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俺様公爵の子ネズミ花嫁

  [chapter:1-①]

  獣人達の住む最北の地、ラヴィールーザには、この地を統治する5つの公爵家がある。

  強大なる『[[rb:巫 > かんなぎ]]』という超能力を持ち、音を奏で、公爵家を継ぐ者は『音神』として代々ラヴィールーザを治めるものと決められていた。

  音の国であり、音楽を嗜む獣人達が多い中で、一部の王族達はその演奏する音楽によって、獣人知を越える力を発揮する。

  獣人達の病を治し、大地に恵みを与え、緑をもたらす。

  

  公爵達は、その超能力により獣人達の長として君臨していた。

  そうしたとある時代、公爵家に声の巫が生まれた。

  その産声は、まさに天使の歌声だった。

  生まれた瞬間に、産母が悶絶して失神し、部屋の外にいた者達も恍惚となってへたり込む。

  辺りの空気が光輝いて、窓から洩れた声に地面は雪解け、庭には花が咲き乱れた。

  代々生まれた声の巫にも、そこまでの力を発揮した公爵はいなかった。

  生まれた仔、レオンハートは、王族の中の王族である黄金のライオンであり。

  その輝ける艶やかな毛並みと、翠の宝珠のような瞳を持ち。

  ライオンの証である頭頂部の丸い耳と尻尾の先端にある穂先は、フサフサとした艶やかな毛並みで。

  赤仔でありながら、世界中にも類を見ない大型獣となり、[[rb:優良種 > アルファ]]の頂点として君臨するだろう、猛々しさを兼ね備えていた。

  王族の強者は、そのほとんどが古の姿である獣に変化出来る。

  この仔が成獣となって獣化すれば、地上最大のライオンとなるだろう、天才的な資質を持った次代の公爵の誕生だった。

  それには、城の者達だけではなく、城下町の人々や中央都市のヴァルハラ、ひいては国内中が沸き立った。

  それ故に、生まれた瞬間から崇め奉られたレオンハートは、必然的に尊大となる。

  下町での交流を好んだレオンは、その言葉遣いも、公爵の子息には相応しくない庶民的なものだったが、父がそれを咎めようとも聞き入れはしない。

  その力を溢れる才能と麗しさに、誰もが跪き、平伏す。

  レオンが歌いながら歩いた後には、緑が生い茂る。

  皆がその歌声にあやかりたいと、媚びへつらう。

  そうして、レオンは後に『俺様公爵』と呼ばれ、豪然たる獣人の頂点に君臨するのである。

  [newpage]

  [chapter:1ー②]

  レオンが8歳になった頃には、幼児らしあ愛くるしさは薄らぎ、凛々しさを滲ませるようになったが、まだ性別が曖昧な儚さがあった。

  ほっそりとした足は、滑らかな少女のもののようにも見え。

  フワフワと巻いた黄金の髪は肩甲骨辺りまで伸びていて、蜜を吸ったかのように甘やかだ。

  長く巻いた睫毛に縁取られた翡翠色の瞳は、全ての者を従わせる威厳すらあり。

  レオンの存在は、高貴さが故に下々の者にとっては畏れ多く、近寄るのも憚られるまでに神々しいものだった。

  公爵家は、中央の都市ヴァルハラより東側に位置にあり、ラヴィールーザでは一番獣人口の多い領地を治めていた。

  獣人界には、3種類の獣人が生息する。

  全ての能力に長け、麗しい大型獣であるアルファ。

  そのアルファに従事する、最も数の多い凡庸なるベータ。

  そして、オスでも妊娠する事が出来、子供を産むに特化したオメガ。

  このオメガは地域によって、発情期にフェロモンを発して獣人達を惑わすと差別されがちではあったが、レオンの父の統治下では手厚く保護されていた。

  それは、現公爵の妻がオメガであり、また公爵に溺愛されていたからでもあった。

  彼の地では、貧しい育ちのオメガには、フェロモン抑制剤や経口避妊薬も無償で配られ、差別する者は罰せられた。

  レオンは、そんな父を尊敬していた。

  差別をしない。

  皆へ平等に、己の力を分け与える。

  自分も公爵の後を継いだ暁には、そうありたいと思っていたし、また実際に後継者としてのレオンは、この地では父に継ぐ絶対的な存在だった。

  そんなレオンが、敷地内でたった1ヶ所、立ち入りを禁止されている場所がある。

  近隣に時刻を知らせる時計塔にだけは、近寄るのを許されてはいなかった。

  時計は寸分の狂いもなく、時を刻まなければならない。

  レオンの巫の力は、その時計の針を狂わせてしまうかも知れなかったので、力をコントロール出来るようになるまでは、時計塔への出入りを禁じられていた。

  「入ってみてぇなぁ~。時計塔の中。あれって、どうやって動いてるのかなぁ?」

  レオンの住む城よりも遥かに高く、頂上には遠方からも見える時計盤と、大鐘が吊るされ、辺りの獣人達に正確な時を知らせる。

  その時計塔までの距離は500メートル。

  それ以上、近寄ると父から罰せられる。

  城中の窓拭きをさせられるのだ。

  何百とある窓を延々と拭かされるのは、レオンもごめんだった。

  だが、ふと目に留まる。

  時計塔の近くで、雪の中をモコモコと蠢く物があった。

  雪ウサギの子かな、と目を見張ると、それはウサギよりももっと小さな獣人だった。

  それもえらく着膨れていて、真ん丸のモコモコのコートから、顔だけがちょこんと見えているような小さな仔だ。

  仔供のレオンよりももっと小さい、生まれたての赤子のように小さな仔だった。

  [newpage]

  [chapter:1ー③]

  「ふぇぇぇぇん!」

  「ど、どうした?!」

  レオンは慌てて駆け寄った。

  膝下が埋もれる程の雪ではあったが、雪国のライオンであるレオンにとっては、たいした障害ではなく、深い雪の中を飛ぶようにして駆けた。

  「大丈夫か?!」

  「ちゅ~」

  「ち、ちゅう?ネズミの仔か!お前!」

  「ハムスターでちゅ。お、おうちに帰れなくなっちゃったんでちゅ~」

  「ハムスター……」

  公爵の敷地内でハムスターといえば、時計塔の守りをしている、ハムスターの一族しかいない。

  ならばこの仔供は、その時計守りの仔なのだ。

  レオンが中を見たくて堪らない、時計塔の仔供。

  レオンはその仔を抱き上げて、自らのコート中へ入れてやる。

  フードから飛び出た、頭頂部の小さな白い耳が、寒さでプルプルと震えている。

  暖かな懐で、ほんの少し安堵したハムスターの仔は「ちゅう~」っと、安らいだ声を洩らした。

  「お前、名前は?」

  「シロでちゅ」

  「シロ?変わった名前だな」

  「[[rb:白 > ホワイト]]意味の名前でちゅ」

  「ホワイト?黒髪なのに、シロ?」

  「耳と尻尾が、白いから。弟や妹は黒かったり、ブチなんでちゅ」

  「可愛いな~。『でちゅ』って言うの!」

  「まだ歯が生え揃ってないからでちゅ。大人になれば、普通にしゃべれまちゅ」

  「シロは何歳なんだ?」

  「3しゃいでちゅ」

  「このまま抱いて家まで送ってやるよ。お前に歩かせたら、何だか凍えちまいそうだし」

  「貴方は、何て名前なんでちゅか?」

  「俺?俺はレオンってーの」

  「レオン……。まるで、次の公爵ちゃまみたいでちゅね。髪の毛も金色で」

  「そうか?」

  「王ちゃまみたいでちゅ」

  「王様みたいか!」

  「カッコいいでちゅ」

  「そーか、そーか!そうだろう、そうだろう!」

  レオンは、ガッハッハと地鳴りがするような大声で笑った。

  [newpage]

  [chapter:1ー④]

  胸元に抱かれたシロは、そのビリビリと震える波動が皮膚から伝わって来て、ビクビクと体を縮こまらせた。

  「時計守りの仔なら、時計塔の裏の家だな」

  「そうでちゅ……」

  「ちょっと大回りして帰ろう」

  それはもちろん、時計塔に近寄らない為だ。

  だが、この暖かな小さい生き物をずっと抱いていたい、という思いもあった。

  この仔がもしも王族の末裔だったなら、獣化すれば白くて可愛いハムスターに変化するだろう。

  爵位のある者のほとんどは、古の姿である獣の姿に変化出来る。

  だが、シロは一般獣人で、恐らくはオメガだ。

  変化などあり得る筈もないが、獣化したシロを見てみたいと、レオンは思った。

  大きくぐるりと輪を書くように時計塔の周りを廻って、シロを家に届けると、両親だろうハムスターの獣人夫婦はひっくり返って驚いていた。

  「れ、れ、れ、レオンハート様?!」

  「よお!何かお前んとこの息子がさ、迷子になってたから、連れて帰ってやったぞ」

  「ひぃぃ!何と畏れ多い!」

  「いやいや、そうだろう!気持ちは分かるぞ!精一杯、感謝して、崇めろ!」

  「はいぃ!」

  レオンが胸元の小さなネズミを見ると、プルプルと小さく震えていた。

  「れ、レオンハートちゃま……」

  「いいな、それ。レオンハートちゃま!」

  「ご、ごめんなちゃい……」

  「何で謝る?」

  「だって、迷惑かけた、から」

  「迷惑だなんて、これっぽっちも思ってねーよ。時計守りの手助けが出来たと思えば」

  「手助け?」

  「お前がいなくなったとあっちゃ、親父さんもお袋さんも仕事どころじゃなくなるだろ?時計塔を管理してくんねーと、周りのみんなが困る。俺は、そうやって獣人の為になる事をしてる獣人を尊敬してるんだ」

  獣人の中でも、最高位となる未来の公爵から、尊敬していると言われる時計守り。

  シロは、初めて自分の父や母を誇らしく思った。

  そしてこのレオンとの出会いが、シロの獣人生を大きく変える事となったのである。

  [newpage]

  [chapter: 2ー①]

  それからレオンは、毎日のように時計守りの家を訪れるようになった。

  シロには、クロとミドリという同時に生まれた弟と妹がいる。

  クロはシロとよく似たオスで、シロよりは若干、つり目で気が強く、耳や尻尾が黒かった。

  ミドリは、いかにもハムスターという愛らしい黒目がちのつぶらな瞳だったが、シロやクロよりは顔の造形が地味な印象だった。

  耳の色から見てもブチの柄が愛らしく、唯一の娘でもあるからか、家族から溺愛されていた。

  そしてその日も、いつものようにレオンが時計守りの家を訪れていた。

  「よう、シロ~!起きてっか?」

  「レオンちゃま!」

  「レオンハート様!おはようございます!」

  「相変わらず暇なライオンだな。オイ」

  3匹の反応は、いつも各々だ。

  シロは、レオンが来てくれるのを楽しみにしていた。

  だが、クロが無礼にも「暇ライオン」だの「無能な後継ぎ」だの「公爵になるなら、その下品な言葉遣いをどうにかしろ」だのと幼児らしからぬ突っ込みを入れるので、いつもヒヤヒヤした。

  レオンは時折、シロだけを胸元に抱いて時計塔を回り、城へと連れて帰る。

  寒さに弱いハムスターは冬場、広い場所で駆け回った事がなかったので、シロは城中を走り回って喜んだ。

  だが、そうやってシロだけを連れて帰るのには、ミドリが嫉妬心を滾らせた。

  レオンに一目惚れをしたミドリは、ここぞとばかりに、やたらとシロを押し退けて抱っこして貰おうとする。

  そして、自分の方が可愛いと媚びるようにアピールするのだ。

  シロはそんな我儘な妹にも甘かったので、一歩、引きはするものの、それにはほんの少し胸の痛みを覚えていた。

  レオンは、そうした小さないさかいにも動じず、仔供ながらに王者の風格すらあり、3匹に対峙している時は兄弟を分け隔てなく相手した。

  そうして気が向けば、3匹を抱き抱えてあちこちに連れて行ってくれる。

  右肩にはクロを、左肩にはミドリを、胸元にはシロを。

  だが、それにはいつも不満を募らせていたミドリが、ついに耐えかね、文句をつけた。

  [newpage]

  [chapter:2-②]

