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あたしと少年が温泉に入るまでのくっせえくせえ1か月

  「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

  「なんだってこんな音声入ってんだよナビなのにふざけてんのかこのっ」

  「おばさんが入れたんでしょ。このアイドルオプション」

  「うっさい」

  がるる、と牙剥いて唸る私を、少年は生暖かいジト目で睨み続けた。

  「そら、次のランプまで時間ねえぞ!根性出せ根性!」

  「おおおおお!」

  「バリア逆噴射!船体軸線ランプ降り口の軌道に合わせ再確認!微調整はナビに任す!温泉行きてえんだろオら!」

  「おおおおお!温泉温泉温泉温泉!」

  「温泉温泉温泉温泉温泉風呂風呂風呂風呂!」

  二人とも汗だくで叫ぶ。エンジン出力ゲージがじわじわと上がり始めている。

  ばかだなー。この光景スゲーバカだなー。

  まあでも、いい顔すんじゃねえの。ちょっとカッコいぜ少年。

  7つ8つ離れた工科学校に通う14の甥っ子に夏休みの職場見学の宿題がでたと、姉が依頼の電話してきたのは出発1か月前の話。

  そりゃ専業主婦と父ちゃんが軍規ギチギチな軍艦乗りってんじゃあ、おうちの職場見学なんて無理なのはわかっけど。よりにもよってなんであたしなんだと吠えまくったのが遠い昔のようで。なんでしがない長距離貨物船なんてのが代わりになるのか。おまけに運転手はガサツで酒飲みな女っけゼロのこの私だぞ。

  「昔正月に会ったの覚えてる?ヒロノリもあんたと話して船乗りなりたいって言って学校選んだんだよ。ま、普段男みたいな生活してんだから、たまには女っぽい振舞でも思い出してみたら?」

  うっせえわと怒鳴りまくったけど、悲しいかな謝礼でエンジンのオーバーホール代援助したると言われたら、従ってしまうのだよぼろ船の船長としては。くそっ。

  「けどなんでハイエナ‥‥」

  「慣れろ!これだって仕事着なんだよ!」

  んで乗せた甥っ子がまたかわいくねーことばっかりいいやがる。私の姿を一目見るなり眉間に皺寄せてため息つきやがって。昔の純粋ぷにぷになオマエはどこ行ったんだ。

  「人間の格好のほうがよかった」

  「あんな昔の見た目は忘れろって!これは仕事着だって言ってんだろ!」

  「あのほうが綺麗で格好良かったのに。パイロットらしくて」

  そう言って携帯端末の画面を突き出してくる。

  そこに映ってるのは黒髪ロングの華奢な女性。酒飲んで笑って足揃えて座ってきれいだねー。

  「あなたでしょ!カレンおばさん!」

  「おばさんいうな!」

  「もー!なんでよりによってハイエナスキンなんか!」

  「気に入ってんだからいいだろー」

  「しゃべり方もガサツになってるし、獣臭いし酒臭いし」

  ったくいつまでもグダグダと。

  少年が言う通り今の私はハイエナだ。正確にはハイエナっぽい人間。入れ墨のノリで体に定着できる人工獣毛外皮。これを着れば丈夫な毛皮に牙に耳。おそろしげな半獣半人の出来上がり。脱ごうと思えば脱げるけど、もう一度着るためには医者行かなきゃならないから滅多なことじゃ脱がない。

  一応就職した時は綺麗な身なりはしてたよ。でも長距離貨物船なんて気ままで荒くれものばっかりの職場で、さらつやロングおめめぱっちり生まれたての小鹿みたいな見た目なんか超面倒。これ着てると荒くれのおっちゃんたちにも対等に言い合いできるし、牙と爪のおかげで変な奴もよってこねえし何なら喧嘩もできちゃう。なにより身なりに気を使わなくてスゲー楽。港で缶ビール飲みながら腹ぼりぼり掻いて歩いてても気になんない。生命工学万歳。今だってスポブラに男物のトランクス一丁だし。

