モグラとウサギ

  じんべえから、オレの妻であるモグリーナと子供達を救ってから一年。

  オレは何時ものように、じんべえが居ないのを見計らい、奴の畑へとやって来た。

  今の季節は、奴が美味しそうな野菜を作っている事を予め知っている。

  中でもキャビッジは、とても奴が作っているものとは思えない程に美味く、普段ミミズとかを飽きる程口にしているオレ達にとって最高の食物だ。

  「よし……これが一番美味そうだ。」

  オレは一つ一つキャビッジを見て回り、その中で美味そうなのを探した。

  そして、数秒間悩んだオレは漸く一つのキャビッジを選ぶと、モグリーナの待つ巣へと運ぼうとした。

  その時だ……。

  「たす……けてっ……!」

  突然、何処からともなく苦しそうな声が聞こえてきた。

  オレはその声を聞いた途端、持ち上げていたキャビッジを下ろし、声の主が何処に居るのか探る為にじっとする。

  (女の子……だな……。)

  暫くして、また声を聞きとると声の高さからそう推測した。

  それとともに、声のする方向が分かり、オレはすぐに森の方へと向かう事にした。

  土の中に潜り、ひたすら森の見える方向へと掘り進むと硬い土に当たったのか「ゴツンッ」と頭をぶつけてしまった。

  「って~……。」

  暫く両手で頭を押さえ、コブを作りながらもオレは地上に出ようとした。

  しかしすぐ上には何処か聞き慣れた怒鳴り声が響いていた。

  [newpage]

  「このっ、バカウサギめっ!」

  「ッ……。」

  じんべえだ。

  また気に食わない事でもあったのか、何かに当たり散らしているようだった。

  オレはすぐに少し離れた、奴の死角の辺りで穴を開け、半身出して奴の様子を探る。

  すると、そこには木の枝に吊るされている、白い体に長い耳と真ん丸な尻尾の一羽のウサギの姿があった。

  「オラのせっかく作ったキャロットを勝手に食いやがって!オマエみたいな奴は二度とオラの前に現れるなッ!」

  「っ……ごめん……なさい……。」

  ウサギの泣きながらの謝罪の声も虚しく、じんべえがそう言い放つと、その場を後にする。

  オレはそんなじんべえの後ろ姿を睨み付け、穴から出ると、ウサギの元へと駆け寄った。

  「大丈夫か?」

  オレは吊るされているウサギに向かって聞いた。

  しかし、オレの声が聞こえてないのか……ぐずっていた。

  「ごめん……なさい……っ!」

  暫く様子を見ていると、やがて体を揺さぶったりしてロープを緩ませている。

  だが、生憎かなりの高さがあり、あの高さから落ちれば、ウサギといってもケガは免れない。

  「待てっ!オレがクッションになってやる……っ」

  「……えっ?」

  オレはウサギの真下へ行き、両手を構えた。

  そんなオレを、ウサギは不思議そうな目で見つめる。

  すると……。

  <ミシッ……ミシミシミシ……!>

  ウサギが激しく体を動かし、ロープから逃れようと抵抗すると、激しく枝が軋んだ。

  「キャっ……!」

  「早く……オレに向かって飛び降りるんだっ。」

  「……っ、無理……。」

  軋む音と揺さぶられる枝に悲鳴を上げるウサギを、オレがそう少しだけ急かした。

  急かされたことにより、オレの元へ降りるという不安よりも、ロープから逃れたいという気持ちが勝ったのか、ウサギは激しく動いた。

  <バキッ……!>

  「えっ……き、キャアー……っ!!」

  「ッ?ぐわッ!」

  枝が折れ、ウサギは擦れた声で悲鳴を上げながらオレの元へと落ちてきた。

  オレはウサギを上手く抱き留めてやろうとしたが、高さにより受け留めきれず、ウサギに押し倒される形で仰向けに倒れてしまった。

  [newpage]

