第11話「大上区は雪の中」

  [chapter:明日は雪]

  ここはケモノ界のさいたま市大上区。

  2月のある夜、キタキツネの稲荷山一家は天気予報を見ていた。

  「本日深夜から明日の午前中にかけて、関東地方において雪が降るでしょう。」

  太ったアライグマの気象予報士が、地図をバックに語る。

  「へえ、そうなんだ!」

  「いっぱい遊ぼうね!」

  稲荷山 紺助くん(太った4年生)と妹の稲荷山 万梨阿ちゃん(3年生)は喜んだ。

  「良かったわね。私は雪かきね…」

  母親は微笑んでいたが、雪かきについて考えると少し気が滅入った。

  稲荷山くんと万梨阿ちゃんが寝静まった後で、雪が町を覆い始めた。

  [newpage]

  [chapter:雪の降る朝]

  翌朝7時、稲荷山くんは布団の中で目覚めた。

  寝ぼけまなこで起き上がり、カーテンを開ける。その途端、彼は完全に目覚めた。

  「わあ、雪だ!」

  外は雪が積もり、一面が白く染まっていた。雪はまだ降り続いている。

  「万梨阿、起きろ!起きるんだ!」

  「お兄ちゃん、いったい何…」

  「外を見ろ!すごいぞ!」

  万梨阿ちゃんも外を見た瞬間、完全に目覚めた。

  「わあ、すごい…まるでまだ夢を見ているみたい!」

  「万梨阿、今日はたくさん遊ぼう!」

  「学校があるから、20分休みにね!」

  2匹は洗顔や着替えなどを済ませて1階に下りた。母親が朝食を準備している。

  「お母さん、おはよう。」

  「紺助、万梨阿、おはよう。」

  メニューはご飯とみそ汁、オーブンでカリカリに焼いた油揚げ、暖かいお茶。

  「ああ、体の芯から温まる…」

  「ほんとだね、お兄ちゃん!」

  「ごちそうさま!」

  食べ終わった2匹はランドセルを背負い、傘を差して玄関を出た。

  「それじゃ、行ってきまーす!」

  「行ってらっしゃい。」

  2匹は普段と同じ服を着ている。狐を始めとする多くのケモノには毛皮があるため、コートやマフラーを着ける必要はない。

  「お兄ちゃん、どの家も真っ白だね!」

  「砂糖がかかったみたいだ!」

  冷たい風が吹く中、2匹は学校へ向かった。

  登校時間のため、大勢の児童が歩いている。前述通り、多くの種族は普段と変わらない服装だ。

  太ったサイの来野 雄吾くん(3年生)はマフラーや手袋、腹巻を着用している。毛皮のない種族のため、冬場は厚着が欠かせない。

  埼玉は雪があまり降らない地域。その点はケモノ界でも同様だ。

  児童たちは雪に見とれたり、はしゃぎながら歩いている。

  その一方で道が凍っているため、肥満度の高い児童はかなり遅い足取りで歩いていた。突き出たお腹で足元が確認できないため、滑らないように気をつけなければならない。

  「ああっ!」

  キタキツネの近藤 四楠くん(6年生)は学校一の肥満児。足を滑らせ転んでしまった。

  しかし脂肪の詰まったお腹がクッションになったため、ダメージは受けなかった。

  「助かった…でも起きられないよー!誰か助けてー!」

  [newpage]

  [chapter:みんなで雪合戦]

