌を立てた。

  嫌がおうにもひっくり返され、足に絡まった下穿きが枷となって、リョーマの動きを制限させてしまう。

  片方の手で頭も押さえ込まれて、もう片方の手は、リョーマの引き締まった尻を掴み上げた。

  「ここか。オスを誘う淫らな薫りを放つ孔は」

  片尻をグイッと拡げると、その潤んだ蜜孔が現れた。

  途端に、甘い蜜香が舞い上がる。

  「何なんだ!この薫りは!くそっ……」

  「い、やぁ!やぁぁぁぁぁ!」

  グレイソンはリョーマの尻孔へと顔を突っ込んだ。

  獣のように興奮し、グリグリと押し入ろうとする鼻先に、リョーマは絶叫した。

  「マァークーーーー!!!!」

  ドォンと、城が揺れる程の地鳴りがした。

  グレイソンも驚いて顔を上げる。

  開かれた扉の向こうには、まさに変化しようとするマークの姿があった。

  「俺の妻に、何をしている……グレイソン……」

  「ま、マーク様っ?!」

  「それは、俺の妻だ!!!」

  マークは天井に向かって絶叫した。

  それは途中から獣の咆哮へと変化する。

  服を引き裂き、背を丸めて、四つん這いになり。

  その全身から、黒い艶やかな天鵞絨のような黒毛が生い茂る。

  獣の手からは鋭利な爪が。

  その分かれた上顎からは、長い牙が伸びる。

  人型では2メートル弱のマークの体も、ブラック・パンサーとなれば3メートル以上、体重も350キロを越える。

  それは、大型のライオンと変わらない程の体格だった。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 6ー②]

  『公爵の妻を強姦とは……。どうやら本当に殺されたいらしいな』

  「お、お許し下さいっ!こ、これは、そのオメガに惑わされたのでございます!」

  『俺の妻が悪いとでも言うのか。そもそも、俺の部屋には誰も入れるなと言っていた筈だが』

  契約する主であり、巨大な猛獣であるマークにジロリと睨まれ、護衛達も平伏していた。

  マークはグレイソンに向き直り、喉を唸らせて威嚇した。

  『グレイソン。決闘だ』

  「で、出来ません!お許し下さい!」

  『いや、許さん。お前はリョーマを汚そうとした』

  「お、お許し下さい~!抗えなかったのでございます~!」

  グレイソンは涙と鼻水でドロドロの顔を床に擦り付け、土下座した。

  額を地面に擦り付け、許しを請うた。

  『許さん』

  マークはグレイソンの頭蓋骨に届くまで、牙を突き立てた。

  そして、その両耳を引き千切る。

  痛みにひっくり返った尻の根元から、その尾を噛み千切った。

  断末魔のような絶叫が、室内に響き渡る。

  闘いにもならない完全なる勝利ではあったが、マークの獣性は一旦は落ち着き、獣化を解いた。

  自らの破れた服を拾い、己の体に飛び散ったグレイソンの血を拭う。

  「マーク……」

  「遅くなって、すまん」

  「ううん。助けてくれてありがとう」

  リョーマは慌ててズボンだけを引き上げて、マークへと走り寄り、抱き付いた。

  辺りのフェロモンが、更に甘く、濃くなって、辺りを充満した。

  マークの中で、何かがドクリと鼓動を打つ。

  それは下腹から沸き起こる、マグマが噴火するような激しい欲望だった。

  [[rb:発情 > ヒート]]だと、直感した。

  初めてのヒートは、脳を沸騰させるような欲情だった。

  暴走するな。

  リョーマをこの無能なチーターのように、一方的に穢すつもりか。

  リョーマを大切に想う気持ちを、忘れるな。

  マークは己を律して、ヒートに抗った。

  巫の力がなければ、再び獣化しそうな程の情欲だ。

  「リョーマ……、お前、オメガ、だったんだ、な……」

  「そうみたい、やねんけど……。マーク?」

  「マズい……。俺も釣られて、ヒートを起こしかけてる」

  「え?!マークは、ヒートしなかったんじゃ……」

  「お前だけは、別らしい」

  ハァハァと、どちらもが荒い息を吐いている。

  そのまま流れるままに交尾してしまいたくはなくて、強く抱き合い、互いに己の性欲と抵抗していた。

  その均衡を崩したのは、間の抜けた声だった。

  「おーい、マーク~。ちょっと、スゴいフェロモンだから、ここ、一旦、扉を閉めるけど、リョーマとはよく話し合えよ~。無理かもだけど~」

  「ラーズ。とにかく平常心に戻るまで、一旦、そっちをお前に任せても良いか?」

  「もうやってるよ」

  ラーズは鼻を押さながら、グレイソンの体を蹴って廊下へと押し出す。

  護衛達は、血まみれのグレイソンを縄で縛った。

  「じゃ、一旦、閉めるから。リョーマに無茶な交尾をすんなよ。ヴァージンなんだからな~」

  扉を占めた途端、護衛の1獣人が抱えていたトーマはその手から逃れ、ラーズへと飛び付いた。

  [newpage]

  [chapter:すれ違い 6ー③]

  「ウキャウ!」

  「あぁ~!トーマちゃ~ん!会いたかったぞ!」

  「キャン!」

  「相変わらず可愛い~!お利口にしてたか?」

  ラーズがトーマの額に自らの額を当てる。

  すると、トーマの言葉が流れ込んで来た。

  『ラーズ!会いたかったで!』

  「俺もよ~」

  『来て早々、悪いんやけどな。アイツ、どないかならんかな。兄ちゃんに八つ当たりして、かなわんねん!』

  「アイツって、誰?」

  『あの、壁に張り付いてるピューマ。俺も一回は髪の毛くしゃくしゃにしたったんやけど』

  ラーズがトーマの言う方向に目を向けると、そこには柱の影に隠れているアシェルがいた。

  ラーズとも[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]で同期であり、マークを取り合って何かと対立はしていたが、面と向かっては喧嘩を売られた事はない。

  それは、ラーズが校内でも有名な獰猛なアルファのオスだったからだ。

  「おやおや、アシェルか?お前、まさか実家にまでマークを追っかけて来てたのか」

  「な、何だよ!僕はマークの妻になるんだからな!オスのアルファのお前には無理だろうけどね!」

  「大した巫の力もないくせに、よくもまぁ、それだけの自信が持てるこった。お前の『売り』なんて、オメガである事しかないのにな」

  「な、何だって?!」

  ラーズはトーマを頭に乗せて、召し使いや護衛を押し退けて、アシェルへと近付いて行った。

  トーマにガジガジと髪の毛を齧られていても、慣れたもので気にもしない。

  そして、アシェルの前で屈んで、クンクンと匂いを嗅いだ。

  「お前、何獣人とヤッてんの?乱行?オメガの身でそれは、危険なんじゃないの?」

  「な、な、何をっ……」

  「俺ねぇ。普通の獣よりも鼻が利くんだよな。そういう家系なんだろうけど。お前がどんな獣人とヤッてたか、当ててやろうか?」

  「ひいっ!」

  「ついで言うとな」

  ラーズがアシェルの下腹に手を当てた。

  巫の力を使っているのか、そこが熱を持つ。

  「お前、妊娠してるよ。まだ、小さいから、どの獣人の仔か分からないけど」

  「う、嘘だっ!あれだけ避妊薬も飲んでたのに!アルファじゃなかったし!」

  「アフターピル、飲みながらヤッてたんだ?馬鹿だな。あれは避妊は100%じゃないし、王立学校で6年間も散々発情期を抑え込んでたのを、突然、解放しちゃって、子宮が何が何でも精子を取り込もうとしたんじゃないの?」

  常日頃、避妊薬を常用していたらこんな事にはならなかった。

  マークと交尾する為に、無理矢理、発情期誘発剤までも飲んでいた。

  欲情するがあまり、この状態での交尾は仔供が出来てしまうかも知れないと、冷静に判断出来るだけの余裕もなかった。

  「お前。ベータの仔供孕んでいながら、まさか公爵の妻になろうなんて、まだ思ってるんじゃないだろうな」

  「だ、だってこれは、マークが……」

  「うるさい。このズベタが。今すぐに出て行け。さもなくば、ご自慢の顔をズタズタに引き裂いてやるぞ」

  アシェルは尻尾を巻いて、荷物や楽器もそのままに城を飛び出して行った。

  ラーズは、床に転がっているグレイソンの頭をグリグリを踏みにじりながら、護衛に聞いた。

  「こいつ、何者?」

  「マーク様のご婚約者様の父君であられます」

  「ふ~ん。そんなら、リョーマにしてみれば敵だな。どうしようかな~。マークにも任されたしな~」

  千切られた耳の部分をグリグリと踏んでやると、グレイソンから悲鳴が上がった。

  「こいつ、送り返してくるわ。トーマちゃん、ちょっと遠くまでお散歩する?」

  「ウニャニャニャ~ン!」

  ラーズは片手で大柄なグレイソンの襟首を掴んで持ち上げ、宙に浮かせた。

  その圧倒的なるライオンの力に、その場にいた獣人達は、言葉を失ったかのように静まり返った。

  [newpage]

