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独楽鼠事件【出会い編】

  とある研究施設にて。

  白の白衣を纏った研究員達は血眼になってあるネズミを捜索していた。

  「くっそ……一体どこに行った?!」

  「あの糞ネズミ……人間様を舐めやがって」

  下っ端の二人が捜索していると、見かねた上司が言い放つ。

  「お前ら、呑気にぼやいている場合ではない」

  「「ち、チーフ…」」

  「アレは極秘プロジェクトの大切な試験体だ。アレが外に出回れば我々はタダでは済まされん。研究施設の隅々まで捜索しろ!」

  「「りょ、了解…」」

  その後、研究員達は総出で捜索をしたが、結局見つけ出す事はできなかった。

  [newpage][chapter:宇宙ハムスター]

  それから数日後のこと。

  シリウス小隊は一日の業務を終え、遅めの夕食を食べていた。

  「……はぁ……いいな~」

  「………ん?どうしたんだい、ルイ」

  あるチラシを見ながらぼやいているルイに注目すると、ニコッと応える。

  「これよ。さっき駅員からもらったのよ」

  「え?なになに……宇宙ハム大集合……期間限定大安売り……これってハムのバーゲン広告かい?」

  ドテっ!!!

  能天気に漏らした言葉を聞いた瞬間、話を聞いていたルイは盛大にずっこけた。

  「いてて……もう!有紀くんはどこまで天然なのよ!」

  「だ、だって…ハムって言ったら、食べ物のハムだと普通思うだろ…」

  「もぉ~~!どんだけ食い意地を張っているのよ。ばっかみたい!」

  「なっ?!何もそこまで言わなくてもいいじゃないか!」

  若手二人が盛大に言い争っていると、共に食事をしていたバルジが制止させる。

  「はぁ……お前ら。今は食事中だぞ。馬鹿みたいに大声で言い争うのはやめろ」

  「「す、すみません…バルジ隊長」」

  「分かれば宜しい。しかし…ルイ」

  「は、はい?」

  「盗み聞きをするつもりではなかったのだが、そのチラシは一体なのだ?」

  「ふぇ?あ…これは先程ディスティニー駅の駅員さんからいただいたチラシです」

  「ディスティニー駅……あぁ…あの3日後に開催されるイベントのことか」

  チラシの件であることを思い出すと、隣で食事をしているデイビットが振り返った。

  「(もぐもぐ…)隊長、その3日後のイベントって何っすか?」

  「俺も昨日通知を受けたのだが、ディスティニー駅前で宇宙ハムスターフェスをするそうだ」

  「ハムスター……何っすか…それ」

  「まぁ…簡単に言えば、ネズミのペットだな」

  「ね、ネズミ?!あの下水道とかにウジャウジャいる奴っすか?!」

  「まぁ…ざっくり言うと同種だな。ただ今回フェスに出る『ハムスター』は人間がペット用に遺伝子改良したネズミだ。だから不衛生でもないし、特に今回お披露目される宇宙ハムスターは宇宙空間でも死なないようだぞ」