  ケモノ小学校埼玉校に着くと、校庭では大勢の児童が雪遊びを楽しんでいた。雪合戦に励んだり、雪に寝転んで体の型をつけている。

  「ぼくたちもやろうよ!」

  稲荷山くん、万梨阿ちゃん、太ったシマリスの栗田 永雄くん(彼のクラスメイト)も、ランドセルを背負ったまま雪合戦に参加した。

  「ねえ、入れてー!」

  「お、栗田たちか。もちろんいいぜ!」

  稲荷山くんが話しかけた相手は、虎の島田 大河くん。狼の大木 上くん、狸の原田 本太くん、ビーバーの林 海里くんと共に雪合戦の最中だ。

  4頭とも相撲部所属の6年生。かなり太っているが、脂肪のみならず筋肉も身にまとっている。

  見た目は鈍重な印象を与えるが、相撲に必要な俊敏さを生かして雪合戦を楽しんでいる。

  「それっ!」

  島田くんの雪玉が、万梨阿ちゃんの顔に当たった。

  「ぼくの妹に何をする!」

  稲荷山くんが雪玉を投げると、島田くんの出べそに当たった。

  「ぐっ…へそが冷たいぜ…

  おい林、俺のへそに雪が詰まってないか?自分じゃ手が届かないから取ってくれ。」

  「わかった、島田くん。」

  林くんは出べそに指を入れ、雪を取った。

  「んっ、気持ちいいぜ…」

  雪合戦を楽しんでいると、放送が流れた。

  「あと5分で朝の会が始まります。すぐに教室へ戻ってください。」

  児童たちはそれに従った。

  4年1組の教室では、ハツカネズミの森口 美樹先生が話している。

  「皆さん、おはようございます。」

  「おはようございます。」

  「今日は珍しく雪が降りました。この辺りでは滅多にない事ですから、今日の休み時間はできるだけ外で遊びましょう。

  でも午後には晴れるみたいだから、20分休みの方が楽しめますよ。」

  「はい、わかりました!」

  「先生が遊びを勧めるなんて珍しいね!」

  当然だが、雪の日も授業は通常通りだ。

  1時間目は国語。先生が指示した順に、児童たちが教科書を読んでいく。

  「はい、次は稲荷山くん。」

  彼はすらすらと教科書を読んだ。

  「よくできました。次は鼬川さん。」

  しかし、イタチの鼬川 卯井是瑠ちゃん(肥満体)は窓の外を眺めている。

  「鼬川さん、あなたの番ですよ。」

  「え、あたいの?仕方ないわね…この雪景色をずっと見ていたいのに…」

  卯井是瑠ちゃんはしぶしぶ教科書を読んだ。普段は下品でわがままな彼女も見とれるほど、美しい景色だった。

  [newpage]

  [chapter:校庭は雪の楽園]

  2時間目も終わり、20分休みが来た。

  チャイムと同時に児童たちは教室を飛び出し、校庭へ。

  「さあ、雪で遊ぶぞ!」

  「いっぱい遊ぶわ!」

  「滅多にない事だから楽しもう!」

  たちまち校庭は児童で埋め尽くされた。

  「誰かぼくたちと雪合戦しませんか~?」

  栗田くんと稲荷山くんは対戦相手を探し始めた。

  「お兄ちゃん、遊んで遊んで!」

  狸と象の男の子(共に1年生)が話しかけてきた。

  この2頭も太っており、お腹が服から覗いている。狸のお腹は丸出しだが、象は腹巻を着けている。

  「もちろん。せっかくの雪だから一緒に遊ぼう!」

  「普段遊べない相手と遊ぶチャンスにもなるからね。」

  「わーい!やったー!」

  「早速始めよう!」

  「稲荷山くん、あんなに喜んでくれて良かったね。」

  「そうだね。さあ、スタート!」

  1年生対4年生の雪合戦が始まった。

  狸が雪玉を作り、象が鼻先で投げる。

  稲荷山くんが雪玉を作り、栗田くんが投げる。

  連携プレイ同士による雪合戦は白熱した。

  他の場所でも様々な事が起きている。

  ホッキョクギツネの雪見カトリーヌ理沙ちゃん(4年2組所属)は、雪に見とれていた。

  (ああ、なんて美しいのかしら…寒い地方生まれの種族にとっては最高ですわ。

  真っ白な雪と真っ白なホッキョクギツネ。よく似合う組み合わせですわね…)

