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意地っ張り王のマメシバ花嫁

  [chapter:第一章・みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 1ー①]

  東の黒曜、西のデランダ、南のヴァリューカ、北のラヴィールーザという四大大国の国境地帯には、様々な小国が存在する。

  その狭間にあるいくつかの小国には、あらゆる種族の獣人が住んでいた。

  猫科、犬科などの食肉目がほとんどだったが、その多くは自らの血脈を守る為に細々と暮らしていて、種族を越えた婚姻はほとんどない。

  大国の大型の獣人ならば、優性遺伝子により絶対的に強い因子を受け継いでいくが、小型の獣人達が血筋を守るには、混血は望ましくはないと思われていたからである。

  そんな小国の中でも、力を持つ国があった。

  シェパードの国アルサシアン王国と、ドーベルマンの国レッド・キングダム。

  この両国は、互いに犬の一族としては大型ではあったし、共に戦闘能力の高い、軍人や兵士を排出する国でもあった。

  小国ながら、その軍事力に於いては大国よりも抜きん出ていた。

  ただ、戦士としての能力が高いだけではない。

  彼らの多くは君主に尽くし、忠実で、聡明であり、また厳しい訓練を厭わない性質を有していた。

  そんな2国の獣人は、他国へ誘致されても軍獣人として力を発揮し、多くの英雄を排出していた。

  今から80年程昔。

  長らく友好関係にあったアルサシアン王国と、レッド・キングダムの間に亀裂が入った。

  レッド・キングダムで一番の美姫が、ドーベルマンの王の寵愛を受け、妻となった。

  だが、いざ式を挙げるという時になって、その美姫はアルサシアン王国から留学していたアルサシアンの第二王子の駆け落ちという名目で、連れ去られたのである。

  それから両国は絶縁状態となり、国交も断絶するに至った。

  それから世代を跨ぎ、レッド・キングダム側より『国交を復活させよう』という親書が届けられた。

  ちょうど長男であるカーディナル・レッド・キングが王位を継いだものの、何故か良縁に恵まれず。

  是非にも国交復活のこの期に、アルサシアン王国の姫を貰い受けたいという申し出があった。

  これは、両国の縁をより強固なものとする、またとないチャンスだった。

  幸いな事に、アルサシアンには王子が2人、王女が1人いた。

  レッド・キングダムの王、カーディナル・レッド・キングは22歳。

  アルサシアン王国のプリンセス・グロリアは17歳。

  年の頃も相応しいと思われた。

  そうしてその輿入れの準備も進み、いよいよ3日後には花嫁になる為にアルサシアン出立するという時になって。

  プリンセス・グロリアは、忽然と姿を消してしまったのである。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 1ー②]

  アルサシアン王国の城は、朝からてんやわんやの大騒ぎになっていた。

  それはもう召し使いの全員で、庭やクローゼットの中や、ベッドの下までひっくり返し、城の中の全てが荒れ放題になっていた。

  レッド・キングダムに嫁ぐ筈のプリンセス・グロリア、突然の失踪。

  その本人のよる置き手紙は、弟であるケリー・キングの部屋のテーブルに置かれていた。

  「父上~!グロリアが!グロリアが!グロリアの手紙が!僕の部屋に~!」

  「何だとぅ?!」

  あえて弟の部屋に置けば、多少の時間をを稼げると思ったか、それはグロリアの思惑通りとなった。

  とにかくグロリアは、姫とは名ばかりの、淑やかさの欠片もない我を通す姫だった。

  自分の意見を通さないではいられないというその性格は、傍若無人な程だった。

  「『親愛なる父上。私は、愛するロッグウェストと異国へ旅立ち、幸せになります。我が儘な娘をどうかお許し下さい。グロリア』……だって……」

  ケリーが手紙を読み終えると、エントランスにいる全員が絶句した。

  ゆうに、その時間は1分はあった。

  「ケリー」

  「何?父上」

  「その、ロッグウェストという奴は何なんだ?」

  「多分、ランサー国のロッグウェストじゃないかな~と……」

  「ボクサーの獣人の王子か!」

  「うん。そう」

  「何たる事だぁぁぁぁ!うちに、兵法の勉強をしに来たと思わせておきながら、娘を盗んでいく泥棒猫だったとは~!」

  「グロリア、惚れっぽいからね~」

  ケリーはしみじみと、1つ年上の姉を思い返していた。

  グロリアは、儚く、清楚で淑やかな見た目とは裏腹の肉食系であり、脇目も振らぬ暴走少女だった。

  駆け落ち騒ぎは、今回が初めてではない。

  今までも、狼の獣人である兵士や、パンサーの吟遊詩人や、チーターの伝令係と駆け落ち未遂の前科がある。

  姉は、そのはんなりとしたしおらしい見た目で、あらゆる獣人を落とす強者のハンターだった。

  対する弟のケリー・キングは、幼い頃から次代の王として『キング』の称号を与えられてはいたが、姉とは違いおぼこかった。

  その見た目は小ぢんまりとしていて、シェパードの王の直系でありながら、身長は148センチしかないし、毛並みも柔らかな茶色で、耳や尻尾の内側部分は雪のように真っ白だ。

  おまけに闘犬とは思えないポチャポチャ感がシェパードからは程遠く。

  黒目がちな大きな瞳は、草食系の小動物のようであり。

  小さな耳は横向き加減ではあるし、尻から生える尻尾はクルンと巻いてフワフワと揺れている。

  姉のグロリアと並んでも、グロリアのほうが頭一つ、背が高い。

  年齢も16であるにも関わらず、第一印象として、思春期前の子供に見られるのがほとんどだ。

  風貌としては、とてもシェパードには見えない愛らしさだった。

  本来ならば、異種族同士の婚姻でもシェパード程の強い因子であれば、その遺伝子を強く受け継ぐ筈だった。

  だがケリーに至っては、何故か母親のポメラニアンの血が表立って出てしまい。

  色やサイズはポメラニアン、毛並みはシェパード、という珍しい犬種になった。

  その微妙なミックス具合に、召し使いの間でも『マメシバ王子』とあだ名されていて、それはまさに言い得て妙であった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 1ー③]

  「ケリー、お前がレッド・キングダムに行きなさい」

  「へ?」

  「そして、カーディナル・レッド・キングの妻になりなさい」

  「フヒャン!」

  突然の父王の命令に、ケリー・キングは飛び上がって、すっとんきょうな声を上げた。

  自分は長男だ。

  生まれた瞬間から、自らの名前に『キング』という称号を授けられ、王の地位を約束された王子である。

  それが何故、姉の身代わりなんぞでレッド・キングダムに嫁がされるのか。

  突然、降って湧いた不幸に、悲鳴を上げた。

  「ちょっと待ってよ!父上!僕は、ケリーキングだよ?!」

  「キングの称号は、弟のジョージに移行する。今日からジョージが、ジョージキングだ」

  「いやいやいやいや!シェパードの直系は長男が継ぐんだよね?これ、決まってんだよね?」

  「やむを得ない。お国の為だ。お前はオメガだろう。ケリー。オメガなら、男だろうが嫁に行ける」

  この世の獣人は、3つの種類に分かれている。

  体格も大きく、他よりも圧倒的に優れた能力を有し、国のトップに立つ『アルファ』。

  この世界の8割以上を占める一般的な容姿であり、アルファに仕える凡庸な獣人である『ベータ』。

  発情期にはフェロモンを発してオスを誘い、出産に特化し、オスでも子を成す事が出来る『オメガ』。

  ケリーはずっと自分が『アルファ』だと信じていた。

  キングたる者、当然であると周りも思っていた。

  だが、16になった誕生日に突然、発情期が訪れた。

  『オメガ』にしかない、濃密なるフェロモンを発する、子供を産むための『発情期』にだ。

  その発情フェロモンには、隣にいた弟のジョージまでもあてられてしまい、ジョージを獣化させてしまう程だった。

  古の血を濃く残す王族は、欲情したり、闘争本能が高まると人型獣人から完全なる獣の状態へ獣化する。

  これまでは、別段にオメガの王でも問題はないだろうと、キングの称号は取り上げられる事はなかった。

  弟のジョージを側に置くか、強いオスの夫を婿に貰うか、強いメスのアルファを嫁に貰えば良いと楽観視していた。

  だが、この度は国の未来に関わる事態ではある。

  この婚姻は、何が何でも結ばれなければならない案件だった。

  「ケリー!カーディナル王の嫁になれ!」

  「やだぁ!」

  「ならん!」

  「やだ、やだ、やだぁ!」

  「お前は、シェパードとドーベルマンの種族を戦争に導く気か!どちらも戦闘能力の高い犬種だぞ!戦争になれば多くの血が流れる事になる!」

  「何で僕が!」

  「ならば、グロリアの代わりに、弟のジョージを嫁がせるつもりか!」

  オスであり、アルファであるジョージに、次代のレッド・キングは産めない。

  ケリーは、四面楚歌の状態だった。

  「うわぁぁぁぁぁん!何でグロリア、逃げちゃったんだよう!僕は、アルサシアンの王様になる筈だったのに~!グロリアのバカ、バカ、バカぁぁぁぁ!」

  ケリーの叫びに、エントランスにいた召し使い達も同情した。

  ドーベルマンの王国、レッド・キングダムは、完全なる『従属』の国である。

  強く、身分のある者の命令は絶対であり、軍隊式に統制の取れた王族だと有名だった。

  可愛い可愛いと甘やかされて、好き放題して育ったケリーに、その王の妻として務められるとは思えなかった。

  だが、姉のグロリアに続いて逃亡する訳にも行かず。

  直系以外のメスやオメガを、代わりに送る訳にもいかず。

  こうして、ケリーはその日から『キング』の名を失い、隣国に嫁ぐべく身支度をさせられたのだった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 2ー①]

  アルサシアン王国とレッド・キングダムは渓谷を挟んだ隣国同士である。

  2国はこの辺りの犬族、猫族の中では広大なる国土を有していた。

  集落のような過疎な村に暮らす少数の種族をからすれば、どちらも五百万獣人は越える、富める小国と言える。

  特にレッド・キングダムは、犯罪も少なく、規律正しい獣人達が住んでいた。

  それは、ドーベルマンの特性でもあった。

  闘争心はあっても真面目であり、純粋に主君に尽くし、厳しい訓練や責務を苦もなくこなし、忠実に規律を守るという性質である。

  そんな規律の厳しい国の中で、はたして暮らしていけるだろうかと、ケリーは不安に駆られていた。

  シェパードもそれなりに生真面目な規律を守る闘犬の一族ではあったが、自分はその中でもおおらかに育ち、周りの者を振り回してきた自覚はある。

  姉のグロリアが自由奔放な印象が強いのもあって、ケリーが目立つ事はなかったが、2つ年下のジョージの方が落ち着きがあるとは幼い頃から言われていた。

  夏の盛りを越え、木々も色付き、葉が舞う季節に、ケリーはレッド・キングダムの王の妻に嫁がされる。

  その軍国主義の頂点に立つ、オスの元へ。

  「カーディナルってどんなオスなんだろう。ドーベルマンって大型獣人みたいな奴が多いよな。ムキムキのマッチョで、全員『敬礼~!』って、一列に並んでるのかな?……わ~!やだ、やだぁ!耐えられないよ~!」

  ケリーは、馬上でプスンプスンと鼻を鳴らし、半泣き状態になっていた。

  レッド・キングダムの城下町に入ると、街のゴロツキのような輩もおらず、遊歩道も完備されていて、横行する人々は規律を守りながら行き来している。

  くそ真面目過ぎる、とケリーは思った。

  これは、軍にも王族にも通じる国民性だろう。

  これから毎朝、毎食、寝る間に整列して点呼でも取るのだろうかと想像するとウンザリする。

  ケリーがウンウンと唸っていると、高く白い城壁に、真っ青な屋根の豪奢な城が現れた。

  あらゆる場所に、ドーベルマンの彫刻が施され、門を潜ってすぐ現れる噴水ですら、何匹ものドーベルマンの彫像から水が吹き出し噴きている。

  だがケリーには、その城が美しいと思う心のゆとりもなかった。

  中に入ると、壁は白一色、織物のような絨毯やベルベット生地のカーテンは瑠璃紺色で、ドアノブやタッセルなどは銀色に統一されている。

  その統一感も完璧ではあったが、人々の服装は更に徹底されていた。

  とにかく黒い。

  肌の色と、召し使いのブラウスやレース部分以外は、服装も黒い。

  アルサシアン王国の獣人は、明るい茶から黒っぽい茶まで、あらゆる毛色の者がいたが、レッド・キングダムでは髪の毛も耳も黒い。

  尻尾に関しては、短いからか服の外からは見えない。

  希に赤毛もいるが、それでも黒っぽい赤毛だった。

  その黒さがまた威圧感を与える。

  中でも、ケリーを出迎える獣人達の中央に立つ、一際大型の獣人は特に目力があった。

  その大きなオスからは「食い殺される」という恐怖感しか沸かなかった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 2ー②]

  この中でも特に位が高いのだろう。

  誰もがその偉丈夫の後ろに整列し、順従していた。

  「……誰だ、お前は」

  「フヒンッ!」

  「プリンセス・グロリアは、どこにいる?」

  「グ、グロリアは……」

  いないと、ケリーは言いかけて、言葉が喉で石のように固まってしまい、支えてしまった。

  その恐怖のあまり、クルリと巻いた尻尾がプルプルと震えている。

  デカい、強そう、イケメン、怖そう。

  あらゆる考えが脳内を駆け回り、そのあまりの恐怖に、ケリーは全身をガクガクと震わせた。

  目の前にいるオスは、圧倒的な強さを誇るアルファだった。

  その尊大さは、四大大国の猛獣の王に等しい。

  身長は190を越えているだろうし、纏う筋肉は闘う猛獣のものであり。

  腰まで届く真っ直ぐで艶やかな黒髪の、頭頂部分から生える耳は角のように大きく長い。

  それだけ立派な耳の割には、尻尾の姿がまるで見えない。

  あんなに恐ろしい顔で、長く尖った耳を立てる姿は、まるで悪魔だ。

  黒髪から生えているのは、魔物の角だ。

  ケリー以外の背後の付き人も、連れて来た者全てがベータだったので、皆、震え上がっている。

  目の前の超一級であろうアルファに対して、進言出来る者は誰もいなかった。

  「グロリアは、どうしたと聞いている」

  「あの、えっと……手違いで、グロリア……姉はここに来れなくなっちゃって」

  「……何だと?」

  「代わりに僕が来たんだけど……」

  「お前が?お前はオスの子供だろう」

  「お、オスだけど、子供じゃない!16だから、もう成獣人だよ!」

  「その小ささで王族の成獣人だと?後ろのベータの方が大きいぞ」

  「悪かったな!いっぱいご飯食べても、これが限界だったんだよ!僕だって、もっとおっきくなりたかったんだ!」

  「このチンクシャが王女の代わりとは、我が国を馬鹿にしているのか。これのどこがシェパードだ?どこから見ても、マメシバもどきだ」

  初対面でここまで毒を吐かれるとは思ってもみなかった。

  沸騰するように怒りがこみ上げ、ケリーは今までの恐怖感が吹き飛んだ。

  自分だってこんな所に来たくはなかった。

  アルサシアン王国の王になって、オッパイの大きなお嫁さんを貰うのが、ケリーの幼い頃からの夢だった。

  とにかく、大きな胸が大好きだったケリーは、まさか自分がオメガになり、嫁にされよう日が来ようとは思ってもみなかった。

  それも相手は、オッパイの『オ』の字もない。

  あるのは、筋肉でガチガチに固まった雄ッパイだ。

  モミモミもパフパフも出来ない、ムキムキのゴリゴリだ。

  そんな筋肉悪魔に、『マメシバ』などと馬鹿にされる謂れはなかった。

  「何なんだよ!わざわざ来てやったのに!そんなに初めて会った獣人に、失礼な事を言わなくてもいーだろ!」

  「頭も悪そうなチビだな。まさか雄々しい筈のシェパードの血が、マメシバに負けるとは」

  「僕のお母さんはポメラニアンだったんだ!それがちょっと勝っちゃっただけだ!気にしてるのに、突っ込むな!」

  「いや、どこから見ても、お前はシバイヌだろう」

  「お前みたいな、失礼な奴、大っ嫌いだぁぁぁぁぁ!」

  こうして、両国の架け橋となるだろう二人は、初対面からどちらからも橋を架け損ねたのだった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 2ー③]

  アルサシアンの王である父の書簡を、カーディナルの父である先王へと渡し、その拝読中、誰も口を利かなかった。

  先王は王座の次席である隣の椅子に座っていたが、カーディナルは床に膝をついていた。

  レッド・キングダムでは、地位以上に親子兄弟での立ち位置は絶対だ。

  故に、この国の王であるカーディナルも、王位に就き、レッド・キングの名を頂戴しても、父の言葉は絶対だったのである。

  先王は、顔に年齢を感じさせるシワはあるものの、背格好や長い黒髪はカーディナルと瓜二つで、親子というよりは年の離れた兄弟のように若々しくあった。

  「プリンセス・グロリアが病に臥せっておられるのなら、仕方がない。それも治る見込みもないとは……。しかし、ケリーがオメガだという事なら、世継ぎを産んで貰うのに支障はないな」

  それには、カーディナルが間髪入れず、悲鳴のような反意の声を上げた。

  「オメガ?これが?オメガなら、もう少し色気があろうものを」

  「うるさいな!僕だって、未だに自分がオメガだなんて、信じられないんだよ!」

  「こんなチビに子宮があっても、どうせ出来損ないだろう。強いドーベルマンの子供が産めるとは、とても思えない」

  「ばっ、馬鹿にするな!ドーベルマンの子供位、ポコポコ産んでやるよ!僕はやれば出来る子なんだって、母上にも言われてたんだからな!」

  「では、それを期待しようか」

  「フヒャァ!」

  先王から言われると、自分から言い出したものの、いきなり現実に直面させられた。

  ポコポコなどと言わなければ良かったと、今更ながらに後悔が押し寄せる。

  それは、ケリー自ら望んで『嫁になります』と言ったも同じだった。

  隣にいるカーディナルから殺気のようなものがビリビリと伝わって来て、その眉間のシワは、更に深く刻まれたように見えた。

  より怖さが増している。

  ケリーよりも頭2つ半も大きな体から闘気が燃え盛っていて、その殺気からもカーディナルがケリーとの結婚を望んでいないのが伝わって来た。

  「カーディナル」

  「はい」

  「どうやら、ケリーは我が国の慣わしなどをまるで知らぬようではあるし、春まで花嫁修業をさせ、来年の新年の祝いに合わせて、結婚式を挙げるように手配するぞ」

  「………………………………………………………はい」

  返答する間が、恐ろしく長かったのは気のせいではない。

  カーディナルは、どう見ても納得してはいないようだったが、父の言う事に反抗しようとはしなかった。

  ケリーは、そこまで嫌なら従わなければ良いのにと、怒り心頭だった。

  「おい!あんたは王様なんだろ!嫌なら嫌って言えばいーだろ!」

  「それは、この国では許されない」

  「無理矢理に貰ってくれなくてもいーよ!そんなに嫌なら返品してくれ!」

  「父の命令は絶対だ。それにこの結婚は、両国の友好がかかっている。お前がチンクシャだろうが、子供が産めなかろうが、馬鹿だろうが、マメシバだろうが、結婚する」

  「マメシバじゃない!」

  「うるさい。この雑種モドキが。私は、メスにしか欲情しないんだ。誰がお前のような子供のオスに発情ヒートなんぞするか」

  こんなにも馬鹿にされて、これからの夫婦生活が円満に続く筈がない。

  離婚が許されないなら、家庭内別居か、仮面夫婦になるか。

  想像すればする程、絶望的な未来しか思い浮かばない。

  「納得もいかないし、嫌々だが、妻にしてやる」

  「なっ……」

  「決まったな」

  ケリーがカーディナルに言い返そうとしたのを、先王が遮った。

  「子供が出来なくても、苦に思わなくて良いぞ、ケリー。お前達は、あくまで友好の象徴のようなものだからな。カーディナルには適度にメスをあてがって、遊ばせておけば良いのだから」

  先王は、好色な王として有名ではあった。

  直系の子供は、カーディナルを含め3獣人だけだったが、外には何人もの愛獣人がいる絶倫だった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 3ー①]

  「お前は、お飾りの妻であればいいんだ。表に出る必要もない。こんな見た目も貧相なマメシバならな」

  吐けるだけの毒を吐き捨てて、カーディナルは市中へと視察に出てしまった。

  カーディナルが退出したのをきっかけに、先王も部屋へと下がり、召し使い達も仕事へと戻って行った。

  それにも、ケリーは激怒した。

  到着したばかりの花嫁を放置する夫が、どこにいるだろうか。

  異国に来て、誰も知らない場所で捨て置くというカーディナルの冷酷さに、怒りが抑えられなかった。

  「ふざけんな!この、クソむっつりドーベルマンが~!せっかく来てやったのに、ほったらかしか!」

  「ごめんねぇ。君にしてみれば、酷い話だよねぇ。お姉さんの代わりに無理矢理、来させられたのに」

  声のする方へと向き直ると、そこには麗しいドーベルマンの獣人が立っていた。

  背格好はカーディナルよりも華奢な印象はあったが、それでもケリーより頭2つは背が高い。

  カーディナルと同じように腰まである黒い長毛は、その見た目の印象通りに柔らかくうねっている。

  顔の印象も、はんなりとした女性的な印象があり、その背の高ささえなければオスだとは分からない程の、美しいドーベルマンだった。

  「初めまして、ケリーちゃん。僕はヴァーミリオン。レッド・キングダムの第二王子です」

  「え?そしたらカーディナルの弟?」

  「そうそう。よろしくね~」

  兄弟と言われれば雰囲気は似てはいるが、第一印象としては真逆の人当たりの柔らかさだ。

  規律正しいドーベルマンの獣人とは思えない。

  ケリーも、やや呆気に取られながら、ヴァーミリオンの差し出した手を握り返した。

  「兄上は、基本的には仕事人間で、職務に忠実だし、命令には従うドーベルマンの典型みたいな人なんだ。悪い人ではないんだよ。……ちょっと意地っ張りなんだけど」

  「悪い人じゃなかったら、花嫁を置き去りなんかにしないと思うけど!いくら、政略結婚の相手だからってさ。僕だって、せっかく来たからには、頑張ろうって思ってたのに」

  どうせ夫婦になるのだから、歩み寄りたいと思っていた。

  ギスギスした結婚生活を死ぬまで続ける程に、自分には堪え性もないのが分かっていたし、それなりに明るく振る舞えるとも思っていた。

  だが向こうがあの態度では、こっちがいくら好意的に接しようが、どうにもならない。

  ケリーは既に、カーディナルと上手くやっていける気がしなくなっていた。

  「あのさ、あんなに僕の事が嫌なら、違う方法を考えた方が良いんじゃないの?こっちの王族のお姫様を、アルサシアンに送って、弟のジョージと結婚させるとか」

  「う~ん。直系同士の結婚だからこそ、意味があると思うんだよね。悲しいかな、うちの国もアルサシアン王国もグロリア以外はオスだしねぇ。……ケリーちゃんはオメガだから、もううちに来るしかなかったと思うんだよね」

  「そしたら、僕がヴァーミリオンと結婚しても良かったんじゃないの?」

  「いやいや、より強い絆を結ぶ為にも、ここは兄上が結婚しなければならなかったんだ。だから、やっぱりグロリアかケリーちゃんの二択しかないね」

  「僕は、オッパイのおっきいメスが好きだったの!」

  「兄上の好みも、多分、小さいよりはおっきいオッパイのメスだよ。好みは合うみたいだね。良かったね~」

  「そこ!合っても意味がない~!」

  何故、夫夫でオッパイ同盟を結ばねばならないのか。

  ケリーは、絶叫した。

  ほんの少し、オッパイが嫌いになりかけた瞬間だった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 3ー②]

  「まぁ、まぁ、ケリーちゃん。ここはひとまず、何事もプラス思考で」

  「オッパイ同盟がプラス思考かよ!」

  「夜のピロートークのネタの一つになるんじゃない?『あのオッパイは形が良いね』とか、『乳首の色が綺麗だね』とか、『このオッパイは横に開き過ぎだね』とか」

  忠実なるドーベルマン気質のカーディナルと違って、弟のヴァーミリオンは軽薄な印象のオスだった。

  見た目の柔らかさもだが、中身の軟弱なイメージが、どうにもカーディナルの纏っている雰囲気とまるで違う。

  この国の獣人たる生真面目さは、片鱗も垣間見れない。

  「ヴァーミリオンてさ、本当にカーディナルの弟なの?剣とか使えんの?」

  「使えなくはないけど、兄上や従兄弟のバーガンディ程じゃないねぇ。僕は学者肌だし」

  「学者?!何の?!」

  「哲学が専門なんだけど」

  「哲学?!見えない!遊び獣人にしか!」

  「失礼な。これでも沢山の生徒を教えてる、有名な先生なんだけど」

  学者だからこそ、ケリーにオッパイ同盟を勧めたりするキテレツさを併せ持っているのだろうか。

  そう思えば、確かに変獣人なのも納得がいく。

  「僕もね。兄上とケリーちゃんの結婚式が終わったら、大国であるデランダ王国に行く予定なんだよ。研究の為にね。従兄弟の方はヴァリューカに留学するんだ。だから、さっさと結婚してくれないと、足留め食らっちゃうんだよね」

  「さっさとって!軽っ!」

  「この際、チンクシャだろうが、マメシバだろうが、もうチャッチャと兄上の子供を産んであげて、ね?」

  「何気に酷い!」

  「応援するから」

  「どんな応援だよ!」

  「兄上の嗜好とか教えてあげたり。色々とアドバイスしたりとか」

  「……し、嗜好って何?……まさか、すごい変態だとか……言わない、よね?」

  あの大きな体格で、ドSだったりして、鞭打たれたりなんぞしようものなら、小柄なケリーは秒殺されてしまう。

  もしくは、口にも出せないような性癖や、趣味があったとしたら。

  「ぼ、僕は……何をさせられるんだ?」

  「兄上は、オッパイが好きなんだけどね」

  「それはもう聞いた!」

  「[[rb:発情 > ヒート]]しにくい性質みたいだね。だから、欲情して獣化したりしないんだ」

  王族のアルファは、古の血を濃く残し、極度に気が高ぶると本来の獣としての姿に目覚める。

  それは性欲からであったり、戦闘欲からであったりしたが、発散されれば再び人型へと戻る。

  だが、獰猛なドーベルマンが獣化しないのには、元より[[rb:発情 > ヒート]]しにくいにもあったが、カーディナル自身による訓練の賜物でもあった。

  何事にも冷静であれ、という軍人的思考で、己の心身を鍛え上げたのである。

  「特に、性的には獣化しないって言ってたかな」

  「性的にって……」

  「ケリーちゃんが発情期を迎えて、フェロモンを出しても欲情しないかも。だから、ケリーちゃんから誘惑するのは難しいかもねぇ」

  「それ!何のアドバイスにもなってないじゃないか~!」

  ケリーは再び絶叫した。

  ヴァーミリオンのチャラさが鼻をつく。

  カーディナルと違った意味で、ムカッ腹が立つ。

  ケリーは、ここで跡継ぎの嫁として、上手く立ち回っていける自信が更になくなってしまうのだった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 3ー③]

  未来に絶望感しかないとケリーが言うと、『兄上は意地っ張りで素っ気なくても、優しいよ』と何のフォローにも、アドバイスにもならない事を言って来た。

  そもそもヴァーミリオンから、真剣さというものが感じられない。

  足を引っ張られたり、嫌がらせされているとは思わないが、ふざけているようにしか思えない。

  「あんたは本当に、僕へ手助けする気があんの?」

  「もちろん。ケリーちゃん達が上手くいってくれなきゃ、僕はデランダに行けないんだから」

  「そうですか!オッパイ好きと、[[rb:発情 > ヒート]]しにくいっていう、毒にも薬にもならない情報をありがとう!」

  「ちょっと、このマメシバちゃん。なかなかクセがあるね。可愛いな」

  「あんたに誉められても、嬉しかないよ!」

  ギャイギャイと言い合っていると、不意に、ケリーとヴァーミリオンの間を影が遮った。

  ケリーよりはほんの少し背が高い。

  だが、やはりドーベルマンの一族なのだろう。

  フワリとした黒髪に、長い耳がそれを象徴していた。

  「ヴァーミリオン様。ケリー様は、王であるカーディナル様の奥方様であらせられるスカーレット・クイーンとなられる御方です。必要以上の馴れ馴れしい振る舞いは、お控え下さいますよう」

  「うわっ!出た!ドS執事ダニエル!」

  「誰がドS執事ですか!私はその場に応じた最善を尽くしています。特定の誰かに厳しくしている訳ではありません」

  「君は僕に対して、異常に厳しいよ。兄上にはそんな風にしないくせに」

  「カーディナル様は、ちゃんとお立場を理解して行動なされてらっしゃいます。貴方のそのちゃらんぽらんさは、王子にあるまじき姿ですよ」

  「僕は僕で、頑張ってるんだけどなぁ」

  「これからは、更に頑張るよう努力して下さい。……では、これからケリー様に、レッド・キングダムでの生活のご説明をさせて頂きますので、お下がり下さい」

  「え~?!それ楽しそう。ぜひ、僕も一緒に……」

  「駄目です」

  「お手伝いするから」

  「結構です」

  「そう言わずに。僕も遊びたい」

  「居ね!」

  ダニエルが一喝すると、ヴァーミリオンは耳を少し倒しながら、去って行った。

  去り際、ケリーに小さく手を振っていた。

  ダニエルが反転し、ケリーの方へと向く。

  ドーベルマンの獣人にしては小柄だったが、その顔の美麗さはケリーもクラリと目眩がする程だった。

  目尻のつり上がった大きな目は、気性の激しさを感じさせられるが、品がある。

  小さな唇は果実のように紅く、鼻は小ぶりながらに筋が通っていてバランスが良い。

  黒いしっとりとした巻き髪は片目に被るように覆い被さっているが、艶かしさこそあれ鬱陶しくはない。

  こんなにも整った美雌は初めて見る。

  まさかこの美しい召し使いが、自分に付くのだろうか。

  ケリーの胸はほんの少しときめいたが、悲しいかな、ダニエルの胸だけはケリーの大好きな巨乳ではなく、ペッタンコの貧乳だった。

  「えっと、ダニエルってメスなの?」

  「よく間違われますが、オスです。ちなみにオメガに見られがちですが、末端の王族であり、アルファです」

  「え?えぇ?!王族のアルファなのに、召し使いなの?……それって、僕は敬語使った方が良いの?」

  「アルファですが、この仕事に生き甲斐を感じているので、良いんです。ちなみに、貴方様は私のお仕えするお方ですので、敬語の必要はございません。……ていうか、私に敬語を使うなら、他に使う場所が今までにあったでしょうが!」