  [chapter:第四章・求めあい 1ー①]

  扉が閉められ、自分達だけの世界に隔絶された瞬間、マークはリョーマを力一杯、抱き締めた。

  その体は筋肉質ではあったが、マークのものよりかは二回り以上も小さく、か細い。

  リョーマは、恐怖からの震えがいつまでも止まらないでいた。

  初めての発情期に、アルファから暴行されそうになったのだ。

  オメガの心理としては、まさに恐慌状態に陥っていた。

  「リョーマ、大丈夫か?」

  「う、うん。……マークが来てくれたから」

  「怖かっただろう。済まなかった。お前がオメガだったと分かっていたら、一緒に連れて行っていたのに」

  「そんなん、邪魔になるやん……」

  「それか、番のいる他の公爵に預けるか」

  「そ、それは申し訳ない!そこまでされたら、居たたまれへん!ラーズんとこ位にしといて」

  「あの節操なしのラーズになんぞ預けたら、余計にお前の身に危険が及ぶだろうが」

  「トーマがおったら、大丈夫やと思うんやけど」

  「確かにそうだな。トーマには欲望を萎えさせ……じゃなくて、中和させる何かがあるしな」

  マークの言い様に、クスクスと笑いが洩れるようになり、リョーマもようやく体の力が抜けた。

  そうやって落ち着いてみると、マークが全裸である事に気が付く。

  おまけに[[rb:発情 > ヒート]]を無理矢理抑えている状態ではあったので、その体の中心は恐ろしい程に猛り狂っていた。

  「あ、あんな、マーク。これ……大丈夫なん?」

  「ヒートは何とか抑え込んでるが、ここまで巫の力で勃起を抑えられなかったのは、初めてだ」

  「パンパン……なんやけど」

  マークの雄を見て、リョーマの体の中のオメガが疼く。

  体内から、トロリとまた愛液が内股に流れ落ちる。

  駄目だと思う前に、無意識にその剛直に触れていた。

  熱い大木のような赤黒いぺニスは、表面に走る太い血管がドクドクと脈打ち。

  三角に張り出した先端の割れ目からは、トロリと淫らな先走りが零れ落ちている。

  マークもまたリョーマに触れられて、射精寸前にまで感じてさせられていた。

  発情すれば、オメガには抗えない。

  かつてこんなにも、欲情を堪えた事はなかった。

  先にグレイソンへの攻撃で獣性を晴らしていなければ、巫の力では抑えきれなかっただろう。

  「リョーマ……これ以上、触ったら、不味い」

  「マークのコレ……スッゴい」

  「くっ……リョーマっ……」

  「俺、オスやのに、これ、触れちゃうん、おかしいん?触りたいて思うん、変なん?」

  「お前はオメガだ。発情期にオスの精子を欲しがるのは、普通だよ」

  だが、今は不味い。

  城の中は、エリアとの婚約式の準備を中止させるにしても、客獣人であるラーズに全てを任せるのは流石に申し訳が立たない。

  このまま、リョーマの発情期に釣られたら、1週間は愛欲に溺れてしまうだろう。

  そして性に疎い、まだ精神が成獣ではないリョーマを孕ませてしまう確率も高い。

  それは、何においてもリョーマを大切にしたいと思うマークの意に反していた。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 1ー②]

  だが、リョーマの拙いながらも巨根を扱かれると、マークもその快楽には抗えなかった。

  尻筋にグッと力を入れ、それに耐える。

  「ダメだっ、リョーマっ!手を、離せ!」

  「離したく、ない」

  「リョーマっ!」

  リョーマはペタンと膝をついて、マークの下肢にまで上体を下げた。

  目の前には、小刻みに震え、快楽に耐えるマーク自身があった。

  それはもう本能的に、リョーマは下からぺろりと竿を舐めた。

  「うわぁ!あぁぁ!」

  マークは咄嗟にリョーマの頭を引き離そうとするが、それよりも前に、その先端からは大量の白い蜜が噴き上げる。

  そのドロリとした青い木の芽のような薫りの精液は、リョーマの頭の天辺から顔にまで降り注いだ。

  慌ててマークは、近くに落ちていたリョーマのシャツを拾い、それを拭き取ってやった。

  「オスって……こんなに出るんか~」

  「リョ~マ……。いたずらしないでくれ。限界なんだから」

  「まだ、勃ってる……。俺のと、全然ちゃうし」

  「それはリョーマのモノとは……」

  マークはふと、この部屋に突入してきた時の光景を思い出した。

  リョーマの股間に、頭を突っ込んでいたグレイソンを思い出して、いきなり怒りが沸騰するように爆発した。

  「リョーマ。グレイソンに、何をされた?!」

  「へ?」

  「股間に顔を突っ込まれていたが」

  「え、あ、あの……服、破かれて、ごめんな?」

  「そうじゃなくて!何をされてたかと聞いてる!」

  「お、お尻に鼻を突っ込まれてた、かな?」

  「な、何だと?!舐められたのか!」

  「な、舐められてはないと思うんやけど、……ま、マーク、怒ってんの?」

  「あの、クソチーターめっ!やっぱり噛み殺してやれば良かった!」

  「あ、あのっ……マーク?あ、あぁっ?!」

  マークはリョーマを抱き上げて、ベッドへと連れ込んだ。

  暴走しないようにと、あらかじめ自らヒートの抑制剤を飲み、リョーマには避妊薬と抑制剤を飲ませる。

  リョーマには更に、緊急用の注射もして、互いの興奮を抑えた。

  「リョーマ、お前を大切にしたいから、薬を飲んで貰ったんだ。分かるか?」

  「うん」

  「俺は今まで、誰に対しても誠実には生きては来なかった。だから、お前にだけは真剣に向き合いたい。ちゃんと全ての獣人の前で、お前を妻だと認めさせて、本当の意味でお前を俺のものにする」

  「う、うん」

  「だが、汚されたのだけは許せない」

  「よ、汚れ?」

  「クソチーターに先に触られたのだけは、塗り替えさせて貰う。言っておくが最後までしないつもりだが、念の為、もしも暴走した時の為に、避妊の薬は飲ませておいたから」

  「は?……ひゃぁ!」

  リョーマはコロンと呆気なく倒されて、足からズボンを引き抜かれた。

  野生としての暮らしが長かった、幼いリョーマには、マークが何を考えているのかまるで分からなかった。

  [newpage]

  [chapter:求めあい1ー③]

