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クールな公爵のドジっ子花嫁

  [chapter:序章・恋の始まり]

  獣人達の世界であるこの地上には、4つの大国があった。

  東に黒曜国、西にデランダ王国、南にヴァリューカ王国、北にラヴィールーザ。

  各々の国が、屈強なる肉食獣である王族に統治され、平和が保たれていた。

  中でも、最も国土の広いヴァリューカ王国は、商業にも農業にも栄えた磐石なる国力を有していた。

  そんなヴァリューカに、天災とも言うべき干ばつが襲う。

  農村地帯に2ヵ月も雨が降らないという、まさに異常気象だった。

  絶対的なる権力を有するタイガーの王であるスウェイドも、これには流石に頭を痛めた。

  農家の収入が途絶え、国民を困窮に追い込み、食べる物にも困るような事態に陥れば、とても輸入や、その場限りの救済では[[rb:賄 > まかな]]いきれなくなる。

  一度枯れた大地に、再び生命を甦らせるには、時間を要するからだ。

  ヴァリューカのスウェイド王は、音神の住む国、ラヴィールーザに救いを求めた。

  ラヴィールーザを統治する五大公爵は、あらゆる奇跡を呼ぶ『[[rb:巫 > かんなぎ]]』の力を持っていた。

  『五神』と言われる五獣人は、王族の中で最も地位の高い公爵であり、獰猛なる大型の獣人であり。

  そして、その奏でる音は不思議な力を持ち、生命力に溢れていた。

  古の聖獣を思わせる赤い瞳のブラックタイガー、エドワード公爵は、その叩くタムの音で枯れた川に水を溢れさせ。

  地上最も麗しきホワイトライオン、ダグラス公爵は、ヴァイオリンの雅なる音色で荒れた大地に花を咲かせ。

  誰よりも長い黄金の[[rb:鬣 > たてがみ]]を靡かせるライオン、レオンハート公爵は、その凄まじい声量で不治の病を患った少女を完治させ。

  ライオンの中で最も大きいバーバリライオンの血を引くキース公爵は、麗しいピアノの旋律で、子宝の恵まれない村に沢山の新しい命を宿らせ。

  宝石の如く輝くように艶やかな毛並みのブラックパンサー、マーク公爵は、メロディアスなチェロの音色で、何日も吹雪く村に太陽の光を当てたという。

  音神たる公爵達は、まさに神の力を有する獣人だった。

  スウェイド王の願いを、五大公爵の長である巫の主、エドワード公爵が聞き入れた。

  打楽器の奏者であるエドワード公爵は、ヴァリューカの農村地帯を巡り、次々に雨を降らせていった。

  そうして、ヴァリューカ王国とラヴィールーザの国交はより強いものとなり。

  スウェイド王とエドワード公爵との友情もまた、堅固たるものとなった。

  現在の巫たる五大公爵は、まだ代替わりして間もなく、若さと力強さに満ち溢れていた。

  そして、歴史上最強の五獣人の誕生に国民の誰もが歓喜した。

  その優れた才能を絶やす事なく、より多くの子孫を残して貰いたい。

  音の神に愛された子供達を、より多く残して貰いたい。

  各地の王族や貴族や領主達が、自らの子を公爵の妻に、側室にと、差し出して来た。

  巫の主であるエドワード公爵にもまた、何獣人もの美雌が送られては来たが、それを頑なに突き返した。

  愛する妻を亡くし、既にエドワード公爵の才能を受け継いだ息子であるブライアンが誕生していた為に、もう妻を迎える必要はないと一切の申し出を拒絶した。

  だが、それを断り切れない人物もいた。

  勇猛王であり、友でもあるヴァリューカのスウェイド王からの贈り物だと言われれば、エドワード公爵も無下には出来なかった。

  スウェイドは、エドワード公爵にヴァリューカを助けて貰った恩を、決して忘れる事はなかった。

  『親愛なるエディ。お前にヴァリューカで一番の美姫をおくる。きっとこの者は、お前の心の安らぎとなり、これからの人生を生きる喜びとなるだろう』

  そうして、この物語は始まる。

  [newpage]

  [chapter:第一章・好き好き、大好き 1ー①]

  同じ地続きの大陸でありながら、こんなにも気温差があるものだろうか。

  馬車の中で、アリーは鼻をすすりながら、ずっと震え上がっていた。

  故郷のヴァリューカ王国を旅立ってから、何日経っただろう。

  様々な小国を通り過ぎ、長きの旅路の果てに辿り着いた最果ての地、ラヴィールーザ。

  アリーの住むヴァリューカ王国は、どんなに涼しくても20度を下回る事はないし、一年のほとんどが『夏』だ。

  それが、このラヴィールーザは真逆の氷の国であり、一年のほとんどが雪で覆われた最北の地だった。

  寒さが苦手だったアリーは、何枚ものコートを被り、ブルブルと震えていた。

  そのコロコロに着膨れ、布地に覆われた中の[[rb:顔 > かんばせ]]は、絶世の美貌であった。

  ヴァリューカの気高き王族らしい褐色の肌は野性的であり、艶やかな長い黒髪は濡れ羽色だ。

  濃い睫毛に覆われた切れ長の瞳は、美貌の王、スウェイドの血筋であるのは明らかであり。

  タイガーの血を引く、黒と金の毛並みの耳が頭頂部から生え、その縞模様の尻尾も艶やかな毛並みをしている。

  スラリとした筋肉質な肉体は、大型の猫科そのものであり、悩ましげな色気があった。

  その口さえ開かなければ。

  「うえ~!寒い~!寒いよう!ここ、本当に獣人が住める国なのかよぉ~。死んじまう~!」

  アリーは、スウェイドの従弟でありながら、王族らしからぬ口調だった。

  あまりにも過保護に育てた両親が、一切の王族としてのマナーを学ばせずに、野生のまま育てた。

  王城でのパーティーにも出席せずに、礼儀作法も習わず、ただ甘やかされ。

  17の年になるまで、屋敷から一歩も出ずに、城の裏の森で飛び回って暮らしていた。

  というのも、それはアリーの特殊な体質にあったからだ。

  この世のあらゆる獣人は全て、アルファ、ベータ、オメガの3種類に分けられる。

  大型で、あらゆる能力に優れ、獣人達を導く存在であるアルファ。

  そのアルファへ従順に献身するベータ。

  そして、産む事に特化し、オスでも子供を産む機能を有するオメガ。

  オメガは、発情期には特有のフェロモンを発し、アルファを惹き寄せる能力があったが、そのフェロモンに左右され、日常的な生活には苦労の多い種族でもあった。

  それは一度発情期に入ると、1週間はフェロモンを発してしまい、獣人々を誘惑するからだ。

  オメガとして過ごすには、抑制剤を効果的に服用する術を身に付ける必要があった。

  アリーはオメガであり、その絶世の美貌であれば、王族内では引く手あまたになる筈だった。

  だが、それを両親は隠すようにして育てた。

  確かにアリーは、並外れた麗しさを持っていたが、王族にとって重大なる特質を持ち合わせずに生まれてきた。

  どの国の王族も、古の血を受け継ぎ、獣化する事が出来る。

  その神聖なる姿に、平獣人々は平伏すのだ。

  だが、アリーの王の従弟という王族としても濃い血筋に生まれながら、獣化する事が出来なかった。

  幼い頃は、普通に外での暮らしも許されていた。

  だが、その妖麗なる顔立ちがはっきりし始めた頃から、両親によって軟禁されるようになる。

  こんなみすぼらしい子を人前には出せないと、両親は決して自らの敷地より外には出さなかった。

  アリーは両親の内向きに歪んだ愛情によって、外の世界を知らずに育った。

  それが逆にその美貌を神格化させてしまい、『深窓の美姫』として噂されるようになってしまったのである。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 1ー②]

  「父上も、母上も、いきなり外に出ていーよ、って言った途端に、ラヴィールーザに行きなさいって、極端すぎねぇ?」

  馬車には、誰も乗っていない。

  それでもアリーは、その寂しさを紛らわすように、独り言を呟いた。

  アリーに付いて来ているのは、馬車の手綱を引く獣人と、最低限の荷物を運ぶ獣人の合わせて4獣人の侍従と、護衛の部隊の10獣人だけだ。

  嫁入りを大層なものにしないでくれというのは、ラヴィールーザからの申し出だった。

  雪深いこの地帯で、多くの荷物運ぶのには、慣れない道中、事故になる恐れもあるからだ。

  ラヴィールーザの国境を前に、雪がちらつき始めている。

  寒い寒いと震えながら、アリーの頬だけは熱を帯びていた。

  それは、期待と、恋心に上気していた。

  「俺、本当にエディの奥さんになれちゃうの?マジで?……今でも信じらんね~!」

  アリーは、馬車の中で一人バタバタと暴れ、身悶える。

  エディに初めて出会ったのは、従兄のスウェイドの結婚式だった。

  御代の繁栄にと、エディは2獣人の公爵達を従え、祝いの演奏をしていた。

  何て美しい音楽なのだろう。

  何て麗しい獣人なんだろう。

  何て逞しい獣人なんだろう。

  アリーは、それをこっそりと盗み見て、エディに一目惚れし、興奮のあまりに尻尾をブンブンと振り回した。

  子供の頃以来、久しぶりに自分の城から出て、初めて出会った『音楽』だった。

  沢山の獣人の中でもエディは光輝いていた。

  音を操り、獣人を幸せにする。

  こんなに素敵な人が世の中にいるなんて、知らなかった。

  アリーを知る、極僅かな獣人であるスウェイドに、それはもうエディがどれだけ素晴らしかったかを語りまくり、散々、浮かれまくっていた。

  それには流石にスウェイドも、「エディの前に、私へ結婚おめでとうというのが先だろうが」と叱責された程だ。

  王の妃は、そんなアリーの素直さが気に入って、事あるごとにアリーの元へ顔を覗かせるようになる。

  外にアリーを出したがらない両親ではあったが、時折訪れる王と、その妃にだけは会わせないと断る事は出来なかった。

  そして、そのスウェイドから勅命が下される。

  『国同士の親善の為に、アリーをエドワード公爵に嫁がせる』

  そう告げられた時は、小一時間、アリーは茫然自失してしまった。

  両親もまた、呆気に取られた。

  だが、絶対的権力を持つヴァリューカの王の言葉に、逆らう事は出来なかった。

  ヴァリューカとラヴィールーザとは、気温差もあれば、文化も違う。

  服1つ取ってみても、ヴァリューカの舞うような軽い素材の服に対し、ラヴィールーザでは極力寒さを遮断する固い素材の生地だ。

  また暖かな毛織物が、獣人達の体温を保ち、その体を守る。

  持って行ける物といえば、アリーの趣味である絵を描く為の画材や、ヴァリューカにしかない特産品、宝石などの付加価値のある物位であり。

  かくしてアリーは、ほとんど身一つで、嫁ぐ羽目になったのであった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 1ー③]

  ラヴィールーザは、5人の公爵によってその地を統治されている。

  かつては1人の王によって治められていたが、ある悪魔の如き能力を持つ狂王が君臨した時代に、ラヴィールーザ自体の秩序が崩壊した。

  それを教訓にして、打楽器、弦楽器、声楽とに優れた由緒正しい王族を頂点の公爵とし、最も高い能力の者が後を継ぎ、五大公爵が共に国を支える決まりとなったのである。

  公爵は各々がその領土を守っているが、エディは巫の主である為に、中央の『ヴァルハラ』と呼ばれる城のある中心都市の統轄も任されていた。

  そのヴァルハラから裾野のように広がる雪の城下町は、様々な店が並んでいて、多くの獣人々が行き交う。

  馬車の窓から、アリーはポカーンと口を開けてその光景を見ていた。

  「みんな、肌の色が白いな。……俺みたいに黒くない……」

  そう口にして、初めて不安が襲って来た。

  エディに恋をして妻になれると浮かれてばかりだったが、果たしてちゃんと妻の役割を果たせるだろうか。

  これだけ肌の色が白い獣人ばかりの国で、自分は異端ではないだろうか。

  『王族たる者、獣化こそ神聖なるものなり』と信奉するヴァリューカとは違い、獣化にはさほど重きを置いてはいないラヴィールーザならば、アリーも引け目を感じずに済むのだろうか。

  こんなみそっかすなアリーを貰ってくれるのには狂喜乱舞して喜んだが、もしやスウェイド王から無理強いされて押し付けられたのではなかろうかと、今更ながらに不安が押し寄せた。

  エディには、既に先妻が亡くなっているとは聞いているが、その後継ぎであるブライアンは、まだ3歳の幼児だ。

  もしも、その子に気に入られなかったとしたら、後妻失格なのでは。

  そもそも、親からは隠すように育てられ、森を駆け巡って育った野生児のアリーである。

  友達といえば森の小動物か、従兄であるスウェイドの妃位のものだった。

  おまけに行儀作法のなんたるかを何1つ知らず、淑やかさからはかけ離れた姫君だ。

  そもそも、オスであるのにも関わらず、何故、美姫などという噂がまかり通っているのか。

  行く前から、妙なハードルを上げないで欲しい。

  ヴァルハラが近付くごとに、アリーの不安が膨れ上がっていく。

  「今更、帰るなんて言えないよな。どうしてスウェイド様は、俺なんかをエディの奥さんに、なんて言ったのかな。ヴァリューカの王族のお姫様なんて、他にも沢山いるのに」

  だが、信じるしかない。

  先見の明を持つ、賢王スウェイドのに間違いはない。

  歴史上最も英明なる王と謳われ、四大大国の中でも群を抜いて気高く、古今無類の誉れ高き絶対君主であるスウェイドの命である。

  自分の事を振り返ればマイナスの要素しかなかったが、アリーはもう、それに従うしかなかった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 2ー①]

  城下町を抜けると、見上げる程に高い、細かな装飾の施された柵に囲まれた城が現れる。

  城というよりは、宮殿といった大きな建造物だった。

  ヴァリューカの宮殿のような、派手な彫刻は施されていない。

  まさに雪の中にそびえ建つ、氷の城だった。

  透けるように繊細な、鋭角的に尖った屋根は雪が積もらないようにする為か。

  被る雪や氷柱が、まるでレースのような彩りを与えている。

  空想の物語の中に存在するような、幻想的な城だった。

  「た、只でさえ寒いのに……更に寒そうなお城~……」

  ここはエディの領地ではないが、巫の主である彼が大半を過ごすのは、このヴァルハラだ。

  主だった外交や、国に携わる全ての事案を、ここでエディが取り仕切る。

  今期の公爵達は、歴代でも類を見ない凄まじい能力の持ち主ばかりだったが、それを纏め、頂点として君臨するのがエディだった。

  「そ、そんな人の奥さんになって、大丈夫なのかな……俺……」

  アリーは馬車から降りた途端に、雪に足を取られ、顔から地面に突っ込んだ。

  従者達が慌ててアリーに駆け寄り、立ち上がらせて、その雪を払ってやる。

  肌の色が浅黒いので分からなかったが、今のアリーは寒さと冷たさで鼻先が真っ赤になっていた。

  ヴァルハラの中に入ると、不思議な程に暖かかった。

  だが、その内装もまさに氷の城といった細やかな作りであり、天井を見上げると華やかなステンドグラスが柔らかな光を取り入れていた。

  「綺麗だな~。絵に描きたいな~」

  天井を見上げながら歩いていると、ドスンと何か大きな壁のようなものにぶつかった。

  大柄な獣人であろうその感覚に、アリーは慌てて退き、頭を下げた。

  「ご、ごめん!ボーッとしてたから……」

  「その肌の色、ヴァリューカの獣人か。……まさか、アリー?」

  「え!うん!アリー……だけど……」

  目の前にいる美丈夫は、アリーの想う獣人であり。

  その恰幅の良い厚い胸板は、まさにアルファの、王族である猛獣の証だ。

  まさに美獣といった高貴な佇まいの獣人だった。

  背の高いアリーですら見上げる程の上背に、明媚なる襟足にまで伸びたざんばらな黒髪。

  オスらしい荒削りな顔立ちは、陰影を深く刻んでいて、その瞳は古の聖獣のように赤く煌らかに輝いていた。

  「エディーーーー?!」

  「お前がアリーか」

  アリーは突然の事に、全身の毛を逆立て、尻尾はピーンと直立不動になった。

  「うぉぁ!エディだ!本物のエディだぁ!うわ~!どうしよう!……えっと、何て挨拶すんだったっけ?あんまりにも突然現れるから、全部、すっとんじゃったよ~!」

  「……随分と聞いていた印象と違うな……」

  「な、何て聞いてたの?」

  「『ヴァリューカで一番の、淑やかなる美姫』」

  「うわぁぁぁぁぁぁ!」

  アリーは頭を抱えて踞ってしまった。

  ここでも、偽の情報が流されていた。

  背後から従者達がエディへと必死に何か言い繕っているが、最早今更だ。

  アリーは、あわあわと狼狽しながらも何とか自らを律して、「エドワード公爵様におかれましては、ご健勝の事とお喜び申し上げます」と挨拶を述べた。

  だが、そのあまりの棒読みな物言いに、「手紙の挨拶文か」とエディに突っ込まれた。

  初対面から失敗した。

  俯くアリーの上から、エディの深い溜め息が聞こえて来て、自分は歓待されてはいないのだと察してしまった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 2ー②]

  大広間には、今現在、ヴァルハラに住んでいるだろう長老達が集まっていた。

  長老達とは、先代、先々代の公爵に仕えた者達であり、ラヴィールーザの国営に深く携わって来た重鎮達だ。

  現在の長老は全員で8人。

  エディ以外の長老達は、アリーへ群がり、食い入るように凝視していた。

  「まこと、肌の色が黒い……のですな」

  「確かに噂通りに美しい。流石にスウェイド王の従弟様だけあられる」

  「しかし、相変わらずヴァリューカの民族衣装はフワフワとして心許ないですな。これで外に出たら、凍えてしまいますぞ」

  今度こそ、ちゃんと挨拶をしなければと思っていたアリーだったが、穴が空くかと思う程に見つめられるので、恥ずかしさのあまりに縮こまってしまった。

  そこへエディがそれを遮るようにして、アリーの前に立ちはだかった。

  「各々方、そんなに見入ってはアリーが萎縮してしまう。ちょっと引いては貰えないか」

  エディに言われて、長老達は「失礼致しました」と言いながら後退った。

  アリーは大きく深呼吸してから、自己紹介しようと口を開いた。

  「は、初めまして。えっと、俺はヴァリューカ王国から来ました、アリーと……」

  「俺?!」

  「俺と申されたか?!」

  「オスなのか!」

  エディですら、呆気に取られた表情をしている。

  まさか、ラヴィールーザには、メスのオメガだと伝わっていたのだろうか。

  よくよく考えてみれば、自国のヴァリューカですら、アリーがオスである事を知る者は少ないかも知れない。

  「アリー、お前、オスなのか……」

  「え?……あ、うん……」

  「嘘だろう……」

  エディの妻はメスだった。

  同性に嫌悪する獣人は多い。

  大体において、オメガであっても、オスのオメガよりメスのオメガの方が好まれるし、同じ性器が付いているというだけで性的対象にならないという者もいる。

  オスは好かないのだろうエディの元へ嫁がされるとは、当のアリーも想像していなかった。

  それはもう『気に入る、気に入らない』以前の問題だ。

  気落ちするアリーに、長老の一人が更に傷を抉るようにして吐き捨てた。

  そのオスは神経質そうな、目尻のつり上がった壮年のユキヒョウであるグラント侯爵だった。

  「何たる事だ!だからはっきりと断った方が良いと申し上げたのだ!こんな醜く黒いタイガーなんぞ、オス好きならまだしもエドワード様には相応しくない!私の娘のレベッカの方が、格段にエドワード様と似合いだというのに!」

  アリーの膝はガクガクと笑い、立っているのもやっとだった。

  いくら離れた国同士の友好の為だといえ、ある程度は尊重され、望まれて来たのだと思っていた。

  まさかここまで、アリーの存在が疎ましがられているとは、知るよしもなかった。

  「あ、あの……俺……帰ります。ヴァリューカに……」

  「待て。アリー。悪かった。そちらと意思の疎通が出来ていなかった。お前が悪い訳じゃない」

  「でも、俺っ、俺っ……」

  「気にせずにいれば良い。あの暑い国から、この寒いラヴィールーザまでご苦労だった。夕食まで休め。服もこちらの物を用意してある。……女物だが」

  「べ、別に何でもいーよ!ヴァリューカの方が、デザインは男物でもドレスみたいな服ばっかりだし」

  「そうか」

  エディは無表情だった。

  元よりあまり表情豊かな方ではないようだったが、エディの胸中が全く読めない。

  だが、歓迎されていないのは分かる。

  想い人に会った途端、拒絶される。

  こんな事なら、ラヴィールーザなどに来なければ良かった。

  アリーは用意されていた部屋に連れて来られ、ベッドで泣き臥せった。

  どれだけ豪華な部屋を用意され、華やかなドレスを何枚も用意されているといえども、嬉しくも何ともない。

  「うぐっ……えっ、えっ、うぇ~ん」

  真新しい枕は、アリーの涙と鼻水ですぐにドロドロになった。

  ヴァリューカ王国から連れて来た者達は、アリーを預け、すぐに帰国する。

  アリーの涙を受け止めてくれるものは、誰1獣人としていなかった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 2ー③]

  「失礼致します」

  低く、物静かな声で、誰かが入って来る。

  夕食までには泣き止まねば、エディに迷惑がかかる。

  そうは思っても、鼻と目からの洪水が収まる兆しもなかった。

  「ご、ごめんだげど、もうぢょっど、やずまぜで……」

  「アリー様?凄い鼻声ですが、大丈夫ですか?」

  「んあ?」

  「な、何と!泣いておられたのですか?な、何故に?!」

  「ズビ~」

  「あぁっ!鼻水が[[rb:氷柱 > つらら]]の如く、垂れておいででございます~!」

  アリーが顔を上げると、そのオスは垂れた鼻水をちり紙で受け止め、それを拭ってくれた。

  見た目は、絶句するような風貌の召し使いだった。

  黒い眼鏡が、恐ろしい程の威圧感を与えている。

  その獣人の体は、ゆうに2メートルは越えており、肉体も鋼鉄のような硬い筋肉で覆われていて、召し使いの制服がパチパチに張り詰めていた。

  腕も太腿も胸板も、ほんの少し力を入れれば、スーツがバリバリと裂けてしまいそうな程に筋肉が盛り上がっている。

  頭はスキンヘッドに黒眼鏡と厳めしいことこの上ないが、その頭頂部には可愛い小さな丸い黒耳がピョンと突き出していた。

  「え?え?……だ、誰?」

  「私は、アリー様付きの執事兼、教育係を命ぜられました、パトリックと申します」

  「ぱとりっく?」

  「左様でございます」

  「俺の執事?」

  「アリー様だけの執事でございます」

  「俺を助けてくれるの?」

  「はい。それが私の使命でございます」

  「俺の事、嫌じゃない?」

  「嫌も何も。こんなに美しい御方に尽くせるなぞ、身に余る光栄でございます」

  「パティ~!」

  「ぱ、パティ?!」

  アリーは飛び起きて、パトリックの耳をモニュモニュと揉み始めた。

  そして、その艶やかな頭をクリクリと撫でた。

  「頭はツルツル~。耳はモニュモニュ~」

  「どうにも私の一族は、薄毛の質でして」

  「ふえっ……」

  「アリー様?!」

  「初めての、俺の、味方かも~。ふぇぇえん!」

  「あぁ~!せっかく拭った鼻水が、また氷柱に~!」

  「ズビ~」

  「アリー様~!」

  アリーは、パトリックの筋肉で盛り上がった胸に顔を埋めた。

  幼い頃から、人に接する事を限られて育ったアリーは、愛情に飢えていた。

  そして、その本能で自分に好意を寄せてくれる獣人を嗅ぎ分けていた。

  パトリックからは、アリーへと暖かな感情が流れて来る。

  それは紛れもなく『好意』であり、『親愛』の情だった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 3ー①]

  パトリックに顔を冷やして貰い、あれだけ泣いて腫れた顔も、何とか見れるようにはなった。

  こんな時には、肌の色が黒いのが助かった。

  これが色白だったら、涙と鼻水で真っ赤に荒れた顔を怪訝に思われるところだ。

  目が赤いのだけはどうしようもなかったが、俯き加減で誰とも目線を合わせないようにするしかない。

  目の前には長老達が食事の合間も食い入るように見入って来たし、何よりも憎々しげに睨んでくるグラント侯爵の視線が痛かった。

  アリーの服は、大まかな体型を告げてあったからか、女々しいデザインのドレスは少なかった。

  大柄な女物の服は少ないのだろうか、どちらかといえばスッキリとした大人しいデザインの物が多く、今、着ている物も、Aラインの体に沿ったドレスだ。

  首の詰まったデザインと、手の甲にまで掛かる袖や、裾部分には細かいレースが施されていて、アリーを気品ある獣人へと飾り立てていた。

  食事は大味である母国の物よりも繊細な味付けで、芳しい薫りを漂わせている。

  好戦的な獣人が多いヴァリューカの食事は、宴などの来客がなければ、基本的に肉に味が付けば良い、というような大雑把な物が多い。

  それに比べてこの地の料理は、流石に音楽を生業としている者が多いからか、見た目も芸術的な盛り付けだった。

  前菜だ、スープだ、ナンタラ風だと、給仕が説明をしていくが、アリーの耳には何も入らない。

  そもそも、ナイフとフォークの作法も習った事がなく、それがバレるのかと思うと食が進まない。

  意気消沈して、ペタンと耳が項垂れる。

  スープをほんの少しすすり、肉をフォークで刺して口にするだけで、手が止まってしまった。

  「アリー?」

  隣にいたエディが声をかけてくる。

  それでやっとエディの方を見て、エディがドレープのたっぷりとあるブラウスを着ているのを知った。

  「口に合わないか」

  「ううん。……えっと、食欲がなくて……」

  「大柄の割には、少食なんだな」

  やっぱりエディは、大柄なオスよりも、小柄なメスが好きなのだ。

  そう思うと、また涙が盛り上がってきそうになる。

  それを、ぐっと鼻の奥辺りに力を入れて必死に耐える。

  その時、グウッと腹の虫の声が聞こえた。

  エディの目が見開かれるのを見て、アリーは恥ずかしさのあまりに逃げ出したくなった。

  頭では空腹感を感じてはいなかったが、体は食事を求めていた。

  エディが給仕に耳打ちしている。

  アリーが腹を鳴らしたせいで、エディの気分を概してしまったのではないだろうか。

  そう思うと、息が出来なくなる位に喉が締め付けられる。

  ここは、気分が悪くなったと言って立ち去るべきだろうかと悩んでいると、アリーの前の皿から料理が下げられ、違う物が出された。

  「食べやすい物の方が口にしやすい。ヴァリューカの料理は大胆だからな」

  「エディ……」

  「菓子や果物なら食べれられるだろう」

  果物は一口サイズに切られていて、食べやすくなっている。

  さっき、給仕に耳打ちしていたのはこれだったのだ。

  エディの心配りに、アリーの胸が熱くなった。

  「エディ……ありがとう」

  「……泣いていたのか」

  「え?」

  「今日は我慢しろ。食事が終わったら、また始まるぞ」

  「な、何が」

  「お小言が」

  そういえば、食事の間はアリーに話しかけてくる長老は誰もいない。

  あちこちでチラホラと密談のように会話が交わされていたが、ラヴィールーザでは食事中にあまり会話しないものかと思っていたが、どうやら食事の後に閣議のようなものが行われるようだった。

  だがそれは、エディの言うようなお小言などという可愛いものでは済まされなかった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 3ー②]

