とある森の中を一人の女性が歩いていた。
彼女の名はレイコ。
顔立ちもスタイルもそれなりにあるが、自身はごくごくありふれた日常を送っている。
そんな彼女には誰にも言えない、言うつもりのない秘密がある。
「ふぅっ、そろそろこの辺りだと思うけど……」
森の中に住まうポケモン達の声を聞きながら、いわゆる獣道と言うよりはそれなりに人の通る事の出来る道をレイコは歩いている。
彼女が目指す場所は本来ならきちんと舗装された道路を歩けば決して遠い道のりではない。
だが、その場所こそ彼女の持つ「秘密」の一つである以上レイコはこうして歩かざるを得ない。
「着いた着いた」
歩きつづけたレイコの目の前に現れたもの。
それは森の近くに立つ一軒の建物。
それなりの大きさを持つ綺麗な白い外装は誰かの別荘を思わせる。
「誰も見てないわね……?」
なぜか辺りを見回しつつレイコは足早に別荘の裏口に向かうとある特定の間隔で呼び鈴を鳴らす。
「はぁーい、ちょっと待ってーっ」
別荘の中から女性の声がするとそのまま足音が近づいてくる。
レイコの目の前で扉が開いた時、そこから一人の女性が姿を現した。
こげ茶色のセミロングとぱっちりとした美しさと愛嬌を感じさせる瞳が印象的な顔立ち。
長身でその職業ゆえの力強さを感じさせながらも整えられたスタイルを持つ女性。
彼女こそ現在格闘技界で話題の人となっている女性格闘家・マリアであった。
「いらっしゃいレイコちゃ~ん、待ってたわよ」
そう言いながらおもむろにレイコを自分の胸元に受け止める様に抱きしめる。
「マ、マリアひゃん、おひひゅいて……」
レイコは突然の歓迎に戸惑いながらも何とかマリアを引き離そうとする。
「あ~、ごめんねレイコちゃん。お姉さん嬉しくてつい勢いづいちゃった」
マリアは悪びれもせずというか明るい表情でそう返した。
「でも、来てくれて本当にありがとう。とっても嬉しいわ」
「は、はい、招待してくれてありがとうございます……」
やや顔を赤くしながらレイコも返す。
そう、これがレイコの持つ「秘密」。
人気格闘家のマリアと彼女の熱烈なファンであるがごくごく一般人なレイコの二人は「ある事情」がきっかけで公には秘密の友人―もしくは義姉妹的な関係を結んでいる。
念のためだがそれは「同性同士の甘い関係」と言うものではなくごくごく気さくでさっぱりした友情と言うか師弟関係と言うかなものを連想すべきだろうか。
とにもかくにも今日はオフを利用してこの別荘に来ていたマリアがその流れで「姉貴分」としてレイコを誘ったようだ。
「ささ、入って入って。ちょうどお茶のお湯が温まった所なのよ」
「お、おじゃましますマリアさん……」
きさくにレイコを案内するマリアにやはりまだまだファンとして、そして「妹分」としての照れを感じながらレイコは中に入っていく。
そのあとはお茶を囲んでなんでもない世間話やマリアが秘蔵しているポケモンの映像などを楽しんだり。
あるいはマリアのコーチで体をほぐす軽いストレッチをやってみたりと何気ない一時が流れていた。
マリアにとってレイコとのやりとりは多忙な中の大事なプライベートをより穏やかに満たすものであり、レイコにしても憧れていた人物のより日常的な一面を色々と知る事は少なからず楽しいものであった。
だが、そんな一時は二人の、そしてレイコの持つ「秘密」の一面に過ぎなかった。
そんなこんなをしているうちに日は陰り、辺りはすっかり暗くなっていた。
「レイコちゃん、そろそろ行こうか?」
「はい、マリアさん」
言葉を交わしながら二人は小さなバッグを手にすると別荘をあとにし、暗い森の中へと入っていった。
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夜の森は静まり返り、夜行性のポケモンの鳴き声がわずかに響くのみの中、二人は静かに歩く。
迷う事なく、恐れる事無く歩き慣れたと言わんばかりに二人は奥へと歩いて行った。
そうするうちに森の奥からにぎやかと言うかうるさいと言わんばかりの音が聞こえてくる。
音と言うよりそれは声。
何かたくさんの存在がぶつかり合っているかのような戦闘音と雄たけびが風に乗って聞こえてくる。
声からするとそれらはポケモンなのだろうか……。
「始まってますね」
「ええ。今夜も飛ばしているみたい」
