とある祭り。
黄昏時を過ぎ宵闇に包まれてなお祭り囃子も賑やかに人々の活気が満ちる。
普段静けさに包まれる境内も今宵は繁華街に負けない鮮やかな彩りに包まれそれに導かれる様に人々は集い思い思いに祭りを楽しんでいる。
そんな中この祭りの最大の見せ場とも言える祭事の準備が人知れず静かに行われていた…。
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この神社では昔からある大太鼓の奉納が行われている。
何でもこの神社の伝承にも記されている太鼓であり年に一度この祭りの日に盛大に打ち鳴らし祭神に奉納すると言う。
そして神社の一角にある部屋の中で今年の太鼓の叩き手が禊ぎを済ませ肌襦袢姿で祓いを受けている。
祝詞が読まれる中白い御幣が宙に舞い叩き手の体を祓い清める。
どこまでも静寂に満ちた中儀式は進んでいる。
しかし、この儀式はどこか変わっている。
まずなんと言ってもこの場にいる神職はみんな女性―巫女さんばかり。
男性の神職は一人もいない。
そして祓いを受けている叩き手もまた女性―このわたし自身なのだから。
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そもそも女性であるわたしがどうして大太鼓の叩き手として禊ぎや祓いを受けているかと言うともちろん理由がある。
遡れば遙か昔、色々な事情で男手が足りなくなり太鼓の叩き手を出す事ができなくなった事があった。
それを補う為に女性達の中から太鼓の叩き手を出してつつがなく祭りを終える事ができたそうな―めでたしめでたし。
と言う言い伝えが残っておりそれをきっかけにしてこのお祭りでは無作為にかつ秘密裏に選ばれた女性が大太鼓を演奏し奉納しているわけだけど……。
なぜか今年はわたしがその叩き手に選ばれてしまっている。
確かに今時は女性の太鼓奏者と言うのは珍しくないけどわたし自身にその経験がないのなら話にならない。
それなのに奇妙な偶然か巡り合わせか。これが運命というのならかなりイジワルな運命だと呪いたい。
なぜそんな事をわたしが思うのか、かつて、叩き手に選ばれるまで私はその叩き手の姿を祭りの雑踏の中で他人事の様に見ていたからだ。
しかし、当事者となった今はただ静かに禊ぎを終えた素肌を肌襦袢に包んだ姿で静かに祓いを受けざるを得ない。
今時らしく正座椅子は用意してくれているけどやっぱり足が少しずつしびれてくる。
これもまた儀式―とは言えやっぱりつらい。
巫女さん達はそんなわたしの気持ちを知ってか知らずか静かに祝詞を上げ祓い串をかざしている。
一応この儀式を受ける事でわたしは市井の女の子から祭事の行い手に変わる第一歩を歩んでいる―と思う。
ちょっと緊張はしているけど余り実感は湧かない。
まあ今時はきっとそんなものだろうしそもそも本来ならわたしもお祭りを普通に楽しみたかった。
もしかすると来年以降このお祭りはわたしのトラウマ要因になってしまうかも知れない。
そんな事を本気で思いながらわたしは表向き静かに祓いを受けていた。
そしてそんなこんなでお祓いは終わり巫女さんは静かに祭壇をあとにする。
これで終わった―はずはない。
むしろこれからだと言う事をその巫女さんと入れ違いに現れた別の巫女さんが恭しく白木の台に乗せていたものを見ながら痛感していた……。
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台の上にあったそれを見てわたしは息を呑んだ。
そこにあったもの、それは白い法被とサラシ、そして白い―ふんどしだった。
言うまでも無い。これがこれからわたしが身に着ける装束なのだ。
今は肌襦袢の中に隠れているこれでも一応乙女の素肌を引き締める様にまとわれるであろうそれらの衣装。
それを身に着け祭事に臨む自分の姿を想像するとちょっとドキドキしてしまう。
しかし、そのドキドキをも押さえ込む程の存在感を持ちながらそれらの装束の上にある存在にわたしの目は釘付けになる。