  食事が終わり、テーブルの上には各々の飲み物だけが残った頃、口火を切ったのは、あのグラント侯爵だった。

  「アリー様におかれましては、わざわざ遠いお国からの移動もお疲れになられた事でしょう」

  「え?あ、はい……」

  「ヴァリューカの王からの、直々のご推挙ですからな。さぞ、才能溢れる御方なのだとは推察いたしますが、アリー様の得意とされるご趣味などはあられますか?」

  「趣味……です、か……」

  「音楽でしたら楽器や、ダンス、声楽などですが」

  「えっと……絵は描くのが好きだけど」

  趣味としては問題ない筈だと思ったアリーだったが、長老達の反応は微妙だった。

  ここは誰もが音楽を嗜む国ではあったので、その素養のないアリーはまるで田舎者のように思われたのかも知れない。

  あちらこちらから「流石に野蛮な国の出ではな」とか「ヴァリューカに音楽などないだろう」などと小声で囁かれる。

  それには、エディが手を上げて制した。

  すると、ピタリと長老達のお喋りが止まる。

  だが、グラント侯爵だけは、アリーへ詰め寄るのをやめようとはしなかった。

  「絵を描く以外に、アリー様も王族であられるのでしたら、何か教養の一つで習われませんでしたか?ピアノや、ヴァイオリンなど……」

  「楽器は、でんでん太鼓なら出来るぞ!」

  「で、でんでん太鼓?」

  「こうやって、手でクルクル回して、ポンポコ音が鳴るやつ!スウェイド様に貰ったんだ!」

  子供のように純真な、その嬉しそうな物言いに、座は水が引いたように静まった。

  しばらくはアリーの天然さに皆が絶句していたが、その静寂を破ったのは、エディだった。

  ブハッと堪らなくなって吹き出した。

  あんなに無表情で、心情を露にしないエディが、手で口を押さえて笑いを堪えている。

  ひとしきり笑った後、咳払いをしてから、椅子に座り直した。

  「でんでん太鼓か。あれは、息子のブライアンも喜んでいたな」

  「あ、ブライアンもか!俺、あれは音に合わせるのも上手だぞ。スゴい速さで音も鳴らせるぞ」

  「今度、俺のドラムと合わせてみよう」

  「エディの、ドラム?」

  打楽器といえば、主はティンパニだ。

  ドラムという楽器は初耳だった。

  「色々なタムを開発して、シンバルも増やして並べたんだ。ティンパニだと数が限られるだろう」

  「そういえば、スウェイド様の結婚式でも沢山の太鼓に囲まれてた!」

  「あの時よりも、更に数が増えたぞ」

  「あんなに沢山叩いて凄かったのに?!もっと沢山叩くの?」

  「今度、聞かせてやろう。お前は、でんでん太鼓で合わせれば良い」

  「え?ホント?良いの?」

  アリーは手を叩いて、椅子から飛び上がった。

  エディが認めただろうものには、他の長老達も反論しようもなくなる。

  だがそれでも、グラントだけはまだ諦めがつかないようだった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 3ー③]

  「エドワード様。ヴァリューカとの国交の為のご成婚は、これからの将来、必要であるのは分かります。ですが、ラヴィールーザの巫の主とされる才能は、残していかなければならない財産です。アリー様以外にも、側室を持たれますようご進言させて頂きます」

  「側室はいらない」

  「今までの侯爵様方は、多くの側室を持たれておいでですよ?!」

  「これ以上子供を産ませても、ブライアンを越える巫の才能を持つ子供は生まれない。後継ぎはもういるんだから問題ないだろう」

  「ブライアン様に何かあった時はどうされるのですか!それだけではございません!エドワード様のその才能を出来るだけ残す為に、多くのお子を……」

  「愛もないメスに子供だけ産ませて、俺に育児放棄させ、鬼畜にでもするつもりか」

  エディの言葉に、一瞬、グラントは喉を詰まらせる。

  再び、その口を開こうとした時、エディは指で机をコツコツと叩き始めた。

  すると、開こうとしていたグラントの口は、再び閉ざされた。

  「俺は多くのメスを愛せる程に器用じゃない。リアンの時もそうだった。リアン以外を愛そうと何度も思ったが、出来なかった。これからも出来ない。……そんな俺に、子供だけ生ませる種馬になれとでも言うのか」

  グラントは喉を押さえるが、言葉を発する事が出来ないようだった。

  エディは机を叩き続けている。

  アリーはその姿を見て、エディの指が叩く音で、グラントの口を封じているのだと分かった。

  巫の力の凄まじさを垣間見て、「ほあ~」と惚けたような声を出してしまった。

  その声にエディが振り向き、クスリと笑う。

  エディが笑うだけで、アリーの心臓は爆発しそうな程に高鳴った。

  「パトリック!」

  エディがパチンと指をならすと、まるで呪文が解けたかのように、場が緩む。

  すぐにエディの元へ、パトリックが近寄って来た。

  「アリーは長旅で疲れている。世話をしてやってくれ」

  「かしこまりました」

  「アリーの服は着られそうか?」

  「あまりにも女性的な大きく胸が開いた物や、ペチコートで膨れたデザインの物でなければ、お似合いになられるかと」

  「男物も用意してやってくれ。なるべく暖かい素材の物を」

  「すぐにでも」

  「頼んだぞ」

  エディはアリーの手を取って立たせ、テーブルに座る長老達をグルリと見渡した。

  「今後、俺の側室を増やす話は聞き入れない。何を言って来ても無駄だからな」

  そう言い切って、踵を返した。

  アリーもパトリックに背を押されて、エディの後を追う。

  前途多難、という言葉がアリーの中に過る。

  国際親善の為という以外は、歓迎されてはいない。

  その現実が、アリーの気を滅入らせる。

  また、エディが先妻であるリアン一人を深く愛しているという事も。

  『リアン以外は、誰も愛せなかった』

  『リアン以外は、これからも愛せない』

  そのエディの言葉は、アリーに重くのし掛かり。

  これから先、自分がエディの側にいても良いのか分からなくなってしまった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き4ー①]

  アリーは部屋に帰ってすぐ、再びベッドへ突っ伏した。

  チラリと周りを見て、『絵本に出てくるお姫様の部屋みたいに可愛いな』、『エディが用意してくれたのかな』などと考える。

  だが、こんな望まれもしない花嫁の為に用意されたものの筈もなく、『きっとどこぞの側室になるメスの為の部屋なのだ』と思い至り、更に涙と鼻水を流した。

  帰るなりわんわんと泣きまくるアリーを見て、パトリックは大きな体を猫背にして、ベッドの周りを檻に閉じ込められた熊のように、オロオロと周り続けた。

  「あ、アリー様~。何がそんなに悲しいのですか~」

  「パティ~。えぐっ、ひっく、うえ~ん」

  「ど、どうしましょう~?どうしたら、涙が止まりますか?」

  「俺、この国に来なきゃ良かったぁ」

  「えぇっ?!」

  「俺、嫌われ者だもん。ヴァリューカでも、母上が恥ずかしいから外に出たらダメです~って言ってたけど、俺って、本当に恥ずかしい奴だったんだぁ~。うわ~ん!」

  「アリー様は、お美しくていらっしゃいますよ!私は、アリー様程に麗しい御方を見た事がございません!見た目も、中身も!」

  「でも、俺、白くないもん。真っ黒だもん」

  「それはお国柄ですから……」

  「風呂に入ってない子かと、思われたかも~。ひぐっ。うえぇっ」

  隔離された生活を送っていたアリーに、獣人の美醜に対しての審美眼はない。

  『絶世の美姫』だのと言われても、その美の基準が分からない。

  自らの顔を鏡で見て、美しいと思った事は1度もなかった。

  ただ、エディやパトリックの、鍛えられた筋肉が美しいのは分かる。

  野山を駆け巡る鹿のように生きる為に備わった筋肉は、稀少なる美だ。

  アリーが空の青さや、景色の壮大なる様を見て感動するのに等しい、特別なものだった。

  「アリー様~」

  「パティ~」

  「アリー様~」

  「パティ~」

  そう何度か繰り返していると、扉からコンコンと慎ましいノックの音がした。

  その音でアリーの涙が一瞬止まる。

  扉へと振り替えると、金色の尻尾がユラユラと揺れているのが見えた。

  「えっと……入っても、良いか?」

  扉からピョコンと見えたのは、丸くて小さなタイガーの耳だった。

  大きな赤い瞳が、キラキラと好奇心に輝いている。

  その瞳の色は、エディと息子のブライアンしかいない。

  「ブライアン様」

  「パトリック。入っても良い?」

  「そうだ!ブライアン様!アリー様の涙を止めて下さい!私ではもう何をして差し上げたら良いのか分からなくて……」

  「アリー、泣いてるの?どうして?」

  トコトコと部屋の中に入って来る。

  その子は、体調が1メートルにも満たない、愛らしいタイガーの仔だった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き4ー②]

  ブライアンの肌は、透けるような白さであり、金の髪も白金に近い輝きを放っていた。

  顔立ちは凛々しく、ハッキリとしていた鼻梁であったので、大きくなればエディに似て来るだろう。

  3才児らしくプックリとした頬っぺたに、ポコンと出た下腹が愛らしい。

  ブライアンは、ベッドに近寄って来て、見上げるようにしてアリーを凝視した。

  「綺麗なのに、凄い鼻水……」

  「俺は涙より、鼻水の方が沢山出る体質なんだよう~」

  「泣かないで」

  ブライアンは、短い手足を駆使しながらベッドへとよじ登り、臥せるアリーの背中に乗るようにしてペットリと張り付いた。

  「どうして悲しいの?」

  「俺……黒くて、綺麗じゃないし」

  「アリーは綺麗だ。ヴァリューカでもそう思った」

  ブライアンは、ヴァリューカの王の結婚式に父に付いて行っていたので、アリーとは直で対面していなかったが、その数キロ先まで見える目で、遠目には見ていた。

  「アリーが新しい母上になるの、嬉しかったから。……俺、母上って呼んだ方が良い?その方が嬉しい?」

  それはブライアンの気遣いだ。

  アリーを慰めようと、幼いブライアンが歩み寄ろうとしてくれているのが分かり、アリーは起き上がってブライアンを抱き上げた。

  「アリーで良いよ。俺と仲良くしてくれるのか?」

  「まだ、泣いてる」

  「なかなか止まらないんだよ~」

  「俺が止めてあげる」

  ブライアンがパンパンとリズムよく手を叩き始めた。

  すると、アリーの涙も鼻水もピタリと止まる。

  それだけでなく、涙と鼻水で荒れてヒリヒリしていた顔がスッキリとして、痛みもなくなった。

  「おぉっ!スゲー!ブライアンの拍手で止まった!」

  「良かった」

  「可愛いっ!可愛いなぁ、ブライアン!ちっこいエディだぁ!」

  「きゃうん」

  アリーが力一杯、ブライアンを抱き締めると、ブライアンは腕の中で小さな悲鳴を上げた。

  ブライアンは本心から、アリーが来るのを楽しみにしていた。

  遠征の多い父に、まだ子供である自分がいつも付いて行けるとは限らない。

  ブライアンの過ごす1日のほとんどは、ドラムの練習と、巫としての教養を学ぶ時間に費やされる。

  『巫の主』の子として崇められ、常に周りから一線を引かれる自分。

  心を許せる存在の少なさに、いつも寂しさを覚えていた。

  「アリーが来るの、本当に楽しみだったよ」

  「ブライアンも寂しかったのか」

  「……うん……。長老達が色々うるさいし」

  「俺も両親から恥ずかしい子だからっていって、大切にはされてたけど、表に出しては貰えなかった。だから、いつも森の動物達と遊んでた」

  「森で遊ぶの、楽しいのか?」

  「森も良いし、スウェイド様に貰った絵本にあったんだけど、海っていうスッゲーデッカい、真っ青な水溜まりもあるんだぞ?空が逆さ向いたみたいにおっきいんだ!……想像だけど」

  「海……見た事ない」

  「今度、一緒に行こう!絶対に!」

  「うん」

  ブライアンがアリーにしがみ付くと、アリーもそれを抱き留める。

  そうしてふと、アリーが静かになったパトリックを見やると、泣き止んだアリーと入れ替わるように、滝のような涙を流していた。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 4ー③]

  「アリー様~!ブライアン様~!ようございました~!ようございました~!パトリックは嬉しゅうございます~!」

  「パティ、鼻水、拭きなよ」

  「なんとお優しい!アリー様~」

  「ほら、拭いて」

  パトリックは、アリーからベッドのサイドボードにあるちり紙を受け取ると、鼻をチーンとかんだ。

  そして、言葉少ないブライアンの事を、代わって語り始めた。

  「エディ様は、ラヴィールーザでは珍しいブラックタイガーであらせられると共に、聖獣の生まれ変わりとも言われている赤眼をお持ちであられます。ですから、それはもう国中の獣人から神の如く崇められておられるのです」

  「エディ、凄いもんな。うちの国に雨、降らしちゃったもん」

  「当然、そのお仔であるブライアン様への期待は大きく、周りからは神童と呼ばれておりますれば、それはもう何重もの箱に入れられてお育ちになっているのです」

  「友達も作れねーんだ……」

  「左様でございます」

  「アリーが友達になって」

  ブライアンが、クリンと大きな目を向けて、アリーを見上げる。

  「アリーが、友達と母上になって」

  「ブライアン……」

  「俺も、アリーの友達と仔供になる」

  「ブライア~ン!」

  もう少し、ここで頑張れる気がする。

  アリーの気持ちは、ほんの少し浮上した。

  こんな可愛い友達兼息子と、アリーを心配してくれる執事も出来て、今度は嬉し涙が溢れた。

  それを見たブライアンは、腰に突き刺していた棒を2本、取り出した。

  「ブライアン?何それ?」

  「スティック。父上に作って貰った」

  「すてぃっく?」

  「見てて」

  ブライアンは、ベッドのサイドボードに近寄って、その角にスティックを打ち付け始めた。

  タラララッ、タラララッと小気味良い音を奏で始めると、音の粒が部屋中に広がって輝き始める。

  ほんの少し、室内の温度も上がって、アリーも浮かれるようにして尻尾をフリフリと躍らせ始めた。

  エディの血を引いているのが分かる。

  奏でるその音には、生命の煌めきに満ち溢れていた。

  ブライアンは、エディのように人々を救う音神になるだろう。

  アリーは、そんな宝物のような仔に出会えただけでも、ラヴィールーザに来て良かったと思えた。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 5ー①]

  翌日、エディは早朝から演奏の依頼があって、早々と城を出立していたので、朝食時にも会えなかった。

  それでもあれからは長老達もいなくなったし、ブライアンが一緒に席に座ってくれたので、アリーの食は進んだ。

  ボロボロと溢して、口周りや服を汚してしまうアリーと違い、ブライアンは3歳の幼児にも関わらず、キチンとしたテーブルマナーをこなしている。

  あまつさえ、アリーの汚れた口を拭きに来てくれたのには、嬉しいのと同時にへこみそうになった。

  そして、アリーは部屋の机に座らされ、パトリックによる花嫁修業の授業が始まった。

  「さて。アリー様におかれましては、ヴァリューカでの礼儀作法を学んで来られたとは思いますが……」

  「学んでねーよ」

  「は?!」

  「だって、父上と母上があんまりにも不憫な子だからってんで、城では自由にさせてくれてたもん。だから裏の森で、ずっと遊んでたよ」

  「さ、左様でございますか」

  「だから礼儀作法は、挨拶とかテーブルマナーからにして」

  「そ、そこからですか?!昨日や今朝の食べ様から見て、何となくそうかもとは思ってましたが!」

  「うん。エディに挨拶する時は必死に覚えて来たけど。……実際は失敗したけど……。だって、いつもスウェイド様にも「ちわ!」って言ってたもん」

  「ヴァリューカの獣王にまで!その狼藉!」

  「ロウゼキってなんだよぅ!難しい言葉、使うなよ~!」

  「言葉の勉強もですか……」

  「勉強もした事ないよ!字と絵は書けるけど」

  パトリックは頭を抱えてしまった。

  だがある意味、ほとんど人と接触せずに自由に育てられたのは、真に『深窓の姫君』ではある。

  若い頃からパーティーや式典に出まくる王族の姫には手垢が着いている事が多いし、美しいと評判になれば多くのオスとまぐわって手練れの性技を持つ者もいる。

  そう思えば、これだけの美貌を持ちながら純真無垢であるのは奇跡だ。

  成る程、ヴァリューカの王がエディに推してくるのも分かると頷けた。

  「分かりました。とにかく当座の催しに向けて、それに合わせた作法から勉強しましょう」

  「催しって、何があんの?」

  「年が明けて来年の春には結婚式。その前に新年の宴がございますね。これは五穀豊穣を祝うものですので、音神である5獣人の公爵様がお揃いになって演奏された後、宴がございます」

  宴などというものに参加した事がない。

  エディと出会った(アリーが勝手に見惚れていた)ヴァリューカ王の結婚式ですら、その式典を横から覗き見はしたが、宴に入る前に両親が連れ帰ってしまったからだ。

  「それって、ナイフとフォークでご飯を食べるのか?」

  「食事は立食でございます。立食でのマナーと、来賓者の方々へのご挨拶がメインですね」

  「覚えるの、挨拶だけじゃん」

  「その身分に応じた挨拶が必要とされます。また、どんな方なのか知った上での紳士的な会話も必要とされます」

  「お、覚えるの?!来る人を?!」

  「アリー様は今回、初めてでいらっしゃいますし、エディ様の次の身分であられるので覚えていなくても構いませんが、その方に応じた振る舞いは必要かと」

  「やだ!面倒臭い!」

  「や、やだ?!」

  「紙に書いておいてくれよ。それか虎の巻、作って」

  「虎の巻って何ですか?!それ、立食パーティーで持ち歩くんですか?!」

  「それかパティが横から言って」

  「私が耳打ちするんですか!?」

  「覚える自信ねーもん。アダ名付けたら覚えられるかもだけど」

  「アダ名!何だか嫌な予感しかしません!」

  「俺、バカだから出来ないと思う~」

  「アリー様~!」

  パトリックは、持病の胃炎が悪化しそうになった。

  それでもアリーの教育係としては、この難題から逃れる術はなかった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 5ー②]

  立食パーティーというのを聞いて、座って食べるのと違って自由だろうし、多少食べ溢しをしても怒られないだろうと考えていたアリーは、そのマナーの厳しさに狼狽えた。

  まず、食べ歩き、飲み歩きは禁止された。

  それに、いつ食べても良いという訳ではなく、挨拶や会話が優先。

  会場で真っ先にテーブルに向かって走り、食べたりする事のないように念を押された。

  料理やグラスを持って歩いている人ばかりなので、周りを気にしながら歩く事。

  料理を取ったら、迷惑にならないようにすぐにテーブルから離れる事。

  食事しながらの宴ではあるので、大声で話したりせずに、周りには迷惑にならない程度の音量で話す事。

  「え~……約束事が多い~。自由に食べれるんじゃないの~?」

  「前屈みになって食べたり飲んだりしても駄目ですよ。お皿に顔を突っ込むなんて言語道断です」

  「片手で持ってるのに、突っ込むしかないじゃん」

  「もう一本、手がありますでしょうが!それからお料理を食べるのにも順番や決まりがあります。まずは冷たい物から。熱い物と冷たい物を皿に乗せたり、山盛りに乗せるのも駄目です。美しく、回数を分けて……」

  「面倒臭い!それなら俺は立食じゃなくていーよ!端っこで小さいテーブルに大人しく座ってるから、パティが持って来てよ」

  「それじゃ、立食じゃないじゃないですか!」

  「どれをどれだけお皿に乗せたら良いのか分かんないよ。自分の皿に」

  「自分の皿、というのはございませんよ。毎回、少量を乗せて、食べ終わる度にお皿を変えるんです」

  「え~?!」

  「お皿とグラスは左手でまとめて持ちます。グラスにはナフキンを……」

  「ちょっと!そんなまとめて2つも持てないよ!俺、曲芸の人じゃねーもん!そんで、ナフキンもだとか!」

  「皆さんが出来る事ですから大丈夫です。お皿やグラスを返しに行くのは……」

  「返却口とかゴミ箱に入れるんだろ」

  「カトラリー類は決まった場所にですね」

  「やだ!分かんない!パティが返して来て!」

  アリーのあまりの無能さに、パトリックは地面にめり込むかと思う程、苦悩した。

  この何にも出来ない、そして出来そうもない深窓の姫(オス)に何をどうやって教えたら美しい所作が身に付けられるのか。

  黙って立っていれば、絶世の美獣だ。

  どのオスやメスも振り返る美しさだ。

  だが、あのテーブルマナーを見れば、百年の恋も冷める。

  アリーの食事する姿は、まるで赤ちゃんの離乳食風景だった。

  「と、とにかく、一度やってみましよう」

  パトリックはアリーに空の皿とグラスを持たせた。

  まずそこで数分、持ち方に格闘する。

  「私とは面識のない獣人だという設定で話しかけてみて下さい」

  「えっと……よう!良い天気だな!」

  「……笑顔は良いですが、口調がちょっと……。まずは「初めまして。今日はどのような繋がりでお越しになられたんですか?」とか、ですかね」

  「面倒臭い!どこから来たんだ?でいいじゃん!」

  「ま、まぁ、貴方は身分が高いお方なので、それでも構いませんが」

  アリーは、もう何度目かの「面倒臭い」を口にした。

  既にヤル気が欠落し始めている。

  「あんた、年いくつ?」

  「年齢を聞いてはなりません!」

  「ちょっと、スゲーマッチョだな!ムキムキじゃん!この胸筋!」

  「獣人の容姿もコメントしたら駄目です!」

  「エディばっかり舐めるように見やがって、まさかエディに惚れてるな?どれだけ筋肉がスゲーか知らねぇけど、エディは俺と結婚するから、希望はねーぞ!」

  「どういう設定ですか!それ、まさか、私がですか?私がエドワード様に懸想してる設定?!」

  「疲れたから、椅子に座って来るわ。あと、食べといて」

  「椅子はありませんよ!立食なんですから!」

  「んじゃ、トイレ」

  「食べてる途中でのトイレは駄目です。食べ終わってから行って下さい!」

  「……もういい。立食パーティー、行くのやめる」

  マナーを学ぶ前に、行かない設定にまで逆戻りしてしまうのアリーだった。

  小一時間もすると、アリーではなく、パトリックの方が音を上げてしまい、ソファーへと倒れ込んだ。

  「貴方……本当に王族なんですか?……いくらお国柄とはいえ……」

  「ごめんな~。でも言っただろ~?俺は覚えらんないって」

  「食べ溢すのは不味いですね。服を汚しそうですし……。そこからですかね」

  「汚さないように食べるなんて、味がしなくなっちまうよ~」

  新年の宴には、ほぼ国内の有力者が集まる。

  音神の公爵だけでなく、爵位を持つ者や権力者達が家族を連れて来るだろう大きな催しだった。

  [newpage]

  [chapter:好き好き、大好き 5ー③]

  ヴァルハラは、一般の棟、来客の滞在する棟、長老達の棟、召し使いなどの使用人の棟、公爵達の棟、エディ滞在する棟の6つに分かれている。

  アリーのいるエディの棟には、呼ばれさえしなければ他の者が立ち入る事は滅多とないが、流石に新年の宴の前後となれば他の棟には行き交う獣人も多くなる。

  当然、長老の中でも一番権力を持つグラント侯爵の娘、レベッカも訪れるだろうから、アリーのこの[[rb:粗忽 > そこつ]]さには何を言われるか分からない。

  パトリックは、もうどうしたものかと頭が痛くなった。

  「それ、どうしても出なきゃダメか?」

  「そうですね。結婚式の前の御披露目的な意味合いもありますしね」

  「自信ないよう~」

  「グラント侯爵のご令嬢レベッカ様も来られますし、完璧の上の完璧でなければ、突っ込まれそうですね」

  「グラント侯爵のとこのレベッカ様……。そう言えば、何かエディの奥さんにどうとか言ってた……」

  「お聞きになられましたか」

  「その子、どんな子なの?」

  レベッカは、ユキヒョウのアルファでピアノの名手でもあった。

  ラヴィールーザの楽団でも優秀であり、ソリストとしても演奏に呼ばれる高度なテクニックを持っている。

  エディよりも3歳年上ではあったが、その嫁入りの為に才能と麗しさを常に磨いているという噂で、エディの後妻になる一番有力候補だ。

  今はエディに袖にされているので、その矛先がアリーに向かうのは目に見えて明らかであり。

  プライドの高い才女ではあるので、自分より優れた才能でもなければ、相当なる攻撃をしかけて来る筈だった。

  「え~。やだな~」

  アリーはぺったりと、耳と尻尾を項垂れさせた。

  「ラヴィールーザは、ヴァリューカ程には地位に対する縛りはありませんが、より才能のある者へ嫁がせたがる傾向があります。ですから、レベッカ様もアリー様を快く思っていないでしょう」

  「でんでん太鼓じゃダメ?」

  「残念ではございますが」

  「どうしよう~」

  「どうもしないで良い」

  部屋の扉が開くと同時に、よく通る低音の声が響く。

  エディが演奏を終えて帰宅した。

  肩にかかった雪を払いながら入って来た事から、たった今、帰ったばかりなのが窺えた。

  「アリーが箱入りなのは分かっている。最低限の事だけを覚えればいい。あとは俺がフォローする」

  「俺、上手にグラスと皿、持てないよ?」

  「俺がお前の分も持ってやる」

  「上手に食べれないし」

  「俺が食わせてやる」

  「溢しちゃうし」

  「服が汚れる前に拭いてやる。お前は笑顔で挨拶していろ」

  「エディ~!」

  アリーは思わず手を伸ばし、エディに抱き付きそうになったが、グッと堪えた。

  はしたない奴だとは思われたくはない。

  だが、尻尾だけはブンブンと嬉しそうに揺れているので、溢れる感情は隠しきれなかった。

  そんなアリーの頭を、エディの大きな手がガシガシと掻き混ぜるようにして撫で回す。

  その暖かな手が、耳の根元を揉むように摘まんだ時。

  「ひにゃん!」

  「ひにゃん?」

  「耳、ダメぇ!」

  「耳が弱いのか」

  「ひゃん!やん!にゃあ~」

  「……面白いな」

  「にゃひ~ん!」

  エディは面白がっていたが、アリーにとっては困った事態に陥っていた。

  勃起した。

  自分の耳と尻尾が弱点なのは分かっていたが、エディに触られたら、その悦楽は半端ない。

  アリーはそのまま「バカぁ!」と叫んでトイレに引っ込んだ。

  下半身に帯びた熱を冷ます為に、引っ込まざるを得なかった。

  だが、好きな獣人に触られると嬉しい。

  そんな些細な喜びが、アリーを幸福感で満たしていた。

  [newpage]

  [chapter:第二章・もっと側にいて欲しい 1ー①]

  城の周りは、すっかり雪化粧に覆われていた。

  明け方まで降っていた雪も今は止んで、満天の青空だ。

  アリーはモコモコに着込んで、ブライアンと一緒に庭を散歩していた。

  南の地で生まれ育ったアリーは極度の寒がりで、仔供であるブライアンの方が薄着な程だった。

  「ブライアン~。何でそんなに薄着でいられるんだよ~」

  「ちゃんとコートは着てる」

  「薄手のじゃん!」

  「アリーが着過ぎ。そんなに着てたら腕も動かせない」

  「そうだけど~」

  コロコロに着膨れているアリーは、腕どころか歩くのもままならなくて、ブライアンに手を引いて貰っている。

  そんなに寒いならばと、ブライアンは温室へと誘った。

  ラヴィールーザは雪の多い国だったので、地下でのキノコやチーズ、酒などの発酵食品や、温室での栽培が盛んだ。

  このヴァルハラの温室は、国内最大のものだった。

  扉を開けると、ヒラリと軽く舞う花弁のようなものが外へと飛び出した。

  「あ!蝶々!」

  ブライアンが掴もうとするが、それは子供では届かない高さにまで、軽々と飛んで行ってしまう。

  「アリー!捕まえて!蝶々、死んじゃう!外に出たら!」

  「え?あ、うん!」

  雪の世界に舞う蝶を、アリーは必死になって追った。

  手を伸ばし、手のひらで包むように捕まえたが、体のバランスを崩した場所が悪かった。

  そこには10段程の階段があって、アリーの体は重力のままにグラリと傾いた。

  だが、そちらに倒れる事なく、逆方向へと力強く腕を引かれる。

  大きく硬いものに包まれたと思うと、頭上から低いオスの声がした。

  「何をしてるんだ。お前は。危ないだろうが」

  「エディっ?!うわっ!うわぁ!」

  あまりに突然の事で、慌てたアリーはエディを突飛ばしてしまった。

  「アリー?!」

  それでもエディはアリーの手を離さなかったので、今度は2獣人もろとも階段から転がり落ちた。

  「エディっ!ご、ごめんっ……」

  「せっかく助けてやったのに……」

  「わぁ~!ごめんなさい~!」

  「雪が積もってて助かったな」

  アリーを立たせて雪を払ってやったが、髪の毛はしっとりと濡れてしまった。

  ブライアンが走り寄って来る。

  「アリー!」

  「だ、大丈夫だ。蝶々は」

  起き上がろうとして、そのあまりの雪の深さに足を取られて、再び転んだ。

  エディが反応するも間に合わなかった。

  アリーの全身は着膨れていた為に、まるで雪だるまのように雪まみれになってしまい、それにはエディもブライアンも笑いを堪えられなかった。

  「何回、転ぶんだ、お前は」

  「だ、だって!動き難くて、服が」

  「着込み過ぎるからだろう。温かくなる着込み方を知らないな」

  「何をどう着たら良いのか、ラヴィールーザの服は分からなくて……」

  「ブライアン。この蝶々を温室に返して来てくれ。あとは、部屋で待つように」

  ブライアンはアリーから蝶々をそっとそっと受け取り、急いで温室へと入って行った。

  エディは雪まみれのアリーを抱き上げ、城へと戻る。

  「え、エディ?!」

  「この格好なら、また何回も転ぶだろう。着替えてからブライアンと遊べ」

  「で、でもブライアンに何も言ってない」

  「部屋で待つように言った。あれは[[rb:1 > いち]]いち言えば、[[rb:10 > じゅう]]分かる子だから、理解してる」

  「そ、そうなの?」

  エディは雪道を慣れた足取りで、アリーを抱いたまま歩いた。

  あまりにも着膨れ過ぎて、エディの体温は分からない。

  だが、エディの吐く白い息を間近に感じて、アリーはポッと体が暖かくなるのを感じた。

  下から見上げてもエディは格好良い。

  アリーの体温は、エディに見惚れるあまりに、どんどん上昇していった。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 1ー②]

