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神の契りは解けない(2)

  それから数日。学校にも慣れ、気づけば気軽に言葉を交わせる相手も何人かできていた。少しずつではあるが、新しい環境に馴染んでいる実感がある。

  一方の霧生はといえば——相変わらずのんびりと過ごしている。が、最近になってなぜか、大和が学校へ行こうとするたびに引き留めようとしてくるのが少々厄介だった。

  「大和、行くな」

  「行くわ!」

  こんなやりとりも、もはや日常の一コマだ。

  ある日、大和はまたも夜遅くまでバイトをしていた。きれいな満月を横目に帰宅し、玄関のドアを開ける。

  「ただいまー」

  「おかえり、大和」

  部屋の奥から、霧生の低い声が聞こえた。視線を向けると、霧生はすでに風呂を済ませたらしく、ゆったりとした格好で大和を出迎える。スウェット姿でさえも様になるとは、本当に嫌味なものだ。

  そしてなぜか今日は、いつもより長い匂いチェックをされる。しかも、執拗に。霧生はすんすんと鼻を鳴らしながら、大和の首筋に顔を埋め——ぺろりとそこを舐め上げた。

  「うわッ!ちょ、やめろ!」

  思わず首をすくめて距離をとる。思わず首をすくめて距離をとる。霧生は何食わぬ顔をしている……ようでいて、どこか自分でも違和感を覚えているように見えた。

  「お前、なんか今日やたらとベタベタしてこねぇ?」

  「……そう、か?」

  霧生は微かに眉を寄せ、自分の手をじっと見つめた。何かを確かめるように、ぎゅっと拳を握る。

  「何か変だな」

  「来た時からずっと変だけどな!」

  訳がわからない。でも霧生がほんの一瞬、戸惑ったように視線を逸らしたのを大和は見逃さなかった。

  「とにかく、俺、風呂入るから!」

  逃げるように手早く風呂場へ向かう。湯に浸かると、モヤモヤした気持ちも、全身の疲れもじわりと溶けていくようだった。

  風呂から上がり適当にタオルで髪を拭いていると、なんだか熱い視線を感じる。その持ち主は当然霧生しかいないわけで。大和は怪訝に思いつつ彼を見遣る。

  「……おい、なんかお前、顔赤くね?」

  霧生は息を弾ませ、じっと大和を見つめていた。まるで耐えているような、苦しそうな表情。いつもは涼しげな青灰色の瞳が、どこか熱に浮かされたように潤んでいる。

  「おい、大丈夫か?熱でもあんのか?」

  大和は急いで下着だけ身に着け、霧生の額に手を当てる。瞬間、じんわりと熱が指先に伝わった。

  「お前……めっちゃ熱いぞ」

  「……大和」

  霧生の声が、ひどく低く掠れた。

  「お前の匂いが、いつもより……」

  言いかけた霧生の手が伸び、大和の手首をぎゅっと掴む。そのまま引き寄せられそうになり、大和は慌てて振り払った。

  「お、おい!お前、何言って……いや、いいから寝ろ!」

  霧生の異常な様子に戸惑いながらも、大和はベッドへ向かわせる。体調不良ならまずは休ませるしかない。ベッドに横たわらせた霧生を見下ろし、大和は深く息を吐いた。

  「神は風邪なんか引かねぇんじゃねぇの……ま、とりあえず、今日は大人しく寝とけ」

  「……ああ」

  霧生は頷いたものの、その瞳はまだ大和を捉えたまま離さない。落ち着かないが、病気の人間にこれ以上説教をすることもできない。大和は霧生をそのままにし、髪を乾かしに洗面所へと向かった。

  寝る準備を整え、霧生の寝ているベッドに向かう。目は瞑っているが、息はまだ荒い。枕元に水を置いてやりつつ、できるだけ静かにベッドの反対側に潜り込んだ。

  布団に入った途端——。

  「……っ!?」

  背後からいつものように霧生の腕が絡みついてくる。ここまではいつも通りだ。しかし、今夜はどこか違っていた。

  ぎゅう、と腹に回された腕が異様に強い。その分密着もいつもより酷い。「抱きついてくる」のではなく、「逃がさないよう押さえつけられている」ようだった。

  「お、おい、霧生……?」

  「大和……」

  耳元にかかる吐息が熱い。それだけで背筋がぞわりと粟立つ。霧生の呼吸は荒く、まるで発情した獣みたいに落ち着きがない。

  「お前、熱あるならちゃんと寝ろって……っ」

  「……大和の匂いが薄れた」

  「は?」

  「大和の匂い……大和、大和……」

  スンスン——。

  うなじの匂いを嗅がれた瞬間、ぶわっと全身が熱くなる。いつものスキンシップのはずなのに、今夜は、何かがおかしい。

  「な、何言って……っ」

  その時だった。

  背後に、はっきりと“熱”を感じる。

  (……え?)