  リョーマには、あまり羞恥心がない。

  獣でいた頃が長過ぎたが故に、裸でいる事への恥じらいがあまりなかった。

  だが、流石に押し倒されて、尻が浮く程に体を折り曲げられ、両足を開かされたのには、恥ずかしさのあまりに叫んでしまった。

  「やだ!マーク!こんな、格好!」

  「少し我慢しろ」

  「いやぁ!やめてぇ!」

  「くっ……声だけでイカされそうになるのは、初めてだぞっ!」

  「やっ、……あぁぁ!」

  マークは、グレイソンが触れたであろう尻の谷間に、舌を這わせた。

  この清らかな体に触れるのは自分だけだ。

  これからも、何獣人であろうとも許しはしないし、もしもこの奥にまで触れようものなら、その肉を引き裂いてやる。

  リョーマの愛らしい孔を清める為に、マークはそこへ舌を滑らせた。

  頭では理解出来なくても、体は愛するオスを受け入れていて、そこは発情期の為に赤く熟れ、誘うように甘い蜜を滴らせている。

  マークが舐めれば舐める程に中から、愛液が洩れ出して、それを舌で掬うのには限界を感じ。

  マークは、蜜口に唇を当て、それを吸い上げてやった。

  ジュルジュルと熟した果実の果汁を吸うような音は、リョーマの想像を越えた行為だった。

  「やっ、いやぁぁぁぁぁ!」

  「オメガの蜜が、こんなにも甘いものだとは知らなかった」

  「いやぁ!マーク!す、吸わんといてぇ!そんな、とこぉ!あぁっ!」

  「お前の蜜は吸う為にあるんだ。……俺だけの特権だが」

  「や、や、やぁ!いや、あぁっ?!」

  マークは、うっすらと開いた蜜孔に、尖らせた舌先をヌルリと差し込んだ。

  そして更に蜜を溢れさせようと、中の襞を探るように、ヌルリヌルリと舌を出し入れする。

  体内の触った事もない部分を舌で弄ぐられている感触に、リョーマは身悶えた。

  口では拒絶しても、リョーマの中のオメガは悦んでいる。

  マークの舌によってもたらされる悦楽に、尻を回してしまう。

  「いやぁ、アカン、アカンのぉ!……マーク、やぁん!」

  「中でとにかく、一度、達っておけ。もちろん、オスの部分でも達かせてやる。どちらも初めてだろう」

  「うん……。や、やぁ!」

  「お前の初めてを俺に与えてくれ。それだけでも、俺は天にも昇る喜びを得るんだ」

  「酷い……そんな言い方。……嫌やて、言われへんやん。……ひゃん!」

  それから、リョーマはマークの舌で達かされ、その後は指で前立腺を刺激されながらぺニスを口淫され、股の間をトロトロにされた。

  マークの言う『メスの部分でも、オスの部分でも達かせてやる』という意味を、身をもってして理解した。

  リョーマは、その手管によって何度も頂点を極めさせられて、最後には前からも後ろからも潮を吹かせられ。

  体が快楽で痺れて、壊れたようになってしまった。

  それでも怒りは湧かなかった。

  あれだけ性欲の強いマークが、自らの欲望を堪えてまでも、リョーマの愛撫に徹してくれたのかと思うと、怒るに怒れず。

  最後には快感で痙攣したまま、気絶してしまった。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 2ー①]

  中央のリビングには、母のニコラと、その膝に頭を乗せ、泣き濡れるエリアがいた。

  その光景だけでも、2獣人の間で何の話がなされていたのか想像はついた。

  マークは、腸の煮え返る思いがした。

  これまで家の為に耐え続けた、精神の限界に達していたのもある。

  だがそんなアルファのオスとして『欠陥品』だと自ら卑下していた過去を、覆してくれるまでの存在に出会え。

  [[rb:発情 > ヒート]]する程の愛情を教えてくれたリョーマを、獣人生を賭して愛し、大切にしたいと思っていても、周りがそれを阻害する。

  何がこの国で一番の権力者だと言うのかと、不満と怒りが募る。

  他国の『王』に代わる存在だと言われても、自分は制約ばかりに囚われた籠の中の鳥でしかない。

  早くに亡くした父の為にもと思い、巫としても国に尽くすつもりではある。

  だが、それでも自由も希望も何もない、しがらみだらけの取り巻く環境には、もう我慢ならなかった。

  「よくもまぁ、公爵の妻に手を出そうとしたオスの子なんぞを、慰めてられますね。母上」

  「マーク。よくお考えなさい。確かにグレイソンのした事は許されませんけど、それでもリョーマのフェロモンに当てられての事故のようなものですよ。もちろん、初めての発情期だったリョーマにも責任はありません」

  「当たり前だ!」

  「エリアにしても、そんな事故の被害に合った可哀想な子に過ぎません。貴方だって、グレイソンにあそこまでしなくても……」

  ラーズがグレイソンを引き摺って馬車に乗せようとしたのを、ニコラは止めようとした。

  だが、その言い分を聞き入れようともせず、ニコラへ泥を飛ばし、ラーズは馬車で走り去って行った。

  公爵夫人としてのプライドをズタズタにされたと憤慨する母に、マークは大笑いした。

  「あいつは、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]でも、他の公爵の子息と渡り合う奴ですよ。オメガの、しかも巫の力がない母上が勝てる筈もない」

  「それでも、グレイソンは貴方の義父になる獣人ですよ!」

  「ふざけるなっ!」

  マークの張った声の波動は、窓ガラスをビリビリと震わせた。

  ヴィオラだけではなく、他の楽器や声にまでも巫の力を発揮出来るのは、公爵の中でもマークだけだった。

  その力ある言霊に、ニコラもエリアも体を硬直させていた。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 2ー②]

  「公爵に仇なす者を庇うつもりか!グレイソンは命こそ断ちはしなかったが、連れ帰ったラーズが裁きを下す。あれは、ただの流浪の巫じゃない。ヴァルハラが遣わした『審判』だからだ」

  「そ、そんな……」

  公爵にも匹敵する巫の力を持ち、何者にも囚われないラーズは、学生時代からヴァルハラの仕事に携わっていた。

  その、公平な目で裁く力を持つからこそ、流浪の巫の道を選んだのだ。

  今まで口を挟む事も出来なかったエリアだったが、もう自分はマークにすがるしかないと思った。

  後ろ楯も、権力も財力もなくなれば、エリアはオメガとしての体以外には、何もなくなってしまう。

  今、マークに放り出されでもすれば、落ちるしかない末路が目に見えていた。

  エリアは地べたを這い、マークの足へと抱き付いた。

  「マーク様!もう、妾でも構いません!仔を産むだけの存在でもいい!ですから、ですから、ここに置いて下さい!」

  マークは、氷のように冷ややかに、それを見下していた。

  その瞳にエリアは凍りつく。

  リョーマがオメガだと分かった以上、他のオメガに仔を産ませる必要もないとなれば、捨てられてしまう。

  公爵の妻が無理でも、妾としての地位は失いたくはない。

  実家に帰れば、『罪人の息子』という肩書きが待っている。

  そんな今までよりも水準の下がる生活には堪えられない。

  そんな我欲しかないエリア心情は、手に取るようにしてマークには見えていた。

  そうして尚もすがろうとするエリアに、反吐が出そうになった。

  「お前は、自分の立場を分かってはいないようだな」

  「ま、マーク様……」

  「お前の父親は大罪獣人だぞ。俺が申告すれば、ヴァルハラは更にお前の一族を洗いざらい調べ上げるだろう。今なら、一族の長を降ろされる程度だろうが、もしも不法就労や税金逃れの片鱗でも見付けたらお家断絶を言い渡されるだろうな」

  大きく儲けている者達には、何かしらある。

  マークは、この度の遠征ついでに側近をグレイソンの治める土地を周わらせ、調査していた。

  叩けば埃どころか、悪政のゴミが溢れ返るように出て来た。

  「あの辺りのヤマネコ達を、奴隷のようにして使っているだろう。あれだけ痩せさせて働かせていたるのがラーズに見つかれば、ただじゃ済まないだろうな」

  「わ、私は父のしていた事は、何も知らされていないのです!私はただ、マーク様の妻になる為だけに……」

  「俺に触るな!噛み殺されたいか!」

  マークの怒号に、エリアは飛び上がって退いた。

  そのアルファの圧倒的なる威圧感に、耳を垂れ、体を縮こまらせた。

  [newpage][chapter:

  ]求めあい 2ー③

  だが、それを遮ったのは母のニコラだった。

  「お待ちなさい。マーク。エリアは妾に残しましょう。いいえ、エリアだけとは言わずに、この辺りのオメガを一同に集めて、貴方の後宮を建てるのです」

  「……正気か、母上。俺は、一国の主じゃない。ラヴィールーザは、五獣人の公爵が分権して成り立つ国だぞ」

  「貴方は、[[rb:発情 > ヒート]]しない体質なのでしょう?」

  「どうしてそれを……」

  その秘密は、ラーズにバレた以外には、誰にも知られた事がなかった。

  公爵家の血筋を残そうと躍起になっている母にだけは知られないようにしていた。

  知られれば、子作りの為に何をしでかすか分からないと察していたからだ。

  「私は母ですよ。そして、貴方がメスにまるで興味を持とうとしないのも分かっていました。貴方に迫っていったメス達が、ことごとく玉砕して帰って来ていましたからね」

  「召し使いから年増のメスまで、ベッドに忍び込んで来たのは……貴方の仕業ですか……」

  「可能な限り、アルファの仔を多く産ませる為です。母の好意からですよ」

  「あれが、好意だと?」

  精通間もないマークの寝床に、夜中にも裸で襲ってくるメス達からトラウマになる程の恐怖を植え付けられ、嫌悪するようになったのは、全て母の差し金だった。

  そこまでも、公爵家の後継ぎを作ろうとする妄執には、マークも嫌悪に怖気立った。

  「それと、リョーマを妻に迎えるのだけは許しません。リョーマがオメガと分かった以上、生かしておく訳にはいきません」

  「何を言っておられる?」

  オメガである事を喜びこそすれ、何故、反対するのか。

  オメガの尊厳を守ろうとどこよりも推し進めているこの国では、オメガ蔑視は罪に値する。

  そして、オメガの後宮を作るとまでの暴挙を口にしていた母の言葉とは思えなかった。

  「リョーマにいくらでも産ませてやる。俺が何匹でもアルファの仔を産ませる。それのどこに不満があるんだ?!」

  「貴方は[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]ロイヤルスクールに行っていたから知らなかったでしょうけど、リョーマの一族は、『忌むべき一族』なのです」

