狭間に舞いしもの

  とある地方のとある森では夜な夜な野生のポケモンたちが集まり乱闘バトルで力自慢をしているらしい。

  そしてまた別の地方のとある森でもまた違う形で野生のポケモンたちが集まり己の腕を確かめあっていると言われているが、その真相は定かではない……。

  とある地方のステージイベントが終了し、出演していたモデルたちもようやく一息つきながら支度室で各々の私服に着替えて現地解散を始めている。

  そんなモデルたちの中にトキナもいた。

  ロングヘアーに彩られたクールさと穏やかさの混じった感じのある目元や顔立ち。

  もちろんスタイルもそれなりのものだが、今の段階では今回出演しているモデルたちの一人ーという所である。

  ふいにモデル仲間の一人から打ち上げの誘いを受けるが……。

  「ごめんなさい、今日はちょっと用事があって……」

  と丁寧に断りを入れてしまう。

  別に付き合いが悪いとか「飲めないから」と言うわけではない。

  ただ、今夜は……。

  「近くでよかった……早く行かないと」

  そう言いながら早足で歩き出す。

  彼女が向かおうとしている場所、そこは……。

  とある森の中。

  すっかり夜は深まっており、旅行くトレーナーたちの姿はもちろん、夜行性のポケモンたちの姿も全くと言っていいほどない。

  そんな森の中をトキナはパートナーポケモンを連れずに一人歩いていた。

  場所が場所、時間が時間だけに一人で歩くにはやや物騒な感じだが彼女は意に介さない。

  月明り、そして星明りを頼りにトキナはさらに進んでいく。

  しばらく歩いていると、にぎやかな声が響いてくる。

  人の声と言うよりポケモンの声……たくさんの野生ポケモン達が集まっているようだ。

  その賑わいから距離をとるようにトキナは賑わいの先に目を向ける。

  そこで行われていたのはポケモン達が舞い踊る光景だった。

  トレーナーの指示を受けてのポケモンバトルで見せるものとはまた違う形でポケモン達がその身を踊るように動かし、歌うような声を上げる。

  それはポケモン達がそれぞれの力と技を示しあい、高め合い、認め合う為の儀式の様でもあった。

  その舞や歌を見守る野生のポケモン達も高らかに歓声を上げる。

  ポケモン達の舞台を見ているうちにトキナも心が高まるのを感じていた。

  そっと着ている服越しに胸をつかむと強くなっている鼓動を感じる。

  何より身体が思い切り熱くなっている。

  「うふふっ、今夜も楽しもう……」

  トキナはバッグを下ろし、何かの支度を始める。

  そう、彼女はただこの舞台に観客としてのみ来たわけではないのだ。

  靴を脱ぎ、彼女がおもむろに身に着けていた衣服を脱ぎ捨てた中から現れたのは……。

  [newpage]

  いつの間に着込んでいたのだろうか、青地に白いラインの入ったスポーツウェアを身に着けたトキナの姿だった。

  なめらかな生地とぴっちりとしたそのデザインは彼女が持つ体のラインを相応に魅せている。

  「ふうっ」

  一息つくとトキナはその姿のまま軽くストレッチを始めた。

  ストレッチを行うたび、彼女の身体のラインはスポーツウェア越しにしなやかにかつ美しくしなる。

  一通り身体をほぐし、温めたところでトキナはバッグから一枚のお面を取り出した。

  ポケモンを模したお面の目元とトキナの視線がしばし交差する。

  一瞬笑みが浮かぶとトキナはお面にそっと口づけをする。

  「今夜も―お願いね」

  そう言うとトキナはそっとそのお面を自分の顔に添えるとお面は吸いつくようにトキナの素顔に張り付いた。

  「うっ」

  お面と素顔がぴっちりと密着する感触におもわず息をのむが、そのままゆっくりとお面の中で呼吸を整えていく。

  「ふう…… ふう……ふう……」

  お面が張り付いた顔のままゆったりと身体をたたずませるトキナに変化が起きたのはまさにその次の瞬間だった。

  「ふうっ!?」

  突然お面がトキナの顔の中に飛び込んだ……ような気がするとお面と素顔の密着感がなくなったような気がした。

  無理もない。お面のマズル部が一瞬必要以上に前に伸び上がったかと思うと、伸びきったゴムが跳ねるようにトキナの顔とさらに密着し、文字通りトキナの顔の形と一体化する形になる。

  そんなトキナの顔は形こそ素顔のトキナのそれに近いが、鼻先が赤く染まったマズルはかすかに盛り上がり、そこから伸びるように黄色いラインが左右のほほと眉間に描かれている。

