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21XX年、とある事故がニュースになった。
著名な歌舞伎俳優だった[[rb:赤 > せき]][[rb:城 > じょう]][[rb:院 > いん]][[rb:十 > じゅう]][[rb:蔵 > ぞう]](36)、本名・[[rb:鏑 > かぶら]][[rb:木 > ぎ]][[rb:元 > はじめ]]が交通事故で死亡したというニュースだった。公演会場へ向かう途中に大型トラックと追突するという事件だった。
その日の公演は中止となり、それから『赤城院十蔵』を見ることも叶わなくなった。
何より若く将来を期待されていた十二代目赤城院十蔵をこのような事故で亡くした事は、代々優秀な役者を輩出してきた鏑木家としては大きな痛手となった。
それから、時が少し流れ――
[newpage]
「ふー……」
某県◯×高校の旧校舎。すっかり寂れ人っ子一人寄り付く事はなさそうなそこに彼は佇んでいた。紫色の煙が旧校舎の空に漂う。
ぼろぼろのコンクリートの上で煙を吹かしている彼は高校3年の[[rb:練 > れん]][[rb:田 > だ]][[rb:司 > し]][[rb:郎 > ろう]]といった。レザージャケットの隙間からちらりと見える筋肉質な腕には無数の傷が確認できた。10年前から彼が戦ってきた証であった。
この男は地元でも有名な不良であった。小さい頃から喧嘩に明け暮れ現在では最強の不良高校生と不良からも恐れられる存在となっていた。反面その力に憧れる人間も存在したし、同じ不良間での関係も幅広かった。
昨日も喧嘩をふっかけてきた不良を返り討ちにし今日はその傷を癒すために旧校舎でお気に入りの煙草を愛飲していたのだった。
そんな司郎のポケットから電子音が響く。二年前に機種変更してようやく使い慣れてきたスマートホンだった。
電話に出ると男の馬鹿みたいに大きな声が司郎の耳を突いた。
『よう司郎!』
「うるせぇな……[[rb:圭 > けい]][[rb:太 > た]][[rb:郎 > ろう]]か」
電話の相手は鏑木圭太郎といって司郎と同じく不良だった。といっても圭太郎は喧嘩はあまり強くなくたまに万引きや未成年飲酒をするなどみみっちい奴であった。不良の中でもいわゆる小物で本来ならば司郎が最も嫌いなタイプであったが彼特有の人懐っこさから彼も嫌い切ることはできず今はそこそこ友好な関係を築いてきた。……関係を保つ中で多少の“教育”はしたのだが。
『今日暇? よかったら俺んちこいよ』
「アァ? それはいいがお前は大丈夫なのか。あそこ一度行ったけどてめえの親が帰ってきた時大変だったじゃねえか」
圭太郎の家は昔から大きな家であり著名な歌舞伎俳優を多数輩出してきた有名な一族でもあった。親も厳格な者達ばかりでこの不良息子のことをどう思っているかはなんとなく分かる。さらに秘密裏に未知の科学実験を行なっているというトンデモナイ噂まで存在していた。
一度遊びに行った時はあまりの大きさに息が詰まりそうになった上、圭太郎の父親に見つかりかけた時には隠れて様子を伺っていたがその時の圭太郎への態度は筆舌に尽くし難いものであった。それから圭太郎が何故ああなったのかが多少分かるようになったし色々と彼の愚痴も聞くようになった。それからだったか。彼と本格的に関係を持つようになったのは。
初めはほんの冗談のつもりだった。軽い気持ちで彼を誘って、それからのことは今思い出しても何をやっていたのだろうという自責の念か何かに苛まれる。
『大丈夫。今日親いねーから! っていうかお前に見せたいもんがあんだよ。どうしても来て欲しいんだよ』
「……ままいいか。少しだけだぞ。どうせ暇だし」
『ありがとな! じゃ、俺家にいるから!』
そう言うと相手の方から唐突に話を切り上げられた。半ば強制じゃないか、と呆れて物も言えなかった。
それから彼はタクシーで鏑木邸へと向かった。やはり近くで見るとこんな人間がここへ入っていいのか? と疑問に思ってしまう司郎だった。
木の扉を押すとそれは勝手に開いた。すると目の前には黒衣が自分の前に跪いていた。あまりに唐突に近くにいたため司郎は一瞬たじろいだ。
黒衣は感情のない声で「練田司郎様、お待ちしておりました。圭太郎坊ちゃんがお待ちでございます」とそう言った。そのまま徐に姿勢を整えると「こちらの部屋でございます」と司郎を誘導するかのように歩き出した。
「ではこの部屋でお待ちください」
黒衣に言われるまま大きな扉の部屋に移動する。扉を開け中に入るとそこには何もなかった。
