新緑萌える頃。
日射しは眩しく、空気もみずみずしい勢いに満ちている。
その中で緑の木々や草はより鮮やかにかつくっきりとその色どりを見せている。
そしてその日差しが暮れ、夜のとばりが静かに降りる中ゆっくりとまた異なる光が緑を照らす。
月の光―そう、満月の明かりだ。
まぶしく照らす日の光の一部を受け止めて照らすその光は淡く優しい。
緑の空気も、鮮やかすぎる程の緑の色どりも今は密かに静まり返りつつある。
世間では「フラワー・ムーン」と呼ばれていると言うその月明かりの中、新緑の草むらの中でひっそりと、かつ鮮やかに咲き誇る花々も今は静かにたたずんでいる。
そんな中、わたしは草むらに横たわり月の光を浴びている。
全てを覆い隠すような夜の闇の中で月の光は色々なものを淡く輝かせる。
緑の葉も、咲いている花も、微かに流れている川も。
そして―わたしの身体も。
「ふぅ……」
わたしは月の光を全身で浴びている。
服なんてとうの昔に全部脱いでいた。
このひんやりとした夜の草むらの空気を、この全てを包む淡く優しい月の光を感じるには裸になる以外の方法をわたしは知らない。
草むらに横たわり、全ての力を解き放ってただ穏やかに月の光を浴びる。
川のせせらぎと微かに揺れる草の音だけを耳にしながらただゆったりと。
両足は静かに流し、両腕はゆったりと頭の方に上げながら。
降り注ぐ月の光、緑をかける風、そして川の流れ。
その流れの中、裸のわたしはただ身を預けている。
気持ちいい。心地いい。
こんな穏やかな空気の中で裸でいられるなんて素敵。
とっても、とっても気持ちいい。
そうしているうちにわたしはふと昼間の事を思い出す。
[newpage]
まぶしく勢いづく日ざしの中、青々と鮮やかに映える緑。
その中を優しく吹き抜ける初夏の風。
そんな空気に誘われてわたしは一人訪れていた。
生い茂る草むらを静かに歩き、不規則に立ち茂る木々を歩く。
瑞々しいまでの空気が衣服をすり抜けてわたしの身体の中に吸い込まれていく。
その中を駆け抜ける風がわたしの身体をすり抜けていく。
清々しくも微かに強い風がわたしの中の余計なものを吹き飛ばし、より純粋に緑の空気をわたしの中に満たしていくように。
そうしていくうちにわたしは自分がいつの間にか一糸まとわぬ姿で歩いている事に気が付いた。
一枚ずつ脱ぎ捨てていったのか、それともどこかにまとめしまっていたのか。
そんな事はどうでもよかった。
解き放たれた素肌はさらに青々とした緑を吸い込み、そして吐き出す。
まるでわたし自身が木々や草むらとなったかの様な息遣いを全身で感じながらわたしは歩いていた。
そんな中、不意に木々が途切れ、その先に草むらが広がっていた。
どこまでも続きそうな……とは行かなくとも走りたい、走らずにはいられない様な広さで。
不意に風が吹いた。
裸の背中を、腰を、お尻を押される様にわたしは木々の中から草むらに飛び出す。
「わぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
わたしは走った。
どこまでも、どこまでも走り続けた。
追い風に押され、向かい風と草むらをかき分けて。
裸のまま、どこまでもどこまでも。
緑の風と一つになって走り続ける。
そんな中、どうでならここで脱げばよかったと思ったのはちょっと筋違いだろうか。
走りながら服を脱ぎ、露わになった素肌に緑の風をまといながら走る。
これもこれで悪くない。
でもどちらにしろわたしは裸のまま素肌いっぱいに緑と風を取り込んで走る。
気持ちいい。ひたすら気持ちいい。
暖かい新緑の空気が、鮮やかな緑の彩りが、そしてまぶしいくらいの日ざしが。
全てがわたしの中に入り込み、わたしを突き動かす。
気持ちいい、ひたすら気持ちいい。
そんな気持ちのまま走り続けたわたしはいつの間にかある川岸の上までたどり着いた。
大きな川ではない。文字通り小さなせせらぎが。
その静かな流れとちょっとひんやりとした空気がわたしの心と体を静かに冷ます。
