その時、カリーナは自室にいた。
表彰式が終わったので最近時間に少し余裕がある。
余裕はあるが、悲しき学生の身の上である以上、勉強をしないわけにはいかない。
夕食が終わった後、カリーナは自室にこもって、サイエントの教科書を開いていた。ノートには今までの内容。予習復習の復習の方をしていると、携帯電話が振動を始めた。
スマートフォンを持つものが増え、先日までガラケーを使っていたバーナビーすら出資者の意向でスマートフォンを持つようになり、二つ折りの携帯を持つものはヒーローの中でもカリーナただ一人。だが、カリーナは当分この携帯電話を手放す気はない。何故なら本来シュテルンビルトで販売されていない二つ折りの携帯電話がカリーナの手元に届くまでには少なからずタイガーの介入があったためだった。タイガーにしてみれば、機能がたくさんのスマートフォンよりも学生は機能が制限されたガラケーを持つべきと考えて助言しただけの話だが、カリーナにとってはそれも思い出の一つである。たとえ、携帯電話の愛称のようにガラパゴス化しようとも、壊れてもカリーナは手放す気はない。
そんな携帯電話が振動し、ストラップの虎の揺れ「早くとれよ、待ってるだろ」と誰かさんの声の幻聴が聞こえてくるようだった。
「はいはい……楓ちゃん?」
ガラケーの外側の小窓のデジタルが点文字でタイガーの娘の名前を表示する。
「……なんだろう?」
滅多に来ないタイガーの娘からの電話。
何よりも今日、タイガーはオリエンタルタウンに帰っているはずなので……それ絡みでの電話かと思い当たる。
「まったく、タイガー何やってるのよ」
呆れ半分で携帯電話の通話ボタンを押す。昨日のタイガーのはしゃぎっぷりだとドジや失言の一つや二つ不思議ではない。
『ブルーローズッ! テレビ付けろッ、テレビッ!! あ、BSな……えっと、局は~……N○Kッ! N○K BS プレミアムッ』
聞こえてきたのは、楓の声ではない。
はしゃぎにはしゃいだ大人の男の人の声。
「タ、タイガー!?」
『おうッ』
「な、なんで楓ちゃんの携帯電話なのにタイガーが?」
焦るブルーローズにタイガーはしれっと答える。
『え? だって、俺のスマホからプライベートな電話かけたらお前迷惑だろ? だから楓の携帯からかけてんの』
どこかずれた答えが返ってきて、カリーナを呆れさせる。
迷惑ではないが、心臓が動き過ぎて困るだけの話であり、それはタイガーが電話をカリーナにかけているからであり、それが他の人の携帯電話であろうと、公衆電話からであろうと、PDAからであろうと……PDAからかかってきた場合は事件だと判断してヒーローモードになるだろうけれど、タイガーから通信があったら、ドキドキが止まらないのだから。
『それより! NH○! NH○付けろッ』
タイガーの急かす言葉を聞きながら、呆れたカリーナは純粋な質問をした。
「ねぇ、○HKって何?」
『へッ? NH○って言ったら、テレビ局で……え? オリエンタルでしか放送されてねぇの?』
後半の声は若干小さい。恐らく、タイガーが家族に向かって話している言葉だろうけれど、カリーナにもばっちり聞こえた。
『わ、悪い。今宇宙の特集やってたんだけどさ、それ見てほしかっただけでさ。そっちでやってないの考えてなかった。悪かったな、ブルーローズ』
タイガーが謝るが、カリーナとして些細なことで電話をくれただけで充分にうれしい。
「べ、別にいいわよ。けど、そんなに私に見せたかったの?」
『あぁ。今、イータ・カリーナ星雲ってやつがやっててさ。すっごく大きい写真ですっごく綺麗でさ。お前とおんなじ名前じゃん? だったら見てもらわなきゃって思ってさ』
ただそれだけのこと。
けれど、カリーナにとってはそれ以上の意味を持つ、タイガーの話。
「へぇ、じゃあ今からネットで見て……」
次のタイガーの言葉にカリーナは最後まで自分のセリフを言い切ることが出来なかった。
『そんでさ。今ちょうど星が生まれている最中なんだって。写真の中にその星が生まれることが写ってて……なんかすげぇ! なんか、そんな星雲とおんなじ名前のお前もなんかすげぇと思ったら、楓に携帯電話借りてた』
カリーナはタイガーの言葉を反芻する。
何度も何度もエコーがかかったかのように同じセリフが脳内再生される。
『お、オリオン座! なんか、こう見るといつも見てる星座とは思えねぇなぁ』
タイガーの独り言がカリーナを正気に戻した。
「オ、オリオン座もやってるんだ……」
『そ。空見あげるよかカラフルでおんなじ星座に見えねぇ。カリーナ星雲は全然違うのにブルーローズの顔が速攻で浮かんだのになぁ』
衝撃的な言葉にカリーナは思考停止する。
恐らく無自覚。意味がない言葉。それくらいカリーナにもわかっているけれど、片思いの相手から語られる言葉としては衝撃的すぎるセリフの数々……。
その後、カリーナはタイガーとどのような会話をしたか覚えていない。
シュテルンビルトの出動状況を聞かれた気がする。本日出動することはなく、平和な一日だったことだけ告げた気がするが、気が付いたら朝を迎えていた。
ベッドで寝ていたし、電話は切れていたので、切ってからベッドに寝たのだろう。
カリーナは携帯電話を見つめ、昨日のタイガーとの会話(思い出せるところだけ)を思い出して、赤面した。
そして、カリーナはその日から三日間、タイガーがオリエンタルから帰ってくるまで使い物にならなかったのだった。
END