  「え?そうなんすか」

  「あぁ。だからその特性に注目した管理局企画部が今回のフェスを企画したのだろ」

  「え?なんでそこに管理局企画部が出てくるっすか?」

  「あのな…動物の中でも宇宙空間で死なないのは珍しいだろ。宇宙を走行する銀河鉄道での旅には打って付けだと思わんか?」

  「なるほど……んで、銀河鉄道の広告も兼ねて今回のフェスを開くことになった…と」

  「そういうことだ。まぁ、今回のフェスに我々は警備担当に充てられておらん。気になるようなら勤務終了後にでも行ってみたらどうだ?」

  食事を終えて珈琲を啜りながら伝えると、ルイはムッとして応えた。

  「もう……隊長は何も分かっていません」

  「……ん?どういう事だ」

  「どうもありません。フェスに行ったところで、私はハムスターを飼えないじゃないですか」

  「………ん?訳が分からん。別に小動物の寮での飼育は許可されているだろ」

  「…………はぁ。もういいです」

  いつになくげっそりしている姿を不審に感じていると、有紀があることを思い出す。

  「………あぁ~~そういうことか」

  「……ん?なにか分かったのかよ、学」

  「うん。多分飼えないっていうのは、既にペットがいるからだよ」

  「ペット……あ~~~そういえば以前に猫を飼っているって言ったな。けどよ、なんでそれで飼えないになるんだよ?」

  爪楊枝で歯を弄りながら尋ねてくるデイビットに呆れ顔で応える。

  「あのさ……猫の好物って何か知っているかい?」

  「猫の好物…そりゃ魚とかだろ」

  「それだけじゃないよ。猫はネズミとかも好物らしいよ」

  「ふぇ?!ま、マジかよ?!」

  有紀からの説明にデイビットが驚愕している中、話が見えたバルジが参入する。

  「なるほど……要するに共生させては共食いのリスクがあるということか」

  「そういうことです。だから私はどんなに願ってもミーちゃんがいる限り、ハムスターは飼えないですよ」

  「そうか。まぁ、それは致し方がないな」

  話の内容が明白になりスッキリしていると、目の前のルイが企みの瞳で尋ねてきた。

  「………隊長、ひとつお聞きしてもいいですか」

  「……ん?なんだ」

  「隊長はハムスターに興味はありませんか?」

  「ハムスターに?何故そんなことを聞く?」

  「いえ…試しに聞いてみただけですけど」

  「………よく分からんが、正直あまり興味はないな」

  「………なんでですか?」

  「なんでって……俺は管理職で何かと忙しい。ペットに構っているほど余裕がないからな」

  「でも…管理職ってすっごいストレスがありますよね」

  「ま、まぁ…全くないと言えば嘘になるな」

  「……そんな時……癒しが欲しくなりませんか?」

  「癒し……まぁ、あれば助かるが………ん?」

  淡々と質問を受けているとある疑問を感じ、ふっと疑いの瞳で告げる。

  「……ちょっと待て。まさかだとは思うが……俺にハムスターを飼えというのではないだろうな」

  「………(*^。^*)」

  「っ?!」

  ニコッと笑みだけで返答したことで、提案を受けたバルジは即刻抗議の声を上げる。

  「なっ?!じょ、冗談ではない!お断りだ!」

  「何でですか!36才にもなって独身かつ重責たっぷりの管理職をしているなら、尚のこと癒しは必要でしょ!」

  「独身で悪かったな!てか、何故部下のお前に俺のストレスの心配をされなければならんのだ!」

  「私は隊長にいつまでもお元気でいて欲しいんです。だからこうして提案しているんじゃないですか」

  「嘘をつくな。大方、自分で飼えないから俺に飼って欲しいだけだろ!」

  「私がそんな薄情な人間に見えますか?」

  「悪いが見えるな。そもそも何故俺なのだ。そういうことはそこの男二人でも依頼をすればいいだろ!」

  「隊長、この二人のズボラは知っていますよね。こんなズボラ二人を養っている隊長だからこそ依頼をしているんですよ」

  「なっ……別に俺はこいつらを養っておらん!いい加減にしろ!」

  その後、長きに渡るハムスター論争は白熱したが、結局ルイの奮闘も虚しく飼わないと結論になった。

  無駄な論争に終止符を打ったバルジは疲労の身体で自室にて休養をしようとしていた。

  「はぁ……全く。ルイの奴…無茶苦茶な提案をしてきたものだ。」

  コップに入れたトマトジュースを飲み干すと、ふと脳裏にチラシの件を思い出した。

  「ハムスターか……(アイツを擁護するつもりはないが、確かに可愛らしい見た目だったな。小ぶりで手のひらサイズの生き物。猫と違って歩き回ることはない。室内ペットとしては人気が出るのも分かるような気がする。しかしな…)」

  コップを片手に持ちながら妄想してみるが、バルジの結論は既に出ていた。

  「………まぁ、危険な任務が付き纏う隊長職ではそもそもペットは無理だな」

  自身の置かれた状況に苦笑すると、コップを片付けて歯磨きを済ませた後、早々にベッドへ横になる。

  バフン!

  「はぁ……疲れた(さて…くだらん事はこれくらいにして、休息を取るか。明日は待機だがいつでも出場できるように……万全にせね……ば……な)」

  ベッドへ横になった途端、急激に睡魔が襲いすんなりと意識を手放した。

  [newpage][chapter:謎の訪問者]

  翌朝。

  静かな室内に無機質なアラームが鳴動する。

  ピロロロロ………ピっ!

  「…………んっ………起床か。はぁ~さて、起きる……か……?」

  目覚ましアラームを停止させ瞼を開いた瞬間、目の前の光景に動きを止めた。

  [uploadedimage:22215330]

  目にしたのはベッド上で気持ち良さそうに眠っている栗色の毛並みの小動物。

  本来いるはずのない小動物を認識した瞬間、慌てて飛び起きた。

  バサっ!

  「っ……な、なんだ…これはっ?!」

  咄嗟に身体を壁際まで身を引き、冷静に小動物の観察を始める。

  (な、なんだこの小動物は。見る限り……ネズミ…だろうか。いや…ネズミにしては妙に清潔感がある。もしかして…チラシにあったハムスターか。にしては顔つきが少し違うような…………いや待て……)

  脳裏で様々な事を考察しながらゆっくり近づくと、再び衝撃を受ける。

  (な……お、俺?!)