  「レオンハート様!私、抱っこが良いの。メスだから優先して」

  「悪ぃな、ミドリ。ここはシロの指定席なんだ。それにシロが一番小さいだろ」

  「メスは、子供を産むから大切にしなきゃなのよ?だから、私が抱っこされなきゃ」

  「うるさいな、ミドリ。レオンハート様には、わざわざ連れて行って貰ってんだ。文句を言うな」

  「な、何よ……クロのいじわる」

  「文句を言うなら家に帰れ。朝の片付けもしないで出て来たの、お前だけだぞ。メスのくせに、ズボラな奴」

  「ま、ママがやってくれるから良いのよ。私はママの仕事を作ってあげたんだから」

  「たかが時計守りの娘のくせに、お姫様気取りか。馬鹿なメスだな」

  「ひどいわ、クロ」

  シロは、この弟妹2匹のいさかいに困り果てていた。

  クロは、生まれた時から毒舌だが、冷静で達観的だった。

  その頭の回転の良さに、レオンは将来、クロには何らかの学問の道に進ませるようと両親を説得していた。

  クロは、アルファである確率が高い。

  対してミドリは、確実に凡庸なベータでありながら、クロをわざと苛立たせるかのように、日を追うごとに我が儘を言うようになった。

  「将来はレオンの妻になるから」と、花嫁修行と言いながら何もしないというサボり癖がついて、両親も手に負えなかった。

  一方のシロは、発育が弟や妹よりも悪く、体も小さかったので、歯の生え揃うのも遅かった。

  舌っ足らずな喋り口調は、ミドリには馬鹿にされたが、レオンは可愛いと言ってくれたので、気にしてはいない。

  いつものようにクロとミドリが喧嘩をし始めたので、シロが仲裁に入ったが、幼い口調だからか威厳がなかった。

  「クロも、ミドリも、ケンカしちゃダメでちゅ」

  「シロは黙ってて」

  「シロ、ミドリには一度、ガツンと言って現実を教えてやらないと……」

  それまでずっと黙って聞いていたレオンだったが、不意に足を止め「シロは兄貴だろうが。お前ら、言う事を聞かねえか」と言うと、2匹はすぐに口を閉ざす。

  声の巫であるレオンの言葉は、絶大なる力を持つ。

  たとえその力を発動してはいなくても、獣人を抑え込むだけの威力があった。

  [newpage]

  [chapter:2-➂]

  その日は、領地内の山小屋に訪れた。

  [[rb:畔 > ほとり]]には小屋を囲うようにして、コの字型の小さな池があり、ちょっとした別荘のようになっている。

  休日には、日々の喧騒を忘れる為に、公爵夫妻がここへ訪れる事も多かった。

  レオンは子ネズミ達を小屋のデッキに下ろし、そこからアリアの一節を歌った。

  すると池の周りの雪が溶け、大地が露になる。

  その見事な変わり様に、ハムスター達は声を上げて喜んだ。

  「レオンハート様!凄いわ!」

  「まぁ、こんなのは余裕だけどな」

  「こんなところでハムスター相手に巫の力を使うなら、その力は世の為、獣人の為に使えよ。流石、暇ライオン」

  「暇だから、お前らハムスターの為に使ってやってんだろーが。感謝しろ、バカ」

  「レオンちゃま!カッコいいでちゅ!」

  「シロの為なら、満開の花畑にしてやっても良いんだぞ~」

  「やめとけ。これだけ寒いんだから、あんたがずっと歌ってないと花が枯れる。全くをもって非効率だ」

  「もう、クロは現実的過ぎてつまんねーぞ!ここにいる間は、歌っててやるよ!……さてさて、遊びに行くか~。お前ら、湖には落ちるなよ~」

  レオンは、小屋の中から釣竿とハムスターが喜ぶだろう、ちょっとしたオモチャも持って、皆を池へと連れて行く。

  魚を釣る為に腰を下ろしたレオンのすぐ横には、当然のようにミドリが座る。

  そして、レオンへと凭れかかった。

  [newpage]

  [chapter:2-④]

  「レオンハート様。私が大人になるの、待ってくれる?」

  「ミドリは、大人になったら美人になるだろうな」

  「そしたらね、ミドリをお嫁さんにしてくれる?」

  「それはちょっと無理かな」

  「ど、どうして?」

  「俺にはもう、心に決めた獣人がいるから」

  「ミドリはハムスターだから、ライオンのレオンハート様のお嫁さんにはなれないの?」

  「種族は関係ねぇよ。俺は、身分とか年齢とか、そういうのには縛られねぇから」

  「じゃあ、どうしてミドリじゃ駄目なの?」

  「ミドリは、『運命の[[rb:番 > つがい]]』じゃねぇし」

  アルファはより強い子孫を産ませる為に、産むに特化したオメガを番とする。

  オメガも最も強いオスを求めて、アルファを惹き付ける。

  その運命によって定められた番は、アルファとオメガの獣人でしかあり得ない。

  だが、レオンの言葉をミドリは聞き入れなかった。

  ミドリは悲鳴のような鳴き声を上げて、レオンへと抱き付いた。

  クロとシロは、離れた場所でボール遊びをしていたが、ミドリの声に驚き、走り寄って来た。

  「レオンハート様の番はミドリよ!ミドリはレオンハート様の奥様になるんだもの!」

  「アルファの番はオメガでしか成り得ない。ミドリはベータだから」

  「嫌よ!嫌!ミドリは絶対に公爵夫人になるの!」

  レオンの胸元で泣きじゃくるミドリへ、クロは当て付けのように大きな溜め息を吐き捨てた。

  「いい加減にしろ、ミドリ。俺達ハムスターが、将来公爵になるレオンハート様と遊んで貰えるだけでも、あり得ない事なんだぞ」

  「だって、ミドリはレオンハート様が好きなんだもの!」

  「好きとかそんなのは関係ない。奥方様は、レオンハート様が決めるんだ。それは、お前みたいなネズミ如きが口出す事じゃない。お前が大型の猛獣なら、可能性もあるけどな」

  「何よ!クロはいつも、いつも、私に意地悪ばっかり言って!大っ嫌い!」

  「ミドリ!ダメでちゅっ……」

  ミドリは、体当たりするようにしてクロに突っ込んだ。

  だが、それを止めようとしたシロに阻まれ。

  シロはそのままグラリとよろめいて、池の方へと体が傾く。

  「シロっ!」

  レオンの巫の声でも、時間は止められない。

  シロはそのまま水の中へと落ちてしまった。

  [newpage]

  [chapter:2-⑤]

  雪国ラヴィールーザの気温は、マイナス30度を下回る事もある。

  まだ暖かな日差しがあったとはいえ、辛うじて凍っていなかった池の水は、氷水と差して変わりはない。

  レオンは慌ててシロを拾い上げ、服を全て脱がし、懐の中へ入れた。

  罪悪感にガタガタと震えるミドリと、真っ青になっているクロをいつものように肩に乗せ、森の中を駆けた。

  山小屋の中で火を起こして暖まるのを待つよりは、駆けて城へ戻った方が早い。

  獣化すれば数分で戻れただろうが、凍えるシロと他の2匹を抱いて連れて帰るのは難しくなる。

  城へ戻り、召し使い達が急いで部屋を暖める。

  ミドリとクロは執事に託し、家に送り届けるよう命じた。

  「シロ、大丈夫か?」

  「ちゃ、ちゃむい……」

  「くそっ!」

  レオンは暖炉の前にベッドから毛布を持って来て、そのまま自分も服を脱ぎ、シロを抱きながら暖炉に当たる。

  ハムスターは寒さに弱い。

  元々は乾燥した暖かい国の種族だが、シロの家族は東の黒曜国境辺りから来た移民の末裔なのだろう。

  余程に寒いのか、レオンの胸元でプルプルと震えている。

  自らの膝にシロの短い小指程度の尻尾も、ピクピクと震えているのを感じる。

  シロの尻尾が短めなのは、レオンが愛しさのあまりに、甘噛みしてしまうからだ。

  尻尾を噛むと、シロはチュウ、チュウと甘い鳴き声を洩らす。

  それが堪らなくて、ついつい噛んでしまい、只でさえ短いハムスターの尻尾が、更に縮んでしまった。

  初めて会った瞬間から、愛しいと思っていた。

  こんなにも小さな生き物に、恋するとは思ってもみなかった。

  シロはまだ3歳だ。

  こんな幼児に運命を感じるなど、出会った時は信じられなくて、何度も自らの直感を疑った。

  だが、それは会う度に惹き付けられ、足掻けば足掻く程、網に絡み取られるようにして縛られ、虜になる。

  こんな小さな仔供からフェロモンなんぞ出ている筈もないのに、だ。

  だが、シロは間違いなく『オメガ』だ。

  レオンの中の『アルファ』が、それを告げている。

  「お前は、俺の『運命の番』だ。シロ。絶対に、お前を誰にも渡さない」

  レオンは、迷わなかった。

  交尾もせずに、それも精通前に証を刻む事は世間的には許されなくても、レオンの中にはシロと生きていく将来以外、思い描く事が出来なかった。

  他のアルファに奪われたくはない。

  このオメガは、自分のものだ。

  レオンは、その所有欲に駆られ、全身の細胞が獣化を促そうとするのを必死に堪える。

  そして、シロのうっすらと汗ばんだ項に引き寄せられる。

  レオンの犬歯が、グンと更に鋭角的に伸びる。

  俯くシロの後ろ首からは、ほんのり甘い薫りがした。

  それに吸い寄せられるようにして、惹き付けられ。

  その小麦色の肌に、牙がめり込んでいく。

  シロの首筋から流れ出る血液は、蜜のように甘かった。

  それをもっと飲みたくて、更に牙を食い込ませ。

  レオンは、永遠に消えない番の証を、シロへと刻み込んだ。

  [newpage]

  [chapter:3ー①]

  朝から公爵家は、天地をひっくり返したような大騒ぎとなる。

  それには、レオンの父であるラインハート公爵も顔を青ざめさせていた。

  「ど、どういう事だ?!レオン!」

  「どうもこうもねぇよ。俺は1度決めた事は揺るぎねーから!」

  「お前はまだ8歳だぞ?そのハムスターの仔に至っては、まだ幼児なんだぞ?!」

  レオンに抱かれたままのシロは、目の前にいる、この領地の主ラインハート公爵の驚愕ぶりに呆然となっていた。

  いつも沈着冷静な雄々しいライオンとは思えない狼狽ぶりで、その相貌からは血の気が引いている。

  何やら自分の後ろ首には、ヒリヒリと焼けつくような痛みを感じていた。

  だが、自らを抱いているレオンは、父親に対しても堂々と相対していて、その腕の暖かみにシロも安堵する。

  そしてレオンの発した言葉によって、シロの心臓は飛び出さんばかりの衝撃を受ける。

  「この子!俺のお嫁さんにするから!」

  「な、な、何だと?!」

  「もう番の印を付けた!だから、大きくなったら、俺はこの子と結婚するんだ!」

  「レオーーーーン!!!」

  公爵の雄叫びは流石、声の巫だけあって、大地を揺るがす程の音波を発して、辺りに轟いた。

  その後、城の壁のあちこちにいくつかのヒビ割れが確認されたらしい。

  [newpage]

  [chapter:3-②]

  あれから4年。

  いよいよをもってして、レオンも音楽の技術を高める為の学舎である[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]への入学を間近に控えていた。

  近頃では、レオンも巫の力をある程度はコントロール出来るようになり、時計塔への出入りも許された。

  「シロ~。もう今日の仕事は終わりか?」

  「まだだよ!……ていうか、レオンも[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]へ行く準備とかしなきゃだろ!こんなところで、油売ってて良いのかよ?!クロに見つかったら、また『暇ライオン』って馬鹿にされるぞ!」

  「もう言われてからここに来たから、大丈夫だぞ。安心しろ」

  「もう言われたのかよ!この馬鹿っ!」

  「最近、シロがスゴく冷たい……。前は「レオンちゃま」って懐いて、可愛かったのに……」

  「いつまでも、それを言うな!」

  シロはあれから歯が生え揃い、舌っ足らずな口調ではなくなっていた。

  体も成長を遂げて四肢もしなやかに伸び、少年らしいほっそりとした体になった。

  ただ、あまりにも暗くなるまで研究し続けたがばかりに視力が悪くなり、今では眼鏡なしの生活は考えられない。

  将来は時計守りである父の跡継ぎとして、日々、時計塔を整備する技術を身に付ける為に精進している。

  それだけではなく、シロには物を立体的に想像出来る才能が花を開き、独学で『からくり』の技術を身に付けていた。

  将来的には、この時計塔に時刻を知らせる為の『からくり』を施して、皆が訪れる名所にするのが夢だ。

  一方のレオンは齢12で、ほぼ成獣に近い体型にまで成長していた。

  その黄金の[[rb:鬣 > たてがみ]]のような髪も腰辺りにまで伸びて、百獣の王であるライオンとしての風格すら感じさせる。

  体付きこそ、まだ少年の域を脱してはいなかったが、今では父の公爵と並んでも身長はひけを取らない高さにまでなっていた。

  精通も迎え、オスとしての魅力も滲ませるようになってからは、媚びを売ろうとするメスもひっきりなしになった。

  どこぞの伯爵令嬢だの、美貌の未亡人だの、果ては召し使いまで、レオンの圧倒的なオスの魅力に虜になり、誘惑しようとする。

  それでも、レオンは誰にも尻尾を振る事はなく。

  幼い頃に『番』であると心に決めたシロ以外の獣人には、決して目を向けなかった。

  [newpage]

  [chapter:3-③]

  「シロ、分かってんのかよ」

  「何が?」

  シロは、目の前にある小さな『からくり』を作るのに必死だった。

  それは、小さな女の子の人形がボタンを押すとクルクルと回ってからお辞儀をする、という簡単なものではあったが、何を隠そうこの女の子のモデルは、少し前のレオンだ。

  ほんの1年前までは、レオンも少女のように儚い麗しさがあった。

  それが、精通を迎えてからはオスらしさが増し、日々、逞しくなる一方だ。

  それにはシロも嬉しいような、羨ましいような、残念なような、複雑なる心境になっている事を、レオンには言えない。

  「シロは寂しくねーのかよ。俺は来週には、王立学校へ行っちまうんだぞ?入学したら滅多に会えねーんだぞ?」

  「当たり前だろ。そんなにポンポン抜け出してたら、退学になる。真面目に勉強して来いよ!」

  「俺はシロと離れたくない……」

  シロは、『からくり』から顔を上げ、レオンと視線を合わせた。

  レオンは彫りの深い、その白皙の美貌を不安に曇らせている。

  それにはシロの胸もキュンと疼く。

  シロだって離れたくはない。

  だが、そんな我が儘が通じないのも分かっている。

  後の公爵として、巫の技を磨く為に王立学校へと入学するのは、後の公爵としての使命でもある。

  シロ1人が離れたくないと、駄々を捏ねてもどうにかなるものでもなかった。

  [newpage]

