[chapter:プロローグ]
「おはよう、稲荷山くん!」
「おはよう、栗田くん!」
ケモノ界の埼玉県さいたま市大上区。朝の路上で、2匹の小学4年生が挨拶をした。
一方はシマリスの栗田 永雄くん。丸々と太っており、元気そうな見た目だ。
ふっくらとした頬に二重あご、肉付きの良い手足。シャツからは突き出たお腹が丸出しになっている。
もう一方はキタキツネの稲荷山 紺助くん。こちらも同じような体型だ。
間違いなく狐だが、その見た目は狸に近い。
「稲荷山くん、今日の朝ごはんは何だった?」
「ご飯と油揚げの味噌汁、それに卵焼きだよ。ご飯は3杯もおかわりしたんだ。」
「ぼくはバナナとホットケーキ!シロップをたっぷりかけて食べたよ。」
2匹は楽しそうに話しながら、ケモノ小学校埼玉校へ向かう。彼らは親友同士だ。
栗田くんと稲荷山くん。この2匹はどのようにして出会い、親友となったのだろうか。
時間をさかのぼり、その日を見てみよう。
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[chapter:引っ越してきた一家]
2008年4月初頭のある土曜日。大上区の住宅街に引っ越しセンターのトラックが止まっていた。
パンダとカンガルーの作業員が、新築の家に荷物を次々と搬入している。
「この本棚は、もう少し左の方に置いてください。」
作業員たちに指示を出すケモノは、シマリスの若い男性。ここに引っ越してきた家族の1匹だ。
2階の部屋には、彼の妻がいる。
彼女は微笑みながら、一番に運び入れてもらったベビーベッドを覗き込んでいる。
そこには、1歳になって間もないシマリスの男の子が寝ていた。まだ幼い栗田くんだ。
どんぐりが描かれた黄緑のシャツと白いよだれ掛け、おむつを着用している。
このシャツは1歳の誕生日プレゼントとしてもらった物の1つ。栗田くんはこの頃から丸々としていたが、シャツは体にフィットしておりお腹は覗いていない。
「さあ、永雄ちゃん。ここが新しい家よ。」
栗田くんは環境が変わった事に少し不思議そうだったが、大好きな母親がそばにいれば安心だった。
栗田夫妻は結婚してから、川獺市の安アパートに住んでいた。その市は妻の故郷でもある。
2007年に栗田くんが誕生し、家族となってからも1年ほどはそこで暮らした。
両親は一戸建てに住む事を夢見ており、十分なお金が貯まると理想の土地を探し始めた。
「この辺の住宅街なんかいいんじゃないか?幼稚園、小学校、中学校が徒歩圏内にあるし、少し移動すれば大きな駅やデパートなど、たいていの施設が揃ってる。」
「そうね。土地もちょうどいい値段だし、この辺りにしましょう。」
両親は隣の市であるさいたま市の大上区に土地を買い、そこに家を建てた。
栗田くんが1歳の誕生日を迎えて間もなく、家が完成。一家は引っ越してきた。
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荷物の搬入が終わり、作業員たちも帰った。室内にはすっかり家具が並び、家らしくなっている。
(住まいもずいぶんと広くなった。永雄もやっと広い部屋で遊べるようになったな。)
父親が部屋を見渡しながら思っていると、母親と栗田くんが2階から降りてきた。
「おお、永雄ちゃん久しぶり!自分で階段降りれるようになったんだね!」
「いいえ、私が抱いて降りたのよ。」
「なんだ、そうか…」
「でも永雄もだいぶ歩けるようになったんだから、階段ぐらいすぐ上り下りできるようになるわよ。
さて、引っ越し作業も終わったことだし、ご近所へ挨拶回りに行かない?」
「そうしたい所だが、俺は疲れたんだ。なにしろ朝から車を運転し、その後もいろいろやったからな…」
「それもそうね。食事にして、ゆっくり休んで、午後からみんなで行きましょう。」
引っ越したばかりで食べ物が少ないため、母親は宅配ピザを2枚注文。新居で初めて食べる物はピザとなった。
「んー、うまいなこれ!」
「永雄ちゃんもどうぞ。ピザおいしいわよ。」
栗田くんは母親にもらったピザを頬張り、満面の笑みを見せた。
「おいしい!ピザ、おいしい!」
「そうでしょ?永雄ちゃん。もっと食べたい?」
「うん!」
食事が終わると、両親はソファーで昼寝をした。