  謎のハムスターの顔を再度確認すると、自身の顔に酷似していることが判明する。

  (この栗色……眉に傷……と、特徴が俺にそっくりだ。人面魚……いや…言うならば人面ハム…か?い、一体…何なのだ…このハムスターは?!)

  思考を巡らせれば巡らせるほどに恐怖を感じていると、注目の的であるハムスターが目を覚ました。

  「…………ガ……ガガ?」

  「お、起きた……」

  大きくあくびをしながら周囲を見渡しているハムスターに、バルジは今後の対応に思い悩んでいた。

  (ど、どうする。見たところ恐らくハムスターだとは思うが、このまま野放しにしてよいものか。かといって捕獲したところでその後はどうする。飼う……いやそれはない。ならば…明後日に開催するハムスターフェスの係員に相談してみるか)

  「………何にせよ、このまま野放しにはできんな。仕方がない……とりあえず捕獲するか」

  自身の考えが纏まり、そっとハムスターの方へ近づこうとすると、ハムスターはギロっと睨んできた。

  「………ガガ?」

  「あ………その………おはよう。朝から驚かせてすまん(おいおい…俺は何をしているのだ。ハムスター相手に会話をするなど…ローレンスが聞いたら爆笑するだろうな)」

  「恨みはないが……このまま捕獲させてもらう。だから…そのままじっとしていろよ」

  「……………」

  驚かせないように最新の注意を払って近づく。

  あと数㎝のところまで手が伸びた途端、事態は急変する。

  「…………ガガ!!!(ガブっ!)」

  「っ………痛っ!!」

  突然伸ばした指先にハムスターが噛みつくと、鈍い痛みから咄嗟に手を振り払った。

  全力で手を振ったことで、ハムスターは少し離れたところに受け身と取って着地した。

  「っ………こ、この…いきなり何をする!」

  「……ガガガガ」

  「なに……いきなりはそっちだろ……だと」

  「ガガ」

  「なっ…人の部屋に勝手に無断侵入したのは貴様だろうが!」

  「ガ~ガガガ」

  「疲れたから寝心地がいいベッドで寝てただけ…だと。ネズミの分際で贅沢だな」

  「ガガガ、ガガガガー!」

  「ネズミではなく、ハムスターだ……と。やはりハムスターなのか」

  「ガガガ」

  「ほぅ………って?!(ちょっと待て……何故俺はハムスターと会話をしているのだ。これも遺伝子改良で付与された能力の一つなの…か)」

  俄に信じられない顔つきで見つめていると、標的であるハムスターが移動を始める。

  「……なっ!お、おい…何処へ行く?!」

  「ガ~ガガガ」

  「何処に行こうが俺の勝手…だと。じょ、冗談ではない!」

  勝手にベッドをおり始めたことで危機感を持ったバルジは、咄嗟にハムスターの捕獲を試みた。

  ドサっ!  バサっ!  ドンっ!

  「このっ……待てっ……くっ……それっ…!」

  必死に捕獲を試みるが、小ぶりであるハムスターは得意の瞬発力で襲いかかるバルジを身軽に躱していく。

  しばらく攻防が続いたが、次第に大柄のバルジは息切れを起こし始めていた。

  「ハァ……ハァ……全く……なんて……すばしっこい……ネズミだ」

  「ガガ、ガガガー」

  「ネズミではなくハムスター…だと……悪いが今となってはどうでもいい」

  「ガガガガ~」

  「人間とは単純な生物だな…だと。小生意気なネズミ風情が…」

  額に汗を流しながら睨め付けると、周囲を見渡しながら対応を検討する。

  (どうする……このままでは俺の体力の方が限界を迎える。見たところあちらは疲れ知らずだ。完全にこちらが劣勢に立たされている。何か…この状況を打破するには…)

  寝起きの脳をフル回転させて考え込むと、近くの段ボールに目が行く。

  ある作戦を思い付くと、数回誘導をしたのち、大きくジャンプした瞬間を見逃さなかった。

  「今だ!」

  瞬間的な判断でその段ボールを手に取り、床に着地しようとしているハムスターへ向けた。

  「っ………それ!!」

  「ガガ?!」

  バフン!

