ルガルガン―アローラ地方や鎧の孤島等に生息するポケモンだが、この地域でもかつては山神とあがめられていた。
しかし疫病などでその数は激減し、100年以上前に「最後の一匹」が捕らえられたと言う情報を最後に姿を消したとされている……。
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とある地方のとある村のバス停留所にトオルが下り立ったのは初夏の日差しの降り注ぐ昼下がりの事だった。
「う~ん……」
片道一時間の乗り合いバス行で少しばかり固まった体を軽くほぐすとトオルはこの村の本通り―と言っても役所や郵便局、ささやかな日用雑貨店などが並んでいるくらいなのだが―を静かに歩き出す。
日差しは初夏と言うには少し暑く、肌にもジンワリと汗がにじむが、それを鎮めるように優しく吹く山からの風がトオルの足を少しだけ助けていた。
それでも少し疲れを感じたのかスーパーと言うには余りにも小さな店に立ち寄りお茶を一本買った。
近くの木陰に腰掛け、さっそくお茶をのどに流し込む。
木陰と風に加えてお茶の冷たさがトオルの体を静かに癒す。
「ふぅ……」
一息ついた時、トオルの視線の先に小さな獣の像を納めた小さな祠が見えた。
どこか力強さと気高さをたたえた獣―一言で言えばルガルガンの像がその中にあった。
「……」
それを見てトオルは改めて自分が求めるものがこの村にある事を実感する。
そして、静かに起き上がると店の近くにあった空き缶入れに空き缶を入れ、再び歩き出した。
文字通りささやかな本通りを抜けるとそこには田畑が広がり、その間に家がまばらに見える。
田に植えられた苗は少しずつ緑を増し、空を仰げば鳥型ポケモンの鳴き声が聞こえる。そんなのどかな光景の先にトオルのおじとおばの家があった。
トオルが家に着いた時、おじは出かけているらしく姿が見えなかったが、おばはトオルの姿を見つけるや野良仕事の手を止め、
「トオルちゃん、久しぶりだね……」
と笑顔でトオルを迎えてくれた。
土間を通り、居間に上がった所でふと見上げた神棚にも小さなルガルガンの絵の描かれた札が奉られていた。
それを見て静かにうなずくとトオルは静かに座布団の上に腰を下ろし、一息ついた。
涼しげな風が縁側からすだれ越しに吹き、チリリンと風鈴がかわいらしい響きを立てる。
それが数回繰り返された後、冷たい麦茶の入ったグラスを載せた盆を持ったおばが居間に入ってくる。
トオルが家族と一緒におばの家を訪れたのがトオルが幼かった頃であり、いまや大学生となったトオルが単身で訪れた事にお互い感慨に浸りながらもしばし積もる話に花を咲かせていた。
「そう言えばおばさん、この写真に見覚えない?」
どれだけ時間がたった後か、トオルは思い出したように一枚の写真を取り出す。
最新の技術でコピーされているとは言え、その元の写真自体はかなり昔に写されたものである事を感じさせるモノクロの写真。
その中には文字通りの獣道と言える草に覆われた道と、その真ん中に静かに後ろ向きで立ちながらもこちらを振り向く一匹のポケモンの姿があった。
その姿は間違いなくルガルガンのそれに近い。
「この写真……そう言えばうちのおじいさんがこんな写真を持っていたと覚えてたけど…トオルちゃんの大学に行ってたのかい?」
メガネをかけて写真を見つめるおばが不思議そうに尋ねる。
おばの話によるとおばの祖父はその当時余りにも珍しい存在であるカメラを持っており、それを手に時々あちこちの風景を写していたと言う。
トオルもかつてこの家を訪れた時に何枚かアルバムに収められたその写真を見てはいたが、なにぶんまだ幼かったので記憶も乏しく、何よりこの写真そのものが初めて見るものであった。
大学のサークルで偶然その写真を見つけたトオルはそのルガルガンの姿、特にその瞳に引き込まれるようなものを古ぼけたモノクロの写真の中に感じ取ってしまい、その写真の出所を調べるうちにおばのいるこの村で撮影されたものだったと言う事を知った。
「しかし、この村にもルガルガンがいたなんてちょっと信じられないね……そりゃあ確かにこの村は代々山神様としてルガルガンをお奉りはしているけど……。」
