「……ん」
日の眩しさに目を開くと、白い布団が目に入った。
「……ぁぁ」
そうか。
思い出した。
ここは病院だ…。
身体を起こし、千秋さんの手を撫でる。
ピクリとも反応しないその手に、俺は昨日の出来事が夢じゃないと自覚せざるを得なかった。
「…ぁ、起きた?」
病室の入口から聞こえてきた声に、俺はそっちに視線を移した。
「さっき見に来たら寝てたから、少し時間を置いて来てみたんだ。」
そう言った医師は、昨日の人とは違った。
「自己紹介が遅れたね。
僕は今回神代さんの担当医になった、月守 愛斗といいます。
よろしくね」
少し疲れたように微笑んだ彼は、優しそうな人だった。
「……黒木…貴和です…」
軽く頭を下げて名前を言う。
「点滴の量だけ確認したいから、ごめんね
ちょっといい?」
俺の左横に点滴チューブを見つけて、俺は静かにその場からどいた。
「……君は…静かだね」
月守先生は優しく微笑む。
「……まだ、実感が湧かなくて…
寝てるだけに見える、から…」
そう言い、千秋さんの頬に触れた手は、小さく震えていた。
「…ゆっくり、受け入れていこう。
何かあれば相談して
また後で来るね」
そう言って月守先生は病室から出て行った。
「……」
今日も東京は騒がしい。
道を歩くサラリーマンや学生を目で追う。
千秋さんも、一昨日まで会社に行っていた。
俺も、学校に通っていた。
なのに…どうしてこんなにも簡単に幸せは崩れてしまうんだろうか…。
想像したこともなかった。
ある日突然大切な人が怪我をするなんて。
昏睡状態になるとか、事件に巻き込まれるとか…。
そんなこと…誰が分かるって言うんだよ…。
「…認めていくしか、ないのか…。」
俺は街並みから目を逸らし、千秋さんの横顔を見つめた。
「……ぁ、言ってなかった」
俺は千秋さんのそばに寄り、その頬にそっとキスをした。
「おはよう、千秋さん。」
貴方が毎朝、そうしてくれるように。
「黒木くん?」
月守先生に言われ、1階の売店で朝食を買っていたら、涼介さんに声を掛けられた。
今日は私服だ。
「ぁ、ぇと…おはよう、ございます…」
どうしたらいいか分からず、眉を下げてそう言うと、涼介さんは笑って答えた。
「はは、おはよう(笑)」
なぜ笑っているのか分からないが、こうしている間に、千秋さんが目を覚ましているかもしれない、なんて考えて、パンのコーナーに向き直る。
早く買って戻ろっと。
何が食べたいか自分に聞きながらパンを見ていた時、不意に千秋さんが好きだと言っていたパンを見つけた。
「………」
そのパンを手に取ると、千秋さんと、散歩がてらコンビニに行った時のことを思い出す。
『チョココロネ、メロンパン、ミルクフランス…
炭水化物祭りですね
というか、パン祭りか…』
千秋さんのカゴを覗いてそういった俺に、千秋さんは恥ずかしそうに笑って言った。
『ぇへへ…菓子パンって、魅力的じゃない?
小さい頃父に連れられてコンビニに行くと、必ず何か一つ、私の欲しいものを買ってくれたんだけど、私はいつも、棚の端から順番に菓子パンだけを選んで食べていたなぁ。
その中で、今でも1番好きなのが、メロンパンなんだ。』
あぁ、だから3種類もメロンパンが入っているのか。
その後家に帰って千秋さんとそれぞれの買ったものを食べたが、ふと横を見ると、幸せそうに微笑んでメロンパンを食べる千秋さんがいた。
俺は手に持ったメロンパンをカゴに入れると、レジで会計を済ませた。
涼介さんは売店の外で待っていたが、出てきた俺を見て、千秋さんの病室に行きたいと言った。
「千秋は、俺の数少ない友達なんだ。
まさかこんな事になると思わなかったけど…心配だから顔だけでも見ておきたくてね。」
「…なるほど…」
エレベーターに乗って5階を押す。
2人きりのエレベーターの中で、どちらも話さなかった。
小さな期待を込めて病室の扉を開けたが、千秋さんは眠っていた。
まぁ、そう簡単に目覚めないか…。
俺は机の上に自分の買ったものを並べていき、千秋さんの手の近くにメロンパンを置いた。
「…下で売ってたよ。」
もしかしたら、手が動いてメロンパンを掴むかも、なんて…馬鹿なことを考えながら、千秋さんの白い指先を見つめる。
「………急いじゃ、だめなんだよね……」
俺は震える手で千秋さんの手を握り、心の声から目を背けた。
そんな俺を、涼介さんは悲痛な面持ちで見つめていた。
続く