音楽が聞こえてくる。
軽やかでかつ力強い音楽。
聞いていれば自然と体が動きステップどころかひとダンス踊れそうな感じがする。
「これが今度のショーで流す事になるメインの曲よ」
社長はいつもの自信ありげな顔で言う。
もちろんショーと言うのは近日行われるファッションショーの事。
トキナもまたそのショーでモデル役を勤める事になっている。
「―かなりいい曲ですね。これなら良い動きができそうです」
そのクールさも持ちながらも穏やかな顔立ちを笑顔にしてトキナは答える。
社長の指示で色々「モニター」も務めたりする彼女だが、本来の仕事であるモデルの仕事にはなおの事熱意と意欲を持っているだけにそれを促す曲はなおの事心に来るものがあるのだろう。
それを見て社長は笑みを浮かべる。
「それでトキナ、この曲を聞きながらだけどちょっと「お願い」があるの……」
その言葉を聞いてトキナの笑みに苦笑が混じる。
「―そうですね」
そこはオフィス内の「いつもの部屋」。
そこに呼び出して音楽を聞かせて―が何を意味しているのか気づかないトキナではなかった。
ただ、その顔がほんのり火照っているのもまた「いつもの事」なのかも知れない……。
[newpage]
トキナは感じていた。
軽やかな、そして確かなステップで踊りながら着ている服を一枚、また一枚脱いでいく。
腕や足に引っかかりそうな服の形もたくみな動きですり抜ける様に脱ぎながら。
その仕草さえ踊りに組み込んで。
トキナは感じていた。
全てを脱ぎ捨てた姿で軽やかに踊っている自分を。
なにも身に着けてない姿ゆえのありのままの心を踊りを通じて放ちながら。
トキナは感じていた。
踊り続ける自分の素肌が足元から紺色に染まる様に引き締められていく事に。
恐怖は感じない。ただ静かなる心地よさだけが顔に浮かぶ。
その動きが自分の踊りをますます加速させていく。
足が、腰が、胸元が、背中が、腕が、首が。
引き締められ、その形をより彩っていく。
そしてその紺色に引き締められた両手で高揚した素顔を一気に引き締める。
その瞬間、トキナの身体は大きくのけ反り、大きくなびいた髪もほぼ一瞬で頭の中に消えた。
全身をつるつるの紺色に引き締めたトキナは紺色の無表情の中に思いを隠してなおも踊り続ける。
そんな光景をトキナは感じていた。
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相変わらず何もないように感じられる一室。
今回そこにあったのは一台のリラックスチェアだった。
暖かい陽光を思わせるスポットライトに照らされただけの本当に何の変哲もない、身体を預けて寝転がる様に座る形をしたチェア。
その上には怪しげな物体が置かれていた。
全身紺色のその物体はその全身をチェアに預け、ただ静かに置かれている。
正確には「座っている」のだろうか。
よく見るとその全身はぶるぶると震えている。
しかしこのチェアはいわゆるマッサージチェアではない。
と言う事は―そう、震えているのはこの物体である。
「ふう……うう……」
どこからか音が聞こえる。
言うまでもなくこの物体から聞こえる音。
いや、それは「声」である。
吐息混じりに聞こえるその声は、官能こそ薄いがどこか安堵と解放感に満ちたものを感じさせる。
よく見るとその物体は人の形をしており、両肩としなやかな両腕・両足と相応に形のいい腰のあたり。
そして腹部が時折ぴくぴくと震え、その度に物体は声を上げている。
幸か不幸か、人間で言えば形のいい両胸に当たる場所はそんなに震えてはいない。
それ以外は顔―にあたる部位が軽く震えている様にも見える。
もっとも、身体が震えている事に合わせて声が出ているだけなのかも知れないが。
トキナがそんな「物体」になってリラックスチェアに腰かけてしばしの時間が経っている。
「ただ座っているだけでいい」と言われてこうしているのだが―確かにまんざらでもないと感じていた。
ちょうど肩や腰と言った疲れの貯まりやすい場所、二の腕や足と言った自然な体型維持に勤めておくに越した事のない場所が良い具合に引き締まり、なおかつ心地よい振動でほぐしてくれている。
腹部や顔にまで振動が走っているのは意外だったが、顔や腹筋を引き締めるには多分悪くないのだろう。
日の光の様な暖かさを含んでいるかのような光に包まれているせいか、今全身を覆う褐色のスーツ、そしてその中の素肌が芯まで温められているような気もしてくる。
