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肩から提げたストラップ、ベースの重みが慣れて体の一部のように思う。高校生になるまでは憧れと嫌な記憶が混ざって、たまたま立てかけられていたこのベースの弦を恐る恐るひっかいてやったのに。チューニングする度に弦が切れないかビクビクしていたあの頃が懐かしい、ペグの回しすぎと張り替える時切れた弦が跳ね返ったのも今は笑い話。
今いる体育館へ続く渡り廊下から見えた木も紅く染まって、冬服の厚い生地は眠るには丁度いい。すぐ近くで鳴るロックサウンドは学園祭ライブの真っただ中、『plantS net』の出番は次となって暗い舞台袖から覗く観客席はあまり盛り上がっていない。
「……みんなロックは聴かないのかな」
ステッカーまみれのデカギターを両腕でぎゅっと抱きしめて立つ葉介に。
「聴かないわけじゃないけど音楽ジャンルが増えているのと前のバンドがお世辞にも上手いとは言えないからね、楽器をやらない人からすればギターとヴォーカルが居ればなんとなく聴いていられるけど。あいつらは暑さに強いから夏休みもバンド練習より海でハンティングばかりしていたからな」
煌星先輩がサーバル、ジャガー、スナネコにカラカルとネコ科で組まれた先輩バンドを見て「すべてはひと夏の恋に終わったみたいだけど」と付け足して言う。
「さっきから尻尾が」
「そう言ってても舞台に出たいって顔してるぞ。失敗上等、初ライブってそんなものだろ」
ごつごつした右手で葉介の頭を撫でて__俺も葉介と同じくらい身長が低ければ撫でてもらえたのかな。内ポケットからスコアを取り出し最終確認、ヘ音記号の巻いた尻尾から始まる音符が五線譜に留まりあの日恥ずかしくて歌えなかった歌詞も下に並ぶ。俺が歌うわけでもないけれど親父もお兄ちゃんもこんな気持ちでバンドメンバーを支えてきたのかな。
「なーに一人だけ真面目ぶってるんだよ、寝虎のクセに」
「ふぎゃっ!」
「そうだぞ、最近までサボってた寝虎のクセに」
し、尻尾は敏感だから弄らないでっていつも言ってるのに‼葉介のやつ逆撫でして縞尻尾はワイパーみたいにブンブン動いて止まらなくなって。
「煌星先輩も本番前なんですからふざけないでください」
「かわいい後輩を見るとイタズラしたくなるのは年長者として当たり前の事だと思う」
“かわいい”が先輩の声とお兄ちゃんの低い声でリフレイン、怒ればいいのか?でも嬉しい事には変わらないし。もうどうしたらいいんだか。
『…ありがとうございました、次は『plantS ねっこ』__失礼しました『plantS net』です、どうぞ』
「ほら、ボクたちの出番みたいだよ」
スティック片手に先頭に立つ煌星先輩のピアスと鬣が舞台から洩れたライトに煌めいて上手に立つ葉介がその後に続く。
「この尻尾どうするんだよ……」
『芽』みたいにバックルの後ろに収納できないし。諦めて二人の背を追って光注ぐ舞台に一歩、踏み込んだ。
「ご紹介いただきました『plantS net』です、まずメンバーの紹介をさせてください!」
上手でMCするのは葉介、さっきのヴォーカルに合わせてセッティングされたマイクを前に背伸びして話していて緊張が紛らわされる。
「おれがギターヴォーカル、稲叢葉介です。気軽に『よーすけ』って呼んでくださいっ!ファンクラブも彼女も絶賛募集中。一人っ子の左利きで、このおっきいギターは高校一年生になってから買って、カッコイイからステッカーでマーキングしてるお気に入りで、たまに一緒に寝てます。エフェクターはムズカシイからギターとアンプだけでやってます。それから月に一回は美容室で全身整えてもらってフォーサイズは上から_」
「長い!」
背後から飛ぶ喝にビクリと身を震わせ、観客席からは「かわいい~!」の黄色い声。
「いや、おれはかっこいいハ__」
あぁもう見てられない。ずかずかとマイクスタンドからマイクを引き抜いて。
「俺がベースの朱嶺寝虎。後ろはリーダーとバンマスしてますドラムの紅月煌星先輩です。本日はよろしくお願いします」
煌星先輩がサムズアップしたのを見て、マイクをスタンドに取り付ける。……涙目に訴えかける葉介に背を向け下手に立ってすぐに始まるカウント。
ドラムとシンバルが刻む打ちっぱなしのビートを拾い上げて、削り土台を作る。あとはあのコヨーテが乗っかって鳴いてくれれば演奏は完成する。右手に握ったタイガーアイは削れてだいぶ変形したけれど先が尖って弦を捉えやすくなっている。
見馴れたデカギターに振り回されてしっぽも左右に忙しなく動く、甘く柔らかいホロウギター特有の音色と澄んだ伸びのある声は葉介の得物。ガヤガヤしてた観客席の女子たちもミュートさせるそんな葉介の魅力、それをリズム隊が後ろから支えていてずっと見守っている。サビで必要のないシャウトを入れ、間奏が少し間延びしているけれど流そう。