  ゆっくりと意識を向けると、霧生が大和の尻のあたりに、明らかに“固い何か”を押し付けていた。

  「……っ!?」

  思考が一瞬で停止する。

  「おい……!」

  藻掻くが、腕の力は緩まない。むしろ、より強く抱きしめられる。

  「……だめだ、大和」

  「は?」

  「今は離れたくない」

  その言葉に、大和は思わず息を呑んだ。うなじにかかる熱い吐息、直に伝わる体温。じわじわと耳まで熱くなって、反射的に喉が鳴る。

  「おい、霧生待て、これっ」

  「はっ、はっ、大和……っ」

  霧生の腕が、さらにぎゅっと締めつけられる。大和は顔を真っ赤にしながら、必死で言葉を絞り出した。

  「お、お前、トイレ行って抜いてこい!!」

  「……抜く?」

  「あーもう!」

  大和は諦めたように深く息を吐き、ぐるりと霧生の方を向く。こんな状態で寝られるわけがない。それに――正直、自分も人のことを言えない。霧生が来てからずっと誤魔化していたが、はっきり言ってもう限界だ。ずっと部屋に霧生がいるせいで、まともに発散する時間がなかったのだから。

  「いいか、サクッと終わらせるぞ……」

  そう言って、大和は霧生の下肢に手を伸ばした——。

  

  「こんなとこまで……」

  かっこいいのかよ、という言葉はかろうじて飲み込んだ。銀色の柔らかく豊かな毛の下から、見惚れるほど大きな陰茎が上向きに反り返っている。それは太い血管を何本も浮き上がらせて力強く脈を打っており、なんだか自分のものを出すのが恥ずかしくなってしまった。

  しかしもう後には引けない。諦めて恥じを捨て、自分のものと霧生のものをまとめて握る。そのまま上下に擦ると、二人は同時に熱い吐息を漏らした。

  「ぅ゙……大和……っ」

  「バカ、変な声、出すな」

  にちにちと、どちらのものかわからない水音が響いた。目の前の霧生が悩ましげに眉根を寄せ、甘く喉を震わせる。その光景が視界に入った途端、一層腰が重くなった。

  「大和、大和……っ」

  「ぁ゙、だから、ンな声で……っ、うぁっ」

  霧生が腰を振り始めた。ごりごりと何度も裏筋が引っかかり、大和の口からも甘い声が零れて止まらない。

  二人の息がどんどん上がっていく。いつしか大和の腰も揺れていた。霧生が大和の首元に顔を埋め、夢中で匂いを嗅ぐ。そのままペロリ、と舐め上げられた瞬間、大和が喉元を大きく開いた。

  「あ゙、やば、イ、く……ッ」

  「大和っ、大和っ」

  大和が背を反らせぶるりと震える。合わさった陰茎にどろりと温かい白濁がかかった。霧生も晒された喉に噛みつき、大和を追うように吐精する。

  「ゔ、ゔ……っ」

  「あっつ……うわ、どろどろじゃねぇか」

  一足早く冷静になった大和がティッシュを探すのに手を伸ばす。その時、霧生が二人分の精液に濡れた大和の手を取り、ぺろぺろと舐め取り始めた。

  「ちょ?!何してんだ!汚ねぇからやめろ!うわ!」

  「大和……大和の匂い……」

  大和の声は霧生の耳に届いていないようだ。どれだけ引き剥がそうとしても体重をかけて押さえ込まれ、結局指の間まで綺麗に舐められてしまった。それが擽ったくて、なぜかまた大和の陰茎がむくりと起き上がる。

  「お、ま……やめろって」

  「こっちの方が、いい匂い」

  「うわああ!コラ、それはダメ、ちょっと待……ッ」

  霧生は布団の中に潜り込み、もっと大和の匂いの強い場所、つまり股間に頬を寄せた。まだ濡れたままのそれを大きい舌で撫でられ、大和は初めての感覚に身を震わせる。

  「マジでっ、それはシャレになんね、ぇ……!」

  「はっ、はっ、大和、大和」

  「うあああっ」

  ついに温かい口内に包まれてしまった。霧生の目は焦点が合っていなくて、どう見ても正気ではない。止めなければと思うのに、目先の快感に思考が霞む。露出した亀頭をぐるりと撫でられ、あまりの気持ちよさに涙が滲んだ。

  「き、りゅ、だめだッ、あぁっ」

  「大和、可愛い、俺の大和」

  「吸う、なぁ!」

  じゅる、と音を立てて亀頭を吸い上げられる。奥底に溜まった熱を求めるように、何度も何度も鈴口を舌でこじ開けられた。急速に込み上げてきた射精感に、大和が大きく呻く。

  「マジ、で、無理っ!霧生、離せ、ぇ!」

  「ん、ん」

  「あああもう出るからぁ!やばい、口に……っ、あ゙あ゙あ゙っ!」

  理性はあっという間に消え去り、がむしゃらに喉奥を突き上げた。ぎゅっと締まったそこに思い切り吐精する。そのまま喉を鳴らして嚥下され、最後の一滴まで搾られた。名残惜しそうにチロチロと鈴口を舐め続けられ、心地よい余韻に腰が勝手に痙攣する。