社長に頼まれ「モニター」として色々と全身を顔まで引き締める衣装を着せられている事もありこういう引き締まった感覚には慣れもあるが、こういう形で引き締められるのも悪くない。
そう感じながらトキナは暖かく火照った身体が心地よい振動にほぐされる感覚に身をゆだねていた。
(今日はこのまま時間までゆっくり休んでも良いかな……)
そんな気分に浸りながらトキナはゆっくりと眠りにつこうとしていたその時。
「トキナ、まったりしている所悪いけど次の段階に入るわよ!」
社長の声がトキナの耳―いや、全身に震える様に響き渡る。
それこそ今まで自分を優しくほぐしてくれていた全てが一転して容赦なく叩き起こそうとするかの様に。
「ひゃっ!」
その衝撃に思わずトキナは身体を震わせて飛び起きた。
頭まで紺色に包まれた物体となっているトキナのそのリアクションはどこかコミカルでかつ異様にも思えた。
「し、社長、驚かさないでください……」
紺色の姿、そしてその中の素肌を震わせながらトキナはややおびえるような声を上げる。
「ごめんなさい。でも今のあなたが身に着けているスーツの中の「仕掛け」は他にもあるのよ」
そう言いながら社長はおなじみの頭までオレンジ色の全身スーツ姿で起き上がろうとするトキナをフォローする様に手を差し伸べる。
「身体をほぐしてくれる機能がついているのはわかりますけど、あの大きな音は何だったんですか?」
「それについては―このあと体験してもらうわ」
そう言いつつ社長はまだ心地よい気だるさを身体に残すトキナを別の場所に案内する。
そこでトキナが目にしたのは―。
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「社長、これって……?」
目の前に大きく存在するスクリーン。
下に目をやれば程よい広さで広がるステップマット。
間違いなくそれはダンスゲームの筐体であった。
「ええ、見てのとおりよ。そしてこれであなたが何をするかは―言うまでもないわね」
そう言いながら社長はステップマットの上に立つ。
トキナもふうっと一息つくと社長と適度に距離を置いてステップマットの上に立った。
「ところで、スピーカーとかはどこにあるんですか?」
辺りを見回せばそこにあるのはスクリーンとステップマットだけでスピーカーやその他の機材は影も形もない。
おそらく見えない所に設置してあるのだろうが……。
そんなトキナの姿に社長はオレンジ色のマスクの中で軽く笑みを浮かべると、
「トキナ、準備はもうできているのよ?」
そう言うやいなや軽く足を踏む。
その途端、トキナの全身から先ほど聞いていた曲が響き渡り、同時にその体を軽やかなリズムが震えさせる。
「え?え?これって……」
紺色の全身スーツ姿の身体を見回しながら驚きの表情を見せるトキナ。
そうしている間にもトキナの身体―腕、脚、背中、肩、腰、腹部、さらにはお尻、そして顔から心地の良い振動と共に音楽が響いている。
その響きは先ほどのマッサージ以上に心地よくトキナの素肌を振るわせていた。
「大体わかると思うけど、これが今回のスーツのもう一つの「仕掛け」。身体の動きを邪魔しないレベルで超極薄のフィルムスピーカーを組み込んだマッサージパッドをスーツのあちこちに仕掛けてあるの」
そう言いながら軽やかにステップを踏む社長。
そのオレンジ色の全身スーツにもまた同じ様な仕掛けがしてあるのだろうか。
「と言う事は……」
「そ、今のわたし達は人間スピーカーって訳。しかも心地よい刺激付き。これって結構気持ちいいわよ?」
「は、はい……」
そう言いながらもよりテンポのいいリズムでスーツ越しに身体をほぐされる心地よさを否定しきれずただうなずくだけだった。
「さ、難しい説明はここまで。あとはひたすら踊りましょう」
社長がそう言ってステップを続けるとスクリーンにダンスゲームの画面が浮かぶ。
そこでそのオレンジ色の身体をくるりと回して画面を指さすとゲームスタートのサインが点灯する。
「トキナ、何をぼやぼやしているの?もうダンスバトルモードの設定は終わっているわ」
トキナを指さしながら社長は華麗にポーズを決めている。
そこまでされたらトキナにもこのまま黙って立ち続けている意味はない。
「―行きますっ」