  エディの部屋に連れて行かれ、服を脱がされた。

  それはもう、玉ねぎの皮を剥ぐように剥いても剥いても服が出てくる。

  脱ぎ始めて12枚目で、ようやく室内着が出て来た。

  「どれだけ着てたんだ。しかも下は薄い寝間着だとか」

  「だって、俺の服、ドレスばっかりだったから。ズボンが寝間着しかなくて」

  「すまん。お前を女だと思っていた、こっちの落ち度だ。すぐに男用の服も届く」

  「……うん。ありがとう」

  「だから、脱げ」

  「へ?」

  「寝間着の下だ。濡れてるだろう」

  「え?あ、後で脱いでおくから」

  「風邪を引く」

  「ちょっと、ちょっと!やっ、……エディ!」

  アリーは無理矢理にズボンを脱がされ、上衣も剥がれて下着だけの姿にされた。

  用意していた足元まである丈の長い部屋着を上から被らされ、暖炉の近くに引っ張って行かれる。

  暖炉の前に、大きなクッションを囲むように置かれ、そこへ座らされた。

  「上はあれだけ着ていたから大丈夫だろうが、頭と足が寒いだろう。少し暖まれ」

  「……うん。でも、ブライアンが……」

  「ブライアンには俺から言っておく。昼から、また遊んでやってくれ」

  「あ、あのな、エディ。……えっとな。えっとな。あの……」

  「何だ?」

  「ちょ、ちょっと、エディも一緒に暖炉に当たっていかない?」

  アリーは、最大限の勇気を振り絞ってエディに声をかけた。

  エディはとにかく忙しい獣人なので、ほとんどが仕事で1日を終える。

  こっちに来てからも、アリーとはまともに話せた記憶がない。

  そんなアリーの心情を察してか、エディはそのまま隣に座った。

  「あまり構ってやれなくて悪いな。年末年始はどうしても忙しくなるんだ」

  「仕方ねーよ。エディは巫だもん。みんなの為に頑張ってんじゃん」

  「スウェイドは元気にしているか?」

  「元気!元気!俺を送り出す時も、夫婦で途中まで送ってくれた!」

  「そうか」

  アリーが暖炉から目を反らすと、部屋の奥には1枚の絵が飾られていた。

  それはまるで生き写しのように精巧な人物画だった。

  愛らしい、まだ少女の域を出てはいないメスだ。

  白に近いような銀の巻き髪に、透けるような白肌。

  ウェディングドレスだろうか、その総レースの華やかなドレスにベールをかぶり、幸せそうな笑みを浮かべて輝いていた。

  穏和そうな、優しげな印象だったが、大きな溢れんばかりの赤い瞳には眼力があった。

  「スゴい、綺麗な絵がある」

  「そういえば、絵を描くと言っていたな」

  「あ、うん。あんなに綺麗には描けないけど。絵は描くのが好きなんだ。……えっと、あの絵の人、誰?」

  「俺の、亡くなった妻のリアンだ」

  そうエディが言った途端、アリーの心臓を鷲掴みされ、捻り切られるような痛みが襲った。

  雪のように白くて、儚げな、美しいエディの妻。

  それは、肌の色も、髪の色も黒い、アリーとは正反対の容貌だった。

  「エディの、奥さん、なのかぁ……」

  「ブライアンは母親の顔を知らない。だから、あの絵でしか見れないんだ」

  「お、奥さんはタイガーなのか?」

  「いいや、ジャガーだ。リアンはジャガーの、アルビノだった。だから、相当反対されたな」

  エディとリアンは、幼なじみだった。

  幼い頃から互いに惹かれあってはいたものの、互いの両親はそれを快く思ってはいなかった。

  エディは幼少時から、聖獣の生まれ変わりとして周囲から期待されていた次代の公爵だったので、色素のないアルビノであるリアンが妻になるのには誰もが反対した。

  そうして、リアンはラヴィールーザの辺境の別荘へと連れ去られて軟禁され、2獣人は引き裂かれた。

  エディはその後、公爵は継がないと言って家を飛び出し、下町で荒れた生活を送るようになる。

  そうやって自堕落な生活に身をやつしても、リアンの事が忘れられなかった。

  そして不良仲間とつるみ、やさぐれて、背徳と退廃の日々を送った。

  エディ程の大型の猛獣はそういるものでもなかったし、下町のゴロツキ達のボスになるのは、そう時間もかからず。

  皆が皆、その巫の主になるだろうカリスマ性には、すぐに平伏した。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 1ー③]

  その地に落ちた生活から、貧しい獣人々こそ巫の力を欲しているというのを知った。

  病に臥せっても、貧しさのあまり病院にも行けず。

  飢えに苦しみ、悪の道に手を染める獣人々。

  そんな実情を見て、エディはこの世界を変えたいと思った。

  恵まれない獣人々にこそ、巫の力を使ってやりたい。

  そう悟ったエディは、家に帰り、ラヴィールーザ国内最高レベルの音楽学校である[[rb:王立 > ロイヤル]][[rb:学校 > スクール]]へと入学した。

  いつも心のどこかにリアンがいて、支えとなっていた。

  王立学校で一番の成績を取り、卒業式も総代を務め、公爵の地位を父から譲り受け、晴れて誰にも咎められる事のない地位となってから、リアンを迎えに行った。

  リアンは夢のようだと言って涙した。

  そうして2獣人の幸せは、やがて3獣人の幸せとなり、未来永劫続くものだと思っていた。

  「リアンは階段から落ちて死んだんだ。脳挫傷だった。まるで、眠るようにして亡くなった」

  「階段から……」

  「だからさっき、お前が落ちそうになった時は、心臓が止まるかと思った。……だが、せっかく助けたのに、結局また落ちたけどな」

  「……ごめん」

  「雪があって、本当に良かった」

  「ひにゃん!」

  エディがガシガシと、アリーの頭を掴むように撫でて来る。

  あらゆる感情が、アリーの中で巻き起こった。

  エディが昔から愛していたリアン。

  引き裂かれても忘れられず、そして今も愛しているだろう最愛の妻であり。

  その強く深い結び付きは、アリーが逆立ちしても手に届くようなものではなく。

  嫉妬と、諦念と、切なさがいっしょくたになる。

  それでもアリーを庇ってくれたエディ。

  無事で良かったと言ってくれたエディ。

  それにはときめくような嬉しさがこみ上げて来る。

  だが、あれ程に愛くるしい妻がいたエディにしてみれば、自分のようなハズレを引かされたのかと思うと、居たたまれなかった。

  「ごめんな、エディ」

  「何がだ」

  「スウェイド様が無茶を言うから、断れなかったんだろ。俺みたいな出来損ないを押し付けられて……本当にごめん」

  「アリー」

  「俺、王族なのに、それも直系に近いのに、獣化出来ないんだ。父上や母上からは「恥ずかしいから、家から出ちゃダメ」だって言われて育ったから、外の事も知らないし、みんなが知ってる当たり前の事も知らない」

  「これから勉強して行けばいい」

  「……でも、俺、覚えが悪いし」

  「ここはヴァリューカじゃないし、ゆっくり覚えれば良い。パトリックは教える時、叩いたりするか?」

  「叩かないよ!パティは優しいもん!」

  「パティか。……あの見た目からしたら、えらく可愛らしい愛称だな」

  何でも愛称で呼んでしまうアリーだったが、流石にヴァリューカ王国の王であるスウェイドを「スエちゃん」と呼んだ時には、周りから大目玉を食らった。

  ヴァリューカは上下関係が異常な程に厳しい国ではあったので、ラヴィールーザに来て、臣下であるグラント公爵があれだけエディに食ってかかって来たのには驚いた。

  「そりゃ、俺は巫の主として崇められてはいるが、ヴァリューカでのスウェイド程には恐れられてはいないかな。ラヴィールーザは、他の国のような王政はもう廃止されているし」

  「そういえば、王様がいない……」

  「だからお前もそう肩を張らなくていい。最高位の公爵5獣人にも、敬語を使う必要もないしな」

  それは自分を妻として迎えてくれているという事だろうか。

  帰らなくても良いという事だろうか。

  結婚式が春にあると聞かされてはいても、エディからそれを直接言われた訳ではないので、今でも疑心暗鬼になる。

  自分はエディに望まれているのか。

  国際親善の為に、義理で堪えているのではないか。

  だが、それを聞く勇気は、アリーにはなかった。

  視界の隅に、白く麗しいリアンの肖像画がある。

  自分の手を見ると、あまりにも違うその褐色の肌に眉をひそめる。

  自らのコンプレックスが、エディへそれを問うのを躊躇わせていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 2ー①]

  ラヴィールーザに来て、初めて画材道具の荷物を開いた。

  ずっと外と遮断された世界で暮らして来たアリーの唯一の趣味は、絵を描く事だった。

  元より勉学には向かないのもあったが、その麗しさとオメガのフェロモンに当てられ、間違いを起こされては困ると思った両親は、アリーに教師をつけなかった。

  王族でありながら獣化出来ないが故の弊害か、アリーのオメガフェロモンは、通常のオメガよりも濃厚だったので、その抑制剤も3倍の量を飲むように処方される程だった。

  アリーは、三脚にまっさらなキャンバスを立て掛ける。

  白い画面を見ながらう~ん、としばらく唸った後、おもむろに絵の具の入った箱を開いた。

  その時、コンコンと控え目な扉のノックする音が聞こえた。

  パトリックかと思って、「どうぞ~」と気軽に返事をする。

  だが、扉から覗かせた顔は、見た事もないような美貌のオスだった。

  その獣人は、まさに絢爛豪華といった面持ちの、満開の薔薇のような華やかさがあった。

  クルクルと巻いた黄金の髪の毛は肩まで煙るようにして被り、舐めたら蜂蜜の味がしそうな程、艶やかに輝いている。

  真っ青で、宝石のような瞳は好奇心でキラキラと輝いていて、その麗しい顔立ちをより華やかに沸き立たせていた。

  鋭角的な鼻梁と、長く反り返った睫毛、赤い果実のような滑らか唇は、どれ程のメスが寄って集っても太刀打ち出来ない美貌だった。

  「えっと、ここはアリーちゃんの部屋かな?」

  「そうだけど……」

  「入っても良い?」

  「良いけど、あんた誰?」

  「紹介が遅れてごめんね。俺はダグラス。……ダグで良いよ」

  「ダグラス……公爵?あのヴァイオリンの巫の人?」

  「そうそう~。エディの友達~。よろしくね」

  そう言ってスルリと体を部屋に忍ばせるように入ってくる姿は、エディと変わらない大型の肉食獣だったが、その所作は柔らかで優雅だった。

  真っ白な耳に、揺れる真っ白な尻尾は先端の穂先の部分がフワリとした綿毛のようで柔らかそうだ。

  思わずアリーも触りたいと思ってしまう魅惑の尻尾だった。

  「スウェイド様の結婚式で、エディと演奏してた人だな!」

  「見てくれてたんだ。ありがとう。どうだった?演奏」

  「スゲーカッコ良かった!特に、エディが足でダカダカダカって叩いた時、地面が地震で揺れたみたいになって……」

  アリーの口から出てくるのが、エディの感想ばかりだったので、ダグは笑いながら「アリーちゃん、エディにメロメロなんだね」と言うと、アリーは頬を紅潮させて俯いた。

  「その尻尾からして、ダグはライオン?」

  「そう。突然変異のホワイトライオンなんだ。アリーちゃんはタイガーだね?シマシマ模様の尻尾が可愛いなぁ」

  所作は優雅だが、何気にチャラい。

  エディが堅固な印象があるだけに、ダグのこの物言いは何やら優雄やさおとこ風で、軟派な印象を与えた。

  「アリーちゃん、絵を描くの?」

  「うん。俺、勉強とか何も出来なかったから、これだけは続けておこうかな、と思って」

  「良かったら、今まで描いた絵、見せてくれる?」

  「ほとんどヴァリューカに置いて来たから、ちょっとしかないけど」

  「うん。それでも良いから」

  自分の絵に興味を持ってくれた獣人がいる。

  それは滅多とない事だったので、アリーの心臓は飛び出しそうな程にドキドキしていた。

  束ねて立てていたキャンバスからキャンバスクリップを外して、アリーは自分の絵を壁に立て掛け始めた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 2ー②]

  ダグは自らの花弁のような艶やかな唇に拳を当てて、アリーの絵を見入っている。

  その真摯なる瞳は、第一印象の軽薄な印象を覆す凛々しさがあった。

  ひとしきり、あらゆる角度から見た後、アリーに視線を向けた。

  「これはエディは知ってるの?」

  「え?な、何が?」

  「アリーちゃんの絵の事」

  「描いてるのは知ってるけど……」

  「絵は知らないの?」

  「う、うん」

  「これはエディに見せた方が良いよ。……というか、見せなきゃ駄目だ」

  「そ、そんなにダメな絵なのか?!」

  「え?あぁ、駄目って、絵が駄目って意味じゃないよ。凄く上手だから、エディに見せてみたら?っていう意味。俺からもエディに言っておくから、ちゃんとエディに見せてあげてね?」

  「じょ、上手か!上手に見えるか!」

  「うん。凄く良いよ。エディに言って、画材も沢山用意して貰うと良いよ」

  「画材、ラヴィールーザにあるか?」

  「もちろんあるよ」

  ラヴィールーザに来て、長老達の前で「絵を描く」と言った時、良い顔をしては貰えなかったので、この国では絵を描く文化がないのかと思っていた。

  だからこれからは、わざわざヴァリューカから絵の具を取り寄せなければならないかとすら懸念していた。

  「アリーちゃんは今まで、誰にも絵を見せなかったの?」

  「光司に……えっと、スウェイド様のお妃様には見せた!お妃様は、スゲー!って言ってくれたから、肖像画を描いてやったけど」

  「そうなんだ。ウフフ……そしたら、俺の肖像画も描いて欲しいなぁ」

  こんな綺麗なオスの肖像画なんて、描き上げる自信がない。

  どれだけ精根込めても、本人の美貌を再現出来る気がしない。

  だが、モデルとしては最高級だ。

  だとしたら、肖像画ではなく自由な発想で表現したいと思った。

  「肖像画じゃなくて、空想も混ぜて良いか?」

  「空想も?」

  「俺、水とか空とか描くのが好きなんだ。だから、その中にいる感じでも良いか?」

  「良いよ、良いよ。しばらく俺はここにいるつもりだから、アリーちゃんがモデルに欲しい時は言ってね。飛んで来るからね」

  「マジか?!ヒマなんだな、他の公爵って!エディはスンゴイ忙しそうなのに」

  「……ちょっとアリーちゃん……。君、天然でグサリと来る事を言うね。こう見えても、俺だって引く手あまたなんだけど」

  「どうせメスに引く手あまたなんだろー!メスとばっかり交尾してるチャラいライオンだ!あんたからは、何かだらしない匂いがする」

  「やだ、この子。純情そうに見えて、結構、鋭い」

  「ダメだぞ!チャラ雄!もっと真面目になれ!お前の事は、今度からチャラ雄って呼ぶ事にする!」

  「やめて、その名前!絶対に他の公爵達に馬鹿にされるから!ていうか、もうチャラい人生は散々、反省したのに!」

  「チャラ雄!」

  「やだ!ホントやめて!」

  アリーは、心底から笑った。

  ダグは楽器を持たなくても、獣人の心を明るくさせる才能があった。

  彼の周りには、獣人を笑顔にさせるだろう人徳のようなものがある。

  それから何枚かダグの姿をスケッチさせて貰い、再び会う約束をして別れた。

  アリーは再び、ウキウキとした軽やかな気持ちでキャンバスに向かった。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 2ー③]

  とにかく仕事の多いエディは、朝夕の食事ですら、一緒に取れない事もある。

  巫として自らの領地を治める以外に、ここヴァルハラを統括し、ラヴィールーザの公爵達や楽団と連絡を取り、必要に応じて各地へ派遣する。

  それ以外にも、多くの仕事を引き受けているエディは、分単位で行動しているようにすら見えた。

  数日ぶりに仕事から帰って来たエディとブライアンで、久しぶりに夕食を取った。

  食事をすると、すぐに食べ溢すアリーは3回のうち2回はエディに口を拭かれ、1回はブライアンに拭かれる。

  ブライアンに拭かれる時は、椅子の上にちょこんと立ち上がって、必死に手を伸ばして来るので、その愛らしさに堪らなくなる。

  初めの頃は、自分の粗忽さに自己嫌悪していたが、ブライアンのこんな可愛い姿を見られるなら、このままでも良いかと思えてしまう。

  こうやってアリーを構いたがるのは、父であるエディに『自分だってアリーの面倒をみれる』と対抗意識を燃やしているからだ。

  アリーも嬉しくなって、ブライアンの口の横に付いたソースを拭ってやる。

  そんな仲睦まじい穏やかな夕食を終えて、エディが話し掛けて来た。

  「ダグがお前の部屋に行ったそうだな」

  「あぁ!チャラ雄、良い奴だったぞ!」

  「チャラ雄……」

  「うん。いっぱいメスを侍らせてそうだから、チャラ雄」

  「まぁ、分かってるなら問題ないか。それはそうと、絵を描き始めたらしいな」

  「うん。チャラ雄がモデルになってくれるらしいから、ちょっと頑張って描いてみよーかなーと思って」

  「どんなのにするつもりだ?」

  「マーメイドのチャラ雄」

  「マーメイド?」

  「チャラ雄を、海で泳ぐ人魚姫にするんだ」

  アリーの言い様でどんな想像をしたのか、エディは口を押さえて笑いを堪えていた。

  普段笑わないエディが珍しく笑っていたので、ブライアンが「父上が笑ってる!」と驚いていた。

  「アリー。大きなキャンバスを用意してやるから、大きな絵を描いてみないか?」

  「大きいの?」

  「ヴァルハラの入ってすぐのエントランスに、大きな絵を飾ろうと思っている。そこに合いそうな絵を考えれそうなら、チャレンジしてみてくれ」

  「えぇ~?!い、良いのか?!そんな大役、俺なんかに任せて」

  「一応、後でお前の絵を見せてくれ。まぁ、ダグが言うんだから確かなんだろうが」

  「チャラ雄が推薦してくれたのか……」

  「チャラ雄だが、奴の芸術性は確かだぞ。自信を持て」

  「……うん……」

  アリーにとって、初めて任される『仕事』。

  それは、誰にも期待された事のなかったアリーの心を高揚させた。

  色んな扉を開いてくれるエディ。

  アリーにとってかけがえのない経験をさせてくれ、アリーを1獣人として認めてくれる。

  それだけでも、嬉しかった。

  今までは、誰にも必要とされる事がほとんどなかった。

  自分も役立たずの能無しだと、自らを卑下していた。

  一番には愛されないかも知れない。

  妻として愛されなくても、エディに尽くしてラヴィールーザに骨を埋めたい。

  エディの為なら、それだけの覚悟があった。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 3ー①]

  その3日後には、大量の画材がアリーの元に届けられた。

  それはもう、画材屋の商品を店ごと買い占めたのかと思うような、絵の具やキャンバスの量だ。

  それだけではなく、アリーの部屋の隣には絵を描く部屋が作られていて、何もかもが至れり尽くせりだった。

  その画材の整理はパトリックが率先して手伝ってくれたので、あれだけの量であったにも関わらず、午前中のうちにそのほとんどが片付いた。

  「パティ。絵、描いて良い?」

  「行儀作法のお勉強が終わってからですよ?」

  「巫の奥さんてさ。何すれば良いの?」

  「そうですね。奥様も演奏家であれば、一緒に回られたり、楽器のお手入れをなさったりされますが。そうでない方は、遠征先などへ一緒に回られてご挨拶されたり、パーティーに出られたりしますかね」

  「あ、挨拶か~。身分に合わせた挨拶ってやつだな~」

  「そうですね」

  アリーは甘やかされて育った温室の花だ。

  とてもそんな臨機応変に対応出来るとは思えなかったし、だからといってエディに迷惑をかけたくはなかった。

  その日は、昼から花嫁修業の時間だと言われていたが、これだけの画材を目の前にして、とてもではないが苦手な事をする気にもならなかった。

  アリーはスケッチブックと鉛筆だけを持って、部屋からこっそり抜け出した。

  ここに来てからは、エディの滞在している棟とその周りの庭以外、ほとんど出歩いた事がない。

  公爵達の棟に行けば、ダグに会えるかも知れなかったが、もしもその他の公爵がいれば気を使ってしまう。

  来客の棟ならば更に気を使うので、使用人の棟へ向かう事にした。

  だが、どちらにしても中央の棟は通らなければならず、アリーは出来るだけ地味な男物のスーツを着る事にした。

  黒地に銀の刺繍がされた詰め襟のスーツは、高価そうではあるが、その他のドレスの類いよりは遥かに地味だ。

  アリーが中央のエントランスを抜ける際に、軽やかな音楽が聞こえて来た。

  楽団の練習だろうか。

  ここで音が鳴らされているならば、王立の楽団で、相当なるテクニックの演奏家か、巫の力を少なからず持っている精鋭の集まりだろう。

  こっそりと開いた扉の隙間から覗くと、中では管弦楽の数獣人と、ピアニストが演奏していた。

  その演奏は素晴らしくはあったが、何故かエディや公爵達が演奏するような清々しいものではなかった。

  曲調は明るいのに、空気が澱むような、鬱々としたものがある。

  巫の力がある者は、その精神状態も音に反映されてしまう。

  そこで演奏している者達は、心晴れやかに音を奏でてはいなかった。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 3ー②]

  突然に、ピアノを弾いていたユキヒョウが鍵盤を叩き、演奏を中断した。

  その様相はイライラしていて、腹立たしげだった。

  「やめましょう!とてもじゃないけど、新年の慶びの曲なんか、演奏する気になれないわ!」

  「レベッカ様。ご機嫌斜めでいらっしゃるのね」

  「それはそうよ。せっかくエドワード公爵とご婚約されるかと思っておられたのに、ヴァリューカなんて野蛮な国から、それもオメガのオスなんて来たものだから、お流れになってしまれたんですもの」

  「流れてなんかいないわよ!」

  アリーは、その話題にドキリとした。

  彼雌達がいうところのヴァリューカの野蛮人とは、恐らく自分の事だ。

  そして、エドワード公爵と婚約する筈だったレベッカとは、あのアリーを快く思っていないグラント侯爵の娘なのだろう。

  レベッカは、凄まじいテクニックを持つピアニストだった。

  だが、余程に虫の居所が悪いのか、そのピアノも荒々しく、刺のある演奏をしていた。

  新年の慶びの曲というからには、新年の宴で演奏されるものなのだろうが、それにしては、殺伐とした音だった。

  「レベッカ様は、エドワード公爵の婚約者の方にはお会いになられましたの?」

  「会ってはいないわ。お父様曰く、見た目は美しかったようだけど、中身は空っぽの、間抜けだと仰っておられたわ」

  「そうなんですの?」

  「喋り方も品がなくて、何の楽器も演奏出来ないんだそうよ。いくら、見た目だけ良くてもねぇ?次代の巫や演奏家を産まなければならないエドワード様の妻があまりにも低能なのは、ねぇ?」

  「曲がりなりにも、音神の妻ですものねぇ」

  「それも巫の主ですわよ?」

  「側室の一人も持とうとはせず、奥様のリアン様を愛しておられた方ですもの。国家間の親善を思えば断りきれなかったんだわ。お国の為に苦渋を飲まされたのよ」

  「追い返してしまえばよろしいのに」

  「野良猫なら、向こうには黙って処分してしまえばよろしかったのよ」

  「来られる前に、事故にでも合われた事にしてしまってねぇ?」

  そこで、彼雌達の高らかな笑い声が木霊する。

  アリーは、自分を快く思っていない者が、長老達以外にもいる事を知って愕然とした。

  それも、このヴァルハラで練習しているようなら、王族や貴族の娘達だ。

  それを束ねるレベッカは、この中でも一番の高位なのだろう。

  そのレベッカがエディの婚約者になるつもりでいたのを、アリーが訪れた事で破談になったのだ。

  「でもそんな無骨者ならば、結婚式まで持たないんじゃなくて?」

  「四大大陸の中でも、一番麗しい音と儀式で祝われるラヴィールーザの式ですもの。大恥をかく事になりましてよ?」

  「そうね。私が認めないわ」

  そう断言するのは、レベッカだ。

  ピアノの椅子から立ち上がって、その大きく膨らんだドレスをクルリと翻した。

  盛り上がるようにして張り出した胸は、熟したメスのものだ。

  プラチナブロンドの巻き毛は艶やかで、その耳と尻尾からユキヒョウの輝く毛並みと、高圧的な自尊心溢れる様からアルファの獣人かと思われた。

  手足も長く、大柄であり、肉食獣としては最高級の美しさだった。

  「私はエドワード様の妻になる為に、ずっと己を磨いて来たわ。私の後に王立学校へ入られた時から、この方は将来、ラヴィールーザを背負って立たれるお方だと確信していましたもの」

  エディよりも3つ年上だったレベッカは、先に王立学校を卒業した後も王立の楽団に所属し、エディが公爵になるのを待った。

  ゆくゆくは楽団と公爵の関係ではなく、間近で公爵家を支える妻になるべくして、常に己を磨いて来た。

  「それをなんなの?ヴァリューカなんていう知性も教養もない国から来た野良猫に、エドワード様を奪われるなんてあり得ない!あり得ないんだから!」

  「レベッカ様……」

  「私以上の方でなければ、認めないわ!私以上に美しく、知性と教養があり、演奏に長けた獣人でなければ、エドワード様を渡さないんだから!」

  レベッカは、その美顔を歪ませて怒りを露に叫んだ。

  王族としての誇りとプライドが、彼女の中で燃え盛っていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 3ー③]

  聞かなければ良かった。

  知らなければ良かった。

  アリーは、こっそり抜け出した事を後悔した。

  自分を快く思っていない獣人達の声を聞いて、改めて自分がエディの妻になるに相応しくない事をまざまざと知らされ。

  暗い闇の深淵にまで叩き落とされた。

  エディは、自分の事をどう思っているのだろう。

  追い返されこそしないが、結婚式の事はパトリックから聞かされるばかりで、エディの口からは一言も聞いた事がない。

  亡くなった先妻のリアンを、今も想い続けているのは分かっている。

  自室の奥に、今もその美しい姿の絵が大切そうに飾られていた。

  本当は自分さえいなければ妻になっていただろうレベッカよりも、美しくある自信も、知性も教養もない。

  当然、楽器を演奏する技術など欠片もない。

  レベッカの言っていた『国家間の親善を思えば、国の為に断りきれなかった』という言葉が、呪文のように脳内を旋回する。

  アリーは頭を垂れながら、耳をペッタリと寝かせ、とぼとぼと自室へ戻った。

  その日は、絵を描く気にはなれず。

  こんなに真新しい山のような画材を前にして、すっかり意気消沈してしまっていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 4ー①]

