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【138】鬼人と黒髪の事情。

  全身ずぶ濡れで泥と落ち葉に塗れた黒髪が、地に擦りつける様にして頭を下げている。

  「本当に悪かった!この通りだ!」

  「解った。反省の気持ちは十二分に伝わったから顔を上げてくれ」

  「いや、まだそちらのお姉さんからは許して貰えてねぇから!」

  あまりの勢いに驚きつつ起き上がるように伝えるも、黒髪は顔を伏せたまま動こうとしない。

  黒髪の言い分も理解は出来る為、様子を窺おうと三つ編みに振り向いた。

  瞬間、自分のほぼ真横で地面が弾け飛ぶ。

  硬直した所で、眼光鋭い三つ編みの顔を直視してしまった。

  これはマズい。先ほどまでの怒りは序の口だったのだと本能的に理解する。

  気配を抑え、その場から移動。

  ある程度離れ、三つ編みが振り下ろした[[rb:斧槍 > ハルバード]]に巻き上げられた土や落ち葉を払い落とした。

  そうしている間も、黒髪の状況はどんどん悪化していく。

  「な~に~?『こんなに謝ってるのに許してくれないとか非常識ですよ』って、脅してるつもりなのかしら~?」

  「ち、違っ―ぶべっ?!」

  あ。踏まれた。

  顔、上げようとしていたのに。

  「違わないでしょう~?謝罪する側が受ける側に引け目を感じさせてどうするのよ~。そんなの弱者を装った謝罪の恐喝でしかないわ~。本当に不快~」

  引き抜いた斧槍を肩に担ぎ上げ、黒髪の後頭部から脚を下ろした三つ編みからは怒りに染まった魔力が立ち上っている。

  これは、どのようにして収拾を図ればよいのだ?

