「つかの間の安寧」
村を出てからしばらく経ってもブラムの頭はボンヤリとしたままだった。
魔力の塊とも言える竜の血は、人間が飲んでも様々な効果があるが、血を常食するヴァンパイアにとっては秘薬もしくは劇薬に匹敵するモノであり、ブラムにとってもそれは例外ではなかった。
「少し横になっていると良い。
魔力を薄めたつもりだったが、お前にはキツ過ぎたのかもしれない」
アゾットにそう言われ、ブラムは大人しく揺れる馬車の中で寝ころんだ。
ブラムは、アゾットの方を見た。
新たに自身の使い魔になった竜は、馬車に入るため人間の姿になっていた。
奇術師のような衣服を身にまとった黒髪碧眼の青年。
それは以前マリの記憶の中で見た彼自身と同じ姿だった。
霞みのかかった思考の中で見る彼は、物語の中から抜け出してきた騎士のように映った。
マリの血と泥にまみれた物語。
彼は、どこまでこの物語を語ってくれるのだろう?
そんなことを考えながらブラムは目を閉じた。
次にブラムが目を覚ました時、馬車は歩みを止め彼以外の一行は野営の準備を始めていた。
強張った身体を伸ばし、顔を擦るとまだ獣毛の感触が残っていた。
頭の方ははっきりしてきたが、アゾットの魔力はまだ身体に残存しているらしい。
馬車から外に這い出すと一行は一度作業の手を止め優しく口々に「おはよう」よ声をかけてくれた。
「おはよう、みんな」
ブラムは欠伸交じりに答えると、近くにあった木の根元に座りもたれ掛かった。
「身体の調子はどうだ?」
アゾットが、薪を割る手を止めて語りかけた。
「だいぶ楽になったよ。ありがとう」
ブラムはそう答えると、新しい友人に笑いかけた。
その日の野営は人数が多いこともあってか終始賑やかだった。
レベッカとアリシアの作る料理はスヴェートのモノに負けず劣らずの味だ。
ワタリガラスのムギンが彼らのもとにやってきたのは、スープの入った鍋が空になり一行がいよいよ眠りに入ろうとしていた時だった。
「おお、ずいぶん旨そうな匂いだな」
「残念。もう少し早かったらご馳走してたのだけどね」
ムギンの言葉にアリシアはイタズラぽく答えると、ほんの少し表情を険しくした。
「仕事の依頼?」
「まあ、間違いではないが、少々込み入っていてな」
ムギンは珍しく言葉を濁した。
「ここ最近、魔物や人間の間でいさかいが急増しているんだ。
魔物と人間の間なら珍しくもないのだが、人間同士や魔物同士でもトラブルが頻発していて、ウールヴヘジンの連中も難儀しているらしい。
できれば、皆にも力を貸してほしいとロキ王自らの願いだ」
「トラブルの急増か。まあ、王様の願いなら聞かない訳に行かないわね」
アリシアは二つ返事で答えると、ブラムとレベッカも同時にうなずいた。
「僕も手伝うよ。もともと、それが僕の仕事だからね」
ブラムがそう言うとアゾットがうなずいた。
「今の俺は、コイツの使い魔だ。主が行くと言うのなら、地獄までついて行ってやるさ」
「私にも手伝わせて下さい。これでも、一応は退魔騎士ですし」
レベッカの言葉に父のジョージも首を縦に振る。
「私も娘とともに行こう。
私は戦うことはできないが、それ以外でならきっと役に立てるはずだ」
一同の言葉にムギンは心打たれたように目を潤ませ頭を下げた。
「皆、ありがとう。王と民に代わり私から礼を言わせてくれ」
ワタリガラスは、そう言った後近くの騒動について説明を始めた。