バーナビーが虎徹の目の前でパソコンを起動させる。
バーナビーの私物のパソコンを覗き込みながら、虎徹は少しばかりドキドキしながら、事の成り行きを見守っていた。
数日前からバーナビーの様子が少しおかしかった。ヒーロー事業部で目を合わせるたびに何かもの言いたげな視線が虎徹に向けられていたが、結局何も言わずに去っていく。
虎徹がさぼっていても何も言わずにいるのだから、おかしいと直ぐに気付いたが、バーナビーが何も言わないので虎徹も何も聞かない。
そんなこんなで微妙な関係(ヒーローの出動中のコンビネーションは最高)が続いていたが、今日漸く終業後にバーナビーが虎徹を呼び止めて、話があるから家に来てほしいとのたまったのだ。
漸く秘密を教えてくれる気になったのだと思えば嬉しくないはずがない。それがどんな内容か全然予想が付かないので、かなりドキドキしているのだが、虎徹はできる限り平常心を装った。最も、バーナビーに言わせれば「分かりやすいんです、全部顔に出てますよ、虎徹さん」と言ったところだろうが、今のところ何も言ってこない。
ただ、夕食を食べて、バーナビーが炒飯に合うと持ってきてくれたワインを頂いて、一息ついたところで漸くバーナビーは本題――本作業に取り掛かった。
パソコンを付け、バーナビーはいかにも重い口を開くかのごとく、静かに切り出した。
「これは、今、噂のフリーゲームなんですが……」
デスクトップにあったアイコンをダブルクリックし(管理人のパソコン知識の為、M○cではなくWind○ws仕様です)、ソフトを起動した。
直ぐにゲームのメニューが表示された。ピンク色を背景にして数人の影絵が浮かび上がり、タイトルが表示されていた。
「ん? セーエーガクエン恋愛事情?」
タイトル画面に表示されたタイトルは【星英学園恋愛事情】。少なくともバーナビーにも虎徹にも縁がなさそうなゲームタイトルに虎徹は思わずバーナビーを見た。
「そんな目で見ないでください」
目を丸くしてバーナビーを見る虎徹に、バーナビーが深いため息を吐く。
「少なくとも僕だって必要でなければ女の子向きの恋愛ゲームなんてやりませんよ」
恐らく虎徹が「これ、お前の趣味?」と聞こうとしているのを視線だけで察知したのだろう。
虎徹が口を開く前にバーナビーは深いため息とともに説明し始めた。
「これはフリーソフト……つまり無料で誰でも遊べるソフ……ゲームだと思ってください。今は既に大本のサイトは厳重注意を受けて閉鎖しているんですが、今でも無断でアップし続けている人たちがいるらしく、忠告して閉鎖され、他のところでアップされ、というのが繰り返されて……これはもう、作った本人の手から離れているからどうしようもないんだと思うんですが……これ一本だけならまだ誤魔化せると判断され、取りあえず作り手には第二段は作らないでもらうための手を打っておこう……ということになりました。実際、出来はいいんです。出来は……」
何故バーナビーがこんなことを言うのか虎徹にはわからない。
なんとなくプライベートな話ではなく、仕事のようだが、何故バーナビーが虎徹に言いにくそうにしているのか虎徹にはさっぱりと分からないでいた。
だが、この目の前のゲームが最近バーナビーを不審な行動に駆り立てていたのは間違いない。
更にいえば、虎徹に何か言いたそうにしていた内容も目の前のものが原因であることは……恐らくほぼ間違いないだろう。
虎徹は黙ってバーナビーの説明に耳を傾け、ゲームに集中しようとして、一瞬で崩れ去った。
「う、牛ぃ?」
ゲーム画面に現れたのは、明らかにアントニオ・ロペスだった。
冬服のTシャツに皮のジャケットでも、春服の西洋チックな服でもなく、むしろトレーニングセンターで着ているようなジャージ姿で、ロックバイソンではなく、素顔の方だった。
「ちょっ、バ、バ、バニ、バニィ?」
「彼は岩田牛男と言って、家庭科の教師です。いつもジャージ姿でいるんですが、料理の時はこの姿にエプロンですね」
「え? ちょ、ちょっと待て! なんだこれ?」
虎徹が焦るのも無理はない。
今までヒーローをモチーフにした二次創作的な紛い物は数多く見てきたが、素顔のヒーローが出てきてるものはまずない。否、バーナビーと……マーベリック事件以降、虎徹もだが、二人の素顔以外が出てくる紛い物……本製品であっても、ヒーローが顔出ししていない以上、ありえない。
「……驚くのは、まだ早いですよ。このゲームは主人公が父親の務める学校に通って、父親の妨害を潜り抜けて彼氏を作るというゲームなんです。見ての通り、出てくるキャラクターがヒーローの素顔ではないかと噂になっています。主人公目線で話が進むため、主人公自体は絵すらありません。本来なら主人公=自分なので自分の名前を入力してプレイするんですが、デフォルト名でゲームを進めるとヒーローそっくりの声で名前を呼びかけてくれるというのも噂になっている一因ですね」
バーナビーがさっさとマウスを動かし、次のキャラクターを表示……この場合、遭遇させていく。
「なっ! スカイハイっ」
爽やかな青年が『さぁ、今日も元気に体を動かそう。そして、心から楽しもうじゃないか』と言っている。
