最終話 しあわせの国

  [[rb:狼煙玉 > のろしだま]]を使い、魔法使いに再び道を作ってもらって城に帰って待っていたのは王子だけではなかった。

  魔法陣がつながった先は、現国王エヴァンクールの私室。国王はシュトラエル王子と共に三人の帰りを待っていた。

  「……お帰り。創生の剣士、ガヴィエイン・ヴォルグ・レイ」

  そう言ってほほ笑むエヴァンクール国王に、全てのことが知られていると悟る。

  ガヴィは気恥ずかしさもあったが、観念して「ただいま帰りました」と[[rb:主 > あるじ]]に返した。

  「君たちが水晶谷に行っている間にイルの部屋の隠し部屋を改めさせてもらった」

  色々な事がわかったよ、と国王は言った。

  五人で隠し部屋にもう一度足を踏み入れる。

  「……」

  初めて部屋に入ったガヴィは感慨深げにキョロキョロと部屋の中を見て回っていた。

  「ガヴィ、これだよ。ガヴィの絵」

  イルが壁を指さす。

  ガヴィは複雑そうな顔をした。

  「……なんだこりゃ。何考えてんだアイツ」

  五百年前に肖像画を描いた記憶はないらしい。と言う事は、ガヴィがいなくなった後に国王が描かせたものと言う事になる。

  アルフォンス国王の記憶の中の、あの頃で時が止まったままのガヴィの姿。

  そして、その近くに飾ってある女性の肖像画に目をやって、ガヴィはかすれた声でつぶやいた。

  「……イーリャ……」

  切ないその声色に、ガヴィの想いの深さを知る。

  「……アルフォンスさん、ガヴィとイリヤさんのこと、きっと忘れたくなかったんだね」

  ガヴィはしばらくその絵を見ていたが、イルの視線に気が付くと「んな顔すんな」と笑ってイルの頭を撫でた。

  この部屋には魔法がかかっているらしく、扉を開けて階下に降りると灯りが付くようになっていたらしい。魔法によって空調も管理されており、埃はたまっているが五百年もの月日がたっているのに劣化が少ないと部屋を調べた魔法使いが興奮していた。

  ここはアルフォンス国王の本当に個人的な隠し部屋だったのか、部屋の中には子ども達や孫が描いたと思われる絵や贈り物。国王の個人的な趣味らしき物ばかりが置かれていた。

  国は年々豊かになり、子ども達や孫に囲まれて、部屋を見る限りアルカーナの初代国王アルフォンスは幸せそうな人生に見えた。

  「イルやシュトラエルが見つけた日記は、ガヴィが瘴気谷の討伐に行く、と言うところで終わっていた。

  ……だが、日記には続きがあったようだ」

  え?! と皆が国王を見る。

  「父上とね、お部屋を探していたら他にも日記が出て来たんだよ!」

  瘴気谷の事件の後、アルフォンス国王はショックだったのかしばらく日記を書いていなかった。

  しかし、建国途中で落ち込んでいる暇もなかったのだろう。彼はその後一心不乱に建国を進め、国を作り上げた。

  「しばらく後に日記を書くのを再開したらしい。あちらの本棚に晩年まで、何冊も続きがあった」

  アルフォンス国王はこの小部屋で日記を書き続けた。

  結婚したこと、子どもに恵まれたこと、苦しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。

  日記には、王としての……と言うより、彼の人生の日常がつづられていた。

  

  日記を再開した日にはこう書かれていた、

  ―――□月○日―――

  正直、まだどうして、という気持ちは拭えない。

  自分の何が悪かったのか、どうすればいいのか答えは見つからない。

  でも、俺は進まなければいけない。整理をつけるためにも、日記をまた書こうと思う。

  彼の葛藤と苦悩がそこには書かれていた。

  他にも、後になって周りの人間からガヴィがイリヤに[[rb:懸想 > けそう]]していたのではないかと知らされたこと、水晶の魔法をどうにかして解けないか方法を探していること、ガヴィの功績を称える記録を残そうと言ってくれる者も大勢いたが、彼を失った事をまだ消化できず断り続けていると言ったようなことも書いてあった。

