あの「結構」な日々はもう…?

  かつてとある学園の名声の影にうごめく悪意と狂気に立ち向かった伝説の存在がいた―と言う。

  愛と正義の心を胸に秘め、悪意と狂気に走る者が暴虐を尽くす時必ず現れ鉄槌を下し人々を救ったと言われる存在。

  一説には密命を帯びたエージェントとされ、秘密裏の育成機関も存在していたと言う。

  一説には孤高のレジスタンスとされ、様々な苦難に合いつつも人々の希望となっていったと言う。

  その人数も一人とも三人とも六人とも言われその詳細自体はっきりとしていないが、ただ一つ言えるのはその存在がしいたげられし者達の希望であった事。

  そして何よりも「結構」な存在であったと言う事である。

  例えばそれはこのような―。

  [newpage]

  今日もまた悪意と狂気がほとばしる。

  学園の秩序と名声を守ると言う大義名分のもと、今日もまた暴虐が荒れ狂い人々の悲鳴がこだまする。

  しかし、その嵐はその大きさゆえに、荒ぶる勢い故に気付く事はない。

  今日もまたその暴虐の嵐を止める存在が現れようとしているのを。

  「……」

  「彼女」の目が、耳が、そして肌がその暴虐をとらえる。

  出番が来た。

  今日もまた戦う時が来た。

  この戦いに終わりが来るかどうかはわからない。

  いつまで戦い続けなければならないのかもわからない。

  それでも自分の戦いが報われる時を信じ、「彼女」は動き出す。

  大義のもとに悪意と狂気に酔う者やそれに翻弄される人々が気づかない場所へと人知れず足を運ぶ「彼女」。

  ふと周りを見渡すと「彼女」はどこからともなくあるものを取り出す。

  それは真っ赤な袋のようなものだが少し違うのは他にも銀色に縁どられた一対の穴が開いている事だろう。

  それを手にした「彼女」の顔に一瞬戸惑いが走る。

  恐れ、迷い、そして恥じらい。

  特に恥じらいの感情が「彼女」の顔により強く浮かぶ。

  しかし、「彼女」はその思いを振り払う。

  そうしなければ今荒れ狂う暴虐の嵐に立ち向かう事はできない。

  「彼女」はその為にその袋―覆面を手にしているのだから。

  迷いを振り切り、「彼女」はその覆面を掲げると一気に顔に被る。

  あつらえたように覆面は「彼女」の顔にフィットし、一対の穴からはその瞳が浮かぶ。

  次の瞬間、その覆面の額の部分に光る丸い宝玉が光ると「彼女」の姿はその場から消えた。

  [newpage]