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  そう言って腹掻いたら、少年がまたにらんできた。

  「そこまで女らしさが嫌いですかぁ」

  「仕事してる間は邪魔なだけ。いいオス居たら脱ぐ」

  「オスって言わない獣臭い!ああ、あんな格好よかったおばさんが何でこんな毛むくじゃらのケダモノに‥‥」

  「ケダモノでいーよ。あたしハイエナだもーん。がうがう」

  舌ベロンて出してハフハフ笑ってやったら息が酒臭いって向こうむいちゃった。ざまあ。

  「おまけにこんな時にお風呂故障とか」

  「こんなぼろ船に乗りたいったおめーが不運なだけだよ」

  「限度ってもんがあります!ボイラーの故障じゃなくて配管が腐食して複数本崩壊してるって何事ですか!」

  一応少年は工科生だからして、配管なおそうとしてくれたんだけど、腐食とキャビで配管が紙筒みたいに薄くなってたってブチ切れてずぶ濡れになってた。

  「船は会社の支給品なんだから仕方ねーべ。到着地に着くまで我慢しろ」

  「船員組合の協定で生活設備の整備費用は支給されるはずです!何に使ったんですか!」

  「しーらね」

  そのタイミングでサワー呷ってやる。何言いたいかは分かるよね、お利口さん。

  「ったく、あと2週間風呂なしで獣臭にまみれるなんて無理です‥‥」

  「臭いだの汚れだのンなもん気にしてたらダ〜メ。それが長距離貨物船なんだよつべこべいうな」

  「主語がでかすぎます」

  そう言って少年はナビを弄り始めた。超空間回廊の経路探索をやり直してる。

  今この船が飛んでる超空間は主要な恒星に設けられた常設ゲート間を結んでいる。個別の船にくそバカ出力の主機載せて自力ワープさせるより、ワープゲートを常設して通路を作っちゃえば、ワープドライブなしの低コスト船で超光速航行ができる。ゲート建設と回廊の掘削にはコストがかかるけど、一度建設してしまえば恒星のエネルギーで半永久的にワープゲートが固定できるのだ。このインフラのお影で船が大量に飛ぶようになり、流通コストは格段に下がった。お前のミルクだって、これで地球から運んだんだぞ?

  「おばさん。提案」

  そんなありがたみを分かっているのかいないのか、生意気な甥っ子がまたおばさんって言ってくる。

  「一応あたし船長だかんな」

  「おばさん」

  無視された。

  「かわいくねーやつ」

  「いま飛んでるオリオンE7航路だけど、この先のおおぐま13番ゲートでいったん降りられない?」

  「却下。納品遅れる」

  「そこでオリオンE7からE13に乗り換えればおおぐま13で3日過ごせるから」

  「何すんだよそこで」

  「温泉」

  少年がモニタに観光客が笑って真っ白なお湯につかってる画像を出してきた。一応聞いたことはある。全球凍結でほとんど氷の惑星だけど、赤道近くは火山が多くて温泉とレジャーで開発が進んでる星があるゲートだ。‥‥ケモノのかっこしてるとはいえ一応あたしも生物なので、熱い温泉でリフレッシュというのは非常に魅力的だ。けどな。E13はショートカットできるけど通行料高価なんだぜ。

  そう言ったらキリリ眉の真剣な顔が帰ってきた。

  「父さんに頼み込む。僕の迷惑代として払ってもらうから」

  食い下がるヒロノリに、あたしはレモンサワーのげっぷを吹きかけてやる。

  「自分で稼げねえ坊ちゃんが親の金で得意げな顔すんじゃねえよ」

  「出世払いで!通行料くらいならすぐ!」

  「風呂に入れねえのは悪いけどよ、我慢しろ」

  「行けるのに‥‥!」

  「フライトレコーダーついてんだよ。違う経路使ったら会社にバレるし、そもそも通行料はこの船のトランスポンダ使って会社が自動建替えすんだからよ。違う経路跳んで高い通行料払わせたら大目玉」