お面―率直に言えばと言うかそうとしか言いようのないものがそこにある。
黒塗りに彩られた荒々しい男衆をかたどった顔立ちのお面。
カッと見開かれた目はまるでじっとわたしを見つめている様に見える。
「切顎式」と教えてもらった外れている様に見える口元は本当は太鼓を叩く時息がしやすい為の形だと言う事だけどわたしに対して何かを言おうとしている様に思える。
それはきっと今こうして祓いの儀式を受けこれから祭事に臨もうとしている前の緊張がそう思わせているだけかも知れない。
ただ―一つだけ言える。
これからわたしはこの面を被る。そして―。
この顔が「わたしの顔になる」。
そんな思いを抱きながらわたしは面と見つめ合っていた。
まるで面に魅入られたかの様に。
そんなわたしを我に返したのは巫女さんの声だった。
その声についあたふたとしてしまいながらもわたしは改めて静かに面と向き合い―そして手に取る。
儀式の決まりで叩き手はまず面を被ってから衣装を身に着けなくてはいけない。
話を聞いた時には少し戸惑ったけど今ならなんとなくわかる。
面の目と見つめ合ってしまうのをなんとかこらえつつわたしは面を内側、被る方の側に向けるとそっと顔に被せた。
いかつい外見からは信じられないくらい面の内側はわたしの顔にぴったりと納まった。
まるでわたしのためにあつらえたかの様な―そんな言い回しを確かめる間もなく巫女さんが後ろに立つ。
巫女さんはわたしの髪をまとめながら面の両耳にあたる部分から伸びる紐を手に取り後ろで結んでいく。
面を押さえるための紐が結ばれながら額・鼻・頬・口元……面の内側の一つ一つがわたしの顔と密着して一つになって行くのをわたしは確かに感じていた。
紐を結び終えた巫女さんが離れるのと同時にわたしは面に添えていた両手を離す。
鏡がないので顔を見る事はできないけどわたしは感じていた。
女物の肌襦袢を身に着けながらその顔はいかつい顔をした面に覆われているわたし自身の姿を。
只それだけなのに自分が別の存在に変わったかの様な奇妙な感覚を覚えてしまう。
まだわたし自身の意識があるからこそそう感じてしまうのだろうか。
そんな事を感じながらわたしは静かに立ち上がると襦袢を止めていた結び目を解く。
それに合わせる様に巫女さんが緩んだ襦袢を脱がしていく。
その時―そこにいた存在―。
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首から上はいかつい男衆の面を被った異形とも言える顔。
しかし、首から下は……お・ん・な―。
顔にはあまりにも不釣り合いすぎる華奢な体つきに細い手足。
それなりに柔らかく形の良い胸の膨らみにきゅっと引き締まった腰回りの奥にある……
そのあまりにも違和感のあり過ぎる、それでいて何か引きつけられずにいられない姿となった事に浸る間もなく巫女さんは褌をわたしの体にあてがうと慣れたかの様な手つきで通していく。
しっかりと通し終えた褌がわたしの「女性」をきゅっと縛った瞬間、わたしは身をそらし声を上げてしまう。
細い体と胸を揺らしながら男衆の顔の口元から高い女の声が出る。
そんなわたしの声と体をふさぐ様に巫女さんはサラシを手に取るとわたしの脇に当て、ぐるぐると巻いて行く。
わたしの腰が、胸が覆い隠され締め付けられていく。
女性としてのわたしの体が少しずつ、少しずつ変わっていく。
体を押さえつけられながら、そのきつさについ声を上げながらそんな事を考えてしまう。
そんなわたしの思いをよそに巫女さんは巻き終えたサラシの端を巻いていた帯の中にそっと差し込むと最後の仕上げとして法被を手に取りわたしの肩にかける。
わたしもそれを導く様に腕を動かし袖を通す。
巫女さんが法被の腰帯をしっかりと結び終えた事で全ては終わった。
さっきまでそこにいた肌襦袢姿の女性だったわたしの代わりに立っているのは白い法被をまとい、その下にしっかりとサラシと白い六尺褌を締めたいかつい男衆の顔をしたわたし。
