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傲慢王子の溺愛花嫁

  [chapter:序章・野良ネコの独り立ち]

  いつまでも続く深い山々は、いくら歩いても抜ける兆しが見えなかった。

  かれこれ歩き詰めて5日目。

  辺境の村、ネコ族の長の子として生まれたミキは、ネコとしての野生の勘が間違っているとは思わなかったが、そのあまりにも代わり映えのない風景が続く様には、多少の不安が襲い始めていた。

  ミキの生まれた村は、生きていくのもやっとの貧しさだった。

  村の獣人が耕す畑は痩せていたし、あまりにも田舎ではあったので、他の種族との交流がほとんどなかった。

  大体に於いては、一つの村には同じ種類の獣人が住んでいるものだが、ミキの村のネコ達はあらゆる毛色の獣人ばかりだった。

  恐らく、先祖に混血されたものとは思われたが、それ故に、村は『野良ネコの村』として、他の獣人達から疎遠にされていた。

  それでもミキは、多少見てくれだけはマシな方だった。

  真っ黒な尻尾は艶やかだったし、尖った黒い耳も真っ直ぐに伸びて、品がある。

  良く言えば、小柄なブラック パンサーにも見えなくはない。

  大きく輝く真っ黒な瞳は、愛くるしく、小柄ながらに手足には程よい筋肉の付いた、スラリとした肢体だった。

  だがしょせん、黒ネコではあったので、凡獣人以下の小型の獣人だった。

  獣人にも様々な種類のものが、この地に生息していた。

  どの種族も その身体能力により階級分けされていて、それは能力の高い順から『アルファ』『ベータ』『オメガ』に分類されていた。

  リーダー格であり、獣人としてのあらゆる能力が高い『アルファ』が群れを率いる。

  『ベータ』は凡獣人であり、『アルファ』に追随して、支える。

  そして繁殖力だけはあり、妊娠率の高い『オメガ』は、ただひたすらに子供を産む存在として生き長らえるだけの、ヒエラルキーとしては最下層の存在だった。

  特にオスのオメガともなれば、メスよりも需要が低いし、発情期がある上に妊娠、出産の期間も長いので、働き手としては何の役にも立たなかった。

  ミキはネコ族の長の子であり、オスではあったが、子宮を体内に持つオメガであった。

  いくらミキが族長の直系だとしても、オメガである限り、父の後の族長を継ぐ事はなく、村の働き手としては最下層だ。

  もしもこれがブラック パンサーだったとしたら、例えオメガだったとしても貴族の仲間入りをしていただろうし、王族ならば完全なる獣化も可能な筈だ。

  獣化は、力を持つ獣人である王族が、古の祖先に近くあるという証でもあった。

  より力が高まった時、その姿は原始の『獣』へと変化する。

  平獣民以下のミキには、獣化など一生、起こる事はない。

  ミキのような、小型のネコやイヌのなどの獣人達は、主に農業や狩猟を専業として、田舎で生活をしていた。

  デランダ王国の王都に近く住む者は、強い獣人が選ばれて住み、城下町では山ネコ族や大型のイヌ族などが、商売を営んでいた。

  更に王都の中心部には騎士団や大臣、宮仕えの者が住み、貴族、王族達が主権を握り。

  その頂点には、この国で最高の力を持つ百獣の王が君臨していたが、既にその息子には『獅子王』の名前は譲られていた。

  齢15にして、『獅子王』の名を戴いたエイドリアン王子は、王の中の王であるライオン族のトップに立つ『アルファ』だった。

  歴代の王の中でも、類を見ない美しさと、強さと、知性を兼ね備え、『神の申し子』とまで言われた伝説的な存在だった。

  そしてある日、その父王から全ての獣人達へと、御触れが出された。

  『この度は、獅子王エイドリアンの花嫁を集う。エイドリアンは妃を迎えた後、正式に王位を継ぐものとする。花嫁の条件は、種族の長の子である事。毛並みは艶やかである事。発情期を迎える直前か、迎えてはいても処女である事。オスのオメガである事』

  ミキも、例え野良ネコ一族と言われようが、一応はこの条件に当て嵌まっているとは言えた。

  そして、もしも花嫁に選ばれたとしたら。

  花嫁にはなれなくても、側室や、妾妃にでもなれたとしたら。

  ミキの一族が住む貧乏村も、王都デランダより何らかの恩恵がある筈だ。

  『獅子王のメス』だというステイタスは、野良のオメガのミキにすれば最上級の肩書きになる。

  獅子王の中でも、多くのメスを囲える精力のあるライオン族であれば、後宮の端っこ位には引っ掛かるかも知れない。

  「でも、何で『オメガのオス』限定なのかな?『アルファ』でも『ベータ』でも『オメガ』でも、メスなら子供を産めるのに、どうしてわざわざ『オメガのオス』限定なんだろ?」

  そこには引っ掛かりを感じつつも、歩き続けて5日目の昼過ぎ、ようやく王都の裾野である田畑が見えはじめた。

  あの畑を越えて行けば、城下町へ。

  更に進めば、宮殿や王族達の住む城へと辿り着く。

  ミキは足早に歩き出した。

  どうあっても、夜になるまでには王都の中心部に辿り着きたかったのだ。

  [newpage]

  [chapter:第一章・黄金のたてがみ1-①]

  獣人達の住む、デランダ王国、王都。

  華やかな店が軒を連ねる街並みを通り抜けると、巨大な城壁が現れる。

  その城壁に守られた城や宮殿は、貴族や王族や大臣、騎士などの選ばれた獣人だけが住む事を許されていた。

  この国の政治の全てがここで担われていて、ミキの住んでいた木造の家々が集まる集落とは天と地程にも違う、目映いばかりの巨大な城が建ち並んでいた。

  その警備は強固なものであり、城門の入り口にある検問を通らなければ中には入れない。

  外からの者は、前もっての綿密に記された書類を提出し、認可の下りた者にしか、通る事は許されなかった。

  ミキは、検問の列に並び、その高い壁を見上げていた。

  「ふぁ~。空に届きそうな壁だなぁ~」

  「おい、次の奴!」

  「あ!はいはい!」

  「許可は取ってるか?」

  「エイドリアン殿下の花嫁募集ってのに送ってるんですけど」

  「お妃候補?お前が?」

  「そうだけど、何か?」

  「いや……えらくチンクシャ……じゃなくて、小柄だな、と」

  「悪かったな!」

  お妃候補の御触れは、デランダの国中に出されていたが、『一族の長の息子のオメガで、処女』ともなれば、人数はかなり絞られる筈だ。

  それも、お妃というからには、ライオン、ピューマ、パンサー、ジャガー、チーター、タイガーなどの由緒正しい貴族や王族の大型獣人のオメガが集まるのは必至だろう。

  「まぁ、いないかもな。ネコなんてさ。それも毛並みの良い猫ならまだしも、雑種の野良ネコだもんな……」

  しかし、ミキには貧乏な村を少しでも楽にしてやりたいという忠義の心があった。

  こうなれば、妾にも引っ掛からなければ宮殿の掃除夫でも構わない、という志の低さで、己を奮起させ、城門をくぐった。

  貴族や王族達が住む大きな城をいくつも通り過ぎた先に、デランダの獅子王エイドリアンが住んでいる宮殿があった。

  そこは、どの城よりもきらびやかで、大きな居城だった。

  白い壁のあちこちに、ライオンやタイガーなどの彫刻が施され、装飾品ですら牙を向いた猛獣がモチーフにされている。

  部屋数に至っては、何部屋あるのか見た目では数えきれない程だった。

  ミキは、その荘厳な建物を目の前に目眩がしたが、ここにまで来て おめおめと村に帰る訳にはいかなかった。

  「よっしゃ!行くぞ~!せ~のっ……、たぁ~のぉ~もぉ~!」

  ミキが大きな玄関扉のドアノッカーをガンガンと叩いた。

  こんな金具ですら、ライオンを模しているなんて、もうイヤミを通り越して いっそ清々しい。

  しばらく「たのも~!たのも~!」と叫んでいると、やがてゆっくりと扉が開かれ、中から一獣人のオスが現れた。

  「はいはい。何かしらん。……あらカワイコちゃんね。新しい召し使いの子かしら?」

  「違~う!召し使いじゃない!嫁さん候補!獅子王の!」

  「え?エイドリアン殿下の?お妃様?……ちょっと、あんた、何か勘違いしてない?」

  「何だよ!入り口の受付で、ちゃんと名前が通ったぞ!登録されてるぞ!」

  「あらあら、だったら私の担当のお姫様じゃない!ごめんなさいね~。どうぞ、中に入って」

  扉の開かれた先は、外観以上に豪華な彫刻や絵画を施された、ド派手な壁面が目に飛び込んで来た。

  だが、その内壁よりも驚いたのは、目の前にいる獣人だった。

  喋り方は、何やら はんなりと女っぽい。

  だが、思った以上に大型の獣人であり、三白目の鋭い目付きは肉食獣そのものだ。

  そして、その尖った耳や、艶やかで豊かな毛並み尻尾は、相当に由緒ある出身の者に思えた。

  ミキは、途端に失礼な物言いをしてしまったのではと焦り、改めて背筋を正した。

  「す、すみません!もしかして、王族の方でしたか!失礼を致しました!」

  「あら、やだん♪そんな畏まった喋り方しないで。私は確かにオオカミ族にしては大型だけど、ここの召し使いよん♪」

  「そ、そうなんすか?」

  「ミキちゃんはお妃候補だったらオメガね。それも……黒ネコちゃんかしら?」

  「あ、はい。申し遅れました……」

  「敬語はいやん♪」

  「え?あ、おう!俺はマウンテン スモール ペニンスラから来た、ネコ族のミキってんだけど!」

  「ミキちゃん!よろしくね!私は、フランよ~。ウフ♪可愛~い」

  フランはミキを抱き締めると、その大きな尻尾をバサバサと振って喜んでいた。

  「フラン……アルファにしちゃ、何かオカマっぽいな」

  「ミキちゃんだって、オメガにしたら男らしいじゃない」

  「まぁな。俺は今でもいつか発情期が来て、子供が産める体になんのかな~と思うと、冗談じゃないの?って位に信じらんないんだけどな。俺、村のアルファにも喧嘩で負けた事ないのに」

  「もう、やだん♪ミキちゃんが可愛くて、男臭くて素敵過ぎる~!あ、私、ミキちゃんのお世話係だから!」

  「お世話係なんて付くのかよ?!」

  「いわゆる側仕えね。一獣人に一獣人ずつはね。でも、気位の高いお姫様で十獣人位、付けてる子もいるわよ~」

  フランはそう言うと、お世話係とは思えない馴れ馴れしさで肩を組んで、宮殿の中奥へとミキを連れて行った。

  宮殿の側近は、皆オカマなのだろうか。

  ミキは、不安な面持ちで宮殿暮らしをスタートさせたのだった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ1-②]

  宮殿奥の後宮へと向かう途中、すれ違った獣人達は、皆が皆、美しい大型獣人だった。

  ここにいるという事は、使用人以外は王族か貴族ではあるだろうし、その血筋も毛並みも、ミキの村では有り得ない美しい獣人ばかりだった。

  「フラン。ここにいる獣人は、皆、お妃候補の獣人か?」

  「使用人とかもいるから色々よ。まぁ、ここは召し使いでも大型のベータか、小型でもアルファの貴族だわね~」

  「ほあ~!召し使いまでも、俺より偉い人達なのか~!益々をもってして、田舎の野良ネコの俺じゃ、お妃様に選ばれるような気がしない!」

  「偉いからって優れてる訳でもないのよん。馬鹿な奴らもいるんだから。……まぁ、追々、分かるでしょうけど」

  「フランも貴族なんだろう?」

  「私はオオカミ族の貴族のアルファよん♪」

  「貴族のアルファが、召し使いやってんのかよ?!」

  「お世話するのが好きなんだもの~!私の家事能力、相当高いわよ~。良かったわね~、付いて貰えて!」

  「おお!フラン様!」

  「ヤダやめて。怒るわよ。言っとくけど、私が本気出したら、ミキちゃんなんて ほんの一咬みよ」

  「や、やめて下さい……」

  フランの肉食獣そのものの野生味溢れる眼光の鋭さで睨み付けられると、途端にミキの成体本能から怯えが走り、耳を臥せ、尻尾を垂らしてプルプルと震えだした。

  冗談よ~ん、と言って抱き付かれた後、フランに後宮での与えられた部屋へ連れて行かれると、そこはミキの予想を越えた景色が広がっていた。

  「な、何だ?!この部屋はぁ!」

  「ミキちゃんの部屋よ~ん♪」

  「間違いじゃないのか!ここはエイドリアン殿下の部屋じゃないのか!」

  「ヤダん。殿下の部屋はもっとスゴいわよ。ここは一番小さい部屋、なんだけど」

  「広いわ!俺の家、4軒分だわ!」

  「ちょっと、ミキちゃんの実家、どんな所なのよ?まさかウサギ小屋?」

  「ここに比べたら、まさにネコ小屋だよ!」

  ミキは一通り部屋中を探索し、ベッドでお約束のトランポリンごっこをしてから、一息ついた。

  フランは、そんな子ネコのようなミキを可愛い、可愛いと言って悦に入りながらクネクネしていた。

  「ミキちゃんで、最後のお妃様候補だから。多分、夕食には一同に会すると思うので、ちょっと予備知識を授けるわね」

  「あ……、うん」

  「ミキちゃん以外の候補は、全員で18獣人よ。多分、殿下がお気に召さないのは早々に帰すと思うから、人数は減ると思うけど」

  「早々に?エイドリアン殿下って、そんなに気難しい人なのか?」

  「気難しいっていうか、我が儘っていうか、暴君っていうか、高飛車っていうか」

  「どんな人だよ!」

  「そりゃ、100年に1度の神にも勝る獅子王と言われる方だから。でもね、ここだけの話だけど。こんな風にお妃募集の御触れを出したのには、色々と訳アリでね」

  適度に地位や美しさがあっても、エイドリアン自身がメスを極端に嫌がるので、番をと望んでもオスしか有り得ない。

  だから、この度は手広く範囲を拡げて、血統の良いオスのオメガが集められたのだ。

  「殿下は子孫を増やしたがらないのよ。あんなに優れた血統なんだから、絶やしたら駄目だってんで、周りが躍起になっててね。側室も設けても廃止しちゃうし、妾妃にしてもメスは追い出しちゃうしね」

  「え?殿下、今、側室も妾妃もいねぇの?」

  王族のトップともなれば、自分の子を生むメスを多く囲うのは当たり前の事だった。

  妃はまだであっても、そんなメスは後宮に鈴なりだと思っていた。

  「後宮は、今、他の直系の王族の正室様や側室様、妾妃がいるけど、エイドリアン殿下は妾妃だけは残してるの。オスのベータが8獣人だけ」

  「オスのベータ……。子供、出来ないじゃん……」

  「そうなの。あくまでも獣化しないようにする為の、性欲の捌け口よ。……まぁ、殿下はメス嫌いだから」

  より血筋の優れた大型の王族は、普通の獣人達よりも古の本能に特化していて、獣古来の姿へと戻れるという能力が残されていた。

  極度の興奮状態や、好戦状態になるか、精力が満ちると、元来の獣そのもの変 化メタモルフォーゼしてしまう。

  だが、日常的に獣の姿に戻る訳にはいかなかったので、その精力を溜めさせない為に、側室や妾妃は絶対的に必要ではあった。

  「メス嫌いっていう問題だけじゃなくてね。殿下が周りに心配されてるのには他にも理由があって」

  「他にも?」

  「エイドリアン殿下はね、何でか発情期のフェロモンに反応しないのよ。だから、どれだけメスやオメガが尻尾を振ってアンアン言っても、どこ吹く風、なのよね~」

  「フェロモンに反応しない~?!」

  ミキはフランの言葉に愕然とした。

  それは、見た目も血統も劣る自分には、発情期のフェロモンで落とす位の事でしか抗えないと思っていたからだった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ2-①]

  皆が集まるだろう夕食会まで何となく身の置き所がなく、せっせと身の回りの物を持ち寄ったり整理したりというフランを部屋に置いて、ミキは宮殿の探索をする事にした。

  野良ネコの世話をする王族のアルファって何なんだ?と違和感を覚えつつも、ミキはフランには好意を抱いていた。

  普通なら自分より下の者の世話なんぞはしたくもないだろうに、フランはミキを可愛くて堪らないと言いつつ構い倒した。

  甲斐甲斐しく風呂に入れ、ギャーギャーと暴れまくる水嫌いのミキを押さえ込んで、泡まみれにした。

  風呂で身綺麗にされ着せられた服は、今まで着ていた木綿の着倒したようなボロはなく、手触りの良い、細かな刺繍が施された貴族の男子が着ているような華やかなドレススーツだった。

  ミキが普段着で良いと言うと、これが普段着なのだとフランに言われてしまった。

  かつて匂った事がないような高級シャンプーに、思わず「風呂、好きになるかも」と言うと、嬉しそうにグルーミング(髪の毛から尻尾までブラッシング)してくれた。

  「それにしてもデケェ城だな~。あ、後宮か~。宮殿以外にも、後宮が4つもあったら覚えらんねーや」

  ミキが入ってきた本殿はエイドリアンの住む宮殿だが、その中央を抜けて奥に進むと、4つの城が建ち並んでいた。

  北の宮と南の宮には、以前は多くの側室や妾妃が住んでいたが、今は誰も住んでいない。

  東の宮には、エイドリアンの妾妃達が、そして、西の宮には、ミキを含むお妃候補のオメガ達が住んでいた。

  「一番宮殿から近い手前が南の宮で、一番奥が北の宮か~。いやいや、これは一人でウロウロしたらマズいな。帰れなくなりそうだから、今度、フランに道案内して貰お~っと」

  そう言ってミキがクルリとUターンすると、ドスンの何かにぶち当たり、目の前が真っ暗になった。

  「うわっ!ご、ごめん!」

  「……何なの?お前。掃除の者?」

  「いやいや掃除の人じゃないよ。俺は……」

  ミキは言いかけたものの、息を飲んで絶句してしまった。

  目の前にいる獣人は、ミキよりも頭2つ分、背の高い、紛れもなく超の付く最上級の大型獣人のオスだった。

  細い尻尾の先に丸みを帯びた黒いぼんぼりのような毛玉が付いている形状からも、種の頂点であるライオンのオスであり、アルファだろうと思われた。

  その逆三角形の上半身は獰猛な筋肉で覆われていて、纏う甲冑のようなデザインの白い軍服は、騎士団のものというよりかは、礼服のような華やかさだ。

  そんな派手な服装にも負けない壮絶な美貌が、そこにはあった。

  白皙の面差しは彫りが深く、鼻梁も通っていて、唇の形ですら作られたもののようですらある。

  青く澄んだ瞳は宝石のように輝き、腰にまで流れる金の巻き髪は蜂蜜色で、しっとりとしている。

  その見た事もない、圧倒的な『美』に対して、ミキはもう ただ、あんぐりと口を開けっ放しにして見惚れていた。

  「掃除じゃなかったら、料理人?……それにしては小ましな服装ではあるけど。……『馬子にも衣装』って位に似合わなくて陳腐だけどね」

  「何だとぅ~?!」

  その麗しい男の口から漏れた言葉は、見た目を裏切るような毒々しげで、嫌味なものだった。

  「俺だってな!似合うとは思ってねぇわ!ていうか、これしかないって言われたら仕方ないだろ!」

  「ああ。小さいサイズがないって事だね。ここには子供服は置いてないだろうから、お前の着られる服はそうないかも。でも、その服のお陰で、中身のみすぼらしさは少し軽減されてるから良かったね」

  「何なんだよ!あんた!何かイチイチ、グサグサとイヤミだな!そんなに性格が悪かったら、友達も出来ねぇぞ!」

  「別に友達なんていらないし。……というか、みんな私より身分が低いから、誰も友達になんてなれる筈もない」

  「えらっそーに!何様だよ!あんた!」

  「だって、父上を除けば一番偉いんだから仕方ないだろう?」

  「はぁ?!」

  「お前、まさか私を知らないの?」

  この宮殿で二番目に偉い、と言われて、それに該当する人物は この国に一人しかいないと察して、ミキは顔面蒼白になった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ2-②]

  デランダ王国の神にも等しい存在、獅子王エイドリアン。

  まだ王位に着任する前から『獅子王』の名を戴く、生まれながらにして王たる王であるオス。

  この外見で、偉い獣人と言われれば、もうその人しかいない。

  高慢な程の威厳ある容姿と口調で、これがまだ15歳だというから信じられない。

  ミキは今年で18になったのでエイドリアンより年上の筈だったが、十中八九の獣人がミキの方が年上だとは露程にも思わないだろう。

  「あっ、あっ、あっ、あんた、まさか、エイドリアン殿下?!」

  「そうだけど?」

  「し、失礼致しましましまひた!」

  「何を今更 噛んでるの?お前はネコ族かな?また随分と私も軽く見られたものだよね。使用人に大口叩かれるとは……」

  「す、す、すみませんでしたぁ~!」

  クルリと踵を返し、ミキは全速力で その場を立ち去った。

  もう駄目だ、と思った。

  ミキの第一印象は、恐らくエイドリアンの中では最悪だろう。

  この国のトップである獅子王に、平民以下の貧民野良ネコ如きが、タメ口を利いたのを許せる筈もない。

  終わった。

  夕食会での初見合わせの前に、終わらせてしまった。

  ミキは、しおしおと尻尾を垂らして部屋へと帰った。

  部屋で待っていたフランに一連の出来事を話すと、ヒィッと喉を引き吊らせて戦いていた。

  「な、何してんのよ~!ミキちゃん!あんな派手なオスが、エイドリアン殿下以外にいる訳がないじゃない!」

  「いや、今、思えばホントそうだった。今更だけど、あからさまな獅子王だった。コテコテの獅子王だった。俺はアホだ。もう死んだ方が良い位のアホだ。親父にどやされるかも知れないけど……村に帰るわ……」

  「何言ってんのよ~!あんたの結婚に村の存亡がかかってるんでしょ~!」

  「そうなんだけど、あれだけ失礼な口を利いた俺を、お妃様なんかにする筈もない。もしかして俺が発情期を迎えたら、どうにかなるかな?とか思ったけど、もう それ以前の問題になっちまった」

  ミキは発育が遅いのか、まだ一度も発情期を迎えた事がなかった。

  それでも、近頃はムラムラとする事もあったので、そろそろ来るかな、とは思っていた。

  それ以前に、エイドリアンが発情期のフェロモンに反応しないのなら、それこそ問題外だ。

  かくして、ミキの『発情期お色気ムンムン作戦』は、迎える前に撃沈した。

  だが、それにはフランが食い下がった。

  「大丈夫よ!ミキちゃん!私が今から色々と着飾ってあげるから!」

  「着飾るってな……。俺は女じゃないから、ドレスや化粧品なんかで誤魔化しは出来ないぞ」

  「それっぽく!それなりに!何となく!」

  「ダメだ……ネコなのは隠しようがない……ただでさえ、ネコ族の俺がお妃様に立候補するなんざ、身分違いも甚だしいってのに」

  「だ、大丈夫よ!殿下は世襲には拘らない方だから、お妃様が半野良ちゃんでもオッケーの筈よ!」

  「半野良……。まぁ、その通り、俺は家があるだけの野良なんだけどな。でもさ、エイドリアン殿下程に濃い血筋なら、子孫を残したいっていう本能がある筈なんじゃないの?発情期のフェロモンにも反応しないって、淡白なの?」

  「淡白かどうかは知らないけど。獣化しない程度には、東の宮には通ってるわね。特に、妾妃のフレデリックがお気に入り、みたいだけど」

  「そんなら、そのフレデリックと結婚すれば良いじゃん」

  「だから、フレデリックはベータなのよ?子供が出来ないのに、妃になるなんて許される訳がないでしょ。もう……こんなにも子作りに興味なかったら、王位第ニ継承者のレオナルド様に王位を取られちゃうわよぅ~」

  デランダは世襲よりも、より獣人としての能力が高い方に王位を譲る事を許されている。

  レオナルドは、ブラック パンサーの血を引き、その繁殖力は王族一であり、メスやオスのオメガを多く囲っていた。

  子作りをしようとしないエイドリアンは、そういう意味ではレオナルドに精力が劣るのではと言われている。

  だが、妾妃がいる事で一応は次代の王になるのを認められているという現状だった。

  性欲はあっても、本能は子供を欲しがらない。

  それは、ライオンとしての宿命でもあった。

  ライオンオスはメスと交尾したいが為に、子供を殺す事もある。

  滾る性欲の方が強く、子供への愛着が湧かない。

  だからこそ、多くのメスやオメガの側室や妾妃が必要ではあるのに、エイドリアンはそれを持とうとはしなかったのだ。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ3-①]

  その日の夕食会は、まるで何かのパーティーかのような、皆が派手な装いでの集まりとなっていた。

  お妃候補には、ミキが一番最後に宮殿を訪れるのを待ってか、一同に会するのはその日が初めてだった。

  だが同じ西の宮にいる何人かは挨拶を交わしていて、顔見知り同士にはなっていたようだった。

  キラキラとして眩しい。

  ミキは、あまりの眩しさに目眩を起こしていた。

  お妃候補は全員で18獣人、恐らく全員、王族のオメガだ。

  ライオンや、タイガー、チーターなどの大型獣人ばかりで、ミキのような小型獣人は見当たらない。

  場違いな所に来てしまったと、ミキは改めて後悔していた。

  皆が美しい巻き髪や、艶やかな尻尾を優雅に揺らし、その美貌から笑顔を振り撒いているが、互いの目線だけはあちこちでバチバチと火花を散らしていた。

  周りのあまりの麗しさに、ミキは俯いてしまった。

  自分だけが、浮いている。

  フランが頑張ってミキに似合う最大限の飾り立てをしてくれたが、どこから見ても『お子様の音楽発表会』程度にしか見えない。

  そういう場では大体、一人は全く似合わないドレッシーな服装の勘違い野郎がいるものだが、ミキがまさにそれだった。

  案の定、そのバチバチと闘い合う目線の端にすら、ミキは入れても貰えなかった。

  というか、召し使いがグラスを運ばずにボーッと立っている、という程度にしか認識されてはいないのかも知れない。

  執事の指示による着席の後、この度のお妃選びに関する簡単な説明がなされた。

  とにかくエイドリアンが気に入った者が優先されるので、それに従う事。

  エイドリアンが決められなかった場合は、いち早く発情し、エイドリアンの子供を成した者が妃になる事。

  そういう意味では、この『エイドリアン争奪戦』は、発情期を迎えている者の方が有利にも思えたが、エイドリアンには発情フェロモンが通用しないので、下手な お色気攻撃はマイナスになるとも通達された。