  床に着地したところに段ボールを被せ終わると、バルジは安堵の息を漏らした。

  「…………ふぅ。ひとまず…捕獲完了か(流石に自分の顔にそっくりなハムスターを野放しにするわけにはいかん。俺の感覚が鈍っていなければ中で捕らえているはず。いくら瞬発力があっても段ボールから抜け出すことはできんだろ)」

  段ボールを片手で押さえながら近くの枕を手に取り、重石代わりに上に置く。

  ドサっ

  「………はぁ。これで逃げ出すことは不可能のはずだ」

  段ボールから手を離して肩から力を抜くと、ふと視線が時計の方へ向いた。

  「っ……もうこんな時間?!い、いかん…遅刻だ」

  時間を忘れハムスターと対峙していた事で、あっと言う間に予定の時刻を大幅に過ぎていた。

  慌てて身支度を済ませたバルジはデスク上にあるタブレットを持って部屋を飛び出した。

  [newpage][chapter:恋仲の嘘言]

  急いで食堂へ向かうと、既に朝食を食べていたローレンスに出くわす。

  「……ん?バルジか。おはよう」

  「……あぁ、おはよう…ローレンス」

  朝食を持って席に着くと、疲労顔を見たローレンスはコーヒーカップを持ちながら会話を始める。

  「今日はヤケに遅いではないか。寝坊でもしたのか」

  「まさか。ただ朝にやることがあっただけだ」

  「ほぅ…お前が翌日に仕事を回すなど珍しいではないか」

  「仕事ではない。…ちょっとした私用だ」

  「私用……」

  遅れを取り戻すように急ぎで食事をしている姿を見ながら、ローレンスは一人で考え事をしていた。

  (こいつが朝から私用……ますます珍しい。しかし急に私用など朝に発生するか?朝に起きる私用……朝?)

  珈琲を啜りながら考え込んでいると一つの可能性が過ぎり、ボソッと告げる。

  「…………ひょっとして…朝立ちか?」

  「っ…!!!げほっ…げほっ…げほっ!!!」

  思いがけない発言に対してトーストを食べていたバルジは喉を詰まらせ窒息の危機が襲っていた。

  「げほっ…げほっ……げほっ…げほっ……げほっ…げほっ!!!」

  「おい…大丈夫か。ほら、水だ」

  息苦しそうな姿をみたローレンスがコップに水を入れて差し出してきた。

  コップを受け取り一気に水を流し込むと、ようやく呼吸にゆとりが戻る。

  「(ゴクン…ゴクン…)ぷはっ……ハァ…ハァ…し、死ぬかと思った…」

  「それは朝から災難だな」

  「何を他人事のように……大体、お前がいきなり変な事を言ったからだぞ!」

  「あはは、すまんすまん。まさかそこまで動揺するとは想定外だったのでな」

  「嘘を吐くな。たく……」

  「そう怒るな。と言うことは俺の考えは的が外れているようだな」

  「大外れだ。ノーコンと言われても仕方がないレベルだぞ」

  「あはは、そうか。で、その朝からの私用とは…何なのだ?」

  「………え」

  先程とは一変し真剣な瞳で尋ねてきたことで、バルジは頭を悩ませた。

  (この目……何かを疑っている目だ。別に疚しいことはないのだが、流石に自分そっくりのハムスターに翻弄されていたなど話せば確実に笑われる。そんな醜態……絶対に回避しなければ)

  脳裏で結論が出ると、咄嗟に当たり外れのない話をする。

  「………はぁ。そんなに詰め寄って聞くことでもないぞ」

  「そんなにどうでもいい話ならばさっさと話せ」

  「全く……なら話すが、笑うなよ」

  「変な心配をするな。で…朝から何があったのだ?」

  少し声音を下げて再度尋ねると、バルジは白けた瞳で告げる。

  「なに……ただ寝癖が凄かっただけだ」

  「………寝癖?だが、お前は元より癖っ毛だろ。別に今更気にすることでもないはずだ」

  「あのな、いくら癖っ毛でも限度があるだろ。他者が見ても分かるほどに跳ね上がってしまってな。寝癖直しでも修復できないほどだ」

  「ほぅ……それは凄いな。で、それでどうした?」

  「やむを得ずシャワーで頭を洗ったさ」

  「なるほど。それで支度に時間が掛かってしまったというわけか」

  「正解だ。理解が早くて助かるぞ。悪いが時間がない。話はこれで終いだ」

  「…………」

  話をしながら黙々と食事をする姿をローレンスは黙って見守った。

  あっと言う間に完食をすると、バルジは手を合わせた。

  「ご馳走様。ではローレンス、またな」

  「あ?あぁ…」

  挨拶を済ませると、食べ終えた食器を手に持って諫早にその場から離脱した。

  残されたローレンスはその後ろ姿を見送ると、深くため息を漏らす。

  「はぁ……全く。昔から自身の嘘が下手だな」

  (あいつがそこまで隠蔽すると言うことは、余程のことがあったのだろうな。まぁ…見たところ顔色は良いし、体調不良ではなかったな。だとすると、自分自身以外のことでイレギュラーが発生した…と。それも自室にて…か)

  残り少ない珈琲を啜りながら、脳裏で考察するが結局結論を出すことはできなかった。

  「…………はぁ。やむを得ん。仕事終わりに再度問い質すとするか」

  [newpage][chapter:誤解と真実]

  一方その頃、急ぎ足のバルジはシリウスの待機所へ向かっていた。

  (全く……あの変なネズミのせいで調子が狂うな。だがこれしきのことで隊長である俺が狼狽えているわけにもいかん)

  自身の中で精神集中をしていると、あっと言う間に待機所へ到着する。

  「ふぅ……さて、行くか」

  先程まで疲れ切った瞳から切り替わり、青の双眼にいつもの色を浮かべドアの開扉スイッチを押下する。

  扉が開く中へ入室すると、真っ先に自身の隊長デスクに集まっているシリウス一同の後ろ姿が目に入った。

  (…………ん?あいつら…俺のデスクで何をしているのだ?)