そう言うと軽くステップを踏みながら一瞬社長を見つめたあと、トキナの目はスクリーンに向けられる。
それを待っていたかのように設定されていた音楽が流れ始める。
トントンと右足を踏んでリズムを取りながら軽く肩を揺らして自然体の構えに持っていく。
不意にスクリーンの下部からステップを示すサインが浮かぶ。
右に、左に、後ろに、前に。
それに合わせる様にトキナの足も動く。
サインの点灯にタイミングを合わせ、両足をたくみにさばいてステップを踏んでいく。
両肩を軽くゆすり、両腕でバランスを取りながらトキナのたくみなステップダンスは続く。
曲のテンポが上がっていくにつれてトキナの動きも早くなっていくが、彼女の動きに疲れは見えない。
そんなトキナの目がスクリーンの上部、ハンドポーズのサインの点灯をとらえる。
トキナは即座にそのサインに合わせて両手をかざし、そこから左右の腕を交互に一回転させる。
間髪入れずに浮かぶステップサインに合わせてステップを踏み、軽くポーズを取ってみる。
そこから絶え間なく様々な指示を出してくるサインに合わせる様に足を振り上げ、腕を伸ばし、ターンや軽いジャンプも交えてトキナは踊る。
身体中から響く音楽の流れに巧みに乗り、身体中を振るわせる振動を自身の動きに取り込みながら。
しなやかな手足は流れるように動き、形のいい胸のふくらみはその紺色の拘束の中でも大きく揺れる。
背中は幾度となく弓なりにしなり、引き締まったお尻のラインも両足のステップを引き立てるように動く。
踊るたびに紺色のスーツとその中の素肌がぶつかり合う様にすり合う。
引き締められているだけでなく二重に震えている分素肌の方が不利―ではなくその動きに負けずとトキナの肌が、筋肉が、身体の全てが活き活きと震える。
それを示す様につるりとした紺色のマスクからわずかにのぞけるトキナの表情は活き活きとした勢いに満ちていた。
先ほどリラックスチェアで静かに横たわっていた物体から一転、今のトキナは活き活きと踊る文字通りのダンシングドールである。
その動きは隣で踊る社長とも重なっていく。
トキナに負けじとたくみな動きで踊っている社長の動きがトキナと良い形で重なり合い、二人から流れる音が共鳴していく。
ぶつかり合う様に、競い合う様に、そして共に並び奏でる様に。
二人の動きが重なる中曲は終了し、二人はほぼ同時にフィニッシュポーズを決める。
「はぁ、はぁ、はぁっ」
「はぁぁっ、はぁぁっ、はぁぁぁっ」
心地よい疲労感を感じさせる吐息をマスクから漏らしながら息を整える二人。
不意に今度はトキナが指を画面に向け、デュエットダンスモードの設定を行った。
そして曲が始まると二人は同時に踊り出す。
駆ける様に、飛ぶ様に、流れる様に、震える様に。
時には武道の演武のごとくぶつかり合い、時には社交ダンスの様に寄り添いながら流れる様に。
絶妙な間隔で足を絡めあい、腕を交差させ、背中を合わせ、震える胸元やお尻をぎりぎりの距離感で近づけたりもしながら。
紺色とオレンジの「素肌」に包まれた「素肌」を包み、流れ、そして放たれるリズムとビートの中で震え、流され、そしてぶつかり、絡み合いながら踊る。
トキナのしなやかで生き生きとした紺色のシルエットと社長の成熟し艶やかなオレンジ色のプロポーションが渦となって幾重にも重なり、色鮮やかなオブジェを多彩に重ねていく。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」
踊り重ねる中でトキナの吐息は高まりながらも鮮やかに響き、社長の声もますます艶を増していく。
そして再びフィニッシュの時を迎える。
「はぁっ!」
「あうぅんっ!」
フィニッシュのポーズを取った時に二人の口から響いた声。
少なくともトキナは全力で踊り切り自分の中の全てが解き放たれた感覚がもたらす声だと実感していた。
そして社長もどこか心地よい脱力感を伴いながらしばしその姿勢を崩している。
「はぁ……はぁ……トキナ……もう少し……踊る……わたしは……ちょっと仕事があるから……」
社長は声と気力を振り絞る様に声をかける。
その声は疲労感に満ちている割には不思議と艶のあるものだった。
それに対してトキナはつるんとした褐色の顔を軽くうなずかせた。
「そう……やっぱり元気ね。ならもうちょっとだけ踊っていきなさい。データも色々取ってほしいから」