  「‥‥つまらない」

  そういって少年はぶんむくれて温泉惑星の広告を睨みつけていた。まあ、初めての長距離航行だ。あんまり悪い思い出ばっかりなのも可哀そうなのはわかる。

  「帰りだ、帰り」

  えっ、とヒロノリが驚いた顔で振り向く。

  「今回は帰りの荷物無いから自前での荷受けOKなんだよ。行きは急ぎだから経路も日程も最短で決まってるけど、帰りは自由なんだよ」

  しばらく少年はぽかんと口を開けていたが、やがてぽつりとつぶやいた。

  「温泉、いけんの?」

  「しゃーねーからおおぐま13寄るよ。観光地だ。なんか荷物あるだろ」

  「よっしゃ!」

  コパイ席で跳ねるヒロノリ。こうやってると昔の面影あってかわいいんだけどなー。

  「温泉行ったら思いっきり洗ってあげる!犬みたいな臭いでもう鼻バカになってると思うし!」

  「てめえこのやろ」

  「うっぶ!」

  犬呼ばわりしたので胸ぐら掴んで胸元の体毛に顔押し込んでやったら厶せて暴れてた。ったく。

  臭いの平気だけどあんまり言われると腹立つの。めんどくせー叔母さんでごめんなぁ。

  *

  「そ、それではこちらが係留許可のトークンで‥‥あの、何があったんです。猛獣でも輸送してたんですか」

  「そんなとこです」

  たてE4の終点、6番ゲート貨物港。眼鏡ハンサムの係員が非常にやんわりと“くせえ”というのを、鼻筋に皺寄せながらハイエナ的笑顔で誤魔化すあたし。

  後ろではヒロノリが伸びをして新鮮な空気を思いっきり堪能してる。

  事務的なやり取りをそそくさと済ませ、ふらふらと微小重力の駐機場を飛んでく係員の背中に、あたしは唾を吐いた。

  「女が来るからって鼻の下伸ばしやがって」

  「なんかされたんですか?」

  「ここは地球圏のどん詰まりで、別の星系向けの港でもあるからな。あいつら異星人相手なら大体宇宙服で応対するんだけどよ。あたしの名前が地球人だったから顔を見せたくて宇宙服なしで来たんだろうぜ。ナンパだよ。そしたらこんな臭えハイエナ女がいたわけだ。ハイエナ姿で船員写真は出してたけど、それでも来たんだな。わはは。下心砕かれて残念だったなぁ」

  尻尾振って牙見せて笑ったら、少年がジト目になった。

  「自分で言ってて悲しくならないですか」

  「うるせえ。荷おろし終わったら飯でも食いに行くぞ」

  「いや、無理でしょ」

  「なんで」

  少年がド級の溜息をついた。

  「ぼくらが入れる店あると思うんですか。こんな臭いハイエナ女と子分が」

  「う」

  すげえ恨みがましい目で見てくる。かわいそうにずっと一緒の船に居て、彼も風呂に入れてなくて、あたしら二人からはすごい臭いがしてる。周囲を見れば驚いたようにこっちを見てる顔ばっか。まあ、2週間風呂入ってない獣人だし?あたしだって申し訳ない匂いさせてると思うけどさ。ここのラーメンうまいんだよ‥‥けどすげえなコイツ。臭いに慣れたか。