  [chapter:3-④]

  「俺は、レオンの番の印を付けられてるんだ。だから、ここでレオン待つ以外に出来る事はないよ。……だから、その……待ってるし!」

  「シロ!」

  レオンの穂先のような尻尾が、グルングルンとMAXに振られた。

  「そっちこそ!発情して、獣化ばっかりしてたら勉強にならないぞ?!どうすんだよ!それ!」

  とにかく精力的なレオンではあったので、シロに欲情しては、しょっちゅう獣化していた。

  ここにいる分には、獣化が緩やかに解けるのを待っても問題ないが、学校へ通うとなるとそうもいかない。

  王立学校は総じて清く正しくの規律が厳しい場所ではあったが、特に爵位を持つ者などは、学校内に性欲を晴らす為の獣人を連れて行くのは、暗黙の了解となっている。

  また校内にも、専門的にそういった相手をする者もいる。

  レオンは、性の手解きをする『沿い臥し』として認められた、召し使いのマリアを連れて行くようにと父から命ぜられていた。

  マリアは、自らが選ばれたのはこの美貌故であると、鼻高々に他の召し使い達へ自慢する。

  番であるシロの元へも訪れ、自分こそレオンの公的に認められたセックスの相手だという事、それによって仔を成し得たら公爵夫人にまではなれなくても、愛妾にはなるだろうと対抗心を剥き出しにしていた。

  マリアは、情熱的な赤毛に、気の強そうなアーモンド型の琥珀色の瞳をした印象的なジャガーの娘で、地味な眼鏡をかけたシロと比べれば、その華やかさは格段の違いがある。

  たしかに、召し使いにしてはベータでありながら大型の獣人であり、その美しさはアルファように秀でていた。

  レオンには、既にいくつかの縁談が用意されている。

  シロの妹のミドリも、レオンが[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]を卒業して帰って来た暁には妾にして貰うのだと、城へ上流階級の礼儀作法を習いに行っていた。

  シロは、次代の公爵たるレオンの正妻になんぞ、ハムスターの自分がなれる筈もないと分かっているし、ただひっそりとレオンの側で時を刻み続け、時折、この時計塔に訪れてさえくれれば良いと思っている。

  レオンの城に住めば、他のメスやオメガ達と張り合う日々に、心身が病みそうになるだろう。

  自分は生涯ここで、レオンを想いながら訪れるのを待ち、生きていくつもりだった。

  [newpage]

  [chapter:3-⑤]

  だが、そんな慎ましげな覚悟さえしているシロに対して、レオンからの愛情は暑苦しい程だった。

  「浮気すんなよ、シロ」

  「だから!オメガで印付けられた俺が浮気出来る筈がないだろ!……ていうか、俺まだ仔供なんだけど!」

  「いやいや、シロのその眼鏡っ子の魔性にかかったら、どんなアルファでも簡単に誘惑されちまうから。すぐ獣化しちまうから」

  「眼鏡っ子の魔性って何なんだ!てか、獣化するって、そんなのあんただけだよ!だから、あんたはクロに『アホライオン』だの『エロライオン』だのって言われんの!」

  「あ~、シロが大人になって発情期でフェロモン出まくったら、俺、勃起が止まらなくなるだろ~な~。早くシロ、大きくなんないかな~。朝から晩まで交尾してたいな~」

  「ひぃぃぃぃ!大人になるのが怖い~」

  「いやいや、楽しみの間違いだろ」

  「クロが言う通りのエロライオンだぁ!」

  クロはその頭脳を買われて、将来、公爵家に仕える為に、様々な能力を育成する施設である[[rb:修学院 > アクワイヤへの入学が決まっている。

  ハムスターには珍しいアルファとしての才能と、その物怖じしない性格で、将来、レオンを陰ながら支える道を選んだ。

  「クロが家の財務管理なんかしたら、俺、無駄遣いさせて貰えないだろうな~」

  「無駄遣いする気かよ」

  「公爵になったら、遠征とかいっぱいあんだろ?その先、その先で、シロにはお土産を買ってやりたいじゃん」

  「レオン……」

  「シロ……愛してるって言って?」

  「やだ」

  「まさかの即答?ちょっと酷い!」

  「俺、そういう軽いタイプじゃないし!まだ仔供だし!」

  「俺が卒業したら、シロも13になってる。子供はもう産めるだろ」

  「卒業したら、即産むの?!せめて、完全に成獣になるまで待ってよ!」

  「そんなの待ってたら、俺は20過ぎまで待たなきゃじゃん。そんなの無理だろ」

  「あんた、仔供好きの獣人か?!ライオンとハムスターの体格差を考えてくれ!」

  「体格差は、シロが成人しようが、老人まで待とうが変わらねぇだろ。そこは愛でカバーしようぜ?体格差を気にしねぇ体位で交尾してやるから」

  「た、体位?!」

  「俺はもう、今からそんな妄想ばっかしてるぞ!」

  「こ、仔供相手に!この変態~!」

  レオンは机からシロの体を引っこ抜くようにして、脇を掴んで引き上げる。

  そうして自らの顔の前に持ち上げたシロの唇へ、チュッと触れるだけのキスをした。

  [newpage]

  [chapter:3-⑥]

  キスは幼い2人の、唯一の愛情を確認する行為だ。

  シロもレオンの首へ腕を回し、お返しのようにチュッとキスをする。

  そこからキスの応酬になって、最後にはシロの方が根負けしてクッタリとしてしまった。

  仔供を抱えるように抱っこしながら、レオンはシロの白い丸耳にもキスをする。

  そして、抱える尻からピョコンと飛び出した短い尻尾を指で摘まむようにして撫でる。

  「や、やだ!尻尾、やだぁ!」

  「シロは尻尾が弱いから、弄ると可愛い声が出るな。まぁ、俺が開発してやったんだけどな。あ~、この尻尾だけでも持って行きたい~」

  「そんなの、無理だろっ!やだ!……いやっ、……尻尾、グリグリすんなぁ!」

  「クソッ!ヤバい!獣化しそう!」

  「やだ、やだ、やだ!ダメぇ!」

  この間もシロの前で獣化しそうになり、シロにキスしながら自家発電をしまくって、何とか事なきを得た。

  キスに夢中になっていたシロは、レオンの下肢を見る事はなかったが、かなりの時間、付き合わされたので、相当なる精力であるのは何となく理解している。

  アルファのライオンとしての性欲が溢れるレオンに、自分が成長するまで待ってくれなんて言えない。

  レオンが沿い臥しのマリアを連れるのは、仕方ない事なのだと何度も言い聞かせた。

  2人の種族の違いや、年の違いには、何をしようにも抗えないのだと。

  翌週には、レオンは[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]へと入学する為に旅立って行った。

  そこは寄宿学校なので、次にレオンが帰って来るのはいつになるのか分からない。

  ひょっとしたら、卒業までの6年間、一度も会えないかも知れない。

  だが結局、再び会えるまでの年月は、実質9年の月日を要した。

  レオンの去った後ろ姿は、今もシロの網膜に焼き付いている。

  その傍で、誇らしげに笑うマリアの姿も。

  [newpage]

  [chapter:4ー①]

  レオンが寄宿舎に入って、すぐに我慢出来なくなったのは、ミドリだった。

  城からの定期的な伝達や届け物を持って行くのに、わざわざ無理を言って下男に頼み込み、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]にまで届けに行った。

  だが浮き足立って行ったわりには、どういう訳か顔を泣き腫らして帰って来た。

  シロは、いつまでも泣き止まない妹の背中を優しく撫でながら、あやしてやった。

  「どうしたんだ?ミドリ。レオンに何かあったのか?」

  「レオンハート様には、会えなかったの。荷物は受け取っておくって。……マリアが」

  沿い臥しとして付いていったマリアに荷物を奪われ、レオンには一目も会わせては貰えなかった。

  ミドリはまだ8歳の仔ネズミ、マリアは20を過ぎた熟れた女豹だ。

  ミドリは、マリアに散々な事を言われて追い返された。

  自分とレオンの間に仔が生まれるのは時間の問題だとか、どれだけ自分が毎晩、レオンに愛されているかと、子供相手にその濃密な睦み合いの状況を、事細かに自慢したらしい。

  メスとして太刀打ち出来なかった。

  「仔の産める体でもないくせにって、マリアが馬鹿にしたの」

  「まぁ、それは事実だから仕方ないな」

  余計な茶々を入れて来るのは、相変わらずの毒舌を誇るクロだ。

  クロはアルファなので、ハムスターにしては大柄であり、シロやミドリよりも頭半分大きい。

  その上に、艶やかな黒髪と切れ長の瞳は、その知性的な性質を如実にしていた。

  「大体、会えると思う方が間抜けなんだよ。あそこは、完全に外部と遮断された修道院みたいな場所なんだ。会えるのは帰宅が許された時か、新年の宴で演奏するのに選ばれた時だけなのは分かってただろ」

  「どうしてクロは、いつも私に冷たいの。そんなの分かってたけど、もしかしたらレオンハート様が私にすごく会いたくなって、お顔を見せてくれるかも知れないじゃない」

  「お前、何か勘違いしてるかも知れないけどな。レオンハート様が選んだのは、ミドリじゃない。シロだ」

  「シロはオメガだからよ!オメガのフェロモンに惑わされてるだけなんだから!レオンハート様は騙されてるの!」

  「シロはまだ大人の体にもなってないのに、フェロモンが出る訳がないだろう。現実を見ろ。この馬鹿ハム」

  クロのあまりの言い様に、ミドリは更に泣き叫んだ。

  「ミドリが沿い臥しになるわ!公爵様にお願いしに行く!」

  「お前、マジで正気か?仔供が沿い臥しになったって、レオンハート様の役に立ちゃしないだろ!」

  「シロだって番にして貰ったじゃない!それなら私も番にして貰う!」

  「お前はベータだろうが!オメガでもないくせに、番になんぞなれるかっ!いい加減にしろ、ミドリ!」

  クロはぐずるミドリを、叱咤した。

  その瞳は怒りに満ちていて、思わずシロは止めに入ろうとしたが、口を挟む前にそれを手で制された。

  [newpage]

  [chapter:4ー②]

  「俺やお前が、レオンハート様に他の獣人よりも重きを置かれているのは、自分の番の家族だからだ。シロの弟妹でなければ、お前なんぞ鼻にも掛けられるか!」

  「ひ、酷い……クロっ……」

  「事実を言ったまでだ。そのシロだって番というだけで、正妻にも妾にも選ばれた訳じゃない。ライオンとハムスターじゃ、天と地ほどの開きがある。おまけにレオンハート様は、次代の公爵様だ。そのうち名家のご令嬢を娶られる。……シロ、それはお前も覚悟しておけよ」

  「分かってるよ」

  それにはもう、心積もりをしている。

  レオンに『番の証』を付けられた3歳の頃から、母からことある毎に、こんこんと言い聞かせられていた。

  「俺達がレオンハート様の傍にいるなら、何か技術や特技でお役立ちするしかない。シロのように時計塔を守るのか、俺のように勉学に勤しむか。……お前は何をしている?ミドリ。高価なお菓子を食べて、ダンスやカードで遊んでいるだけじゃ何の努力をした事にもならない」

  「奥方様になるのには、必要だわ!パーティーやサロンを切り盛りするのだって……」

  「爵位があるか、財産があればな。それか、音楽の才能があるかだ。お前には何もないくせに、夢ばっかり見てんじゃないぞ!」

  クロは、ミドリの身分不相応な高慢さと、無知さを前々から腹立たしく思っていた。

  身分の高い者へ愛を乞うのが許されるのは、それなりのステータスがあるメスかオメガだけだ。

  それがないのなら、実力でのし上がるしかない。

  クロは、一介の時計守りの息子で終わるつもりはなかった。

  「俺は絶対にレオンハート様に役立つ獣人になってやる。シロも俺が守ってやる。レオンハート様が選んだ番だからな。だけど、ミドリがレオンハート様の足を引っ張るような事をしでかすのなら、俺は容赦しないぞ」

  ここまではっきりとクロか意思表示をしたのは初めてだった。

  そしてそれ以降、クロとミドリは絶縁状態となった。

  [newpage]

  [chapter:4-➂]