  「忌むべき一族、だと?」

  「あの子は、ラヴィールーザの汚点である、ラヴィールーザを滅亡寸前まで貶めた、かの暴君王ローガンの末裔なのです。ローガンの血筋は、生かせておく訳にはいきません。ましてや妻に迎え、我が公爵家に邪毒の血が混じる事などもっての他!この地にまたローガンの因子を持つ者を増やすつもりですか!」

  かつて、ラヴィールーザを独裁し、奴隷制度を敷き、私利私欲の限りを尽くしたローガン王は、当時の4獣人の公爵達によって滅ぼされた。

  だが、その妻や仔供達は秘密裏に逃れ、生き延びていた。

  ヴェルデの森で、ひっそりと。

  だから旅芸人であったリョーマの母は、外の事を話したがらなかった。

  村の仔や、リョーマ達が外の世界に出たいと思わせない為に。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 3ー①]

  トントンと、扉をノックする音がした。

  マークの部屋を、こんな風にノックしてくる獣人は、かつての記憶としてはラーズと護衛のドーベルマンだけだ。

  ラーズは今、トーマを連れて外出しているし、護衛はリョーマの発情期以降、その任を解かれてしまった。

  家では、とにかく部屋に鍵をかけ、誰も中へは入れないようにと固く約束させられている。

  それには、リョーマも従わざるを得なかった。

  グレイソンを部屋に入れてしまったのは、リョーマの落ち度だ。

  だから、結果的にはあんな事になってしまい、護衛にも、グレイソンにも申し訳なさを感じていた。

  リョーマも故意ではなかったにしても、グレイソンの[[rb:発情 > ヒート]]は貰い事故のようなものだった。

  だからマークの申し付け通りに、ノックは無視した。

  今は抑制剤で抑えられてはいるが、リョーマの濃いフェロモンは、僅かながらにも香っているのもある。

  だがあまりにも長い間、途切れる事なく、何度も何度も扉を叩かれ続け、それがどんどん激しくなるのには、ついに無視をしきれなくなった。

  リョーマは、扉を開けずに廊下の獣人へと声を掛けた。

  「すみませんけど、ここは開けられませんので。要件なら、このままで」

  「今すぐ、ここから出て行って!」

  扉越しに聞こえたのは、切羽詰まったようなエリアの声だった。

  「エリア、さん?」

  「マーク様が、ご母堂様と仲違いされたのは、貴方のせいだよ!貴方がここにいるから!」

  「それは……そうなんやろうけど」

  「貴方は、このラヴィールーザを滅ぼしかけた、暴君王ローガンの子孫なんだよ

  !この国では抹殺されるべき存在なのに、どうしてまだ生きているの?!」

  エリアの言葉が、リョーマの耳から入って、脳内に反響した。

  何度も、何度も、リフレインするように。

  過去最強の巫の力を持ち、五大公爵の地位よりも更に上へとのし上がり、この国の獣人達を奴隷のように酷使し、国を破滅へと向かわせたローガン。

  だが、公爵達によって断罪され、処刑された筈だった。

  「そ、そんな筈はない……。俺の住んでた村は、本当に穏やかな村で……」

  「ローガンの妻と子供は逃げてたんだ!見つかったら殺されると分かって、森に隠れ住んで、子孫を増やしてたんだよ!君は、この国の忌み子なんだ!本来なら、処罰されるべき悪魔の末裔のくせに、マーク様の妻になろうとかあり得ない!この罪人が!」

  「俺は、何もしてへん……」

  「貴方がしてはいなくても、もしも仔供がローガンの因子を持って生まれたらどうするの?!ヴィオラの公爵家を滅亡させるつもり?!私の仔にまで被害あるかも知れないでしょう!」

  「エリアさんの、仔……」

  「先日、発情期が来て、マーク様に子種を頂いたんだよ。私のお腹には、マーク様の御仔が宿っているの!」

  いつマークがエリアと交尾をしたのか。

  この城にいる間は、いつもリョーマの側にいた。

  では、遠征と言っていたあの時に、エリアと交尾していたと言うのか。

  リョーマは、扉から耳を離した。

  ヨロヨロと体を後退させ、壁際にぶつかると、そのまま座り込んでしまう。

  エリアは、まだ何が呪誼のような言葉を吐いていたかも知れないが、リョーマにはもう何も聞こえては来なかった。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 3ー②]

  暴君王ローガンのような巫を2度と生まれさせてはならないと、当時の公爵やヴァルハラにいた権力者達は、ローガンを処刑した。

  だが、その妻や仔供達の末路までは、歴史書には載っていなかった。

  もしも逃げ仰せて、隠れ住んでいたとしたら、外界とは隔絶した生活をしていた事だろう。

  思い起こせば、リョーマは幼い頃から、森の外には悪魔が住むと言って、村の敷地内から出る事を禁じられていた。

  書物も何もない、ただ日々の食べる物を育て、生きていくのにギリギリだった生活ではあったが、皆が皆、温厚なる獣達ばかりだった。

  だが、ブラック・パンサーとして生まれた者は、人型になろうとはしなかった。

  それが当たり前だと思っていたし、それが普通だと思っていた。

  人型であった母や叔母は、他からの移民だったのか。

  踊り子だったにも関わらず、父から外で踊るのを禁じられていたのは、外の文化を封印する為か。

  村の者達は巫の力を持ってはいても、ほとんどが獣化したままだったし、数少ない人型の者も誰も楽器を持とうとはしなかった。

  過去の行いから目を背け、ただ静かに暮らす道を選んだのだろう。

  そう思うと、今までの違和感に全て納得がいく。

  ローガンが何の獣人だったのかは、どの本にも記されてはいなかった。

  恐らくは残りの四大公爵に温情をかけられ、傍系のヴィオラの巫に爵位を移したのだ。

  そして、その巫の未来の為に史書には残さなかった。

  だがブラック・パンサーの獣人だった事実は、ヴィオラの末裔達からすれば汚点でしかない。

  自分は、その史実から抹消された汚点の、最後の生き残りだ。

  このまま、もうここにはいられない。

  愛情深いマークは、きっとリョーマへの愛と、リョーマが許されざるローガンの子孫だという現実との間で板挟みになる。

  それでも、マークはリョーマを手離さない。

  またそれだけでは済まず、リョーマを娶る事によって領民に疑念を持たれ、公爵としての立場にも影響を与えるだろう。

  「俺は、ここにおったらアカン。マークを苦しませてまう」

  どこか獣人知れず生きていこう。

  そう決意した途端に、鼻の奥にツンとした痛みを覚えた。

  涙が出そうになるのを、必死になって堪える。

  マークが愛しいからこそ、苦しめるような事をしたくはない。

  たった1獣人の後継者であるヴィオラの公爵としての、輝かしい未来を潰したくはない。

  マークや、マークの巫の力は、このラヴィールーザの獣人達、皆のものだ。

  ラヴィールーザにとっても、稀少なる存在を失わせる訳にはいかなかった。

  トーマを探さなければ。

  自分だけではなく、同じ血を引くトーマを連れて行かなければ、トーマもまた苦しむ事になる。

  リョーマは、細胞の1つ1つに神経を通わせ、獣化を試みる。

  人型になってから、獣へ戻るのは初めてだったが、獣として生きていた時間が長かったのもあって、その感覚はすぐに思い出せた。

  シャツを引き裂き、下履きからスルリと足が抜ける。

  全身をしっとりとした黒毛が覆い、獣としての姿が露になる。

  リョーマは、その姿のまま器用にも窓を開け、窓から外へと出た。

  3階という高さも、パンサーとしてのリョーマにすれば、他愛もないものだった。

  スルスルと細い段差や柱を伝って、悠々と階段から降りるように地表へと降り立った。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 3ー③]