  黒髪の謝罪の姿勢は、彼にとって最大の誠意を現したものだったのだろう。

  それは理解出来たし、謝罪の気持ちも誠意も伝わって来た。

  だが、三つ編みの意見も尤もだと言える。

  恥も外聞も捨てての全力の謝罪は、その社会的な立場の後が無い事を意味するのだ。

  あそこまでの態度を示したにも拘らず、許しを与えなかったとなれば次に非難されるのは謝罪を受けた側になってしまうだろう。

  つまり『社会的な傷を負いたくなければ謝罪を受け入れろ』という意味にもとれる訳だ。

  「謝罪の恐喝」とは、実に的を射った言葉だと思う。

  ・・つい、現実から目を反らして思考放棄してしまった・・

  目の前では依然三つ編みの怒りは燃え盛っており、口調だけは変わらず穏やかに、しかし鋭い棘を含んだ言い回しで黒髪を打ちのめしている。

  「ちゃんとした誠意の示し方も知らないなんて~。そんなの女の子とどうこうなる以前の問題よ~?」

  「ぐはっ!」

  「頭を下げれば許されるだなんて~。今までどれだけ甘やかされてきたのかしら~?」

  「うぐっ!」

  三つ編みから言葉が発せられる度、地に倒れ伏したまま呻き体を跳ねさせる黒髪。

  流石に少々どころではなく不憫になってきた・・

  『しかし、どうやって止めたものか』

  何か手はないかと思案に入ろうとしたところで、鬼人が恐る恐る言葉を投げかける。

  「あんの~。も、もぅその辺で勘弁してやってはくれんべか?」

  「あら~?でもここで手心を加えるのはこの子の為にならないわよ~?」

  「いや、そりゃあ確かにそうだけんども、流石にこれ以上は死体蹴りにならねか?見ていて痛々し過ぎるだよ」

  指で指し示された先で、地面の上に倒れたままの黒髪は時折ビクンビクンと体を震わせていた。

  「おらも嫁さ欲しぐて里を出た身だぁ。リックと同じ独り身の辛さちゅうか、やるせなさっちゅうのが痛いほど解るんだべ・・」

  悲し気に「ははは」と乾いた笑い声を上げ、後頭部を掻く鬼人。

  場にしんみりとした空気が流れかけたが、三つ編は「知った事か」と叩き切るように告げる。

  「シグレさ~ん?リックさんを起こしてくださるかしら~?」

  「お、おぅ。分かったべ・・許してくれるんだべか?」

  「そんな訳ないじゃな~い?」

  「ひっ!?」

  「あなたともちょ~っとお話が必要みたいね~」

  「いいから、並んで座れ」と地面の上で膝を曲げて座るよう言われた鬼人はコクコクと無言で頷くと、無理矢理引き起こした黒髪を座らせ自分もその隣に腰を下ろした。

  そうして始まった「お話」の合間に語られた内容によると、それぞれの事情が分かって来た。

  鬼人、シグレが語るには・・

  いつからか鬼人は女性より男性の数が圧倒的に多くなってしまい、子どもの世話という役目も取り合いになる程だと。

  一妻多夫の鬼人社会だが、それでも多くの男性が妻を持てずに困り果て、島を出るようになったそうだ。

  そうして伴侶を得るべく慣れぬ土地を渡り歩いたそうだが、如何せん鬼人好みの相手がなかなか見つからない。

  と言うのも、鬼人の女性は男性の二倍程の体格であり且つ筋肉量も多く・・

  こちらで当てはめるなら組合の試験官のような、巌の如きいかつい体格が男性に好まれるのだと言う・・

  そのような女性は存在しない。とまでは言わないが・・中々見つかるものではないだろう。

  「それによぅ。どの[[rb:女子 > おなご]]も乳があるべ?ここいらではおらの方がおかしいのは解っとるんだども、見た目で中々・・それに、話しかけた女子の方もおらを[[rb:男 > おのこ]]として見てくれんで・・」

  そうしょんぼりと肩を落とす鬼人。

  彼の嫁探しの道は険しいようだ。

  一方、黒髪の語る事によれば・・

  自給自足ではあるが、そこそこ大きな村に生まれた黒髪。

  自由で強い冒険者は女にモテる!という誰かから聞いた話を信じて村を飛び出し、街で仮登録後は地道に活動を続けていたと。

  いろいろあってやっと理想の武器を手に入れ、3等級にも昇格。

  『これで女の人に声をかけても良いだろう!』と、満を持して街の女の子たちに話しかけるも色よい返事は貰えず・・

  諦めかけたその時、優しくしてくれた女の人を好きになり付き合うも言葉巧みに金を巻き上げ、無一文になった黒髪の前から消えてしまったそうだ。

  ここで救いの手を差し伸べてくれた「栄光への導き手」に加わり、金が無いのを助けてもらいながらなんとか暮らすも、それでも女の人との「お付き合い」が諦めきれずに挑む事30回。

  とうとう食事の誘いに乗ってくれた女の人と席を共にしたが、そこに乱入してきたのは金髪の男。

  複数の女の人を連れているにも関わらず、同席した女の人も金髪男の女だという・・

  誘った女の人に揶揄われたのだと気付いたものの時既に遅く、金髪男とその女の人たちに衆目の中散々に馬鹿にされ、扱き下ろされたと・・

  「・・ぶっ殺・・ボコボコにしたかったけど・・」

  「相手は冒険者で[[rb:無 > ね]]かったし、たまたまおらたちメンバーが通りがかったでな。なんとか止めただ・・」

  経緯をほぼ語り終え、ついと視線をこちらに寄越した黒髪はばつが悪そうに言った。

  「だから、よ・・同じような金髪で、モテそうな顔してるお前に当たっちまった・・すまん」

  拳を膝に乗せ、またぐっと頭を下げて謝罪する黒髪・・

  成程。こちらに絡んできた経緯は解った。

  自分に全く非が無かった事に安堵すると共に、少しばかり憐憫の情を抱く。

  「先程も伝えたが、謝罪は受け取った。これ以上は不要だ」

  「―っ!すまねぇ・・恩に着る!お姉さんも。迷惑をかけてすみません、でした」

  「お、おらからも詫びを入れさせて欲しいだ!リックと仲間の事を思えばこそ、もぅきちっと止めるべきだっただ・・すまねかった!」

  黒髪に続いて頭を下げた鬼人にはっと顔を上げ、唇を戦慄かせる黒髪・・

  「シグレ、お前・・こんな馬鹿やっちまった俺を・・何で、そこまで・・」

  「・・言ったでねか。同じパーティーメンバーで・・仲間だべ?」

  「へへっ」と笑い返す鬼人に仲間の情を感じて感極まったのか、黒髪は目に涙を浮かべてがばっと腕を広げた。

  「シグレっ!」

  「リック!」

  鬼人も黒髪に応えて抱擁を迎え入れ、互いにがっしりと抱き合う。

  うむ。仲間同士の熱き想いとは良いものだな。

  目の前の光景を肯定的に捕え、内心でうんうんと頷いた。

  だがその時、またしても地面がどごん!と爆ぜる。

  巻き上げられた砂、土、枝葉がバラバラぱらぱらと場の全員に降り注ぎ・・

  やがて落ち着いたところで、静かに響いたのは三つ編みの声。

  「茶番は終わったかしら~?」

  私を含めた男性全員が、その凪いだような平坦な声音にビクリ!と肩を跳ねさせ、不穏な空気に冷や汗を流すのだった。

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