(リファイン版?)初めてのお仕事

  とあるスタジオ。

  そこでは次の季節を感じさせるファッション情報を彩るモデルたちの撮影が行われている。

  それぞれにそれぞれの形で次の季節を思わせるファッションを身にまとったモデル達が各々にポーズをとり、その姿をファインダーに見せていく。

  そんな中でトキナもまた撮影用の衣装に身を包んでたたずんでいた。

  濃い茶色の髪を後ろで一つにまとめてポニーテールにした髪型がふわりと揺れる。その下から覗かせる瞳は穏やかな光をたたえていた。スレンダーな体は引き締まっており、モデルらしく無駄な脂肪はついていないように思われた。

  それでも女性らしい丸みを帯びたラインが残っているのは流石といったところであろうか。

  彼女が身に着けている衣装もまた季節感を感じさせる白のワンピースでシンプルなデザインながらも彼女の持つ魅力をより際立たせているようだ。

  それでも全体的に見ればまだまだ二番手、三番手と言う所なのはモデル業界の層の厚さを感じさせる。

  しかしそれでもトキナはその事をあまり気にしてはいないようだ。

  だからこそトキナは自然体でファインダーの前に立つ。

  そんな彼女を撮影するカメラマンもまた、トキナの魅力を引き出すようにシャッターを切る。

  そしてー。

  「撮影終了です、お疲れ様でしたー!」

  「お疲れ様でした!」

  撮影スタッフの声がスタジオに響く。

  撮影は無事に終了し、あとはそのデータを編集した上で良い記事写真としてまとめるだけである。

  モデル達が引き上げる中、トキナもあいさつを済ませると持参していたボトル入りのお茶を飲みつつ一息入れていた。

  「お疲れ様、トキナ。今回も良い具合だったわよ」

  そんなトキナに声をかける人物がいた。

  年の頃は少なくともトキナよりは上、ややガッチリしたものを感じさせながらも艶を感じさせる「大人の女性」の空気を漂わせている。

  「社長、おはようございます」

  トキナは少し姿勢を正してその人物―社長に頭を下げる。

  「仕事のついでに来てみたけど、やはりいいわね。磨けばもっといいものを出せると思うわ」

  「ありがとうございます、社長!」

  トキナは心からの礼を言う。

  実際彼女がこの道に入り、歩めているのはこの社長との出会いによるところが大きい。

  社長からすれば必ずしもお気に入りと言う訳でもないようだが、トキナはこの社長を慕っているのは確かである。

  事実、トキナをはじめとしてこの事務所に所属しているモデルたちがいわゆる「業界の闇」に触れずに仕事に励めるのは彼女の手腕による所も大きいという。

  「ところでトキナ。このあと空いてる……わね」

  軽く間をおいて社長は軽い苦笑いを覚える。

  この社長からすれば社員であるモデルたちの仕事における真っ当なスケジュール把握も社長職の一環らしい。

  「ちょっと頼まれて欲しい「仕事」があるの。車を回すから一緒に来てくれない?」

  トキナがうなずくのを見ると社長はスタッフ達とやり取りをしながらそのままスタジオをあとにした。

  トキナも撮影用の衣装から普段着に着替えるとそのまま社長についていく。

  社長が用意した車の助手席に座り、シートベルトを締めると同時に車は走り出す。

  「それで社長、私に頼みたい仕事って一体なんですか?」

  トキナは運転する社長に尋ねる。

  しかし当の社長の回答は曖昧なものだった。

  「そうねぇ……それはついてから説明するわ」

  そう言われてしまえばそれまでである。ひとまずトキナはそのまま無言で助手席に座り続けたのだった……。

  [newpage]

  移動を続ける事10分ほどしてとあるビルのに到着した。

  そこはトキナが所属する事務所の所有するビルである。

  そのビルの地下駐車場に車を停めたのであるが……。

  社長が案内したのは事務所のある区画とは違う場所。

  地下駐車場の奥にある扉だった。

  「社長……ここは……?」

  不安げに周囲を見渡すトキナをなだめるように、しかしどこか妖艶さを感じさせる笑顔を浮かべて社長は言う。

  「大丈夫、危険はないから安心して」

  (そう言われても……)

  そんな社長の笑顔に一抹の不安を覚えつつもそれを口に出すことなく大人しくついていく事にした。

  扉の前に立つと社長はカードキーを取り出す。

  そしてそれを扉のスリットに差し込み……。

  カチャッ!という小さな音と共に扉は開いたのだった。

  (一体、この先に何があるんだろう?)

