AdAd
  
白蛇の早苗 第1話【変身】

  

  ――不思議な夢をみていた。

  

  

  暑い、夏の日。生け垣が続く田舎道を自分は歩いていた。

  生垣の反対側は、たんぼ。

  そらは濃い青に染まり、入道雲がそびえ立つ。蝉の声に、遠くの電車の音。

  汗が出てくるけど、強い風が、すぐそれを乾かしてゆく。

  なつかしい、「むこう」の夏の匂い。

  背中にはずっしり重いランドセルの感覚。いつかの、終業式の日の記憶。

  ああ、いい天気だな。

  空を見上げて、歩く。強い日差しが眩しい。

  日差しから顔をそらしてふと、生垣を見てみると、小さな白い蛇が生垣の上に引っかかる格好で顔を出し、こちらを伺っていた。

  「あら、どうしたの」

  蛇は答えない。ただ、じっとこちらを見つめるだけ。

  「こんなところに居たらカラスにさらわれるよ」

  幼い私は腕を伸ばし、蛇に近づける。

  「おいで。ウチの神社に連れていってあげる」

  果たして蛇はその細くて白い体をするりと伸ばし、私の腕に乗り移ってきた。

  人間を怖がらないことに驚く。――私も、同じように友達から驚かれていたっけ。こんな蛇使いみたいな事したりして。

  「まあ、だいたんな方ですね」

  微笑みかけ、腕を顔に近づける。蛇はその黒い瞳をぱちくりさせながら、じっと私の顔を見つめてきた。

  蝉の声が降りしきる中、私たちはしばし見つめ合った。

  そして、そのとき、不思議なことが起こったのだ。

  蛇がしゃべったのだ。

  かわいい少女の声で。

  

  「‥‥あたしのお嫁さんになりませんか?」

  

  って。

  

  

  

  

  [newpage]

  

  第1話 変身

  

  

  

  

  

  「れずびあんっ!?」

  記憶に突っ込みながら目覚めた東風谷早苗は、自分の下半身が蛇になっているのを発見した!

  「えっ」

  目覚めてみたら、変身。ある種定番な展開に、早苗は幻想郷にも変なところで定番や常識があるのかと思いつつ、とりあえず目をこすった。寝起きの頭はまだ重い。彼女は自分が寝ぼけているのだろうとしか考えず、しばらく目をゴシゴシやっていた。

  しかし数分ほど目をこすり続け、いい加減目の周りがひりひりしてきたとき、彼女はようやく自分の置かれている状況を把握した。

  「‥‥うおお」

  すぐに悲鳴は上げなかった。あまりにもぶっ飛んだ状況がかえって妙な冷静さを彼女にもたらした。

  いつもパジャマ代わりに着ているブルーグレイのスウェット。上半身はそのままであったが、下半身に穿いているはずのものは脱皮でもしたかのように「足元」に押し出され、二本の足があるはずのところには、まるで白磁のように一点の曇りもない、真っ白な蛇の胴体がうねっていた。

  へそのある辺りからまるでコイノボリに足を突っ込んだように、ある境目から下が鱗に覆われている。その下半身の長さおよそ3m強。それはまるで諏訪子が鎮め、使役しているあの白蛇の土着神のようで―――

  「ぇぇええええええええ!」

  思わず布団を跳ね上げた。やっぱり駄目だった。驚きは後からやってきた。

  「ちょ、ちょっとどういうこと――――ひぃあ」

  良く見ようと体を起こそうとしたが慣れない体は言うことをうまく聞かない。ずるるる、と途中まで体を持ち上げたところで早苗はバランスを崩し、横に倒れた。

  倒れた先には、タンス。

  「ぎゃん」

  おもいっきり頭をぶつけた。しかも取っ手だった。

  「~~~~~~~っっ」

  頭を抱えてもだえる早苗。下半身もビタンビタンと床をたたいて痛みを表現している。

  「ちょ、ちょっとやだ、なに、なにこれ!なんで、何でこうなってるのよ?祟り?呪い?先祖帰り?」

  常識は捨てたはずだったけど、いざこういう状況になるとやっぱり混乱する。

  痛みと涙と混乱でぼやける視界の先の光景を見ながら、早苗は原因を考えてみる。ここ数日の自分の行動をざっくりと省みてみたが、特に蛇に恨まれるような行動はしていない(スカイサーペントは使いまくっていたけど、あれはただの霊力のかたまりだし)。諏訪子を怒らせるようなこともしてない。もちろん神奈子も。だから祟りや呪いの可能性は低い。そのはず。だとすると、先祖帰りとかもっと別の可能性だろうか。できれば先祖帰りの可能性は避けたいと早苗は思う。元に戻れない匂いがする。

  ――――べつにミシャグジ様が先祖ってわけでもないんだからありえないと思ってるけどね!?