  テンの柴田 貂助くん(こちらも4年2組所属)はいたずらっ子。今日も児童たちに雪玉をぶつけて楽しんでいる。

  「それ!喰らえ!」

  雪玉が来野くんの顔とお腹に当たった。

  「うわ、冷たいっ!よくもやったな!」

  来野くんも雪玉を作って投げ返すが、スマートですばしっこい柴田くんは軽々とよける。

  「さあ、当てられるもんなら当ててみな!」

  来野くんを見ながら逃げるが、そのせいで前方不注意となっていた。

  「ぼくはすばしっこいから当てられないだろう…ああっ!」

  目の前に木が生えている。よける暇はなく、幹でしたたかに頭を打った。

  「いたずら…するんじゃ…なかった…」

  彼は倒れ、意識を失った。

  栗田くんたちは、雪合戦で疲れた体を休めていた。

  「ああ、楽しかった…」

  「どっちが勝ったかわからないけど、楽しかったからいいよね。」

  その時、放送が流れた。

  「あと5分で3時間目が始まります。教室に戻ってください。」

  児童たちは急いで昇降口へ。柴田くんも意識を取り戻し、教室に戻った。

  [newpage]

  [chapter:雪に覆われた街]

  こちらは大上駅周辺。西口のビル街も雪をかぶっているが、営業は平常通りだ。

  路面が凍結したペデストリアンデッキでは、カワウソの青年が転んでしまった。彼は相当な肥満体だ。

  「す、すみません!誰か起こしてくださーい!」

  通りかかったスマートな黒猫の女性に助けを借り、起き上がる事ができた。

  「ぐっ…重いわ…」

  「すみませんね、私は食べるのが大好きなんですよ…だから気づけばこんな体になってたんです。」

  「それでよく歩けるのね…」

  ビルの谷間に造られた公園では、ライオンの男の子と虎の女の子(共に2歳)が雪の中ではしゃいでいる。母親たちはそれを微笑ましそうに眺めている。

  「本当に楽しそうね。」

  「うちの子、雪遊びはこれが初めてなの。」

  「滅多に降らないからね。」

  東口のフード・キャッスル(城を模した食べ放題レストラン)は幻想的な雰囲気だ。尖塔や屋根が白く染まり、粉砂糖をかけたケーキに見える。

  その反面、店内は暖かさとチョコレートの香りに満ちていた。現在はバレンタインのイベント「チョコレート・フェスティバル」が開催中だ。

  目玉の特大チョコレートファウンテンには、長蛇の列ができている。

  [newpage]

  [chapter:溶け始めた雪]

  ケモノ小学校埼玉校で給食が始まった頃、雲間から太陽が顔を出した。

  日光が雪に反射して、校庭がキラキラと輝いている。

  クリームシチューを頬張っていた稲荷山くんは、何気なく校庭を見て目をつぶった。

  「うわ、まぶしいっ!」

  その声で栗田くんも気が付いた。

  「晴れてきたね。この分だと夕方には結構溶けてるかも。」

  雪は溶け続け、いつの間にか青空も見えていた。

  昼休みには校庭の土が見え始めていたが、児童たちは残った雪で遊んだ。少しでも長く楽しみたいようだ。

  住宅街では、雪かきが始まった。

  稲荷山家の母親はスコップを持ち、自宅周辺の雪かきをした。

  (雪が柔らかくなってきたから、結構やりやすいわ。紺助と万梨阿が帰るまでに、家の前は開けないと…)

  隣のブロックに住む栗田くんの母親も同様だった。

  「おや、栗田さんも雪かきですか?」

  向かいに住む太った老モグラが話しかけてきた。彼もスコップを持っている。

  「はい、そうです。」

  「埼玉で雪が降るのは久々ですね。私は子供の頃東北に住んでいたので、この時期は毎日雪を楽しんでいました。

  子供は雪遊びができて良かったですが、成獣の皆さんは大変だったでしょうね…」

  「今ならわかる苦労ですね。」

  2匹は話に花を咲かせた。

  [newpage]

  [chapter:部活動]