  たとえリョーマが忌むべき血を引いていようが、マークにはどうでも良かった。

  世の中の犯罪者の子孫が全て犯罪者になるのなら、この世の秩序は既に崩壊している筈だからだ。

  「リョーマは俺のたった1獣人の妻です。リョーマがオメガと分かった以上、他のオメガを娶る必要はない」

  「マーク!リョーマは許さないと言ったでしょう!」

  「それを言うのなら、元を辿れば、ローガンはブラック・パンサーの一族だったという事になる。このラヴィールーザでブラック・パンサーの獣人は、我が一族しかいない」

  ラヴィールーザは、雪国であるが故に、白や薄茶などの毛並みの獣人が多い。

  古の獣達からの、雪に姿を隠し、その身を守るという血を受け継いでいるからだ。

  打楽の巫であるエドワード公爵は、ブラック・タイガーではあったが、それは突然変異によるものだった。

  だが、代々黒い毛並みの因子を受け繋いで来たマークの一族は、そういった特殊な獣人であるか、古を辿れば南の方の獣だったのかも知れない。

  「ローガンは、ブラック・パンサーだった。それも、ヴィオラの、闇の力を持つ巫だった。何故か歴史書にはそれが記載されてはいないが」

  「お黙りなさい!」

  「ヴァルハラにリョーマの一族の事がバレるのは、我が一族のマイナスになる。ローガンの血を抹殺しなければ、ヴィオラの公爵家の黒歴史を世間に晒す事になると思われましたか」

  「そうですよ!我が一族は、悪しき過去とは決別せねばならないのです!」

  「ならば、リョーマを罪人の子だというのなら、我々も罪人の子ですよ。母上」

  ニコラは、目を剥いて息詰まる。

  マークの巫としての言葉は、力を持っていた。

  それも、ヴィオラ以外の力を持つ、特殊なる巫だった。

  マークの『声』に威圧されながらも、ニコラは足掻いた。

  妄執的な血族信仰に囚われていたニコラは、引く事を知らなかった。

  「私は貴方の母ですよ!そして、このヴィオラの血脈を途絶えさせない使命があります!」

  「老いられましたな、母上。もう、田舎にでも下がられたらどうですか」

  「な、何を言いますか!私はこの公爵家を……」

  「黙れ、この老害が!」

  マークの罵声が巫の力を伴って、ニコラの脳髄を貫く。

  その凄まじい力は、まさにローガンの血筋であると、ニコラ自らが体感させられた。

  「リョーマの一族を血祭りに上げたのは、貴女の命令だという訳か。疫病だの、作物が枯れるだのと、随分と策を凝らして、領民を謀ったものだ」

  「そ、それは、一族の為に……」

  「一族の為だといって、結局は己の勝手な欲望に囚われているのが分からないか。貴女がした事と、ローガンの獣人を獣人と見なさない行いと何が違うか!」

  「そ、そんなつもりでは……」

  「息子を孕ませる為の道具のように扱って、多くのオメガの後宮まで作るなんぞ、実の親とも思えないこの鬼畜が!」

  「ひいっ!」

  「貴女自らが、公爵家を闇に葬ろうとしているのが分からないのか!母親を身内の俺に裁かせるような事をさせるな!今日中にこの城から立ち去らなければ、俺は血の繋がった母を噛み殺した公爵として、名を馳せる事になるぞ」

  ニコラは腰が抜けてしまい、その場に踞ってしまった。

  マークは執事を呼び寄せて、ニコラの荷物を早急に纏めるようにと、冷酷にも命令した。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 4ー①]

  マークは、もっと早くにリョーマの居心地の良い場所を作ってやるべきだったと後悔していた。

  放蕩なる過去への負い目や、公爵としてのしがらみから脱するのに時間がかかってしまったのは致し方ないとはいえ、あれだけ清らかに育ったリョーマやトーマを迎え入れるにあたって、もう少し自由のある場所に出来なかったのかと。

  やっとの事で病的に一族へ固執する母と決別をし、部屋へ戻ると、扉の前にエリアが立っていた。

  そういえば、話の途中でエリアがいつの間にか姿を消していた。

  何故、自らの部屋の前にいるのか。

  良からぬ想像しか出来ない。

  リョーマにはくどい程に鍵を開けるなと言ってあったので、扉は開いていないとは思われた。

  それでも一刻も早く、リョーマの姿を確認したい。

  マークは言葉もなく、エリアを押し退けて部屋へ入ろうとした。

  「マーク様!私は必ずアルファの仔を産んでみせます!ですから、私を妻にして下さい!」

  「お前を妻にするつもりもないし、交尾するつもりもない。父親と一緒に帰らせれば良かったな。お前の居場所は、もうここにはないぞ。味方だった父親も俺の母も、もういない」

  「私の姉や兄は、10匹以上もの仔を産んでいます!私も必ずや、公爵家の後取りを……」

  「……うるさい」

  「え?」

  「触るな!このブスが!」

  「ぶ、ブス?」

  「俺は筋肉の発達した、オスらしいオスにしか勃起しないんだ!オメガも嫌いだし、お前のようなメスにしか見えないオスも嫌いなんだ!と、いうか、身の毛もよだつ!」

  「う、嘘っ……」

  「いいからどけ!」

  扉の鍵を開けると、そこはも抜けの空だった。

  開いたままの窓の下には、不自然に破れたリョーマの服が脱け殻のように落ちている。

  その状態を見て、リョーマが獣化して窓から出て行ったのだろうとは察しがついた。

  「……リョーマをどこへやった」

  「し、知りません!私は、中に入ってもいないので」

  「だが、リョーマと何か話しただろう。何を言った」

  「マーク様の妻の座をお譲りくださると、仰って下さいました。ローガン王の血を引く自分は相応しくはないから、と」

  「その事を、リョーマに言ったのかっ!」

  マークの声が、エリアの体を縛り付ける。

  巫の力で、エリアの精神を羽交い締めにし、地べたへと押さえ込むような想像をする。

  それに倣うように、エリアはマークの足元に平伏した。

  「何をどうしたら、お前は俺の妻になれるなんて思えるんだ?!お前は俺にとって害虫でしかない!一度たりともお前に期待させる素振りも見せた事はないのに、何故、リョーマを阻害する!」

  「私はマーク様を愛しているからです!私は、マーク様のお側でしか、生きてはいけないんです!」

  リョーマへ「マークの仔が出来た」と虚言を吐いた事は、とても言えなかった。

  この怒りようでは、噛み殺されるかも知れないと、獣の本能が知らせていた。

  だが、エリアがどれだけ取り繕おうが、マークの琴線に触れもしなかった。

  「そういえば、エントランスに来客が来てるぞ。お前の父親が連絡していたらしい。ネコ科オスのオメガを貰いに来たと。ベアーの首領であるデズモンドの使者だとか、言っていたな」

  「し、知りません!それは私ではなく、リョーマ様の……」

  「リョーマは俺の妻だ。何故、公爵の妻を横流しされなければならないんだ?ベアーの一族は、一度怒らせると後が怖いぞ。お前の領地も攻め込まれるかもな」

  マークは、エリアの首根っこを掴んで、エントランスにいるベアーの使いの者へエリアを手渡した。

  暴れ回るエリアは、縄で縛られ、馬車に乗せられた。

  買い付け金だと言って、大金を置いて行ったのには、自分の留守中にリョーマを売り飛ばそうとしたグレイソンへの怒りが再燃し、領地に帰さず殺しておけば良かったと後悔した。

  どちらにしても、チーターの一族もこのままで済ませるつもりもない。

  長を代替わりさせ、この度の不始末は何倍にもして返させるつもりだった。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 4ー②]