  「ど、どどどど、どうしよう、どうしようこれ‥‥」

  盛大に混乱しながらもとりあえず早苗はいつもの服に着替えた。袴の構造に感謝する。なんせ、足が一本でも着れるんだから。下半身に関して、下着はとりあえず「だいたいこのへん」てあたりにサラシを巻いた。うまく袴の中に隠れたのでほっとする。何とか着替えを終え、早苗は自分の姿を鏡に映してみた。そこに居たのは寝癖つきのラミア。真っ白い蛇の胴体がときおりうねる。非常に現実離れした妖怪がそこに居る。しかし上半身は自分。

  神奈子や諏訪子がこの姿を見たらなんて言うだろう。とりあえず神奈子は「あらまぁ!」とか言って心配するか何でもない顔をするんだろう。なんせ、彼女のシンボルは蛇だ。問題は諏訪子である。彼女のシンボルはカエルであるが、もともと蛇の姿をした土着神を纏めていた存在であるため嫌悪は示すまい。心配なのはこんな「おもしろそうな」状況をみてあの神様が黙っているわけがないということだ。見つかりでもしたら喜々としていじりに来るだろう。例えば――――

  「あらあら早苗ちゃん、おもし――格好イイ姿になっちゃって。うわー、綺麗なしっぽ。真っ白じゃん。ねね、せっかくだからさ、その姿の間、あたしの眷属にならない?いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないしさっ。勉強にもなるし。いやー、何代も東風谷の風祝見てきたけど、ミシャグジをおろして変身しちゃうくらい相性いい子なんて滅多にいなかったしねぇ。‥‥あ、決しておもちゃにしようとか、いじって遊ぼうとか、そゆこと考えてるんじゃありませんことよ?おほほ」

  「とか――――って、ひえええええ!?」

  「気づくのが遅い♪」

  いつの間にか思考に割り込んで来た神様のコエ。あわてて部屋の中を見渡せば諏訪子が天井に貼り付いて、逆さまに早苗を見下ろしている。無垢で無邪気で楽しそうな子供みたいな表情がまたその異常さとギャップになってて非常に不気味。

  「よっ、と」

  諏訪子が天井から飛び降りて早苗の横に着地した。思わずズルズルと後ずさる早苗。

  しゃがんだ姿勢で諏訪子は改めて早苗の下半身をじぃ、と凝視する。その表情は好奇心と歓喜と嗜虐の感情を隠す気もなくだだ漏らし、まるで獲物を見つけた捕食者だ。

  そんな捕食者は、本来食物連鎖的に立場が逆であるはずのカエルの姿で、じりじりと近寄ってくる。"蛇"の早苗は壁際に追いつめられてしまって動けない。

  ついにはぺたぺたと遠慮なく、諏訪子が早苗の下半身を撫で回し始めた。

  「わー、わー!きれー、すっごーい!」

  「あ、やめ、くすぐったいですっ、やめてください!」

  「いやー、見れば見るほど綺麗なもんだねぇ。岩国の子達にくらべても遜色無いじゃん。この整った鱗なんかほれぼれしちゃうわー。艶もあって、ああん、真珠みたい。うふふ。いいねいいね早苗。どっからどう見ても完璧な蛇神様だよう。きゃー」

  「ちょ、どこさわってるんですか!ひゃ、鱗いじんないでください!あ、なでないで、お腹なでないで!」

  諏訪子はうっとりした表情で早苗の尻尾を撫で回し、しまいには頬摺りまでしてきた。早苗は妙なこそばゆさに耐えるのが精一杯。自分の体が異形と化している事実を容赦なく伝えてくるその感覚に時折胸にこみ上げるものを感じつつ、諏訪子の魔手から逃れようとビタビタばたんと下半身をうねらせ続けた。

  しばらくそうやって弄られるまま悶えていた早苗だったが、諏訪子がさっきとんでもないことを言っていたことを思い出した。

  「ってか、諏訪子様?!『ミシャグジを降ろす』ってどういう事ですか!?あたしに今ミシャグジ様が降りてるんですか!?"一年神主"なんてずっと前に途絶えたはずだし、似たような神事だってしてないですよね!?」

