千秋さんとケーキ

  「貴和、今日子供の日だけど、何かしたい事ある?」

  千秋さんからそう声を掛けられたのは、朝ご飯の後のゆったりとした時間だった。

  今日は千秋さんも仕事がお休みで、俺も休日。

  家でゆっくりするのかと思っていた俺は、少しの間固まった。

  「……ぇっと…」

  特にやりたい事もなく、困っていると千秋さんはフフ、と笑う。

  その顔が、陽の光を受けて輝いていた。

  思わず無意識のうちに首を傾け、うっとりと見つめていると、千秋さんは口に軽く手を当てて笑うと、ちょんと俺の鼻先をつついた。

  「何見惚れてるの笑」

  照れたのかな。

  可愛い…。

  そう思ってますます見つめれば、千秋さんもじっと俺を見つめる。

  「……」

  「……/////」

  恥ずかしくなって視線を逸らせば、そっと顎を掴まれて…ソファーに倒れ込んでキスをした。

  「っん……ぁ……」

  「……可愛い…」

  千秋さんの熱を含む声が耳元で響く。

  自然と、ぴくんと腰が跳ねた。

  部屋にキスの音が響き渡っている気がして、俺は一層顔を赤らめる。

  それでも、酸欠でぼーっとする頭は、幸せだとボヤいていた。

  「……出掛けてもいいし、このままイチャイチャしててもいいし」

  千秋さんは唇を離して、余裕そうに首を傾げる。

  どうする?

  そう聞かれている気がして、俺は視線を外して考えた。

  このままイチャイチャしたら体力使い果たして寝ちゃうし、かと言って出掛けるのも……少し面倒だったりする。

  ……!

  「千秋さん、」

  「うん?」

  「……ケーキって、作ったことあります?」

  「 卵は常温にしておいた方がいいんだ」

  「切るように混ぜるの、こう…」

  「メレンゲは……」

  ……作ったことあんじゃねぇか。

  ※本人はないとは言ってません

  おまけに口が悪いです貴和

  凄く手際よくケーキ作りを手伝ってくれる千秋さんに、俺は驚きつつも楽しんで作っていた。

  ケーキを作っている千秋さんは心なしか、瞳を輝かせていて、その手つきはほぼプロだった。

  お菓子作りが好きなんだろうか。

  それとも、仕事でやっていたとか、?