  食事をしながら順番に自己紹介をするようにと言われ、上座に近い者から席を立って自己アピールをし始めた。

  その上座にはエイドリアンが座っている。

  流石に、このきらびやかな面々の中でも、一番の麗しさで際立ち、輝いていた。

  だが、既にエイドリアンはこのメンバーを把握しているのか、気だるそうにしながら、自己アピールしている者に目を向けようともしなかった。

  今回のエイドリアンは、軍服のような装いだった先程とは違い、深いドレープの神官のような出で立ちだった。

  その白地に金の刺繍がされた豪華な装飾を見て、ミキは「食ってる料理の汁が飛んだら、後のシミ抜きが大変そう」などと貧乏臭い事を考えていた。

  ふと、エイドリアンの隣を見ると、初顔合わせの場で最早、妃のような顔をして座っているオスが目に入った。

  その者は、ルシアというライオン族のオメガで、美しい金の長い巻き毛を、悩ましげな仕草で掻き上げていた。

  ルシアの美貌と、獣人としての色気は、他とは段違いに優っていた。

  エイドリアンと同じライオン族であるという優越感や、プライドのようなものが滲み出ていて、他の者を寄せ付けない高慢な雰囲気すらある。

  ルシアを見ていると、デキレースにしか思えないような気がした。

  あまりにも自分と違い過ぎて、同じ獣人とは思えない。

  ミキが そんな風に食事を口に運びながらモヤモヤとしていると、各々が自己アピールを終え、いつの間にか末席である自分に順番が回って来た。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ3-②]

  ミキは席から立ち、「マウンテン スモール ペニンスラから来ました、ミキと言います」とド田舎丸出しの出身地方を口にしてから、はたと気が付いた。

  そもそも皆は王族ではあったので、すぐ近くの城に居を構えている者ばかりだ。

  そんな山奥から出て来たのは、自分しかいない。

  おまけに、皆がアピールしていたのは、楽器だの、歌だの、刺繍だのと、何やら高尚な趣味や特技だった気がする。

  ミキの特技と言えば、魚釣りや、狩りなどのアウトドアな(実生活に直結した)生きる為の仕事しかない。

  裁縫は得意だったが、ほとんどが破けた部分を繕うテクニックに長けているだけだった。

  貧乏臭過ぎる。

  とてもじゃないが、この場で発表する勇気がない。

  「えっと……、えっと……、得意技はですね……」

  ミキが言いあぐねていると、一匹のハエが目の前をプ~ンとホバリングしていた。

  感情ではマズイ、と思ったが、本能ではもう先に体が動いていた。

  「フニャッ!」

  ハエを掴もうと手を伸ばすと、ハエの方も生死がかかっているからか、スピードを増して飛び回った。

  「フニャッ!フニャッ!フニャーッ!……っしゃぁあ!やったぁ!捕まえてやったぜぇっ!」

  意気揚々とハエを捕まえた拳を高々と突き上げると、辺りは水を打ったかのように静まり返っていた。

  ミキは、一気に全身の血の気が下がるのを感じていた。

  食事中にハエを追いかける野蛮さ。

  野良の極み。

  そんな侮蔑に満ちた目が、ミキの体に突き刺さる。

  その静寂を打ち破ったのは、上座に座するエイドリアンだった。

  「特技は虫取りね」

  「あ!いや!これは!違うっ!」

  「まぁ、品があるとは言えないけど。良く言えば、より古の血を忘れずにいる、という意味では歓迎すべき習性だ」

  「え?そう?マジで?!俺ってスゴい?!」

  「実質は、ただの野良アピールだったけどね」

  「ぐはぁ!」

  「俊敏性と、ジャンプ力は、かなりのものだったよ」

  「やりぃ!」

  「田舎者主張は半端なかったし、知性の欠片もなかったけど。まさかの自己アピールで『ハエ取り』ってのも愚の骨頂だけど」

  「おい!持ち上げるのか、突き落とすのか、どっちなんだよ!それに、イチイチ何か突き刺さるわ!そのあんたのイヤミったらしい物言いが気に食わん!」

  「ミキ、と言ったね。こういう場での言葉使いを知らないようだけど……」

  ここは天下のデランダ王国の宮殿だった。

  それも、この貧乏臭い野良の自分を何とか嫁に貰って頂こうという、受け身の立場だった。

  おまけに相手は、この国の頂点に立とうという獅子王だ。

  「うわぁ~!また、やっちまった~!終わりだぁ!もう、おしまいだぁ!せっかく上等な服着せてくれたのに、フラン!ゴメン!」

  ミキは頭を抱えて、仰け反り、悶えまくった。

  これで本当に全てが終わった。

  スタートで、コケて、全てが瞬間で終わった。

  せめて何とか後宮の隅っこにでも置いて貰い、おこぼれを田舎の村に送ってやりたかった。

  ここまで来たら、もういっそエイドリアンの靴磨きでも良かった。

  ミキは項垂れたまま、自らの席に着いた。

  「こいつにする」

  「は?!」

  執事が、思わず耳を疑って聞き直した。

  「こいつにすると言ったんだ。妃はミキにする」

  「ちょっ、ちょっと!お待ち下さーいっ!」

  執事が叫ぶと同時に、他の席のお妃候補の獣人からも悲鳴が上がった。

  「何だよ、ジョシュア。私が決めた者が妃になるって、さっき言ってたよね?それなら、もう決めたから問題ないだろう?」

  「エイドリアン殿下!そ、それはですね!こんなご決断をされるとは思っても みなくてですねっ……」

  「こんな笑えもしない茶番劇、煩わしい事この上ないよ。どうせ父上よりも母上の策略だよね。私が逃げられないように、勝手に募集なんかかけてくれちゃって」

  「王妃様は、エイドリアン殿下を思ってなされたのですよ!いつまでもお妃をお選びにならないからと」

  「だから決めただろう。ミキに決定。はい、これで終わり。……これ以上拗れさせて、私にお前が執事として無能だから、という理由で退けなければならないような事をさせるな」

  『それ以上言えば、執事の役を降ろす』という脅し文句を添えて、エイドリアンは初日に花嫁を確定してしまったのだった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ3-③]

  食事を終えて、皆が唖然とする中、エイドリアンはミキを引き連れて自室へと戻った。

  エイドリアンの部屋への立ち入りは、エイドリアン本人の許可がいる。

  それは、夜這いしてでも交尾しようとする者を阻止せんが為の、自らが決めたルールではあった。

  今までの獅子王といえば、当然、獣人の頂点ではあるので、自室に何人もの側室や妾妃を連れ込んだり、また、逆に後宮へ行って性の宴に興じるのも当たり前だった。

  多くの強い獣人を産み、育てる事は、王のみならず、優秀な王族のアルファの本能でもあり、使命でもあった。

  だが、エイドリアンはそれを良しとはしなかった。

  気に入った妾妃の部屋にしか行かないし、それも精力が溢れ返りそうになった時だけだった。

  そういう意味では、自身の部屋へ入れるのは、ミキが初めてだった。

  ミキは、エイドリアンの暴挙とも言える先程の行動に、頭の中が真っ白になっていた。

  何故、自分が選ばれたのだろう。

  自己アピールでは、虫を追っかけてしまったという失態しかした覚えがない。

  その愚行のどこが、獅子王の心を掴んだと言うのだろうか。

  だが、困惑から生じて呆然とするミキを、現実へと引き戻したのは、やはりエイドリアンの毒舌だった。

  「しかし、私も相当な物好きだよね。よもや、こんな頭が空っぽの野良ネコを妃にするなんて、執事のジョシュアも想像もしなかったんだろうけど。……あまりの珍事に呆気に取られてたな」

  「頭が空っぽで悪かったな!」

  「頭が軽いから、あれだけのジャンプ力があるんじゃないの?オメガの癖に、狩猟本能に優れてても意味がないけど」

  「うるせーな!俺は赤ん坊を背中に抱えても、狩りに出てやんよ!」

  「ちょっと、聞いた事ないんだけど。子連れ狩人。益々をもって馬鹿じゃないの?この王都のどこで狩りをするっていうんだよ」

  「狩りが出来ないなら、魚釣りに行ってやる!」

  「王都に流れてる水は、全部、噴水か人工的な川だよ?流れてるのは、枯れ葉位じゃないの?何でそこまで働こうとするの?」

  「働かざる者、食うべからず!」

  「私の妃になったら、狩りも魚釣りも必要ないと思うけどね。精々、ハエ取り位にしておけば?そしたらきっと『ハエ取り王妃』ってアダ名が付くだろうし。……似合うな。『ハエ取り王妃』」

  「勝手に人のアダ名、考えてんなよ!この陰険王子が!」

  エイドリアンは、さっきの食事中のムスッとした無愛想な表情から一転、笑いを堪えるのに必死のようだった。

  ソファーに深く腰掛け、拳を口に当てて、背中を震わせている。

  恐らく、先程のミキのハエ追い姿を想像しているに違いなかった。

  「なんであんた!俺を妃にするなんて言ったんだよ!最低の自己アピールだっただろうが!」

  「そうだな。色っぽくないのが良かったかな」

  「何なんだよ!それ!」

  「どうせあの時のような運命の出会いなんて有り得ない。周りからは子供を産ませろ、産ませろとせっつかれて。この呪わしい体も、子孫を残そうと性欲に駆られて、盛るのを止められないんだ」

  「エイドリアン……殿下……」

  エイドリアンは、ライオン族では考えられない、たった一獣人の『[[rb:番 > つがい]]』を探し求めているのだろうか。

  たとえエイドリアンがそれを望んでも、確かに周りが許さないだろう。

  いつの時代も周りの者達は、獅子王に対して より強いオスの、アルファの子を、と待望する。

  そして、エイドリアンが一族の頂点にいる限り、周りの全てのメスやオメガのオスが その子種を欲しがり、またエイドリアン自らも交尾しようとする性欲を抑える事は出来ない。

  そのジレンマがエイドリアンを苦しめているのか。

  そう思うと、ミキはエイドリアンが何だか可哀想に思えてならなかった。

  幼い頃から『王たる王であれ』と育てられ、既に王位を継ぐ前から『獅子王』の名を継いでいる。

  子種欲しさに群がるメスの あまりの多さと浅ましさから、発情フェロモンに反応しない体質になってしまったのは察するに余りある。

  妾妃が全てオスの『ベータ』であるというのも、徹底したメス嫌いのトラウマから、オスを求めるようになったのか。

  そう考えると、確かにミキが色気のないのには、安心出来るのかも知れないとは思う。

  あの艶やかなお妃候補の中で発情期を迎えていないのは、ミキだけだった。

  ミキもオスではあっても『オメガ』ではあるので、成体になりきっていない今は まだ、メス臭くはないかも知れない。

  だがいつかは、発情期を迎える事にはなるだろうし、エイドリアンの嫌いなフェロモンも発するようになる。

  そうなれば、ミキだとてエイドリアンの嫌悪の対象に成り得るかも知れない。

  見た目も釣り合わなければ、血筋も格が違い過ぎる。

  それだけではなく、そのエイドリアンの『番』つがいへの深い想いを容認し、このひねくれた性格を受け入れる大きな器であらねばならない妃としては、自分が相応しいとは考えられない。

  ミキは、一介の野良用ネコ風情が、エイドリアンの望む『妃』になれるとは、微塵も思えなかった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ4-①]

  翌日から早速、妃としての教育が始まった。

  朝から それを聞かされたミキはテンションが下がり気味だったが、教師のいる部屋に向かうと、更に気落ちした。

  その部屋には、あのライオン族の美しいオメガであるルシアを筆頭に、際立って美しかった5獣人のオメガが座っていた。

  執事からの説明には、もしも途中でエイドリアンの気が変わってしまったり、ミキが不妊だったりの場合を考えて、最低限の候補を残したとの事だった。

  ミキが部屋に入るなり、ルシアが身振り手振りも大袈裟に、歓待してくれた。

  「これは、これは!第一候補のミキ様!ご機嫌麗しゅう」

  「……はぁ、どうも」

  「エイドリアン殿下には、この粗野なところが珍しかったのかな?これからどれだけ優秀なのか、同じお妃候補として、一緒に勉強するのが楽しみだよ。私達は、ほんの復習程度の内容だけど」

  確かにルシア達のような王族からすれば、授業内容は常識程度のものだった。

  マナーや作法、ダンスに一般教養など、異色といえば、妃としての心得位のものだった。

  だが、田舎で育ったミキは、初日からついて行ける自信を失っていた。

  その日の授業は行われずに、お妃候補全員が東の宮へと連れて行かれた。

  東の宮は、エイドリアンの妾妃達が住む城だった。

  妃たるもの、側室や、妾妃も束ねるだけの器量がなければ務まらないと、引き合わされる事になったのだ。

  東の宮は、お妃候補が住む西の宮とは違い、簡素で、慎ましい城だった。

  彫刻や絵画は一つも飾られてはいなかったし、窓にかかるカーテンも宮殿などではレースや織物などふんだんに使われた豪華な物だったが、東の宮は至ってシンプルな無地の物だった。

  出迎えてくれた8獣人の妾妃達は、山ネコや大型犬のベータではあったが、皆が皆、一同にして男らしい風貌であり、その体格も貴族や王族のアルファと変わりない程だった。

  先頭に立って挨拶したのは、エイドリアンのお気に入りとされている、フレデリックだった。

  フレデリックは明るい毛色の山ネコで、浅黒い肌の盛り上がった筋肉からは、野性的な色気を醸し出していた。

  その外見も、完璧なる狩猟獣人のものであり、王族のオメガ達よりも一回りは大きな体躯であった。

  「初めまして。俺は第一妾妃のフレデリックだ。……えっと……」

  フレデリックは、嫉妬の目をギラギラとさせるお妃候補に視線を合わせることすらしなかった。

  そして、後ろに隠れるようにして立っていたミキを見付けると、その王族のオメガ達を押し退けて前に進み出た。

  「お前がミキか。フランから聞いたぞ!成る程!これは可愛いな!」

  フレデリックがミキを見付けると、ワラワラと他の妾妃達も寄って来た。

  突然、大きなオス達に囲まれたミキは、何事かと口をパクパクとさせていた。

  妾妃達は口々に「可愛い、可愛い」と言って、ミキの頭をグリグリと撫で回したり、耳や頬っぺたを引っ張ったりした。

  その乱暴なようで親愛の情に溢れた触れ合いに、まるで村に帰ったような気になって、ミキの心もほんの少し暖かくなった。

  「にゃにふんだひょ~!引っ張るにゃ~!」

  「頬っぺたがめちゃくちゃ柔らかいな!子供だからかな?」

  「子供じゃない!エイドリアン殿下より3つも上だぞ!これでも成獣なんだぞ!」

  「18か?嘘だろ?10歳位の間違いじゃねーの?いくらネコでも背が低過ぎだろ」

  「あ!この野郎~!人が気にしてることを~!」

  ミキは、フレデリックの横腹にボカボカとパンチを入れたが、筋肉が束になったような固い腹筋には、そんな柔いネコパンチなどが通用する筈もなかった。

  「そういえば、フランからって言ってたけど、知り合いなのか?」

  「あいつは初め、第一側室に選ばれたんだけど、『ここで働きたい』って言って自分から使用人になった変わり者なんだよ。だから、俺達と付き合いは長いんだ」

  「え~?!フラン、側室だったのか~!知らなかったぁ!」

  「そこは、まぁ、フランに聞きな」

  「え?あ、うん……」

  フランは、自分が側室だった事などは一言も言わなかった。

  もしかして、ミキに気を使って言えなかったのだろうか。

  もしくは、言いたくないような暗い過去なのだろうか。

  そして、側室だったという事は、当然、エイドリアンとは夜の営みをしていた訳で。

  と考えると、今、目の前にいる この男らしいフレデリックも、エイドリアンとセックスしているのだ。

  だがオスのベータは子供を産めない事から、交尾しているとは言えない。

  あくまでも性欲を発散する為、もしくは快楽の為のセックスしか出来ない。

  ミキは今まで一度も交尾をした経験がなかったので、いきなり現れたエイドリアンの愛妾達を目の当たりにて、ドキマギとしてしまった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ4-②]

  妾妃達がミキを可愛がる姿に、誇り高いお妃候補達が、こそこそと陰口を叩き始めた。

  自分達こそが真のエイドリアンの妃候補であるのだから、平身低頭にかしずくべきであると。

  自分達を蔑ろにするような妾妃達の態度に、やがて怒りを露にした。

  「お~や。雑種には雑種の意志が通じるみたいだねぇ。私達からしてみたら、あんた達のノミ臭さは、鼻が曲がりそうになるんだけど」

  ルシアが自らの鼻をつまんで、吐き捨てるようにして罵倒し始めると、他のオメガ達も合わせるようにして「臭い、臭い」と言い出した。

  お妃候補と妾妃との柔和な対面どころか、突然の険悪なるいがみ合い勃発に、執事も間でオロオロとし始めた。

  「所作も品がないったら!流石に性のテクニックだけで、殿下に尽くしてる犬だよね。この盛りのついた野良共が!」

  「ほお。王族のオメガ様は、さぞかし高級なボディソープで磨いてらっしゃるのか、我々の臭いは鼻につきますか。だが、こっちもオタクらの底意地の悪い、その口調にはヘドが出そうになるね!」

  フレデリックは、ミキの肩を抱きかかえて、守るようにして隠してやった。

  「どんなにお綺麗かしらねーけどな。お前らオメガが発情したら、俺達よりも もっと浅ましく尻を振りやがる癖に、グダグダ抜かしてんじゃねーぞ!ミキ以外は帰れって言われてんだろ?殿下から、ミキと俺達にしか射精しないってハッキリ言われてんのに、エラそうな口を叩くんじゃねぇ!」

  大柄で筋骨隆々としたオス達に詰め寄られ、オメガ達は一瞬、戦き、後退った。

  それでも尚、キャンキャンと吠えまくるお妃候補達と執事を、妾妃達は部屋の外へと摘まみ出した。

  「なぁ、なぁ、ミキはお菓子にはお茶か?それもとジュースか?」

  「ジュース!」

  ジュースなどという果汁を、ミキは王都に来るまで飲んだ事もなかった。

  初めてフランに出された時には、こんなにも甘くて酸っぱい夢のような飲み物がこの世にあるなんて、と興奮して飛び回った程だった。

  「俺の村は貧乏だったからさ~。ジュースやお菓子どころか、毎日の食いもんにも困るような有り様だったしさ~。いや~、王都ってスゲーな!」

  「俺も田舎育ちだから分かるよ。村にいた頃は物がないからガリガリで」

  「今、ムキムキじゃん」

  「殿下のお陰だよ」

  妾妃達は気の良いオスばかりで、やれこれが美味しいだのと言って菓子を次から次へと出してくれたり、爪を綺麗にしてやるだのといって磨いでくれたりと、ミキは至れり尽くせりだった。

  妾妃達は、ほとんどが貧しい村から誘拐するようにして拐われて来た獣人だった。

  エイドリアンはその獣人身売買の者達を罰すると共に、売られて来た獣人達へ能力に見合った仕事を与えた。

  妾妃のフレデリックは、ざっくばらんとした爽やかな獣人で、人懐っこいオスだった。

  「俺達、貴族でも王族でもない、しかもベータに妾妃なんていう位まで与えて下さって。エイドリアン殿下は、種族や階級をお気になさらない、珍しいお方だよ」

  「そうなのか?!あいつ、俺にはチビだとか、みすぼらしいとか、馬鹿だとか、もう差別しまくりなんだけど!」

  「それは、ほら。愛情の裏返しっていうか、照れ隠し?みたいなもんじゃねーの?」

  「そんなんじゃないよ……。あいつが求めてんのは、そんなんじゃねぇもんよ……」

  エイドリアンが求めるものには、なれそうもない。

  努力したって、エイドリアンが欲している『永遠の番』は、どこをどう直そうがミキになれる筈もない。

  もしかしたら、フレデリックの方がエイドリアンの求める『番』になれるかも知れない。

  自分のような野良にまで優しく接してくれる、このおおらかで、男らしい性格だからこそ、エイドリアンの癒しとなり、第一妾妃として愛されているのだから、と。

  「ミキは、エイドリアン殿下とセックスした?」

  「はぁっ?!」

  「まだ来たとこだから、してないか!もしかして、もしなくても、今までセックスした事ないよなぁ?お妃様だもんなぁ」

  「せっ、せっ、せっ……こ、交尾の事かっ!」

  「ああ、そっか。ミキは交尾も出来るんだよな。オメガだから。……よっしゃ!そしたら、殿下が悦ぶテクニックを伝授してやろーか?」

  「うわぁぁぁぁ!何だ!何だ!エロい!生々しい!テクニックってなんだよ~!」

  「ちょっと……。可愛いな、童貞処女!俺の嫁にしたいぞ!ミキ!」

  「何言ってんだ!馬鹿!フレデリックはエイドリアンの妾妃だろーが!」

  「そうそう!だからさ、エイドリアンは、ちょうどこの亀頭の括れの所を弄ってやるとさ……」

  「馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁ~!いらねーよ!そんな情報!」

  「そんじゃ、俺がミキを気持ち悦くしてやろうか?」

  「このエロエロ山ネコ!去勢しろ!」

  「可愛いな~!良いな~!殿下!羨ましいな~」

  妾妃達は性に奔放ではあったが、裏のない、庶民的な獣人だった。

  ミキは一度に大勢の兄が出来たような気がして、何だか嬉しくなった。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ5-①]

  エイドリアンはまだ王子ではあったが、妃を娶った後に王位を継ぐという事が決まってはいるので、通常の公務以外の『獅子王』としての仕事も増えていた。

  ミキもあの夕食会以降、一度もエイドリアン姿を見てはいない。

  そうして5日も過ぎる頃には、最初にフランが言っていた「偉いからって優れている訳でもない。馬鹿な奴らもいる」という言葉をまさに体感していた。

  お妃になる為の授業には、ミキ以外に5獣人のオメガがいる。

  そこにはもう上下関係が成立していて、ライオン族のルシアが女王様気取りで君臨していた。

  他のオメガ達は、本能的にルシアに勝てるとは思っていないのか、下僕のように成り下がっていて、そのあまりの滑稽な様には、ミキも呆れ返っていた。

  ルシアに勝てなければエイドリアンの妃にはなれないというのに、こんなにも奴隷のように かしずいてどうするつもりなのか。

  ルシアの側仕えとして残るつもりか、はたまたエイドリアンの側室でも狙うつもりなのか。

  まさにフランの言うところの『愚かな王族』だと思った。

  あれから授業には、フランについてきて貰う事にした。

  というのも、ルシアからの隠れた嫌がらせが日に日に酷くなってきているからだ。

  それも執事や教師の見ていないところで、チクチクと嫌がらせをしてくる。

  教師がいない時間での罵倒は当たり前で、トイレに行けば閉じ込められ、部屋を移動するのには違う部屋へと誘導され。

  ミキだけが授業を受けられないように妨げられたり、失敗して教師に怒られるように仕向けたり。

  気にしなければ良い、という範囲を既に越えていて、ミキもブチ切れる寸前だった。

  「頼むぞ!フラン!俺から離れんなよ!」

  「分かってるわよ~ん。嫌味なオメガちゃん達に悪さをさせないようにしたら良いのね♪」

  「違う!」

  「あらヤダん、違うの?」

  「そんな事したら、お前が怒られるかもしんないだろ!あいつらが嫌がらせしても、ほっといて良いから!」

  「じゃあ、何で私が行くのよぅ」

  「俺を止める為だ!」

  「はぁ?」

  「俺が暴れたらに止めてくれ!このままいったら、絶対にネコパンチが出る!」

  「そういう事ね。ハイハイ」

  ミキはフランと歩く時は、必ず手を繋いでいる。

  とにかく、あちこちに目が行く上に、フラフラと道草を食うので、宮殿内で何度も迷子になっているのだ。

  それをルシアにも利用され、動物的勘で何とか部屋に戻る頃には授業に遅れる、という轍を何度も踏まされている。

  手を繋いだ先のフランは、何故かスキップして浮かれていたので、本当に止めてくれるのかは不安ではあったが、少なくとも授業を受けにいく途中、迷子にはならずに済む。

  教室に入ると、授業よりもミキに嫌がらせをするのを待ちわびるかのようにニヤニヤするルシア達が目に入ったが、気にせずに席へと着いた。

  座った瞬間に、冷たい感触がミキの臀部に広がった。

  椅子のクッション部分が水浸しにされていたのを、座った感触で分かった。

  ここでまともに驚いてはルシア達の思うつぼなので、授業はそのまま受け、休憩時間に下履きを履き替える事にした。

  だが、それをルシアが許す訳もなく。

  ミキが立ち上がった瞬間に、背後へと駆け寄った。

  「あ、何だかおかしいなぁとは思ってたんだけど、まさか おもらししちゃったんじゃないの?お尻が濡れてるじゃない」

  ルシアの声を一言を皮切りに「やだ~。子供?」「汚いな。やっぱり野良だ」などと、周りが口々に騒ぎ出した。

  ミキの中で何かがプツリと音を立てて切れた。

  フランは、そのミキの切れた音を聞いた訳ではなかったが、すかさず それを察知し、咄嗟に駆け寄ろうとした。

  だが、そのフランが駆け寄るよりも早く、ミキは壁際あった くず籠を取って、中のゴミをルシアの顔からブチ撒けた。

  [newpage]