  トキナは不安を覚えつつも社長の後について行くしかなかったのである。

  「ここは……?」

  そんな違和感を抱いたトキナに社長が言う。

  「ここは、私が個人的に使用している部屋なのよ。

  仕事の内容によっては外部の人間が入り込むとまずい時もあるから秘密の区画として使っているのよ」

  そう言いながら社長は扉を開ける。中には……。

  「これって……」

  トキナは思わず息を飲む。

  そこにあったのはシンプルなレッスンルームのような部屋、そしてその中央にあったものは……。

  「……ポールダンス?」

  その部屋にあったのは一本の棒だった。

  いや、正確には天井から床まで伸びたポールと言うべきだろう。

  そんな部屋の中央にポツンと立つ一本だけの棒を目の前にして呆然としているトキナに構わず社長は言う。

  「トキナには、このポールでポールダンスを踊って欲しいのよ」

  「……はい?」

  社長の言葉にトキナは間の抜けた声を返す。

  トキナが戸惑うのも無理はない。

  いきなりそんな事を言われても困るだけだ。

  だが社長はそんなトキナにお構いなしに話を進める。

  「大丈夫よ、ちゃんと衣装も用意してあるから」

  そう言うと社長は部屋の隅にある箱から何かを取り出してきた。

  真空パックに包まれたそれは……。

  「これって……」

  トキナは驚きの声を上げる。

  「これって……もしかして……」

  トキナが恐る恐る尋ねると社長は笑顔で答える。

  「そう、これは貴女用のスーツよ」

  そんな社長の答えにトキナは驚きを隠せなかったが、同時に嬉しさも感じていた。

  自分のために用意された衣装があるという事はそれだけ期待されているという証でもあるからだ。

  しかしそれでもまだ疑問はある。

  なぜ自分なのか?そしてなぜこの服を着なければならないのか?

  その疑問をぶつけると社長は笑顔で答える。

  「トキナがこの服を着てポールダンスをする姿が見たいからよ」

  「はい?」

  思わず間の抜けた声を上げるトキナ。

  しかし社長はそんなトキナに構わず続ける。

  「トキナはスタイルがいいし、モデルとしての素質もあると思うの」

  そう言いながら社長はトキナの全身をくまなく見まわす。その視線に少し恥ずかしさを覚えながらも黙って話を聞くしかない。

  「でもまだ足りないものがあるわ」

  そう言うと今度はトキナの顔をじっと見つめる。

  その目は真剣そのもので冗談を言っているようには見えないのだが……。

  そんな視線に耐え切れずつい顔を背けるトキナだったが、社長は構わずに話を続けた。

  「トキナはもっと魅力を引き出す必要があるわ」

  「魅力……ですか?」

  トキナは首を傾げる。その仕草はどこかあどけなく、それでいて艶っぽさを感じさせた。

  「そう、それは外見的な事だけではなく内面的な部分も含めてよ」

  そう言うと社長はトキナの全身をくまなく見まわすように視線を動かす。

  その視線に少し恥ずかしさを覚えながらも黙って話を聞くしかない。

  「トキナにはもっと自分をアピールする力が必要よ」

  そう言いながら今度はトキナの顔をじっと見つめる。

  その瞳には優しさと期待が入り混じっているように見えた。

  「自分をアピールする力ですか……?」

  トキナが聞き返すと社長は微笑みながら答える。

  「そう、その為にも貴女はそれを着てポールダンスをしなければいけないのよ」

  「いや、でも……。わたし、ポールダンスなんてした事無いんですけど……」

  戸惑いの声を上げるトキナだったが社長は構わず続ける。

  「大丈夫よ、ちゃんと指導してあげるから」

  「でも……」

  「それに、ポールダンスはただ単に体を動かせばいいって物じゃないのよ」

  そう言うと社長はトキナに向き直り話を続ける。

  「ポールダンスはただの運動じゃないわ。芸術なの」

  「……芸術?」

  首を傾げるトキナに社長はさらに説明を続ける。

  「そうよ、ポールダンスには様々な種類があってね、そのどれもが美しいものなの。そしてそれは見る者全てを魅了するのよ」

  社長の熱弁を聞きつつトキナは「はぁ……」と返すしかなかった。

  「だからトキナ、貴女はポールダンスを習得する必要があるのよ」

  「いや、でも……」

  言葉を返そうとするが上手く出てこない。

  「更衣室はあそこにあるわ。さあ、早く新しい貴女の姿を見せてちょうだい」

  そう言って社長が指さした先には「Locker&Shower」と書かれた看板のある扉があった。

  「はい、わかりました」

  社長は満足げにうなずくのをよそにトキナはそう答えるしかなかった。

  [newpage]

  (どうしてこうなったんだろう……?)