  リョーマが獣化したように、マークも獣化する。

  獣になれば、リョーマの3倍近くもの体長になるマークは、その能力もアルファの中で飛び抜けていた。

  リョーマの走る速度の倍の速さで走る。

  そして、その嗅覚も優秀な犬並みだった。

  ましてや、薬で抑えているとはいえ、フェロモンを洩らしながら去って行ったリョーマは、まるで道しるべを残しているかのようでもあった。

  だが、だからこその焦りもある。

  獣化しているので、人型の獣人に襲われる事はないだろうが、王族の血を引くオスと出会い、襲われないとも限らない。

  その可能性は低いにしても、マークは焦っていた。

  匂いは案の定、想像通りトーマが向かっただろうルートを辿っていた。

  ラーズの連れたトーマを引き取り、城を出て行くつもりだろう。

  行かせるものか、と思わず洩らす。

  こんなにも愛しく、また自分も愛されていると分かっていながら、みすみす手離すなんぞあり得ない。

  そうして2時間もしない間に、愛する者の姿を見付けた。

  悩ましげに揺れる長い尻尾が、堪らなく可愛いらしいと思う。

  そんな感情にさせるのは、今までも、そしてこれからも、リョーマしかいないだろう。

  『リョーマ!』

  『ま、マーク?!何でっ?』

  『何も言わずに、どこへ行くつもりだ?!』

  『ゆ、許して!俺の事はもう忘れて!』

  『誰が忘れるか!』

  マークが全速力を出せば、リョーマとの間合いなど一気に狭まり。

  その足を止める為に、マークは背後から覆い被さった。

  何倍もの体重のマークに体ごと押さえ込まれて、リョーマは身動きも出来なくなった。

  『もう~!何で追っかけて来るん?ほっといてくれたら良かったのに!』

  『ほっとけるか!俺の妻が家出しようとしてるのに!』

  『俺はマークの妻になんか、相応しくないのにっ……』

  『それは、ローガンの子孫だから、だからか?』

  リョーマは首だけを後ろへ向けた。

  同じブラック・パンサーとは思えない、マークの大きな顔に付いている耳は、ペッタリと垂れている。

  多くを語らずとも、その心情が伝わって来た。

  『ローガンを見た事もないだろうし、その妻も見た事はないだろう』

  『そりゃ、何代も前の話やし』

  『その過去を悔いて、静かに暮らしていたお前達一族に、何の罪があるというんだ?それを言うなら、俺も同じだよ。リョーマ』

  『同じって……』

  『このラヴィールーザには、ブラック・パンサーは俺の一族しかいない。だから、俺もローガンの血族でもある、という事だ』

  犯罪者のいた親族の皆が罪に問われるのであれば、ブラック・パンサーは全てが犯罪者予備軍であり、マークもまた公爵の地位にはいられない。

  『確かに、ブラック・パンサーの巫の力は特殊なんだ。ヴィオラ以外にもあらゆる楽器を扱える者が多いし、声の巫にも匹敵する歌声も出る』

  『マークも歌えんの?』

  『ほとんど歌は歌わないし、他の楽器も滅多と使わない。それは何故か分かるか?』

  『何でなん?』

  『2つ以上もの力がある者は、闇の巫である確率も高いと言われている。これは、俺としては眉唾ものだとは思っている。そんな確証はないからだ。ただ、ローガンがヴィオラを扱う巫でありながら、他の楽器も使えたらしい、というだけだから』

  ブラック・パンサーの一族には、他の公爵にあるような、あらゆる権限がない。

  公の場では中央で演奏出来ない事や、ソロでは遠征させない事など、他の公爵にはない規制があった。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 4ー③]

  『妙な決まりだとは思ったが、幼い頃から慣わしとして叩き込まれていたから、特に困る事でもなかった。ようするに、ブラック・パンサーには野心を持たせないという制度だった訳だ』

  『それは、ローガンの末裔だから?』

  『恐らくはな』

  『マークは、悔しくはなかったん?他の公爵よりも、自由がないなんて』

  『実を言うと、俺は公爵という役目を多少、ウザく思ってはいたから、他の奴らがやってくれるなら、それで良いという程度にしか思ってはいない。お前も、俺以外の公爵を見たら納得するだろう』

  『そうなん?』

  『全員がトップになるカリスマ性があって、だが欲をかかない。公爵になる者は、ちゃんと公爵としての獣人格を満たしている。ローガンのような暴君を2度と生まないように』

  マークはペロリとリョーマの頬を舐めて、背後から退いた。

  もう、リョーマは逃げないと安堵したからだ。

  そして、その顔や喉をペロペロと舐めてやると、リョーマは喉をゴロゴロと鳴らし始めた。

  『もう、何や色々と思うてたんやけど、アホらしなったわ』

  『色々?何を考えてた?』

  『俺はマークに相応しないとか、マークは浮気性やから、他のオスといつか浮気するかも知れんし、今、別れといて良かったんやとか、無理矢理に考えたり』

  『俺は浮気しない!』

  『いや、分かってるって。さっきまでは、マークと別れる為に、わざと色々悪い事を思うようにして、離れよて思うてただけやから』

  『そんな事を微塵にも心配させるなら、お前がアルファを産んだ後、去勢してもいい!』

  『そんなにまで真剣なんかいな!ホンマか!』

  『ホンマだ!』

  興奮すると、リョーマの口調が移るらしいと気が付いたマークは、ゴホンと照れ隠しのような咳払いをした。

  『お前が良いんだ』

  『そんな、俺なんか』

  『お前じゃなきゃ、駄目なんだよ』

  『マークぅ……』

  リョーマは首を伸ばしてマークの首と絡ませる。

  2頭は、やっと本当の意味で心を通わせた。

  何獣人たりとも介入させる事のない、揺るぎないその絆の結び付きは、強固なものとなっていた。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 5ー①]

  共に獣化したマークとリョーマが城に戻ると、召し使い達が、やれ、お手入れだの何だのと世話を焼き。

  それはもう、上げ膳据え膳だった。

  長い間、ニコラの血族至上主義によって、懐古的な生活を強いられていた召し使い達は、タガが外れたように浮かれていた。

  それには、マークとしても救われた。

  獣化したリョーマは、一際、艶かしいフェロモンが滲み出ていた。

  抑制剤をもってしてもだ。

  リョーマとは早く式を上げて、名実共に本当の妻にしたいと思っていた。

  これからは全身全霊をかけて、誠実に、リョーマへ尽くしたい。

  だから、流されるようにして交尾するのは避けたかったのだ。

  そうやって召し使い達が世話を焼いてくれるのには、勢い余って暴走してしまいそうになるマークの歯止めにもなった。

  その翌々日には、ラーズ達が帰って来た。

  トーマは、獣化したリョーマとマークに、帰るなり飛び上がって喜んでいた。

  「ニャハ~ン!」

  『トーマ~!お帰り~!』

  「キャン!キャン!」

  『そんなに楽しかったか~!ラーズも、ありがとうな』

  トーマは、巨大なブラック・パンサーとなったマークの背中にヨジヨジと登っては 、ツルリと落ちるを繰り返し、ご満悦だった。

  「リョーマも幸せそうで何より。……ていうか、俺のお陰でもあると思うんだけどな。チーターのオッサンは送り返してきてやったし、アシェルも取っ払ってやったし」

  『世話になったな、ラーズ』

  「えぇぇ?!ま、ま、マークが俺に礼を言った!」

  『俺だって礼位は言う』

  「いやいや!今まではそんな事は一度もなかったよ!あんたとキースは、唯我独尊の極みだっただろ!百獣の王は俺だ、とか言って喧嘩してただろ!」

  『あれは結局、俺の方が折れて、百獣の王はキースに譲ってやったんだ。俺はあいつよりは良心的だし、平和的だ』

  「何言ってんだよ。実のところ、ただ単に、もう面倒臭くなっただけとか、そんなとこだろうが」

  図星だったので、マークは無言になった。

  ピアノの巫であり、次代の公爵でもあったキースとは、入学当初は喧嘩ばかりしていた。

  何かにつけて毒を吐き合い、しまいにはやたらとお節介な事を言われるようになって、マークの方が面倒臭くなってしまったのだ。

  だが、それをきっかけに、『公爵』という肩書きが苦ではなくなった。

  キースのような偏屈で凝り固まった性格で、難のあるオスでも公爵になれるものなのかと、我が身を振り返って気楽になった。

  ラーズは、トーマを抱き上げてクルクルと回してやると、キャッキャッと声を上げて喜んだ。

  「そんで、このお礼は何してくれんのかな?とびきりのセックスとか」

  『ろくでもない事を抜かすと殺すぞ!せっかく苦労してここまで来たのに、足を引っ張るな』

  「必死だねぇ。リョーマの事になると」

  『うるさい』

  「そしたら、トーマちゃんをちょうだいよ。トーマちゃん、お嫁さんにしたい」

  『だから、お前のようなビッチには、トーマはやらんと言ってるだろうが!」

  「他とは遊んでも、結婚するのはトーマちゃんだけだって約束しても良い」

  『ふざけるな!一昨日来やがれ!』

  「くっくっくっ……。マークってば、何、お父さんみたいになってるんだか」

  ラーズは、友人のあまりの変わりように笑いが堪えられなかった。

  [newpage]

  [chapter:求めあい 5ー②]

  ラーズはその後、3日程、トーマと遊び尽くして、ヴァルハラへと帰る事になった。

  その途中、チーターの領地を回る。

  この3日の猶予は、チーター一族が、これからどう罪を償っていくのか考えさせる為の時間だった。

  その答えを持って、ヴァルハラでの裁きを受けさせる。

  どちらにしても監査は入り、この先、チーターの領地は、ヴァルハラの管理下に置かれる事となる。

  ラーズは、あちこちで交尾したがる無節操なオスでありながら、仕事だけはちゃんとこなす。

  自由でありたいガ為に選んだ流浪のような巫であっても、中央のヴァルハラに多大な権力を与えられているのには、ともすれば様々な制限の掛けられているマークよりも、力があると言えるかも知れない。

