月明かりに包まれたとある夜の自然公園。
夜桜咲く時期を狙っていたかの様にカメラを向ける一団があった。
月明かりや桜をほどよく引き立てるライトアップが昼の光の中とはまた違う桜の美しさを彩らせる。
淡く清く・濃く妖しく。
もっともそれらは「ただわかりやすく示されている」だけに過ぎないのかも知れないが。
そんな桜の光に映し出されながらトキナはシャッターの音を聞いていた。
春を感じさせるカジュアルな衣装をまとい夜桜彩る中に佇むその姿は清楚でありながら躍動的なものも感じさせる。
最近はどこか艶も感じさせる様になったと噂されるが本人は多くを語らない。
ただ言えるのはトキナが今をときめく人気モデルの一人であり、今もこうして夜桜の中撮影の仕事に臨んでいる事である。
女性ばかりの撮影スタッフと言う安心感もありトキナは心乱す事なく佇み、カメラマンの声に合わせて色々なポーズを取る。
その姿は夜桜の中で異彩を放ちつつもそれでいて周りに馴染んている。
「はーい、ひとまず撮影終了!みんなお疲れ様!」
「はーい!」
「ありがとうございました」
「トキナもお疲れ様。今夜はゆっくり休んでね」
「はい」
スタッフ達はそそくさと片付けを進める。
許可は取れているとは言えそれなりのマナーを守りつつ撮影をするのは苦労がいる。
それこそモデルであるトキナもある程度は進んで手伝わねばならない位に。
その辺りは慣れた所か、トキナもスタッフに馴染みつつ作業を手伝っている。
それも一段落し一息ついていたトキナに声をかける者がいた。
「お疲れ様。いつもながらあなたはいい写り方をしているわね」
やや体格の良さを感じさせつつも艷やかな色気を感じさせる大人の女性。
トキナが所属しているモデル事務所の社長である。
「今回は悪かったわね。ほとんど急な仕事でこんな遠くまで撮影させて」
「い、いえ、これもお仕事ですし。それにわたしも夜桜を見ると言うのは好きなんです」
疲れを感じさせない笑顔でトキナは答える。
その笑顔を社長は意味ありげに見つめている。
「―トキナ、確かホテルもまだだったわね?私が良い所を案内してあげるわ」
そう言いながら社長は笑みを浮かべる。
実際今回の仕事はかなりの急だったらしく、撮影スタッフよりもトキナの宿が取れないと言うかなり慌ただしい事態になっていた。
そんなトキナへのお詫びも兼ねて自ら選んだホテルに招待しようと言うのだ。
トキナとしては慕っている社長直々の誘いを嬉しく思う半面妙な胸騒ぎを感じていた。
(これってもしかして……まさか、ね?)
社長のテスト依頼と言う名の「お楽しみ」に少なからず付き合い続けてきたトキナがそう感じるのも無理はない。
そして、トキナの予感は半ば的中した。
社長の車が大型キャビン付き―簡易シャワーやトイレさえついている―のキャンピングカーだった時点で察すべきだったのだがその車が進んでいるのはホテルどころか小屋一軒も無いような木々を挟む道だった。
「着いたわトキナ。今夜はここで一晩過ごしましょう」
社長は車を止めてトキナを促す。
複雑な面持ちで車を降りたトキナの目に飛び込んだのは……。
「わぁ……」
月明かりに照らされた木々。
その中に輝く数本の桜の木。
先ほど撮影をしていた公園の夜桜とはまた違う光景がそこにあった。
トキナはその光景にただ感嘆する。
「ここは私の私有地だから気兼ねなくこの光景を楽しめるの。トキナが気に入ってくれて嬉しいわ」
社長も満足そうにその光景を見上げる。
目をかけているモデルの一人である人物が自分のセッティングした光景を喜んでいる。
まんざらではないのも無理はないだろう。
トキナとしても月明かりと夜桜の中でアウトドア泊と言うシチュエーションには胸をときめかせるものがあった。
しかし……。
「それじゃトキナ、早速だけど”着替えて”くれないかしら?用意はキャビンの中にあるから」
その言葉にふと我に返る。
“着替えて”と言う言葉が何を意味するのか。
時計は深夜と言うにはまだ早い頃合いだが、どうやら深く長い夜の始まりである事は間違いない。
キャンピングカーから色々と荷物を出している社長を見てトキナはそう確信していた。
そして、その視線はいつしかキャビンの扉に向けられていた……。