  [chapter:黄金のたてがみ5-②]

  その場の全員が凍りついていた。

  ルシアは、怒りも露に全身を痙攣させるようにして、震えていた。

  ミキは、その姿にフンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らして、悪態をついてやった。

  「あ~あ。近くのゴミ箱じゃなくて、あっちの花瓶の水にしてやったら良かったわ。やっぱり水には水で返さねぇとな~」

  「キャッハ~ン♪ミキちゃん!素敵よぉ!イャァ~ン♪キュンキュンしちゃう~ン♪」

  「おいフラン!俺を止めろっつっただろ!何、喜んでんだよ!」

  「だってミキちゃんが、男らしくって素敵過ぎるんだものォ~。子宮が疼くわぁ」

  「あんた、アルファだろ!子宮ないだろ!馬鹿じゃねぇの?!」

  「仮想子宮よぉ~」

  「子宮があるのは俺の方だっての!ほら!着替え!用意して!次の授業までに!」

  「ねぇ、ねぇ、私、ミキちゃんのお嫁さんにして貰えないかしら?殿下にお願いしてみてよぉ」

  「言えるか!馬鹿!何でオメガがアルファを嫁にしなきゃなんだよ!」

  ミキとフランの、とても主従関係とは思えない会話に、ルシア達は呆気に取られ、その背を唖然と見送ってしまった。

  授業を終えて東の宮に訪れるのは、既にミキの習慣となっていた。

  ミキは田舎育ちで貧乏ではあったが、家族愛にだけは恵まれていたので、フレデリックのおおらかな優しさは、故郷の兄弟を思い起こさせた。

  「あっはっはっ!それで、王族様をゴミだらけにしてきたってか!」

  「ホコリとか、紙ゴミばっかりだったからよ。もっとビチャッとしたもん、かけてやれば良かったよ」

  「やるじゃねーか!この野良ネコが!」

  「フレデリックだって、野良ネコだろ!」

  「おう!俺は山に住んでる野良狩人な!」

  ミキはフレデリックにじゃれついた。

  フレデリックはミキの喉を掻き、それにはゴロゴロと喉を鳴らした。

  「……でも思うんだけどさ、あいつらの誰かが妃になったら、フレデリックも嫌がらせ、されんじゃねぇの?」

  「してきやがるだろうなぁ。ましてや、殿下がこっちにばっかり通ったりしたら、東の宮に火、つけられるかもな」

  「ダメだろ!それ!」

  「だからミキにお妃様になって欲しいんだよ、俺は」

  フレデリックは、ミキの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

  「お前が第一お妃候補として選ばれたのは、本当に嬉しいんだよ。俺達妾妃は、立場をわきまえてるから、お前より前に出るような事は絶対にしないよ」

  「フレデリック……」

  ここに来ると、その日、どれだけルシア達に嫌がらせをされても、リセットして部屋に帰る事が出来た。

  エイドリアンがフレデリックを愛するのが分かる気がすると思った。

  安っぽい慰めではなく、小気味良い、突き放すような言い方をしても、その実は愛情に満ちている。

  ミキがどれだけ怒りをぶつけても、フレデリックと話している内に、すっかりガス抜きをされている。

  昨日などは、怒りで疲れて果てた後、寝入ってしまい、気が付けばフレデリックの膝の上で横になっていた。

  それだけ、フレデリックへの親愛の情がミキの中でも芽生えていた。

  それでもどうしても拭えない感情はあった。

  自分よりもフレデリックの方が妃として、相応しいのではないかと。

  いくら子供の産めないベータとはいえ、エイドリアンの一番のお気に入りとなれば、本来は一番の地位にいるのが正しいのではないか。

  フレデリックを正妃に、自分が側室としてエイドリアンの子供を産む。

  その姿が一番自然なのではないかと。

  だが、それを言うと、何故かフレデリックは「それは無理なんだ」と言って取り合ってはくれなかった。

  「何で駄目なんだよ」

  「俺では、エイドリアン殿下の性欲は晴らせても、お心をお慰めする事は出来ない」

  「何で?」

  「エイドリアン殿下は、永遠の番を求めていらっしゃるんだよ」

  それは前にチラリと聞いた事がある。

  ミキは それを聞いても、フレデリックが妃になれば問題ないのでは、という程度でしか捉えてはいなかった。

  「幼い頃に出会われたらしい」

  「運命の番に?」

  「そこまではいかなくても、理想の人、みたいな?こんな匂いの獣人が良いな、みたいな?」

  「何それ?」

  「だから、エイドリアン殿下は勿論、メス嫌いなのもあるけど、その理想の匂いがあるから、余計にフェロモンの押し付けがましい匂いが嫌なんじゃないかな」

  「そうなんだ……」

  だとしたら、ミキもエイドリアンの子供を妊娠するのは難しいかも知れない。

  ミキの発情期に、エイドリアンが嫌悪すれば、子供どころか交尾すらも出来ないからだ。

  発情期以外での営みは交尾ではなく、セックスになる。

  セックスをするならば、どう考えてもミキよりは何年も通い続けているであろう愛妾のフレデリックを選ぶに決まっている。

  ミキは、エイドリアンに妃として愛される自信がなかった。

  [newpage]

  [chapter:第二章・恋愛的グルーミング1-①]

  大きな事案を終えて、エイドリアンも一区切り付き、宮殿でのゆったりとした日常に戻れるとの連絡が入った。

  そうと分かって一番変わったのは、ルシア達お妃候補だった。

  エイドリアンがいつ現れるか分からなかったので、ミキへの嫌がらせは全くなくなったどころか、へりくだって来る程の豹変ぶりだった。

  それには、フランの作戦が功を奏していた。

  授業が始まる前に「エイドリアン殿下にお時間が出来たから、覗きに来られるかもね~」などと やや大袈裟にミキへと話していたのが耳に入ったからだ。

  だが、時間が出来た途端に声を掛けられたのは、ミキ一人だった。

  エイドリアンは「まんべんなく、お妃候補と触れ合われますように」という執事の意見には耳を傾ける事もなく、ミキにだけ遠乗りへと誘った。

  「ちょっと!やったわね~!ミキちゃん!」

  「エイドリアン殿下って、何だろ……何て言うか、物好き?」

  「物好きってね。貴方、自分で言いなさんなよ……」

  「いやいや。俺、何回考え直してみても、エイドリアン殿下に気に入られる事をしてねぇからさ。……まぁ、ただ単に野良ネコが物珍しいのかな~」

  「ちゃんとお分かりになってらっしゃるわよ、殿下は」

  「何が?」

  「ミキちゃんの事」

  「そうなのか?」

  「お妃候補の事は全てエイドリアン殿下に伝わるようになってるの。例えば、この間のルシア様にゴミをブチ撒けた事とかも」

  「フォーーーー!!!」

  「ベッドでトランポリンごっこするのが好きなのも」

  「何でそんな事まで!」

  「だって私達 側仕えは、それをお伝えするのも仕事だから。それだけじゃなくて、フレデリックや妾妃達からも聞いてるとは思うわよん」

  「エイドリアン……。フレデリックと会ってんの?」

  「宮殿の自室には帰られてなかったけど、お戻りになられてる時は、東の宮に行ってたみたいね。そりゃ、ライオン族なんだから、精力も有り余ってるでしょ」

  「そうなんだ。……俺、フレデリックに会ってたのに、そんなの全然、聞いてなかったから……」

  「そりゃ、お妃様に妾妃如きが『お宅の旦那は私の所に来てるわよ~』なんて言う訳ないでしょ?気を使ってくれてるんじゃない」

  ミキの中で、何かモヤモヤとしたものが芽生えてはいたが、それが何なのかは分からなかった。

  エイドリアンに好意を抱く程には会ってはいない。

  恐らくは、ミキの村での夫婦は、決まった番としか交尾しない風習が当たり前だったから、王族が多くの妾などを囲う感覚に馴染まないのだとは思う。

  覚悟はしてきたつもりだったが、改めて自分の夫になるかも知れないオスが他の獣人の元に通うのを、これからも見て暮らしていくのかと思うと気が滅入る。

  そういえば、フランもエイドリアンの側室だった筈だ。

  エイドリアンとの関係がありながら、ミキに仕えるのは苦痛ではないのかと問うた。

  「あら、私、エイドリアン殿下とはセックスしてないわよ」

  「え?してねぇの?」

  「私だけじゃなくて、他の側室も10獣人程いたと思うけど、誰もエイドリアン殿下とセックスや交尾をしないで追い出されたのよね。私は追い出される前から、宮殿に仕えたいって希望を出してたの。どうせオスだし、子供も産めないしね」

  「親からの期待もあっただろ?」

  「うちは放任主義だから、そんなのは毛程にもないわよん。それでも流石にお妃様のお仕えには難色を示したわねぇ」

  「え?そんな大変なのか?お妃様のお仕えって」

  「だって、ぺニスを切り取る手術しなきゃなんですもの。間違っても、お妃様を襲ったりしないように」

  「え?え?えぇ~?!」

  だとすれば、フランにはオスの象徴がないという事だ。

  どうして貴族のアルファで、王子の側室まで のし上がったにも関わらず、そこまでするに至ったのか。

  ミキには、理解出来なかった。

  「私、セックスも交尾もしたくなかったの。獣の野生に駆られるのが、嫌だったのよ。……だって、私、貴族では珍しい『獣化』の出来る体質だったから」

  獣化は、王族の中でも限られた者だけの特権でもあり、古の獣の姿に戻れるというその性質は、獣人達の憧れでもあった。

  それをフランは望まなかったのだ。

  フランがオスでありながら側室に選ばれたのには、獣化出来る事にあった。

  「私、こんなにマッチョだけど、可愛い物が好きなのよね。だから、お姫様のお洋服とか小物とか、選んであげたり、お世話してあげたいなって思ってたのよ」

  「……ご、ごめんな……。俺、可愛いお姫様じゃなくて……」

  フランはオスではなく、メスのお妃様に付きたかったのかと思うと、途端に申し訳なく思えてきた。

  みるみる間に尻尾を項垂れるミキを、フランは抱き締めた。

  「何言ってんのよ。ミキちゃんは、私が望んでいたどんなお姫様よりも可愛いわよ!私、ミキちゃんの側仕えになれて幸せなの。だから、絶対にお妃様になってね!そんで、私をずっとお側に置いてね♪」

  「フラン~!」

  「ミキちゃぁ~ん♪」

  2獣人は、ガッシリと固く抱き合った。

  ミキはフランが本当に大好きで、大好きで堪らなかった。

  そして、こんなにも尽くしてくれる存在に、何とか報いてやりたいとは思った。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング1-②]

  フランの事を思えば、後には引き下がれない。

  元より、村の命運も背負って妃になろうと、わざわざ田舎から出てきたのだ。

  ここはせっかく第一候補に選ばれているのだから、精一杯頑張ってみようと改めて決意して、ミキはフランと一緒に遠乗りの準備をした。

  その日のエイドリアンは、深い青を基調とした、ビロードの乗馬服に身を包み、自らは白馬を、ミキには青鹿毛の馬を連れて来ていた。

  ミキもエイドリアンに合わせて、黒いビロードの乗馬服を着ていた。

  それはフランの趣味で、クリスタルのビーズがいくつも縫い込まれた女性用の乗馬服ではあったが、ミキには服センスの欠片もなかったので、文句は言わなかった。

  だが、その直前で大きな問題が発生した。

  いつまで経っても馬に乗ろうともしないミキを、エイドリアンは訝しむようにして、見下ろした。

  「どうしたの?乗らないの?」

  「いや、今更、恥ずかしいんだけどな……。いや、恥ずかしいのですが」

  「敬語、無理に使わなくても良いよ。敬語だと、脳味噌が追い付かないから片言になるでしょ」

  「くそっ!馬鹿にしやがって!……だから、エイドリアン殿下とは違ってだな!」

  「殿下も付けなくていいから。その粗野な言葉使いにはアンバランスだよ」

  「だからもう!エイドリアンとは違ってな!乗馬の訓練なんかする環境じゃなかったんだよ!」

  「……それって、馬に乗れないって事?」

  「そういう事!」

  「まぁ、野良ネコだもんね。仕方ないね」

  エイドリアンは、近くの者に青鹿毛の手綱を渡して馬小屋へと帰させた。

  ミキからは荷物を預かって、白馬へと乗せ、[[rb:鐙 > あぶみ]]をもう一つ取り付けた。

  「ほら、手を貸して」

  「えっと……その……」

  「私の馬に乗れば良いだろう?ミキ一人位、小さな子供か荷物程度だから、馬だって乗ってても分からない位の体重だよ」

  「くっ……。何から何までイチイチ嫌味な奴だな!この毒舌王子!」

  「別に、嫌味を言ってるつもりは……」

  エイドリアンは何か言いかけて、口を閉ざした。

  ミキに前の方の鐙に足をかけさせ、馬に乗せ、エイドリアンはその後ろに跨がった。

  「うわ~!デケー!高ぇ~!スゲー!」

  「そんなに感動した?」

  「初めてだもんよ!馬に乗れたら、王都まで5日もかからないで来れただろうな~」

  「馬鹿みたいに口を開いてると、舌を噛むよ」

  「分かってるよ!もう!」

  ミキの髪の毛がフワリと風に流される。

  それは、まるで稲穂のような、日の光のような、暖かな匂いだった。

  芳しい。

  そう無意識に感じて、エイドリアンはミキの艶やかな黒髪に顔を埋めた。

  初めての馬上体験は、それはもう興奮のし通しだった。

  途中、エイドリアンが手綱を引いてミキだけで乗せてくれたり、馬と戯れたりして、興奮と感動でミキのボルテージは振り切りっぱなしだった。

  ミキの故郷である貧乏な村は、乳の出の悪い乳牛や、痩せこけた豚は村にいたが、乗馬用の馬などというハイカラなものはいなかった。

  外との交流がほとんどない村だったので、馬などの運搬設備には力を入れられず、生活に直結する家畜しか育てられなかったのだ。

  二人は湖のほとりに馬を繋ぎ、一休みする事にした。

  エイドリアンは、ミキの開いた小箱を見て、首を傾げた。

  「弁当?」

  「そう!弁当!」

  「ランチ、じゃないのか」

  「そんなカッコいいもんじゃないけど……」

  「お昼は用意するって言ってたから任せてたけど、こんな小さいランチが出てくるとは思わなかったよ。ミキの実家での食卓の貧困さが窺えるよ」

  「いや~、そりゃもう。ちょっとでも おかわりがあろうもんなら、骨肉の争いだったな!まぁ、大抵は俺が勝ったんだけどな!」

  「おかわりを兄弟から奪っても、それしか育たなかったのか」

  「うっ、うるっせーな!これは食い物云々じゃなくて、体質なんだよ!」

  「それじゃあ、ミキの兄弟はみんな小柄だったの?」

  「……いや……。他の兄弟は何故かデカい。五男のリキに至っては、まるでパンサーにしか見えねぇし。エイドリアンよりデカいかも……」

  「ちょっと……兄弟でそんなにバラついてるってどうなの?本当に雑種だな。もしかして、ミキだけが種違いなんじゃないの?」

  「何を言うか~!俺だって紛うことなき、族長の息子だ!オメガでさえなければな!俺が一番、跡継ぎに向いてるって……」

  ミキは6獣人兄弟の末っ子だったが、早くから兄達は出稼ぎに出てしまい、残ったミキが村の長になる筈だった。

  それが、村のメスやオメガのフェロモンにも反応しないので、ミキ自身がオメガであると判明して、五男のリキが村に帰って来て長を継ぐ事になったのだ。

  オメガであるミキが村の為になるには、オメガである特性を生かすしかなく。

  まさしく、『獅子王の花嫁はオスのオメガに』という御触れは渡りに船だったのだ。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的軍用2-]

  恋愛的グルーミング 2ー①

  とにかく何かアプローチをせねばと弁当を作ってきたミキだったが、そのあまりの粗末さにエイドリアンは絶句した。

  それはサンドイッチでも、ローストビーフでも、チキンでもなく、『米』の塊だった。

  「何なの?これ……」

  「おにぎりだよ!お前、食った事ねぇの?」

  「ライスを丸めただけだよね?他には何もないの?」

  「馬っ鹿にすんなよ~!中身は豪華なんだぞぉ!それに漬物……じゃねぇや!ぴくるすってのも、付けてやっただろうが!オマケにほら!デザートもある、超リッチ弁当だぞ!」

  違う箱を開けると、そこはウサギの形をしたリンゴが入っていた。

  その見た事もないリンゴの形状にエイドリアンは目を丸くしていた。

  「……物凄く貧乏臭いね……」

  「やかましい!文句を言わずに食え!」

  渋々、エイドリアンが おにぎりを口にすると、それは予想もしない味が口の中に広がった。

  ほのかに塩分のきいた米の中には、サーモンや、旨味のある肉や、味の染み込んだ野菜が詰まっていて、どれを取っても味が違うのだ。

  エイドリアンは、これは何の味だろうと試しているうちに、いつの間にか いくつものおにぎりを頬張っていた。

  「何なんだ!ミキ!この貧乏料理、……悪くないよ!」

  その口調は誉めているようには感じなかったが、エイドリアンの丸いポンポンの付いた尻尾を見ると、パシパシと地面を叩いて嬉しそうに揺れていた。

  「そうだろう、そうだろう!急遽作った中身だけど、悪くねぇだろ~。朝、めちゃくちゃ早起きしたんだぞぉ~!」

  「他にも味があるのか?!」

  「時間をくれれば、もっと色々出来るぞ。漬け込んだりするから、ちょっと時間かかるけど」

  「お前に仕事を与える。このおにぎりなる物の準備を、常にしておくように!」

  「え、えらそうに言うな!その前に言う事があるだろうがっ!」

  「私が命じてるんだから、調理場は自由に使っていいよ。例え料理人が使っていようが、遠慮しなくていい」

  「違う!素直にそこは『美味しかった!ありがとう!』だろうが!」

  ミキの言い様には、エイドリアンもグッと喉を詰まらせて、怯んだ。

  生まれてこの方、エイドリアンは料理に関する感想など述べた事もなかった。

  作った料理人の顔すら知らないし、出て来る物を食するだけの日々だったからだ。

  それが別段、旨いだの不味いだのと、考えた事もなかった。

  「何で、これ如きにそんな事を言わなきゃならないんだ?」

  「言わねぇなら、作ってやらんぞ!」

  「……くっ……」

  「イヤミな言葉を付け足すなよ!」

  「……ま、不味くはなかった。ご、ご苦労だったな!」

  「くそっ!何だか微妙に変換されてる!ありがたみがない!」

  「嫌味は付け足してない!」

  「妥協しろってか!この傲慢王子め!」

  不満を口にしつつも、ミキはエイドリアンの口にウサギのリンゴを突っ込んでやった。

  その後も「口に入れろ」と催促するエイドリアンに「後は自分で食え!」とフォークを渡そうとしたが、それを受け取ろうとはせずに、口だけをあんぐりと開けていた。

  俺は雛にエサをやる親鳥か、と文句を垂れつつ、ミキは最後までエイドリアンの口にリンゴを運んでやった。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング2-②]

  昼食を終え、二人は芝の上でゴロリと横になった。

  満腹感と充実感に満たされていた。

  「仕事、ここんとこ忙しかったんだな。王子様も大変だなぁ」

  「一区切りはついたよ。これでデランダの治安も格段に良くなるとは思うけどね」

  「どう良くなんの?」

  「盗賊や人身売買する輩が出ないようにね……て、ミキに説明したって、その脳味噌じゃ理解出来ないだろうから、聞かなくても良いよ」

  「何なんだよ!もう!馬鹿で悪かったな!くそっ!」

  ミキは悪態をつきながらも、エイドリアンが獣人の為に尽くす善き君主であるのを、自分の事のように誇りに思った。

  この口のすこぶる悪い王子は、口だけではなく必ず有言実行し、優れた王になるだろう才覚があった。

  現国王が、在位中にも関わらず『獅子王』の名前を譲る程の資質だ。

  少なくとも、今は初めて会った時のような悪印象ではなくなっている。

  「そう言えば、聞いたよ。ミキ」

  「あんだよ」

  「他の妃候補の顔にゴミをブチ撒けたらしいね」

  「ぐはぁ!」

  「何かやらかすだろうな、とは思っていたけど」

  「だっ、だってよ……」

  ミキは どう説明したものかと言いあぐねていた。

  あの腹立たしい日々の逐一をエイドリアンに言うのは、別に自分が悪い訳ではないが、何だか告げ口したように思えて気が引ける。

  かといって、自分が勝手に暴れていたのかと思われるのも癪に障る。

  「何いうか、その~……」

  「分かってるよ」

  「え?」

  「予想はある程度していたし。お前みたいな野良ネコが、大人しく勉強してるとも思えなかったし」

  「な、何だとぅ?!」

  「今度から、授業をミキと他の者とは分けるよ。第一、教養の差がある者同士、同じ授業を受けさせるのからして無理があったんだから。野良用の授業を考えておくから」

  「お前な!もう!何か本当に、毎度毎度、腹が立つ!」

  ミキが鼻の穴を拡げてプリプリ怒っていると、エイドリアンは楽しそうに微笑んでいた。

  初めて見た笑顔のような気がする。

  それも、皮肉めいたものではなく、それは至って自然な、偽りのない微笑みだった。

  先端が綿毛のような尻尾も、フリフリとリズミカルに揺らしている。

  エイドリアンは口は悪いが、尻尾だけは正直だった。

  その毒舌なまでの冷徹さが、尻尾まで制御しきれないでいる。

  そう思うと、エイドリアンがまだ15であるという現実に思い至った。

  体格も頭脳も全てが大人なのに、どこかが子供のままなのだ。

  そのアンバランスさが、妙に愛しい。

  これだけ悪口とも言える雑言を聞かされても、何故か憎めない。

  エイドリアンの愛らしさは、悪魔のような舌と、尻尾の素直さのギャップにあった。

  それを見付けてしまったら、もう駄目だった。

  ミキは、緩やかに揺れるエイドリアンの尻尾を捕らえ、思わずパクリと咥えてしまった。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング2-③]

  「ちょっと、何してるの」

  「……いや。動いている物を見ると、つい……」

  「追いかけるならハエだけにして。尻尾を噛るな。先が取れたら どうしてくれるんだよ」

  「すぐに生え替わるじゃん」

  ミキがその穂先のような尻尾のガジガジと噛むので、エイドリアンは近くに群生していたエノコログサを一本、引き抜いた。

  そしてそれで、地面をパシパシと叩く。

  「フォーーー!ネコじゃらし!」

  「こっちで遊んであげるから、尻尾を離して」

  「フニャッ!」

  ミキがエノコログサに飛び付くと、絶妙なタイミングで、サッと避ける。

  上でプルプルされ、ピョンと飛び付くと、再び地面でパシパシ。

  それを繰り返され、ミキはもう完全に野生に帰っていた。

  「フニャッ!フニャッ!フニャッ!」

  「遅い、遅いよ。私の方がやはり上だね。やっぱり、この世の獣の頂点だから」

  「フニャッ!フニャァァッ!」

  終にはエイドリアンまでムキになってしまい、全身を使ってエノコログサを振り回していた。

  そうやって『ネコと、ネコじゃらしと、戯れるライオン』を満喫した頃、パシッとミキの右手が穂先をナイスキャッチした。

  「ニャォ~ッ!」

  ミキは歓喜の雄叫びを上げた途端に、足を滑らせ、小さな坂道を転げ落ちた。

  ミキの小さな体がコロンコロンと回転して、坂の下に生えていた木にぶつかった。

  「ミキっ!大丈夫かっ!」

  「フニャッ?!フニャッ?!……ニャハ~ン♪」

  「ミキ?!」

  ミキが何やら恍惚としながら、体当たりした木に擦り寄っている。

  その木は青々とした葉を繁らせ、愛らしい小さな白い花を咲かせていた。

  木の幹にガリガリと爪を立てるだけでなく、妖しげに尻尾を振り回すミキを見て、エイドリアンもクラリとした。

  マタタビの木だと、咄嗟に理解した。

  マタタビは、獣人によっては多少気分が良くなる程度の者もいるが、過敏に反応するタイプは、深い酩酊状態になり前後不覚になる獣人もいる。

  ミキは見たところ、マタタビには弱いタイプのようだった。

  「ミキ!木から離れろ!帰れなくなったらどうする!」

  「フニャァン……。ゴロゴロ♪」

  マタタビの木から無理矢理ミキを引き剥がすと、尻尾と腰をくねらせ、ミキはエイドリアンにしなだれかかった。

  瞬間で、エイドリアンの体内にマグマのような熱が駆け巡る。

  本能で危険を感じて、エイドリアンはミキを肩に担ぎ上げ、馬に飛び乗った。

  ミキには足を鐙に掛けさせる事が出来なかったので、向かい合わせに跨がらせ、馬を走らせた。

  「このまま帰るのは不味いか。しばらく走らせるか、どこか人目のない休める場所に……」

  「ニャハァン♪」

  「こらっ、余り動くな!馬から落ちる!」

  「フニャァン、フニャ……、ニャァン♪」

  「あ、あぁっ?!」

  馬上での揺れからか、ミキは妙な腰付きでエイドリアンへと下肢を擦り付けて来た。

  それによりエイドリアンの熱情は、一気に下半身へと集中した。

  勃起した。

  それも、まるで発情に煽られたかのように。

  ミキからは発情期のフェロモンが出ていた訳ではなかったが、ミキ特有の陽だまりのような柔らかな匂いが、頭頂部から匂い立っていた。

  エイドリアンも、ここまでの欲情は初めてだった。

  その極度の興奮は、獣化を促してしまう。

  エイドリアンの鼻の頭にはシワが寄せられ、犬歯や爪がいつもより鋭く尖り始めていた。

  「くそっ、……不味い!」

  「ニャァン……」

  「この馬鹿!下半身を擦り付けるな!これ以上されたら……」

  「ニャン!ニャフ~ン♪」

  エイドリアンはミキを落とさないように体を支えながら、宮殿へと早駆けた。

  何とか獣化を堪えて宮殿に辿り付くと、側支えであるフランへミキを投げ捨てるようにして引き渡した。

  「え、エイドリアン殿下?!これは……」

  「マタタビの木にやられている!どこかの部屋に、しばらく閉じ込めておけ!」

  「マタタビ?!殿下は、殿下は大丈夫であらせられますか?!」

  「私はマタタビには、それ程に反応しない。ミキを任せたよ」

  「殿下は、どちらへ……」

  「東の宮に行く。……獣化しそうで、不味い」

  ミキはマタタビで興奮し過ぎて、体から力が抜けてくったりとさせていた。

  フランに抱き上げられながら、うっすらとエイドリアンの声だけが耳に届いていた。

  『東の宮に行く』

  その言葉は、ミキの全身に反響し、何度も何度も、脳髄を叩き付けるようにして木霊した。

  遠乗りには、自分だけを誘ってくれたのに。

  あんなに おにぎりを美味しそうに食べてくれていたのに。

  あんなに楽しかったのに。

  それでも、最後にはフレデリックの元に帰って行くのだ。

  そして、フレデリックとは義務での交尾ではなく、愛あるセックスをするのだと。

  フレデリックだけは、やっぱり特別なのだと思い知った。

  ミキの瞳からは、涙が溢れ落ちた。

  何故、涙が流れたのか、ミキ自身も分からなかった。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング3-①]