栗田くんは初めて食べたピザが気に入って4切れも食べたため、満足そうな表情を浮かべながら眠っている。
「永雄ちゃん、お腹ポンポンになっちゃったわね。」
微笑ましそうに言う母親。栗田くんのお腹は軽く膨らんでいた。
「この子も昔の私みたいになるのかしら…」
感慨深げに言う母親。彼女も高校時代までは太っていた。
栗田くんの食欲は、母親の血を引いているようだ。
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[chapter:挨拶回り]
昼寝から目覚め、全員元気を取り戻した。
「さて、そろそろ挨拶回りに行きましょうか。」
「そうしよう。近所のケモノに会っておかないとな。」
「可愛い永雄も見せられるわね。」
一家は挨拶回りに出かけた。最初に行った場所は向かいの家。
「はじめまして。向かいに越してきた栗田です。」
「これからよろしくお願いします。」
そこに住んでいる太ったモグラの老年男性は、挨拶を返した。
「こちらこそよろしくお願いします、栗田さん。
ああ、それにしても可愛いお子さんじゃのう!ずいぶん丸々としておるわい。」
母親は栗田くんを褒められたため、嬉しくなった。彼女は栗田くんを溺愛している。
「そうでしょ?うちの自慢の息子、永雄よ。やっぱり永雄は誰もが可愛いと思う子なのね!」
「おいおい、初対面の相手にそれはちょっと言い過ぎじゃないかな…まあ可愛いけど。」
父親は呆れ気味に笑った。
その後も数軒の家を周った。栗田くんは新しい景色に不思議そうな顔をしている。
「私たちにはまだ未知の領域だけど、そのうちお馴染みの場所になるのね…」
「そうだな。永雄にとってはここが故郷になるのか。」
会話を楽しみながら歩いていると、小さな公園を見つけた。
「あそこで一休みしないか?」
「そうね。ついでに永雄を公園デビューさせるわ。」
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[chapter:出会い]
公園に入ると、他にも1組の家族が来ていた。2匹の子供を連れたキタキツネの夫婦だ。
子供の1匹は栗田くんと同年代の男の子。太り具合もよく似ている。
もう1匹はまだ1歳にも満たない女の子で、母親に抱かれている。
夫婦がこちらを見たため、両親は挨拶をした。
「はじめまして、この近所に越してきた栗田です。」
「これからよろしくお願いします。」
キタキツネの夫婦も挨拶を返す。
「はじめまして、栗田家の皆さん。」
「私たちは稲荷山一家です。こちらこそよろしくお願いします。」
それから2組の家族はベンチに座り、話に花を咲かせた。挨拶回りをした中で同年代の子供がいる家族に出会ったのは初のため、親近感が湧いたからだ。
「稲荷山さんの所は、子供が2匹もいていいですね。」
「ええ、でも紺助はやんちゃですから毎日大変ですよ。万梨阿はまだ静かだけど、成長したらどうなるか…」
「うちの永雄も元気いっぱいです。大変な時もありますが、子供は元気が一番ですからね。」
その後の会話で、お互いの家が隣のブロック同士にある事も判明した。
「それなら会いに行きやすいですね。」
「ええ、同年代の子供を持つ者同士、お互いに仲良くしましょう。」
「子供たちも早速意気投合していますね。」
栗田くんと稲荷山くんは、ベンチの前で戯れている。栗田くんは同年代の子と遊ぶのも初めてだ。
まだ言葉はあまり話せないが、お互いのお腹やしっぽを触ったりして楽しそうに笑い声を上げている。
「あらあら、もうすっかり仲良しね。」
「早速お友達ができたわね。」
母親たちは微笑ましそうに言い、それから各自の子供に語りかけた。
「この子は紺助くんっていうのよ。」
「このリスの子は、永雄くんよ。」
名前を教えられると、子供たちは見つめ合いながら口にした。
「こん、すけ…こんすけくん!」
「ながおくん!」
お互いの名前がわかったのが嬉しいようで、名前を口にしながら体を触り合っている。
「こんすけくん!」
「ながおくん!」
「こんすけくん!」
「ながおくん!」
2匹は激しく触り合い、最終的に栗田くんが押し倒されてしまった。
しかし、けんかをしていたわけではない。ふざけ合っていただけであり、栗田くんも泣かなかった。