  レオンとは、新年の宴の時にだけ会う事が出来た。

  [[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]の優秀な生徒は、新年の宴で演奏を許される。

  レオンは初年度から選ばれ、その実力を発揮した。

  その高らかな6オクターブを越える声域と、他の楽器に劣らない歌声は、ヴァルハラの神殿を揺るがす音量だった。

  レオンの学年には、ラヴィールーザ始まって以来の巫が奇跡的に集まり、その絶大なる演奏力と巫の力は、上級生達をも圧倒する。

  共に演奏していたのは打楽のエドワード、ピアノのキース、ヴァイオリンのダグラス、チェロのマークと、全員が次代の公爵を引き継ぐ者達だった。

  その演奏には、ラヴィールーザ中の注目が集まり、シロも人垣の隙間から豆粒のように小さいレオンを見るのが関の山だ。

  だが、それでも良かった。

  もしかしたら、今はマリアに寵愛を注いでいるのかも知れない。

  校内に、通じ合うメスがいるかも知れない。

  シロとの事は幼い頃の過ちとして、レオンの中で終わっているかも知れない。

  だが、番の印を付けられたシロは、もうレオン以外を愛せない。

  他のオスと交尾をすれば、気が狂うか、自ら命を断つか、生き残る道はない。

  それならば、この時計塔を守り続けて、レオンの城の隣で、その時を刻み続ける。

  愛するオスの傍で、この命を終える時まで。

  [newpage]

  [chapter:4-④]

  レオンが帰って来る。

  それが通達されたのは、[[rb:王立学校 > ロイヤルスクール]]へ入学したあの日から9年目の事だった。

  シロは、17歳になっていた。

  体つきは、ハムスターであるが故に相変わらず小柄で細身だ。

  オメガ特有の女性的な部分はなかったが、男らしい筋肉のようなものもついてはいない。

  ただ、ハムスターの繁殖力は他の獣人のメスよりも過分にあるので、抑制剤は絶対に欠かせなかった。

  シロの仕事が、滅多と獣人に会わない『時計守り』であるというのが救いだった。

  これがもしも、街中で働いていようものなら、とっくにどこぞのオスに手籠めにされ、命を落としていただろう。

  シロの作った『からくり時計』は、何年もの年月を費やして、やっと完成した。

  リニューアルされた時計塔は、レオンの帰省と共に御披露目となる。

  それと同時に、公爵であるラインハートがその座を降り、息子のレオンへと地位を譲る事になっている。

  その為に祝いの席を設けられる。

  そして、その宴は譲位だけではなく、各地の令嬢や美獣が集められ、レオンの正妻や妾を選ぶ段取りもなされていた。

  この年まで自らの愛らしさを磨いてきた

  ミドリも、その末席に置かれる。

  城で行われていた花嫁修業の講義を、他の令嬢達の中に混じり、ハムスター如きがと蔑まれながらも耐え続けた。

  公爵となり、妻を娶り、ラヴィールーザを率いる統治者となるレオン。

  このからくり時計の完成が、帰省に間に合って良かった。

  レオンの公爵としての第一歩を、自らが作った、からくり時計で出迎えてやり、祝ってやる。

  からくり時計が鳴れば、レオンも時々は昔を思い出してくれるかも知れない。

  時計守りの仕事を尊敬すると言っていた、あの頃の事を。

  そしていつまでも変わらずに、庶民に寄り添った公爵であって欲しいと、シロはそれだけを願った。

  [newpage]

  [chapter:5ー①]

  レオンの帰宅前に、シロはラインハート公爵から呼び出された。

  公爵は、息子がシロを番にしたのを快くは思っていない。

  それは以前から、シロ自身も薄々は判っていた。

  公爵の妻がオメガであるが故に、この公爵領では、オメガに対して寛大ではある。

  だが、表だって露にはしていなかったが、オスのオメガに対してだけは、逆に憎悪に近い感情を向けているように感じていた。

  「シロ、時計塔の『からくり』を披露するのは、レオンが帰宅した翌日にしてはくれまいか」

  「では次の日のお昼に動くよう、設定しましょうか?」

  「そうして欲しい」

  そう会話する2獣人の間には、不自然な距離が置かれていた。

  その上に、ラインハートはハンカチで鼻を押さえている。

  今は発情期でもないし、抑制剤も欠かさず飲んでいるのに、何故そこまで毛嫌いするのか。

  公爵の眉間にある深い溝は、オスのオメガへの嫌悪を如実に表していた。

  「公爵様、俺は何か貴方様に失礼をしましたか?」

  「いや、お前が悪い訳ではない。私がオスのオメガが嫌いなのだ」

  「それは何故なのか、お聞きしてはならないですか?」

  公爵も多少の申し訳なさを感じていたのか、オスのオメガを毛嫌いする理由を語り出した。

  ラインハートは、ライオンのオメガである妻を心から愛していた。

  2獣人の相性が悪いのか、子供はレオンしか生まれなかったが、それでも他のメスを娶ろうとは微塵も思わなかった。

  [newpage]

  [chapter:5-②]

  その極端なオスのオメガ嫌いは、ラインハートのトラウマに起因する。

  ラインハートは、精通間もない頃、周り長老者達の要らぬ気遣いによって、あらゆる血統の良いメスを送り込まれてはいたが、頑なにそれを拒絶していた。

  絶対に愛する妻しか一生抱かないと、心に決めていた。

  だが、ある夜、発情期のフェロモンを垂れ流しにしたオメガのオスが、ベッドに忍び込んで来た。

  長老達の策略だった。

  オメガのフェロモンに、ライオンのアルファとして抗う事が出来なかった。

  オメガのオスは、メスよりもフェロモンの濃度が高い。

  ラインハートは1週間もの間、そのオスのオメガと部屋に籠り、肉欲と悦楽の限りを尽くした。

  訳が分からなくなる程に盛り、欲望のままにオメガを抱いた。

  あれだけ、1獣人に愛を誓うと約束していながら、妻となるメスと愛を交わす前に、名も知らぬオスのオメガに子種を与えてしまった。

  当時、婚約していた彼女は悲しみのあまりしばらくは部屋から出て来なくなり、2獣人の愛の灯火が消えそうになった。

  ラインハートは、それを画策した者を食い殺し、身籠ったオメガをラヴィールーザから追放した。

  それは、公にはされていない過去であり、レオンですら知らない父の中の闇であった。

  「では、どこかにレオン……様のご兄弟がおられるのかも知れないんですね」

  「最果ての辺境の地で、生きてはいるだろう。それ以来、私はオスのオメガには近寄れなくなった」

  「そうだったんですか……」

  「それにお前はハムスターだ。公爵家の妻には相応しくはない。公爵の妻であるならば、大型の猛獣であらねば品位が下がる」

  確かに、今の公爵達の妻や愛人達のほとんどが、ライオンやタイガー、パンサーなどの大型獣だった。

  これから、あらゆる行事に参列するだろうレオンの隣にいるのがハムスターなど、嘲笑の的にしかならない。

  「私もお前に対して無体な事は言いたくはない。レオンの側には、お前の妹のミドリを置くのを許してやる。妻にはなれないが、お前の代わりにはなるだろう。……それで、手を打っては貰えまいか」

  それに対してシロがどう応えたのか覚えはない。

  最後に公爵からは「2度と城には足を踏み入れるな」と言われ、それは脳内をいつまでもリフレインして、シロを苦しめた。

  [newpage]

  [chapter:5-➂]

  故郷へと帰って来たレオンは、大勢の貴族達や、召し使い達が出迎えられた。

  レオンはそのまま畳み掛けられるようにして、宴の為の正装へと着替えさせられ、大広間へと連れ出された。

  帰ってすぐに、祝いの席を設けようと準備していたのだろう。

  そこには、かつてない立食式の豪華な料理が並べられ、呼ばれた獣人達も今から結婚式でも挙げるのかと思うような、各々が華やかな身なりをしていた。

  特にメスが。

  レオンが大広間に訪れた時には、そのほとんどの獣人が揃っていたようで、皆が我先にと押し寄せようとしていた。

  それにはレオンが一声を放ち、制止する。

  レオンの巫の力には、誰も逆らえない。

  烏合の衆の中にクロがいるのを見つけ、レオンは引き摺るようにして大広間の隅へ連れ込んだ。

  まだ巫の力が効いているからか、周りの者達は気にはなるものの、近寄ろうとはしなかった。

  「久しぶりだな!クロ!随分と大きくなった。流石、アルファだな」

  大型獣の中でも、特に大柄なレオンからすればクロは頭1つ小さいが、それでも肉食獣並みの身長ではある。

  「俺に対して、あからさまに嬉しそうに尻尾を振らないで貰えますか?他のメスが食い殺しそうな目で、俺を見てます」

  「いや~、だって知らないメスより、お前に会える方が嬉しいからさ~」

  「この状況が分かってます?レオンハート様」

  「えっと……帰った途端、まさかの集団見合い、とか?」

  「正解。貴方も一応は、色々と世の中の事を勉強して来られたようですね。学校ではお得意の『暇ライオン』は発揮してなかったらしい」

  「クロも、会話の内容は変わってないけど、言葉使いは勉強したみたいだな」

  「言葉使いに関しては、貴方様よりまともな自信がありますよ。これでも一応、貴方に仕えるつもりなので」

  「ところでシロは?シロはどこにいる?」

  レオンの目は、数キロ先まで見渡せる。

  この会場の中にシロがいない事はすぐに分かった。

  本来なら番であるシロは、一番に出迎えてくれても良い筈だ。

  この会場には来れなくても、レオンの部屋で待っていてくれても良かったのにと言うと、クロは溜め息をつきながら、首を横に振った。

  [newpage]

  [chapter:5-④]

  「貴方のお父上であらせられますラインハート様は、シロに城の出入りすらお許しになってはいません」

  「何だって?!それじゃ、何の為に……」

  「貴方を卒業後も3年間、シロから引き離せば、諦めると思ったのではないですか?こんな大層な宴まで準備する位だし。全く、これにいくらかかったと思ってるんだか」

  クロの専門は経済学だ。

  城の運営や召し使いの配置など、様々な事柄を裏で管理する。

  それもこれも、公爵の特別なる力で得た財産を無駄に使わせたくはないからだ。

  「シロはどうしてる?」

  「父から時計塔の管理を任されて、新しい時計塔に改築しましたよ。それも、先日完成したばかりです」

  「からくり時計か!」

  「家族総出で作り上げましたから。ミドリ以外のね。こんな時計は他にはないです。最高傑作ですよ」

  「そうか……」

  「おい、ちょっと待て」

  「ん?」

  「あんた、今、シロのところに行こうとしてるだろう。この能天気ライオン」

  「口調が昔に戻ってっぞ?クロ」

  「だから!この状況をほっぽり出してとか、やめろよ!大混乱になる!」

  「分かったよ。ちゃんと挨拶すりゃいーんだろ。そこそこに」

  「……俺が後ろに付くぞ。チェックするぞ」

  「はいはい」

  レオンはクロを背後に控えさせ、無難に挨拶をこなしていった。

  娘を売り込もうとする輩や、媚びを売ろうとするメスが現れれば、視線も合わせずにスルーする。

  そんな徹底してメスを受け入れようとしない頑ななレオンには、皆が皆、自らを売り込めない状況へ陥ってしまった。

  [newpage]

  [chapter:5-⑤]

  父親のお咎めも適当にかわして、レオンが会場を後にしようとすると、何者かに腕を掴まれた。

  自らの鳩尾の辺りまでしかないその小柄なメスは、ミドリだった。

  茶色い髪の毛を丁寧に巻いて、地味な顔を少しでも華やかにしようと精一杯の化粧を施し、年頃の娘らしい成長を遂げていた。

  「レオンハート様。お久しぶりでございます。私を覚えておられますか?」

  「あぁ、ミドリか。随分と綺麗になったな」

  「お帰りをお待ちしておりました」

  「また、明日にでも家に行くから。ちょっとごめんな」

  「私、もうあの家にはおりません。今は、この城に住んでおります」

  ミドリのドレスは、チュチュを幾重にも重ねた華やかな緋色のドレスだ。

  その不釣り合いな身なりは、とても時計守りの娘とは思えなかった。

  「悪いな、ミドリ。俺は、ここの誰とも結婚するつもりはねーから」

  「私!貴方様の為に、ずっと花嫁修業をして来たんです!ダンスも、刺繍も、上流社会のメスの所作も……」

  「そっか。そしたら、誰か良い獣人のところに嫁げるようになればいいな」

  「貴方の元へ嫁ぐ為です。私が頑張って学んで来たのは、他の誰の為でもありません!」

  「俺は無理だよ、ミドリ。前から言ってるだろ」

  「レオンハート様っ!」

  「俺は何獣人も同時には愛せない。いや、他の奴じゃ駄目なんだ。ごめんな」

  レオンは片手を挙げて、去って行った。

  残されたミドリは、憤怒に燃えていた。

  レオンにではない。

  レオンを惑わせる、兄に対してだった。

  自分がこれだけレオンを想っていても、伝わらない。

  オメガがアルファを狂わせるからだ。

  ミドリは兄の存在自体が許せなかった。

  軽やかな薄桃色のドレスが、固く握り締められ、無残にもシワが寄る。

  引き千切られんばかりに。

  [newpage]

  [chapter:6ー①]