  霧生はそんな大和に覆い被さり、またはち切れそうに膨らんだ陰茎を必死に擦り付けた。まるで発情期の犬のように、本能のまま尻の割れ目に向けてガツガツと腰を振る。大和が嫌がって身じろぎした拍子に強く挟み込んでしまい、そのまま大量の精液をかけられた。

  「ゔ、ゔ……っ」

  「バカ、出しすぎ、だ」

  しばらくしても射精の勢いは衰えない。薄めの精液が噴き出し続けていて、大和の尻はびしょびしょに濡れそぼってしまった。

  「ああッ、射精止めろってぇ!」

  「はあっ、無理だ、止まらない……っ」

  「バカバカ、もうどけよぉっ」

  まだ射精しているというのに、また霧生が動き始める。今度は後ろから太ももの間に陰茎を挟んで前後に擦られた。巻き込まれて大和のそれも一緒に擦られてしまう。過剰な快感が辛くて止めようと伸ばした手は、霧生に導かれて、また二人分の陰茎を握らされてしまった。精液でぬかるむ大和の手の中に霧生が夢中で腰を打ちつける。

  「大和ッ、また出る……っ」

  「あ゙ーーーっ!」

  手も、シーツも、どちらのものかわからない精液でどろどろだ。疲労感で意識が飛びそうだった。それでもまだ霧生の動きは止まらない。

  「霧生、もう止め……」

  「大和っ、大和っ」

  もう抵抗する力もなかった。霧生にされるがまま、大和は揺さぶられ続けた。

  何時までそうしていたのか、何度果てたのか、わからない。ただ泥のように眠る二人を満月の光が照らしていた。

  鉛のように身体が重い。それにゴワゴワとしたシーツが肌に擦れて痛い。ただ、自分を包む暖かさだけが心地よかった。

  ピピピピピピ——。

  アラームの音にゆっくりと目を開けると、視界いっぱいの銀髪のイケメン。この光景も見慣れた——はずだったが、すぐに違和感に気づく。

  (……裸!?)

  自分を抱き込む霧生の腕。剥き出しの肌が触れ合い、体温が直に伝わる。しかも、胸元から下へと視線を滑らせると、霧生は、完璧に、全裸だった。

  (いや、待て、俺も……!?)

  瞬間、昨晩の記憶がフラッシュバックする。密着する肌、熱い吐息、首筋を舐める濡れた舌、擦れ合う下肢、暖かな体液——。

  「うおおおおおっ!!?」

  大和はガバッと飛び起きた。勢いよく霧生の腕を振り払い、慌ててシーツを引っ張る。だが、その拍子に昨晩の名残がシーツにべったりとついていたのが目に入り、余計に顔が赤くなった。

  (ち、違う、昨日のあれはバグみたいなモンで!そう、気の迷い!だから俺は別に霧生に興奮したとかじゃなくて!!ただ、こう……溜まってただけ!)

  大和は大急ぎでシーツを被って体を隠しながら、霧生から距離をとる。その動きで霧生も目を覚ましたようだ。彼も狼狽えるに違いないと様子を伺っていると——。

  「……ん」

  目を細めて軽く伸びをしただけで、特に動揺する様子もなく、全裸であることへの戸惑いすらないままベッドの上でのそのそと身じろぎする。そのまま大和に目を向け、少し眠たげな顔で言った。

  「なんだ、大和。朝から騒がしい」

  「バッ、お前、昨晩のこと……!」

  大和は言いかけて言葉を飲み込む。自分で思い出してしまい、火照りが一層増した。霧生はそんな大和をじっと見つめながら、ぼそっと言葉を漏らす。

  「……満月だったんだな」

  「は?」

  「昨日は満月だったんだろう。だから本能が強まったんだ。言いそびれていたな。驚かせてすまない」

  大和は霧生の言葉に呆気に取られたまま、彼の昨晩の異常な様子を思い出した。あの熱っぽさ、異様な執着、鋭敏になっていた嗅覚、そして止まらない性衝動——。

  「じゃあ、昨晩のあれは……」

  「ああ。満月のせいだ」

  満月。つまり、霧生は狼としての本能が強まって——。

  (いやいやいや、そんな言い訳あるか……!)