そう言うと社長は気だるそうな、それでいて妖しさも感じさせる動きでステップマットを離れ、暗がりの中に消えていった。
「はぁぁぁ……」
トキナはその姿を見送ると瞳を閉じて大きく全身で息を吐き、踊り切った余韻に浸る体を引き締め直す。
そして一気に目を開くと画面に手をかざし、その全身をダンスミュージックのビートに包む。
再びぴっちりとした紺色のスーツと響き渡るビートに引き締められる身体の感覚を確かめながらトキナはその体を思い切り動かしながら踊り出す。
足を踏み、腕をかざし、胸を震わせ、背中をそらし、お尻を揺らす。
駆け巡り、飛び回り、踏みしめ、流れに乗っていく。
その中でトキナは全身スーツやスピーカーパッドの中にぴっちりと抑え込まれていた素肌の中から胸の鼓動と呼吸のリズム、そして肌の震えが響き出すのを改めて感じていた。
内と外から流れる「音楽」が全身を駆け巡る中でトキナの意識は心地よいくらいに高まり昂っていく。
理性も意識も高まりと昂りに突き上げられておぼろげになっていく中、ただ本能を越えたものに導かれて踊る。
それこそ紺色の「素肌」に包まれていなければ、導かれなければそのまま流れの中で霧散してしまってもおかしくはない程の勢いの中で。
そして曲が終わる度にトキナは画面を指さして踊る。
何度も、何度も。
ただひたすらに、ただその身体を翻して。
[newpage]
トキナは感じていた。
様々な「音楽」に包まれながらただ踊り続けていた自分、それこそ限界まで踊り続けていた自分の紺色の身体が何度目かのフィニッシュの果てに弾け飛んだ事を。
トキナは感じていた。
その中から現れたのは全身を高揚と紅潮させた一糸まとわぬ姿の自分自身だと言う事を。
トキナは感じていた。
その瞬間、全身を包み駆け抜けていた「音楽」の全てが自分の身体から抜け出し、外の流れの中に消えていった事を。
少しずつ戻りつつある意識の中でいつの間にか自分が「Rocker&Shower」の扉の中―更衣室の鏡の前にいる事を理解したトキナは素肌から放たれていた熱気が少しずつ、そして心地よく冷めていくのを感じていた。
不意にトキナの足が動き出す。
先ほどまで激しく踏み出していたステップではなく静かな動きで裸足の足をゆっくりと踏み出す。
そこからひきしまったお尻、腰、形のいい背中と胸のふくらみ、しなやかな両肩と両腕、
脇まで伸びる長い髪を静かに、そして確かに動かしながらトキナはステージを歩く様な足取りで部屋を往復する。
先ほどまでの熱気を、震えを、そして流れの中にあった自分を鎮め、整える為に。
その動きの中から流れる静かな「音楽」に包まれる中で少しずつ落ち着きを取り戻していく穏やかな顔立ちは今の彼女の裸身のウォークをより魅力的に引き立てているかのようであった。
その足取りのままトキナはシャワーを浴び、元の服を身にまとう。
無意識の中で脱いでいたスピーカーとパッドつきのスーツはいつの間にか片づけられ、扉を開けたその先にはすでにスクリーンとステップマットも片付けられていた。
ただいつもの様に「お疲れ様」と書いてあったメモと一本のスポーツドリンクを残して……。
[newpage]
軽やかな音楽が鳴り響き、様々な衣装に身を包んだモデル達がステージと舞台袖を往復する。
トキナもゆったりとしたステージ衣装を身に着けて最初の往復に臨もうとしていた。
「いつもの事だけどファッションショーの舞台裏って修羅場だよね。みんな表の華やかさに騙されてるって感じ」
「仕方ないわよ。水鳥は水面下で激しく足を動かしてるって言うのはよく聞くし」
友人の愚痴に軽く笑って返す。
何にしてもトキナも友人もこの手の修羅場の経験は浅いなりに重ねている。
そう言う点では今流れている音楽はペースを保つのにはむしろ好都合かもしれない。
この曲に合わせれば嫌でも身体が動く。心が動く。
許されるならこのままステージに飛び出してひと踊りしても構わない位な気持ちをあえて抑え、軽やかながらも確かな足取りと動きでステージを歩くイメージを固めていく。
もちろんこのステージで「意識が飛ぶまで」動く必要はないのだが、先日の「モニター」の件を思い出してしまい不意にトキナは顔を赤くしながら苦笑する。
「おっとトキナ、わたし達の出番だよ」
友人に呼ばれてふと我に返りながらトキナはステージへと歩き出す。
「さ、今日もお仕事お仕事」
「ええ、お仕事お仕事」
そんなやり取りをかわしながら。
了