【Risingパラレル】兎のいないアポロンメディア
カタカタカタ……と隣席からパソコンのキーボードを打つ音がする。
虎徹は目の前の書類の山と格闘しながら、隣席から聞こえて来る音に耳を傾けていた。お陰で目の前の書類に何を書けばいいのかどんなことを書けばいいのかど忘れしてしまった。
「なぁ、これってどうすりゃいいの?」
--困ったときには隣席の相棒。
一年前まで当たり前のように繰り返していた習慣で思わず隣席に話しかけてしまい、虎徹は「はっ」と気がついた。
キーボードを打つ手を止めて、椅子を動かして虎徹に体ごと向ける相手は赤の似合う相棒ではない。
「何スか? タイガーさん」
虎徹の問いに答えるのは、兎の相棒ではなく、金色のよく似合うオレ様後輩だった。
「あ……えっと、いや。ちょっとわかんねぇとこがあってな……」
言葉を濁し、相棒に見せるために差し出した書類の紙を引っ込めようとした虎徹だったが、引っ込める前にライアンが紙をひょいと取り上げた。
「あぁ。これ、ちょいと厄介な書き方しますもんねぇ。俺様だって分かんなくなっちゃいますよ。確か、これはですねぇ……」
金髪で眩いばかりにキラキラしている俺様キャラなのに、ライアンは意外に面倒見がいい。どんな簡単な作業についてでも虎徹が問えば、嫌な顔は一つせずににこりと笑って、丁寧に虎徹が理解するまで教えてくれる。兎の相棒のような嫌そうな顔を、この相棒は虎徹に見せたことがない。
「こんな風に書けばOKっスよ」
「お、そうなの? サンキューな、ライオンちゃん」
「いえいえ。また気楽に聞いてくださいね。俺様に分かることなら何でも教えちゃいますから」
「おう。また頼むわ」
ライアンから手渡された下書き状態の報告書を清書すべく、虎徹は自分の机に向き直る。
鉛筆で走り書きされた文字を、ペンで清書し、今の相棒が前の相棒と違うことを実感する。
去年、マーベリック事件の折にヒーローを引退した虎徹だったが、その数ヵ月後、ヒーローに返り咲いた。
一番の理由は「お父さん、カッコ悪い」という楓の言葉だったが、だが、それだけではなかった。
ヒーローを引退して、シュテルンビルトからオリエンタルタウンに移り住んで、平和ボケと名がつく日々を送っていると、やることは限られ、どうしてもテレビの出番が多くなる。
テレビをつければドラマやバラエティがやっている。ドラマは集中してみる気も、ましてや連ドラを毎回みる気も毛頭ないので二時間スペシャルの刑事ドラマだろうが、連続テレビ小説だろうが面白くない。バラエティは出演する芸能人が誰だかわからない。時折シュテルンビルトでご縁があった芸能人が出れば、それなりに集中するが、このモニタの向こう側に自分たちもいたのかと思い、昔似たような番組に相棒と出演したなぁと思い出してしまい、番組の内容どころではない状態になってしまう。
過去にとらわれているわけでも過去をなぞっているわけではないが、テレビを見れば思い出すのはヒーローだった自分たちの姿だった。
--そんなのヒーローの仕事じゃない
そう言い続けていた過去の自分だったが、過ぎ去ってしまえばヒーローじゃない仕事もいい思い出に変わっていた。
夕食時に娘が「お父さん、最近楽しい?」なんて聞いてきて、「あったりまえだろ~。楓とずぅぅぅっと一緒にいられるんだから、パパハッピー」なんて言えば物言いたそうな娘の視線とかち合ってしまう。だが、気づかないふりをする。言ってはいけないと雰囲気で訴えれば、娘は「あっそ。なら、いい」と食べ終わった食器の片付けに入る。気がつけば母親も同じ目で自分を見て、呆れ気味で「アンタがいいなら、私はなんにも言わないよ」と楓と食器を片付け始める。
居た堪れなくなって、今に逃げ込んでもやることもなく、自然とテレビをつけると、飛び込んできたのは惨劇のニュースだった。反射的に右腕を見つめてしまい、存在しないPDAに自分がもうヒーローではないと気づかされて、意識をニュースに戻す。