  雪が舞う夜の闇の中、時計塔はほのかな明かりを浮かべている。

  以前にはなかったが、シロがあれから努力を重ね、時計盤が夜も見えるようにと作り替えた。

  レオンが公爵になるべくして努力している間、シロもまた時計守りの仕事に専念していた。

  その時計塔の中も様変わりし、中は精密な機器が密集している。

  ぜんまい仕掛けのようにレトロだった内部は、完全に機械化していた。

  「シロ~?シロ~?どこにいるんだ?」

  細い階段を上りながら、レオンの呼ぶ声が木霊する。

  時計塔の内部の反響が、レオンの暖かみある声で包まれ、ほんの少し温度が上がる。

  そうして、最上階にまで上り詰めると、シロが驚いた様子で目を見開いていた。

  「シロっ!」

  「れ、レオン……、何で……」

  「想像よりもスゲー!スゲー、可愛くなってる~!」

  「え?……えぇぇぇぇ?!」

  「会いたかった!シロ~!」

  レオンが大きく手を拡げ、シロの体を包み込む。

  フワリと漂うレオンの薫りは、爽やかなコロンと、オスの猛々しい体臭がミックスされて、シロの鼻腔をくすぐった。

  自らを包む体も、熱い。

  その長い金髪が、ベールのように上から被さってきた。

  心が踊る。

  自らの[[rb:番 > オス]]に抱かれる事で、シロの体の奥底から喜びが溢れ返っていた。

  [newpage]

  [chapter:6-②]

  「おかえり。レオン」

  「出迎えてくれると思ってたのに~。何なんだよ~、寂し~だろ~」

  「だって、公爵様が花嫁候補の獣人で出迎えるって言ってたから」

  「花嫁はシロじゃん」

  「へ?」

  「俺は花嫁にせっせと定期便で月5通はラブレター送ってたのに、お前と来たら全く返事くれねーし」

  「手紙なんて貰ってないよ!」

  捨てられていた。

  瞬時に、レオンにはその理由が分かったが、誰の仕業かとまでは追及しはしなかった。

  「レオンは、俺の事なんて忘れてるかも、とか思ってたから……」

  「お前、項にある番の印は何だと思ってんだよ。俺がそれ付けたのはお前だけだぞ?」

  「……で、でも、沿い臥しのマリアと、仔作りしてるって……」

  「マリアって、誰?」

  「はぁ?!だから沿い臥しのメスだよ?!」

  「沿い臥しって何だよ?」

  「そ、その……レオンに交尾を教える……獣人が、付いて行っただろ!学校に!」

  「あぁ、あのメスか。あいつ、鼻が曲がりそうな位にクセェから、追い出した」

  「く、クセェ?」

  「俺、メスは大嫌いなんだよ。繁殖する気満々のメスの匂いって、オエ~ってなるんだよな」

  「えぇぇ?!」

  メス嫌いのオスなんて聞いた事がない。

  特に猛獣とされる大型の獣人は性欲が強く、権力のある獣人などはメスやオメガを多く抱えていたり、更にはオスまで手を出すような者もいる。

  公爵であり、ライオンであるレオンの性欲が弱い筈がない。

  「メスが嫌いってどういう事だよ!」

  「あ!だからって、オスだったら良いってんじゃねーぞ?オメガだからってんでもねーぞ?シロだから、良いんだからな!」

  「……レオン……」

  「俺は、シロにしか欲情しねぇし、シロにしか勃起しねぇぞ!」

  「ぼっ……」

  せっかく感涙しかけていたのに、レオンのあまりの品のなさが、シロの感動のボルテージを下げる。

  離れていた9年もの間にかなり美化されていたが、そういえばレオンは昔から下町の民のように口汚く、羞恥心がないオスだったのを思い出した。

  「父上に、『卒業してから3年は修業して来い』って言われてたから帰れなかったけど、あの時に帰ってもまだ小さいシロに種付けしちまいそうだったし、考えようによってはちょうどいいかな~って」

  「ちょうどいいって何なんだよ!」

  「何って、そりゃお前。もう17になってっだろ?今ならガンガン交尾、出来ちゃうじゃん」

  「交尾ーーーーー?!」

  「シロにしか欲情しない分、ボコボコ仔供、作るぞ~!」

  「ボコボコーーーーー?!」

  シロは、レオンの想像を越えた爆弾発言に絶叫し、脳内の血流がおかしくなって、失神しそうになってしまった。

  [newpage]

  [chapter:6-➂]

  「お~い、シロ!大丈夫か?!生きてるか~!」

  いつの間にか、シロ専用の椅子にレオンが座り、その膝の上に横座りさせられている。

  さっき、とんでもない事を聞いたような気がしたが夢だったのだろうかとぼんやりしていたら、チュッと唇にキスをされた。

  「ふぉぉぉぉぉおあ!」

  「その反応も相変わらず可愛いな、シロ!」

  「チュウ!」

  「お、久々のハム語!『チュウ』!」

  「そ、そのチュウじゃない!あ、やっ、……やだっ!何で、チュウすんだ!」

  「番だから、チュウすんだろーが」

  「番じゃなかったら、チュウしないのか?!」

  「しないぞ?」

  「でも、レオンは公爵だ。今までも、これからも、愛獣人とか……」

  「今までだってなかったぞ?お前だけだっつっただろ?俺、お前の為に童貞を守って来たんだぞ?」

  「どっ、童貞ーーーーー?!」

  「お陰様で、巫の力で獣化すんの抑えるのは、多分、学校で一番巧かったと思う。エディも相当、鍛えてたけどな。あ、エディって友達なんだけどな」

  獣化を抑え込むのは相当なる至難の技だ。

  力があればある程、勇猛であればある程、古の血が濃い。

  それを発散する為に、爵位のある者達は妻以外にも愛獣人を多く抱える。

  [newpage]

  [chapter:6-④]

  「獣化って、そんなに簡単に抑えられるもんなのか?」

  「普通は割りと大変だよな。大抵は闘いになるか、メスに発散するか、だしな。それか、獣化が解けるのを待つか」

  「どうやってすんの?」

  「獣化を止める歌ってのを発明した!」

  「それって、レオンしか使えない技だろ!」

  「だな~」

  その能天気な物言いに、シロも思わず吹き出した。

  レオンと会えない日々は、心苦しいばかりだったが、会ってしまえばそんな悩みも霧散してしまった。

  こんなにも一途なライオンだったか。

  こんなにも自分は愛されていたのか。

  シロの中でも、細胞の端々にまで愛情が満たされる。

  それだけ、レオンという獣人は大きな器のオスだった。

  「からくり時計、完成させたんだってな」

  「うん。何とか。レオンが帰るまでには間に合ったよ」

  「どんなやつなんだ?」

  「それは秘密。明日のお披露目まで、楽しみにしててくれ」

  「スゲー楽しみだな~。こんな事なら、他の公爵も呼んで、一大イベントにすりゃ良かったかな~」

  「ほ、他の公爵?」

  「俺の学年には、うまいこと次代の公爵が集まってたんだよ。みんな、ぼちぼち後継いでんのかな?」

  「そ、そんな大層にしないでくれ!俺のからくり如きに!」

  「何言ってんだよ。何年物のからくりだよ。超大作じゃねーか。自慢しまくりだろうが」

  「いやいや、しなくていーから!そもそも、これはレオンの為に作ったんだし!」

  「俺の為?」

  「え?……あ、そのっ……、あの……。うん……」

  「マジでか!」

  「うん」

  「スゲー嬉しい!」

  レオンは満面の笑みで喜んでいた。

  その笑顔に、シロの胸が苦しくなる。

  時計守りの仕事が素晴らしいと言ってくれた、あの幼い頃のレオンのままだった。

  レオンは変わらずにいてくれていた。

  きっとこの先、レオンは民の事を忘れない、偉大なる公爵になる。

  そんな未来が、ほんの少し見えたような気がした。

  [newpage]

  [chapter:6-⑤]

  シロは、時計塔を作り上げる努力を怠らずにいて良かったと、改めて思った。

  会えない月日は長かったが、こうしてレオンを目の前にしてしまえば、互いにそんな時間も必要だったのだと実感する。

  「喜んで貰えて良かったよ」

  「そりゃ喜ぶに決まってっだろ!シロが俺の為に頑張ってくれたとあっちゃ、こっちも頑張ってやらなきゃな」

  「何を?」

  「もちろん仔作りに決まってるだろーが」

  「やっぱりそれか!」

  「当たり前だろ」

  「それしかないのか!」

  「それしかない訳じゃないけど、ひとまずとにかく、確認させて欲しい」

  レオンはクルリと器用にシロの体をひっくり返す。

  シロは、レオンの膝の上で伏せにされ、ツルリとズボンを下げられた。

  「ギャーーーーー!」

  「『ギャー』じゃないだろ~。ここは『チュウ』だろ」

  「それは、赤ちゃんだった頃の話だぁ!」

  「あぁ!相変わらず、可愛い尻尾、健在!ピルピルしてる!堪んねぇ!」

  レオンは、小さく震えるシロの尻尾を指で突っつく。

  すると、更にプルプルと震えた。

  「やべぇ!可愛過ぎる!」

  「ちょっ……レオンっ!……あぁっ!」

  レオンはシロの短い尻尾を、はむっと甘噛みした。

  軽く歯を立てて噛んだり、ペロリと舐めてやる。

  「ひゃん!あん!いやぁ!」

  「……ちょっと、シロ……。チュウじゃなくなって……めちゃめちゃ色っぽいんですけど……」

  「いやぁ!舐めないでぇ!……あぁん!」

  「マジでヤバい。勃起した」

  レオンがチュウッと尻尾を吸ってから、舌で絡めるようにして舐めてやると、シロの尻がビクビクと痙攣した。

  尻尾への口淫で、シロが感じている。

  幼い頃には見られなかったシロの艶やかな姿に、レオンは下肢をズンと重たくさせた。

  「……獣化しちまう」

  「えぇ~?!ちょっとやめて!明日は時計塔の初お披露目なのに!」

  「分かってる!でも、シロが色っぽいのが悪い!」

  「俺のせいか!」

  「このピルピルが悪い!」

  「あんたが、尻尾を舐めたからだろうが!」

  「シロが舐めたくなるような尻尾をしてるのが悪いんだ!」

  「何を言うか!このエロライオンは!」

  「ラララ~♪獣化しちゃぁダ~メよぉ~ん♪獣化したら~チョメチョメよぉ~ん♪」

  「何、その歌!ダッサ!わははは!」

  「うるさいな!集中させろ!獣化しちまうだろうが!……ラララ~♪治まれ~♪ラララ~♪俺のチンコ~♪」

  「わははは!レオンが昔より、馬鹿になってる!わはははは!」

  その日の時計塔からは、レオンのおかしな歌と、シロの笑い声がしばらくの間、響き渡っていた。

  [newpage]

  [chapter:7ー①]

  夜中だと言うのに、扉を叩く音がする。

  それにはクロとシロが気付き、扉を開けた。

  うっすらと雪を被って立っていた獣人は、ラインハートだった。

  今は息子であるレオンに公爵の地位を譲ったが、それでもまだ若々しく威厳あるその相貌に衰えはない。

  「遅くにすまないが、シロに折り入って話がある。出れるか?」

  ハムスターに雪の中で話をさせるのは酷な事だという罪悪感があるのか、公爵も控え目な物言いだった。

  それにはクロが感付き、公爵を家へと引き入れた。

  「俺は、シロの話でしたら同席させて頂きます。父と母に気付かれないようにと仰るのなら、俺達の部屋に来て頂けますか?狭いですが」

  小さなハムスターの部屋に、大型獣のライオンが入った途端、空気が薄くなるような気がする。

  只でさえ、クロは決して小さくはない。

  シロが自らの勉強机の椅子をラインハートへ勧めると、立ったままで良いと首を横に振った。

  「レオンがシロを花嫁にすると言って来た。それも、妾や愛獣人も付けずにシロだけにすると」

  「そうですか……」

  シロにしてみれば、心苦しい事、この上ない。

  レオンの一本気な気性は分かってはいたので、父親との意見は対立するだろうとは思っていた。

  「以前に、お前にはレオンとは別れてくれと言ったが、それは聞き入れてくれるんだろうな」

  ラインハートの言葉に、シロがそんな話をされていのを知らなかったクロだったが、それには当の本人よりも先に反応した。

  [newpage]

  [chapter:7-②]

  「ラインハート様!シロはレオンハート様の番です。別れる別れないの問題じゃありません」

  「確かにシロにしてみれば、もう誰とも結婚は出来まい。だが、私はお前を絶対に認めてやれん。お前には、最大の援助をしてやるから、それならどうだ?」

  中央都市ヴァルハラの宮殿に、からくり時計の棟を建て、その建設責任者に任命する。

  かつてない予算で、大掛かりなからくり時計を作るチャンスを与える。

  それは、時計技師としては最大の名誉となり、最大の事業となるだろう提案だった。

  「どうだ?ヴァルハラに行ってみないか」

  「それは、ここには住んではならない、という意味ですよね」

  「ヴァルハラなら、この時計塔の何倍もの予算と規模で、建てる事が出来る。お前の腕も鳴るだろう」

  聞こえは良いが、体よくシロをここから追い出したいというラインハートの意志が見えて、それには更にクロが噛み付いた。

  「ヴァルハラでしたら、ここからでも通えます。それを、ヴァルハラに行けと仰るのは、レオンハート様の傍には絶対に付かせないという意味ですね?でも、レオンハート様も公爵になれば、ヴァルハラへ頻繁に通われますよ」