もちろんこの装束の中にはまぎれもなく生まれたままの「わたし」がいる事はわかっている。
しかし、そっと差し出された姿見の中に映る姿は体格はともかくその自覚さえ覆い隠すほど変わっていた。
普通の女性から祭事の担い手へ。
女性から―男衆へ。
例えかりそめの装束をまとっているだけでも、いやだからこそこの姿の中にいる「元のわたし」の中で何かがキュンと震える。
そんな震えさえ押さえ込む様な装束・そして面の引き締めがかえってそれを強くしている。
この不思議な緊張感にもうしばらく浸っていたかったけど時間はそれを許してくれない。
先ほどお祓いをしていた巫女さんがわたしの前に立つと改めてお祓いの儀式を行う。
その祝詞を聞く内に何かわたしの中で何かが刻まれている様な気持ちになる。
さっきは変わるための儀式、今は変わったわたしに力を与えるための儀式。
そんな事を思いながらわたしは祝詞を聞いている。
この祝詞が終わればいよいよ奉納の儀式が始まる。
わたしはそれを勤めるためにこの姿になったのだ―。
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神社の境内にしつらえた特設の舞台。
夜の帳に覆われた中かがり火がパチパチと音を立てながら辺りを照らしている。
その周りを多くの人達が取り囲みいまかいまかと祭事の始まりを待っている。
そんな賑わいとかがり火に迎えられながらわたしは特設の廊下を通りその先にある舞台、その中心にある大太鼓に向かっている。
かがり火と会場の熱気がわたしの体をまともに覆い、激しい歓声が耳と肌を振るわせる。
去年まではこの歓声の中に埋もれていた自分が今はこうして歓声を受ける側になって歩いている。
なんだかすごい。なんだか不思議。なんだか―熱い。
考えてみればいくら髪をまとめ顔を隠しているとは言えこんな格好でたくさんの人達の視線を受けながら歩いているなんて普通に考えればとっても恥ずかしい。
言うまでも無いけどこの群衆の中には知っている顔もかなりいるだろう。
もし面を被ってなかったら恥ずかしくて一歩も歩けなかったかも知れない。
それなのに今はその恥ずかしささえわたしを熱くさせ前に進ませている。
面の中でわたしの口から吐息が漏れ、サラシの中で胸が高鳴っている。
褌に締め付けられたわたしの―その場所も少し熱くなっている気がする。
その熱さが今のわたしが身に着けている装束の中でしっかりと押さえつけられながら力を増しているのを感じる。
それを思い切り太鼓に叩き付けたい。
普段の自分ではできない位に熱く、激しく。
それに―今までやってきた人達もそうだけどわたしが今こうしてこの姿でここにいると言う事は基本的にはお祭りに関わる巫女さん達だけしか知らない話なのだ。
もちろんわたしも去年までどんな人達が叩き手を勤めていたかなんてまったく知らないし知る必要もない話である。
だから―思う存分叩きたい。
例え、今の今まで太鼓なんて叩いた事が無くても。
そう思った時わたしの体はまたいっそう熱く昂ぶり、そして強く引き締まる。
それをサラシが、褌が、そして面がきゅっと引き締めていく。
そうこうするうちにわたしは舞台、大太鼓の前に立っていた。
観客の声がますます高まり舞台を覆い尽くす。
緊張する。気持ちが舞い上がってくる。
その気持ちを抑えながら面の中で大きく息をする。
そんな中ふと太鼓の向こう側―わたしと太鼓をはさんだ反対側―に立っている人物がいる。
わたしと同じ様に白い法被とサラシ、そして褌を締め、同じ様にいかつい男衆の面を被ったその姿。
見た目からしてもわたしと同じ、「そう言う装束をまとった女の人」と言うのがわかる。
もっともその人が「去年選ばれた叩き手の人」である事、そして来年はわたしがその場所に立たなければいけない事以外わたしは知らない。
でも、それでも十分だった。
その人はわたしを面ごしに静かに見つめるとそっとわたしを促す様に自分の撥を持ってそっと太鼓の面に添える。