  「逆にしてないからじゃないの?『このひとに憑いてね♪』ってお願いしなきゃー、神様の気まぐれだもの。誰に憑いたってしかたないんじゃない?」

  「そ、そんな‥‥」

  「そんなことより光栄に思いなよ早苗。ミシャグジさまがあんたを選んだんだよー。よっぽど相性が良かったんだろうね。変身しちゃうんだから」

  「へ、変身っ!?」

  「昔の一年神主の子達だって、ミジャグジ様降ろしても“憑依”って感じで喋り方が変わったりとかだけだったんだけど。まっさかまさか変身しちゃうなんてねー♪ああん」

  「うあああ」

  相変わらず諏訪子はさわさわと早苗を撫でくりまわしてくる。早苗はもうされるがまま。

  「早苗ー?なにドタバタやってんのよ朝から。ってえええ!?」

  そして神奈子が来た。部屋を一瞥して早苗と諏訪子を見て驚きの声を上げる。

  「ちょ、ちょっと早苗!?どうしたのその格好!そんな蛇の格好なんかしちゃって!」

  「神奈子様たすけて‥‥」

  頬を上気させた早苗が潤んだ目で神奈子に助けを求める。そんな声を聞いて諏訪子はますます「その気」になったのか、手の動きをさらに遠慮のないものに変えてきた。

  「うふふ、ちょいと早苗、なによその言い方。それじゃまるであたしが乱暴してるみたいじゃないの。私は優しく、優しく新人蛇神様をお鎮めしているだけですわ――えい♪」

  「――――!」

  尻――に当たると思われる部位――を揉まれ、尻尾の先端をクリクリされて、ついに早苗の堪忍袋の緒が切れた。

  「や‥‥やめてって言ってるでしょうがぁ!」

  ぱぁん、と諏訪子の手を尻尾の先で払いのけると、目にも留まらぬ速さでその白い胴体を諏訪子の体に巻き付け、思い切り締め上げる!

  「お、ごっ」

  何か小枝を踏むような音がたくさん諏訪子から聞こえた気がした。

  「ま、待ちなさい早苗!とりあえず落ち着いて!諏訪子がありえない方向にねじれてるわよ!?だけどカッコいいわねアンタ!白蛇!立派な蛇神様よ!」

  「神奈子様までそう言ううううう」

  実は早苗の姿に惚れ惚れしていたらしい神奈子。ああ、子の心親知らずとはこのことか。絶望した早苗は空いた両腕で諏訪子の頭をグリグリしながらさらにきつく締め上げ続けた。涙目で。

  「うああああああん!」

  「ぐぶ、ぶ、ゲッ」

  「あああ、ごめん、ごめんね早苗?まずは落ち着いて!落ち着きなさい!」

  「うあああああん!」

  

  

  

  

  

  [newpage]

  

  

  

  

  「もとに戻してください」

  「‥‥無理」

  「なんでですか!」

  早苗がどんっ、とテーブルを叩く。

  舞台は守矢神社の居間に移っていた。

  とぐろを巻いた早苗が、神奈子と向かい合って座っている。諏訪子はと言えば神奈子の隣に転がっていた。あちこちボロボロのポキポキで、しばらくは起き上がれないだろう。ときおりうわ言のように「わ、私に降らないミシャグジがいたなんて‥‥ひ、ひひひ。ひさしぶりだねえ‥‥いいよ、受けてー立とうじゃない、ぐふ、ふ。絶対、絶対私のものにしてあげるからね‥‥」などと物騒な事をつぶやいている。会話は何とかできるようで、先程の「無理」は諏訪子の発言である。

  神奈子はずっと、惚けた表情で早苗を見つめていた。純白の蛇神姿の早苗に、神様的な感性になにか訴えるものが有ったのだろうか。「立派になって‥‥」とか今にも言いそうである。

  「どうして無理なんですか!?諏訪子様はミシャグジさま方を纏めていたんでしょう!」

  「うん‥‥纏めてたし、纏めてるよ‥‥でもだめ」

  「だから!」

  「兎にも角にも、まず早苗があたしの眷属になってくれなきゃあむりですわ‥‥うふ、うふふ」

  「ぐ‥‥!」

  ちら、と諏訪子の眼が早苗を射る。

  現在の神奈子の視線を「少女がアイドルか何かを見つめる目」と例えるならば諏訪子の視線は「紳士の目」である。悪い意味の。なんというか、征服欲がだだもれだ。

  早苗には自分から「手篭め」にされる気はなかった。いやだった。

  諏訪子の理屈によれば、ミシャグジさまには「やせいのミシャグジ」と彼女が「"げっと"したミシャグジ」の二種類しか居ないそうであり、彼女が思い通りに(もしくはお願いが)出来るのは「げっと」したほうでないとダメだそうだ。‥‥要するに立場が上と認められないとダメだということだ。誠に原始的で、野生の王国である。