  「シロには、修道院での住居を与える。あそこは、生涯を独身で暮らす僧侶達が住んでいる。シロがオメガであっても、襲われる事はないだろう」

  「守ってやるというような言い方は、やめて頂きたい!結局、シロをレオンハート様から引き離したいだけでしょう?!」

  クロは公爵の不遜な言い様に怒りを露にしたが、シロはもう言葉もなかった。

  そもそも自分は、公爵と口を利けるような身分ではない。

  その圧倒的な猛獣の威圧感に震えてしまい、小動物としての怯えを隠せないでいた。

  「代わりにミドリを一番の妾にしてやる。クロもデランダ王国の王族の城で働けるよう、手配してやろう。デランダは気候も温暖で、住み心地が良いぞ」

  「俺やミドリを獣人質にするような事をなさいますか!」

  「この時計塔の改築に、莫大な費用を出してやったのは誰だと思っているんだ?頭の良いお前なら判るだろう、クロ。今から、お前達にその全てを請求しても良いんだぞ」

  クロはグッと喉を詰まらせた。

  ここを改築出来たのには、確かに公爵の力があってこそだった。

  この現状で、ラインハートに歯向かう術はない。

  ラインハートは、『言う事を聞かなければ、お前達を噛み殺してやる』とばかりの威圧感を発していた。

  [newpage]

  [chapter:7-➂]

  翌日は晴天だった。

  万全のお披露目日和で、シロの心も晴れやかである筈なのに、その表情はどんよりとしていた。

  時計塔の正面には、レオンやラインハートの巫の力によって雪が取り払われ、椅子が並べられていた。

  その横には、立食式の食材が並んだテーブルがある。

  時計塔の御披露目が済んだら、そこでパーティーが開かれるのだ。

  レオンが、公爵として華々しく歩んで行くだろう第一歩としての皮切りに、昼の12時に合わせて、からくりを作動させる。

  シロは時計塔のてっぺんの窓から、下を見下ろす。

  一番前の席にはレオンが座わり、その隣には周りのメスから射殺すような視線を向けられながら、ミドリが悠々と座っていた。

  ミドリを一番の妾にする、とラインハートが言っていたのを思い出す。

  朝方、最後の調整をするシロのもとに、ミドリが訪れた。

  その表情には狂気が孕み、体の奥底から鬱々とした澱みすら窺えた。

  ミドリの怒気が、痛い程にシロへと突き刺さる。

  「これでシロの仕事は終わったのよね」

  「え?」

  「だったら心置きなく、ヴァルハラに行ってちょうだい。レオンハート様は私に任せて」

  ミドリは、もう時計守りの娘ではなくなっていた。

  朝から華やかなパーティードレスを纏い、豪華な髪飾りを付け、最高級のコートを羽織る。

  それらはラインハートから、レオンとの関係を確実なものとして約束されたからであるのを知らしめていた。

  この時計塔までの短い距離も、下男にソリを引かせ、ピンヒールを脱ごうともしない。

  ミドリは、既に正妻に選ばれたような気になっていた。

  「絶対に約束して、シロ。時計塔のお披露目が終わったら出て行くって」

  「ミドリ、あのな……」

  「レオンハート様を私にちょうだい。私が番になって、正妻になるの。シロではどうせ、お義父様のお眼鏡にはかなわないんだから」

  「お前はベータだから、番には……」

  「シロが出て行かないって言うんなら、私、死ぬから」

  ミドリは、レオンの妻になるという妄執に囚われていた。

  レオンを自分だけのものにする為には、どんな手段だろうが躊躇わない。

  シロが家族思いであるその優しさですら、己の為の肥やしでしかなかった。

  「レオンハート様の1番にならなきゃ死んじゃうの。シロは、私を殺したくはないでしょう?」

  そう言って、柔らかな笑みを浮かべミドリは帰って行った。

  シロの返事を聞く必要もなかった。

  それを押し退ける程の勇気も決意も、シロにはないのが分かっていた。

  [newpage]

  [chapter:7-④]

  頂上の大鐘が、正午の時を知らせる。

  その鐘の音と同時に、時計盤の下の扉が開かれ、緩やかな階段が伸びる。

  オルゴールの音色に合わせて、兵隊達が楽器を携えて降りて来て、演奏し始める。

  そして、その中央に降りてくるのは、雄々しいライオンの王子と、麗しいお姫様だ。

  2獣人は、一番前まで手を繋いで出て来ると、ダンスを踊り始める。

  その精巧さは、まるで本物の獣人のようにリアルで麗しく、また軽やかな動きだった。

  最後にはお辞儀をして、扉が閉まる直前にキスを交わす。

  まるで短い舞台を見ているような麗しさに、拍手喝采となった。

  シロは、長年の努力が実った実感に拳を握り締めた。

  ここまで来るのには、並々ならぬ苦労があった。

  人形師や金属加工の技工士とも、試行錯誤を繰り返しての、大掛かりな世界初であろうからくり時計を作り上げた。

  もう、思い残す事はない。

  ラヴィールーザを去ろう。

  ラインハートは、ヴァルハラに自分の居場所を用意してくれてはいたが、そんな近くにいてはレオンが放ってはいてくれないと思う。

  どこか遠くの、レオンですら遠征にも訪れないような田舎でひっそりと暮らす。

  この寒さに悩まされる事もない、ハムスターの故郷に帰るのも良いかも知れない。

  からくり時計の扱いに関しては、マニュアル化してまとめておいたし、シロの後を継いでくれるだろう親族にも伝えてある。

  部品の不具合は金属技工士へ、人形のメンテナンスは人形師へ、シロがいなくても何とかなるようには手配済みだ。

  時計の音楽は、必ず正午に鳴るように設定してあるが、からくりを出すのだけは手動で安全装置を外してからでないと動かない。

  それは、雪の多いラヴィールーザでは、仕方のない対処法だった。

  [newpage]

  [chapter:7-⑤]

  そうして。

  シロは、工具と着替えを鞄に詰めて、裏出口からそっと抜け出した。

  時計塔下では昼食会が開かれ、これからのレオンの配偶者をどうするのか、話し合われる。

  それはもう、シロにとっては関係のない話だ。

  レオンは怒るかも知れないが、公爵という地位に着く以上、しがらみと責任からは逃れられない。

  「ずっと小さな頃のまま、レオンの胸元に収まってたかったな」

  暖かかった、レオンのコートの中。

  頭の上から話しかけられる優しげな声や、おおらかな笑い声。

  それがまるで、昨日の事のように甦って来る。

  シロの後ろ首が、まるで熱を持ったかのように疼いた。

  後ろ髪引かれるように。

  「レオン、愛してるよ……。これからもずっと」

  シロは、初めてレオンへ愛の言葉を告げた。

  目の前に本人はいなかったが。

  たとえ離れて過ごそうとも、この後ろ首の甘い痛みは、何度も愛しいオスを思い起こさせるだろう。

  オメガは、番のアルファを忘れる事はない。

  細胞の1つ1つが、どのオスが自分の番なのかを認識し、その魂に想いを馳せる。

  それは永遠に。

  [newpage]

  [chapter: 8ー①]

  レオンは、時計塔の中からシロが出て来るのを、今か今かと待ちわびていた。

  シロには最大の賛辞を贈りたい。

  こんなにも壮大な仕掛けを時計塔に組み込むという大事業を、成し遂げたシロを讃えてやりたかった。

  だが、シロは後片付けに手間取っているのか、一向に出てくる兆しがなかった。

  それを待っている間、悪臭を放ちながら迫ってくるメス達には辟易した。

  公爵ともなればそうそう我が儘も言ってはいられなかったので、右から左へと聞き流してはいたが、それでも手を取られたり、しなだれ掛かって来られたりするのには、うんざりとした。

  そこへ父のラインハートが、満面の笑みを浮かべ、力強く肩を叩いて来た。

  「レオン!近々、公爵としての初のリサイタルを開かねばならんな」

  「俺の後ろで演奏出来る獣人が、まだ揃ってないんだけど」

  「私からも声かけをしておこう。なんなら王立楽団から呼んで、オーケストラを従えるのも良い」

  レオンは、自分が認めた者以外の演奏で歌うのは最大の苦痛だったので、それには丁重に断った。

  同級生の公爵達に頼むと言えば、それを越える演奏家を呼べる筈もなく、父も了承せずにいられなかった。

  「それはそうと、レオン。お前からみて、心惹かれる御令嬢はいたか?今すぐに決められないのなら、何獣人か気に入った者を城に残して、吟味しても良いが」

  「父上が何を言っておられるのか、分からない」

  「昨日も話をしただろうが、私から公爵の名を受け継ぐのであれば、妻を娶れと」

  それはラインハートの最後の命であり、指顧であった。

  公爵の名を譲ると同時に、妻を娶る。

  また妾を囲う。

  それは、未来永劫、このラヴィールーザに公爵としての血を残していく宿命でもあった。

  [newpage]

  [chapter:8-②]

  「俺の意向は、父上に話したと思うけど?」

  「オスのオメガは認めん」

  「母上だけを一途に想われている父上なら、分かってくれるかと思ってたんだが」

  「メスのオメガなら良い。スコルニック伯爵の御令嬢ならどうだ?麗しいオメガだぞ。今日も、ほら、後ろにおられる」

  「父上」

  レオンは振り返りもせず、冷静なる視線をラインハートに向けていた。

  「それに、お前のお気に入りのハムスターのミドリを、妾に迎えるのも許してやろう。どうだ?嬉しいか?」

  そのラインハートの言葉に気を大きくしたミドリが、隣から前に進み出て、ドレスの裾を摘まみながら、軽く首を傾げて媚びるようにお辞儀をした。

  「レオンハート様。私、貴方様に精一杯、尽くします。これからは、レオンハート様と一緒に公爵家を盛り立てていきますわ」

  「ミドリ、何度言っても分からねぇか」

  「何をでございますか?」

  「お前は幼い頃から知っているし、可愛がってもやった。変な期待をさせたのには俺の責任もあるのかも知れない。だが、お前とシロとは違うといつも線引きしていたつもりだ」

  「レオンハート様?!」

  「父上、あえて皆の前で宣言させて頂く。俺の妻は、番であるシロ以外にはあり得ない!妾も愛獣人も囲うつもりもない!」

  そのレオンの声は、辺りに共鳴するように響き渡る。

  巫の力が、その決意に込められていた。

  その圧倒的な声量に、全ての獣人達から異議を申し立てられる者は、1獣人も現れなかった。

  [newpage]

  [chapter:8-➂]

  だが、そんな息子の巫の声に、ラインハートだけは怒りを露にした。

  先代の長としての高いプライドが、それを甘受出来ない。

  その体表から発せられる怒気は、群れの長である猛獣のものだった。

  「私に逆らうというか!この公爵である私に!」

  「父上はもう公爵じゃない。現公爵はこの俺だ」

  「レオンっ!おのれ!父の言う事が聞けぬか!」

  「聞けねぇな。俺の伴侶は俺自身が決める」

  「オスのオメガは、悪魔だ!お前は知らんのだ!あいつらが、どれだけ淫蕩で、淫乱であるか!奴らのフェロモンは、アルファを堕落させるんだ!」

  「父上。古のライオンは、群れのリーダーを力の強さで決めたらしいなぁ。今の俺と父上なら、どっちがリーダーに相応しいかな?」

  レオンが獅子の雄叫びを上げると、ラインハートも釣られて咆哮した。

  声の巫同士の叫びに、周りにいた獣人達は腰を抜かし、誰も止めに入る事が出来なかった。

  レオンの鼻梁にシワが刻まれ、その頬に獣毛が生い茂っていく。

  牙は鋭角的に伸びて、鼻先が伸び。

  骨格は四つ足の獣のものへと変形する。

  人型から獣へ。

  そして、理性は野性へと。

  着ていた服を引き裂き、その盛り上がっていく筋肉は、猛々しいライオンのものだ。

  人型から完全なる獣化を終えた2頭は、喉をグルグルと唸らせていた。

  [newpage]

  [chapter:8-④]

  『この父の前で獣化するか!私を倒さねば人型には戻れんぞ!』

  『俺は貴方を尊敬していた。母1人を愛し、オメガの獣人達を大切にする、器の大きいオスだと。俺もそうありたいと、ずっと尊敬していた』

  『オスのオメガだけは許さん!私と妻を引き裂いた、オスのオメガだけは!』

  『父上がオスのオメガをそこまで毛嫌いするのには理由があるんだろうが、それは他の獣人にとっては知ったこっちゃない話だ。……そんな差別をするような奴は、公爵の風上にも置けねぇな!』

  大きな岩がぶつかり合うようにして対峙する。

  それはほぼ互角のように思えた。

  だが、拮抗しつつも、レオンの方が力も速さも上回る。

  ラインハートの耳を噛み千切り、肉を引き裂き、みるみるうちに血濡れた体となっていく。

  若さだけではない。

  レオンは、闘い慣れていた。

  同世代に同じ公爵がいた事で、互いに切磋琢磨し、若いうちから獣化して闘う術を身に付け、より猛獣としての勇猛さに磨きをかけていた。

  ほんの数分で、ラインハートは立ってもいられないような状態となり、その雌雄を決していた。

  父が戦闘不能となって獣化を解くのを確認して、レオンも自らの獣化を解く。

  現れた美しい人型のオスの肉体には、傷1つ付いてはいなかった。

  側にいたクロが慌てて脱ぎ捨てていたレオンのマントを拾い、その体に掛ける。

  同じように、ラインハートの横たわる体にも、コートを掛けてやった。

  「父上。もうあんたの時代は終わったんだ。母上と田舎で静養しろ」

  「レオ……ン」

  「あんたが心配しなくても、後継ぎはボコボコ作ってやる。誰を次の公爵にしたら良いか悩む位にな!……シロ!」

  レオンは時計塔に向かって叫ぶ。

  その声は、山々を木霊するように響き渡ったが、シロには届いてはいなかった。

  [newpage]