  「ヒィィ!」

  ケリーの猛獣センサーが反応するのに合わせて、巻いた尻尾もプルプル震えていた。

  ダニエルは王子であるヴァーミリオンを、一言で蹴散らす程の鬼だった。

  勉強大嫌い、遊ぶの大好きケリーが、今後、最も恐れる獣人になるであろうオスであった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 4ー①]

  ダニエルに手を引かれ、ケリーは自室へと連れて来られた。

  今まで、誰かに怒られた事がないお坊ちゃん育ちだったという自負はある。

  そんな自分が、ドーベルマンの軍隊式教育に付いていけるだろうか。

  不安ばかりが押し寄せて来て、胸苦しい。

  ケリーがピスピスと鼻を鳴らすのは、極度の緊張と興奮からだった。

  連れて来られたそこは、恐ろしく広い、過度な装飾が施された部屋だった。

  柱の彫刻部分には、全て猛々しいドーベルマンが掘り込まれていたし、椅子やテーブルの飾り部分にも彫り物がされている。

  城内は青い絨毯で統一されていたが、この部屋だけは何故か淡い花柄の華やかな絨毯だった。

  「僕の部屋は、床が青じゃないんだな」

  「お輿入れされる筈だったグロリア様が若いお嬢様だという事で、一応女性好みに変えたのですが、……お越しになられたのがケリー様でしたので……」

  「悪かったね」

  「ちなみにドレスや化粧品や小物なども、色々とご用意してあったのですが」

  「全く使えなくてゴメン!」

  「ですよね」

  ダニエルは、それらの品々をクローゼットや化粧棚から取り出し、召し使い達に下げさせていた。

  それをぼんやりと見つめ、ケリーはダニエルの有能さに感心する。

  体は小柄だが、流石にアルファだけあって、他の使用人達へテキパキと指示し、艶やかなドレスの代わりに、男物の服がクローゼットに吊るされていく。

  オスには不必要である華美な調度品も、撤去されていった。

  「ケリー様に必要な物は追々、取り寄せますが、この床の柄だけは」

  「別に花柄でいーよ。お花、好きだもん。青より可愛くていーし」

  「そうですか。まぁ、どうせ続きのカーディナル様の部屋に行けば、青いんですけどね」

  「え?……何て?」

  「あちらのカーディナル様の」

  「あの扉の向こう、カーディナルの部屋なの?」

  「当然ですよ。一応、この部屋にもベッドはありますが、ちょっと横になる程度の小さなものですからね。夜は、カーディナル様のお部屋でお休み下さいませ」

  「やっ、やっ、やだぁ!やだ、やだ、やだぁ!あんな怖いのと一緒に寝るのなんか、やだぁ!」

  「なに言ってんですか!貴方は!何しにこの国に来たんですか?!カーディナル様の嫁になる為でしょうが!」

  「だってまだ、結婚式、挙げてないもん!」

  「挙げてないもん!じゃない!たとえ式を挙げてなくても、貴方達はもう夫婦なんです!」

  「やだぁぁぁぁぁぁ!」

  「やだぁ、じゃない!この馬鹿マメが!」

  ダニエルはケリーに対して言葉使いがどうとか言っていたが、ダニエルの方こそ乱暴過ぎるとケリーは思った。

  ポメラニアンの母親にも可愛い、可愛いと、甘やかされて自由に育てられたケリーは、これから先のスパルタ指導を想像して震え上がった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 4ー②]

  「ケリー様。貴方の特技は何ですか?ここで普通のお嬢様なら、ダンスや刺繍、織物や歌、などというあたりなんでしょうが、シェパードのオスならば剣技や格闘技など……」

  「えっ……特技?」

  「そうです」

  「えっとね……尻尾は、チャームポイントだってよく言われてるよ」

  「尻尾……」

  「うん、これ」

  ケリーは、プリンとお尻を向けたかと思うと、小さく振りながらクルリンと巻いた尻尾もプルプルさせた。

  ダニエルは思わずその愛らしさにホンワカしてしまい、無意識に尻尾へと手を伸ばしかけてしまったが、触れる直前に、はたと我に返った。

  危うく、主の奥方様の尻尾に触ってしまうところだった。

  「た、た、た、確かに可愛いですけども!持って生まれたチャームポイントじゃなく、特技です!他獣人より秀でたところですよ!」

  「えっとね~。何事もポジティブだね、って言われるよ!あんまり暗くは考えない!」

  それは、捉えようによっては『プラス思考』とも言えるが、ケリーのこれまでの言動からは『間抜け』や『考えなし』という印象しかない。

  「あと、美味しそうにご飯を食べれる事、かな?」

  「はぁ?!」

  「家族にも、召し使いにも『ケリーは何でも美味しそうに食べるね~』って言われてたから!」

  「馬鹿か!」

  「フヒャン!」

  「王族の第一王子が、美味しそうにご飯を食べるのが特技とか!あり得んわ!この穀潰しが!」

  「ヒャフン!」

  ケリーはもう、まるで獣化したかのような犬の奇声しか上げられなくなっていた。

  ダニエルは、ある意味、カーディナルよりも怖い。

  『絶対的なる強者』からの威圧感が、ケリーを怯えさせた。

  「……ちょっと」

  「フヒャン!」

  「何、ビビってるんですか、貴方は」

  「キャフン……」

  「貴方は私の主でしょうが。もっとドンとしていれば良いんですよ!……これは、そのっ、私のくせなんです!私は根っからの完璧主義なので、つい厳しくなってしまうんです!」

  「ふぇ?!」

  「私の性質ですから、気にするなって言ってるんです!貴方は、この国の王の妻になる人ですよ!この国で、たった一獣人のスカーレット・クイーンなんです!『その位、やってやるわ!』って、偉そうにしてれば良いんですよ!」

  「い、良いの?」

  「良いです!」

  「本当に?」

  「本当に!」

  ケリーは、ダニエルの口調が荒々しくても、本質的には優しいのかも知れないと思った。

  有能で、完璧主義だからこそ、粗が目につく。

  だが、それは良かれと思っての暴言なのだと。

  善き方向に正してやろうという、善意からなのだとケリーは理解した。

  「そしたら、言うよ~!ダニエル~!」

  「言って下さい」

  「僕、勉強は嫌い~!ご飯食べる以外、したくな~い!」

  「何っ?!」

  「あ!遊ぶのは好き~!」

  「この、馬鹿嫁がぁぁぁぁぁぁ!」

  「キャフ~ン!お、怒ったぁ!言っても怒らないって言ったのに~!」

  「偉そうにしても良いとは言ったが、怒らないとは言ってない!その弛んだ根性を叩き直してやる!」

  「フヒャァン!」

  こうして、ケリーには特別レッスンを組まれる事になった。

  レッド・キングダムのあらゆる決まり事や歴史などは、ダニエルから。

  妻としての振る舞いや所作は、女侍従長のエマから。

  これから、ケリーは今まで使った事のない脳細胞を使わされる。

  その日は、そんなこんなでカーディナルが帰宅した時には、既に爆睡状態に突入していたケリーなのだった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 4ー③]

  目覚めると、艶やかな黒髪が流れるようにして枕にかかっていた。

  誰のものだろう。

  ケリーは寝惚け眼のまま、目の前の髪の毛をグィーっと引っ張った。

  「何をするか。このマメが」

  「は?」

  「お前が掴んでいるのは、私の髪だ」

  「え?え?え?……えぇ~?!」

  ケリーが飛び起きると、隣に寝ていたのがカーディナルであると認識する。

  しかも、上半身裸のカーディナルだった。

  「なっ、なっ、なっ、何でカーディナルが僕のベッドで寝てるんだぁ!」

  「……何か勘違いをしているようだがな。ここはお前のベッドではない。私のベッドだ」

  確かにこのベッドは、正方形の超大型ベッドだ。

  自分の部屋にあったベッドは、ダニエルが仮眠する為のベッドと言っていただけあって、長椅子に毛が生えたような寝床だった。

  突然の驚きと罪悪感に、ケリーは飛び上がる。

  慌ててベッドから降りようとして、体に掛けられていたブランケットを捲ると、カーディナルの下半身を直視してしまい、その下も寝間着を着ていないのを確認してしまった。

  おまけに股間にあるモノは、まさに王に相応しいどっしりと存在感のある代物だった。

  「うわぁぁぁぁぁぁ!」

  「おい!こら!ちょっ……」

  「おっきい~!」

  「おっきいって……お前な」

  「初めて見た~!こんなスッゴイおっきいチンコ!」

  「なっ……」

  「それも、チンコの周りの毛もボーボー!」

  「(絶句)」

  「ジョージのチンコもデカかったけど、もっとスゴいよ~!」

  「……ジョージとは誰だ」

  「ふぇ?!」

  「ジョージというのは、お前の母国での愛人か」

  「ばっ、馬鹿野郎!ジョージは弟だよ!弟と風呂に入った時に見たの!」

  「弟と風呂なんぞ入るのか、お前は」

  「入るよ。いーだろ、弟なんだから。カーディナルだって、お父様やヴァーミリオンとお風呂に入った事位、あるだろ~?」

  「誰が入るか!気持ち悪い!」

  カーディナルの性的な対象はボインのメスだというのは、ヴァーミリオンから聞いてはいたが、まさか兄弟の裸まで潔癖な程に嫌うオス嫌いだとは思わなかった。

  ケリーの城では、風呂での裸の付き合いは当たり前だったので、そこまで潔癖なオスがこの世に存在するとは思ってもみなかったのだ。

  「そうか!カーディナルはオス恐怖症なんだな」

  「お、オス恐怖症?」

  「そうなると、本当に僕とカーディナルは子供を作れないかもな……。カーディナルがよそで子供を作るか、僕も他のドーベルマンの王族の子供を産むしかないのかなぁ」

  「馬鹿な事を言うなっ!」

  突然、カーディナルが激怒した。

  何か言ってはならない事を口にしたのか。

  ケリーは、何がカーディナルの地雷だったのかすらも分からなかった。

  「お前は、結婚前から不貞をするつもりか!この淫乱マメシバが!」

  「な、何言ってんだよ!お前んとこの父上様が言ったんだろ!子供が出来なくても、他で作れば良いって」

  「あの好色な父親の言う事を、律儀に守らなくていい!」

  「お父様の言う事は絶対だ!って言ったのは、カーディナルじゃないか~!」

  「そこまで守る必要があるか!馬鹿!子供は作る!お前と!」

  「マジで?!」

  「……ま、マジで……」

  カーディナルに俗っぽい言葉を言わせると、妙な違和感がある。

  だが、カーディナルは不平不満を洩らしてはいても、一応はケリーを妻として迎え入れるつもりだったのだ。

  「そしたら、僕は他のオスの子供は産まなくてもいーんだ?」

  「産むな!馬鹿!」

  「良かったぁ。もう、お父様の言う通りにしなきゃとか言うから、どうしようかと思ったよ~」

  「……お前は、私の子供を産めばいいんだ」

  「うん。分かったよ」

  「ちなみに、どうやったら産まれるのか、分かっているのだろうな」

  「知ってるぞ!結婚式の日に「誓います」って言ってキスしたら、子供が出来るんだよな!……ていうか、それだと2人目は、どうやって出来るんだ?」

  カーディナルは、クラリと目眩を覚えた。

  品があるとは言えない身代わり嫁は、純粋培養された天然物で、まさしく温室育ちの虫が着いた事もない清らかさだった。

  そう思うと何やら胸がざわめき、カーディナルの下肢に血が集まって、熱を持ち始める。

  「どうした?カーディナル」

  ケリーが首を軽く傾げて、大きな瞳をキラキラと輝かせる。

  横からチラリと見えるフワフワな尻尾が、ゆらゆらと愛らしく揺れている。

  カーディナルは慌ててブランケットをかき集め、下肢を覆った。

  勃起した。

  ケリーに。

  オスで、子供にしか見えないマメシバもどきに。

  発情期でもないのに、性欲が暴走する。

  それはカーディナルにとって、初めての体験だった。

  精通したての思春期ならいざ知らず、日々、己を鍛え上げ、欲望を押し殺すなど造作もない筈だった。

  それがこんな、発育不全のオスのオメガに惑わされるなんて、何かの間違いだ。

  そう思い込もうと必死になり、股間の欲望と闘い続けた。

  だが、カーディナルの勘違いは、その後も痛感させられる事になる。

  [newpage]

  [chapter:みそっかす王様、サラブレッドの嫁になる 5ー①]

  レッド・キングダムは小国ながら、四大大国と対等なる繋がりを持つ国である。

  それは、ドーベルマンという気質からアルファに生まれついた者は、その戦闘能力を買われ、他国へと留学したり、移住する者も多かったからだ。

  護衛や軍隊、兵隊などに志願しても、概ね将校にまでのし上がるか、役職がつく。

  王族ならば、エリートコースが約束されている程の身体能力だった。

  現に四大大国の軍隊では、その中枢に於いて権力を持つ者が多い。

  かつてのドーベルマン達も、その能力を買われ、大国の将軍や大臣として選任された歴史がある。

  カーディナルの従兄弟であるバーガンディもまた、そうした能力に優れていたので、ヴァリューカへの留学が決まっていた。

  バーガンディはレッド・キングダムの直系王族ではなかったが、アルファの中でも突出した剣の腕前を誇っていた。

  その為に、ヴァリューカの王スウェイドから直々にお呼びがかかり、軍での指南役、延いてはそれ相応の地位も約束されていたのである。

  対して、カーディナルの弟であるヴァーミリオンは、典型的な優男だった。

  だが、幼い頃から神童とうたわれ、その知能の高さを買われて、デランダ王国のエイドリアン王よりお声がかかったのである。

  勉学に於ては、レッド・キングダムよりデランダ王国の方が最先端であった。

  ヴァーミリオンの研究する『実存主義』を極めたその定理は、学者達の間でも話題になっていて、武術を極めたレッド キングダムの王族から学者が輩出されるのは、過去にない異例のものだった。

  こうした背景には、カーディナルが王に着任した事により、レッド・キングダムが開かれた国へと進歩したのにもある。

  その獣人脈だけではなく、近隣の小国から秀でた技術者を呼び込んで、農業や工業なども優秀なるドーベルマン達の働きにより生産性を向上させ。

  先王よりも優れた能力のあったカーディナルは、王子の時代からその磐石な基礎を固めていき、軍国主義であったレッド キングダムを更なる高みへと導いた。

  そしてこの度、アルサシアン王国との国交を復活させ、その姫を迎え入れ。

  王としても次代が約束された事により、継承権を持つ王子や血族にあらゆる自由が認められたのである。

  だが、強国に嫁ぎ、レッド・キングダムの王たる妻である『スカーレット・クイーン』の名を戴くには、強いドーベルマンの子を産むという責任もあった。

  そうしてその重責が、ケリーの両肩へと一気にのし掛かったのだった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 5ー②]

  ダニエルは、机に座るケリーの前に教科書を開き、ケリーの手を取ってその開いた部分を押さえさせる。

  そして、「ここ!」と指差して、ケリーの視線を紙面に向けさせる。

  「それではレッド・キングダムの歴史から、順に覚えて頂きます。全部覚えろなどと酷な事は言いませんから、触りだけでも覚えて下さい」

  「やだぁ!」

  「やだぁ!じゃありません。だから、最低限の量にします」

  「じゃあ、5行位に収めて」

  「5行じゃカーディナル様の幼少期すらも入らんわ!この馬鹿マメシバ!」

  「フヒャン!」

  ダニエルが持っている指示棒で、ケリーの頭を小突く。

  この男は、本当に召し使いなのだろうか。

  カーディナルも『マメシバ』と貶し、『マメ』呼ばわりはしても、こんなに高圧的ではなかった。

  ダニエルは、まさに鬼だった。

  それも、ドSの鬼だ。

  「ダニエルは僕の事が嫌いなんだ!だから、こんなに酷い仕打ちを~!」

  「嫌いだったら、こんな馬鹿に教えるなんて面倒臭い事を引き受けるか!そもそも、仮にもアルサシアンの王になるべくして育ったとは思えない愚鈍さ!よくもまぁ、これで許されて来たものですね!アルサシアンの王はアホでもなれるんですか!」

  「父上はアホじゃない!各々の得意な事をしたら良いって言ったから」

  「得意な事をしようとして、ご飯ばかり食べていたと」

  「うん」

  「その食事の栄養は脳には行かずに、身長にも行かず、無駄にポッチャリと肉がついたという訳ですか!このボケシバ!」

  「ヒャフ~ン!」

  そうして、午前中いっぱいかけて、何とかケリーが希望する5行を越える10行分の歴史を覚える事が出来た。

  授業を終える頃には、ダニエルの方が床に昏倒していたという。

  昼からは、女侍従長のエマが代わって、王の妻である心得と、その所作などを指導された。

  エマは、カーディナルの幼い頃から召し使いとして使えていて、この国のメスが何たるかを熟知していた。

  見た目も、盛りを越えた円熟味はあるものの、ドーベルマンの気品が備わった気高いメスだった。

  長い黒髪を軽く後ろへ結い上げて、豪奢な美貌を清楚なイメージに抑えているが、右目の下のホクロが妖艶さを醸し出している。

  肉感的な美しい肢体は、年嵩は増していても、オスを欲情させる色気がある。

  特にその盛り上がった巨乳には、ケリーもフニャンフニャンに悩殺されていた。

  もう、その乳にばかり目が行ってしまい、話がまるで頭に入らない。

  それは、もしも自分がアルファならば獣化してしまいそうな程の、悩ましげな深い胸の谷間だった。

  「ケリー様。話を聞いておられますか?」

  「ごめんね。聞いてなかった……。エマ(のおっぱい)が、あまりにも綺麗過ぎて」

  「あら、まあ」

  エマもケリーが嘘をついているとは思えない素直な様子に、嬉しくない訳でもなかったので、それには笑みを隠せなかった。

  だが、流石に若くして侍従長にまでなっただけあって、その王や国への忠誠心は並々ならぬものがあった。

  「ですが、ケリー様がスカーレット・クイーンの名に恥じない振る舞いをされるようにならなければ、カーディナル様も他の者をパートナーとして連れて回らねばならなくなりますよ」

  「ふぇ?!」

  「子供を産むだけではなく、公私共に、他のメスがカーディナル様と並んで公務にも出られる、という事にもなりかねないのです」

  先代も公式の妻以外に妾が3獣人、愛獣人が5獣人。

  カーディナルの腹違いの子供だけで、総勢25人いたが、そのほとんどが母国、ないしは他国の軍に所属している。

  それは、レッド キングダムの王族では珍しくもない事だった。

  確かに、先代の王が現在、連れ歩いている公式のパートナーは、息子のカーディナルよりも若いメスだった。

  ケリーは、愕然とした。

  父はひたすらに、ポメラニアンの母を愛する人だったので、まさか自分が嫁いだ先が、『妾、愛獣耳人公認』などという乱れたお国柄だとは思ってもみなかった。

  だが、強いオスとしては、メスを囲うのも当たり前の事だと、エマも言う。

  その後ケリーは、更にエマの言葉が頭に入らなくなってしまった。

  産むだけでは駄目なのだ。

  若く、美しく、カーディナルに相応しいメスやオメガである必要がある。

  そうでなければ、愛獣人以下の存在になる。

  ケリーは、その現実を受け入れる事が出来なかった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 5ー③]

  それでも夕食になれば、ケリーのご機嫌はすぐに戻った。

  食べる事が趣味であり、特技であるという、ダニエルが納得しない得意技を持つだけあって、それはもう何よりもの至福とばかりに、肉を頬張る。

  その見事な食べっぷりに、目の前に座るカーディナルのフォークは止まったまま、固まっていた。

  「……おい、マメ」

  「マメじゃない。僕はケリー・キングだ」

  「お前の名前からは、キングは外されただろう。よくそんなにかき込めるな。だから腹がポチャポチャしてるんだ」

  「ポチャポチャじゃないよ!……そりゃ、細くもないけど」

  「お前の腹周りは、ポチャポチャの括りに入る。腹筋の割れがまるでない」

  「カーディナルみたいな、ボコボコに分かれた腹筋にはならないタイプなの!そういうタチなの!」

  「鍛えた事もないくせに」

  確かにカーディナルが言う通り、鍛えた事なんぞ一度もない。

  食べた後は、すぐにコロンと横になる。

  勉強は嫌いだが、鍛練はもっと嫌いだった。

  そう思えば、弟のジョージはイライラが溜まると言っては、よく鍛えていたように思う。

  ケリーも隣で鍛えようとした事があったが、「兄さんは好きな事をしてるのが、一番幸せそうだから」と言って無理をしなくて良いと言われてしまった。

  ケリーが王となっても、有能な弟が補助として付いて助けてくれるだろうと安心して、のほほんと暮らしていた。

  そうやってこれまでを思い返してみれば、自分はかなり甘やかされて育って来たように思う。

  目の前のカーディナルは、同じ第一王子として生まれはしても、ケリーのようにのんべんだらりと過ごして来たようには見えない。

  「カーディナルは、小さい頃から鍛えてたの?」

  「王族や貴族のドーベルマンは、年齢に応じた訓練が要求される。アルファやベータやオメガなどの階級によっても変わるが」

  「オメガも鍛えるの?!」

  「当然だ。メスも結婚する道を選ばない者は、オス同様の訓練を受ける者もいる」

  「メスも?!」

  「シェパードだってそうだろうが」

  「弟のジョージは凄く鍛えてたかな……。僕はしなかったけど」

  「……まあ、そうだろうな」

  「ちょっと!それ、どういう意味だよ!」

  「お前みたいなマメシバに、軍獣人や、護衛の訓練がこなせる筈がないから、家族も強制しなかったんだろう」

  そうだったのか。

  知らなかった。

  カーディナルに言われて初めて、そうなのかも知れないと納得がいった。

  そうであれは、自分が後天的オメガに目覚めた事で、やっと自国へ役立てたように思える。

  だとしたら、この国でのカーディナルの妻という役目を何とかこなして、自分にも人の為になれるのだと立証したい。

  これからしっかり勉強して、スカーレット・クイーンの名に恥じぬよう、立派な王の妻になる。

  ケリーは今改めて、決意するのだった。

  「僕、頑張るよ!カーディナル!」

  「そうか」

  「子作りを!」

  カーディナルは、ワインを力一杯噴いた。

  無知なケリーが「子作り」などと口にするのは、今日から始まった花嫁修業から学んだのか。

  まさか、ダニエルが教えたとでも言うのか。

  「わ、分かっているか?マメ。子作りは1獣人では出来ないんだぞ?」

  「分かってるよ!カーディナルと結婚式でキスしないとだもんね!」

  「いや、キスもするんだが……」

  「キスも?キス以外にも何かするの?」

  「それは、まあ……色々と……」

  「そうか!そしたら後で、ヴァーミリオンに聞こうっと!」

  「ちょっと待て!何故、そこで、ヴァーミリオンの名前が出る?!」

  「だってヴァーミリオンは学者なんだろ?偉いんだろ?一番、ちゃんと教えてくれそうだもん」

  「あいつに聞いたら、ロクでもない事を教えるから聞くな!それは私に聞け!」

  「カーディナル、忙しいのに良いの?」

  ケリーがプスンと鼻を鳴らしながら、首を傾げる。

  それに釣られて、カーディナルの股間もドクンと脈打って、上向きに持ち上がる。

  自分は性欲を抑えられる筈なのに、どうしてこうもこんな未成熟なオメガに惑わされるのか。

  これまでの鍛錬が、何の役にも立たないなどあり得ない。

  目の前のポチャポチャした子犬にしか見えないオスは、カーディナルにとって魔性のマメシバだった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 6ー①]

  レッド・キングダムの王城は広い。

  母国のアルサシアン王国の城も広かったが、あそこは統一性のある部屋並びで、位に応じて配置されていたので、迷いようがなかった。

  ところが、この国の城は恐ろしく入り込んでいて、どこに誰の部屋があるのかまるで分からない。

  どれをとっても間取りの違う城が3つに分かれ、間を高い塔が繋いでいる。

  統一されている白い壁と青い絨毯が、目印の付けようもなく余計にややこしくさせていて、中はまるで迷路だった。

  自分の部屋だけは、真ん中の城のエントランスを入って大階段を一番上まで登った所だとダニエルから教わったので、辛うじて迷わずに辿り着ける。

  王の妻となる者が、城の中で迷子になるなどという恥ずかしい事になる訳にはいかない。

  ケリーは、早朝に城内探索へと出るつもりだった。

  この時間なら、ダニエルやエマの授業にも差し障りない。

  「えっと、僕の部屋のある城は真ん中だから、とにかくここを中心に覚えていこう。下の階からに順番に見てみるかな~」

  「はい。ケリーちゃん、いらっしゃい~」

  「うわぁぁ!」

  柱の影からひょっこりと現れたのは、弟王子のヴァーミリオンだった。

  という事は、ケリーの部屋の真下はヴァーミリオンの部屋という事になる。

  「お、おはよう!」

  「おはよ~う。そろそろ探索に出る頃だろうな~とは思ってたんだよね~」

  「何で分かる?!」

  「そりゃ、ケリーちゃんは凄く単純だからね。獣人は獣人生が上手くいってる時「生きる意味があるのか?」なんて考えないけど、何か壁にぶつかった時に「何のために生きている?」なんて思う訳なんだけど」

  「え?え?ど、どういう意味?」

  「つまりね、獣人がどう思うかっていう事は、その獣人の獣人生で起きることに影響してるんだけど、ポジティブに考えて行動するからポジティブな結果が生まれるんだよ。つまり、獣人生は生きるに値すると思って行動していれば、実際に……」

  「待って!待って!意味が分かんない!考えさせないで!僕、勉強嫌いだから!」

  流石、哲学者だからかヴァーミリオンの語りは何やらウンチク臭かった。

  「あぁ、ごめんね。つまり、馬鹿みたいに前向きなケリーちゃんだから、そろそろ城の中を覚えようとしてるのかな、って予想してた訳」

  「前向き、ってのは良いけど、馬鹿みたいってのは、いらないよ!ヴァーミリオン、何かいつも一言多い!」

  ふと、昨日の事が頭を過る。

  子作りには、何かが足りないとカーディナルから言われた。

  あの時は、ヴァーミリオンに聞くと言ったら、何故かえらい剣幕で止められた。

  チラリと聞いてみようかとも過ったが、後でカーディナルに知れて怒られるのが怖い。

  ケリーには、カーディナルが何を考えているのか、まるで分からなかった。

  「どうしたの?」

  「あ、あのね。僕は、どうにもカーディナルに好かれている気がしないんだよね。カーディナル、いつも忙しくしてるし。……だから、こう、もう少し仲良くなれないものかな~と」

  「それって、親睦を深めたいって事?」

  「う、うん」

  「それなら1つ提案なんだけど」

  「提案?」

  「兄上は、朝食の後はいつもゆったりしてるでしょ?その時間、デートに誘えば?」

  「デートって、そんなゆとりは……」

  「うちの庭で良いじゃない?ここは変な公園より広いよ」

  ケリーは、ヴァーミリオンの提案に乗ってみる事にした。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 6ー②]

  朝食後、ケリーがカーディナルを庭に誘うと、えらく不機嫌そうにしていた。

  眉間にはシワが寄っているし、口数も少ない。

  ケリーとも目を合わせようともしない。

  カーディナルから聞こえるのは、「フン」だの「フー」だの、不平を訴えるものばかりだった。

  その姿にふと、もしや朝の貴重な安らぎの時間を邪魔されて、不快に思っているのではと思い至った。

  だが、そんな何時間も付き合えと言った訳でもないし、ほんの数十分程度の事だ。

  あと数ヶ月で夫婦になるのだから、もう少し歩み寄っても良いのに、とケリーは思った。

  庭を歩いていると、カーディナルのあからさまに嫌そうな態度が、段々と腹立たしくなって来る。

  すると、自然と足早になる。

  早歩きが、小走りになり、しまいには何故か駆けていた。

  久しぶりの外で、古の猟犬の血が騒ぎ始める。

  飛び交う虫や、鳥に飛び掛かるようにして跳ねる。

  獣化こそしないが、ケリーはかなり野生に返っていた。

  鼻をピスピスと鳴らしながら、丸まった自慢の尻尾をプルプル振りまくる。

  人型だというのに、キャフキャフと犬の悦声を出してしまっていた。

  その頃になると、もうカーディナルの事はどうでもよくなっていて、目の前に飛ぶてんとう虫を追いかけて、踊るようにして跳び跳ねた。

  「おい!待て!マメっ!」

  「キャフ!キャフ!」

  「だから、待てと……」

  カーディナルの手がケリーの腕に掛かったのは、ほんの少し遅かった。

  気が付けば、ケリーの体はそのまま傾き、2獣人まとめてドボンと池に嵌まってしまっていた。

  何故、庭に池なんぞがあるのかと恨みたくなる。

  結果、カーディナルまでも巻き添えにし、2獣人は濡れ鼠になってしまった。

  「待てと言っただろうが」

  「ご、ごめんなさ……」

  「興奮性過剰だな。躾が必要だ」

  「ひぃっ!」

  カーディナルの手が伸ばされて、打たれると思ったケリーは、ギュッと身を縮こまらせた。

  だが、そんな痛みの衝撃が襲う事はなく。

  体がフワリと宙を浮く感覚に、目を瞬せる。

  見た事もない高い位置からの展望。

  目の前には、美しいドーベルマンの顔がある。

  そこまでされてやっと、カーディナルに抱き上げられていると理解した。

  「わっ、わっ、わっ、わぁ~!」

  「暴れるな。もう真夏じゃないんだ。のんびりしていれば、風邪をひく」

  ケリーを歩かせるより早いと、カーディナルは抱き抱えながら、城へと走った。

  カーディナルは、いつも酷い言葉でケリーに話し掛けて来るが、ケリーが嫌がるような事はして来ない。

  朝の朝食も、ケリーが甘い物が好きだと言ったら「だから太るんだ」と言いつつ、自分の分のデザートまで譲ってくれた。

  ケリーが座る時は、いつも椅子を引いてくれる。

  口は悪いが、それに反比例してカーディナルは紳士だった。

  もしかしたら、さほど嫌われてはいないのかも知れないと思うと、ケリーの心もほんの少し暖かくなった。

  [newpage]

  [chapter:みそっかすの王様、サラブレッドの嫁になる 6ー③]