「―ふうっ」
そこでわたしはへたりこんでしまう。
草むらの中、丘の上にすわりこみ、そのまま横たわる。
「……ふぅ……はぁ……ふぅ……はぁ……」
そのままゆったりと全身で息をする。
その度に素肌が、そして裸の胸が静かに、大きく震える。
緑の気、初夏の日差しに加え流れる川の気に包まれながらわたしは大きく深呼吸をする。
「ふぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁ……ふぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁ……」
その度にわたしの中でますます緑の気が満ちてくる。体が温まってくる。
わたしの中であふれる程の熱いものが湧きたってくる。
ほしい。もっとこの緑の気をわたしの中に満たしていきたい。
そんな気持ちの中、わたしは無意識にちょっとはしたない行動をとる。
両手が静かにわたしのそこ―脚の間でひっそりと閉じられているわたしの、女の証の扉に触れる。
「……」
かすかな恥じらいと熱い衝動の中、わたしはそっと両手の指で扉を開く。
「あ……」
静かに開いた扉、そしてその中にある通り道にわたしを包んでいたものが一気に吹き込んでくる。
わたしの扉をくぐり吹き込んできた緑の気がわたしの中で大きく駆け巡り、そしてわたしの扉から吹き出していくような感じ。
口から、鼻から、素肌全体から息をするようにわたしの奥が呼吸をしている。
その度に肌は震え、胸は揺れ、背中が大きく上下する。
「あ……ああ……ああ……」
それ以外は何も動かしていないのにそれだけで気持ちいい。
わたしの頭の中のわたしはこの大きな流れの中に溶け込んでいた。
かろうじて人としての形と意識は保っているけどその全てが日差しに温められ、緑の気に満たされ、風に吹き抜けられ、そして川のせせらぎに流れていく。
この不思議な感覚に満たされるうちにわたしの意識もどんどん和らいでいく。
この気持ちを少しでも身体に、頭の中に、そして心に刻みたいと思う気持ちもむなしく、わたしはこの優しくも確かな新緑の流れの中に消えていった……。
[newpage]
そしてその流れの中のまどろみから目覚めたわたしの目に飛び込んだのがこの満月。
いつの間にか辺りは暗くなり、全てを覆い隠すような夜の闇があちこちに広がる。
その闇に彩を与える様に満月の光が辺りを照らす。
ただ昼の光の中では見えない、ただ夜の闇の中では浮かび上がらないものが見える。
木々や草むらの輝きであり、ほのかに咲く花々であり、静かに流れる川のせせらぎである。
昼間とはまた違う緑の気の流れが夜の闇と月の明かりの中わたしの素肌を包み、吹き抜けていくような感じがする。
「ふぅ……」
素肌をひんやりと包む夜の空気。
素肌をほのかに照らす満月の光。
その流れに辺りながらそっと髪をなで、首筋から鎖骨のあたり、そして胸をそっと撫でる。
気のせいかいつもより柔らかく、そして―感じる。
日の光の中で感じたみなぎる様な息遣いとはまた違う静かで、そして脈々とした気がわたしの素肌の中にもに染み込んでいくような感じ。
夜の闇の中で、そして月の光の中で息づく緑の息吹がわたしの身体の中でもふつふつと動いているような不思議な気持ちになってくる。
そんな中ふとまた考える。
こんな気持ちは昼間からこうしていたから感じるのか。
それとも夜、この時になってからこの地を訪れ月の光と夜の闇の中で素肌をあらわにしていても感じる事ができたのか。
たぶん……これもまたどうでもいい事だろう。
どちらにしろわたしは今こうして裸で月の光と緑の気を浴びている。
そしてその中で満たされている。
それが今のわたしにとっての事実であり真実なのだ。
その満たされた気持ちのまま、わたしは静かに夜空に浮かぶ満月に目を向ける。
その姿を、その光を焼き付けるかのように。
「……」
わたしは草むらに横たわり、川のせせらぎを聞きながらその瞳に、その素肌に満月の光を受け止める。
