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詠み人知らずのAS

  星を見に行くなんて子供っぽい。そんな風に嘲るのはきっと背伸びしているからだと気づくのには時間が足りなかったんだろうな。でこぼこな組み合わせでも腐れ縁がなんとなく続いていたのは、誰が言い出したか夜空の下でささくれが出来ることもかまわずに寝転がって見上げたあの思い出が小っ恥ずかしくも背景にあったから。

  あいつの提案が無かったら近くにいてもどこかへ固まって動く事なんて無かっただろうし、将来の夢とか後ろから追いかけられて無理矢理合わせているようなとってつけた名目の為に、この空に近い山から下りて遠くに行くことになってしまうのだろうって誰かが口にすることも無いまま共通認識を抱えて引力によって巡行している。

  ホームルームも終わって放課後は生徒会に、週に一度の活動日は面倒であっても欠いたことが無いのは体裁を保つためなのか自分でも解っていない。高校二年の冬も三学期に入ってしまえば残りわずかなモラトリアムに思いを馳せざるを得ない。あと一年少しであいつらと会うもっともらしい言い訳が解けてしまうのだと。

  教室から生徒会室までの途上で物思いに耽っていても、歩みを止めなければ生徒会室に着いている。もとより生徒数の少ない田舎だから三年生は既に退いた以上は俺が最大の発言力を握っていても、それは消極的に押しつけられた役割に過ぎない。ブリッジを押し上げて生徒会室に入ると既に俺以外の面子は揃っていて、ホワイトボードには本日の議題として『部活動統廃合会議』と角張った字で書かれている。

  「すまない、待たせたな」

  「いえ、定刻にはまだ時間があります。私たちが早く着き過ぎただけですのでお気遣いなさらず」

  入り口から一番離れた、かつては憧れていたその空席を今は憎んでもいる。別に意匠がどうということも無い、至って普通な学習椅子でも斜向かいから視線が注がれる場所と立場が今の俺には辛い。

  委員達の背中を見、その席に座ると手に提げた鞄を傍に置いて筆記具とノートを取り出し、

  「では、会議を始める」

  本日の議題は・・・予め知ってはいたけれど天体観測部含め零細部活を削るための統廃合案。致し方ないけれどこの立場が厭になる。

  「・・・では予算もあることですし天体観測部は解散といったことで」

  「待った、天体観測部は備品にコストが掛かり今年度の活動が芳しくないのも分かる」

  司会の結論を聞いて半ば反射的に先走った口上。天文部は元々奏音の奴が始めた新しい部活だから文化祭の出し物も部室使って家庭用プラネタリウムとポスターの展示だけだったものな。

  「天文部は全国的に見ても珍しい部活であり、新入生を受け入れる上でも一定以上の需要はある。活動していない運動部よりかは予算も少なく済む」

  「確か水矢くんは天体観測部も掛け持ちされていますよね。では、今年度中に天体観測部の活動を説明できる形で用意いただけますか」

  手痛い指摘を返されてしまった、それも司会は猫獣人で奏音の奴と重なる。

  「ああ、約束しよう。成果がなかった場合は解散も受け入れる」

  そう言って会議は終わった。

  「シュウ、そんなことがあったんだな~」

  バッシュの音がキュイキュイと響く体育館で壁に背を預ける陣平。生徒会室から近かったからここに来たというのもあるが…

  「つまりどうゆう事だ、協力するけど俺は何したらいい?」

  「本当にお前は話を聞いていたのか」

  こういうところ。昔と全然変わってない、わざとらしくため息を吐いてやる。

  小さい頃にここに連れてこられて真っ先に声を掛けてくれたのは他でもない協力的な馬鹿の陣平で、無鉄砲だけどこいつの数少ない長所でもあって悪くはないのかなって。家も近所だったし。