それを耳にしながら二人は笑みを浮かべる。
夜の森の中に二人、しかも何やら剣呑な声も聞こえてくるのに二人はなぜか落ち着いた笑みを浮かべていた。
あるいは武者震いに近いものか。
「―とりあえずはウォーミングアップからはじめてみない?」
「ウォーミングアップ、ですか?」
「ええ。レイコちゃんははじめてと思うけどこれをやっておくと結構盛り上がってくるのよ」
そう言いながらマリアはバッグを地面に置き、ファスナーを開くと着ていた服を脱ぎだす。
それに合わせる様にレイコも持っていたバッグを置いて着ていた服を脱ぎ始める。
「あ、下着は着ておいてね。まずはウォーミングアップだから」
上着を脱ぎ終え、それなりのデザインの下着に手をかけようとしたレイコはマリアの声で手を止める。
そうするうちにマリアもいかにもなスポーティな下着姿をあらわにしていた。
二人は着ていた服と入れ替わりにあるものを取り出し、顔に被った。
マリアは赤一色のプロレス覆面とスポーツ下着姿。
レイコは緑地に黄色と赤のワンポイントのプロレスの覆面を被ったインナーウェア姿。
どこか怪しげな姿となった二人だが……。
次の瞬間、二人の覆面が膨らんだと思うとそのまま二人の体を覆いつくす。
覆面はそのまま二人に密着していくとそのまま二人の形のいいボディラインを浮かび上がらせていくが、覆面と一体化した全身タイツ姿となった二人は恐れる事無くそのまま静かに立っている。
そして、もっと驚くべき変化が二人に起きようとしていた。
マリアの手足が燃えるように赤く染まり、手足の先は灰色と黄色に染まっていく。
レイコの両足先は黄色く染まり、両腕から肩、胸元までの辺りが赤く染め抜かれていく。
二人の全身を染めた色が手足に伸びると、その手足の先は人の指から鳥―猛禽類を思わせる形へと変化していった。
変化は覆面で覆われたつるりとした頭部にも及び、マリアの後頭部には薄茶色の羽の様な髪が伸び、覆面の顔立ちもより猛禽然としたものになる。
レイコの覆面の後頭部からは黄色い鶏冠が伸び、覆面もレイコ同様猛禽を思わせる形になっていく。
さらに二人の身体をまるで衣服の様に羽毛が包み、特にレイコの両腕から肩にかけてからはまるでマントの様な翼が身体を覆う。
体つきこそスタイルの良い人間の女性のままだが、その外観は鳥型ポケモンを人の形にしたような姿となった二人。
マリアはバシャーモ、レイコはルチャブル型の鳥人に。
これこそがレイコの、そしてマリアの「もう一つの秘密」であった。
奇妙な縁でこの森の奥で行われるポケモン達の「儀式」を知り、奇妙な縁で手に入れた「参加証」を身に着けた姿。
そしてこれが二人が秘密の友人関係、もしくは義姉妹関係を築く事となった「奇妙な縁」そのものでもある。
ただ、この姿はまだ「半端」なのだが―。
二人は静かに目を開くと、変化した自分の身体をゆっくりと確かめる。
「どう?人でありポケモンでもあるって感じのこの姿。私、この姿で動くのも結構好きなの」
そう言いながらマリアは軽くステップを踏む。
「わたしも何度か経験ありますけどこんな形でするのははじめてです」
レイコも力を込めつつスクワットの姿勢を取っていた。
「それじゃあ、さっそくだけどウォーミングアップ、行くわよ!」
突然マリアがステップから軽くジャンプするとそのまま力強くもしなやかな動きで回し蹴りをかける。
「きゃっ……もう、負けませんよ!」
スクワットの姿勢から反射的に回避に成功したレイコはお返しとばかり飛び上がるとそこからその形のいい身体を風圧で震わせてフライングプレスを仕掛ける。
そこからしばらくの間は二体の鳥型ポケモン人の美しくも激しい舞台となった。
ポケモンの激しさと人のしなやかさを合わせ持った身体をぶつけ合う鳥型ポケモン人達。
その戦いは、たまたま通りかかったポケモンはもちろん人間でさえもメロメロにしてしまうのは間違いない。
森の奥で数多くのポケモン達がぶつかり合っているであろう音を微かに聞きながら二人の演舞は続いた。
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どれだけ打ち合っただろうか、少々息を荒げながらマリアがウォーミングアップの終了を宣言する。
さほど息を乱していない様に見えるマリアに対して少々飛ばし過ぎたのか、レイコは大きく肩で息をしていた。