「あっ」
ふいに胸にやっていた手、そして指に力が入りすぎた。
軽い痛みと鋭い快感がわたしの意識を一瞬引き締める。
「ふぅ……」
心地よいまどろみから一瞬引き戻された事で少し不機嫌になりながらわたしは体を起こし軽く草むらに座り込む。
それでも夜の闇は深く、満月の光は優しい。
草むらは優しくささやき、川は静かに流れている。
その風景がわたしの心を少しずつ鎮めていく。
そんな中、ふと目を向けた先に花が咲いていた。
夜の闇と草むらに隠れていたかのようにひっそりと咲いていたその花々は月の光に浮かび上がるように咲いている。
まるで満月に導かれて咲いたかのように。
月の明かりに照らされ輝くように咲くその姿はとてもきれいだ。
フラワー・ムーン、花の月―。
そう言えば今夜はそう呼ばれる満月だった。
文字通りの月中花の姿にわたしは静かに見とれていた。
この風景をもっと、ずっと見ていたい。
月明かりに照らされながらこの夜と緑の空気の中で裸のまま咲く花を……。
そんな時、わたしの素肌、そしてその奥がキュンと震えたような気がした。
まるで導かれる様にわたしはそっと足を広げてみる。
わたしの中にある扉の中。
そこには―花が咲きかけていた。
わたしの花。
わたしの中にある一輪の花。
昼間心満たされるまで緑の気を吸い込んでいたわたしの奥からひっそりと、そして大きく開こうとしている一輪の花。
わたしの外で咲いている花とはまた違うけど、その「花」もまた夜の闇の中、満月の光に浮かび上がる様にわたしの中で咲こうとしている。
なら―咲かせよう。
わたしは再び草むらに横たわり、改めて身体を解き放つ。
両腕を大きく伸ばし、両足を大きく広げる。
静かに力を抜き、流れに身を任せる。
月の光に、草の流れに、川のせせらぎに。
その流れの中でわたしは静かに体を流していく。
月の光がわたしの肌を照らすように輝く。
草の流れがわたしの肌を撫でるように流れていく。
川のせせらぎがわたしを高める様に響いていく。
わたしの心と体はその流れと交わり一つになっていく。
身体の感覚が薄らぎ、そして同じように流れていきながら……。
咲いた。
わたしの中にある「花」が咲いた。
満月の光を受け、夜の闇に浮かび上がり、緑の気に包まれながらわたしの「花」が開いた。
感じる。昼間わたしの奥が緑の気を大きく深呼吸した時の様にわたしの「花」が感じている。
満月の光を受けてその「花」は輝き、緑の中でひっそりと、それでいて大きく咲いている。
その「花」はわたしの身体中に静かに、そして確かに根を張りより大きな「花」を咲かせていくような不思議な気持ちにわたしを満たしていく。
そう、わたしもまたフラワー・ムーンに咲く月中花となったのだ……。
おそるおそる、そしてうやうやしくその「花」に指を添える。
傷つけないように、手折らないように。
その「花」は優しく、そして柔らかく咲いていた。
「あっ……」
その手触りにわたしはつい声を上げてしまう。
そんなわたしの目に先ほど目にした花々が、そして空を見上げれば大きく輝く「花の月」が輝く。
それらを愛でながらわたしは改めてその裸身を草むらに預ける。
月の光を、その中でささやく緑を、静かに咲く花々を愛でながら。
「あ……ん……あぁ……」
時折まどろみながらもわたしは月の光と緑の気、そして川のせせらぎをその素肌の中に導く。
その度にわたしの「花」がより大きく鮮やかに咲いていくのを感じながら。
この心地よい感覚に身を預けてしまいたい。
でも、そうしてしまったら今度目が覚めるのは夜明けの光の中だろう。
それはちょっと惜しい。
例え朝焼けの中、瑞々しい緑の気を素肌いっぱいに感じる歓びを味わう事になっても、今はまだこうしていたい。
緑の中に、月の光の中に包まれていたい。
その流れに身をさらす感覚を味わいたい。
月に咲く花々を愛でる喜びに浸りたい。
そんな複雑な気持ちの中、わたしはその裸身いっぱいに月光と草むらを感じ続けていた―。
了