無理も無い。「最後のルガルガン」が目撃されたのはちょうど写真が撮られた前後の頃。当時を詳しく知る人は今となっては余りにも少ない。
「でも、この写真がこの辺で撮られたのは本当なんでしょ?」
少し声を強くしながらトオルは尋ねるがおばはうまく答える事ができず、結局その話はそこで途切れる事になった。
夕方になり帰宅したおじも交えて談笑が進んだが、結局写真の事については詳しい事はわからずじまいに終わった。
「……」
すでに夜の帳が下りて数刻が経つ。
風呂を頂き、用意された部屋で荷物の整理をしていたトオルは色々な思いにかられていた。
初めてあの写真を見た時の不思議な感慨。
まるで刺すような、それでいて求めるようなあの視線……本当に偶然なのだろうけどそう言い切るにはどこか何かが足りない。
その答えを求めてトオルはその写真が写されたというこの村にやってきたが、その手がかりは余りにも少なく、もしかするとその道自体すでに無くなっているのかも知れない。
もちろんトオルもこの写真の当時はともかく今現在この山にルガルガンがいると言う事自体信じてはいないが、それでも“何か”を知りたい。
その思いは今も消える事は無い。
トオルはそう思いながらナップサックを部屋の隅に置き、灯りを消すのが早いか静かに布団の中に身を潜らせた。
静かな寝息を立てるトオルの姿を床の間に置かれた祭礼用のルガルガンを模した面頬だけが見つめていた。
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「おやトオルちゃん、もう行っちゃうのかい?」
翌朝早く、朝食を終えて間もない土間でナップサックを背負って出発の準備をしているトオルを見ておばは少し悲しそうな顔をする。
「ううん、今日はちょっと山の風景を撮ろうと思って。夕方には帰るから」
そう言っておばをなだめながらトオルは家を後にする。
目指すは山の中、少しでもあの写真の場所に近づきたい。その一心でトオルは山道へと入ってゆく。
朝のひんやりした空気も少しずつ暖められ、今日も昨日と同じくらいの暑さを予感させている中、トオルは山道を進んでいる。
このあたりも少しずつ開発が進んでいるらしく、大きな山道はすでに舗装が施されているが、その周辺の小さな脇道はその手は及ばず、昔ながらの山道、獣道の空気を見せている。
しかし、そのどれが求めている場所につながるのか、ましてその場所が今もあるのか、その答えを知る手がかりのないままトオルは山道を歩く。
一通り歩いた所でトオルは道端に腰を下ろし、背負っていたナップサックを下ろすとその中身を取り出す。
一つは水筒、そしてもう一つは一台のフィルム式カメラだった。
デジタルカメラ全盛の現代、インスタントではない普通のフィルム式カメラを所持し、今も使っていると言うのは珍しい事なのだが「本当の意味で“写真”を撮るのならこっちの方がいい」と言うこだわりのせいか、トオルはこうしてフィルム式カメラを持ち、大学でも自分で写真を焼いているのである。
「……」
水筒の中のお茶をかすかに口に含んだあと、トオルはカメラを抱えて周りを見回す。あたかもそうする事で求める場所への入り口を突き止めようとするかのように。
そうしながらしばし歩を進めていたトオルの覗いていたファインダーがある場所を捉える。
今まで見てきたのと同じなんでもない脇道。
ただほんの少し草が生い茂っているだけの小さな道だが、トオルのファインダーはその一点に集中していた。
「……あそこだ……」
トオルはそうつぶやくとカメラから手を離す。かけ紐が軽く引き、カメラがかすかに揺れる。
そしてトオルはそこから脇道へと入っていった。
もちろん確信と言えるものはないし、むしろ完全な行き当たりばったりの行動である。
それどころか一つ間違えれば遭難する可能性もある。
それでもトオルは何かを感じながら、まるで導かれるように草むらをかき分け、奥へと進んでいった。
どれだけ進んだのだろうか。トオルの足がふと止まった。
静かに木漏れ日が射し、木々を風が吹きぬける。