  カーディナルが抱いていてくれたからか、ケリーは寒さを感じずに部屋へ戻れた。

  大柄のカーディナルがゆったりと浸かれる浴槽にケリーが入れば、まるでプールのようだ。

  だが、それだけ浴槽が大きい分、湯の溜まるのにも時間がかかる。

  ケリーは『蛇口の捻る持ち手まで、ドーベルマンなんだよな』などとぼんやり呟いた。

  「おい。お前も早く服を脱げ。風邪をひくぞ」

  「え?あ、うん」

  水で貼り付いた服を苦労して脱ぐと、何故かカーディナルが無表情で固まっていた。

  そこではたと気が付く。

  カーディナルは家族で風呂に入るのも嫌がっていた、徹底したオス嫌いだった。

  「わ~!ごめんなさい~!醜いものをお見せして~」

  ケリーは胸を隠すようにして、屈み込んだ。

  「い、いや、醜いとかではなくて……」

  「カーディナルが先に入って~!僕、後で良いから~!」

  「おい!こら!裸で外に出るな!馬鹿っ!」

  カーディナルかケリーの腕を引き寄せて、その肩を抱き込む。

  すると、フワリと若草のような薫りが鼻先をくすぐった。

  その瞬間、クラリと目眩を覚える。

  オメガのフェロモン程に濃い訳ではないが、オスを刺激する『何か』がケリーの体から滲み出ている。

  「お前、発情期が近いのか?」

  「それはないと思うけど。……だって一応、結婚するまで抑制剤を飲んでおきなさいって、母上が……」

  「本当に抑制剤を飲んでるのか?!」

  「え?飲んでる……けど」

  「飲んでいて、これか!」

  カーディナルが下を覗き込むと、ケリーの桜色をした乳首が目に入った。

  こんなにも淡い色をした乳首は、見た事がない。

  そして、その下の股間を見ると、子供の性器のような小さな果実が、顔を覗かせていた。

  そこは何にも覆われてはおらず、つるりとした無毛だった。

  ケリーは、陰毛が生えていないだけではなく、乙女のように身体中の体毛の一本も生えてはいなかった。

  「マメ。お前、体毛を剃っているのか?」

  「な、何でそんな面倒な事しなきゃなんだよ!剃ってなんかないよ!」

  「成獣人して、このツルツルはないだろうが!」

  「し、仕方ないだろ!生えないんだから!言われてみれば、父上もジョージも生えてたかも!……そういえば、カーディナルはボーボーだぁ!」

  「私が特別に濃い訳じゃない!普通は、メスでもオメガでも、ボーボーだろう!」

  「えぇ~?!そんなものなの~?!ていうか、何でカーディナルは、他のメスとかオメガの事を知ってるの?」

  僅かながらの沈黙が流れた。

  その短い時間に、ケリーの頭の中は様々な憶測と妄想で盛り上がっていた。

  全身の毛の生え具合が分かるような付き合いをしているメスや、オメガが、カーディナルに存在する。

  風呂を共にするような獣人だ。

  それだけ親密なる付き合いならば、もしかしたら妾や愛人の類いなのかも知れない。

  そんなメス達がいようとは、ケリーも初耳だった。

  「もしかして妾か!」

  「違~う!」

  「そしたら、愛獣人だな!」

  「それも違~う!」

  「ぼ、ぼ、僕と、こ、子作りするって言ってたのに、ほ、他の獣人とっ……」

  「……裸でいるのが、嫌だと思ったか」

  「やだよ!」

  「なら、何故、裸だと嫌だと思った?」

  「だって……」

  「子供は、結婚式でキスをすると出来るんだろう。それなら、裸がどうだのと関係ないだろうが」

  「そうだけど……」

  「お前だって、父親や弟と風呂に入ってる」

  「メスとは入ってないよ!オメガとだって!自分がオメガだって分かってからは、一人で入ってるし……なのに、なんでカーディナルは、他のメスとっ……」

  「どうして、そんなに腹が立つんだ。自分で考えてみろ」

  「やっ、いやっ……」

  カーディナルがケリーを抱く腕に力を込めると、腕の中のケリーが体を捩らせる。

  すると、またあの若草のような薫りが芳しく鼻をくすぐり。

  カーディナルの下肢に、血が集結する。

  そこから、欲望を伴って体の奥底から獣の性が沸き立つ。

  獣化する。

  それ程に強い欲望だった。

  [newpage]

  [chapter:第二章・マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 1ー①]

  ケリーは、朝から瞼を腫らして真っ赤になり、むくれていた。

  これだけ腹立たしくさせる張本人は、明け方から河川の氾濫があった地域へと向かった。

  カーディナルが、獣人民を思う善き王であるのは分かっているし、仕事馬鹿なのは初対面で放置された時から知っている。

  だが、妻(になる相手)へ一言もなく、こんな状態のまま捨て置く非情さにはムカッ腹が立つ。

  昨日のカーディナルの暴走は、とんでもなく凄かった。

  アルファのオスが欲情すると、あんな恐ろしい事になるのだ。

  ケリー自身も己の体を、初めて理解したように思う。

  そして、夫婦が子作りするという本当の意味も。

  風呂で抱き寄せられたケリーの下肢に、熱く太い熱棒が当たっているように感じて、それを初めて目の当たりにした時には、思わず絶叫した。

  只でさえ巨根であったカーディナルのペニスが、更に大きく膨張し、伸びるようにして勃ち上がっていたのだ。

  それはもう、ケリーの肘から先くらいあるのではという、長さと太さであり。

  握り拳のような先端の雁首は、獰猛なる巨きさで張り出している。

  赤黒く、ゴツゴツとした幹には、太い血管が走っていて、大蛇のようですらあった。

  「うわ~!うわ~!な、な、何コレ~!」

  「何コレ、じゃない。コレは私の性器だ」

  「わ、わ、分かってるけど、何でこんなにおっきくなるの?」

  「マメに欲情しているからだ」

  「ぼ、僕に?」

  「お前に」

  「こ、コレ、治まるの?」

  「治まるにはな。私のコレを……」

  ケリーは力強く引き寄せられ、その丸みを帯びた桃尻を掴まれる。

  カーディナルの大きな手に掴まれると、ケリーの尻がキュッと引き締まった。

  「尻を締めるな」

  「だってぇ……」

  「マメの、この尻の孔の奥に、子供を作る場所がある」

  「あ、あぁっ!」

  カーディナルは、ケリーの尻たぶをグイッと拡げ、その縮こまった尻孔の入り口をなぞるようにして、中指の腹で撫でた。

  「ここに、私のコレを挿れて子種を撒く。すると、子供が出来る」

  「う、嘘っ!」

  「嘘じゃない」

  「結婚式でキスしたら、子供が出来るって……」

  「どこから聞き及んだ情報かは知らんが、それはデマだ」

  「ど、どうしても入れなきゃダメ?」

  「駄目だ」

  「他の方法は……」

  「ない」

  「やっ、……無理っ、そんな、おっきいの、はいらないよぉ!」

  「……くっ!……煽るな!馬鹿っ!」

  「煽ってない!無理、無理、無理だよぉ!お尻、裂けちゃうよ~!」

  「お前はっ!私を獣化させるつもりかっ!」

  カーディナルの犬歯が、異様に伸びている。

  野生に帰ろうとしているのを踏み止まろうと、カーディナルの眉間にシワが寄せられ。

  欲情に煽られたアルファの本能が、暴走しようとしていた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 1ー②]

  カーディナルはケリーにざっと湯をかけてから、タオルで包んで寝室へと抱いて連れ帰った。

  タオルの中でキュンキュンと啼いている声を聞いただけで、背中の辺りから獣毛が生え始める。

  子供のような体に無理をさせるなと、必死になって己の中の獣を説き伏せる。

  ベッドへと連れて行きタオルを開くと、まるで花が開花するようにして、カーディナルの鼻先で花香が広がった。

  「やっ、いやぁ!」

  「マメ。私は今、獣化するのを必死になって抑えているんだ。……酷い事はしたくない。だから、あまり嫌がらないでくれ」

  「いやぁ!……ダメっ、……あ、あ、アンッ!」

  カーディナルの唇がチュッとケリーの唇の上で、弾けるような音を立てる。

  それが合図だったかのように、それからのカーディナルは獣のようにケリーを貪った。

  乳首を吸って、舐めて、吸ってと繰り返して、プックリと勃ち上がった乳頭を甘噛みする。

  カーディナルの尖った犬歯が当たって、食い千切られるのではないかという恐怖と、それを凌駕する快感に身震いする。

  ケリーはブルルと腰を震わせ、悶えた。

  「キャフン!」

  「乳首も感じるか」

  「やん!」

  「感じ易いようだは」

  「やぁ!あぁっ!」

  ジンジンと痛い程に痺れさせた後、カーディナルは臍の辺りにまで頭をずらした。

  その腹の中央にある小さな孔を、掘り起こすようにして舌先で抉ると、カーディナルの喉に、ほんの少し勃ち上がったケリーの雄根が当たる。

  カーディナルが臍を舐めながら、その小さな陰嚢を下から擽るようにして爪で引っ掻いてやると、ケリーの体に異変が起こった。

  「やっ、やっ、……ひぃぃぃ!」

  「マメ?!」

  「フヒャァァァン!」

  ケリーの甘い叫び声に、カーディナルも同調し変化する。

  2獣人は共に互いを煽るようにして『獣化』した。

  カーディナルは、艶やかで雄々しいドーベルマンに。

  ケリーは、毛玉のようなマメシバに。

  王族の後天的なオメガという特殊体質だったケリーは、オメガでありながら獣化出来る稀な体質だった。

  そうして、共に獣化した2獣人は、まさに獣と化した。

  その体格の違いから、無理強いをしないようにと、カーディナルは暴走するのを堪えるに必死だった。

  毛繕いするように互いの体を舐め合い、その性器を貪り食らう。

  何度も頂点を極め、何度も射精し、人型に戻れるようになったのは空が白み始めた頃だった。

  その頃にはケリーもぐったりとして、気を失うように寝入ってしまっていた。

  それでもまだ足りなかったカーディナルは、俯せで眠りこけている人型のケリーの尻孔を抉じ開けるようにして舐めまくった。

  そうして、その熱が治まった後も、ケリーのクルリと巻いた尻尾にキスし続けた。

  発情期でもないのに、こんなにも甘い蜜を溢れさせるのか。

  これで発情期を迎えてしまったら、今回のように抑えきれる自信がない。

  この孔に捩じ込んで、射精し続ける事しか頭になくなるだろう。

  そうなる前に、ケリーの心も体も開かせなければならなかった。

  カーディナルの全てを、受け入れて貰う為に。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 1ー③]

  「もう~!もう~!カーディナルの馬鹿ぁ!発情期でもないのに、こんな事~!うわ~ん!それも、結婚式もまだなのに~!」

  「とにかく、交尾に支障はなさそうなので安心しました」

  ケリーはダニエルの膝の上に突っ伏して、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。

  プスプス、ピスピスと鳴らす鼻の音が愛らしい。

  揺れる尻に合わせて、左右に振られる尻尾の可憐な様にも、ホンワカと優しい気持ちになる。

  ダニエルの膝は涙と鼻水で恐ろしい事になっていたが、主の気が収まるまで、その頭を撫でてやる事にした。

  「乳首と、お尻と、チンコが痛~い!」

  「最後まで交尾出来ましたか」

  「……カーディナルのチンコは、舐めた……」

  「舐めた……だけじゃなくて」

  「チンコは入れてない。……その、おっき過ぎて、無理だったから……」

  「……カーディナル様も大変ですね……」

  「僕も大変だよぅ!あんなおっきいチンコ、入れなきゃなんだよ?!」

  「ケリー様のお母様もポメラニアンなんでしょう?お母様も出来たんですから、大丈夫ですよ」

  幼い頃から鍛え続けてきたカーディナルは、思春期ですらその性欲を暴走させる事はなかった。

  あまりにも清く正し過ぎるその生活に、もしや次代の王でありながら不能なのではと周りが心配する程だ。

  何とか周りがお節介を焼いて、オスとして欲情させる事が出来た時には、皆が安堵したものだった。

  それ程に無欲だったカーディナルを、大した色気もなく、見目麗しい訳でもなく、また発情フェロモンが出ていた訳でもないのにも関わらず暴走させるケリーは、もしかすると飛んでもない魔性なのではなかろうか。

  と、ダニエルは思った。

  「うぅ~。僕がこんなに大変なのに、さっさと仕事に行っちゃうとか!カーディナルの馬鹿!」

  「職務に忠実な方ですから」

  「あ、あんな酷い事をしておきながら~」

  「それは闘犬ですので闘争心も、性欲も桁外れなんですよ。貴方、もしかしたら嫌がったでしょう?」

  「え?……あ、うん」

  「嫌がられれば、嫌がられる程に燃え上がるんです。ドーベルマンの性質ですから。火に油を注ぎましたね。成長不足の馬鹿マメシバのくせに」

  「うぅっ……。ご、ごめんなさい……」

  「成功です」

  「は?!」

  「まさか、色気皆無のケリー様が、こんなにも出来る子だとは思いませんでした。あの偏屈で堅物なカーディナル様を、その気にさせるなんて素晴らしい才能ですよ!」

  「そ、そう?」

  誉められるのが大好きなケリーは、それまでとは一転、急浮上した。

  あれだけ止まらなかった涙と鼻水も、ピタリと止まる。

  とにかく、いつまでもクヨクヨしてはいられない飽きっぽさも、ケリーの長所だった。

  「その才能を生かして、何とか子作りの為に鍛練して下さいね。これからも毎日!」

  「ま、毎日?!」

  「貴方は、床上手になる才能がありますよ。これで、我がレッド・キングダムの御代も安泰です」

  「と、と、床上手って何なんだよ!そんなの、嬉しくないよ~!」

  ケリーはダニエルにしがみついて、やだやだとごね始める。

  これでは今日は勉強にならないかも知れないと、ダニエルは溜め息を洩らした。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 2ー①]

  昨日の余韻と疲れから、ケリーはダニエルの膝で寝たり、背中におんぶされたりして、まったりと過ごしていると、昼を過ぎた頃にいきなりカーディナルが帰宅した。

  そんな時間に帰って来るとは思ってもみなかったので、ケリーはダニエルの背中であんぐりと口を開けたまま、呆然としていた。

  「おい、マメ。私以外のオスに抱かれているとは、どういう事だ」

  「カーディナル様。これは『抱かれている』ではなく、『おんぶしている』という状態です」

  「ダニエル。お前は執事だろうが。立場をわきまえろ」

  「申し訳ございませんでした」

  「違うよ!違うよ!ダニエルが悪いんじゃないよ!ダニエルを怒らないで!」

  「こいつを庇うのか」

  「僕がダルいから、移動を助けてくれてただけでっ……。っていうか、こんなに疲れたの、カーディナルのせいなんだけど!」

  「……そうか……」

  「そうだよ!反省しろ!」

  「反省はしない。お前は私の妻だから、昨日の事は夫婦ならば当然の行為だ。……ダニエル、もういい。下がれ」

  「失礼致します」

  ダニエルの背中からケリーを抱き上げ、カーディナルはそのまま横抱きにした。

  突然、麗しい顔が目の前に現れて、ケリーはドキリとする。

  カーディナルは、こんなにも彫りの深い顔立ちだっただろうか。

  これ程に睫毛が長かっただろうか。

  鼻筋がここまで通っていただろうか。

  初めて近くで、まじまじと見たような気がする。

  「マメ。今朝は、急な仕事で……」

  「朝起きたらいないから、捨てられたのかと思ったよ!」

  「捨てる筈がないだろう!……その、体は大丈夫か?」

  「ずっと、乳首とチンコが痛いよ!……お尻は、痛くなくなったけど」

  「そうか」

  性行為に不慣れなケリーにとって、過ぎた愛撫は、擦過傷のように痛みが残ったのだろう。

  そちらも少しずつ慣らさなければならないとは思った。

  カーディナルはケリーを抱いたまま、ソファーへと座る。

  だが、膝上からケリーを降ろそうとはしなかった。

  「カーディナルは痛くなかった?」

  「痛くはなかったな」

  「え~?!何で?!どうして、あんなにしたのに!」

  「まぁ、慣れかな」

  「……慣れってどういう事?」

  ケリーの明るい声色の、音程が下がる。

  その声で、カーディナルは言い方をしくじったと思った。

  こんな駆け引きのような会話をした事がないので、それが無粋な返しだとは思わず、墓穴を掘った。

  「私は、ずっと不能ではないかと心配されていたのもあって、周りが気を利かせて添い臥しを付けた事があった」

  「添い臥し?」

  「性の手解きをするメスの事だ。王であるオスには、そういったメスが付く」

  「……そのメスと、交尾、したの?」

  「交尾じゃない。添い臥しとするのは、セックスだ。子供を作る行為はしない」

  「でも!でも!そのメスのお尻には、カーディナルの、……入れたんだよね?!僕には、しなかったくせにっ!」

  「マメの体は、まだ私を受け入れるようには出来てはいない。発情期になれば、体も自然と開くだろうが、普通の状態では、私とお前とでは体格差があり過ぎる」

  「もう!やだ!降ろして!」

  「……マメ」

  「触らないで!嫌っ!」

  「怒るな、マメ。……過ぎた事だ。それに王となる私には、逃れられられない事だったんだ」

  「やっ、嫌だっ!カーディナルに触られたくない!」

  「マメ。逃げるな」

  「いやぁ!……んんぅ!」

  カーディナルはケリーを逃すまいとして、その小さな唇を塞いだ。

  息を吸い込もうとした瞬間に、舌を差し込んでやる。

  すると、その小さな舌は愛らしく震えて、カーディナルの舌に蹂躙されるがままになった。

  「やっ、……んぅ!……ん、ん、カーディ……んぅ!」

  「マメ……」

  「もう、……大嫌い……」

  「大嫌いとか、言うな」

  「浮気するオスは、嫌いだよ」

  「嫌いとは、もう言わせない」

  「やっ、あん……」

  ケリーはそうやって長い時間、その唇を飽く事なく求められ続け。

  唇を離した時には、体がくったりと蕩けてしまっていた。

  カーディナルは大人しくなったケリーの尻尾へ手を回して、弄り回し、その柔らかさを堪能するのだった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 2ー②]

  カーディナルがケリーを横抱きにしながら庭を散歩していると、ケリーの機嫌もいつの間にか直っていた。

  元より長い間、悩みを抱え込めない質ではある。

  「ねぇ。どうして獣化した時のカーディナルの胸毛はハート型の模様なの?」

  「さぁな。生まれつきだろう。ただ、レッド キングダムでは、建国の王が同じようにハート型の模様だったから、初代の再来だとは言われている」

  「え~!スゴいなぁ!カッコいい!」

  「お前は、オメガなのに獣化するんだな」

  「うん。何でだかね。後天的オメガだからか、王族だからか、突然変異なんだって言われた。……き、気持ち悪い?」

  「何故そう思う?誰かに言われたか?」

  「えっと、……あ、うん」

  「獣化は、古の血を濃く残す、気高き者にのみ許された姿だ。誇りにこそ思っても、卑下する事はない」

  「僕、マメシバにしか見えないんだけど」

  「マメシバでもだ」

  「そっかぁ……」

  カーディナルの首に腕を回し、ケリーはギュッとしがみつくようにして抱き付いた。

  そして、あっちに行きたい、こっちに行きたいと勝手気儘に命令する。

  「このマメシバは、とんでもなく我が儘だったらしい」

  「だって、僕は王の妻になるんだから、ダニエルも偉そうにして良いって言ったよ!ダメなのか?!」

  「駄目だとは言ってない。だが、こんな事は私以外には言うな。……お前の馬鹿さ加減がバレて恥ずかしい思いをするぞ」

  「ぼ、僕、馬鹿なの?」

  「馬鹿だな。私が妻にしてやらなければ、お前の貰い手なんぞなかっただろう。何せ、シェパードの出来損ないどころか、シバイヌからしても出来損ないだしな」

  「シバイヌじゃない!」

  「あぁ、マメシバだったな」

  「マメシバじゃない!本当は、シェパードの王様になる筈だったんだ!ケリーキングっていう名前まであったのに!」

  「今は、マメにまで堕ちたな」

  「もう~!……ん、んんっ!……ぁん……」

  カーディナルが、ケリーのうるさく騒ぐ唇を塞いでしまうと、途端に大人しくなった。

  ピチャ、クチュっと濡れた音がするキスは、いつも恥ずかしくて堪らない。

  カーディナルの舌に口内を弄られながら、身を縮こまらせて、顔を赤面させてしまう。

  その初々しさに、カーディナルは更に口付けを深めた。

  トロンと惚ける程に唇を堪能されて、ケリーか凭れ掛かっていると、剣をふるう刃音が聞こえて来た。

  ぼんやりとそちらへ視線を向け、目を凝らすと、きっちりとレッド キングダムの軍服を着込んだ逞しい青年が剣の素振りしている。

  それは、相手がいないにも関わらず、まるで実戦で獣を狩るような、獰猛なる視線だった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 2ー③]

  剣の素振りをしているその獣人は、背格好こそカーディナルと似通った逞しさがあったが、若干の幼さを残していた。

  ドーベルマンらしいその精悍な面差しは、カーディナルやヴァーミリオンのような麗しさよりも、雄らしさ方が際立っている。

  黒髪も短く清潔にまとめらていて、一目で王族の威厳が備わっていると分かる、屈強なアルファのオスだった。

  「相変わらず、良い剣捌きをしているな。バーガンディ」

  「お目汚しをしてしまいました。偉大なる我が王」

  「そんな畏まった言い方をするな。共に育った仲だろう。お前の事はいつもヴァーミリオンと同じく、弟のように思っているぞ」

  「もったいないお言葉です。では、以前のように兄様とお呼びしてもよろしいか?」

  「もちろんだ」

  バーガンディの鋭い視線が、カーディナルの腕に抱かれているケリーへと突き刺さった。

  それはまるで『オスのくせに』というような蔑みを含んでいたように思えたので、ケリーも途端に居たたまれない気持ちになった。

  「か、カーディナルっ!僕、降りるよ!」

  「体が辛いんだろうが」

  「でも、歩く位、大丈夫だから!」

  「靴を履いて来てはいないぞ」

  「あ……」

  ケリーは、流石に裸足になってまで降りるとは言えなくなった。

  靴を履いて来なかったのは失敗だったが、カーディナルがさほどに迷惑そうにはしていかなかったのが救いだった。

  「兄様の奥方様ですが」

  「お前は初めて会うか」

  「いえ。お越しになられた時、俺もおりましたので」

  「ケリーです~。よろしく~」

  「フン」

  フンって言った!

  今、鼻がフンって鳴った!

  ケリーは瞬時に逆毛を立て、体を強張らせた。

  カーディナルもよくふて腐れたように鼻を鳴らすが、バーガンディのそれには侮蔑が滲んでいた。

  ケリーが王の妻になる事を、良しとはしていないのだろう意思が伝わって来た。

  「兄様は、美しいシェパードの姫を娶られる筈だったのに」

  「バーガンディ……」

  「これでは、残り物を押し付けられたようなものではありませんか。悔しくはないのですか?!歴代の王を凌ぐ才覚があり、賢王とうたわれている兄様が」

  「残り物には福がある、とも言うだろう」

  「兄様!」

  「それに、私は妻に対してそれ程に拘りを持っている訳でもない。別にマメシバだろうが、野良犬だろうが、アルサシアン王国との友好が復活するのであれば、どうという事もない」

  ケリーは、バーガンディの顔も、カーディナルの顔も見れなかった。

  バーガンディがカーディナルを本当の兄のように尊敬しているのは分かったし、自分がグロリアの身代わりなのも十分承知している。

  だから、罵倒には耐えられる。

  だが、カーディナルの言葉には胸を引き裂かれるような思いがした。

  妻に拘りがなく、誰でも良い。

  野良犬でも構わない。

  アルサシアンとの友好が為であって、ケリーとの婚姻などどうでも良いのだと。

  改めて言われると、いくら嫌な事は忘れっぽいケリーでも痛感させられる。

  望まれた結婚ではない、という事を。

  他ならぬカーディナル本人に。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 3ー①]

  庭の散策の後、エマとの授業が始まった。

  カーディナルはケリーの体を気遣って、ベッドで授業を受けるように命じ、再び公務へと戻っていった。

  尻の痛みはもうなく、別段、机での勉強でも難はなかったので、机に付こうとすると、エマがこのままで良いと言って来た。

  「王の命令です。今日はここで学べるように致しましょう」

  「ゴメンね」

  「ケリー様が、奥方としての務めを怠っていないようで安心致しました」

  それは、カーディナルと頑張って子作りしている、という意味だろうか。

  面と向かってそう言われると、何やら気恥ずかしい。

  ケリーは、俯いて顔を真っ赤に染めていた。

  「このまま、頑張ってお子を授かるよう、努力して下さいませ」

  「う、うん。……でも、カーディナルは、毎回、獣化するのかな?」

  「え?」

  「こ、交尾の時、毎回、獣化されたら、僕が大変だなって。ひ、人型でも出来ないのかなぁ?」

  「カーディナル様が、獣化された、のですか?」

  「うん」

  「そんなっ……。あんなに冷静な方が……」

  エマの顔色から血の気が引く。

  その様を見て、ケリーは何か言い損じてしまったと直感した。

  ドーベルマンの王族は、結婚前に獣化しての交尾は禁忌だったのか。

  交尾自体に、何か問題があったのか。

  一気に不安が押し寄せた。

  「え、エマ?何かダメだったの?僕、何か失敗した?」

  「……いえ。それ程までにカーディナル様もご執心であられるなら、私からの指導も変わりますわね。今回の授業は、床入りについて、に致しましょう」

  「はぁ……」

  「ではまず、カーディナル様のお好みの体位についてですが。基本的には、御奉仕されるのお望みです」

  「はぁっ?!」

  「主に挿入行為よりも、口淫の方が感じられるようですので、ギリギリまで口での御奉仕に徹し、射精直前に挿入されるように……」

  「ちょっ、ちょっと待って?!何で、エマがそんな事を知ってんの?」

  「私は、カーディナル様のお添い臥しでしたから。王の初めてのメスであり、私がメスとの交配の悦びをお教え致しましたので」

  ケリーの後頭部に、鈍器で殴打されたような衝撃が走る。

  その痛みを伴って、いつまでもエマの言葉が脳内を反響する。

  確かに、カーディナルは『添い臥し』という性の手解きをするメスがいたとは言っていた。

  だが、まさかこんな近くにいる獣人だとは思わなかった。

  エマは当時、メスの盛りである29歳。

  精通間もない、メスの体を知らないカーディナルを夢中にさせる事など、造作もなかっただろう。

  この妖艶な美女は、快楽を知らない少年の体を思うがままに貪ったのだ。

  「……それって、随分前の事?」

  「ケリー様。王となる約束をされた者への純然たる受けるべき教育でしたから、懸念される必要はございませんよ」

  「いつまで?」

  「カーディナル様は、妾や愛獣人を持たれようとはなさいませんでしたので、私一人でお世話しておりました。外遊の時は、外のメスがお相手された事もあるかも知れませんが」

  それは、ケリーが来る直前まで、エマが妻の役割をこなしていたのを意味する。

  ケリーがこの国に来てからは、カーディナルをエマが世話をしている姿は見た事がない。

  だが、それはあくまでも夜だけであって、仕事だと思っていたが昼間に会っていればケリーの関知するところではない。

  「ケリー様。こんな事で落ち込んでおられるようでは、この先、スカーレット・クイーンとしては生きていけませんよ」

  「こんな事って……」

  「王がケリー様では性欲が晴らせないようであったり、お子が授からないようであれば、先王が妾や愛獣人をご用意なさいます。場合によっては、カーディナル様自身が望まれるようであれば、私も今の立場から降り、妾になるのも厭いません」

  ケリーが、スカーレット・クイーンとして役立たずなのであれば、いくらでもすげ替える首はある。

  それこそ、さっきカーディナルが言っていた『アルサシアンとの友好の為だけの道具』となる。

  そうやって自分は端に追いやられて、美しいメスやオメガ達がカーディナルの子供を産んでいく。

  貧しい体のケリーでは物足りなくなって、カーディナルは他の体を抱くようになる。

  それは生き地獄としか、ケリーには思えなかった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 3ー②]

  カーディナルは、公務からまだ帰宅出来ずにいたので、夕食の席にいなかった。

  この王城では、催しの時以外、各々が自室で食事を取っても許される。

  もしも夕食を先王と共にし、子供を早く産めだの、愛人を持たせるだのと言われれば、今のケリーならば逃げ出してしまうかも知れない。

  カーディナルがいないとあって、夕食はダニエルからテーブルマナーを学びつつ、食事を取る事になった。

  「ケリー様のテーブルマナー自体は悪くはありませんが、その慌てて食べるのは美しさがありませんね」

  「……だって、美味しいから……」

  「それでも、今日はいつもよりは食が進まないようですが。食べる事が特技の貴方様にしてみれば」

  「うん……」

  ケリーのナイフとフォークを持つ手が止まる。

  こんな事は生まれて初めてだった。

  どんなに苛立つ事があったり、失敗しても、食べると忘れてしまう。

  それが今日に限って、美味しい食事を口にしても、頭の中でエマの言葉が脳内をグルグルと回っている。

  カーディナルは、エマにしか性的に奉仕させるのを認めなかった。

  彼女にしか、心を許さなかったのだろうか。

  年の差や身分の違いで、したくても妻に出来ないのだろうか。

  そう思うと、自分が無用だとしか思えなかった。

  有り体に言えば、ケリーは大使か使者に毛が生えたようなものだ。

  もし、強いドーベルマンの子供が産めないようならば、それこそ国にとっても用なしだ。

  ケリーはもう、どうすれば良いのか分からなくなっていた。

  「ケリー様、どうかされましたか?」

  「あのさ。僕はこんなみそっかすだし、もしかしたらスカーレット・クイーンにならないかも知れないじゃない?……えっと、もっと綺麗なメスとか、子供をいっぱい産めるオメガとかの方が相応しい訳だし」

  「スカーレット・クイーンは、貴方様以外にはあり得ませんよ!」

  「いや、そうでもさ。お父様も正妻のお母様よりも、若いメスを連れてるだろ?僕も多分、すぐにいらない存在になると思うんだよね。だからダニエルとの普通の勉強は必要かもだけど、妻としての勉強は別にいらないんじゃないかな?」

  「……エマの授業がお気に召しませんか」

  「そ、そうじゃないよ!僕には必要ないだろうって事で!」

  「エマはカーディナル様のご寵愛を受けて、添い臥しから侍従長にまで登り詰めたメスです。ケリー様に何かご助言出来ればと思いましたが、逆効果でしたか」

  「あ、あのね、ダニエル……」

  「申し訳ございませんでした」

  ダニエルは椅子から立ち上がり、深々と頭を垂れた。

  王族に仕え、それが当たり前として育ってはいた。

  ケリーもまた、王族としてそんな事を気にはしないのだと、勝手に思い込んでいた。

  レッド・キングダムと、アルサシアン王国では考え方が違うとは、思い至らなかった。

  「授業内容を変えましょう。勉強よりも、体を動かす方がケリー様も楽しいでしょう」

  「う、うん」

  「一般教養は私が、王族としての立ち振舞いはヴァーミリオン様から、あとは体術などの授業を取り入れましょう。護身の為の技を磨かれるのには、問題ないですから」

  「……いいの?……えっと、エマは気を悪くしない?」

  「私が教育方針を変えたと言えば、何の問題もありませんよ。エマをクビにする程の権限はありませんが」

  「そっ、そんな!そこまでしなくていーよ!もしも、僕が武道で身を立てればカーディナルの奥さんを降りても、軍隊に入れるもんね?」

  「ケリー様……」

  ケリーが、スカーレット・クイーンになるのを望んでいないのかと思うと、ダニエルは罪悪感を覚えた。

  この明るく人懐っこい少年に、もう少し自信を持たせられなかったのかと。

  人選を誤ったが故に、傷付け、王の妻になる気を失せさせてしまった。

  せめてどうにか結婚式までには、胸を張ってカーディナルの妻であると自信を持たせてやりたい。

  ダニエルは、改めて執事としてケリーにこの身を捧げようと誓った。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 3ー③]