  「ご……ごめん、なさい……大丈夫ですか……?」

  「ん……?」

  あれから暫く経ち、意識の戻ったオレはうっすらと目を開けた。

  何処からか、オレを心配する声が聞こえてくる──その声の主はすぐに分かった。

  「……っ、く……、……?」

  目を開けると、そこにはさっきまで木の枝に吊るされていたウサギの顔。

  奴にやられたのか少しばかり傷付いてはいるが、オレを心配そうに見つめているそんなウサギの顔を見ると無事だったんだと分かり安堵した。

  「良かった、です。それと……ごめんなさい。」

  「ん?いや大丈夫だ。オレはお前が無事で良かったぜ。」

  ウサギもオレの様子を見ては安堵するとともに、オレを押し倒す形で着地した事を謝ってくる。

  しかし、黒い球やキャビッジといった重いものを持ち上げていた経験もあり、大した怪我もなく済んだので、オレはウサギに向かって親指を立てて言った。するとウサギは予想もしなかった発言をしてきた。

  「そ、そうですか……。えっと、あっ、あの……その、わたしの事助けてくれて、ありがとうございます……っ。……っ、モグラーニャ、さん……。」

  「おう、別にオレはそんな~……って?」

  何故オレの名前を?

  オレはそう心の中で呟き、どこか遠慮がちにオレの名前を口にしたウサギから顔をそらす。

  「モグラーニャ……さん?もしかして、わたしの事……。」

  ウサギはそう言うとオレに顔をそらされた事に俯き、小さく「嫌い……ですよね」と呟くように付け加えた。

  その瞬間、改めてウサギを見るとその顔や姿にどこか見覚えがあるのを思い出した。

  [newpage]

  「ッ……いや、ってもしかしてお前……。」

  オレは名前までは思い出せなかった為に確認をとるようにウサギを見る。

  すると、ウサギはその予感が的中したかのように名前を口にした。

  「はい、えっと、ら、ラビッピ……って言いますっ……。きっと、信じて貰えないと思う、けど……っ。」

  「そう、だったのか。なっならオレの事はっ。」

  「あっ!いえいえっ……も、もうわたし……あの人とは関係ないですから、別に……何もっ。」

  ラビッピ……彼女はかつてオレがじんべえランドへ乗り込み、モグリーナや子供達をじんべえの元から救おうと奴の造り上げたステージを突破する道中、目の前を右往左往するなどして邪魔をしてきたうちの一人。

  そんな姿に気付かなかったオレが悪いんだが、まさかそんなはずはと思っていた。

  彼女は特に駆け回るだけで何もしてこなかったが、黒い球を運ぶ最中うっかりしていた所不意打ちを食らった事があった。

  その相手がこのラビッピだったかは分からないが、今目の前にいる彼女の態度を見るとどうやらこの子だったらしい。だが、どこか弱々しい態度とオレに対して何処か申し訳なさそうにしている様子を見ていると、あの場に居た時とは違って敵意はないように思える。