そこはサウナ風呂のような一面木に覆われた部屋で、ぽつんとモニターがひとつだけ存在しておりそれ以外には何もなかった。
「何もないぞ? おい……」
さすがに司郎も不審に思い黒衣に声を掛けようとした。が黒衣は音もなく姿を消していた。そして、もう怪しく思ったとしても既に遅かった。
[newpage]
『では、始めます』
ガチャリと音がして開いていたはずの扉が自動的に閉まったのだ。慌てて扉を開けようしたがどれだけ力を入れてもびくともしない。その時司郎は嵌められたと思った。圭太郎の目的は何だか知らないが自分を騙していたことは確信を持つことができた。
先程部屋からした声は、どうやらモニターから聞こえてくるようだった。
『練田司郎。貴方には今日から鏑木家専属の歌舞伎俳優と成って貰う事とした』
「そ、そんなの聞いてねえ!」
『言ってないのだから当然だ。十二代に於いて活躍して来た我が誇るべき俳優、赤城院十蔵は痛ましい事故により存続することが不可能となった。しかし今や我々鏑木の技術で繋がりのない人間にも“赤城院”を襲名することが可能となった。……いや、可能となるのが正しいのかな』
意味が分からなかった。何故鏑木と無関係な自分が歌舞伎役者の――しかも死人の後を継がなければならないのか。と、練田司郎は思った。
『まだ実験段階でな。比較的健康的な素体が善いのだ。データによるとお前は未成年の喫煙経歴があるようだが……まあいい、始めよう』
モニター越しの声がそう言うとすぐさまブゥーン……と響くような振動音が司郎の耳の中を駆け巡る。さらに司郎は空気が振動するのを肌で感じていた。何か特殊な超音波でも出しているのかと思ったがそれが何なのかは司郎には到底想像もつかなかった。
『練田司郎の肉体データ及び衣服データをスキャンしました。続いて十二代目のパーソナルデータをベースに“赤城院十蔵”の擬似データを製造します』
先程の声とは違う声がそう報告する。これから何が起こるかは覚束ない司郎の頭でも半ば予感という形で察することができた。
「くっ……」司郎はすぐさま扉へと走り出し拳で殴り壊そうとする。がその扉は頑丈で司郎自身の力では破壊することは到底敵わなかった。
『赤城院十蔵の擬似肉体を練田司郎の肉体に移植します』
扉を叩いていた司郎の肉体が急にびんと跳ね出す。司郎自身も自分に何が起こっているのかその時は分からなかった。
司郎は身体中がかああっと熱くなる感覚がし木の床に蹲る。すると瞬く間にまるで体の中に筋肉の襦袢を挿れたかのように練田司郎が筋肉で膨らんでいく。さらに黒ビキニの中にぶら下がっている自慢の逸物すらも詰め物をしたかのようにその体積を増やしていった。
「やめろっ、俺の、体が!」
口で抵抗の意思を見せるも無慈悲に司郎の体は彼ではない何かに変わっていくだけだった。変化が止まった後は彼の体は屈強な筋肉で張り詰めており身に着けていたレザー一式ははち切れんばかりにパツパツになっていた。
『擬似肉体データトレース完了。衣服データを仮衣装に変換します』
モニターに映っていた緑色の文字が切り替わる。
足に妙な振動を感じた司郎はふと足下を見る。そこには信じられない光景が映っていた。
履いていたブランド物の革靴がひとりでに震え出していたのだ。その靴はじわじわと形を異なるものへと変えていく。色も、材質すらも今身に着けていたものとは異なるものに。
練田司郎がはっと言う間に、彼の真っ黒な革靴は飾り気のない白足袋に変わっていた。いつの間にかソックスも足袋に合わせ脚絆に変わっている。
「何だこれ! ふざけんな! 戻せ、戻せよ!」
司郎は叫ぶがその叫びは密室に虚しく響くだけだった。衣服の変換は無慈悲に続いていく。
レザーのジャケットとジーンズが震え一瞬弾け飛んだかと思いきや直ぐに司郎の体を包む緑色や金色の煌びやかな裃に変換される。最後の仕上げと言わんばかりに黒光りするビキニが真っ白な褌へと変換された。
どさりと膝をつく司郎。司郎は歌舞伎役者が身に纏う衣装をしっかりと着込みながら呆然としていた。もう何も考えられなかった。
「戻せ……俺の服が……」
『彼は若若しく力強い獣を演じていたよ。というわけで鬘は彼に一番馴染み深い真紅の獅子頭を被せることとする。彼が最も得意としていた状態に寄せることが、彼を降ろしやすい最高の状況となるからな』
モニターの声がそう言うとすぐさま長く真っ赤な鬘が司郎の頭上に現れた。赤い獅子頭は司郎の金色に染めた髪を侵食した……
「俺が、俺じゃなくなっていく。俺は、俺は……」
許容できる範囲の状況をとうに超えていた司郎は歌舞伎役者の姿のままぶつぶつと自分自身のことらしき独り言を呟いていた。