そんな光景の中、その場所はあった。記憶の中にある、と言うより何度も写真越しに見たその場所……。
「あった……本当にあった……」
トオルの心は一杯になる。
ついに求める場所にたどり着けた。
遠い昔、この地に当たり前にいたであろうルガルガンの一頭がフィルムに納められた場所。ただそれだけの場所。
その場所を求めてトオルはここまで来たのだ。
胸が一杯になり、ほんの少し目頭が熱くなる。
その興奮のままトオルはカメラを改めて構え直し、レンズを向ける。かつてそこにいたルガルガンの“記憶”ごとフィルムに刻むように何度もシャッターを切る。
時々吹く風の音とそれになびく草や枝の音と一つになるかのようにシャッター音が響いていた。
フィルムが一本同じ場所の写真で埋まった所でトオルはようやく立ち上がり、深呼吸をしながら高揚を鎮めようとする。
しかし、高まった想いは簡単には鎮まらない。
それどころかより強い感情がトオルの中に芽生えてゆく。
あのルガルガンは何を想い、あそこにいたのか。
あの写真を初めて見た日から、そして昨晩トオルはそんな思いを胸に抱いていた。
それを少しでも知りたい。近づきたい。
色々な思考が交錯する。
そして、トオルは思考の海から大きく飛び出した。
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「よしっ…やるか!」
そう言うやトオルはナップサックやカメラを下ろすと帽子や手袋を剥ぎ取るように外し、その脇に放り投げる。
そしてトオルは身につけていた全てを脱ぎ去り、生まれたままの姿をさらした。
「ふぅ……はぁ……」
森の中で全身をあらわにした開放感と高揚感に身を任せながらトオルは体を伸ばす。
それはまさにトオルが人間の女性からあたかも風か木、あるいは森の精霊に生まれ変わったかのような光景であった。
一通り感慨にふけっていたトオルだったが、それを振り払うようにナップサックの場所まで行くと再びその中身を改め、そこからあるものを出す。それは小型の三脚だった。
その姿のままでトオルはカメラに別のフイルムを装填し、続いて三脚と連結させる。まるで童話に出てくる靴つくりの小人達の様にテキパキした動きで。
トオルはさらにナップサックから何かを取り出す。
それは面―昨晩寝室の床の間に飾ってあった祭礼用の面頬だった。
おじやおばから聞いた話ではこれを被り、専用の被り毛を被ってルガルガン神に扮した舞手が祭礼で舞うとの事だったが、トオルにとっては今現在もっとも可能な「人間である自分がルガルガンに近づける為の手段」であった。
面頬を手に取りしばし見つめ続けた後、おもむろにそれを顔に押し当てるように被せるとそのまま紐を首筋の辺りで縛る。
「よし、これなら……」
かすかに開いている面頬の口元の奥でかわいらしい唇が吐息を漏らす。
写真好きとは言え彼女がこんな行動に走った理由……それはやはり少しでもあのルガルガンに近付きたかったのかも知れない。
あのルガルガンと同じく「自然の姿」になってあの場所に立ち、レンズを向けられる事であのルガルガンが何を思っていたのか解るかも知れないと言うかなり支離滅裂な理屈ではあったが、少なくともトオル自身には真剣な行為であった。
今ならできる。限りなくルガルガンに近づいた今の姿なら……。
まさにルガルガンが飛び掛るがごとくトオルはカメラに飛びつくとシャッターのタイマーを合わせる。
そしてそのままカメラの前に後ろ向きに立つと、そこからルガルガンと同じような姿勢となってファインダーを見つめる。
シャッター音が鳴るたびにカメラは「ルガルガン」をフイルムに刻み、トオルの肌にも赤みと汗が、心にはルガルガンのごとき野生の高揚が刻まれてゆく。
そして、最後のシャッターが切られた時、
「うぉ~んっ!」
トオルはあたかも本当のルガルガンの様に吼えた。
「はぁ……はぁ……少しは…近づけたかな……」
それからしばらくトオルは火照った体を醒ますように全身で大きく息を繰り返しゆっくり立ち上がる。
そして、カメラの方ではなくカメラが向いている先、森の奥へと歩いていく。
その視界が揺らいでいたのはまだ残る高まりが見せた幻なのか、それともその先自体が揺らいでいるのか……。