  とても食卓でエディと顔を合わせる気になれなくて、アリーは具合が悪いと言って部屋で臥せっていた。

  少なくとも、アリー自身だけでなく、周りも同じような思いであるのは確かだ。

  昨日のレベッカ達の会話を聞いてしまってから、アリーの中の『疑念』が『確信』へと変化してしまった。

  腹の虫はグーグーと鳴っているが、空腹感がない。

  心配したパトリックが、何かとジュースやら果物を持って来てはいたので、それを口にしてはベッドでコロリと横になっていた。

  「アリー?」

  子供の愛らしい声で、それがブライアンだと分かる。

  アリーが頭を上げると、もう既にベッドの端にペットリと張り付いていた。

  「具合悪いのか?」

  「心配かけてごめんな」

  「ラヴィールーザ、寒いから風邪引いた?」

  「いんや。俺は馬鹿だから風邪は引かねぇよ」

  「何それ」

  ブライアンが吹き出して笑う。

  そして、その紅葉のように小さな手でアリーの手を掴んで、上半身を起こさせた。

  「ご飯、外で食べよう。俺と父上でお弁当、作ったんだ」

  「ブライアンと、エディで?」

  「父上、遠征も多いから料理も出来るんだ。料理人がいない時もあるんだって」

  「スゲーな、エディ!何でも出来ちまうんだな~」

  弁当まで用意させてしまったからには起きない訳にも行かず、アリーがベッドから立ち上がると、エディが部屋に入って来た。

  その手には大きなバスケットと、柔らかな白い毛皮のコートが抱えられていた。

  「体は大丈夫か?アリー」

  「うん。ごめんな。全然、平気」

  「心労で食欲がなくなったか」

  「えっと、……うん。まぁ、そうかな」

  「気にするな」

  「……うん……」

  エディはバスケットを床に下ろしてから、アリーを立たせ、簡単に着替えをさせた。

  そして、手にしていた雪のように真っ白な毛皮をアリーの肩に掛ける。

  それは軽やかでありながら、保温性に優れたドレスのように裾の広がるクロークだった。

  たっぷりと被るフードの周りや裾に至るまで毛足の長い毛皮に縁取られていて、首の辺りで縛る紐の先には、丸いぼんぼんが付いていた。

  「暖かい……」

  「今日は晴れてるから、この位でも大丈夫だ。裏の森へ行こう」

  「森、行っていーのか?!」

  「もちろん」

  森は幼い頃から、アリーの遊び場だった。

  流石に寒冷地であるラヴィールーザでは、生えている木々も住んでいる動物達も違うだろうが、それでも心が踊る。

  ブライアンがそっと手を伸ばして来て、アリーの手を引いて行く。

  エディもブライアンも言葉は少なかったが、その思いやりは伝わって来た。

  部屋から出て来ないアリーに気遣って、誘いに来てくれたのだろう。

  ほんの少し、アリーは胸元が暖かくなるのを感じた。

  そして、自らの手を握る小さな手に少しだけ力を込めた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 4ー②]

  針葉樹の間を、暖かな木漏れ日が差す。

  吐く息は白かったが、日差しが暖かな分、寒さを凌げた。

  ほんの少し森を歩くと、ちょうど台座のようになっている場所に着いた。

  そこには太陽の光も注いでいて、雪さえなければまるで春の陽気に包まれているように思えた。

  「ブライアン」

  「うん」

  エディが、ブライアンにスティックを渡して指示すると、ブライアンはその台座部分にスティックを当てた。

  トトトトト、トトトトトとリズミカルにそこを叩くと、みるみる間に雪が溶けていく。

  それだけではなく、ニョキニョキと草が生え初め、小さな小花がポンポンと花開いた。

  「え~?!ちょっと!魔法みたいに凄いぞ!ブライアン!」

  「俺はまだこの位しか出来ないけど、父上ならこの何百倍も出来るから」

  「そしたらエディは、ラヴィールーザから雪をなくしちまえるんじゃねーの?!」

  「流石に俺も、そこまでは出来ん」

  エディはバスケットから敷物や、食材が入っているだろう包み袋をいくつも取り出していく。

  アリーを敷物の上へ座らせると、その周りには華やかな食材が色とりどりに並べられた。

  「うわ~!ご飯が、ウサギとか、星とか、色んな形になってる!あ!これはパティだ!」

  「パンダだよ。アリー」

  「パティじゃん!」

  「パトリックはパンダじゃないよ」

  「パティはパンダだよ。だってあんなに可愛いのに!」

  そのブライアンとアリーの掛け合いに、エディの口角がほんの少し上がる。

  滅多と表情を変えないエディのうっすらと見せた微笑みに、アリーの胸はドキドキと大きな音を立てて高鳴ってしまう。

  「父上は、アリーがする事には笑うんだ」

  「アリーは、傑作におかしいからな」

  「お、おかしいか?!俺!」

  「傑作に笑えるな。馬車から降りた途端に、雪の中へ顔から突っ込むとかな」

  「見てたのか!来た時の事!」

  「2階の窓からな。誰か客人が来たな、とは思ったが」

  「ひぃぃ!恥ずかしいっ!」

  「まさかいきなり転ぶとか、喜劇並みに傑作だった」

  エディは、アリーの真っ白なクロークが汚れないように胸元へナフキンをかけてやり、その膝も全て覆うようにカバーをかけてやる。

  アリーの食べ溢しは、半端な防備では被害を抑えられない。

  「ご飯食べるなら、こんな白くて綺麗なコートにしない方が良かったのに」

  そう言うと、ブライアンがプルプルと顔を小さく振った。

  「アリーは、これが似合ってるから良いんだ」

  「そ、そう?」

  「せっかく父上が買ってきたコートなんだから」

  「エディが、買ってくれたのか……」

  「あぁ」

  そうして、エディとブライアンの2獣人がかりで、アリーの口元へと食事を運ぶ。

  そこまでされると、食欲がないとは言えなかった。

  「スゲー!美味しい!このパンに挟んだ肉!」

  「良かったな」

  食事が腹を満たし、アリーの荒んでいた心も、いつの間にか満たされていた。

  エディとブライアンが、巫の力を料理にまで投入したのではないかとすら思ってしまう。

  アリーはふうっと息を吐いてから手を合わせ「ごちそうさま」と言った頃には、あれだけ沢山あった料理の品々のほとんどがなくなっていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 4ー③]

  銀世界にブライアンのスティックが奏でる音が響き渡る。

  カカカカッ、トトトトトッと、辺りの木々を叩くと、どこからともなく小動物達が集まって来る。

  ブライアンは、次代の公爵に相応しい巫の力を有していた。

  その小さな音の粒は、雪の結晶のように光輝いていた。

  「ブライアンはエディにそっくりだな」

  「俺よりもブライアンの方が巫としては向いている。『陽』の力に満ちているからな。俺は『陰』の力もあるから」

  「でも、エディの演奏も凄かったよ!結婚式での神殿でさ。音の粒がキラキラ光ってて、左のこの辺からの太鼓は、特にパーンて光が弾いてたもん」

  「あれはスネアドラムと言うんだ。楽器職人と試行錯誤して作ったんだ」

  先代までの打楽器奏者はティンパニが主な楽器だったので、その音には限界があった。

  それを何とか広げたいとエディが考案したのは、手足が届く範囲にいくつもの打楽器を配置する事だった。

  大小様々なタムやドラム、シンバルやドラ、その多くを身近に配置する事で、速くテクニカルな演奏が可能になり、音やリズムの幅が拡がった。

  それによって、エディの巫としての力も2割近く向上して、今の主としての立場にまで登り詰めたのだった。

  「スゲーな!エディ!」

  「これがなければ、ダグが巫の主になっていただろうな」

  「え?チャラ雄が?チャラ雄なのに?」

  「そうは言うが、あいつは歴代の公爵の功績を塗り替える、凄まじいヴァイオリニストなんだぞ」

  「え~?!チャラ雄のくせにやるな!ただメスの尻を追っかけるばっかじゃねーんだ。やる時はやるオスだったのか。チャラいくせに!」

  アリーのあんまりな物言いに、エディは拳で口を押さえて笑いを堪えていた。

  すると離れた場所から、ブライアンがアリーを呼ぶ声がした。

  アリーは台座から立ち上がり、フワリと身を翻した。

  白いクロークのコートが花のように開く。

  真っ白な雪の世界に、真っ白な毛皮が舞い踊る。

  その中心に、アリーの褐色の肌と、艶やかな黒髪が閃いていた。

  雪の中に、南国の大輪の花が咲いているような感覚に囚われる。

  その身のこなしは、優美な猛獣であるタイガーの美麗さに溢れていた。

  ブライアンもタイガーの子ではあったので、そのアリーの動きに必死に付いて行っていた。

  野山を駆ける野生のタイガーは、鬱積したものから放たれるようにして、生き生きと走り回っていた。

  エディは、食べた弁当箱や包み袋を片付けていると、アリーとブライアンの楽しげな声が聞こえなくなっている事に気が付く。

  2獣人の方を見ると、アリーが背を丸めて踞っていた。

  「アリー!」

  「父上!」

  「どうした?!」

  「アリーも俺と一緒にスティックで叩くって言ったんだ。だから、落ちてる木で叩こうとして……」

  アリーの目の前に落ちている小枝を取ると、独特な香りが鼻をついた。

  マタタビの木の枝だった。

  マタタビには興奮物質が含まれていて、その個獣人差もあるが、猫科の獣人には多少の影響を与える。

  軽い者なら多少興奮する程度だが、マタタビに弱い者ならば、性的に昂って、治まらなくなる者もいる。

  「アリー?!大丈夫か?」

  「エディ~。体が、熱いよう~」

  「熱いか」

  「何だか、ムズムズするよう~」

  アリーはオメガだ。

  マタタビは、オメガの方がより効能を発揮するし、発情期に近ければ、発情期を早めてしまう事もある。

  エディがアリーの肩を抱き寄せると、「にゃん!」と子猫のような声を漏らした。

  その首筋辺りから、甘い薫りがブワッと拡がるようにして発せられる。

  不味い、と思った。

  このままでは、アリーの体臭に自分だけでなく、子供のブライアンにまで当てられてしまう。

  エディはアリーの膝裏に手を差し込んで抱え上げた。

  「ブライアン、荷物、空だから持てるな」

  「うん」

  エディはその俊敏なる走りで、城へと戻った。

  腕の中のアリーは、走る振動にも感じてしまうのか、猫のような甘い声を上げ続けていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 5ー①]

  急いで部屋に戻り、ベッドへと降ろしてやると、そのスプリングの衝撃だけでアリーは甘露な喘ぎ声を発した。

  アリーのフェロモンは、まるで発情期の絶頂の時以上の濃さだった。

  「アリー。フェロモンの抑制剤は飲んでいるか?」

  「飲んでる……普通の3倍……」

  「3倍も飲んでてこれか!」

  「俺……フェロモンが普通のオメガより濃いんだって……」

  「くそっ……不味い!」

  発情期でもないのに、一般のオメガよりも濃厚なフェロモンだ。

  アリーの興奮に当てられる。

  エディは、犬歯がググッと伸びるのを感じた。

  エディ自身も常にフェロモンを防御する薬と、[[rb:発情 > ヒート]]抑制薬を常用している。

  オメガの発情期に発する強烈なフェロモンに、アルファは抗えない。

  そのより強いオスの精子を取り込もうとする野生の本能は、次世代にアルファを残そうとする無意識の元にある。

  巫として遠征の多い公爵や、アルファの演奏家達は、行き先でオメガの発情期と偶発的に出会ってしまえば、予定していた演奏を中止せざるを得なくなる。

  だからこそ己の理性を保つ為に、薬を飲むのを半ば義務付けられていた。

  エディは、アルファとしての[[rb:発情 > ヒート]]をしにくく、堪えようと思えば目の前にいるオメガの発情期にも反応しないようコントロールする事も出来た。

  元に公爵としての自分には、あらゆる手を使って取り入ろうとする者も多く、発情したオメガを送り込んでたらし込もうとした輩もいた。

  それでも、平静を保って追い返してきた。

  なのにアリーのフェロモンには抵抗出来ない。

  発情期でもないのに、こんなにも凄まじいフェロモンを出すオメガには出会った事がなかった。

  「エディ~。……やっ、ひゃん」

  「アリー……」

  「もう、おかしくなっちゃう~。いやぁ……」

  「……お前を、きちんと迎えるまでは触れるべきじゃないと思っていた。それは、スウェイドに対しても、また何も知らないお前に対しても。それは俺としてのけじめでもあった」

  「エディっ!エディっ!……ああっ!」

  エディは、アリーの服を引き裂かんばかりに剥いでいった。

  一切の服が取り払われると、アリーの身体中の汗腺や粘膜部分から、濃密なるフェロモンが沸き上がるようにして放たれた。

  エディの鼻の頭にシワが寄せられる。

  気が緩めば獣化してしまう。

  初めてのアリーに、獣の姿で蹂躙するような事だけはしたくはなかった。

  「アリー、お前を抱くが許してくれるか?」

  「エディ~……」

  「もう、俺の言葉も分からないか。……全て俺のせいにしてくれていい。俺が悪い」

  エディは自らの服も脱ぎ捨てる。

  その中心の雄芯は、既にアリーのフェロモンに煽られて、限界にまで盛っている。

  振り上げられた鎌のように、その凶暴なる男根はいきり勃っていた。

  重い陰嚢から押し上げられた欲望に[[rb:漲 > みなぎ]]り、その先端の割れ目から堪えきれない蜜が溢れ出ている。

  その蜜液が、熱い砲身にタラリと流れ伝う様を見たアリーは、本能でそれを『欲しい』と思った。

  このオスが欲しい。

  このオスの精子を体に取り込みたい。

  そう無意識に感じ、エディに手を伸ばした。

  「エディ……」

  そうしてエディは、アリーに引き寄せられるがまま、その上に覆い被さっていった。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 5ー②]

  アリーの赤い舌を見ただけで、エディは一気に獣化しそうになる。

  その舌に引き込まれるようにして、自らの舌を絡めると、熱くて甘いアリーの舌は、まるで濃厚なワインのような味がした。

  貪る。

  貪る。

  貪り尽くす。

  その唾液を欲して、アリーの口腔内を舐め回した。

  「ア、リーっ……」

  「んんぅ!……ん、うんん!……あ、あぁ~!」

  アリーの体がビクンビクンと震える。

  キスだけで達してしまっていた。

  これだけ過敏な体には、出会った事がない。

  だとしたら、この甘やかな性器を舐めたり、尻孔に自らの雄をねじ込んだらどうなってしまうのか。

  エディは、アリーの脇から腰にかけてをスルリと撫でると、その身をくねらせて悶えた。

  「あぁ~~~~~っ!」

  「撫でただけで達くのか」

  「いやぁ~!」

  「あまり愛撫してはいられないな」

  自分にも余裕がない。

  このままでは、完全なる獣化を遂げてしまう。

  エディはアリーの膝裏を持ち上げて、その尻が浮かび上がる程に持ち上げた。

  そこには射精しても尚、萎えないペニスと、ヒクヒクと誘うように[[rb:蠢 > うごめ]]く淫らな尻孔があった。

  そこは紅く熟れていて、淫らにオスを誘っていて、トロリとした淫液が零れ出していた。

  オスの尻孔は濡れない。

  だが、オメガの孔は女の膣のように濡れる。

  エディは、そのピクピクと悶える後ろ孔へ、長い中指をぐるりと半回転させるようにして挿入した。

  尻の下に敷かれたアリーの尻尾が、ピィンと逆毛立って興奮を伝えて来る。

  熱い体内にヌルリと指が潜り込んだだけで、アリーは再び絶頂を迎えてしまった。

  「にやぁぁぁぁぁん!」

  「指もダメか」

  「あん!あん!にゃん!出ちゃう!……出ちゃうの!ダメぇ!やっ……」

  「ちょっと拡げさせろ」

  「あぁ~~~~っ!」

  エディは、アリーがこれ以上射精しないようにする為に、そのペニスの根元をグッと握り締めた。

  そして、濡れた蜜孔をグチャグチャと掻き回す。

  その粘膜を弄られまくる快感に堪らなくなって、アリーは夢中で尻を回した。

  指を挿入しては中で開き、また挿入しては開きを繰り返して、アリーの淫乱な蜜洞は完全にパックリと開いてしまった。

  「これで発情期じゃないとか……。本来の発情期が来たら、どうなるんだ?」

  「エディっ!やぁ!やん!……エディっ!」

  「不味い……俺も限界だ」

  エディの大きく張り出した亀頭部分が、アリーの窄まりをトントンと叩くと、中から蜜が再び溢れ出す。

  早く欲しい。

  そう体が求めている。

  エディは、先端部分を蜜孔へと捻り込んだ。

  アリーの感じ過ぎる体を考えて、そのまま根元まで一気に最後まで埋没させる。

  「ひゃぁぁぁぁぁぁん!」

  その尻から股関節を拡げ、体内の敏感な粘膜をググゥっと拡げ押し込まれる感覚に、アリーは大きく背を反らして身悶える。

  全身はガクガクと痙攣し、激しく尻を揺らしながら絶頂を極めた。

  [newpage]

  [chapter:もっと側にいて欲しい 5ー③]

  これが正常位で良かった。

  もしも後ろから抱いていたら、無意識にアリーの[[rb:項 > うなじ]]へと噛み付いていただろう。

  アルファがオメガの後ろ首に噛み付く事は、永遠の[[rb:番 > つがい]]になるのを意味する。

  噛み痕を残されたオメガは、もう他のオスとは交尾出来ない。

  囲われるようにして育った無垢なアリーに、無理矢理関係を強いるような事はしたくない。

  ましてやこんな自我を失っている状態ならば尚更だった。

  一度、完全なる挿入を終えたエディは、獣に成り果てていた。

  久方ぶりの交尾の感覚が、更にそれを暴走させる。

  股間を締め付け、尚、甘く揉むように搾られる壮絶な快感が、タイガーとしての本能を呼び起こした。

  アリーの腰を掴み、己の熱棒へと引き寄せ、突き挿れる。

  グチュン、グチュンと生々しい蜜液の絡む音と、互いの体がぶち当たるパンパンという破裂音が部屋中に響いている。

  精の尽き果てたアリーは、射精せずとも絶頂を極め続けていた。

  「あぁ~!あぁ~!やっ、いやぁ!……あん!やぁん!」

  「アリーっ!」

  「あぁん!あん!……何か、きちゃう!きちゃう~!」

  アリーの中の蠢く襞が、エディの精子をもっと、もっと欲しいといって引き絞る。

  それに応えるようにエディは腰をグルンと大きくグラインドさせながら、最奥を突きまくった。

  アリーの体内がキュンキュンと千切れんばかりにエディのペニスを絞り込むと同時に、その前のペニスからは精液ではない大量の愛液を吹いた。

  エディもまた、尻筋を引き締めるようにして腰を突き出しながら、耐えに耐えた欲望を爆発させた。

  男根からは、ビュー、ビューといつまでも吐精し続ける。

  そうして何度も何度も、その甘い躰を味わい尽くし。

  ひとしきりアリーの中を堪能した後、やっと獣化を踏み止まったと思った頃には、アリーも精根尽き果てていた。

  これだけのフェロモンを発するのであれば、どんなアルファでも簡単に籠絡されるだろう。

  この純粋培養された花を、虫食いにさせる訳にはいかない。

  この花を守る。

  箱入りの姫君は、何も知らずにいれば良い。

  これからも、その美しさを損なう事なくいて欲しい。

  自分がこの花を守護する。

  眠り続けるアリーに、エディはそっと誓うようにして口付けた。

  [newpage]

  [chapter:第三章・もっと近くに1ー①]

  朝、目覚めた時、アリーは周りの状況が把握出来なかった。

  確かエディとブライアンと3獣人で森へと出かけ、弁当を食べた。

  ブライアンが軽快に音を鳴らすのが羨ましくて、近くの小枝を拾って同じように叩こうとした。

  というところまで覚えているが、その後の記憶がない。

  全身に心地好い気だるさはあるが、腰と尻の違和感が半端ない。

  だが、その自分の体の変調よりも更に重大な事案が目の前にある。

  愛しくて堪らない獣人が、隣で安らかな寝息を立てている。

  それも、裸でだ。

  「な、な、何なんだ~?!これ~?!」

  「……起きたか、アリー」

  「え、え、え、エディ~?!」

  「おはようは?」

  「お、お、おはよう……ございます」

  「おはよう」

  エディは起き上がって直ぐにナイトウェアを取りに行き、アリーの頭から通して着せた。

  自分はガウンを羽織って、ベッドに腰掛けた。

  「アリー、抑制剤は欠かさず飲んでるんだよな」

  「飲んでるよ」

  「それであんなにダダ漏れなら、お前のフェロモンも相当なものだな。よくも今まで無事でいられたものだ。今日からは俺の部屋で過ごせ。パトリックにも隣の部屋に待機させるし、護衛も増やす」

  「え~?!何で~?!」

  「こんなフェロモン垂れ流ししてたら、いつ誰かに襲われるか分からん」

  「き、昨日、何があったんだ?」

  突然のエディからのアプローチにアリーは戸惑った。

  今まで嫌われてはいないとは思っていたが、まさか部屋を同じくするのを許されるとは思ってもみなかった。

  夜を共にするなんて、まるで夫婦のようだ。

  「うわ~~~!どうしよう~!俺、失神しそう!」

  「アリー?!」

  「え?どわぁ!」

  仰け反ったアリーは、そのままベッドからコロンと転がり落ちた。

  立ち上がろうとしても、足がいう事を聞かず、立ち上がれない。

  「あ、あれ?立てない……」

  「すまん。昨日は俺も歯止めが利かなかった」

  「な、何があったの?俺、まるで記憶ないんだけど……」

  「……記憶がないのか」

  「お尻に何かハマってるみたいな気がする」

  「いや……本当にすまん」

  「俺のお尻、どうなっちゃってんの~?」

  「すまん」

  アリーはまともな性教育も受けていないので、夫婦になる獣人同士が何をするのかすらも、よく解ってはいなかった。

  少し躊躇った後、エディは簡単にそれを説明した。

  それを聞いている途中から、アリーは「キャー」だの「ヒー」だのと奇声を発し、のたうち回った。

  「昨日は悪かった。理性のないお前に無茶をした」

  「で、でもエディだって、獣化しちゃうとこだったんだし」

  「他のメスで性欲を晴らすような事はしたくなかった。お前も発情期のように欲情してたし」

  「ひぃぃぃぃぃ!」

  「本当に、こんな形でお前の初めてを奪うような真似はしたくなかったんだ」

  エディが俯き加減で、心情を吐露した。

  その言い様に、後悔が感じられた。

  エディは、アリーを抱いた事に対して後悔している。

  本当はアリーを抱きたくはなかったのだ。

  そうアリーは受け止めて、心臓が握り潰される程の痛みを覚えた。

  自分は、エディのものにして貰えるのなら、こんなに嬉しい事はない。

  だが、エディはアリー程に相手を欲しいとは思っていなかったのに、アリーが欲情してしまったが為にヒートを起こした。

  仕方なく抱いてやったのだと、言われたような気がした。

  アリーは泣きそうになる自分を見られたくはなくて、ブランケットを頭から被った。

  心配そうに声をかけてくるエディに、「もう少し寝るから」と言って袖にした。

  エディはしばらくは傍にいたが、仕事もあったのか、昼前には部屋を出て行った。

  1人残されたアリーは、そこでやっと声に出して涙した。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに1ー②]

  昼からは、パトリックや召し使い達がアリーの私物や服などの移動に、バタバタと忙しなく動き回っていた。

  アリーも何か手伝おうとしたが、如何せん腰から下が使い物にならなかったので、仕方なくベッドでスケッチをしていた。

  「パティ、何かごめんなぁ」

  「いえいえ。御結婚後の移動が早まっただけの事ですから」

  「それだけじゃなくて、パティも仕事増えたみたいなもんだろ」

  アリーのオメガとしての特殊性から、パトリックの護衛の重要性も増した。

  とにかく近くにはアルファの獣人を近寄らせるのは危険だったので、パトリックは執事兼教育係に加え、これからは護衛も担う。

  「元より、私は騎士でしたから」

  「え?あ、だからそんなにムキムキなの?」

  「元々音楽の才能がなかったので、デランダ王国に留学して、そこで騎士として鍛練を積んでいました。たまたまお越しになっておられたエドワード様の目に止まって、私を引き取って下さったのでございます」

  任務で目を痛めたパトリックに、エディは違う道筋を示してくれた。

  音楽ではなく、違う職業であってもラヴィールーザで生きていく事は出来ると、パトリックが執事学校へ入学するのにも支援した。

  「エディ……優しいもんな」

  「はい。私はそれから、エドワード様に尽くすと心に決めたのでございます」

  「でも、実際についてるのは俺になっちゃってごめんな~」

  「それこそエドワード様の為なんですよ?エドワード様は、アリー様がラヴィールーザに到着されてすぐに、私をつかせたのには意味があります」

  遠征の多い自分は四六時中、アリーを見てはいられない。

  自分の代わりにアリーを任せるのは、それだけエディに信頼されているというのを意味した。

  「エディ……俺の為に、パティをつけてくれたのか……」

  「そうですよ。私はエドワード様以外の命令は聞きません。ですから、どんなに権力のある方から、何を言われようともアリー様をお守りする。……それを信じて下さっておられるのです」

  余程の猛獣でなければ、闘う為に鍛え上げられたパトリックには敵わない。

  その上、アリーのフェロモンは他の獣人の何倍もの濃密さである。

  生半可な護衛では、アリーの身に何が起こるかも分からない。

  様々な特殊訓練で鍛えられたパトリックには、毒物や薬物、フェロモンですら通用しない。

  もしもアリーが不意に発情期を迎えたとしても、冷静に対応出来るのはパトリックだけだった。

  「スゲー奴だったんだな。パティって!」

  「凄いのはエドワード様ですよ。他の公爵様方よりもお仕事が多いのは、下町や貧民街への慰問を無償でお受けになっておられるからです。……ですから先々では、アリー様にもそれを手助けして頂きたい」

  「俺に?俺、何にも演奏出来ないけど……」

  「演奏はしなくて良いんですよ。孤児院や施設に慰問に行かれた時に、エドワード様を助けて、笑顔で獣人達を和ませて下さるだけでも良いんです」

  それなら出来るかも知れない。

  自分は学もなければ、知性も教養もない。

  何も出来なくても、出来る事がある。

  エディを手助けする仕事なら頑張れる。

  そう思うと、アリーはほんの少し未来に希望が持てる気がした。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに1ー③]

  「おい!チャラ雄!動くなよ!」

  「動くなって言われても、退屈なんだよ」

  アリーは暇そうにしていたダグを捕まえて、椅子に座らせてスケッチをし始めた。

  もちろん、ダグもアルファのオスなので、何かあってはならないと言って、壁際にはパトリックが見張っている。

  「モデルとしては最高なのに、何か描き辛いなぁ。そんな風に、あちこちのメスにそわそわして目移りしてんだろ!」

  「ちょっとアリーちゃん……。君の中の俺って、かなり最低な奴なんだけど……いや、確かに過去の俺はそうだったけど」

  「どうせ、侍らせてるメスの顔も覚えてねぇクチだな」

  「いや、そこ本当に反省して、過去のしがらみの一切を取っ払って、今は奥さん1人に絞ってるよ。こないだ結婚式で永遠の愛を誓ったからね」

  「マジでか!」

  「マジでだ!」

  「やるな!チャラ雄!」

  「だからもう、チャラ雄じゃない!」

  「よし!『チャラ雄』は卒業させてやる!そしたら今日からお前は、『脱チャラ雄』だ!」

  「それ、『脱』が付いただけだろ~?!」

  ダグとの気兼ねない会話は、アリーの気分を向上させた。

  その人懐っこい親しみ易さは、本当に公爵なのかと思う程に威厳はない。

  「エディに絵を頼まれただろう?大きい絵」

  「うん。ダグが口添えしてくれたんだよな。ありがとう」

  「どうせならさ。そこに公爵全員を描いたら?」

  「へ?」

  「入り口のエントランスに飾るんだろう?1人だけだったらモメそうだし、全員描いたら良いんじゃないの?」

  「侯爵全員か~。でも、スケッチさせてくれるかなぁ」

  「みんなマメにここへは来るよ。……1獣人以外は。……いやいや、あいつにも来るように言っておくし、他のみんなにも伝えておくから、是非描いて欲しいなぁ」

  「でも、俺自身……描きたいと思えるかどうか……」

  「今の公爵は全員、[[rb:色雄 > いろおとこ]]だよ。そこに飾らないなら、俺が買い取っても良いし」

  「他のみんなは、モデル、嫌がんないかな?」

  「大丈夫だよ。……1獣人以外は。……いや、だから、そいつも説得するから」

  その1獣人以外は、というのが気にかかる。

  聞けばとんでもない偏屈者らしいが、エディの言う事は絶対に聞くらしいので、ひとまず安堵する。

  「公爵5獣人か~。そしたら、脱チャラ雄の人魚姫は後回しかな~。エディとかは人魚姫には出来ないしな~」

  「え?!何それ!俺、人魚姫になる筈だったの?!」

  「うん。そう。だから、裸体のスケッチもしたいな~って思ってたんだけど。ダメかな?」

  「裸体ね。全然オッケーだよ。自慢じゃないけど、俺、脱いだら凄いんです」

  と言いながら、ダグがスルスルと服を脱ぎだし、そのズボンにまで手を掛けたところでパトリックが慌ててとんで来た。

  そこで脱ぐのを制止させ「アリー様は超のつく箱入りのお育ちですので」と言われて、残念そうに耳をペタンと倒していた。

  先端に真っ白な穂先が付いた尻尾は、気落ちしたようにして項垂れている。

  その様には、アリーも笑いを堪えられなかった。

  ダグの底抜けの明るさは、天性のものだ。

  それは芳しい大輪の花が咲いたように、周りの獣人達を引き寄せる。

  これだけの伊達男に永遠の愛を誓わせるメスは、どんな獣人だろうと、アリーはほんの少し気になった。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに2ー①]