  寧ろ、オレに好意があるようにも。

  「ゴメン。そうだよな……。」

  「ぃ、いえ……覚えているか分からないけど、わたしはあの時無意識とは言え……っ、だから、そう思われても仕方ないから……っ……?」

  ラビッピはどこか思い出したように涙を浮かべて言うと、その場に座り込み両手で顔を覆った。

  かつての敵のそんな姿を見るのは何処か新鮮で、何故だか心を動かされた気分になる。

  そんなオレはしゃがむと、そっと後ろから「泣くな」と言ってラビッピを抱き締めた。

  当時とは違い、羽のような体毛の感触と全身から発している温もりが、オレの体毛を通して伝わってくる。

  そうだ、もうこの子は普通のウサギなんだ。

  「っ、モグラーニャさん……。」

  「なんだ?……ラビッピ。」

  「その……さっきは、本当に……有難うございますっ……////」

  「ん、いいよ。そんなの恥ずかしいじゃないか。」

  オレは頬を染めながら、照れ隠しに片手を伸ばし、爪を引っ込ませたままラビッピの頭を撫でてやった。

  そんなラビッピの顔を見上げると、仄かに赤くなっていた。

  「……っ。」

  「くすぐったいか?」

  撫でながら、少しばかり悪戯な笑みを浮かべて聞くと、目を瞑りながら小さな声で「はい……////」と答えるラビッピ。

  「……ゴメン。」

  「えっ……?」

  「オレも……思い出したんだ、あいつの世界の中で、お前を……っ。」

  「……。」

  オレは自分も、彼女に対して黒い球やキャビッジをぶつけていた事を思いだし俯く。

  多分、彼女の事を敵だと思えなくなったと同時に、危害を加えた事への罪悪感を抱き始めたせいだろう。

  じんべえによってオレの敵として立ちはだかっていた彼女も、元はオレと同じただの動物だったはず。

  フンドーンやユキだるマンのように、元からじんべえの手下として作られた存在には思えないからな。

  「……モグラーニャさんが、優しい方で良かったです……っ。」

  「ん?ラビッピ?」

  「……すっ……ご、ごめんなさい、わたし……なんか……、キャっ!?」

  両手で目を擦る様子を見たオレは、落ち着かせようとまたラビッピを抱き締める。

  それにしてもアイツはオレの家族を浚っただけでなく、自分の味方に招き入れた何の罪もない動物にまであんな仕打ちをするようなヤツだったんだな。

  オレは蹲るラビッピの頭を優しく撫でてあげながら、ふとそんな事を思った。

  [newpage]

  ――それから暫く経ち、落ち着いたのを確認したオレは、ラビッピを解放する。

  するとオレに向き直ったラビッピが、思いもよらない言葉を放ってきた。

  「あ、あの……モグラーニャさん……。」

  「なんだ?ラビッピ。」

  「その……わっ、わたしと付き合って下さいっ!////」

  オレは一瞬これは現実なのかと我を疑った。

  敵という立場から、オレを恩人だと思い込んで間もなく恋人だなんて。

  「……ダメ、ならいいんです……。」

  だが、オレもこんな短い時間なのに、こいつに惚れてしまっていた。

  いや、待てオレには大事な妻と子供が居る。

  今ここでOKをし、付き合うことにでもなればモグリーナを傷付けてしまいかねない。

  オレは……!

  「……悪い……ちょっと、それは考えさせてくれ……。」

  「えっ……。」

  「ゴメン……ラビッピっ!」

  「あっ、モグラーニャさ……っ。」

  突然の事で迷ったオレは、逃げるようにラビッピの前から去る。

  そんな、オレの後ろ姿をラビッピが寂しそうな顔で見送る。

  「モグラーニャさん……。」

  その場に残されたラビッピは、オレの姿が見えなくなると行く宛てが無くなった故に、近くの木の元へと歩いていく。

  一方オレは今は何も考えたくない一心で、妻と子供の元へと戻っていった。

  [newpage]