  日付が変わる頃、カーディナルが城へと帰って来ると、ケリーはもう夢の中の住人となっていた。

  蹴散らしたブランケットをかけ直してやる。

  そうして、そのピクピクと痙攣するように時々動く耳へと顔を近付けると、あの芳しい若草のような薫りが鼻腔から入って来た。

  この薫りは、カーディナルを獣へと駆り立てる。

  今すぐに、この寝間着を剥いで、丸みを帯びた小さな尻の谷間に顔を埋めたくなってしまう。

  その獰猛なる衝動を必死に堪え、ケリーから離れる。

  ついこの間まで、キスで子供が出来ると信じていたような子供には、無理をさせられない。

  これだけの体格差がある相手に、発情期でなくても性行為を可能にするには、慣れと、心を開かせる必要があった。

  同じドーベルマンならばそんな事は考えなくても良いだろうが、こんなにも小さな体では無理をさせられない。

  元より性欲を堪える事が出来る質だった上に、欲望を抑え込む鍛練をしていたのが、こんな風に役立つとは思わなかった。

  嫁が愛しくて堪らない。

  だから、壊してしまわない為には、己を律しなければならない。

  今までは、運命の[[rb:番 > つがい]]などという存在は、この世にいる筈がないと歯牙にもかけなかった。

  出会った瞬間から互いに惹かれ合い、愛し合うようになる夢物語のような話がある訳もないと。

  だが、ケリーを見た途端、自分にも運命の相手がいたのだと実感した。

  その衝撃に思わず毒を吐いてしまい、当初は自分の状態が把握出来ないでいた。

  だが、時が経つに連れて、想いが募り、感情が昂っていく。

  こんなにも愛しくて堪らない気持ちのまま、ケリーの発情期が訪れたとしたら、自分がどうなってしまうのか。

  暴走してしまうのではないか。

  ケリーにもっと打ち解け、自分を受け入れて貰わなくては。

  こんな気持ちになった事がなかったので、どうすればケリーが喜んでくれるのかすら分からない。

  外の散歩が好きならば、森の散策や、街に出てみるのも良いかも知れない。

  食べるのが好きなら、商店を廻るのもいいだろう。

  「マメ……」

  カーディナルは、自分だけの呼び名で、愛する者の名を呼んだ。

  その名にはどれ程の想いが込められているのかは、当のケリーはまるで知らずに、ひたすらに眠り続け。

  その愛らしい小さな鼻を、ピスピスと鳴らしていた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 4ー①]

  ヴァーミリオンの授業は、何故かカーディナルの部屋で、そしてダニエルが付いての授業となった。

  弟が指導する事に関して、カーディナルが納得するのには、監視を付けるという条件が課せられた。

  ヴァーミリオンも、ダニエルは授業内容には口出ししないという事で引き受ける。

  近くにいれば否が応にも突っ込んでしまいそうだったので、ダニエルは姿は見えても声が聞こえない程度に離れて、ケリーを見守る事にした。

  「それじゃ、ケリーちゃん。よろしくお願い致しま~す」

  「お願いしま~す」

  「初回だからね。王族がうんたら、何て言う堅っ苦しい事はやめとくね。そうだな、今日は兄上の対処法でも伝授しようか」

  「おお!カーディナル対処法!」

  「ケリーちゃん、兄上と仲良くなりたいって苦労してたもんねぇ」

  「え?あ、うん……」

  「どうしたの?庭のお散歩、上手くいってない?」

  「いや、散歩は楽しいよ。カーディナルは優しいし。……ちょっと、堅っ苦しいけど」

  「堅っ苦しい?」

  「時々、並走して行進みたいになるんだ。止まる時も、カーディナルが『全~体、止まれ!1、2!』とか言うし」

  「軍隊か!」

  恐らく逢い引きなんぞ経験もないだろうケリーとカーディナルの姿を想像して、ヴァーミリオンは頭を抱えた。

  色っぽさの欠片もない。

  ここはどうにかして、甘い雰囲気を作り出す必要性を感じた。

  「それじゃまず、兄上のその意地っ張りは、筋金入りだってとこから、対処法を考えようか」

  カーディナルは、一度口にしたら前言は撤回しない。

  自らの失敗を、人のせいにする事なく自ら罪を被り、それに甘んじる。

  たとえ、どんなに苦痛を伴うものだったとしても。

  幼い頃に誕生会などというものは不要だと口にしてしまったばかりに、それからは一度も誕生会を開こうとはしなかったし、ヴァーミリオンの誕生会にも出ようとはしなかった。

  後で執事に聞くと、毎回、ケーキが食べられなくて地団駄を踏んでいたらしいが、それでも自分から言い出してしまったので、片意地を張って拒絶し続け、今に至る。

  今、公務を忙しくしているのも、河川の氾濫が村を襲い、半壊状態にあるのを復興する為でもある。

  これは、この川周辺の地形がそうなるだろう予測をしていたのに、その改修を怠った責任があると、自ら先頭を切って工事を行っていた。

  そうした異常に己に厳しいのにも、訳があった。

  父は、無類のメス好きだった。

  決して歴代の王として能力が劣る訳ではなかったが、とにかく常にメスがまとわりついていた。

  母には世継ぎの子供を生ませ、スカーレット・クイーンの名前だけを与えて飼い殺しにし、自分は毎夜のように性の饗宴にうつつを抜かす。

  カーディナルもまた世継ぎの王子であるが為に、幼い頃から父のメス達に集られ、そのトラウマからメスを嫌悪し、精通後も近付けようとしなかった。

  そうして、有能ではありながら、偏屈で意地っ張りな王が誕生したのである。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 4ー②]

  「兄上は、とにかく訓練大好き、自分を苛めるのが大好き、公務も大好きなカチコチだからね~」

  「僕は逆のゆるゆるだよ~。訓練大嫌い、苛められるのは嫌、公務も嫌いだったもん」

  「わっはっはっは。でも、ケリーちゃんは、兄上の奥さんに向いてると思うよ」

  「え?何で?」

  「兄上、あんな風に堅物でしょ?警戒心が強くて、聡明で忠実。……そんな風に色々と凝り固まってたら、いくら鍛えてても疲れちゃうと思うんだよね」

  自らを差し置いて、公僕として獣人に尽くす。

  それは、何よりもドーベルマンの王としては優れているだろう姿であっても、カーディナルには安らぎの場所がなかった。

  厳格たれと自らに強いるも、癒しの一つもない人生だった。

  「兄上、案外、甘えん坊だと思うんだよね。今は精一杯、王として頑張っちゃってるけどね。だから、ケリーちゃんみたいな抜けてる子は癒されると思うんだ」

  「……無理、だよ。……だって、僕、カーディナルをイライラさせる事の方が多いし……」

  「それは本当に怒ってないでしょ?あれはそういう態度に出ちゃう癖みたいなもので。ケリーちゃんだけは、一緒に寝られるんだよ。兄上は、今まで誰も寝床に入れた事なんてないしね」

  「……でも、エマはずっとお気に入りだったよ……」

  「ああ、あれは添い臥しだからね。添い臥し以外のメスは、面倒だから入れなかったっていうだけだと思うけど」

  「ヴァーミリオンにもいたの?添い臥し……」

  「僕は第二王子だからそんなのはいなかったけど、定期的に迫ってくるメスは何獣人かいたねぇ」

  「定期的にって何なの?!」

  「名前も覚えてないような相手だけど」

  「ぐわっ!チャラ過ぎる!」

  「でも、僕はあんまり欲望を感じないタイプなんだよ。性欲は排泄なんかと同じランクに類してるから。それよりも物事の「本質」を見極めて、その「本質」を解き明かす考え方を見出す事の方に燃える訳。つまり、愛や恋なんかの「本質」を知る事こそ……」

  「待って!待って!勉強になって来てる!勉強はやだ!」

  「あ、ゴメン、ゴメン。つまり僕は、兄上以上の朴念仁という訳なので、結婚するよりも勉学に勤しむ選択をしたのね」

  「もう、ヴァーミリオン……軽いのか、偉いのか分かんないよ……」

  謎なオスではあったが、ケリーにとってはダニエルと並ぶ理解者ではある。

  このレッド・キングダムでの、数少ない味方だった。

  「で、ダニエルからも聞いてるけど、自衛の為の鍛練は良いと思うよ。自分の身も守れるし、何より武術の大好きな兄上と共通の趣味にもなる」

  「ほ、ホント?」

  「格闘とか、剣技とか、習ったら良いよ。従兄弟のバーガンディに教えて貰ったらどうかな?」

  「バーガンディ?!あ、あの怖そうな奴に?!」

  「バーガンディと話した?」

  「うん……。あんまり、僕、好かれてないみたいだったけど……」

  「彼も兄上と似てて堅物だけど、可愛いところがあるよ。兄上の事が大好き過ぎて、ちょっと変だけど。武術を習うなら、絶対に上手に教えてくれるから。僕からもいっておくよ。どうせ、ヴァリューカに留学するまでは暇そうだし」

  カーディナルの事が大好き過ぎるバーガンディ。

  弟のように思っていると、カーディナルも言っていた。

  これは、ここで家族同然のバーガンディに気に入られておく必要性があるのではなかろうか。

  いくら短期間だろうが、仮初めだろうが、しばらくの間はカーディナルの妻である事には違いないのだし、打ち解けておいた方が無難だろう。

  後でダニエルにもバーガンディの人となりを聞いてみても、真面目で気配りの出来る獣人だと言っていた。

  それならば仕方がない。

  ケリーは、『何事も我慢、我慢』と、呪文のように心の中で唱えた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 4ー③]

  ケリーがカーディナルの妻でなくなっても生きていけるように、と決心したのと相反して、カーディナルとの触れ合いは甘くなる一方だった。

  風呂にも一緒に入ろうといって連れ込まれ、身体中を洗われてしまう。

  特にその尻尾を泡立てられるのには、あまりにも念入り過ぎて、いつもヒャンヒャンと泣かされてしまう。

  ベッドでも、カーディナルの愛撫は糖度を増すばかりで、特に乳首と尻孔への執着は戦く程だった。

  乳首はヒリヒリと腫れ上がるまで舐めて、吸われてしまい。

  後孔に至っては、限界まで感じさせられ、拡げられる。

  だが、カーディナルは決して最後までしようとはしない。

  己の欲望よりも、ケリーを達かせるのに懸命だった。

  「カーディナルは……しない、の?」

  「私は、良い。外で出して来る」

  外という事は、今からエマを抱きに行くという事だろうか。

  ケリーには、それなりに満足させ、自分は他で欲望を満たす。

  性技なんぞ持ち合わせていない幼妻では物足りないから、恋獣人とのセックスで自らの性欲を治める。

  エマは、カーディナルにとって長く続いている恋獣人のようなものなのだろう。

  そこには行かせたくない。

  エマに奪われたくはない。

  カーディナルを。

  自分は、カーディナルに恋している。

  奪われると分かって、それを今、はっきりと覚った。

  いつからカーディナルに恋していたのか。

  優しいと気が付いた時か。

  初めて触れ合ってからか。

  初めて会った時には恐ろしいオスだと思っていたのに、今はこんなにも胸が苦しい程に焦がれている。

  エマは、カーディナルが挿入よりも口淫の方を好むと言っていた。

  尻に挿入しては貰えなくても、口でなら許されるかも知れない。

  「カーディナルっ!行かないで!」

  「マメ?」

  「僕、するから。カーディナルの……」

  「お、おい!待てっ……」

  ケリーは飛び付くようにして、カーディナルのそり上がる雄芯を口にした。

  その小さな口では、鈴口の先端しか出来なくて、割れ目をチュウ、チュウと吸う事しか出来ない。

  以前に戯れた時は、ケリーも獣化していたので、我を失ってペロペロと小さな舌でひたすらに舐めた。

  だが、素面の状態での人型での口淫は、羞恥を伴って、あの時にはなかった欲情を高ぶらせる。

  「マメっ……」

  「僕、頑張るからっ……。んんぅ!」

  「頑張らなくても、……良い。どうせ、お前には、そんなテクニックはないん、だから……」

  また、馬鹿にされた。

  エマには、到底及ばないと比べられた。

  それでも、カーディナルに尽くしたかった。

  ほんの少しでも、ケリーが妻で良かったと思って欲しい。

  ケリーは必死になって舌を這わせる。

  舌の付け根が痛くなって、痺れるまで舐めてやる。

  最後に、カーディナルの愛液がケリーの顔に注がれた時には、その到達感に恍惚となった。

  「馬鹿だな……マメ。ここまで、する必要などなかったのに」

  「ゴメン、ね……」

  「お前という奴は……」

  降り注いだ自身の子種を綺麗に拭き取った後、唇を奪われた。

  長い、長いキスには、まるで愛があるように錯覚させられる。

  カーディナルは優しい。

  無理矢理に婚姻を約束させられた相手にすら、こんなにも優しいキスをくれる。

  こうして、キスすらもしてくれなくなる時が来たら、ケリーは耐えられるだろうか。

  カーディナルの母である先代の正妻も、きっと同じ思いをしたに違いない。

  それは強いオスに嫁いだ者の宿命だった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 5ー①]

  「本当に大丈夫なんですか?貴方!」

  「何がだよぅ!武術を学んだら?……て言ったの、ダニエルだぞ?」

  「いや、まさか我が国が誇る剣士であるバーガンディ様にお願いするとは……」

  「知らないよ!だって、ヴァーミリオンが頼んであげる、って言ったんだもん。僕だって、ちょっと怖いからやだな~って思ってるよ!」

  「怖くはない筈なんですけどね。[[rb:錚々 > そうそう]]たる武道家の集まる大会でも幾度も優勝され、武術指南などで軍に貢献なされておられるだけでなく、奉仕活動も率先してやっておられますし、お優しい方なんですけど」

  「そ、そうなの?そんなに出来た獣人なのに、何であんなに僕には冷たいの?」

  「お会いした時に、その馬鹿っぷりをさらけ出しましたか」

  「ううっ……」

  「確かに貴方様は、バーガンディ様が嫌われるような愚鈍さですしね」

  「うううっ……」

  初めて会った時から、蔑んだ目で見下されていたような気がする。

  美しいシェパードの妻を娶る筈だったのにと、なじられた。

  賢王と呼ばれた誉れ高きカーディナルが、残り物を押し付けられたようなものだと、嘆いていた。

  どう考えても、歓迎はされていないと分かっている相手に教えを乞うのは、なかなかに苦痛だ。

  それでも、今の現状で最良の事をするしかないと、常に前向きなケリーは無理矢理のスキップをしながら、バーガンディの部屋を訪れた。

  「バーガンディ先生~!おはようございます~!今日からよろしくお願い致しま~す!」

  「朝からうるさいな」

  「すっ、すみませんっ!」

  「ちょっと待っててくれ」

  廊下で数分待たされたかと思うと、着替えてから大小の剣を携えたバーガンディが現れた。

  目の前に立たれると、とにかくデカい。

  背格好はカーディナルとさほどに変わりなかったが、向けられる視線の鋭さに威圧感が増して感じてしまう。

  「庭に行くぞ」

  「はい!先生!」

  「先生はやめろ。厳密に言えば、兄様の妻であるあんたの方が、立場としては上なんだ」

  「はい!……あ、えっと……うん!」

  緊張からか、ケリーは右手を出しては右足を出し、左手を出しては左足を出して、カチコチになっていた。

  そのブリキ人形のような動きを見て、バーガンディは溜め息をついた。

  ヴァーミリオンから、カーディナルの妻に対して武術を教えてやってくれと言われた時には、正直、驚いた。

  王の妻が、何故、武術を学ばなければならないのか。

  付けようと思えば、最高級の護衛も付けれるだろうし、護身術の必要性がないからだ。

  「ケリーちゃんはね。ちょっと、落ち込んでるみたいなんだよね。兄上に自分が相応しくないと思ってるみたいで」

  「どうして、そんな……」

  「思い当たる節はない?」

  そう言われて、バーガンディは押し黙った。

  ほぼ初対面で失礼な事を言い放ったのは、自分だったからだ。

  よもやあれだけで落ち込んだとは思えなかったが、それ以外でも周りから色々と言われていたのかも知れない。

  王になるべくして育ちながら、ある日突然、母国の為に嫁がされるのには、不遇ではあっても恵まれているとは思えなかった。

  ケリーは、ケリーなりに苦難の人生を歩まされている。

  だからこそ、妻の座を追いやられた時、などと想像するに至ったのだ。

  そんな風に引き際を考えるあたり、見た目程に図々しいようなタイプではなかった。

  本当に武術を極めるつもりであるならば、手助けしよう。

  少しでもケリーが心強くなるのであれば。

  そう決意した直後、バーガンディは見事にそれを後悔させられた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 5ー②]

  ケリーの運動神経は悪い訳ではなかった。

  小柄でよく動くし、俊敏だ。

  だがしかし、何よりも覚えが悪い。

  一度言っただけでは覚えないし、せっかく覚えても、時間が経つと忘れてしまう。

  それはもう、致命的な程だった。

  「あんたは本当にシェパードの血が流れてるのか?!違う!また、持ち方が戻ってる!」

  「す、すみません~!」

  「何でそう、踊ってるみたいなステップになるんだ?!それじゃ、力が入らないだろう!」

  「そ、そうか!おりゃ!おりゃ!おりゃ!」

  「また、両手が同時に出てる!」

  「こうか!こうか!とうっ!と~う!」

  「違~う!だからそう、ピョンピョン飛び跳ねるな!」

  「そうか!なら、こう、ドシーン、ドシーン!と!」

  「違~~~~う!」

  何だか楽しそうなケリーとは反対に、バーガンディの方がグッタリと疲れきっていた。

  ポジティブなのは良いが、学習能力がない。

  怒られても、苦に思わない。

  反省しても忘れる。

  だから、何度も堂々巡りになる。

  これでよくもまぁ、武術で身を立てるまでになりたいと言ったものだ。

  この才能のなさは、何年修行しても半人前以下にしかならないだろう。

  「ケリー!注意された事を忘れるな!同じ過ちを繰り返すな、とは言わないが、何回かやれば覚えられるだろう?」

  「……わ、忘れちゃうの」

  「は?」

  「僕、好きな事以外は、覚えてられないの」

  「はぁ?!じゃあ、好きな事って何なんだ?!」

  「食べる事と、寝る事と、遊ぶ事かな~」

  「幼児か!」

  「おっきいオッパイも好き~」

  「どれも特技じゃないわ!」

  「バーガンディは、嫌いなの?オッパイ」

  「そ、そ、そ、そんな、ものっ!」

  男らしい顔が、朱に染まったように真っ赤になった。

  それを見て、ケリーはバーガンディの純粋さを覚ってしまった。

  カーディナルやヴァーミリオンのように、メス慣れしていない。

  本当に一途に、ただ武道を極めて来たのだと。

  それには、何だかこんな話題を振ってしまったケリーの方が、罪悪感を覚えてしまった。

  「バーガンディは、真面目なんだね」

  「ま、真面目?」

  「僕もそうだったよ。ついこないだまで、結婚式でキスしたら赤ちゃんが出来るって思ってたもん。ここに来て、初めて知った時はショックだったし」

  「知らずに……嫁に来たのか……」

  「カーディナルには呆れられるし、ダニエルには『無知の馬鹿マメシバ』だって言われるし、ヴァーミリオンには……怖くて言ってないけど」

  「まぁ、それは言うな。あれに言えば、笑い者にされるだけだ」

  「そうだよね。で、でもね。僕はこんなだけど、バーガンディの気持ちは分かるよ!好きな獣人は、一生に一人で良いもんね!」

  バーガンディは休憩しようと言ってケリーを誘い、ベンチへ座った。

  召し使いにケリーの好きな果実ジュースを持って来させて、ケリーはそれだけでご機嫌になった。

  馬鹿な雑種かと思ったが、深窓の令嬢以上の箱入りだった。

  これで、代替え品だというのだから、本来、来る筈だったグロリアという娘は、どれだけの美しく純粋培養された姫なのだ。

  ケリーは、美しい。

  穢れなく、まっさらだ。

  カーディナルは、余り物を貰った訳ではなかった。

  本物の王家のオメガを妻に出来たのだ。

  それは、羨ましい程の幸運だとバーガンディは思った。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 5ー③]

  「ケリー、お前はこれで良かったのか?」

  「何が?」

  「国の……友好の為に利用されたようなものだろう。しかも、無理矢理に……」

  「うん。そうなんだけどね。でもカーディナルは優しかったし。ダニエルやヴァーミリオンも優しいし!僕はスカーレット・クイーンには相応しくない落ちこぼれかもだけど、ここに来て苦しい事ばっかりじゃないよ」

  「そうか」

  「バーガンディも優しいって分かったし!」

  ケリーの丸まった尻尾が、嬉しそうにプルプルと揺れている。

  その姿に、ケリーがおべんちゃらを言っている訳でもなく、本心を明かしているのが分かった。

  無知ではあったが、思慮浅い訳ではない、心遣いの出来る獣人だった。

  「でもさ、多分、そう遠くない先で、カーディナルの妻の座を降ろされるか、正妻のままでも追いやられるとは思うんだよね」

  「……何故、そう思うんだ?」

  「カーディナルの隣に居続けるには、美しさと知性がないとダメなんだって。カーディナルは、これから何人ものメスやオメガを囲う。そんな中で、僕が生き残るのなんか無理だもん」

  「兄様は、道理をわきまえておられる、誠実な御方だぞ?」

  「それは分かってるよ。添い臥しのメスをずっと大切に思ってるんだから」

  「添い臥し?」

  「えっと……初めてのメス?かな?」

  「そんな話は聞いた事がないっ!」

  「バーガンディは子供だったから、聞かされてなかったんじゃないの?だって、カーディナルより年下だもんね?」

  兄と慕うカーディナルに、そんな存在のメスがいるとは知らなかった。

  それならば、何故、そのメスを妻にしないのか。

  妻に出来ない身分ならば、妾にするという事も王ならば出来た筈だった。

  どちらにしてもケリーには辛い事にかわりないが、それでも妾にする事で、その相手のメスに対しては誠実ではいられただろう。

  「お前は、それで良いのか」

  「うん。一応、僕に期待されてるのは、強いドーベルマンを産む事だから、それは頑張ろうと思う。でも、カーディナルの邪魔な存在にはなりたくないから、オスのアルファを産んだら、身を引いた方がいいかな?と思って、こうやって勉強とか武術をやってんだけど」

  「お前が例え、その立場から降りる事になっても、ヴァーミリオンや俺は、お前に対する態度は変わらないぞ」

  「優しくしてくれるの?」

  「俺は、いつでもかわりなく、お前に厳しく訓練してやろう」

  「え~?!やだ、やだぁ!優しくしてくんなきゃやだぁ!」

  「甘えるな。軍隊に入れる程に強くなりたいんだろう。道のりは遠いぞ」

  道のりは遠くとも、何もしないよりは良い。

  少なくとも前向きであれば、将来への明るい兆しがいつかは見えて来るだろうとケリーは思った。

  バーガンディとの武術の鍛練を終え、ケリーはほんの少し、城の探索をしてから帰ろうとした。

  自らの部屋のある棟は大体の把握をしたが、他の棟は一度も入った事がない。

  中央の城から北側の棟から通って帰ろうとして、足を止める。

  ある一室から、髪の長い、大柄なオスが出て来た。

  髪が腰にまで届くようなオスは、カーディナルか、ヴァーミリオンか、先王しかいない。

  そのオスは癖のない、直毛だったので、すぐにカーディナルだと分かった。

  同じ部屋から、もう一獣人、現れる。

  バスローブの胸元をはだけさせ、大きな胸の谷間をのぞかせたそのメスは、カーディナルへとしなだれ掛かる。

  カーディナルの手を取って、自らの襟の中にある乳房を触らせる。

  何か言葉を交わした後に、カーディナルの後ろ首を引き寄せ、口付けていた。

  メスの目尻に、悩ましげなホクロが見える。

  いつも結い上げていた髪を降ろしていたので分からなかったが、そのメスはエマだった。

  それは、長い、長い、口付けだった。

  ケリーは、その場から動けなくなった。

  公務に忙しくしていると思っていたカーディナルが通っていたのは、エマの部屋だったのだ。

  仕事と偽って、肉欲に耽っていたのか。

  ケリーに、そんな姿を微塵も覚らせず。

  その現実を飲み込んで噛み砕き、理解するのには、しばらくの時間がかかった。

  そして、その真実を見せ付けられ、ケリーは自分が邪魔者でしかないという事実を、認めざるを得なくなった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 6ー①]

  こんな事は初めてかも知れない。

  夕食のローストビーフも美味だったし、翌日の朝食も大好きなオムレツで、これまた格別に美味しかった。

  デザートのグレープフルーツには、ほんの少しブランデーがかかっていて、朝から豪勢な朝食だった。

  夜も、カーディナルとの目眩くような快楽に酔わされ、絶頂のまま失神してしまった。

  挿入こそされなかったが、カーディナルからの愛撫は丁寧で、思いやりのあるものだった。

  それでも、何事にもポジティブ思考のケリーがここまでテンションが上がらないのには、昨日のカーディナルとエマの姿が目に焼き付いていたからだ。

  公務と偽っての逢瀬に、更なる愛を高め合っていたのだろうと思うと、余計に気が滅入る。

  ケリーとの夜も、エマとの愛欲に満たされているから、挿入しなくても構わないのだ。

  それでもケリーはどんなに辛かろうとも、『何事も、我慢!我慢!』といつものように自分に言い聞かせて、笑顔になるよう心掛けた。

  朝食の後は、いつもカーディナルと庭の散歩に出る。

  近頃はカーディナルとの触れ合いが増えて来て、手を繋いで歩くのが日常になっていた。

  「あ、あのさ。カーディナルは恥ずかしくないの?……えっと、手を繋ぐの」

  「恥ずかしくなんぞあるか。躾しつけのされていない犬は、ちゃんと繋いでおかなければならないだろう?」

  「し、躾って……」

  「ほら、そこはお前がハマった池だぞ」

  「え?あぁっ?!」

  今度はカーディナルが、片手でケリーの脇を掴んで抱き寄せた。

  ケリーは半ば宙吊りになるようにして、体を引き上げられる。

  「キャン!」

  「いやらしい声を出すな!」

  「ぼ、僕は何もいやらしい事を言ってないのに!」

  「こんなに甘い匂いを出していて、何を言うか!」

  「出してない~!ひゃわん!」

  「だから、その気になるような声を出すなと言うのに!」

  「あ、や、やぁ!やだぁ!」

  「くそう!」

  「アン!」

  カーディナルは、ケリーを抱き締め、その首筋に顔を埋めた。

  体臭を嗅がれている。

  その甘やかな皮膚の触れ合いに、声を上げそうになる。

  だが、『嫌だ』と言えば、離れてしまうかも知れない。

  もっとエマの元へ行ってしまうかも知れない。

  そう思うと、『嫌だ』とは言えなかった。

  「カーディ、ナル……」

  「マメ……」

  「行かないで。お願い。側に、いて……」

  「私を殺す気か……」

  殺されると思う程に重いのか。

  それ程に、自分の願いは苦痛なのか。

  だが、だからといって『捨て置いてくれても良い』とは、自分からは言えなかった。

  カーディナルが好きだ。

  好きだからこそ、ほんの少しでも役に立ちたい。

  だとすれば、ケリーに出来る事といえば、それは世継ぎを産む事だ。

  だが、カーディナルに発情期に挿入して貰わなければ、子供は出来ない。

  結婚式までは発情期を迎えないようにと母から言われていたが、果たして式を終えてもカーディナルが抱いてくれるのかは疑問だった。

  交尾はエマとしかするつもりがないのだとしたら、ケリーに子供が出来る可能性はゼロだ。

  考えれば考える程、ケリーは絶望感に襲われていた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 6ー②]

  公務に出るカーディナルをケリーが玄関まで見送ると、引き寄せられ、キスをされる。

  近頃では召し使いがいようがところ構わずにキスをするので、カーディナルを送り出すのには、召し使い達を下がらせるようにしていた。

  「いってらっしゃい。頑張って」

  「マメ……」

  「もう、キスはいーから!遅れちゃう~!……や、やん……」

  「お前が悪いんだ」

  「ご、ごめんなさい」

  「謝るな、馬鹿。そういう意味じゃない」

  カーディナルを押し出すようにして、やっと公務へと追いやって振り返ると、背後にエマが立っていた。

  相対するのは授業を断って以来、厳密にいえばカーディナルとの逢瀬に立ち合ってしまって以来だった。

  「ケリー様。それだけ仲がよろしいのに、お子様はまだ出来る兆しはないのですか?」

  「えっと……あの……」

  ずっと今まで抑制剤を飲んでいたとは言えなかった。

  だが、たとえ飲んでいまいが、カーディナルとは戯れのような行為しかしておらず、挿入には至ってはいないので、子供が出来ようもない。

  「ケリー様にお子様が出来そうもなければ、私が作りますから」

  「は?」

  「カーディナル様は、私でなければ駄目なのです。他のメスやオメガでは、欲情なさらない。それならあの方の唯一である私が産んで差し上げなければ、この国の直系は絶えてしまうでしょう?」

  エマの言い分に、ケリーの反論はなかった。

  カーディナルが、子種を注ぎたいと思う獣人はエマだけだ。

  エマには焦りもあった。

  自分は、メスとして子供を産む年齢の限界に来ている。

  王の妻として来たのが姉のグロリアであれば、ここまでの執着はなかった。

  自分は単なる添い臥しであり、年若いカーディナルへの慕情は、このまま捨て去るつもりだった。

  だが、こんなにも愚鈍な出来損ないのオメガが妻になるのなら、自分が跡継ぎを産む権利があっても良い筈だ。

  自分にはもう時間がない。

  今、カーディナルの子種を貰わなければ、産む機会を逃して、年老いていくしかない。

  カーディナルの寵愛は、長い間、欲望を受け止めてきた自分にあってこそ相応しい。

  エマは、ケリーにスカーレット・クイーンの名前は明け渡しても、本質的な正妻の座を譲ってやるつもりはなかった。

  「私はアルファですので、オメガの貴方様のように、発情期に必ず妊娠するとは限りません。ですから回数をこなす必要があるのです」

  「エマ……」

  「発情期でなければ、カーディナル様を私にお譲り下さいね。……もちろん、ご理解、頂けますね」

  「う、うん」

  「ケリー様が、お心の広い奥方様で助かりました」

  エマは、そう言い残して背を向けた。

  今晩から、カーディナルはケリーの元へは訪れない。

  ケリーが抑制剤を飲もうが飲むまいが、もうどうでもいいのだ。

  それでも、カーディナルが夫になるであろうオスである限り、ケリーはただひたすらに、帰りを待つ以外にはなかった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫に恋をする 6ー③]

