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光なき途 15

  あの真っ白いトカゲが来てから練習に来る部員が減ってきた。烏合の衆と言われたって拠り所にしていた部員も居たのに、何故この本番前のタイミングに。いや風紀委員会ならともかく委員長自らなら見せしめと台無しにするのが目的か。

  握ったドラムスティックは空を切り、ボクも精彩を欠いてきたならこれが潮時。途切れたリズムにこちらをおずおず伺う寝虎とまだ気付いていない葉介の目と背を見て。

  「今日の練習は終わり。本番近いから早く帰りな」

  ……ボクはもっと紳士的にありたいのにあんな奴のせいで築いた要塞を崩されたような気持ちだ。ギグバッグ背負って一礼し帰って行く身長差の激しい二人を座ったまま見送って、部室に誰も居ない事を確認すると盛大にため息を吐いて項垂れると耳のピアスがぶつかりあってチリンと涼しげな音を立て、チェーンピアスがスネアを叩く。

  軽音楽部に入ってすぐの頃、軽音楽部の新入生歓迎ライブでスポットライトを受けて輝く先輩たちを見てボクもあの光の輪の中に居たいと思ったんだ。決して裕福とは言えない家で竿物を買うくらいなら家族に使いたくて選んだパート。

  基本目立たない舞台でも校則の範囲で煌びやかに、家族もバンドメンバーも支えたくて開けた覚悟の証。__問題児として扱われたいわけじゃないそれを頭ごなしに否定されるのは心外で後輩をバカにされるのも許せない。

  手に握ったスティックを置き、蜘蛛の巣状にヒビの走るスマホを取り出すと通知窓にスタックされた何十件ものメッセージ。それを無視して両手で包み打ち込むメッセージは部長に宛てた活動報告。

  あの兄弟、歪なんだよな。ボクが手を下すまでもなく解消されそうだけど気遣いすぎてもつれ込んでる。寝虎があともう少し成長すれば……もしかしたらもしかするかも。思いついた幾つかのアドバイスを寝虎に送ってスマホを片付ける。

  戸締りをして出て来た廊下もいつになく埃が積もり、ほんの一週間前までの景色は何処に行ったのか。

  みるみる暮れゆく空に押さえられ帰る道、歩きスマホはアスファルトに落としヒビが入ってからは控えてる。何十件もメッセージを一つ一つ返す必要は無くても無視したまんまだと後が面倒だし。でもよりよい学生生活のために部活動を護るためにはあの娘とあの娘から情報を引き出して、くっつけたらドミノ倒しにうまく事が運ぶかも。って考え事してる暇も無いなんて人気者は辛いな~

  クラスに部活に男女問わず好かれるのも困りものだよ全く。珍しい体質があるだけでそれ以外は並だと思うんだけれど、やれやれまた手のかかる子が増えちゃったか。

  家に着くと鞄を置いて家族は誰も帰ってきて居ないようなので脱衣所直行。制服を脱いで裸になりシャワーヘッドから降る生温い水滴が共用のシャンプーを泡立てる傍からすすいでいって、段々と満ちてく白い湯気はやがて長いマズルから伸びる鬣を雫と伝って落ちる。

  「あ」

  照明を受け輝き落ちるそれを追って下がる視点。ふさふさと束になった色変わりの尻尾に釣り合った下腹部から伸びる根、筋トレして種族の特性か日に日に大きくなっていく体と共に育ち過ぎたようにも見える。

  「まだ高二だし…大きくなるよな……」

  ひとりごと、つい呟いて急に顔が熱くなれば「誰も見てないし」と続け冷水に変えたシャワーを頭から被ってこれ以上大きくならぬように『根』にも水を掛けてやる。確か血流量によって生育するなら冷やせばいいはず。頭を冷やしてぐっしょりと濡れた被毛と色変わりの鬣に尻尾を何とかしようとブルブルと身震いしバスタオルで執拗に拭う。ドライヤーで熱風を潜り込ませて乾かしてみるけどなかなか乾かずにやきもきする。はたと気づく裸の自分、パンツだけ履いて自分の部屋へと歩く。

  少し手狭な自室、パンツ一枚で歩いていたら怒られるしタンクトップとスウェット着て軽めの筋トレ。希少種だサラブラッドだと言われ尊ぶ時代はとうに過ぎ、壁の薄いアパートで共働きの両親に姉と弟。

  家の中では我慢と献身の毎日でも嫌ではないし学校でも可愛い後輩に囲まれてボクは今ある幸せを失いたくない。家で大きな音は立てられないし部活動がボクの拠り所でもあるんだよな。

  「あとは朱嶺兄弟次第か」

  遠くない未来への思考をシャットダウンして、部活から帰って来た弟の頭を撫でようと立ち上がる。

  ***

  氷蜴委員長だったか、あの爬虫類が軽音楽部に来てからのバンドの空気の悪さといえば。鷲己も何であんなやつに従っているのか、腐れ縁で三年以上一緒にいたのにわからないし考えがまとまらない。