その揺らぎを抜けた辺りからトオルの足取りは少しずつ力を増していく。
ゆったりとした歩きから早歩き、駆け足、そして―全力疾走。
まさに「人の姿をした美しき獣」のごとくトオルは木々をすり抜け、草むらをかき分けて進む。
今の彼女を山の獣達が見ても自分達の同類としか思わないかも知れないほどに。
いまだ呼吸は荒く、肌もほんのり赤い。今の彼女には風でさえ鎮める事は適わないだろう。
より強く自分を鎮めさせるものを求めてトオルは奥へと進む。
しかし、進めば進むほどトオルの内なる高まりは増していく。
その高まりは少しずつトオルの身体に染みわたるとその姿を作り変えていく。
風を切る素肌が少しずつ何かに覆われていく。
手持ちぶさたになっていた両手が両足と共に地面を踏みしめて行く。
面頬越しにきつく感じていた風を切る感覚が心地よいものに変わっていく。
そして―身体中がより「走りやすい姿」へと変わっていく。
ふとトオルの耳、そして鼻が何かを感じた。風になびく音、そしてその匂い…それに導かれるようにトオルはその先に向かう。
視界が広がった時、それは見えた。
そこにあったのは小さな泉…青々とした澄んだ水をたたえた泉だった。
静々と歩み寄り、岸まで近づいた時トオルは自分の姿を見た。
“ルガルガン……”
その素肌いっぱいにベージュ色の毛並みが全身を覆い、ショートカットだった髪はたてがみをなびかせている。
そしてお尻の辺りにはふさふさとした長い尾がゆったりと揺れている。
一般に「まひるのすがた」と呼ばれるルガルガンの姿が水面越しにトオルの目に入っていた。
透き通った水面にその長い口元をつける。
うまく水を飲み込む事ができず四苦八苦するも、口元同様長くなっていた舌をもどかしくも伸ばして冷たい水を口に流れ込んでいく。
“はぁ……おいしい……”
一息付ける辺りまでのどを潤し、大きく安堵の吐息を漏らすとトオルは立ち上がり、静かに泉に身を沈める。
泉の持つ冷たくも清冽な気がトオルの火照りを冷ましてゆく。しばし身を任せたあと、トオルは静かに泳ぎだす。
昼の日差しを受けて輝く水面をかきわけて泳ぐトオルの姿は美しかった。
どれだけ泳いだであろう。トオルは入った時と同じように静かに岸に上がると、そのままバタリとうつむせに倒れこむ。
その口元からはかすかな寝息が聞こえる。歩き疲れた事、今の姿になった時の高まり、そして先ほどの泳ぎ疲れが一気に噴出したのだろう。
トオルはそのまま眠り続けた。木漏れ日と風を掛け布団代わりに、草むらを敷布団代わりに。
中天に掲げられた日が肌を焼いたかと思えば突然振り出した夕立が肌を打ち付ける。
泥や草に巻かれながらもそれでもトオルは眠り続ける。
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トオルが目を覚ましたのは日もすでに山に近づいていた頃だった。
「ん……わたし……いつの間に寝ちゃったんだろ……もう帰らないと……帰る……どこへ……?」
まだ寝起きで朦朧としている頭を振り絞りながら歩き出す。
しばらく歩いたあと、目の前に誰かの影が入る。おぼろげではあるが二本足で立っているからおそらくは人間なのだろう。
“だれ……?”
顔を上げるトオルだが、それよりも先に、
「ル、ルガルガンだーっ!」
その人物は大声を上げると走り去る。それに驚いてしまったトオルも逆の方向に走り出す。
木々を掻き分け、草むらを飛び越えて走る。
「はぁ……はぁ……なんだか森が長い…それに体がなんだか軽い……」
トオルは不思議な違和感を感じていた。
無理も無い。トオルががむしゃらに駆けていった道のりの中には、本来なら切り開かれ舗装された道があるはずの場所もあったはずなのだ。
それに、もし先ほど出会った人影を見るトオルの目がはっきりしていればその衣装が少なくとも現代の人間の衣服ではない事はわかったはずである。
それほど今のトオルは混乱していたのだ。
せめてもの幸いはルガルガンになっている自分の身体が人間の時よりも早く、遠くに駆け抜けられる様になっていた事だろう。
そこに……。
“おい、こっちだ!”