  案の定、その日からカーディナルは自室へと帰って来なくなった。

  ダニエルは、仕事が立て込んでいるのだと説明していたのは嘘でないにしても、疲れて帰る場所はエマの部屋なのだ。

  次のスカーレット・クイーンなどと言われても、所詮ケリーは名ばかりの惨めな存在でしかなかった。

  国交の為の、政治的な象徴でしかない自分には、子作り以外の役目はない。

  朝目覚めても、ベッドから出ようとはしないケリーに、ダニエルとヴァーミリオンは困り果ててしまった。

  「ちょっと、ケリー様!貴方、病気でもなんでもないくせに、何なんですか!自分の為に教養と武術を身に付けるって意気込んでたのは、スタートだけですか!もう挫折するとか、気紛れが過ぎる!」

  「まぁ、まぁ、ダニエル。そこは、ほら。気を利かせてあげなよ。兄上との夜の生活が激しかったのかも知れないし」

  「何言ってんですか。カーディナル様は、遠方の公務で寝る時間も惜しんでいるというのに」

  「兄上は、相変わらず仕事獣人だねぇ」

  「貴方がダラダラと遊び過ぎなんです。昨日もフラフラと街中で遊んでいたでしょうが。この昼行灯が!」

  「何言っちゃってんの、ダニエル君。あれは勉学の為だよ?獣人達が何を求め、何で満たされるのか、その調査に出ていたんだ」

  「ああ、そうですか。メスを5獣人も従えてね。宿に籠って、何をなされておられたのやら。付き人のロンをあまり困らせないで下さい」

  「ロンってば、ダニエルに頼るの、やめてくれないかな。僕がまるで不真面目な悪い王子みたいじゃない」

  「不真面目極まりないわ!このド腐れ王子!」

  そんなダニエルの罵りにも、ヴァーミリオンはどこ吹く風だった。

  「いや~しかし、兄上もそんなに働いてばっかりで、いつか体を壊しちゃうんじゃないの?」

  「夜中にお帰りになられてますから、少しはお休みになられてますよ」

  「ああ、それでエマがバタバタしてたんだ?夜中にちょっとでも帰って来るって、兄上もメロメロだねぇ」

  「うわぁーーーーん!」

  ケリーは、堪らなくなって大声を上げて泣き始めた。

  ダニエルも、ヴァーミリオンも、エマが本当の意味の妻であるのを認めている。

  自分の不甲斐なさに、死にたくなる。

  その後、ヴァーミリオンが何やら慰めてくれていたが、大泣きするケリーの耳には何も入っては来なかった。

  泣いて、泣いて、泣き疲れてしまい。

  ベッドから顔を上げた時には、顔が二割増しにむくんで恐ろしい顔になっていた。

  それは、その顔を見たダニエルが驚きのあまりに引っくり返った程だ。

  夕食はベッドへと運ばれて、ケリーの好物ばかりが並べられた。

  ダニエルが少しでも気が晴れるようにと、気を利かせたのだろう。

  その優しさがケリーの心に染みて、ほんの少し気分が浮上した。

  ダニエルや、ヴァーミリオンには迷惑をかけたくはない。

  限られてはいるが、自分の出来る事は成し遂げようと、ケリーは改めて決意したのだった。

  [newpage]

  [chapter:第三章・マメシバ花嫁、ドーベルマン夫から自立する 1ー①]

  楽しく覚えた方が身に付くだろうと思ったバーガンディは、ケリーに格闘よりも剣術の一通りの型を覚えさせ、あえて剣舞を教える事にした。

  リズムを数えながら、クルクルと舞うのは、あまり好戦的ではないケリーも楽しそうに踊っていた。

  剣や、手首や足首に軽い布を巻き付けてやると、それがヒラヒラと舞うので、更に夢中になる。

  これにはケリーの意外なる才能が発揮されたようで、プスプスと嬉しそうに鼻を鳴らしながら、軽やかに飛び跳ねていた。

  「なかなかに良いぞ。ケリー」

  「ホント?!」

  「練習すれば、楽隊を付けて、皆の前でも披露出来るかも知れないな。まぁ、お前の性格上、群舞は踊れないだろうが」

  「それって、軍隊に入るより近道かな?」

  「お前は軍隊にはまるで向いてない。はっきり言って、格闘技も剣技もまるで才能がない」

  「え~?!」

  「軍隊よりも、舞踊団の方が向いてるだろうな。お前のその……尻尾は、……えっと、惹き付けるものがある」

  「あ?やっぱり?弟のジョージにも『兄さんの尻尾だけでも置いて行って欲しい』って、ここに来る前、泣きつかれたんだ。すっごく魅力的らしいんだよね、僕の尻尾!」

  「お前の弟の気持ちが、よく分かる」

  「でしょ~?」

  普通に剣を合わせるとあたふたとへっぴり腰になるのに、リズムを付けて踊ると上手く立ち回れる。

  ケリーは、跳躍力とリズム感には優れていた。

  何事もそつなくこなせる器用さはない。

  どちらかと言えば、得意な事以外はまるで出来ないタイプだ。

  それならば、楽しい方が良いだろうと、必死に学ぼうとするケリーに発想の転換をさせた。

  初めは、強くなりたいと気負っていたケリーも、無理な訓練より、楽しさを感じる方に喜びを見出だしていた。

  「バーガンディは、優しいな」

  「そうか?」

  「バーガンディの奥さんになる人は、幸せだと思うなぁ」

  「え?えぇぇぇ?!」

  あまりのバーガンディの驚きように、その純粋さを心地好く思うケリーだった。

  バーガンディが愛した獣人は、命が終わるその時まで、大切にして貰えるだろう。

  それは羨ましい程に。

  「僕、もしも子供が産めないってなったら、カーディナルの奥さんから降ろされちゃうかもなんだよね。……カーディナルも、本当はエマを奥さんにしたいんじゃないかなぁ」

  「エマは、単なる添い臥しだ。それはないだろう」

  「いや、でもエマは唯一のカーディナルのお気に入りだから、エマを優先しろって」

  「それを兄様が言ったのかっ?!」

  バーガンディは、雄叫びを上げるようにして激怒した。

  潔癖で実直なバーガンディは、例え王族の端くれだろうが、妻以外のメスやオメガを持つのに忌避感を持っていた。

  カーディナルを兄と慕いはしても、その貞操観念には理解しかねた。

  「兄様が、正妻のお前を差し置いて、他のメスを優先すると言ったのかっ?!」

  「か、カーディナルにはお国の為に世継ぎを作る使命があるだろ?それは、仕方ないと思うし」

  実際には、カーディナルが言ったのではなく、エマが言った事ではあったが、現実にエマと過ごしているのだから、違いはない。

  だがそれには、バーガンディも納得がいなかった。

  「だからといって、百歩譲ってケリーに子供が出来ないとしても、エマである必要はない。平獣人の出だし、年も兄様より20近く上だろう?妾にも相応しくはない」

  「でも、カーディナルが彼女しか愛せないなら、仕方ないでしょ?エマにしか交尾しないなら、彼女に産んで貰うしかないもん」

  ケリーが『何事も、我慢、我慢』と時々、唱えるように呟いていたのは、そんな軋轢から耐える為だったのか。

  公務が忙しいカーディナルは、エマの元には帰って来ているようだと聞いて、バーガンディは得も言われぬ不快感がこみ上げて来た。

  添い臥しを愛しているのなら、何故、そのメスを妻には無理でも、妾にしなかったのか。

  子供を作らねばならぬのなら、何故、今までエマに産ませなかったのか。

  もしや、快楽を求めるだけの関係で、エマとの情事に溺れていたのではあるまいか。

  バーガンディの中で、兄のような存在であり、偉大なる王としてのカーディナルへの憧れが脆くも崩れてしまう。

  そうは思いたくはない。

  カーディナルは、幼い頃から聡明であったと信じていたかった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ花嫁、ドーベルマン夫から自立する 1ー②]

  あれからエマを見かけなくなったのが、ダニエルの計らいだという事をヴァーミリオンから聞いた。

  ケリーが望まないと言えば角が立つので、妻としての自信を持てないでいるので、麗しいメスなどを近くに置かない方が良いという配慮をダニエルが申し出ていたのである。

  それには、ヴァーミリオンも後押しして、結婚式まで心穏やかに過ごせるようにと、ケリーの身の回りはダニエルとヴァーミリオンで賄う事になった。

  懸命に明るくしようとするケリーに、2獣人は胸を痛めた。

  兄は堅物だから、エマにはそんな気持ちはない。

  単なる性欲処理の存在でしかないと言っても、ケリーは笑って首を振った。

  あれだけ心優しいカーディナルが、昔から尽くしてくれていたエマを蔑ろにする筈はない。

  ケリーは、もし発情期にも子供が出来ないようであるならば、黙って身を引きたいと言って聞かなかった。

  逆にお国の為とはいえ、自分を嫌々でも貰わなければならなかったカーディナルには申し訳ないし、ずっと妻のように過ごして来たエマには可哀想な事をしてしまったと。

  それには、ヴァーミリオンから『そんなに思い詰めていたら、疲れてしまうよ』と心配されてしまった。

  確かにこうして、久しぶりにカーディナルと庭の散歩に出るだけで緊張する。

  二週間ぶりに、カーディナルが早々と帰宅した。

  河川の氾濫があった地域の復興に目処が立ち、その他の公務にも一段落ついて、ようやくケリーとの結婚式の準備に取りかかれるようになった。

  こうして散歩に出るのも久しぶりで、以前よりも空気が甘くなったような気がする。

  カーディナルも繋いだ手を離そうとはしないし、ケリーが躓こうものならすぐに抱き寄せてキスをする。

  その度に「フヒャン」と変な声を出してしまうので、カーディナルも不審がる有り様だった。

  「どうした、マメ」

  「え、えっと、あの……久しぶりだったから」

  「やっと一区切りついたから、結婚式での打ち合わせをするぞ。お前の国の様式も取り入れてみようとは思う。義父上である、アルサシアン王にもお越し頂かねばならないし」

  「え?父上や、母上も呼んで良いの?」

  「弟もいただろう?兄弟も呼べば良い。まあ、姉は例え病が落ち着いていようが、来にくいかも知れないが」

  そういえば、グロリアはあれからどうしたのだろう。

  確かランサー国のロッグウェスト王子と駆け落ちしていたが、もしも二人が結婚しようものなら、今度はレッド・キングダムとランサー国が争いになる恐れもある。

  そうなる前に手を打って貰う為に、グロリアがランサー国へと嫁いだのを違和感なく、辻褄合わせする必要があった。

  「え、えっと、もし、グロリアが元気になってたら、僕はグロリアと入れ替わる、って事はないよね?」

  「何を言っている?」

  「グロリアも女の子だし、もしかしたら元気になったら、次の縁談も来るだろうから、そうなったらレッド・キングダムとしてはどうなのかな~と……」

  「それはグロリア嬢と縁がなかったとしか言い様がない」

  「そ、それだけ?」

  「そちらには、そちらの都合というものがある。とにかくは、お前がこちらに来たのだから、別に問題はない」

  「あ、そうなの……」

  そうならば、向こうの式さえずらして貰えれば、国同士としても問題はない。

  手遅れにならないよう、早々に知らせなければ。

  と、ケリーが考え事をしていると、ポチャリと音がした。

  足首から下が冷たいと思ったら、水溜まりに力一杯、踏み込んでいた。

  「全くお前は……目が見えてないのか」

  「ご、ごめんなさい」

  「仕方のないマメシバめ」

  「あ、あぁっ!」

  ケリーはいつの間にか濡れた靴を脱がされて、抱き上げられた。

  カーディナルは、こうして抱き上げるのが好きなのか。

  だとしたら本来、この腕はエマのものなのだと思うと、胸が苦しくなった。

  「く、靴が濡れた位で、別に抱っこしなくてもっ」

  「私がこうしたいんだ」

  「申し訳ないよ!……ェマに……」

  「はぁ?何をいっている。馬がどうした?」

  「馬じゃなくて!エ……もうっ!だから、あ、……んぅ~!」

  ケリーは唇を塞がれた。

  カーディナルのそれによって。

  勘違いしてしまいそうになる。

  愛されている筈もないのに、愛されているかのように。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 1ー③]

  ケリーとカーディナルが散歩から帰ると、城内が慌ただしくなっていた。

  召し使い達も右往左往しているのを捕えて、問いただすと、予定になかったパーティーが、急ぎ催される事になっていた。

  「ケリー様!」

  「ダニエル、みんな、どうしちゃったの?」

  「カーディナル様も、お聞きになっておられなかったのですか?!」

  「私は災害地から帰って来たばかりだぞ。まだ、父上にもお会いしていない」

  「大変でございます!アルサシアン王国より、プリンセス・グロリアがお越しになられました!」

  「はぁ?!」

  「この度は、手違いがあって申し訳ない。やっと正式に、カーディナル様とグロリア様の御婚礼を執り行う事が出来ると……」

  「何だと?!」

  カーディナルの腕の中で、ケリーは全身から血の気が失せ、顔面蒼白になっていた。

  グロリアとカーディナルの挙式が執り行われ。

  そして、ケリーとの縁談はなかった事にされる。

  それには、ケリーもカーディナルも絶句した。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 2ー①]

  大広間は既にパーティーの準備に大わらわだった。

  そんな中、先王やその妻、妾、愛人達に囲まれ、一輪の慎ましやかな花が咲いていた。

  先王を取り巻くドーベルマンのメス達は、皆が一様に黒髪を個性的に結い上げ、大柄の肉体美を見せ付けるようにして露出度の高いドレスを身にまとった、大輪の薔薇のようだ。

  対して、中央のメスはドーベルマンのメス達よりは小柄であったが、明るい茶髪をフワフワと踊らせて、雛菊のように愛々しい笑顔を振り撒く。

  周りの妖艶な者達とはまるで別の生き物のようなその可憐な様は、先王をすっかり虜にしているようだった。

  「おお!カーディナル!」

  大広間に入るなり、いきなりカーディナルは先王に声をかけられた。

  ケリーは、その瞬間に自分はお呼びではないと覚り、カーディナルの背後に隠れるようにして逃げた。

  「プリンセス・グロリアの病が治ったらしくてな。何とまぁ、愛らしい姫君だ。なぁ?そう思うだろう?」

  カーディナルは、それに対して返答はしていなかった。

  ケリーからカーディナルの表情は見えなかったが、決してにこやかに笑みを浮かべているような状態ではないのは分かった。

  だがそんなカーディナルに気にも止めず、その目の前にグロリアは小走りに歩み寄り、ドレスの裾を摘まんで小さくお辞儀をした。

  「初めまして、カーディナル・レッド・キング様。アルサシアン王国、第一王女のグロリアでございます。遅くなってしまってごめんなさい。やっと来る事が出来ました」

  「お前も挨拶をせんか!カーディナル!グロリアの美しさに惚ける気持ちは分からんではないが、姫の前で無粋な真似はするな。これは、『父の命令』である」

  先王がそう言うと、カーディナルはグロリアの前で跪き、その白く艶やかな手を取って、甲の上にキスをした。

  「……ようこそ、お越し下さった。プリンセス・グロリア」

  「カーディナル様は、噂以上に美しくて、魅力的でいらっしゃいますね」

  「ありがとうございます」

  「あら、ケリー!この度は、私の為にごめんなさいね」

  グロリアは、カーディナルに一礼をして、ケリーに近寄り、抱き寄せた。

  グロリアよりも頭一つ分、体の小さいケリーは、同じブラウンの髪でも周りからは随分と貧相に見えた。

  同じ姉弟でありながら、紛れもない王族のシェパードである姉と比べ、弟はマメシバにしか見えず、華やかさに格段の差があり、見栄えが悪かった。

  「お父様からの伝言もありますので、ほんの少し、ケリーとお話させて下さいますか?」

  グロリアは、笑顔で先王とカーディナルにそう言い残して、ケリーをバルコニーへと連れ出した。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 2ー②]

  「ケリー。本当にごめんなさいね。色々と大変だったでしょう?」

  「う、うん。まぁね」

  「でもカーディナル様が、まさかあんなにイケメンだとは思わなかったわ。本当、来て良かった」

  「ちょっと、グロリア。ランサー国の王子とはどうなったの?」

  「それが彼の国に行ったら、ちょっと想像と違ったの」

  レッド・キングダムへと嫁ぐ直前に、ボクサーの王子であるロッグウェストと駆け落ちしたグロリアは、意気揚々と王子の母国へと向かった。

  そこでは、美しいシェパードの王女を花嫁に迎えられて嬉しいと、大歓迎ではあったが、グロリアが想像もしてない光景が広がっていたのである。

  ロッグウェスト王子は、筋肉質で小顔の好青年だったが、元よりボクサーの獣人は下膨れだったり、頬が垂れている者が多い。

  ランサー国の王族もまた然りで、父王や母君、その兄弟達の皆が、弛んだように頬に脂肪が付いていた。

  「ロッグウェストはそうでもなかったんだけど、他の親族達がね、とにかくむさ苦しいの!顔が!」

  「顔が駄目だったんだ……」

  「だって、私とロッグウェストの子供も、下膨れになるって事でしょう?そんなの耐えられないもの。だから別れて本当に良かったわ」

  「別れたって、どうやって……」

  「もちろん、本当の事を書いて来たわ。私は、レッド・キングダムに嫁入りする身ですので、貴方とは結婚出来ませんって」

  「また置き手紙、してきたの?」

  「そうよ」

  グロリアは、欲しい物は必ず手に入れ、そうでない物は無残にも捨て去る。

  それも一見、我が儘な態度は見せず、人当たり良く、穏やかに、だが結果的には好き勝手な振る舞いをする。

  他獣人の迷惑になろうが省みない。

  あどけないメスの猫の皮を被った、暴走王女だった。

  「それに比べて、このレッド・キングダムの王族の麗しい事。ご兄弟のどちらも、眩しい程に美男子ね」

  「麗しいって言うなら、弟のヴァーミリオンの方がメスみたいに綺麗だぞ」

  「確かにそうだけど、あそこまで綺麗だと、私と比べられちゃいそうでしょ?私としては、カーディナル様の方が男らしくて好きだわ。何よりも、この国で一番の地位におられるしね」

  グロリアは、カーディナルの妻の座に着く為に、この国に来たのだ。

  今までの駆け落ちしてきた相手も、グロリア好みの美形だった。

  美しいオスに目がないグロリアが、カーディナルを見て惚れない筈がなかった。

  「ねぇ、ケリー。貴方がどれだけ認められてるかは分からないけど、これからはスーッと自然に、私の方に移行するようにしてね」

  「……どういう事?」

  「同じオメガなら、メスのオメガの方が、より出産率が高いでしょう?子供をより沢山産める方が良いって、お父様も仰られてたし」

  「僕となり替わるって事?」

  「お父様の方には問題ないわ。あの方、相当なメス好きなのね。私の手のひらで転がせそうな位だもの。カーディナル様も、じきに夢中にしてみせるから」

  グロリアが思う通りにならなかった事は、一度もない。

  母国でも、父や母ですら止められなかったのだ。

  唯一、弟のジョージだけは天敵だったのか、よく言い争いをしていた。

  グロリアが、このままアルサシアン王国に戻っても、ジョージの御代になれば自分には不利なだけではあるし、ここはレッド・キングダムに輿入れするしかないと踏んだのだろう。

  いざ来てみれば、ボクサーより美形だったドーベルマンの王に、瞬間で恋に落ちた。

  オスを手玉に取るのには長けたグロリアにとって、最も力を持つ先王をたらし込むのは造作ない。

  こうしていつも、グロリアの尻拭いをするのはケリーの役目になるのだった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 2ー③]

  その日の夕食は、グロリアの為のパーティーとなった。

  近くに住む王族や、貴族、大臣や豪商などの権力者、軍での将校や士官なども呼ばれ、華やかな晩餐会となった。

  話題は常にグロリアを中心に集まっていた。

  黒々としたこの国の獣人からすれば、グロリアの柔らかな少女のような風貌は、目新しく、より鮮烈にメスとしての魅力を感じるのだろう。

  愛らしい、可憐だ、とグロリアを褒め称える言葉があちこちで行き交う。

  グロリアも途中からは「私がスカーレット・クイーンになった暁には」と、カーディナルの妻になる将来を当然のように語っていた。

  ケリーがカーディナルの方を見ると、無表情だった。

  グロリアの言葉を否定もせずに、黙々と食事を口に運んでいた。

  この国での上下関係は、絶対的なものである。

  先王が、グロリアをスカーレット・クイーンに、といえばカーディナルが従わなければならないのは仕方がないとはいえ、それには何の反論もしなかった。

  カーディナル自身も、グロリアを妻に迎えるのを認めている。

  その現実を直視しきれなくて、ケリーは夕食もそこそこに退席した。

  カーディナルの顔をそれ以上見てはいられなかったし、グロリアの愛くるしい笑顔も見るのが辛かった。

  そうしてケリーが部屋へ戻ろうとすると、今まで使っていた自室が移動になったと告げられた。

  ケリーの服や持ち物の全てが、中央の棟の一番下の客間へと移されていた。

  それは、今までいたカーディナルと続きであったあの部屋は、グロリアのものになったのを意味していた。

  グロリアが、カーディナルと部屋を共にする。

  カーディナルと寝床も共にする。

  あの儚い乙女のようなグロリアの誘いを、断れるオスがいるとは思えない。

  ケリーは、その夜、枕をぐっしょりと濡らす程に泣いた。

  ダニエルには誰も入れないようにとだけ命じて、部屋に籠った。

  王の妻であるスカーレット・クイーンは、グロリアが継ぎ。

  長年の恋人であったエマが妾となり。

  これからは、麗しいメス達がカーディナルを癒すだろう。

  ケリーはもう、知識も教養も護身術も身に付ける必要はない。

  自分の居場所は、この国のどこにもなくなってしまったのだから。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 3ー①]

  陽の光が部屋に差し込んで来て、ケリーは目を覚ました。

  どうせ顔が腫れているだろうと洗面台へ見に行ってみれば、案の定、また二割増しでむくんでいた。

  水や氷で必死に押さえて、腫れが引かなければ、今日は外には出れそうにもない。

  他の獣人ならいざ知らず、ダニエルや、ヴァーミリオンや、バーガンディに心配をかける訳にはいかなかった。

  昨日の晩餐会を思い起こしてみる。

  カーディナルが一言も口を利かなかったたのは、異様な程だった。

  先王から、余計な口出しは許さないとでも言われていたのだろうか。

  レッド・キングダムでの隷属的な縦関係を、堅実で忠実なるカーディナルが破る筈がない。

  先王は、グロリアの事を大層、気に入っていた。

  愛らしい、可憐だと何度も連呼し、果ては「自分の妻にしたい程だ」と言って座を湧かせていた。

  最後の辺りは、もう記憶にもない。

  カーディナルのことが好きだった。

  ここを去りたくはないのは本心だ。

  だが、グロリアが来た今、仮初めの妻の座ですら、失ってしまった。

  最早、代理すら必要がなくなった。

  ぼんやりと、窓の外を眺める。

  以前の一番高い階の部屋の窓からは庭を一望出来たが、今は一階部分に移されたので、目の前がすぐ庭だ。

  それも窓から見えるそこは、カーディナルとよく散歩する緑の回廊の入り口だった。

  木々の間に、獣人影が移る。

  後ろ姿ではあったが、それがカーディナルとグロリアであるのは、すぐに見て取れた。

  カーディナルの顔は見えない。

  だが、グロリアは満面の笑みを浮かべている。

  その天使のような微笑みで、何人ものオスを虜にし、陥落させて来た事だろう。

  2獣人は昨夜、カーディナルの部屋で共に過ごし、あのベッドで官能の夜を過ごしたのか。

  そう思うと、ケリーの目頭が熱くなる。

  グロリアは自らの白い腕を、カーディナルの逞しい腕に絡め、頭をそっとカーディナルへと凭れかけさせて、回廊へと入って行った。

  自分だって、ああやって普通の恋人同士のように散歩したかった。

  だが、無骨なカーディナルと思慮浅く恥ずかしがりの自分とでは、いつも色っぽい雰囲気になりようがなく、沼に嵌まったり、行進したり、追いかけっこになったりしていた。

  それを思えば、2獣人の仲睦まじい後ろ姿は、素直にお似合いだと思えた。

  そして、ケリーがいかにカーディナルと相応しくないかをまざまざと知らされ。

  もう、自分は本当に必要ないのだと、痛い程に実感させられたのだった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 3ー②]

  ケリーがふて寝するようにしてベッドでうつ伏せになっていると、扉をノックする音がした。

  『ケリー様。ダニエルです。お目覚めではいらっしゃいませんか?』

  「お目覚めにはなっていらっしゃいません」

  『いや、貴方、目覚めてるでしょう。返事してるじゃないですか』

  「これは、寝言です。グー、グー、グー」

  『間抜け!そんな寝言があるか!このおたんちんマメシバが!』

  ダニエルの気配りの暴言に応じず、枕へ顔を埋めていると、しばらくして今度は一際大きな音を立てて、扉を叩く音がした。

  それは扉を破壊せんばかりの爆音だったので、ケリーも思わず飛び起きた。

  『おい!マメ!朝はいつも散歩しているだろうが!出て来い!』

  外で喚いているのは、ダニエルではなくカーディナルだった。

  何故、カーディナルが散歩を誘いに来るのだろう。

  グロリアと部屋を共にし、散歩もさっきしていた。

  ケリーは、もう用なしの筈だった。

  『マメ。話がある。散歩しながら話そう。だから、ここから出て来てくれ』

  「話をする必要なんてないよ」

  『マメ?!』

  「これからも散歩はグロリアと行けば良い。グロリアと行く方が、カーディナルも楽しいだろうし」

  『マメ!ここを開けろ!』

  ケリーは、寝室の奥にあるクローゼットへと潜り込んだ。

  そこの扉を閉めて、吊るされた自分の服を引き摺り降ろして服の山に紛れると、カーディナルの声は聞こえなくなった。

  カーディナルは、そのうちグロリアを愛するようになる。

  そして、レッド・キングダムとアルサシアン王国の絆も強固になり、両国の将来は燦然たるものになるだろう。

  ここの服をまとめて、ここを出よう。

  出来るだけ地味な服と、少しのお金を持って。

  誰にも知られずに、頼る事なく、こっそりと出て行く。

  もう、ケリーは悩まなかった。

  朝食の後、慌ただしく動く召し使い達に片付けの指示する侍従長のエマを、グロリアが引き留めた。

  その表情は、うっすらと柔らかな笑みを浮かべていたが、エマには微笑んでいるようには見えなかった。

  「召し使いから聞いたのだけど、貴女、カーディナル様の愛獣人なのですって?」

  「はい。私への処遇は、まだ決まってはおりませんが、カーディナル様のお添い臥しの頃から、お世話をさせて頂いております。これからも、どうぞよろしく……」

  「よろしくするつもりはないわよ?」

  「は?」

  「貴女のような年寄りの愛獣人が未だに残っているなんて、カーディナル様のお立場がないでしょう?年増好みの物好きだと思われてしまうじゃない。私は認めないわよ」

  「グロリア様……」

  「お添い臥しなんて過去の獣人が、傍でのうのうと過ごしているなんて私には耐えられないから、私の前から姿を消すように。すぐに荷物をまとめて、実家に帰ってちょうだい」

  「わ、私は、少しでもカーディナル様のお手伝いをと……」

  「言い訳はいらないから。中年の愛獣人がいると思うだけで虫酸が走るの。スカーレット・クイーンである私が認めないと言っているのよ?今すぐに、消えてちょうだい」

  グロリアがドレスの裾を翻し、その場を去る。

  エマの顔は顔面蒼白だった。

  カーディナルに全てを捧げて来た獣人生だった。

  王に仕え、この体を愛されるだけで、仕える喜びにうち震えた。

  だが、面と向かって年増呼ばわりされ、次代のスカーレット・クイーンに、自らの存在を全否定された。

  ここにいる事は許さないと。

  エマはその場で膝を折り、項垂れた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 3ー③]

  ケリーは窓からコソコソと逃げ出して、まるで泥棒のように壁を背にして移動する。

  召し使いにでも会おうものなら、カーディナルへと言い付けられるかもと思うと、誰にも会う訳にはいかなかった。

  だが、世話になったヴァーミリオンとバーガンディには一言、別れの言葉を言ってから出て行きたい。

  2獣人は、ケリーが王の妻になるべくして、応援してくれていた。

  その恩義を仇で返すようで、申し訳ない気持ちではあった。

  いつも武術の訓練をしている庭に、バーガンディはいた。

  一人で武術の型の練習をしているようだった。

  「バーガンディ~!」

  「ケリー?!どうした!」

  「いや、あのね。あの……別に武術の授業しに来たんじゃないよ?」

  「分かってるよ。昨日も途中でいなくなっただろう?具合は大丈夫か?」

  「え?バーガンディ、晩餐会にいたの?」

  「いた。お前に声をかけようとしたんだが、いつの間にか消えてしまっていて」

  「ご、ごめんね?」

  ケリーが首を傾げながら謝ると、バーガンディが「ウッ」と唸りながら口を押さえる。

  その巻いた尻尾も、クルリンと揺れて、バーガンディは目が釘付けとなり、胸を高鳴らせた。

  ケリーは、今までの経緯と、グロリアが来た事でのこれからを、バーガンディに包み隠さず話した。

  バーガンディは、一通り最後まで語るケリーの言葉を、腰折る事なく聞いていた。

  「……独りでどうするつもりだ。お前は、優雅な王族としてのお暮らししか、した事がないだろう」

  「うん。まぁ、それを言われちゃうと元も子もないんだけど、やろうと思えば何とかなるかな、って」

  「アルサシアンに帰ろうとは思わないのか」

  「国に帰ったら、また誰かに嫁がされるよ。……僕、もう誰かの奥さんになるの、嫌なんだ」

  カーディナルを忘れられる気がしない。

  カーディナル以外と、交尾するのには耐えられない。

  きっと、それはこれからも永久に変わらない。

  だから、母国へ帰る事は出来なかった。

  「ここにいたくはないと言うなら、俺の願いを聞いてはくれないか?」

  「バーガンディの?」

  「一緒にヴァリューカ王国について来て欲しい。俺の妻として」

  「え?え?え?……えぇぇぇぇ?!」

  「今すぐに、とは言わない。元よりヴァリューカには年が明けてから行くつもりだったし、じっくり考えてくれていいから。だが、お前がレッド キングダムにいたくないと言うなら、すぐに出立してもいい」