『彼の顔にしていたように、何時もの様に練田司郎の顔に隈取を施す。これが終われば恐らくは練田司郎の外見は完全に赤城院十蔵となるだろう』
次は司郎の顔中がかあっと熱くなった。焼けた鉄の棒で顔を抉られている様なえぐい痛みが司郎を襲う。
「うおぉあ、うあああああああぁ!」
精神的外傷との相乗効果で司郎の脳内を更に闇に侵食した。
手を顔から離した司郎の顔は白粉と隈取で既に面影がなくなっていた。いや、彼の面影はもうないのだ。今の彼の顔は十二代目赤城院十蔵・鏑木元のものなのだから。
「やめろ、こんな体になりたく……」
『お前のデータを書き換える』
『第1プロセス、練田司郎の記憶・人格を統括するデータをDNAデータとして抽出。
第2プロセス、抽出した総DNAデータを精巣・睾丸に蓄積された精液に置換。
第3プロセス、脳内に特殊電波を送り強烈な性的快感及び生存本能を増幅』
司郎の脳内に稲妻が走ったかと思うと、全身が全て性感帯と化したかのような感覚に苛まれる。美人の女性に出会った時よりも数百倍の電撃が司郎の体を襲った。
「あっ、ううっ……」
『現在、練田司郎の肉体及び脳は擬似指令により女性へ自分の遺伝子を残すことのみに注力されています。このまま同時に第4プロセス。赤城院十蔵の精神データを挿入します。
同時進行で第5プロセス開始。射精により失われる“練田司郎の精神データ”の代替として“赤城院十蔵の精神データ”を指定、設定』
着々と“襲名”のためのプロセスが進んでゆく。そんな中でも脳への指令により司郎は自分の子を遺すこと、精子を自らの陰茎から排出することしか考えられずにいた。
「はぁっ、はあっ。イキたい……孕ませたい……俺が俺じゃ、だから、遺伝子を残さねえと……やめろ! 出したくない! ブルルッ、ブルルルルゥ! 邪魔するな! 俺はイキたいんだ!」
下半身の逸物が真っ直ぐ前に膨らんでゆく。へこへこと腰を振りながら今か今かと電波によって強制的に生殖活動を望まされている。そして程なくその時がやってきた。
「あぁ……出る……出る!」
『さあ、その汚れた精子に封じられた『お前自身』を出すんだ』
「あっ」
その時、逸物から練田司郎の精子がぶち撒けられた。ただし女の膣の中ではなく、歌舞伎衣装の褌の中で。
『不要な記憶は彼にとっての害になろう。ましてや、うだつの上がらぬ不良の魂など精子として淘汰してしまう方が世の為だろうて』
「俺は圭太郎に呼ばれてここに来たのに……おお、ああ……俺は赤城院を継ぐため此処に参ったのに……」
『鏑木邸入場の目的の書き換えを完了しました』
「◯×高校の三年生……ああ……鏑木家直属の事務所で働いている……」
『現職の書き換えを完了しました』
「父は練田日良……母は練田和子……父は鏑木新一郎……母は鏑木ハナ……」
『親族の記憶の書き換えを完了しました』
「県立小中を経て◯×高校に在籍中……道明館大学を卒業した後歌舞伎役者として活動……」
『経歴の書き換えを完了しました』
「うあっ……で、出る……21XX年6月5日生まれ、16歳……それだけは、あっ、二一XX年四月十一生まれ、齢満三十六……」
『生年月日及び年齢の書き換えを完了しました』
「趣味はバイクとタバコ、あっ、修練と座禅。特技は曲乗り、あっあっ、書道。あっ、あっ、好きな、あっ、もの、あっ、タバコ、あっ、嫌だ、あっ、漫画、あっ、ガム、あっあっ、んうっ、客に喜んで貰える事。嫌いなもの、勉強、んっあっ、暴力、卑怯な事」
『趣味趣向及び思想の書き換えを完了しました』
「伝説の不良と呼ばれてる……ダメだ、これだけはやめろっ、俺の、俺の誇りが あっ、新たに鏑木家の歌舞伎役者を襲名する者……」
『矜持の書き換えを完了しました』
「俺は……あっ、俺、おれ、わたし、わたくし、あたし、あたくし、あちき、わらわ、われ、おれ様、ぼく、おいら、あたい、我輩、拙僧、それがし、拙者、拙者は練田司郎……」
『一人称の書き換えを完了しました』
「やっ、イクっ、せいしが出る、やめろ! やめてくれ! やめてください! やめよ鏑木殿! 拙者をこのような姿にしてただで済むと思っておるのか! この……ううっ」
『口調の書き換えを完了しました』
「鏑木殿、早く、拙者を早く『拙者』にしてくれ、拙者の一の友よ! ああああっ、うおおおお!」
そう司郎が叫んだ瞬間、限りなく続いていた射精の勢いがさらに増した。褌の中は司郎の精液で下着としての機能を失いつつあった。
「うぐううぅ、うっ! 漸く、とうとう、ついに出る! 拙者の、拙者の! ……俺の『全て』が出て行っちまう!」
びゅうううううう、びしゅるるるるるる……と軽快な音を立てて牛の母乳の如く逸物から噴き出る彼の精子。既に出口のたがは弛みきっていた。
「俺は練田司郎!