  普段見ない光景に疑問を感じながらゆっくり一同の元へ向かう。

  近づくにつれて、徐々にシリウス一同の小言が聞こえてくる。

  『なぁ…これ…どうするんだよ』

  『どうって……俺たちじゃどうにもできないだろ』

  『とりあえず藤堂司令にご報告する?』

  『それが良いかもしれません。私は医局へ問い合わせてみます』

  『そうだよな…流石に俺たちだけじゃ何にもできねぇからな』

  『だよな』

  『うん』

  『そうですよね』

  シリウス一同が雑談をしている中、徐々に嫌な予感がしたバルジは話に介入することにした。

  「………おい、隊長である俺を差し置いて、一体何を藤堂司令へご報告するのだ?」

  少し重たい口調で言い放つと、今まで背中を向けていたシリウス一同が一斉に振り返る。

  「え………ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

  「え………うわぁぁぁぁぁ!!!」

  「え………きゃぁぁぁぁぁ!!!」

  バルジの顔を見るなりデイビット、有紀、ルイは衝撃を受けたかのように大声を上げた。

  その耳に刺さるような悲鳴に流石のバルジも咄嗟に耳を塞いだ。

  「う“っ……おい…朝っぱらから大声を出すな!心臓に悪いぞ」

  「い、いや……すんません。あの……隊長?」

  「…………なんだ、デイビット」

  「隊長は……バルジ隊長ご本人ですか?」

  「は?俺が他の人間に見えるのか?」

  「い、いえ……どう見てもバルジ隊長ご本人にしか見えません」

  「ならばその本人確認は何だ。というか、何故俺の顔を見て驚いた?」

  「そりゃ……その……」

  どう説明をするべきか言葉が出ずにいると、近くにいた有紀に視線を向けた。

  「ま、学!お前が言え」

  「はぁ!?説明を求められているのはデイビットだろ。俺に振らないでくれよ!」

  「先輩命令だ。言葉がでない俺の代理を頼むぜ」

  「ちょ、ちょっと…笑えない冗談はやめてくれよ!」

  「んな冗談を今言うかよ!文句言わねぇでさっさと言いやがれ!」

  「嫌だよ!そんなに嫌なら、ルイに頼めばいいじゃないか!」

  「はぁぁぁ?!なんで私なのよ!」

  「だって、最初に気が付いたのはルイじゃないか。第一発見者が説明責任を持つべきだろ!」

  「そうだぜ、おめぇが説明しろって」

  「ちょ、全部私に丸投げしないでよ!」

  シリウス一同が下らない言い争いをしていると、刻々と時間が過ぎていることにバルジは我慢の限界を迎えた。

  「っ………命令だ!誰でも良いから即刻現状報告を行え!!!」

  「「「っ?!」」」

  突如飛び交った怒号にシリウス一同が背筋を伸ばしていると、今まで黙って傍観していたユキが応えた。

  「バルジ隊長、経緯を説明する前に見ていただきたい物があります」

  「ほぅ…で、それは今回の説明に必要不可欠なのか」

  「はい。きっと隊長が見ればすぐにご理解頂けると思います」

  「ユキが言うからにはそうなのだろうな。で、その物はどこにある?」

  「……それなら、こちらにございます」

  「………ん?」

  少し困惑の瞳を浮かべているユキはそっと隊長デスクの方へ手を向けた。

  疑問に感じながらデスクを確認すると、その物を見た瞬間大きく瞳を開いた。

  「こ………これは………」

  バルジが目にしたのは朝に乱闘した自身にそっくりのハムスター。

  隊長デスクで毛並みを整えていたハムスターはバルジの視線を感じると同じように視線を向ける。

  「………ガガ?」

  「っ………な、なぜ……お前はここにいる?!」

  「……ガ、ガガガ」

  「(どこにいようが俺の勝手だと……こいつ…まさか段ボールから脱出したのか。一体どうやって…)」

  予想外のことに混乱をしていると、近くにいたユキが説明を始める。

  「実は……皆さんと待機所へ入室した時には、既に隊長のデスク上にこちらのハムスターがいました。逃げ出さなかったので暫く観察していましたが、あまりにバルジ隊長にそっくりだったので、隊長がハムスターになったのではないかという憶測が一人歩きをしてしまいました」