  「バーガンディ……」

  「お前を助けてやりたい」

  バーガンディは優しい。

  その生真面目な性格から、それが嘘でも同情でもないのは伝わってくる。

  バーガンディが、ケリーを妻に迎えたい気持ちは、本心からのものだ。

  もしも、バーガンディの妻として生きて行くとしたら、ケリーは幸せな人生を送るだろう。

  変わる事なく愛される。

  恐らく、その生を終えるまで。

  だが、ケリーの心には違うドーベルマンが住んでいる。

  そのオスがケリーの中から消えない限り、バーガンディを不幸にする。

  それだけは、絶対にしたくなかった。

  大切な人だからこそ、気持ちには応えられない。

  自分といればいつか悲しい思いをさせてしまうと分かっているから、そこがどれだけ居心地の良い場所だと分かっていても、受け入れられなかった。

  ケリーはその場では「ありがとう」とだけ言って、はっきとした返答を避けた。

  バーガンディに、明日にもここを抜け出す事を知られれば、止められると思ったからだった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 4ー①]

  善は急げともいう。

  ケリーは部屋に籠って、自らの荷物を整理し始めた。

  だが、いざ簡単に着る物だけをと思っても、部屋の掃除や整理すらした事もないケリーに、物の選択なんぞ出来る筈もなく。

  5つも、6つものカバンに山盛り詰め込んだり、1つのカバンでも溢れ返ったりと、何度詰め直しても、荷物が纏まることがなかった。

  あれから考えて、ヴァーミリオンに別れの言葉を言うのはやめた。

  あの純朴なバーガンディですら去り際を濁らせてしまったので、博識であるヴァーミリオンには簡単に言いくるめられそうに思い、決心が鈍りそうで怖くなったからだ。

  代わりに仕方なく、手紙を残す事にした。

  しかしその手紙ですら、何をどう書いて良いのか分からなくなり、気が付けば丸まった紙が山となって床の上に転がっていた。

  「ど、どうしよ。……え、えっと、とにかくまずは、この紙くずをゴミ箱に入れて、……えっと……」

  「何をしてるんですか、貴方は」

  「だっ、だっ、だっ、ダニエル?!何故、ここに?!」

  「腹が立つので、鍵をブチ壊してやりましたよ!余計な手間をかけさせやがって!この馬鹿マメが!」

  「こ、壊しちゃったの?!」

  「そんな事はどうでも良いんです!貴方、食事はどうしてたんですか?『ご飯大好きマメシバ君』が、ご飯なしでいられる筈がないでしょうが」

  「えっと、こっそり抜け出して、マーフィーさんに貰ってた」

  「料理長にですか?!あのクソ親父!知らぬ存ぜぬって顔をしてたくせに!」

  「ダニエル!マーフィーさんを怒らないで!マーフィーさんは悪くないの!僕がお腹をグーグー鳴らしてたのを見つけて、仕方なく……」

  「どこから抜け出してたんですか」

  「窓から……」

  「室内履きでですか」

  「裸足で」

  「馬鹿か?!曲がりなりにもスカーレット・クイーンになろうというお方が!」

  「ならないもん!スカーレット・クイーンになんて!」

  「ケリー様……」

  「ううん。ならないんじゃない。なれないんだ……」

  堪えていた涙がポロリと溢れる。

  それが粒となってケリーの頬を伝うと、ダニエルは慌ててハンカチを取り出して、その頬に当てた。

  「恋獣人のエマがいて、グロリアが奥さんになったら、僕はもう用なしだし」

  「こんな横暴を許すんですか!貴方は!無理矢理に身代わりとして連れて来られて、妻たる勉強をさせられて、挙げ句の果てには本物が来たから、はいさよならって!」

  「でも、仕方ないもん」

  「仕方ないもんって!カーディナル様が好きなんでしょう?」

  「ダメだよ。どんなに好きだって。グロリアがこうだと思った事を覆せた事は、今までに一度もないんだ。父上や、母上でも」

  幼い頃から妙なカリスマ性のあったグロリアは、身の回りの全てに我を通してきた。

  教師や執事、召し使いにまで、グロリア自らが選んで、一様に若いオスで固め。

  自分の為のパーティーを開いて、グロリアの親派を集めた。

  誰よりも美しく、誰よりも高価なドレスを纏って、持て囃され。

  逆らったり、対抗しようとした令嬢達には、醜い容貌のオスや、年老いた権力者へと嫁がせるように仕向ける。

  そのグロリアの手が及ばないのは、弟のジョージだけだったので、ケリーはジョージの背後に隠れるようにして過ごして来た。

  「凄い方ですね……グロリア様……」

  「ジョージには効いてなかったけどね。昔、グロリアが一度、僕に八つ当たりした事があったんだけど、その翌日にはジョージがグロリアのドレスを全部燃やしたちゃったんだ。それ以来、グロリアもジョージには楯突かないよ」

  「いや、弟君の凄まじさも相当ですね。流石、次代のシェパードの王というべきか。どうりで、貴方が食事を食い散らかした位では、問題にもならないのが分かりました。他の姉弟が強烈過ぎる」

  その後、ケリーはひとしきりダニエルの膝で泣き寝入りしてしまい、目が覚めた時には、部屋中の荷物がいつも通りの場所に片付けられていた。

  完成させたヴァーミリオンへの手紙だけは、捨てるに捨てられなかったのか残されてはいたが、その横のメモ書きには『大変によく出来た文章ではありますが、これを受取人には出されませんように』と書き記されていた。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 4ー②]

  部屋を元に戻されて、ケリーは途方に暮れていた。

  かといって、あのまま放っておかれても荷物が散在するだけで、どうにもならないのには変わらない。

  昼間に散々寝てしまったので、妙に目が冴えている。

  こうして考えると、改めて自分がどれ程にお坊ちゃん育ちだったのかを痛感した。

  何も出来ない自分が腹立たしい。

  同じ箱入りでも、好きなオスの為にすぐに家出が出来るグロリアは、見方を変えればケリーよりも逞しいと言えた。

  カチャリと扉が開かれる音がする。

  その音で、昼間にダニエルの怪力(?)によって、鍵をブチ壊されたのを思い出した。

  「ダニエル?あのね、部屋を片付けてくれたのは嬉しいんだけど、僕……」

  「ダニエルじゃない」

  不機嫌なカーディナルの声が、扉の方から聞こえてきた。

  ケリーから第一声、出た名前が自分の名ではなかった事にムッとしていた。

  「何故、私の部屋にいないんだ、マメ」

  「何言ってんの?こっちは勝手に部屋を変えられてたのに!僕が移動したんじゃないよ!……でも、どうせ僕なんかもういらないから、遅かれ早かれ、ここに追いやられたんだろうけど」

  「父が勝手にした事だ。すぐに元へ戻す」

  「グロリアが来たのに、そんな事が出来る訳ないだろ!本物が来たんだから、代理の役目は終わりだよ!」

  「私の妻は、お前だ!」

  「カーディナルが一番、僕をいらないって言い続けたてたくせに!」

  ケリーの中の、蓄積され、わだかまっていた感情や思いが、一気に爆発した。

  今まで塞き止めていたものが、逆流するようにして、一気に吹き出す。

  封印していた枷が一度外れたら、もう止まらなくなった。

  初対面から、ケリーを『チンクシャ』呼ばわりし、ケリーがグロリアの代わりである事に、我が国を馬鹿にしているのかと謗った。

  ケリーを「馬鹿過ぎるから恥ずかしい」と言い、「自分が妻にしてやらなければ、貰い手なんぞなかった」と扱き下ろし。

  「シェパードの出来損ないどころか、シバイヌからしても出来損ないだ」と言った。

  バーガンディに対しても、残り物には福があるだの、妻に対して拘りがなく、別にマメシバだろうが、野良犬だろうが、アルサシアン王国との友好が復活するのであれば、どうという事もないと言い切っていた。

  ケリーがどれ程に寝所でカーディナルへ尽くそうとも、「どうせ、そんなテクニックはないんだから頑張る必要もない」と言って、自らを満たす為にエマの元へ行った。

  ケリーが何をしても腹立たしいのか、「私を殺す気か」と悪態をついて、ケリーの存在自体を否定した。

  「カーディナルは、いつだって僕を嫌ってた!でも、僕は精一杯勉強してたら、いつか普通の伴侶として、優しい日々を送れるようになるじゃないかって思って頑張ってたんだ……」

  「マメ……それは……」

  「僕が子供を産めなかったり、カーディナルをその気にさせられないようなら、エマがカーディナルの子供を産むって分かってても」

  「何を言っている?」

  「エマとはずっと愛し合ってたくせに!」

  「愛してなんかいない!」

  「どんなに忙しくても、エマに会う為には夜中になっても帰って来てただろっ!こないだだって、廊下でキスしてた!それも、スゴくエッチなやつ!あんなの、愛してなきゃ出来ないよ!」

  カーディナルは言葉を失っていた。

  相手が黙り込めば、ケリーの怒りには拍車がかかるばかりだった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 4ー③]

  「カーディナルは冷たい!優しくない!ダニエルも、ヴァーミリオンも、バーガンディもみんな優しいのに!でももう、奥さんになるグロリアが来たんだから、馬鹿なマメシバでしかない僕は、ここでお払い箱なんだ!」

  「ケリー!」

  カーディナルが、『マメ』と呼ばないのにも、ケリーは気が付かなかった。

  その真意にも気が付けない程に興奮し、激怒していた。

  「カーディナルは、これからグロリアとでも、エマとでも、他のメスとでもボコボコ子供を作ってたらいーよ!好きなおっきいオッパイのメスを集めて、ハーレムでも作ってたら良いんだ!」

  「ケリー!私はっ……」

  「出てって!もう、カーディナルの顔なんか見たくない!出てってー!」

  普段のケリーからは考えてられないような馬鹿力で、カーディナルを外へ追いやった。

  その力に押されるがまま、カーディナルは部屋の外へと追い出され。

  もう、それからは部屋へ入って来ようとはしなかった。

  ケリーは滝のような涙を流した。

  自分が吐いた暴言は、そのほとんどが本心ではあったが、一つだけ嘘をついた。

  カーディナルは冷たい。

  優しくない。

  それは、嘘だ。

  カーディナルは、優しい。

  気のない自分にも、然り気無いエスコートをしてくれた。

  食べる時には椅子を引いてくれたり、甘い物が好きなのにも関わらず、デザートをケリーに譲ってくれた。

  散歩の時は、ケリーを庇いながら、時には抱っこして廻ってくれた。

  他にも沢山、ケリーの知っている優しさがあった。

  だが、もう別れを迎えるなら、未練など一切残さずに捨ててくれた方が良い。

  だから、思い付く限りの酷い言葉を並べ、カーディナルを罵倒した。

  全てを言い尽くした後、ケリーの中には愛しか残っていなかった。

  大好きです。

  大好きです。

  貴方は、僕が初めて好きになった獣人です。

  きっと、これからも貴方以外を好きになる事はないでしょう。

  でも、この気持ちは僕だけが持って生き続けます。

  貴方は、王としてこれからも人に恥じない人生を送って下さい。

  こんなしみったれたマメシバが、花嫁にならなくて良かったと、後々には思う事でしょう。

  そう手紙を書き残し。

  ケリーは、手前にある一番小さなバックに、クローゼットの中の手前に積んである服を詰め込んで、窓から出て行く決意をする。

  真夜中に、誰にも知られる事なく。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 5ー①]

  家出に際して、服は出来るだけ地味な物を選び、カバンは小さな物にした。

  欲をかいて、大きなカバンを持って出ても、途中でへこたれたら何もならない。

  「ダニエル、どうか先立つ不幸をお許し下さい」

  「死ぬつもりですか?貴方は」

  「……キャフンッ?!だっ、ダニエル!何で?」

  「先立つ不幸の説明をして下さい」

  「いや、あの……ここを出て行く、つもりだったから。……えっと、ダニエルには何も言わずに行っちゃうな~と思って」

  「先立つ不幸、というのは死ぬ直前に言い残す言葉ですよ!」

  「え~?!そうなの~?知らなかったぁ」

  「え~?!そうなの~?……じゃないわ!どうせ、家出の前倒しを企んでいるとは思ってましたよ!」

  「うお!流石!敏腕ドS執事!」

  「ドSはいらん!」

  ダニエルは「ちょっと待って下さい」と言って、クローゼットの中をガサゴソと探り始めた。

  手際よく、服やあらゆる物を詰め込んで行く。

  大きな手提げカバンに2つと、リュックに荷物をまとめ、すっくと立ち上がり、窓から出て来た。

  「お供します」

  「え~?!」

  「貴方みたいな純粋培養のお坊っちゃまが、世の中に出て、まともに暮らせるとは思えません」

  「ダニエル……。王家の執事なのに……」

  「正直申しますと、この一件でカーディナル様への忠誠心がなくなりました」

  あらゆるしがらみがあっても、国の為に尽くす素晴らしい王になると信じていた。

  ケリーのような愛らしい花嫁を手に入れ、幸せにするだけの度量もあると思っていた。

  だが実際には、ケリーには冷たい態度ばかり取り、心労をかけ。

  挙げ句の果てには、添い臥しだった年増と切れず、愛欲に溺れ。

  突然に現れたグロリアをケリーと差し替えたのには、堪忍袋の緒が切れた。

  あれだけケリーを可愛がっていながら、妻にすると言い切るだけの度量もないとは、王たる地位にありながら不甲斐ない事この上ない。

  夫からの愛情もなく、こんな地獄に居続ければ、純粋なケリーはいつか潰されてしまうだろう。

  「どちらへ行かれるおつもりですか?」

  「えっとね。友達のところにお世話になろうかな~って」

  「お友達ですか?そこは、身の保証はされるのでしょうね?」

  「大丈夫だと思うよ。キンタは小さい頃から、よくアルサシアンに遊びに来てたし、兄弟とも仲が良いよ。僕」

  「キンタ様は、シェパードなのですか」

  「ううん。マンチカン」

  「ま、マンチカン?!」

  マンチカンは、ネコ族の中でも特に小柄で短足な弱小なる一族だった。

  突然変異から誕生したのもあって、個体数も少なく、絶滅危惧種になるかとも噂されている種族だった。

  そんなところに、マメシバにしか見えないケリーが行くのはまだしも、ドーベルマンのアルファであるダニエルが行って良いものか悩んだ。

  ダニエルは、体格こそ大きくはないが、鍛え上げられたドーベルマンの優良種だ。

  イヌとネコの中でも、極端過ぎる。

  小さなネコ達からすれば、恐怖の対象であり、捕食者でしかない。

  「私がそちらへ伺うのは、嫌がられそうですね」

  「大丈夫じゃない?キンタも僕と一緒で、マンチカンもどきだから」

  「は?」

  「兄弟はみんなパンサーなんだよね。キンタだけ、母親に似ちゃったみたいでちっさくてね。だから、僕と仲良しになったんだけど」

  パンサーの一族ならば、問題はないだろう。

  只し、聞けばこのレッド・キングダムからは、遠く離れた小さな村であるらしい。

  ケリー自身が、その長い道のりを耐えられるのか、その心配の方が先立つダニエルだった。

  [newpage]

  [chapter:マメシバ嫁、ドーベルマン夫から自立する 5ー②]

  夜半を過ぎて、辺りは静まり返っていた。

  ケリーは、城壁を通り抜けるに際して、ダニエルがいてくれて本当に良かったと感謝した。

  執事であるダニエルならば、例え夜中であろうとも「火急の用である」と言えば、簡単に門扉を開いてくれた。

  これがケリーならば、即座に身元を調べられ、あっという間に正体もバレて、城の外へなど出られる筈もない。

  ケリーはフードを深く被って、尻尾は上着で隠し、付き人のベータだといって誤魔化した。

  「いや~、流石、ダニエル!来てくれて助かったよ~」

  「貴方は、本っ当に考えなしなんですね!笑えない位にアホ過ぎる!同じ姉弟でも、お姉様のグロリア様がいかに策士なのかが分かりましたよ」

  「グロリアは、家出経験が豊富だからね~」

  「駆け落ちは全て未遂、の筈ですよね?……そのボクサーの獣人以外は」

  「未遂っていうか、結婚しないで帰って来たってだけだけど。オオカミの兵士と駆け落ちした時は一年間帰って来なかったから、流石にもうお嫁に行っちゃったかな~って思ったけどね」

  「それは、不味いかも知れませんね」

  「え?何で?」

  「いや、まぁ、もう貴方には関係のない事ですよ。それより、貴方の方こそ、前向きに生きていかないといけませんよ」

  ケリーは、カーディナルの妻になるべくして、恋情も募らせるようになった。

  その気持ちは、いつか忘れ去らなければならない。

  過去に囚われたままでは、前には進めないとダニエルから言われてしまった。

  「思えば、カーディナルは僕と全然、交尾しようとしなかったし、番の印も付けられる事もなかったよな~」

  番の印とは、アルファがオメガを妻にする際には、項へと噛み付き、その存在を完全に自分の物にする行為だ。

  番の証を付けられたオメガは、もう二度と他のオスと交尾する事は出来ない。

  それを付ける程に、自分への執着はなかったのだとケリーは思った。

  「それは違いますよ」

  「え?違うの?」

  「ドーベルマンの王族は、堅実に約束を守る種族です。妻がオメガだった場合は、結婚しなければ番の証を付けてはならないという決まりがあります」

  「そ、そうなの?!」

  「王族は守るべき血統の重みを大切にしています。ですから嫁いで来るオメガの獣人権も尊重するべきだと考えているのです」

  「そうだったんだ……」

  だが、それでも今更だ。

  考えようによっては、その王族のしがらみがあったからこそ、ケリーはカーディナルに縛られずに済んだのだ。

  それは、不幸中の幸いであったのかも知れない。

  「でも、新しく好きな人が出来る自信はないなぁ……」

  「あんな散々な目にあって、まだカーディナル様の事を忘れられませんか」

  「うん。僕、飽きっぽくないから」

  「どこが良かったんですか」

  「どこがなんて分かんないよ。……あ、でもね、獣化した時の胸のハート模様は可愛かった!あとあれかな?尻尾!」

  「尻尾?」

  「カーディナルの尻尾がね、ピルピル動くのが可愛かった!もう、あれは堪らなかったな~」

  「王族や貴族、または王家に仕えるドーベルマンは、小さい頃に大体に於いて、断耳と断尾を済ませますよ」

  「え?あれ、切ってるの?耳も?尻尾も?」

  街中と獣人達は、耳が垂れている者が多かった。

  大人になってから軍隊に入ろうとする者や、途中から出世した者は断耳などは出来ないが、代々、家柄の良い者は幼い頃にその儀式を済ませる。

  「何で、耳と尻尾、切っちゃうの?」

  「耳は品位を保つ為、尻尾は敵に表情を読み取られないように、服の中へ隠せるように……と言われています。どちらも、闘犬であるからこその由来ですね。シェパードは違うんですか?」

  「シェパードも、耳を立てる事に拘ってる獣人は、大体、小さい頃にくせをつけるようにするかな」

  カーディナルの、あの可愛く小刻みに揺れる尻尾を、触ってみたかった。

  触れれば怒られるだろうと思い、見るだけに止まっていたが、どうせこんな別れが来るのなら、思いきって触っておけば良かった。

  「私の尻尾も切ってますよ」

  「ダニエルも?」

  「触りたければ……私の尻尾を触れば良いじゃないですか」

  「良いの?触っても」

  「良いですよ」

  ドーベルマンは、決して他獣人に尻尾を触らせる事はない。

  触らせるのは伴侶だけなのだという事を、ダニエルは言わなかった。

  もう戒律厳しいドーベルマンの制約など、どうでも良い。

  このままケリーと旅立ち、これからは何にも縛られる事はないのだから。

  [newpage]

  [chapter:第四章・ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 1ー①]

  ケリーとダニエルは、夜通し休み休み歩き続け、夜明けと共に辿り着いた町で宿を取る事にした。

  その町で馬を買えば、これより先はかなり足を延ばせる。

  城下町から山一つ越えた華やかな宿場町は、まだ獣人達が活動してはおらず、ひっそりと静まり返っていた。

  宿を探そうとしている間も、ケリーの瞼はうつらうつらと閉じようとしている。

  歩き疲れ、ぐったりとしていて、寝落ちする寸前だった。

  「大丈夫ですか?」

  「うん。……もう、歩いてても寝そう」

  「流石、マメシバ。荷物は全部、私が持っているというのに、この持久力のなさは貧弱極まりない」

  「ダニエルが荷物を持つって言ったんじゃないか~」

  「貴方がすぐに『荷物、重~い。手が痛~い』って言ったからじゃないですか。こんな小さなカバン如きで」

  「いやいや、それにしてもダニエルは凄いね~!両手と背中に大きなカバン持ってても疲れないって、執事とは思えない体力だよ~」

  「私も学生時代は、王族の兵士として鍛えてましたからね」

  「そうなの?」

  「訓練校では、格闘ならカーディナル様より上でしたよ」

  「えぇぇぇぇぇ?!そんなに小さいのに~?!」

  「あんたよりは大きいわ!失礼な!……ですから、身長が足りなくて軍隊の規定に引っ掛かったんです。入れる場所が軍の音楽隊だけだったので。そういう訳で、執事の訓練校に入りました」

  「音楽隊では、格闘技は使わないね~」

  「私の事は良いですから。……ここに入りましょうか」

  そこは、こじんまりとした清潔感のある、赤レンガ造りの宿屋だった。

  ダニエルがその扉のノブを掴んだ瞬間。

  フワリと芳しい薫りが、辺りを漂う。

  それは性的に沸き立たせるような、魅惑的な薫りだった。

  オメガのフェロモンだ。

  そう感じてケリーを振り返った途端、火薬が爆発するような凄まじさで、その甘い体臭が放たれていた。

  「ケリー様!貴方っ……抑制剤はっ……」

  「あ、飲んでなかった……。カーディナルを誘惑してやろうと思ってて……」

  「馬鹿ですか?!こんな町中で、発情期を迎えるとか!……襲われたいんですかっ!」

  オメガが自分の発情期を自己管理するのは当然の義務だ。

  そうでなければ発情期のオメガは、あちこちでオスに群がられてしまう。

  すぐにカバンから取り出して、ケリーに抑制剤を飲ませる。

  太腿にも、即効性のある抑制剤を打つ。

  それでも効果が現れるのには、数十分は時間を要する。

  それによってフェロモンは抑えられても、避妊効果は元に戻ってしまっているので、抑制剤を飲み続けなければ、数日間は妊娠してしまう恐れがある。

  不味い、と思った。

  ダニエルの犬歯が鋭く伸びる。

  喉がグルルと唸り声を上げ。

  ケリーの発情フェロモンにあてられて、獣化する。

  猛烈なるその濃い芳香に、ダニエルは抗えなかった。

  「うぁぁぁぁ!」

  「ダニエルっ!」

  「寄るな!馬鹿!犯されたいかっ!私から離れろ!どこかで、身を潜めて……」

  そう言う間にも、ダニエルは変化を遂げようと、顔に獣毛が生え始める。

  このままでは、理性を失ってしまう。

  そんな暴走しようとする自らを戒める為に、ダニエルは自分の腕に噛み付いた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 1ー②]

  「ダニエル~!ダニエル~!血がっ、血が出てるよ~!」

  「近寄るなと言ってるんだ!この馬鹿っ!」

  何もかもを捨てて、自分に付いて来てくれたダニエル。

  王族であれば、執事などしなくても、悠々自適の生活だった筈だ。

  そんな優雅な暮らしを選ばずに、獣人に尽くす仕事に就いた。

  直系の王家に仕え、カーディナルにより近い者に付いて、名誉ある地位にいた。

  それなのに、ケリーが家出する事でその全てを捨てさせてしまった。

  ケリーは、感謝と罪悪感が混在して膨らみ、感情がパンクしそうになっていた。

  自らが望んで獣化すれば、理性を保てる。

  だが、戦闘欲や性欲などで昂っての獣化ともなれば、理性を保てない。

  相手を倒すか、欲情した相手を犯すか。

  ケリーには、例え獣化してもダニエルと闘うだけの力はなかった。

  「部屋に入ったら、私が護衛する。部屋には貴方一人が入って、中から鍵を掛けろ!薬が効いて来るまで、誰も部屋に入れるな!」

  「……もう、……もう、良いよ!僕、ダニエルと交尾しても……」

  「馬鹿を言うなっ!」

  ダニエルが激怒すると、その頭髪も逆立つようにして揺れた。

  鼻先が伸びかけていて、かなり獣化が進行している。

  「だって、このままならこんな所で獣化しちゃうよぉ!」

  「貴方は私の主人なんだっ!主人を襲うなんて事は絶対にするものかっ!」

  「ダニエルぅ~」

  「何だ、この馬鹿マメシバ!本当に、フェロモンが凄いっ……くそっ……」

  ケリーの目の前で、ダニエルが獣化する。

  黒い体毛が全身を生い茂り、鼻先が長く伸び、人型だった体が四つ足に変化する。

  着ていた衣服を引き裂いて現れた獣は、ドーベルマンとしては小柄ではあったが、闘気の凄まじく冴えた、獰猛なるオスだった。

  望まぬ獣化は、薬を飲むのを怠ったケリーのせいだ。

  そのほんの少しの気の緩みが、忠実なる執事の野生を目覚めさせ、理性を失わせた。

  このままでは町の往来で、獣化したダニエルに強姦されてしまう。

  今のダニエルに、交尾する以外の意識はない。

  そして、一頭の雄々しいドーベルマンが欲情の唸り声を上げ、ケリーに飛びかかった。

  その時、ケリーの目の前を黒い何かが横切り、ダニエルもろとも転がり回る。

  ダニエルよりも一回り大きな体つきのドーベルマンが、絡まるようにして揉み合っていた。

  襲ったドーベルマンの胸元を見ると、ハート型の茶色に胸毛が生えていた。

  「かっ、カーディナル?!」

  ケリーが叫んででも、二頭はその戦闘意識に囚われていて、聞こうとはしなかった。

  ダニエルは小柄だが、格闘はカーディナルを越えると言っていた。

  このまま闘い続ければ、どちらも只では済まないだろう。

  ケリーは迷わなかった。

  その想いは違っても、二獣人が共にケリーにとって大切な獣人に変わりない。

  「ダメ~!ケンカしちゃダメ~!」

  ケリーは2頭のドーベルマンの間に突っ込んで行った。

  突然、フェロモンが爆発したような薫りが空中で霧散して、目の前にプリンとした尻から生える、巻いた尻尾が目に入る。

  このフェロモンに、この美尻、そしてこのクルリと巻いた魔性の尻尾に、アルファのオスが抵抗出来る筈もなく。

  カーディナルとダニエルはそのまま固まってしまい、その戦闘意欲を完全に喪失させてしまった。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 1ー③]

  下町の小さな宿屋に、かつてない光景が広がっていた。

  その物珍しい姿を一目見ようと、町の獣人達が遠目に代わる代わる訪れる。

  中には手を合わせて拝むような年寄りまでいた。

  借りられた宿の一室で、ケリーは抑制剤を飲んだ後、疲労のあまりに爆睡した。

  夜中は歩きずくめたったし、二頭のドーベルマンがケンカしだすしで、極度の興奮状態から寝落ちしてしまった。

  その部屋の外で、左右の置物のようにして、2頭のドーベルマンが番をしている。

  獣化したドーベルマンと言えば、王族のアルファしかいない。

  まさか、そんな高貴な方々が警護する中の獣人は何者なのだと、町の獣人達の話題は沸騰していた。

  『獣化して、私達の匂いを追って来られたんですか』

  『それしか方法がなかったからな』

  『貴方が来られたお陰で、こんな普通の町が大騒動ですよ』

  『そもそもお前が獣化したのが悪いんだろうが。私も獣化していなかったら、お前のように強い獣人を、どうやって倒せるというんだ』

  『それを言うなら、あんな猛烈なフェロモンを出す馬鹿マメシバを、ちゃんと捕獲しといて下さい。私だって獣化をコントロールする訓練はしてきましたし、自信もあったんです。……なのに何ですか、あのマメシバ……』

  『凄いだろう。私の花嫁のお色気は』

  カーディナルは、フフンと鼻を鳴らした。

  思えば、初めてケリーと床を共した時も、獣化してしまっていた。

  あの時は発情期でもなかったのに、だ。

  元々からケリーの体臭は、獣人には堪らない甘露で芳しいものがある。

  恐らくそれは、ケリー特有の体臭ではあるだろう。

  同じ血を引くグロリアに、そんなものはまるでなかった。

  『大体、貴方が不甲斐ないから、ケリー様が家出するまでに至ったんですよ!何なんですか!何が偉大なるレッド・キングですか!チキン・キングの間違いじゃないんですかね!』

  『反論の余地もない』

  『ここまで迎えに来られたのなら、ちゃんと覚悟の上で来られたんですよね?わざわざ追っかけて来て、連れて帰って前と同じ待遇だったりしたら、いくら王だろうが死なばもろともで噛み殺しますよ!』

  『そんな事は絶対にしない。もう、ケリーには辛い思いをさせないつもりで迎えに来たんだ』

  『それなら良いんですけどね』

  犬同士がワフワフと話していても、周りは何を話しているのかまるで分からなかった。

  ダニエルが『ガウッ!』と吠えると、獣人々は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて逃げ去った。

  『ダニエル。お前がケリーに付いていてくれて助かった』

  『私ですら、我を忘れて襲いかけてしまいましたけど』

  『それでも、例え私が来なくても、ケリーを最後まで襲う事はしなかっただろう。お前は忠実なるドーベルマンの鏡だ』

  カーディナルの言葉は、執事としては誇らしかった。

  だが、本心は言えなかった。

  あの時、ケリーの魅力に抗えたかどうか、今となっては自信がない、という事を。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 2ー①]

  ケリーが目覚めると、太陽はちょうど真上の辺りで燦々と輝いていた。

  町の片隅にある小さな宿屋に、毛艶の良いオスのドーベルマンが二頭。

  こんな狭く安っぽい宿には不釣り合いな、高貴なる王族の番犬だ。

  大型のドーベルマンには胸元に茶色いハートマークの模様があり、手足の先の部分も同じように茶色の毛並みだった。

  少し小型のドーベルマンは、隣の犬よりは黒毛の配分がやや多かった。

  ベッドから起きてすぐに、ケリーはとにかく頭を下げた。

  「えっと、あの……長い時間、寝ててごめんなさい」

  『ガウ、ガウ!』

  『構わん。人型で歩き続けたんだ。疲れも出ただろう』

  「え?あ、うん……。えっと……」

  『ガウッ!グルルッ!』

  『その位にしておけ。ダニエル。ケリーもそんなつもりはなかった筈だ』

  『ワオン!オン!』

  『え?お前が怒っているのは、私にか』

  『ガウッ!』

  『それは申し訳ない』

  ケリーには、カーディナルとダニエルの会話が見えなかった。

  カーディナルの言っている意味は分かる。

  それは、『聞こえる』ではなく、耳で聞いた犬語を『心』で『読み取れる』というイメージだ。

  だが、ダニエルの言葉は犬語から変換されなかったので、人型のケリーには理解出来ない。

  同じ獣化しているカーディナルの言葉は、何故、分かるのだろう。

  今まで、獣化した獣人の言葉を読めた事などなかった。

  「僕……どうしてカーディナルの言葉は、分かるのかな?ダニエルの言っているのは分からないのに」

  『それはお前と私の間に、愛があるからだ』

  「はぁ?!」

  『愛し合う者同士ならば、例え獣化しようとも、その『心』で聞き取る事が出来る。つまり、私とお前が愛し合っている、という事だ』

  「えぇぇぇぇぇ?!な、な、何言ってんの?気持ち悪いよ!」

  『何を言うか。失礼な』

  「あのひねくれカーディナルが、あ、あ、愛とか!愛し合ってる、とか言うなんて!真夏に雪が降る位にあり得ないぞ!あ!分かった!お前、カーディナルの振りをした別獣人だなっ!」