  翌日の朝になって、ミキはやっと素面に戻った。

  昨日は坂道を転げ落ちた辺りから、記憶が定かではない。

  ただ、ぼんやりとエイドリアンが「東の宮に行く」と言ったのだけは覚えていた。

  まだ夢の中にいるようなミキの目の前には、フランが準備した朝食が並べられていた。

  「俺、昨日、どうなってたの?」

  「マタタビにやられたみたいだったわよ。ミキちゃんは、相当アレに弱いのねぇ」

  「エイドリアンは?」

  「ちゃんとミキちゃんを送り届けてくださったわよん」

  「……で、その後、東の宮に……行ったんだろ?」

  「ミキちゃん……」

  「あいつ、夜、こっちにいる時は、東の宮で過ごしてんの?」

  「エイドリアン殿下は、本当にお忙しい方なのよ。最近は、盗賊なんかの討伐に、ほとんど帰って来るのも夜中だったし、帰って来られたら倒れるようにお休みになられるし……」

  「でも、早く帰って来た時は、東の宮に行くんだろ?」

  どうして、自分はこんなにも落ち込んでいるのだろう。

  エイドリアンは王子ではあるし、本来なら更に多くの側室や妾妃達に囲まれている筈だ。

  日替わりで種付けしてもおかしくはない立場の獣人が、正妃だけとしか交尾をしないなどという事はある筈もなく、ましてやミキは まだ正妃でもない。

  エイドリアンの行動をとやかくいう立場でもない上に、例え正妃であってもそれは咎められない。

  「やっぱり、俺みたいな野良ネコじゃダメなんだな……」

  「ミキちゃん。そんな事ないわよ。殿下はね……」

  「東の宮ってさ、みんな鍛えてるのかな?スゲーマッチョだったじゃん。……エイドリアン、そういうムキムキした逞しいタイプが好きなのかな」

  自分は今から どれだけ鍛えようとも、フレデリックのように背が高く、筋肉質なタイプになれるとも思えない。

  ミキに比べれば、王族であるルシアの方が逞しい体型だとは言えた。

  もしかしたら、エイドリアンは無理矢理に決められた花嫁募集に憤り、腹いせのつもりで、一番好みでもない自分を選んだのかとさえ思えてしまう。

  項垂れて朝食にも手を付けようともしないミキに、フランが横から口へと運んでやった。

  フランから勧められた物は口にした。

  「ミキちゃん。フレデリックに会う?」

  「フレデリックに?」

  「これからもフレデリックとは、付き合いが続くでしょう?エイドリアン殿下への心得、みたいなのを学んでおいたら?……フレデリックは大好きなのよね?」

  「うん……。フレデリックは兄貴みたいに思ってるから」

  「フレデリックに知らせておくわ。ご飯たべて、少し落ち着いたら行きましょう」

  「でも、勉強が……」

  「今日はお休みするって、先生にお伝えしておくから、ね?」

  フランが、ミキの喜ぶ喉元をくすぐって来た。

  いつもはゴロゴロとフランにじゃれついてはいたが、今朝だけは何故かそんな気になれなかった。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング3-②]

  フレデリックの元へ向かう為にミキが部屋を出ると、まるでそれを待っていたかのようにして、ルシアが廊下に立っていた。

  「あら、おはよう。今から授業?貴方だけは、特別講師を付けられたもんね。……あまりにも優秀過ぎて」

  普段ならカチンと来るルシアの嫌味も、今のミキには何も感じなかった。

  ミキは挨拶を返す事もなく立ち去ろうとすると、その態度が鼻に付いたのか、ルシアが畳み掛けるようにして言い募った。

  「自分だけ、殿下に誘われたとかっていい気になるなよ!ミソッカスの薄汚い野良ネコのくせに!お前なんか殿下の気まぐれか、やけっぱちで残されてるだけなんだからな!」

  ルシアの言葉には何の感慨もなかったが、その単語だけはミキの心臓へと鋭利な刃物が突き刺すようにして抉った。

  さっきまで自分が思っていた事を、そのまま言葉にされ、ミキの心の臟を引き裂いた。

  「実際は東の宮が本当のお気に入りなんだ!東の宮に勝てもしないくせに、お妃第一候補とかって偉そうにしてるなよ!」

  「あんたは、その東の宮の下の、更にミソッカスな野良ネコの下じゃん」

  「な、何だと?!」

  「何、ギャーギャー言ってんだよ。そんなに俺に偉そうにしたいなら、エイドリアンに東の宮よりも自分に通えって言えよ」

  「え、エイドリアンって!で、殿下を呼び捨てにっ……」

  「あいつが呼び捨てにしろって言ったんだよ。何か文句あっか?」

  いつもとは違うミキの冷静な口調に、ルシアは言い返す事が出来なかった。

  ミキは虚しさを感じながら、その場を後にした。

  どのみち、ルシアと自分には大差ない。

  オメガというフェロモンも発する体であるのは同じであり。

  エイドリアンからは、繁殖の対象にもならない存在なのは、お互い様なのだと。

  それを言ってやる程の気力が、今のミキには残っていなかった。

  ミキが部屋を訪れると、いつも通りにフレデリックは笑顔で出迎えてくれた。

  いつものソファーへと座らされ、そこにはミキの大好物の菓子やジュースが既に並べられていた。

  部屋にはエイドリアンがいた形跡は残されてはいなかった。

  そう言えば、フランが「フレデリックに連絡を入れておく」と言っていたのを思い出した。

  もしかしたら、自分の為に、エイドリアンとの愛欲にまみれた部屋を、慌てて掃除させてしまったのか。

  エイドリアンとのセックスに疲れた体を、無理矢理に起こしてしまったのかも知れない。

  そう思うと、居たたまれなさと、申し訳なさで、胸が痛んだ。

  「昨日は、ミキも大変だったんだってな!マタタビにやられたんだって?アレ、俺も弱くって、メロメロに酔っ払うんだよ。殿下も大変だったからさ。よっぽど、マタタビが群生してる所に行ったのかと……」

  そんな情報を知っているという事は、他の妾妃の所にではなく、間違いなくエイドリアンはここに来ている。

  また、ミキの体内の中心に重石が一つ、のし掛かったような気がした。

  「エイドリアンも?大変だった?」

  「もう、昨日は殿下の勃起が止まらなくってさ。何回 射精しても、萎えないからマジで大変だったよ」

  フレデリックとエイドリアンとの生々しい夜の営みを聞かされ、ミキは胸苦しさに息を詰まらせた。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング3-③]

  ミキの視線が下向き加減なのを察したフレデリックは、慌てて隣へと駆け寄った。

  「ごめん!凄く、失礼な事を言った!正妃様は俺ら妾妃なんかよりも上の方なのに、ミキがつい、弟みたいに可愛いから……」

  「俺はお妃様に選ばれた訳じゃねぇよ。ましてや、野良ネコのオメガだ。普通に考えても、フレデリックの方が身分は上だから」

  「何言ってんだよ!俺はお前が正妃になるって信じてんだぞ!自信持てよ!他の王族なんかに負けんな!」

  「お妃様には、フレデリックの方が相応しいよ。なぁ、何とかフレデリックがお妃様になれないのかなぁ?」

  フレデリックは言葉を失った。

  普通に考えれば、妃よりも頻繁に通う妾妃などは煩わしい存在でしかない筈だ。

  それをミキは何の妬みもなく、純真に慕ってくれている。

  それだけではなく、自分よりもフレデリックの方が妃に相応しいとまで言い出すなど、どれだけ純粋なのか。

  この虚栄心や嫉妬渦巻く後宮で、妾妃達だけはフレデリックの統率により、邪心ある者を排除してきた。

  西の宮は数が少ないとはいえ、プライドの高い王族のお妃候補がミキに嫌がらせしていると聞いて、さぞ辛い思いをしているだろうと察してはいた。

  ここに来るのは、殺伐とした西の宮から逃れて、癒しを求めて来ているのだと。

  そんなミキには、何としても尽くしてやりたかった。

  ミキを立てて、エイドリアンとの御子を授かり、またエイドリアンにも幸せになって貰いたかった。

  「ミキ……。俺はベータだから、妃にはなれねぇよ」

  「でも、エイドリアンとは一番、付き合いが長いんだろ?」

  「そうだな。殿下が精通する前からだから、ここに来て三年にはなるかな」

  「エイドリアンの事、好きじゃねぇの?」

  「好きとか嫌いとかで、エイドリアン殿下に支える事は出来ないよ。俺は、殿下から命を助けて貰った恩義がある。それは、これからの獣人生を捧げても良いと思える程の忠誠心か俺にはある」

  痩せた村に生まれたフレデリックは、獣人買いに拐われ、売られる寸前にエイドリアンから助けて貰った過去がある。

  それが青年の心に、どれ程の傷を負わせたのか、そして、エイドリアンから差し伸べられた手を、神の如く崇めるだろうフレデリックの心情も理解出来る。

  「好きじゃねぇの?」

  「お慕いはしている。デランダの獅子王として敬愛してやまないよ。我が儘を言われると、まだ子供なんだな、可愛いな、とは思うし」

  フレデリックは、ミキの肩を抱き寄せた。

  その手は情愛に満ちていて、フレデリックの懐の深さを感じる暖かみがあった。

  「エイドリアン殿下に寄り添うのなら、覚悟を決めなきゃならないぞ。殿下は、この国の王になるだけじゃなく、ライオン族の長でもあり、王族の頂点におられる方だ。何があっても支えるだけの気概がいる」

  それは、他の側室や妾妃がどれだけいようと、揺らいではならないという意味であり。

  公務に明け暮れる日々にも、ひたすらに待ち。

  エイドリアンという存在は、自分の夫である前に、全ての獣人のものである現実を受け止めろという事でもある。

  「殿下は恐らくこの国で一番、古の血を濃く引く存在だ。闘争心や支配心がお強くて、その精力は半端ないんだよ」

  「そりゃ、獅子王だから……」

  「つまり、獣化しやすいんだ。性欲が高まり過ぎるとライオンに変化してしまう。時と場所を選ばずに」

  ライオンに変化したエイドリアンの美しさは、また人々の心を掴む秀麗さだった。

  だが、また獣人に戻るには、熱を冷まさなければ戻る事が出来ない。

  「闘いの場なら、相手を倒せば力を放出も出来るだろうが、性欲が高まった時は、射精しなきゃ治まらない。……て、どういう意味か分かるか?」

  「どういう、意味だよ……」

  「完全に獣化してしまう前に、精液を出してやらなきゃならない。もしも獣化してしまったら、獣の姿のままお相手しなきゃならないって事だよ」

  王族が王族同士で婚姻を結ぶのには訳がある。

  もしも片方が獣化しても、それに対応出来るからだ。

  単なる身分の差だけではない、そこには抗えない本能の性があった。

  「ミキが言う『好き』ってのは、殿下が獣の姿になっても交尾やセックスが出来るか、ってのが問われるんだよ。それを越える愛情が必要とされるんだ」

  ミキは、想像を越えた『獅子王の妃』という重責に愕然とした。

  育った村を助けたくて、それだけを思って王都に出て来た。

  妃になるが故の、その背負うものの大きさに、フレデリックへの返答が出来なかった。

  それと同時に、それだけの責任を全て受け止めるだけの器量が、フレデリックにはあるのだ。

  フレデリックには敵わない。

  ミキは、改めてそれを痛感した。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング4-①]

  エイドリアンに余程の公務がない限りは、お妃候補達と親睦を深める為に夕食を共にする事になっていた。

  あれから3日が過ぎたが、ミキはエイドリアンと話す機会がまるでなかった。

  ちょっとした隙間も、ルシア達が邪魔立てをする。

  エイドリアンがミキを遠乗りに連れて行ってから、なりふり構ってはいられなくなったようだった。

  煩わしげに毒舌を吐かれても、ルシア達は必死にすがっていた。

  エイドリアンの方も、父王や王妃からの何らかのお達しがあったからか、相手が王族だからなのか、怒りの爆弾を投下する前には執事によってそれを止められ。

  苦虫を噛み潰したような顔をして、ルシア達の言い寄るがままにしていた。

  だが、それだけではなく、明らかにミキの方を見ようとはしない。

  ミキは日に日に心配になっていった。

  自分がマタタビにやられた時に、何か とんでもない失態を犯したのではないか。

  エイドリアンも顔すら見たくなくなるような、よそよそしくなるような、臆面もないような事を。

  今までも何度かマタタビに酔っぱらってしまった経験はあるが、大体はフニャン フニャンと千鳥足になる程度で、兄達に世話をさせてはいたが、暴れ回る程に凶暴になった事はない。

  もしかしたら、かつてない大暴れをしたのだろうか。

  例えば、急に服を脱ぎ出して踊り出したとか。

  そんな風に考えれば考える程に、せっかくの食事の味もしなくなってしまった。

  夕食を終え、ルシア達を追い払うようにして立ち去ろうとするエイドリアンを、ミキは廊下で引き留めた。

  「エイドリアン!」

  「ミキ……」

  「何かゴメン!俺の事、怒ってるか?こないだ遠乗りした時に、俺、悪さしたんじゃないか?全く覚えてないんだけど。……ホント、ゴメン!」

  「そうじゃない!……そうじゃないんだっ……」

  エイドリアンは一瞬、激怒したような表情を浮かべたかと思うと、片手で顔を覆いながら俯いた。

  先端にぼんぼりの付いた尻尾は、くったりと項垂れていた。

  「エイドリアン……な?ゴメンな?もうさ、マタタビには近寄らないから。ホント、ごめんなさい……」

  ミキもエイドリアンに倣ったかのように、項垂れてしまった。

  これは、余程の事をしまったのだと思った。

  もう、田舎に帰れと言われるレベルの失態だろうか。

  ミキは、応援してくれているだろう、フランとフレデリックに心の中で詫びていた。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング4-②]

  ミキが俯いていると、大きなものがフワリと覆い被さってきた。

  エイドリアンの匂いだ、と思った途端、苦しい程に抱き締められた。

  「え、エイドリアン?!」

  「はぁ~、この匂い……」

  「に、匂い?!く、臭い?俺?」

  「ミキの匂い、ひなたの匂いがする。稲穂の、田舎臭い香り……」

  「田舎臭いのか……。そんなに匂うなら、香水みたいなので誤魔化した方が良いか?」

  「香水は禁止!……ていうか、シャンプーやボディソープも禁止したい位なのに!」

  「それは出来ねぇよ。オイルつけて、ネコネコ ブラッシングするのは、フランの言い付けだもんよ」

  「……分かってるよ」

  エイドリアンは、ミキの頭頂部をクンクンと匂っている。

  最近は、後宮のリッチなシャンプー類が嬉しくて風呂嫌いが直ったミキだったが、それでも こうも匂われると何やら恥ずかしい。

  「……そしたら、俺、臭いんじゃねぇんだな」

  「臭くなんかないよ。ずっと嗅いでいたい位なのに」

  「遠乗りで、俺、悪さしてないんだな」

  「してないよ。酔っ払ってはいたけど」

  「じゃあ、何でお前、俺を見ねぇの?」

  エイドリアンは、体をビクリと硬直させた。

  ゆっくりとミキの体を離すと、何やら眉間にシワを寄せている。

  「何なんだよ、エイドリアン……」

  「今夜、舞踏会があるって聞いてる?」

  「え?……ああ。フランから、宮殿の大ホールで、月一で舞踏会があるとは聞いてるよ」

  「ミキは、どうせ踊れないんだろ?ダンスの授業も、初歩からやってるって聞いてるけど」

  「ぐっ……!う、うっせーな!仕方ねぇだろ!貧乏だったから、必要に迫られる事がなかったんだよ!」

  「だから私がパートナーになって、ミキのヘンテコな踊りを誤魔化してあげる。仕方ないから、だけど!」

  「何なんだよ!もう!俺、謝ってんのに、何でお前に俺のダンスを貶されなきゃなんない訳?ふざんなよ!バーカ!」

  ミキはフーッと逆毛を立ててエイドリアンを威嚇した。

  エイドリアンはそんなミキの姿に、ボソリと小さな声で『可愛い……』と囁いた。

  そして何やら胸元をゴソゴソと探り始めて何かを取り出すと、ミキの手首を強引に引き寄せた。

  手のひらに、細長い何かが乗せられた。

  エイドリアンが手を離すと、ミキの手には一本のペンが乗せられていた。

  「……ペン?」

  「馬鹿でも勉強が出来るように。私から貰えば、強迫観念からでも、やらなきゃって気になるだろう?」

  「何コレ!モヤモヤの柄!スゲー高そう!高級感、半端ない!」

  「モヤモヤじゃなくて、『べっこう』っていうんだよ。べっこうも知らないの?南方地域に生息する海亀の甲羅から出来てるんだよ」

  「海亀って何?海に住んでるのか?俺、山の谷間に住んでたから、海見た事ねぇもん!」

  「海も知らないの?」

  「おっきい泉みたいなのだろ?海亀、沢山いんの?」

  「海亀はそう見れないと思うけど……」

  「ウヨウヨいるんじゃねぇの?そんな珍しいもんなら、高いんじゃねー?!いくら位すんだよ?勿体ない!」

  「まぁ、安くはないね。……ていうか、贈り物の値段や価値を聞くなんて、貧乏臭いからやめて。……勿体ないとか言われたら……」

  エイドリアンが言葉尻を濁すのには、流石にミキも罪悪感を覚えた。

  自らの貧乏性が、エイドリアンの気分を害したのだと反省して、素直に詫びた。

  「ゴメンな。これ、ありがとう。スゲー嬉しい。頑張って勉強するからな」

  「……うん……」

  エイドリアンの表情はさほど変わらなかったが、その尻尾はMAXに振り切っていた。

  ミキは、エイドリアンが可愛くて仕方がなかった。

  そして恐らくは、このプレゼントを渡したかったのに、羞恥心やプライドが邪魔してミキと目線を合わせられなかったのだ。

  エイドリアンには嫌われてはいない。

  それだけでも、ミキは嬉しかった。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング4-③]

  舞踏会と言われて、フランがヤル気にならない筈がなかった。

  それはもう瞳の奥に炎が見える程の、『着せ替えごっこ魂』が燃え盛っていた。

  てっきり、以前に着せられた『子供のお誕生日会』的なスーツを着せられるのかと思っていたが、今回はそんなものを遥かに越えた、想像を絶する服が用意されていた。

  「な、な、何じゃぁ!こりゃぁ~!」

  「今日のミキちゃんのお洋服は、コレよん♪」

  「お洋服ってな!コレ、ドレスじゃんかよ!女物だろうがよ!」

  「そうよ?可愛いでしょ?」

  「服は可愛いかもしんねぇけど!いくら服が可愛くても、着る俺が可愛くなかったら意味がない!」

  「私が選んだのに、ミキちゃんが可愛くならない筈がないじゃない」

  「そもそも、こんなの着たら、仮装か女装だろうが!」

  「あら。舞踏会って、みんなスゴいんだから、こんなの地味な方よぉ。誰も彼もがケバケバしく着飾って、大仮装大会みたいになるんだから」

  「マジでか!」

  昔は単なるの王族や貴族の集いとして始まった質素な会合だったらしいが、いつの頃から誰かが派手な装いをし始めてから、それに歯止めが効かなくなったらしい。

  その日、ミキに用意されたドレスは、ペチコートのレースがやたらと重なった花柄の青いドレスだった。

  「まるでウェディングドレスだな……」

  「頭はベールじゃなくて帽子よ?白じゃないし、ウェディングドレスでもないわよ」

  「いくら帽子被っても、俺のネコっぽさは隠せないぞ?」

  「カツラをつけるのよん♪見てみて~♪縦ロールのカツラよぉ~!お人形さんみたいでしょ~♪」

  「仮装というよりかは、変装だな。……まぁ、ここまで変えられたら、元が分からなくなって良いかな」

  「お化粧もさせてね♪」

  「ふぉぉ!」

  そうしてしばらくの間、ミキの部屋からは、フニャー!だの、フギャー!だのという奇声が響き渡っていた。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング5-①]

  これ程の数の大型獣人が集まっている光景は、そうそうないかも知れない。

  宮殿一の大ホールに、数えきれない数の貴族や王族が、華やかに着飾り、舞い踊っている。

  それはもう、仮装と言っても過言ではなく、中には裸に近いような格好の者もいた。

  コテコテに飾り立てられたミキは、重いドレスを引き摺りながら、とにかくエイドリアンを探した。

  てっきり迎えに来てくれるのかと期待していたのだが、そう遠くない先でデランダの王となるエイドリアンに一言挨拶を、という権力者達が群れをなして、麗しき獅子王は会場でも引っ張りだこだった。

  ミキがエイドリアンを見つけた時には、会場の中央でルシアと踊っていた。

  獅子王ともなれば、周りのメスが群がるようにして寄って来ても当たり前だろうが、次は自分だ、とばかりに側で待機している獣人達を見たら、げんなりとしてしまった。

  この状況では、とてもエイドリアンに声をかけられそうにない。

  ミキは仕方なく、壁の花になっていた。

  深紅の軍服のようなデザインの礼服に、金糸で彩られた刺繍は、エイドリアンの華やかな容姿を更に引き立てていた。

  まるでそれに合わせたような、揃いにも見える赤い礼服を着たルシアが あだっぽい笑みを浮かべて、艶かしく尻尾を揺らしながら、踊っている。

  もしかしたら発情期が近いか、迎える直前なのかも知れない。

  そんなルシアの艶かしさを咎めるかのように、エイドリアンの眉間にはシワが刻まれていた。

  ミキは、ルシアの華麗なダンスを見て自己嫌悪に陥っていた。

  ダンスの授業は苦手だった。

  とにかくリズム感がない。

  パートナーの足を踏む。

  そんな失敗だらけで、ダンスの先生は声が枯れる程にミキを指導して、ついには寝込んでしまった。

  エイドリアンから誘われてはいたものの、とてもではないがパートナーとして出ていく勇気がない。

  ミキの胸は、じくじくと膿んだようにして、鈍い痛みが襲っていた。

  こんな風に苦しいのは、エイドリアンの事が好きだからだ。

  あの毒舌しか吐かない、不器用で、でも優しい、デランダ一の美しい獣人を好きになってしまった。

  いつからかは分からないが、気が付けば こうして胸の苦しみを抱えるようになっていた。

  ミキはそれ以上、エイドリアンが誰かと踊っているのを見ていたくはなくて、壁の柱に隠れるようにして縮こまった。

  「可愛いお嬢さん。そんなに隅っこに隠れてないで、出て来てくれるだろうか」

  ミキが低いオスの声に誘われるようにして顔を上げると、そこにはしっとりとした長い黒髪を垂らした美しい獣人が、覗き込むようにして見つめていた。

  その相貌は、美女といっても通るような麗しさであり、肩幅の広さや胸板の厚さで、オスだと分かるような、倒錯的な美貌だった。

  体躯もかなりの大型獣人で、王族だと一目で分かる気品が漂っていた。

  それも並みの王族ではなく、高位の血統だ。

  「おっきい、ネコ?」

  「私か?私はブラック パンサーだ。だが、タイガーの一族よりも大型だけどな」

  「タイガーよりデカイ パンサー!相当偉い獣人だな!」

  「そういう君は、男の子か?声が低いな。それに小さい……子供だったか?」

  「もうオトナだ!馬鹿にすんな!」

  「そうしたら、ダンスのお相手に立候補しても問題ないな」

  ミキは その獣人に手首を掴まれ、柱の影から引き摺り出された。

  ペチコートのレースがフワリと花が咲くようにして翻った。

  「オメガのネコだな。黒ネコだ」

  「同じ黒毛でも、俺はあんたと違って格下だよ」

  「いやいや、こんなに小さくて愛らしい獣人は初めて見た。……失礼。自己紹介がまだだった。私は、レオナルド。王族であり、アルファであり、この国の王位第二位継承者だ」

  レオナルドは、ミキの手の甲へ敬うようにキスをした。

  その唇が触れた途端に、ミキは体を硬直させた。

  確か以前にフランが言っていた「エイドリアンから王位を奪うかも知れない」という獣人の名前と同じだった。

  王位第二位継承者といえば、このオスしか有り得ない。

  レオナルドは、多くの側室や妾妃を抱えていると言っていた。

  いわゆる典型的な一族の頂点に立つオスだった。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング5-②]