  「お、お前、いつまでその設定……っ」

  「随分と身体がすっきりしている。あれが“抜く”ってことなんだな」

  「……ッ!いや、普通は一人で……って、クソッ!」

  言い返そうとして口を開くが、またもや昨晩の感覚が生々しく蘇ってきて声が出ない。

  「犬に噛まれたと思って忘れろ」

  「……狼の俺が犬に噛まれたのか」

  「いや、噛まれたのは俺の方……ってそんな話をしてんじゃねぇよ!!」

  あんなことがあったのに、こんな普段通りのやり取りをしているなんて不思議な気分だ。まるで自分ばかり意識しているようで、納得がいかない。いや、意識しているけども。下半身が渇いた何かでガビガビなのも恥ずかしくて死にそうだけども。

  「散々“抜いた”はずなのに、なぜ」

  「うわ、朝からそんなもん見せんな!」

  「昨日しこたま見ただろう」

  「いいから先にシャワー浴びてこいバカ!」

  なぜかまた臨戦態勢になっている霧生のものが目に入って、ぶわりと身体が熱くなる。これでは本当に自分に言い訳ができなくなりそうで、大和は霧生を浴室に追いやった。

  朝から体力が削られて、大きくため息を吐く。昨晩の記憶もさっきの霧生の姿も頭から追い出そうとするように、大和は勢いよくベッドからシーツを剥がしていった。

  熱い。肌がひりつくほど熱い。重たい吐息が首筋にかかり、ざらりとした舌が喉元を這う。

  「んッ、や、霧生、ちょ……っ」

  上擦った声が出てしまい、大和は慌てて唇を噛む。

  最近の霧生は、おかしい。

  一度、満月の夜に発情したように求められたことがあった。犬に噛まれたとでも思って忘れろと言って、お互いなかったことにしようとしたはずのあの行為。それが一週間に一回になり、四,五日に一回になり、今や二日に一回になっている。

  大和もなぜか拒めないのだ。あの手が頬を撫でるだけで身体が熱くなる。

  (違う!俺は霧生が求めるから相手をしてやってて……!)

  そんな言い訳は、背中を這う霧生の手ですぐさま掻き消えた。無意識に霧生の手に向かって背中を預け、まるで強請るようにゆるゆると腰を揺らしてしまう。

  霧生の舌が鎖骨をなぞり、じゅ、と肌に吸いついた。かすかな痛みの後、じわりと赤く跡が浮かび上がる。

  「お前っ、またキスマーク……!やめろって言ってるだろうがっ」

  「しょうがない、なぜかつけたくなる」

  霧生が甘えるように頬を擦り寄せ、髪をくしゃりと撫でてくる。それだけでなぜか胸が暖かくなって、諫める気持ちが萎えてしまうのだ。そのせいで、首から腹まで、消えかけのものも含めてたくさんの花弁が散っていた。

  (もうこれ、抜き合いとかいう次元じゃない、だろ……。)

  「んッ、ぁ、……はぁッ……!」

  最初の時のように、単純に擦りつけ合うだけじゃない。発散だけを目的としているようには思えないほど、霧生のそれは完全に愛撫だった。手だけでなく舌でも、優しく、甘やかすように触れられるたびに、大和の身体の芯がぞくぞくと震えた。

  (やばい……っ、こんな触り方されたら、すぐ……。)

  すぐに限界がやってきて、訴えるように霧生を見上げる。すぐに唇を塞がれて、二人同時に息を詰めた。舌を吸われるのが気持ちいい。大和の身体がぶるりと大きく痙攣する。とくとくと手の中で吐き出された白濁を、霧生は愛おしそうに舐め取った。そしてまたすぐに手を動かし始める。

  「も、無理だって、ぇ……」

  「あと一回だけ」

  その約束が守れられることがないことなど、大和はもう知っていた。

  「こんなんダメだって……」

  行為が終わり、汗ばんだ身体を軽く拭く。シーツが汚れないよう下に敷いたバスタオルを丸め、床に投げた。霧生に背を向けてベッドに潜りながら、大和は小さくため息を吐いた。

  (いや、マジでやばい。最初は「満月の時だけ」って言ってたのに、今はそんなん関係なくなってるし……。やり方も、その……作業って感じじゃねぇし……。)

  思わず霧生のつけたキスマークを指でなぞる。

  「やっぱりこいつ、俺のこと……」

  ぽつりと呟いた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

  「ん?大和、何か言ったか?」

  「い、いや、何でもない!もう寝るぞ!」

  「……?おやすみ」

  「おやすみ!!」

  頭まで布団を被って身体を丸める。するとすぐに霧生の腕が腹に回り、足が絡んでくる。ぎゅっと抱きしめられ、うなじに顔を埋められた。

  (こんなの、まるで、ほんとに……)

  心臓から変な音が鳴っている気がする。そんな大和とは対照的に、霧生はすぐにすうすうと寝息を立て始めていた。

  眠れそうにない大和は、最近の霧生の変わったところを思い返す。

  例えばアパートを出る時。「今日は何時に帰ってくる?」とか「早く帰ってこい」とか「今日のバイトは誰と一緒なんだ」とか、やたらと大和のスケジュールを確認するようになった。

  例えば部屋でクラスメイトと通話している時。あっちに行けとジェスチャーしても側から離れず、不機嫌そうにスマートフォンに顔を寄せて、自分も話を聞こうとしてくる。

  例えば外から帰ってきた時。やたらと匂いを嗅いできて、「他のやつの匂いがする。臭い」と失礼なことを言って、さっさと服をひん剥かれ、浴室に押し込まれる。そして風呂上りにやたらじっと見つめてくる。

  (やっぱ、変だよな……?)

