第8話 vs触手 触手なんて怖くない!7

  イチは闇に飲み込まれる前にガンベルトに括りつけた革のポーチから携帯マナライトを取り出し口にくわえた。

  これは魔法使いがマナを封じ込めた筒状の装置で、紐を引くと点灯し12時間は発光する。

  くわえたまま紐を引き抜くと、温かみのある光が周囲を照らした。

  帽子にはあらかじめこのマナライトを挿す為の輪を縫い付けてある。両手を自由にするためだ。

  視程で言えば30m先が辛うじて見える程度だが、あるとないとでは雲泥の差がある。

  _____安物じゃないんだがなぁ……。

  使い切ったマナライトは再度魔法使いにマナを込めてもらえば使えるのだが、それもタダではない。

  貧乏冒険者のイチにとっては痛い出費だが、もう洞窟に潜ると決めてしまったので仕方がない。

  冒険者の世界では装備をケチった者から死んでゆく。

  ちなみにイチの装備はだいたいいつも瑠璃色の冒険者用コートに下は太腿を大胆に見せた黒いショートパンツである。

  この時代の女冒険者は太腿の周囲に余計なものがないほうが足捌きが良くなるという迷信を信じているものが多かった。

  イチもその例に漏れていないようだ。

  腰にはガンベルトを巻き、積めるだけの弾丸を詰め、右腰のホルスターにはカーペイト社が生み出したカーペイト15式魔導回転式拳銃。そして左には愛用のナイフを挿している。

  靴は特注した牛革のブーツで、その気になれば大陸を一周さえできそうな頑丈さを感じさせる。このブーツにはつま先に金属製の突起があり、これにはちょっとした仕掛けがある。

  「冒険者になるなら最初にまず靴を作れ」とは彼女の師であるリャン・ハックマンがよく言っていた言葉だ。

  そして背負ったバックパックと腰のポーチには対ダンジョンスクイの為の色々な装備を必要最低限積み込んでいる。

  装備を整える事は冒険者の大切な仕事である。

  駆け出しの冒険者はろくに装備も吟味せずダンジョンに挑んで、そして死ぬ。

  _____なるほど。悪くない洞窟だ。

  足を地に着けたイチはまず周囲を見渡した。

  洞窟はそこそこの広さがあり、斜面もなだらかだ。

  ふと、壁面に先人が残した木製の地図版が貼り付けているのが目についた。

  簡素だがわかりやすい地図で、それを見るとこの洞窟はほとんど一本道、一部を除いて落石や滑落、狭隘な場所に挟まるなどの危険がなさそうに見える。確かにこういう洞窟であれば駆け出し冒険者や冒険に憧れる少年少女がちょっとした冒険気分を味わうには適しているように思える。