  早苗はため息を付いて、目をつむりしばらく俯いていたが、やがて、その金色の目を見開き、意を決したように口を開いた。

  「‥‥わかりました」

  「お、じゃあ‥‥」

  「自分で何とかします」

  「ええー」という残念そうな諏訪子の声が聞こえたが無視する。

  「要するにミシャグジさまより神格で上回れば良いということでしょう。憑かれるということは私もまだ修行が足りないということです。ならば、わたしがもっと修行をして、離れてもらうようにお願いできるようになればいいだけです」

  「どうやって」

  「え」

  「具体的にどういう方法で?」

  諏訪子がジトリ、と睨めつけてくる。口元に薄ら笑いを浮かべて。

  「そ、そりゃあ、信仰を集めるとか‥‥」

  「ふふ。ダメダメ‥‥そんなんじゃあ、人間の寿命の長さじゃ足りないねえ。もっと時間が要るよ‥‥それにそのかっこじゃあそのうち、『現人神の東風谷早苗』じゃなくて『白蛇の早苗』に神性がすり替わるよ‥‥そんな状態で信仰なんか集めたら『白蛇』が全部持って行くからね、もうずっとそのまんまだ‥‥うふふ。ふふ」

  「――――!」

  「ねえ、つまらない意地なんか張るのやめてさ‥‥あたしのものになりな?大丈夫だって、すぐに開放してあげるからさ‥‥うひひ」

  「お、お断りです!」

  「あらら‥‥」

  久しぶりに新しい征服対象が現れたためか、諏訪子はずっと祟り神モードのままだ。口を開けば言葉巧みに誘いをかけてくる。

  そのあまりの邪神っぷりに早苗の顔がひきつる。言いようのない反抗心がモヤモヤと巻き起こってくる。こいつにだけは征服されてたまるものか、と。

  しかし諏訪子に言われたこともまた事実である。そんな簡単に信仰を集めて簡単に神格が上げられるのなら今頃早苗は宇宙大統領かなにかだ。

  時間がないのはなんとなく分かっている。現に、体だけだと思っていた『ミシャグジ憑き』の影響がだんだん精神にも来ているようなのだ。とりあえず分かりやすいところで言えば、諏訪子がえらく「おいしそう」なのである。8割方食欲的な意味で。

  なにか彼女特有のフェロモンでもあるのだろうか。自分を餌にしてミシャグジ様を惹きつけ、たたきのめして骨抜きにして、従属させる。反抗心は自らの「魅力的でおいしそう」な姿で相殺させる。「怪獣と少女」ではないが、そんなある種危ない関係が太古の彼女の王国では出来ていたのかもしれないと想像させるぐらいには、早苗の目に諏訪子は「おいしそう」に見えてきていた。非常にヤバイ。

  先程の「征服されてたまるか」という反抗心も早苗のものではなく、彼女に憑いたミシャグジのものかもしれない。時間はやはり無いようだ。でも、イヤ。

  しかし諏訪子を拒絶して、イヤと言ってみたところでどうにかなるとも思えない。このままでは「白蛇の早苗」になってしまう。

  語感が似ていたためか、早苗の脳裏に、愛読していた小説の登場人物よろしく、真っ黒なビキニ風の衣装を着込んでトゲ付きショルダーガードにマントをはためかせ、とぐろを巻きつつ「ほーっほっほっほ!」と高笑いしている「白蛇の早苗」の姿がよぎる。‥‥連想してしまっただけで別にそうとなるわけではないのだが、受け入れたくない未来像だった。いくら常識にとらわれないと宣言していても羞恥心くらいはある。そう思っている。

  追い詰められ始めていた早苗に、落ち着いた優しい声が掛けられたのはそんな時だった。神奈子だ。

  「とりあえずさ。大丈夫でしょう。いざとなったら、私もいるんだしさ。悪い方向にはさせないよ。まずは落ち着いて、ゆっくり考えな。今日明日でどうこうなるものでもないみたいだし。なんたって、白蛇なんだから」