  「可愛い人。名前を教えてくれないか?」

  「ミキだよ。俺は野良ネコだから、おたくとは、レベルが違い過ぎると思うけど」

  「野良ネコにしては毛並みが美しい。ミキの先祖には、恐らく王族がいただろうな。ただの野良なら、そんなしっとりとした毛並みではないだろうから」

  「マジで?!ウッソ!ふぇぇ!」

  「こんなに綺麗な黒毛はなかなかにいない。今すぐに、私の城へ連れて帰りたい位だよ」

  「はぁ?!」

  「私のものにならないか?ミキ」

  「あんたのものって……」

  「側室に、という事だ。最高の贅沢をさせてやれるぞ」

  「断る!」

  それを拒否したのはミキではない。

  レオナルドとミキの背後の主からだった。

  レオナルドが振り返ると、そこにはエイドリアンが立っていた。

  「相変わらず、ナンパばかりしてるのか、レオナルド。自分が何人の獣人を囲ってるのか分かってるの?その内、城から溢れるだろうね」

  「何故、エイドリアンに断られなければならない?私はミキに……」

  「ミキは、私の妃になる予定だから」

  「エイドリアンの?じゃあ、あの御触れで集まったオメガの子か」

  エイドリアンは、レオナルドからミキを引き離し、隠すようにして抱き締めた。

  「これは、私のだから」

  「譲ってくれエイドリアン。お妃候補は他にも沢山いるだろう」

  「駄目だ。お前のような誰にでも種付けするようなオスに、ミキを近寄らせたくはない。妊娠したらどうしてくれる」

  「いや、流石にこの衆人環視の中で種付けは無理だろう」

  「黙れ。この性欲魔人が。そろそろ去勢した方が世の為だね。自分の子の名前も覚えきれない位にいるんだから、もう十二分に子孫を増やしただろう」

  エイドリアンは吐き捨てるようにして悪態をつき、ミキを引き摺るようにして、レオナルドの元から離れた。

  エイドリアンに掴まれた手首は、痛い程に強く握られ、強引に中央へと駆り出された。

  オーケストラの音楽が、それに合わせてワルツに変わる。

  まるで、音楽の方がエイドリアンのパートナーが変わるのに合わせているかのようだった。

  「え、エイドリアン。俺、ワルツ、苦手なんだけど」

  「ワルツが苦手なら、スローフォックストロットにする?タンゴにする?」

  「す、すんません……。ワルツで良いです」

  「ミキがダンスを下手なのは分かってるよ。だから、私に合わせて」

  「え?」

  「足、踏んでも良いから、合わせて」

  エイドリアンのリードが上手いからなのか、自らに視線を集めるからか、ミキのぎこちなさは、さして目立たなかった。

  ミキは、会場の人間全てに注目されて、頭が真っ白になっていた。

  ステップの基本すら思い出せないのに、何故か踊れているのが不思議だった。

  そんな仲睦まじくダンスしているようにしか見えない二人ではあったが、実際は色好い会話を交わしている訳ではなかった。

  「レオナルドってエイドリアンより年上に見えるけど、何で王位継承者としては二番目なんだ?」

  「王位はその実子が継ぐ確率は高いけど、より獣人としての能力の高い者は優位におかれる。レオナルドは、私の弟達よりも王に向いていると大臣達から推されたんだ」

  「あんなにチャラいのに?」

  「精力が強いのは、優れた獣人の証でもあるよ」

  「あんなのが王になったら世も末だな」

  エイドリアンは、「王になどさせるものか」と憎々しげに吐き捨てた。

  そしてその苛立ちは、ミキにも向けられた。

  「何であんな奴に付いて行ったの?」

  「付いて行ってねぇよ!」

  「囲われそうになってただろ!」

  「向こうが勝手にナンパしてきたんだよ!あんなチャラい奴は、どうせ俺の事なんか すぐに忘れるだろ」

  「手にキスされてた」

  「そりゃ、挨拶の一環で……」

  「キス、させるな」

  「何なの!お前!お前だって色んな奴と踊ったり、挨拶のキス位してんだろうが!」

  「踊りはするけど、キスなんかしない!した事もない!誰とも!」

  「へ?!」

  ミキがエイドリアンの言葉にガクンと膝を折るようにして倒れそうになると、それを察したエイドリアンがミキの膝裏に腕を回し、横抱きにした。

  そして、軽やかにクルクルと回って、最後までミキを抱えながらワルツを踊りき

  った。

  その優雅な様に、周りからは感嘆の溜め息が漏れた。

  ミキの心臓は爆発寸前だった。

  何から何まで、王子様然としたエイドリアンの姿に、クラクラとした。

  思わず「カッコいい……」と口走りそうになり、慌てて自らの口を塞いだ。

  エイドリアンはミキを抱き上げたまま、会場を後にした。

  会場のほとんどの獣人が「愛らしいお妃様だ」と獅子王の治世の安泰を喜んでいたが、お妃候補のオメガ達は、煮え湯を飲まされたようは表情を浮かべていた。

  ただ一人、レオナルドだけは無表情だった。

  「欲しいと思った子を、まさかエイドリアンに取られるとはな。ついこの間まで、まだ子供だったのに」

  レオナルドは、自ら望んだメスやオメガが手に入れられなかった事などは、かつて一度もなかった。

  その表情には何の感情も浮かべてはいなかったが、古の血が沸き立ち、その犬歯がギリギリと尖るようにして伸びようとするのを、レオナルドは ひたすらに堪えていた。

  [newpage]

  [chapter:恋愛的グルーミング5-③]

  ミキがエイドリアンの腕の中で、一人羞恥に悶えている間に、気が付くと見知らぬ部屋のソファーに座らされていた。

  その足の間には、跪くようにしてエイドリアンが座っていた。

  「なっ、なっ、何だよ!」

  「これ、ミキが着たいって言ったの?」

  「な、何が?」

  「ドレス」

  「んな訳ねぇだろ!フランの少女趣味に決まってんだろーが!こんなフリフリのレース!」

  「……に、似合うぞっ」

  「は?!」

  「意外にも可愛くて似合うと言ったんだ!……くそっ!野良のクセに!」

  「ほ、誉めた……。あの、鬼のように口の悪いエイドリアンが、……誉めた」

  「お前が嫌味を足すなって言うからだよ!」

  「出来れば、ドレスを誉めるより、おにぎりを誉めて欲しかったけど」

  「おにぎりは誉めただろう!大絶賛しただろうが!……ところで、いつでも おにぎりは作れるんだろうね!」

  「うん。まぁ。米炊く時間くれたら。だし巻き玉子位なら、付けてやんぜ」

  「だし巻き玉子!だし巻き玉子って何?!おにぎりを玉子で巻いてるの?!」

  「いや。そこまでシェイクしないでくれ。別物のおかずだ」

  「くそっ!すぐに用意して!」

  「そんな、舞踏会の途中なのに……」

  ミキのドレスに、エイドリアンの顔がバフッと突っ込むようにして伏せられた。

  こんな花柄やレースがひらひらの中に、金の巻き毛が被さる様も、何の違和感もないオスだった。

  ミキがその輝く巻き毛を鋤くようにして持ち上げ、先端を指にクルクルと巻き付ける。

  絹糸のように、すべらかだった。

  そうやって毛先で遊んでいると、エイドリアンが顔を上げた。

  何て綺麗な顔なのだろうと、ミキは改めてうっとりとした。

  この綺麗な顔が、自分一人のものなら良いのに。

  この澄んだ青い瞳が見つめるのは、自分だけなら良いのに。

  ミキは無意識にエイドリアンの頬を両手で包み、その形の良い唇に引き寄せられた。

  ウチュッ、と音がして、素面に戻った。

  エイドリアンにキスしてしまった。

  それも、ミキの方から。

  押し付けるようにして。

  だが、ミキの顔面が紅潮するよりも、更に赤く、エイドリアンの顔面が真っ赤に染まっていた。

  「な、な、何をする!」

  「いや!ごめん!エイドリアンの顔が綺麗だな~と思ったら、つい……」

  「お前は『つい』でこんな事をするの?!今まで、誰にでもしてきたって言うのか!こ、こんな破廉恥な!」

  「破廉恥ってな!ちょっとチュッってしただけだろうが!そんなのお前だって、何人も妾妃がいるんだから、キスの一つや二つ……」

  「さっきも言っただろうっ!きっ、キスなんて、した事はない!」

  「え?……えぇ~~~っ?!」

  あれだけフレデリックや、他の妾妃達と濃密だろう夜を過ごしながら、キスもした経験がないなどという事があるのだろうか。

  それとも、王族ともなると下賎な下々の者とはキスを交わさないという決まりがあるとでもいうのか。

  「わ、悪かったな。口、汚してよ……」

  「……もっとして」

  「何だと?」

  「もっと、キスを……しろ」

  「ちょっと!エイドリアン!……ん!んぐぅ!」

  エイドリアンのキスは初めてというだけあって、唇を闇雲に押し付けるだけの乱暴なものだった。

  キスは無骨なのとは違い、その手がミキの体を弄るのには、明確な意思を感じた。

  ミキのドレスの裾を掻き分けて、太腿のガーターベルトに指を絡ませる。

  そして、その小振りな尻を揉みしだくようにして、妖しく蠢かせる。

  エイドリアンの荒々しい鼻息が、ミキの顔に振りかけられ。

  下唇を噛みつくようにキスされると、小さな痛みが走った。

  エイドリアンの犬歯が異様に長い。

  それだけではなく、額部分や顎辺りにうっすらとした体毛が生えかけていた。

  獣化しかけている。

  ミキがヒイッと喉を鳴らし退いた。

  ネコの本能で、自分より大きな猛獣に恐怖した。

  エイドリアンは慌ててミキから体を離した。

  そして、その顔を隠すようにして壁際へと後退り、部屋から出て行こうとした。

  「待てよ!その姿で、どこに行くっていうんだよ!」

  「性欲を晴らさなければ、獣化する。だから……」

  「だから、東の宮に行くってのかよ!」

  「……そうだよ」

  エイドリアンは金の髪を翻して、部屋から出て行った。

  そうやって、フレデリックにだけは愛を注ぐのか。

  自分には思わせ振りな事をしておいて、最後は捨てるというのか。

  胸が苦しい。

  これから先もこんな風に扱われるのなら、いくら正妃としての位を与えられても、これ以上はここにはいられない。

  他のオスの元に通う夫を、容認して生きていく人生なんかには耐えられない。

  ミキは、滂沱の涙をいつまでも流し続けていた。

  [newpage]

  [chapter:第三章・揺れる心と揺れる尻尾1-①]

  「あ~。もう、村に帰っちゃうかな~」

  結局、涙が治まらなかったミキは、フランに抱えられて部屋に戻った。

  着替えさせられている間もわんわん泣いて どうしようもなかったので、タオルを持たせてから、まるで子供のように膝の上を跨がらせ。

  フランは、ミキが泣き止むまで背中を撫で続けていた。

  ようやく涙が治まって、フランの胸元から顔上げた時には、瞼が腫れ上がって恐ろしい事になっていた。

  「もしかしたらさ~。俺、お妃様には選ばれるかも知んないけど、結局、子供を産ませるだけの存在じゃん。産むだけならさ、ルシアなんかの方が よっぽど正当なライオンの一族になれるだろ?そんならもう、雑種はお呼びじゃねぇよ」

  「何を言うのよぅ。ミキちゃんとの子供なら、優勢遺伝子のライオンが出て来るに決まってるじゃない。それももし、黒いライオンなんか生まれたら、絶対にイケメンよぉ~!イヤァン♪」

  「イヤァン♪……じゃねぇよ!もしかしたら、俺、異様に発情期来るの遅いしさ。不妊かも知れねぇだろ。ひょっとしたらオメガでもないかも……」

  「ミキちゃんには子宮はあるわよ。最近、ちょっと良い匂いするもの~。発情期だって、もうじきよぅ」

  「でも子宮があったって、ちゃんと機能するかどうか……」

  「私のイチオシであるミキちゃんよ!自信を持って!」

  「そもそもフランは俺のどこがいーんだよ!取り柄なんて『節約』位しかねぇぞ!それも宮殿なんかで節約する意味ないし!」

  「ミキちゃんの野性的なとことか、おおらかなとことか、ちまちましたところは、素敵よん♪」

  「それ、動く物を追っかけちまう体質と、品のないところと、しみったれた貧乏性なとこか!誉めてねぇ~!」

  ミキはフランの胸板をポカポカと殴りまくったが、フランはひたすらに「可愛い、可愛い」頬擦りし続けていた。

  これだけ、ボロボロになるまで泣いても、フランに撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らして喜んでしまう自分が呪わしい。

  そもそもミキには元よりプライドの片鱗すらもなかったから、正妃という地位に対して固執していない。

  これがルシアならば、後継ぎさえ産めば夫が妾妃の元に通おうが、例え腹立たしくとも世間体を優先して、妃としての気位を保っていられるだろう。

  恐らく愛される事よりも地位と体面を保つ事こそが全てであり、それこそ理想的な正妃といえるかも知れない。

  だが、ミキの村は貧乏でも家族愛や一族への愛に満ちていた。

  妻を愛し、夫を愛し、子供を愛する。

  そうやってミキも育って来た。

  宮殿での王族としての生活は、恐らくミキの精神がもたない。

  村を豊かにしたい。

  フランやフレデリックの期待に応えたい。

  そうは思っても、ミキ自身も一生、愛憎渦巻く後宮で、暮らすだけの忍耐が続くとは思えなかった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾1-②]

  ルシアが発情期に入った。

  周りの者が、妃はミキでも構わないからと、エイドリアンにルシアとの交尾を勧め、その為に部屋へと閉じ込めた。

  発情期の交尾は、そのほとんどが妊娠をする。

  オメガの受精率は高く、そのフェロモンに釣られたオスのアルファは、精液を長時間射精し続ける。

  流石に閉じ込められれば、エイドリアンもルシアと交尾せずにはいられないだろう。

  ルシアが、もしくはこれから他のオメガがエイドリアンの子供を産めば、妃がミキでなければならない必然性はもうない。

  益々をもってして、ミキの存在価値は失われていく。

  ミキは意を決し、フランにこっそり置き手紙をして、後宮を去る事にした。

  あれだけミキを買ってくれているフランには本当に申し訳なかったが、自身の精神がもう限界だった。

  「そもそも、王宮暮らしなんかに俺が耐えられる筈がなかったわ。これなら、村の誰かの嫁になった方が……」

  と考え、首を横に振った。

  今は誰かに嫁ぐ事は考えられない。

  ミキは来た時と同じ小さなカバンに、水筒や簡易食料などの必要最低限の物を詰めた。

  たった一つだけエイドリアンがくれた、べっこうのペンだけは持って帰る事にした。

  これを見ると、エイドリアンとの楽しかった記憶が甦って来る。

  初対面から毒舌だったエイドリアン。

  いきなり妃に選ばれた事や、楽しかった遠乗りや、文句を言い合いながら一緒に踊ったワルツ。

  何故かミキの頭の匂いを嗅ぐのが好きだった。

  底意地の悪い口とは違い、素直で可愛かった、あの尻尾。

  結局、おにぎりをまた食べたいと言ったエイドリアンの希望を聞いてはやれずにここを出るのには、ほんの少し胸が痛む。

  ミキが村から着て来た木綿の服は当然処分されていたので、クローゼットにある一番地味な服を選んだ。

  発情期に入ったルシアからエイドリアンが離れるのは5日後か1週間後か。

  それを終えた時には、ミキはもう村に帰ってしまってはいるし、エイドリアンは新しい妃と後継ぎの誕生に、王都の獣人達も沸いているだろう。

  ミキがそれを聞くのには、何日も先になる。

  あれだけ王都中心に入るのには、許可証や、身分を証明しなければならなかったのにも関わらず、逆に城門を出るのには誰に咎められなかった。

  あまりの呆気なさに、ミキは今までの全てが夢のように思えた。

  野良である自分が、そもそも お妃候補に選ばれるなどという事からして、夢物語だったのだ。

  城門を出た辺りで、早駆けの馬の蹄の音が、背後から聞こえて来た。

  皆が皆、道を譲ろうと端に寄るのに合わせて、ミキも路肩へと寄った。

  するとその早駆けの白馬は、ミキを追い抜いた辺りで馬が嘶き、前足を上げて立ち止まった。

  ミキが馬上の獣人を見上げると、そこには太陽を背に、輝く金髪を靡かせた美しいオスがいた。

  突然現れた獅子王に、辺りは人々の歓喜の声に沸いた。

  「ミキっ!どこへ行く気だ!」

  「ど、どこって……。お前こそ、発情期に入ってた筈じゃ……」

  「抜け出した!」

  「抜け出したってな!何で……」

  あまりにも子作りに前向きではない獅子王に、大臣や執事などの周りが業を煮やし、発情期に入ったルシアと共にエイドリアンを監禁した。

  これには流石に王妃が激怒し、この案件での首謀者達を制裁すると宣言した後に、王妃自らがその部屋の扉を開いた。

  中は散々たる荒れようだった。

  部屋の中の調度品の全てが破壊され、扉は何度も開けようと試みたのか、内側が何ヵ所も凹んでいた。

  ルシアは小さく縮こまり、部屋の片隅で震えていた。

  エイドリアンは怒りを部屋中に当たり散らした事で、獣化は抑えられていた。

  そのままの足でミキの部屋を訪れると、フランへの置き手紙が残されていて、既に後宮を出た後だった。

  エイドリアンはその瞬間で、一気に体内の血が沸騰した。

  ミキを誰にも渡したくはない。

  自分だけのものにしたい。

  その欲望は、紛れもなく初めての『恋』という感情だった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾1-③]

  「どういうつもりだっ!ミキ!」

  「どっ、どうってな!帰るんだよっ!実家に!何か文句あっか?!」

  「立場をわきまえろ!お前は私の妃だろう!そうそう実家になど帰れるか!」

  「俺はお前の妃なんかじゃねぇよ!お前も自分のこれからを考えたら、フレデリックをお妃様にして、誰か王族のメスかオメガに子供産ませろよ!うだうだと我が儘言ってんじゃねぇぞ!」

  「お前に言われずとも、私は私の好きにするよ!」

  エイドリアンは、馬から飛び降りて、ミキを肩に抱え上げた。

  そして、再び鐙に足を掛け、馬へと飛び乗った。

  そのあまりの素早さに、ミキは何が起こったのか分からなかった。

  気が付けば、馬はもう走り出していた。

  「ちょっ……エイドリアン!何してんの?!うわっ!落ちる~!」

  「暴れるな!本当に落とすぞ!」

  「ちょっとマジで怖い!早く降ろしてくれぇ!」

  宮殿前に馬を止め、慌てて出て来たフランへ馬の手綱を渡した。

  「エイドリアン殿下!お待ち下さい!ミキちゃんは……」

  「分かっている。私の妃はコレだけだから」

  「それはそうなのですが!ミキちゃんはですね!殿下の事を……」

  「それは、コレに直接聞く」

  「おい!コレコレと物みたいに言うな!俺はお前のもんじゃねぇぞっ!」

  肩で暴れるミキをもろともせず、エイドリアンは大股で自室へと向かった。

  フランは何とか荒ぶるエイドリアンへと食い下がったが、部屋の中へは入れずに押し出された。

  ミキは放り投げるようにして、ベッドへと落とされた。

  この部屋には、妃にすると言われたあの日以来だったが、あの時とはまるで違う部屋のように感じた。

  エイドリアンが恐ろしい。

  既に獣化が始まっているのか、その犬歯はいつもより尖っていて、獰猛さを滲ませていた。

  「何故、故郷に帰ろうとしたの?」

  「俺みたいな野良ネコを飼おうなんて、気紛れか、周りへの当て付けだろうが!そんならさっさと捨ててくれたらいいのに!」

  「正妃を捨てる馬鹿がいると思う?何の為に教育を受けてるんだ。それとも、お前の空っぽな頭では、いくら妃の心得も勉強したって頭に入らないの?」

  「妃の心得?!何それ?他のオスのところへセックスしに行く旦那に向かって『いってらっしゃ~い。頑張ってね~』って言えるようになる心得かよ!ざけんな、バーカ!俺はそんな事はしねぇよ!」

  「ミキっ!」

  エイドリアンはミキの体にのし掛かり、その衣服を引き裂いた。

  鋭角さを増したその爪が、服を裂く事など造作もなかった。

  「やっ、やだっ!嫌だ!やめろっ!」

  「お前は私のものだ!私から離れるのは、絶対に許さん!」

  「いやっ!やぁぁぁぁぁ!」

  ミキの絶叫が部屋に響き渡った。

  それは、まるで断末魔の叫びように。

  命の終わりにも思えるような、激しいものだった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾2-①]

  まるでケモノだ、とミキは思った。

  獣人ではない。

  本能でしか動かない、野生の『ケモノ』。

  俯せにしたミキを押さえ付ける大きな手は異様に爪が伸びていて、うっすらと獣毛が生えていた。

  突然に尻の孔への熱い圧迫を感じた。

  エイドリアンが発情して、交尾をしようとしている。

  自分は発情していないのに。

  その戦きが、ミキの尻孔をキュウッと締め付けてしまい、更に地獄を味わう羽目になった。

  有り得ない場所に、有り得ない程の巨大な物が、入り込もうとしている。

  ミキは命の危険すら感じて、エイドリアンの手から逃れようと暴れた。

  だが、その暴れた事が逆にエイドリアンの中の野獣を呼び起こした。

  そしてミキの尻を鷲掴み、完全に閉ざされている小さな窄まりに、己が怒張をズブリと めり込ませた。

  「うわぁぁぁぁぁぁあっ!」

  ミキの雄叫びと共に、その全身は激痛によって反り返り、痙攣した。

  逃げるのを許さないとばかりに、エイドリアンは その後ろ首に噛みついた。

  「いあぁぁ!あぁっ!うぐぅ!」

  ミキの後ろ首に噛み付きながら、その尻たぶへとガンガン叩き付けるような勢いで、エイドリアンは腰を前後させていた。

  エイドリアンのぺニスに荒々しく蹂躙された肛門の入り口は、真っ赤な鮮血の花が咲いていた。

  それでもエイドリアンの暴走は止まる事なく、屹立を更に奥へ挿入しようと闇雲に挿入し続けた。

  ミキは、メキッメキッと軋むように骨盤を開かれ、体内を滅多刺しされているように感じた。

  尻孔から真っ二つに割かれるような激痛に、あられもない悲鳴を上げた。

  「痛ぇ!痛ぇ!いやぁ!やぁぁぁぁ!」

  「ミキっ……ふぅっ!……ぅぅ!」

  「壊れるっ!からだ、壊れちまう~!いっ、痛ぇよぉ~!わぁぁ!」

  エイドリアンはもう、自分で自分の中の猛獣を止められなくなっていた。

  ひたすらに腰を前後させ、突いて突いて、突きまくった。

  そこには性欲と、支配欲と、理解し難い感情とが入り乱れ。

  ミキを犯し続けた。

  何度目かの、長い、長い、射精の後に獣化しかけていた体の暴走は治まり。

  緩やかに腰を回して、悦楽の余韻に酔いしれた。

  そして、自らの腰に繋がる小さな体を見下ろすと、それはぐったりとして生きているようには見えない肉の塊と化していた。

  エイドリアンが己の雄根をズルリと引き抜くと、夥しい量の血がミキの後孔から溢れ出した。

  そのミキの痛々しい姿を見て、途端に血の気が引き、素面に戻った。

  自らを止める事が出来なかった。

  愛しいと想う気持ちがあったのにも関わらず、獣としての野生を抑える事が かなわなかった。

  ぐったりとしたミキの体を抱き締めて、エイドリアンは号哭の咆哮を上げていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾2-②]

  エイドリアンの咆哮と同時に、その部屋の扉が割れるような音を立てて開かれた。

  「ミキっ!」

  「ミキちゃん!」

  ベッドの上の惨状を見て、フランはひとまず他の使用人達を外へと追い出した。

  フレデリックは、慌ててミキの体を確認した。

  尻が痛ましくも裂傷していて、無残な状態だった。

  ただでさえ小柄であるミキの尻に、何の準備もせずに性交に及ぶ無謀さの上に、エイドリアンの巨根がミキの体をズタズタに引き裂いていた。

  エイドリアンを見ると、獣化による興奮は治まっていたが、恐慌状態に陥っていた。

  「ミキっ……、ミキっ……」

  「何やってんだ!貴方はっ!」

  フレデリックは、かつてエイドリアンに向けた事もないような大声で激昂した。

  「この子を殺す気か!今まで あんなにも大切に思ってきた意味がなくなるだろうがっ!」

  「フレデリックっ……」

  「この子を堪らなく愛しいと思ってたんだろう!可愛くて、可愛くて、手出し出来ない程に大切にしてた、その気持ちはどうしたよ!」

  「愛しい、と思ってるっ……」

  「なら、なんでこんな事をしたんだ!」

  エイドリアンは、両手で顔を覆い、項垂れた。

  そんなつもりはなかった。

  自らの元を去るというのを聞いて、タガが外れてしまった。

  こんなにも小さな愛しい存在に出会い、触れた事がなかったから、どうしたら良いのかも分からなかった。

  「ミキを大切にしたい。可愛がってやりたい。だけど、どうしたら喜んでくれるのか分からないんだ。何をしても、ミキを怒らせるばかりで……」

  「殿下……」

  「ミキが、妃にはならないと言うから……」

  猛獣の王は、その愛情の表現する方法を知らなかった。

  初めての恋に戸惑うばかりで、傷付けたくないがばかりに、疎遠にしたり、悪態をついてしまった。

  そんな不器用な愛情を受け止めるには、ミキはまだエイドリアンを知るだけの時間がなかったし、どちらもが子供だった。

  「殿下。どうか、そのお気持ちをお忘れにならないで下さい。ミキの体は小さいんです。貴方を受け入れるには、心の底から貴方を許して、受け入れる準備をしなければ無理なんですよ」

  「ミキは、私をもう受け入れてはくれない……。こんな事をしてしまった後では……」

  「どうか、そのお心のまま、素直にミキへお気持ちをお伝え下さい」

  フレデリックは、シーツを引き剥がし、ミキの体に巻き付けた。

  そして、そっとその体を抱き上げてやった。

  「憎まれ口ばっかり叩かないで、本心をきちんとミキに言ってあげて下さい。この子は、ちゃんと愛情を受け止める事が出来る子です。殿下のお心もきっと分かってくれますよ」

  フレデリックは、フランへと耳元で何かを囁いてから部屋を出て行った。

  エイドリアンは、それを見送るしか出来なかった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾2-③]