  「おーおーおー。すげえ臭いだから猛獣かと思ったらおめえかよカレン」

  「うわ、出たなジジイ」

  「誰です?」

  「あたしの師匠。会社の同僚」

  金色パンチパーマの頑丈そうなでかい爺さんが、片手あげてニヤニヤしながら歩いてくる。男は傍らのヒロノリに気が付いて、ニンマリ笑った。

  「お、オスを連れてる。ハイエナ娘が」

  「オスじゃねえ甥っ子だ」

  「アマガイヒロノリです。職場体験でオバサンの船に乗ってます」

  「お、いっちょ前に挨拶できるな。サトウだ。こいつの人間時代の教官であれの船長」

  ジジイの船は超空間回廊がない地球外星系にも行けるワープ用の動力炉積んでる大型高級外航船だ。

  「まだ人間だって」

  「港の反対側からでも嗅げるような刺激臭出してても平気な顔してる奴なんか人間じゃねえよ」

  「なぁん?」

  「どうどう」

  ジジイがヘッドロックみたいに私の上から腕回して覆いかぶさる。下は一応作業服着てるけど上はスポブラだけだから、2週間風呂なしのべたつく毛皮が触れてるのに、まったく気にしないで触れてくる。荒くれも多いけど、変に気取らないこういうノリが好きだから私は貨物船の操縦士になったんだ。

  ジジイはひげ面をハイエナ耳に近づけてくる。

  「耳くせえからあんま近づくなよ」

  「風呂壊れたんだろ?配管屋もいるから時間ありゃ直してやんだけどよ、申し訳ねえけどすぐに出ろ」

  「ええ?」

  ジジイがニヤ付きながらも声量とトーンを一段落とした。

  「ガレアの富豪が視察にきてる。おめえ、そんな匂いさせてうろついてたら嫁にされて連れ去られるぞ」

  「よめっ」

  ガレアというのは見た目がライオン風の宇宙人だ。銀河バルジ近くに連邦国家を持ってて、猛々しい見た目のわりに商売も得意なやつら。

  「船の航海士にガレアの人間いるけどよ。お前の匂いすげえって興奮してたぜ。あいつらの誘引臭にそっくりなんだとよ」

  「は?は?」

  「超セクシー。お前が」

  「が!」

  たまにいるのだ異星の物好きが!このハイエナ女のかっこしてりゃ変な虫は寄ってこないけど、異星の蟲が時々飛んでくるのがこの格好の唯一の問題点!おまけにガレアの婚姻は地球の誘拐婚にそっくりで、連れ去られたら超面倒。断っても“フラれ記念ハネムーン”とか訳わかんない儀式があってまず半年は帰ってこれない。

  「タイミングわりぃなぁくそっ!」

  「出港に合せてドライブ試運転で重力波ジャマーかけっから、その間に超空間回廊へ入れ」

  ジジイは私のくせえ頭をわしわし掻いてきた。指に臭い付いちゃうぞ。

  「いきましょう。御一行、ターミナル通路に来たみたいですよ」

  ヒロノリが目配せする。通路に、こちらに向かって移動してくる一団の影が窓越しに見える。

  「ありがとう。会社帰ったら土産持ってく」

  「あんま気使わんでいい。それより目つきも振舞いも良いガキだな。良く仕込んどけ」

  「は」

  言ってジジイはすぐに自分の船に向かってすっ飛んでいく。あたしも踵を返してヒロノリに指示を出す。

  「緊急だ。エンジン始動しとけ。係留索と補給チューブ切ってくる」

  「僕のほうが‥‥外にいる間に来ちゃったらヤバいんじゃ」

  「けどおめえやり方知らんだろ。エンジンなら学校の実習船と同じだ。温めとけ」

  少年は是非もなく操縦室に飛んでく。そういえば優秀だよな。さらっとやるから。

  あたしはタラップ脇のコンソールに取り付き準備にかかる。予定外だし推進剤がまだ70%しか入ってないけど、おおぐま13までなら十分。操作卓の画面にトークンを押し付けて係留解除と出航を選ぶ。画面にはさっきのハンサム眼鏡が出てきた。あ、ガム噛んでやがる。よっぽど臭かったか。