ニュースは惨劇に見舞われたブロックス地区の爆発事故既が沈静化していると伝えてくる。
ほっと胸をなで下ろした視線の先にはハイライトで流れるヒーローたちの活躍だった。
(牛……そんなとこにいたら危ねぇだろうが……)
そんな風に見ていたら、案の定ロックバイソン目掛けて放水され、親友は吹き飛ばされた上に溺れそうになっていた。
だが、それは既に終わった事件の話だ。
テレビをつけっぱなしにして、ごろりと横になれば、天井のシミが見える。昔は天井のシミ一つに怯えていたなぁと思い出しながらぼんやりしていれば、いつの間にか楓が仁王立ちに立っていた。
「お父さん、カッコ悪い」
鬼の様に表情を険しくした楓に告げられた言葉に苦笑しながら、体を起こして、反対に問いかける。
「じゃあ、どんなお父さんならカッコイイ?」
ちょっと意地悪だったかなぁと思いながら娘を見ていると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を一瞬して、娘は頭を抱え始めた。
「えっと……ヒ……」
反射的に言いそうになった名称を飲み込んだのが、娘の慌てぶりから分かる。
「ヒ、人助けしている時かな?」
違う言葉で言い直すけれど、それってやっぱり指し示す意味は一つしかない。
ある意味、この瞬間、未来は開けた。
結局、一分間と中途半端に能力が残っているせいだ、と結論づけて、のそのそと立ち上がってから娘にニカリと笑いかける。
「んじゃ、ヒーローに戻りますか」
娘が「え?」と不思議そうな視線を向けてくる。
「お父さん、ちょっと電話してくるわ。ヒーローに戻るには形振り構っちゃいらんないからな」
娘の肩をぽんと叩くと、セリフの意味を理解したのか、娘の顔がパァっと華やいた。
「お父さん、ヒーローに戻るのっ」
娘の期待に満ちた問いかけに、これでいいのだと思えてくる。
二部でもいいから、ヒーローに戻りたい--そう願えば、友人のヘリオスエナジーのオーナーあたりなら叶えてくれるかも知れない。そんな風に思いながら、お世話になったアポロンメディア--ロイズに電話を入れてヒーローに復帰する意向を伝える。
「キミ、アポロンメディアでもう一回ヒーローやらない?」
今、アポロンメディアが如何に窮地に立たされているか、起死回生となるプロジェクトがどう必要であるか、悲劇のヒーロー・ワイルドタイガーの復帰が如何にセンセーショナルであり、話題性に富んでいるかを……延々に切々と諭された。
お世話になった恩もあるため悩んでいるところに、一部ではなく二部ヒーローでもいいと言ってくれたことが決め手になった。
ワイルドタイガー・ヒーロー復帰--それは確かに話題になり、それは確かにアポロンメディアの信頼を取り戻すまでに至った。だが、ワイルドタイガーの二部ヒーロー復帰だけではアポロンメディアが今までの栄光を取り戻すには至らなかった。
アポロンメディアは次の手を打つべく--一部で活躍できるヒーローを探しだした。それが、今虎徹の隣に座っているライアン・ゴールドスミスだった。
「タイガーさん、昼飯どうします?」
昼休みになり、ライアンから声をかけてくることのほうが圧倒的に多い。
前の相棒のように独自行動はせず、必ずと言っていいほど、断りを入れ、誘いをかけてくる。
「そうだな……んじゃ、いつものとこにすっか」
前と同じように答えてしまい、ライアンに「いつものって何処っすか?」と聞かれて、一瞬言葉に詰まる。
目の前にいるのは、以前時間をかけて真のバディになった相手ではない。出会ってまだ数日しか立っていない相棒だった。
「んと……この会社の前に公園があるだろ?」
窓の外に広がる景色の一角、件の公園を指し示すと、ライアンが窓の外を覗き込んでくる。
「あの噴水があるとこっすか?」