  そんな事を考えつつ「Locker&Shower」の扉をくぐったトキナは社長から手渡された「スーツ」を目にする。

  それは鮮やかな青に白いラインの入ったぴっちりとした全身スーツだ。材質はラバーの様な質感だが、素材はよく分からない。色は深い青と白が混じりあったような色でトキナ好みの色だった。

  (この衣装を着ろって社長は言ったけど……)

  正直言って恥ずかしい。こんな格好で人前に出るなんて考えられない。

  しかし同時に興味もあった。自分がこれを着てポールダンスをする姿を想像してしまったのだ。

  「よし!」

  覚悟を決めたトキナは着ていた服に手をかけると一気に脱ぎ去る。

  ふと鏡に目を向ければそこには一糸まとわぬ姿になったトキナの姿が映し出されていた。

  その身体はスレンダーではあるものの、女性らしい丸みを帯びており引き締まってはいた。

  胸も大きくはないが形良く整っており、肌の色も白磁のように白く透き通っていて美しい。

  「よし!」

  そんな自分の姿を改めて確認した後、トキナは鏡に背を向けると渡されたスーツを手にしてゆっくりと足を通していく。

  (うわぁ……なんか不思議な感覚だ)

  両足を通して腰まで引き上げた後、両腕を通した。そして背中のファスナーを上げると再び鏡へと向き直った。

  そこには先程とはまた違った自分の姿が映し出されていた。

  全身を覆うスーツはぴっちりと張り付いており身体のラインがよく見えるようになっている。

  色は深い青と白が混じりあったような色でトキナ好みの色だった。

  トキナはポーズを取ってみたり、くるりと回ってみたりしながら動きを確認する。

  ラバーの様な弾力とタイツの様にしなやかな質感のスーツに素肌が直接触れ合う感触はどこかくすぐったくもあり、同時に心地よさも感じていた。

  そして何よりも着心地が良いというのがトキナにとって一番の驚きだった。

  (すごい……まるで自分の体に合わせて作られたみたい)

  そんな事を考えつつ動いているうちに徐々に体とスーツが一体になっていくような感覚を覚え始める。

  そして、唯一むき出しになっている素顔に少しだけ違和感を感じる。

  (そうだ、顔も覆わないと)

  トキナはその事に気づくと、スーツのファスナーを首元まで上げ、その長い髪を器用にまとめると顔全体をぴっちりとマスクで覆う。

  そして鏡に向き直る。

  そこには先程までとは違った姿のトキナの姿があった。

  青地に白いラインの入った全身スーツから伸びる青地に白いラインの全頭マスクはトキナの素顔と髪をぴっちりと覆いつくしながらもその顔かたちをしっかりと浮かび上がらせている。

  そのマスクから見える目元と口元はまるでマスクに直接目や口が浮かんでいるように覗いている。

  首から下の素肌もぴっちりとしたスーツに包まれており、ラバーの様な弾力とタイツの様なしなやかさの混じった感触がトキナの身体と一体化しているかのようだ。

  「これが……わたし?」

  思わず一見ありきたりなセリフを呟くトキナ。

  鏡に映るその姿はまるで別人の様であった。

  姿だけではない、トキナはいつもの自分とはまるで違う感覚を覚えていた。

  全身から感じるスーツの感触とその触感による独特な感覚が自分の身体と心を支配していくような感覚を覚える。

  それと同時に自分には無いはずの未知の感覚……不思議な「快感」すら感じていたのだ。

  (なんだろう……この感じ)

  初めての体験に戸惑いながらもどこか心地よい感覚に包まれているようだった。

  しかしそこでふと我に帰るように頭を振った。

  自分は一体何をしているのだろうか?今は仕事中なのだ。

  「いけない、集中しないと!」

  そう自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた。

  そして改めて見つめた自分の姿はどこか妖しい雰囲気の中に美しさと気高さをも兼ね備えている様に思えた。

  (これが……わたし?)