  考えれば考えるほど、確信に近づいてしまいそうで、大和はぐしゃっと髪を掻きむしる。

  (でもアレだし!別に飯食ってる時とかは普通だし!むしろ塩対応だし!多分初めての快感に夢中になってるだけなんだ!)

  言い訳めいたことを考えながら、大和はかぶりを振る。じっとしろと言わんばかりに霧生からの拘束が強くなった。それだけでなぜか力が抜けてしまう。また心臓が軋んだような音を立てた。

  わかっている。一番変なのは、霧生のそういう変化を嫌がっていない自分自身だと。むしろ最近なんて、逆にちょっと嬉しく――。

  (いや、俺は普通に女の子が……。)

  その時、ふと「今まで付き合った女の子」を思い出した。二人いた。どちらも告白されて付き合うことになった。でも、すぐに別れた。二人とも、「大和って私のこと好きじゃないよね」と言って。

  「……え?」

  (あれ、俺、彼女と付き合ってて、ドキドキしたことあったか?)

  (……そもそも、あの頃の記憶が、あんまりない、な。)

  「いやいやいやいや!」

  この思考回路はまずい。出してはいけない結論に向かっている気がする。大和は後ろで無防備な寝息を立てている霧生を恨めしそうに睨んだ。

  (こいつ、なんで普通に寝れんだよ……。)

  考えれば考えるほど、大和の頭の中は霧生のことでいっぱいになってしまう。

  (なんか俺……やべぇ……。)

  胸がざわつくまま、大和は無理やり目を閉じた。しかし、案の定その日は明け方まで寝つけなかった。

  ————————————————————

  バイクのエンジン音を響かせながら、大和はいつも通り学校への道を走っていた。登校時間にも余裕があり、急ぐことなく安全運転だ。しかしその瞬間――。

  キーーーーーッ!!

  「っ!?」

  突如、猛スピードで交差点へ突っ込んでくる車。こちらは青信号のはずだ。それなのにまっすぐこっちに向かってきている。ブレーキ音がけたたましく響く。まずい、間に合わない——。

  「危ねえええ!!!」

  とっさにハンドルを切った。ギリギリで車を避けたものの、バランスを崩し、バイクごと横倒しになる。衝撃が全身を貫き、地面が視界いっぱいに広がった。

  「くっそ……っ」

  膝と手のひらにじんわりと痛みが広がる。擦り傷程度で済んだか。しかし、全身が痺れたように動きづらい。

  「バイクの人、大丈夫……?!」

  「今の絶対やばいって……」

  通りすがりの人々のざわめきが耳に入る。見ればバイクも大きな破損はなさそうだ。良かった。あれは本当に大切なものだから。

  その時、視界がぐらりと傾いた。

  「……あ?」

  一瞬で目の前が暗くなる。

  ばたん。

  誰かの声が遠くで響く。意識が遠くなっていく。

  ————————————————————

  静かな場所に木漏れ日が降り注いでいる。

  冷たい石畳。風の音と鳥のさえずりが聞こえる。

  遠くに、銀色の毛並みを持つ美しい狼がいた。

  (この夢……また……。)

  狼はじっとこちらを見つめている。深い青灰色の瞳が、どこか切なげに揺れた。その目は、もしかして——。

  「霧生……?」

  口から無意識に言葉が零れる。その瞬間、狼の耳がぴくりと動いた。

  まるで大和の声に反応したかのように、狼はそっと近づいてくる。

  「霧生、お前は、俺の……」

  嗅いだことのある、お日様の匂い。狼の目がすっと細くなって、その鼻先に指が触れる、その瞬間――。

  「……!」

  霧生は突然、何かに引っ張られるように目を見開いた。胸の奥がざわつく。頭の中で、大和の声が響いた気がした。

  「大和っ!」

  身体が動いていた。本能が叫んでいた。今すぐ大和の元へ行け、と。

  その衝動に押されるまま、霧生は裸足で玄関を飛び出した。

  「えーと、大きな怪我はないですね。擦り傷と軽い打撲程度です。ただ、軽い脳震盪を起こしていたようなので、一応安静にしてください」

  「はぁ、マジっすか」

  ベッドの上で、医者の説明を聞く。ひとまず軽傷でよかったと、ぼんやりと天井を見上げながら、大和は息を吐いた。

  「しかし、奇跡ですよ。事故の状況的に、もっと酷い怪我になっていてもおかしくなかったです。ちなみに相手の方も同様に軽傷で済みました」

  「そりゃよかった」

  医者の言葉に、大和は薄く笑う。

  「俺、今までも運だけは良くて……」

  バイクのキーに着けたお守りを握りしめながら言いかけた、その瞬間——。

  バンッ!!

