第10話 独房に監禁されるイチ 虜囚イチ救出作戦 2

  「せいぜい、次の尋問まで身体を休めておけ」

  2人の兵士に脇をかかえられ運ばれたイチは独房の床に乱暴に投げ捨てられた。激しい尋問のダメージで喘ぐ気力さえなくイチは冷たい床に転がった。

  独房は窓ひとつない煉瓦で固められた狭い部屋で、簡素な木組みの寝台に毛布が敷かれている他は排泄のための汲み取り式便所くらいしかなく酷く臭う。

  この時期のバルティゴ都市国家連邦は冬が近づき寒さが容赦なく襲う。

  イチは床を這いずりなんとか寝台の毛布を引っ張った。

  それだけでも身体中に痛みが走り、寝台に上がることすらできない。

  イチはなんとか毛布で身を包むとすすり泣いた。

  「どうして……どうしてこんな事に」

  列車を強奪し軍事基地に突っ込むよう仕掛けたのはブラックペタルスのエージェントでイチは無実でしかない。

  むしろイチと今は亡きテオドールのおかげで多くの乗客の命が救われたのである。

  かような仕打ちを受けるとはあんまりではないか。

  「帰りたい。スウィートバウムに帰りたい」

  そう言ってイチは涙をこぼし震えた。

  普段あれだけ気丈に振舞うイチがである。

  既に捕らえられた初日に酷く屈辱的な身体検査をさせられた。

  それに続いて先の尋問である。

  既に彼女の精神はズタズタに傷つけられている。

  それほど虜囚の身に落ちるという状況は肉体だけでなく精神を追い込むのだろう。

  あんまりである。

  あんまりではないか。

  何故、単なる冒険者の少女イチがかような仕打ちを受けなければならないのか?

  イチを基地襲撃事件の主犯と看做すのはどう考えても無理がある。

  しかしそれでも軍はイチに過酷な尋問を行った。

  それを語る為に、彼女を捕らえているバルティゴ国防軍の背景について書く必要があるだろう。

  ◆

  東側からの脅威がバルティゴ王国を存亡の危機に陥らせた魔王大戦時、オカピ王が王国解体を宣言しそれと同時にバルティゴ都市国家連邦が生まれた。

  歴史家によってオカピの王国解体宣言は見方が異なる。

  単に民の未来を考え国よりも民を選んだ賢王とする歴史家も多くいるが、筆者の視点では一時的に戦力を回復させた後、どんな形であれ終戦を迎えた後に再度権力を取り戻し外側の枠組みだけ変えて中身は元のバルティゴ王国となんら変わらないという状態に戻そうとしたのではないかと踏んでいる。

  たまげたのはバルティゴ王国軍である。

  突然に守るべき王国が霧散してしまったのだ。

  これについても王国軍中枢はあらかじめ知らされていたという説と、本当に突然知らされたという説があるが、どちらにせよ軍部のする事は決まっていた。

  戦争を終わらせ、権力を維持すること。

  それがどんな形に落ち着く事になろうとその思惑は変わらなかっただろう。

  しかし軍部にとって、恐らくはオカピ王にとっても想像だにしなかった事が起きる。

  勇者による魔王の討伐である。

  これは冒険者の即席軍である群狼隊の司令部が計画した秘密作戦によるものであるが、魔王国は歴史的に魔王を打ち倒した者は新たな魔王と成る伝統があったため恐らくこれは、国家の最高権力者を暗殺し相手国を完全に降伏させた歴史上唯一の例であろう。

  その後魔王国は完全に解体され、勇者は西側世界を救った英雄となった。

  軍はこれを受け組織の意思決定能力が完全に麻痺し、権力の復活を根底から崩された。

  問題は王なきバルティゴ都市国家連邦でいったい何者が国家を担うか、である。

  軍か? それはお話にならない。負け続きで戦争において目に見える戦果を残せなかった集団が権力を手にするのは全連邦が納得しない。

  オカピ王に再び権力を握らせるか? 彼は愛すべき王ではあったが、潔く歴史のページからは退いてもらうのが一番良い結末だろう。

  でなければ王国時代に王族や貴族であった者に任せるか? それではわざわざ王国を解体し全ての階級を水平にした意味がない。市民は許さないだろう。

  勇者しかいなかった。

  勇者に政治が出来るかどうかはわからない。しかし、全連邦の市民、ひいては軍部までもが渋々でも納得するのは魔王を打ち倒した勇者の他に見つからない。

  しかし勇者がバルティゴ都市国家連邦総督に就任した際、多くは「所詮形だけ」とどこか冷ややかな目で見ていた。

  結局は名ばかりの国家元首として担がれ、国政はしかるべき能力のある者が担うだろうと。

  が、勇者は人々の予想に反して恐るべき実行力でもって生まれたばかりのバルティゴ都市国家連邦の体制を作った。

  冒険者による冒険者のための国家などという気狂いじみた理念を持った大連邦が生まれたのはこの時からである。

  勇者がどのようにその誇大妄想めいた体制を現実に落とし込んだかを追って行くとあまりにも項が長くなる。

  とりあえず区切りよく結論だけを書くと、軍はバルティゴ都市国家連邦では憐れなまでに求心力を失った。

  軍は、冒険者を憎んでいる。

  ◆

  「時間だ。出ろ」

  翌日の昼前。3人の兵がイチの独房を訪れた。

  昨日イチを尋問にかけた3人だ。

  結局イチは寒さと身体の痛みにろくに眠る事さえできず、ろくに体力を回復できていない。

  朝食に固いパン、野菜の切れ端とくず肉が入ったスープが出されたがとてもイチの腹を満たせるものではない。

  「もう、許してくれ……」

  思わずイチは許しを請うた。

  捕らえられて3日めにして既にイチの気力は挫かれ折れかけている。無理もない。18歳かそこらの少女が無実の罪で虜囚の身に落とされ尊厳と肉体をすり減らすような尋問にかけられているのだ。

  「自分の罪を認めたら考えてやる。今回は貴様の体調を鑑み、楽な尋問を用意してやった。ゆっくり楽しめ」

  制帽を被った尋問の責任者は一切笑わずイチに言い放った。

  本来、尋問を行うにも相手を壊してしまってはいけないので通常であれば十分に体力の回復を待ってから新たな尋問を加えるのだが、この時の尋問官はイチから自白を引き出す事を急いでいた。

  冒険者ギルドが事態に気が付いて、武力・法的な力を問わずイチを取り戻しに来ることを懸念していた為だろう。

  しかし、その焦りの原動力が冒険者に対する恨みである事は間違いない。

  「箱は好きか?」

  制帽の尋問官がそう言って僅かに嗜虐的な笑みを見せたのを、イチは無気力に怯えた目で見る事しかできなかった。