  生地を焼いている間に、2人で片付けをして、休憩する。

  「千秋さん」

  「ん?」

  「…どうしてあんなにケーキ作り慣れてるんですか?」

  「……昔、仕事でやっていてね」

  「……なるほど」

  千秋さんの瞳が暗くなった気がして、聞きたかったことは聞けずに、気付いたらケーキは焼けていた。

  「あとは冷まして、飾り付けだね!」

  楽しそうな千秋さん。

  嬉しそうだ。

  もし、俺が聞いてしまったら、貴方は苦しみますか、

  貴方が苦しい思いをするなら、聞かない方が、いいのかな

  『どうして、辞めてしまったの』なんて…。

  冷ます間に、お昼寝でもしようと言う千秋さんの提案に、2人でベッドに寝転がる。

  千秋さんがそばにいる安心感から、うとうとと眠くなる。

  千秋さんは優しく俺の頭を撫でながら、何処か遠い目をしていた。

  さっきの事、考えてるのかな。

  ごめんね。

  貴方を、哀しませた気がして…

  頬に伸ばした手は、千秋さんの手に包まれた。

  僅かな寂しさを抱いて、俺は眠りについた。

  目が覚めると、隣で千秋さんが眠っていた。

  その髪をそっと撫でると、小さく呻いて、甘えるように擦り寄る。

  それがどうしようもないほど可愛くて、数分悶絶したのは内緒だ。

  そのままごろごろしていると、やがて千秋さんも目を覚まし、2人でケーキの飾り付けに入る。

  苺は洗ってヘタを取り、少し下を切る。

  半分に切ってお皿に乗せておく。

  他のフルーツもある程度の大きさに切り、水気を拭いて置いておく。

  ケーキにクリームを塗って、ハートを描いてみる。

  千秋さんも手伝って、2人で描いたハートは、とても整っていた。

  チョコペンで中心に、「千秋&貴和─2022.05.05─」と書き入れ、フルーツを盛り付けて完成だ。

  少しの間冷蔵庫で冷やし、夜ご飯の後に食べる。

  今日の夜ご飯はハンバーグ。

  俺も千秋さんも好きな料理だ。

  千秋さんが作ってくれたご飯は、ハンバーグの上に鯉のぼりの旗が立っていた。

  「っブフ……笑」

  思わず吹き出すと、千秋さんは少し拗ねたような顔になる。

  「何で笑うの

  わざわざ作ったんだからね〜」

  可愛い。

  「ほら、冷めないうちに食べよう。」

  『いただきます』

  基本的に食事は2人で食べる。

  忙しい時以外は、千秋さんは在宅ワークだし、千秋さんが気にしているのは、孤食だった。

  俺に寂しい思いをさせたくないらしい千秋さんは、食事だけはどんなに忙しくても俺ととるようにしていた。

  料理は必ずするし、片付けもしようとする。

  流石にそれは悪いからと俺が片付けをするようになったのは、もうかなり前からだ。

  2人とも食べ終わって、ケーキを持ってくる。

  千秋さんは俺に包丁を渡して、切ってごらんと促した。

  少し震える手でケーキを切り分け、千秋さんに差し出すと、この上ないほど幸せそうな顔で微笑んだ。

  「ありがとう、貴和。」

  「……千秋さん、」

  俺は思わず包丁を雑に置いて、千秋さんの元に駆け寄った。

  「ぅん?

  どうしたの?貴和」

  何も言わずに、千秋さんの頭を抱え込むように抱き締める。

  背中を、肩を、ただただ、擦る。

  大丈夫だと、伝えたくて。

  「貴和?どうし…「泣かないで…」

  震える声で呟いた言葉は、聞こえているだろうか。

  千秋さんに過去に何があったのかは知らない。

  何故、ケーキを作る仕事を辞めたのかも。

  だけど、きっと凄く悲しい、辛いことがあったのだろう。

  じゃなきゃ千秋さんが涙を流すわけがないんだ…。

  いつも俺を支えてくれる、強いはずの千秋さんが、あんなに悲しそうな顔で、泣く訳が……。

  「……たか、かず……ごめ……」

  「謝らないで…」

  「……私、、どうして……」

  掠れた声が部屋に響く。

  「……もう、忘れたはずだったのに……」

  何をしたい訳でもない。

  ただ、放っておいたら、触れていなければ、消えてしまう気がした。

  千秋さん。

  貴方はいつだって俺を安心させてくれるけど、俺は貴方を支えることが出来ていますか、?

  大人だからって、一人で立つ必要はないんだよ。

  誰かに甘えても、寄りかかっても、いいんだよ。

  いつも支えてくれている分、俺にも寄り添わせて。

  少しでも、貴方の明日が明るいものになれるように。

  貴方が、幸せでいられるように、、。

  千秋さんは、ゆっくり俺に仕事を辞めた理由を話してくれた。

  『…昔、自分でお店を開いていたんだ。

  小さなケーキ屋だったけど、沢山の人が来てくれて。

  誕生日のケーキとか、結婚式のケーキとか、色んな注文をもらってて、忙しかったけど、とても幸せだった。

  ケーキを受け取った時の、お客さんの笑顔がとても輝いて見えてね。

  それを見る為に、私はケーキを作っていた。』

  そんなある暑い日、1人の女の子がケーキを買いに来たという。

  お金を払ってもらってケーキを包む間、他愛もない会話をした。

  女の子は母親の誕生日に、サプライズでケーキをあげるんだと、嬉しそうに話してくれた。

  喜んでくれるかな…少し不安になった女の子に、千秋さんは言った。

  大丈夫だよ、そのケーキには、皆が笑顔になる魔法が入っているから。

  その女の子が出ていった後、キッチンに戻りかけた千秋さんは、大きな衝突音を聞いた。

  ドン!

  それが何故だか酷く耳について、千秋さんはお店を出て様子を見に行った。

  『……っ!』

  そこで見た光景を、千秋さんは一生忘れないと言った。

  ケーキを買った女の子は、数十m先の交差点で軽自動車に轢かれていた。

  自分のケーキに付いた赤が、目に焼き付いて離れず、その日から千秋さんのお店は静かに姿を消した。

  「……あの時、1人だからと送り届けてやれば…」

  「……」

  「……あの日、お店を休みにしていれば……」

  「……千秋さん…」

  「……ケーキが売り切れていれば……」

  「千秋さん……」

  「………私が……私のせいで……っ」

  「千秋さん、!」

  泣き崩れた千秋さんを、俺はただただ抱き締めることしか出来なかった。

  自分の無力さが悔しい…。

  それでも、そばにいることは出来る。

  支えて、共に乗り越えることは。

  「ごめん、ごめんね……ごめんねぇ……」

  「……千秋さんは悪くない……何も、悪くないんです…」

  その後、千秋さんは取り乱したことを恥じるように俺に謝った。

  俺はこれからも、何かあったら話して欲しいと伝えた。

  胸の奥で固く光るのは、決意か、想いか。

  『貴方が思うのと同じくらい、

  俺も貴方を支えたい。』

  この先何が起こるかなんて分からないけど。

  千秋さんとなら、どんなことも乗り越えられる。

  乗り越えていこう。

  トラウマも、過去も、俺は貴方の全てを愛してます。

  千秋さん。

  怖がらなくていいんです。

  どうかこれからもずっと、貴方と共にいれますように。

  END