  いよいよをもって年の瀬も押し迫り、新年の宴まで1週間を切った。

  年末年始は忙しいとは聞いていたが、エディはダグを連れて年末のリサイタルの為に奔走し、帰宅するのもままならなくなった。

  エディは通常の巫としての仕事以外に、慰問などを積極的に行っているらしい。

  そこへはほとんど単独で訪れていて、全てのドラムキッドを運ぶのは不可能だったので、持てるだけの可能なタムやシンバルを持ち込んでの演奏になる。

  それを聞いたアリーは、せめてエディが個人的に訪問している場所に位は、手伝いに行ってやりたいと思った。

  病院や孤児院への慰問ならば、菓子を配ったり、子供達と遊んでやったりも出来る。

  夫婦になって、演奏以外のところで何かエディの手助けが出来るかも知れないと思えば、アリーも前向きになれた。

  そうして、パトリックと侯爵の妻としての立ち振舞いや、立食パーティーのマナーを学んだり、ブライアンと絵を描いたりしながら日々が過ぎていった。

  ヴァルハラの召し使い達も、慌ただしく新年の宴の準備に入る。

  城へは獣人達が、続々と押し寄せて来ていた。

  その身なりの豪華さや、気品高さから、皆が爵位があるか、権力を持つ領主達なのだろう。

  アリーは、窓からそれを見るのが精一杯で、とても出迎えるだけの勇気がなかった。

  エディは遠征から、まだ帰って来てはいない。

  近頃の大雪で足止めを食っているのか、仕事が押しているのか。

  アリーは、日に日に不安を募らせていった。

  「アリー様。エドワード様は必ずお戻りになられますから。巫の主のいない新年の宴なんぞあり得ませんし」

  「パティ~」

  「そんなにしょげないで下さい。ほら、アリー様の好きな事をなさって下さい。今日はもうお勉強はしなくて良いですから」

  「ダメだよぅ~。俺、まだ、立って食べれねぇもん」

  「それは、ほら。エドワード様がして下さいますでしょう?」

  「でも、もしエディが帰って来なかったら、1人でしなきゃだろ。だったら、自分でも出来てなきゃ」

  アリーが皿とグラスを左手に持って、ゆっくりと優雅に歩く。

  だが、ドレスを踏んでつんのめり、ツルリと手から皿とグラスが滑り落ち、床で乾いた音を立てて砕け散った。

  慌ててそれをパトリックが片付け、それをただ呆然と見て立ち尽くす自分に、堪らない虚しさが過る。

  歩く事すらもままならないのか。

  こんなにも人の手を煩わせなければ、いられないのか。

  誰もが普通に出来る事を、何故こんなにも出来ないのか。

  あまりの己の無能さに情けなくなった。

  「……ふぇっ」

  「アリー様?!」

  「うぐっ、……えぐっ」

  「アリー様~!」

  パトリックがオロオロとしていると、その危機を察したかブライアンが部屋に飛び込んで来た。

  「アリー。ちょっと休憩しよう」

  アリーの手に、お気に入りのでんでん太鼓を強引に握らせた。

  えぐえぐと泣きながらクルクルと回すアリーに、ブライアンが机の端をスティックで叩いていると、アリーの涙が止まり、その回す音も軽快に弾みだした。

  それからは、パトリックとブライアンが交互に何かとアリーを持ち上げた。

  やれ食事だ、やれおやつだと、沈む度にアリー復活のアイテムを差し出す。

  それで一時は持ち直すものの、エディが帰らない現実を直視する度に沈んでしまう。

  お陰で、ブライアンは常にスティックで何かを叩いている状態だった。

  そうでもしていないと、宴を前にアリーの顔が腫れて大変な事になってしまう。

  夜はブライアンを抱いて寝た。

  ブライアンが背中をトントンと叩いて、アリーを安眠へと導く。

  そうして時間だけが過ぎていき。

  エディはついに帰る事なく、年が明けて新年を迎えたのだった。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに2ー②]

  ヴァルハラの中央の棟にある神殿で、新年の宴が始まる。

  遥か昔、王がいた時代に創設された由緒ある[[rb:王立 > ロイヤル]][[rb:学校 > スクール]]の生徒達による、学年ごとの演奏から始まり。

  国の精鋭を集めた楽団の演奏、ソリストとして名を馳せた演奏家達の演奏と続いた。

  そして、グラント侯爵の娘、レベッカがその親衛隊の7獣人をつれて、セプテッドとして舞台上に現れた。

  アリーは、それを最高位であるエディの席の隣で観ていた。

  だが、隣にエディはいない。

  それまでは笑顔で演奏に拍手を送っていたアリーだったが、途端に表情を固まらせた。

  真っ赤な燃えるようなドレスを着たレベッカが、アリーを睨むようにして見つめている。

  そんな射殺すような視線に、とてもではないが笑顔で返す事は出来なかった。

  エディが選んでくれた、生なりのレースとスパンコールが散りばめられた中性的なスーツの膝部分を握り締める。

  裾は膝下まであって、その下から覗かせる白いロングブーツが、アリーの細く長い足を美しく際立たせていた。

  レベッカの演奏は、あのホールで聴いた時程に乱れておらず、そのテクニックを爆発させて、凄まじい速さと力強さで鍵盤を叩いていた。

  清々しい新年の演奏ばかりだった他の獣人達とは違い、突き刺すような音が辺りに反響する。

  レベッカは巫の力を持っている。

  その力が漲る演奏は、獣人達を圧倒した。

  大歓声を得て、レベッカは軽くドレスを掴んでお辞儀をして舞台を去る。

  その最後の瞬間もアリーを睨み、ドレスを翻して去って行った。

  そして、いよいよトリである公爵達の演奏となる。

  エディは間に合わなかったのかと落胆してきたアリーだったが、その舞台には恐らくギリギリに間に合っただろうエディの姿があった。

  公爵の皆が、ラヴィールーザでは珍しい白く軽やかな出で立ちで現れる。

  神の使いのようなその姿の神々しさに、皆が息を飲んだ。

  エディは、一番背後にあるドラムキットの中に腰掛ける。

  その左手には、ピアノの巫であるキース公爵。

  フロントの3人は、左からヴァイオリンのダグラス公爵、声楽のレオンハート公爵、チェロのマーク公爵が各々の配置に着く。

  エディがスティックを高く掲げ、コンコンコンと鳴らした直後、その壮大なる演奏が始まった。

  歴代公爵の中でも最高の力を持つと言われている巫5獣人の演奏は、普通の『音楽』とは全く別物だった。

  それは『音の魔法』だった。

  神殿内の空気が一瞬にして一新され、その場にいた全ての獣人の毒素が抜かれて、浄化される。

  耳からの音だけではなく、エディの地鳴りのようなバスドラムが神殿を床から鳴らし、下から脊髄を通って脳にまで痺れをもたらす。

  空気を伝った音の粒が、皮膚を叩くようにして響き。

  渦を巻いて、天井から叩降り注ぐ言霊が、獣人達の酩酊させた。

  音神の全員が集まると、音の高低や軽重の全てを満たし、奇跡を起こす。

  荘厳であり、雅なる時間が過ぎ。

  アリーはその衝撃のあまり、聴き終えた後には気を失っていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに3ー①]

  「アリー様……大丈夫ですか?」

  「うん。パティ、ごめんな。もう大丈夫。感動して失神しただけだから」

  「感動して、失神したんですか?」

  「うん。もうズキューン!って感じにドカーンと来た!そんで、バターンって倒れちゃった。……で、今すぐこのメロメロになった感動を絵に描きとめたいんだけど、……ダメだよな?」

  「申し訳ございません。もう少しで宴の後半が始まりますから」

  「でも、エディが帰って来てくれたもんな!」

  「それが……すぐに帰るとおっしゃって、また街へ降りられて……」

  「え~?!」

  「お待ちになれますか?多少でしたら、アリー様は身分の高い御方ですので、許されるとは思いますが」

  「でも、エディが帰らなかったら……俺だけでも出てないと駄目だよな」

  「そこは俺がエスコートするよ。アリーちゃん」

  部屋に入って来た獣人は、ダグだった。

  ダグは先程の演奏の時に着ていた真っ白なスーツとは違う、黒いビロード生地の軍服のようなスーツを着ていた。

  詰め襟部分や袖には金糸で豪華な刺繍をされ、深い青のマントを羽織っているその様は、ライオンの気高さを際立たせていた。

  「ダグ……でも、奥さんがいるだろ?」

  「初めてダグって言ってくれたね。ウフフ、嬉しいな。出来れば、会場では『脱チャラ雄』って呼ばないでね?」

  「だから、奥さんが!」

  「奥さんね、今、身重だからお留守番させてるんだ。だから、今日は俺もフリーなの。エディが帰って来るまで、エスコートするよ」

  「でも、俺……全然マナーがなってなくて……」

  「エディから聞いてる。ちゃんとフォローするから」

  「ありがとう……ダグ……」

  「うわ~!もう、可愛いなぁ!こんな可愛い子、うちに連れて帰りたい!」

  ダグは感極まってアリーを抱き締めた。

  それにはアリーも全身を硬直させた。

  今までこんなにも雄々しいオスに抱かれた事は、エディ以外になかった。

  エディの爽やかなコロンの薫りとは違い、ダグはほんの少し甘くていなせなオスの薫りがした。

  それには慌ててパトリックが割くようにして分け入った。

  アリーを背に庇い、「ダグラス様!エスコートも程々の距離を保って下さい」と釘を刺して、ダグもエディに言われていたのか、それには「はい、はい」と従った。

  「アリーちゃん……発情期前なの?凄い色っぽい匂いがする……」

  「あ、俺、スゲーフェロモンが濃いから、抑制剤3倍飲んでても、時々漏れてるらしくて」

  「……成る程。これはエディが躍起になって構いたくなる訳だ」

  「え?!エディが、何て?」

  「まぁ、まぁ、会場にでエディが帰って来るのを待とうか」

  ダグが背筋をピンと伸ばし、アリーに向かって手を差し出す。

  アリーもその手に、自らの手を重ねる。

  エディの帰りを待つ。

  宴には、アリーの味方はいないかも知れない。

  それでも、隣にダグがいてくれる。

  今のアリーにとって、それは何よりも心強い味方だった。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに3ー②]

  中央の一番広い大広間で、新年の最初の宴が催されていた。

  総勢300人はいるだろう着飾った獣人達の視線が一斉に扉へと集まる。

  アリーとダグが大広間に入った直後に、高らかなる澄んだ声が、部屋の隅々にまで行き渡った。

  「エドワード公爵の花嫁、由緒正しいヴァリューカ王族の血を受け継がれるアリー様である!エドワード公爵がまだ来られない為、ダグラス公爵が付き添われている。皆、失礼のなきよう!」

  そのピンと弦の張ったような声の主は、声の巫であるレオンハート公爵のものだった。

  アリーがそちらをチラリと見ると、パチンとウインクしてきた。

  黄金の髪を腰にまで伸ばしたその豪奢なライオンのオスは、圧倒的な威圧感でホール中の獣人達を黙らせ、周囲の者達は一歩引いて控えていた。

  その服はダグと同じ黒地に金糸のスーツだったが、マントだけは深い翠のものを羽織っている。

  近くにいた公爵は皆が揃いの服を着て、マントだけが色違いなのだと分かった。

  「アリーちゃん。エディじゃなくてごめんね」

  「ううん。こっちこそごめんな。ありがとう、ダグ」

  「エディね、城下町の外れの孤児院に行ったんだ。去年いっぱいしか、もたないだろうっていう子供がいて。……その子、ティンパニの上手な子でね」

  「そう……なんだ」

  「必ず新年に行くから、生きてなきゃ駄目だって言って、会う約束してたんだよ。だから、ちょっと叩いて、すぐに帰って来るからね」

  「……そんな……俺なんかどうでも良いのに」

  「そんな事ないでしょ?アリーちゃんはエディの何よりも大事なお嫁さんなんだから、ね?……お腹空いた?ちょっと食べようか?」

  先程のレオンハート公爵の声には巫の力が込められていたのか、獣人々は会釈をしながら、アリーとダグが食卓のテーブルへ向かうのを一歩引き、誰も声をかけようとはしなかった。

  それでも食べ物を取ってからは、我先に話し掛けようと、周りの者達が身構えているのが分かる。

  ダグはそんな視線を気にも止めずに、皿へと食事を盛る。

  ワインだけはアリーに持たせ、あとは全て手で摘まめる物ばかりにした。

  「これなら手でも食べれるでしょ?」

  「ダグ~!」

  「口も汚れ難いしね~。汚れても拭いてあげるけどね~」

  「お前、ホント、スゲー良い奴~!」

  「友情に厚いオスよ?俺」

  「メスへの愛情にもだろ!」

  「俺、メス嫌いなんだよね。奥さんもオスのオメガだよ」

  「マジでか!」

  「マジでだ!」

  ダグだと会話が軽快に進む。

  エディだと、元からの性格もあるが、ドキドキはするし、モジモジとしてしまって、こうは会話が進まない。

  それは、ダグには恋愛感情がないからだ。

  だが、こんなにもモテそうなダグか、メス嫌いとは思ってもみなかった。

  今も、恐らく爵位があるだろうメスが、自らを売り込みにダグへと声を掛けてきたが、それを明るく笑顔でいなして遠退かせた。

  「ダグは何でメスが嫌いなんだ?」

  「俺って、ロクでもないメスばっかり寄って来るんだよねぇ。独身の時は適当に遊んでて楽しかったんだけど、運命の人に出会ってからは変わったよ」

  「そうか~。チャラ雄を脱チャラ雄に導いた、良い奥さんなんだな」

  「いや、まぁ、ホント良い奥さんなんだけど。ヴァイオリンも凄いし、料理も上手いし……。でもね」

  「でも?」

  「凄く厳しいんだよねぇ。俺、怒られてばっかりなんだよ~。怒られるのもドキドキして、嬉しいんだけど」

  「嬉しいのか!馬鹿だろ!」

  「だよね~。みんなにドM?って言われるんだよね」

  この美しいオスを尻に引いているのだから、さぞかし美しく、気高いオメガなのだろうと想像する。

  同じ音楽家だという事は、遠征も一緒に回り、共に仕事をこなしていける仲なのだ。

  アリーは羨ましいと思った。

  楽器を奏でる事は出来ないが、自分もダグ達のように、結婚すれば夫婦の絆を深める事が出来るだろうか。

  せめて愛情は無理でも、信頼を得れるようにはなりたいとアリーは思った。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに3ー③]

  そうこうして皿の上の食材を食べ終えた頃、皆がおずおずと挨拶をしに徐々に近寄って来た。

  ダグがにこやかに場を取り持ち、間を繋いでくれるので、アリーは笑顔で挨拶するだけで済んだ。

  元よりその美貌だけでも十分な程の華やかさがあり、挨拶一つで相手のテンションも上がる。

  それには、緊張からかアリーから漂う何とも言えないフェロモンの残り香のような色気が、相手を心地好い気分にさせていた。

  そんな和やかな中、カツンカツンと床を蹴り上げるようなヒールの鳴らす音がした。

  音の方を見ると、真っ赤なドレスを掴んで、胸を突き出し、肩を怒らせるようにして歩いて来るレベッカの姿があった。

  「ご機嫌よう、ダグラス様」

  「やぁ、レベッカ」

  「私にも、お隣の方をご紹介して下さいません?」

  「あぁ、こちらはアリー。ヴァリューカ王国、スウェイド王の従弟にあたる御方だよ」

  「初めまして、アリー様。私、グラント公爵の娘、レベッカです」

  「は、初めまして」

  本当は初めてましてじゃないけど、と心の中で思った。

  思わずその強ばりから、ダグの袖をギュッと力強く握ってしまう。

  気の利いたことを何かを言おうにも、アリーにおべんちゃらを言う脳がある訳もない。

  ダグが口を開く前に、レベッカの真っ赤な唇から尖るような言葉が出た。

  「ちょっとお聞きしたんですけど、貴方、王族でありながら、獣化も出来ないらしいですわね。誇り高き王族である事が何よりのヴァリューカでは、とんだ爪弾き者だったでしょうねぇ」

  「そ、それは……」

  「エドワード様もとんだハズレを引かされたものですわね。まぁ、ブライアン様がおられるから良かったものの、よくもまぁ、ご友人の強引な無茶振りをお聞きになられたものですこと」

  こんな公の場で、獣化出来ない事をバラすのは、レベッカの作戦だったのだろう。

  ラヴィールーザはヴァリューカ王国程に獣化するのを神聖化してはいなかったが、巫の主の妻ともなれば、より正当なる血筋を求められる。

  今まで好意的に見ていた他の獣人達も一斉に猜疑の目を向けて来た。

  「しかも教養も、音楽的なセンスもない……」

  「何だか酷い雑音が聞こえるなぁ。繊細な俺の耳じゃ耐えられないよ」

  レベッカの罵詈雑言を、ダグの能天気な声が遮る。

  それも耳を抑えながらのオーバーアクションで、皆の視線がダグに集まった。

  「それ、誰に言ってるのかなぁ?アリーは巫の主であるエディに選ばれた奥方様だよ?あれだけ妻はもう娶らないと言っていてたエディのだよ?おまけにアリーは大国ヴァリューカの獣王、スウェイド様のお気に入りでもある」

  ダグはしなやかな動きでアリーの背後に回り、その手をしっかりと握って、麗しく華やかな立ち姿を見せ付けるようにして支えた。

  「口を慎め。頭が高い」

  吐き捨てるように言い、レベッカを見下した。

  「わ、私の父は先代の主の公爵に仕えたグラント公爵ですわよ!音楽的には……」

  「聞こえないか、メスヒョウが。口を慎め。……噛み殺すぞ」

  温厚なダグの怒りを目の当たりにして、レベッカは恐怖のあまり後退りする。

  その場では居たたまれなくなったのか、負け犬が尻尾を下げるようにして逃げ去った。

  ダグの巫としての怒りに、アリーが獣化出来ない事よりも、レベッカがダグを怒らせた方が、他の獣人達を戦かせた。

  皆が平伏すようにして、頭を下げる。

  「悪いメスヒョウは追い返したからね~。大丈夫だよ、アリーちゃん」

  「ダぁグぅ~~~!」

  「その感動の熱い抱擁は、頑張って走って帰って来たエディにしてあげて。ほら、後ろ」

  エディは急いで着替えたのか、えんじ色のマントを翻しながら駆け足で戻って来た。

  その息も切れていたので、本当に慌てて帰って来たのだろう。

  「エディ~~~~!」

  アリーはダグの言葉通りにエディへと抱き付いた。

  久しぶりに嗅いだ愛するオスの体臭に、その眦からは涙が滲んだ。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに4ー①]

  スパンコールが輝くアリーの白いスーツがキラキラと光を放ち、長い艶やかな黒髪もしなやかに揺れる。

  そのアリーの腰を抱いてエスコートするエディは、黒く重厚なビロードの軍服に身を包み。

  まるで絵に描いたように対照的な、麗しい対の2獣人だった。

  巫の主の美貌の婚約者には、皆が順序よく挨拶してくる。

  エディの獰猛なるタイガーの圧倒的な威圧感は、他の獣人達を自然と平伏させていた。

  アリーが獣化出来ないという事ですら、もう些末な事だった。

  「エディ……その、病気だった子、大丈夫だったか?」

  「あぁ。今は何とか持ち直した」

  「今は?」

  「あの子は巫の力を持っているのに、力に体が追い付かないんだ。だから、巫の力が命を自ら縮めてしまう」

  「……助からないのか?」

  「どの命にも終わりがある。俺はそれをほんの少し楽にしてやったり、伸ばしてやったり出来たとしても、それは永久的なものじゃない。何とか、あの子の具合が良い時を見て、ドラムを叩かせてやりたいとは思ってる」

  「あの沢山あるドラムを運ばなきゃだな」

  「そうだな」

  「俺もお手伝い、して良い?」

  エディが心血注いでいる事は、手伝ってやりたい。

  そうやって、獣人知れず尽くしているだろう裏の仕事こそ、アリーは手助けしたいと思った。

  「俺、演奏家にはなれないけど、エディのドラム運んだり、子供やおじいちゃん、おばあちゃんの話し相手なら出来るぞ。お菓子あげたり、絵をプレゼントするとか」

  「……そうだな。お前にも助けて貰おうか」

  「一緒に連れて行って」

  「式を終えて、色々と片付いたらボチボチ手伝って貰うよ」

  エディの口から、結婚式の事が初めて聞かされただけで、アリーの胸はジンと痺れたように暖かくなる。

  エディは、結婚式を嫌がってはいない。

  もうそれだけで嬉しかった。

  「エディ、あのな……」

  「新年のお喜びを申し上げます」

  アリーの言葉を遮るようにして、その前で1獣人が膝を付き、頭を垂れた。

  跪く獣人が、あの高圧的なグラント侯爵だと分かって、アリーはエディの体に身を寄せた。

  「先程は、我が娘が失礼を致しました。アリー様」

  「娘?」

  エディは、さっきの状況を見てはいない。

  グラントの謝罪する意図が分からなかった。

  「近い内に側室となる娘です。アリー様への配慮も、こんこんと言い聞かせますので、どうかご[[rb:寛恕 > かんじょ]]下さいませ」

  「側室?誰のだ」

  「もちろん、エドワード様のでございます」

  「その話は断った筈だが」

  「アリー様を蔑ろにするような事は致しません。そのように教育も致しますので」

  「必要ない」

  「エドワード様の公的な演奏にも、パーティーのパートナー役にも立つ娘でございます。何卒、御考慮頂きたく……」

  「それは、アリーが正妻でありながら愛獣人のように内々に囲い、お前の娘を公的な妻として連れて歩け、という意味か?」

  「そこはエドワード様の御采配で、使い分けて頂きますれば……」

  「ふざけるな!」

  エディが渾身の力を込めて、叩き付けるようにして床を踏み込んだ。

  ドォンと爆発するような打撃音が大広間に響き渡り、グラントは投げ出されるようにして倒れた。

  「その話をもう1度してみろ。次はお前の鼓膜を破いてやるぞ。今日は新年の宴だ。この話は祝いの席での戯れとして聞き流してやる」

  エディはアリーの腰を抱き込んで、踵を返した。

  その去って行く後ろ姿を、グラントは獣化しそうな程の怒りを込め、睨み付けた。

  その喉からは、グルルと獣の唸り声を洩らしていた。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに4ー②]

  アリーは今、ソファーに座るエディの膝の上に乗せられ、横抱きにされていた。

  エディの手には、でんでん太鼓が握られていて、そこから弾けるポンポコという軽やかな打音に、アリーは心地好く酩酊している。

  あれから宴の席で、公爵全員を紹介され、極度の興奮状態に陥った。

  ダグからは聞いてはいたものの、それはもう皆が皆、見目麗しい美獣ばかりだった。

  これならばモデルとしてもうってつけだろうとダグにも再び勧められ、アリーはヴァルハラのエントランスに飾る大きな絵に5大公爵を描くという約束をしてしまう。

  その重責に神経の糸が切れてしまい、エディの部屋に帰った途端、崩れるようにして倒れた。

  エディの回すでんでん太鼓の音は、疲れを癒し、安らぎを与えたが、その抱き締める体から伝わってくる体温には、アリーも心を惑わされる。

  オスの猛々しい筋肉と体臭が、アリーの中のオメガを刺激した。

  「アリー。具合はマシになったか?」

  「……うん。楽になったぁ……」

  「お前、今日の分の抑制剤、飲んだのか?」

  「今日は、新年の宴だから、いつもの倍の6錠飲んだよ~」

  「通常の6倍も飲んでこれか……。お前、発情期になったら、どうなるんだ?」

  「いつもは、鍵掛けて、部屋にとじ込もってたけど……」

  エディと出会ってから、更にそれが酷くなった。

  王族でありながら獣化出来ないアリーは、その有り余る潜在能力がオメガの特性を更に顕著なものにした。

  発情期に発するオメガ特有のフェロモンが通常の何倍もの濃度であるだけでなく、近頃ではほんのりと甘い薫りが日常的に漏れ出すようになった。

  今まで性的な対象がいなかった抑圧が、エディと出会ってから爆発したのが要因だった。

  エディとのセックスが更にそれを過剰にさせ、薬でも抑えきれない状況に陥らせている。

  いくら抑制剤が自然由来の体に害がないものだとはいえ、多量に摂取するのはエディも気掛かりだった。

  「少量で、効き目の強い抑制剤を用意させよう。お前は、皮膚から打つ即効性のものも常備していた方がいい」

  「ごめんなぁ」

  「マタタビもなく、発情期でもないのに、全く困った体質だな」

  「……ホント、ごめん……」

  「俺は嬉しいんだが」

  「え?!」

  「ダグまで呼んで、必死になって前倒しで仕事を終わらせたんだ。まだ年始の遠征は残っているが、結婚式の準備はゆっくり出来るからな」

  「……エディ……俺と結婚、してくれるの?」

  「お前はその為にラヴィールーザまで来たんだろうが」

  「エディ~~~~!」

  「うわっ!ちょっと待て!……お前っ、フェロモンがっ……」

  アリーがフェロモンを爆発させ、エディへと抱き付く。

  エディの中で堪えていた、燻る欲望の火種が爆発した。

  自分も薬を強いものに変えないと、アリーといるだけで毎日、獣化させられてしまう。

  この悩ましげな美しい獣に、オスの制圧欲が沸き上がる。

  エディはアリーの服を、手際良く脱がし始めた。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに4ー③]

  愛するオスの求めに応えないオメガなどいない。

  エディの雄を鎮めてやりたいと思慕と、その精を欲する本能が交錯する。

  アリーはエディが望むままに、自らの体を差し出した。

  「あぁぁ……ん!」

  その膝に跨がるようにしてアリーが腰を落とすと、その熱棒が一気に中を拡げるようにして体内へと侵入して来る。

  アリーの尻尾は、挿入の衝撃にピンと直立不動になって、逆毛を立てた。

  まさかソファーで行為が始まるとは思ってもみなかった。

  エディは、一刻も早く己が砲身を打ち込みたいというオスの本能を駆り立てられ、[[rb:発情 > ヒート]]した。

  かろうじて残っている理性を総動員させて、獣と化す本能を押さえ付け、アリーを対面座位で貫く。

  後ろから抱けば、番の印である証の噛み痕を刻んでしまう。

  それだけは式を終えるまでと堪えていた。

  ヴァージンロードを、綺麗な首のままで歩かせてやりたいというエゴでもある。

  そんな理性は頭に残っていたが、下肢の雄芯だけは欲望にまみれ、2獣人の愛液でしとどに濡れていた。

  エディが腰を突き上げる度に、アリーの上半身が踊るように揺れる。

  体と体のぶつかり合う隙間からは、ドチュン、グチュンと、淫液が絡み合い、泡立つような音が聞こえていた。

  アリーはエディが暴れるがままに揺さぶられていた。

  どこを触れられても達してしまう。

  愛する雄の責めに、淫蕩なるオメガの性が開花させられていた。

  「あぁん!やん!……エディ、エディっ!……奥、やぁ!」

  「お前の奥は、まだ開いてない……。こんなに醸していても、発情期、じゃないんだな」

  エディがアリーの肩へ噛み付くようにして、吸い付く。

  チュウッと吸い上げると、何度目か分からない絶頂がアリーを襲った。

  その快感で、更にエディのペニスをキュウッと引き絞り、狂ったように腰を振りたくる。

  射精しながら、中でも達するというオメガの悦びを、エディによって教えられた。

  「ひにゃぁぁぁぁん!」

  「くっ……なんて、締め付けだっ……」

  「こんなの、おかしくなっちゃう~!いやぁん!もう、おっきく、しないでぇ!」

  「……もっと、おかしくなるぞ。お前の発情期が来たら」

  「これ、以上は、ダメぇ……」

  「こんなもので済むものか。1週間は籠りっきりで交尾してやる」

  「やだっ!そんなの、死んじゃう!……あ、あ、あ、いやぁ!エディ、もう、動かないでぇ!」

  エディはアリーを床に引き倒して、更に奥へと男根をねじ込んだ。

  ぐるりと腰を回しながら挿入すると、アリーも甘い声を上げながら、それに合わせて股関節をキュッと引き絞る。

  アリーの濡れた唇を、エディの獰猛な舌がペロリと舐め、その口内も弄び始めた。

  口の中も蹂躙され、尻奥も襞を捲り上げるようにして肉棒を激しく出し入れされ。

  アリーは快楽の波に飲まれ、ただ喘ぐ事しか出来なかった。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに5ー①]

