バーナビーさんが虎徹さんに楓ちゃんを理由に振られる話
その日は出動もない平和な一日を過ごした。
バーナビーに「僕のうちで呑みませんか?」と誘われ、会社から家に帰らずバーナビーの家に直行した。
明日は休み。バーナビーの家には虎徹の服が何着も置いてあるので、着替えの心配は全くない。
バディを組んだ当時は想像のできない程絆を深め合い、巷では女の入り込む隙間もないと言われるほど仲がいい。
だが、それはあくまで同性の仲の良さ。
『ご結婚はいつですか?』
『え? ご婚約されてたんじゃないんですか?』
どんな噂が流れたか想像に難くないが、二人が付き合っていないとわかると誰もが驚く。驚かないのはヒーロー仲間とアポロンメディアの関係者ぐらいだろう。
「貴方のことが好きです……愛してるんです」
バーナビーが突然虎徹に愛の告白をしたとしても誰も驚かない。告白された当人も驚かなかったくらいだ。
ほろ酔い状態だが意識を飛ばすほど呑んではいないバーナビー。少し熱の籠った眼が虎徹に本気度を伝えてくる。
「バーナビー……」
バーナビーの想いには気付いていた。
虎徹とて、憎からずは思っている。
だが、虎徹にはバーナビーを受け入れられない理由がある。
虎徹はグラスに注がれた酒を一気に飲み干すと、深いため息を吐いた。
「俺の性別とか、年齢とか……バニーちゃんには断る理由にならねぇってわかってる」
空になったグラスに新たに酒を注ぐと、琥珀に満たされたグラスをカランと揺らす。
口元に運んだ琥珀色の液体。口に含んだのは極上の飲み物のはずだが、今は全く味を感じない。
「俺の気持ちもこの際無視していい。オリエンタルには嫌いきらいも好きのうちなんて言葉もあるくれぇだし、どんな言葉を紡いだってバニーちゃんを説得できる気しねぇよ」
無茶と無謀には自信がある。だが、理論や理屈で攻撃されると反撃する手段が限られる――即ち逃げることしかできない。
「断る理由なんていくつもあるぜ。今でも友恵のことだけを愛しているとか、バニーちゃんは若いから直ぐにいい人が見つかるとか……けどそんなこたぁ言えねぇわ。それはお前の気持ちまるっきり無視してるもんな」
虎徹がニカリとバーナビーに笑うと、安心したのかバーナビーの表情が和らぐ。
だが、虎徹はバーナビーを地獄に落とす一言を突きつける。
「だから、俺がお前の想いに応えられない理由は一つだ。『楓を不幸にしたくない』」
虎徹にとっては当たり前の常識、それはオリエンタルの事情だった。
「楓は良いって言うかもしんねぇけど、俺が嫌だ。オリエンタルってのは今でも結構閉鎖的でな。近所の誰々ちゃんが結婚した。相手はろくでもない奴だ。なんて話はその辺に転がってる。後から知ったけどさ、俺がヒーローだってことも地元じゃ結構有名だったんだよ。みんな俺の耳にだけは届かないようにしてたみてぇだけど……けどさ、そんな環境なんだよ。よく言えばご近所さんは皆兄弟。悪く言えば他は認めない排他的な社会ってやつだ。そんな環境で、いきなり父親が同性とくっついたなんてなったら、どうなると思う? 良くて好奇の対象。悪くすりゃあ、村八分……つまり、無視されたり嫌がらせされたりするわけだ。大人はもっと顕著かもな。今でも俺独り身でいることにうるさく言う近所のおじさんおばさんも多いんだよ。だから……俺はお前を受け入れられない」
何も言わなくなったバーナビーに、虎徹はこの話は終わりとばかりにグラスを置いて立ち上がる。
動かないバーナビーを横目で見ながら、虎徹は帰り支度を始める。
断る理由が理由だ。こればかりは、楓がオリエンタルに住んでいる以上、否、どこに住んでいようと、虎徹の実家がオリエンタルにある以上、バーナビーには受け入れてもらう以外にない。
「虎徹さん……」
バーナビーの振り絞るような声を聴きながら、虎徹は振り返らずに扉に手をかけた。
「これからも、いいバディでいようぜ」
すべては虎徹の憶測に過ぎない。
けれど、友恵が死んだときの親族、近所の人の何気ない言葉の数々が虎徹には忘れられない。だから……
「ごめんな、バニー」
End.