  ――あれからオレは度々ラビッピに会いに行っては、帰りを繰り返していた。

  時によっては朝早くからはたまた、ずっと一緒に居るようにもなっていく。

  「……キャっ!////」

  「んふっ!……っふ、いい匂い……。」

  オレは隙をついてラビッピに後ろから抱き付き、長い耳や真ん丸な尻尾、後頭部などラビッピの至る所に顔を埋めてモフモフする。

  恥ずかしそうに顔を赤くしながら、小さく膨れつつも何処か嬉しそうにするラビッピ。

  「っ……、も……もうっ。後ろから抱きつくなんてずるいです……っ////」

  「ハハハっ、ゴメン。お前、案外いい香りするからさ。」

  ぷい、と顔をそらす仕草を見てはラビッピをギュッと抱き締め、その後手を伸ばして、耳と頭を撫でてあげた。

  一時はモグリーナの事が気になってしまい、まともにラビッピと話す事すら出来なくなっていたが今ではすっかり、ラビッピと居る時間の方が長くなっていった。

  もはやオレはラビッピを心配し過ぎるあまり、寧ろオレの方が彼女の虜になっていたのかもしれない。

  「っ……!も、モグラーニャさん……意外に甘えん坊さんなんですね。」

  「ん……お前の、オレを包み込んでくれるような感触と、温もりが気持ちよくってな。」

  ラビッピのいや、ウサギの持つ羽のように柔らかな体毛と肌に伝わるウサギ特有の温もり。

  そして何よりラビッピの何処か遠慮がちな仕草と、年相応の子供っぽい反応による癒しをオレはいつしか求めるようになっていた。

  「……、あの。」

  「ん?」

  「わたしの、乗り心地、とか……そっ、そのっ、えっと……。」

  「言いたい事は、言った方がいいぞ?」

  「だ……抱き心地、はどうですか?////」

  ラビッピは顔をそらしながら、赤くなりながら聞いてくる。

  何時しか、こいつに後ろから抱き付いたり、そのまま背中に乗ったりするようになり、そしてたまに正面から抱き締め、顔を埋めるようになったオレ。

  そんなオレにとって、この質問に対して、“YES”以外の答えはなかった。

  「ああ、良いぞ。さすがはウサちゃんだなっ。……うおっ?」

  「っ……う、うさ……は、恥ずかしいです……っ////」

  恥ずかしさのあまり、逆にオレの腹部に顔を埋めるラビッピ。

  驚きつつ、こいつの耳や頭を撫でてやり、クスッと笑みを浮かべた。

  「かわいいぜ、ウサちゃん。」

  「も、モグラーニャさん……っ!////」

  「っぐわ!?」

  からかうように言うと、ラビッピは照れ隠しなのか勢いよく顔を埋めてきたので、オレの腹がボンッと押され、後方へ突き飛ばされる形で倒されてしまう。

  するとすぐにラビッピが、心配そうな目で見つめ、オレを抱き起こした。

  「ご、ごめんなさいっ……また……。」

  「っハハハ、大丈夫さ。お前にだったら何度倒されたって平気だ。」

  「でっ、でも……きゃっ!」

  笑いながら言い、ラビッピが俯き気味に言うのを見ては突然抱きつく。

  そしてよじ登るようにして、こいつの背中に乗った。

  「仕返しさっ。」

  「……いじわるです////」

  ラビッピはオレの顔が見えない隙に、子供のように膨れる。

  でもそんなこいつの頬をツンとすると、すぐに膨れるのを止めた。

  「……じゃ、オレはそろそろ帰るな。また明日会おう。」

  「ぁ……はい。また……。」

  いつものように言うと、ラビッピは背を向けて去るオレをそう言いながら微笑んで見送る。

  そして、オレがモグリーナ達の元へ戻っている間行く宛てがないのか、近くの穴に潜り込んでるようだった。

  しかしオレも最近は、去り際にふとラビッピの様子が気になって仕方なく、戻ろうと思う事が多々ある。

  でもオレには愛するモグリーナが居る。妻は特にオレを疑う事なく、優しく接してくれるからだ。

  [newpage]

  ハァ、オレは馬鹿だ。

  普通、妻と子供が居るなら、ラビッピは元々敵だったんだからあのまま見てみぬ振りをするべきだっただろう。

  それを、たまたまあのじんべえとかいう奴が、ラビッピを……一匹のウサギをあんな高い所に縛り付けた挙げ句、鍬で脅しながら罵る光景を見てしまったオレ。

  さすがに、あまりの非道な仕打ちに見捨てることなど出来る訳がなかった。

  それに、初めて会った時ラビッピは奴とはもう関係ない、というような言葉を口にしていた。

  だが、オレには元からオレなんかと敵対する気はなくて、嫌々あいつに動かされていたようにも見えた。

  それはラビッピの顔を見ている内に、解ってきた事だった。

  「あ、おかえりなさい。モグラーニャ。」

  「ああ、ただいま……。」

  巣に帰ると、モグリーナがいつものように出迎えてくれた。

  その表情は一点の曇りもなく、笑顔だ。

  「パパー、おかえりなさーいっ。」

  「ん?おお、お前ら。相変わらず元気でパパは嬉しいぞー。」

  続いて、駆け寄ってきた7匹の子モグラを両手をひろげてそれぞれ抱擁する。

  やっぱりオレは家族の事が大好きなんだ。

  「今日もお疲れ様、モグラーニャ。……何だか最近、疲れ気味だけど~……大丈夫?」

  眠る前、モグリーナは最近のオレの様子を気にしたのかそう聞いてきた。

  オレは、妻を心配させまいと笑って「大丈夫だ」と返す。

  「そう。ならいいけれど……アナタにもしもの事があったら、あたし達……。……?」

  「……気にすんな、モグリーナ。オレは絶対お前の事も、子供達の事も守り続けてやる。」

  「っ……モグラーニャ……。」

  「オレだって、お前が倒れでもしたら……困るからさ。」

  オレはそう返し、安心したのか微笑むモグリーナに「おやすみ」と言って眠りに就こうとした。

  そうだ、日に日にオレはラビッピの事と、モグリーナに対してこの事を隠しているという罪悪感が募り、眠れない日が続くようになっていった。

  今のオレにはあのラビッピの事も護ってやらなければいけない。でも、モグリーナや子供達の事も護ってやらなければ……。

  しかし、そういった溜まり続ける疲労感によって襲い来るものを、この時のオレはまだ知らなかった。

  [newpage]