  アリーは多少の[[rb:嗜 > たしな]]みにと、ピアノを習う事になった。

  流石にピアノともなるとパトリックが教える訳にもいかず、ベータの獣人で、子供にもピアノを教えている教師を呼んだ。

  パトリックがいない間は、アリーの側にはベータの護衛を5人付けている。

  アルファの獣人ならば、アリーのフェロモンに当てられ、[[rb:発情 > ヒート]]するとも限らないからだ。

  だが、どうしてパトリックがいない時に現れたのか。

  まるでそれを狙ってでもいたのだろうか、とすら思う程に、疑いの目を向けてしまう。

  アリーがピアノを習っていると、招かれざる来客が訪れた。

  「ごきげんよう。アリー様」

  「れ、レベッカ……」

  「あら?ピアノを習い始められましたの?言ってくだされば、私がお教え致しましたのに」

  こんな時にパトリックがいれば、どんな相手であろうともアリーには近付かせないだろうが、今ここにいるのはピアノの教師も護衛もベータの人間ばかりだった。

  侯爵の娘であり、アルファであるレベッカに楯突く者など、誰一獣人としていない。

  アリーは、おろおろとするばかりで、レベッカへまともな返答をする事も出来なかった。

  そんなアリーに苛立ちを覚えたのか、レベッカはピアノ教師の方へ向き直った。

  「先生。私もアリー様と一緒にピアノの講義を受けたいわ」

  「そ、そんな。ソリストとしても一流のレベッカ様に教えるだなんて、なんと恐れ多い!」

  「でしたら、そこをお譲りになって?私はアリー様と連弾をしたいのよ」

  「アリー様は、まだそんなレベルでは……」

  「お譲りくださる?」

  レベッカのアルファとしての威圧に、教師は慌てて身を引いた。

  護衛のベータ達も狼狽えるばかりで、どうして良いものか図りかねていた。

  これがアルファのオスならば、何が何でも引き離すところだが、メスである事が、それを躊躇わせた。

  「さぁ、アリー様。一緒にピアノを弾きましょう」

  「あ、あの、俺、まだ始めたばっかりで……」

  「初歩の初歩ですわよ。……ほら、これなんか。私が初めてピアノを弾いた時の曲ですわ。まだ、3歳でしたけど。まさか、私が3歳で弾けた曲が弾けないなんて事はございませんわよねぇ?」

  「ひ、弾けません……」

  「見本をお見せしますわ」

  レベッカが鍵盤を叩き始めると、それは大音量となって部屋中に響き渡った。

  それは確かに譜面の曲ではあったが、アレンジされてまるで別の曲になっていた。

  ここまでハイレベルに編曲されれば、見本もくそもない。

  レベッカは、アリーにピアノを教えるつもりなんぞ初めからなかった。

  そのテクニックと、巫の力がアリーとベータ達を萎縮させる。

  それはまるで、上から空気の重りで押さえ付けられているような圧迫感だった。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに5ー②]

  「アリー様。この位は弾けませんと、巫の主であるエドワード様の妻にはなれませんわよ」

  「エディは、別に楽器は出来なくても良いって……」

  「じゃあ、どうしてピアノを習っておられたんですの?」

  「ちょっとでも何か出来たら、楽しいかなって」

  「ピアノを遊び感覚で触らないで頂きたいわ!極めるおつもりがないのでしたら、お止めになって!」

  アリーの鼻の奥が熱くなって、グスッと鼻水が垂れそうになったが、それを必死に堪えて鼻の奥へと吸い込む。

  ここで泣いたら負けだと思った。

  彼雌のような高慢なメスは、泣けば更に攻撃してくる。

  今のアリーには、エディの妻になるという気概もあった。

  エディに抱かれてからは、それなりに大切にはされているという自負もある。

  レベッカが側室になるだのという話は、アリーも許すつもりはなかった。

  「れ、レベッカは、俺にこんな事してどうするつもりな訳?俺が楽器が出来ないのは分かってるだろ?」

  「だから、真剣にやるのであればお教えしますわよ」

  「そうじゃなくて!こんな事してくる意味が分かんないんだけど!」

  「貴方が許せないからですわ!」

  レベッカは臆面もなく言い放った。

  それは、アリーを叩きのめすだけの言葉だった。

  「当然、エドワード様の正妻でいらっしゃるなら、側室である私よりも全てにおいて優れておられるのは当たり前ですもの。私よりも、知性も教養もないだなんて、あり得ませんわ。そうでしょう?!」

  「エディは、側室は取らないって言ったよ!」

  「貴方では対外的にエドワード様のフォローが出来ないから、私が来て差し上げるの!結婚ともなれば、遠征には妻が付いて巫である夫を助けるものよ。貴方にはそれが出来ないじゃない!」

  「エディはそれでもいーって言ったもん!お前はベッドで可愛くいてくれたらいーって!」

  「は?!」

  「エディのでっかいチンコ、気持ち悦くしてくれたらいーって、言ってたもんよ!」

  「な、な、な、何ですって?!」

  アリーから突然飛び出した稚拙な隠語に、レベッカはピアノの椅子からズリ落ちた。

  周りで聞いていたベータ達は、絶句して硬直してしまった。

  あのクールで、冷静なオスであるエディが、閨事の最中にそんな言葉を発しているとは思えない。

  学生時代から在学中は人望に厚く、総長まで務めたエディである。

  何事にも動じず、欲情して獣化するのですら想像も出来なかった。

  「え、エドワード様がそんな事をおっしゃる筈がないわ!か、勝手に妄想してっ……」

  「妄想なんかじゃねーよ!エディはスゲーエッチだもん!昨日だって遠征に行くギリギリ朝までエッチな事するから、遠征先でもそんなにずっとチンコでかくばっかりしてたら許さねーぞ!って言ったら、そうならないようにもう1回するぞ?って言って、結局、朝から3回も……」

  「キャーーー!」

  「そんだけしても、エディのチンコはデッカいままなんだぞ!」

  「キャー!キャーー!」

  「前の日の夜からしてんのに、ずっとガチガチなんだぞ!」

  「キャー!キャーー!キャーー!」

  レベッカは耳を塞いで、アリーの言葉を振り払うように身震いした。

  自分の中の、公爵として誰よりも尊厳高いエディが、脆くも崩壊していく。

  そんな爛れた生活をする筈がない。

  これは、アリーが勝手に捏造した話なのだと、レベッカは必死に自分へ言い聞かせた。

  [newpage]

  [chapter:もっと近くに5ー③]

  「て、適当な事ばかり言わないで!あんなに清く正しいエドワード様が、そんな事を言う訳が……」

  「アリー、いる?」

  動揺するレベッカの言葉を遮るようにして、ブライアンがひょっこりと顔を覗かせた。

  顔は無表情でありながらも、その愛らしい耳をプルプルとさせ、尻尾を大きく振り回している。

  父親似のブライアンは、子供にしては表情をあまり表さない。

  それでも、耳や尻尾にはその感情が溢れ出していた。

  「ブライア~ン!」

  「アリー、遊ぼ」

  「うん!遊ぼ!遊ぼ!」

  「お、お待ち下さい!ブライアン様!アリー様は、今、ピアノのレッスン中ですのよ。遊びでしたら、私がお相手させて頂きますわ」

  レベッカは不意に現れたブライアンの気を引きたい一心で、アリーから遠ざけ、抱き上げようとした。

  だが、レベッカから抱かれる前に手を伸ばし、それを制した。

  「……オバサン、誰?」

  「お、オバサン?!」

  「俺はアリーと遊びたいんだけど。ピアノするなら、俺もピアノ弾くよ」

  「で、でしたら、私がお教え致しますわ!私は、グラント侯爵の娘、レベッ……」

  「名前、言わないで良いよ。どうせ聞いても覚えられないから」

  「はぁ?!」

  「俺はどうでもいい獣人は、すぐ忘れるんだ」

  「ど、どうでもっ……?」

  「アリー、一緒にお絵描きしよう」

  「お絵描き~!やったぁ!」

  ブライアンはアリーの手を引いて、部屋から出て行った。

  護衛のベータ達も、慌ててそれを追いかける。

  レベッカは、ブライアンの猛獣としての威厳に圧され、その場でへたり込んだ。

  [newpage]

  [chapter:第四章・大好き以上、愛してる 1ー①]

  各地の新年の遠征を終えて、エディとダグが帰って来た。

  年末年始の演奏会やリサイタルを終えれば結婚式まで時間が持てると言っていたので、アリーはその帰りを心待ちにしていた。

  馬の[[rb:嘶 > いなな]]きと、馬車の車輪の軋む音がして、アリーは慌ててブライアンにもコートを着せて抱き上げ、エントランスへと向かう。

  そこには、肩から雪を払う2獣人がいて、周りの召し使い達も荷物を持ち運ぶのに大わらわとなっていた。

  アリーが駆けて行くと、エディはブライアンごと抱き締め、ブライアンには頬へ、アリーには唇へとキスをした。

  「俺にはお出迎えのキスはないの?」

  ダグが手を広げながら寂しげに洩らすので、ブライアンが仕方なくといった呈で、ダグへを手を伸ばす。

  そして、アリーの腕からダグの腕へと移り、その白皙の美貌へと可愛らしいキスを落とした。

  「ありがとう。ブライアン」

  「ダグがあまりにも可哀想だったから」

  「え?!何それ、同情なの?」

  「奥さんにも会えないし」

  「そうなんだよ!もうお腹が大きくなってるってのに!エディったら俺を酷使し過ぎるよな?」

  「そのまま帰ったら、愛想尽かされて、追い出されるかと思うと可哀想で」

  「お、追い出されるって何?!縁起の悪い事、言わないで、ブライアン!あり得そうで怖いから!」

  エディに抱かれながら、アリーは二獣人のじゃれ合いを微笑ましく思った。

  これだけ子供を可愛がるダグならば、さぞかし子煩悩な父親になるだろう。

  それもこれだけの美貌のライオンであれば、生まれて来る子供も麗しい事この上ない筈だ。

  「ダグのとこの子供、生まれるの楽しみだな」

  「結婚式終わったら見に来てやってね。俺もしばらくは育休を取らせて貰うからね」

  「ダグも奥さんに会いたいだろうに、何かゴメンなぁ」

  「いやいや。奥さんはこのヴァルハラの近くの城にいるから、しょっちゅう会いには行ってたよ。それよりもアリーちゃんの方が、エディと会ったばっかりなのに、演奏で忙しくて寂しかったでしょう?」

  「……うん……」

  「ちょうど、雪も止んでいいお天気だし、遠乗りでもして来たら?エディが馬に乗り疲れてなければ」

  「誰があの程度で疲れるか」

  「じゃあ、行っておいでよ。今までの埋め合わせ、してきてあげたら?俺がブライアンと遊んでてあげるから」

  ダグのその物言いに、腕の中からブライアンが「俺がダグと遊んであげるんだよ」と突っ込むものだから、ダグも「この父親似の減らず口が!」と言って、そのプックリとしたピンクの唇を摘まんでやった。

  ダグの心遣いを素直に受け取って、アリーとエディは遠乗りに出掛けた。

  アリーは馬に乗るのは得意ではなかったので、エディの前に乗せて貰う。

  手綱を華麗に捌くエディの凛々しさにアリーがぼうっと見惚れていたら、「前を向け』と言われ、キスをされた。

  久しぶりの愛するオスのぬくもりに包まれて、アリーは幸せだった。

  エディからは、爽やかなコロンとオスの体臭が薫ってくる。

  心の底からも、体の奥からも、熱くもどかしい何かが込み上げて来る。

  これが本当の幸せなのだと実感して、アリーはエディの薫りに酔いしれた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 1ー②]

  ヴァルハラの程近く、湖畔に馬を止め、2獣人は人心地ついた。

  白い淡雪が辺りの木々を覆い、そんな山の谷間に、青く透き通った湖がキラキラと光を放っている。

  そこには小さな小屋や遊具もあって、しばらくは過ごせるような設備が整っていた。

  初めての湖に、アリーは大はしゃぎだった。

  「あんまり山の奥には行くなよ。またマタタビにやられるぞ」

  「行かないよ!ああ~、こんなに綺麗な場所なら、スケッチブック持って来れば良かった~」

  「また来れば良い。ブライアンもここに来るのは好きなんだ」

  「ここ、よく来てたのか?」

  「2獣人で時々な。あの子には、母親がいなくて寂しい思いをさせているから」

  「エディは良いお父さんだな」

  「そうでもない。しょっちゅう留守にするし、外出しても演奏だ、パーティーだと遠出させて引っ張り回すし」

  「ブライアンは、エディの事が大好きだぞ?俺の父上は、巫で一番偉いんだって、言ってたもん」

  「そうか……」

  エディはアリーを引き寄せて、キスをした。

  久しぶりだからか、その抱擁は甘ったるい程に濃密で、アリーの心臓は壊れそうな程にドキドキとした。

  そのまま腰を抱き寄せて、小屋のテラスへと向かう。

  テラスは、洒落た椅子とテーブルが置かれていて、そこからは湖が一望出来た。

  そのベンチに腰掛けて、エディは膝の上にアリーを跨ぐようにして向かい合わせ座らせる。

  その股間を合わせるような触れ合いに、アリーの頬が紅潮した。

  エディの手が、アリーの尻尾を鋤くように根元から先までをスルリと撫でると「にゃぁん」と艶やかな猫声を洩らした。

  「絵、描いてるか」

  「うん。図案は決まってたからボチボチ。他の公爵様達も快くスケッチに応じてくれたから」

  「あの偏屈も、ちゃんと言う事を聞いてるか?」

  「キースだろ?初めはイヤミばっかり言ってうるさかったんだけど「エディに言っちゃうもんね!」って言ったら、何も言わなくなった。奥さんがスゴく優しいウサギの獣人でさ」

  「他の奴らはどうだ?」

  「マークは本当に優しくて、マークの家族と一緒に買い物にも連れて行ってくれた!お菓子もいっぱい買ってくれたし!レオンはもう、ふざけてスケッチさせてくんねーんだ。変顔ばっかりして笑わせようとするし」

  「照れてるんだろう。あいつは、歌う時以外、格好つけるのは苦手なんだ」

  「結婚式までに完成させたかったんだけど……。キャンバスが大きいから無理かも」

  「無理はしなくて良い。期限は別にないんだから、ゆっくり仕上げろ」

  「うん」

  2獣人は見つめ合い、ゆっくりと唇を合わせた。

  そこからはもう、唇を離す事が出来なくなった。

  エディの悪戯な手が、アリーの背中や腰をさ迷うだけで、アリーは体をくねらせて悦がった。

  褐色の皮膚からは、またフェロモンのような甘い体臭が立ち込める。

  その匂いだけで、エディの中心が熱を持ち始める。

  そうして、2獣人は溶けるようにして抱き合った。

  久方ぶりの再会に、酩酊するように。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 1ー③]

  小屋の中へと入り、エディは暖炉に火を入れた。

  小さな種火は、エディがコツコツと枝を叩くと、瞬く間に大きな炎へと姿を変える。

  「エディは何でも出来るんだな。まるで魔法使いみたいだ」

  「そうでもない。ある程度の生命に力を与える事は出来るが、死にゆく者を生き返らせるのは無理だった」

  「……それ、奥さんの事?……て、ごめん。聞いちゃダメだったかな」

  リアンとは、周りの反対を押しきって結婚した。

  アルビノであり、更に不妊かも知れないと言われようとも、決して揺らぐ事なく妻に迎えた。

  幸運にもブライアンという才能ある子供に恵まれ、幸せの絶頂である筈だった。

  「リアンは階段から落ちたんじゃない。落とされたんだ」

  「え?」

  「自殺を考えるようなメスじゃなかった。いつも前向きで、子供が産まれにくい体質なのも気にもせずに、『ブライアンを独りっ子にはしない。兄弟を産んでやるんだ』と言っていた。そんなリアンが自殺する筈がない。……誰かに突き落とされたんだ」

  「そんな……」

  わざわざヴァリューカ王国から取り寄せ、栽培したマカの根を、毎朝、夜明けと共に温室へ取りに行く。

  不妊に効くからといって、それをいつも煎じて飲んでいた。

  リアンは、温室へ向かう途中の階段下で、絶命していたリアンの首には、絞められたような痕が残されていた。

  「ちょうどその時、俺は遠征に出ていて、リアンの周りの匂いや足跡は、降り続いた雪や[[rb:霙 > みぞれ]]が書き消してしまったんだ」

  幼なじみ頃から長く、深く愛したメスを殺され、心に傷を負い。

  もう誰も愛さないと思っていたエディ。

  リアンを忘れられる筈がない。

  自分が、リアンよりも愛される日が来る筈もない。

  国際親善の為に無理矢理送られてきた来た自分を、よくもこれだけ大切にしてくれていると思う。

  たとえリアンより愛されないとしても、アリーは出来る限りの事をするしかなかった。

  せめて少しでも、エディの安らぎになれたら。

  遠征で疲れた心と体を癒してやれたら。

  もう、それだけでも良いと思った。

  「エディ、俺、花嫁修業、頑張るから」

  「長老達に、また何か言われたか」

  「それもあるけど、ちゃんとエディの隣に立って、恥ずかしくない獣人になりたい。エディの手伝いもしたいんだ」

  「アリー……」

  「だから、一通り片付いたら、俺も遠征には連れて行って」

  「分かった」

  エディはアリーの服を優しく脱がせる。

  アリーもまた、エディの服を脱がせてやる。

  そうして、ゆっくりと2獣人は縺れ合うようにしてベッドへと落ちていった。

  アリーはその皮膚の触れるのですら感じ入って、悶えた。

  エディが撫で、キスをし、舐める場所から止めどない快感が押し寄せ、達きっぱなしになる。

  熱棒が体内に入り込んで来た時には、もう愉悦のあまりに半分意識が飛んでしまっていた。

  尻の肉環から奥へ。

  擦れ、突き上げられるエディの巨きなぺニスと。

  乳首に吸い付く唇や舌。

  撫で回す淫靡なる手。

  接し合う肌と肌。

  その1つ1つが、アリーの快感の源となり、絶頂を極め続けた。

  愛されていると思いたい。

  誰よりも愛されていると。

  それは口にさえ出しさえしなければ、想うのはアリーの自由だ。

  大好き。

  大好きだよ、エディ。

  愛してる。

  そう心の中で何度も何度も唱え、快楽に流された。

  たとえ片想いでも、アリーは幸せだった。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 2ー①]

  ラヴィールーザの未来の為の意見交換会が開かれる事となり、爵位のある者や、領主、商人などの獣人々が集まった。

  その会合は、長老達の主宰だった。

  エディもその日は、やたらと派手な正装をさせられるな、とは思ってはいたが、会場の扉を開いた途端に嵌められたと思った。

  確かに、ラヴィールーザの名だたる権力者達が集まってはいた。

  集まってはいたが、いずれもその横には、妙齢のメスやオメガを連れていた。

  話し合いのテーブルなどはなく、部屋の片隅には楽団が控えていて、明らかに舞踏会のような様相を見せる。

  自らの娘や息子を連れて来て、ともすれば公爵の側室にでもなれるかも知れないという野心家達がたむろし、皆が目をギラギラとさせていた。

  エディも馬鹿馬鹿しいとは思ったが、わざわざ遠方から訪れた者もいるだろうと思うと、挨拶はせざるを得なかった。

  部屋に入って一番に声をかけて来たのは、グラント侯爵だった。

  その隣には、乳首が見えそうな程に胸が開いたオレンジ色のきらびやかなドレスを身にまとった、娘のレベッカが微笑を浮かべて立っていた。

  「エドワード様。まずは私めにお声をかけて下さいませんと」

  「謀ったな。グラント」

  「何の事ですかな?偽りは申してはおりませんぞ?名士の皆様との会合だとお伝えした筈です」

  「集団見合いの場だとは、聞いてはいないがな」

  「それは皆様が気を利かせたのですよ。ただの会合では花がごさいませんでしょう。エドワード様も肩の力を抜いて、ダンスでも踊ってやって下さいませ。……まずは、[[rb:某 > それがし]]の娘、レベッカから」

  「ご機嫌麗しゅう。エドワード様」

  レベッカは、ドレスを軽く摘まんでお辞儀をした。

  エディは、『機嫌が麗しくなんぞあるものか』と顔には出さずとも憤慨していた。

  レベッカが胸の谷間を見せ付けるように頭を下げるのも腹立たしい。

  適当に何曲か踊って、具合が悪くなったとでも言って中座してやると心に決めて、レベッカの手を取る。

  華やかなワルツが、ホール中に響き渡り。

  エディとレベッカは、ホール中央で舞い始めた。

  レベッカのように美しく、爵位も高い、巫の力を持つメスが初っぱなからエディに声をかけたので、他のメス達は気後れし、出遅れた。

  それでも、次は私だ、次は私だと、争うようにして列を作る。

  側室の話を今後一切するなと言った途端、強行手段に出られてこの始末だ。

  長老達は、自分を繁殖の為のモルモットとでも思っているのかと思うと、腹立たしくなる。

  この体よく仕組まれた、馬鹿げた茶番劇に呆れ、エディは溜め息をついた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 2ー②]

  アリーは、早朝からの城内の物々しさに妙な胸騒ぎを覚えて、普段は立ち入る事のない中央の棟へと足を向けた。

  ヴァルハラの門をくぐり、外では何台もの馬車が列を成している。

  新年の宴程ではなかったが、滅多とない獣人の多さだ。

  何かしらのパーティーや演奏会が行われるのであれば、エディの妻になるアリーも呼ばれる筈なのに、パトリックからも何の知らせもない。

  中央のホールには着飾った娘達が溢れていて、その獣人の間を縫って、こそこそと奥へと進む。

  皆が皆、中央に目を向けていたので、誰もアリーに気を留める者はいない。

  ホールの真ん中では、エディとレベッカが仲睦まじく、ダンスを踊っていた。

  レベッカの仕草の1つ1つには、メスがオスを取り込もうとする毒々しい程の色気があった。

  アリーの頭に、ガンガンと割れ鐘が鳴るような、轟音が響いていた。

  周りのメス達も、皆がエディを狙って、舌舐めずりをしている。

  優秀なるアルファのオスを手に入れようと、手ぐすね引いている者達ばかりだった。

  レベッカが、そんな周りのメス達に見せ付けるようにして、不適な笑みを浮かべ。

  その白く長い腕を、エディの首に回す。

  そうして、その後頭部を引き寄せた。

  レベッカの真っ赤な唇が、食らい付くようにして、エディの唇へと重ねられ。

  ホールの獣人達からは、歓声や悲鳴のような声が上がった。

  アリーは、心臓を踏み潰されたような激痛を覚えながら、その光景を呆然と見つめていた。

  息苦しさを堪えながら、何とか這うようにしてホールから外へと逃げ出す。

  レベッカの真紅の唇が、エディのそれと重なっていた。

  あの唇は、自分のものなのに。

  あんな赤い唇に奪われたら、エディが汚れてしまう。

  このオスは自分のものだと。

  触るなと間に分け入って、引き裂いてやりたい。

  そうは思っても、とても飛び出して行く勇気がなかった。

  廊下に出て、アリーが柱の影で[[rb:踞 > うずく]]っていると、割れるような音を立てて扉が開かれ、誰かが飛び出して来た。

  慌てて、柱の裏側に身を潜める。

  ホールから出て来たエディの後には、レベッカも付いて来ていた。

  「エドワード様!私でしたら、演奏会でも、国外への対応もそつなくこなせますわ」

  「そうか」

  「以前のように、私を使って下さって構いませんのよ。公私共に」

  「公私共に、だと?」

  「演奏だけの事ではごさいませんわ。私は、この体でも貴方を満たして差し上げられますでしょ?」

  エディの手を取り、レベッカは はだけさせるように自らの胸元を下げ、はち切れんばかりの豊かな胸のへと導く。

  レベッカの言葉は、アリーの心臓を引き裂き、握り潰した。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 2ー③]

  それ以上聞いたら、死んでしまう。

  そう思って、アリーは自らの頭頂部にある耳を慌てて塞いだ。

  以前のように使う。

  演奏だけではなく。

  体でも、エディを満たしていた。

  それは、アリーがラヴィールーザへ来る前から、エディとレベッカに肉体関係があったという事を意味していた。

  どの国にも、王には精通間もない頃から獣化を防ぐ為の後宮や側室、妾などと多く抱えるのは当たり前の話だ。

  アリーの国のヴァリューカ王国ですら、王族ともなれば多くのメスやオメガを囲うのは権力者としてのステイタスでもある。

  ここラヴィールーザの王政が廃止されて久しいとはいえ、確かにこの国の王は誰かと聞かれれば、それは国民の誰もがエディだと答えるだろう。

  現に以前も長老達から、アリー以外のメスを娶るようにと勧められていた。

  そう遠くない未来で、レベッカがエディの元へ輿入れする。

  エディが望まなくても、近い内にそれは現実のものとなる。

  演奏会にも付き添い、共に音を奏で、エディの子供を産む為に、レベッカと夜も褥を共にするのだ。

  そこに、アリーが妻である必要性はどこにあるのか。

  演奏家としても、日常の妻としての役割を果たすのにも、ベッドでのエディを満たしてやるのにも、アリーがレベッカに勝るものは何1つとしてない。

  アリーは、オメガではあるので子供は生めるかも知れないが、レベッカの卵子から比べれば音楽的な才能は格段に落ちる。

  それは、どこの誰が見ても明らかな事実だった。

  そうしてアリーは、エディとレベッカが去って行った方向とは、真逆の方向へと走って逃げた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 3ー①]

  それから、どうやって歩いて帰ったのか分からない。

  ぐるぐるとヴァルハラの中を巡って、気が付けば結局、いつも絵を描いている部屋に戻って来ていた。

  そこにあるのは、絵の道具やキャンバス以外は、アリーの椅子と、モデル用の椅子だけだ。

  今、三脚に立てられているのは、エントランスに飾られるだろう5大公爵の絵だった。

  まだ大まかなアタリしか入れておらず、一番描けているだろうダグの顔ですら、ぼんやりとしか輪郭が描かれていない。

  アリーは、力が抜けたようにして、いつもの椅子に腰掛ける。

  エディとレベッカが関係を持ったのは、いつの頃からだろう。

  幼い頃からリアンを愛していたエディが、他のメスと浮気する筈がない。

  もしあり得るとしたら、リアンとは離れていた時期であろう家出した頃か、[[rb:王立 > ロイヤル]][[rb:学校 > スクール]]に入った頃か。

  エディが家を出た時は下町でやさぐれた生活を送っていたと言っていたから、あの気位の高いレベッカと繋がりがあったとは思えない。

  あるとするならば、学生時代の間だ。

  王立学校は、基本的には音楽を勉強する場ではあるので、性的な交流は獣化したなどの特例以外は基本的に禁止されているが、5大公爵になるだろう獣人ならばそれを咎められる事はない。

  エディは、そこでレベッカとの関係を持ったのだろうか。

  エディが、自分以外のメスを抱く。

  あれだけ優しく、だが燃えるように熱い愛撫で、相手のメスへ発情し、その体内へ熱く滾る精を爆発させる。

  レベッカの体の中へと。

  そう考えると、アリーの頬にポロポロと涙が伝い落ちていた。

  触って欲しくない。

  愛して欲しくない。

  自分以外のメスになど。

  アリーの中で、かつてない嫉妬の炎が燃え盛った。

  だが、どんなに足掻いても、音楽の才能がない自分も、獣化出来ない自分も変えられない。

  この褐色の肌を、白くする事も出来ない。

  自分の中にある様々な劣等感が、嫉妬から諦唸へと変化する。

  アリーの元からの幼いまでの純情さが、嫉妬を怒りに変える事が出来なかった。

  そうして、しばらくキャンバスをぼうっと眺めていると、扉のノックする音がして、反射的に「はい」と返事をしてしまった。

  しなければ良かったと後悔しても後の祭りで、気が付けば大柄な肉食獣が2獣人、部屋に入って来た。

  グラント侯爵と、レベッカだった。

  レベッカは、さっきまでエディといた筈だったが、あの仲睦まじい光景を思い起こされて、それを口にするのを躊躇った。

  「ご気分が優れませんかな?アリー様」

  「あ、いえ。すみません。大丈夫、です」

  「今日はエドワード様の側室を決める集まりが催されていたんですがね。それはもう、エドワード様はあの様に頑固なもので、会場を出て行ってしまわれまして……」

  「そうですか」

  「アリー様からも、何とかお口添え下さいませんか?」

  「は?」

  「エドワード様に側室を持たれるように、です」

  レベッカは、グラントの後ろで苦々しい顔をしていた。

  それはもう「何故、自分より劣る者が正妻で、自分が頭を下げならなければならないのか」と、その理不尽さに憤慨を露にしていた。

  レベッカのオーラが澱んで見える。

  怨念のような憎悪が、彼女の中で孕み、腐敗して膿んでいる。

  アリーは、レベッカから向けられる厭悪の波動に恐怖した。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 3ー②]