  「神奈子様‥‥」

  その優しい言葉と、柔らかい表情に早苗の目頭が熱くなる。が。

  「と、とりあえずさっ、写真撮ってもいいかな!あ、ほら、せっかくの『晴れ姿』なんだしさ。白蛇なんて、神使だよ。諏訪の神使っ」

  「あう」

  キラキラとした目で河童印のカメラを片手にスタンバイする神奈子をみて、早苗の涙は別の感情によって流れ落ちていった。

  もう笑うしかなかった。

  「ええ、いいですよ‥‥好きなだけ撮ってください‥‥どうせすぐには戻らないんでしょうから‥‥」

  「え、いいの?じゃあ、ごめんね、一枚だけ‥‥」

  「あ、ずるい、なにそれ。早苗、なんで神奈子にはそんなに簡単に体を許すの?わ、わたしアナタのご先祖なのに‥‥うう」

  「下心ある人はダメです」

  「無いよ‥‥‥?全然下心なんかないよ?この目を見てよ‥‥この澄んだ目を!」

  「常套句なんか聞きたくありませんよ。それに、すっごい濁ってますから」

  「うえーん、かなこー。早苗がしんじてくれないよう。うえーん」

  「やめて下さい!わざとらしい!」

  「‥‥ひひひ」

  「じゃ、撮るよ、撮るよ。あ、いいね、その諏訪子を睨んでる顔、すっごいカッコいいよ。ほんとに蛇神様って感じ」

  「全く‥‥」

  悪乗りをやめない諏訪子と親ばかな神奈子。もういい加減慣れ親しんだやり取りが、つかの間の日常的な空気を運んできた気がして、早苗の心が少しだけ緩んだ。

  ま、こんな体験ができるのも考えてみれば幻想郷だからかな、と思い直し、早苗もちょっとだけ悪乗りすることにしてギロッと諏訪子を睨んで蛇神様的空気を出してみる。

  「お、おおー、カッコいいわ早苗ー。はい、はーい、チーズ」

  笑顔を撮るわけじゃないのにチーズですか。

  早苗がそう思った瞬間だった。

  

  「「「カシャッ」」」

  

  「え」

  シャッター音が、「なぜか」重なった。

  ‥‥原因を想像するのは簡単だ。なんせこの山は「奴ら」のテリトリーなんだから。

  (やっば、気づかれたわよ文。全く同時にシャッター押したのに、音も最小にしたのに)

  (こうなったらもうダメよ、堂々と姿をみせて撮りまくるのよ)

  「何をしてるんです‥‥」

  「「聞かれてたー!」」

  庭には二羽天狗がいた。植え込みの中から顔だけを出した、出歯亀スタイルで。

  おなじみ幻想パパラッチ、射命丸文と姫海棠はたてだ。

  なぜあなた達がここに、と早苗は訊こうとしたが、天狗達はバレたとあっちゃあしょうがねェ、と言わんばかりにカシャカシャと連射の限界速度で早苗を撮りはじめた。

  早苗の頭に血が上る。体から可視できるオーラが立ち上る。「ミシャグジ憑き」のせいかいつもよりも霊力の大きさが違う。

  一通り無遠慮に写真を撮り終わった天狗二匹は早苗と目が合うと、開き直って白々しい小芝居を始めた。

  「どうせ逃げられますからねー」という、天狗がよくやる慇懃無礼な余裕の表し方だ。しかしどうやら今の早苗の霊力が彼女らの予想より遥かに強かったらしく、「ヤバイ」と感じたらしい。よく見れば彼女らの頬を冷や汗が伝っている。

  「あ、あやややや!なんということでしょう。はたて嬢、私は随分久しぶりに早苗さんが大きなネタを提供してくれるところに出くわしました。しかもしかも、大スクープでございます!これで私の新聞はきっと大会で一等を取ることができるでしょう!これも白蛇の早苗様のご利益でしょうか!?ありがたやありがたや」

  「はたたt‥‥ダメ、言い難いわこれ。う、うわー、早苗ちゃんが蛇になっちゃってる。ラミアだっけ?メドゥサだっけ?うわー、うわー、うねってる。キm‥‥すごっ」

  「言いたいことはそれだけですか、鳥類共」

  「「うおう」」

  まるっきり捕食者然とした早苗のセリフに、文とはたてが後ずさる。早苗の金色の目がますます爛々と輝きだした。

  す、と音もなく、泳ぐようにして空中に浮かぶ。この姿でも空は飛べるらしい。

  諏訪子は「ちくしょう、ますます欲しくなっちゃったねぇ‥‥」とかニヤニヤしながら言っている。神奈子はなんだか心配そうな顔をしていた。でも止めてはくれないらしい。

  天狗二匹もあわてて空中に浮かび上がり、逃げの体勢に入った。

  「そ、そりでは早苗さん!大変失礼をいたしました!ではでは、次回の新聞をお楽しみに!あ、ごごご心配なく。それはそれはもうありがたーい記事を書かせてもらいますから!『東風谷早苗、ついに人間を辞める!守矢神社に新たな邪神!その名も白蛇の早苗!』とか!」