  ──翌朝。

  「パパ、いってらっしゃーいっ!」

  「モグラーニャ、気を付けて行ってきてね?」

  「ああっ。今日は沢山持ってくるからな~!」

  オレはいつも通り、モグリーナと子供達に手を振って言い、畑へと向かった。

  畑に着いたオレは、まずキャビッジがまだある事を確認しあいつが居ない隙にと、穴を掘ってキャビッジとともにラビッピへの食糧としてキャロットも何本か穴に落としていく。

  キャロットはウサギの大好物ということを、いつの日だったか爺さんから聞いたからだ。

  「フウ……こん位だな。……ん?」

  オレがそういって額の汗を拭うと、丁度ラビッピが森の中からやってきた。

  「あ……おはようございま、っじゃなくてお疲れ様ですっ……。」

  「おう、サンキュー。いつも出迎えてくれてありがとな。」

  「いえいえ……っ。あっ、これ……もしかして……?」

  ラビッピはキャビッジの隣に落ちているキャロットを見つけて、穴を覗き込む。

  「ああ、お前へのプレゼントだ。食べたかったんだろ?」

  「やっぱり……っ、ありがとうございますっ。でも、どうしてわたしがこれを好きなこと……。」

  「いやいや、ウサギはこれが好きだっての知っててな。それとお前はあれからずっと何も食べてないんだろ?」

  「そ、そうですけど……、っ……////」

  オレがそう言うと、丁度ラビッピのお腹の音が鳴った。

  ラビッピは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、お腹を押さえて小さく頷いた。

  「さ、あいつが来ない内に食おうぜ?」

  「あ、はいっ。……って、モグラーニャさんはそれ……。」

  「ん?ああ、見つかんないように埋めて隠しとくさ。……んじゃ、先に行っててくれ。」

  「分かりましたっ……!」

  オレは穴からキャロットを取り出し、地面へ放り投げた。

  それをすぐに持ち上げ、ラビッピは軽快な足取りで森の方へと走っていく。

  「……よし。こんなもんだな。」

  じんべえが来ないのを見計らい、キャビッジを落としてある穴をすべて埋めた。

  そして、ラビッピの元へとそのまま地下を掘り進んで向かう。

  「──っは!待たせたな、ラビッピ。」

  「わっ……あ、お疲れ様です。あ……もう、食べていいんでしょうか……。」

  「ああ、此処なら絶対奴には見つからないはずだからな。安心して食べ……、っ?」

  「そうですねっ……じゃぁいただ…………ってモグラーニャ、さん?」

  だが、ここでオレは突然、目の前が真っ暗になりその場に倒れた。

  何も見えず、ただ突然の事で落ち着かない様子のラビッピの声だけが響くだけだ。

  「大丈夫ですか!?モグラーニャさんっ……!」

  「モグラーニャさん……っ!!」

  しかし、それもほんの微かでオレはそのまま意識を失った。

  [newpage]

  ――あれから、どの位の時間が経ったんだろうか。

  オレの目の前には、迷路のような場所に迷いこんだのか……見覚えのある光景が広がっていた。

  キャビッジが至るところに置かれ、黒い鉄球のようなものが済みにあり、そしてヒビの入ったブロック屏の隙間から僅かに差す光。

  そうだ、ここは……!