わたしもそれに応じる様に自分の叩く面と向き合い撥を手にして面に添える。
賑わっていた辺りがその瞬間静まりかえる。
始まる。いよいよ始まるのだ。
男衆の装束と面に身をやつした女性、あるいは女性の姿を借りた男衆による奉納太鼓が。
わたしと向かいの人、どちらからともなく静かに撥を上げる。
かけ声とともに最初の響きが境内に・そしてわたしの体に響き渡った。
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一つ・一つ・また一つ。
静かに、そして確かなリズムで太鼓が打ち鳴らされる。
向かいの人はともかくわたしはその人の叩く動きに合わせる様になんとか撥を握り太鼓を叩いている。
本当に太鼓なんて今の今まで叩いた事はないし選ばれた時に一応叩き方は教えてもらったけどそれでもまともに演奏できる叩き方ができる自信なんて無かった。
でも、今わたしはこうして太鼓を叩いている。
向かいの人に導かれている事もあるけど何より自分自身の手が、腕が、体が自然に動いている。
太鼓を叩けば叩くほど強い響きが辺りを振るわせる。
その震えは向かいの人に伝わっているだけでなくわたし自身にも跳ね返ってくる。
きっと向かいの人も同じ様にわたしに自分の太鼓を響かせながらもその響きを感じているのだろう。
その鼓動は装束を伝わってわたしの体、そして心を激しく振るわせる。
強く、激しく、荒々しいその鼓動がわたしを滅茶苦茶に揺り動かし押し流そうとする。
でもその流れは決して苦しくも辛くもない。
熱い。熱い。そして―気持ちいい。
叩けば叩くほど、その鼓動と震えが帰ってくるほど体が熱く、そして気持ちよくなってくる。
例えるのなら温かいお風呂の中で全身マッサージを受けている様なものだろうか。
それもあるけどそれだけじゃない。
その熱さと気持ちよさはわたし自身の中からも満ちてきている。
体が熱くなる度、そして気持ちよくなる度により強く、より激しく、より確かに太鼓を叩くなってくる。
撥をより強く握りしめ、より腕と体を大きく振り上げ、より強く両脚を踏みしめ、より確かな勢いで太鼓にその熱さを叩き込む。
太鼓はその度に大きく震えながら音を立てて向かいの人に、そしてわたし自身を震え響かせる。
その震えが、鼓動が、熱さが太鼓を叩く力だけでなくわたしの気持ちいいと思う心まで強くしてしまう。
胸をしっかりと縛っているサラシと腰を引き締める褌が腕を振り上げ太鼓を叩く度、両脚でしっかりその勢いを止める度わたしの肌を、そして「女性」としてのわたしを強く締め付けていく。
その度いかつい顔に固められた男衆の面の中で何度感じる顔を見せかけたか、その切り顎の口元から声を出しかけたか。
太鼓の演奏はさらに勢いを増し、周りの人達もますますわたし達に見入っていた。
それほどの勢いでいかつい顔で太鼓を叩く男衆の装束の中で女性としての気持ちよさをこらえているなんて誰が信じられるのか。
いや、自分でさえ信じられない。
でも今こうしてこの場でこの姿でこの儀式を行っているのは夢でも幻でもない。
間違いなくわたし自身。
そして今目の前にいるもう一人の叩き手の人も同じ様に熱さと気持ちよさをこらえながら太鼓を叩いている。
いや、「叩き合っている」。
互いが互いを熱く、そして気持ちよくさせながら太鼓を叩き、その鼓動を送りながら受け止めている。
叩けば叩くほど響き合い、響けば響くほど高まり合っていく。
そう、もっと、もっと叩きたい。もっと熱くなりたい。熱くさせたい。
もっと気持ちよくなりたい。気持ちよくさせたい。
そして―高まり合いたい。
体に力が入る。腕が、足が引き締まる。
わたしはさらなる勢いと共にかけ声を上げるとさらに激しく太鼓を叩く。
その反動が体を貫き振るわせさらに熱く、気持ちよくさせるけどこの程度で終わっちゃいけない。
わたしはさらに力を込めて太鼓を叩く。叩く。叩く。
震える。震える。震える。