  「も、もう出航ですか?ずいぶんとお急ぎで‥‥」

  「急用。荷おろしは終わったろ?カーゴベイ閉鎖したいけどいいか」

  「職員がまだ‥‥」

  「空っぽの船倉に何の用だよ」

  「検疫がまだ終わってないんです。スキャンは終わったので証明書貼付までもう少々お待ちください」

  「早くしろよ急いでんだけど」

  「元のご予定が20時間の停泊でしたので‥‥」

  「だぁから急用できたんだわ。悪かった。キャンセル料は会社の名前で領収書だしてな。あ、もう中入るから職員の退避完了の連絡は操縦席に頼むわ」

  「はい‥‥」

  気弱そうな眼鏡君にあれこれ押し付けると、トークンを回収箱に投げこんでタラップに踏み込む。

  エプロンにでけえ声が響いたのは同時だった。

  「ああ!あそこです!あのハイエナ女!この匂いはあの女からです!」

  「ゲッ」

  振り返れば1人の男がガレアの正装である濃紺のローブを纏った獣人達の前でこっちを指さして騒いでる。小遣い目当てだなクソが。んでもう1人黒い宇宙服の男が飛んできてる。こっちは通訳か。

  「お待ちを!あの方が一目お会いしたいと!」

  男が指差す先、ひときわ大きな獣人が、金の縁取り入れた紺のローブから片腕出して胸に当ててる。結婚申し込みのジェスチャーじゃん、ふざけんな。あたしは牙むいて吠えた。

  「うっせえ!もうこの船は出航するんだ!係留索も切った!離れんと宇宙まで引きずってくぞ!」

  「一目ぼれだそうで、どうか一言ご挨拶だけでもと」

  「一目?どこでだよ適当言うな!臭い嗅いで盛ってるだけだろ変態が!」

  「声が大きいです!にゅ、入港管理局の船員リストで」

  「なんでんなもん流出してんだよ!閲覧は職員限定だろ!」

  「管制室の視察で偶然‥‥」

  「がああああ!知らん!エアロック閉じるぞ!」

  「お待ちを!」

  男が手を伸ばしてきたけど、生憎半裸に等しい格好だったので行き場のない手がスポブラに伸びてきた。がっと頭に血が上る。

  「おっまえ!」

  あたしはあえて抱き着くように接近するとヘルメットの救急用緊急開放ロックを外してやる。1気圧なので抵抗もなくロックが外れた。

  「なにを――――」

  「お前も嗅いでけ」

  がぼん!と肘でヘルメットを叩き上げるようにして外すと、そのまま灰色ブチ模様の毛むくじゃらの腕で顔を締め上げてやる。鼻をワキに挟んで。

  「~~~~~~~~!!!」

  「2週モノだぜ」

  「カレンさ‥‥うわぁマニアック」

  「うるっせえ」

  呼びに来た少年がまた冷たいジト目に。急激に脱力した男は力なく漂っていった。

  「すげえ」

  「‥‥」

  ハイエナの格好してるし臭いも汚れも平気なんだけど、ちょっと胸の奥が切ない。まあ、いちおうあたしも、20代の女であるからでして。‥‥いや、そんな臭かった?

  「誰がお相手ですか」

  そんな私の脇の下から顔を出してくるヒロノリ。スゲーなオマエ。

  「お相手いうな。あの一番でかいやつ」

  エアロックから一緒に顔を出す。すると皇子は驚いたように目を見開き、尻尾を手に持って直立不動になった。

  「うえ!ガレア本星の第7皇子じゃないですか!嫁さんに星一つずつプレゼントする人ですよ」

  「いやがらせかな?」

  「尻尾を持ったってことは謝罪ですね。なにしたんです」

  「知らん。さっきまで求愛サイン出してたぜ。今のうちに行くぞ。エアロック閉じるから出航操船やれ」

  「たぶん僕のことダンナと勘違いしましたね。略奪愛だけはご法度ですから」

  「ほう」

  まだ皇子を見てない金目当てのクソ共がわあわあ言って飛んでくる目の前でエアロックを閉じてやる。インカムから少年の声が響く。

  「管制から連絡。職員退避完了!」

  「牽引ビームを出航用アンカーブイに固定!巻き上げ速度[[rb:アンブル > 最微速]]!カーゴベイ閉鎖!港の気密スクリーンを抜けたら5秒で[[rb:ギャロップ > 最大速度]]!」