  そんな事を考えつつ鏡に映る自分を見つめていると不意に社長の言葉が脳裏に蘇った。

  『自分をアピールする力ですか……?』

  その言葉にトキナはハッとする。今まではそんな事は考えた事が無かったのだ。

  (そうか、自分を表現するってこういう事なんだ)

  そう気付いた瞬間、トキナの中で何かが変わったような気がした。

  それはほんの些細な変化かも知れないしやや見当違いの方向に歩み始めたのかも知れない。

  だがそれが積み重なればいつしか大きな違いとなって表れるだろうという確信めいたものが胸の内に湧き上がっていたのだ。

  「よし、頑張ろう!」

  気合を入れ直しトキナは改めて鏡の前に立つと大きく深呼吸をする。

  そして、気持ちも新たにレッスンルームへと飛び出した。

  そこにはある人影が立っていた。

  トキナと同じように頭から手や足の先までぴっちりとしたスーツに覆われた女性らしき人物。

  ただその色は濃いオレンジ色一色で体型もトキナに比べるとより肉感的というか、グラマラスな印象を受ける。

  まとっているスーツの素材もトキナのものよりよりラバースーツのそれに近い質感を感じさせる。

  そしてそのマスクから覗く目元と口元にトキナは見覚えがあった。

  「社長……ですか?」

  「ええ、そうよ。トキナ」

  そう答えたのは間違いなくあの社長だった。しかしその姿はいつもとは全く違っていた。

  トキナ同様素顔も素肌もほぼ完全に覆い隠しているがそれがまた何とも言えない色気を醸し出しているように感じられる。

  そんなトキナの視線に気づいたのだろう、社長は微笑みながら言う。

  「あら?どうかしたのかしら」

  「いえ、その……」

  トキナは口ごもりながら答える。しかし社長はそんなトキナの様子など気にする様子もなく話を続ける。

  「ああ、この衣装の事ね」

  そう言うと彼女は自分の全身を覆うぴっちりとしたスーツを愛おしげに撫で回すようにしながら言う。

  その姿はまるで自分の肉体美を見せ付けているかのような錯覚を覚えてしまうほどだった。

  「これは私の特注品……貴女の思っている事はわかるけど話せば長くなるわ」

  そう言うと彼女は静かに首を横に振る。

  「それより……どうかしら?その衣装を着た感想は?」

  彼女の問い掛けにトキナは改めて自分の姿を見つめ直すと率直な意見を述べる。

  「その……なんというか、不思議な感じです。全身をぴっちり包まれてはいますけど息苦しさはありませんし……むしろ今まで着たどんな衣装よりも体にフィットしています」

  トキナはそう言うと軽くその場で一回転してみせる。するとその動きに合わせてスーツの質感が全身を撫で回すように刺激する。

  それはまるで自分の肉体がこのスーツと一体化したかのような錯覚すら覚える程だ。

  そんなトキナの様子を見ながらも社長は満足げな表情を浮かべていた。

  「そう、それは良かったわ」

  そう言って社長は微笑む。

  [newpage]

  「それじゃあ、まずは簡単な準備運動から始めましょう」

  そう言うと社長はストレッチを始める。その動きに合わせてトキナも真似をするように体を動かす。

  「そんなに固くならなくてもいいのよ。もっとリラックスして」

  その言葉に従って深呼吸をしてみるがなかなか上手くいかないようだ。

  (緊張しているのかな……)

  そう思いつつ社長の様子を見てみるが特に変わった様子はないように思える。

  やはり社長に比べるとこのスーツに身体が慣れていないせいだろうか?