[newpage]
―やっぱり……ホントに社長も何を考えてるのかしら―
ーでも、なんだかんだ言ってわたしも全部脱いじゃってるし―
ーうう……この感覚、気持ちは悪くないけど―
―クセにはまだなって……ないわね―
ーさて……仕上げはやっぱりこれ……いきますか―
ーうふっ……う……ふう―
―悪くは……ないわね―
キャビンの扉を開け、月影の中に立つトキナ。
そのシルエットは一糸まとわぬ姿に見える。
社長を除けば誰もいない場所。
夜桜と月明かりのみの場所ならそのままを晒すのも悪くはないだろう。
しかし、月明かりの照らす中に現れたトキナは……。
確かにそのシルエットこそ彼女のありのままの姿に近かった。
ただその素肌は―桜。
色鮮やかな桜色そのものに染め抜かれていた。
いや、正確には桜色にびっちりと包まれているというのが正解だろう。
その肌のすべてを包み隠した桜色は彼女の足を、腰を、腹を、胸を、腕を。
そしてその顔と髪さえぴっちりと包んでいる。
月明かりを受け夜桜と共に光を浮かべ、やや恥ずかしげな足取りで歩く姿は異様な中にも楚々としたものも感じられる。
「やっぱり素敵よ、トキナ」
顔を覆い隠す桜色越しに聞こえる声に目を向ける。
そこにはいつの間に着替えたのか。
それともすでに着込んでいたのか。
愛用とも言える濃いオレンジに顔までぴっちり包まれた社長の姿があった。
例によって腰はパレオかミニスカートかで覆われているが、それについて問う勇気は流石にまだなかった。
「全身桜色に染まったトキナ……綺麗だわ。まるで桜の精みたい」
「そ、そんな……ちょっと恥ずかしいですよ」
桜色の顔の下で顔を染めながらトキナは少し慌てる。
「うふふ、トキナのそう言う所が好きよ。だからこうして今夜もモニターになってもらうわね」
そう言いながら社長はそっとトキナの腕に触れる。
「ひゃっ」
結構握力があるのを加減しているのか。
力強くも優しげに腕を撫でられてしまい声を上げる。
「今回のスーツ、いつもとちょっと違うでしょ?表面の触られ心地とか」
「そう言えば何かざらりとしたような触られ心地で……」
そう言いながらトキナは桜色の「素肌」に少し手を触れる。
確かに何かざらついていると言うか、細かい鱗のような物が張り付いている様な。
「まるで桜の花びらのようでしょ?今のあなたは全身桜の花そのもの……」
「きゃんっ」
そう言いながら背中を撫でられトキナは大きく背をそらす。
その感覚を振り払う様にトキナは声を無理やり落ち着かせて尋ねる。
「と、ところで社長、今回のこの姿で何のモニターをするんですか?」
それに対して社長はそっと手を伸ばす。
その先にあったのは一本の桜の木だった。
樹齢はそれなりの太さでたくさんの花をたたえた枝ぶりもいい。
しかし、その木に触れてみると……。
「これって……作りものですか?」
「そうよ。精巧に見立てた桜、なかなかでしょ?」
よく見ると他の木に比べると金属的な雰囲気があり、花も造花の様だ。
しかもその作りものの桜は本物の桜の木の手前に数本置かれている。
いつの間に用意されていたのだろうか。
いかに彼女の私有地とは言えこの手際にトキナは多々感心するばかりだった。
それをよそに社長は作りものの桜の幹に右手をかけ根のあたりに右足を揃えるとそれを軸に左腕と左足を伸ばす。
オレンジ色の体を広げた姿はまるで旗のようだ。
「ポールダンス用の新しい衣装の素材テストを頼まれたの。この素材はどんなに激しい動きをしても必要以上に滑らないし肌も痛めないと言うけど……トキナ、やるわね?」
体を元に戻し尋ねる社長。
それに対しトキナは否定する事はできなかった。
そもそも顔までぴっちり桜色に包まれている上にこの妙なシチュエーション。
トキナは戸惑いつつもスーツがキュッと引き締まるのを感じていた。
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「……ふぅ……うんっ」
桜色に包まれた体中で息を吸い、顔から覗く口元からしっかりとした声を出すトキナ。
その心は「仕事モード」に切り替わったようだ。
背筋を伸ばし、顔を引き締めて目の前の桜―を模した柱に向き合う。
一歩、また一歩。