「まあ、まるで相撲みたいね。」
「紺助山の勝ち~!だな。」
「紺助は相撲の強い子になるのかしら?」
「だといいな。将来が楽しみだ。」
2組の親も、微笑ましげに言った。
「では、私たちはそろそろ帰ります。」
「本日はありがとうございました。またお会いしましょう。」
栗田一家は稲荷山一家に別れを告げた。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
「栗田さんたちと知り合えて良かったです。」
その声を聞きながら、栗田一家は帰っていった。
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[chapter:親友となった時]
「きかんしゃ、きかんしゃ、ぽっぽー!」
帰宅した栗田くんは、機関車のおもちゃで遊んでいた。
先頭に付いたひもを引きながら走り回っている。現在、彼が一番気に入っているおもちゃだ。
「永雄は疲れ知らずだな。俺たちはもう疲れたのに、あんなに走り回ってるよ…」
「あの小さな体には、体力が詰まっているのね。」
両親はソファーに座りながら、元気な息子を見つめている。
その時、栗田くんは急に足を止めるとつぶやいた。
「こんすけくん、いつかな…」
「紺助くんってあの狐の子か。『いつかな』とはどういう意味だろう?」
「次はいつ会えるか、気になるのね。」
栗田くんの真意を読み取った母親は、優しく語り掛けた。
「永雄ちゃん、紺助くんにはまたすぐに会えるわよ。近くに住んでいるからね。」
「また、あえるの?やったー!」
笑顔に戻った栗田くんを見て、母親は考えた。
(明日も永雄を公園に連れて行こうかしら。きっと稲荷山さんも来ていると思うわ。)
栗田一家は翌日も公園へ。すると稲荷山一家がもう来ていた。
「こんにちは、稲荷山さん。」
「またここで会えるなんて、偶然ですね!」
「ええ、昨日家に帰った後も紺助が『ながおくん、ながおくん…』って言ってたんですよ。きっとまた会いたかったようですね。」
「だからこうして今日も来てみたんです。栗田さんも来てくれて嬉しいですよ。」
親たちは会話に花を咲かせ、栗田くんと稲荷山くんもまた戯れ始めた。
「こんすけくん!」
「ながおくん!」
「こんすけくん、ともだち!」
「ながおくん、ともだち!」
2匹はお互いを友達として認識するようになっていた。
同時に両家の仲も深まり、家族ぐるみでの付き合いが始まった。
この瞬間だった。2匹の間に友情が生まれた時は…
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[chapter:それからの時]
仲良くなった栗田家と稲荷山家は、その後も交流を続けた。
栗田くんと稲荷山くんは毎日よく食べ、よく遊び、よく眠った。それによって体重は増え、お腹は常に服から覗くようになった。
2匹で一緒に遊んだ事は数知れず。生後2年の時点で、2匹は数多くの楽しい思い出を作った。
2010年には幼稚園に入園。2013年にはケモノ小学校埼玉校に入学した。
そこでも新しい友達は大勢できたが、2匹の友情は変わらず、周囲の誰もが認める大親友になっていた。
2016年、4年生になった2匹は憧れの相撲部にようやく入部できた。そこで全力を尽くし、めきめきと力を付けていった。
その頃には、もう2匹の友情は誰にも破れない物となっていた。
2017年の幕開けと同時に、全世界でケモノの成長が止まり、死亡率も格段に下がった。
栗田くんと稲荷山くんも、それから4年生のままとなった。
そのような現象の元でも、2匹の友情は変わらない。
いつでもお互いを信じ、決してけんかをする事もなく、どちらかが困っていたら助ける。まさに理想的な友情だ。
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「わあ、栗田くんいい物食べてるね!ぼくも朝からホットケーキを食べてみたいな。」
「卵焼きもおいしそうだね。ふわふわの卵は最高だよね!」
2匹は今朝も楽しく会話しながら、ケモノ小学校埼玉校へと向かった。
彼らの友情は今も続いている。きっとこれからも、末永く続いていく事だろう。
[chapter:おしまい]