「そうそう。んで、あの噴水の前にワゴン車があるんだ」
「あぁ、ありますねぇ」
「そこでホットドック売ってるんだけど、俺、好きでさ。よくいくんだわ」
「ホットドックっすか?」
「そう。お前嫌い?」
「何言ってるんすか。パンに熱々のソーセージっ。ソースはケチャップにマスタードで決まりっすよ」
「お、お前わかってるじゃん。後、レタスとか新鮮だったら最高だよなぁ」
「そうそうっ」
「あそこの野菜は新鮮だぜ」
「マジっすか。それは是非とも食べたいっすね」
始め見た目や言葉遣いから俺様で独断専行型のクソ生意気な後輩かと思えば、そうでもなかった。むしろ、予想に反して、新しい相棒は礼儀正しく、先輩を立てる術を持ち、趣味や好みも近いものがあるため、気づけば隣にいることが多くなっていた。
「タイガーさん、俺、先に行ってエレベーター止めてるっすから早く来てくださいね」
嬉々として扉の前から声をかけてくる後輩に「はいよ」と答え、虎徹はもう一度窓の外を見つめた。
公園のワゴン車は<いつもの>と付けば分かるほど前の相棒とよく行った場所だった。
オリエンタルタウンにいた頃は、何をするにつけても思い出すのは相棒だったバーナビーのことだったが、最近はその思い出が金色の輝きを持つ相棒に塗りつぶされてゆく。
「バニーちゃん、お前の居場所……ライオンに全部食われちまうぞ」
窓に映った自分の顔が悲しみに縁どられていたことを虎徹は知らない。
虎徹はライアンに続き、ヒーロー事業部を後にした。
一部で活躍できるヒーローを探したアポロンメディアが真っ先に連絡を取ろうとしたのは、KOHにもなったことがある元自社ヒーローのバーナビー・ブルックスJr.だった。
だが誰がどのような手段を使おうとも、連絡一つ取れず時間だけが過ぎていった。
必死に足取りを掴もうとしたアポロンメディアの上層部だったが、手がかりは一つなく、以前の携帯電話は使えず、どこにいるのかすらわからず、諦めざるを得なかった。
そんな時、暴落した株を大量に購入して新オーナーになったマーク・シュナイダーがCOEに就任し、彼が連れてきたのがライアン・ゴールドスミス--ゴールデン・ライアンだった。
今までの経営陣と新オーナーの思惑が複雑に絡み合い、結果、二部ヒーローをしていたワイルドタイガーを一部に戻し、ライアンとコンビを組みという方向で経営方針は決着を見た。
これに対して「話が違う」と食いついたのは虎徹だったが、ロイズの「このままじゃ、バーナビーくんが帰ってきたときシュテルンビルトに居場所がなくなるよ」という一言で一部ヒーローに戻ることを了承した。
新オーナーがやろうとしていることの一端に、バーナビーが絶対的に不利になる内容が含まれていたらしい。
本当に複雑すぎて虎徹にはよくわからないが、虎徹が一部に戻らなければシュテルンビルトにバーナビーの居場所は完全になくなるが、虎徹が一部に戻れば現状維持。バーナビーが戻ってこようと戻ってこまいと同じ--そういうことらしい。
納得いかないまでも、こうしてタイガー&ライアンのバディヒーローはシュテルンビルトで活躍することになった。
「虎徹、大丈夫か?」
「タイガー、なんで復帰するときウチに来なかったのよっ! キーーーーーーー悔しいっ」
「タ、タイガーの隣はハンサムじゃなきゃ、み、認めないんだから」
「僕、タイガーさんがまた一部に戻ってきてくれて嬉しいです」
「ワイルドくんっ! 私とコンビを組もうじゃないか」
「タイガーさんっ、今度美味しい中華屋さんに行かない? 僕、すっごく美味しいところ見つけたんだァ」
古巣に戻った虎徹を暖かく向かい入れてくれる昔の仲間に囲まれながら、
「タイガーさん、一緒にトレーニングしませんか?」
新しい相棒に甘やかされながらも、虎徹の心は一抹の寂しさが存在していた。
--バーナビーの行方は依然として知れない……
not to be contine...