  「ま、話があいつら全員に伝わって次の活動日になれば少しは解決するんじゃないか」

  休憩時間を切り上げようと足を踏み出す悪友に対して、

  「また楽観的な」

  つい口を挟む。一種の悪い癖かも知れない。

  「だいたい俺より頭良いシュウが答えを得ようとして俺に相談するわけないだろ。眉間の皺がさっきより浅くなってるし」

  振り返ってまっすぐ目を見ながら指差してくる。

  馬鹿なのか察しが良いのか縞模様みたくコロコロ変わって判断が難しい。そんな縞模様の尻尾は返事を待つようにゆらりと揺れ、穂先を目で追って腹の底からため息を吐くと、

  「まさか一本取られるとはな」

  ブリッジを押し上げて、蜂蜜色の目を見つめ返してやる。

  「そんじゃ、頼りにしてるぜ生徒会役員さんよ」

  バッシュを鳴らし、シュート練習している部員の輪に戻って行った。

  「…さて、あいつにあれだけ言われてここで立ち止まっている暇は無いな」

  そう独り言ちる口元はいたずらを思いついた少年のようでやっぱりこの肩書は似合わない気がした。

  体育館を出て目の前に広がるグラウンドは、傾き沈む日差しを浴びて赤銅にうつる。ほんの少し前まで高く昇っていた太陽と大会前まで練習していた運動部たち、月日の流れは冷え込むほどに速くなってしまって留まろうとしても流されてしまうだろう。

  傍を通った寒風に尻尾も震え、本格的に冷え込む前に要件を果たさなければ。剣道、柔道、薙刀に弓道部と道場が軒を連ねる建物へ、渡り廊下を小走りに。気の早い金星が空で輝いているのなら宵の口は近い。

  乱取りでもしていたのか既に汗のにおいと埃が立ち込めている柔道場、畳の目には雑多な種類の抜け毛は挟まっていてあまり長居したくはないけれど。

  「で、なんで俺の所に来たんだメガネ」

  こちらから声を掛ける前にやってきた熊は、玄関近くで胡坐をかいて話しを聞きに来た。

  「近かったし、無関係じゃないだろう。それに柔道部の活動日だしまだ学校に居そうだなって」

  「ま、いいか」

  納得はしていなさそうだけれど、恭弥は静かにこちらの話しを最後まで聞いて低く唸る。

  「口約束でも、約束してしまったのは落ち度だがそうも言ってられなかったんだろう。それに奏音のやつ一人で突っ走って活動報告とかあんまり出さないしよ」

  ポカンとマズルを開いている俺に気付くと中指を親指で撓ませるデコピンの構えをステップの真上まで近づけてきたので、俺は慌てて後ずさる。赤毛の熊はそんな俺を見て、飛び出た腹を押さえて豪快に笑う。

  「何しようとしたんだよ、確かに恭弥がまじめな顔して話してるのは珍しいけど」

  「言うようになったじゃねーか、俺に感謝しろよ」

  頭を掻きながら立ち上がった恭弥は、

  「あと二人、話してくるんだろ。頑張れよ水矢クン」

  と言い残して道場の中心近くまで足音も立てずに歩くと、肩で息している部員に怒号を浴びせかけていた。

  三年生が抜けた今でも次代をリードする粘り強さを既に体得していたようで、その背中を見送ると残る二人も根気強く探してみるかと応えたくなった。

  金星に続いてオリオン座が昇り始めた頃になると学校に居残っている人もだいぶ減ってくる。残る悠斗と奏音は校内に居ないだろうな、体育館に行った時に見かけなかったという事はまあ間違いない。学校からほど近い祖父母の家に一度帰って荷物だけ置いて遅くなる事を伝えるとろくに舗装もされていない道を歩く。

  辿り着いたのは雑木林、小学生の頃ひみつきちを作ったのに中学以降誰も整備しなくなって荒れ果てた残骸が残る。風とそれに揺れる草木の音、電灯なんてないこんな暗がりは目的が無かったら踏み入れないだろうな。

  暫くして、環境音に混ざって聞こえる人工的な金属音。音を頼りに進むとエレキギターを弾く犬の姿。

  「今日はバスケの代わりに星空のステージで個人練習か」

  ビクッと面白くなるほどに跳ね上がる悠斗。振り返ると金属製の弦が流星のように光って消えた。

  「ばれちゃったか」

  「今日、陣平に会いに行っていたからな」

  ストラップに任せて両手を離し、やれやれとでも言うように大仰に肩を落とした。

  「だって、メロディラインが降ってきたし俺が居なくても陣平があっちは何とかしてくれるだろうから」

  そう言って手元のギターに手をやる。

  「アンプとかエフェクターとか繋いで弾きたいけど、弟受験近いし俺なりの気遣いってやつかな」

  「そういえばそうだったな」

  マイペースな悠斗にしてはまともな理由で少し面食らう。

  「そういえばそのギターってこの前使っていたのとちょっと違うよな」

  突然目の色を変えてずいっと手元のギターをこちらに見せてくる。

  「よくわかったなシュウ!これはこの前親父からもらったんだけどフロントとリアにハムピックアップが取り付けられていて、ツマミもトーンボリュームがそれぞれ二つずつ付いてる俗にレスポー……」