  「彼女」が現れたのは一言では言えないような不思議な空間。

  様々な宇宙やら概念が行きかっている様にも見え、全く何も存在しないようにも見える空間に立つ「彼女」。

  見た目はその赤い覆面を被っていること以外は何の変りもない「彼女」。

  そんな「彼女」の被っていた覆面の宝玉が軽く光を放った瞬間、その身体は軽くのけ反る。

  その光は外側で光るだけでなく彼女の内側―チャクラを貫いていた。

  光に貫かれたチャクラはゆっくりと回り出し、「彼女」の日常では不必要なくらいの強い力を生み出していく。

  その力をまといながら光は次のチャクラを貫く。

  光がチャクラを貫く度にチャクラは勢い良く回り出し「彼女」に力を注ぎ込む。

  その力は彼女の神経、筋肉、骨格、そしてその魂にまで注ぎ込まれ、その身体全体に満ちていく。

  その度に「彼女」の身体は大きく揺らぎ、覆面越しの吐息混じりの呼吸や身体全他の震えも大きくなっていた。

  それはまさに「彼女」の中のチャクラが激しく回転し、「彼女」に力を注ぎ込んでいる事の証であった。

  身体が熱い。身体が震える。身体中が敏感になっていく。

  そして何より―力が満ちていく。

  瞳を閉じ、吐息を漏らし、身を悶えさせ、その流れに身をゆだねていた「彼女」だったが、ついにそれも限界に達する。

  いや―「頂点」に達したと言うべきか。

  その勢いのまま「彼女」は身に着けていた衣服に手をかけると一気に身体から引き抜く。

  文字通りするりと衣服の全てが「彼女」から抜き去られ、そこには覆面以外は文字通り一糸まとわぬ姿の「彼女」がいた。

  覆面に隠され見えないその表情にあるのは恥じらいか、歓びか、それともまた異なる感情か。

  間違いないのは覆面以外の全てが解き放たれた事で「彼女」の中で回り続けるチャクラはさらに大きく、勢いよく回り始める。

  その勢いに全身を刺激されて「彼女」はさらに悶える様に動く。

  瞳を閉じ、吐息を上げ、肌を震わせ、その身を反らして。

  そんな「彼女」の身体が少しずつ変化していく。

  それこそチャクラから流れる力の流れに満たされた身体がその流れに適応しようと言わんばかりに。

  腕が、足が、肩が、腰が変わっていく。

  その度に「彼女」は震え、声を上げる。

  そして大きく震えるその胸のふくらみも、もっとも力の流れに刺激されているであろう「彼女」の「女の証」も。

  変わっていく。変わっていく。

  それまでの「彼女」のそれから大きく変わっていく。

  「彼女」のものではないそれへ。

  「彼女」を含めた「誰でもある」それへ。

  それでいながら「彼女」を含めた「誰でもない」それへ。

  さらにその勢いに耐えきれずかっと見開いた瞳も。

  思わず上げてしまった声も。

  「彼女」を含めた「誰でもあり」、「誰でもない」ものであった。

  激しく回るチャクラ、そしてその動きを導き「彼女」の中を駆け抜ける力の流れは「彼女」を「彼女を含むすべて」であり「彼女を含むすべて」ではない存在へと作り変えていく。

  そうするうちに「彼女」はチャクラの流れに導かれ、その大きくその素足をひろげて何もない様に見える「地面」を踏みしめる。

  その瞬間、その素足は赤く輝くひざ下までのブーツに覆われる。

  さらに大きく左右に広げた両手も肘の手前まで赤いグローブに包まれた。

  両手足と顔をぴっちりと赤く覆ったその姿は妖しくも美しさを感じさせる。

  そしてさらに額の宝玉が輝き、再び彼女を貫いた時、その覆面も変化する。

  宝玉の上部には一枚の白い羽があしらわれ、覆面の頭頂部には一対の赤く長いフィンの様なものがなびく。

  その流れに身を任せる様に「彼女」は一瞬その身をひるがえすとその覆面の首筋の辺りから赤くなびくマフラーが伸びる。

  それはまさに赤いつむじ風のごとく。

  そのつむじ風を起こすのは「彼女」自身の動きかそれとも彼女の中で回り続けるチャクラか。

  そのつむじ風に乗る様にかざした手にはいつの間にか黒いヌンチャクが握られている。

  変身は終わった。

  赤いグローブとブーツにマフラー。

  そしてその素顔を隠す赤い覆面以外は何も身につけないその姿。

  赤い装束に彩られた誰でもあり、誰でもないその素肌。

  今荒れ狂う悪意や暴虐に立ち向かいそれに苦しむ人々を救う為戦う「結構な姿」。

  そして「結構な存在」へと「彼女」は変わった。

  変化した自身やその力の感覚を確かめる暇はない。

  今はただ駆けつけるのみ。

  駆け巡るチャクラの導くままに「結構な存在」は空間を駆け抜けその地に向かう。

  あとはただその「結構な姿」が強引に悪意と暴虐の嵐を打ち消そうと言わんばかりに「突如として」現れるだけ。

  そして赤いつむじ風となってその悪意と暴虐の嵐をひとまず打ち消したあとは人知れず姿を消し、再び何食わぬ顔の「彼女」としてまぎれるだけ。

  例えそれが一時の平穏としても、その重なりがいずれ学園を真に悪意と暴虐から解き放つ道となると信じて「彼女」は戦う。

  再び悪意と暴虐の嵐が吹き荒れ人々が苦しむ時、その嵐から人々を守る為「結構な存在」は現れる。

  愛と正義の心を内に秘め何度でも、何度でもその「結構な姿」をかざし、ひるがえして……。

  [newpage]

  しかし、その様な存在は今や都市伝説の彼方に消えた。

  教育現場の現状も様変わりし、その様な存在が活躍できる舞台は今や存在しないと断言できる。

  それこそ創作の中でさえいたずらに愛や正義を掲げる者は煙たがられ、問題提起やカタルシスは悪役の役割であるとされがちになっているように。

  だからもうあの様な「結構な存在」は現れる事はない。

  仮に現れたとしてもただのイレギュラーとして排斥されるのは目に見えている。

  それ以前にその存在自体が……。

  そう、もう「現れる事はない」、いや「現れてはいけない」のだ。

  例えその存在が身に着けていたマスクが目の前にあろうとも。

  ―違う。これはレプリカだ。かつて「結構な存在」が実際に身に着けていたものではあるまい。

  仮にそうだとしてこれを被った所で何ができる。

  所詮は一時しのぎの気休めでしかない。

  そして最後は「現実」を思い知らされ無様な末路を迎えるだけだ。

  そもそもあの様な姿になる事などできるはずがない。いや、できない。

  そう、もう現れない。現れてはいけないのだ。

  現れてはいけない、現れてはいけない、現れてはいけない。

  だからこんなものは被ってはいけないのだ。

  被ってはいけない。

  被ってはいけない。

  被ってはいけない。

  被っては……。

  被っては……。

  被っては……。

  了