響く。響く。響く。
その度わたしの頭の、そして心の中でわたしが変わっていく姿が浮かぶ。
より強く、より激しく、より確かに響きを放ち受け止める事のできる姿に。
わたしは不思議と恐れや驚きは感じなかった。
太鼓の響きと体の熱さが恐れる心を吹き飛したのか、今のこの男衆の姿がそれを受け止めてくれているのか。
そんな事を考える時間さえもったいないと思うほどの気持ちでわたしは太鼓を叩く。
叩きながら、より強くなった響きと熱さに満たされながら心の中でより強く、より逞しく、より雄々しい姿に変わっていく自分の姿を受け入れていく。
撥を握る腕が太く、長く力強いものに変わっていく。
サラシに締め込まれた胸の膨らみが太く、固くなりながら埋もれていきサラシを押しかえそうとするばかりに逞しい胸板になっていく。
褌に縛られたお尻が厚く引き締まりそこから伸びる両脚も丸太の様に逞しくなる。
柔肌に覆われた細目の体が逞しく鍛え上げられた筋肉に覆われた姿に変わる。
そして……。
[newpage]
わたしの中で激しく荒ぶる高まりと荒ぶりと気持ちよさをこらえきれず思い切り太鼓にぶつけた瞬間―。
荒々しい雄叫びと共に褌の中でそれを突き破る様な勢いで熱く昂ぶるものが突き上がった気がした。
そしてそれは「おれ」が―今―男になった事の証でもあった。
以前観客として見ていた時はこんな事になっているなんて気がつかなかったけど、まさかここまで「男」になれるなんて思えなかった。
わずかな理性が本当のおれの姿は男衆の面と装束にぴったりと覆われた女の体のままだと言う事を告げている。
しかし、今おれの中に満ちている男としての感覚がおれに妙な違和感を感じさせる。
女の体が男の装束と面、そして男の心にはさまれながらもがいている様な、喘いでいる様な奇妙な感覚。
その感覚のまま荒ぶっている自分を鎮めようとして全身で大きく息をしようとしたおれの目―面ごしにおれと同様荒ぶりながら佇む相手の姿が見えた。
あいつもまたおれと同じ―男の心になった自分に浸っている―簡単すぎるほどにわかってしまう。
全身で荒ぶる息を装束全体から吐きながらさらに強まった勢いをぶつけたい感情はその「顔」からも見える。
一瞬顔と目を向け合ったおれ達は改めて足を踏み込み撥を握りしめる。
ほぼ同時に雄叫びを上げる。細くなだらかな喉からは信じられない位荒々しい男の声が思い切り放たれる。
そしておれ達は押し込む様に太鼓を叩く。
より強く、より激しく、より確かな響きが伝わってくる。
その度におれはおれの中で力が満ち、体が引き締まるのを感じる。
細くか弱い女の体の中で荒々しく力強い男の力が満ちている。
激しく揺れ動きたい胸がサラシに押さえ込まれるほど、熱く激しく昂ぶっている「おれ自身」が褌に締め付けられるほどおれの胸板はより強く張り、おれの―「おれ自身」が力強くみなぎり立っている。
その快感にもだえているだろう女としてのおれの顔も今は今のおれそのものの顔とも言うべき面に押さえ込まれている。
女の姿と感覚を持ちながら男の顔と姿にそれを封じられ、さらに男の心のままに太鼓を叩いている。
―たまんねぇじゃないか―。
おれはおれの中に生まれた歓喜が全身に満ちていく歓びと昂ぶりの中にあった。
この男としての歓喜と高まりの中でずっと太鼓を叩いていたい。
そんな思いを抱きながらもおれ達は演奏の最後の仕上げに入る。
全身が熱く昂ぶり、体を覆った法被や被った面の隅々から上気した湯気が噴いている気がする。
このまま叩き続けるうちに男―いや、オスの獣になりかねないと錯覚しそうなほどの荒ぶる感情がそれに感じる女の体ともどもサラシと褌、そして面に隠され締め付けられながら撥を握る腕とそれを支える胸板に、地面を踏みしめる足と腰に、その勢いをまとめ上げるかの様にそそり立つ「おれ自身」に満ちる。
その時のおれの顔もまた面の中にある。
そして―その全てを太鼓に叩き付けた瞬間、演奏は終わった。
一瞬の静寂のあと一つ、また一つ響く拍手、そして歓声。