と呼び止める声が耳に入る。
“えっ!”
その声にハッと我に返ったトオルは声の先に飛び込んだ。
“はぁ……はぁ……”
何度目かの荒い呼吸を沈めながらトオルは声の主と思われる相手のにおいを感じる。
“やれやれ……何あわててたのか知らないけど、せっかちな奴もいるものだな”
その相手は一頭のルガルガンだった。
自分とは違い赤と白の体毛を持ち、「人間の様に」後足だけで立っている。
その顔立ちも荒々しく逆立った白いたてがみにギラギラした瞳に獰猛そうな牙を見せる狂暴そうな顔立ちのルガルガン。
俗に「まよなかのすがた」と言われるそのルガルガンになぜかトオルは安堵感を覚えた。
“ありがとう……と言うべきかしら……でも、せっかちとは失礼ね”
礼を言いながらも少し膨れてしまう。
“おれ達の中―まあ、だいぶ数は減ったけど、それでも狩りでもないのにそんなにあわてて森の中を走り回る奴なんて早々いないぜ?せっかちでなくてなんなんだよ”
あっさりと言い返されてしまいさらにムッとなるトオルだったが、さすがに言い返せなくなる。
そんな時、トオルのおなかが軽く鳴った。
“……”
実際山の中に入ってから何も食べてはいない。腹が鳴るのも当然だろう。
“やれやれ、何も食わないで走り回る事がせっかちなんだよ”
顔を赤くしてうずくまるトオルに対してルガルガンは軽く皮肉を叩きながらも、近くにあったものを加えて放り投げる。
“これは……”
それはきのみだった。もちろん調理などされてはおらず野生のままだ。
ただ、その形はトオルの見た事のない形や色をしており、思わずトオルはたじろいでしまう。
“まあ食えよ。腹減ってんだろ?”
“な、何言ってるのよ、こんなの食べられる……”
訳ないと言いかけた所でトオルのおなかがまた鳴った。たまらない空腹感、そして同時に来る食欲を誘う臭い……。
いつの間にかトオルはそのきのみをつかみ、必死でかじりついてすきっ腹に送り込む。
その感覚は今まで食べた事のない至上の美味にも思えた。
“ふぅ……ごちそうさま……”
一息ついた所でトオルはルガルガンが何も食べていないらしい事に気が付いた。
どうやら自分の獲物をトオルに差し出したらしい。
トオルはくすっと笑いながらもまだ残っているきのみを渡そうとするが、ルガルガンはフイと横を向く。
“お、おれはさっき食ったからいいんだ…それよりもお前、新顔だな?おれでよかったら一緒に来ないか?”
突然の誘いにトオルは驚くが、その姿に奇妙な好感を抱いたトオルはうんとうなずく。
“そ、そうか……あ、おれはルフウってんだ。お前は?”
ルガルガン―ルフウに尋ねられてトオルは一瞬脳裏に何か引っかかるものを感じたが、そこから浮かび上がった自分の名前を告げる。
“―トオルよ”
“トールか……いい名前だな。よろしくな、トール”
“ええ”
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こうしてトオルはルフウとともに山の中で暮らし始めた。
木々を渡り、岩を乗り越え、時にはがけをも越えたりする日々をトオルはルフウとともに歩いていった。
日々の糧についても始めのうちはルフウが狩ったきのみをもらっているだけだったが、ルフウに教えられながら、そしてきのみを食べるうちに自らに湧き上がってきた激しい欲求と衝動に導かれるうちに自らの力できのみをつかまえ、その顎できのみにかじりつけるようになった。
その時手にした獲物はルフウに渡した。
“あの時のお礼よ”
と笑顔で言うトオルに対してルフウは、
“あの時は気まぐれだ。自分の獲物は自分で食べろ”
とそっけなく答えながらもほんの一欠けらだけ口にしていた。
初めて会った時から本能的に感じていたのだろうが、トオルもルフウも互いを強く意識するようになっていた。
ただ暮らしを共にするだけの間からともに助け合い、支え合い、そして惹かれ合う関係に。
そして最大の転機が訪れたのはある冬の日の事だった。
珍しく狩りに失敗し、猪に追われるうちにルフウは川の中に落ちてしまった。
“ルフウ!”