  公爵の命において、またはヴァルハラの意思であると各地でその力を誇示し、傍若無人に振る舞っても、咎められるどころか、よくぞやってくれたと賛辞される。

  

  ラーズのような巫こそ、五大公爵達の力が及ばないラヴィールーザの根底を支えているのだと言えた。

  ラーズは別れ際、トーマを抱っこしてキスの雨を降らしていた。

  トーマもラーズと離れたくないからか、フニャンフニャンと悲しげに泣いていた。

  「それじゃあな、マーク。夏の結婚式には演奏させて貰うよ。他の公爵や、王立楽団の連中も来るだろうし」

  「お前には、ソロもお願いする」

  「はぁ~!ヴァイオリンの巫の公爵様を差し置いてか~。あとで嫌味、言われないかな」

  「ダグはそんな器の小さいオスじゃないさ。お前とダグの二重奏も頼む」

  「ホント、丸くなったなぁ、マーク。これもリョーマのお陰かな?」

  ラーズはいつまでも泣き止まないトーマを、マークの頭の上に乗せてやる。

  すると、ムニャムニャと口をモグモグさせながら、すぐに寝入ってしまった。

  そんなトーマの額に最後のキスを落として、ラーズは馬上の獣人となる。

  『ラーズ、ホンマにありがとうな。トーマも、こんなにも大事にしてくれたん初めてやったから、嬉しかったみたいや』

  「俺も、こんなにも愛しく思える存在に出会えるとは思ってもみなかったよ。トーマちゃんに恋人が出来たら、マークとやきもきして、「許さーん!」とか、言っちゃいそうだ」

  『言いそうやな』

  夏までは1ヶ月。

  ラヴィールーザの夏は短いので、結婚式を終えれば、瞬く間に秋を飛ばして冬が到来する。

  だが、今年の冬はマークの城も雪の中でも暖かな場所となるだろう。

  「あのな、マーク。1つ助言させて貰うとな。結婚式の準備とか考えたら、さっさと人型に戻っておいた方がいい」

  『何?!』

  「て、事で、リョーマとは交尾しとけ~!もう仔供出来ても良いだろ?トーマにも、もう誰も危害を加える奴はいないし」

  『そ、それはそうだが』

  「結婚式の服の採寸とかもあるだろ。時間がないんだから、さっさと今晩から仔作りに励んでくれ」

  もしもリョーマが人型だったとしたら、羞恥に顔を真っ赤な顔にさせ、失神寸前だったのを覚られていたかも知れない。

  ラーズは、馬の尻尾が揺れるのに合わせて、自らの穂先のような尻尾を泳がせながら、軽やかに去って行った。

  [newpage]

  [chapter:最終章・愛しあい ①]

  夕食を終えて部屋に入るなり、マークが宣言した。

  『交尾するぞ』

  『は?』

  「ウニャ?」

  『確かにラーズの言う通り、獣化したまま過ごしていたら、結婚式の準備が進まない。とにかく、子供が出来ないようにして交尾しよう』

  『そ、それって最後までするって事か?』

  「ニャニャ?」

  『それは……』

  言いかけて、マークは分かったように相槌を打つトーマを凝視した。

  交尾云々を子供の前で話したくはない。

  マークはトーマの尻から頭を潜らせ、頭上に乗せる。

  すると、トーマは鼻をクンクンさせたかと思うと、すぐに寝入ってしまった。

  『ホンマ何やねん。マークの頭。眠り薬でも出とんのとちゃうか』

  『どんな頭だ』

  「スピー」

  『頭頂部から、眠りの巫の力を出してへんか?』

  『そこまで器用な事が出来るか。ヴィオラがあれば、眠らせるのも簡単だが』

  『そう言えば、俺も初めて会うた時、眠らされたな~』

  「クピー」

  マークは執事にトーマを預け、今日1日、何とか遊びに付き合ってやってくれと頼み込んだ。

  老体に鞭打ってのパンサーの仔の相手は、さぞかし辛いだろう。

  トーマには早急に家庭教師兼、遊び相手を付ける必要性を感じた。

  でなければ、トーマには悪いがリョーマと睦み合う時間が、永遠に来ないような気がする。

  マークは、リョーマと尻尾を絡み合わせて、ベッドへと誘った。

  『リョーマ。初めて結ばれる夜が、せっついたような感じになって悪かったな』

  『まぁ、色々と事情が事情やし。トーマがおったら、自由もきかんしな』

  『本当は、結婚式の初夜でお前を抱くつもりだったのに』

  『マークは、物凄い俺に対して真面目に接してくれようとしてるけど、そんなに気ぃ使わんでエエんやで。……えっと、こっちの意味でも』

  『こっちの意味でも?』

  『交尾するっていうのは、愛し合ってるからすんねんやろ?……えっと、俺もマークを愛してるから、いつしてくれてもエエかな~って思うてるんやけど』

  『ホンマか!』

  『ちょっとマーク、最近、テンパると俺みたいな言葉使いになってるで』

  『いや、ホンマに嬉しいから!』

  『大丈夫か?キャラ崩壊してへんか?』

  『色んな意味で、今、あちこちが崩壊した!』

  『えぇぇ?!』

  マークの大きな舌がベロンとリョーマの顔を舐めた。

  それだけではなく、その全身の余すところなくペロペロと舐められた。

  脇に差し掛かった途端に、その笑いは悲鳴のような喘ぎに代わり。

  尻尾の付け根を舐められた後には、ペッタリと足を大の字に伸ばして腰を抜かしてしまった。

  『舐められるのに弱いな、リョーマ』

  『俺、こそばがりやね~ん』

  『ここは特にな』

  マークは器用に鼻先で尻尾を払い、その下にある後孔をペロリと舐めた。

  『ひゃう!』

  『発情期だからか、濡れてるな』

  『あ、いやぁ!尻は、ホンマ、アカンのぉ~』

  『どう『アカン』なんだ?』

  『ムズムズして、ゾワゾワすんねん~』

  『尻で感じられてる、って事だろ』

  『や、ぁん!』

  マークは獣の長い舌で、リョーマの尻孔をくすぐるようにして翻弄した。

  [newpage]

  [chapter:愛しあい ②]