  ケモノ小学校埼玉校では、部活動の時間になった。

  こちらは相撲部。栗田くんと稲荷山くんが土俵で組み合っている間、休憩中の部員は雑談を楽しんでいた。

  うさぎの宇佐山 楽美斗くん(5年生)が言う。

  「ぼくが小さかった頃の雪の日、お母さんが雪でぼくを作ってくれたんだ。そしてぼくはそれと一緒に写真を撮ったんだ。」

  イタチの板山 太一くん(5年生)が返した。

  「素敵な話だね。」

  「だから、それが溶けてしまったときは号泣したんだよ…」

  「小さい頃は誰でも可愛いね。」

  家庭科室では、調理部がホットケーキを焼いている。

  「おいしそうに焼けたわ!」

  セントバーナードの乾 奈々ちゃん(6年生、部長)は得意げだ。

  「奈々ちゃん、上手だね!」

  柴犬の古川 明子ちゃん(5年生)が褒める。

  「おいしそうだなあ…もうよだれが止まらないよ…」

  近藤くんは早く食べたいようだ。食べる事が目的で入部したため、毎回この時間を楽しみにしている。

  肥満児の彼がまともにできる事は、卵の片手割りぐらいだ。

  部活動も終わり、全児童の下校時刻が来た。

  栗田くんと稲荷山くんは、夕日に照らされながら家へ向かった。雪がだいぶ溶け、住民たちが雪かきをしてくれたおかげで歩きやすい。

  「ねえ稲荷山くん、幼稚園年中の時に雪で遊んだの覚えてる?」

  「ああ、覚えてるよ。栗田くんが凍った雪で転んで、頭を打ってすごく泣いてたのを。」

  「ああ、あれか。あの時のぼくはちょっとしたことでよく泣いてたっけ…でももうほとんど泣かなくなったよ。」

  「成長したね、栗田くん。」

  そのうち分かれ道に出た。

  「栗田くん、また明日ね!」

  「稲荷山くん、バイバイ!」

  [newpage]

  [chapter:暖かいおやつ]

  稲荷山くんが帰宅すると、万梨阿ちゃんが出迎えてくれた。

  「お帰り、お兄ちゃん。おやつはホットケーキ3枚だよ!

  調理部で作るって誰かが言ってたから、私も作ってみたんだ。」

  「ホットケーキ?しかも3枚!ありがとう!

  何を付けて食べようかな。バター?はちみつ?チョコレートもいいな。」

  手洗いとうがいを済ませてテーブルに行くと、ホットケーキが3枚用意されていた。

  「電子レンジで温めたよ!」

  「万梨阿、ありがとう。気が利くね。」

  「お兄ちゃんのためなら、なんだってするよ!」

  「嬉しいね。こんな妹を持って幸せだよ。」

  稲荷山くんは自分で用意したココアを飲み、ホットケーキを堪能した。

  1枚目はチョコレートシロップ、2枚目ははちみつ、3枚目はココナッツオイルバターを塗った。

  (ああ、甘い物は最高だ!ぼくはこれと油揚げのために生きていると言っても過言じゃないよ。)

  後片付けが済むと、普段通りに宿題を始めた。

  (漢字の書き取りなんて簡単簡単!まあ4年生3周目ももうすぐ終わるから当然か。)

  空は暗くなりかけ、星が見え始めた。

  屋根に積もった雪は半分ほど溶け、普段の風景に戻り始めている。まるで夢が終わりかけたようだ。

  [newpage]

  [chapter:稲荷山家の夜]

  「紺助、万梨阿、ただいまー!」

  「お帰り!」

  スーパーマーケットで働く母親が帰宅したため、夕食が始まった。

  今日のメニューは刺身、天ぷら、おにぎり。稲荷山くんには稲荷寿司、万梨阿ちゃんには赤飯も出された。どれも売れ残った食品だ。

  「ああ、どれもおいしい…お母さん、いつもありがとう!」

  「今日はデザートももらってきたわ!ケーキが2切れずつよ!」

  「ケーキ?やったー!」

  3匹は夕食を楽しんだ。

  「ごちそうさま。ああ、お腹いっぱい!」

  「私はまだいけるけど、腹八分目にしなくちゃ。」

  食事を終えた稲荷山くんと万梨阿ちゃんは、リビングのソファーでくつろいでいる。

  テレビでは天気予報が流れていた。昨日のアライグマが語っている。

  「明日の関東地方は、気持ちの良い快晴になるでしょう。」

  [chapter:おしまい]