  病室のドアが勢いよく開いた。

  「大和!!」

  「霧生?」

  驚いて見ると、霧生が息を切らせながら立っていた。普段は涼しげな彼の顔が、今は血の気が引き、瞳はわずかに揺らいでいる。

  「お前、どうしてここに……」

  「無事だったか」

  霧生は真っ直ぐに大和を見つめると、ぐいっと大和の腕を掴み、そのまま抱きしめた。

  「!?」

  「無事で……良かった……」

  震える声。

  「おい、なんでそんな必死なんだよ?自慢じゃねぇけど、俺は運だけはいいんだよ。今まで事故にも遭ったことねぇし、警察にパクられたこともねぇの。だから大丈夫……」

  「……大和が、いなくなる気がした」

  「は?」

  霧生の声は、今にも消え入りそうだった。なぜか先ほどまで見ていた夢が脳裏に浮かんで、あの狼と霧生の姿が重なった。

  「まさか、お前……」

  「……」

  霧生は何も言わなかった。ただ抱きしめる腕の力が増した。

  (霧生は、本当に狼で、神……?)

  今日、本当に久しぶりに怪我をした。覚えている限り、前に怪我をしたのは小学校低学年の頃で。その後もいじめられていたのに、不思議と怪我だけはしなかった。まるで何かに守られているように。

  「おいおい、マジで……お前、何か……」

  気づけば、手が霧生の背中に回っていた。霧生は震えていた。そのまま背中を撫でると、彼は力なくほんの少しだけ微笑んだ。

  「本当に、無事でよかった」

  自分に言い聞かせるようにそう呟いて、そっと目を閉じる。

  大和は何も言えなかった。霧生の温もりを感じながら、自分もそっと目を伏せる。胸の奥が、じわりと熱くなるのを感じた。

  「……お前、裸足じゃねぇか」

  ふと、霧生の足元に視線を落とし、驚いたように呟く。病室の床の上に、そのままの素足があった。

  「……あ」

  「靴も履かないとか、どんだけ焦ってたんだよ、お前」

  「……」

  くすりと笑った大和に、霧生は何も言わなかった。ただ、ぎゅっと抱きしめ直す。

  「じゃあ、今日はもう帰ってもらって大丈夫ですんで」

  「あっ!ハイ!すんません!」

  医者の言葉に思いきり霧生を突っぱね、大和は無理に笑顔を作った。

  病院にバイクを置かせてもらいタクシーで帰宅する間、霧生は最初から最後まで大和の腕を離さなかった。

  「いや、別に普通に歩けるんだけど?」

  「ダメだ」

  どれだけもう大丈夫だと伝えても、霧生の腕の力は緩まない。病院での出来事を思い出し、大和は小さく息を吐いた。その時——。

  「おお大和!お前、出かけてたのかよ」

  軽い声がした。見れば、大和の部屋の前でスマートフォンをいじっていた男が、こちらに手を振っている。

  「……[[rb:迅 > じん]]先輩?」

  驚きつつも駆け寄ろうとした。が、瞬間、腕を掴んでいた霧生の力がギュッと強くなった。

  「ちょっ、離せっ」

  振り返ると、霧生の顔は露骨に曇っている。しかし、こんなところを見られでもしたら何を言われるかわからない。慌てて霧生の腕を振り払い、客人の元に歩み寄る。

  「先輩、来てくれたんすね!来るならもっと早く連絡してくださいよー」

  「すまんすまん。ほい、これ、進学と引っ越しの祝い」

  「わー、わざわざすんません。ありがとうございます!」

  迅と呼ばれたその男の顔を見るなり、大和の態度は一変していた。明るくて人懐っこい、満面の笑みを浮かべている。嬉しそうに紙袋を受け取る大和の様子を、霧生は後ろからじっと見ていた。

  「で、大和、あの人は?」

  「あー……と、とりあえず中へどうぞ」

  「おっ、いいのか?じゃあお言葉に甘えて」

  「お茶くらいしか出せないっすけど。あと、すんません、部屋狭くて」

  そう言いながら鍵を開ける大和の後ろで、霧生はじっと黙り込んでいる。不機嫌オーラが滲み出ているのは見なくてもわかった。大和はそんな霧生に一瞥をくれながら、玄関のドアを開ける。

