8.違う手

  見学してから数回病室と、プレイルームに顔を出した。

  そして、今日第2次性専門のDomの先生とお試しでPlayをしてみる事になっている。

  「この部屋にいるよ。

  緊張しなくて大丈夫。

  プロの人だから」

  そう言って愛斗先生に見送られ、一先ずノックする。

  「どうぞ」

  そっと扉を開けると、イケメンが座っていた。

  (よく思うけど、この病院スタッフの顔面偏差値高くない?)

  「初めまして、貴和くんで合ってる?」

  「はぃ…」

  「僕は篠原といいます。

  怖がらなくて大丈夫だよ

  今日は基本だけで終わりにしようね」

  向かい合って椅子に座り、NG行為やセーフワード、Playのルール等を確認する。

  「ぇーっと、まずNGな行為はある?」

  「…縛られたり…後、蝋燭とか鞭は嫌です…

  あとは…暗いのとか…コーナータイムも…」

  「なるほど、拘束、SM、暗所、放置…

  じゃあ、次

  セーフワードはどうする?

  好きな物とか、逆に嫌いな物でもいいよ」

  「…ぇっと…… じゃあ…フルーツ…」

  「OK。セーフワードは“フルーツ”ね

  じゃ、今回のPlayについて説明するね

  今回のPlayは、基本的なCommandのみのお試し

  出来たらもちろん褒めるけど、出来なくてもお仕置きはしない

  貴和くんは初めてだから、まずは他人のCommandに慣れていくことから始めよう」

  篠原先生の説明や言葉に、頷く。

  「心の準備が出来たら、合図して」

  そう言って篠原先生は優しくこっちを見つめる。

  俺は胸に手を当てて、そっと深呼吸をした。

  「……出来ました。お願いします」

  俺の言葉に、篠原先生は小さく息を吐いた。

  「じゃ、立って」

  俺が立ち上がると、部屋の空気が変わった気がした。

  篠原先生の瞳にDomとしての熱が流れ込んでいるように見えた。

  「……“kneel.”」

  「っぁ…」

  久々のCommandに、崩れるように膝が折れる。

  「good.

  …“look”」

  「っ……」

  長く目を合わせるのが怖く、視線が泳ぐ。

  「“look”」

  Commandが、縛り付けるように強くなった気がした。

  それと同時に、違和感が不快感へ、そして吐き気へ変わる。

  「っ、ぅ……」

  顔を歪めて耐えていると、篠原先生が俺の頬に触った。

  瞬間…

  「っぐ…ぅ……おぇっ」

  その場に嘔吐する。

  篠原先生は直ぐにドアと窓を開け、外にいたらしい愛斗先生を呼んだ。

  「貴和くん、ごめんね

  大丈夫?」

  「黒木くん」

  俺の頭を撫でようとした篠原先生の手を弾き、睨み付ける。

  「……は…しな…」

  「え?」

  「…さんは、、んな…わり方…」

  「なぁに?」

  「っ千秋さんは、!

  そんな触り方しない!!」

  怒りに任せた俺の怒鳴り声に、篠原先生は困惑した顔をしたあと、申し訳なさそうに謝った。

  「…そうだね、ごめんね」

  その言葉に、ハッとする。

  「……ぁ、、ご、ごめんなさぃ…」

  きつく手を握り締めて頭を下げると、また少し吐き気がした。

  ずるずるとしゃがみ込み、肩で息をする。

  「全部吐いちゃっていいよ」

  篠原先生の言葉に、申し訳なく思いながら俺はドロリとした胃の中身を吐き出した。

  「……千秋さん…やっぱ、合わなかったよ…

  吐いちゃった……

  他人の手が、気持ち悪くて…篠原先生…Playに付き合ってくれた先生ね

  篠原先生が悪いんじゃないけど…でも……千秋さんじゃない……千秋さんがいい……ふ、ぇ……千秋さ……」

  話しながら泣き出した俺の頭を撫でてくれる手はない。

  涙を拭ってくれる人もいない。

  抱き締めてくれる人も、いない。

  存在はここにあるのに。

  貴方はここにいるのに。

  「目…覚ましてよぉ……」

  蛍光灯の無機質な明かりが照らす病室に、俺の泣き声が響いていた。

  続く