  確か、あの屏の先はステージのゴールだったはずだ。

  目の前にはウニチクらしきものが右往左往しているし、ここはひょっとして……。

  「まずは、アレだなっ!」

  オレは早速、あのブロック屏を壊すために黒い球を運ぼうとした。

  だが……。

  「んぐぐぐぐ……っ!」

  何故か持ち上がらない……それどころか、黒い球が掴めない。

  確か、あの頃のオレなら余裕で持ち上がられてたはずだ。

  「っふう……ダメだっ。っ……こんなもん!」

  しかし、持ち上げられない事への腹いせにと黒い球にキックを入れた。

  その瞬間……。

  「っ……あ、あれ?転がってったぞ?」

  オレは木の方へと黒い球が転がっていくのを見て、キョトンとなった。

  黒い球は木に当たると、バウンドしてドスンッと鈍い音を立てて止まった。

  その様子を見ていたオレは、漸くあの頃の感覚が蘇ってきた。

  早速オレは黒い球の元へ行き、掴める部分は無いかと探る。

  しかし、そこでオレが思い切り両手でこの球を両側から掴んでいた事を思いだし二マス程引いた。

  そして、丁度ブロック屏が正面に見える位置で止めて移動すると。

  「っ、どうだっ!」

  思い切り、黒い球を蹴っ飛ばした。

  黒い球は勢いよく転がり、そしてブロック屏へ突っ込んでいった。

  ≪ドガシャーンッ!≫

  でかい音ともにブロック屏の壊れる様を見たオレは、その場で両手を片方ずつ「パンッ、パンッ」と鳴らし、息を吐いた。

  「やった。もしかしたらこのまま行けば、この世界から出られるかもしれないっ!」

  オレは一つの自信が芽生えてきた事を受け、次なるステージへと向かっていった。

  だがその先には目を疑う光景が広がっていた。

  [newpage]

  「……えっ?」

  なんと目の前にはいきなり、オレが意識を失う前まで話していたラビッピらしきウサギの姿があったのだ。

  「お、お前……何で此処に……。」

  しかし、オレの声は届いていないようで、オレの目の前を先ほどのウニチクのように左右に走っていた。

  「何、やってんだよ?……っというかお前、あのラビッピか?」

  オレは一先ずウサギの元へと駆け寄る。

  いや、こいつはラビッピなのか?さっきまで話していた女の子とはどこか雰囲気が違うな。

  何よりもその横顔から、まるでオレの事には気づいていないように見えた。

  しかし、オレはそんなのを信じられない一心で本物かどうかも分からないラビッピとも思われるウサギの前に飛び出す。

  案の定何も言わずひたすらオレの元へと走って、勢いのまま体当たりしてきた。

  「お、オレ、だ……モグラーニャだっ……覚えてないのか、ぐわぁっ!!」

  体当たりをモロに食らったオレは、周囲に星が飛び交いよろける。

  やはり相手はウサギだ、幾らオレの方が力があるとはいえ脚力では敵わない。ダメージにより一瞬だが視界が歪んだ。

  対するウサギはオレに当たると同時に反対方向へと走り、その場で足踏みをしている。

  「っ、そ、そんな……おい、ラビッピっ!……っ!!」

  オレは自棄になり無我夢中でウサギへと駆け出し、抱きつくもすぐに突き飛ばされその場に転がっていく。

  「痛てて……あ、そうだ!これで思い出してくれるか?」

  ふと傍にあったキャビッジを見てひらめき、再びこちらへ向かってくるウサギへ見せつけるようにキャビッジを置いて。

  「おい!さっきまで一緒に食べてたやつだ。お前の大好きなキャロットじゃないが、キャビッジも好きだろ?」

  必死に呼び掛けるが、ウサギはそのままキャビッジをボンッと押し出すと再び壁へと向きを変えてしまう。

  もはや、完全にキャビッジどころかオレの事すら忘れてしまったようだ。

  [newpage]

  「ラビッピ……。もしかして、オレのせいなのか……?」

  自分には家族が居るとは言え、一人の女の子の告白に対してあんな答えをしてしまったオレ。

  きっとその事で怒っているせいだと思い始め、オレはその場で俯く。

  ウサギは絶えず目の前を駆け回っていて此方には全く目を向けてすらくれない。

  「……ゴメン、怒ってるんだよな。そりゃそうか、オレが悪かったよ……だからっ。」

  オレはそう言って立ち上がり、彼女へ謝ろうと再びウサギの前に立ちはだかった。

  体力は既に限界で、次に食らえばオレは終わりだ。

  しかし、これはそんなオレへの罰だろう。一人の女の子を悲しませたんだ、それ位の報いは受ける覚悟だ。

  「ラビッピ!ゴメンなっ!お前の事分かってやれなくて、だから許s……ッ!」

  オレはその言葉を最後に、ウサギに最後の一撃を食らうとその場に倒れ、目の前が真っ暗になった……。

  [newpage]

  《ーニャさん……!》

  《モグラーニャさん……!》

  ──オレは今度こそ死んだのか?