  ――――どこがありがたいんだ。ただのゴシップ記事のタイトルではないか。てか邪神とはどういう意味か。

  「ご、ごめんね早苗ちゃん。すまないとは思ってるよ?そんな格好見られちゃってさ。早苗ちゃんの気持ちもよおく分かる!でもアタシたち、記者なのよねー!悪く思わないでっ!お賽銭弾むから!」

  ――――そんな問題ではない。そんな記事を広められたらますます『現人神の東風谷早苗』に戻れなくなる。

  「では、はたて嬢、撤収!」

  「がってん!」

  ――逃がすわけにはいかない。

  「蛇符、神代大蛇」

  「「なぁっ!?」」

  静かな早苗の宣言と共に、巨大な霊力の錦蛇が奈落のような口を開けて超高速で天狗二人に襲いかかった。

  明らかに普段より蛇がでかい。守矢神社の社務所を丸呑みにできそうなくらいでかい。そして早い。奇襲と言ってもいい速度の突然の攻撃に天狗二人は意表をつかれ、一瞬体勢が崩れた。その隙が第一の犠牲者を生む。

  「ひええええええ!」

  「はたてーっ!?」

  自慢の高速移動でその巨大な口から逃れられた文。その背後から悲痛な叫び声が聞こえ、彼女は振り返り、そして見てしまった。

  はたてが丸呑みにされる光景を。

  ばくん、と音を立てて錦蛇の口が閉じられる。

  はたてはしばらく蛇の口の中でもがいていたようだが、やがてそのうごめく膨らみが腹の方に流れていくと、ついに膨らみは動かなくなってしまった。

  大蛇は満足気に目を細めると、守矢神社の広い参道に着陸し、とぐろを巻いた。

  もはやスペルカードではなく召喚術である。

  ライバルの最期にあって、射命丸は至極冷静であった。

  「はたて、ごめん。私の代わりに食べられてくれたんだよね。その崇高な行為、ムダにしないから。半刻くらいは、喪に服してあげる‥‥うふふ。やった♪これで記事は独り占めできます。トロイはたてさんにありがとうですね」

  語弊があったようである。冷徹非道だった。

  ライバルの最期を見届けると、一目散に射命丸は加速して逃げていく。その背後に、白い胴体をくねらせて早苗が追いすがった。そして「九字刺し」を宣言、射命丸の進行方向に網を張る。

  神代大蛇の時と同様、やはりいつもより巨大で目の細かい「九字刺し」で霞網のように道を塞がれ、文は仕方なくUターン。神社上空での戦いとなる。

  「いい加減しつこいですよ?観念して、おとなしく私の記事にされなさい!」

  「観念なんかするもんですか!あなたこそおとなしくそのカメラとフィルムをよこしなさい!」

  「あやややや、それはできない相談ですねえ。我がライバルが身を呈して守ってくれた大事な体とカメラとネタですよ?そう簡単にヘビの餌にされちゃあ、彼女も浮かばれません」

  「その割には何でも無いような顔してますよね」

  「死んだ者を何時までも背負っていてもしょうがないですから」

  「死にゃしませんから安心してください‥‥多分大丈夫ですから」

  「だって、あれはさすがに‥‥お?」

  射命丸の視界の端で、すうっとスペカの蛇が消えた。あとに残されたのは細長い蛇の卵が一個。なんかでかい。人一人入りそうなサイズだ。

  「あれ、もしかして‥‥」

  「どうやらはたてさんはあの中みたいですから。あとで割るなり温めるなりご自由にどうぞ」

  「ぶ」

  はたては卵に封じられていた。どうやらミシャグジ憑きの早苗の神代大蛇は、相手を飲み込んで卵に封じるオモシロ機能付きへと進化したらしい。早苗自身でもなぜそのような機能がついたのかわからなかった。ミシャグジのせいということだけはなんとなく理解できた。

  そんな状況を縁側から眺めていた神奈子は驚いていた。

  「‥‥早苗の神代大蛇ってあんな技だっけ?」

  「ミシャグジ憑いてるんだもん。あれくらいの奇跡起こせたっていいんじゃない?‥‥ふふ、いいねえ、いいねえ、まるで荒神様だぁ‥‥懐かしいなぁ。昔はアタシもあんな感じで‥‥」