  密閉空間の港でロケットなんか吹かしたら風船みたいに爆発するから、黄緑の牽引ビームを頼りに船は無音でするする桟橋から離岸する。

  「ヒロノリ、ガレアの連中は」

  「みんなこっち見て静かに立ってます。挨拶しますか」

  「共通信号で航海の無事を祈ると表示」

  「アイ」

  変な汗かいた体がまた臭くなった気がして、出港をヒロノリに任せて私は消臭スプレーを取りに行った。

  それが失敗だった。

  *

  「僕が、僕がちゃんと見とけば‥‥」

  「出港時に確認しなかった私が悪い。だから泣くな」

  「カレンさぁん‥‥」

  おおぐま13までもう少しというところで、あたしは少年を抱いて慰めていた。

  出航したときに推進剤補給口の閉鎖が悪かったらしく、もうすぐおおぐま13というところで故障して推進剤が大量漏出したのだ。回廊には補給所もあるから帰れはするのだが、それはおおぐま13より先にある。つまり温泉素通り。

  風呂が壊れて3週間強。温泉が近づくにつれて否応にもテンションが上がる少年に、あたしもつられていたので航路計算が成り立たないと知ったときの失望感は半端なかった。彼は貸し切り風呂まで予約してたし。

  「まだ行けっかも」

  「え?」

  獣臭をモノともせず泣きはらした目がこっちを見上げてくる。あたしは彼をコパイ席に座らせるとキーボードを叩く。

  「なんで長距離貨物船に乗員が必要か知ってるか」

  「超空間では観測していないと、消滅するから」

  んだ。超空間飛行では存在を認識することが重要だ。ここにいる、在るという観測を誰かがして船の存在確率をあげないと、いずれ存在確率が低下して消滅する。だから隕石など障害物を気にせず飛行できるし、だから無人にはできず、あたしたちのようなパイロットが必要なのだ。

  「この船は古くてな。普通の反動推進系の他に超空間用の思考増幅確率変動推進器もある」

  「え」

  「“前に行きたい”って強く考えると、機械がその思念を増幅してこの空間でその確率を上げる。超強い気持ちで願えばその方向に船が進む」

  「‥‥」

  「超空間でしか使えねえし、訓練してねえと出力は不安定だしで廃れたけど、ランプを降りるための推力くらいなら稼げるはずだ。そのまま惰性航行と残りの燃料ででおおぐま13のガススタまで行く。やるぞ。もうすぐゲートだ」

  ナビに経路計算を指示する。回廊からゲートに上がるランプは回廊崩壊なんかに備えて標準で5つある。そのどれから入っても同じゲートから出れる。

  「突入後そのまま惰性でガススタまで行けるランプは4つ。5つ目は惑星まっしぐら。4回チャレンジして無理ならおおぐま12Aのシャワーだ」

  「な、なにすれば、こんなの訓練でもやったことないし」

  「操縦桿握って、とにかく強く念じろ。あとはナビが舵を切るから!おら、ドライブ起動!」

  周囲に金色の粒子が舞う。ヒロノリは目を閉じて何か念じてるけど、ドライブは何も反応してない。

  「口に出せ!叫べ!」

  「温泉っ!」

  「ぶ」

  「温泉!温泉!温泉温泉温泉!」

  まるで宇宙船を操縦しているとは思えない絶叫。しかしコンソールに電光が灯る。反応したぜヒロノリ!

  「よっしゃそのまま叫べ叫べ!あたしも叫ぶぞ!温泉温泉温泉!風呂風呂風呂風呂!」

  「温泉温泉温泉!」

  『第1ランプまでの距離100。ΔV足りねーんだけど反動推進系を起動してくれね?』

  「はあぁ!?」

  突如流れた優男の声に集中が切れてコンソールが暗くなる。よりにもよってこんな時に!