  『何を言うか。この馬鹿マメが』

  「はうあっ!今、マメって言った!」

  『当たり前だ。お前の事をマメと呼んで良いのは私だけだ。……愛しい私のマメ』

  「あ、あ、あんた、本当に誰ですか~?!いつもみたいにヘソが曲がってないですよ~!何か腐った物でも食べちゃったんですか~?!熱でも出てるの~?!」

  『これからは、変な意地を張るまいと思っただけだ。嫁に逃げられてまで、プライドだの何だのと言ってられるか。私は偽りなく愛してるぞ、この脳足りんのマメを』

  「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

  『この可愛い丸みをおびた尻尾を食ってやろうか、と思う程に愛おしい』

  「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

  『ガウ……』(馬鹿ップルめ)

  カーディナルはベッドに腰掛け、頭を抱えてのたうち回るケリーの膝頭を、ペロペロと舐める。

  ケリーは、まるで別獣人のように[[rb:優雄 > やさおとこ]]のような歯の浮くセリフを言い続けるドーベルマンの空々しさに鳥肌が立ち、尻尾を逆毛立てた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 2ー②]

  人型マメシバが、左右に猛々しいドーベルマンを引き連れている光景は、端から見ても奇異なものだった。

  平獣民が王族を従えているという事は、身分差や上下関係の厳しいレッド・キングダムでは絶対にない。

  ケリーのフェロモンは抑制剤で抑えられてはいたが、体内の子宮はまだ排卵期のままなので、絶対に襲われてはなるまいと二頭は片時も離れなかった。

  帰る道々も、カーディナルの口説き文句は止まらなかった。

  これからは、つまらない意地を張るのをやめるから、側にいて欲しい。

  愛している。

  私の妻はお前しかいない。

  その愛らしい尻尾は、私の物だ。

  お前のプスプスいう鼻音に癒されたい。

  それはもう、あの皮肉しか言わなかったカーディナルとは思えない変わりようだった。

  「きっ、気持ち悪いよ!カーディナル!」

  『私の部屋に、帰って来るな?』

  「……あの部屋は、もうグロリアのものになったよ」

  『すぐに別の部屋へ移動させたぞ?父が要らぬ気を利かせたから、召し使い達も抗う訳にはいかなかったのだ』

  グロリアに対して毅然とした態度で断りを入れるというカーディナルの言葉を信じたくはあったが、ケリーには今までグロリアのしてきた暴挙がトラウマのように根付いていた。

  グロリアがこうと思って、その望み通りにならなかった事がない。

  そして何よりも長い間、体を交えていたエマと別れるのかは、未だ疑心暗鬼になっていた。

  情が湧いてもおかしくない程に長らく肉体関係のあったメスを、カーディナルがおいそれと切る事が出来るのか。

  あのエマとの逢瀬を見てしまった衝撃が、今も忘れられない。

  だが、ケリーがそれらを問いただす事は出来なかった。

  たとえ愛してくれていると分かっていても、あの横暴なる父王の言葉が絶対である風習が浸透している王家で、ケリーの我を通すような事は出来なかった。

  『ガウッ!ガウッ!グルルッ!』

  ケリーの左隣で、ダニエルが急に吠えだした。

  何やら不満の含んだがなり声だ。

  「カーディナル、ダニエルは何を怒ってるの?」

  『いや、これはお前に怒ってるんじゃない。私に怒ってるんだ。ヘタレ、腑抜け、意固地、汚れてるくせに精神的童貞だのと……。お前が聞いてたら、目が飛び出そうな罵詈雑言だぞ?』

  「あ、そうなの。じゃあ、ダニエルを応援しておこ!ダニエル~、頑張れ~!」

  『そうは言うがな。こいつは本当に執事なのか、時々分からなくなる。昔から何事も完璧な奴なんだが、主君を主君と思ってないこの物言いがだな』

  「あ、そういえば、軍隊ではダニエルの方が格闘は上だったらしいね~。いやいや悔しいね~、カーディナル~」

  『……お前が嬉しそうに言うな、馬鹿マメ。剣は私の方が上だったんだ』

  『ガウ~!ガウ!』

  『うるさいな、ダニエル!82勝79敗なら、私の方が勝ちが多いだろうが』

  『ガウッ!』

  格闘はダニエルが確実に上で、剣技は五分五分なら、ダニエルの方が総合的に上じゃないか、とケリーは言いかけてやめた。

  せっかく気分良く迎えに来てくれたカーディナルを、不快な気持ちにはさせたくはなかった。

  有能なオスであるダニエルは、何故、『執事』という仕事を天職だなどと思ったのか、ケリーには解らなかった。

  執事より見合う仕事が、別にあるのではないか。

  そうはいっても、ダニエルは王であるカーディナルに楯突いてまで、その職務基準を越える忠誠心で、ケリーへと尽くしてくれている。

  自分にとって最早、かけがえのない存在であるのは、ケリーも身に染みて感じていた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 2ー③]

  城に着いたのは、皆が寝静まった頃だった。

  あれだけ多くの召し使いがいるこの城も、寒々しく感じる程にひっそりとしている。

  だが、たった一人、ケリー達の帰りを感付いた者がいた。

  エマだった。

  まるで待ち構えていたかのように、足音を忍ばせるようにして、小走りにエントランスへと現れた。

  「ケリー様!どこへ行っておられたのですか!ましてや王にまで迎えに行かせるとは」

  「ご、ごめんなさい」

  「カーディナル様、……獣化されたんですね?……これから色々と催しもございますのに」

  「ごめんなさい……」

  それはケリーに対してではなかったが、つい反応して謝罪してしまう。

  「ケリー様に謝られても、どうしようもございません。人型に戻るには、闘ってその闘気を晴らすか、性行為で欲求を晴らさなければなりませんので」

  「う、うん。だから、あの……」

  「今夜は私がお相手させて頂きます。ケリー様の小さなお身体では、獣化したカーディナル様の男根を受け入れるのは無理でしょうから」

  エマは、ケリーを追い払うようにして押し退け、それによってケリーは床に尻餅をついた。

  それに構わず、エマはカーディナルへと近付いていった。

  「さあ、カーディナル様、私の寝所へお越しになって……」

  カーディナルの喉が、グルル唸り声を上げた。

  その鼻筋にはシワが寄せられ、噛み締めた鋭い犬歯がギラギラと光る。

  体勢を低くして、威嚇するポーズを取り。

  そして、エマへと飛びかかった。

  ケリーが機転を利かせてカーディナルへと抱き付かなければ、エマの高い鼻梁はカーディナルの牙によって噛み千切られていた。

  「だ、ダメだよっ!カーディナルっ!」

  「ガウッ!ガウゥッ!」

  「分かったから!分かったから!ね?」

  エマは呆然としていた。

  獣化したカーディナルとセックスをした事もある。

  野獣と化したカーディナルを自由にするのは容易かった筈だった。

  「な、何故ですか?……カーディナル様?」

  「グァァ!」

  「エマ!と、とにかくカーディナル、気が立ってるから、部屋に連れていくね!ごめんね!」

  引っ張ろうとも、カーディナルは頑なに動こうとしなかった。

  仕方なくケリーは、その鼻先へ美尻をプリンと突き出し、自前の尻尾をプルプルと揺らしてやった。

  『ワホン♪』

  「ほ~ら、カーディナル~、こっちだよ~。こっちにおいで~」

  『ワフ♪ワフ♪』

  「ほらほら~、手の鳴る方へ……じゃなくて、尻尾がプルプルする方へ~、いらっしゃ~い」

  飛び跳ねるようにして付いて行くカーディナルの、はしゃいだ子犬のような姿に、エマは唖然として立ち尽くした。

  あんなスキップするようなカーディナルを見た事がなかった。

  一部始終を傍観していたダニエルは、エマに向かって『フン!』と蔑むように鼻だけを鳴らしてから、踵を返して去って行った。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 3ー①]

  獣化を解く為にケリーがしてやれる事といえばセックスしかない。

  以前にカーディナルが獣化した事があったが、あの時はケリーも獣化していたので、あまりにも興奮し過ぎてどうやって戻れたのか記憶にない。

  そして、今、ケリーは受精が可能な時期でもある。

  抑制剤によってフェロモンは抑えられていたが、子宮が確実に妊娠しない期間まで数日間は薬を飲み続けなければ、安全期に突入したとは言えなかった。

  自室へと戻り、大きなベッドの上に2獣人はちょこんと座って、向かい合っていた。

  「あ、あの……どうする?カーディナル。……す、する?」

  カーディナルは長い舌で、ケリーの唇をペロリと舐めた。

  その尻尾はピルピルと踊るように揺れている。

  『無理をしなくて良い。どうせこのままでいても20日余りで自然と人型に戻るんだ』

  「でも……公務が……」

  『神聖なる獣化の状態ならば、公務は当然、公休になる。この古の獣の姿を残す、高貴なる姿の前には、誰も文句は言えない』

  「そっか……」

  それからケリーとカーディナルは、今まで足りなかった言葉を埋め合わせるようにして、横になりながら語り合った。

  カーディナルの過去はケリーにとって聞くに耐えなかったが、それでも全てを受け入れなければ、これから共に生きてはいけないと思った。

  『エマとのきっかけは、私が12の頃、精通してもメスを近寄らせないのを心配した周りの者からのお節介だった。あの時は、欲情するような薬を盛られていたように思う』

  「そんな……」

  『王たる私がメスやオメガを遠ざけていたので、オスとして目覚めさせるにはそれしかなかった。あの頃の私は父の連れているメス達に嫌悪していたから、やむを得なかったと今では理解している』

  薬を盛られ、最高の快感を与えられて、カーディナルはその悦楽に酔った。

  エマは、カーディナルにとって初めてのメスではあったし、その愛欲に溺れ、愛しているかも知れないと思った時もある。

  だが徐々に、それが愛ではない事に気が付く。

  獣化しないように、適度に性欲を晴らす為といって、頻繁に精を吸い上げられる。

  次第にそれが苦痛となる。

  エマに子種を与えて孕ませたい、そして妻に迎えたいと思った事は一度もなかった。

  自分の因子をこのメスに植え付け、子孫を残したいという欲望がまるで湧かなかった。

  だから、エマとの交合は徐々に疎遠になっていき、必要最低限の回数にまで減った。

  だがケリーと出会って、快楽を得る為に肉体を求める事が愛ではないのだと知らされた。

  もちろん、ケリーに対しても肉の欲望はある。

  それも、性欲で獣化してしまう程の強い欲望だった。

  だが、それ以上に、堪らなく沸き上がる感情がある。

  ケリーの、その仕草が愛らしい。

  ピクピク動く耳も、クルリと巻いた尾も、プルンと小さく丸い尻も、可愛くて堪らない。

  妙に鈍感で馬鹿なのかと思えば、聡いところもある。

  思いやりもある。

  そして、純粋で、潔癖で、穢れない。

  ケリーの獣人柄を知れば知る程に、愛が深まり。

  その芳しい体臭を心地好く思えるのは、運命の番であるとしか思えなかった。

  これこそが真実の愛なのだと、カーディナルはケリーに出会って初めて知った。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 3ー②]

  「嘘だよ……そんなの……」

  『嘘なものか。お前には分からないか?私が運命の番であるというのが』

  「だって、初めて会った時から、酷く貶してくれたし」

  『あれは、私のプライドと、まさか自分に運命の番なんて者が現れるとは思わなくて動揺したんだ』

  「その後も、ずっと意地悪だったよ!」

  『……それは、すまない。こんな気持ちになったのは初めてで、どうしても素直になれなかった』

  「え、エマとキスしてたくせに!公務だなんて嘘付いて!」

  『何の話だ?』

  城の中を探索しながら部屋へ戻ろうとしたあの時。

  エマの部屋から、公務で出ているだろうカーディナルが現れた。

  裸同然のエマの胸元に手を這わせ、長いキスを交わしていた。

  『あれはたまたま帰った時で、エマには妾にも愛獣人にするつもりもないと断りを入れていたんだ』

  「嘘だっ!だって、オッパイ揉んでたし!キスも、ずーーーーーーっとしてた!」

  『最後だから、とせがまれたんだ。私からはしていない』

  「最後だろうと、あんな事はして欲しくはなかったよ!カーディナルだって、僕がどこかのオスに一度だけさせて、って言われてエッチさせたら許せるの?」

  『その相手を噛み殺してやる!完全に息の根が止まるまで!』

  「ほら、腹が立つだろ?」

  『うっ……。そう言われると、そうだな。……すまなかった……』

  「で、エッチ、したの?」

  『向こうはその気で誘っていたようだったが断ったぞ。エマとはもう随分としていない。本当にお前だけだ』

  「ホント?」

  『本当だとも』

  ケリーは、カーディナルの首に腕を回し、その濡れた鼻先にチュッとキスをした。

  その仕草が堪らなかったのか、カーディナルは『グルルッ』と喉を鳴らした。

  『あまり可愛い事をするな。私が自分を抑えるのにも限界がある』

  「……襲っちゃっても良いよ?」

  『駄目だ。今のお前は妊娠する確率が高い。結婚式に妊婦姿で出て、危険な目に合わせたくはない』

  「そんな事まで、考えてくれてたんだ」

  『安定期に入っていたらまだ良いが、お前と私は種族が違うし、体格も違う。妊娠中は、万全を期せねばならん』

  ここまで愛されているとは思ってもみなかった。

  カーディナルは意地っ張りで、照れ屋で、自分の気持ちを表現するのに拙かっただけだった。

  ケリーもまた恋をした事がなく、相手の気持ちを汲んでやるような余裕はなかった。

  カーディナルの愛情の裏返しである言葉をそのまま受け取ってしまい、またケリー自身も恋愛に臆病になってしまって、深く立ち入って聞いてはならないと自己防衛してしまっていた。

  獣化して、カーディナルの心を読むようになって、その想いの深さを初めて知った。

  「大好きだよ、カーディナル」

  『マメ……』

  「あのね。ずっと思ってたんだけど、お願い聞いてくれる?」

  ケリーが首を傾げるようにして、大きな瞳で訴えてくる。

  こんな愛らしいお願いを、誰が断れるというのか。

  カーディナルは、ケリーの無意識からの誘惑に、鼻血が出そうな程に逆上せた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 3ー③]

  ケリーは、カーディナルの許しを得て、まずはその胸元のハート柄をなぞった。

  見事に正対称であるそのハート柄は、まるで図って描かれたもののようだ。

  「可愛いな~。このハート柄」

  『そうか?』

  「ここ、好き!」

  ケリーは鼻をプスプスと鳴らしながら、カーディナルの胸元へキスをする。

  そのキスされた部分から、熱が伝道するように興奮が増した。

  『マメ……。本当に、お前が可愛過ぎて、殺されそうだ』

  「殺されそうって、そういう意味だったんだ」

  『何が?』

  「前にも言ってたから、殺されそうな位に、僕が嫌なのかと……」

  『そんな訳があるかっ!お前の色気と愛くるしさに、殺されそうだと言ったんだ!』

  「あ~、そうなのね~。本当に僕、他の事でも結構、悪く受け取ってたかも。ごめんねぇ」

  『いや、私も……お前に対して、素直に愛を告げていれば良かったんだ』

  「じゃあ、おあいこだね」

  ケリーは、座るカーディナルの背後へと回り、ピョンと立った短い尻尾をキュッと掴む。

  すると、プルンとその手から逃れる。

  また捕まえようとすると、プルンと逃げる。

  そのいたちごっこのような遊びに、ケリーは夢中になった。

  「ウヒャン!何、この可愛い子!ピョンピョン逃げる!」

  『そうやって動かしてるんだ』

  「もう~!可愛いよ~!」

  野生の本能のままに、ケリーはカーディナルの尻尾をパクリと噛んだ。

  そして、あむあむと甘噛みをしたり、キスしたりして、その尻尾を堪能した。

  カーディナルもしばらくは我慢してやっていたが、そのうちにキャフン、キャフンと歓喜の声を上げながら尻尾と戯れるケリーが、愛おしくて堪らなくなった。

  そして、その体を押さえ込んで、背中から乗っかる。

  すると、緩やかに揺れる赤いリボンを結んだケリーの丸い尻尾が、目の前に現れた。

  『今度は、私にもこの尻尾を愛させろ』

  「え?えぇ?!」

  『お前の尻尾は、悪魔が取り憑いている』

  「えぇぇぇぇぇぇ?!」

  『私を虜にする悪魔が』

  「そ、そうなの?……えっと、こんな尻尾で良ければ、どうぞ~」

  ケリーは、そう言ってしまったのを後で後悔した。

  カーディナルから、舐めて、舐めて、舐め倒されて。

  しっとりと毛が濡れそぼつまで、舐め尽くされた。

  そのあまりの悦楽は凄まじく。

  何度かカーディナルの舌が、更に下にあるケリーの尻孔に滑り込み、中を拡げられ、蜜を溢れさせた。

  そうして、ケリーは下肢を痙攣するまでドロドロにされ。

  気を失うようにして、眠りについた。

  愛しいドーベルマンと抱き合いながら。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 4ー①]

  夜が明けて、城内は騒然となった。

  獣化した王が帰宅した途端、周りの意見も省みず、マメシバを連れ込んで部屋に籠った。

  それには何よりも、グロリアが噛み付いた。

  レッド・キングダムの花嫁として来たにも関わらず、いきなり妻の部屋から追い出され、夫であるカーディナルが獣化して帰宅。

  帰ったかと思えば、自室に招き入れたのは、妻になるだろう自分ではなく、弟のケリーだった。

  だが、グロリアがそれを訴えようにも、部屋へ訪れた瞬間から、カーディナルに吠えまくられた。

  牙を剥かれ、今にも飛び掛からんとするその様は、グロリアがあともう一歩部屋に足を踏み入れていたら、確実に噛み殺されていただろう。

  これがもしも、グロリアがアルファならば戦闘態勢になっていた。

  そしてケリーの言い付けで、ケリーが認めない者の入室は禁止される事となった。

  「いや~。もう、兄上は本当にケリーが大好きなんだねぇ」

  『ワフ』(まぁな)

  「もっと早くに素直になってくれてたら、僕達も困らなかったのにねぇ?そう思わないかい?バーガンディ?」

  カーディナルの部屋に入る事を許されたのは、ヴァーミリオンとバーガンディの2獣人だけだった。

  ダニエルも時々、犬型のまま訪れてケリーとじゃれ合ったりしているが、それを見るとカーディナルの機嫌が一気に悪くなる。

  いくら広い室内とはいえ、ドーベルマンが2頭も暴れていては、部屋の中が荒れ放題になってしまい。

  そして散らかされた部屋は、片付けの出来ないケリーにはどうする事も出来なかったので、入室を許されたヴァーミリオンとバーガンディが掃除するしかなくなった。

  ケリーが少しでもとドーベルマン2頭の有り余るパワーを発散すべく、仕方なく2頭を連れて庭で散歩すると、獣化した王族には誰もが恐れと尊敬の目線を送るだけで、近付いては来なかった。

  「おい、ケリー。もう少しまめに兄様を散歩に連れて行ってやってくれ。部屋の中でドッグランされても困る」

  「そうだね~。ドーベルマンは基本的に最低朝夕の2回、1時間ずつの散歩が必要だよ。そうでなきゃ、イライラしちゃうからね」

  「わ、分かった」

  『ウォウフ!』(ケリーに命令するな)

  「何いってんだよ!カーディナルの事を考えて言ってくれてんだろ!ヴァーミリオンもバーガンディも、部屋の掃除してくれたり、食事まで持ってきてくれてるのに」

  『ワフ』(弟なんだから、その位、構わん)

  「えらそーにするな!散らかしてるのは、カーディナルなんだぞ!時々、ダニエルもだけど」

  『フス』(お前が片付ければいいだろうが)

  「僕は、片付けが下手なの!仕方ないだろー!」

  まぁまぁ、と言って、ホウキを片手にヴァーミリオンが二人の間に入った。

  そんな時でもヴァーミリオンがほんの少しケリーに触れただけで、カーディナルはギャンギャンと吠え立てる。

  獣化すると、より野生化するので、感情もあからさまになるのだ。

  そのあまりの喧しさには、バーガンディが灸を据えた。

  「兄様。貴方が意地っ張りだったばっかりに、俺達も本当にいい迷惑だったんですからね。これからはケリーを大切になさらないようでしたら、本当に許しませんよ」

  真面目なバーガンディに言われると言葉もないのか、カーディナルは頭を下げて『クゥン』と鳴いた。

  それには、ヴァーミリオンが「兄上は、どうしてバーガンディには素直なの~!僕には冷たいのに~!」とホウキを振り回しながら文句を言っていた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 4ー②]

  この国に来て、今一番、心穏やかに過ごせているかも知れない。

  獣化しているカーディナルは、ケリーには素直だ。

  それこそ何でも言う事を聞いてくれるし、その口調も心の底から聞こえて来るものなので、人型の時よりも優しいし、惜しみなく愛を囁いてくれる。

  何だかもう一生、カーディナルはドーベルマンでいてくれても良いかも知れない。

  などと考えてしまう。

  この艶やかなツルリとした毛並みが好きだ。

  愛しいドーベルマンと戯れるのは、ケリーの何よりの幸せだった。

  だが、今は夢の中だからだろうか。

  いつもより、触り心地がサラリとしている気がする。

  枕には、何やらワサワサする物があって、ケリーの顔面にも絡んでいた。

  「何もう~、これ~。カーディナルの髪の毛みたい~」

  「私の髪の毛だが」

  「え?え?……えぇぇぇぇぇぇ?!」

  ベッドから飛び起きると、隣にいた筈のドーベルマンが、何故か黒髪長髪の美形に変化していた。

  当然、首から下は全裸であり、その分厚い胸板や割れた腹筋の下にある濃い陰毛、そして巨大なペニスを惜し気もなく晒していた。

  「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

  「何が、うぁぁぁぁぁ、だ。やっと元に戻れたと言うのに、その態度は何だ」

  「だ、だ、だって、ドーベルマンのカーディナル、可愛かったのに~!戻っちゃったぁ!」

  「その言い草は、まるで私が人型に戻ったら可愛くないような物言いだな」

  「……………………………………可愛いよ」

  物凄く間が空いてしまった。

  胸のハート柄もない人型のカーディナルは、ぱっと見には可愛いという部分はない。

  だが、そんなケリーの考えを読んでしまったのか、明らかにむくれている。

  ベッドの上で裸のまま、ケリーからくるりと背を向けてしまった。

  大きく長い耳だけはプルンと揺れて、短い尻尾はクッタリと垂れている。

  思わずそれを触りたくなったが、そこはぐっと耐えた。

  「あのね。カーディナル。人型のカーディナルも可愛いよ?」

  「無理に言わなくても良い」

  「本当だよ?この長くて綺麗な髪の毛も大好きだし、えっとね、この髪の毛が体に触れるとゾワゾワしちゃうの」

  「ゾワゾワって何だ」

  「……あの……えっと、髪の毛が当たるとね。何でか、気持ち悦くなっちゃうの……」

  カーディナルが、グルンと勢い良く振り返る。

  その真剣な眼差しに、ケリーはちょっと身を引いてしまった。

  「私の髪の毛が触れると感じるのか」

  「えっと、あ、……うん。いや、だからね。何で押し倒すの?」

  「お前が気持ち悦いというから、やってやろうとしているんだ」

  「え~?!ちょっと待って!今、あ、朝だよ?!ちょっと、カーディ……あ、あ、……やん!」

  「マメっ……」

  カーディナルはケリーの小さな唇を捉え、覆い被さるようにしてキスをした。

  いつ以来のキスだろう。

  その触れた瞬間には、痺れる程の感動を覚えた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 4ー③]

  大きな体がのし掛かって来る。

  だが、ケリーには何の重みも感じない。

  それはカーディナルが、小さなケリーの体を潰してしまわないように、体を浮かせてくれているからだ。

  カーディナルの長い髪の毛が、サラサラと流れるようにして落ちる。

  ケリーは、首筋や耳をチュッ、チュッ、と啄むようなキスをされる感触だけで、体をジンジンと痺れさせていた。

  「アン!アン!や、アン!」

  「この、淫魔が!」

  「い、いんまって、僕の事?」

  「悪い意味に取るな。私を夢中にさせるという意味だ」

  「あ、やだっ!カーディナルのチンコ、おっきくなってる~!やんぅ!」

  「くっ……このっ!」

  カーディナルはケリーの頬をグッと掴み、顎を開かせ、ケリーの花のような唇に自らの唇を合わせる。

  クチュッ、っと唾液の絡み合う音がして、ケリーの体がビクンと震えた。

  舌を絡めては、クチュンと。

  舌を吸い上げては、チュウゥっと。

  口角から流れる唾液をペロリと舐め。

  自らの口から、あらゆる音が漏れ出て、ケリーは羞恥に身悶えた。

  「あふぅ!ん、ん、かーでぃ……なるぅ~……んんぅ!」

  溶けてしまう。

  カーディナルが触れる唇から。

  そして、カーディナルが弄る手のひらから。

  キスを交わしなら、上半身のあちこちを撫で回し、その胸の突起に辿り着くと、親指の腹で潰すように捏ね始め。

  ケリーは、体を捩らせながら耐えていたが、やがてカーディナルが腰を擦り付けるように下肢を蠢かし始めたので、ついには悲鳴を上げた。

  「やっ、いやぁ!それ、やぁ!」

  「マメ。キスに集中しろ」

  「出来ない~!オッパイもやぁ!……下も……」

  「下も、何だ?」

  「イッちゃう~!」

  「あぁ……マメっ、何て愛しい……」

  「アンッ!」

  「ハイ。そこまでです」

  想いを通じ合わせた恋人同士の間を割くのは、ドS執事のダニエルだった。

  ダニエルも時を同じくして、獣化が解けていた。

  「今まで散々、一緒にいたでしょうが。カーディナル様には色々とお仕事が残っていますよ。多少はヴァーミリオン様やバーガンディ様にお願いしましたけども。王としてのお仕事は残ってますからね」

  「おのれ、ダニエル。せめてあと半時位、時間をくれてもいいものを」

  「片付けるのは公務だけではありませんよ。分かっておられますよね?」

  「分かっている」

  カーディナルは、ベッドから降りてすぐに服を来て、ケリーに軽くキスをしてから部屋を飛び出して行った。

  「あ~!カーディナル~!そのままで大丈夫なの~?!」

  「何か問題がありましたか?」

  「カーディナルのチンコ、勃ってたのに、大丈夫なのかな~と」

  ダニエルは「グフォ」と変な音を立てて噎せていた。

  とにかくこの品のないマメシバに、ちゃんと言葉使い位は躾なければならない。

  やがてこの国の顔である、レッド・キングの隣に立つに相応しいクイーンとなる為に。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 5ー①]

  カーディナルがエマの部屋を訪れると、ベッドにぐったりと臥せっていて、まるで療養中の病人のようだった。

  若々しく保っていた美貌は、この数日間の間に随分とやつれ、一気に年齢以上の老いが襲っていた。

  その姿を見てカーディナルは、母よりも老いていると思った。

  いきなりのカーディナルの訪問に、エマは慌てて起き上がり、寝乱れたままカーディナルへと抱き付いた。

  「カーディナル様!お待ちしておりました!」

  「私は先日、お前にこれからは応えるつもりはないと言った筈だな」

  「そうは仰っても、カーディナル様は私でなければ駄目だったでしょう?私以外は……」

  「お前以外の相手をするのが、面倒だっただけだ。何を期待している?」

  ここまで盲執的に思い込んでいるエマには、寸分の希望を持たせてはならない事は分かっている。

  カーディナルは、王としても非情になれたし、ケリーを傷付ける者を抹殺するのも厭わない程に、情けを捨て去る事も出来た。

  「エマ、田舎に帰れ。望むだけの退職金は積んでやろう」

  「退職金なんて要りません!私は、貴方様のお側で尽くしたいのです!」

  「お前は今まで私や王家に尽くしてくれたが、これからはもう必要ない。……というか、邪魔だ」

  「カーディナル様……」

  「何よりもケリーを苦しませるものは取り除きたい。私の妻であるスカーレット・クイーンはケリーだ。その頂点の存在を脅かす者は許さない」

  エマは豊満な胸を擦り付けるようにして、カーディナルにしがみ付いた。

  ケリーにも望まれず、グロリアにも嫌悪され、カーディナルにも捨てられれば、ここにいる事は出来ない。

  もうなりふり構ってはいられなかった。

  「今までの私は、貴方様へ仕える覚悟が足りませんでした!これからはケリー様に尽くします!この命をかけて、尽くしますから……」

  「だが、お前はこれからもメスである事を捨てられないだろう。本心からケリーに尽くすのは無理だろうし、その存在だけでもケリーを傷付ける。お前の立場を気遣うなどという心労を、ケリーにかけさせたくはない」

  「ならば、ケリー様の見えないところで働きますからっ」

  「見えないところで私の愛獣人を続けさせろ、とでも言うのか。お前がそこまで言うなら、私とは一切会えない場所に配属するぞ」

  「そんな……」

  幼い頃から手懐けていた子犬に、噛み付かれる。

  子供だと思っていた犬は闘犬として成長し、非情にもその牙を向けて来た。

  「私は、貴方に尽くす為に生きて……」

  「老いたな、エマ。余生は田舎でゆっくり過ごすが良い」

  メスとしては見られない。

  そう切り捨てた物言いだった。

  カーディナルの一分の同情すらない、その残酷な一言に、エマはそれ以上、何も言い募る事が出来なかった。

  もう何のすがるものがない。

  それを思い知らされ、エマはその日のうちに城を去った。

  その姿は、朽ち果てた老木のようにみすぼらしく痩せ、項垂れていたという。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 5ー②]

  その後のカーディナルの行動は早かった。

  人型に戻り、親族を集めての夕食会を開いた。

  普段は各々の部屋で食事をするのが通例だったが、父王のメス達や、母、近くに居を構える王族、ヴァーミリオン、バーガンディなど近しい者が集まった。

  カーディナルはケリーが渋るのを無理矢理に手を引き、広間へと引き摺って来た。

  一番に意気込んでいたのはグロリアで、夕食会には不釣り合いな程の豪華な真紅のパーティードレスに身を包み、カーディナルの隣へと至極当然とばかりに座った。

  それとは真逆に、末席へと座ろうとするケリーの首根っこを掴んでグロリアとは反対側の隣へと座らせる。

  嫌がるケリーに『ここでなければ、私の膝の上に座らせるぞ』と脅迫して無理矢理に黙らせた。

  夕食会が始まり、真っ先に口を開いたのはグロリアだった。

  この20日間あまり、カーディナルとは一切の会話も交わせずに、やきもきと過ごしていたのを爆発させるように捲し立てた。

  「カーディナル様。私との婚姻が決まっていながら、弟を部屋に連れ込むのは解せません。そもそも妻の部屋は、私の部屋である筈です。ケリーを妾にするのならば、スカーレット・クイーンたる私とはそれ相応の差をつけて下さらないと」