  そんな事を考えながら身体を動かすうちに徐々に体がほぐれていくような気がした。

  「うん、いい感じね」

  そんな様子を見て社長は満足そうにうなずく。

  「それじゃあ次はポールダンスの訓練をしましょう」

  社長はそう言って部屋の片隅に置かれていたバーを手にするとくるりと一回転する。

  そのシンプルながら優雅な動きにトキナは思わず見とれてしまう。

  「トキナもやってご覧なさい」

  社長の言葉にハッとして我に帰り、恐る恐る真似をするようにやってみると意外にも簡単にできてしまった事に驚いた。

  その後もしばらく練習を続けた結果、一通りの動きを難なくこなせるようになっていた。

  そんな様子を見て社長は満足げな表情を浮かべると言った。

  「……うん、これなら問題無いわ。それじゃあ次はポールダンスの技をいくつか教えてあげるわね」

  社長はそう言って再びバーを手に取ると今度は様々な技を披露してくれた。

  その動きはとても美しく優雅で、それでいてセクシーさを感じさせるものだった。

  「まずは基本的な技から教えてあげるわ」

  そう言って社長は様々な技を披露してくれたが、それでもトキナには簡単には真似できないものばかりだった。

  それでもトキナは必死に食らいつく。

  その度にスーツが素肌に食らいつく密着感がトキナの心身に満ちている。

  それは不思議な感覚だった。まるで自分の肉体がこのスーツに飲み込まれていくかのような錯覚を覚える程に……。

  そして同時にその感覚がトキナの心を昂ぶらせるのだ。

  (なんだろう、これ……)

  そんな事を考えつつもトキナは社長の動きを真似るように体を動かす。

  「あら?なかなか上手じゃない」

  社長はそう言って微笑むとさらに技を披露してくれる。

  その動きに合わせて動く度にスーツはより密着度を増して行き全身をくまなく刺激する。

  それはまるで全身から感じるその感触そのものが自分の肉体と同化していくかのように感じられた。

  「はぁっ……はぁっ……」

  その快感に身を任せているうちにどんどん頭がボーッとしてくる。

  だが同時にそれがとても心地いい感覚でもあったのだ。

  (なんだろう……この感じ)

  そう思いながらもトキナは目の前の光景をどこか遠い世界の出来事のように見ていた。

  そんなトキナの様子に気付いた社長は動きを一旦止めると優しく声をかける。

  「あら、どうしたの?」

  その言葉トキナはハッとすると、慌てて取り繕うように答える。

  「いえ、何でもありません!」

  すると社長は微笑みながら言った。

  「そう?でも貴女の顔はとても物欲しそうよ?」

  その言葉にトキナはドキリとする。

  まさか見透かされているとは思わなかったのだ。

  そんな様子のトキナの様子を楽しむように社長は言った。

  「ねぇ、トキナ……もっと踊りたいでしょ……?」

  その言葉に思わず動揺してしまうが、すぐに平静を装うと首を左右に振った。

  そんなトキナの様子を見て社長はクスリと笑うと言った。

  「嘘ばっかり……本当は踊りたいんでしょう?」

  その言葉にビクリと反応するがそれでも必死に否定する。

  しかしそれは逆効果だったようで、社長はさらに笑みを深めて言った。

  「下手に我慢していたらかえって貴女自身の為にならないわ。きっとあなたを「縛ってしまう」事になる。私が貴女にそのスーツを着せたのはその為じゃない」

  「わたしの為……?」

  トキナがそう聞き返すと社長はゆっくりと頷く。

  「貴女は自分を解き放たなければいけない。解き放って踊らなければいけないの」

  「でも……」

  それでもまだ踏ん切りがつかない様子のトキナを見て社長は優しく微笑むと言った。

  「貴女の踊りを……見せてちょうだい」

  トキナはゴクリと唾を飲み込む。そして意を決するとゆっくりと動き始めた。

  その動きに合わせてスーツが全身を締め付けるように刺激する。それは今まで感じたことの無い感覚だった。

  「さあ、一緒に踊りましょう」

  そう告げると社長は再びその濃いオレンジ色の姿をポールに絡めながら踊りだす。

  トキナもそれに合わせるようにその青い身体をポールに添えながら動き始める。

  「ああ……いいわぁ」

  マスク越しにもわかるうっとりとした表情を浮かべる社長に反応するようにトキナはさらに激しく動く。

  (なんだろう……すごく気持ちいい)

  今まで感じた事の無い快感だった。まるで全身が性感帯になってしまったかのような錯覚を覚える程に敏感になっていたのだ。

  そんな状態でスーツの触感を全身で感じればどうなるかなど火を見るよりも明らかだろう。

  (もっと、もっと感じたい……)