  額には紫の丸い模様が浮かび、そして目元にもアイシャドウのように紫のラインが記されている。

  それはぶじゅつポケモンといわれるコジョンドの顔に似ていた。

  というより今のトキナの顔はコジョンドの顔をそのまま人間の女性の顔に映しこんだようなものになっている。

  フェイスペイントかはたまた特殊メイクか。

  どこか異様な姿にも見えるが、トキナはほとんど気にしてはいないらしくそこから全身を軽くしならせるように大きく息をする。

  文字通りお面と素顔が一体化しているのを示すようにトキナの低いマズルは息をするたびにゆっくりと上下し、口元からも呼吸と吐息が漏れる。

  「ふぅ……はぁ……」

  青いスポーツウェアごしに動く身体のライン、そしてコジョンドを模した形に変化した顔立ちごしに動く表情はやはりどこか魅せられるものを感じる。

  そしてーさらなる変化が始まった。

  ふいにコジョンド風に変化した部分ともとのトキナの顔を区切るラインが一気にコジョンド寄りに動き出す。

  そのラインから突然噴き出すように帯のようなものが噴き出すと、トキナの後頭部をはじめ身体全体に巻き付きぴっちりと覆っていく。

  「うっ……」

  全身を引き締める感覚に思わず体を震わせる。

  あっという間に覆いつくされたその姿はコジョンド風の顔以外はグレーの全身タイツ姿であり、トキナの身体のラインをより印象深く際立たせている。

  だが、それも長くは続かない。

  身体中を引き締める感覚がとろける様に消えていくにつれ、その身体は大きく変化していく。

  全身に獣の体毛が伸びる中トキナのスポーツウェアのデザインに反応するかのように胸周りと腰回りに紫のラインが入り、そのしなやかな両脚はみるみる獣の後ろ脚のような形に変化し、その足先には長い爪が伸びる。

  その形のいいスタイルはみるみる太さを一定にまとめていく中、その胴回りは程よい筋肉に置き換えられていく。

  その両手も獣の前足のように変化していく中、手元から先端を紫に彩った帯のようなものが勢い良く伸びていく。

  そして、その顔立ちも人の顔の枷を解き放つようにみるみるマズルが伸び、耳もまた頭頂につんと伸び、両ほほのラインもいつの間にか髭のように浮かび上がる。

  そして紫のアイラインに彩られていた目元もよりクールで鋭い美しさを抱くものに変化する。

  その姿はまさにコジョンドそのもの。

  とても先ほどまで人間の女性だったとはだれも思わないだろう。

  そんな姿を確かめる様にトキナは身体をしなやかにそらしながら全身を見回す。

  両足をそっと踏みしめ、振り袖のように伸びる両腕の体毛を流すように両腕を伸ばす姿はまるで舞のようであった。

  そこからまるで演武の様な動きで足を踏み込み、腕を突き出し、時にはその身を宙に舞うように飛び上がる。

  「コジョンドォ……(よし、調子はいいみたいね)」

  長い体毛の中で軽く拳を握り、コジョンドの顔でウォーミングアップが万全てあることを確かめるとトキナはそのままポケモン達の舞台に向かう。

  「コジョォ……(今夜も思い切り踊ろう)」

  そんな思いとともに。

  [newpage]

  夜の空気の中でポケモンたちの舞台はなおも続いていた。

  時に白熱し、時に静かな空気に満たされながら。

  そんな中、一体のコジョンドが舞台の空気を離れて静かな足取りで森の中を歩いていく。

  「コジョ……コジョ……」

  舞台の空気から離れる度に少しずつその熱量が静かな余韻となり、コジョンドの心と体を静かにクールダウンさせていく。

  しかし、それは決して不快なものではなくコジョンドにとってはむしろ穏やかな心地よさを感じさせていた。

  月明りや星明りの中、その獣の後足のような足をまるでモデルウォーキングのような足さばきで軽やかに、そして美しく動かしながらコジョンドは進む。

  そうするうちにコジョンドの姿は少しずつ変化していった。

  獣のような後ろ足は少しずつまっすぐに伸びていき、すらりとした形になっていく。

  均一だった胸から胴のラインにもモデルをやっているだけある人間の女性的なスタイルが作られていく。

  細く、形のいい肩幅から延びる両腕もよりすらりと形のいいものになっていき、細くてしなやかな人の手の形から延びる体毛もいいアクセントとなっている。

  そしてその顔立ちはコジョンドのままだが、そこから漏れる呼吸や吐息に少しずつ独特の柔らかさや声色が混じってくる。

  「コジョォ……コジョ……コジャァ……ハァ……ふぅ……」

  モデルウォークをしながら歩くうちにその姿はコジョンドの姿をした人間の女性・あるいは人間の女性の形に置き換えられたコジョンドといえる姿となっている。

  かくとうタイプの中でも独特のしなやかさと美しさを持つコジョンドの姿と動きに人間の女性のそれが重なったたおやかでかつしっかりとした足さばきや手の動き、そして身体全体のラインはどこまでも美しかった。