  レベッカは父をも睨み付け、その安穏とした物言いに怒りを向ける。

  常に高位であった自分が、ここまでへりくだらなければならないのには、我慢ならなかった。

  「生温くてよ!お父様!これはラヴィールーザの未来に関わる重大な問題ですわ!」

  レベッカは父よりも前に出て、アリーへと詰め寄った。

  思わず、その威圧感にアリーは後退る。

  「ラヴィールーザは、音楽の国ですのよ。もしも音楽の才能がない、巫の力のない子供が生まれでもしたら、どう責任を取るおつもり?」

  「せ、責任って……」

  「エドワード様は、歴代随一の打楽の天才よ!七色の音の奇跡を呼ぶ、至高の才能を子孫に伝えないなんて、甚だ罪深い事ですわ!」

  「で、でも次の侯爵にはブライアンが……」

  「ブライアン様がもしも事故にでも合われたらどうするの?!次代の公爵候補は多ければ多い程、より才能のある者が頂点に君臨するの!貴方がもし、才能のない子供を産み続けたとしたら、子供と共に辺境の鑑別所に投獄されるのがオチね」

  「レベッカ、ちょっと控えなさい」

  興奮がエスカレートし、言葉使いも徐々に敬語ではなくなっていく娘を、グラントが制しようとしたが、レベッカは止まらなかった。

  獣化するのではないかとすら思える程にアドレナリンが放出していて、その犬歯が伸び始めていた。

  もしも、レベッカの闘争心に火がついて獣化したら、変化出来ないアリーが闘える筈もない。

  アリーは、その無意識下で恐れ戦く。

  肉食獣に狙われた草食獣のように。

  「私は認めないわ!貴方のような出来損ないが、エドワード様の妻でいる事なんかっ!」

  レベッカはその怒りのままに、立て掛けてあった大きなキャンバスを持ち上げ、床に叩き付けた。

  そして、何度も何度も、そのヒールで踏みつけた。

  「絵なんか描けたからどうだっていうのよ!音楽のセンスの片鱗もないくせに!」

  レベッカは絵の具や筆も床にぶちまける。

  壁に立て掛けててあった今までに描いた絵も、持ち上げては叩き付け、にじり踏んだ。

  流石に娘の興奮に危機感を感じたのか、グラントがそれを羽交い締めにして押さえ付けた。

  「落ち着きなさい!レベッカ!」

  「何故、こんな劣性の王族がっ……」

  「それ以上、興奮すれば獣化する!番のいないお前は、そう容易くは戻れんぞ!」

  父親からの言葉に、レベッカも怒りに水を差されたようにして大人しくなった。

  「そう、ですわね。獣化すれば、アリー様を噛み殺すか、エドワード様と交尾しなければならなくなりますものね」

  エディとの交尾と聞いて、アリーの血液中を戦慄が駆け巡る。

  雌雄の関係があっただろう昔のように、ヨリを戻すというのか。

  側室となるべく。

  「れ、レベッカは、エディの恋人だったの?」

  「ええ。そうですわよ」

  「いつから……」

  「[[rb:王立 > ロイヤル]][[rb:学校 > スクール]]に入ってからずっとですわ。学生時代は、エドワード様が獣化するのを抑える為に、いつも私がお慰めしてましたもの。だから、貴方よりも先にあの方のものは知っていてよ?貴方よりもずっと昔からね」

  グラントは娘の手を引いて、部屋を後にした。

  去り際には、「エドワード様へのご進言を、どうぞお忘れなきように」と言い残して。

  アリーの精神は、闇の地の底にまで落ちていた。

  自分の産む子供は、誰にも望まれない。

  もしも、音楽の才能がなければ表にも出されず、自分が過ごして来たように外から遮断された世界に閉じ込められる。

  自分にはまだ、城の敷地内を回れるだけの自由はあった。

  だが、ここで生まれた我が子は、牢屋へと投獄される。

  恐怖と絶望の混沌に、アリーは囚われていた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 4ー①]

  アリーは旅行鞄にスケッチブックと色鉛筆、財布と服と抑制剤を押し込んで、ヴァルハラを飛び出した。

  城下町までは徒歩で下りて、辻馬車を捕まえる。

  手綱を引く辻馬車の獣人も、ラヴィールーザでは物珍しい褐色の肌色をしたオスを見て訝しく思ったが、アリーが大枚の金貨を差し出したので深くを聞いてはこなかった。

  もうヴァルハラにはいられない。

  エディの傍にいようとも、レベッカが側室になれば、自分は妻としての役割を果たす必要もない。

  公私共にレベッカが妻の役割をこなし、自分は愛獣人に成り下がる。

  彼雌がいる限り、夜もエディは訪れはしないし、このままでは飼い殺しされる末路しか想像出来なかった。

  ガタゴトと馬車に揺られながら、アリーは抑える事の出来ない涙に泣き濡れていた。

  「うぇっ……。ひっく……」

  「泣かないで。アリー」

  「……ん?」

  「鼻水が垂れてる」

  「ぬおっ!」

  「ほら、拭いて」

  「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ブライアンっ?!」

  いつの間にか、隣の席にブライアンがちょこんと座っていた。

  誰にも気付かれず、コッソリと城を出て来たつもりだった。

  あのパトリックにも、『ヴァリューカのケーキが食べたい』と言って無理難題を押し付けて撒いてきたというのに、いつから付いて来ていたのかも分からなかった。

  「お、お前っ!どうやって付いて来た?!」

  「ずっと後ろにいたけど」

  「知らなかった!」

  「どれだけ鈍いんだよ、アリー。本当に獣人なのか?鼻も利かないの?」

  「だって今、俺、鼻が詰まってんもん」

  「あ、そっか」

  ブライアンが紙で鼻を摘まんでやると、アリーはチーンと鼻水を出しきる。

  どちらが義母なんだという関係性だが、当の2獣人は共に違和感がない。

  「どこへ行くつもりなんだ?アリー」

  「分かんねーよ。何にも考えられなかったもん。ただ、あそこにはいられないと思っただけで」

  「御者には何て言った?」

  「とにかく走らせてって」

  「計画性がまるでないな。流石、アリー」

  「何だとぅ?!」

  「でも良いよ。付き合ってあげる」

  ブライアンは、3歳児にしては恐ろしい程に落ち着いていた。

  父の遠征に付いて行く事も多かったので、箱入りのアリーに比べればよっぽど旅には慣れていた。

  「アリーの行きたいところに行けば良い。どこに行きたい?」

  「海が見たいかなぁ」

  「前に一緒に行こうって言ってたな。そしたら海に行くか」

  ブライアンは馬車の窓から顔を出し、手綱を引く獣人に行き先を告げた。

  アリーはブライアンのお陰で、城を出た時の心細さから解放されていた。

  ブライアンのむっちりした体を膝の上に乗せて、後ろから抱き締める。

  ぷにゅっとした柔らかな頬っぺたが、アリーの心に暖かな感情を沸き上がらせた。

  「ブライア~ン。大好き~」

  「俺もアリーが大好きだ。出来たら、あと15年後に結婚して欲しいくらい」

  「わっはっはっは!そん時には、お前も本当に好きな人が出来てるよ」

  「アリーが良いんだよ」

  「ハイハイ。分かった、分かった」

  ブライアンの心遣いが和ませる。

  アリーの頬には、安堵の涙がホロリと零れ落ちた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 4ー②]

  ヴァルハラから3時間、辻馬車を走らせて行き着いた場所は漁師町だった。

  冬の海はまるで人を寄せ付けようともしない、荒々しいものだった。

  三角波が、水平線から押し迫るようにして、海岸線を打ち付ける。

  アリーはその光景を、スケッチブックへひたすらに描き留めていた。

  「何か、想像してた海と違うな~」

  「どんな海を想像してたんだ?」

  「暖かくて、緩やかな波がザザ~って来て、透けるみたいな水底に、お魚がいっぱい泳いでる感じ」

  「それは南の海だよ、アリー。ラヴィールーザの海は冬の海に決まってるだろ。ここだけ南国だったら、みんなここに静養に来るよ」

  「そりゃそうだわな。……でも、冬の海も良いよ。泳ぐのは無理そうだけど」

  「泳いだら、凍え死ぬね」

  しばらくスケッチをしていたアリーだったが、あまりの寒さに凍えてしまい、指が動かなくなった。

  まだまだスケッチしたいのは山々だったが、ブライアンに引き摺られるようにして、海岸を後にした。

  腹ごしらえをしようと料亭に入ると、漁師町だけあって、新鮮な魚介類に溢れていた。

  初めて食べる貝やの魚料理の数々に、舌鼓を打つ。

  美味しい物には目のないアリーは、ひたすらに食べ続けた。

  「そんなに一気に突っ込んで食べたら、お腹壊すよ。アリー」

  「だって、何かしてねーと考えちゃうんだもんよ」

  「何を?」

  「エディの事……」

  その名を口にするだけで、涙が滲んで来る。

  慌ててシーフードパスタを掻き込む。

  この先、忘れられる時が来るのだろうか。

  あんなにも愛したオスを。

  そのオスによく似た顔が、目の前にある。

  エディも子供の頃はこんな顔をしていたのだろうかと思うと、また涙腺から爆発したようにして涙腺が決壊した。

  「アリー。部屋にあった絵は、あのクソユキヒョウのビッチにやられたのか?」

  「……え?」

  「パトリックが見付けたら、激怒して獣化するかも」

  「ぱ、パンダに?!」

  「そうならないように、一応手紙を書いて来たから大丈夫だと思う。でも、父上はどうかな。獣化で済むかな」

  「でっ、でっ、でも、エディは、レベッカの事っ……。ふぇっ」

  「アリー。泣くのか、鼻水垂らすのか、食べるのか、どれかにしなよ」

  「どれも、止まらねぇ!」

  「鼻水、食べてるぞ」

  ブライアンは椅子を下りて、トコトコと歩み寄ってアリーの膝によじ乗り、その顔を拭いてやった。

  そうして、ひとしきり腹を満たすと、アリーは会計を素通りして、悠々と店を出た。

  食事の精算を幼児が済まそうとするので、店員もおたおたとまごつく。

  ブライアンは、「義母は何も出来ない人ですので、俺が払います」と釣り銭もないようにキッチリと端数まで揃えて払った。

  辻馬車への支払いを見ていたブライアンは、アリーから財布を取り上げた。

  金銭感覚がまるでない。

  何をするにも金がかかるのすら理解しているとは思えなかったし、払うとなれば考えなしに大枚を叩きかねない。

  支払いを終えてブライアンが外へ出ると、アリーの姿が忽然と消えていた。

  それはまるで、神隠しにでもあったかのように。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 4ー③]

  どうしてこんな事になったのか。

  それはあっという間の事だった。

  アリーは突然に現れた4獣人のオスに囲まれ、目や口、手足の自由を奪われて、路地裏へと連れ込まれ。

  恐怖のあまりに恐慌状態に陥るも、助けすら呼ぶのすらもかなわず。

  目隠しを取り払られ、視界が晴れた時には、うらぶれた酒場のような部屋に連れ込まれていた。

  「これはこれは。綺麗なヴァリューカ製のお姫様だな。絶世の美女だ。……あぁ、オスだから美青年か」

  「ここ……どこ?」

  「安酒場だよ。お目覚めか?」

  開店前なのか閉店しているのかは分からなかったが、客の1獣人もおらず、テーブル席は部屋の隅へと押しやられている。

  アリーは手足を括られたまま、床に転がされていた。

  「発情期でもねぇのに、こんなに甘い匂いのするオスは初めてだな」

  「おい。本当にヤッちまって良いのかよ。公爵の花嫁だぞ?」

  「お許しは頂いてる。血統書もない俺らに種付けされるなんざ、お可哀想なこった。せめて、気持ち悦くしてやんねぇとなぁ」

  オス達の言っている意味が分からない。

  誰の許しを得て、こんな事をするのか。

  その誰かは、アリーを地獄へと突き落とすつもりで、このオス達をけしかけている。

  アリーを恨む獣人物といえば、2獣人しか思い付かない。

  大型の猛獣であるアリーよりも小柄なオス達は、山猫やハイエナなどの[[rb:一般獣人 > ベータ]]のようだった。

  ただ、身の危険だけは本能的に察知して、アリーの尻尾の毛は逆立ち、威嚇するように膨れ上がっていた。

  オス達が一斉にアリーへと飛びかかる。

  四方から押さえ込まれ、太腿へとチクリとする痛みを伴って、何か針状のものが刺さったと思った時には、もう既に手遅れだった。

  「……今の……は……」

  「発情期誘発剤だよ。発情してたら、オスでも濡れるし、気持ち悦くなれんだろ?」

  「ウソっ……嫌だっ!」

  ドクンと体の血流が一気に速度を増して、駆け巡る。

  血液が心臓を通過する音が耳の奥でドクドクと響いて、体温が上昇する。

  尻孔の奥がキュンと疼いて熱を持ち、トロリとした甘い蜜がそこから溢れ出る。

  オスを迎え入れる為に、アリーはオメガフェロモンを爆発させた。

  発情期のそれを無理矢理に引き起こしたその芳香は、店内の気温を引き上げたかのような、噎せる薫りを充満させていた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 5ー①]

  アリーの噎せるような体臭は、オス達の欲望を刺激した。

  繁殖しなければ。

  自らの種族を絶えさせてはならない。

  その生きとし生けるものの、生の本能を掻き立てる芳しさだった。

  「こんな薔薇の花みたいなフェロモン、嗅いだ事がねーぞ!」

  「それも濃いな。アルファでもないのに[[rb:発情 > ヒート]]を起こして、獣化しちまいそうだ!」

  「……や、やだぁっ!……いやっ!」

  「服を剥いじまえ」

  「いやだぁぁぁぁ!」

  大気を[[rb:劈 > つんざ]]くような、アリーの絶望の悲鳴が轟いた。

  アリーの方が大型獣人だとはいえ、4獣人がかりで、しかも手足の自由を奪われていれば足掻きようもない。

  「おい!縛ってるから脱がせねぇだろ!先に裸に剥いときゃ良かったのに!」

  「馬鹿野郎!王族だぞ?!もし獣化されたら、俺達4獣人でも勝てる訳ねぇだろうが!……とにかく尻だけ出させろ!何度かイカせてやったら、こいつから尻を突き出して来るさ!」

  アリー俯せにしてコートを捲り、その下服だけを下ろそうとした。

  必死になってもがいたが、2獣人がかりで上半身を押さえ付けられ、そのスラックスを強引に引き下ろされる。

  アリーの円やかな尻が現れた途端、更なるフェロモンが霧散し、匂い立つ。

  その後孔からは、発情期のオメガには抗えない淫液がトロリと滴っていて、太腿にまで伝うようにして漏れていた。

  1獣人のオスが、アリーの尻尾をグイッと持ち上げて、その尻孔へと鼻先を突っ込んで来た。

  「スゲェ!たまんねぇ!もう濡れてんぞ?!」

  「いやだぁぁぁぁ!」

  「蜜が零れるみてぇに溢れて来やがる!極上のオメガだ!」

  オスの舌が、アリーの太腿に伝う蜜を掬うようにして、ベロリと舐め上げた。

  そのザラザラとした獣の舌の感触に、アリーは虫酸が走り、全身に鳥肌を立てた。

  犯される。

  エディ以外のオスに、種付けされる。

  その恐怖で、窄まりをキュッと引き締めてしまう。

  「おい!閉じるなよ!今から突っ込んでやろうってのに!」

  「俺からヤらせろよ!」

  「いや、俺からヤらせろ!」

  「ベータでも[[rb:項 > うなじ]]を噛んだら、こいつの番つがいになれんのかな?」

  「噛もうが何しようが構わねぇよ。死ぬまで犯して、妊娠させても良いって言われてっからよ。それも天下のグラント侯爵様にな」

  グラント侯爵に。

  その名前を耳にして、アリーの抵抗が止んだ。

  オス達のベルトを外す音だけが、妙に生々しくアリーの鼓膜に響いた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 5ー②]

  番にされたオメガは、番のオス以外と交尾すれば、まともな精神状態を保てなくなり、自らの命を絶つという。

  アリーは、エディの番にされた訳ではなかったが、それでも恐らく、このオス達に犯されれば、まともではいられないだろうと思う。

  エディ以外のオスが体内に挿る前に、その命を絶つ。

  アリーの尻へ、オスの手がかけられた瞬間、アリーは自らの舌にグッと歯を立てた。

  噛み千切ってやる。

  舌に歯が食い込んだ瞬間、ドカンと何かが爆発したような音がして、一気に室内へと冷気が入り込んで来た。

  その空気が入って来た先に目を向けると、真っ黒な猛獣が立っていた。

  こんなにも大きな獣は、見た事がない。

  見た目はタイガーだったが、真っ赤な瞳は闘争心に満ちていて、堂々たる威圧感で見据える者達を硬直させる。

  猛獣は怒りを露にした咆哮を上げ、オス達へと飛びかかって行った。

  喉笛を噛み、投げ捨て。

  骨を噛み砕く音や、壁に体を叩き付けられる音が何度かして、ほんの数秒間で室内は静寂に包まれた。

  「……エディ……」

  『アリー。大丈夫か?』

  「エディ~~~~~!」

  追いかけてくれた。

  こんなに離れた場所にまで。

  その愛情を身に沁みて感じて咽び泣くアリーを、エディは慰めるように頬擦りした。

  縛られていた手首や足首の紐を噛み千切ってやる。

  『何も……されなかったか?』

  「何もされてねーよ……」

  『良かった……』

  獣であるエディの声は、いつもより饒舌だった。

  心情が手に取るように分かる。

  アリーの濃いフェロモンに、エディもまた昂りを見せていた。

  ヒート抑制薬を飲んではいてもその自制心は相当なるものであり、自らの暴走を抑え込む姿にアリーも心痛した。

  「エディ……。どうして俺の居場所が分かったんだ?」

  『ブライアンが手紙を置いて行ってくれた。所々で、匂いの着いたハンカチや小物も落としていってくれていたし。後は馬車の[[rb:轍 > わだち]]や、お前の匂いを追って来た』

  「ブライアンが?」

  『パトリックと証拠を押さえるのに、手間取った。遅れて済まない。……というか、何で家出なんかしたんだ』

  「……だって……」

  レベッカと仲睦まじく踊り、キスまで交わしていた。

  自分は不要だと言われ、音楽の才能がなければ、子供もろとも投獄されると言われた。

  愛されてもいない妻の、才能もない子供が、公爵家にいられる筈もない。

  それをエディに告げると、フウと大きな溜め息をついた。

  『それは、俺が言った事か?』

  「違うけどっ。グラント侯爵とレベッカに言われたんだけどっ」

  『レベッカとはキスしていない。あんな真っ赤な口紅をつけられるのなんざ真っ平御免だ。寸ででかわしたぞ』

  「そ、そうなの?」

  『第一、投獄されるってのは何なんだ。それは巫の力を悪用でもすれば、力を封印され投獄されるが、何故、俺とお前の子供が罪人だと言える。まだ生まれてもいないのに』

  「だって……才能がなかったら……」

  『才能なんぞなくても構わない。巫の力は、ある者が世の為に尽くせば良いんだ。なければないで、他にも仕事はある。パトリックは音楽の才能はなくても、この国で生きているだろう。あいつも良家の子息だぞ』

  「うん……」

  『大体、愛されてもいない妻ってなんなんだ。愛してなければ、こんな所にまで追いかけてなんぞ来るもんか』

  エディがそう言うと、アリーの下瞼から涙が盛り上がって溢れ出た。

  アリーの想いは、一方通行ではない。

  エディの言葉は何よりも誠実で、真摯なるものだった。

  アリーは大声を上げて泣いた。

  そして、その泣き濡らした顔を、エディは自らの大きな舌で舐めて拭ってやった。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 5ー③]

  エディは、あたふたと荷物を抱えながら、町中を探し回っていたブライアンを見つけた。

  すぐに持っていたフェロモンの抑制剤をアリーに飲ませ、速効性のあるの注射タイプの抑制剤も打った。

  しばらくして、爆発するようなフェロモンが抑えられ、体の火照りも治まった。

  エディが2獣人を背中に乗せて帰路を駆けた帰りの道中は、大変な騒ぎとなった。

  稀少である黒いタイガーが、異国の美姫を背負っている姿には、平伏し、感極まって泣き出す者もいた。

  国内でエディを知らぬ者はいないので、その歴代に類を見ない神がかった巫の主の、獣神たる姿には皆が恐れ戦き、崇める。

  エディの温もりを感じる今、長い帰途の道のりもアリーにとっては幸せなひとときだった。

  ブライアンは、アリーの懐から落ちないように抱っこ紐で結ばれていて、その獣人肌の暖かみに包まれ、すやすやと寝息を立てている。

  緩やかな揺れる振動に、心地良い眠りの世界へと誘われていた。

  「ブライアン、疲れたのかな。俺が振り回したから」

  『お前の騎士気取りで楽しかっただろう。ブライアンは獰猛ではないが、好きでもない者には懐かない。お前は、かなりブライアンに愛されているぞ』

  「え?ホント?」

  『もしもブライアンが成獣人していたら、俺はお前を賭けてブライアンと決闘する羽目になっていただろう』

  「そんな……」

  『ブライアンが成長しても、俺以外を見る事は許さないぞ』

  「ブライアンは、俺の子供だよ!……俺が産んだ訳じゃないけど、でも俺の大切な子供なんだから!」

  『アリー』

  ありがとう、とエディの囁く声に、アリーの心も暖かくなった。

  エディの心情が、アリーへ流れてくる。

  言葉が消して多くはないエディだが、獣化した姿からはダイレクトに伝わって来るので、人型の時のような不安は消え去っていた。

  だから、アリーも包み隠さずに伝えた。

  エディの事を何でも知りたい。

  何でも聞きたい。

  その心の内を見せて欲しい。

  もう今までのような不安を感じたくはなかった。

  「エディ。俺、馬鹿だから言われねーと分かんないんだよ。エディが優しいのは分かってるけど、思った事とか、感じた事は口に出して欲しいし、態度に示して欲しい。……えっと、俺もちゃんと自分の気持ちを伝えるし」

  『悪かった。忙しさにかまけて、色々とすっ飛ばし過ぎたな。出会いから何から』

  他の獣人のように、出会い、惹かれ、慈しむ時間が、2獣人の間にはまるでなかった。

  お互いが想い合っていながらも、それを告げる間もなく、あれよあれよという間に日々が過ぎ去っていた。

  このまま結婚式を迎えれば、消化不良のまま、この先も過ごす羽目になっただろう。

  『これからは、ちゃんと話し合おう。俺の今までの想いも、お前にきちんと伝えるよ』

  「帰ったら、いっぱい話をしような」

  『ああ。だが、まずは俺の獣化も解いてくれるか?』

  エディは獣化が解けてはいなかった。

  人型へと戻るには、獣同士の闘いで闘気を発散するか、セックスや交尾でその性欲を晴らさなければ、すぐには戻れない。

  一方的な先程での闘いでは、エディの闘気は寸分も晴らす事が出来なかった。

  『獣化したままのセックスは、お前にも負担をかけてしまうかも知れない。出来るだけ、優しくする』

  アリーは前屈みになって、エディの頭頂部にキスを落とした。

  それは了承のキスだった。

  アリーは顔を紅潮させながら「エディ、大好き」と囁いた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 6ー①]

  一方、ヴァルハラでは、エディが獣化してアリーの後を追った事で、大騒ぎになっていた。

  グラントは、恐怖のあまりに血の気が引いた。

  エディがアリーを見つければ、全てが明るみになる。

  アリーが他のオスに汚されれば、その寵愛も失うだろうという思いがあった。

  あとはこっそりと隠密に、息の根を止めるだけだった。

  全ては、召し使いにもバレずに事を済ませた。

  だが、まさかエディが獣化してまで後を追うとは思わなかった。

  アリーが襲われ、命を断っていれば漏れないかも知れない。

  それでも暴漢の匂いを追い、足取りを掴まれてしまえば、真相が明らかになるのは時間の問題だった。

  レベッカがアリーの絵をめちゃくちゃにしたのも不味かった。

  疑いの目は、どこをどう取り繕おうが自分へと向けられるだろう。

  もう国外にでも逃げるしかない。

  あるだけの有り金を持って、国外へと逃亡するしかなかった。

  「レベッカ!身支度をしろ!今、すぐにだ!」

  「何故ですの?!お父様!アリー様に私を受け入れるようにと言った矢先ですわよ?あとは、私がアリー様を凌ぐ妻としての役割をこなせば……」

  「エドワード様がお帰りになってからでは遅いんだ!早く、ここを立ち去らねば、私の立場が危うくなる!」

  「お父様?!」

  カバンに金目のものを出来るだけ詰め込んで、レベッカの腕を取り、グラントは部屋を飛び出した。

  その中央のエントランスを抜け、ヴァルハラを出ようとした寸前に、扉の前で足を止める。

  そこには、大型の獣人が立ちはだかっていた。

  「どこへ行くつもりかな?グラント侯爵」

  「だ、ダグラス様……」

  「エディにね。ヴァルハラからは誰も出すなって言われてるんだよ。それに何故かアリーちゃんもいないんだよね。それで、ちょっとお前の配下の者に尋問したんだけど」

  「そ、それは……」

  「色々と面白い事を洩らしてくれてねぇ。あと、パトリックがアリーちゃんの部屋がえらく荒らされてたって激怒してるしね。……これ、どう説明するつもり?」

  「そ、そこを退いて頂きましょうか!ここで貴方様とは揉めたくはございません!」

  「それ、どういう意味?俺を乗り越えて、ここから出れると思ってるの?まさか俺を倒そうと思ってる、なんて事はないよねぇ?」

  ダグの麗しい顔が、闘争心により恐ろしいまでに目尻が切れ上がる。

  その犬歯は尖り、白く長い指の先からは爪が鋭角的なまでに伸び始めた。

  「俺が本気になれば、歴代最高の力を持つと言われている、今のどの公爵達のよりも強いよ。それを先代の補佐如きが勝てるとでも思っているのか?笑わせるな」

  ダグは、グラントの手首を掴み、ひねり上げた。

  ゴキゴキと異様な音がして、グラントはその激痛に悲鳴を上げた。

  隣で見ていたレベッカは、その圧倒的なオスの獰猛さに何の抵抗も出来ず、その場にへたり込んだ。

  のたうち回るグラントを片足で押さえ付け、ダグは見下ろした。

  その野獣のような瞳には、いつもの穏やかさは片鱗もなく、憐憫の情すらもなかった。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 6ー②]

  エディ達は半日かけてヴァルハラへと帰って来た。

  出迎えたパトリックは大号泣し、アリーとブライアンの帰宅を喜んだ。

  2獣人は、とにかく風呂に入らせて一旦は休ませる事にして、エディは長老達やヴァルハラにいる爵位を持つ者を集める。

  話し合いの場には、長老達全員と、ダグ、それ以外の権力を持つ獣人達の総勢30人余りが会議の場に集まった。

  その中央には、ダグからの制裁により傷を負ったグラント侯爵と、娘レベッカが地べたに座らされていた。

  レベッカは、この待遇への屈辱も露に激怒した。

  「あの黒いオメガは、エドワード様をたぶからかし、適当な事を言ってラヴィールーザを貶めるつもりですのよ!異国のオメガ如きが、厚かましいにも程がありますわ!」

  その厚顔無恥な言い様に、エディは怒りを露に牙を剥き出しにして、飛びかかった。

  彼女の豊かな髪の毛を咥え、頭を鞭振るうように振り回した。

  レベッカは、体が転がるようにして投げ出され、その美しかった金髪は引き千切られてボロボロとなり、無残な有り様となった。

  そして、父親へとすがるようにして縮こまってしまった。

  巫の主である威圧感は、タイガーの姿である事で、更に威厳を増していた。

  『アリーを襲ったのは、お前の送り込んだ暴漢だった。俺が娘を側室に迎え入れようとしないから、邪魔にでもなったか。グラント』

  エディの言葉は、アリーにしか解らなかったが、自らを糾弾しているのを理解したのか、グラントは必死になって弁明した。

  「え、エドワード様の事を思ってこそでございます!1獣人だけにご寵愛を向けられては、ラヴィールーザの未来の為にはなりません!より強い巫の力を持つ子供を生んでこそ……」