そう叫ぶやトオルは流れこそ急ではないが冷たい川の中に飛び込んだ。
たくましく、しなやかになった筋肉と毛皮のおかげで冷たさは多少は和らぐも決して泳ぎやすいと言う訳ではない。
犬掻きの様な、人の泳ぎ方の様なわけの判らない泳ぎ方をしながらもトオルは必死でルフウを追う。
“ルフウ……待ってて……今助けるから……”
何度も空振りしながらもトオルはついにルフウを捕まえると自分の背中にルフウを担ぐ様に必死で岸に近づく。
二重に増えた「命の重み」を背負いながら必死でトオルは川岸にたどり着いた。
“……冷たい……このままじゃルフウが……”
ルフウを背負いながらトオルは草むらをさまよう。
冬の寒さと水の冷たさ、そしてルフウの重さがトオルの体を容赦なく責める。
それでもトオルは休む事も空腹を満たす事もせずただひたすら歩き続ける。
もしも、このまま歩き続けていたら間違いなくトオルも力尽きていたであろう。
なればこそ身を休められそうな洞穴を見つけられたのはまさに奇跡であった。
たどり着くや否やルフウを地面に寝かせると、そこで改めてトオルは全身を震わせまだ残っていたしずくを払う。
そして……。
“ルフウ……”
トオルは自分の体をルフウの上に覆い被せる。
少しでも自分の体温をルフウに与えるかの様に。
長い様な、それでいて短い様な時が過ぎる。
“う、うう……”
ルフウが意識を取り戻した時、全身に暖かい重みを感じた。
“トール?”
それは自分を助けた事への安堵か、自分の上で静かに安らいでいる最愛の存在の重さであった。
ルフウの目覚めに呼応するかのようにトオルもうっすらと目を開ける。
“ルフウ……よかった……”
“まったく、無茶しやがって……”
心からの安堵をもらすトオルに対し、ルフウは少しきつい口調ながら礼を言った。
それでもトオルの心はどんどん熱く高まってゆく。
それはあの時、写真の場所に立った時以来のものだろうか。
“……だって……わたし、ルフウが好きだもの、ルフウがいなくなるのいやだもの、ルフウと一緒にいたいもの……!”
“ト、トール……”
そんな事もありながら、ルフウとトールは互いに助け合いながら日々を生き抜いていた。
しかし……。
[newpage]
その日、ルフウはいつになっても戻らなかった。
“ルフウ、遅いな……狩りが長引いているのかな……”
そう思いながらもルフウを待ち続けていたトールだったが、ふと何かを感じたのか洞穴を飛び出すと、森の中に飛び込んでゆく。
ざわざわと木々が不安げな音を立てている。
“ルフウ……”
胸騒ぎを覚えながらもトールはルフウの気配に導かれるように駆けていった。
そんな中、かすかに感じたルフウの匂いを感じたトールはそこに向かおうとしたが、別の匂いがその足を止める。
“!”
おののきながらも身を隠す。
そこにあったのはランタンを手に狩りの装束に身を固めた人間達、そしてそれに取り囲まれた一頭のルガルガン―ルフウの姿だった。
手持ちの武器だけでなくポケモン達もけしかけてルフウをじわじわ追い詰めようとしている人間達にルガルガンの本能だけでなくわずかに残っている人としての意識からトールは怒りを感じた。
“ルフウ―今助ける!”