  「えーと……結局、この人、誰?」

  部屋を一通り見回した男が、改めて霧生を指差して聞いた。

  「えーと、霧生ってやつで……居候、みたいな」

  「家族だ」

  「……親戚とか?」

  「いや、家族だ」

  「……」

  沈黙。男は腕を組み、茶を差し出してくる大和と、ふんぞり返っている霧生を見比べた。

  「まぁ、色々あって……俺が面倒見てるんすよ、こいつ」

  「へぇ~」

  目が泳いでしまう。もともと嘘など上手に吐けない大和だが、この男の前では猶更だった。

  「……霧生、この人は[[rb:桐島 > きりしま]][[rb:迅 > じん]]先輩。高校の時に俺がめちゃくちゃお世話になった人だ」

  「どうもー」

  桐島はにっこりと笑って霧生に頭を下げる。が、霧生は何の反応もしない。ただただ桐島をじっと睨んでいる。

  「ちょ、霧生、先輩に失礼だぞ!挨拶くらいちゃんとしろ!」

  「……ふん」

  「お前っ」

  「ぷっ、あはははは!」

  二人のやり取りに、堪えきれず桐島が吹き出した。突然の笑い声に大和と霧生がびくりと身体を揺らす。

  「いや~、なんかわかんないけど、仲良いんだな」

  「良くないっす」

  「良い」

  「あははははは!居候どころか、夫婦じゃん!」

  桐島が軽い調子で言った瞬間、大和は「はぁ?!」と声を上げ、大きく目を見開いた。

  「ち、違いますから!なんでそうなるんすか!」

  「いやいや、一緒に住んでるんだろ?そんでその空気感?どっからどう見ても夫婦なんだけど」

  「何バカなこと言ってんすか!」

  慌てて否定する大和の横で、霧生がぴくりと反応する。

  「大和は俺の——」

  「はいはいストップ!」

  バチン、と大和は両手を鳴らし、霧生の言葉を強制的に止めた。霧生の不機嫌オーラがますます濃くなる。桐島は面白そうに腕を組みながら二人を見遣った。

  「なぁ、大和。お前ら、ほんとに何なん?俺に嘘なんか吐かねえよなぁ?」

  「だから、違うって言ってんじゃないすかー!」

  これは本格的にマズい。桐島は、喧嘩の強さだけでなく、ずば抜けた観察眼と判断力で、高校時代に不良のトップに立っていた人だ。大和の嘘など通用するはずもない。むしろ、それなりの関係を持ってしまっていることをもう察している可能性すらある。

  「そういや先輩!」

  急に声を張った大和に、桐島が「お?」と眉を上げる。

  「俺さっき事故に遭って、せっかく先輩から譲ってもらったバイクに傷つけちゃったんすよ」

  これにはさすがの桐島も口を開けている。

  「お前、事故ったの?」

  「はい、マジでさっき。初めて救急車乗ったけど、なんか申し訳なくなったっす」

  「おいおい、大丈夫なのかよ」

  「ピンピンしてますよ、ほら!バイクの傷も大したことなかったし。修理には出しますけど」

  大和は軽く腕を回してみせた。

  「あーあ。俺のお守りも大したことなかったか」

  桐島の言葉に霧生がびくりと反応する。その目には警戒が浮かんでいた。

  「いや、お守りのおかげで軽くて済んだんかも。ほら、ちゃんと大事にしてますよ」

  大和がそう言いながらキーホルダーを持ち上げる。そこには、桐島からもらったバイクのキーと、少し汚れた袋がぶら下がっていた。

  大和は笑いながら袋の口を開け、逆さにする。霧生の視線が、その動作に釘付けになる。中からは、鈍い金色のボタンがころりと出てきた。

  「懐かしー!」

  桐島が目を輝かせてそのボタンを手に取る。

  「霧生さん、これねー、俺が高校卒業するときに大和にあげたやつなの。ちゃーんと第二ボタン。『ください~』ってみんな俺んとこにもらいに来たんだけどね、大和が『迅先輩が卒業しちゃう~』ってあんまりにも泣くからさ、仕方なく取っておいてやったんだよな」

  「泣いてねぇし、いらないって言った!」

  「え~?あげたとき『お守りにしますううう』って鼻水垂らしながら喜んでたじゃん」

  「してない!!!」

  二人のやり取りに霧生の眉間のしわが深くなる。視線はじっと大和の手元に張り付き、わずかに唇を噛んだ。膝の上の指が、無意識にトントンと動く。そんな霧生に気づかないまま、大和は桐島との話に夢中になった。桐島が卒業してからの学校のことや、二人でバイクを走らせていた頃の思い出話、桐島の武勇伝など。今まで他人に見せたことのないようなキラキラとした瞳で、熱心に話し続ける。