そこに何かが飛んで来たのを猛禽の腕で受け止めるとそれは一本のスポーツドリンクだった。
レイコはそのふたを何とか開け、一気に飲み干す。
「ふぅ……」
やっとひと心地ついたのか、レイコは大きく息を吐いた。
「まったく、お楽しみはこれからだっていうのに飛ばしすぎ。でもそれがけっこうかわいいんだけどっ」
そう言うやマリアはまたもや自分の胸元にレイコの顔をうずめさせるような形でレイコを抱きしめる。
「ふむっ……マリアひゃん、らからやめれくらさ~ひ……ほのはっほうひゃなおひゃら~」
バシャーモとルチャブルの羽毛とそれぞれの人としての魅力的なスタイルが触れ合う感触がレイコを微妙な感覚で抑え込む。
一通りレイコを抱きしめた後、マリアは自分の顔―覆面の辺りに手をかける。
ようやく解放され、軽くよろめきながらもレイコもそれに倣う。
その途端、全身を覆っていた羽毛や羽根がみるみる体の中に消え、猛禽の手足も人の手足へと整えなおされながら人間の体格を露わにしていく。
マスクの外観もバシャーモとルチャブルの独特の顔立ちを模したものからつるりとした人間の頭部に近い形へと変化する。
そして再び白い全身タイツ状になっていた身体が一瞬解けると一気に覆面の中に消えていく。
変化が終わった時、そこには赤い覆面にスポーツ下着姿のマリアと色とりどりの覆面にインナーウェア姿のレイコが立っていた。
一息つきながら覆面をつけたままで汗をかいた体を軽くタオルで拭き、改めてスポーツドリンクでのどを潤す二人。
「レイコちゃん、あなたけっこういい線行ってるわね」
「そんな、マリアさんに比べたら」
「なんのなんの。結構いい経験積んでるのがしっかり感じられるもの。プロの目を信じなさい」
バシャーモの覆面越しにマリアは笑顔を浮かべる。
「そうですか?それならこのあとわたしの成長をしっかり受け止めてくださいね?」
自信が戻ったのか、レイコも覆面の中で力強い笑みを浮かべる。
「ええ。お姉さんがたっぷり受け止めてあげる。でも、手ごわいポケモン達はいっぱいいるし油断しちゃだめよ?」
「もちろんです!」
そう言って二人はうなずき合う。
「それじゃ、本番と行きますか」
「今夜のメインイベント、行くわよ!」
そう言うや二人は人としての最後の「封印」を解き放つと、改めて被っていた覆面に手をかけて被り直す。
それ以外何一つ身につけていない二人の身体を覆面が覆い隠して間もなくの事。
「バシャーッ!」
「ルチャーッ!」
二体のポケモンの雄たけびが森に響き、森を駆け抜ける二つの風が乱闘に臨むポケモン達の嵐へと飛び込んでいった。
それからどれだけの時間が経ったのか。
「バシャア……」
「ルチャブゥ……」
マリアの別荘にそれぞれにバッグを持ったバシャーモとルチャブルが入り込む。
二体は全身に心地よい余韻を残しつつ二体そろって浴室に入った。
しばらく湯浴みの音とシャワーが流れる音に混じって二体のポケモンの声が聞こえていたが、それが止まってほんの一時の時間をおくとバスローブ姿の二人の人間の女性―マリアとレイコがホッとした顔で浴室から出てくる。
二人はそのまま寝室に入ると軽くお茶を飲みつつ何気ないやり取り―と言っても大半が今宵の乱闘の事だったが―を楽しんだ。
そして、二人はどちらからともなくベッドに倒れ込んで眠りにつく。
それこそ夜が明けるまで。
なお、目を覚ましてどちらからともなく起き上がった二人のバスローブが同時にずり落ちてしまい、暖かく輝く朝日のシャワーを全身で浴びてしまったのはご愛嬌だろうか……。
[newpage]
楽しい時間は過ぎ去りしばしの別れ時。
「マリアさん、今回はいろいろありがとうございました。」
「またいつでも招待してあげるわ。お姉さん大歓迎しちゃうから」
「は、はいっ」
「でも、次のオフまでちょっと間があるのが残念ね」
「その間はわたしが頑張りますから大丈夫ですよ」
「う~ん、さすが我が義妹、たのもしい~!」
「ら、らからやめれくらさ~ひ!」
愛嬌たっぷりの仕草でレイコの胸元に抱き着くマリアに戸惑いまくるレイコ。
そんなやり取りを重ねながら二人の「秘密の一時」はいったん終わる。
しかし、かの森でポケモン達の乱闘が行われる限り、そして彼女「達」の様な者達がいる限り。
その一時はまだまだ終わらない、のだろう。
了