  「いや、さ‥‥もういいよ」

  諏訪子が相変わらずだったので、神奈子は諦めて目の前の状況に視線を戻す。

  上空では射命丸が呆気に取られていた。いや、こらえていた。

  しばし早苗の攻撃から回避行動をとりつつ沈黙していた射命丸だが、ついに我慢出来ないとばかりに爆笑し始めた。

  「ぶ、ぶはははは!はたて、何?あんた何回卵から生まれる気!?あははははは!いや、アレも面白い!後で撮っておきましょう!うははは!」

  「さいてー‥‥」

  「なんとでもおっしゃってください!私はネタのためならば、魂後輩部下同僚、家族だって悪魔に売りとばしますよ!」

  カカッ、と天狗下駄がそびえ立つオンバシラを捉える。文は湖の浅瀬にそびえ立つオンバシラの天辺に仁王立ちになり、天狗扇を早苗に向かって構えた。

  「さあ、あらくれるだけの若い蛇神様!あなたは大人しくしていればいいのです。さすれば私が供え物を運び、記事を書いて参拝客を呼び、さらなる信仰をアナタに与えてあげましょう!――――ほらほらぁ、黙って見世物になってればいいんですよ!必殺、『幻想風―――』」

  「じゃあ、その体を供えてもらいましょうか、早速」

  「は?」

  「神代大蛇」

  文の足元が急に消えた。下を見下ろせばほの暗い肉の穴、白い牙。

  叫ぶ暇もあらばこそ。幻想風靡の宣言途中で、足場にしていたオンバシラが突如大蛇と化し、哀れな天狗は飲み込まれてしまった。

  「いやあああああ!」

  「‥‥」

  「ちょ、こ、これは無しでしょう、足場、蛇にするって、ずるいです!」

  「‥‥」

  「しかも、技だそうとしてる時に、攻撃なんて、どこぞの悪の秘密結社でもしませんよ?あ、どこ舐めてんのこの蛇!」

  「‥‥」

  胸元まで飲み込まれた射命丸。腕を振り回し、なんとか蛇の口から逃れようと必死にもがく。そして怯えきった声で命乞いを始めた。

  「ね、助けて、こんなんじゃ私悔しくて死にきれないですっ。お願い、早苗さん、助けて!お、おねがいですよう‥‥」

  「‥‥」

  「いやだ、やああ・・‥蛇、あ、飲み込まれる、いや、いやああ!」

  「‥‥」

  それがまた非常に胡散臭く、しばらく黙って見下ろしていた早苗だったが、ため息をひとつ吐くと、ついっ、と尻尾をくねらせて射命丸の方に向かって近づいた。

  射命丸の顔が一瞬輝く。早苗はジト目で射命丸を睨むと、静かに口を開いた。

  「先程貴方は記事のためなら魂でも何でも悪魔に売り飛ばすと言いましたね」

  「へ?‥‥あややや、それは言葉のあやというか勢いという奴でありまして、決して普段そんな非道なことを考えて生きているわけではございませんよ。私は至って善良で――」

  「なら、私もそうしたいと思います」

  「おい」

  「私の存在を守るためなら何でもします。じゃ、射命丸さん、しばしのお別れですよ」

  「あ、こらっ、まっ」

  一瞬蛇の腹が凹んだか思うと、次の瞬間急激に膨らみ、スポイトのように射命丸を一気に吸い込んだ。ばくん、と蛇の口が閉じられる。

  射命丸もしばらくじたばた抵抗していたが、そのうちおとなしくなった。そして蛇は消え、卵が一個残される。

  「どうせ、アタシは荒くれ者の蛇神様ですよう、だ」

  すん、と早苗は小さくつぶやいて鼻をすすった。

  どうにか天狗を仕留めることができたが、早苗は正直勝てると思っていなかった。幻想郷最強種族との呼び声高い天狗を二人も同時に相手にして、ここまで出来るとは。ミシャグジの力はやはり強大だ。

  召喚術と化した神代大蛇といい、ミシャグジの力が予想以上に自分に馴染んでいることに、つまり人外と化しつつある自分の体に、早苗は改めてなんとも言えない気持ちになった。

  姿を晒せばさらすほど神性が「白蛇」に入れ替わっていくのだろう。もうこれ以上外に出て姿を晒す理由はない。

  そう思って、神社に引き返そうとした瞬間だった。

  「うーらめーしやー!ってえええええええええ!」

  「――――――!!!」

  どばあああん!、と水色の隕石が早苗をかすめて湖に落下した。

  "虚しい戦いだった"的なオーラを出して空中に佇んでいた早苗の上空から、ものすごい勢いで多々良小傘が急降下爆撃的登場をし、驚かそうとして早苗の姿に逆に驚き、バランスを崩して湖に一直線に突入したのだ。