その波の中でおれは自分が全てをやり遂げた事を感じた。
未だ荒ぶる体を奮い立たせ観客達に頭を下げる。
その横では相手もまた同じ様に頭を下げていた。
ふと互いの顔が向き合うが、それもつかの間とばかりにおれ達はそれぞれもと来た廊下に向かい舞台をあとにする。
未だ鳴り止まぬ波に押されるかの様に。
[newpage]
祭事を終えたおれを迎えたのはさっきおれの着付けを手伝った巫女だった。
おれの気配に押されたのか一瞬まどいながらも巫女はおれを禊ぎ場に案内する。
祭事の前に禊ぎを受けた小さな滝のある場所。
そこに立ったおれは別の巫女の玉串と祝詞を受ける。
祭事が無事に終わった事への感謝と勤め上げたおれへの感謝の意味らしい。
それを受けながらもおれは未だ熱さと昂ぶりの中にいた。
無理もない。
さっきまであの激しい熱気の中、荒々しい男の姿で太鼓を叩きまくっていたのだ。
しかもこうして自分が荒々しい男だと思い込んでしまうほどの勢いで。
まだ熱さが抜けない。昂ぶりが、興奮の余韻が体の中で渦まいている。
それはこの滝の周りの冷たい空気をもってしても治まりそうにない。
そうしている間にも祓いは終わり、着付けの巫女がおれの装束を脱がしにかかる。
汗に濡れたおれの法被に手をかけると静かに抜き取ろうとする。
少しうっとうしさも感じたがおれも少し体を動かして脱衣を手伝う。
そしてサラシの締め込みを緩め静かに外していく。
巫女がおれの周りを回る度何か褌の中で何かが固く、太くなった様な気がしたのは気のせいだろうか。
そして褌の紐を緩めるとそっと紐を外し、褌の前を取る。
全てが終わった時そこには男衆の面を被った以外は上気した柔肌をたたえた裸の女が立っている。
元のおれの体。元のおれの姿。元のおれの感覚。
息をする度軽く揺れる胸はおれの胸だし、そそり立つどころか影も見えないながらもおれの中で熱く火照る「おれ自身」は間違いなく「おれ自身」だ。
それなのに何かが違う。
見た面の姿は女だけどそう―その中にいるおれは男なのだ。
女の胸が揺れる度おれの中では胸板が震え、おれの下半身では熱く強くそそり立つ「おれ自身」の感覚が今も感じられてしまうのだ。
そんなおれの目に入る女としての姿におれはそそってしまう。
未だ昂ぶるおれの熱さ、昂ぶり、荒々しさ。
その全てをぶつけてみたい。
そう思うと面の口元から漏れる声がますます荒く、激しくなる。
おれに最後の禊ぎを済ませる為巫女達は半ば無理矢理な流れで滝壺に導く。
この巫女達ともまた―祭事にはにつかわしくない欲求が湧くほど熱くあらぶった感情のままおれは水辺に立つ。
熱く火照った体に水の冷たさが染み渡る。
それがおれの肌を振るわせ、「おれ自身」がビンと張った感覚を覚えさせる。
こいつは相当荒っぽくやらないと治まりそうにない。
そう思いながらおれは岸辺から滝壺へと向かう。
奥まで入った所でおれは静かに腰を下ろす。
足が、膝が、腰が、「おれ自身」が水中に消えていく。
そして胸の辺りまで水に隠れるほど腰を下ろした所で改めておれはそそり立つ「おれ自身」の感触を確かめようとした。
その瞬間、一気に水の冷たさが体中を満たし駆け巡る。
熱くなっていた体が一気に冷めていく。
荒ぶっていた感情も一気にゆるみ解けていく。
頭の中で焼け付くほどになっていたものが解けていく。
冷たさが体を引き締める一方おれの中で色々なものが解き放たれていく。
そして、その解き放たれていったものが「おれ自身」に一気に満ちていき……。
吹き上げられた瞬間、おれは姿勢を崩すほどの感覚のあまり声を上げてしまった。
今のおれの顔、おれの心からは信じられない位高く甘い声。
そして―。
[newpage]
「わたし」は自分が女だった事を改めて思い出した。
滝壺の水の中で女の体と女としての心が改めて一つになり「女」としての自分が戻ってきた。
解き放った感覚の心地よすぎる余韻はどこまでも甘く切ない。