  舌で入り口を開き、その奥への道を開いてやって、感じさせてやっても、挿入には苦痛を伴う。

  どれだけ解そうにも、マークの陰茎はリョーマの体を傷付けずにはいられない。

  ネコ科の獣は、そのペニスが槍のようにあちこちが尖っていて、挿入に際してはどうしても中を傷付けてしまうのだ。

  奇跡のように出会ったメスを確実に孕ませる為のそれに穿たれた途端、リョーマは絶叫した。

  背後からの挿入に、背を反らせ、尻を引っ込めようとするのを、マークは更に突き上げた。

  『痛いぃぃ!』

  『すまん。リョーマ。許してくれ。お前は痛いだろうが、俺は最後までしたい』

  『マークぅ……』

  『獣での初めても、人型としての初めても、お前の全てが欲しいんだ』

  『あぁぁぁぁ!』

  マークが正に獣のように尻を振り立てて突き続けると、部屋中にリョーマの絶叫が木霊した。

  それでもリョーマは逃げなかった。

  マークに自分の初めてを捧げたい。

  それがマークの至上の喜びであると知っているから。

  『マークっ!好きぃ!』

  『リョーマっ!』

  マークはブルルっと尻を震わせ、尻尾を逆立てる。

  リョーマも奥に放たれる獣の蜜を感じて、体の中のオメガが歓喜し、絶頂を迎えた。

  2獣人が共に、魔法から解けたようにして、人型へと変化する。

  尖った爪や牙は、なりを潜め。

  全身に生えていた艶やかな黒毛は、髪の毛だけを残して人の皮膚へと。

  そして、リョーマの中に埋没していたマークの雄根もまた、なだらかな人型の物へと変わっていった。

  だが、その重量感は更に増して、リョーマの肉壁をぐぐっと圧迫していた。

  「あぁ!あぁ!……マーク!ひ、ぁぁ!」

  「リョーマ、とにかく傷を癒したい。少し我慢してくれ」

  「あうっ!」

  マークは挿入したままリョーマの体をグルリと回転させ、体を抱き起こして膝の上に座らせた。

  パンサーのペニスによって傷付いた内壁が悲鳴を上げて、リョーマも痛みに苦悶の声を洩らした。

  「リョーマ、このまま聞いていてくれ」

  マークはリョーマを抱き締めながら、歌を歌い始めた。

  そのアリアは、巫が歌う癒しの歌だ。

  マークの体に触れている中から、暖かな血流が流れたかのようにして、痛みが軽減されていく。

  ヴィオラ以外の力を使えるマークだからこその、癒しの力だった。

  「スゴいな、マーク。歌でも巫の力が使えんねんや」

  「ヴィオラ程じゃないけどな。傷口を塞ぐ程度だし」

  「痛なくなったよ。ありがとうな」

  「続きをする前に、ちょっとごめんな」

  マークはその体勢のまま、サイドボードから薬を出した。

  念の為、リョーマにも避妊薬を飲ませる。

  今、仔供が出来たとしても構わない。

  ただもしも妊娠してしまったら、夏の結婚式が辛くなるだろうと、リョーマを思っての配慮だった。

  「いつも、薬、用意してんの?」

  「お前相手には、ちゃんと薬を使っていないと、とんでもない事になると思う」

  「とんでもない事?」

  「毎日交尾してしまうだろうから、避妊は心掛けてないと、何十匹も産ませてしまいそうで」

  「な、何十匹?!」

  「俺は別に何十匹いようが構わないんだが、その度に交尾を控えたり、腹を休める時間を取らなきゃなのかと……」

  「ホンマに毎日するつもりか!」

  「遠征の時もな」

  「嘘やろ?!……て、あぁっ!ちょっ……、下から突き上げんなぁ!あぁん!」

  リョーマの文句は、そこで途切れた。

  マークのキスによって、その唇を塞がれて。

  [newpage]

  [chapter:愛しあい ③]

  リョーマを下から突き上げながら、その柔なか唇を舐めてやると、うっすらと花が開くようにして口を開く。

  中の舌は、発情期だからかいつもより赤く淫らだ。

  マークの貪るような舌の動きに付いて来るのに必死で、リョーマは息継ぎもままならない。

  下からの突き上げに抗えず、艶かしい声を上げていた。

  「あ、あ、んぅ!んんっ!かはぁ!……マー……クぅ」

  「もう、痛くないか?」

  「アカン!おかしく、なる……。おかしく、なるからぁ!……ひぃん!」

  「もっと、お前をおかしくしたいんだよ」

  マークは、リョーマの脇腹をスーっと撫で上げ、その脇を擽ってやった。

  自ら『くすぐったがり』だと言っていたリョーマには、てきめんだった。

  「いやぁ~!あはっ!……ひぃぃぃっ!や、ぁん!」

  くすぐったさと快感が、互いを増幅させ、伸び上がるようにして仰け反り。

  中にある雄をキュンキュンと引き絞りながら、いやらしく腰を回し。

  リョーマが絶頂を迎えると同時に、マークは突き出された胸の飾りを口で吸い上げてやった。

  「ああぁぁぁぁぁぁ!!!」

  マークの下腹に、ピシャッ、ピシャッと何度も分けてリョーマが精液を放ち続ける。

  前と後ろを同時に達し続けるリョーマの中に、マークも濃い蜜液を注ぎ込んでやった。

  そして完全に嵌まり込んでいる剛直を、更に奥へ奥へと突き進めた。

  ベッドから尻が浮き上がる程の抜き差しに、リョーマは達し続けたまま、潮を吹いていた。

  「また、また、いっぱい出ちゃう~!いやぁ!やぁぁ!」

  「凄いな、発情期っ!俺も薬を飲んでても、[[rb:発情 > ヒート]]しそうになる!」

  最後の最後まで出しきろうと、マークはそのまま抜かずにリョーマをベッドに押し倒す。

  沈んだペニスをズルリと引き出し、亀頭で引っ掛かった辺りで、またズンと押し込む。

  肉環は限界にまで広げられていて、骨盤までも開かされ。

  マークの巨きな竿がぬるん、ぬるんと出入りする度に、クチュクチュといやらしい体液の音が洩れる。

  リョーマは中の襞を捲り上げられるザワつくようなむず痒さに、指先までも震わせていた。

  「やっぱり、孕まないような交尾、なんて、無理、だったな」

  「あんぅ!うぅ!はぁ、はぁ、ん!マーク、くぅ!も、さっきより、おっきい!」

  「薬飲んでなかったら、こんなもんじゃないぞ。毎日、お前が欲しくなる、っていうのは、大袈裟でも何でもない、からな!……くっ」

  「嬉し……」

  「……くそっ!お前、言葉で俺を達かせる気だな!」

  「好きやで、マーク」

  「あぁ、リョーマ。……もう……死んでも良い」

  「死なんといてぇや。これから、結婚式もあんのんに。……あんぅ!」

  「死んでも良い、っていう程に幸せだって事だよ」

  マークはリョーマの腰をつかんで、再び訪れた快楽の波に流され、深く、速い抜き差しをし始めた。

  その熱い肉棒を熱く包み込むぬかるみからは、止めどない蜜が滴り、泡立つようにして溢れ出ている。

  それを更に泡立てるようにして、マークは腰をグルン、グルンと回しながら、奥を突いた。

  「あぁ、あぁ、あぁ、……す、ごい、……あはぁ!」

  「リョーマっ!俺だけの……ものだと、言ってくれ!」

  「何度でも、言う、よ。……ひぃぅ!好きやで、マーク。……あぁっ!」

  「何回生まれ変わっても、結婚してくれるか?」

  「何回、生まれ、変わっても、『うん』て言うよ」

  リョーマの確かな言葉がマークの胸を貫き、喜びに息が止まりそうになる。

  そして、その怒張をズンッと、一気に最奥にまで打ち込んだ。

  吸い付くようにして、雄を絞り上げられ。

  ブルリと尻筋を震わせて、その暖かな中に欲望を爆発させた。

  ビュウ、ビュウと射精し続けるがままに奥を突き続けてやると、リョーマはメスの部分だけで頂点を極めていた。

  「ひぃぁ!あぁぁ~!」

  「俺の、俺だけの、野生のパンサーだ」

  誰も触れた事のない、清らかなる野生。

  その魂に救われ。

  マークは、幸福感に陶酔していた。

  [newpage]

  [chapter:愛しあい ④]

  晴れやかな夏の日に、マークとリョーマの式は盛大に行われた。

  また、ブラック・パンサーの一族は、誰に恥じる事もないと、あえてヴァルハラの神殿を貸し切り、また公爵としてラヴィールーザの為に尽くす事を皆の前で誓った。

  王立楽団の精鋭達と、マークの同級である次代の公爵達の演奏は、かつてない荘厳なるものだった。

  結婚式の最中では、ラーズとヴァイオリンの巫であるダグラスとの[[rb:二重奏 > デュオ]]や、ラーズからの祝いの演奏などもされ。

  最後の、マークを含めた五獣人での[[rb:五重奏 > クインテット]]には、リョーマも感激のあまりに号泣した。

  その後、リョーマからの発案で、巫の力がありながら楽器を演奏出来ない獣人達が、それ以外の何かで獣人々に貢献出来ないかとヴァルハラへ提議した。

  それから程なくして、踊りや、朗読などの部門を[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]に作る運びとなった。

  その先駆けとなったのは、結婚式でマークと次代の公爵達の演奏に合わせて、リョーマの踊りが披露されたのにもあった。

  トーマもそれにはいたく興奮して、式が終わった後も、リョーマが踊るとそれに倣ってピョンピョンと飛び跳ねるようになった。

  「トーマは、踊りで王立学校に入学するかも知れんなぁ。その頃には、デランダ王国とか、あちこちから踊りの先生を招いて充実してるやろうし」

  「リョーマは、あくまでも舞踊科の顧問で止まらせるぞ。先生にはさせないからな」

  「何やの、マーク」

  「俺と一緒の時でなきゃ、ヴァルハラには行かせない」

  「分かってるって。今かて、もうこれ以上おられんって位に、一緒におるやん?」

  「これからは、俺だけの為に踊ってくれるか?」

  「俺はマークの為に踊ってんねん。結婚式では仕方なく踊ったけど、習うてもおらんのに、よう人になんか教えられるかいな」

  「いつまでも、俺の傍にいてくれるか?」

  「俺はいつもマークとおる。どこに行っても。天国に行ってもやで」

  「リョーマ……」

  「だって、俺はマークの『[[rb:番 > つがい]]』なんやから」

  リョーマの後ろ首には、マークによって番の証である噛み痕が刻まれていた。

  マークだけを愛すると誓った『傷痕』。

  マークだけに愛されるという『誓約の証』。

  そのリョーマの真摯なる思想は受け継がれていき。

  それからは、ブラック・パンサーの個体数が少ないながらにも脈々と力ある巫が生まれ。

  かの血族は、番だけを愛する一途な種であると、世に知らしめるだろう。

  その純潔なる魂のもとに。

  ーENDー

  2019,08,08

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