桜色のつま先をスッと地につけながら歩いていく。
それはモデルとしての独特の動きであり、体の線がより確かに浮き上がっている今のトキナはより美しい。
「ん……んん……」
歩く度に肌を良い感じで引き締める桜色に声を忍ばせながら歩く。
切りの良い距離まで近づいた所でトキナはそっと柱に右手を伸ばし軽く握る。
「ふう……」
桜の幹を模している事もあり柱は一般的なポールダンス用のそれよりも太い。
その感覚を確かめる様にそっと柱の根元に足を添わせ、右回りで静かに歩きだす。
風が木々を揺らし、ひらひらと本物の桜の花びらが舞い込んでくる。
その中を歩く中でトキナは不思議と気分が高まって来るのを感じていた。
スーツ越しに足から感じる地面の感触。
手から伝わってくる柱の太さと硬さ。
まるで本物の桜の様なこの柱に自分を重ねて踊る。
全身を桜色に引き締められた今の姿で……。
ポールダンスについては見よう見まねしか知識がないにも関わらず、トキナの胸は高鳴っていた。
「いい感じよトキナ。その調子でまずはゆっくり、ゆっくり歩いてみて」
別の柱で同じ様に柱を手に歩きながら全身オレンジ色に引き締められた社長が声をかける。
「はいっ……きゃっ!」
返事に気を取られ、不意に足をもつれさせてしまう。
それでもとっさに左手を伸ばし、足を踏みしめて踏みとどまる。
「はぁ……はぁ……」
そのまま柱にしがみつく様に体を預ける。
「トキナ、大丈夫?」
「あ……はい……くじいたとかはないみたいです……」
少し息を荒げてはいるがケガをしたとかではないのは事実らしくトキナは無事を告げる。
「無理はしないで。ゆっくり、そう、ゆっくりと動いていけばいいの……」
トキナの無事を確認した社長は穏やかな口調でそう言うと再び柱に手を置いて歩き出す。
時折身体をくねらせたり根本に足を添えて大きく横に反らしたり。
只でさえ肉感的な雰囲気を持つ社長の姿がより艶かしく見える。
一方、トキナはしばらくうつむきながら両腕で柱を握りしめていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気持ちと呼吸を落ち着せながらトキナはそのまま手繰り寄せるように自分の身体を柱に添わせ、そのまま寄りかかる。
「あ……」
桜色に包まれているとは言え形良く浮かび上がる胸の間に柱が入る姿勢のままトキナは呼吸を整えていく。
息をする度桜色の生地と桜の幹を模しているとは言え固く太めの柱が擦れ合う。
更にそれが桜色の中にあるトキナの胸に押し込む様に擦り込んでいく。
「はぁ……あぁ……」
呼吸が落ち着くのを感じつつも無用に気持ちが高まりつつあるのを感じていたトキナはあえてその胸元を柱から外し、そのまま左手を離す。
少し体をほぐそうと言うのか、そのまま棒に背中を向ける様に立つと離した左手をそのまま右手と重ねる様に掴む。
柱を背に弓なりになった姿勢となったトキナはそのまま何度も背中から腰、足に力を入れて身をしならせる。
「んっ、んっ、んんっ……」
背中がしなる度お腹が引き締まり、胸が押し出される。
弦を引く度に弓がしなるその動きは桜色のコーティングに絞られさらにしなやかに、かつ妖しく浮き上がる。
この勢いのままだとトキナは弓から矢となってこの夜空に放たれそうな勢いで……放たれた。
「やあっ!」
掛け声と共に左手を離すとトキナは再び柱を軸にやや早足で歩き出す。
リズムを保ちつつ爪先のステップも軽やかな勢いと共に。
桜色の体が軽く軋み擦れるのを感じながらトキナは歩く。歩く。歩く。
そしてその右足をそっと根元に添え右手と共に軸にするとそのまま体を大きく広げる。
まさに大きく開いた桜の花の様になった姿の中でトキナは体を大きく伸ばし、スーツは心地よい抵抗としてそれを抑え込む。
「ん……うんっ!」
背中に吹いた風に乗るかのように左手を流しながら柱に沿わせ、そこから引っ張るように体をくるりと右回しに巻き込ませていく。
その流れの中右足を柱にかけ、しゃがみ込むように回るトキナ。
タイミング良く左足を右足に添え、クルリ、またクルリ軽やかに回っていく。
「良いわよトキナ、その調子!」
そう言いながら社長もまたそのオレンジ色の体を柱に巻き付かせ、こちらは大きく両足を広げながらくるりくるりと回り、そのままタイミング良く着地して立ち上がる。