自分が女である事を忘れかけるほど熱く激しく荒々しかった男になりきらせていたあの祭事。
その中で熱く、荒く、固く、激しい男になっていた反動がわたしに甘く、柔らかい感触になってわたしを満たす。
顔こそまだ男衆の面のままだけどそっと水の中で触れた体の感触、そして感じ方はやっぱり女だった。
その気持ちよさにもう少し浸っていたかったけどどうやらそんな暇はないらしい。
巫女さん達に半分せっつかれる様に禊ぎを終えて滝から上がる。
男衆の面を被ったままの裸の体を拭き終えるといよいよ巫女さんはわたしの面の紐に手をかけ静かに緩めていく。
紐が緩む度面とわたしの顔が離れていく。まとめ上げられていた髪がそっと流れる。
そして紐を外し終えた時わたしは面にかけていた手を静かに下ろす。
面越しの視界から露わになった素顔の視界へと変わっていく。
面越しに感じていた外気の感覚が直接素顔に感じられる。
男衆から女性に。
祭事の担い手から市井の一女性に。
男衆の出で立ちから―生まれたままの女性の姿に。
実際にはそんなに経っていないはずなのにずっと長い事男の姿でいた気がする。
このお面を被って男衆の衣装を着て、そして―男になりきって。
さっきまではそんなに感じなかったけどあの人も、そして今までの人達もみんな―こうだったのだろうか。
太鼓を叩いているうちに熱が入りすぎてなりきってしまうのか。
それとも―神様みたいな人が入り込んでしまうのか。
はたまた―わたしの―思い込み?
そんな事を考えてしまった時、わたしの中に女性としての恥ずかしさが一杯に満ちてしまう。
それを隠す様にわたしは思わず面を持ったままの手でそれぞれわたしの顔、そして「わたし自身」を覆い隠していた。
そしてその恥ずかしさの中でわたしはまた一つ「女のわたし」を感じていた……。
[newpage]
大太鼓の奉納と言うメインイベントが終わってもまだまだお祭りの賑わいは納まっていない。
踊りの輪に入る人、出店に並ぶ人、他にも何かのイベントを目当てにしている人など多くの人達で賑わっている。
その賑わいの中にかごバッグ風のポーチを手にしながらわたしは歩いていた。
さっきまで顔、そして心まで男衆に扮して太鼓を叩いていた自分の体が今はきれいな色合いの浴衣に包まれている。
そこから感じられる雰囲気、そして香りはそう―。
「お・ん・な……」
ついつぶやいてしまう。
男衆の面を被り男衆の衣装を身に着けて男衆になりきっていた事が今のわたしに「女」を再確認させているのはちょっと不思議だけど気持ちいい。
この事はお祭りに関わる人以外には誰にも話せない秘密なのがより不思議さを増しているのも今ならわかる。
一応来年のお祭りであと一回はあの姿・あの心になると思うとつい胸がときめき、体の奥がキュッと引き締まってしまう。
……やっぱりハマってしまったのだろうか。
なぜか出店のお面・特にちょっと風変わりな形や男性的なお面に目が向いてしまうのをなんとかそらす。
だめだめ、今の浴衣姿と素顔のわたしの心地よさを実感できるからこそのあの一時なんだから。
今はお祭りを楽しもう。
そう思ってどこか行けそうな場所を探そうと周りを見回した時―わたしの目が一瞬見開かれた。
お祭りだし浴衣を着ている人は少なくはない。
でも、その人はちょっと違った。
見た感じ歳はわたしと近い感じだけど何かこう……「女の人の魅力」が出ているようなそんな雰囲気。
女同士でも魅力的に感じてしまうほどの雰囲気を持ったその人はそのままわたしに気づいたのか気づいていないのか祭の賑わいの中に消えていった。
その人にどこかで会った様なものを感じてしまったかどうかすら確かめられない程早く……。
その姿になぜかわたしのさらに奥がキュンっとなってしまったのだろうか。
わたしはしばらくその人が消えた向こうを見つめ続けていたが、なんとか気持ちを切り替えると改めて祭の賑わいの中に歩いて行く。
お祭りはまだもう少しだけ続いている。
わたしの中の「お祭り」ももう少しだけ終わらないかも知れない……。
了