  幾らオレの惚れた相手に殺されたといっても、こんな無惨な死に方はイヤだ!

  こんなオレの死に様、モグリーナが知ったら!

  《大丈夫ですか?モグラーニャさん……!!》

  ん?突然オレに何処からともなく声が聞こえてきた。

  何処か、聞き覚えのある声がオレを呼んでいる……もしや……。

  「はっ!?」

  オレは突然、意識が戻った。

  そこはさっきの迷路のようなステージとは違う、森の中。

  「……あっ。も、モグラーニャさんっ……!!」

  「ん……?お、お前は……。」

  そう、声の正体はラビッピだった。

  どうやら、オレが意識を失ってからずっと、オレの事を呼んでいたらしい……。

  「良かった……わたし、急にモグラーニャさんが気を失ったから、心配し……っ?」

  オレの無事に安堵するラビッピに、オレは勢いよく抱きついた。

  顔に受ける感触は、あの世界のラビッピとは違い、本物だ。

  「あり、がと……ラビッピ……っ。」

  「え、ええ……っと、く……苦しい、ですっ……!////」

  オレは、そのままラビッピの体に顔を埋めた……。

  [newpage]

  ――それからオレは、ラビッピを離すと忘れかけていたキャロットを掘り出して、ラビッピに手渡した。

  「あ……ありがとう、ございますっ////」

  「いや、礼なんていいんだよ。オレのせいで迷惑掛けたしな。」

  「い、いえっ……め、迷惑なんて……わたしは別に、その……////」

  ラビッピは恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向いた。

  そんな仕草を見て、ラビッピの頭を撫でるオレ。

  しかし、オレはやっぱり、モグリーナの夫であり7匹の子供を持つ父親という立場がある事に誇りを持ちたいという気持ちが強くて……ラビッピの願いを叶えてあげる事は不可能だと思った。

  「すまん……オレは……。」

  「……?」

  「オレは……お前と付き合う事はできない……っ。」

  「えっ……?ど、どうして……。」

  突然のオレの発言に動揺するラビッピ。

  だが、オレは態度を変えずラビッピから手を離し、言葉を続ける。

  「……理由はないんだ。ただ、オレとお前とじゃ吊り合わないし……何せ、オレはモグラであり、お前はウサギだからな……。」

  「……そう、ですか……。」

  「でもな……オレはお前と友達で居たい。」

  「え……?」

  「ん……。それでも良いか?」

  寂しそうな顔をするラビッピを見つめ、言い聞かせるようにしてオレは同意を求めた。

  暫く無言で、オレへの言葉を考えている様子だったがやがて、こくっと小さく頷き、小さく笑みを浮かべた。

  「……、有難う。ラビッピ。」

  「いいえ……わたしは、モグラーニャさんととも……っ。」

  「どうした?まぁ、オレみたいなやつが友達なんて……ちょっと恥ずかしいけどさ。」

  「いえっ、お友達に……なれただけでも、うれし……いですっ……ぐす……っ。」

  ラビッピは涙声になりながら、オレに向かって言うとその場で号泣した。

  その姿を見て、そっとオレは頭を撫で安心させてやろうと軽くハグをし、そっと離した。

  「じゃ、オレは帰るな。オレには大事な仲間が待ってるからさ。」

  「仲間、ですか?……わたしには、その……。」

  「いやっ、お前なら出来るだろ。ほらお前可愛いし、オレの事優しくしてくれたしな?」

  「っ……あ、ありがと……ございますっ////」

  オレは片手で照れ臭そうに頭を掻きながら言い、そのまま背を向けた。

  そして、穴からキャビッジを取り出すと顔だけ向けて。

  「じゃあなっ、ラビッピ。」

  「あ。はいっ……またです……っ!」

  そう言い残してオレは、キャビッジを運びながら家族の元へと帰って行った。