疾走・ヒートアップからクールダウンへ

  とあるモデル事務所の秘密ブロック。

  その一角にある「Rocker&Shower」と書かれた扉の奥に置かれた簡易プールの中に青い人形が浮かんでいた。

  足元から頭の先までつるりと真っ青に染まった―覆われた人形。

  しかし、その頭部に開いた口元からは大きな吐息が漏れ、目はやや緩やかに天井を見上げている。

  「ふぅ……はぁ……」

  吐息が漏れるたびに指の先まで真っ青に覆われた手足は水の中でゆらぎ、覆われながらも形よく浮かび上がる胸元も静かに震える。

  青い身体の両脇を引き締める白いラインがその動きをより印象強く見せている。

  全身をぴっちりと覆い尽くす青い「素肌」越しに感じるひんやりとした水の冷たさにひたりながら人形―トキナはつい先程までの熱狂を思い起こしていた。

  「いつものよう」に「いつもの場所」で「いつもの姿」―頭から手足の指先までぴっちりと覆い包む青い全身スーツ姿となって臨んだのはより本格的な体感を味わえるバイクゲーム。

  トキナは「いつものように」全身オレンジ色のスーツ姿の社長と激しいレースを繰り広げた。

  さすがに実際よりは控えめに再現されているが、バイクからにじむ熱とエンジンからフレームを伝わる鼓動。

  熱気に満ちたサーキットの空気を全力で突き抜ける勢い。

  やはりというか「そういうこと」―バイクスーツの素材実験とかの範囲―で作られたと思われる全身スーツ越しにその鼓動と勢いがトキナ本来の素肌と身体を程よく挟みこむ。

  クセになる―というわけではないがバイクが疾走する度にスーツがもたらす密着感と圧迫感、そしてそれらを中心にあふれる刺激と勢いはトキナをより熱くさせる。

  その熱と勢いに導かれつつも飲まれまいと制するためにトキナは必死でその青い「素肌」を青いバイクフレームに押し込みながらバイクを走らせる。

  つるりとした青い「顔」からのぞく瞳は画面に浮かぶコースの動きをまっすぐ見据え、スロットルを動かすたびに口元をきゅっと引き締めながら。

  その隣で同じようにオレンジ色の「素肌」をしならせながらオレンジのバイクフレームを走らせる社長に負けないとばかりに。

  ゲーム筐体の画面ではトキナと社長のバイクが激しいせめぎあいを繰り返す。

  直線を攻め合い、カーブを切り抜け合い。

  そのたびにバイクのフレームは唸りを上げ、青い全身スーツ越しにトキナの身体に熱い鼓動を刻む。

  熱量をまといながら駆け抜ける勢いを感じながらトキナは自分がスーツだけでなくバイクそのものをその身にまといながらバイクを走らせているような感覚を覚えていた。

  そんな中、ついにファイナルラップのサインが目に入った時、トキナの中で何かがはじけた。

  「はぁぁぁぁぁっ!」

  意識の中でトキナの青い「素肌」が、バイクの青いカウルと共にはじけ飛ぶ。

  その中から一糸まとわぬ姿のトキナが基本的なフレームとエンジン、そしてタイヤだけの姿となったバイクと共に飛び出した。

  むき出しのフレームが震え、タイヤが勢いよく回り、エンジンが熱く震える。

  トキナはその髪をなびかせ、むき出しの肌を震わせてそれを受け止めながらコースを駆け抜ける。

  実際のレースでは絶対にありえない光景であっても満ち満ちた勢いが解き放たれた感覚と共に熱く走り抜ける感覚に満たされながら。

  その勢いに浸るあまりチェッカーフラッグのサインを危うく受け取り忘れる程に。

  そのあとレースはクールダウンモードに入り、その空気に包まれながら意識の中でトキナとバイクのむき出しの姿に青いフレームが張り付きながら覆っていく。

  「あ……はぁ……」

  走り抜いた達成感と恍惚の中でトキナの素肌に見る見る青い破片が絡みつき、ぴっちりと覆っていく。

  その手足も、胸元も、背中も、そしてその髪と素顔も。

  目元と口元以外を全て青く覆ったトキナと再び青いカウルに包まれたバイクは静かにコースを走り抜けていった。

  [newpage]

  しばらくののち、健闘を称える社長の言葉に我に返ったトキナがこの部屋に入り、いつの間にか用意されていた簡易プールに熱気と興奮冷めやらぬ青い「素肌」のままその身を沈めたのがつい先ほど。

  水を吸う素材でできているのかその生地はみるみる膨らみ、程よくトキナの素肌に密着していく。

  「あ……」

  水を吸い、ひんやりとした素材が密着する感覚はトキナの火照った身体を冷まし、心地よい空気に満たしていた。

  顔だけでなく頭全体をぴっちりと覆い包んだマスクからのぞく目と口元、そして覆われているはずの顔の動きからもその安堵感が見て取れる。

  文字通りのウォーターベッドに身体を預けながらトキナは改めてそのひんやりとした心地よさに浸っていた。

  「はあ……」

  余韻で少しゆるんでいた意識が火照りの鎮まりつつあった身体ともどもぴっちりと、そしてひんやりと鎮まっていく心地よさにぴっちりと包まれ、引き締められながら。

  ようやくひと心地ついた身体を名残惜しげにプールから上げると、トキナは見慣れた青い全身スーツ姿の自分をゆったりと見まわす。

  ただでさえ青地の両脇に白いラインを彩った清涼感あふれるカラーリングに加え、今回はひんやりとした素材を使っているせいかその奥の素肌はより強く涼やかさを感じている。

  「ふぅ」

  全身を包む感覚に一心地つきながらトキナは近くにあったビーチチェアに腰を下ろした。

  ビーチチェアもそれなりの素材でできているらしく、青い素肌に覆われたトキナの質量を的確に受け止め包み込む。

  「ふう……ああ……」

  全身スーツとチェアの素材同士がふれあい、自身の素肌をひんやりと心地よく包んでいく感触に満たされながらトキナはゆったりと眠りについていった……。

  ゆったりと休み切り目を覚ましたトキナは気だるそうに起き上がり姿見の前に立つと、やや名残惜しそうにその青い素顔に手をかける。

  「素顔」を構成していた青い生地は水分と密着の余韻を引きながら静かに引き上がり、落ち着きを取り戻しつつも満ち足りた表情を浮かべたトキナの素顔と長い髪が久しぶりに外気に触れた。

  クールさと穏やかさを併せ持つ顔立ちを軽く緩めながらトキナは大きく息を吐いた。

  身体の感覚が落ち着くのを確かめつつ、トキナは首から下の青い「素肌」に手をかける。

  水分を含み、よりぴっちりとした素材がトキナの元の素肌からはがれるように離れていく。

  異形さを見せながらも美しさのあった青い素肌が脱げ落ち、その骨子でもあったトキナ自身の素肌が現れる。

  「はぁ……」

  ひんやりとした全身スーツの名残とも言える清涼感と解放感に裸身をさらしながら、トキナはシャワー室に足を運ぶ。

  あとはいつもの様にシャワーを浴びて私服に身を通し、社長からのメッセージを受け取ってこの部屋をあとにする。

  そして何事もなかったかのように帰るだけであるが、あいにく翌日もまた「本来の仕事」が待っている。

  「……明日もお仕事お仕事」

  軽く伸びをしながらそうつぶやくと、トキナは軽やかな足取りで帰路についていった……。

  了