  [chapter:8-⑤]

  「シロ!出て来い!お前の事を、どうこう言う奴はもういない!」

  レオンの呼び掛けに応えないのに苛立ち、時計塔の方へ足を向けようとすると、それを小さな手が遮った。

  レオンの羽織るマントを掴んでいたのは、ミドリだった。

  「レオンハート様!シロはもういません!ここを出て行きました!」

  「なん……だと……」

  「自分は公爵の妻には相応しくないからと、私にレオンハート様を頼むと言い残して」

  「言い残したんじゃない。お前が言わせたんだろう。ミドリ」

  「な、何を仰いますかっ……」

  「シロは家族思いの獣人だ。お前が昔からどんな我が儘を言っても聞いてやってた。俺はそれがシロの性質だと思っていたから、小さな事には目を瞑ろうと思って、我慢してたけどな」

  「レオンハート様!私は、我が儘なんて1度も……」

  「初めてシロと出会った時、雪の中で埋もれて迷子になってた。……あれはお前のせいだろう」

  「し、シロがレオンハート様に嘘をついてるんです!私がそんな事をする筈が……」

  寒さと心細さで泣いていたシロ。

  あのまま放置されれば、命も潰えただろう。

  だがシロ本人は、それがミドリのせいだとは、今まで一言も洩らした事はなかった。

  「シロは何も言ってねーよ。あの時、俺が気付いたんだ。シロ以外の小さな足跡が、お前達の家の方に向いてたのと、ハムスターのメスの匂いとな」

  「は、ハムスターのメスならば、犯人は母です!母だってメスだわ!」

  「母親にまで罪を着せ、恩を仇で返すつもりか、この外道が」

  レオンには、もうミドリへの親愛の情の片鱗もなくなっていた。

  大人のメスと、仔供のメスの匂いの違いに、レオンが気が付かない筈はない。

  ミドリ自ら、苦し紛れに言った一言が、己の首を締める結果となった。

  レオンが人型のまま、牙を向ける。

  動物的な直感で『食い殺される』と察知したミドリは、恐怖の悲鳴を上げた。

  それにはクロが間に入り、怒るレオンを制した。

  [newpage]

  [chapter:8-➅]

  「申し訳ございません。レオンハート様。身内の失態は、身内で収めさせて下さい」

  「どうするつもりだ、クロ。生半可な処分じゃ許さねぇぞ」

  「ミドリは、ベータでありながら何の勉強も修行もしていなければ、能力もありません。ですので、最も戒律の厳しいホグラン修道院に入れます」

  「2度とシロと、俺の前に姿を見せないようにさせろ」

  「2度と外には出しません」

  「嫌です!レオンハート様!私は、レオンハート様の妻になるんだからぁ!」

  クロは召し使い達にミドリを預けようとしたが、暴れ始めたので、手首を縛るように命じた。

  レオンの名を絶叫し続けながら、ミドリは連れて行かれた。

  「クロ、すぐに俺の服を用意しろ」

  「はい」

  「帰ったら忙しくなる。お前は、この城と領地の運営の全てを叩き込め。まずは、1番の出費になるイベントがあるからな」

  「領地の事なら、ほとんど頭に入ってますよ。努力してたのは、何もシロと貴方だけじゃない。当然、そのイベントはどの公爵よりも盛大に祝ってやる。俺の兄の結婚式なんだからな」

  レオンはニヤリと口角を上げた。

  そして、クロを伴って城へと駆けた。

  [newpage]

  [chapter:9ー①]

  「お、重い……」

  シロは、小さな体には見合わない大きな旅行カバンをズルズルと引き摺って、街道を歩いていた。

  そこへ運良く辻馬車が通った。

  早々に馬車を捕まえられたのは、荷物だけの問題ではなく助かった。

  いつまでもシロがノロノロと歩いていたら、それこそ家を出たと感付いたレオンが追いかけて来るとも限らない。

  レオンに獣化して追って来られたなら、すぐに追い付かれてしまう。

  それまでには何とかラヴィールーザを出なければならなかった。

  そもそも、移住先でも時計技師としての仕事にありつけるようにと、色々な工具を持って出たのには無理があった。

  何せ工具の何もかもが金属で出来ている為に、小柄なシロにとってはかなりの重量となり、着替えなどの服はほとんど持って来られなかった。

  このまま辻馬車で街中まで行き、乗合馬車に乗り換える。

  何獣人かで乗れば、国外に行くにも格段に安くつくからだ。

  家を出るのには、クロの反対が凄まじかった。

  権力に屈するのか。

  これまで築き上げて来た努力を、全て捨て去るのか。

  戦えと鼓舞された。

  いずれはレオンの時代が来るまでの我慢だと。

  レオンはシロしか愛さない。

  シロだけなのだと、何度も繰り返しクロに諭された。

  それはシロも重々、承知していた。

  だが、父のラインハートに反対され、たかがハムスター如き自分が、妻の座に居座るのには胸が痛む。

  何よりも、ミドリを傷付けてまで、あの城にいられないと思った。

  死を覚悟する程に、レオンを愛するミドリにはかなわない。

  レオンはミドリを愛してくれるだろうか。

  愛して欲しいとは思う。

  だが、それは逆に切なくもある。

  シロは妹への思慕と、愛するオスを奪われる妬情と、その相反する感情に苦しんだ。

  レオンが公爵でなければ、こんなにも悩まなかった。

  ただの獣人と獣人であれば、種族は違えども、何の弊害もなかった。

  自分もまた、低かろうが爵位さえあれば、またオスでさえなければ、誰に咎められる事なく、レオンと結ばれる未来もあっただろう。

  「まぁ、あり得ないわな。俺がライオンになるとか。レオンがハムスターになるとか。俺がネコ科になってもせいぜいは野良ネコ程度だろうし、レオンがネズミになったとしても……いや、あれは生まれながらのライオンだから想像も出来ない」

  辻馬車の中で、ブツブツと独り言を洩らして、気分を紛らわせる。

  そうでもしてきなければ、いられなかった。

  ほんの少し、気を許せば涙が溢れそうになってしまう。

  今は泣きたくはない。

  泣いてしまえば、そこで崩れ落ちて、何も出来なくなってしまいそうだった。

  ラヴィールーザを出て、どこかに自分の居場所を見付けて、手に仕事を持つ。

  生きていく為の場所に辿り着くまで、決して泣くまいとシロは心に決めていた。

  [newpage]

  [chapter:9ー②]

  馬車に揺られながら、キィンと超音波のような音にもならない『音』がした。

  シロは、それが何なのかは初めは分からなかった。

  だが、辻馬車の手綱を握る獣人が、何やら騒いでいる。

  すると、走っていた馬の足並みが遅くなり。

  鞭打たれながらも走れないという矛盾で、馬は苦しそうに[[rb:嘶 > いなな]]いている。

  シロは馬車の窓を開けて、顔を覗かせた。

  「あの……どうかされましたか?」

  「いやね、馬が走るのを嫌がるんでさ。どういう訳なんだか……」

  その時。

  後方から砂塵を振り撒いて、駆けてくる何かがあった。

  早駆けの馬かと、シロが振り返ると、そこには金の長い髪をたなびかせながら、雄々しいオスが全速力で馬を走らせて、近付いて来た。

  「コラ~!シロ~!どこ行く気だぁ!」

  「れ、レオン?!」

  「何で、出てくんだ~!」

  馬車の馬の足を止めたのは、レオンだ。

  巫の力を使って、馬を止めさせた。

  その力は本来、獣人達の為に使うものであって、『私利私欲の為に使うべからず』というラヴィールーザの精神など、尊大なるレオンはどうでも良い事だった。

  私益の為に使いはしないが、自分勝手に使うのには昔から良心が咎めなかった。

  レオンは馬から颯爽と飛び降りて、辻馬車の扉を強引に開き、中からシロを引き摺り出す。

  暴れるシロを歯牙にもかけず、「よいしょ」と幼い頃のように、向かい合わせに抱っこした。

  [newpage]

  [chapter:9-➂]

  「何で逃げる?!お前は俺の番だろうが!」

  「だ、だって!俺はハムスターだし」

  「おう!確かにハムだな」

  「レオンはライオンだし」

  「おう!俺様は偉大なるライオンだな」

  「時計守りと公爵なんて、身分違いも甚だしいし」

  「時計守りも、公爵も、同じ獣人だろうがよ。何か問題があんのか?」

  「俺はオスのオメガだし」

  「オスのオメガで良かったじゃねーか。これがオスのベータやアルファなら、仔供が出来ねぇし、オメガでラッキーだろーが」

  「せめて、メスなら……」

  「馬鹿だな、シロ。俺はメスが大嫌いなんだぞ?!……そりゃシロがメスなら大丈夫だったとは思うけど、お前がオスのオメガで本当に良かったと思ってるぞ。番の約束も出来たしな」

  「レオン~……」

  「俺の番で、妻は生涯お前だけだ。今までもこれからもずっと、永遠に。他の誰かとかはあり得ねぇからな!」

  シロはレオンの首に腕を、足は腰に巻き付けた。

  良いのだろうか。

  許されるのだろうか。

  この美しいライオンを、独り占めしても。

  誰もが羨望する、この猛獣を、ハムスターの自分だけのものにしても。

  欲しい。

  何においても欲しい。

  シロは、初めて自我を露にした。

  生まれて初めて、心の底から素直な感情を溢れ返らせ。

  長く募らせていた恋する想いが滴となって、その頬に一筋零れ、流れていった。

  [newpage]

  [chapter:9-④]

  荷物は辻馬車に乗せて貰い、シロはレオンの馬に乗せられて帰路に着いた。

  馬上でミドリの顛末を知った。

  今思えば、ミドリはレオンを想うあまりに、狂気の世界に足を踏み入れていたかのようにも思う。

  小さなハムスターの恋心は、時を経て、歪み、暴走した。

  「ミドリ、修道院で穏やかに過ごせるかな」

  「普通の修道院なら、ミドリを改心させるのは無理だろうな」

  「普通の?」

  「クロが入れようとしてるのは、最北のホグラン修道院だ。あそこは、どんな犯罪を犯した獣人でも公正させる徹底ぶりだし、たとえ改心しても絶対に表には出れない。そこで人生を終える、監獄のような修道院だからな」

  「そんな……」

  「3歳の頃からお前を殺そうとしていたのを思えば、ミドリはそうなるべくしてなったんだよ」

  「……知ってたんだ」

  「まぁな」

  1番に愛されなければ気が済まない。

  シロは小さいからと、自分よりも家族に大切にされるのは許せない。

  オメガだからといってレオンに愛されるのは、もっと許せなかった。

  ミドリの我欲は、小さな種から恨み辛みの汁を吸って、徐々に禍々しい怨念へと育っていった。

  「ミドリはレオンに愛されてたら、こんな風にはならなかったのかな」

  「あり得ねぇだろ。俺がお前以外を愛する事なんて」

  「そうなの?」

  「俺はお前がありんこに生まれてても、愛する自信があるぞ」

  「いや……ありんこは流石に無理だろ」

  「シロだって、俺がありんこでも愛してくれるよな?」

  「いや、俺はレオンがありんこなら、知らない間に踏んじゃってるかも知れないから。目が悪いし」

  「え~?!何だよ~!俺、愛されてない~!」

  「何言ってんだか。ありんこなんかで生まれて来る筈ないだろ。典型的なライオンで、こんなに自己主張激しいくせに」

  そうこうしているうちに、城へと着いた。

  [newpage]

  [chapter:9-⑤]

  城では、多くの来客達が残っていて、シロとレオンを出迎えた。

  ライオンがハムスターを追いかけるのも珍しければ、それを妻にするのも前代未聞の珍事だ。

  レオンの花嫁候補のメス達は待っている間、憤慨していたが、レオンが馬を降りるなり、シロを横抱きにしたのには唖然となる。

  どのメスに対しても冷酷な、孤高のライオンがデレる姿には皆が絶句した。

  そんな中から、クロは前に歩み出て、頭を下げた。

  「捕獲ご苦労様です」

  「全く、お前の兄貴は本当に俺を飽きさせないな」

  「浅慮な兄の尻を追わせるような事になってしまい、申し訳ございません」

  「シロの尻は、俺のもんだからな。当然、追っかけるし捕獲する。そして種付けもする」

  「出たよ。このエロライオンが。公爵なんだから、品格下げんな」

  「お前も、また地が出てるぞ。黒ハム」

  シロはもう恥ずかしくて手で顔を覆い、外を見る事が出来なかった。

  城中の獣が集まっている。

  召し使いから、来客の令嬢達や貴族の諸々まで。

  そんな大勢に囲まれる中、レオンは声を張り上げた。

  「みんな、耳をかっぽじって、よく聞け!これは俺の番であり、妻でもあるシロだ!シロは、公爵である俺様の次に地位のある獣人だって事を、よーく頭に叩き込んでおけよ!もしも、シロを迫害するような奴が現れたら、噛み殺してやるからな!誰か文句あるか!」