  そんな中、コジョンドは水辺にたどり着く。

  清らかな水をたたえ、まわりには様々な木の実が茂る。

  「ふぅっ」

  ふと息を漏らすコジョンドの顔はいつの間にかマズルが縮み、コジョンドの顔を人の顔に置き換えたようなものになっていた。

  しかし、その顔は先ほどまでの純粋なコジョンドの顔同様、そのコジョンドと人間女性の入り混じった姿に映えていた。

  とりあえず一息つくとコジョンドは好みの実の茂る木に歩み寄ると実を手に取り、さっそく口にする。

  「……」

  そのあと、コジョンドはその姿を夜の明かりに浮かび上がらせながらたおやかな足取りで歩み、岩にそっと腰を下ろしながらゆったりと身体を預ける。

  時に大きく体を伸ばし、時に軽く足を組んだり。

  時にはちょっとはしたなく腹ばいになるような形で岩に体を預けたり。

  人とポケモンが重なり合ったその姿が見せる様々な仕草は見るもの―それこそポケモンであっても、人であっても魅了せずにはいられないだろう。

  そんな中で一息ついたのだろうか、コジョンドはふと立ち上がるとその顔にそっと両手を添え、軽く持ち上げるしぐさをとる。

  「ふぅぅぅぅ……」

  顔の隙間―そう呼べるものがあるのなら―から一気に外気が入る感覚がコジョンドの身体を吹き抜ける。

  それと同時にコジョンドの体が変化していく。

  全身を覆う体毛が一気に抜け落ちながら霧散し、その印象的な両腕の長い体毛も風に舞うように消えていく。

  体毛が消え、さながら全身タイツのようになったその体表が突然ほどけるとみるみる一点―コジョンドの顔に吸い込まれ、その中から青いスポーツウェアに包まれた人間女性のスタイルがあらわになっていく。

  その顔も頭頂に並んでいた両耳が少しずつ縮んでいき、それを隠すように帯から解き放たれた長い髪が覆いかぶさる。

  コジョンドの顔をしたスポーツウェア姿の人間女性―どこか魅せられるような雰囲気を漂わせる。

  そこから人の顔の形に封じられていたコジョンドの顔が再びピンと伸び、コジョンドの顔を模した一枚のお面の姿に再構築される。

  変化が終わったとき、そこには青いスポーツウェアを着てコジョンドのお面をかぶった一人の人間の女性が立っていた。

  「……はぁ」

  改めて大きく息をつきながら女性―トキナはお面を顔から外す。

  形よく作られたコジョンドの顔の中からクールさの中にも穏やかさを感じさせるトキナの素顔が大きな吐息とともに現れた。

  お面を手にしたまま軽く髪を振り、改めて身体を伸ばす。

  「……」

  コジョンドの姿から人の姿に戻ったことでより気持ちがゆるんだのか、その雰囲気もどこか落ち着いたけだるさを感じさせる。

  ふとその目が改めて水辺に向いた時、トキナは思わず顔を赤くしながら周りを見回す。

  一通り見渡したところでトキナは少し足早に草むらの中に飛び込んだ。

  そこから何をするのか……それを示すかのようにその近くに立っていた木の枝にそっとコジョンドのお面がかけられた。

  その翌朝、森を照らす朝日の中で頭に軽くコジョンドのお面をかけたまま青いスポーツウェア姿で静かに草むらに横たわるトキナの姿があった。

  [newpage]

  とある地方のとある町。

  「トキナ、おつかれ」

  「うん、お疲れ様」

  モデルとしての仕事を終え、帰路に就こうとしていたトキナに友人が声をかける。

  「ねえトキナ、近くのカフェで打ち上げしない?」

  その声に対してトキナは迷うことなくうなずく。

  「お、今日はオッケーみたいだね」

  「あら、わたしはいつでも付き合っているじゃない」

  「そう?この間は……」

  「この間はこの間。わたしもいろいろあるんだから」

  「そうか……なら今日はトキナがおごり―なんちゃって」

  「こらこら」

  友人と言葉を交わしながらトキナはその脳裏で……。

  (そういえば明日は「あの日」だったわね……)

  と、彼女にとっての「もう一つの舞台」に思いをはせていた。

  ふとした偶然で出会ったポケモンたちの舞台、そしてそこで手に入れたポケモンとしての姿はトキナの中に不思議な充足感と活力をもたらしていた。

  それはもちろん今のモデルとしてのトキナの仕事にも張りと活力を与えているのは間違いない。

  これもまたポケモンと人のつながりのあり方―なのかもしれない。

  「ま、とにかく今日はゆったりアフター楽しんでまた明日から―」

  「お仕事お仕事、ね」

  「そ、お仕事お仕事」

  友人の声にトキナは疲れを感じさせない笑顔で答えた。

  了