  また姿を見られたことに早苗は絶望した。しかし小傘を放っておくわけにもいかず、湖のほとりに着地する。

  小傘は上半身から湖底に突き刺さり、下駄を履いた足首だけが覗いている状態だった。

  時折足首がぴくぴく動く。なにか苦しそうなうめき声が聞こえてくる。

  窒息ぐらいでは妖怪は死なないだろうが、流石にこのまま放っておくのは現人神として、‥‥友人として寝覚めが悪い。

  「お人好しな自分が嫌になりますね‥‥」

  早苗は尻尾を伸ばしてその細い足首に巻きつけ、小傘を抜いてやった。

  

  

  [newpage]

  

  

  水から上がった小傘は、びしょ濡れの体も構わずに早苗に近づくと、驚いた声で話しかけてきた。

  「さ、早苗!なに!?どうしたのその体‥‥‥!ほんとに神様になっちゃったの!?その尻尾は?わあ、蛇だ!まっしろ!」

  「前から神様ですっ!現人神で‥‥あ、いや。これはですね、あの」

  「す、すごおい・・‥な、なんか空気が違うよ‥‥」

  「こここれ、これはですね、こ、こすぷれ、そう、変装ですよ!近々天狗の里の飲み会でかくし芸を披露しようと思ってましてね!ほ、ほら、サーペントのコチヤ、ってかんじで、ほーほっほっほっほっほ!って、ほら、ね」

  「わああ‥‥」

  「ね?信じて‥‥?」

  どうにかこうにかごまかそうとする早苗だったが、小傘は普段の子どもっぽい雰囲気はどこへやら、まるで無垢な乙女のように、憧れと祝福の表情を早苗にふりかけてくる。ご丁寧に、手まで祈るように前で合わせている。

  長い胴体の分、自然と早苗が見下ろして、小傘が見上げる形になっているのもまた小傘の乙女的空気に拍車をかけている。一層訳のわからない焦りに支配される早苗をよそに、乙女小傘の台詞は続く。

  「ううん、ごまかさなくて良い、恥ずかしがらなくていいよ早苗。早苗からしたら、ちょっとびっくりするような姿かもしれないけどさ、私には分かるもん。ついに早苗も、あの神様たちみたいになったんだね‥‥」

  「いや、あの、その」

  「いいなぁ、あこがれなんだよ。神様って。私たちだって付喪神、なんて神って字貰っているけどね、実際は、ただの妖怪。ばけどうぐ。ほんとに崇められて、神様になっちゃう道具なんて、めったに居ないんだからさ‥‥」

  「だから、あの、ちょっと話を‥‥」

  「えへへ、でも残念。現人神様なら、まだ驚きの感情とか、食べられたんだけどな。半分人間だからね。‥‥今の早苗からは驚きとか食べられなくなっちゃんたんだね‥‥さっき、ちょっと驚いてくれたけど、食べられなかったもの」

  「は!?」

  「はあ、いつかおもいっきり脅かしてやるって思ってたのに、ちょっと、残念だなぁ‥‥」

  「え、いや、ちょっと!?」

  「おめでとう!早苗!」

  早苗は激しく動揺した。

  今なんと言った?もう人間ではないみたいなことを言わなかったか?

  人間ではないから、もう私からは食事ができないと。できなかったと。

  ならば、すでに神性は『現人神』ではないということに‥‥

  白蛇の早苗、誕生の瞬間である。

  「あれま」

  「思ったより早かった、ネ」

  遠くからやり取りを聞いていた二柱。諏訪子がぐふふ、と笑った。

  「あ、あああ・・‥」

  「早苗?」

  「も、もういやああ!」

  「ぐ!?っふうっ」

  「あ、早苗!?どこいくんだい!」

  すれ違いざまに尾っぽで小傘を引っ掛けると、静止をかける神奈子の声も無視して、そのまま早苗は小傘を連れて飛んでいってしまった。

  後には二つの卵と、ようやく復活したのか、のそりと起き上がりぐふぐふと笑う諏訪子、そして心配そうに空を見あげる神奈子が残された。

  「おいおい早苗‥‥落ち着きなさいよ、少し」

  「ふふふ、早苗ちゃん、待っててね。ミシャグジを統べる王として、絶対貴女を迎えに行くからね‥‥」

  アブなく燃える祟り神。神奈子は斜め下に視線を落とす。

  「‥‥これはアンタの仕業?」

  「へ?」

  「いや、何でもない」

  何事か問いかけた神奈子だったが、きょとんとした諏訪子の声に頭を振って空に視線を戻した。

  「‥‥まあ、白蛇、ね」

  ぽつりと漏らす呟きには、安堵と恐怖の色が。

  ぐふぐふ笑う諏訪子の横で、神奈子は思い詰めたように拳を握っていた。

  

  

  

  

  

  

  つづく。

AdAd