  巫の声で威圧するレオンに、誰も反論を示す者はいなかった。

  [newpage]

  [chapter:10ー①]

  ラヴィールーザにも短い夏がある。

  国中の雪が溶け、その間に可能な限りの作物を育てて加工し、貯蔵する。

  一年のほとんどが雪に覆われている国だったので、地下栽培や温室栽培に発達した地域ではあったが、外でしか育てられない作物は、この季節に一気に育てる。

  それには、巫の力を使って発育を早めるので、この時期の公爵や巫の力を持つ者達は忙しさを極めるのだ。

  そんな最中、声の巫である公爵が、結婚式を挙げた。

  花嫁となるハムスターが寒さに弱い獣人だったので、あえてこの暖かい時期を選んだ。

  それはもう、かつてない盛大なる結婚式だった。

  中央都市ヴァルハラを借りきって、可能な限りの音楽家を集め、国外から輸入した花々の花弁を雪のように舞い散らし、その幸せと恵みを周りの獣人々にも分け与えた。

  小さなハムスターの花嫁は、南のヴァリューカ王国最高級のレースを使い、西のデランダ王国のデザインのドレスに、東の黒曜王国の宝石を散りばめたティアラを着け。

  地上最高に麗しく、雄々しいライオンの公爵と、挙式を挙げた。

  式のクライマックスでは、歴代最高の巫の力を持つ5獣人の公爵による演奏がなされ、花嫁は感激のあまりに大粒の涙を溢した。

  そうして、小さなハムスターの時計守りは、幼い頃からの運命の番と結ばれて、世界で1番幸せな花嫁になった。

  [newpage]

  [chapter:10ー②]

  だが、その後の披露宴では、その幸せから一転、羞恥と怒りに、その幸福感も吹き飛んだ。

  皆が祝おうと祝杯を挙げた途端に、新郎のレオンが「それじゃ、あとはみんなで楽しんでおいてくれ。俺は花嫁と早速、仔作りに励んで来るから」と言ってシロを抱き抱えて、さっさと退場してしまったのである。

  流石にそれには、シロもわざわざ来てくれた来客には申し訳ないやら、準備してくれたクロを始め、召し使い達にも申し訳ないやら。

  みんなの前での臆面もなく子作り宣言をするレオンに腹立たしさを極め、激怒した。

  「な、何を考えてんだよ!レオン!こんだけ準備したのに、途中で引っ込むとか!」

  「だって後はどうせ飲み会で、世間話をするだけだろ?別にそんなのどうでもいーよ。それより俺はシロと交尾したい」

  「こ、こ、交尾ってな!あんたな!どうせ、夜になったら……その、する、のに!」

  「夜まで待てねーもん。俺、何年待たされたと思ってんの?8歳の時からだぞ?精通してからは10年だぞ?それまで、誰の尻にも俺のチンコ、挿れないで清く正しく我慢して来たんだぞ?……お前の為に」

  言っている内容は身も蓋もなかったが、確かにライオンのアルファであり、これだけの地位のあるオスが貞操を守り続けたのには、相当なる努力があっただろう。

  巫の力を悪用(?)してまで、操を守って来たのだから。

  「獣化するのを抑える歌、歌って、もう少し我慢出来なかったのか?」

  「みんなの前で、ラララ~♪鎮まれ~♪俺のチンコ~♪って歌うけど良いのか?」

  「い、いや、駄目だ。やっぱり申し訳ないけど、早引きさせて貰おう……」

  シロも遂に観念せざるを得なかった。

  久方ぶりに入るレオンの部屋だ。

  もう何年ぶりだろうか。

  そこは式に合わせて改装されて、レオンの部屋ではなく、シロの部屋にもなっていた。

  ここから、新しいシロの生活が始まる。

  この愛しい番のライオンと共に。

  [newpage]

  [chapter:10ー➂]

  シロはベッドに降ろされるやいなや、ぱっぱと頭のティアラや眼鏡を外され、白いロングブーツも脱がされた。

  その軽やかな様には妙に手慣れたものを感じて、眉を潜めた。

  「ちょっとレオン!何でそんな手際が良いんだよ!童貞とかいって、実は陰で遊んでたとか言うなよ!」

  「そんな訳ねーだろ。どうやってベッドに行って、どうやって脱がして、どうやって交尾するか、何回もシミュレーションしてたんだよ」

  「しゅ、しゅ、シミュレーション~?!」

  「いや~、今日がシロの発情期じゃなくて良かったわ~。初めてで発情期なんつったら、多分、理性なくして獣化するわ、強姦するわで、めちゃくちゃしてたと思うし。せっかく考えてたシミュレーションも意味がなくなるわ」

  「ひぃぃぃぃぃぃ!」

  「まぁ、そん時は俺の方が抑制剤飲むけど。初めてで、シロに乱暴にしたくないし」

  「レオン……」

  「ちょっとずつ、2人で慣れていこうな」

  「うん」

  「ちょっとずつ、スゴいプレイにシフトチェンジしていくからな」

  「プレイの話かよ!」

  「いや、激しさもな。今日は早めに切り上げるつもりだけど、発情期に入ったら10日間は俺、仕事するつもりねーし」

  「10日も休むつもりか!」

  「執事にも、発情期に入ったら食事はサンドイッチとか、手軽に食べれる物にしてって言ってあるしな」

  「どんだけ準備万端なんだよ!」

  「とにかく今日は、控えめに頑張るぞ~!お~!」

  「控えめって、……わぁぁぁぁぁ!」

  シロはペロリとウェディングドレスの裾を捲られた。

  [newpage]

  [chapter:10ー④]

  中にあるガーターベルトを着けた、すらりと細い足を見ただけで、レオンは勃起した。

  勃起しただけではなく、タラリと鼻血まで流し、慌てて鼻を抑えながら洗面所に走って行った。

  「ヤバい!鼻血でドレスが血みどろになるところだった!シロの処女膜破る前に、俺の鼻血でベッドが血濡れるわ」

  「は、鼻血ーーー!」

  「このガーターベルトはやらしいからこのまま残して、よいしょっと」

  レオンは、シロの体をひっくり返し、再びスカートの中に頭を突っ込む。

  するとそこには、ピルピルと小さく震える短い尻尾がレオンを誘っていた。

  それを見たレオンの穂先の付いた尾も、興奮のあまり、千切れんばかりにブンブンと振りまくる。

  「くは~!シロの尻尾!相変わらず可愛いくて、やらしい!」

  「やらしくなんかない~!」

  「久々に、いただきま~す」

  「やっ、……いやぁ!」

  レオンがパクリと尻尾に食らい付くと、その口の中でプルンと蠢く。

  昔のように吸い上げて、舐めて、舐めて、舐め尽くしてやると、その声色は艶やかなものに変化した。

  「やん、やん!……あぁん!……いやぁ!ぁん!んんぅ!」

  「……昔はチュウ、チュウ言ってたのに……今はアンアンとか……。マジで俺を萌え殺す気か!」

  「尻尾、いやぁ!やぁん!あ、あぁっ!」

  「ちょっとマジで?!尻尾舐めてるだけで、尻が濡れて来た~!」

  「いゃぁぁぁぁ!」

  レオンがシロの尻たぶをグイッと開き、下着のクロッチ部分を横にずらして、その窄まりに舌を這わせる。

  ペロペロと舐めてやるだけで、小さな孔からジワリと甘い蜜が溢れ出した。

  それをもっと舐めたくなって、レオンは小さく萎んだ肉環にグリッと舌先を捻り込んだ。

  [newpage]

  [chapter:10ー⑤]

  「お尻っ、いやっ、あぁ!あぁっ!舌、グリグリしな、いでぇ!……いゃぁ~ん!」

  「うおぁっ!」

  「んぅ!」

  「達っちまった……」

  「えぇ?!」

  「舌しか挿れてねーのに、もう出ちまった。シロの『いゃぁーん』で」

  レオンは自分の服すら脱いでいない事を思い出して、その上着を脱ぎ捨てる。

  下のスラックスを降ろすと、勃起した男根が、ブルンと下腹を鞭打つようにして現れた。

  それは、達しただけあって淫らなトロリとした蜜液にまみれ、生々しく反り返っている。

  シロの可憐なそれとは違い、大木のようにそびえ勃つレオンのぺニスは、先端部分の傘も大きく張り出していて、ドクドクと血流の音が聞こえそうな程に息づいていた。

  「な、何それ……」

  「何って、俺のペニスだけど。これからはシロの物でもあるけど」

  「そ、それ、挿れんの?!」

  「挿れるぞ?」

  「や、や!無理!それは無理だから!想像より巨大だから!俺の尻よりデカいから!」

  「大丈夫なんだよ、シロ。運命の番ってのはさ、ちゃんと体が合わさるようになってんの。俺、頑張るからな」

  「頑張らなくていい~!!!」

  そうやって失敗を繰り返し、暴発3発の後、シロとレオンはやっと結ばれた。

  初めては控えめに、といっていたレオンだったが、全く控えめには出来なかった。

  結局は5発もシロの体内に撃ち込んで、尚も勃起は収まりを見せなかったが、シロの方が失神してしまったので、初夜はそこで終えた。

  これで最初に暴発してなかったらどうなっていたのだろうと思うと、シロは発情期を迎えるのが恐ろしくなってしまうのだった。

  それからの2獣人は、それはもう仲睦まじく。

  レオンは、他の公爵とは比べようもない程の数の仔宝に恵まれた。

  初めて生まれた仔は、小さなハムスターの仔供だった。

  シロのように真っ白な耳と尻尾で、人型で生まれて来たその仔は、恐らくはオメガだ。

  その明るい髪の色は、レオンの血を引いていて、産まれた瞬間に「チュウ」と鳴いた時、レオンはそのあまりの愛らしさに心臓が止まりそうになった。

  母親であるシロよりも、レオンの抱いている時間の方が多くて、食事をしながらも抱えているような有り様だった。

  そのあまりの溺愛ぶりはシロも呆れる程で、義兄弟となるクロからは『親バカライオン』という新しい呼び名が増えた。

  そうして、それを皮切りにレオンの仔作り意欲が増して、その後、可愛いハムスターの子供16匹だけではなく、大型のライオンも5匹生まれた。

  レオンは、かつてない仔沢山公爵としてラヴィールーザ全土に名を馳せてしまうのであった。

  [newpage]

  [chapter:10ー⑥]

  レオンは自らの領地に於いて、毎年の自分達の結婚記念日を盛大に祝うよう取り決めた。

  最初の年にはシロも「そこまで想ってくれているのか」と感激したものだったが、流石に3年目ともなると羞恥心の方が勝るようになり。

  自分達の結婚記念日の祝い如きに、わざわざ公爵達5獣人までも呼び寄せるので、「もうやめてくれ」と悲鳴を上げた。

  どれだけ俺様なのだと突っ込むシロの罵声も、レオンにとってはそよ風のように清々しく、怒りを露にした顔ですら「愛らしい」と思えてしまう目の腐りようだ。

  シロとレオンの初めての仔も、おぼつかないながら、たっちが出来るようになり。

  その大きな丸耳をピクピクと震わせ、ヨチヨチ歩きや、プルプルと揺れる短い尻尾には、皆が皆、メロメロだった。

  特に、打楽の公爵エドワードの息子であるブライアンは、その尻尾に釘付けになっていた。

  「尻尾……可愛い……」

  「チュウ?!」

  「名前、チュウっていうのか?」

  「違いまちゅ。まちゅーっていうんでちゆ」

  「マチューか」

  「違いまちゅ。まちゅーでちゅ」

  「マチューだろ」

  「違いまちゅ!まちゅーでちゅ!」

  「マチュー」

  「違うんでちゅ~!まちゅーなんでちゅう~!うわぁぁぁぁぁん!」

  突然、大泣きしたマシューに皆が群がり、一時はブライアンか泣かせたと悪者扱いされてしまった。

  皆に寄って集って叩かれても、ブライアンは腹立たしくなかった。

  このハムスターは、自分の『運命の番』になる相手なのだと、その時にはもう判っていたからだ。

  ブライアンは、そのまま帰宅する時にマシューを連れて帰ろうと、小脇に抱えて馬車に乗り込もうとした。

  そこでまた大騒ぎとなって、ブライアンの父母であるエドワード公爵夫妻は、しばらく帰れなくなってしまった。

  どう説得しようにも、ブライアンがマシューを離そうとしなかったからだ。

  だが、それにはレオンもシロも叱る事が出来なかった。

  まるで、自分達の子供の頃を見ているようだったからだ。

  レオンもシロに初めて会った瞬間から、心惹かれていた。

  子供の頃には既に『番の証』をシロの細い後ろ首に刻み込み、「この子を俺のお嫁さんにするんだ」と。

  「もう番の印を付けた!だから、大きくなったら、俺はこの子と結婚するんだ!」と、父親に宣言して。

  そして、今に至る。

  だからこそ、ブライアンの気持ちはレオンに重々伝わっていた。

  この仔は自分のように、一途なる想いを遂げるだろう予感がした。

  その後、ラヴィールーザに爵位制度が始まってから初の、公爵同士の血縁が結ばれる事となる。

  その次代の公爵となるライオンと、ハムスターの仔が結婚式を挙げるのは、2獣人が出会ってから15年後の事であった。

  ーENDー

  2018,12,03

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