第8話 「前線に居ない者ほど、前線の事について口を出したがる」 触手なんて怖くない! 5

  「馬鹿な! 自分で何を言ってるかわかっているんですか?」

  アルバートは叫んだ。

  彼は思わずイチの瑠璃色のベレー帽にピン止めされている山猫のバッチを見た。

  山猫のバッチ……、リンクスとは言えきちんと階級章を持っている冒険者には違いなく昨日今日冒険者になった駆け出しではない。

  そのリンクスが、単身でダンジョンスクイの潜む洞窟に挑む無謀さに正気を疑っているのだ。

  「あんたこそ自分で言ったよな? 誰も受けない依頼は掲載できないって。だが、私が引き受ける」

  「しかしですね! まだ依頼を承認していませんし……」

  「ギルドの規則でも緊急の場合は未承認の依頼については事後承諾が認められているはずだぞ」

  「しかし……」

  アルバートは返す言葉を失った。

  通常、冒険者にギルドを仲介せず依頼を持ち掛けるのは認められていない。これは歴史上見ても奇妙な話だが、バルティゴ都市国家連邦の時代では冒険者ギルドを国家の象徴的組織としていたのでこのおかしな風習に疑問を持つ者はいなかった。

  しかしながら緊急時に於いてはその限りでないと冒険者ギルドの規則にも書かれている。

  「そうしたら私は急がせてもらう。少年、馬で来たんだろう?」

  イチは少年の身体に馬の臭いが残っているのと、状況からそう判断していた。

  「は、はい!」

  「ふたり乗れるか? 今すぐ出発するぞ。途中で装備を整える」

  その場を立ち去ろうとするイチを、しかしアルバートは引き留めた。

  「ちょっと待ってください!」

  「なんだ? 時間がないんだ。少年、先に馬の準備をしておけ」

  「はい!」

  アニスを先に行かせたイチにアルバートはカウンターの向こうから話した。

  「イチさん。あなたもご存じでしょうが、ダンジョンスクイが発生した洞窟は……」

  「焼き払うんだろう?」

  イチの言葉にアルバートは頷いた。頷いた瞬間、アルバートの薄くなりつつある頭髪から1本毛が落ちた。

  「こちらは急ぎ、魔法使いを含めた処理部隊を編成します」

  アルバートは万一イチがダンジョンスクイに捕らえられた場合、イチもまとめて焼き払うと言外に言っている。

  「いつ頃だ?」

  「明日の日の出までには」

  イチはコートの内ポケットから懐中時計を取り出した。現在、午後1時30分を過ぎている。タイムリミットは14時間ほどだろう。

  「わかった。最善を尽くす」

  アルバートはもっと何か言いたそうな顔をしていたが、イチは構わず背を向けギルドから出ようとした。

  しかし、出入口に近づいたところで他の冒険者が声をかけてくる。

  「あんた、本当に行く気かい?」

  その冒険者は先ほど大テーブルと仲間たちと話していた背の高い一部を茶色く染めた銀髪の女で、冒険者コートの襟に銀に輝く狼……ループスの階級章をつけていた。イチよりもひとつ上の階級のようで、そのたたずまいに実力を感じさせる。

  エルビアニカ・サーカッチという市街での調査能力に優れた女で、狼階級に留まっているがその実力は大烏……レイヴンに相当すると言われている。

  この女はやがてイチと何度も冒険を共にするのだが、今はお互いそんな未来など想像もしていなかっただろう。

  「そうだが、何か?」

  「ダンジョンスクイに捕まった女がどうなるか、知らないのかい?」

  触手類は他の生物の胎を借り卵を産み付けて子供を増やす。

  その為基本的に子宮を持つ性別が捕らえられた場合、酷く屈辱的で悲惨な目に遭う事は避けられない。

  巣を作らない徘徊性の触手類に捕まったのであればまだましだが、ダンジョンスクイのように巣に留まる種類に捕まった女は、身動きができないように四肢を拘束されたまま、自死すら選ず無理やり幼体を産まされ続け、たとい救出されたとしても心に深い傷を負ったまま多くの者が辛い一生を送ることになる。

  それを知っているエルビアニカは単に老婆心からイチにもう一度考えようとさせたのだろう。

  しかしながらイチはいい加減うんざりしていた。誰もかれも口を出すばかりで実際には何もしない。

  それならばいっそ黙っていてくれたほうがいいというものだと思ったのだろう。

  「前線に居ない者ほど、前線の事について口を出したがる」

  イチは思い出したように呟く。

  「なんだって?」

  エルビアニカはイチの物言いに腐すような調子を感じて眉をひそめた。

  「いや、なに、私の師匠とでも言うべき女の言葉さ」

  それだけ言ってイチは様子を見守る他の冒険者たちを後ろに残して冒険者ギルドを後にした。

  「やれやれ、行っちまった」

  エルビアニカはイチがドアの向こうに消えたのを見て、頭をかいた。イチの気持ちはわからないでもないが、彼女としてはお節介を承知で声をかけたのである。

  「ふん! 生意気な子。あんな子知ったこっちゃないわ」

  エルビアニカの仲間だろう、小さな金髪の少女が腕を組んで鼻を鳴らした。

  彼女はハーフエルフのタオ・メイメイ。

  ハーフエルフは人族などに比べて成長に3倍かかるので、彼女はこれでも34歳だ。

  彼女も未来にはイチの信頼する仲間になるのだがこの時タオ・メイメイはイチに反感しかなかった。

  「けどけど、もしシーナが行けたらダンジョンスクイぐらいバーンとドカーンとズバーンと退治できたって思うと歯が痒いです。あ、ズガーンって退治したらあの子のお父さんと妹さんもふっとんじゃいますかね? けどけど! シーナなら他の魔法できっと助けになれたのに!」

  魔法使いのマントを羽織った三つ編みの少女はシーナ・アハトゼヘル。スウィートバウムの冒険者で最もやかましい事で知られているが、彼女も未来ではイチの賑やかな仲間となる。

  「仕方ないさね。まさか受けてる依頼をすっぽかすわけにもいくまい」

  エルビアニカたちにはこの後他の仲間と合流し、彼女らは彼女らで危険生物駆除の依頼が入っている。

  誰一人欠かすわけにもいかなかった。

  もしそうでなければエルビアニカはイチの力になろうとしただろう。

  「まぁ、本来冒険者ってやつはああいう子のためにある商売さ。もっとも、この先も生きてたらの話だけどね」

  エルビアニカはそう言ってにぎった手の中でサイコロをふたつ転がした。彼女は博打好きで、サイコロを手の中でいじる癖がある。

  「1と6。こりゃまずい目だよ」

  バルティゴで行われるサイコロを使った丁半博打では1と6の出目は一番良くない数字であった。

  その出目が向こう見ずな若い少女冒険者の行く末を暗示しているようで、エルビアニカは顔をしかめるのだった。