  「これってあのアイドルのオプション音声‥‥」

  「気にすんな!昔入れて忘れてただけだ!叫べ叫べ!温泉温泉温泉!」

  「ファンだったんすね。通りで喋り方が」

  「雑念やめ!」

  第1ランプが過ぎた。残りチャンスは3回。

  「チャンスは残り3回です」

  ナビがふざけた音声を流してくるなか、二人して吠える。少しずつ船はランプに向かう軌道に乗り始めたが、第2、第3ランプと無情にも過ぎ、ラストチャンスになってしまった。

  「っは、はああ、さけぶの、しんどいです」

  「根性見せろ!1か月風呂なしでまた汗かいた!温泉行けなきゃあたしもお前もめっちゃくせえママだぞ!」

  「うあああああ!温泉温泉温泉温泉!」

  ヒロノリが絶叫する。ランプまであと少し!

  『第4ランプまであと120っす』

  「カレンさん!」

  ああああ!最終手段だくらえ!

  「よく聞け!もう臭くてしょうがねえからよ!風呂入るときハイエナの皮脱いで入ってやるよヒロノリ!混浴だこんよく!」

  「!!!!!!」

  次の瞬間、操縦室が黄金に輝いた。

  [uploadedimage:16783699]

  *

  「っふあー‥‥」

  「あぁー‥‥」

  氷結惑星の雄大な火山を眺める、氷原に設けられた露天風呂。真っ青な空の下、清冽な空気とまぶしい雪に囲まれて、真っ白なお湯に肩までつかる。

  かけ湯で黒ずんだ液体が二人の体から流れ出した時にはドン引きしたけど、飛び込んだお風呂はめちゃくちゃ気持ちよかった。

  「あー‥‥温泉来れてよかったー」

  「しゃべりかたかわってますよー」

  「わたしいまハイエナじゃないもーん」

  約束通り‥‥わたしは獣毛を脱いで素肌でお湯につかっていた。毛皮脱ぐのは何年ぶりだろうか。

  しゃべり方も昔の私。脱いだ時までガサツでくさいハイエナのカレンじゃない。

  ヒロノリは向こう側で空を見て体投げだしてとろけてる。あの子はこんな凛々しく大きくなったんだねえ‥‥謎の感慨がひしひし。旅の間も頼りになったし。

  「皇子から詫びの金一封とどいてたしー。懐もすっごいあったかー」

  「すげー」

  呆けた合いの手が帰ってくる。いいわぁこのまったり感‥‥

  「カレンさーん」

  「なんだいヒロノリくーん」

  「学校卒業したらカレンさんの船乗りたいなー」

  「‥‥軍艦じゃないと父ちゃん泣くぞー」

  「いいよー。父さんは船好きだから思いっきり宇宙飛べる仕事に就いただけだしー。ぼくも船が好きなだけだから面白い船に乗る」

  ‥‥マジか。

  少年は相変わらず空を見ていた。

  「こっちむけよー」

  「‥‥」

  ああ、そうか。

  「向けないもんねー、思春期パワー全開ドライブ、素晴らしい加速でした。脱ぐって言った瞬間どかーん」

  「っち、ちがっ、何言ってるんすか!」

  「白いお湯でよかったねえ、少年」

  「わあ!」

  湯煙の向こうで慌てた水音がする。ま、とりあえずきちんと学校卒業したら考えないでもないかな。この船機関士いないし。

  それになヒロノリ、覚えてる?

  いいオス居たら皮脱ぐって言ったよな。

  ーーだから脱いだんだぜ今回は。まあまたすぐ着るけど。気づいてねえだろ。

  「あー。きもちいいわぁー‥‥」

  ほんわか声と一緒に、湯煙はたかいたかい青空に溶けていった。

  さいっこう‥‥

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