トールは文字通り電光石火の突進で飛び込み、包囲網を文字通り噛み破る。
突然の事態に慌てふためく人間達やポケモン達を尻目にトールはルフウをかばう様に立つ。
“悪い、おれとした事が不覚を取っちまった”
“ううん、ルフウが無事なら……”
そんなやりとりをしながら二頭のルガルガンは人間達が反撃に移る前に行動に移る。
トールがするどい目つきでにらみつけると周りのポケモン達が恐れをなして縮みあがる。
ルフウもその狂暴そうな顔つきをさらにゆがませて恐怖感の追い打ちをかける。
そして、ルフウが巨大な砂嵐を起こして周りの視界を封じた所にトールの放った巨大な岩がルガルガン達と人間達の間に巨大な壁を作る。
少なくともそれを突破して後を追う事は連中には容易では無く、あとはそれに乗じて逃げ去るだけであった。
とことんまで逃げ切った二頭は行きつけの一つである泉の近くでようやく一息つく。
“はぁ、はぁ、ありがとよトール”
“ルフウが無事でよかった……わたし、それだけで嬉しい”
“ちょっと迷惑かけちまったな……悪い”
“うん、迷惑かけた”
“はっきり言うな……でもそう言う所が好きだぜ”
“わたしもルフウが好き。だから―これからもずっと……”
“ああ、そうだな。おれもずっとトールと……”
そんな感じで二頭はより深く結びつきながら歩んでいく。
そんな二頭の間にいつしかたくさんの子供達―イワンコが歩いていた。
二頭はより沿いながらも確かな形でイワンコ達を育てていく。
群れの中で生きる術、狩りの方法、そして一つの生き物として森の中である心を……。
そうしながら四季折々の中で二頭と子供達は人知れず生き続けた。
そして、子供達もついに独り立ちする日が来た。
幸い子供たちは誰一人欠ける事無く巣立ちの日を迎える事ができた。
早く巣立ちをしたくてうずうずする子供、まだ少し名残惜しそうに両親の近くを回る子供。
みなそれぞれに反応は違ったが、みなそれぞれに両親への思いと野生に生きるものとしての強い自覚に満ちていた。
そして両親に送られて子供達はおのおの森の中に消えてゆく。
これからはそれぞれが新たな命をはぐくむ為に生きてゆくのだ。
別れと壮行の咆哮はいつまでも森にこだまし、二頭のルガルガンは最後の子供の姿が消えるまで見送り続けていた。
しかし、これで終わりではない。
二頭のルガルガン達はこれからも共に歩み続ける。
その命をまっとうするその時まで―。
[newpage]
トオルが目を覚ましたのは闇の中だった。
何も見えない中でも自分の体温がわかる。
自分の身体が動いているのがわかる。
自分が「生きている」のがわかる。
しかし……。
“え……ここ……どこ……”
おぼろげな意識の中でつぶやいてたトオルの意識が自分の周りを歩き回る何かの気配に反応して目を覚ましていく。
「え……?これって……?」
開いて間もなく目に飛び込んだのは数匹のイワンコだった。
自分の周りを駆け回ったり、警戒感もなくじゃれついたり。
どちらにしろトオルに寄り添っている行動を取っている事に間違いはない。
「ルフウ!?」
トオルは思わず体を起こす。
イワンコ達はさすがにトオルから距離を置くが、それ以外の警戒感を見せてはいないようだ。
そんなイワンコ達を見回すうちに、トオルは自分が一糸まとわぬ姿の人間の女性の姿に戻っている事に気付いた。
「わたし……どうしてたの……ルガルガンになって、ルフウと一緒に暮らしてたはずなのに……」
そう言いながらふと口元に手をやるとそこには生身の唇の感触があるのみ。
被っていた面頬は影も形も消えている。
「えっ?どうして?まさかあれって……?」
少しずつ眠っていた間の記憶がおぼろげに蘇る。
面頬をつけて森をさまよう内に本物のルガルガンになりルガルガンと共に暮らした記憶……いや、夢だろうか。
わからない。どうにもわからない。
それを振り払うようにトオルはまだけだるさの残る体を立ち上げると体についていた泥を払い、もと来た道を歩き出す。
イワンコ達もいつの間にか森の奥へと消えていった。
衣服やカメラの置いてあった場所に戻るやそそくさと服を身につけてカメラを片づけるとトオルは少し名残惜しそうにそこを後にし、舗装された本道に戻る。
「おばさん、ただいま……」
おばの家に戻ったのはすでに夕刻を過ぎていた。
「あ、トオルちゃんお帰り、遅かったね。いい写真は取れたかい?」
心配そうにしていたおばの反応、そして土間にかかっていたカレンダーを見ると出かけた日そのままの日付である。
「やっぱり夢……?」
そうつぶやきながらもトオルは面頬を勝手に持ち出してなくした事を謝ろうとする。しかし、
「面頬?うちにはそんなものなかったよ?」
とあっさり返される。
ちょうど帰ってきたおじに尋ねても答えは同じだった。
「???」
もしあの夢が本当なら自分がルガルガンになった時に無くしてしまった事は言うまでもない。
しかし、その場所は色々な意味ではるか遠いかなたである。
“まさか、ほんとうにわたし……?”
