【T&B】ライアン

  ――さすらいの重力王子

  誰が呼び始めたのか分からないが、ゴールデン・ライアンことライアン・ゴールドスミスは一所に長くいたことはない。

  俺様的な性格のせいか、それとももっと別の要因があるのか本人にはわからない。だが、気が付けば慣れ親しむ前に自ら去る要因を作ってしまう。今回のシュテルンビルトの一件も例に漏れず、ライアン自らシュテルンビルトを離れるきっかけを作っていた。勿論、ライアンとて初めから速攻で去るつもりなど毛頭なかったのだが、気が付けばバディヒーローの懸け橋をし、更にシュテルンビルトから去る方向に話を進めてしまっていた。口は禍の下と言うが、全くその通りだとライアンは幾度得心しただろうか。既にいくつの地域でヒーローになったのかライアン自身覚えていない。一つだけ確信しているのは、既に自らが休める安住の地などないとライアンは割り切っている。そして、一度離れた地には二度と舞い戻らない――少なくとも今まではそうだった。

  だが、シュテルンビルトでヒーローをしている間にできた人脈は早々に切れる縁ではなかったようだ。少なくともOBCのアニエス・ジュベールはライアンという存在を手放すつもりなどなかったようだ。世界各地を放浪し、これからも放浪するであろうライアンにOBC社員にならないかと勧誘したのだ。勿論正規社員ではなく、今後ヒーローを引退した時、次の場所を見つけるまでの繋ぎとしての臨時社員として。

  「ちょっとした暇つぶしでいいのよ。はっきり言って、私はシュテルンビルトのHeroTVに誇りを持っているし、これからもこの仕事を離れる気はないわ。けどね、一所にずっといるとどうしてもマンネリ化してしまうのよ。どんなに頑張ったって視聴率が低迷することも考えられる。だから、私は他の地域のHeroTVを知りたいのよ。どこの地域でどんな風にHeroTVが運営されているか。視聴率はどうなのか! 本来ならOBC社員を派遣して現地で徴するべきなんでしょうけど、残念ながら経費削減の余波でそこまで人員を割くことはできないの。ライアン・ゴールドスミス! あなたなら世界各地のHeroTVの実態を知っているでしょ? それを私に教えてちょうだい。今までの分、そして、これからの分も。勿論ただとは言わないわ。OBCから出る給料なんてあなたにとっては雀の涙でしょうから、現物支給させてもらうわ。アポロンメディアの臨時オーナーとして、ね」

  断られるなどと微塵も思っていない自信に満ちた表情でアニエスはライアンにいくつかの特権を提示してきた。確かに地域を移動する際、暇になる空白の期間は存在するが、ヒーローをしている間の稼ぎで食うに困らないどころか一生遊んで暮らせるだけ稼いでいるライアンだったが、アニエスの提案に少しばかり興味を持ったのも確かだった。今までだったら絶対に無視して、とっとと他の場所に移ってしまうのに、今回ばかりは完全に無視することはできなかった。「何故?」と聞かれたところで答えようはない。シュテルンビルトには他の場所にはない何かがある――そんな気がするだけの話だ。だからこそ、アニエスの提案を受け入れた。ただ、なし崩しに乗ってやるのも少し面白くないので、いくつかライアンからも無茶苦茶を承知で要望を出したが、全て受け入れられ、ライアンはOBC臨時社員の契約書にサインをしてしまったのだった。元々ライアンの要求すらもアニエスの想定内だったのではないかと思うこともあるのだが、その真偽の程はアニエスのみぞ知る。

  こうしてライアンはアニエスに良いようにこき使われることになるのだが、策士アニエスの罠に唯我独尊・天上天下のライアンが気が付くのは当分先のこと。

  「ジュニア君、こっち向いて~」

  カメラを構えたライアンが呼びかけると、バーナビーが立ち止まり、ライアンの方に顔だけ向けるとポーズを決める。

  バーナビーが決めたポーズは、右手の二本指を立てて、額の横でスライドさせる、シュテルンビルト市民には馴染みのSee yaとやっているところだった。

  「はい、いただき」

  ライアンがベストポジションをカメラに収めると、バーナビーが笑顔を呆れたような表情に変える。

  フェイスマスクを上げ、顔を出している状態だと、何が言いたいのか一目でわかる。

  「何であなたが此処にいるんですか? 暇なんですか?」というやつだろう。

  「本当にわかりやすい奴だ」とライアンが笑みを浮かべると、途端にバーナビーが不機嫌になった。

  「全く。海の向こうの大富豪のオファーを受けたんじゃなかったんですか?」

  文句を言うバーナビーの顔を見て、ライアンは違和感を感じた。

  「いやぁ、ちょっと俺のスタイルに合わなかったんでね」

  カメラを構えて、数枚バーナビーの写真を撮り、ライアンは違和感の正体に気が付いた。

  ライアンの答えを受けて、バーナビーが嘆息する。

  「貴方という人は……。いいですか、ヒーローというものは……」

  腕を組み、説教を始めるバーナビーをライアンはカメラに収める。

  「ちょっと、聞いているんですか?」

  声を荒げるバーナビーをカメラに収めつつ、ライアンは違和感の正体に確信を持った。

  ――表情が豊かすぎる。

  目の前のバーナビーが本来の姿なのだろうとライアンには直ぐに見当が付く。

  ライアンとコンビを組んでいた頃は、感情をできる限り抑えようとしていたのだろう。其の頃であってもバーナビーが何を考えているのか分かりやすかったが、今は本音がダダ漏れだ。狙ってもいないのに、手の指先、足のつま先まで感情が溢れたいい写真が撮れる。