  しかし、

  _____コウモリの姿が見えない。

  こういう洞窟にはコウモリの存在が付き物なのだが、糞の臭いこそすれ鳴き声も羽ばたきさえも聞こえない。

  これはダンジョンスクイに住処を奪われ追い払われた事を意味する。

  ダンジョンスクイはこうしてまず洞窟に寄生し、女王が新たな群れを作るまで洞窟にやってきた動物を捕らえて餌や苗床にするのだ。

  _____この規模の洞窟なら最奥に女王、兵隊は10から20匹といったところか。

  ダンジョンスクイは社会性の生物で、雄は女王と群れを守るために存在しその命はほとんど使い捨てられる。

  特に兵隊は外敵を捕らえ女王の餌か孕み袋にする為に身体を発達させ、尚且つあまり食料を必要としないよう、2本の触手が生えているシンプルな形に進化した。

  幼体はぶよぶよとした大きな蛆虫のような生物で、これは戦闘力を持たないので特別警戒する必要はない。

  問題は女王と兵隊だ。

  兵隊は茸と蛆虫が融合したような胴体に2本の触手を持つ。

  女王は巨大な複眼のついた胴体に無数の触手を持つ(※1)。

  それらに捕らえられたら悲惨な末路を辿る事は避けられない。

  通常、触手と一対一で接近戦を行うには一流の剣士でもなければ勝てる見込みがないとされている。

  なにしろ他の生物を捕らえるのに特化した生物が音もなく高速で触手を伸ばしてくるのだ。

  腕利きの剣士であれば辛うじて触手を切り払う事ができないでもない。しかし、普通のガンマンでは単独で正面から触手と戦うなどという行為は常識を逸脱している。

  しかし行く先に何が待ち受けていようと、冒険者の依頼を受けたからには進むしかない。

  イチは地図を頭に叩き込み、カーペイト15式の撃鉄を起こし左手にはナイフを携えて歩みを進めた。

  _____ここらへんか。

  イチはゆるやかなS字を描いた空間を前にしている。ここに来るまでの道中に馬上で聞いた話では、スエッタが攫われた大体の場所が少し先にあるという。

  イチは大きく息を吸って、戦闘の覚悟を決めた。

  _____アインケル、行ってくれ。

  イチはバックパックを下すと中から円筒の竹籠を取り出すとその蓋を開けた。

  中からのそのそとした動きの中型のげっ歯類が頭を出した。皮膚は白く毛は殆どない。

  この生き物はダンジョンネズミという動物で、元々は洞窟などに生息するネズミの一種だが品種改良された種が冒険者に飼育されるようになった。

  というのも彼らは愚鈍な生物で、地面に降ろすとどこか隠れる場所を探して何も考えず真っすぐ走り出す。

  その為、トラップの検知やこういった場所に潜んでいる危険生物をおびき寄せるのに使われてきた。

  彼らは現代の戦争でも軍に調教された個体が埋められた地雷の発見などに利用されている。

  ダンジョンネズミのアインケルは洞窟の地面に降ろされると少し鼻をヒクヒクさせて周囲の様子を不思議そうに見回した後、やはり何も考えず真っすぐ走り始めた。

  走り始めて25mほど進んだ先で闇の中から6本の触手が伸びてきた。

  イチはそれを見た瞬間、カーペイトの引き金を絞り、ナイフの柄で撃鉄を叩きながら冗談かなにかのような速さで6発の弾丸を正確にそれぞれ触手の先端に叩き込んだ。

  ダンジョンスクイの兵隊は触手の先に熱源を探知する感覚器を持っており、そこさえ破壊すれば無力化できる。

  素直な文章で書くとイチがやった事は簡素に見えるが、実際は一流の剣士が振るう斬撃のような速度で伸びてくる被弾面積のごく僅かな触手の先端に銃弾を叩き込むのだ。殆ど現実的な動作ではない。

  _____3つ。

  イチは空になった弾倉に奇術師めいた速度で新たな銃弾を込めると、ネズミのアインケルが視程から外れないよう距離を詰め、再度アインケルを狙い伸びてきた触手を機械か何かのような正確さで撃ち落とした。

  _____5つ。

  しかし、一拍の間をおいて更に8 本の触手が伸ばされる。

  2本はアインケルに、もう6本はイチに。

  _____くそっ!

  流石のイチも自分の身を守るためにアインケルは見捨てるしかなかった。

  「ヂュッ」という短い悲鳴の後にアインケルは暗闇の奥に引きずられていった。

  そしてアインケルを捕らえた残った1本の触手がイチを捕らえようと伸ばされる。

  _____ちぃっ!

  カーペイトは既に弾倉が空だ。

  伸びてきた触手はイチの右腕に絡みつき、物凄い力で前腕を締め付けた。

  骨が軋むような鈍い痛みを感じイチは顔をしかめる。

  そのまま何もしないでいれば一瞬で奥へ引きずり込まれてしまうだろう。

  「馬鹿力め!」

  イチは即座に左手に力を込めナイフを一閃させ右腕に絡みついた触手を切り払った。

  感覚器を失った触手は粘液を吹き出しながら本体に戻ってゆく。

  「_____くそ」

  アインケルを失い弾倉も空になったがしかしイチは冷静さを失わず、一度新たな弾丸を装填しながら後退し周囲の状況を確認する。

  どうやらこの一帯に張っている兵隊は全て無力化したらしい。

  _____すまん、アインケル。

  イチはアインケルが引きずられていった方向に進み、アインケルを捕らえた兵隊を見つけるとナイフで本体を突き刺し絶命させた。

  アインケルは絡みつかれた時点で骨を砕かれ死んでいた。

  イチはアインケルの死体を回収しつつ嫌な事に気が付いた。

  入ってすぐのところで、こんなにまだ生きた兵隊がいるのだ。

  ダディスが無事に切り抜けたとは考えづらい。

  _____ふたりを見つけるのが、依頼だからな。

  しかしイチは後退など考えず、洞窟の奥を見据えた。

  たとい親子が既に事切れていたとしてもその生きた痕跡だけでも持ち帰る。ほとんどの場合、冒険者がダンジョンなどで遭難者の捜索依頼を受けた場合はそうする。

  イチもそれに倣い、更に待ち受ける困難のために改めて覚悟を決めるのであった。

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  (※1)

  ダンジョンスクイの女王は他の兵隊と違い巨大な眼球を持つ。

  これは兵隊と違い、ひとつの洞窟で十分に新たな群れを形成した場合か、或いは洞窟の環境が生息に適さなくなった場合に他の住処を探す為に地上に出る為、赤外線感知以外の感覚器官を必要とする為である。

  眼球が巨大になる理由は、長い洞窟の生活で視力の低下が免れないためそれを補う為である。

  (ここにダンジョンスクイの簡単なスケッチを残す。上が女王で、下が兵隊。女王は外部に露出した触手以外にも様々な職種を内部に隠している)

  

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