  ミキが目を覚ました時には、既に夜の静寂が辺りを満たしている時刻になっていた。

  皆が寝静まっているだろう時間になっても、ミキのベッドの側にはフレデリックが付き添ってくれていた。

  「フレデリック……」

  「体調はどうだ?」

  「尻と後ろ首が痛いよ」

  「そりゃそうだわな。当分は痛いだろうから、何でも俺が手助けしてやるからさ」

  「……ごめんな」

  ミキが寝かされていたのは、東の宮のフレデリックの部屋だった。

  あれから、今に至るまでの記憶が まるでない。

  エイドリアンに強姦されるようにして襲われた途中から、あまりの激痛に、もう訳が分からなくなっていた。

  「あの……エイドリアンは?」

  「ちょっとお灸を据えておいたよ。今はフランに任せてあるから。エイドリアンはフランの言う事だけは耳を傾けるんだ。フランは昔からエイドリアンに仕えてたみたいで、扱いにも長けてるから、側室にも選ばれたんだけど」

  「そんなの、知らない……」

  「側仕えの方から主に向かって、自分の事をべらべらとは話さないだろう?俺も、まぁ、あんまりミキには話さなかったのも良くなかったかな、とは今になって思うけど」

  フレデリックは、喉の乾いたというミキに白湯を持ってきてやった。

  起き上がるのも苦しそうなミキを支えて飲ませてやると、そのまま一緒にベッドで添い寝してやった。

  「フレデリック、俺さ。やっぱりお妃様には向いてねーわ」

  「何でそう思うんだ?」

  「俺の体、小さいのにさ。あいつのチンコ、スゲーデカいだろ。あんなの規格外じゃん。挿る訳ないよ」

  「わっはっはっは。確かに、見た事もない位にデカいかな」

  「フレデリックは、よくあんなの挿れられんな。考えらんねぇわ」

  「挿れてないぞ?」

  「はぁ?!」

  「俺はエイドリアン殿下とセックスしてない」

  「え?え?何言ってんの?意味が分からない!だって、あいつのチンコ、デカいの知ってんじゃんよ!」

  「そりゃまぁ、獣化したら公務に差し障るから、射精は促して差し上げるけどな。するって言ったって、手とか、口で出してやる、だけなんだけど」

  「く、口ですんの?!」

  「そりゃ、エイドリアン殿下に交尾してるような臨場感を感じて貰わないとだからさ。でも、殿下は一度も俺に挿入した事はないし、他の妾妃にも体の関係がある奴はいないぞ」

  それには、愛はない。

  それも、体の熱を貯めないようにするだけの義務のようなものであって、エイドリアンもフレデリックも事務的にそれをこなしていた。

  「でもさ、ミキが来てから殿下は変わられたんだよ。ただ、欲望を吐き出すだけでなく、ミキを想うようになってから、『ミキに欲情する』ようになった」

  「お、俺に?!」

  「いつもなら、溜まったら適当に発散して終わりだったのが、もうミキの事を考えると勃起が止まんない訳。しまいには、ミキの名前を呼んで、ミキで想像しないとイケなくなる有り様でさ」

  「えぇぇぇぇ?!」

  「あのマタタビ事件の時は、俺も一人でお相手するのはクタクタになって、他の妾妃達も呼んで必死に射精させたんだけど、終わりがなくて大変だった」

  「はぁ~。ご、ご苦労様です……」

  「だから、ミキだけなんだよ。殿下が、発情期と関係なく、セックスや交尾したいって思う相手は」

  心を開いている訳でもないミキを傷付けたくはない。

  愛しくて堪らない存在を、怖がらせたくはない。

  獣化は神聖なる変化ではあったが、王族でもない限り、その状態での欲望にまみれた姿は、恐怖の対象でしかなくなる。

  エイドリアンは己が獣としての野生と、ミキへの想いの狭間で苦しんでいた。

  「殿下は、本当に愛する人としか、セックスしたくはないんだってさ」

  「でも、フレデリック達とだって、エッチした事にはなるじゃん。挿れてなくてもさ……」

  「そこはしがないライオン族の性だから許してやって。殿下も童貞だから、ミキと交尾する方法が分からなくて、こんな事になっちゃったんだし」

  「うぉぉ!」

  「今、フランから伝授して貰ってるからさ。次は大丈夫だから。……な?殿下を許してやってくれるかな?」

  「許してやるってさ……。次って何なんだよ……」

  「田舎に帰るとか、言わないでくれよ。な?」

  フレデリックがミキを宥めるようにして、上掛けからポンポンと軽く叩いてくる。

  そのリズミカルな音が、ミキを再び眠りへと誘い。

  穏やかな夢の世界へ、ミキはゆっくりと落ちていった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾3-①]

  ミキが完治するのには、思った以上に時間がかかった。

  トイレに行くのも困難で、はじめは立つのすら儘ならない程だった。

  肛門の裂傷は完治したが、ミキの後ろ首には、エイドリアンの噛み痕が消える事なく残っていた。

  療養中、ミキにはフレデリックが仕えてくれていたので、体が自由にならない間も退屈せずに済んだ。

  ただ、夜だけはフレデリックが隣で寝ようとすると、フランも争うようにしてベッドへと入り込んで来た。

  フラン曰く「側仕えが共寝するのは許されないけど、フレデリックがミキちゃんに悪さしたら殿下に申し開き出来ないから」と言いながらも、ミキに抱き付いては嬉しそうにしていた。

  右にフラン、左にフレデリックの暖かみを感じて寝るのには、ミキも心が安らいだ。

  故郷の村で、狭い家に兄弟達が布団を奪い合うようにして寝ていたのを思い出し、嬉しくなった。

  そうして日々を過ごしていると、いつもは質素なフレデリックの部屋が、いつの間にか花や菓子に溢れ、それが日に日に増えているのに気が付いた。

  「フレデリック。俺の為に、色々してくれてんの?そんなの、別にいーのに」

  「俺じゃねぇよ。俺はずっとミキといるのに、いつこんなの用意する時間があるよ」

  「じゃあ、何コレ?」

  「殿下からだよ」

  「……スゲーな。愛されてんじゃん。フレデリック」

  「俺にじゃない。花に挿してるカードをよく見てみろ」

  カードには「親愛なる黒い野良ネコへ」と書かれ、エイドリアンのサインが記されていた。

  フレデリックは山ネコなので、黒くはない。

  だとしたら、これは紛れもなく自分に宛てたものだった。

  恥ずかしい奴め、とミキは頬を染めながら、その花の匂いを嗅いだ。

  一つ一つ花と菓子の確認をしていると、中に違うカードが紛れ込んでいるのに気が付いた。

  それには似たような分面で「愛くるしい黒ネコの貴方へ」と書かれていたが、読み取り難いそのサインは、明確な字体のエイドリアンのものとは全く違っていた。

  「フレデリック~!これ、エイドリアンじゃないぞ?何て書いてあんの?」

  「これは……レオナルド様、だな」

  「レオナルド?」

  「王位第二位継承者の御方だ。知らないのか?」

  ミキはそう言われて、あの舞踏会で話しかけて来た王族のアルファを思い出した。

  そう言えば、自分を側室にしたいと言っていたような気がする。

  エイドリアンとはあまり良い関係とは言えないようだったが、何故、レオナルドから贈られた花がここにあるのか。

  聞けば、ミキの部屋に贈られた物が、こちらに転送されて来ているようだった。

  「これってさ。ありがとうって御礼を言った方が良いのかな?」

  「返事は必要ない。ミキはエイドリアン殿下のお妃になるんだから、単なるプレゼントの御礼なら良いけど、ほんの少しでも恋愛感情が絡んでいるような贈り物は無視しろ。……これは、殿下にご報告した方が良いだろうな」

  「ちょっと、こんなのエイドリアンに聞かせたら、余計にカッカ、カッカ来るんじゃないの?」

  「どんなに腹立たしかろうが、ご自分の妃を守るのは殿下の仕事だよ。ミキも、絶対にレオナルド様へ期待させるような事はしないように」

  「わ、分かったよ」

  フレデリックは、レオナルドからの贈り物を選んでは取り上げ、廃棄した。

  花や菓子には罪がないのに、とミキが言うと、フレデリックはえらく怒っていた。

  そこから妃としての心構えを、長い時間をかけて言い聞かせられた。

  その徹底したエイドリアンへの忠誠心には呆れたが、授業で教師に教えられるよりも遥かにスパルタだとミキは思った。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾3-②]

  エイドリアンから贈られた菓子を口にしつつ、花をゆったりと眺めながら、ふと、ミキは思い立った。

  ここを出ようとした時に持っていたカバンはどうしただろう。

  あそこには、特に貴重な物を入れてはいなかったが、エイドリアンから貰った べっこうのペンが入っていた。

  ミキは慌てて自室へと戻った。

  フランが見つけていたら、持ち帰ってくれている筈だ。

  ミキが部屋に戻ると、確かにカバンは机の上に乗せられていた。

  ただ、それは無残にも切り裂かれていて、中身も悪意をもってして荒らされていた。

  しかもエイドリアンのペンは、真っ二つに折られていた。

  机の中の物も辺りに投げ捨てられ、踏み潰されていた。

  自分の留守中にこんな真似をする犯人は、すぐに見当がついた。

  フランは、日中はエイドリアンに付いているから、この部屋には滅多と帰って来てはいない。

  ミキは、同じ西の宮にあるルシアの部屋の扉を、蹴破るようにして開けた。

  部屋では、茶会を催していたのか、ルシアの周りをお妃候補達が取り巻いていた。

  ミキがルシアの襟首を掴み上げ、ソファーを土足で踏みつけた。

  「何でこんな事をすんだよ!こんな事して何になんだよ!」

  「な、何を言ってるんだ?何の事だか……」

  「俺の部屋を荒らしただろうが!陰険なんだよ!やる事が!」

  「私がやったっていう証拠でもあるのか?!もしも濡れ衣なんか着せてみろ。王族を侮辱した罪で、お前の故郷もどうなるか分からないぞっ!」

  「じゃあ、誰がするってんだよ?俺がエイドリアンと寝たってのは宮殿中の獣人が知ってる。それを一番快く思ってねぇのはあんたらしかいないだろうが!」

  「ひ、東の宮の妾妃達だっているだろ!奴らだって、自分の地位が危ういと……」

  「妾妃達は、俺を必死で看病してくれたよ。何でそんな獣人達が俺に嫌がらせするよ?有り得ねぇだろ、馬鹿!」

  ルシアは浅はかな嫉妬による行為から、自らの首を締めていた。

  言い訳をしようにも、ミキに敵意を向けているのは、この宮殿の中でも自分達だけだった。

  ルシアの王族としてのプライドが、野良に敵わないという現実をどうしても認められなかった。

  「この野良風情が!誇り高き獅子王の血筋を穢すか!お前のような下衆な血が混じれば、デランダ王族の恥になるという事が分からないか!」

  「そしたら、その妃の部屋を荒らすのは、由緒正しい王族の慣わしだってのかよ!」

  「何をっ……」

  ルシアは怒りのあまりに獣化し始めていた。

  獣化した王族に、ネコのミキ如きが敵う筈もない。

  獰猛なライオンの一噛みで、簡単に命を絶たれるだろう。

  正に今、牙を剥こうとするルシアから、ミキは逃げようと体を捻った。

  すると突然、目の前に黒いものが過り、ドカンと何かに激突するような音がしたが、ミキには何の痛みも襲っては来なかった。

  視界には、流れるような金髪が目に映っている。

  こんなに美しくも長い髪の毛の持ち主は、エイドリアンしかいない。

  ミキは無意識に、その金髪を握り締めていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾3-③]

  ルシアはエイドリアンによって振り払われ、床に這いつくばっていた。

  「何の騒ぎかと思えば、我が妃に牙を向けるとは何事かっ!」

  「え、エイドリアン様!これは違います!その野良ネコが部屋を荒らしたのは私のせいだと濡れ衣を……」

  「ミキの部屋を荒らされるがままにさせたのは、私の命令だよ。何かしらの尻尾を出すかと思ったが、お前は今朝もあの部屋を荒らしていただろう。何人もの召し使いが、お前の姿を見ているんだよ」

  ルシアは獣化も半ばのまま、エイドリアンにすがりついた。

  その獣人として高貴で麗しい筈の姿は、みすぼらしくも狼狽え、震えていた。

  「お待ち下さい!殿下!私は先の発情期で殿下の御子を授かっております!妊娠からの苛立ちで、つい愚かな行為に及んでしまいました」

  「私の子を?授かった?」

  「はい。確かに、この体に宿っておりますれば」

  ルシアが発情期に入った折に、エイドリアンは交尾を促す為、共に部屋に閉じ込められた。

  その部屋中の調度品や壁は、理性を失ったエイドリアンによって、嵐が去った後のように破壊されていた。

  「確かに、あの時の私は多少記憶が途切れている。あまりの腹立たしさに」

  「その時に殿下は、私と交尾を……」

  「それは有り得ない。私は発情期のフェロモンには吐き気を催すのに、そんなものを発している奴に欲情する筈もない。ましてや あの時、私をあそこに閉じ込めた執事や大臣達に激怒していたんだ。のんびりと交尾するようなゆとりなんぞあるか」

  「ですが、確かに私には御子がっ……」

  「お前があの後に休んでいた部屋は、ここではなかった事は判明している。そして、お前の味方だっただろう大臣や執事は、既に我が母によって宮殿を追放されているのを知らないか」

  「そんなっ……」

  「さて、その腹から出て来るのは、私と同じ たてがみと尾を持つ、正当なライオンの子かな?……まさか、色がついていたり、斑模様があったりはしないだろうな。私もお前も雑じり気のないライオン族だ。混血はないだろうから」

  ルシアはペタリと地べたに座り込んでしまった。

  周りにいたお妃候補達も、もう誰もルシアの側には寄ろうとはしなかった。

  「ミキ。大丈夫か?」

  「う、うん……」

  「王族の部屋に喧嘩を売りに行くとは、随分と無謀だね」

  「だ、だってよ!ペンが折られてたからっ。エイドリアンのくれた、べっこうのペンが……」

  「それでか……。そんな物、また買ってあげるのに」

  「あれが良いんだよ!あれでなきゃ、ダメなんだよ!」

  「分かったから。出来る限りは直してみるけど、どうしても直らなかったら、新しいので諦めて。お願いだから」

  「うん……」

  「ミキ……」

  エイドリアンは、優しくミキを包むように抱き寄せて、ルシアの部屋を出た。

  その翌日から、西の宮は閉鎖され、そこは誰も住まない無人の城となった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾4-①]

  ミキは、そのままエイドリアンの部屋へと有無も言わさずに連れて行かれた。

  ソファーに座らされ、向かい合わせになっても お互いの顔は直視出来ず、ほんの8日程、離れていただけだったが、二人の間の空気は妙にギクシャクとしていた。

  思えば、エイドリアンは仕事に忙しい身ではあったので、共に過ごした時間も そう多くはなかったが、それにしても まるで見合いの席のような たどたどしさだった。

  「あ、あのさ。仕事、忙しいんだろ?」

  「いや。この間の案件を片付けたら、少し休めと父上からお達しが出たから。妃を迎える大事な時に、忙し過ぎるって」

  「そ、そうか」

  ミキは、はたとエイドリアンからの贈り物の数々を思い出した。

  それはもう、朝とも夜とも言わずに贈られて来たので、まさか暇になった途端、こんな事に一生懸命になっているのでは、と気掛かりになった。

  「あのな、プレゼント、ありがとうな。俺、花もお菓子も大好きだから」

  「何が良かった?」

  「花は紫色のが好きだな。百合とかも好きかな。お菓子は、チョコレート味が好きだけど……」

  「分かった。明日も探して来る」

  「え?あれ、誰かに頼んだんじゃねぇの?マジで、エイドリアンが自分で買いに行ってたのか?」

  「私が選んだに決まってるだろう。フランに何が好きかは、ある程度は聞いたけど」

  ほんのりと頬を染めるエイドリアンに、何だか年相応の幼さが垣間見えたような気がして、ミキの胸はキュンと疼いた。

  どうしよう。

  物凄く可愛い。

  横からエイドリアンの穂先のような尻尾が愛らしく揺れているのが見えて、それを掴んでガジガジと噛りたくなってくる。

  ミキは、そんな欲求にウズウズとしながらも必死に耐えた。

  「み、ミキの体はもう、大丈夫?」

  「へ?」

  「私が、……その、無理をさせたから」

  「あ、うん。大丈夫、大丈夫!えっと、首の噛み痕は まだ残ってるけど」

  「それは消えないよ」

  「何で?」

  「それは番の印だから。想いの込めた私の噛み痕は、永遠に消えない」

  そう言われて、ミキはボッと火がついたように真っ赤になった。

  永遠に消えない番の印。

  それはまるで、プロポーズの言葉のようだった。

  ミキがあわあわと戸惑っていると、エイドリアンがいつの間にか隣に腰掛けていた。

  その突然の行動に、ミキは「うひぃ!」と変な奇声を発していた。

  ミキは今、エイドリアンが盛んに通っていた東の宮に長らく滞在していたが、エイドリアン自身が訪れては来ななかった。

  この数日は、どうやって性欲を晴らしていたのだろうか。

  まさか、外の娼館に通ったりしていたのだろうか、と考えたら さっきまで上がっていた血圧が、一気に下がってしまった。

  「お、俺、俺こそ東の宮はお前の妾妃達の城なのに、居座っちまってゴメン!またガオーっ!ってなってなかったか?来にくくなってたよな」

  「それは、大丈夫だった。ちゃんとフランに習ったから」

  「フランに?習った?」

  「自分で射精する方法。いわゆる、マスターベーションの方法を……」

  「うわぁぁぁあ!フラン~!一国の王子様に、何を教えてんだよ~!」

  「いや、フランには、本当に色々と教わった。もしも、ミキが東の宮のような場所に通って、私以外の男達と性欲を発散していたらどう思うかとか。そんな事は思ってもみなかったけど、それを想像したら、気が狂いそうになった。危うく獣化しかけたよ……」

  「そ、それは危なかったな……」

  フラン自身が、どうやってエイドリアンにマスターベーションの仕方を教えたのかは気にはなったが、そこは敢えて考えない事にした。

  それを聞いたら、とんでもない返事が返ってきそうな気がする。

  「私は以前から房事を習うのを嫌がったので、そこは本当に無知だったんだ。いや、知識としてはあったけど、本当にそれがどう必要で どうすべきかは、リアルに考えなかったから、フランには本当に感謝しているよ」

  何を教えたのだ、フラン。

  ミキは、それは自分からすれば、喜ぶべき事なのか、どうなのか、分からなくなってしまっていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾4-②]

  しばしの沈黙が流れていた。

  妙に気持ちが悪い。

  ミキはここまで来て、エイドリアンがいつもの毒舌を吐いていない事に気が付いた。

  その更正ぶり、というか変貌ぶりには色々と突っ込みどころが満載ではあったが、どれもヤブヘビになりそうではあったので、突っ込むに突っ込めない。

  ミキはすっくと立ち上がり、エイドリアンに向かって頭を下げた。

  「じゃ、俺、部屋に帰るわ」

  「何?!」

  「いや、部屋に帰る、んだけど……」

  「どこの部屋にだ!」

  「フレデリックの部屋に……。あっ!そしたら、あんたがフレデリックの部屋に行き難いか!」

  「もう、フレデリックの部屋には行かない!ていうか、東の宮にも行かないから!」

  「いやいや俺に遠慮すんなよ。そこはもう、理解したから」

  「行かないと言ってるだろ!だから、ミキも行かないでくれ!」

  「自分の部屋に戻れって事?」

  「そうじゃなくて!」

  エイドリアンは立ち上がって、ミキを怯えさせないように、そっと、その肩を抱き寄せた。

  「ここにいろって言ってるんだけど」

  「うぉぉ!」

  改めて言われると、心臓が跳ね上がる程に動揺した。

  だが、エイドリアンがいつものように皮肉混じりに言う訳でもなく、その瞳は真摯にミキを見つめていた。

  これ程までに綺麗なオスからの真剣なアプローチは生まれて初めてだったので、ミキの脳内もパニックを起こしていた。

  こんな事なら嫌味の一つを交えてくれた方が、まだ安心して聞けたかも知れない。

  「俺が、……その、この部屋に来るってのはだな……。あの、その……また、あーいう事をすんのか?」

  「ミキが嫌がるような事はしない。痛いようにもしない。……優しくするから」

  「やさっ、やさっ、優しくはすんのか?!」

  「どうしても嫌ならしない。すごくしたいけど、しない。かなりしたいけど……」

  「いや!あれは無理だから!絶対に無理だから!それじゃ!」

  「ちょっと待って、ミキ!」

  扉の方へ向かうミキを引き留めようとするエイドリアンの手には、最強アイテムが握られていた。

  いとも簡単にミキを翻弄するそれは、エノコログサ(ネコじゃらし)だった。

  それを見ただけで、ミキの尻尾と耳はピンと警戒するようにして立ち上がった。

  エイドリアンが、エノコログサをプルプルと小さく揺らしている。

  ミキは心の中で、とてつもない欲望との葛藤に悶え苦しんだが、エイドリアンがそれをミキの鼻先で擽るようにして震わせたのには、もう我満の限界を越えていた。

  「フニャオウ!」

  「来たな!野良ネコ魂が!」

  「フニャッ!フニャッ!フニャァアッ!」

  「よーし、よし、よし」

  エイドリアンがパタパタと振り回すのを捕まえようと、ミキは上へ下へと飛び回った。

  元を辿ればエイドリアンもネコ科ではあったので、ミキの喜ぶ動きは熟知していた。

  エイドリアンの『エノコログサ捌き』は、穂先に小さなネズミが生きて動いているかのように、絶妙であった。

  そうやってミキを誘導するかのようにして、ベッドへと誘い。

  その術中に嵌まっていると気が付いた時には、エイドリアンの膝上に横抱きにされていた。

  「卑怯だぞっ!エイドリアン!」

  「ほ~ら、ほらほら」

  「フニャッ!ちょっ……このやろっ!」

  ミキがエノコログサを掴もうとすると、その頬にチュッと音の鳴るキスをされた。

  「あぁっ!何すんだよっ!フニャッ!」

  また、チュッとキスをする。

  エイドリアンがエノコログサで引き付ける度に、ミキの頬や鼻先や首筋にキスをした。

  「もう!もう、もう!何すんだよ!馬鹿っ!」

  「お願いだから この部屋にいて、ミキ。そして、1日に1回は、お前の作った おにぎりが食べたい」

  「……馬鹿……」

  「駄目なの?」

  「駄目……じゃねぇよ。でも、こんなのは、まるで……」

  まるで、プロポーズみたいだ。

  そう言おうとしたミキの唇は、エイドリアンの唇によって塞がれていた。

  想い合う者同士のキスが蕩けるように甘いという事を、二人はこの時、初めて知ったのだった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾4-③]

  ミキのうっすらと開いた唇へ、滑り込ませるようにして舌を差し入れる。

  その小さな舌は怯えるようにして縮こまっていたが、怖がらせないようにゆっくりと舌の側面を舐めたり、下の部分をくすぐるようにしたりと、慣らしながら徐々に絡めていった。

  そうしているうちに いつの間にか、ミキは甘くねだるような小さな吐息を、鼻から漏らし始めていた。

  長いキスからゆっくりと唇を離すと、まだ足りないとばかりに、エイドリアンは顔のあちこちにキスを落とした。

  そのくすぐったいような触れ合いに、ミキは首を窄めて体を縮こまらせた。

  「エイド……リアンっ!あんまり、そういう事したら、またガオーっ!って、……なるんじゃ……」

  「大丈夫だよ。今、キスしながらも、違う事を考えるようにしているから。……それに昨日も抜きまくったし」

  「ぬ、抜きっ……?!」

  「ミキに欲情しても、ある程度は落ち着いていられるよ。あ、抜いたって言っても、他の者の手を借りた訳じゃないから。さっきも言ったけど、自分で……」

  「分かった!分かったからっ!」

  ミキはエイドリアンを黙らせる為に、その口を塞いだ。

  自らの唇で。

  すると、エイドリアンは途端に大人しくなった。

  「もう……お前、超 恥ずかしいんだけど」

  「じゃあ、何て言えば良いの?」

  「いつもの嫌味ったらしい皮肉は、どうしたよ?」

  「フレデリックに、言うなと言われたから……」

  「気持ち悪ぃから、もう普通で良いよ。小憎ったらしい いつものお前に戻れ。……もう、分かってっから」

  「ミキ……」

  「でも、時々は……優しくして……」

  エイドリアンは、ミキをシーツへと押し倒した。

  恋がこんなにも楽しくて、胸が苦しくなって、浮かれるものだとは知らなかった。

  ミキもまた、極上のマタタビに酔ったように酩酊していた。

  エイドリアンの背中に腕を回すと、その長い金髪が指に絡む。

  そして、ミキのお気に入りである先端に黒いぼんぼりのついた尻尾は、嬉しくて堪らないといった感情を露に、ブンブンと振り回されていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾5-①]