  「な、なるほど……それで俺がハムスターになったと仮定して、藤堂司令や医局へ連絡しようとしたわけか」

  「その通りです。ですが、連絡前にバルジ隊長ご本人が姿を現わしましたので、皆さんの誤解は解けたようです」

  「……そうだろうな。はぁ……状況は理解したよ」

  思いがけない展開に手で顔を隠すと、不思議そうに有紀が尋ねてきた。

  「あの……隊長?一つ質問宜しいですか?」

  「………ん?なんだ、有紀」

  「その……先程の反応を見ていると…バルジ隊長はそのハムスターのこと…ご存じだったんですか?」

  「………え?あ、まぁ…な」

  「………そうですか。あの…差し支えがなければ応えてください。この隊長にそっくりなハムスターは何なんですか?」

  「……………それは俺が知りたいことだ」

  「え?ど、どういう…ことですか?」

  いつになく覇気のない小言を聞き直すと、疲れ切ったバルジは説明を始める。

  「どうもない。こいつはな、早朝に俺の自室のベッドで眠っていたのだ」

  「え?隊長の自室のベッドにですか?」

  「あぁ。一目で自身に似ていると認識して流石に驚いてな。時間もなかったし…咄嗟の判断で段ボールにて捕獲をしたのだが、どうも逃げられてしまったようだ」

  「段ボールで……ですか」

  肩を落としながら説明した内容を聞いて、デイビットとルイも話に介入する。

  「隊長…流石にハムスター相手に段ボールでは心許ないですよ」

  「………ん?どういう事だ」

  「隊長、相手はネズミっすよ。鋭い歯があるんですから、噛みなんて容易に囓られて穴が空きますって」

  「………言われてみればそうだな」

  「でしょ。で…小さい体ですから、ちょっとした隙間があれば脱出なんて楽勝っすよ」

  「ハァ…なるほどな。要するに俺はハムスター相手に惨敗したと言いたいのだな」

  「まぁ、ハッキリ言ったらそうっすね」

  「ハッキリ言いすぎだ」

  デイビットからの指摘に頭痛がすると、今度はルイが質問をしてくる。

  「それで隊長。この隊長似のハムちゃん……どうするんですか?」

  「どうもない。捕獲して動物保護施設にでも送りつけるだけだ」

  「でも……隊長にそっくりですよ。それでも送りつけるなんて事…できるんですか?」

  「たとえ俺にそっくりでも、ハムスターはハムスターだ。別に問題ない」

  「そう…ですか」

  依然として淡泊に対応しようとするバルジに対して、デイビットがあることを告げる。

  「………そりゃやめておいた方がよくねぇですか」

  「………ん?何故だ」

  「だって…もしかしたらこのハムスターは隊長のドッペルゲンガーかもしれませんぜ」

  「ドッペルゲンガーだと」

  「デイビット、そのドッペルゲンガーってなんだい?」

  「学は知らねぇのかよ」

  「少なくてもタビトじゃ聞いたことがないよ」

  「まぁ…あんな田舎じゃ、都市伝説なんてあるわけねぇもんな」

  「都市伝説?」

  話が進むにつれて有紀に頭上に?が多数浮かび出すと、呆れたバルジが説明を始める。

  「はぁ…全く。都市伝説とはな、近代または現代に広がった口承の一種で、根拠が不明だったり、あいまいで検証されていない噂話を指す。これらの話は、特定の地域や人々の間で語り継がれ、あたかも現実に起こった出来事のように感じさせることがしばしある」

  「へぇ…そうなんだ」

  「あぁ。だが、実際は殆どの都市伝説が事実に基づいていないことがほとんどだ。ドッペルゲンガーもそのひとつだな」

  「へぇ……それで、そのドッペルゲンガーって結局何なんですか?」

  「ドッペルゲンガーは、青の地球の旧ドイツ語で『二重に歩く者』を意味する」

  「二重に歩く者?」

  「要するに、自分と全く同じ姿をした人間が現れる現象のことだ。この現象は、単なる似た人ではなく、服装や仕草まで完全に一致することが特徴で、古くからドッペルゲンガーに出会うことは、死の前兆と言われているな」