「彼は体育教師の高居空(たかいそら)です」
「明らかに名前と顔が合ってねぇじゃねぇかっ!」
「まぁ、それはゲームですから」
バーナビーが苦笑して、また別のキャラに主人公を遭遇させた。
『あら? 今日は何の用かしら? 生憎と保健室は今満員よ。怪我ならアタシが……あら? やだ。あなただったの。ごめんなさい。怪我……じゃなさそうね。何の用事? お茶でもしてゆっくり語り合いましょう』
高いヒールを履き、白衣を着た美人のおねぇ……。
「ファイヤーエンブレム……」
「ですね。彼は……」
「言わなくても分かるって。保健の先生な」
「えぇ。名前は紋白蝶炎(もんしろちょうえん)……」
「モンシロチョウぉ? むしろ盲腸炎……」
何というか、何とも言えない雰囲気の中、ゲームは進み、ウェーブのかかったロングの金髪の少女が現れた。
『あっ……やだ。ここにいたの? 探しちゃったよ。ほら、今日の放課後勉強教えてあげるって言ったでしょ? あなたの予定、大丈夫?』
「彼女は野薔薇碧(のばらあおい)。生徒会長で、主人公の頼れる一つ上の先輩というスタンスです」
『あれ~? なんで生徒会長も一緒なの? ねぇ? 僕、お腹空いちゃったんだけど……』
一見すると男の子のようだが、直前に現れた少女と同じ制服姿の為、女生徒だと判断できる。
『ねぇ、これから三人でお茶に行かない?』
『あら? なら、ここで女子会をしましょう? 美味しいケーキもあるわよぉ』
主人公を囲んで三人の女性が次々に情報をくれる。
たとえば高居空は犬の散歩をかかさないとか、例えば紋白蝶は岩田を狙っているとか……。
「おいおい……どっから、そんな情報仕入れたんだ……」
虎徹が青くなるくらい、ヒーローたちの実情に近い情報を乙女たちは主人公に提供してくれる。
白熱する情報提供の途中で、控えめな声がテロップで表示され始めた。
『あの……』
『すいません……』
『ちょ、ちょっとだけ、いいですか?』
主人公が気付いて後ろを振り返る、という選択肢を選ぶと、後ろには前髪が凄く長い美少年が立っていた。
『折紙先輩っ』
『サイって呼んでください……』
「折紙彩(おりがみあや)先輩です。卒業生で母校に来たら主人公に出会ったという設定です。アヤではなく囲碁の漫画に出てきた凄い幽霊に彩かって『サイ』と呼んで欲しいと……」
「明らかに折紙じゃねぇか……」
「ですね」
ゲーム上でストーリーはさくさく進み、一人で下校しようとしている主人公に声がかけられる。
『お嬢ちゃん、悪いけど理事長呼んできてくんねぇ?』
金ぴかで金ぴかで……
「彼はライ・スミスと言って……」
「あ~……もう、なんかさ、どうでもいいんだけど?」
虎徹が遠い目をしながら、それでもゲーム画面をしっかり見ている。
「そういや、俺たちが出て来てねぇじゃん」
「もうそろそろ出ますよ」
バーナビーの声にこたえるかのように、声がかけられた…・・・ というテロップが流れた。
『俺の娘から離れろっ!』
期待を込めて、虎徹が目をキラキラさせた瞬間、虎徹はダメージを受けた。
主人公の視線の先……そこには手がんなに軍手、ジャージに麦わら帽子という……明らかに用務員のおじさん風の虎徹が立っていた。
「うううううううう……」
「こ、虎徹さん、こ、これで終わりじゃありませんからっ」
バーナビーが慰めるが、ダメージを受けた虎徹には通じない。
用務員風虎徹が現れた直後に学級担任というスタンスのバーナビーが颯爽と現れ、主人公の危機を救ったというシチュエーションも虎徹にダメージを与えていた。
「こ、虎徹さんっ。そろそろエンディングですからっ!」
バーナビーの焦った声に、虎徹は漸く顔を上げてモニタを見た。
そこには桜が舞い散る中、卒業を迎えるシーンだった。
主人公は導かれるまま、理事長室に向かい……そして
「今回は誰も落とさないハッピーエンドにしてみました」
理事長室の扉を開けると、そこには正装した虎徹が理事長の机のところに座っていた。
「楓ぇ、卒業おめっと~~~~~~ぉ」
シリアス顔は一瞬のうちに、娘を認識した瞬間に消えた。
ゲームでは父親が実は理事長だったという驚き?の展開だが、それを億尾にも出さずに悪態をつく主人公の姿が「楓」「楓」「楓」という音をBGMに聞こえてきた。
「これ、煩くね? さっきまでBGMだけ……」
虎徹の脳裏に先ほどバーナビーが言った言葉がよみがえってきた。
――デフォルト名を入れると……
ギギギギギギと機械のような音を立てながらバーナビーを見る虎徹に、バーナビーは一つ首肯して、虎徹の疑問を肯定した。
「かえでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
後日、鏑木楓が提供したのはテスト中に答案用紙の裏に書いてしまったラクガキ(返却時に思いっきりクラスメートに見えるように持ってしまった)をもとにしたイラストと、ヒーローだろばれないように慌てて考えた偽名のみと判明した。
「私がバーナビー以外のヒーローのことそんなに知ってるわけないじゃんっ」
それはつまり、ヒーローの生態も、楓とヒーローたちの関係もバレバレだぞ☆ ということで。
お後がよろしいようで。尚、この話は続きません。