  ミキはその日から、フレデリックの部屋にも、自室にも戻らないと約束させられた。

  妃としての授業ですらも、ミキ担当の教師達がエイドリアンの部屋に呼ばれ、そこで行われる事になった。

  自らの気持ちに素直になったエイドリアンは、ミキへの執着を隠そうとはしなくなった。

  「フレデリックから聞いたんだぞ」

  「何がだよ」

  「お前宛の贈り物に、私のだけでなくレオナルドの物があるって」

  「え?あ、あぁ、あったな。そういえば」

  「まさか!受け取ったのか!」

  「最初だけは一応は受け取ったけど、返事も何もしてないぞ?物自体もフレデリックが処分しちゃったし。次から受け取るつもりもねぇし」

  「ミキ、あいつは駄目だよ!」

  「分かってるよ。パンサー一族の長だから、スゲーいっぱい側室とか、妾妃とかがいるんだろ?」

  「ミキも その中の一人にするつもりなんだ!そもそも、何でこんな貧相な野良ネコを欲しいとか言うかな!あの万年発情期が!」

  「まぁ、欲しいとか言われてもさ、俺はお前のお妃様になるんだから、……大丈夫なんじゃないの?」

  「ミキ……」

  「違うのかよ?」

  「ミキは、私だけの正妃だよ……」

  「敬え!これ以上ない程に!」

  「分かってるよ。私の大切な唯一の野良ネコだもの」

  エイドリアンは、部屋にいる間はミキを膝から下ろそうとはしなくなった。

  そうは言っても、野良の習性でピョンピョンと跳ねるミキを追い回しては捕まえ、追い回しては捕まえの繰り返しだった。

  ミキがエイドリアンの部屋に移った後は更に熱を増して、数時間置きにレオナルドからの贈り物が届くようになった。

  そうなると毎回処分するのも居たたまれなくなり、ミキは断りを入れる事にした。

  手紙では聞き入れそうもないので、レオナルドを宮殿の応接室に呼び、側にはフランを仕えさせ、これ以上の贈り物はしないで欲しいと伝えた。

  ミキの意思堅固なる拒絶ではあったが、レオナルドは歯牙にもかけなかった。

  「プレゼント位したって構わないだろう?」

  「そのプレゼントはこれから先、受け取るつもりもないから。捨てるようなもったいない事をしたくねぇの!だからもう、贈って来ないでくれ」

  「私はミキを想う事も許されないのか」

  「はっきり言うけどな。俺はチャラチャラしたのは嫌いだし迷惑だ。そんでエイドリアンから絶対に、心変わりしたりしねぇから!」

  レオナルドは今まで、自分の求愛を拒絶された事がなかった。

  欲しいと思ったメスやオメガに、例え恋人や夫がいても、簡単に奪って来た。

  王族の中でも一際美しい毛並みの大臣の妻も、獣人達の中で一番麗しい声を持つオペラ歌手も、騎士団長の婚約者だったピューマのオメガも、レオナルドが寝てみたいと思った相手全てを、その手中に収めてきた。

  権力や財力でも負けた事はなかったし、また獣としての能力でも簡単に押さえ付けて来た。

  ミキの頑なな拒絶は、ハンターとしての野心に燃えたレオナルドの恋心を、更に焚き付けるだけだった。

  「ルシアのお腹にいる子がエイドリアンの子なら、ルシアが正妃に推されるぞ?エイドリアンはこの国の頂点に立つオスだ。これから、否が応にも側室や妾妃も増やされる」

  「そしたら、俺も側室に落とされるってか?」

  「私ならそこまでの重責はないから、ミキを一番の妻にするよ。ミキは、恐らくはブラック パンサーの血の流れを汲む血統だ。調べさせて貰ったが、他の兄弟は大型の獣人だろう?」

  ミキの村は様々な毛色のネコが生まれてはいたが、族長の直系は全て黒毛だった。

  それも、ミキ以外は、大型のアルファのオスだった。

  確かに、先祖を辿れば貴族や王族の血を受け継いでいるかも知れない。

  だが、今まで自分がネコであり、オメガである事実を、引け目を感じた事は一度もなかった。

  「だから、何だってんだよ」

  「私はブラック パンサーだぞ?ミキが私と結婚して、より先祖返りした子供を産んだとあれば、お父上もお喜びになられるだろう?」

  レオナルドは、何が何でもミキを自分のものにしようと躍起になっていた。

  逃げるものを追いかけるネコ科の習性が、レオナルドを駆り立てていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾5-②]

  だが、そのあらゆる甘言やエイドリアンへの批難も、ミキの心を揺るがす事はなかった。

  それだけ、ミキの貞節は潔癖な程に頑なだった。

  「ルシアの子はエイドリアンの子じゃねぇよ。もしもそうだとしても、それで俺が正妃になれなくてもさ。もう、エイドリアンは俺だけを大事にしてくれるって信じてるから」

  「私は、お前が手に入るなら、全ての者を切る。お前だけに妻の地位を与えて、他の者達は実家に帰すよ」

  「多分それな。今いる奴を全員切っても、あんたはまた側室や妾妃を迎えるよ。レオナルドはパンサー族の頂点にいるオスだ。メスに繁殖させるのは性だろう?」

  「だったらエイドリアンもそうだろう!エイドリアンだって……」

  「あいつは違う。体はそうなのかも知んねーけど、魂がそれを求めてねぇもん。一途、だからさ」

  今はもう、エイドリアンを信じる事が出来る。

  エイドリアンは、自分にしか子種を与えない。

  そんな純真無垢な獅子王の子供を、早く産んでやりたかった。

  いつの間にか、ミキは自らに発情期が来るのを心待ちにしていた。

  エイドリアンの子供を宿したい。

  改めて、心の底からそれを望んだ時。

  むず痒い違和感にそっと下腹を撫でると、ドクンと脈打つような気がした。

  腹の奥底から、熱の塊が排出されるような掻痒感にたじろいだ。

  ミキの心理の変化からか、近頃のエイドリアンからの交尾を誘発するような触れ合いからか。

  突然に『それ』が訪れた。

  レオナルドの鼻がピクリと反応する。

  ミキの体から、甘い、オスを誘うような香りが滲み出す。

  それに誘われるように、レオナルドの雄芯も いきり勃った。

  「ミキ……まさか……」

  「え?……あ、ウソっ……」

  「私に反応して、発情したのか?」

  「ち、違う!違う!絶対に違う!……フラン~!フラン~!」

  壁際に控えていたフランが、すぐに駆け寄った。

  だが、それを阻むようにして、レオナルドが立ちはだかった。

  「これは私の妻にする」

  「レオナルド様。ミキ様は、エイドリアン殿下のお妃であらせられます」

  「ミキに種付けしてしまえば、エイドリアンとて私に譲らざるを得なくなる。……そこをどけ」

  「ミキ様をお返し下さい。そうでなければ、殿下への反逆と見なされますよ。この王都では暮らせなくなる」

  「ならば、私とて故郷に帰るだけの事。ミキがエイドリアンのものであるならば、強引に奪う他ない!」

  フランはレオナルドへと飛び掛かった。

  オオカミの戦闘能力は、速さでは何者にも勝っていた。

  だが、フランは去勢されていたので、獣化出来なくなっていた。

  フランと揉み合う内に、レオナルドの闘争本能が高まり、みるみるうちに、その古の姿を露にした。

  完全なる獣化を遂げずとも、その能力の差は歴然としていた。

  縺れ合い、肉に噛み付き、その皮膚を引き裂く。

  フランとの闘いは早々に決着が着いた。

  その全身は噛み千切られ、血の海と化していた。

  「フラン!フラン!フラン~!」

  「ミキ……ちゃん……」

  「嫌だ!嫌だ!フラン!……あぁ!」

  ミキは肩に担がれるようにして、レオナルドに抱え上げられていた。

  そのレオナルドの相貌は、半分獣化が進んでいて、牙が尖り、体毛が密集していた。

  「離せ!チックショウ!離せよ!クソぉ!」

  「花嫁の発情期には、応えねばなるまい」

  「お前の為に発情したんじゃない!」

  「どちらでも良いさ。私の子を孕むのには変わりないのだから」

  レオナルドは、その場から立ち去った。

  ミキのフランを呼ぶ絶叫が、尾を引いて辺りに響いていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾5-③]

  執務室では、ちょっとした口論のようになっていた。

  突然にミキを自室へ引き入れたと分かって、フレデリックはエイドリアンに食ってかかっていた。

  腹を空かせたライオンの檻に、子猫を入れたらどうなるか。

  フレデリックは、何度も何度もエイドリアンに灸を据えていた。

  「ちょっと!本当に理解してるんですよね?交尾の仕方!」

  「もう分かってるよ!フランから図面付きで解説して貰ったから!」

  「予習しなくて大丈夫ですか?言っときますけど、ミキの体は小さいんですからね。貴方の規格外のサイズのぺニスは、相当に慣らさないと……」

  「だから!入り口を柔らかく開くように馴らしてからだな……」

  「殿下が分かってても、ミキが心配だな。俺が先にミキに挿れて馴らしておくか」

  「お前、噛み殺されたいか」

  「冗談ですよ」

  フレデリックがエイドリアンに茶を注いでいると、召し使いが泡を食ったようにして飛び込んで来た。

  「エイドリアン殿下!た、大変でございます!ミキ様が……」

  「ミキが?!どうした!」

  「何者かに連れ去られました!フランも格闘したのか、重体でして……」

  エイドリアンが椅子を蹴散らして立ち上がった。

  ミキを誘拐する程に欲し、戦闘能力の高いフランを倒せる程の獣人。

  思い当たるのは、あの黒い獣人しかいなかった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾6-①]

  部屋からは、全身を血で染めた満身創痍のフランが運び出されようとしていた。

  「エイドリアン……殿下……」

  「フラン!」

  「ミキちゃんをさらったのは、レオナルド様です。故郷に連れ帰る……と……」

  「馬鹿な事を!私の番である印を付けたミキを連れ去るなどと……」

  エイドリアンの噛み痕を後ろ首持つオメガのミキが、他の番になる事は有り得ない。

  アルファと契約した『番のオメガ』は、その生を終えるまで貞節を尽くす。

  オメガは妊娠しやすく、産む体として特化していて、本能的にも己が保身の為にも、より力を持つアルファへ惹かれる性質だった。

  だが、発情期にはフェロモンの分泌が多く、獣人の旺盛な性欲を過剰に刺激するので、謝って番ではない別のオスに交尾されたオメガのほとんどが、その命を断ってしまう。

  「ミキちゃん……死んで、しまいます……」

  フランは自らが運ばれるのを遮ってまで、エイドリアンにすがった。

  「分かっている!お前は、とにかく治療に専念しろ」

  「殿下、お願いします……」

  エイドリアンの言葉に安堵を覚え、フランは気を失うようにして昏倒した。

  部屋の中は、先程までのフランとレオナルドの格闘の凄まじさが窺える程の荒れようだった。

  その血の匂いと共に混じって、ミキの体臭が残る。

  それは普段のミキからは考えられない甘い蜜のような、濃厚なものだった。

  ミキが発情期に入っている。

  だから、レオナルドも誘発されたのか。

  もしくは、初めからそのつもりだったのかは、分からない。

  だがそれは、レオナルドが全てを捨てても良いと思える程の、淫靡なる惑わしい薫りだった。

  「お前にミキは渡さない!」

  エイドリアンは、辺りの空気を震わせ咆哮を上げた。

  本能のままに完全なる獣化をするのは、久方ぶりではあった。

  身体中に体毛が生い茂る。

  牙や爪が、ギリギリと皮膚を裂くようにして尖り。

  その鼻先は、狩猟を生業とする獣の野生のままに突き出し始め。

  着衣を突き破って、獰猛な筋肉が盛り上がり、四つ足の大型ライオンへと変貌する。

  雄叫びを上げるエイドリアンに、誰も近寄る事は かなわなかった。

  エイドリアンは、愛する妃の残り香を追って、その脚力の限りを尽くして駆けた。

  ミキは馬車に揺られながらも、初めての発情期に悶える体を必死で抑え込み、堪えていた。

  身軽なミキが逃げ出さないように、その手足は縄で括られ、その暴れたお陰で、縛られた皮膚には擦過傷が出来ていた。

  オメガの発情期が、こんなにも辛いものだとは思わなかった。

  自らの股間にあるオスの性器が勃起し続けていて、ちょっとの刺激でも射精してしまいそうだった。

  そして何故か後ろの孔までもがジンジンと甘く疼き、そこを掻き回して欲しいような劣情に駆られている。

  ミキは浅く息を吐いて、込み上げる欲情を覚られまいと必死に堪えていた。

  だが向かい側に座るレオナルドは、そんなミキの努力も虚しく、興奮に目を血走らせていた。

  半分獣化したその姿から、荒い鼻息を吐き続けていた。

  レオナルドの白い肌に似つかわしくない黒い獣毛が、顎や揉み上げに生い茂っている。

  その小鼻も開かれ、牙を剥き、興奮を露にしていた。

  「煽らないでくれないか。ミキ。……故郷までもたないじゃないか」

  「煽ってなんか、ない!それより、この縄を解けよっ!」

  ミキの汗の匂いすら、密室に甘く漂う。

  そんな時、馬車が段差で大きく揺れ、その衝撃的でミキの体が跳ねるようにして前のめりになり、レオナルドの膝に倒れ込んだ。

  ミキの体臭がフワリと鼻を掠めた瞬間、レオナルドの中で何かがプツリと音を立てて切れた。

  気が付けばミキを自らの膝の上に抱え上げ、その肩口に獣の鼻先を埋めていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾6-②]

  「あぁっ!……やっ、だぁ!」

  「何て匂いだっ!今まで嗅いできたオメガの匂いとまるで違うっ!」

  レオナルドは、ミキの上着のボタンを引き千切った。

  そこに現れたのは、ほどよく胸板に筋肉の付いた白い肌だった。

  そして、その頂には薄桃色をした乳首が花弁のように花開いていた。

  レオナルドは吸い寄せられるようにして、その花弁へと食らいついた。

  「あっ、……いっやぁぁぁぁ!」

  「小さな乳首だな。噛み切ってやりたくなるっ……」

  「噛まない……でぇ!……あぁっ!」

  乳輪ごと吸い込まれ、千切れんばかりに吸引され、ミキは悲鳴を上げた。

  レオナルドに奪われてしまう。

  その雄に中を責め立てられ、子種を体内に放たれ、受精させられてしまう。

  エイドリアンではない、他のオスに。

  愛するオスのものではない精液を浴びせられ、孕まされる。

  ミキの後ろ首にある番の証が、ズキリと痛んだ。

  穢されてしまうという恐怖と、その嫌悪感により、全身を痺れるように震わせた。

  「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

  ミキは気が狂ったように縛られた手足を振り回して暴れ回った。

  それによって胸に吸い付いていたレオナルドの顔が離れ、仰け反った。

  ミキは馬車の扉の取っ手を握り、押し開けた。

  馬車が走ったままだという恐怖よりも、貞操を奪われる恐怖の方が勝っていた。

  考えるべくもなく、ミキは外へと飛び出していた。

  草の生い茂る中へ坂道を転げ落ち、大木に背を打ち付けて、何とか止まる事が出来た。

  レオナルドのミキを呼ぶ声が遠ざかって行く。

  気が遠退く程に激しく背中が痛んだが、力を振り絞って足を縛る縄をほどいた。

  暴れたからか、ほんの少し縄が緩んだのもあって、足の緊縛からは解放されたが、手首の縄は解けなかった。

  足の自由を得たミキは、とにかく走った。

  レオナルドが諦めてくれるとは思えない。

  体力の限り走り続けて、木々が鬱蒼と立ち並ぶ森の奥に身を潜めた。

  そこで息を殺して考えた。

  このままレオナルドを撒いたとしても、獣人の多くいる場所に出るのは危険だった。

  ミキは発情期に入っていたので、他のオスを誘発して発情させてしまい、襲われる可能性が高い。

  寺院のような保護して貰える場所を探すか、あるいは自らの故郷の村に帰るしかない。

  どちらも、行き着くのは不可能に近い。

  あるいは、発情期が終わるまで森に潜み、やり過ごすしかなかった。

  そんな時、ミキの背後でガサリと草を踏み鳴らす音がした。

  ネコであるミキには、その獰猛なる匂いを察知出来なかった。

  ただ、縮こまるしかなかった。

  「まさか、飛び降りるとは思わなかったよ、ミキ」

  「……あ、……あ……」

  「逃げ切れるとでも思ったか?お前のフェロモンはな。自分が思っている以上に濃厚なんだよ。発情に煽られたオスならば、どれだけ離れていても匂いで嗅ぎ付けられる」

  「いっ、……やだっ……」

  「番を忘れる位に交尾してやる。お前も私の精液を受け止め続ければ、エイドリアンを忘れられる時が来る」

  「嫌だぁ!」

  ミキは逃げようとする足首を取られ、引き倒された。

  背中を強打していたので、抗う力を奪われていた。

  その腰を鷲掴みされ、強引に下履きを引き下ろされて、下肢の淡い茂みの中にある未熟な果実が露になった。

  ミキの性器は未成熟ではありながら、欲望にうち震え、そそり勃っていた。

  「何て薫りだ。クラクラする……」

  「くそっ!離せっ!離せぇ!」

  「女の部分でもないのに、まるで甘い蜜のような……」

  レオナルドは、ミキの陰嚢を持ち上げるようにして掴み、勃ち上がるぺニスの裏側をペロリと舐めた。

  ミキの絶叫が森の中を木霊した。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾6-③]

  レオナルドの舌は、執拗な程にミキの性器を嬲った。

  その長い舌が淫らにも震える陰茎に絡み付き、吸い上げられる快感には、ひとたまりもなかった。

  「あぁっ~~~!」

  「あぁ!甘い!甘い!お前の精液は蜂蜜のようだ!堪らない!」

  ミキの雄をジュプッ、ジュプッと淫らな音を立てながら頬張り、口を窄めながら一滴も溢さないようにと淫液を吸い上げる。

  尚も足りないとばかりに、レオナルドはその下の嚢までも舐め尽くしていた。

  「いやぁ!いやぁ!やぁぁぁ!」

  「何て匂いなんだ!お前の尻からの蜜は魔性のものだ!オスを堕落させる匂いだっ!」

  レオナルドは鼻先をミキの尻孔へ食い込ませるようにして突き入れた。

  ミキは、喉が裂けんばかりに絶叫した。

  「エイドリアン~!エイドリアン~!い……、やだぁぁぁぁぁ!」

  レオナルドの舌が、ミキの蜜孔にグリッと捻り込もうと押し付けて来た。

  その瞬間、竜巻が起こった。

  辺りの木々が折れんばかりに しなり、葉や土埃が舞い上がった。

  ミキの下肢が解放されたと感じると、レオナルドの体が強大なる力によって弾き飛ばされていた。

  そしてその姿は、来光を背負って目の前に立ちはだかっていた。

  金色に輝く、見た事もないような大きな体躯の獅子が堂々と[[rb:聳 > そばだ]っていた。

  「エイドリア……ン……。お前……」

  完全なる獣化を遂げている。

  この状態になれば、理性がない訳ではないが、概ね獣の本能が優先される。

  エイドリアンの凄まじい闘気がレオナルドの獣化を促させ、レオナルドもまた着衣を引き千切り、完全なるブラック パンサーへと変貌させる。

  獣化を遂げた者同士の決闘の多くは、誇りを賭けた命懸けのものだった。

  メスを取り合ったり、一族の長の座を巡るその死闘は、何人も介入する事の許されない、獣人として神聖なるものだった。

  ミキは、目の前の壮絶なる光景に言葉を失っていた。

  レオナルドの体は、確かにタイガーを越えるものではあったが、エイドリアンの体は更にそれを上回っていた。

  恐らく王族のライオンの中でも、エイドリアンのように大きな体をした獣人はいないだろう。

  豊かなたてがみは、エイドリアンの体を大きく見せ、周りの空気を圧していた。

  レオナルドからの牙はエイドリアンの体に食い込む事はなく、かわされるばかりだった。

  そしてその闘気に呑まれ、徐々に逃げ惑うようになり。

  やがて、エイドリアンは飛び掛かるようにしてレオナルドの体を押さえ付け、その喉笛に自らの鋭利な牙を突き立てた。

  血濡れのレオナルドは戦意喪失し、ヒュウッ、ヒュウッと息を吐きながら、変化の解けた裸体のまま、森の中へと姿を消した。

  獅子王の妃を奪おうとしたオスは、王を倒し、勝ち取る以外に生きる道はなかった。

  敗れれば、獣としての制裁を受ける。

  傷を負い、パンサーとしての矜持も失ったレオナルドは、これから生きて行く場所はもうどこにもない。

  故郷に帰ったとしても、獅子王の妃を奪おうとした愚か者として、生き恥を晒す事になるのだ。

  闘いを終えたエイドリアンは、獣の姿のままだった。

  側にいたミキが発情期特有の芳香を発していたので、本来ならば獣人同士の闘いの後、解かれる筈の獣化が解けなかった。

  エイドリアンは へたり込むミキの姿をその目に捉え、血に濡れた口元からグルルと威嚇するような唸り声を発し。

  その情欲に駆られた闘気は、更にとぐろを巻いて辺りに立ち込めていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾7-①]

  獣化したエイドリアンの喉が、いつまでもグルルと唸っていたので、ミキは もしかしたら獣人としての意識がないのかも知れないと思った。

  だとすれば、闘った後の荒ぶるがままにミキを食い殺そうとしているのか、もしくはミキの発情期に当てられて強姦しようとしているのか。

  そうだとしても、どの道、一介のネコ如きが至上最強の獣にどうこう出来る筈もなかった。

  ミキは慌てて着衣の乱れを直してから、深呼吸した。

  「え、エイドリアン……えっと、大丈夫か?ケガしてないか?」

  ミキの問い掛けに、グルッと喉を鳴らしてから頷いた。

  獣化している間は、声帯が人型のものとは違うので、声を発する事が出来なかった。

  エイドリアンは、ミキの手首を縛っている縄を噛み切ってやり、擦過傷の付いた手首を舐めてやった。

  「あ、あのな。何とか元に戻れそうか?」

  それには、首を振っていた。

  エイドリアンは、のっそり、のっそりとミキに近付いて来たかと思うと、何やら興奮気味にガウガウと唸り出した。

  「ちょっと、ちょっと!とにかく落ち着け!まずは、戻れる方法を考えなきゃだけど、もしも今戻ったとしたら、お前、服がないよな?」

  エイドリアンの体が、ピタリと固まっていた。

  確かに、仮にここで獣化が治まったとしても、森を抜け、街を抜け、城門をくぐり、宮殿までの帰る道のりは、裸で帰るには辛すぎる距離だ。

  再びガウガウと説明し出したエイドリアンではあったが、ミキが いかほどの愛をもってしても、その言葉を解読するのは不可能だった。

  「何を言ってるのか分からん!」

  「ガオ!」

  「だから、ガオ!しか分からん!」

  「グオ!」

  「グオ!って言われてもな!どうにも出来ん!」

  エイドリアンは前足を払ったり、顎をしゃくるようにして、懸命に背後を指していた。

  「背中に乗れ、って言ってんのか?」

  コクリとエイドリアンが頷いた。

  ミキは「王子様の背中に野良が乗って良いものかな?」と言いながら、恐る恐るエイドリアンの背中に跨がった。

  それはもう、色んな意味で衝撃的だった。

  歩き始めてすぐに、エイドリアンの揺れる たてがみがあまりにも可愛くて、しばらくは「モフモフ~!モフモフだ~!」と顔を擦り付けて悦に入っていた。

  ミキは、エイドリアンの背中で発情するのをもう抑えられないでいた。

  モフモフを喜びながら、下肢を擦り付けられるのには、エイドリアンも発狂寸前にまで昂りそうにはなったが、必死でその誘惑に耐えた。

  だが、流石に街中に入ると、二人はそうじゃれ合ってもいられなくなった。

  一目で王子だと分かるエイドリアンの変化は、町の獣人達から羨望の眼差しと、歓喜の声で出迎えられた。

  おまけに背には次期お妃様を乗せているとあって、まさに御披露目行脚のような状態だった。

  あまりの騒ぎに、ミキの興奮も一気に冷めた。

  デランダの獣人皆々に歓迎されての帰還は、とても誘拐されかけていたとは思えないような出迎えではあった。

  宮殿に着いても、ミキは背に乗せられたまま風呂場まで連れて行かれた。

  すぐにフレデリック達妾妃が集まって、ミキとエイドリアンを泡だらけにした。

  フレデリックは、目尻に涙を浮かべてミキの体を洗ってくれた。

  「良かった!無事だったんだな!もう、ミキがいなくなっちまったらどうしようかと……」

  「フレデリック……。フランは?なぁ、フランは?」

  「大丈夫だよ。傷は多少残るだろうけど。オスだからあの位、どうって事はねぇよ」

  「……心は乙女、なんだけどな」

  「乙女だけどな。あいつは自分の傷よりも、ミキを心配してたぞ?」

  フレデリックが嬉しそうにミキを泡立てていると、それを面白くないと思ったのかエイドリアンが鼻先で割り込んで来て、フレデリックの体を押しやろうとした。

  すると妾妃達が一斉に、二人へと湯を撒き散らすようにして かけ始めた。

  水が耳に入るのを嫌がるミキは、エイドリアンの首へとすがり付いた。

  ミキから抱き付かれたのが嬉しかったのか、グルグルと喉を鳴らしながら、お返しとばかりに その頬を舐めた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾7-②]