トオルはそう思いながら頭を抱える。
「あ、そう言えばトオルちゃん、今日戸棚を整理してたらこんな写真を見つけて……」
そんな中、おばが一枚の写真をトオルに見せる。
「!」
それを見たトオルの目がなぜか大きく見開かれ、身体が震える。
それは持っていた写真と同じカメラで写されていたであろう古い写真であった。
あの写真とはまた違う獣道、そこで群れるように歩くルガルガンの群れ。
まだ小さい子供ルガルガンの群れに慕われるように歩く大きなルガルガン。
その姿を見た時、トオルの中で何かが動いた。
「わたしだ……そしてあの子達……」
「とおるちゃん、どうしたんだい?」
おばが心配そうに覗き込むが、トオルは何とか笑ってごまかした。
「しかし、この辺も結構ルガルガンが行き来してるみたいだな……」
おじがふと思い出したようにつぶやく。
「まあ、この山が代々ルガルガンをお奉りしていた事もあるし、不思議ではないかも知れないけどね……」
そう返すおば。
そのやり取りを聞いてトオルの中で少しずつ何かが組みあがってゆく。
「……間違いない、わたしは確かにあの山でルガルガンになった。そして……」
そして、はじかれる様に部屋に戻るとナップサックを下ろして中から写真を取り出す。
「あ……ルフウ……それに……」
あの獣道でかつて写されたルガルガンの写真。
トオルにはそれがあの世界で共に歩んだ存在に見えてならなかった。
それだけではない。
「それに……わたし……」
一体どう言うからくりか、いつの間にかそのルガルガンの傍らに寄り添うもう一頭のルガルガンの姿が写真に入っていたのだ。
あの写真と言いこの写真と言い、いつ写されたのかは定かではない。
しかし、この写真が自分達を写したものである事は間違いない。
熱いものを感じ、トオルはその写真を胸に沿わせて強く抱きしめる。
そうなるといつの間にか流れていたルガルガンの目撃談、そして目を覚ました時に自分の周りにいたイワンコ達についても理由はわかる。
「間違いない、あの子達だ……あの子達が生き残ってくれてたんだ……」
自分の「子孫」があの山で今も暮らしている。
そう思うとトオルはいても立ってもたまらず、その場で服を脱ぎ捨てて山に向かって叫びそのまま駆け出したい衝動に駆られてしまったが、幸か不幸かおばが夕食の準備ができた事を告げに来た事で空振りに終わり、少し赤くなった顔をおばに見せる事になった。
[newpage]
結局、何ゆえトオルが時空を超えてルガルガンとなって生き、そして再び人の姿で現代に戻れたのか。
それとも現代を生きるトオルとその時代のルガルガンが何らかの形で共鳴してしまったのか。
そもそもそれは「本当に起きた事」だったのか。
真相は定かではない。
あの写真のルガルガンが何を思っていたのか、それはトオル自身にもわからない事かも知れない。
それに、あれ以降山道を歩いてもあの場所への入り口は見つからず、「子孫」達に出会う事は無かった。
ただ、あの出来事の実感と記憶は確かにトオルの心の中に刻まれている事は確かであり、今もふとした拍子であの山に行き「トール」として野山を駆け巡りたい衝動に駆られる事があるらしい。
そして何より彼女の部屋の秘密の場所に隠されたアルバムの中には二頭のルガルガンと親子のルガルガン達を写した写真、そして彼女にしては珍しくデジタルで合成した写真―同じポーズで振り向きながら森の奥に歩もうとする「トオル」と「トール」の写真が収められている。
いつか二つの“自分”の子孫達がともに暮らせる日が来ると言う甘いかも知れない思いと共に……。
了