  普段は集まって駄弁ること多いから場つなぎ的に言った何気ない一言にまさかこれほどまで食いついて来るとは。

  「おさがりだから傷もあるけど、このツマミがなんか昔奏音の言ってたガリレオ衛星ってやつにしっくりくるなとか思っていて。イオ・エウロパ・ガニメデと……」

  「カリストな、流されるところだったけどその天体観測部について用があったんだ」

  ようやく本題に取り掛かれた事実にため息を一つ。事の経緯を話すと、数秒考えて。

  「了解、俺にできる事あったら言ってくれよ」

  と、返されて終わりだった。ほんとに解決策を考える気はあるのか?

  「それと奏音のやつなら家に居ると思うぜ、図書室から大量に本借りてきていたみたいだし」

  「情報サンキュ」

  ほんと気まぐれで読めないやつだよ、でもあとは奏音と話せば一連の話しはお終いで問題が解決に進む…のだろうか?きっとそうだろう。ひときわ大きな一軒家を目指して緩やかな坂道を上る。

  シリウスが顔を覗かせた頃、レタリングされた表札の前に居た。ここまで来ておいて何もせずに帰るのはどうも違うけれど部長だしな、どうも気が進まない。

  何巡目かの堂々巡り、一段と強く吹き上げた寒風に背を押されてインターホンを鳴らす。

  「夜分に失礼します、水矢ですが奏音居ますか」

  「今出る」

  応えたのは、ちょうど話したかった奏音で一分も待たずに玄関から出てきた。

  「寒いから早く入って、俺の部屋でいいよな」

  頷いて、三階まで階段を上がり中学以降入ったことのない奏音の部屋で待つ。

  「変わってないな」

  つい口に出してしまうけど、壁には太陽系・星雲の他IR図と周期表などポスターが貼り付けられていて、本棚には小難しそうな科学雑誌のほか図鑑や専門書が詰まり棚の上には天球儀まで置かれている。窓から覗くベランダには天体望遠鏡が今も空を見張っていた。

  「お待たせ、コーヒー飲めるだろ」

  「おう、ありがと」

  土星を模したマグカップに半量ほど入ったホットコーヒーを受け取ってかじかんだ手を温める。それにしてもこんなマグカップどこで手に入れたんだ?

  「それで、用件は何?」

  学習机に同じデザインのマグカップを置いてこちらを見る奏音。落ち着かない様子の尻尾が机にぶつかると、置いてあったストームグラスの液面がわずかに揺れる。

  「生徒会としては予算もある事だし廃部を考えなければならなくなってきたんだ。それで…」

  「実績が無かったら天体観測部もいづれ廃部になる…という事か」

  黙って頷く。

  椅子の上から見下ろす猫はため息を一つ吐いて、

  「まあ、しょうがないね。明日にでも部員集まって話し合おうか、天文イベントなら少し探したら何とでもなるだろうし」

  言うだけ言うと図書室で借りたであろう一冊をひょいと取り上げて開く。

  呆気にとられている俺は、まだ温かいコーヒーに映る自分の顔を見てる。言い忘れていた事はないか、特段言う事はないか。

  「どうした」

  「いや、その。俺たち高校卒業したらどうなるのかなって」

  きっと誰も言わなかったし言えなかったであろう共通認識を挟んで、藤色の瞳がこちらを見る。

  「どうって、俺にも分からない。けど変わらないだろうこの関係は」

  「そうだよな、じゃあ俺帰るな。おやすみ」

  扉を開けて奏音の部屋から出ると、

  「おやすみ、また学校で」

  部屋の奥から声が掛けられる。

  家から出て冷え込んだ外に出てみると、街灯のない空には一面の星々。プロキオンまで昇った空にきっと解決策はあるはずだとぼんやり見上げて歩く帰り道。

  「またあいつらと同じ星空を見れたらいいな」

  恥ずかしくて、あまり口に出さない本心は。ふたご座から冬の大三角へ矢のような一瞬の光を残して消えていった。

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