  「何を言うか。私との結婚を反古にしたのはお前の方だろう」

  「あれは、私が病に臥せってしまって……」

  「お前が私との結婚を拒み、他のオスの元へ嫁いだ事は調べが付いているぞ」

  「な、何を……」

  「ランサー国にも確認が取れている。他のオスとの今までの関係もな。特に狼のオスとは、子供まで成しているな?」

  恋多きグロリアは、何人ものオスと恋のアバンチュールを楽しんで来た。

  妻帯者との駆け落ちや、獣人目を忍んでの逢い引きですら、激しい恋のスパイスでしかなく。

  特に兵士であった狼のオスとの逃避行は、グロリアを最高に燃え上がらせた。

  それによってうっかり抑制剤を飲み忘れて狼の子供を宿してしまい、そのオスの故郷で出産した後、子供を押し付けて、何食わぬ顔をしてアルサシアンへと帰郷した。

  それは、父母ですら知らない過去の筈だった。

  カーディナルは、グロリアがレッド・キングダムに来てすぐに、その身辺を探る為に何人か密偵を派遣して、洗いざらい調べ上げた。

  「これまで私が黙っていたのは、もちろん父からの命もあったが、証拠がなければ異議申立ても出来ないと思ったからだ」

  「そ、それは何かの間違いです!私ではなく、ケリーの話ではっ」

  「ケリーにその罪を擦りつけるか。このアバズレが」

  「あ、アバズレですって?!」

  「お前の子供と、その父親の証言もあるぞ。何なら弟のジョージに来て貰っても構わない。彼は、この調査には協力的だったからな」

  「そんなっ……」

  「王の妻であるスカーレット・クイーンが処女でないどころか、他のオスの子供を産んだなどというのが事実であるならば、絶対に許されない。私との間に生まれた子供も、どこの種だか分からないような奔放な妻ではな」

  グロリアは絶句してしまった。

  今まで我が儘放題しても通用してきた。

  それが咎められる事もなかった。

  そんなグロリアに、カーディナルは容赦なかった。

  「よくもまぁ、それだけのオスを渡り歩いておきながら、その項に『番の証』を刻まれなかったものだ。ああ、そうか。恋愛を楽しむ為に、背後からのセックスをさせなかったのか。なかなかの策士だな」

  自由に恋していただけで、何が悪かったというのか。

  退屈な日々を、ほんの少し刺激的にしたかっただけだ。

  それが不実であり、王女としては罪悪であるなどと思った事は一度もなかった。

  多産系のメスに、夫と全く毛色の違う子供が混じって産まれたという話はよくある。

  何獣人ものオスと交尾すれば、その精子が胎内に残る種族もいる。

  血統を重んじるレッド・キングダムは、王の妻の不貞を許さない国だ。

  スカーレット・クイーンには、処女性が必要であったという現実を目の当たりにして、グロリアは今初めて、自らの愚かさを気付かされたのだった。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 5ー③]

  周りの者達も、カーディナルの言葉に口を挟むどころか、食事の手も進んではいなかった。

  ヴァーミリオンだけは何か言いたそうにニヤニヤとしていたが、カーディナルがそれを目線で制する。

  だが、それでも父である先王は、尚も高圧的に言い放った。

  「そ、それでもならんぞ!我が国とアルサシアン王国は、何としても婚姻によって結びつかねばならん!この際、形式だけでもグロリアと結婚式を挙げて……」

  「父上。これ以上の口出しは、お控え願いたい」

  「何だとっ?!」

  「そこまでグロリアを推されるのは、筋違いも甚だしいですよ」

  「筋は通っている!そもそも当初の約束が……」

  「グロリアをお気に召したのは貴方だろう。欲しければ、貴方が妾にでも、愛獣人にでもなされば良い。……もっとも、もうお手付きされておられるようではあるが」

  それにはグロリアが立ち上がって、事実無根だと叫んだ。

  だが、その慌てようがまた空々しく。

  先王も狼狽のあまり、ワイングラスをひっくり返した。

  グロリアはスカーレット・クイーンの座を確固たるものにするべく、先王をたぶらかそうと、ほんの少し色気を出した。

  相手が色欲に溺れたオスであり、閨での性技が手練れであった為に、グロリアも軽く手懐けるつもりが、ものの見事に流されてしまった。

  この国に来てからというもの、許されぬ義父との快楽に耽溺して、自分を見失った。

  「私は、ケリーを正式なる妻として迎えます」

  「な、ならんぞ!ケリーを妾にするのは構わんが、長女の方が優先的に……」

  「父上。この国の王は私です」

  「私は、お前の父なるぞ!」

  「では、親子の縁を切って、王として命令する。これ以上の口出しは許さない。まだ私のする事に異議があるというのなら、そのうるさい口を塞ぐ為にも、愛獣人諸共、どこか田舎の別荘に下がらせるぞ」

  それには先王の妻以外の、メス達も顔を青ざめさせた。

  王よりも権力のあるオスの囲い者であるからこその地位でもあった。

  それがなくなり、追放された王族の性欲処理をするメスとなれば、召し使いにも等しい。

  カーディナルの言葉は絶対である。

  一度、口にした事は何があっても実行する、という王としての気質は誰もが認めるものだった。

  そしてその後、先王は孤独に田舎での隠居生活する人生を選んだ。

  それが先王本人の望むものであったのか、カーディナルによる粛清の一端であるのかは定かではない。

  これにより権力の順位が親子兄弟関係に左右されない、という範例を作り、ドーベルマンとしての意識改革ともなった。

  グロリアは、母国のアルサシアン王国へと帰された。

  だが、時代は既に弟のジョージキングへと移っており、その後のグロリアがどうなったのかは誰も知る由もない。

  一旦は、自らの子供のいる狼の一族に引き取られたが、子供を捨てた母親を義理堅い狼達は許さなかった。

  恋に生き、恋に身を投じた放蕩王女のその後は、杳として知れなかった。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 6ー①]

  カーディナルが絶対的なる君主であると王族内に知らしめたのには、誰よりもヴァーミリオンが喜んだ。

  「いやいやいやいや!おめでとう、兄上!あんまりにも兄上が不甲斐ないから、僕がケリーちゃんをデランダ王国に連れて行こうかと思ったよ」

  「何ぃ?!」

  「今までと変わらなければ、だよ?兄上がこんなにも父上を蹴散らせるなら、僕もデランダに行きたくなくなっちゃったな~。デランダには、可愛いケリーちゃんもいないし、口うるさくて面白いダニエルもいないし」

  「お前は早くデランダへ旅立て!ケリーはやらん!だが、ダニエルは連れて行っても良いぞ」

  そのカーディナルの言い様に、背後で控えていたダニエルが『ヴァーミリオン様とデランダに飛ばされる位なら、お暇を頂きます!』と叫んでいた。

  「ねぇ、兄上。それなら、ケリーちゃんの可愛い尻尾だけでもちょうだい?」

  「そのセリフは、ケリーの弟のジョージも言っていたらしいぞ」

  そう言って、バーガンディが2人の間から顔を覗かせる。

  そして、カーディナルの懐で抱かれるケリーへと微笑んだ。

  「俺も兄様が添い臥しやら、はすっぱな王女やらに振り回される位なら、ケリーを妻に迎えて、ヴァリューカ王国へ連れて行こうと思っていた」

  「お前もか!」

  「俺としては、兄様が選択をしくじってくれた方が良かったんだが。結局、グロリアではなくケリーを選んでしまわれたか」

  「当然だ!お前、今でもケリーを狙っているのなら、帰省はさせんぞ!」

  「貴方がケリーを大切にしてさえいれば、帰れなくても構わないよ」

  バーガンディは、ケリーの小さな頭をグリグリと撫でた。

  その触れ合いすら面白くなさそうなカーディナルではあったが、それ如きで騒いでいたらケリーに呆れられるのではと思い、グッと耐える。

  だが、腕の中にいたケリーにしてみれば、そのカーディナルの嫉妬は痛い程に感じていた。

  本当に痛い。

  というか、苦しい。

  カーディナルの太い腕が、ケリーの首に食い込んで、窒息寸前だった。

  「ぐるじいよ~。ガーディナルぅ~」

  「おお!」

  「ゲホッ!もう、マジで殺されるかと思った!」

  「私の愛にか?」

  「違うよ!ガーディナルのヘッドロックにだよ!」

  「そうか……」

  カーディナルは表情こそ変えなかったが、ほんの少しペソッと耳先が垂れたのを見て、ケリーの胸はキュンとなる。

  獣化が解けて以降、カーディナルは耳や尻尾に表情が表れるようになった。

  愛を知って素直になった事から、何かから解放されたように感情表現が豊かになった。

  尻尾は服の中に隠れているので見えないが、耳は注目していると心情が分かる。

  ケリーは反転して、カーディナルに対峙する。

  そしてカーディナルの胸に手を置いて、精一杯、背伸びした。

  チュッと、カーディナルの顎にキスをする。

  すると堪らなくなったカーディナルが、屈み込んで熱烈なるキスをし始めた。

  ケリーのプスプスという幸せそうな鼻息と、プルプルと愛らしく揺れる尻尾に、3獣人は癒され、またその幸せそうな様子に安堵した。

  ケリーには幸せであって欲しいと、誰もがそれを望んでいた。

  そして、いつまでもキスを終えそうにない2獣人に堪らなくなったダニエルが、思いっきりカーディナルの脛へ力強い蹴りを入れた。

  カーディナルが何やら喚くのも無視して、ダニエルは『身支度しますよ』と言って、ケリーを引っ張って行く。

  背後から付いて来て、がなり立てる主君に対し『貴方と夜、過ごす為に身支度させるんですけど!何か?!』と言い放つと、途端に静かになった。

  そんな2獣人の姿を見て、もしかしたらこの国で一番強いのはダニエルかも知れない、などと思ってしまうケリーなのだった。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 6ー②]

  ダニエルはカーディナルを別室で準備するように言って追いやり、ケリーを風呂に入れ、その背中を流してやった。

  尻尾にシャンプーとリンス、トリートメントまで施し、ブラッシングをしてやり、ドライヤーで乾かしてやった。

  ダニエルに寝間着は着なくて良いと言われていたので、バスローブだけを羽織る。

  バスローブは、後ろが尻尾を出しやすいように割かれていて、簡単に捲れる上に開けば尻が丸見えになる。

  更に下着も着けないでいるとなると、股間がスースーと心許ない。

  いつも以上にダニエルが念入りに身支度をしてくれ、そのあまりの丁寧さにケリーはソワソワとしてしまった。

  「あ、あの……ダニエル。ありがとうな」

  「私は貴方の執事ですから。ケリー様が快適に過ごせるようにするだけです」

  「でも家出の手伝いは、執事の仕事じゃなかったよ?」

  「……そうですね。あのまま貴方と逃げた先のどこかで、暮らしても良かったと思った時もありました」

  「ダニエル……」

  ダニエルは、ケリーの尻尾の根元にビロード生地の赤いリボンを結んでやった。

  「結婚式はまだ先ですが、貴方は恐らく今夜、カーディナル様に番の証を付けられるでしょう。それは、それだけの固い意志で王は貴方を妻にするつもりである、という意味です」

  「うん」

  「もう揺るぎなく、カーディナル様の妻になる決心はつきましたか?」

  「ついたよ」

  「もう家出は出来ませんよ」

  「しないよぅ」

  「お幸せに。……私のスカーレット・クイーン……」

  ダニエルがその言葉に、どれ程の想いを込めただろう。

  ケリーはほんの少し、切なさを感じてしまった。

  あらゆる感情がせめぎ合って、ケリーの胸は苦しくなった。

  「さぁ、笑顔でカーディナル様を迎えて差し上げて下さい」

  ダニエルは、カーディナルが寝室に入るのと同時に、『失礼致しました』と言って頭を下げ、扉の向こうに消えた。

  ケリーはすぐにカーディナルの腕に抱え上げられ、ベッドへと浚うように連れて行かれた。

  [newpage]

  [chapter:ドーベルマン夫、マメシバ花嫁を溺愛する 6ー③]

  ケリーは、フワリと優しくベッドへと下ろされた。

  カーディナルは、いつもの無表情に近い顔だが、若干、強張りが見える。

  よく見ると興奮しているのか、緊張しているのか、その長い耳がピクピクと震えていた。

  「マメ……」

  「あ、あの、カーディナル。えっとな。僕、グロリアとカーディナルが庭でデートしてたんだって勘違いしてた。ごめんな」

  「そんな訳がないだろう」

  「うん。背格好が同じだったから。あれ多分、お父様だったと思う」

  長く髪を伸ばしているのは、直系の王族だけなので、今ならば3獣人。

  中でも直毛は、カーディナルと先王だけだった。

  「そ、それとな。僕はそんなに出来た奥さんにはなれないよ。……えっと、公務とか、出来るだけ頑張るけど」

  「お前が出来る範囲で良い。お前だけの公務は、絶対にないようにする。常に私が隣に付く」

  「ほ、本当?」

  「本当だ」

  カーディナルがケリーの小さな唇にチュッと口付ける。

  それだけで、ケリーは朱を散らしたように真っ赤になった。

  自分も負けじとカーディナルへ口付けを返してやると、もうそこから止まらなくなった。

  「い、痛いのは、やだ、よっ」

  「痛くなんかしない。優しくする」

  「やっ、違う!エッチのことじゃないよ!仕事とか、奥さんになる勉強とかだよ!」

  「それは、ダニエルの担当だから、私からは何とも言えないな」

  「……うぅっ。ダニエルは、絶対に厳しくするよぅ~」

  「私からもお手柔らかに、と言っておこう。ほら、もうこっちに集中しろ」

  「や、……アンッ……」

  ケリーが甘い声を上げると、匂い立つように体臭が拡がる。

  発情期でもないのに、オスを誘うその薫りは、酒に酔ったかのようにカーディナルを酩酊させる。

  これはケリー特有の体臭なのかも知れない。

  それを更にケリーからの愛情が甘く薫り立たせ、またカーディナルへの愛故に芳しさが極まるのだ。

  それは運命の番同士だからこそ、味わえる喜びなのだろう。

  「愛してる。私だけの小さなマメシバ……」

  「あ、愛してるよ。僕も……、僕だけのドーベルマンを」

  「これからは、お前が常に満たされるよう、愛を囁き続けてやる。私がどれだけお前に夢中なのか、そしてそれがどれ程に深く、変わらぬものなのかを、毎日、伝えてやる」

  「僕、死んじゃうかも」

  「死ぬな。馬鹿。これから幸せになるというのに」

  「幸せ過ぎて、死んじゃいそうなんだよ。こんなに幸せで、いつか落ちる時が来るのが怖いよ」

  「落ちる事などあるものか。これからは一生、共にあり続けるのだから」

  「カーディナル……」

  「……ケリー……」

  カーディナルが自分の名を呼ぶだけで、全身かジンと痺れた。

  その長い髪の毛が、ケリーの体にサラサラと掛かるだけで、キャフン、と感じた声を上げてしまう。

  ケリーは愛し合う前から、もう蕩けるように感じ入っていた。

  このまま愛されたら、おかしくなってしまうのではと、不安になる程に。

  [newpage]

  [chapter:最終章・意地っ張り王、デレ王になる①]

  ケリーはもうメロメロだった。

  どこを触られても、キャフン、キャフンと声を上げ、感じまくっていた。

  特にカーディナルの乳首への攻めは執拗で、痛い程に舌でなぶり、吸い上げてくる。

  先端の割れ目を舌先がくすぐり。

  また、押し潰すように舐め。

  チュウッと突起を吸い上げる。

  その甘い刺激の連続に、ついに感極まってしまった。

  「ひゃぁん!やん!……いやぁ!もう、胸、ばっかり~!」

  「マメの小さな乳首が、随分といやらしく勃ち上がって来たな」

  「カーディナルは、おっきいオッパイが好きなんじゃ、ないのぉ?!」

  「私は、おっきいオッパイが好きなんじゃない。乳首が好きなんだ」

  「ち、乳首?!」

  「それも、こういう淡い色の、小さいのが」

  「で、でも、そんなに吸ってたら、おっきくなっちゃうよ~!アンッ!」

  「くっ……」

  ケリーが喘ぐと、カーディナルが前屈みになって、何かを堪えている。

  ザワリとケリーも鳥肌が立つ。

  [[rb:発情 > ヒート]]し、獣化しそうになっている。

  ケリーが発情期でもないのに、欲望が盛るがあまりに。

  「やっ!ダメダメダメぇ!カーディナル!獣化しちゃう!……早く、挿れてぇ!」

  「馬鹿っ!余計に煽るな!……クソッ」

  カーディナルはケリーの体からバスローブの裾を捲り、体を反転させると、そこにはクルリンと巻いた尻尾の根元に、赤いリボンが結ばれていた。

  ダニエルの仕業か、と思うと悔しいやら、可愛いので堪らないやらで、複雑な心境になった。

  「……このリボンはなんだ」

  「え、えっと……。うんと~……。『僕をあげちゃう♪』……ていう感じ?」

  俯せになって、プリンと尻を振りながら、ケリーが振り返ってカーディナルに顔を向ける。

  それだけで下肢が爆発しそうになり、カーディナルは咄嗟に自らのペニスの根元をグッと絞るようにして押さえた。

  「お前はっ、本当に罪作りな奴だな」

  「え?……な、何が?」

  「今日はもう、最後までする。逃げたら許さないからな」

  「逃げないよ。だって、カーディナルの奥さんになるんだもん」

  「ケリー……」

  カーディナルは赤いリボンが結ばれた愛らしい尾に、誓うようにしてキスをした。

  「あぁ、……やぁっ。……ん……」

  「尻尾もドロドロになる程に、愛してやる」

  カーディナルの唇が何度もケリーの尻尾に触れ、その度にプルルッと振るわせる。

  その尻奥もジュンと潤むような感覚を覚える。

  発情期でもないのに、まるで発情するように、子宮がカーディナルを求めている。

  この中を満たし、かき混ぜ、突き上げる太いモノを欲して。

  そして、その精を注いで欲しいと望んで、奥から愛液が溢れる。

  これからの期待と喜びに。

  [newpage]

  [chapter:意地っ張り王、デレ王になる②]

  尻から、ヌルリとした熱い何かが滑り込んで来た。

  尻尾を持ち上げられ、その明るみに晒された孔に、カーディナルの長い舌が差し込まれている。

  体内からは、ヌルン、ヌルンとくすぐったいような、寒気を伴う羞恥心が襲い。

  無意識にそのぬめる感覚から逃れようと尻を捩らせると、何故かカーディナルが『煽るな』と言って、それを咎める。

  外から聞こえる、クチュッ、クチュッ、と濡れた粘着音は、現実に『尻孔を舐められている』と実感させられた。

  「いっやぁぁぁ!いやぁ!……音、立てちゃ、やぁっ!……あぁん!」

  「そうは言っても、お前も自分から濡れてドロドロだぞ。まるで発情期みたいに」

  「あぁっ!あぁっ!お尻、おかしくなっちゃう~!フヒャン!」

  「……もっと、拡げてやる」

  「いやぁ!ダメぇ!……あ、あ、あぁぁぁぁ!」

  カーディナルが指で押し開くようにして蜜孔を拡げる。

  そこはもうオスに愛される準備がなされていて、ぱっくりと口を拡げていた。

  そこへ、再び舌を差し込む。

  蜜壺の中は、どんどん愛液が溢れ出していて、それをかき混ぜるようにしてカーディナルは舌を踊らせた。

  「はぁっ!あぁっ!……ヒャン!ヒャン!フヒャン!」

  「凄い尻の振り方だな。私の舌だけで達ってしまいそうだ」

  「や、あ、……ひゃあぁぁぁぁん!」

  ケリーは達すると同時に尻孔をキュウッと引き絞ろうとした。

  そうはさせまいと、カーディナルは舌を引き抜き、一気に指を2本、ズブリと突き挿れた。

  「あー!あー!あー!アァンッ!」

  「前でも、後ろでも、達ったか?」

  「ひぃぃぃぃぃっ!」

  ケリーは、ガクガクと体を痙攣させていた。

  体内にあるカーディナルの指を、無意識にキュンキュンと引き絞る。

  体の奥底が、もっと、もっと、と求めている。

  オメガの性が、オスの男根を欲して体を疼かせていた。

  「ふ、ふぇっ……」

  「マメ?」

  「ふえぇっ、……えぐっ、ううっ」

  「何故泣く?……痛かったか?」

  「違っ……違うっ……うぇぇ~ん」

  「指を、抜こう」

  「あぁっ!……あー!」

  ケリーは、尻を大きく上下させて悶えた。

  体のコントロールが利かなくなっている。

  今まではこんな事はなかった。

  確かにカーディナルの手技はいつもケリーを気持ち悦くさせていたが、こんなにも快感が暴走する事はなかった。

  「カーディナルっ!ぼ、僕、おかしいんだよぅ!」

  「ど、どうした?!」

  「体が気持ち悦過ぎて、おかしくなっちゃったんだよぉ!」

  「マメっ……」

  「ねぇ、挿れてっ、……挿れてぇ!お尻にっ、カーディナ……」

  ケリーが言い終わる前に、膝裏から持ち上げられられ、ケリーは背後から抱え上げられていた。

  体がフワリと空中に浮いたと思った。

  そして、そのまま下へと降ろされる。

  トン、と後孔に熱い切っ先があてがわれ。

  その巨きな先端が、ズブリと体内に潜り込んで来た。

  「ひぃぁぁぁぁ!」

  ケリーは背面座位で、カーディナルの亀頭部分を飲み込まされていた。

  [newpage]

  [chapter:意地っ張り王、デレ王になる③]

  「痛く、ないかっ、……マメっ!」

  「痛くない、よぉ!……あぁ!」

  カーディナルはケリーの体を上下に揺すりながら、その先端をヌクヌクと出し入れさせる。

  散々濡らされたケリーの窄まりは、プチュン、プチュンと恥ずかしい音を立てて、カーディナルを求めていた。

  気持ち良過ぎて、我慢が出来ない。

  ケリーはもう、羞恥の限界を越えていた。

  「カーディナルっ!いやぁ!もっと、もっと、奥まで、してぇ!」

  「マメっ!」

  「あぁぁぁぁ!」

  ケリーの小さな尻が、そそり勃つカーディナルの怒張を一気に飲み込んでいく。

  灼熱の棒が、腹の中を突き進んでくる感覚に前立腺を刺激され、ケリーは仰け反りながら挿入だけで射精してしまっていた。

  「あひぃん!や、やう~!」

  「挿れただけで、達ったか」

  「……らないで……」

  「何?」

  「嫌い、に、ならない……で」

  「……何故、嫌いなどなる?」

  「だって、……僕、いやらしい、から……」

  オメガの快楽の欲望が、こんなにも凄まじいものだとは知らなかった。

  メスよりも淫乱な性質だと、オメガが言われる所以も分かる。

  こうして無意識にも、カーディナルの肉棒を揉み解すようにして、隘路が蠢いている。

  己が媚肉の暴走を、ケリー自身、止められなかった。

  「僕、こんなに、いやらしいからぁ」

  「お前がいやらしくなるのは、私を愛しているからだ」

  「ふぇっ?!」

  「愛しているから、まるで発情期のように濡れる。私を受け入れようと体が開き、私を満たそうと、ここを引き締めるんだ」

  「ほ、ホント?!」

  「お前がこうなるのは、私にだけだ。運命の番とは、そういうものだ」

  「カーディナル、も?」

  「もちろん」

  こんなに感じた事はなかった。

  ケリーが発情期でもないのに獣化したり。

  挿入もしていないのに射精してしまったり。

  どちらかといえば、自分は遅漏か、不能なのではないかとすら思った程で、周りからもそれを心配されていた。

  それがケリーに関してだけは、まるで精通して間もない思春期の少年のように盛ってしまう。

  「私がどれだけ、お前に対していやらしくなってしまうのか、教えてやろう」

  カーディナルはケリーの体を持ち上げて雁首のギリギリまで引き抜いて、再び細腰を突き落とすかのように一番根元にまで飲み込ませ。

  全てを咥え込んだ蜜壺へ、下からもグンッと突き上げた。

  「はうっ!」

  「お前がこうして私を受け入れ、愛してくれる限り、私は勃起し続け、お前に子種を注ぎ続けるだろう」

  カーディナルのペニス根元から膨張するような圧迫感がケリーの体内を更に拡げようとする。

  「あヒャン!お尻、の中、裂けちゃう~!」

  「このまま、何度も射精し続けるぞ。お前の[[rb:子宮 > なか]]を満たす為に」

  「あ、あ、やぁぁぁぁ!」

  カーディナルは腰をゆっくりと回し始めた。

  チュク、チュクと濡れた音を立てて、粘膜をかき回す。

  その体内から襲い来る快感に、ケリーも痙攣するようにして尻を前後させる。

  やがて、それは徐々に早くなっていき、もう互いが快楽の虜となった時には、まさに獣のように突き上げていた。

  [newpage]

  [chapter:意地っ張り王、デレ王になる④]

  ケリーは腰を掴まれたまま、体を上下に揺さぶられていた。

  熱棒は、小さな尻を拡げるようにして、出入りしている。

  カーディナルの腹の前で、巻いた尻尾が揺れ、赤いリボンがチラチラと見えるのには、欲望に拍車がかかった。

  完全に勃起した熱杭が、更にグンと膨張する。

  その勢いを直に感じて、ケリーは内太腿を引き締め、腰をくねらせた。

  「フヒャァァァン!」

  「くっ、……引き、千切るつもりかっ、マメ!」

  「ヒャン!」

  カクンとケリーの体が、前方向に倒れる。

  その白く、すべらかな後ろ首に牙を立て、噛み締める。

  番の印を付けられると同時の絶頂は、想像を越える快感だった。

  ケリーは下肢をガクガクと震わせ、オスの部分からも、メスの部分からも潮を吹いていた。

  その絶頂が堪らないのか、いつまでも腰を振り続ける。

  カーディナルもまた、蠕動するケリーの中へと、子種を注ぎ続け。

  ビュウッ、ビュウッと何度も吐精し、吐き出す度に腰を突き上げる。

  そうして長い射精を終えてもまだ、カーディナルの勃起は治まらず、強欲な雄はケリーの中に存在し続けていた。

  「あ、あ、あんなに、出たのにぃ。まだ……」

  「まだ夜は長い。私の愛の重みを知るのは、今からだぞ」

  「やぁ!し、死んじゃうよ~!……キャフン!」

  ケリーは挿入されたままクルリと体を回転させられて、今度は向かい合わせになった。

  目の前にカーディナルの麗しい顔がある。

  その唇へ、引き寄せられるようにして口付けた。

  その合わさった唇が深くなっていく程に、カーディナルの下からの突き上げが激しさを増す。

  ケリーは長いカーディナルの髪の毛に絡ませながら、その首に手を回した。

  そうしてゆっくりと体を倒される。

  それからは、時間が分からなくなる程に抱き合い、何度も絶頂を極め。

  カーディナルが尻尾がドロドロになるまでと言っていたが、それは本当に実行され、尻尾どころかその全身が愛液にまみれにされた。

  カーディナルは、長い交接により既に意識を朦朧とさせている愛する獣人の体を、いつまでも堪能し続けた。

  [newpage]

  [chapter:意地っ張り王、デレ王になる⑤]

  日も高くなった頃、カーディナルの自室の扉が勢いよく開け放たれる。

  そんな暴挙に出れる獣人は、この国にただ1獣人。

  ダニエルだった。

  「もうお昼ですよ!いつまで交尾してるんですか!発情期でもないのに!……ていうか、ケリー様はヤリ殺されてませんよね?!」

  「殺されてなんかないよぅ」

  ダニエルが訪れた時、それはもう絶句ものの光景だった。

  俯せになったカーディナルの尻尾を、ケリーが掴んでハムハムしている。

  ピスピスと鼻を鳴らしているあたり、ご機嫌のようだ。

  誇り高きレッド・キングたるドーベルマンが、その尻尾を明け渡し、オモチャにされていたのには、ダニエルも目を疑った。

  「ラブラブなのは大変によろしいのですが、あんまり齧るとカーディナル様の尻尾がハゲますよ」

  「え~?!ハゲちゃやだぁ!」

  「ハゲちゃやだぁ!じゃありませんよ!ほら、お二方供、お風呂に入って、服を着て下さい。……あ!お風呂でまた交尾しないで下さいよ!」

  「お前は、どれだけ私をスキモノにしたいんだ」

  ケリーを退けて、のそりとカーディナルが起き上がる。

  愛しい短い尻尾を奪われて、代わりに自らの親指を噛んで口寂しそうにしているケリーに、啄むようなキスをした。

  そのキスに、昨日の余韻が甦りそうになって、ケリーが「アンッ」と甘い声を上げると、すぐ様カーディナルは体を反転させて、その先を続行しようとした。

  「コラァ!言った先から交尾し始めるなぁ!終わりがないわ!」

  「うわ~ん、ダニエル~!」

  「ホントにもう!」

  カーディナルの下から抜け出したケリーの体に、バスローブをかけてやる。

  昨日の行為の激しさから、ケリーは腰が抜けてしまい、カクンと膝を折る。

  ダニエルは即座にそれを掬って、抱き上げた。

  「おい!ダニエル!それは私の役目……」

  「いいから!早くお風呂に入って来て下さい!ヴァーミリオン様とバーガンディ様がテラスでお待ちですよ。昼食をご一緒にと。ちなみにメニューは、デランダ牛のハンバーグです」

  「ハン、ハン、ハンバーグ~!ハンバーグ~!イェイ!」

  「ほら!ケリー様、暴れない!」

  ハンバーグはケリーの大好物だった。

  「食後に、仰せつかっておりましたものを、色々とご用意しておりますので」

  「では、やっと本格的に始められるな」

  「え?何?……何を始めるの?」

  カーディナルがベッドから降りて来て、ケリーの額にキスをする。

  その顔は、いつになく晴れやかな笑顔だった。

  「お前と私の結婚式の準備だ。かつてなく華やかで、荘厳な式にするぞ」

  ケリーは「キャフン」と喜びの奇声を上げた。

  ダニエルの腕から、カーディナルへと手を伸ばし、その体も愛するオスの腕の中へ移される。

  カーディナルに抱かれ、ケリーは充足した息を洩らす。

  そこからはまた、キスの応酬になった。

  今度こそ、本当に。

  晴れてカーディナルの妻となって、この国の唯一である、スカーレット・クイーンとなる。

  そして、この先もずっと、レッド・キングダムの王に寄り添って生きていく。

  ずっと、ずっと、互いの手を握り、共に歩んでいく。

  愛し、愛され、満たされる。

  ケリーのその大きな瞳は、喜びの涙で潤んでいた。

  ーENDー

  2018,08,14

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