  「もしかして、種族間の問題?鳥類も爬虫類だって前に……いや、鷲己に限ってそんな事はないだろ。あんなにまっすぐで傷つきやすいヤツがわざと近縁種だからって贔屓しない」

  俺は頭良くないからこういうのホント苦手だ、こんな時一狼なら__

  「違うだろ、腐れ縁だからって全く関係のない一狼を巻き込むわけにいかない」

  俺が練習に出ている日、殆ど顔を出さない部長は何も言わないしどうしたらいいんだ。皺くちゃのベッドで寝返り打って頭を枕に押し付ける。ポケットからスマホを取り出すと煌星先輩からのメッセージ。

  『素直に身近な人を頼ったらどうだ?』

  俺をどこからか見ていたのか、何に悩んでるかを知っていたのか。立ち上がりカーテンを開けて窓から外を見ても誰も居ない。謎の多い人だけど煌星先輩は良い先輩だ、それは間違いのない事実だと思う。

  部活の事は部員たちでなんとかしなきゃ!そのためには気恥ずかしくて、怖くてずっと話せていない隣の部屋に居る”お兄ちゃん”と話さないと。素足で冷たくなってきた床を踏み縞尻尾はフローリングを撫で、猫背気味に扉を開けて廊下を進む。耳が垂れて髭も小刻みに震えると足もすくむ、どうにか着いた自室から数メートルも無い扉の前に5分は佇んで息を吸い込み一思いに取っ手を捻り押し入った。

  「お兄ちゃん!」

  「やっと素直になってくれたんだな、寝虎」

  壁一面に張られたぼくの写真、おしゃぶりつけてる小さい頃から一狼や鷲己とセットだから小中学生の写真に背景がこれは科学部室の床……と最近の寝顔まで。

  どうやってこんな写真を撮ったのか、ちょっと度が過ぎている気もする。床にはベースと光る真空管アンプにエフェクター、ダンベルとなんでか長い木の枝が立てかけられている。机の上には几帳面にそろえられたノートに教科書。とぼくの部屋に比べて片付いて綺麗だ。

  「ほら、突っ立ってないでこっちにおいで」

  部屋の主に勧められるままベッドに座る。全ての壁から“ぼく”に見つめられ落ち着かず天井を見上げると特大サイズの“ぼく”が居た。

  「ぶにゃぅ、お兄ちゃん。さすがにこの部屋は悪趣味なんじゃない?ぼく、恥ずかしいし」

  「寝虎は可愛い、可愛いと言えば寝虎というのは恒久的に変わらない真理だと信じている。が寝虎が嫌なら俺も折れざるを得ないか」

  シュンっと顔を曇らせ洟をすすり一番近い壁の“ぼく”を剝がそうと手を掛けているのが申し訳なくて。

  「リビングに行こ?この部屋で話すのが嫌なだけでこのままで良いし」

  その提案を受け入れて一階のリビングにぞろぞろと移動した。

  テーブルを挟みマグカップを包んで話すひと時。ブラックコーヒーが飲めるようになっていただけで涙を流すお兄ちゃんには驚いたけど、腐れ縁とか部活動の事そしてこの前の風紀委員長の事言いたい事をまとまってない話なのにただ頷いて聞いてくれて。

  マグカップが空になった頃、お兄ちゃんからぼくの鼻にこつんと鼻を押し当てる。お休みを言ってベッドに寝転がるとコーヒーを飲んだのにうなされる事なく意識が途絶えた。

  ***

  「俺の弟に手を出すな」

  翌朝教室に踏み入って同じクラスでも真っ白だからすぐ見つかる、風紀委員長に向かって言う。

  「これはこれは、朝の挨拶にしては奇抜ですね朱嶺君。それでご用は?」

  「さっき言った」

  うちの寝虎を困らせたのならしかるべき処置を受けてもおかしくないだろう。

  「私はただ健全な学校の風紀を護るために行動しているだけで__」

  「お前の噂は散々馬鹿にされた煌星から聞いている。俺も軽音楽部を預かる身だ蜥蜴一匹追い払う事なんてどうという事も無い」

  息を呑み、俺の目をのぞき込む赤い目に。

  「__お前もこれ以上失いたくは無いだろう、澪君」

  背負っている悩みを刺激するように言ってやる。

  「そこまで知っているんだ、世間からの風当たりの強いはみ出し者同士仲良くできたかもしれないのに」

  「出会い方が違ったらな」

  「はぁ……受験もあるし私の途を優先するなら、良いだろう。ただまた目立つ真似をしたら氷蜴澪の名の下に正しに向かう事は覚えておけ」

  踵を返し自分の席に戻りつつ呟く、

  「……もう、風紀委員会の名の下にじゃなくなったんだな」

  かつての面影を思い出し、重ならないその輪郭がぼやけて消える。“染まる前に”とは自分に言っていたのかもしれないな。

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