  恐らくいい被写体というのはバーナビーのように周りの雰囲気すら自分色に染め上げてしまう人のことなのだろう。勿論ライアンも撮られる側としてその点には負けているつもりはないが。

  「それ頂き。ジュニア君、良い表情」

  嬉々としてカメラの角度を変えて何枚も撮るライアンに何を言っても無駄とバーナビーは気持ちを切り替える。

  「貴方、カメラなんてやっていたんですね」

  バーナビーの質問に、ライアンは内心(おお、そう来るか)と思いながら笑って答える。

  「まぁな。ほら、俺様は何をやっても様になるだろ? 少し前に公園でペットの写真を撮ってたら、プロデューサー様に魅入られちゃってね」

  今までずっとペットの写真だけを撮ってきた。

  これからもずっと他のものなんて写真に撮るつもりはなかった。

  だが、それでも「貴方だけにしか撮れないバーナビーの写真が欲しいの。それとも撮れる自信はない?」なんて言われてしまえば挑戦しないわけにはいかない。

  だが、何枚も何枚も写真を撮るうちに、ライアンは気が付いてしまった。

  ライアンとコンビを組んでいる時には見ることのできなかった豊かな表情。それこそが本来のバーナビーの姿だと気が付く。プライヴェートでも仕事中でもどんな時も生き生きとして、いつ何時シャッターを切っても様になるのだから、カメラを撮る側には最高の被写体だった。

  だが、向けられる感情がいつまでも同じものだと、自然と画も同じようなものになってしまう。それでは面白くないと、ライアンはバーナビーの背後を示した。

  「ほら、俺にばっか構ってると、獲物誰かに獲られちまうぜ」

  今、ライアンとバーナビーが話している間も、ヒーローの誰かがターゲットを確保しようと頑張っている。

  自分の持つ最大の能力を使って捕獲しようとどのヒーローも頑張っているが、誰も捕獲できない。

  見ている分には面白いが、番組的にはそろそろ誰かが捕まえてもいいタイミングだ。ターゲットもそれなりに疲弊している。

  だが、バーナビーはターゲットと他のヒーローを一瞥すると、晴れやかに笑った。

  「大丈夫ですよ、あの人は誰にも捕まえられませんから」

  確信とある種の喜びに満ちた笑顔をターゲットに向けたバーナビーに、ライアンは内心(のろけかよ)と思いつつも、シャッターチャンスは逃さない。

  数回シャッターを押すと満足し、ライアンはバーナビーにリクエストを出す。

  「俺としちゃ、そろそろアンタら二人が戯れている画が欲しいんだけど」

  一瞬、まさかのリクエストに面食らったバーナビーだったが、直ぐにふっと笑うとライアンに背を向けた。

  「わかりました。カメラマンの要求には答えないとなりませんからね」

  フェイスマスクを下ろして、背中のブースターを噴かせ、バーナビーは一直線にターゲットの許に飛んでいく。

  ライアンはその光景をカメラに収めながら、自分の為した結果に満足する。

  本日のターゲットは鏑木・T・虎徹ことワイルドタイガー。罪状はヒーローなのに虫歯がある罪だ。

  先日、ワイルドタイガーのスポンサーのお菓子メーカーが良い歯の日キャンペーンで歯科検診を行ったところ、ワイルドタイガーの口の中には二本虫歯があることが判明した。

  その時は「しっかり歯を磨かないとタイガーみたいに虫歯になっちゃうぞ」で終わったが、翌日トレーニングセンターでバーナビーとタイガーが「歯医者に行ってください」「行かねぇよ」「連れていきます」「だっ! 子どもじゃないんだぞ。絶対に行かねぇからな」と言い争っているのをプロデューサーに見つかり、そのままイベントとして採用されてしまった。

  【ワイルドに歯医者に行くぜ】という特番名は今のところワイルドタイガー本人からのクレームしかない。

  「おうおう、みんな生き生きしちゃって」

  ワイルドタイガーと戯れるバーナビーをカメラに収めながら、ついでに他のヒーローたちもフレームの中に入れる。

  どのヒーローも嬉々としてタイガーと戦っているが、捕獲するしないというよりは、今の自分たちの実力を見てもらいたい――そんな風に見受けられる。

  「やっぱ、ジュニア君の相方はあいつしかいなかったな」

  カメラのシャッターを切りながら、ライアンは満足げに微笑んだ。