  風呂から上がり、フレデリック達に髪の毛や尻尾までブラッシングされた後、ミキはエイドリアンと毛繕いするようにしてベッドでじゃれ合っていた。

  そうしている間に、ミキは再び発情が高まってきて、股間に熱が集まり始めていた。

  エイドリアンが喉元を舐めると「あふん」と変な声を出してしまい、途端に二人の間に妙な空気が流れてしまった。

  エイドリアンの姿は、元に戻る兆しが全くない。

  もしかしなくても、とは思う。

  エイドリアンの極度の興奮状態は、ミキが発情期に入っているからでもある。

  ミキが股間を熱くすれば、当然、エイドリアンもオスとして誘発される。

  今の獣の状態は、更にその性欲が人型の時を上回る欲望としてエイドリアンを襲っている筈だった。

  ミキがチラリとその股間を見ると、情欲に掻き立てられた巨大な性器が目に飛び込んで来た。

  先走りとは言えない程の淫液が、ライオンの雄根から滴り落ちていて、それは痛々しい程だった。

  「エイドリアン……お前さ。射精しねぇと戻れそうにない?」

  エイドリアンは、ミキの頬をペロリと舐めた。

  まるで、だからといって無理をしなくても良い、と言っているかのようだった。

  「でもさ、俺、発情してっから、釣られるだろ?辛いだろ?」

  エイドリアンは頑なに首を振り続けていた。

  ミキを無理矢理に抱いた後悔が、まだ胸の奥底で根付いていて、獣化していても尚、エイドリアンを臆病にさせていた。

  あの時はまだ人型を保ててはいたが、今は完全なるライオンに獣化している。

  こんな姿の状態で、ミキといるのは辛い。

  だが、やっと心まで通じたのに、手離したくはない。

  以前のようにフレデリックの手を借りて人型に戻るような事はしたくない。

  時間はかかるかも知れないが、熱が治まるのを待つしかないと思った。

  ミキもそれを察したのか、ベッドから降りようとした。

  「俺がいたらお前、戻れねぇじゃん。……離れた方が……」

  エイドリアンは慌ててミキの襟首を噛んで引き留めた。

  自分から離れて、もしもどこかのオスに発情され奪われてでもしたら、今度こそ理性を失って獣化したまま暴走してしまう。

  ミキをベッドに抑え込むと、濡れた鼻先をミキの胸元に擦り付け、クゥン、クゥンと子犬のように鼻を鳴らした。

  尻尾は、くったりと項垂れてはいたが、その穂先部分だけは、小さくプルプルと震えていた。

  堪らなく可愛い。

  その欲望を抑えきれなかったミキは、エイドリアンの下からゴソゴソと這い出て、尻尾の先を掴み、パクリと噛み付いた。

  「俺と交尾しちゃうか?」

  「グオっ?!」

  「痛くしねぇなら、しても良いぞ?……ていうか、俺もムズムズして我慢出来ないんだけど……」

  「ガウ!」

  エイドリアンの尻尾は、ミキの手から飛び出して、ブンブンと振り回されていた。

  鼻息もバフー、バフーと勢いよく吐き出され、限界点を越えるまでに興奮しまくっていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾7-③]

  ミキは自らの服を脱ぎながら、エイドリアンの大きな口にキスをしてやった。

  パタパタと音をさせているのは、エイドリアンの尻尾がシーツを叩く音だ。

  全てを脱ぎ終えて、エイドリアンの雄を慰めてやろうと屈む前に、ミキはコロリと転がされ、ベッドへと縫い付けられた。

  『小柄なミキに覆い被さるライオン』という姿は、端から見れば襲われているようにしか見えない。

  だが、そのライオンの喉からは、大きな音を立てて、ゴロゴロと甘えるような声が響いていた。

  エイドリアンの長く、大きな舌がミキの顔から喉から、あちこちをベロベロと舐めていく。

  初めは、くすぐったさに笑っていたミキも、その舌が乳首を掠めた時には、淫らな艶声に変わっていた。

  「あぁっ、……エイド、リア……ンっ、そこ、……いやっ。……ムズムズ、するぅ」

  徐々に、徐々に、明確な意思を持って、獣の鼻先が下がっていき、ミキの震える小振りな雄芯に触れた途端、それは簡単に弾けてしまった。

  「あはぁ!……やんぅ!……あぁ~……」

  カクカクと震える腰へエイドリアンは顔を埋め、蜜にまみれたミキの性器を貪るようにして舐め尽くした。

  大きなザラついた舌で、陰嚢の根元からベロリと舐め上げられると、股下からゾクゾクするような快感が沸き上がり、尻を揺らしてしまう。

  ミキは、エイドリアンに促され自らの膝裏を抱えるようにして尻を浮かせた。

  その尻を差し出すようなポーズに、羞恥を感じるだけの理性は、発情期のミキに残されてはいなかった。

  蜜孔はいやらしくもピクピクと蠢かせてオスを誘い、ムッと噎せかえるような淫らな薫りが、エイドリアンの野生を更に刺激する。

  エイドリアンも、もう堪らなくなってその甘い尻孔を貪った。

  抱えた足の間からピチャピチャと濡れた舌舐めずりの音がして、ミキは腰を踊らせるようにして揺らした。

  敏感な媚肉を、軟体動物のような舌が ぬめりを帯びて弄るようにくすぐり、その孔をヌルヌルと出入りさせる。

  入り口だけの刺激だったものが、少しずつヌルン、ヌルンと奥に入り込んで来て、体の内にも淫靡な感覚がある事を知らされる。

  「やっ、あぁ~!中が、拡がっちゃう~!中、舐めたらっ、やっ!ひぃぅ!ぅふぅ!」

  蜜洞の襞をヌメヌメと探られるようにして潤わされる感触に、ミキは感極まって再び吐精してしまっていた。

  体を折り曲げるようにしていたので、自らの愛液を顔に向けて放っていた。

  トロリと目を泳がせ、己の精液に濡れるミキの顔は、あまりにも淫奔であり、エイドリアンの理性をいとも容易く奪ってしまう程に艶かしかった。

  エイドリアンはミキの股座から顔を離し、その体をひっくり返して伏せにさせた。

  そして再び後ろから、ミキの尻孔を舐め始めた。

  先程は下敷きになっていたミキの黒い尻尾は、自由を得て歓喜に悶え、大きく揺れていた。

  「あぁっ!あぁっ、……お尻っ、やっ!ダメぇ!もう、中、ヌルヌルしたら、ダメぇ!……エイドリアン~!もう、舐めないでぇ!」

  ミキは 子宮が快感と子種を求めて降りて来ているのを、ひしひしと感じていた。

  エイドリアンの子種が欲しい。

  体内に精子を注いで欲しい。

  そのオメガとしての本能が、猥褻な腰付きとなって、エイドリアンの雄根を誘い込もうとして、揺れていた。

  「エイドリアンっ、ちょうだい!……なぁ、赤ちゃん、欲しい!エイドリアンの、赤ちゃん、欲しいよぉ~!」

  ミキはもうなりふり構わずに、尻を突き出してクネクネと蠢かせていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾8-①]

  エイドリアンの喉は、凶暴な唸り声を漏らした。

  獣の欲情のままに、ミキを貫きたい気持ちを何とか抑え込んで、堪えた。

  今度は優しくしたい。

  もう二度と傷付けたくはない。

  その思いは揺るぎなかった。

  ミキの後ろ首にある番の印をペロリと舐める。

  その小さな快感と、エイドリアンの優しさへの安堵で、ミキは小さく甘い息を吐いた。

  四つん這いの態勢で差し出された後孔へ、エイドリアンの限界まで盛った雄芯がヌルリと忍び込んだ。

  獣の状態であるエイドリアンのぺニスは、獣人の時とは違い、細身だが長い。

  幹にゴツゴツとした突起があり、それには体内でも違和感を覚えたが、散々、舌で慣らされた尻孔には、何の痛みもなく滑り込んだ。

  だが、考えていた以上の長さに、ミキは内臓が口から競り出てくるような気がした。

  「なぁっ、……あぁっ!ま、まだ、挿ん、の?……あ、あ、やっ、……長いっ!」

  エイドリアンがクゥン、クゥンと耳元で鳴くのには「もう少し、もう少しだから」と言っているようにも感じた。

  「なぁ、もう、終わった?ぜ、全部、挿った?あはぁ~……ん……んぅ?」

  エイドリアンが少しだけ腰を引くと、突き刺さるような痛みを感じた。

  雄蕊の突起は、トゲのように尖っていた。

  獣化した状態の交尾の際、オスのペニスのトゲによって痛みによる刺激を受け、メスは排卵を促される。

  古の獣達は、いつどこでメスと遭遇するか分からなかった。

  無駄な排卵をしない為に、交尾の刺激によって排卵し、受精する習性が身に付いていた。

  エイドリアンの性器のトゲは、引き抜く時に内壁を引っ掻くようにして突き刺さる。

  だが、その先端は確実に子宮へと通じる長さだった。

  エイドリアンもミキへ少しでも痛みを感じせないようにと、緩やかに、緩やかに腰を動かした。

  抜き差しするとミキの体が痛みで硬直するので、横に腰を回すようにしてやると甘い吐息を吐くようになった。

  「ライオンのチンコ、動いたら痛ぇよぉ~」

  「クゥン……」

  「分かってるよ。ゆっくりしてくれて、……ありがとな」

  本来ならば獣の野生に駆られて、突き上げたいのを堪えていてくれるのが分かる。

  その愛情が肌から伝わって来て、ミキは感度を更に上げていた。

  「あぁ、あぁ、……あ、届いて、るっ、……奥に、……奥がスゴいっ!……あぁ~!」

  やがてミキ自身も、エイドリアンの回す腰に合わせて、キュンキュンと蜜洞を引き絞った。

  その締め付けに、エイドリアンが咆哮を上げる。

  オスライオンとしての、射精が始まった。

  その長く、大量の射精は、数分にも及び、獣化した状態のままならば、何十回でも精を放つ事が出来た。

  エイドリアンも腰を小さく揺すりながら、ビュウ、ビュウと、膨大な量の精を放ち続けていた。

  「あぁ!あぁ~!お腹、熱いっ!……いっぱい、出てる~!あぁん……」

  ミキもエイドリアンにつつかれるようにして腰を踊らせながら、前のぺニスからは吐精し続ける。

  雄根による体内の刺激だけではなく、エイドリアンから耳や後ろ首をペロペロと宥めるようにして舐められるのが、気持ち悦い。

  エイドリアンが射精し続ける間、ミキもまた軽い愉悦を感じていた。

  慈しむような その動きに悶えた。

  そうして、しばらく揺すられ続けた後、気が付くと、自らに覆い被さっていた獣頭は、いつの間にか美しい黄金色の髪の獣人に戻っていた。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾8-②]

  「エイドリア……ン……」

  「ミキ……私が獣化しても、受け入れてくれたな」

  「だって、仕方ねぇじゃん……、あ、あぁんっ!」

  ミキの体内からズルズルと引き抜かれたペニスは、さっきまで埋め込まれていたモノと形状が変わっていた。

  細く長かった獣の雄芯は、赤黒く、巨きな人型のモノとなり。

  受精させる為のトゲがなくなった代わりに、その先端は傘のような括れが出来ていた。

  見た目のインパクトとしては、今の方が色も形も遥かに凶悪だった。

  それが引き抜かれた直後には、ミキの窄まりから、淫らな蜜が溢れるようにして零れ出した。

  ミキの体を正面に向かせるだけで、更にコポッと音を立てて、空気と愛液が尻から溢れ出す。

  「やぁっ、……エイドリアンのが、出ちゃう、からっ……」

  「何度でも、注いであげるよ。沢山、子供を産んで。これ以上なく、絶対にミキを幸せにしてあげるから」

  「エイドリアン……」

  「獣化した子種の子供は、強い子になる。王族のアルファは子供の時から闘争心もあるし、精力的だよ。……それでも、ミキは面倒をみれる?」

  「そんなの、お前で慣れてるよ。何匹 出来たって、育ててやる。お前と一緒に」

  ミキの満面の笑みに、エイドリアンの胸は熱く高鳴った。

  こんなにも愛しい存在が、この世にある奇跡に魂が震える程の喜びを感じていた。

  この命しか、番になる者はいない。

  種族を越えた二人には、その営みの差異をも越えて、愛を育むまでの究極の慈しみがあった。

  「ミキ……私の愛しい野良ネコ……」

  「もう野良じゃねぇぞ。お前のお妃様だもんよ」

  「そうだな。これからは、ライオン族の一員だ。私の……愛しい妃……」

  エイドリアンは、ゆっくりとミキに覆い被さり、厳かなるキスをした。

  長い、長い誓いのキスは、ミキのフェロモンを更に濃密なものにした。

  この世でたった一人のフェロモンにしか反応しない獅子王の雄は、あれだけの精を放った後も尚も充溢させ、いきり勃っていた。

  その熱塊は、蜜に濡れヒクヒクと蠢く花芯に引き付けられた。

  「ミキ、まだお前が足りない。もっと、もっと欲しい」

  「俺だって、まだ発情期、始まったばっかりだから」

  「発情期が終わるまで、部屋からは出れないよ。覚悟して」

  エイドリアンは、熱を孕んだ肉襞の中へと己が巨根を捩じ込んだ。

  その圧倒的な質量にミキは蕩けるような愉悦に身悶えた。

  腰を回すようにして中を擦られ、最奥への子宮と、オスとしての前立腺の両方を刺激される。

  ミキの淫らな貪欲な肉壁は、その愛する雄芯をねっとりと包み込み、揉み上げるように引き絞る。

  そんな初めての肉の愉悦に、エイドリアンは夢中になった。

  腰を回転させながら、蜜壺の中の粘膜を掻き混ぜるようにして、打ち込み続けた。

  自らが放った精液もその激しい抜き差しで泡立ち、ゴポッ、ゴポッっと逆流しながら漏れ出す。

  ミキもまた、尻奥で暴れ回る肉棒に合わせて腰を使い、その愉悦に陶然となりながら、体を仰け反らせて喘ぎまくった。

  「あはぁ!エイドリアンっ!悦いっ!そこぉ!……やだっ……おっきい~!あうっ!」

  「おっきいのは、いや、なの?」

  「おっきいのが、イイのぉ!ひぃっ!……中、溶けちゃう~!」

  「もっと、もっと、トロトロに溶けるまで、感じさせてあげるよ、ミキ」

  限界にまで欲望が陰嚢を持ち上げて、エイドリアンの精子が込み上げてくる。

  その全てを流し込まんとミキの腰を掴み、肉壺へと怒張を強く打ち付けた。

  「やぁ~……ぁぁぁぁん!」

  ミキは高い艷声を上げて、その子種を受け止めた。

  痺れるような絶頂は終わる事なく、エイドリアンの雄根は最奥を貫き続け。

  その体内に浴びせられるような膨大なる飛沫に、ミキの尻は達し続け、しばらくは痙攣が止まらなかった。

  [newpage]

  [chapter:揺れる心と揺れる尻尾8-③]

  最後の一滴までも流し込んでさえ、エイドリアンの膨張は治まる事がなかった。

  そのあまりの精力的な様に、ミキは戸惑いを隠せないでいた。

  「お、お前さ。ちょっとは縮むとかないの?コレ、ずっとでっかいままなの?」

  「いつもは、これだけ出せばある程度は治まるんだけど、こんなに本物のミキとなら気持ち悦くなれるんだと思うと……終われる気がしない」

  「あ、あのさ。そしたら、俺、フレデリックにして貰うより、気持ち悦くさせてやれてる?」

  気にしてはいないつもりでも、ミキの中でエイドリアンをずっと慰めてきたフレデリックや妾妃達の事は、心のどこかで劣等感を感じていた。

  自分ではエイドリアンを満たしてやれないのだと、心の奥底で落胆し、惨めに思っていた部分があった。

  エイドリアンは、泣きそうな顔をしたミキの頬を両手で捉え、チュッと啄むようなキスをした。

  「比べものにならないよ。今までは、どうしようもなくて生理的に吐き出すだけだった。妾妃達には、体を保つ為に その処理をして貰っていただけだ。ミキとは全然 違うよ」

  愛しくて、切なくて、可愛くて、狂おしい程に囚われる存在。

  生きていく為に、不可欠なる魂。

  運命の、たった一人の番。

  己が精子が求める唯一の卵子を有する、愛しいオメガ。

  その情愛は、永遠のものであると天に誓える存在。

  「私に愛を与えられるのは、この世でミキだけだよ」

  「エイドリア……ンぅ!あぁ~!あぁ!」

  エイドリアンは収めたままだったぺニスを、ズルリと引き抜いた。

  無意識に「奪われたくない」と感じたミキの肉洞は、それを引き留めようとして、キュッと窄まった。

  その絞られた尻孔へと、再びエイドリアンの屹立が、肉襞を押し開くようにしてズブズブと分け入った。

  「あぁぁぁぁぁぁ!あぁ~!」

  ミキはその強引なまでの挿入に、全身を震わせて達していた。

  達する事で、また再びエイドリアンのモノを絞り込み、その絞められた内壁を悦んだエイドリアンは抉り拡げ、中を掻き回す。

  蕩けるような悦楽が、ミキの下腹から沸き立った。

  ミキの雄の性器からは、もう薄い精液が滲む程度にしか出せなかったが、その絶頂は止まる事なく襲い、体を踊らせた。

  そんなミキの背中に手を回し、上半身を起こしてやると、座位となって角度を変えたエイドリアンの膨張に串刺しにされる格好となった。

  「ひぁ、やぁ~~~!」

  「ミキっ、……そんなに、締めないでっ……」

  「体が、裂けちゃう~!」

  エイドリアンは、下から突き上げるようにして、ミキの隘路を穿った。

  そうして二人は発情期の間中、愛欲にまみれた。

  情欲が治まり、部屋から出た途端に、ミキはフランやフレデリックからの抱擁を受け、恐らく受胎したであろう下腹を撫でられた。

  だが、エイドリアンのミキへの執着は限度を越えていたので、そんな親愛の情を傾けるフランやフレデリックにすら威嚇する有り様だった。

  あれから、フランの体には傷が残ったが、それでも「ミキちゃんの体じゃなくて良かった」と言って微笑んでいた。

  ミキはフランの想いの深さに胸を震わせた。

  フレデリックは、ミキの側近として仕える事をお聞き届け頂きたい、とその場で跪き、頭を垂れた。

  そして、妾妃達のいる東の宮の解体を申し入れ、各々の仕事の受け入れ先もエイドリアンへと願い出た。

  フランと同じくミキに仕えるのには、エイドリアンの妾妃としては辛い選択なのではないかとミキが心を痛めた。

  だがフレデリックは、エイドリアンへの気持ちはあくまでも恩人であり、主君であるが故の尊敬の念以外にないと言い切った。

  ミキに仕えるには、万が一にも間違いがあってはならないが為に、フランと同様に、男性器を切除する必要がある。

  そうしてでもミキに仕えたいと言って、その信念を曲げなかった。

  フレデリックのその思いの深さに、ミキは涙を流した。

  命に代えても尚、尽くしてくれる二人は、ミキとっても何者にも替えがたい存在となった。

  ミキから二人へ「側仕えだとは思っていない。家族だと思っているから」と言うと、フランもフレデリックも感極まって、涙を溢れさせていた。

  [newpage]

  [chapter:獅子王と黒ネコ妃と、それから ①]

  ミキは臨月を経て、二つの命を産み落とした。

  一匹は黒いライオンのアルファのオス、一匹は金色のライオンのアルファのメスで、二匹は見た目がそっくりではあったが、その毛色は全くの別物だった。

  出産を終えて体調が整った時期に、結婚式とエイドリアンの戴冠式が行われる運びとなった。

  それに伴って、東、西、南、北の宮は、全て閉鎖された。

  次代の王にその宮の存続を委ね、エイドリアンはこの先、一生、ミキ以外のメスやオメガを側に置く事はないと誓った。

  結局 最後まで、エイドリアンの子供だと言い張っていたルシアは、その腹からヒョウ柄の模様のある子供を生んだ。

  自分を省みないエイドリアンに、当て付けのようにして衛兵のオスと交尾した。

  王族や妃としてのプライドよりも、発情期の欲求の方が勝ってしまった。

  それにより、ルシアは王族から平民への人生を選択せざるを得ず、また王族を謀った罪により、宮殿への出入りを禁じられた。

  ミキの出産という大きなイベントを終え、王都は新王の結婚式と戴冠式を同時に迎えるという、お祝いムード一色となっていた。

  「ミキちゃぁ~ん♪ウェディングドレスはAラインが良いかしら?マーメイドラインが良いかしら?でも、やっぱりプリンセスタイプが……」

  「おい!おい!また、俺は女装すんのかよ!エイドリアンとお揃いのタキシードじゃねぇの?」

  「タキシードを着るのも良いけど、せっかくのお式なんだから、可愛くしたいのよ~ん♪ね?私のお願い、聞いてぇ♪」

  「そんなヒラヒラしたの着て、祭壇前でズッコケても知らねぇぞ!」

  「大丈夫だよ。その時は私が抱っこしてあげるから」

  エイドリアンが左右の手に我が子を抱え、あやしながら、フランの採寸を横目に見ていた。

  獅子王として言わせて貰えば、ミキにはプリンセスラインのドレスが似合う、と希望ならぬ半強制的な命令を下して、フランとミキを絶句させていた。

  側に控えるフレデリックは、そんな三人を見て苦笑していた。

  実質的に、ミキの側仕えが二人に増えたのは正解だった。

  多産であるオメガは、産むに特化していたが為に、高い地位や役職に着く事はほとんどない。

  その発情期や出産には何の仕事も出来ない上に、他のオスの発情を誘発させない為にも、隔離される事が多い。

  デランダ王国の王妃になるであろうミキには、エイドリアン以外のフォローも必要だった。

  その公務の手助けだけでなく、発情期などに際して、他の獣人から守るという必要性もあったからだ。

  それにはフランとフレデリックが脇を固めて、ミキの公務を手助けし、ハンデのあるオメガの妃であっても何とか公務をこなした。

  だが、エイドリアンにしてみれば、面白くはなかった。

  とにかくやたらに、ミキの側にはフランとフレデリックがいる。

  それこそ喧嘩でもしようものなら、側近と一緒に寝るなどと言い出す妃には、思わず獣化しそうになった。

  エイドリアンは、ミキを手にしてから精神も肉体も安定して、獣化をある程度コントロール出来るようになった。

  愛する者と結ばれたという充足感が野生の本能を抑制し、暴走させずに済むようになっていた。

  それはもちろん、発情期に関係なくミキとの毎日の営みがあってこそではある。

  ライオンの旺盛なる性欲を、種族の違うミキが受け止めるのには、溢れんばかりの愛によって成し得た奇跡でもあった。

  [newpage]

  [chapter:獅子王と黒ネコ妃と、それから ②]

  「ミキ。寸法が終わったのなら、子供のどっちかをみて」

  エイドリアンは不満げに、子供を餌にしてミキを側に呼び込もうとした。

  とにかく、特にフランがミキへとイチャイチャする。

  やだん♪ミキちゃん、可愛い~♪、などと言いながら、ミキの体を撫で回す。

  いくらオスでもないとはいえ、その見た目は屈強なオオカミのアルファだ。

  オカマ言葉に騙されそうにはなるが、フランはエイドリアンの元に来ていなければ、オオカミ族の頂点にいたかも知れないオスでもあった。

  「ねぇ、ミキ。おにぎりが食べたいから、握って。ねぇ、聞いてる?」

  エイドリアンが何を言っても、フランと二人でキャッキャウフフと絡み合って、こちらの方には見向きもしなかった。

  再三の声掛けにも応じないミキに、エイドリアンは遂にキレた。

  子供達をフレデリックに預けると、その必殺の兵器を手にしていた。

  「ミキ!こっちをごらん!」

  エイドリアンの手に握られたエノコログサ(ネコじゃらし)が、パタパタと揺れて、ミキを悩殺しにかかっていた。

  ミキの中の野生が、ピーンと逆毛を立てて反応した。

  「ニャッ?!」

  「ほら、ほら。遊んであげるよ~」

  「ニャッニャッ!」

  「出産しても、俊敏さは衰えてないね」

  エイドリアンがクルクルとエノコログサを振り回しながら、部屋中を走り回る。

  フランは金のライオン姫を預り、フレデリックは黒のライオン王子をと、各々あやしながら「また始まった」とばかりに呆れ顔になった。

  エイドリアン届くか届かないか、というところでミキから引き離す技は、慣れ通じた神業的なタイミングだった。

  そうやって絶妙な間合いでソファーへと導き、気が付くとミキはエイドリアンの膝に股がるようにして座らされていた。

  「もう!何なんだよ!俺、気が付いたら、いつもお前に捕まってる!」

  「他のオスに、こんな風に簡単に捕まったら駄目だよ」

  「お前のネコじゃらしテクニックが天才的だっつーの!他の奴のパタパタなんかに吸い寄せられるかよ!」

  ミキは腹いせのようにして、愉しげに揺れるエイドリアンの尻尾を掴み、その穂先のような先端をガジガジと齧りまくってやった。

  「結婚式での口上は決めた?」

  「妃としての言葉使いとか、難しいからさ。内容は俺が考えるけど、フランに言葉は直して貰おうと思ってる」

  「無難だね。野良丸出しの田舎ネコ言葉じゃ、恥ずかしくって聞いてられないから」

  「それじゃ、お前はどうなんだよ!まさか結婚式の祭壇の前で、俺への皮肉やら、嫌味やらのお言葉が口上とか言うなよ!ちょっと、ここで言え!今、言え!変な内容なら、結婚を破棄するぞ!」

  「破棄は駄目。それは許さない」

  「それなら、口上は俺への誉め言葉満載にしろ!」

  デランダでの結婚式の口上は、最後に祭壇の前で皆に公言し、その将来を誓う。

  特に形式ばったものではなかったが、概ね、互いへの愛を言葉にして述べる場でもあった。

  エイドリアンは、うっすらと笑みを浮かべて、ミキへと口上を語り始めた。

  「貴方とは初めて出会った時から、運命の絆で結ばれていました。

  当時の私は まだ子供でしたから、ある村を公務で訪れた時には、それに思い至りませんでした。

  ただ、私を抱き締めてくれたその毛並みが艶やかな黒毛だった事と、その薫りが太陽の光のような、稲穂のような芳しい薫りだった記憶だけが残りました。

  そうして月日が流れ、私の前に現れた貴方は、あの時と同じ薫りのままで、私は再び、貴方に恋をしました。

  貴方こそ、この世でたった一人の私の妃であり、花嫁であり、我が命でもあるのです。

  あの出会った瞬間から、今も、そしてこれから先の未来も。

  ……その永遠の愛を、貴方に誓います」

  ミキは、エイドリアンの膝の上で、自らの口を手で覆い、涙を流していた。

  番である獅子の、長く、深く、絶える事のない愛に包まれ、小さなネコはあまりの幸福に目眩を覚えた。

  エイドリアンは、ミキの顎を持ち上げながら、引き寄せ。

  その合わさる瞬間に漏れた「愛してる」という言葉は、どちらからのものかは分からなかった。

  そうして。

  やせっぽちの小さな黒ネコは、百獣の王であるライオンの番と、いつまでも、いつまでも仲睦まじく寄り添って過ごし。

  愛し合う獅子王とその妃は、多くの子宝に恵まれたという。

  ーENDー

  2017,08,27

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