  トキナはその欲望に身を任せる事にした。しかし、

  「トキナ、感じるのはいいけどその感覚を踊りに導きなさい」

  艶と官能に満ちた声をあげながらも冷静に告げる社長の声にトキナは我に返る。

  「はい!」

  そう答えるトキナの口調にはもう抵抗の色はなかった。

  そして、その声と同時に彼女は踊り出した。その動きは先程までとは比べものにならない程に激しくそれでいて優雅だった。

  銀色のポールに妖しく絡みつきながらも軽やかに鮮やかに舞う青いフラッグ。

  トキナはその青い軌跡を宙に描きながら舞うように踊る。その姿はまるで青い妖精のようだった。

  その踊りに社長も満足げな表情を浮かべると自らもまた激しく舞い始めた。

  清楚で躍動的な青い旗と妖精と妖しく官能的なオレンジの旗と妖精が銀色のポールを通じて舞い踊る。

  2人のダンスは徐々に激しさを増していくが、ついに限界を迎えたのかトキナはその場に崩れ落ちる様に倒れた。

  「はぁ……はぁ……」

  荒い呼吸を繰り返しながら床に横たわるトキナ。

  そんな彼女の側に歩み寄ると社長は言った。

  「よく頑張ったわ、トキナ」

  そう言いながら優しく頭を撫でる社長の手に心地良さを感じながらもその目はどこか遠くを見ているようだった。

  そんなトキナの頬に冷たい刺激が響く。

  それは社長の差し出したスポーツドリンクだった。

  「はい、これ」

  「ありがとうございます」

  トキナは素直にそれを受け取ると一気に飲み干す。火照った身体に冷たさが染み渡るようでとても心地よかった。

  しばらくして落ち着いた頃を見計らい社長は言った。

  「今日はご苦労様、トキナ……とっても素敵だったわよ」

  その言葉に思わず俯く。

  「ひとまず今回はこれで上りね。着替えて一息ついたら上がっていいわ。ただ……」

  社長はそこで一旦言葉を区切るとこう続けた。

  「この区画の事、もちろんこの事は部外秘。さらにいうとそのスーツを持ち出しては外には出られないのは言うまでもないけどね」

  そう言って社長は静かに出入り口とはまた違う扉からレッスンルームを去っていく。

  トキナはしばらくの間床に座り込んでいたが、静かに身体を起こすと「Locker&Shower」の部屋に歩いて行った。

  [newpage]

  シャワーを浴びて姿見の前に立った時、自分がまだ青いスーツ姿だった事に気付いたトキナはマスクの中で赤面しつつ苦笑していた。

  それだけスーツと一体感を感じていたのだろうけどさすがにはまり過ぎている、と。

  「はぁ……」

  思わずため息が漏れた。

  「でも、悪くないかも」

  そう呟くとトキナはしばらく鏡に映る自分を見つめていたが、きゅっと顔を引き締めるとマスクに手をかける。

  「ふうっ……」

  後頭部から入る空気に吐息を漏らしつつ、マスクを素顔から外していく。

  器用にまとめられた髪が解き放たれ、雫の残る青い肩にかかるやさらさらと滑り落ちる。

  「はぁっ……」

  最後にゆっくりと息を吐きながらマスクを外すと、鏡に映る解放された素顔を見つめる。

  なんの変哲もないいつも通りの自分の顔だが、今はそれが少し特別なものに感じる。

  やはりこの青いスーツを身に着けた事、そしてポールダンスを踊った事がそう感じさせているのだろうか?

  色々な思いを抱きながらトキナは軽く汗がにじんだ素肌からスーツを脱いでいく。

  「ふぅ……」

  思わず吐息が漏れる。

  それはスーツの締め付けからの解放感か、それともこの青い衣装を脱ぎ捨てる事への寂しさからか。

  複雑な感情の入り混じる中、トキナはスーツを脱ぎ素肌をさらしていく。

  「んっ……」

  素肌にぴっちりと張り付いたスーツが剥がされていくにつれ、解放感が全身を包んでいった。

  やがてスーツを脱ぎ終えたトキナは鏡の前に立ち、自分の姿を改めて見返す。

  一糸まとわぬ自分の姿、いつも見慣れているはずの自分の裸なのに、鏡に映るその姿には活力と艶がにじみ出ているように感じられる。

  「ふぅ……」

  自分だけども自分で無いような不思議な感覚に満たされる中で軽く息を吐く。

  青いスーツを着てマスクをかぶった姿で踊り続けたひと時は間違いなく自分の中に何かをもたらした。

  スーツと一体になったような感覚や、ポールダンスを踊った時の快感など様々だ。

  そして何よりも「自分を開放したい」という思いだった。

  自分の殻を破りたい、もっと自由に感じたい……。

  そんな欲求が自分の中でどんどん大きくなっていくのを感じるのだ。

  (でも……)