  「へぇ……」

  「知らなかったわ」

  「さっすが、歩く宇宙百科事典っすね」

  「馬鹿にしているのか」

  「そんなつもりはありませんって」

  「……でも、顔は似ているけど……ハムスターと人間じゃ根本的に違うような気がするけど…」

  「有紀の言う通りだ。大体…俺はこんなに性格は歪んでおらんし、人が困るような大暴れもせん」

  「(それはどうだろう…)」

  「(そりゃどうだが…)」

  「(それはどうかしら…)」

  呆れながらぼやいた言葉にシリウス一同が疑いの瞳を送っていると、今まで黙っていたユキが皆に告げる。

  「隊長、そろそろ勤務時間を迎えますが、どうされますか?」

  「……もうそんな時間か。はぁ……仕方がない」

  腕時計を確認したバルジは時間がないことで渋々とある決断をする。

  「有紀、デイビット、ルイ」

  「「「は、はい?」」」

  「命令だ。そのハムスターを勤務時間前に捕獲しろ」

  「ふぇ?!お、俺たちがですが?!」

  「おいおい…マジかよ」

  「どうして私なんですか?!」

  「俺は朝から動いて疲れたからな。それに若手の方が瞬発力はあるだろ」

  「そ、そんな…」

  「ここに来て丸投げかよ」

  「それで時間内の捕獲できなかったらどうするのですか?」

  「制限時間を超えた場合、心苦しいが駆除に切り替えるしかないな」

  腕を組みながら宣告した内容にシリウス一同は驚きの表情を見せた。

  「く、駆除?!」

  「つまり…始末するってことかよ?!」

  「う、嘘でしょ?!」

  「俺も本意ではない。だが、これ以上任務に差し支えるようならばやむを得ないだろ」

  「こんな小さな動物にも容赦しないなんて…」

  「まさしく仕事の鬼だぜ」

  「あんまりですよ、隊長!」

  「そうだな。俺もできることならば、そんな苦渋な決断をしたくはない。だから頑張って捕獲してくれ」

  「なんて身勝手な…」

  「たく…そんなハムスターを撃ち殺すなんて夢見が悪くなるぜ」

  「そうね。こうなったら意地でも時間内に捕獲するわよ」

  「あぁ!」

  「だな!」

  決意を露にすると、3人はハムスターの捕獲に乗り出した。

  [newpage][chapter:奮闘の果て]

  捕獲作戦を開始した3人だったが、早朝のバルジ同様に小さなハムスターに翻弄され、待機所中を走り回っていた。

  「ハァ…ハァ…学!そっちに行ったぞ!」

  「それっ…!くそっ…また逃げられた!」

  「もう……何どんくさい事やってんのよ、有紀くん!」

  部下3人が汗水流しながら奮闘しているのを離れたところでバルジは静かに傍観していた。

  (やれやれ…やはりアイツらも翻弄されているな。まぁ…少し本気になるようにカマをかけたが、少々刺激が強すぎたようだ。流石にあんな可愛らしい小動物を殺処分するのは俺でも気が引けるからな。だが……)

  嘘話に苦笑しながら一同の動きを観察していると、ある違和感に気付く。

  (おかしい……普通、動物の動きには一定の法則性があるはずだ。だが…見たところあのハムスターは移動パターンをコロコロ変化させている。たまたまか?……いや、それにしてもパターンが多い。だとしたらあのハムスターは意図的に動きを変化させていることになる。あんな小動物にそんな知能があるのだろうか)