トキナも回転から足を伸ばして着地すると再び歩き出し、回転の体勢を取る。
今度は右足を絡ませつつ左足を伸ばしてくるりくるりと回りながら着地する。
そこから棒を伝いながら緩やかに立ち上がる。
社長は体を妖しくくねらせながら、トキナはゆっくりと、しかしまっすぐと。
改めて両手で柱を掴み直した所で上半身を柱と密着させ、思い切り右足を空を切るように大きく回す。
二人の体は棒を軸に一瞬宙に浮かび、そして着地する。
その流れの中で二人は柱の回りを、時には互いの柱を交差するように歩きそれを軸に再びその身を大きく振り回す。
何度目かの回転のはて、一陣の桜吹雪となったトキナは地に降りるのではなくさらに宙に舞う。
「はぁっ!」
両手でしっかりと握り、両足をしっかり重ねて棒を掴むとそのままよじ登っていく。
そこからしっかり組んだ両足を軸にトキナは両手を離すとその身をゆっくりと反らす。
その身を戻すと再び桜吹雪となってクルリクルリと舞い降りていくが、その途中でわざと回転を止めて再び舞い上がる。
その足を、その腕を、その身体中全てを巧みに使い柱と一つになるかの様に踊るトキナ。
月明かりの中で花明かりをまとい踊るその姿は文字通り桜の枝、桜の幹の上で咲き誇る花の雲であった。
「はぁ……うんっ……ああ……ふぅっ……」
舞い踊るたびに身体がしなり、肌をぴっちりと覆い引き締める桜色がきしむ。
酔いそうになる程の心地よい感覚を厳しい意識で引き締めながらトキナは踊った。
その姿が見せる凜とした動きとにじみ出る艶のある空気は彼女を桜の花どころか桜の木そのものに変えているかの様だ。
社長もまたぴっちり覆い隠された全身から漏れる官能を止める事なく柱と溶け合い桜の木となって踊っている。
いつまでも、いつまでもこうして舞い続けていたいと思いながらもトキナの中でその勢いが頂点に達そうとしていた。
「やぁっ!」
柱の上でその身を絡ませていたトキナは改めて柱を両足で挟むと一気に身を反らし、上半身を一気に広げる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
頂点に達したものがトキナの中で満開を迎えた事を示すようにトキナは声を張り上げその身を花と広げきった。
「……はぁ……はぁ……」
しばしその余韻に浸っていたトキナだったが、少しずつ意識が収まっていくのに合わせて身体を起こすと柱を掴み、そのままクルリクルリと舞い降りながら着地する。
立ち上がった瞬間、トキナは軽く身体がふらつくのを感じた。
無理は無い。ポールダンスには不慣れのはずなのに勢いに飲まれたのかあそこまでダイナミックにダンスを続けたのだ。
まして全身をぴっちりと覆うスーツの効果で全身が熱く引き締まった状態で踊ればそれなりに影響も出るだろう。
「………お疲れ様、トキナ。最高の花を咲かせていたわよ」
そう言いながら社長が歩み寄る。
表向き息切れとかの気配はないが、その中では相応にテンションを上げていたであろう事は想像に難くない。
きっとトキナ以上に激しく妖しく柱と戯れていたのだろう。
「ありがとうございます社長……ちょっとはりきりすぎちゃいました……」
桜色のマスクの下で笑顔を浮かべる。表情こそ見えにくいがその顔からは心地よい疲れと満足感が感じられる。
「後片付けとかはあとでこっちでやっておくわ。あなたはキャビンでお休みなさい。良い夢を……見られない訳ないわね」
「はい……お疲れ様でした」
そう言って頭を下げるとトキナは余韻の抜けない身体をゆっくりとキャビンに向ける。
それを見届けたあと桜を模した柱とその向こうの闇を見ながら社長がオレンジのマスク越しに浮かべていた満足げな笑みの意味を理解する事は―容易ではないだろう。
[newpage]
「ーふぅっ」
キャビンに戻ったトキナはその場でマスクを脱ぐ。
長い髪が漏れ、心地よさに満ちた素顔が露わになる。
そこから一苦労して桜色スーツの中から露わになった素肌は………やはり桜色にほてっていた。
あのスーツのおかげなのだろうか、あれだけ柱と戯れていたにも関わらず肌荒れやアザ、まして擦り傷の類は見えなかった。