  「ほんとあの時の迅先輩、かっこよすぎたっすよね」

  「はは。大和もなかなかだったけどな」

  霧生が小さく息を吐き、苦い顔でそっと立ち上がった。突然のことに二人の会話は途切れ、沈黙が落ちる。

  「少し出てくる」

  「お、おい!ちょっ、お前どこ行く気だよ!?一人で外出んなって!」

  「知らん。……二人で好きに話しておけ」

  「だからなんでそういう態度……っ」

  霧生が気を遣っているわけではないことは確かだった。大和がどうしようか迷っていると、今度は桐島が立ち上がった。

  「ごめんごめん、お前事故ったばっかって言ってたのに長居しすぎたわ。ほんじゃ」

  「いやっ、先輩、そんな……」

  「今日は顔見に来ただけだし。また改めて来るから」

  桐島が霧生の脇をすり抜けて玄関に向かう。そのままドアを開け、一度大和の方を振り返った。

  「その時に、霧生さんとの話、教えてな」

  「~~~~~っ!」

  「早く帰れ」

  「霧生お前ええええ!」

  「あははははは!じゃあね~、愛しの大和っ」

  投げキッスをして出て行った桐島を見送ると、霧生が勢いよくドアを閉めた。すぐにガチャリと鍵をかける。

  「なんなんだよ、お前」

  玄関の鍵をかけた霧生の背中を見つめながら、大和は苛立ち混じりに呟いた。霧生は振り返りもせず、肩をすくめる。

  「……別に」

  「は?別に、じゃねぇだろ。さっきからめっちゃ不機嫌だっただろ!迅先輩にあんな態度とりやがって」

  大和は両手を腰に当てて、霧生を睨みつけた。霧生は何も言わない。大和の視線を避けるように、ただ静かに部屋へ向かう。

  「あの人はな、ずっと人の機嫌ばっかり伺って、それでも周りのやつに受け入れてもらえないって女々しく泣いてた俺に、生き方と戦い方を教えてくれた人だ。『うずくまってたらずっとそのまんまだぞ』って、俺を引っ張り上げてくれた人なんだよ。今俺がこうやってお前と普通に喋れてんのも、迅先輩のおかげなんだぞ」

  「……それでも、大和を守っているのは……」

  「は?」

  「なんでもない」

  大和が追いかけると、霧生は突然振り返り、大和の腕を掴んだ。

  「ちょっ、何」

  言い終わる前に、霧生は大和の腕を引き、そのままベッドに押し込んだ。

  「は!?おい、なんだよ!」

  「寝ろ」

  霧生はそれだけ言い放つと、布団をぐいっと被せる。

  「なんなんだ、急に!」

  「医者が安静にしろと言っていた。あいつ、大和が怪我をしていると知っていて長居するなんて」

  「おい……」

  大和は目を瞬く。もしかしてずっと大和のことを心配していたのか。だからあんなに不機嫌だったのか。桐島が居座ったというより、ほとんど大和が喋っていたのだが、こんな優しさを見せられると、怒っている自分の方が子どもの癇癪のように思えてくる。

  「その……俺は大丈夫だから。脳震盪って言っても軽いやつだし。ほら、俺は無敵だぞ?」

  冗談めかして少し笑ってみせると、霧生はふっと眉をひそめた。

  「無敵なんかじゃない」

  大和の手をそっと握り返し、霧生はそのまましばらく黙り込んだ。先ほどまでの不機嫌な霧生は消え去り、病院で見せた不安げな表情に変わる。

  ちょっと前なら「ガキじゃねぇんだから」と笑い飛ばしていたかもしれない。けれど、今の霧生の過保護ぶりはどこか本気だった。だからこそ、大和も無下に突っぱねられない。

  「心配すんなって。ちゃんと休むから」

  ぽん、と軽く霧生の肩を叩くと、ようやく霧生は小さく息を吐いた。

  「ん……じゃあ、俺も休む」

  「は?」

  言い終わるが早いか、霧生もそのままベッドに潜り込んできた。

  「お、おい!?なんでお前も寝るんだよ!」

  「……なんか疲れた」

  横になった霧生の顔を見ると少し青白い。瞳もぼんやりしていて、瞼が重そうに落ちかけている。

  (なんでこいつの方が病人みたいな顔してんだ……迅先輩と話してた時もしんどかったのか?)

  「ちょっと、マジで大丈夫か?」

  「多分、少し寝れば治る」

  霧生は薄く目を開けて大和を見つめたあと、ふっと腕を伸ばしてきた。

  「大和」

  「ん?」

  「こうしていてくれ」

  霧生の手が、そっと大和の手に重なる。今までとは違う、どこか切羽詰まったような、弱々しい力加減。こんな霧生は初めてだ。振り解こうと思えばできるのに、大和はそのまま深く息を吸った。

  「仕方ねぇな」

  霧生の手を少し力を入れて握り返す。なんだかいつもより冷たい気がした。霧生の瞳がゆっくりと閉じて、次第に、呼吸が深くなる。

  寝入ったのを見届けてから、大和もそっと目を閉じた。

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