拙れは練田司蔵!
拙者は赤城田司蔵!
拙者は赤城院十蔵!」
『名前の書き換えを完了しました。正しくは鏑木元ですが……』
「やめろ! 圭太郎! 俺は……おおう……お……俺は、伝説、不良、練田、あ、あっ、役者、役を演じる者……鏑木殿! 圭太郎! 高校、歌舞伎、母さ、親父、ああっ、練田、赤城院、司郎、十蔵、拙者は、高校生、仕事、しに、やる、出る、なくなる、拙者、俺……ああああ!」
それが練田司郎としての最後の言葉となった。頬からは一筋の涙が溢れていた。
『彼の精子に含まれる練田司郎のDNAが0%に達しました。パーソナルデータの完全変更が完了した模様です』
『ご苦労。二度と戻れぬよう直ぐにデータの更新を施しておけ。怠慢が原因で元に戻られると厄介だからな』
『そうですね。やれ』
“データ更新中”
“データ更新中”
“データ更新中”
“データ更新中”
“データ更新中”
“データ保存中”
“データ保存完了”
“バックアップデータが残存しています。消去しますか? Y/N”
“Y”
“消去したバックアップデータは二度と復元されません。それでも宜”“Y”
“バックアップデータ消去中……”
“バックアップデータ消去中……”
“バックアップデータ消去中……”
“バックアップデータ消去完了”
“データ更新完了”
「ああああああいあああああ! うああああああああ!」
白目を剥き肩をだらりとぶら下げていた十蔵は、唐突に頭を抱え首をヘッドバンキングのようにめちゃくちゃに振りはじめた。まるで連獅子の毛振りのようにも見えたがそれとは似て非なるものだった。脳内に僅かに残った練田司郎の残滓が抵抗しているのだ。無意識に脳内の片隅に残していたバックアップすら残さず消されようとしているため全身で防衛反応のような動きを行なっているのだ。
しかしそれもバックアップデータが完全に消去された瞬間電源が切れた機械のようにその動きを止めた。
その時不良高校生の練田司郎はこの世から完全に姿を消した。
[newpage]
「気分はどうだ。十蔵」
「拙者は……拙者は新たに歌舞伎役者、赤城院を襲名した者……十三代目、赤城院十蔵だ。よろしく頼み申す、鏑木[[rb:新 > しん]][[rb:造 > ぞう]]殿!」
浴衣を着込んだ壮年の男が扉を開けて部屋に入ってきた。彼こそが練田司郎の書き換えを行った張本人であり鏑木圭太郎の父、鏑木新造である。
司郎あらため十三代目十蔵はこれがいつも行っているかのように、普通に彼に向かって頭を垂れる。彼は文字通り生まれ変わったのだ。これから彼の新たな人生が幕を開ける。それは“互いの人生”よりもずっと明るいものとなるだろう。
「さすが新造様。息子の友人、しかも居ても居なくても同じような人間を去年事故で失った十蔵様そのものに書き換えるとは。
あいつ、最期まであの“出来損ない”がやったと思いその名を呼び続けていましたね」
鏑木家専属の科学者の一人が新造に向かってそう自慢気に話しかける。
ぶらりと佇む新造の前に一人の黒衣が跪きこう言った。
「今後、十蔵様のお世話をさせて頂く後見人の黒衣千五百七十五号と申します。早速新たな公演の予定がありますので、共に参りましょう」
その十蔵に忠実に従属する黒衣を見ながら科学者がふたたびほくそ笑む。
「ご愚息鏑木圭太郎、基い黒衣千五百七十五号も既にこちら側だというのに」
「さて、早速マスコミに赤城院十蔵襲名のニュースを書かせろ。これから鏑木家は忙しくなるぞ。色々と、な……」
新造は、新たに誕生した十三代目の歌舞伎役者を見ながら浴衣の下の自らの逸物を膨らませていた……これからの事を考えながら……
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