その身体をシャワーで鎮め、パジャマ代わりに用意されたバスローブをまとうとそのままトキナはベッドに倒れ込むとそのまま静かに眠りについた。
ぴっちりと引き締めたボディスーツからゆったりと覆うバスローブに着替えた事で色々なものが解き放たれたのだろうか。
静かに、穏やかに寝息を立てるトキナの姿はどこまでも穏やかで美しかった。
「ん……」
深く穏やかな眠りからトキナが目を覚ました時、キャビンはカーテンから漏れる朝の木漏れ日に包まれていた。
緩やかにカーテンを開けると外は朝もやに覆われている。
その風景に何か思う所を感じたのだろうか、トキナは起き上がるとバスローブ姿のまま外に出る。
「わぁ………」
朝もやに包まれながら花開く桜の木々。
朝の光の輝きが幾重にもその花々を美しく輝かせる。
夜桜とはまた違う光指す中の美しさがそこにあった。
その光景に心惹かれながら一歩、また一歩歩いていく。
静かに、柔らかい足取りで朝靄をかき分けるように。
まだ気だるさの残る体を朝もやで覚ましつつ、軽く髪をかき上げなびかせたりしながら歩いてゆく。
そんな中、あの妖しくも美しかった一時の事を思い出す。
月夜と夜桜の中で自身も桜色となって乱れ咲いたあの夜。
いつの間に取り除かれていたのか、あの桜の木の様な柱はなくなっており周りは本物の桜の木々に覆われていた。
そんな中、ある桜の木に目を止めたトキナの足が自然とそこに向かう。
「夕べわたしが踊ったのも……こんな感じの木だったのかしら……」
そんな事を思いながらその木の間近に立つと、そっとその身を寄せていく。
不意にバスローブがほどけ、アザ一つない澄んだ素肌があらわになる。
「うん……んん……」
素肌と木の肌がその中にぴっちりと秘めた桜色の空気が解き放たれ、桜の木と溶け合い一つになる様な心地よさ。
まるで幻想の光景の様に朝靄に包まれながら一糸まとわぬ姿で桜に寄り添いながらトキナは再び眠りに着こうとしていた。
それを我に返したのは幹に縛り付けられていた一通のメモのようなもの。
その内容は社長からの手紙であり、夕べの事や諸用で一足先にここを離れる事へのお詫び、そして代わりの人を迎えによこしたというものであった。
「社長も相変わらず忙しいんだ……」
そう言えば自分をキャビンに送った後社長がどうしたかについては一切気にする間はなかった。
車の中か、それともまさかどこかで寝袋で寝ていたのか。
そして後片付けのあと、人知れずまた出かけていったのだろうか。
自分をああ言う「モニター」にしたりもするがトキナにとっては社員思いの社長であった。
「本当にお疲れ様です、社長」
そう静かに思うとトキナは再びその素肌を桜の木に預けようとするが……。
「ううっ」
朝冷えの寒さに我に返るとローブを拾って身にまとい、足早にキャビンの中に戻っていった。
その後、迎えに来た人物をここに来た時と同じ衣装で何事もなく出迎えるトキナの姿があった。
[newpage]
「ねえトキナ、今度のオフにみんなでお花見行かない?」
エクササイズジムのポスター撮影の合間、青色のレオタードを着たモデル仲間の女性が声をかける。
「お花見……いいわね。でもそろそろ葉桜が近いんじゃないかしら?」
桜色のレオタードを着たトキナはやや心配げに答える。
「こらこら、桜のシーズンにお互い色々忙しかったんだから仕方ないじゃない。うちの社長は多分葉桜どころじゃないかもね」
いつもながら出張の多い社長を引き合いに出して突っ込みを入れる友人にトキナはつい苦笑する。
一応社長と「お花見」をした事は間違いないがあれは一応ノーカウントとしておいた方が良い。
トキナはそう感じていた。
実際やはりと言うかあれ以降も社長との関係は相変わらずただの社長とモデル。
「そちら方面」でも社長とただのモニターである事に変わりはない。
もちろん「ああいう体験」をさせてもらえる機会はそうそうないし内心悪くはないとは思っているが多分そうそう何度もしない方が良いかも。
あの時とはまた違う色合いの桜色をまといながらもそう感じずにはいられなかった。
「とりあえずお花見に備えてお仕事お仕事」
「お花見を楽しむ為にもお仕事お仕事」
色々な思いを振り払うように仲間とそう言い合いながらトキナは今日も「仕事」を続けていた……。
了