トリは『スターライト・シンドローム』、一狼と葉介が好きだから選んだこの曲も俺がやるとやっぱ違う。認めたくないけれどこの曲は親父じゃないと駄目なんだな。
「『plantS net』でしたぁ!またね!」
手を振り拍手の渦に呑まれ上手側に捌ける中、観客席には白衣姿に目立つ一狼と鷲己が並んでる。別に俺の舞台を観に来てほしいなんて言ってなかったのに縞尻尾はまだ揺れているし、恥ずかしい。
「二人ともよく頑張ったじゃないか」
頭を撫でられてクセでゴロゴロ喉が鳴る。
「煌星先輩のおかげです。ライブもお兄ちゃんの事も」
「寝虎も一皮剝けてかわいくなったな。あ、そっちは剥けてなかったか」
煌星先輩が鬣の隙間からまっすぐに目を見て、自慢のベースはボディ辺りに視線を移して続けた意味に顔から火が出るかのように急に熱くなって。
「余計なお世話です!」
舞台裏のギグバッグにベースを収め、関係者席に座ってライブの続きを観ていた。
***
学園祭ライブの後は前に来た事のある、あのカラオケ店でウチアゲ。まさか学園祭ライブの大トリに『傷心にはカラオケ、ウチアゲ」をやるなんてさすがお兄ちゃん。
お祭り事大好きな軽音楽部が群れて、各バンドのヴォーカルが点数争いをしリズム隊がタンバリン片手に裏拍取ったり……これが陽キャが作りし混沌。部屋を行き来して挨拶に回っていると予想外のメンツに手に持っていたタンバリンを取り落し床でガシャン!と音を立てる。
「なぜここに」
「僕は葉介に無理矢理連れてこられた、一緒に居た鷲己も巻き込まれていて__あそこに居るだろ」
あ、たしかに葉介と一緒に居る。すごく表情が固いけど葉介がリードしていて相性悪くはなさそう。何話してたのか後で聞かないと。
「外の大気、吸おうか」
感情の読み取りにくい腐れ縁の提案にコクリと頷く。床に落ちたタンバリンを近くの部屋に置いて、ポケットに手を突っ込み付いて行く。
カラオケ屋を出て、街灯に寄りかかって。夏以来あまり話せてない一狼に学園祭後のウチアゲでこのカラオケと何から話せばいいんだ。
「科学部はポスター展示していたんだ。旧校舎であんまり人が来なかったから僕も助かったけど」
あのギシギシ鳴る廊下に、一狼セレクションなら人気も出ないよな。人見知りだし丁度良かったのかもしれない。
「ライブ、良かったよ。まさかWWAOの名曲をやってくれるなんて思ってなかったけど、コードも正確だったし歴半年くらいだとは思えないくらい上手かった」
ドキリと一狼に話してこなかった隠し事に触れそうな内容が目の前を通り過ぎて行って。これは今言わないときっと後ろめたさを抱えてまた_
「あのさ、言えてない事があって」
「知ってたよ、前から気になっていたけどWWAOのベース。あの縞尻尾の模様が寝虎や玲音さんに似てるから親子だったんでしょ」
絶句する俺に「さっき昔の本人映像で確認した」と続ける一狼。
「僕からのお話はこれで終わり、それよりお話ししたがっている人が居るよ?」
俺の後ろを指差し、振り返ると背の低いもう一人の腐れ縁。
「なんでここに居るんだよ」
「腐れ縁のライブを見に来た。そしたら葉介に声を掛けられて連れ込まれたんだ」
難攻不落の鷲己に名前で呼ばせるなんて、葉介ほど陽キャ度が高いとそんなことまで出来るのか。きゃいきゃい吠えてるだけかと思ってた。
「どうして私を寝虎のライブに誘ってくれなかったんだ」
「てっきり風紀委員の仕事が忙しいだろうから、邪魔したくなくって」
綺麗に澄んだ蒼空の目で見上げられ思わず目を伏せて返す。
「それで、学園祭は軽音楽部に付きっきりで私と見て回るって選択肢も無かったと」
「そう言う鷲己だってなんであんな風紀委員長に従っているんだよ」
カチンと軽い頭の隅で音がして、疑いをつい口に出してしまう。
「さんざん面倒見てやって寝虎より大事な人が居る訳ないだろうっ!」
顔を真っ赤に染め上げて肩に手が届かなかったのか俺の腕を掴んで叫ぶ。こんなに俺を大事にしてくれる奴が近くに居たのに俺はバカだ。
「どうしようもない俺なのにいつもありがとう」
一狼曰く『生育の遅れてる』細く軽い身体に腕を回し硬い嘴に鼻先をそっと当てる。
「なっ!公衆の面前でハレンチだぞ」
「一狼が良くてなんで俺が駄目なんだよ!」
「仕方のない奴だな」
辺りを見渡し、目を閉じて近づいてくる硬い嘴、コツンと当たるそれが鷲己の答えか。
「さ、先に戻ってるからな!」
俺、今どんな顔してんだろ。舞台に立っていた時より速いBPMに俺のサオが付いていけ無さそうだ。
「くしゅん」
冬服と毛皮の間を通り過ぎて行った冷たい風が火照った体に心地よく、そして少し寒かった。
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