  『その役目は果たしているし、アリーにも子供を生ませるつもりだ』

  「私の娘であれば、より才能に恵まれた子を……」

  『そんなに巫同士で交配させたいか。俺達公爵は、まるでお前達の実験用モルモットのようだな』

  歴代の公爵も、望む望まないに関わらず、何人ものメスやオメガをあてがわれた。

  それら周りの長老達からの強要が、長きに渡って続いていた。

  これまでの公爵達は、ラヴィールーザの最高位に君臨していながら、周りの囲む老獪なる者達にあやつられて来た。

  『この度の一件でよく分かった。悪しき慣例である長老会は、本日をもって解散する』

  それには長老達が非難の声を上げる。

  だが、『それならば公爵の代わりに、お前達がこのラヴィールーザを取り仕切れ』と横からダグが言うと、誰もが口をつぐんだ。

  長老達は先代、先々代の公爵に付いていた者達であった。

  エディの代からは、声の巫であるレオンハート公爵が爵位を持たないヴァイオリンの巫を側に置いている以外は、どの公爵も側近を付けてはいない。

  『これからのラヴィールーザには、長老会は必要ない。皆、早急に各々の地へ帰る支度をするように』

  長老達は頭を垂れて落胆した。

  たった1獣人を除いては。

  グラント侯爵は、その怒りと興奮のあまりに獣化し始めていた。

  犬歯が伸び、顔へ獣毛が生え始めている。

  その瞳には狂気が宿り、周りの獣人達もそれに煽られるように色めき立ち、オスの闘争心を掻き立てられる。

  グラントの咆哮が、辺りの空気を切り裂いて共鳴した。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 6ー③]

  「私はいつもエドワード様を思って進言しておりましたものを!いつもいつも、私の言葉をお聞き入れ下さらない!あのメスの時も、聞き入れては下さらなかった!」

  エディは子供を作りたくない訳ではない。

  ただ、愛した相手でなければ、作れないだけだった。

  ブライアンという才能ある仔に恵まれているし、以前の公爵達のように愛妾を持つつもりもなかった。

  「いくらマカの根を煎じたところで、発情期もろくに来ないメスが、産むか産まないかなどと待ってはいられない!エドワード様にも、適齢期というものがあられる!」

  『マカの根?』

  リアンは、毎朝、夜も明けぬうちにこっそりと温室へ、マカの根を摘みに行く。

  それは召し使いでも知る者はいなかった。

  自らが産み難い体質である事で、リアンは他に迷惑をかけたくはなかった。

  それを知っているのは、エディだけの筈だ。

  『グラント。お前、何故、それを知っている』

  誰も知らない筈の、リアンの毎朝の慣例。

  エディの遠征中に、リアンは殺されていた。

  誰が殺したのかは、言わずもがなグラント以外にはなかった。

  「ブライアン様を宿したのは奇跡だった!次もその奇跡が起こるとは限らない。もしもブライアン様の身に何かあれば、公爵の血が途絶えてしまう。それだけはさせたくはなかった」

  リアンは巫の力を持たない上に、アルビノだ。

  そして、発情期も疎らであり、妊娠し難い。

  由緒正しい打楽の巫の血を、途絶えさせる訳にはいかなかった。

  エディがあのメスに囚われているのなら、消してしまえばいい。

  公爵程の力を持つ巫が、これから先、性欲を晴らさずにいられる筈もない。

  リアンさえいなければ、エディは他のメスやオメガに種付けする。

  もしも娘のレベッカがエディの目に留まり、子供を産めば、自分は公爵の父となる。

  自らの血の流れる孫が、公爵を継ぐかも知れないとしたら。

  それを想像して、グラントは喜びにうち震えた。

  この国の誉れ高き巫の頂点に、己の血が混ざり、脈々と受け継がれていく。

  グラントの忠誠心に邪念が巣食い、それはやがて正義心にも侵食する。

  そして、グラントはリアンの首に手をかけた。

  それは、ラヴィールーザの未来の為という大義名分を掲げた、自己陶酔でしかなかった。

  『お前がリアンを殺したんだな。グラント』

  エディが静かに言い放つ。

  最早、グラントは追い詰められた鼠だった。

  狂気に駆られ、野生が暴走する。

  その顔に獣毛が生い茂り、鼻先が伸び、人型から獣へと変化していく。

  これが決闘ならば、完全なる獣化を待つのが慣わしだったが、グラントにはそんな価値すらもない。

  エディは、グラントが変化を遂げるのを待たずに飛びかかっていった。

  ダグによってねじ曲げられた腕に噛み付き、その指を噛み千切る。

  もう片方の手も同じように、指を噛み千切った。

  グラントは痛みに床を転がるようにして、のたうち回った。

  ピアノの巫だったグラントは、エディによってその手を奪われ、もう二度とピアノを弾く事は叶わなくなった。

  恐怖のあまりに逃げ出そうとしたレベッカは、外で待機していたパトリックによって取り押さえられ、再びエディの前に引き摺り出された。

  レベッカは、圧倒的なる獰猛な肉食獣の前に震え上がっていた。

  『お前はアリーの絵をめちゃめちゃにしたな。お前のヒールに踏まれた跡と、その匂いが残っていた』

  「エドワード様!お許し下さい!私は貴方をお慕いするがあまりにっ……」

  『お前を噛み殺してやりたいとろこだが、生かしておいてやる。親子共々、一生、償いをし、死ぬまで詫び続けるがいい』

  額を擦り付ける程に土下座をし、泣きながら謝り続けるレベッカの両手の甲を、エディの鋭い爪が引き裂いた。

  腱を断たれたレベッカもまた、ピアノを2度と奏でる事が出来なくなった。

  グラントはその後、辺境の巫の罪人が収監されている牢獄へと送られた。

  そこは、外からも中からも一切の音を遮る、無音の牢獄だった。

  娘のレベッカは、戒律の厳しい修道院へと送られた。

  父も娘も、それからは1度も外へ出る事はなく、獣人界から遮断された世界で、その生涯を終えたのだった。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 7ー①]

  後始末をパトリックに任せて、エディは自室へと戻った。

  部屋に入ると、アリーが何やらもじもじとしながら、メモ書きを差し出して来た。

  丁寧な字で書かれていたそれは、ブライアンのものだった。

  『父上へ

  ここは父上とアリーの部屋なので、母上の絵は、俺の部屋に来て貰う事にします。

  アリーに変な心労をかけないで下さい。

  ブライアン』

  部屋の奥を見ると、掛けられていたリアンの肖像画が消えていた。

  その下に、このメモが残されていたらしい。

  それを見たエディは、天井を仰いだ。

  タイガーの姿は表情が分かりにくいが、言葉や感情が駄々漏れの今は、落胆の色が見えた。

  耳はペタリと伏せ、尻尾もクッタリと項垂れている。

  『あいつ……本当に3歳児か?俺より、気配りが出来てる……』

  「……そんな……別に俺は構わないのに」

  『本当に構わないのか』

  「……やっぱりちょっと気になる、かな。……いや、かなり気になるかも」

  『俺は、お前との結婚を焦り過ぎて、色々と抜けていたな。早く仕事を切り上げて、お前を妻に迎えた後は、しばらく休暇を取るのに必死で……』

  「そ、そ、そ、それ!どういう事~?!そんなの、何も聞いてないっ!」

  『仕事は必死に切り上げていると言ってただろうが』

  「いや!そこじゃなくて!それは聞いてたけど、結婚を焦り過ぎてとか、しばらく休暇を取るとか!」

  エディはアリーの服の裾を噛んで引っ張り、ベッドへと誘う。

  エディのベッドは、獣化しても休めるようにと巨大サイズではあったが、流石に300キロを越える巨体が乗り上げると、その軋み具合は半端なかった。

  『俺は、お前を大切にしていたつもりだったが』

  「初対面では、嫌そうにしてたよ!メスだと思ってたとか、みんなで言うし!溜め息もついてたよ!」

  『あれは、いきなり運命の[[rb:番 > つがい]]に出会えたから、驚いたんだ』

  出会った瞬間から惹かれ合い、その想いは永遠であるという『運命の番』などという都市伝説のような世迷い事が、まさか本当にあるとは思ってもみなかった。

  異国の友人の戯れで送られて来た花嫁など、どう対処したら良いものかも分からない。

  向こうも気乗りしていなければ、自由に過ごさせてやるか、こちらで縁談を用意してやるか、とまで考えていた。

  だが実際、アリーと出会った瞬間、そんな考えは吹っ飛んでしまう。

  その黒い瞳と、甘い体臭を嗅いだだけで、これは自分の番だと確信した。

  『お前には、俺が運命の番だとは分からなかったのか』

  「分かんないよ!だって、初めて遠くで見てた時から、エディの事が大好きだったんだもん!」

  『お前の本能の方が、優れていた訳か』

  「エディは分かりにくいよ!表情もいつも変わらないし、言葉でも言ってくんないし。俺、鈍いから、そういうの分からないから」

  『悪かった。だが、俺としてはこんなにアプローチしたのは初めてだったんだ』

  「リアンにはしてただろっ!」

  『リアンにもしてない』

  エディは、その長く大きな舌で、ベロリとアリーの頬を舐めた。

  そのくすぐったさに、アリーは「あん!」と甘い声を上げて首を[[rb:竦 > すく]]める。

  その愛らしい仕草に、エディの喉がグルルッと唸ったが、言葉が足りないと言われたばかりだったので、暴走しそうな欲望を必死になって堪えた。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 7ー②]

  リアンは、幼い頃から兄妹のような、穏やかなる愛情を育んでいった相手だった。

  その想いに偽りはなかったし、今も感情が薄れた訳ではない。

  だが、アリーを愛しく想う感情とは、全くの別物だった。

  『お前をこれからもずっと大切にしたい。だからこそ、何の偽りもない俺の全てを知って、受け入れて貰いたかった』

  「でも、レベッカの事は何も聞いてないよ!」

  『レベッカ?』

  「[[rb:王立 > ロイヤル]][[rb:学校 > スクール]]の時は、……えっと、お慰めしてたって、言ってた!」

  『誰の事だ?』

  「ちょっと!とぼけるなよ!ずっと、交尾してた相手のくせに!」

  『俺は獣化を抑える事が出来るんだ。在学中に交尾なんかするか。品行方正な学生で、卒業まで総長を務めてたってのに、ダグじゃあるまいし』

  「嘘つきっ!レベッカ本人が言ってたんだからっ……」

  『グランドの娘がか?』

  「うん……」

  『学年も違うのに覚えてられるか。余程の腕があるならまだしも。グラントの娘は、いつもベタベタしてきて煩わしい印象しかない』

  そういえば、ブライアンも『どうでもいい獣人は、覚えられない』と言って、レベッカを退けていた。

  まさにこの親にして、あの息子あり。

  エディは、レベッカを歯牙にもかけてはいなかった。

  「ちょっと……何なんだよ、エディ。もう、俺、本当の事を何も知らされないし、随分とやきもきさせられたんだけど……」

  『済まなかった。これからは、気を付ける』

  「気を付けるだけじゃダメなんだけど!これからは、何においても俺を大切にしてくれないと!」

  『大切にする』

  「小さな事でも、ちゃんと言って!」

  『ちゃんと言う』

  「演奏会にも毎回、連れて行って!」

  『連れて行く』

  「……それと、毎日、口で言って……。エディの気持ち……」

  『アリー……』

  エディは鼻の頭で押すようにして、アリーをベッドへ押し倒す。

  そして、その獣の口で、アリーの唇へチョンとキスをした。

  『愛してる、アリー。初めて会った時から一目惚れだった。これからも変わらずに、お前を愛し続ける』

  「エディ~!俺も~!」

  『今から、俺の獣化を解いてくれるか?』

  「……うん……」

  『愛してる、アリー』

  エディはそれから何度も愛の言葉を繰り返した。

  その器用に舐め回す舌で、アリーの体が蕩かされるまで。

  [newpage]

  [chapter:大好き以上、愛してる 7ー③]

  アリーは、しなやかな体を踊るようにしてくねらせた。

  漆黒のタイガーの舌は巧みであり、その全身をザラついた舌先が舐め回し、アリーは絶頂を極め続けた。

  アリーのフェロモンが抑制剤で抑えられていなければ、今頃、獣化したエディはその本能のままに蜜なる肉体を蹂躙していた。

  今のように、舐めて蕩けさせてやるゆとりもなかっただろう。

  アリーの体をクルリと俯せにし、尻だけを高く上げさせると、既にそこはヒクヒクと発情期のように妖しく蠢き、オスを誘う孔になっていた。

  その縞模様の尻尾も、快楽にくねくねと揺れている。

  エディの喉がグルルッと唸る。

  猛る欲望を必死で堪えながら、その窄まりをベロリと舐めた。

  「ひにゃん!」

  『すぐに柔らかくなりそうだ』

  「あ、あぁっ!やっ、やっ、やぁん!……舌が……いつもより、おっきいっ……」

  『タイガーの舌だからな』

  「やっ……あ、……ぁぁぁん!」

  尻孔の中を、太くうねるものがグルングルンと暴れ回る。

  それは器用にもアリーのオスとして一番感じる部分を突いて来るので、その愉悦を感じるがままに尻をくねらせた。

  「エディっ!エディっ!もう、おかしく、なっちゃう~!……お尻、舐めない、でぇ!いゃぁ!んんぅ!」

  『慣らさないと、苦しいぞ。今日の俺はいつもとは違うからな』

  そう言われて、アリーが体の下から除き込むようにして、背後を見る。

  そこにはエディの勃起した獣のペニスは

  そびえ勃っていた。

  ただ巨きいだけだはなく、その形状はタイガーのペニスそのものであり、猛々しい雄芯は既に欲望に濡れそぼっている。

  古の獣特有の尖りは、いつ出会うか分からないメスを必ず孕ませる為のものだ。

  交尾する相手の内部に打ち込み、抜け難くする突起は、人間のものにはない獰猛さだった。

  それでも、エディを受け入れたい。

  妻になるのなら、人型だろうが、獣型だろうが、その全てを自分だけのものにしたかった。

  「エディが……欲しいよ」

  『アリー……』

  「タイガーのエディだって、俺のエディだから」

  エディの胸に、突き刺すような痛みを伴う甘い疼きが広がった。

  番の献身なる愛が、獣の全てを満たす。

  運命の相手との交合は、獣人としての至福のものだった。

  エディの矢尻のようなペニスが、ズブリ、とアリーの蜜孔を突き刺す。

  その激痛に、思わず上半身が逃げようとして前に伸び上がった。

  愛があるから耐えられる。

  そうは思ってはいても、余りの痛みに堪えきれず、悲鳴がアリーの口から押し出されるようにして突いて出た。

  「……いたぁいぃ~」

  『ア……リーっ!』

  「中、裂け、ちゃう~」

  エディは、愛する者の悲鳴を聞きながら、ズッ、ズッっと少しずつ腰を入れ、その砲身を最後まで飲み込ませる。

  最後まで挿れ終えると、天に向かって雄叫びを上げた。

  巫の力で、全身をみなぎらせる。

  そして、まるで魔法が解けるようにして、タイガーの体は体毛を失っていき。

  大きな獣の体は、人型のオスへと変化していった。

  [newpage]

  [chapter:最終章・きみといつまでも①]

  背中に触れる体毛がなくなり、人肌の滑らかな暖かみのある皮膚が触れる。

  自らの肩の横にあった手を見ると、明らかにそれは人型のものだ。

  エディが吐精する事なく、獣化を解いた。

  本来ならば、獣の欲望を晴らさなければ人型には戻れない。

  その為に、どれ程の力を使ったのか。

  それは、どの獣人でもあり得ない事だった。

  「え、エディ……」

  「悪かった。痛い思いをさせたな」

  「どうやって、人型に戻ったの?」

  「巫の力を使った。本当はあまり自分には使いたくはなかったが。お前が痛みに耐える姿が忍びなかったから」

  「エディ~」

  エディは、アリーの長い髪の毛を掻き分けて、スラリと長い後ろ首を露にする。

  その項を見ただけで、ドクンと股間の物が脈打つのを感じた。

  そこへキスを何度も繰り返すだけで、アリーは甘い声を上げて、体を震わせた。

  「あ、やん!エディのが、おっきくなったぁ~」

  「……そういう事を言うな」

  「ご、ごめんなさい」

  「いや、言ったら駄目だ、という意味じゃなくて。……お前の言葉だけで、達きそうになったから」

  「えぇ~っ?!……あ、あぁん!」

  アリーは、自分の叫ぶ声で中を締め付けてしまい、それだけでも軽く達してしまった。

  快感を得れば得る程に、アリーから放たれる薫りが甘く、濃くなって、エディの中のアルファを刺激する。

  再び獣化してしまいそうな程に、欲望が高まる。

  それにはもう、限界点に達していた。

  「アリー。本当は綺麗なままで結婚式を迎えさせてやりたかったし、夫婦になってから、番になってくれと願い出るつもりだった」

  「……俺を、……番にしてくれるの?」

  「俺の番は、お前だけだ。……だから、お前の項に、俺の愛の証を刻ませてくれ」

  アリーは嬉しさのあまり、死んでしまうかと思った。

  心臓が止まりそうな程に歓喜した。

  それに応えるようにして、グルリと尻を回し、体内のエディを締め付ける。

  そして自ら髪を掻き分け、その首を差し出した。

  「噛んで、エディ。俺を番にして」

  「アリー……」

  エディの大きく開いた口から、鋭角的に伸びた牙がギラリと光る。

  そして、アリーの項へと牙の先端をあてがい、皮膚にズブリとめり込ませた。

  同時に下肢を振るい、ズンズンと突き挿れる。

  アリーの中へ、熱をもったエディの牙とぺニスが穿たれ。

  そこから一気に背筋や骨を通して、全身へ痺れるような快感が突き抜けた。

  「あぁぁぁぁぁ!」

  アリーの体は悦びに悶え、体内にあるエディの分身を揉むようにして引き絞る。

  燻り続けていた愉悦が爆発して溢れ出し、アリーは体を痙攣させ、ぺニスからも後孔からも蜜液を放っていた。

  エディはアリーの後ろ首に噛み付きながら、尚も腰を深く抉り込む。

  グルリと回すようにして、何度も、何度も。

  それはタイガーとしての本能だった。

  広い大地で、やっと巡り合えたメスを逃がさないように首へと食らい付き、子種を植え付け、子孫を残そうという獣本来のものだった。

  それには、アリーもオメガの性が悦びにうち震える。

  アリーの尻からは、愛しいオスの逞しい男根が激しく出入りしている。

  ヌチュッ、クチュッと濡れた音を立てながら淫液を纏ったそれは、どちらのものなのか。

  首の痛みは番にされた喜びに代わり、体内を穿つ肉棒には、優れたアルファに選ばれた喜悦に満ちていた。

  [newpage]

  [chapter:きみといつまでも ②]

  欲しい。

  このオスの子種が欲しい。

  体内に肉ごと取り込んで、自分だけのものにしたい。

  その一心で、エディのペニスを悦ばせようと無我夢中になってアリーは尻を振った。

  「エディっ、……エディっ!もっと、もっと、……きてぇ!」

  「くっ……!」

  エディの腰が一際大きく突き挿れ、アリーの奥の奥まで抉り込んだ時。

  その先端からは、大量の蜜液が放出された。

  ビュウ、ビュウと、何度も、何度も注ぎ込まれながら、更に奥を目指すようにして腰を叩き込み続けた。

  アリーもまた、その悦楽の頂点を上り詰める。

  「あぁ~!それ……来ちゃダメな、とこまで、来てるぅ!……にゃぁぁん!」

  「アリーっ!愛してるっ!」

  「まだ、……まだ、出てる、……エディの、……いゃぁ!あぁ!」

  伸び上がるアリーの上半身をそのまま抱き込んで、エディは膝立ちのまま突き上げ続け。

  アリーは立て続けに悦びを極め、凄まじい快感の中で、その意識を手離した。

  それは、最も幸福な中で迎える『絶頂』だった。

  「あ……ん。……んんぅ?!」

  ほんの数秒で意識を取り戻し、我にかえると、背後にいた筈のエディが目の前にいた。

  それもいつの間にかエディの膝の上に座らされ、下から突き上げられている。

  もちろん、エディの男根はアリーの中を堪能したままだ。

  アリーの腰はしっかりと固定されていて、その凄まじい腹筋で抽送されている交接部からは、止めどなく愛液が洩れ出していて、泡立つ程だった。

  その卑猥な粘膜の混ざり合うような音が、アリーの耳を犯して、更に淫らな気持ちにさせた。

  「あぁっ!あぁっ!……ひゃあん!いや、ぁ~ん!」

  「アリー、キスをしてくれ」

  「ん。……うんぅ……」

  エディの唇へと、自らの唇を合わせた瞬間に、下から更に怒張が膨らむようにして中を押し上げて来た。

  アリーの尻尾の根元を指で弄りながら、尻たぶを開くようにして尻孔を拡げられ、更にその中の襞を捲り上げるようにして熱杭が入り込んで来る。

  「いゃぁぁぁ!ま、また、おっきく、なってるっ……。ひゃあぁ!」

  「お前だって、ずっと中が痙攣したままだぞ」

  「もう、ずっと、ずっと、イッてる、からぁ!あぁん!あぁ、あんぅ!」

  エディは、アリーの腰を掴んで上下に揺さぶった。

  そして、下からはアリーが最も悦ぶ部分を擦り上げる。

  その終わりのない快楽に、アリーの目の前には星が散り始めた。

  体内をズンズンと突いて来るモノを感じる粘膜に、意識の全てが囚われる。

  もっと、もっと、とそれを欲して疼く尻孔を窄め、搾り取ろうと肉洞を引き締める。

  すると、更に瞬間、ググッと膨張した体内のモノが弾け飛んだ。

  「あぁぁぁぁ!やん!イッちゃう!……また、イクぅ!」

  「アリーっ……」

  注ぎ込まれながら、アリーの中は、精液と自らの蜜で溢れ返り、受け止め切れずに溢れ出す。

  それは、エディの陰嚢へと滴り、シーツまでも濡らしていた。

  「スゴい……、エディ……全然、ちっさくならない……」

  「お前の本当の発情期が来たらどうなるのかな。交尾でもないのに」

  「こ、交尾じゃないの?!これ!」

  「これは交尾じゃないだろ?愛の営みだろ?」

  愛の営み、と聞いて、アリーの中は再びキュンと疼いた。

  これじゃ本当にキリがない、とエディは言いながら、アリーの体をベッドへと押し倒した。

  愛の営みは、一向に終わる兆しを見せず。

  2獣人に睡魔が襲い、倒れ込むまで、それは続くのだった。

  [newpage]

  [chapter:きみといつまでも ③]

  結婚式まであと1ヶ月を切り、エディはアリーの為にその全ての時間を割いた。

  アリーの望む全てを受け入れ、溢れんばかりの愛で包み込み、マリッジブルーにはさせなかった。

  そうして、エディと番の約束を交わしたアリーは、フェロモンが暴発する事がなくなった。

  番がいるいう安堵感が、アリーの精神を落ち着かせる事となり、フェロモンの分泌が獣人並みにまで抑えられるようになった。

  午後の微睡む時間、エディは膝の上にアリーを横抱きにして、更にアリーの膝の上にはブライアンが座っていた。

  アリーがご機嫌なのは、ブライアンの手に握られたでんでん太鼓の音色のお陰だ。

  その軽やかな小太鼓の音に合わせて、アリーは尻尾を振る。

  ちょうど股間辺りで揺れるその尻尾のせいで、エディは起き上がろうとする自らな雄を必死に堪えなければならなかった。

  「ブライアンは天才だな~。お父様の後を継いでも、立派に公爵としてお勤め出来るぞ」

  「頼んだぞ。アリー」

  「何が?」

  「俺にはプランがあるんだ。アリーは沢山、弟と妹を生んでくれないと駄目だからな。俺は兄弟妹でオーケストラを作りたいって思ってるんだから。打楽器に拘らないで」

  「きょ、兄弟妹で?!」

  「だから、いっぱい産んでくれ」

  「いっぱい~?!」

  それを聞いたエディは、笑いを堪えながら、アリーの唇にチュッと軽いキスをした。

  「……だそうだ。子作り、頑張らないとな。ブライアンの希望を叶えてやる為にも」

  「う、うん……」

  アリーは、頬を紅潮させながら俯いた。

  子作りの意味をブライアンが知っているとは思えなかったが、そうあからさまに言われるのは恥ずかしい。

  ただでさえ、今は毎日のように、夜はエディに愛されている。

  こんなにも夜毎に身体中を愛撫され、目眩く快楽に酔わされているなんて、幸せ過ぎて恐ろしい程だった。

  結婚式までは、発情期を抑制剤で抑え、妊娠もしないように薬でコントロールしてはいるが、結婚式を終えた後はどうなってしまうのか。

  アリーには、まるで想像も出来なかった。

  「俺……ちゃんと子育て、出来るかなぁ?」

  「私がお手伝いしますとも!」

  そう張り切る声を張り上げたのは、紅茶と菓子を持って来ていたパトリックだった。

  パトリックは鼻息も荒く、拳を握り締める。

  「アリー様が何匹お産みになろうとも、私がオムツ替えから、ミルクやり、寝かし付けまで、全てお世話致します!」

  「パティ、護衛と、執事と、乳母の三役になっちまうぞ?」

  「更に、大きくなれば保育士と教師も兼ねてみせましょう!」

  そのパトリックの意気込みには、ブライアンが突っ込んだ。

  「何だかパトリックの方がヤル気あるな。そんなに子供が好きなら、パトリックが産めば良いのに」

  ブライアンの一言に、エディが紅茶を噴いた。

  アリーは、菓子を手から落とした。

  パトリックは、何故か満更でもないのか頬を染め、ゴホン、ゴホンと咳払いをした。

  ブライアンが更に「何なら俺が、パトリックを貰ってあげても良いよ」と色男発言したので、パトリックは更に顔面から火を吹いたように真っ赤になった。

  その後も、意味も分からず発言する3歳児の暴言に、周りにいた召し使いの皆からも笑いが溢れ。

  そこにいる皆が、幸福に包まれた。

  [newpage]

  [chapter:きみといつまでも ④]

  巫の主の結婚式は、かつてない荘厳なものとなった。

  城下町でも、獣人達があちこちで飲めや歌えのお祭り騒ぎとなり、獣人々に尽くす公爵の結婚を祝う。

  エディとアリーは、ヴァルハラの神殿で誓いの式を挙げ、公爵達からは祝いの演奏が手向けられた。

  エディは黒地に華やかな刺繍を施された正装に身を包み、艶やかな白いマントを羽織っている。

  アリーの方は、裾が長めでエディよりは柔らかなラインの正装だった。

  生地は純白だったが、刺繍はエディと同じデザインだ。

  その背中に被るのはマントではなく、長く細やかなレースのベールだった。

  それを引き摺らないようにと、ブライアンが後ろで必死になって抱えている。

  巫の公爵達に囲まれて、一人一人からの祝辞を貰ったアリーは、喜びの涙に濡れていた。

  祝辞最後となった公爵であるダグからは、アリーへと小さな巾着のような物が手渡された。

  「綺麗になったね。アリーちゃん。エディに愛されてるからかな」

  「あ、ありがと」

  「アリーちゃんには、特別にプレゼントをあげるね」

  「……貰っていーのか?」

  「うん。実は俺の友達で、抑制剤とか作ってる獣人がいて、他にも色々と研究しててね」

  アリーの手のひらの包み紙をそっと開くと、中には色とりどりの綺麗なボトルが数本入っていた。

  「綺麗だな。……えっと、これ、ジュース?」

  「いやいや、この赤いやつはね、オメガ用の凄くお尻が気持ち悦くなっちゃうやつ。で、この黄色いのは、エディが獣化して挿入されも痛くなくなるやつね。で、青いのが、エディをメロメロにしちゃうやつ。これやると、エディの獣人格が変わるよ~」

  「え~?!」

  「新婚初夜だから、楽しんでね」

  エディは、はぁ~と深い溜め息をついた。

  『ろくでもないプレゼントだな』と言いたげな顔をしていた。

  「そんなもの、必要ない位なのに」

  「ちょっと、エディ。せっかくあげたのに、失礼なんじゃないの?」

  「アリーは、極端な程に敏感なんだ。くすぐるだけで、昇天して失神するんだぞ?そんなの使ったら、どうなると思ってるんだ。俺だって毎晩、自制出来ない程に、メロメロにされてるのに」

  そのエディの告白には、公爵全員が「エディがデレた~!」といって仰け反った。

  アリーと『本心を口にする』と約束してからのエディは、獣人目を憚らないという意味では、更に豪胆なオスになった。

  その後の初夜から1週間、アリーとエディは部屋から出ては来なかったが、それはダグの渡したプレゼントによるものかは分からない。

  ブライアンが望む『兄弟妹でオーケストラを組む』という夢は、恐らくは現実のものになる。

  そうして。

  エディとアリーの間に、次男が生まれる頃には、ヴァルハラのエントランスにアリーの描いた大きな絵が飾られるようになる。

  正門を入り、中央の入り口の扉を開いてすぐに、目に飛び込んでくるロイヤルブルーの世界。

  その1枚の大きな絵には、宇宙の中にさざ波が立ち、麗しい獣達が描かれている。

  これから先ずっと、威風堂々とした歴代最高の巫である5獣人の公爵達が、来客者を出迎えるだろう。

  ーENDー

  2018,11,05

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