  腕を組んで思い悩んでいると、お遣いを頼んでいたユキが戻ってきた。

  「………隊長、お待たせしました。ご命令の品です」

  「………ん?あぁ、すまん…手間をかけた」

  「いえ。それで状況はどうですか?」

  「見ての通りだ。すっかりハムスターに踊らされているさ」

  「そうですか……ですが、もう勤務時間を迎えますよ」

  「……そうだな。ボチボチ狙い時でもあるから…作戦を決行するか」

  「……そうですね」

  話が終わると、デスクに寄り掛かっていたバルジはシリウス一同の元へ向かった。

  「ぜぇ…ぜぇ…駄目だ……全然捕まえられない…」

  「ハァ…ハァ…は、ハムスターが…こんなに逃げ回るなんて…知らなかったわ…」

  「ぜぇ…ぜぇ…あんな……所詮…ネズミだぜ……すばしっこいに決まってんだろうが」

  部下3人が床に座り込んでいると、バルジは不適な笑みで声を掛ける。

  「………ふん。随分とだらしがないことだな。ネズミ一匹に逃げられるようではSDF失格だぞ」

  「ぜぇ…ぜぇ…た、隊長…」

  「ハァ…ハァ…そ、そんなことを言われましても…」

  「ぜぇ…ぜぇ…たく…相変わらず人使いが荒い上官だぜ」

  「そうか?これでもお前達のことは大切にしているつもりだぞ?」

  「(大切に…している?)」

  「(一体…どの辺のことかしら)」

  「(出たぜ…実直の詐欺師風情…)」

  シリウス一同が不満げな顔つきで睨んでいると、バルジは話をしながらハムスターの方へ向いた。

  「………ふっ。どうやら、お前らの奮闘も無駄ではなかったようだぞ」

  「「「………え?」」」

  ぼやいた言葉に反応したシリウス一同は同じくハムスターの方へ向いた。

  見れば、隊長デスク上で座り込んでいる姿が見えた。

  「す、座っている?!」

  「な、なんでだよ?!」

  「疲れちゃったのかしら…」

  「………いや。恐らくエネルギー切れだ」

  「え、エネルギー…」

  「切れ?」

  「それってつまり…」

  シリウス一同が困惑している中、バルジは静かに隊長デスクへ向かった。

  辿り着くと、座り込んでいるハムスターに視線を向ける。

  「………ふん。お前も…随分と疲弊しているようだな」

  「ガガガ……」

  「そんなつもりはない…か。全く…自身の嘘が苦手なところもよく似ている」

  「ガガガガ…」

  「ふっ……頑固だな」

  ムッとしている小さき生き物に笑みを溢すと、バルジは先程ユキから受け取った品を机に置いた。

  カコン…

  「…………ガガ?」

  ハムスターの前に出されたのはヒマワリの種にチーズ、プチトマトが入った缶詰だった。

  「……ほら、飯だ。もう腹が減って動けないのだろ?遠慮しないで食べろ」

  「………」

  餌の入った缶を差し出してもハムスターは警戒心を解くことはなかった。

  完全に疑っている瞳で缶を睨付けていると、バルジは呆れ顔で告げる。

  「はぁ…やれやれ。人間顔負けの警戒心だな」

  「…………」

  「大方…薬でも盛っているのではないかと疑っているわけか。ならば…」

  依然として警戒心を解かない様子をみて、バルジは缶に入っているチーズを手に取った。

  そして躊躇なく自身の口へ運ぶ。

  「(パクっ!)」

  「ガガ?!」

  俄に信じられない顔で驚いていると、チーズを食べたバルジから感想が漏れる。

  「(もぐもぐ…)うーん。少し…塩っ気が足りなくないか、ユキ」

  「隊長、それはハムスター用のチーズなので…」

  「……ん?あ~なるほどな。言われてみればそうだな」

  当たり前の事を言われ笑みを溢すと、再びハムスターの方へ向く。

  「さて…一応毒味はしたが、これでも疑いは晴れんか?」

  「…………」

  なるべく優しい口調で告げると、ずっと座り込んでいたハムスターはゆっくり腰を上げた。

  そしてノソノソと缶の元へ向かい、真っ先にプチトマトを手に取った。

  「(クンカ…クンカ…)」

  「ふっ……本当に警戒心が強いな。大丈夫だから、早く喰え」

  「………(カブっ!)」

  (それにしても…尋常ではない警戒心だな。ハムスターはペットにもなるほどだから人懐っこいものだと思っていた。それか…ここに来る前に何かあったのだろうか…)

  「はぁ…やれやれ。まぁ、ゆっくり食っておけ。我々はミーティングをさせてもらうぞ」

  「(もぐもぐ…)」

  黙々と食べているハムスターから視線を移すと、汗を流している有紀が声を上げる。

  「え?!た、隊長。捕まえないんですか?!」

  「アレだけ警戒されてしまっている状態では捕獲は無理だろ。一先ず、我々が敵ではないことを理解させるべきと判断した」

  「で、でも…また逃げ出すかもしれませんよ…」

  「そうなったらそうなったらだ。別に捜索依頼が来ているわけでもないからな」

  「え………」

  「ちょっと待てよ…じゃあ…なんで俺たちに捕獲を指示したんですか?!」

  「そうですよ!説明してください!」

  疲労が出ているシリウス一同からの猛抗議にバルジは何食わぬ顔で応える。

  「なに、あれはただ訓練に丁度いいと思っただけだ」

  「く、訓練?!」

  「う、嘘でしょ?!」

  「ちょ、それはどういう事ですか?!」

  「ハムスターの瞬発力は半端ないからな。シミュレーションにも再現できない動きは日頃怠け癖のあるお前らにいい刺激となると思ってな。急遽活用させてもらった」

  「ハムスターの…瞬発力」

  「てことは…私たちは騙されたって事?」

  「たく……これだから実直の詐欺師は信用できねぇぜ」

  「まぁ、そう怒るな。SDF訓練学校の朝練よりも刺激的だっただろ?」

  「「「何処がですか!!!」」」

  その後、怒濤のシリウス一同からの抗議の声をさらっと流し、早朝ミーティングが開始された。

  【次回予告】VOICE有紀

  突然現れたバルジ隊長に似た謎のハムスター

  一体どこからやってきたんだろう…

  次回、『独楽鼠事件【雄飛編】』

  俺たちは次の駅で、誰かの活躍を知る。

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