  そんな思いとは裏腹に理性は残っている。

  (それを感じ続けられる自分でいたい……)

  そう思いつつもシャワールームの扉を開けると、改めてトキナは熱い湯に素肌を委ねる。

  「あっ……」

  シャワーの刺激を感じながらも、トキナは改めて自分自身を見つめ直す。

  今の自分をしっかりと自覚する為に……。

  バスタオルで身体をふきながらシャワールームから出てきた時、トキナは自分が脱いだスーツがなくなっている事に気づいた。

  そしてきれいにたたまれた自分の私服が置かれている事に。

  それを見たトキナの中に何とも言えない寂寥感のようなものが湧き上がってくる。

  服を着ながら思い返すのは先ほどまで自分を包んでいたあの青いスーツだ。

  それが今は影も形もない。

  あのスーツは幻だったのか。あのスーツを着ていたひと時は幻だったのか。

  そんな風に考えてしまいそうになりつつも、すぐにそんな事は無いと自分に言い聞かせる。

  何故なら、彼女の裸体をしっかりと包み込みその輪郭まで克明に刻み込むかのように密着していた感覚が今も自分の中に残っているからだ。

  「ふぅ……」

  思わずため息を漏らしつつ私服をしっかりと着込んだ自身の姿を確かめると、トキナは「Locker&Shower」の部屋を出る。

  レッスンルームには誰の姿もなく、ただ小さなテーブルに「お疲れ様」とだけ書かれたメモが置いてあった。

  トキナは笑顔でそれを手にするとそっとポケットにしまう。

  そして色々な思いがこみ上げてくるのを感じながらレッスンルームを後にするのだった。

  [newpage]

  とあるスタジオ。

  そこでは今日もまたモデルたちの撮影が行われている。

  それぞれにそれぞれの形で多彩なファッションを身にまとったモデル達が各々ポーズをとり、その姿をファインダーに見せていく。

  そんな中でトキナもまた撮影用のゆったりとした衣装に身を包んで出番を待ちながらモデル仲間である友人と軽いやり取りをしている。

  「ねえ、トキナ。今日の撮影のコンセプトってなんだっけ?」

  友人の言葉にトキナは軽く首を傾げつつ答えた。

  「さあ?でも確か『大人の休日』って感じじゃなかったかな」

  「大人の休日ねえ……。でもさ、トキナってけっこう大人に見えるよね」

  同い年である友人の言葉にトキナは苦笑混じりに答えた。

  「でもこの業界じゃまだまだひよっ子ね。それにわたしより年下なのにすごい子だっているし」

  それを聞いて友人はうんうんとうなずく。

  「そう言えばうちの社長、また出張だって言うけどホントに多忙だねえ」

  その言葉に一瞬トキナはあのレッスンルームでのひと時を思い出す。

  あの現実とも夢ともつかないひと時は自分にとってかけがえのないものだったという事だけは実感している。

  そんな思いが顔に出ていたのか友人は少し心配そうな顔をする。

  「大丈夫?なんか顔赤いよ?」

  そう言われて慌てて首を振ると笑顔を作ってごまかす。

  「ううん、何でもない」

  そんなトキナの様子に安心したのか友人はほっと胸を撫で下ろす。

  「それなら良かった」

  「うん。でも、社長も頑張ってくれているからわたし達もお仕事できるんだけどね」

  「言うねぇトキナ。案外社長ごひいきとか……はないか」

  トキナはそれを聞いて苦笑いする。

  実際あれから特別に社長とそれほど親しくなったとか社長を意識するようになったとか言う事はない。

  むしろあの件がなかったかのようにごく普通のモデルと社長の関係が保たれている。

  それが結果としてトキナが社長が言っていた所の「自分が一歩前に踏み出す」流れを歩めているのかも知れない。

  そして、社長は多忙な合間を縫って自分を「あんな形で」導いてくれた……とトキナは思っている。

  だからこそ、

  「まさか、社長もそんな事している暇はないと思う」

  と返す。

  「だよね。うちの社長がそんなドロドロ誘発事案をするとは思えないし」

  そう言って友人は笑う。

  「わたしも同感」

  と、トキナもそれに同意した。

  そんな時、二人の出番を告げるスタッフの声が聞こえてくる。

  「おっと、出番だ。とりあえずお仕事お仕事」

  「そうね。お仕事お仕事」

  そう言いあいながらトキナは友人と共にカメラの前に歩み出ていった。

  了