  しかし、月日が経つと、皆の記憶もだんだん薄れ、偉大な健国王のことは覚えていても、赤毛の剣士の話は話題にも上らなくなった。

  侵略者を退けたのは自分だけの力ではないのに、アルフォンス国王の功績だけが独り歩きし、一緒に切磋琢磨した友の名は時代と共に忘れ去られていった。やはり記録を残しておくべきだったと後悔の文字もあった。

  日記には、創世記の偉大な国王の後悔が詰まっていた。

  文字を指でなぞりながらガヴィが呟く。

  「馬鹿だな……皆みたいに忘れちまえばよかったのによ」

  自嘲気味の声に、小さくごめんな、の声が混じる。

  ガヴィ、とエヴァンクール国王がガヴィを呼んだ。

  「アルフォンス国王の晩年の日記に、君に宛てて書かれた部分があった。

  ……読むかい?」

  ガヴィは一瞬動きを止めたが、エヴァンクール国王が差し出した一冊の日記を、大切そうに受け取った。

  そっと表紙をなぞり、微かに震える手で最後のページをめくる。

  ―――親愛なる友、ガヴィエインへ

  君が、これを読む機会があって欲しいと願いながら筆をとる。

  君たちと剣を振り回していた頃には想像ができなかったくらい長い時を生きてきた。

  それも、もう暫くで、私の命もいよいよ終わりの時を迎えるだろう。

  皆、私のことを偉大だのなんだの言うが、私と言う人間は本当に鈍感で、イーリャの思いも、君がイーリャを想っていた事にも全く気づかなかった。

  二人を失ってから気づくなんて、愚鈍にも程があると思う。

  人々を護りたいなどと偉そうな事を言って、一番近くにいた君達を失うなんて、愚か者もいい所だ。

  残された私にできることは、君達の守ったこの国を君達が後悔しないような場所にする事だった。

  ……ガヴィエイン、君にかかった魔法が、いつ解けるのか解けないのかはわからない。

  残念ながら、私が生きている間に君に再び相まみえることはもうなさそうだ。

  でも、もしいつか、

  ――いつか君が再び目を覚ましたら、

  私たちの作ったこの国が間違いではなかったと、君に胸を張って言えるように。

  君やイーリャが守ったこの国が、幸せに溢れている場所であるように。

  そして君が、新しい人生を歩めるように。

  私はこの国を幸あるもので繋いでいきたい。

  ……友よ、君の『[[rb:アルカーナ > 幸福]]』をいつまでも、いつの時も願っている。

  ――――アルフォンス•リュオン•アルカーナ

  水晶に包まれる瞬間、お前は一人でもなんとかなるだろうなんて、

  俺なんていなくてもいいだろう、なんて。

  当てつけのような気持ちがなかったかといえば嘘になる。

  自分の弱さを、辛い気持ちを全部彼のせいにして、彼を一番傷つける方法で逃げた。

  ぶつかることを避けて、永遠に解り合えない方を選んだ。

  なのに。

  「……格好良すぎかよ……。

  ほんっと……敵うわけねえわ……馬鹿がよ」

  彼は五百年もの間、逃げずに、ずっと友の居場所を守り続けていた。

  アルカーナ王国は、友の幸せを願って出来た国だったのだ。

  失ったと思っていた。

  もう、大切なものは消えてしまったのだと。

  二度と大切なものは出来ないと思っていた。

  確かに失ったものもある。

  けれど、変わらずそこにあり続けたものもあった。

  守り続けてくれた人がいた。

  そして、これから共に歩んでくれる人も。

  赤毛の剣士は長い時を経て、しあわせの国にやっと辿り着いたのであった。

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